アダム・スミスの地代と銀価値変動論
著者 榎並 洋介
雑誌名 星薬科大学一般教育論集
号 4
ページ 65‑91
発行年 1986
URL http://id.nii.ac.jp/1240/00000160/
ア ダム・スミスの地代と銀価値変動論
榎 並
洋介
O 発 展 過程 に お け る地代命題
⇔銀価値の歴史的変動
⇔粗生産物の相対的価格変動
⑲むすび
65
■ 発展過程における地代命題 ︵︑︶︵ ﹃国富論﹄第一編﹁地代章﹂第三部の主題は︑﹁つねに地代を生じる部類の生産物と︑あるときは地代を生じ︑あるとき
は それを生じない部類の生産物とのおのおのの価値のあいだにおける割合の変動について﹂である︒ここでスミスは︑こ
れ ら二種類の土地生産物の比価no日O胃①江くo<巴已oωに関する命題を一般化する︒社会が進歩する過程においては︑種
々
の事 情 が 改 善 されるが︑とくに土地の改良や耕作が進展すると︑食物生産が増加し︑人々も増え︑益々︑改良や耕作が
増 進して︑食物が豊富になってくる︒改良や耕作の増進が原因となって︑食物生産量が結果的に増加する︒このことは同
時 に︑食物以外の土地生産物−衣や住の材料︑有用な化石や鉱物︑貴金属や宝石などーに対する需要をも必然的に増加さ
66
せ ることになる︒なぜならぽ︑社会が全般的に進歩する過程は︑土地の改良や耕作の進展と共に︑技術や産業が進歩する
ことを意味するから︑このことが食物以外の土地生産物に対する需要を拡大するはずである︒したがって︑社会が進歩す
る状態を前提とすれぽ︑食物と食物以外の土地生産物との比価は︑前者よりも後者の方が高価になるのが︑唯一の︑しか
も一般的な関係である︒ス︑ミスはこの関係を基本命題にすえて︑﹁地代章﹂第三節を展開するのである︒
ところで︑穀物のような食物が︑常時︑地代を生ずるのは何故であったか︒スミスは絶対地代や差額地代の概念を認識
し︑これを区別して地代を論じているわけではなかった︒むしろ︑これらの概念を融合して認識し︑穀産地の地代を議論
していた︒そこでは︑食料は︑人間の生存にとって不可欠の必需品であるから︑常に需要がある︒しかも︑土地所有の独
占が存続していることを前提すれぽ︑劣等地においても優等地においても︑食料生産物については︑つねに地主に対して
地 代が残る︒それは︑この食料生産物に対する有効需要の強さと大きさとが︑食料の市場価格を生産価格よりも拡大する
か らである︒また︑食料以外の土地生産物は︑常時︑地主に対して地代が生ずるとはいえない︒スミスは︑この問題に対
して人口量との相対的関係で捉えていた︒衣服や住居の材料などの食物以外の土地生産物が人々に対して過剰になると︑
有 効
需 要が供給に対して小さくなるから︑その生産物の市場価格は生産価格に比べて低くなる︒こういう状態のもとでは︑
地 代は生じない︒反対に︑人口量がこれらの生産物に比べて多くなると供給不足がおきて︑有効需要は強く大きくなり︑
そ
の生 産 物の市場価格は生産価格よりも高くなる︒こういう状態になれぽ︑食物以外の土地生産物には地代が生まれるの
︵2︶
で あった︒
しかし︑いずれにしても︑改良が進み︑社会が進歩発展する過程においては︑土地の地代は上昇し︑地主の富は増加す ︵3︶ る︑とス︑ミスは考える︒例えぽ︑家畜の価格の上昇は︑直接的に地代を上昇させる︒未改良の原野が圧倒的大部分を占め
て
い るような社会段階においては︑穀物が少量しか収獲できないから︑パンの価格は高価である︒高価なパンの分野には︑
利 潤 動 機がはたらいて︑多くの資本が流入してくる︒その結果︑原野の改良や耕作が進展する︒この段階になると︑穀物
の
生 産量が増加し︑パンの価格は低下する︒パン価格が屠肉の価格よりも安価になると︑耕作地の大部分は家畜の飼育や
肥 育
のた
めに
使 用されてくるようになる︒このように︑改良が進展し︑土地の耕作が拡張すると︑家畜の価格が上昇する︒
屠肉に対する需要がさらに強まってくると︑このことが新たな原因となって︑さらに改良が進み︑耕作が拡張してくる︒
平 均 利 潤 を一定とし︑賃銀部分を一定もしくは微増と仮定しても︑それ以上に家畜の頭数が増加し︑家畜価格が上昇する
ものとすれば︑地主には大きな割合の残余分すなわち地代が入ってくることになる︒したがって︑スミスは︑﹁改良や耕
作の拡張は︑直接にこれ︵11地代︶をひきあげる傾向がある︒生産物に対する地主の分けまえは︑生産物の増加とともに
必 然 的
に増 加 す る﹂と明言するのである︵1二四七︶︒ 社会が改善し︑進歩発展すると︑直接的に地代が上昇する論理で
ある︒
論
また︑地代上昇を促す間接的要因は︑労働の生産諸力の改善および雇用される有用労働量の増加にある︒労働の生産諸
動 噸 力の改圭目は︑製造品の価格を実質的にひきさげることになる︒製造品に対する需要は︑これにより拡大していく︒このこ
纐 とは︑製造業にとって不可欠の土地粗生産物に対する需要を高めることを意味する︒土地粗生産物の価格上昇はこのよう と ︵4︶ 猷
にしておこり︑その結果として︑地主の地代が増加することになるのである︒さらに︑社会が改良され︑進歩発展すると︑
の
ス 雇 用される有用労働者が増加してくる︒この増加は︑土地生産物に対する需要の増大を喚起する︒労働者の一部分は︑家
ヘミ
弓
畜の飼育や穀物の生産に従事するようになる︒これらの生産物価格は上昇するけれども︑生産物は増加する︒食料や家畜
ム ダ
に対 す る需要が大きいため︑その市場価格は上昇していく︒かくして︑この上昇は資本回収部分と平均利潤部分を超えた
ア 剰 余 部 分 の 増 加 となる︒このように︑﹁地代は生産物とともに増加する﹂︵1二四七︶のである︒
67
このようにして︑﹁改良や耕作が増進すれぽするほど︑その結果として食物の豊富さはますます増進し︑またこのこと
68 は︑食物以外の実用または装飾に用いられる土地生産物のあらゆる部分に対する需要を必然的に増加させる︒したがって︑
改良が進歩する全過程において︑これら二つの異なる部類の生産物の比価には︑唯一の変動しかありえない⁝⁝すなわち︑
あるときには地代を生じ︑あるときには地代を生じない部類の生産物の価値は︑つねに多少とも地代を生じるそれとの割
合においてたえず上昇するはずである﹂︵1一七五︶︒社会の改良・進歩発展の過程における土地粗生産物は︑食物に比べ
て
衣 料 や 住 宅 材
