智山 学報第四十五輯 平成八 年三 月
Advayavajra
は
尊
称
Anupamavajra
か
森
口
光 俊
〈論文 概 要>
Advayavajra
著「Kudr
§tinirghatana
」(悪 見破 斥)所 収の “Adikarmavid
=hana
” (初業の儀則 )はAnupamavajra
著 「Adikarmapradlpa
」 (初業の灯 )と、その 大 概主 旨 を一に す る。Advayavajra
は 「我 はこ の初業 (の儀則 ) を書き、初業を 詮す るこ とを 説 け り」と言 う。 当 稿 はこ の両 者が同一人 物で あ ろ うこ とを 次に従っ て検討 す る。
1
.Kud 県 inirghatana とAdikarma
II. Paficatathagata と
Guruma
鱒alaIIL Anupamavajra 昔 「
Suvi
§adasadhanopayika 」1
.KudrStinirghatana
とAdikarma
(
a)
Adikarma
(
初業 )
とはAdvayavajra
(以 下ADV
)著「Kudrstinirghatana
」(悪 見
破 斥
。 以下、KN
)
は “Adikarmavidhana
” 「 初業」即 ち大 乗 密教 徒の 基 本 徳 目 と行為 に係 る 「儀 則」 に基づ い て、 この 初 業 を否 定 する見解 : 「悪 見」 を 「破斥
」 せ ん とするも
の であ
る。 悪 見破 斥論
におい て初め に 「初業
の儀
則 」 が あっ た 。KN
は こ の 儀則 の 前 後に 「悪見破斥
」 を論 じて、 「初 業 」 が Cf) 一 有学の 者、無 学、 在 家の 菩 薩、 風 狂の徒 一 を問わず仏教 徒た る者 の 必 須 の 実 践 徳 目 で あ り、 日課 と し ての 業 (特 に在 家の 菩 薩の た め の )で あるこ とを教 詮 するの で ある。「初
業
」 の 内容事
項は次
の 如く
で ある。 一 は大乗
密教徒
た らん者 、 必須の実践徳
目(
持戒
etc)
、 二 は 、 その 者 (在 家の 菩 薩 を主 とした〉の 日課で ある。1
.三 帰、 三竟、 八斉戒、 五戒、十善業
の受持
II
. 日課A
.1
.早 朝の 起 床、洗 顔等
(1
)Advayavajra
は尊称Anupamavajra
か2
.念
三 宝、 結護、定慮
、 持 誦、 ナ ーマ サ ン ギーテ ィ読誦
三 返3
. ジャ ンバ ラ神 献水4
.施 餓 鬼 供 養5
.念
四無
量心、 浄地 、 造マ ン ダラB
.6
. 本尊
観 :五仏の観想
(Munimandala
)7
.香 華 供 養8
. 三帰、 懺悔
、 発菩 提心9
.菩薩
と しての誓願
等
10
.発遣
(以 上 五 仏マ ン ダラ供 養)
C
. (1
) マ ン ダラ讃 (Muni
=Guru
‘Meru
−mandala )(
2
)Guru
師 (金剛 薩唾 :持 金 剛で もあ り現 実の導
師で も あ る)へ の 供 養、信 施 等につ い て(
3
) 諸種
の供養
の 対称
と読
誦経 につ い て仏
菩薩
の画
、像
、経 典
◎
甎 仏 とその 造作 次 第泥
塔 とその功 徳般 若 経、六 門 ダ ラニ 、
普
賢 行 (願 讃 )(
以 上 は 日課に係 る本 尊 観の 意味 と供 養の 対称 等 に関 す る説明)11
. 随喜
、 廻 向12
. 施餓 鬼 作 法、乞 食の 意 味 と施主へ の 謝徳D
.13
. 行法 了後
の 時 間 ;自由に、 そ して善友等
との 語 らい に過 すこ と14
. 夕勤行
15
.睡
眠、 マ ン トラを誦 しつ つ 瑜 伽の眠 をと る以上が
KN
に お け る 「初 業 」 の梗 概で ある。 内容 は 「初業 」 と称 するよ うに 大乗
密教者
た らん者の 根 本 律 と、 そ れ に従 う
初 巳の 「在家
の菩薩
」 の た めの 日課 業 を説い てい るも
の で あっ て、本 尊 観 :「Munimandala
」 (後
述 )を除い て特別
な秘儀 次第
を教
示 して い る もの で はない 。 時代の眞摯
な行学
者に とっ て は当然の こ と と さ れ る徳 行で ある。 (2
)智山学報第四十五輯
ところで 初め に述べ た如 く 、 こ の 「初 業 の 儀則」 は
Anupamavajra
(以下、ANV
)
著 「Adikarmapradipa
」 (以 下 、AP
)と大 概 主 旨を同じくして、 その 要 略 を成 して い るもの である 。 こ の こ と はKN
が 「初 業の 儀 則 」 即 ちAP
(の要
略 )によっ て成 っ てい るこ とを意 味す
る。著者 名
に従
え ば、ADV
は先 行 す るANV
な る著:者の 主 張 する 初 心 の 「在 家 の 菩 薩」 の た め の 「初 業の 儀 則」 の 重要性 を新めて 論詮 した こ とに なる 。しか しなが ら
ADV
は その 論KN
の奥
書 相 当偈 に 次の 如 く 「私が こ の 初業
(の義
則 ) を書 い た 、初 業 を詮 するこ とを説い た」 と言う
。38
)御
名か らし て、虚
空 を胎蔵
さ れ るこの 方は、 中道の 義理 に通 達 し、初 業に専 念 して お られ 、 (常に 、
