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論文の内容の要旨
氏名:平 場 晴 斗
博士の専攻分野の名称:博士(歯学)
論文題名:トリ-n-ブチルホウ素重合開始型レジンと歯科用貴金属合金の接着界面における微量有機 硫黄化合物の分析
近年,機能性モノマーを含有するプライマーやレジンセメントが支台歯と補綴装置の強固な接着を 実現させるために,歯科治療において多用されている。とりわけ,有機硫黄化合物は,歯冠修復物や 補綴装置などに使用される貴金属合金の接着に有効な機能性モノマーとして幅広く用いられている。
有機硫黄化合物の一つである 6-(4-ビニルベンジル-n-プロピル)アミノ-1,3,5-トリアジン-2,4- ジチオール(VTD)のアセトン溶液をプライマーとして歯科用貴金属合金に使用することにより,アク リルレジン系装着材料と貴金属合金の接着耐久性が向上することが報告されている。VTD の貴金属あ るいは貴金属合金に対する吸着構造については,いくつかの報告がある。赤外線反射分光法および表 面増強ラマン散乱分光法を用いて金,銀,銅に対する吸着構造や,X 線光電子分光法を用いて金銀パ ラジウム合金などの貴金属合金に対する吸着構造が報告されている。これらの報告は,VTD が貴金属 への結合を促進するのに有効であることを明らかにした。しかしながら,これらの報告は,接着試験 とは異なる試料を用いて金属表面の吸着構造を報告しているため,実際にレジンと歯科用貴金属合金 との接着に有効な有機硫黄化合物の構造については不明な点が残されている。
一方で,VTDと同じくチオキソ基を有する6-メタクリロイルオキシヘキシル 2-チオウラシル-5-カ ルボキシレート(MTU-6)が開発され,歯科用貴金属合金に対してVTDよりも高い接着耐久性を示すこ とが報告されている。しかしながら,MTU-6 の貴金属あるいは貴金属合金に対する吸着構造を明らか にした報告は少ない。
そこで本研究の目的は,VTDまたはMTU-6含有プライマーによる表面処理を行った歯科用金属から,
せん断接着試験によって剥離したトリ-n-ブチルホウ素重合開始型レジンの接着界面を分析すること により,貴金属とレジンの接着時におけるVTDおよびMTU-6の構造を明らかにすることである。
被着体として,金合金(タイプ IV),金銀パラジウム合金および純チタンを使用した。表面処理液 として,アセトン中にVTDを含有するV-プライマーおよびエタノール中にMTU-6を含有するメタルタ イトの2種類の1液性プライマーを用いた。装着材料として,トリ-n-ブチルホウ素誘導体(TBB),メ タクリル酸メチル(MMA),ポリメタクリル酸メチル(PolyMMA)からなる透明アクリルレジンを使用し た。また,スペクトル分析のための試薬としてVTDおよびアセトンを使用した。
被着体として,円形平板金属試料(直径10 mm,厚さ3 mm)を作製した。金合金および金銀パラジ ウム合金の試料は,ロストワックス法にて高周波誘導加熱式鋳造機を用いて鋳造し,熱処理を行った。
純チタンの試料は,円柱状の棒(直径10 mm)を厚さ3 mmに切断し試料とした。
全ての金属試料は,耐水研磨紙(#2,000)にて注水研削した後,ダイヤモンドペースト(粒径3 μm
および1 μm)とフェルトを用いて鏡面研磨した。その後,超音波洗浄機を用いてアセトン中にて15
分間超音波洗浄し,圧縮空気で乾燥させた。表面処理は,各金属試料の被着面にプライマーを直接滴 下し,自然乾燥させた。その後,試料をアセトンで7秒間洗浄し余分なモノマーを除去し,圧縮空気 で十分に乾燥させた。3種の金属に対してVTD処理およびMTU-6処理を行い,各条件11個の試料を作 製した。表面処理後の被着面上に設置した内径6 mm,幅1 mm,高さ2 mmのステンレス鋼製リング内 に筆積み法にてアクリルレジンを充塡した。充填後,マトリックステープを介してカバーガラスを圧 接することで平面を形成し,リング上の余剰なレジンを除去した。その後,硬化前にレジン内の気泡 を除去するために空気圧縮機にて10分間加圧(0.7 MPa)した。加圧後20分放置し硬化させ,37℃精 製中にて24時間浸漬保管した後,せん断接着試験を行った。せん断接着試験は,接着試験体をステン レス鋼製のジグに装着し,万能試験機を使用し,クロスヘッドスピード0.5 mm/minの条件でせん断接
2 着強さを測定した。
せん断接着試験後,試料の破断面を光学顕微鏡で観察し,破断面をアクリルレジンと金属試料の界 面破壊,アクリルレジン内での凝集破壊,界面破壊と凝集破壊が存在する混合破壊に分類した。
せん断接着強さは,統計ソフトを用いて平均値および標準偏差を算出し,記述統計分析を行った。