料 などが高価になるという傾向をもつ︒ス︑ミスは︑このことを唯一の命題として一般化しているわけであ
る︒土地の改良や耕作が進展し︑産業が発展し︑したがって人口が増加するにつれて︑食物以外の土地生産物−衣住の材
料︑有用な化石や鉱物︑貴金属︑宝石などーに対する需要が増加するのであるから︑これらの生産物価格が︑食料価格に
比べても上昇するのは一般的な現象であるといえよう︒
しかしながら︑この命題は︑食物以外のある土地生産物の供給を︑それに対する需要よりももっと大きな割合で増加さ
せ るようなことがおきれぽ︑その生産物の価格は上昇するのではなくて︑下落してくるはずである︒スミスは︑このよう
なばあいを﹁特殊な偶然事﹂として位置づけ︑この﹁特殊な偶然事﹂がおきれば︑さきの命題は妥当しなくなると説明す
るのである︒例えぽ︑多産的な鉱山が発見され︑その供給量が増加したぽあいの銀の価値をとりあげ︑これを論題にすえ
るのである︒すなわち︑銀の供給量が増加し︑周辺地域が改良され︑しかも世界的にみて全般的な改良が進んで︑人口が
増 加 しても︑多産的な新銀山が発見されるようなことがあれぽ︑銀に対する需要は必然的に増加するであろうが︑供給も
またさらに大きな割合で増加するから︑銀の価格はしだいに下落する︵1一七六︶︒このように社会の改良にともなって︑
銀
の供 給 量 が 需 要 量
の増 分
を超 えて増加していくために︑銀の価格は下落していくとスミスは考えるわけである︒
そ れ ゆ え︑社会が発展しても銀価値が上昇しなくて︑下落するのは︑さきの命題と異なる現象である︒そこでスミスは︑
食 物 以 外
の土 地 生 産 物
のなかから銀をえらびだして︑その変動を穀物と比較することにより︑社会の進歩・発展の過程に
お け るさきの命題を歴史的に検証しようとするのである︒穀物との比較において銀の変動を分析するのは︑スミスが穀物
を
価 値 尺 度 として認識しているからである︒その理由は︑穀物の時価が労働の時価を近似的に代表し︑それと等価になる
と考えているからである︒スミスは︑穀物は人間労働の生産物であり︑地味や気候を一定とすれぽ︑等量の穀物の生産は
ら 等 量
の消費と適合し︑それはほとんど等量の労働の価格を必要とすることを説く︒このことは︑穀物が他のどのような粗
生
産 物よりも価値尺度としての適格性を具備している証左とみなすのである︒スミスは次のようにいう︒﹁労働の貨幣価格
は︑屠肉その他の土地生産物の平均貨幣価格よりも労働者の生活資料である穀物のそれにはるかに多く依存している︒し
た が っ て︑金銀の実質価値︑つまりそれらが購買または支配しうる労働の実際の量は︑屠肉その他の土地生産物の量より
も︑それらが購買または支配しうる穀物の量にはるかに多く依存するのである﹂︵1一八七ー一八八︶と︒
このような判断基準に基づいて︑スミスはかれの現在から四〇〇年前までのヨーロッパにおける銀市場を三つの型に類
論 型 化 して議論を進めるのである︒まず︑第一の型として︑銀価値が上昇し︑穀物価格が安価になるケースを想定する︒す
動 峻 なわち︑社会の改良が全般的に進み︑銀市場においては銀に対する需要が増加する︒その反面︑供給の増加が需要の増加
鋤 以 下 に とどまっている︒このばあいには︑﹁銀の価値は穀物のそれとの比例においてしだいに上昇するであろう﹂︵1一七
と 蹴 六︶︒ スミスは︑このケースをイングランドの一三五〇年から一五七〇年のほぼ一二〇年間にあてはめてみている︒
の ス 第二の型は︑銀価格が安価になり︑穀物価格が益々高価になるケースである︒これは︑第一の型とは正反対のケースで
ヘミ
パ あり︑スミス命題とは異なる現象である︒それは︑﹁もしある偶然事のために︑多年にわって供給が需要よりも大きな割
ム ダ 合 で 増加﹂︵1一七六︶するばあいにみられる︒この期間は︑一五七〇年ごろから一六四〇年ごろにかけての約七〇年間
ア である︑とスミスは捉える︒
6 第三の型は︑銀価格も穀物価格も同一であるケースである︒これは︑銀の供給がその需要とほとんど同じ割合で増加す
70 ゴ4 3 2 1 0 ぶ £ ∂︶
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1014る ぽ あいである︒銀を交換手段であるとすれば︑銀価値が一
定 で あれば︑改良や耕作が進んでいても︑穀物価格はほぼ同
化 5悪 一であるとスミスは理解する︒この期間は︑一六四〇年ごろ
期
陶 粗 1\8出金 からスミスの現在までに概ねあたる︒ ロ カ 第輻輸獅 ・う・て︑?スは上述の三類型をモデルとし︑自らが立 し →皿師 脚する現在から過去四〇〇年間を歴史的に検証していくので
期
ある︒そのばあい︑第一のケースを第一期︑第二のケースを
H 第二期︑そして第三のケースを第三期とするのである︒上図
第 は・その間の小麦価格の変動を示すもので在㏄・
期
二 銀価値の歴史的変動 ︵ ー スミスは︑第一の型を一四世紀中葉から一六世紀中葉のほ
第 ぽ一二〇年間にあてはめ︑これを第一期として自らのモデル
を 検 証 す る︒この期間におけるスミスの分析結果は︑穀物価
o 格が低下し︑銀価値は上昇しているというものであった︒と
341 ころが︑大部分の商品価格分析家︑たとえぽフリーウッド司
0 教等は︑この全期間をつうじて︑銀がますます豊富になった m
結 果︑その価値がたえず減少したと観念していた︒スミスは︑
社 会の進歩発展の結果︑銀価値が減少するという見解には正当な理由も根拠もないとして批判するのである︒
スミスは︑貴金属が増加する原因を二つの要因にわけて考察する︒すなわち︑第一は︑貴金属を供給する諸鉱山の産出
高の増加であり︑第二は︑年々の労働の生産物の増加である︒第一の原因は確かに貴金属の価値の減少と結びつく︒生活
必需品や便益品の需要量が従来と同じ量であるとすれぽ︑多産的な鉱山の発見は︑貴金属の供給量を増加させるから︑こ
の限りにおいては︑貴金属の量の増加はその価値を必然的に減少させる︒しかし︑第二の原因についてはちがう︒ス︑︑・ス
は︑貴金属の量が国富の増加の結果であれば︑そうはならないという︒すなわち︑国富が増加し︑毎年の労働生産物が増
加していくと︑多量の商品交換がおこなわれ︑商品流通を円滑化するために多量の鋳貨が必要になってくる︒また︑諸国
民
の富が増加すると︑金器銀器への購買量も増加する︒交換がさかんになると鋳貨の量は増加するし︑奢修品に対する需