衆
生 の )摂 受 を な さる。39
) 金 剛 座 よ り来た れ る御 方、 聡 明なる生れの 、 正 しき意 楽 を持
た れ る御 方、 か の
御
方に(
深 く)
お たず
ね して、 我は こ の 初 業の (儀 則 )を
書
き た り。40
)こ こ に、 ま さに、虚
空 を胎蔵せ る御方
にお たずね するこ とに より、わずか若 千の 句 を もちて、 初
業
を詮す
るこ とにつ い て我 は説 けり。(こを
聞
く)者は、罪 という
眼翳
を除
き煩悩 を破
して 、 (初業
の )修
習
に よ り久
しか らず
して無 垢の 覚 を悟
らん。 一こ こ に言 う 「初
業
を書
い た」 と は 「初 業の儀 則 」 即 ちAP
(要 略 ) を指 し、 「初業
を 詮す
るこ とにつ い て説 い た 」と は 、KN
即 ち論詮の 部分 を指す
と考
え られる。 「虚 空 を 胎蔵せ る方」、 「金 剛 座 よ り来た れ る御方」 の 「御方」 と は、ビク ラマ シー ラ歴
代
の 賢人、 或 はADV
の直
接の 師 (Anupamavajra
etc .)を意 図 する もの で はない 。
ADV
の著作集 (
以 下、ADV
.S
.)所
収の他
の著作
に お け る 用例
や、 思 想 的 立場、 或 は時 代の無上瑜 伽 各 派の 相 承系 譜 に お け る派 祖 等の問題 に鑑み て一 、 「御
方」 はNagaruj
na ,釈尊
を指 して い る言 葉である と考
え られ る。 こ こ で は大乗
密教徒
と して 必須
の徳
目と、時代
の要請
と して の 日課業
が伝来
の 法勅
で あるこ とを主張す
る た めの 、 そ してADV
の行 学者
と して の真 摯
な態 度
の密教
的 表 現なの で ある。 次に述べ る如 く、ADV
は 自らが先 きに著 し たAP
、これ を新た に教 詮 すべ き (3
)Advayavajra
は尊称Anupamavajra
か 何 らかの 必要
が あっ て、 その要略
「初業
の儀
則 」に基
づ きKN
を著 したの で あ る。ADV
とANV
は 同 一 人物で なければ な らない 。(
6
)
KudrStinirghatana
成
立の事
情先 述の 如 く
KN
に 「初 業 」 は有 学の 者 、無 学、 在 家 の 菩薩、 風 狂 の 徒を問わ ず 実 践す
べ きもの と さ れ る。 同書
の 次偈は(
7
)全て の瑜 伽 者に よりて、説か れた とお りに初 業は修
さ るべ し。 なん となら ば、 空 性 と悲と不 可分 となっ て い るの が
1
吾
にお け る智
と認め られ るの であるか ら。
ADV
.S
.所収 「大 乗に関 する 二十頌 」 に同 出し て、 「初業」 を大 乗瑜伽 行 にお け る 「空悲 不二 智 」 を得るた めの 根 を為 す 徳 行で ある とす
る。ADV
は 「清 浄 なる初 業 」(
suviguddhadikarma ) と も称 して 「初業
」 を 「全 ての 瑜伽者
」、 「風狂の 徒 」 に おい て も必須の徳行
で ある と主 張 して い るの で ある。ビ クラマ シー ラ僧 院に あっ て
ADV
と互い に師 弟の 間 に あ っ たア テ ィ シ ャ の 言 及 に よれ ば 、ADV
に は大
乗密教
徒の基 本 徳 目 ;三帰、 五戒、 十善業
、菩
薩の 誓願等
を護 持 し、 日々 の 行 為 を律 して菩薩
行に生 き る という
規範
の確 認 を必要 とする事 情が あっ た と考
えられ る。羽田 野博 士の 「
The
life
ofAiSa
」 (Tib
No
.7043
)に よる論考
によ れ ば、
ア テ ィシ ャ は
ADV
の 三著「KudrStinirghatana
」、 「Suvapnanirdega
」 (夢 解 説)
、 「Mayanirukti
」 (幻 解 説 )が、 ラ トナー カ ラシ ャ ー ン テ ィ の 論 難に対す
る反駁
として書
か れ た と言う
。中観
思想 を厳
し く批 判 した とい うラ トナ ー カラ シ ャ ー ン テ ィ のADV
批 判 の 具 体 を詳に しない が、 「Mayanirukti
」 に次の 如 く言 う。(
4
) 汝は〔
幻 が〕虚
偽 た るこ と を 忘 れて、何 と幻 につ い て常と説 くことよ。 法 界 は不 生で ある故に、
断
見にも
ま た陥
るこ とはない 。(
7
)
足 を伸
ば して い る〔
女 性〕
を捨て、我 慢等
の 妄分別
を投
げ捨て て 、場 所 にこ だ わ るこ と な く安 住 した瑜 伽 行 者は行 を行 ずべ し。 (
4
)智山学報 第四十五輯 (
8
)食物 と飲物の 味 を得て、 清 ら か なこ と を言葉で叫 ん で も、 然 しなが ら、行 を行 じよ うと しない もの は 、菩 提の 器で はない。
(
9
)真 実
を言葉
で 語る人は行
を も喜
ぶ が 、知 と行の 完 成 を備 えた 人は得 難 い 。
(
10
) 〔瑜 伽 行 者に とっ て〕
大 地 が寝床
で あり、〔
あ らゆ る〕
方 位 (空 間)が衣 服で
あ
り、与
え られ た施食
が食物
である。 無 生法 忍は悲 愍 と 無 功 用とを もた らす。 (11