D’Agostino and Pearson omnibus検定により全条件に正規性が認められた。さらにBartlett検定を 行ない,各条件間の等分散性が認められた。正規性および等分散性の検定結果から,パラメトリック 統計法を選択した。金属の種類およびプライマーの種類を要因とした二元配置分散分析を行なった。
また金属間の比較としてTukeyの検定,プライマー間の比較としてt検定を行った。これらの検定は
有意水準5%で有意差を判定した。
赤外線吸収スペクトル(以下 IR スペクトル)の測定は,フーリエ変換赤外分光光度計(測定範囲 4,000から400 cm-1,分解能2 cm-1,スキャン回数100回)を用いた。VTDモノマーとMTU-6モノマー のIRスペクトルは,臭化カリウム(KBr)錠剤法を用いて測定した。アクリルレジンのIRスペクトル は,透過法を用いて測定した。MMAモノマーのIRスペクトルを液膜法にて測定し,せん断接着試験に 使用したものと同様のステンレス鋼製リングにレジンを充填し作製したアクリルレジン試料から得た IRスペクトルと比較した。また,せん断試験後のアクリルレジンは,金属との接着界面に対して赤外 線を照射しIRスペクトルを得た。得られたIRスペクトルは,VTDおよび参照化合物のIRスペクトル と比較することで定性分析を行った。
二元配置分散分析の結果,金属の種類およびプライマーの種類の両要因間に交互作用が認められた。
せん断接着試験の結果ならびに統計結果から,VTD処理では,金合金(27.8 MPa),金銀パラジウム合 金(27.9 MPa)がチタン(0.6 MPa)よりも有意に高い値を示した。MTU-6処理では,金銀パラジウム合 金(32.6 MPa),金合金(29.2 MPa),純チタン(0.5 MPa)の順に高いせん断接着強さを示し,それぞ れ有意差を認めた。t 検定の結果,金合金およびチタンではVTDおよびMTU-6間に有意差は認められ なかったが,金銀パラジウム合金においては有意差を認めた(P = 0.0007)。破壊形式は,被着体が金 合金と金銀パラジウム合金ではいずれの処理条件でも混合破壊が認められ,チタンではすべて界面破 壊であった。
赤外線分光分析の結果において,MMAモノマーの IRスペクトルとアクリルレジン試料のIRスペク トルが近似したピークを示したことから,アクリルレジンを赤外線が透過したことを確認した。
VTDモノマーのIRスペクトルはC=SとN-Hを示した。これらはVTDモノマーがチオンの構造である ことを示した。また,金合金および金銀パラジウム合金とのアクリルレジンの接着界面から,VTD モ ノマーにおいて検出されなかったトリアジンジチオール構造を示すピークおよびC-Sと考えられるピ ークが検出された。更に,ビニル基によるピークは認められなかった。これらの結果から,アクリル レジンの接着界面から得られたピークは,VTD が金合金および金銀パラジウム合金上に吸着されたこ とを示し,その構造はチオール型またはチオン-チオール型であることを示した。
MTU-6モノマーのIRスペクトルはC=S,カルボニル(C=O)およびN-Hを示した。これらのIRスペク トルは,MTU-6 モノマーがチオン構造であることを示した。また,金合金および金銀パラジウム合金 とのアクリルレジンの接着界面において,MTU-6モノマーと同じC=C,C-NおよびC-Hに起因したと考 えられるピークおよびカルボニル基のC=Oのピークが検出された。しかし,MTU-6モノマーで検出さ れなかったC=Nによるピークが新たに認められた。これらの結果から,金合金および金銀パラジウム 合金とのアクリルレジンの接着界面におけるMTU-6はチオール構造であることが示唆された。
また,チタンとアクリルレジンの接着界面から得られた IR スペクトルは,どちらの表面処理にお いても機能性モノマーの痕跡は検出されなかった。
本研究の結果より,せん断接着試験後のトリ-n-ブチルホウ素重合開始型アクリルレジンの接着界 面における,歯科用金属との接着に寄与するVTDおよびMTU-6の構造について分析し,以下の結論を 得た。
1. VTDおよびMTU-6による表面処理は,金合金および金銀パラジウム合金とアクリルレジンと
の間の結合を強化するのに有効であったが,純チタンには効果がなかった。
2. 赤外線分光分析により,VTDおよびMTU-6モノマーはチオン構造であった。
3. 赤外線分光分析により,金合金および金銀パラジウム合金とのアクリルレジンの接着界面に
3 VTDおよびMTU-6の痕跡が検出された。
4. 歯科用貴金属合金とアクリルレジンの破断後の接着界面における VTDは,チオン-チオール 構造あるいはチオン構造,MTU-6はチオール構造であることが示唆された。