要 も拡大してくる︒したがって︑労働生産物の増加によって国富が増加し︑結果として貴金属の量が増加すれぽ︑その価
論 値
は増 大
す るわけである︒
動 峻 かくして︑スミスは次のようにいうのである︒﹁金銀の価格は︑もっと豊富な諸鉱山が偶然に発見され︑それがこの価
価
銀 格をひきさげておかぬかぎり︑各国の富とともに上昇するから︑たとえ諸鉱山の状態がどのようなものであろうとも︑ど と 蹴 ういう時代にも富国でのほうが貧国でよりも高いのが当然である﹂︵1一八九︶︒これに関連して︑富裕と繁栄の時期には︑
の
︵7︶ス 銀 に 対 す る需要が大きくなるから銀価値は上昇し︑貧困と沈滞の時期には︑銀価値は下落すると分析する︒また︑銀は富
ヘミ
パ 国では最大の価値をもち︑貧困では最小の価値しかもたず︑野蛮人には無価値であるともいう︒結局︑スミスは社会の改
ム び 良.進歩.発展にともなって︑銀に対する有効需要の大いさがどのように変化するのかを分析基準にして説明していると
いえる︒こうして︑フリーウッド司教等の観念を誤解として批判したスミスは︑一四世紀中葉から 六世紀中葉の期間に
71
おいて︑富の増加にともなう銀の量の増加がどれほどであろうとも︑銀価値をひきさげる傾向を全然もちえなかったと結
72
論
す るのである︒
第二の型を適用する期間は︑一五七〇年ごろから一六四〇年ごろにかけての約七〇年間である︒この期間は︑事実につ
いて
も︑なぜそうなるのかという理由についても︑とりたてて論争のない分析の一致した時期である︒この時期には銀価
格が下落し︑穀物価格が上昇した︒それはアメリカにおける多産的な鉱山の発見に起因していたのである︒銀量の増大は︑
銀 市 場
におけ る供給量の増加となるから︑その価格は下落する︒穀物は労働の生産物であり正確な価値尺度になりうるも
の
で あるから︑これとの割合においても銀価値は減少した︒この期間は︑ヨーロッパの大部分において産業が発展しつづ
けた︒その結果として︑銀に対する需要は増加した︒しかし︑なぜ銀価値は上昇しなかったのであろうか︒ス︑ミスは次の
ように考える︒銀の﹁供給の増加は需要のそれをはなはだしく超過したように思われるので︑この金属の価値はかなり低
下 した﹂︵1一九一︶と︒
第 三
の型 は︑銀の供給と需要の増加がほぼ同じであれば︑それはほとんど同一量の穀物と交換されるので︑穀物の平均
価 格は︑たとえ改良が進んでいても︑ほとんど同じである︑ということであった︒スミスは︑このモデルに基づいて第三
期︑つまり一六三七年から一七六四年の期間における銀価値と穀物価格の関係を考察する︒
全 体 的
にみ れ ぽ︑スミスはこの期間を銀価値がいく分か上昇した時期として捉えている︒この期間は種々の要素が入り
こんでいて複雑であるが︑スミスは︑まず︑一六三七年から一七〇〇年の六四年間と︑一七〇一年から一七六四年の六四
年 間とに区分する︒そこで︑われわれもこの区分に基づいて︑その期間の特質をみてみよう︒
一六三七年から一七〇〇年の前半の六四年間は︑いく分︑銀価値は低下する︒小麦価格は︑一六二一年から一六三六年
の
二六年間よりもわずか一シリング三分の一ペンス高いだけである﹂︵1一九三︶︒何故か︒この六四年間には︑次に述
べ る三つの事件が穀物価格を上昇させた︒まず第一は内乱である︒内乱は︑耕作を阻害し︑商業活動を中断するので︑穀
物 価 格 を 高くひきあげる︒ ︵8V 第二は︑一六八八年の穀物輸出奨励金である︒元来︑奨励金は耕作を奨励することによって︑国内市場における穀物を
豊 富
にし︑穀物価格を安価にするのが主眼であった︒しかし︑一六八八年から一七〇〇年の一三年間は︑この影響が出て
こなかった︒むしろ︑この期間の唯一の影響は︑毎年の余剰生産物の輸出を奨励することによって︑国内市場における穀
物 価 格
をひきあげたことである︒もちろん︑天候不順で不良な季節が原因となって︑穀物払底が生じ︑穀物価格が上昇し
た ことはあった︒しかし︑これ以外の穀価を上昇させた原因としては︑穀物輸出奨励金が基因している︒こうして︑スミ
スは次のように述べる︒﹁奨励金は︑豊凶いずれの年にも︑耕作の実状において自然にもたらされるのであろうよりも穀
物の価格をひきあげる︒それゆえ︑もし現世紀のはじめの六四年間︵一六三七年から一七〇〇年ー引用者︶をつうじて︑
平 均 価格が前世紀のおわりの六四年間︵一七〇一年から一七六四年ー引用者︶をつうじてよりも低かったなら︑耕作の状
論 態を同じとして︑奨励金のこういう作用がなかったばあい︑平均価格ははるかに低かったにちがいないのである﹂︵1一
動 峻 九 七︶︒つまり︑穀物に対する奨励金がなけれぽ︑その価格は疑いもなく低下していた︒逆にいえぽ︑銀価値は上昇して
価 銀
いた ことになる︒ス︑・・スは︑このことをフランスにおける穀物価格の低下で確証しようとしていた︒ と 蹴 穀物価格の上昇と銀価値の低下を喚起する策三の原因は︑鋳貨の大・的な粗悪化である︒流通銀貨の銀の含有量の低下
の ス は︑必然的に各商品の名目価格を引きあげる︒スミスは︑ラウンズを引用して︑流通銀貨は平均してその標準価格を二割
ベミ
以 五 分ちかくもしたまわったと述べている︒そして︑次のようにいう︒﹁この名目金額は︑盗削や摩損によって鋳貨がはな
ム ガ
はだ しく粗悪化されたぽあいには︑それが標準価値にちかいばあいよりも必然的に高いのである﹂︵1一九四︶︒
後 半
の一 七 〇一年から一七六四年の六四年間については︑穀物の実質価値が下落したのではなくて︑ヨーロッパ市場に
73
お
い て 銀
の価 値 が 実質的に上昇した︑とスミスはみる︒とくに︑農業や工業の進歩発展にともない銀市場が拡大したこと
4 をその主因と考えている︒天候不順による凶作や統治状態の悪化︑あるいは穀物奨励金の影響等による穀物価格の小さな 7 乱 高下は︑﹁緩慢で漸進的な銀の価値の変化にとうてい帰せられない﹂︵1二〇〇︶現象であると分析するのである︒
銀
価 値の低下を否定し︑その実質的上昇を論ずるばあい︑スミスは労働賃銀の上昇からはじめる︒一七〇〇年からス︑・・
スの現在まで︑イギリスでは労働賃銀が上昇した︒これはイギリス社会が繁栄し︑労働に対する需要が増加した結果であ
る︒したがって︑労働者に与えられる生活必需品や便益品の実際の量は︑この間かなり増加した︒このことは︑鋳貨の増