) 人 を支配す る諸法 もまた、行に よっ て支 配 さ れ る。 その 結果が この 世 に おい て 見 られ るが、 その 限 り、
〔
そ れが〕
無上〔
な結 果〕
で ある こ とは 言 を俟た ない 。 「Svapnanirde
§a 」に(ま、
(
9
)更
に また 、汝 は〔
夢
が〕
無 住で ある という考
え が覚者
の 最 上 なる 全 財 産 で あ る と、 正 しい 師 の 知識 に よっ て努 力 し て、 ま た特に行 〔をなすこ と〕に よっ て知 れ よか し。 ア テ ィ ー シ ャの 言の 如 くで あれ ば 、 こ の 両著の 「汝」 はラ トナ ー カ ラシ ャ ー ン テ ィ を指 してい るこ とに なる。 言 葉で語 り、論ず
る観 念 的 な学
解に対 し て、 実践 的 「行 」 の優
越 性 を述べ 、ADV
自らの 禁 欲的梵
行と無執着
の 「行」 の本 質が 主張 されて い る。同 じくア テ ィ ー シ ャ に よれ ば 、ビ クラマ シー ラ寺 院か らの
ADV
追 放事
件が あっ た。
ADV
達のVajravarahi
に系る儀 式 〈Yogini
,Sakti
,Dam
−rdas を 飲む こ とetc>、無 上 瑜 伽 行に関 する問題 か ら、 「ア テ ィー シ ャ 下の 僧 達 ?」に よ っ て
ADV
追
放が為
され、 こ の こ とに つ い て ア テ ィ ー シ ャ の 反 省が あっ た とす る。 所 引 本文 に ?とある如 く、 「ア テ ィー シ ャ 下の僧
」 とするに は疑 問が あ る。 何故 なら、同 博士論考
臼こよれ ば 、 ア テ ィ ー シ ャ は 「ア ヴ ァ ドゥ ーテ イパ (大 )」 〈ADV
> に長 年 に渡 っ て師事
し、 ま た 「瑜伽 ・母た る奈 枳 尼 と聚 輪 」 を修
めて 、 彼の 行は 「へ 一 ヴ ァ ジ ュ ラ尊 をは じめ、 無上瑜 伽 ・母に特 徴的 な もの 」 と さ れ てお り、ADV
と行学
にわたっ て師 弟と して密接
な関係
にある者 で あ るか らで あ る。 「 ア テ ィ シ ャ下の 者 達」 の 如 何は 別 と して 、 こ の 出 来事
(5
)Advayavajra
は尊称Anupamavajra
か は、後
に ア ティ シャ 自身
に おい て も問題 となる無上瑜伽
・母 密 教が は らむ時
代
の象
徴 的 事 件で あっ た。 即ち、 「大 印の行
」の性 的表
現 と形 式 と実行
が、 「比
丘や 菩薩
の学処
を破
る 」 行で あるか否か を問 わ れ た重大
な 出来事
で あっ た。、
い
ず
れも
ADV
の 「行 」 に係
る疑義
で あ る。 こ れらを通 し て次の こ と が考
えられ る。ビク ラマ シー ラ寺に係 る
ADV
活 躍の時代
、ADV
自身の行学
に対す
る批
判 と共に、 指導
する弟子集 団
の大乗密教
徒 としての あり方
、戒
行、 風紀 に関す
る批難
が作
さ れ た。 弟子集
団 はビク ラマ シー ラ寺に限 られた もの で は な く、 外部
の より広範
の在家
の者 達 を擁 して い た 。時代
の 中で彼 等は精 神 と行為の い かな る有 り様に よっ て 仏教
者た り得るの か を(
お そら く大 乗 :密教 化す
る 声 聞比丘達、在 家、 サ ン ニ ャ ー シ ン)問 う
てい た 。 その 解がAP
の 「 全 て の瑜 伽 者」(
KN
の 語 に よる)に よっ て修 さ るべ き 「初業
」、 即 ち仏 祖か らの 法 勅 と しての 三帰、 五戒、十善等
の大乗
者必須の 業 と、最終 的に は持 金 剛、成 就 者 と成 る 「初業
の 」Guru
マ ン ダラの 観 想、師へ の供 養、信 施等
の 日課業
で あ っ た。ラ トナ ー カ ラシ ャ ー ン テ ィ、 ア ティ シャ の 疑 義 に先 き立っ て、
ADV
自 ら持 し、書
したAP
の精 神 に従っ て弟子集 団
を指 導 して 来てい た。 そ うし た動
向 に あっ て 、 よ り専 門 的 な高 度の 楷 程の 行、 「無上瑜 伽 行 」 に係
る性 的 行法 の あ り方がの 疑
義
と して顕わ れ たもの と考 えられ る。アテ ィ ー シ ャ の反 省が あっ た と言わ れ る如 く、
眞
実、持戒
の瑜 伽 行 者で あ るADV
は、 この問
題 に答
え るべ く 「Mayamirukti
」 、 「SvapnanirdeSa
」 を も っ て、 自らの持 戒
と行 を被 歴 し、弟子集
団を新めて 喩 すべ く、 自ら行 じ 、自 ら既に書
い て い た 「 初業
の義則」 :AP
に依 っ て 、 その 要 略 に、KN
即 ち 「悪
見 被斥
」 を加 し論 じ たの で ある。ADV
は、 この疑義
の 問題 点に関 して 、他 書
に次
の如 く言 及して い る。(
22
) 〔
精 液の 形で の 菩提
心 は〕
男 性 器 内で あろ うが、 その先 端 に於い てであ ろ うが、 カパ ー ラに落 ち た もの であろ うが、 また
〔
女 性 器の〕
中に於て で あろ
う
が、 真 実 とは認め られ ない 。〔
真 実は〕
師の 口 か (6
)智山学報 第四十五輯 ら
〔
のみ〕