大や銀器の需要増加を意味し︑銀価値の上昇を喚起するものである︒決して︑ヨーロッパ市場における銀価値の減少を結
果 的
にひきおこすものではない︒たしかに︑アメリカの多産的な銀鉱山の発見で︑銀価格は低下し︑租税も低下し︑賃銀
や 利 潤
および地代も自然率にしたがって支払われるようになった︒しかし︑イギリスを中心としたヨーロッパの繁栄は︑
しだいに銀に対する需要を増加させた︒アメリカ銀山の生産物に対する銀市場の拡大が︑銀価値の低下を妨ぎ︑銀の価値
を
維 持し︑およそ一六世紀中葉より銀価値をいく分か引きあげたのである︒
スミスはこのような銀市場の拡大をまずヨーロッパに見出し︑次いでアメリカさらに東インドに見ている︒まず︑ヨー
ロッパにおける銀市場の拡大は︑どのようにしておこったのであろうか︒これは︑この時期における農業および製造業の
発 展 に ある︒ス︑ミスは次のようにいう︒﹁ヨーロッパの農業や製造業の増大する生産物は︑必然的に︑それ︵銀︶を流通
させるための銀貨の量の漸次的な増加を必要としたにちがいないし︑また富裕な個人の数の増加は︑かれらの銀器やその
他の銀製装飾品の量の同様の増加を必要としたにちがいないのである﹂︵1二〇二︶︒
また︑アメリカにおいては︑農業と工業および人々の進歩増進がヨーロッパよりも迅速であるから︑銀に対する需要も
迅 速に増加していった︒鋳貨や銀器に対する需要には大きなものがある︒
さらに︑アメリカの銀山の発見以来︑アメリカと東インドとの直接貿易が増進しつづけた︒そして︑このことによって
東 イソドにおける銀市場が拡大していったのである︒
このように︑銀は広大な市場を充足するのであるから︑毎年の銀の供給量は︑鋳貨や銀器の増加はもちろん︑その損耗
や 消費を補充するにたりるものでなけれぽならない︒それらの数量は巨額にのぼるが︑それらは年々の消費と等しいか︑
あるいは︑需要の方が供給よりも多いためにヨーロッパ市場では銀価格は多少とも引きあがっているのである︵1二〇九︶︒
スミスは︑社会の進歩とともに銀価値が上昇していくという見解をさらに考察していく︒﹁金銀のおのおのの価値のあ
いだにおける割合の変動﹂においては︑金銀の価値の割合は︑必然的に金銀の量の割合と同じでなければならないとする
考 え方を批判する︒
アメリカの諸鉱山の発見のなかで︑金山よりも銀山の方がより多産的であったために︑金の銀に対する価値が下落した︒
一般的にいえぽ︑一定量の金の価値は︑同じ一定量の銀の価値よりも大きいといえる︒しかしながら︑これらの価値のあ
論 いだの割合が︑必ずしも︑市場にあるこれらの量のあいだの価値を意味するものではない︒高価な金と安価な銀︑または
動 峻 屠肉とパンなどの関係について︑スミスは次のようにいう︒﹁安価な商品には︑高価な商品よりもひじょうに多くの購買
価
銀 者 が あるから︑ふつういっそう多くの数量が処分されるばかりではなく︑いっそう多くの価値も処分されるほどである﹂ と 蹴
︵−二一二︶︒社会全体としてみれば︑金は少量しか存在しない︒しかし︑金に比べて銀は市場に多量存在する︒市場に多
の ス 量 存 在 し︑しかも必需品であるものは︑有効需要もまた大きいから︑社会全体としてみれぽ︑処分される数量も多い︒し
ヘミ
弓
たが っ て︑当然︑その価値も多く処分されるので︑社会全体の価値量は大きくなる︒それゆえ︑金銀の価値の割合は︑必
ム ず しも市場にある金銀の量のあいだの価値を意味するものではないのである︒
ス︑︑︑スは︑金と銀がどちらが高価で︑どちらが安価であるかという議論をするばあいに︑それらの最底価格を基準にし
75
て 論 ず る︒このぼあい最底価格とは︑その構成部分に地代を含まず︑賃銀と利潤だけに分解される価格であった︒スミス
76
は 租 税 率の大きさから︑どちらが最底価格に近いのかを推測する︒金の租税率は五分である︒これに対して銀はその一割
に 達しているという︒金の租税率が低いということは︑金の価格が最底価格に近いことの証左である︒したがって︑金に
対 す る租税の納入状態が不良であるということ︑あるいは金山の企業家は銀山の企業家に比べて財産形成が稀であること
などを考慮して︑スミスは︑金の方が銀に対して最底価格に近いと推論するのである︒
しかし︑アメリカの銀山も生産費が増加してくる︒それは︑﹁稼働に必要な深度の増大と︑抗底における排出や換気の
費用の増大のために﹂︵1二一四︶︑稼働費が増加してくるからである︒銀山の稼働費がふえ︑銀の生産費が増加してくる
と︑銀が益々払底の傾向になってくる︒ス︑・・スは︑生産費の増加は銀価格の比例的増加によって全部的につぐなうか︑あ
るいは銀に対する租税を比例的に軽減するかによって全部的につぐなうか︑またはこの二つの方法を混合した結果を導入
す るかであろうと考察する︒かくして次のようにいう︒﹁金に対する租税が大幅にひきさげられたにもかかわらず︑金の
価 格が銀のそれに比例して上昇したように︑銀に対する租税がこれと同じようにひきさげられても︑なお銀の価格は労働
や 諸 商 品に比例して上昇するかも知れない﹂︵1一二四︶︒このように租税の軽減措置が行なわれると︑銀の稼働率も上昇
し︑銀の払底は回避でき︑供給量も増加する︒ヨーロッパにおける富の増大とともに銀に対する需要が大きくなり︑市場
に お け る銀価値は上昇してくる︒これがスミスの理解のしかたであった︒したがって︑この考え方がスミスの時代の銀価 ︵9︶ 値 低 下 論
に対
す る積極的な論駁をなすものであったといえる︒
三 粗 生 産 物の相対的価格変動 ︵
既
に述べてきたように︑ス︑ミスは︑富国においては︑金銀が高価になるという考え方を開示していた︒社会の富や改良
の
進 歩
につ れ て︑家畜︑家禽および化石類ならびに鉱物類などに対する需要が大きくなり︑それらの価格は自然に上昇す
るのであった︒そして︑このような土地の粗生産物の大部分にみられる価格上昇に立脚して︑ヨーロヅパ市場において銀
の
価 値が下落しているという考え方は︑誤謬であると指摘した︒すなわち︑それは︑﹁ヨーロッパの富の増加と貴金属の
量 は 富の増加とともに自然に増加するから︑貴金属の量が増加するにつれてその価値は減少するという俗見﹂︵1二一六︶
に
対 す る批判であった︒ス︑ミスは︑社会の改良進歩につれて土地の粗生産物の名目価格が上昇するのは︑銀の価値の低落