知 ら れ るの で ある。 「灌
頂 説示」 (5
)この 様 にあ らゆ る もの は唯だ縁に よっ てのみ〔
存
在 して〕
い るので、
〔
あらゆ る もの は〕
無 自性
で ある。 瑜 伽 行 者が それ (無 自性 )に
住
して い れば 、 サ ン ヴ ァ ラ (禁 戒 ) を逸 脱 す るこ と は な い 。 (8
) 空 性 (女 性 ) と悲 愍 (男 性 )の合
一 は 、 自 己の 判断に基
づ い て規定 さ れ るべ きで は ない 。 空性を 明 らか に
す
る者 は 、本 来、 双運である。
「双 運明説 」 (
5
)“ 外 的 な二根の 交会” とい う牟 尼の説 示が あるが 、 そ れ は内 的 な もの を理解 させ る た めに
〔
あ
る という
こ とが〕
諸々 の タ ン トラに於
て明
確
に 知 られる。「大 楽明説 」
(
C
)
写本AdikarmapradTpa
の 奥 書 につ い てAP
は 西蔵 訳 を欠
い てい る。 梵 文写 本、奥
書に作 者ANV
につ い て 次の 如く
言
う。デー ヴ ァバ ー ラ
(
王)
の建
立さ れ た僧 院
、 吉祥 なるビク ラマ シ ー ラに住され し
方
、 吉祥な る善
逝の 教えの 唯 一 の 標 章、高 名に して 二 人 とな き賢明 なる方、持 戒 に
優
れ 、久 しく梵行 を行ぜ られ し方
、 法 の 授与
者、寂 静の 知 恵
を持
て る方
、 その方
の無比
なる教
説が存 る、その方に よ り(こ の ) 初 業 (の 道 )は説かれ た。 こ の初業の と も しぴ は 、 まさに灯 火で あれ、虚
空の 広が りの 限 り まで、教えの 光た れ。初
業
の とも しび終 わ る。(
これ)
ア ーチ ャ ル ヤ無比
金剛
の著作
な り。 吉祥
あれ。
紀年
218
婁宿
の 黒 月第
八 日、吉祥 なる持明者ヴ ァ ル マ ソ ーマ に よって造 られた吉
祥
なるヤ シ ョ ダラ ヴ ァル マ の 大僧
院の住
者、金 剛ア ジ ャ リに して、 吉祥な る釈種 の 比 丘 が (書 写せ り) 。
AP
はネパ ール 紀 年218
(AD
.・1098
)に書
写 されてい る。ANV
につ い て、 ビ (7
)Advayavajra
は尊称Anupamavajra
か ク ラマ シー ラ僧
院に住 す
るAcarya
であ
る と言 う 。 「吉祥
なる善
逝の 唯一 の標章
」(
§rimatsaugataSasanaikatilakah)
、「高 名に して、 二 人と無 き賢 名 なる 方」 (khyato
[
’]
dvitiyab
krti
)な ど と称 讃 して お り、「無比 な る 陳 述 よ り造ら れ た もの (著 作 ?)が 残されてい る」
(
ade §akarobabhava
’ nupamaり
)
とも
言 う
。 又 、 このANV
の讃 嘆 者、 即 ちAP
の筆 写者
は 「金 剛アー チ ャ ル ヤ に して釈 種の 比 丘」(
Vajracary
的
§ri§akyabhiks
中
〜)
〈名 を欠 く
〉で あ り、ネ パ ール 現 存の僧 院 名、Bu
−Baha
:略称Ya
§odharamahavihara の住
者で ある。この
奥
書 と書
写の年代
か ら次の よ うなこ とが考
えら れ る。ANV
著、AP
はA
.D
.1098
年
に書
写 されて い るの である が 、ネパ ール 、 チ ベ ッ トに著 名 なADV
が9740r
986
・−10650r
1077
年の 人物で ある こ と に従 え ば 、 このA
.P
は、ADV
の死 後お よそ20
−30
年 の 間 に書 写さ れ てい るこ と に な る。両
者の近い 年 代か らして 、AP
の作
者ANV
は、KN
の作
者ADV
と同時 期に同 じビク ラマ シー ラ僧 院に関係す
るか、住
んで い た と考 え なけれ ば な ら ない 。 そ して 、ANV
はネ パ ール の 僧AP
の書写者
によ っ て これほ ど讃嘆
さ れ ていな
が ら、ADV
に比 して 全 く無 名で あ り、現在 まで その 歴 史 的資 料 も当稿 に掲 げる以外に 見 出 され てい ない 。AP
書
写の11C
.末、同時 代 直 前の 著 名 なADV
が、同 じビ ク ラマ シ ー ラ僧
院 に住 して い た別人の 著作
;時代
に お け る仏教 徒一般 を も対称
と して書
か れ た 密教
の菩薩行
の提
示、 即 ちAP
の 綱 要書
「初業
の儀
則」を
「私が書 き、論詮 し た」 と公 言す
る とい うこ とが あ るであろ うか。 教証 と して 引い てい る もの で も無い 。 お そ ら くその ようなこ とはあ り得 ない 。ADV
の 弟子達は、AP
書
写の 頃 以 前おそ ら く11C
.中葉に、ADV
の 思 想「大 印の教 義
」等
をネパ ール 、 チベ ッ トに広めて い る。ADV
四大 弟子の 一 人Va
=jrapani
はその 代 表で あり、四大精 神子の 一 人Silabhadra
は ネパ ール 人で ある 。AP
は 彼等 に よっ て ネパ ール に、彼 等 悉知 (ADV
=ANV
)の 師の尊 称
名 “Anupamavajra
” 名で伝え ら れ た と考
え られる。ADV
の 弟子達の 活動
もその 潮 流 を醸
成 し た と考
え るが、時 代
の ネパ ール 仏教
は、AP
の 書 写 者 (名 )が象 徴 す る ように その 変動期 に あっ た。 (8
)智山学報第四十五輯
AP
の 書 写 者 (名)は 「Vajracarya
り
§riSakyabhik §ull’一」 で ある。 金剛
アジャ リに して釈 種の 比丘、 即 ち、 大
乗密教 者
であ
り且つ 、声
聞乗
の 比丘 なる 者が書
写 してい る。 こ の標 称 は逆 順の 場 合 もある。 「声 聞比 丘 で も あ りア ジ ャ リで もある者」 と言う
。 両標 章は、 密 教 者ア ジャ リが 声 聞の 戒 行 具 足 を誇 示 す る た めの併
記で は ない 。 ネパ ール 仏教
の 変 容 、 声 聞 乗の 仏 教か ら大乗
密 教 へ の 変容
を示す
標 称なの である 。大 乗 密 教 化は独 身比 丘の 妻 帯化 、 或 は妻 帯 僧 化 (密 教の 僧 ) を促 し た に ち が い ない 。 そ れ は 独 身声聞 比丘所 属 寺 院の 官理上 の 問題、 三宝物の 私 有 化
等
の 問題 と して、 ネパ ール 仏 教の 混乱 と社 会的 変 容 を も た ら した はずで あ る 。「
Vajracaryab
6ri6akyabhik
§u加
の 標 称 を有 する者が書
写したAP
は、 ネ パ ール 仏 教 社 会の か か る変動
期 にあっ て 、 大 乗 「在 家の 菩 薩 (僧 ) 」、密 教 僧 (Vajracarya
)と しての 基 本 的理念 と行 為の 形 態 を提
示す
る もの と して、書 写者 自身に とっ て も自 己の 問題 と して書 写 さ るべ くして写 された と も考
え ら れ る 。AP
はADV
の 弟子達
に よっ て、 彼等悉
知 の尊
称 “Anupamavajra
” なる 名 称 でネパ ール に伝 え られた 。 “Advayavajra
” の 「Advaya
」 はADV
.S
に よる限 り「空悲 、般若 方便 :不二」の意 味で ある。AP
奥 書の 讃 嘆、 「Anupama
」 (無 比 )、或は 「Advitiya
」 (二 人 と無
い )の意
味で はない。 しか し、AP
の 書 写 を 自己の問
題 として捉
え たで あ ろ う書 写者に あっ て 、著 名 なる尊師ADV
が 、奥
書
の 如 く、 「Advaya
」≒
Advitiya
=Ekatilaka
= 「Anupama
」、 「Anupamava
=jra
」 即 ち 「Advayavajra
」 の尊
称 と して受 容 さ れ た と して も不思 議 はない 。ネパ ール の後 述 「
Caryagitasa
卑graha
」 (行歌 集)
には、ADV
に帰さ れ る7
歌
と、ANV
の1
歌
「Bhanumapdala
」 な るHeruka
讃の 短歌
が ある。 「行歌
集
」 に両 名が伝
え られて い るこ とにつ い て解 を得 ない が 、 おそ ら くこれ も上 記AP
と同様の 伝 承で あると考えて お きた い。 (9
)Advayavajra
は尊 称Anupamavajra
かII
.Paffcatathagata
とGurumandala
(
a)
AP
、KN
のPaffcatathagata
とGurumandala
AP
、KN
両
者に あ っ てADV
の行 学 との 関係、 主特 質 を示 す事 柄 は 、その本 尊観の 内容た る 「Paficatathagata
」(
五 如来)
と 「Guruma
りqala
」 (師の マ ン ダラ)
= 「Munimandala
」 「牟
尼の マ ン ダ ラ」= 「Merumandala
」 (須 弥 山の マ ン ダラ )である。 当問
題の 理解はAP
、KN
広 略の 成 り立ちの故 を も っ てAP
によっ て作
さ れ る。AP
、KN
に お け る「五 如 来の 形相
」 は 以 下の 如 くで あ る。AP
は阿閼
如来
を中尊
とす
る五如 来 と四瑜 伽 女に つ い ての 種 子、身 色、印契
、 座、方位
、 四大
(界 )、 持 物 を観 想 する(ビル シャ ナ を除い て他の 如来
名、瑜伽
女 名 を記 さな い)
。KN
は 、 これ ら五 如 来の 形 相 を観 じて、 四瑜 伽 女の 記 述 を 欠い て い る。AP
、KN
共 に五 如来
は僧
形 をと る と し 、AP
、 金 剛薩
墟 は菩 薩形で ある。AP
の 五如 来 (名はKN
に よ る)と四瑜 伽 女の 形相
は以下 の 如 くで ある。 五 如来、 四瑜伽女 種子 身色 印契 座 方位 四大(界 ) 持 物 阿 閃hO
甲 青 触 地 日輪 中 毘 盧 遮 那0
単 臼 覚 勝 月 輪 東 宝 生 tra甲 黄 施 願 日輪 南 無 量 寿hrl
り 赤 禅 定 日輪 西 不 空 成 就kham
・ 緑 施 無 畏 日輪 北 (仏 眼 母)1a
甲 臼 月輪 東 地 輪 (摩 々 枳) 血 a甲 帝青 月 輪 南 水 金剛杵 (白 衣 母 ) palp 赤 月 輪 西 火 赤 蓮華 (多 羅 母 ) ta甲 黒 月 輪 北 風 青蓮華問
題は これ らの 五 如来、 四 瑜伽