の結果ではなくて︑それらの商品の実質価格の上昇の結果であると分析したのである︒
しからぽ︑社会の改良進歩が土地の粗生産物に対して︑具体的にどのような効果をおよぼすのであろうか︒
この課題について︑スミスは猟の獲物︑家畜︑鹿肉︑家禽︑豚およびミルク・バター・チーズなどの粗生産物が︑土地 の改良や耕作の進展につれて︑どのように価格変動するのかを具体的に分析する︒これらの粗生産物の貨幣価格の変化を
歴 史 的
に分 析 す ることによって︑それらの価格上昇は銀価値低落の結果ではなくて︑つまり︑それらが以前よりも多量の
論 銀に値いするようになっただけではなくて︑これらの粗生産物が多量の労働や生活資料に値いするようになったこと︑換
動 峻 言 す れ ぽ︑価格上昇は粗生産物の実質価格の上昇の結果であった︑という結論をひきだすのである︒
纐 ここではそのようなスミスの展開のしかたを具体的にみてみる︒そのぼあい︑スミスは粗生産物を三部類に区分し︑改
と 猷 良の進歩がその各々についてどのような効果をおよぼすのかを議論する︒われわれもこの分類に基づいて論ずることにし
初
よう・ベミ
弓
まず第一類に属するものとして︑スミスはめずらしい鳥や魚の大部分︑多くの異なる部類の猟の獲物および渡り鳥を含
ム ダ
めた
ほとんどすべての野鳥を挙げる︒これらの産物に共通した特質は自然に一定量しか存在せず︑しかも貯蔵や蓄積が不
ア 可 能なことである︒これらは︑﹁人間の勤労の力ではほとんどまったく増殖できないもの﹂︵1二一七︶である︒これら第
77
一類に属する産物は︑社会の富が増加し︑人々が稀少なものを求めるようになるとどのようなことが生じるのであろうか︒
8 簡略に言えぽ︑そのものについては需要超過現象が発生し︑そのものの価格は限度なく上昇するであろう︒ス︑︑︑スは次の 7
ようにいう︒﹁富やこれにともなうぜいたくが増進すると︑こういうものに対する需要もおそらくそれとともに増加する が︑人間がどれほど勤勉に努力を払っても︑この需要の増加以前の程度をこえて︑その供給を増加することはできないで
あろう︒それゆえ︑こういう商品の量が同一︑またはほとんど同一の状態にとどまっているのに︑それらを購買するため
の競争がたえず増進するから︑それらの価格は︑どのようにけたはずれの程度までも上昇するであろうし︑しかもそれに
は一定の限度というものがないように思われる﹂︵1二一七︶︒
こうして︑第一類の価格が上昇したのは︑銀の量が豊富であるためその価格が低くなったからではない︒むしろ︑社会 の富が増加し︑人々の生活資料が豊富になったために︑人間の労働では増殖できないような珍奇なものの価値が上昇した
か らである︒これらの粗生産物の実質価格の上昇は︑スミス流にいえぽ︑これらのものが購買または支配するであろう労
働の実際の量が増加したことと同じ意味である︒
このように供給量はほぼ一定であるというのが第一類の粗生産物の前提であり特徴であった︒これに対して︑第二類は
︵10︶ 社 会の需要に比例して︑人間の労働がその供給量を増加させるような粗生産物である︒例えぽ︑家畜や家禽︑鹿肉および
豚 が そ うである︒これらの価格は︑社会の進歩につれて益々上昇する特性があるが︑それには一定の限度というものがあ
る︑とスミスはいう︒すなわち︑一般的にいえば︑未だ改良が進まず未耕地が大部分の国においては︑これら第二類の粗
生 産 物はあまりにも豊富なためにほとんど価値がない︒しかし︑長い期間をつうじて改良が進んでくると︑これらの粗生
産 物の数量は減少してくる︒他面︑改良の進歩は人々の第二類の粗生産物に対する需要を増加させる︒需要が増加すると︑
そ れ らの実質価格はしだいに上昇する︒それは︑多産的で良好な土地における人間の労働生産物とほぼ同一水準にまで達
す る︒しかし﹁いったん︑この実質価値がこの程度の高さに上昇すると︑もうそれ以上高くなるわけにはいかない︒もし
そ うなれぽ︑これらのものの量を増加させるために︑まもなくより多くの土地やより多くの勤労が使用されるであろう﹂
︵1一二九︶からである︒資本は高い利潤を求めて移動するが︑これらの粗生産物の生産分野に多くの資本が流入すれぽ︑
そ れ らの供給量が増加する︒同時に︑そこにはより多くの費用が使われる︒こういう状態では粗生産物価格の上昇はあり
えず︑しかも利潤も低下する︒これが︑粗生産物価格の上昇とその上昇を制約する要因である︒ス︑ミスはこのように一般
化 したうえで︑具体的な粗生産物の分析をおこなう︒
まず︑家畜価格の上昇は社会の改良と進歩のあとから随伴的におきる現象である︑という︒われわれは︑その内容に少
し立入ってみたいと思う︒スミスは︑スコットランドとイングランドとの合邦における商業的利益の最大のものは家畜価 ︵11︶ 格の上昇であったと強調する︒そして︑もともと耕作可能な土地が充分にあるにもかかわらず︑なぜそれらが完全に耕作
されないのであろうか︒同じことであるが︑家畜が農家の庭に隣接する土地で飼育されているのは何故であろうか︑とい
論
う問題意識をもつのである︒合邦以前のスコットラソドの低地地方における借地人は︑貧困で土地を改良する余裕がなか
動 骸 った︒節倹や勤勉から生まれる資財の蓄積が欠如していた︒そこで︑施肥されない土地は一︑二年耕作して使い果たし︑
鮪 そ
の土 地
の地 力を回復喜るために六・七年休耕地にして放牧するという経営方式が旧い習慣とし三般化して已・こ
と 猷 ういうばあいは︑当然︑家畜の価格は低く︑耕地の地代や利潤は生まれない︒農業者にとって︑家畜の放牧や畜舎での飼
初 育 は 不 可 能である︒
ミヘ
パ もともと︑広大な土地が未耕作のままの状態であるのは︑土地の耕作に施肥を必要とするからである︒そのためには土
ム ダ 地
に家 畜 を 放 牧 す るか︑あるいは家畜を畜舎で飼育してその糞を耕作地の肥料にするかのどちらかである︒家畜を畜舎で
ア 飼 育できるのは︑耕作地の生産物が飼料となるばあいだけである︒しかし︑これは︑家畜の放牧よりも分離した生産物を
7 収集し運搬するのに多くの追加労働を必要とするから︑費用がかさむ︒家畜の価格が低く︑その価格からは地代や利潤が
80 支 払 えないばあいには︑土地の大部分を耕作することは不可能である︒
社 会が進歩し︑富が増加し︑改良が進めぽ︑屠肉に対する需要が増大する︒こうなれば耕作地は拡張し︑家畜の価格が
上 昇する︒農業者にとっては︑地代の支払や利潤の確保が可能になる︒このことは家畜の放牧および家畜頭数の増加を促