女 が い か な るマ ン ダ ラ像
と して観 想 供 養 さ れ るか と言 うこ とにある。AP
は次
の 如 く言 う
。 (10
)智山学報第四十五輯
厂次に、須 弥山の
島
々 を〔
前〕
と同様
に観想
し 、 その 上 に本尊
を〔
観 じ〕
、指
示通
りに供
養す
べ し。 あるい は(ca )五 如来 を (観 想 )[
供 養 すべ し]
。」 五 如来等
の 形相
は 「須弥
山」 頂の中央
と四 州に於い て観 想 さ れ るの で ある。 本 尊 と は 「金 剛薩
唾」 で ある。AP
は 五 如来等
、 その 総 体 としての 「金 剛 薩 捶 」 を立 体 的に 「須弥
山の マ ン ダラ」 像 と して観 想す
るの で ある。 こ の こ とは、須 弥
山中央
に於け る五 如来 の 中尊 「阿閃 如 来 」 が、同時に本 尊 厂金 剛 薩 堙」 である とい うダブ ル イメ ー ジ と共に 、須 弥山 に ある五如 来 等の 総 体 と して須 弥山の 当体が 「金 剛 薩 堙 」 で ある とする観 想 を可能とする。AP
は、 図像学
的には須 弥 山とい う立体 化 によっ て、五 仏の 総体第
六仏 (金剛薩
唾)
の あるべ き位
置 を提
示 して い るの で ある。この 「須 弥山の マ ン ダラ」 を
AP
は 「師の マ ン ダ ラ」 とも「牟
尼の マ ン ダ ラ」 と も称 して い る。 一 は 、 師 (Guru
)は 瑜伽 を 成就 して 一 切 諸 仏 と等 同な る者
」、「持 金 剛」 で ある者、即ち 「金 剛 薩唾」 なる者である か らで あ り、一 は、 か か る 「師の マ ン ダラ」 を建 立 す るこ とが 「牟
尼」 の 如 く福
智二資料
の 円満 に適 う
こ とに よ る称
である 。 金 剛 薩 唾 なる 「Guru
の マ ン ダ ラ 」 は次の 如 く観 想 さ れ る。次
に、〔
曼荼羅
の〕中央
に、 四角
で、 八峰
に て飾ら れ、 東南
西北の側
面に、
〔
順に〕
銀 ・瑠 璃 ・ 水 晶 ・金が ち りば め られ 、 四宝か ら成 るところの須
弥
山 を想 う
べ し 。 その〔
須 弥山の〕 中央
に、 種 々 な宝 石 をち りば め た獅 子座
〔
が あ り、 その〕
上 に、 開敷 した八弁の 蓮華 を〔
想い〕
、 蓮華 の 胎に、 種 々 なる装
身
具 で飾 られ 、金 剛薩
捶 の 外観 をし た吉祥 なる尊 き師 を観 じ る
〔
べ し〕
。次
い で、須弥
山の東方
に 半 月の 形 を し た白 色の東勝 身
州
、南 方
に 三角
で金色
の南瞻 部州
、 西方
に円形 で赤色
の 西 牛貨州
、 北方
に 四角で 黒 色の 北 倶 盧州 を観 想 し、 この すべ て は そ れ ぞ れ 、ル ビ ー 、 サ フ ァ イア 、 瑠璃、エ メ ラル ド、 ダ イヤ モ ン ド、真 珠、 珊瑚で満た されてい る と想 うべ し。
KN
に は 五 如来
の観想
にお い て 「金剛薩
堙」 の 記述 を見 ず、 「須 弥山の マ ン (11
)Advayavajra
は尊称Anupamavajra
か ダラ」 につ い て も記 さ れ ない 。 しか し、 上記 「牟
尼の マ ンダラ 」 偈、Guru
信 施の偈の記 事 を もっ て、AP
の こ れらの 観 想に従
う もの で あるこ と は 明白
であ る 。以上
AP
、KN
は五如 来、 四瑜伽
女 と須弥
山頂
の 、 そ して その当
体 と して の 金 剛薩
唾 を説
い て い る 。 その記 述 は簡略
であ
っ て両者
の 関係、性 格につ い て も上 述 以 外 に理論 的 説明 を見 ない 。(
b
)
ADV
のPaficakara
とGurumandala
ADV
は「Paficakara
」(
以 下、PAN
) 、 「Paficatathagatamudravivarana
」 、 「Sekatatparyasarpgraha
」 等の 著作
を残 してい て、順 に、五 如来の形相
と金 剛薩 墟、 五 如 来 と金 剛薩
捶の 関係
、 阿闍梨が弟 子に金 剛薩堙位 を授 ける た め の秘儀
、 六潅頂次 第
の 主 旨 を説い て、 五仏か ら第 六 仏へ の 展 開 に係
る行 論に大
きな
関心 を示 してい るこ とが 知 られる。彼 は 「父母 両 系 タン トラに通 じた者 」 で あ り、生 起 究
竟
の両次 第
に通 じて い る 行学者
でも
ある 。頼富博
士 はADV
の 「PAN
」 の法 数 的体系
の具 体
と思 想を究明 さ れて い る 。 同 書に よっ て 次節
に も関係 す
るADV
の 諸特 徴 を略 記 す れば次の 如 くで ある 。1
)無
上瑜 伽 階梯の 密 教五仏、お よび第六仏 と しての 金 剛薩
堙 な らび に五 明妃 を説 く。2
)
「秘 密集
会タ ン トラ 」以降
の 阿閙等
の 五仏 と金剛薩
堙の 六尊
を中
心 とす
る体 系 を法 数表示的に
構築 す
る。こ の
体
系 は聖俗
一致 的 発 想の 強い五 蘊即五 仏 説や 五 煩悩
即五仏 説 を導入 して 「初 会 金
剛頂
経」 以降
の新たなる展 開 を意 図 した もの である。3
) 内 容には 「秘 密 集 会 タ ン トラ」 をは じめ とす
る方便
・ 父タ ン トラの 思想教
義
が 多 く、部
族 名や 五煩悩
名等
に 「へ 一 ヴ ァ ジ ュ ラ ・タン トラ」 など
般 若
・母 タン トラ的 要 語 も散 見 され る。4
)
同論は 自己の 知 る とこ ろ を要 約 した綱 要 書で ある。同上 書に表 記 解 説 される五 如来の 形
相等
の 具 体 をこ こ に再 記 しない が、 こ (12
)智山 学 報 第 四十五輯 れ らに よっ て
AP
、KN
に お け る五如 来の形 相 等 につ い て言 及 しうるこ と は次 の 通 りで ある 。1
)AP
、KN
の 五 仏の 形 相 等の法 数 的 名称 体 系の 記 述は 、PAN
の そ れに比 しは なはだ簡 略で あ る。2
)AP
、KN
に記 され る限 りの 法 数 的 名称、真 言 (前 記表 )は頼 富 解 ;前記
1
. に全 く同 じで あ る。 但 し金剛 薩堙 の 配 偶 母 尊を 欠 い て四 明妃で あ る。3
) 四明妃の 種 字 「IQm
Mam
Pam
Tam
」 は、
PAN
、AP
両 者 同 一 で ある。 同種
字
は 「 秘密集
会 タン トラ」 に も、 「要 略 成 就 法」、 「五 次第
」 にも
言及が無 い と され (頼 富
P
.440
) 出処 に特 異で あ るが 、関係 す
る次
項のANV
著
「SuviSadasadhanopayika
」、 な らび に 「Sadhanamala
」 所 収のADV
著、No
.251etc
に出で て 、そのADV
との 密接な関 係を証す
る種字
で ある (後 述
III
)。4
)金剛 薩堙 はPAN
.に識 蘊 た る 阿閇に超 越する 空 性 (と悲想の 合一)者、 五智
に対 して 「意 」 (manas ) と し て 配 され てい る(
頼
富P
.437
、439
)。AP
、KN
にこ れ らの 思 想 的解
釈はなさ れ て い ない が、前
述の 如 くその内容 か ら して 、尊
師Guru
、持
金剛
、 須 弥山中
央の 金 剛薩 堙 と して五如 来等
の 総 体 者、超越者 を指示する か ら、AP
、KN
の 金 剛薩墟 もPAN
.同様
の 性格 を有
し てい る と考
え られ る。以 上 、
AP
、KN
の五 如来の 形相 と第六 仏 と しての 金 剛 薩 墟の 提示 、 四明妃 の 真 言の 特 異 な 同一性 (サ ー ダナマ ー ラ系 ) を もっ て 、AP
、KN
はADV
のPAN
.etcを
背景
と して著
され た もの で あると考
え るが、両 者の 簡 略 を もっ て確
証 とす
る にい た らない 。ところで
AP
、 (KN
)の 「Gurumandala
」 (以 下GM
,)
につ い て、ADV
.S
所収 のPAN
を始め とする 諸著作
には その 記述 を見 出 さない 。 しか し、ADV
の 成就 法 を も集
め て、彼 の 時代の 成就 法 を集
成す
る「Sadhanamala
」 (以 下SM
) とネパ ール の 「Caryagitasarpgraha
」 (行歌
集、以下 、CG
) に はADV
の 著 (13
)Advayavajra
は尊称Anupamavajra
か と してGM
における五如 来、 金 剛 薩 唾の 記 述が あ り、SM
所
収 の他
の 成就
法 と 比 して 、 その 密接な関係
を示 してい る。a ) 初め に、 ネパ ール
伝
CG
は 、多 数の 成就 者名
を伴 う
行歌
を残 して い るが、
ADV
の行歌
と して7
種の 行歌
を伝
えて い る 。 そのう
ちネ
パ ール に於い て
ADV
の 行歌
と して最 も人 口 に膾炙
する一歌が 「Madhye
Meru
」 であ
る。未校
訂ローマ ナ イズ と
要訳
は次
の 如 くで ある。Madhyameru
−mahamapi −kanakarajite
parvavideha
jala
−j
ambudvipe/
aparagoda
(
niya)
uttarakuru −
bhuvane
/
paficavar4pa
paficajina
vyapiyare namepahcabuddhalp
/
Vi
§vasrijita vi§vahita viSvabhOtapaficamttrti
(h
)/
o
a
碑
advipanala vahantijina
manasa/
harantu
bhaya
−timira
−ghana
−ghora
rure/
jata
vedanase
ya
upadvlpa
ra
upadvlpa
parijantu
jane
/
svasa ralla upadvipa
cau vidigarp
bhOvane
vaupadvipa
6rikhapda
para
§u//
dvirada
valapraciyanara
rudhirayaciya
sapta −astadara cum =biyare
/
ava
ralla udiciya sayakarp cakra
/
mapi −
ka
(
ta
●)
−nidhi −nikhila vedayanti/
/
gurucarapa
−tribhalasahagati
paribhavana
prapava
paribhavayi
Saptapariprita