し︑耕作面積を拡大する︒さらに家畜価格が上昇していけぽ︑家畜を畜舎で飼育することが可能になり︑改良され耕作さ
れ
た土 地
の生 産物を収集して肥料を殖し︑さらに耕作面積を拡大していくことが可能になる︒こうして︑地代と利潤が支 ︵13︶ 払
える程度に家畜価格が上昇してくると︑土地の耕作は完全に進展する︒しかし︑この家畜価格の上昇には限度がある︒
そ れ
は穀 物価格の高さに達するまでの価格上昇である︑ということである︒未耕地の耕作化の進展と家畜価格の上昇との
自然的発展の過程は︑以上の如きものである︒
ところが︑実際にはスコットラソドの低地地方では︑家畜価格が安い︒家畜が安価であると︑家畜の放牧や畜舎での飼
育 に 要 す る費用を賄えない︒ましてや利潤をあげることも不可能である︒また家畜の頭数もふえない︒このような状態で
は︑耕作可能なすべての土地に十分施肥できるわけではない︒数少ない家畜が提供する肥料は︑当然︑限られてくる︒そ
れ は 最 も便利に利用でき︑しかも多産的な土地である農家の庭に隣接する場所に限定される︒これらのごく限られた小さ
な土地は︑いつでも耕作に適した状態におかれる︒残りの大部分の土地は荒地として放置されることになる︒ここには貧
弱な牧草しか育たないため︑質の悪い家畜しかできない︒
だ か らこそ︑スミスは家畜の頭数をふやし︑土地を改良しなけれぽならないと次のようにいうのである︒﹁家畜の増加
︵14︶ と土地の改良とは手に手をとってけ①昌臼9庁騨ロOすすまなけれぽならない二つの行事なのであって︑どのようなところ
で も︑そのうちの一つが他よりもはるかに先走ることはできない︒家畜の多少の増加なしには土地の改良はほとんどまっ
た くありえないが︑そうかといって︑土地がかなり改良された結果としてでなければ家畜がかなり増加することもまった
くありえない︑というのは︑さもないかぎり土地は家畜を養おうにもできないだろうからである﹂︵1二一二︶︒家畜の増
加と土地の改良とが相互に補完しあいながら︑肥料不足や資材の不足を徐々に解消させ︑土地改良を進めていく︒こうい
う土地耕作の進展は社会の富︑すなわち年々の労働生産物が増加し︑家畜に対する需要が増大することを前提としていた︒
スミスは︑家畜価格の上昇こそが土地耕作の進展を可能にする最初のものであり︑鹿肉はその最後のものであるという︒
この順位は︑社会の進歩発展にともなうこれらの粗生産物の特性に依る︒つまり︑家畜は消費老にとって生活必需品で有 効需要は大きく︑穀物価格に比べて比較的短期間に最高に達する︒鹿肉は冗物で有効需要も小さく︑これが最高価格にな
るには非常に長い期間を必要とする︒スミスはこれらの中間に位置するものとして家禽や豚および乳製品を挙げている︒
家 禽 と豚は︑いわば廃物利用で飼育されるもので︑その経費が零である︒だから︑その純所得は農業者がすべて手中に
いれる︒廃物利用の程度で家禽や豚の需要が充足されているということは︑それらの価格がきわめて安く市場取引されて
論 いるということである︒しかし︑社会が進歩し︑富すなわち労働の生産物が豊富になると︑これらの動物性食物に対する
動 峻 需要が増加し︑その価格は上昇してくる︒そして︑これらの価格が最も占ロ向価になる時期は︑﹁それを生産するための土地
醐
の耕 作が一般化する直前の時期にちがいない︒というのは︑これらが一般化するすこし前に︑その払底が必然的にその価
と 蹴 格
をひきあげるからである﹂︵1二二四︶︒とくに︑スミスは家禽と豚の急激な価格上昇のひとつの原因が︑小屋住農夫や
の ス その他の土地の小占有者の減少にあるとする︒この供給量の減少と改良の進歩にともなう需要の増加が︑飼料を生産する
ロミ
パ た
めに土 地
の耕 作
に要 す る労働と費用を支払うほどの最高価格にいたらせたと分析する︒しかし︑この土地耕作が一般化
ム ダ してしまうと︑新しい種々の飼育方法などの生産技術が開発され︑これらが普及するので︑農業者は同一面積の土地でこ
ア ういう動物性食物を多量に生産できるようになる︒生産物の豊富さが価格を低下させるが︑それでも農業者の利得はふえ
81
余 裕 が 生 じるのである︒家畜頭数の増加および飼料や肥料の増産が耕地の拡大を可能にするのである︒
2 ミルク・バター・チーズを生産する搾乳事業は︑穀物生産や家畜の肥育より有利でないが︑社会の進歩とともに屠肉価
8格が上昇したのと同じ理由︑すなわち需要が増加し︑また費用をかけずに飼育される家畜数の減少によってこれらの価格
は 上 昇していくのである︒需要の増加が屠肉価格をおしあげると同時に︑土地耕作の拡大にともなう飼育費の増加も搾乳
生産物の価格上昇の要因になる︒
こうして︑スミスは︑人間労働による土地生産物の価格が土地の改良や耕作のために要する費用を賄えば︑どのような
国の土地も完全に耕作され改良されるという︑第二類の粗生産物に関する一定の結論を導きだす︒しかし︑そのためには︑
いかなる条件がみたされていなけれぽならないのであろうか︒少なくとも︑これらの粗生産物の価格が︑使用した資財と ︵15︶ 地 代および利潤を回収できるような水準に達していなけれぽならないであろう︒スミスは﹁利得σq四日こそいっさいの改
良の目的﹂︵1二二七︶という認識を呈示することによって︑社会発展の基本的契機を個人の利潤取得動機に求めるので
ある︒したがって︑土地の粗生産物における価格上昇はその国の改良と耕作を進展させるものであるから︑あらゆる公共
的 利 益
のなかでも最大のものであると考える︒
さらに︑こうした第二類の粗生産物の価格が上昇するということは︑社会が発展して富が増加した証左であって︑銀の
価 値 が 下 落 した結果ではないと論断するのである︒社会の発展と富の増加は︑これらの粗生産物がより多くの銀に値いす
るようになったことを示すものである︒銀の供給量がたまたま増加したから︑銀価値が低下したということでは決してな
い︒われわれは︑ここに貴金属を富とみなす重商主義思想に対するスミスの激しい論駁をみるのである︒
ス︑︑・スは︑社会の進歩にともなって粗生産物価格が上昇する最後の部類を第三類として考察する︒ただこの粗生産物の
特 徴 は︑勤労の効果に限度があるか︑またはこの効果が不確実であるかのいずれかするものである︒そのために︑もし改
良の程度が同一であれば︑種々の偶然事がこの粗生産物の増殖を左右することになり︑それに応じて︑その価格は上下に
変 動 す るか停滞するかすると論ずる︒
まず︑スミスは第三類の粗生産物価格が上昇する例として動物全体の価格を挙げる︒動物全体の価格は︑その国の改良
が 進 み︑人口が増加するにつれて必然的に上昇する︒しかし︑動物の体躯と羊毛または獣皮とではその価格に異なった変
動 が 認
められるとして︑それらを別個に分析するのである︒すなわち︑未開な国においては︑動物の体躯の保存技術が未
発 達 なために︑その市場は産出国に局限される︒改良や人々の増加に比例して︑その市場は国内でしか拡張していかない︒
しかし︑羊毛や獣皮は腐敗することがないし︑輸送にも便利なためにその市場は広く︑全商業世界に拡張していく︒こう
してみると︑その社会の改良進歩が両者に与える影響は異なり︑前者が大きく︑後者は小さいといえる︒したがって︑屠
肉の価格はその国の改良や人口に比例して上昇するが︑羊毛や獣皮はそれと同じ割合で上昇しない︒しかし︑下落するこ
とはない︒むしろ︑多少上昇する傾向がある︒
論
羊毛は毛織物の原料として使用されるので︑これらを使用する製造業が繁栄すれぽ︑必然的にその市場は拡大し︑価格
動 変 は上昇する︒しかしながら︑イングランドで羊毛は=三二九年以降下落した︒スミスは︑その原因に自然の運行を妨げる
値 醐 諸 規 制を一つの偶然事として位置づけるのである︒すなわち︑イングランドでは毛織物製造業が繁栄していたにもかかわ
と 蹴 らず︑羊毛価格が下落したのは人為的な諸規制に依るものであった︒その諸規制とは︑イングランドからの羊毛輸出の絶 朋 対 的 禁 止 とスペインからのその無税輸入の許可︑さらにはアイァランドからイングランド以外のあらゆる国への輸出禁止
ヘミ
ス
である︒これらの諸規制の結果︑イングランドの羊毛市場は国内に局限されたため狭随なものになってしまった︒スミス
いダ は︑こういう羊毛価格の下落は﹁暴力や術策の結果﹂︵1二三〇︶であり︑その政策は自然の運行に逆行するものである︑
ア
と厳しく批判する︒
83 獣 皮
のような生皮価格は︑一七七三年二月におけるスミスの現在のほうが昔に比べて低い︒それは︑税の撤廃やアイァ
84 ランドおよび諸植民地からの生皮の無税輸入に起因するものである︒しかし︑一八世紀全体をみれば︑その実質価格は高
い ︒
生 皮
は遠距離輸送に適していないから︑羊毛ほどには価格が上昇しない︒しかし︑加工された生皮はその価格が多少
上 昇した︒改良と耕作が進んだ国で︑羊毛か生皮の価格上昇を抑える諸規制策がとられれぽ︑必ず屠肉価格が上昇する︒
そうしなければ︑地主や農業者には土地の改良や耕作意欲が生まれてこない︒なぜならば︑家畜価格が上昇しなけれぼ︑
地 代 と利潤とを回収できず︑かれらは家畜の飼育をやめてしまうであろうからである︒したがって︑改良や耕作が進展し
てい
る国では︑家畜価格の上昇によって地代と利潤が回収できなけれぽならないから︑どのような諸規制がとられても︑
地 主 や 農業者の利害に大きな影響を与えるものではないといえる︒
しかしながら︑改良も耕作も進展していない国では︑これらの諸規制は地主や農業者に深刻な影響を与える︑とスミス
は
分 析 す る︒すなわち︑これらの国では︑大部分の土地が家畜の飼料目的にだけ使用されているぽあいが多い︒羊毛や生
皮の価格が下落しても︑体躯の価格は上昇しない︒なぜならぽ︑家畜の頭数は同一であり︑同一量の屠肉が市場に運搬さ
れ るけれども︑需要が増加しないのでその市場価格は以前と同じままである︒やがて︑全体の家畜頭数も増加し︑家畜価
格が下落してくる︒それにともなって︑地代と利潤が下落する︒こうなると︑このような諸規制は自然の発展を阻害する
ことになり︑その国の改良や耕作の進展の速度を抑制する結果となる︒スミスはこのような羊毛と食用肉との相対的価格 ︵16︶
の
変 動 を イソグランドとスコットランドの合邦の説明基準にしていたのである︒
さらに第三類の粗生産物としての魚類は︑地理的状況︑陸と海の距離の遠近︑湖水や河川の数︑さらには海・湖水・河
川
の多産性と不妊性によってその捕獲数量が限定される︒これは︑改良の進歩によって実質価格が上昇するものである︒
人 口
の増 加
および富の増加によりその市場は拡大し︑それにともなって魚類に対する需要が増加するので︑その価格も上
昇するのが常である︒漁労従事者や捕獲に必要な船舶・機械・魚網などの資財が増加する︒かくして︑比較的長い期間を
み れ ば︑漁獲量は確実に上昇する︒しかしながら︑スミスは︑こういう労働の効果とその国の富および産業の状態との間 ︵17︶
には明確な依存関係があるわけでないと明言する︒むしろ︑それは地理的状態により多く依存する︑と理解する︒したが って︑漁獲量の増加と改良の状態との関係は不確定であると推論するのである︒
最 後に︑スミスは鉱物について次のように述べる︒﹁地底から掘りだされるさまざまの鉱物や金属の量︑とくに貴金属
や 宝 石
の量
の増 加
においては︑人間の勤労の効果には限度こそないけれども︑それはまったく不確実であるように思われ
る﹂︵1二三五︶︒鉱物の増加とその国の改良の状態との関係は︑不確実なものであるというわけである︒そして︑特定国
に お ける貴金属の量は︑その国の購買力と鉱山の多産性という二つの事情に確実に依存すると明言する︒すなわち︑﹁第
一に︑それはその国の購・︒貝力︑つまりその国の産業の状態︑その国の土地と労働の年々の生産物に依存しており︑こうい
う事情の結果として︑その国は︑自国か他の国々かのいずれかの諸鉱山から金銀のような冗物をもちだしたり購買したり
論 す るために多量または少量の労働や生活資料を使用しうるし︑第二に︑たまたまある特定の時期にこれらの金属を商業世
動 骸 界に供給しうる諸鉱山が豊鉱か貧鉱かに依存しているのである﹂︵1二三五︶︒
剛 ある特定国における金銀の量がその国の購買力に依存するぽあいには︑その実質価格は︑奢修品の価格と同様に︑その と 蹴 国の富の増加や改良の伸展とともに上昇する︒すなわち︑富国では貧国に比べて多量の労働や生活資料をもって︑これら
の ス
の金 銀
の特 定 量
を購 買することになる︒また︑ある特定国における金銀の量がたまたま商業世界を充足すべき諸鉱山の多
ミへ
之
寡に依存するばあいには︑その実質価格は上昇あるいは低下する︒つまり︑需要を一定とすれぽ︑貧鉱においてはその供
ム ダ 給 量 が 減 少するから価格上昇がおき︑豊鉱であれぽその供給量が増加するから価格は低下していく︒しかし︑スミスは︑
ア
ある特定の時期にみられるこのような現象と︑ある特定国における産業の状態との間には必然的な関係はないと推測する︒
8 そして︑次のようにいうのである︒鉱山が多産的になったとか︑不妊的になったとかということは︑﹁世界の実質的富や
6 繁栄にとって︑つまり人類の土地と労働の年々の生産物の実質価値にとって︑ほとんどどうでもよいことがらである﹂
8︵1二三六︶と︒
四 むすび ︵
以 上 み
てきたように︑スミスが粗生産物の価格と銀の価値とを区別して︑両者の変動を論じてきた目的は︑一体︑どこ
に あるのであろうか︒基本的には︑当時の貴金属11富という国富観の誤謬を批判し︑真の意味における国富観を展開する
ことにその目的はあったといえる︒すなわち︑国民の富とは︑金銀の多寡に求めるのではなく︑土地と労働の年々の生産
物の豊富さに求めるのが正しい考え方だという認識である︒そのためには誤った観念としての重金思想を批判し論駁しな
けれぽならない︒その意味では﹃国富論﹄全体が重商主義批判の書物であるが︑とくにその第四編﹁政治経済学の体系に
つ
いて﹂集中的に展開されている︒
しかし︑この小論の範囲についていえば︑スミスは一国が繁栄しているのか︑あるいは繁栄せず貧困で野蛮のままなの
か を 判 断 す る証拠として︑土地の粗生産物価格と銀価値の変動を議論しているものといえる︒既にみたように︑ヨーロッ
パ
で
の金 銀
の増 加 は︑たまたまアメリカの多産的な鉱山の発見に依るものであって︑このこととヨーロッパにおける製造
業 や
農 業の発展とはほとんどまったく﹁自然的関連昌馨ξ巴8白昌oo江oロ﹂がない︒とくに︑銀価値の高低を基準にして︑
ある特定国の貧富の状態を判断することには合理的な根拠がない︒これがス︑ミスの基本的な認識のしかたであった︒かれ
は 次
のように論じた︒非常に貧しい国︑例えぽ当時の﹁ポーランドでも穀物の貨幣価格は上昇し︑貴金属の実質価値が下
落したことは︑ヨーロッパの他の諸地方と同じである︒それゆえ︑貴金属の量は︑ここでも他の諸地域と同じような割合
で 増 加 し︑しかもその土地と労働の年々の生産物とほぼ同じ割合で増加したにちがいない︒しかしながら︑これらの金属
の こういう増加は︑その年々の生産物を増加させたとは思われないし︑またこの国の製造業や農業を改善したとも︑その
住 民の境遇を好転させたとも思おれないのである﹂︵1二三八︶︒銀価値と穀物価格とが逆方向に変化することは明白な事
実であるが︑銀量の増加と農工の産業の発展とは必然的な関係はないということが如実に示されている︒
ある時代において︑ある特定国が貧困で野蛮であると判断できるには︑金銀の多寡はその証拠にならない︒しかし︑既
に
み
てきたように︑家畜や家禽のような猟の獲物などの価幣価格が穀物価格に比べて低いばあいには︑その国は貧困で野
蛮な状態である決定的な証拠になる︒何故か︒スミスはその理由を次のように考える︒猟の獲物のような特定財貨が穀物
よりも豊富であることは︑穀物を生産する耕作面積よりも︑未耕地の荒地が圧倒的大部分を占めているわけであるから︑
その国の土地は改良も耕作も進展していない証拠になると︒このようにスミスは︑野蛮と文明の判断基準を﹁ある部類の
財 貨の貨幣価格が他の部類の財貨のそれに対する割合の高低ということ﹂︵1二三九︶に求めるのである︒そのばあい︑
論
穀 物価格を価値尺度にして判断することは既に述べたところである︒
動 骸 さらに︑この小論の主題に即してスミスを評価するならば︑社会の改良11進歩発展にともなって︑製造業の製品価格が
鋼 しだいに低落していくことをすべての改良の自然的効果とみなしたことである︒ただ︑大工や指物師の仕事︑粗雑なたん
と 蹴 す製造業などの少数の製造業は︑生産数量も少ないので︑原材料価格が上昇するとその価格は下落しなかった︒しかし︑
期 そ れ 以 外
のものの価格はたいてい低下した︒特に顕著なものは︑卑金属を原料とする製造品︵例えぽ︑懐中時計︑刃物︑
ヘミ
パ
錠 前︑おもちゃ︶の価格低下であった︒また︑織物製品も一五世紀末葉と比較すると︑その価格は顕著に低下した︑とス
ム ︵18︶
ダ ミスは述べている︒
ア
それ
では︑なぜこれらの製造品価格は低下したのであろうか︒スミスはそれを労働の生産諸力の増進に求める︒より少
留
量の労働でより多量の所産を生産する傾票これである・社会の齢の進歩は・生産過程における分萎促進し・新しい
88
ヘ へ機 械 類の発明を促す︒﹁よりよき機械やよりすぐれた技巧やより適切な作業の分割ならびに配分は︑すべての改良の自然
効果であって︑そのために︑ある特定のまとまった仕事をおこなうのに必要な労働量もはるかにすくなくてすむようにな
り︑たとえ社会環境が繁栄にむかう結果として労働の実質価格がきわめてはなはだしく上昇することがあっても︑その量
の
大 幅の減少は︑一般にその価格におこりうべき最大の上昇をつぐなってはるかにあまりあるものになるであろう﹂︵1
二
四二︶︒生産手段の改良が単位時間あたりにおける産出量を増加させるので︑商品一単位あたりの価値は労働の生産諸
力の向上に反比例して低下するのである︒
こうして︑社会の改良が進展している国では︑製造業の製品価格は低下していく︒これに対して︑既にわれわれが詳し ︵20︶ くみてきたように︑農産物の価格は社会の改良‖進歩発展とともに上昇するのであった︒これが︑文明社会における工業 ︵21︶ 製 品 と農業生産物の価格に関するスミスの到達した結論である︒
註
︵ 1︶ 戸●①日O力日一汁亡﹄ミぎQミミぎ﹃o㌻恥﹂︿ミミミo§へ○亀§︾ミS㌻弍§〜Sミ﹀ざ篭o嵩゜oユげ喝国ユ司一ロ○①旨OロP Φけげo 合二N<巳切二□︒且︒P﹂Φoo°これをきミきミき民︒蕊と表記する︒邦訳は大内兵衛・松川七郎訳﹃諸国民の富﹄全二巻
本︑岩波書店版を用い︑﹃国富論﹄と略記した︒﹃国富論﹄からの引用個所の表示については︑キャナン版原書ぺージのみを巻数
とともに︑たとえば︵1一七五︶と略記する︒
︵ 2︶ この問題については︑拙稿﹁アダム・スミスの土地所有と地代について﹂﹃星薬科大学一般教育論集﹄第三輯︑一九八五年を
参
照の
こ と︒
︵
3︶ 司鳴ミ■ミ﹀ざミo§靭 □喝゜H±○は゜︵