/
bhava
−jala
−nidhi −sakala sentubhatam
//
世
界
の中央
で ある須 弥山 と、 その 四大八副州
に関 しての 荘厳 、 五 仏 諸 徳 と 帰命 による、 怖畏 、曚 昧
、 痛 苦等
か ら脱る るこ と、Guru
へ の 帰命 供 養 と三密 の 修 習 に よっ て、 全 ての衆
生 が輪 廻の海 を渡 らん ことを祈 す
る もの で ある。b
)
SM
に はADV
の 成 就書
が三本伝
え られてい る。 そのう
ちNo
.17
「Sim
= ●hanadasadhana
」 に はGM
の 記述 を欠 くが 、No
.217
「Vajravarahisad
= (14
)智山学報第四十五輯
hana
」 とNo
.251
「SaptakSarasadhana
」 には 記 述 が あ り、 同所 収の他 の 成就書
No
.123
(PP
.255
−6
)、No
.206
(
P
.405
)
を除い て こ れ を見 出して い ない 。 同期の対 決 者ラ トナ ーカ ラシ ャ ー ン テ ィNo
.110
もADV
と共 通す
る 厂秘密集
会 タ ン トラ 」 等に基づ く無上瑜 伽の教 義
を説 きなが らも、 その 道場
観 に関
してGM
に 興味 を 示 して い ない 。 猶、ADV
弟子 と言 うLalitagupta
,No
,128
も記
さない 。ADV
、No
.251
のGM
関 係 記事
は次
の 如 くで ある。yarp
ra 卑la
甲 va 甲の 変成せ る 半 円、三 角、円、四 角 に して青
、赤、 臼、黄の 四大
の マ ン ダ ラを順
に上へ 観 想せ よ 。 その上 にSU
甲字 より生ぜ る四 方を 七 宝、 八峰
に飾 られたス メ ール 山 を観 じ、その 上に 、 オ ーン 、 金 剛 より成れ る大地 よ、 金 剛の 器 よ、 フ ー ン 。 オ ーン 、 金剛
の 垣 墻 よ、 フー ン バ ー ン フ ー ン 。 オ ー ン 、 金剛 網 よ、 フ ー ン パ ー ン フ ー ン。 オ ー ン金 剛の 宝帳 よ 。 オ ー ン 、 金剛
の 矢 の如 き (光線) よ、 トラ ー ンシ ャ ー ン
トラ ー ン。 オ ー ン 、金 剛 火
焔 光
よ 、 フ ー ン フ ー ン フー ン。こ れ らの眞
言 を もっ て 金剛の大地等
の 六 種 (の 結 界 ) を成 し、 その 内に 四面 の楼
閣 を 出現せ しめ、 さ ら に その 内 に、 宇 宙蓮 華 を、六 尖の 輪 (爭adaracakra
)、 金 剛、蓮 華、輪の 列 に囲ま れ た もの を観 じ、その 内に蓮の 端(
Varataka
?〉の ある座 を (
観
じて)
、 ラン (字 )よ り生 ぜ る 日 マ ン ダラ と、 日月の 変成
せ る 日月の マ ン ダラの合
せ る中
の中央
の 座 に金 剛サ ッ タの 姿 をせ る青色
の フー ン カ ー ラを出 現せ しめ よ 。ADV
の 当成就 法のGM
に於
け る観 想は 、頼 富博
士 の 指 摘 されるADV
へ の ア ーナン ダ ガル バ 注 の影
響 の 可 能性に従
えば 、同 注「金 剛 界大 曼茶 羅
儀軌
一切 金 剛 出 現 」 に は 「器 界観 」 としてGM
と五 仏の 座が説かれ て お り、ADV
へ の 影響
の 別の 一証 と も考
え られ る もの で あ る。成就 法の
GM
の 観 想は、更に特 色
の ある記 述 を有
してい る。 成 就 者の 「身体
マ ン ダ ラ」 (
kaya
−ma吋
ala)
の修
習にお い て、 五大、 五蘊の守 護 と共 に、 六Advayavajra
は尊称Anupamavajra
か処 (
ayatana
)
の 浄 化、 六尊 (devata
〈六薩唾〉)六 妃 (devati
〈六 金 剛女 〉)とそれぞれの 六 処 布 置、 阿 閉の 冠 (
dharmadhatumuktini
)
を付
け た五煩悩
で ある五 明 妃等
の 観想
を作 す
こ とで ある 。 これ らは次節
と深 く係 る とこ ろで あるが 、成 就 者 一持 金 剛一金 剛 薩 唾、 第六 仏と して の 金 剛 薩唾像
の確立 に係
っ てADV
の 思考
の 跡 、 或は完 成 を示 して い る と考え られる記 述で ある。 即ち 五 仏 か ら第
六 仏へ の 展 開に あたっ て、 五蘊
即五仏説
や、 五煩悩
即五仏説
か ら 更に、 六根、 六境 を透
過す
る身体
マ ン ダラ に関す
る展開
があっ て しか るべ き で あ る。 こ れ らは次節
に 述べ られ る。以 上 a )、
b
)に よっ てAP
、KN
とADV
の 五 如 来の 形相
、 第六 仏 金 剛薩
唾
、Gurumandala
(
Merumandala
)
につ い て 考 察 し た 。AP
、KN
はADV
の第
六仏 と して の金剛薩
唾を
立て る思想的背景
を もっ て、ADV
に よっ て著 された もの と
考
え られ る 。III
.Anupamavajra
著
SuviSadasadhanopayika
ANV
著 「善
明 と名つ くる成就
法」 は、
梵文
を欠
い て 、 西蔵 訳の み が残 されて い る成 就
書
である。 西蔵訳 に「rab
tu
gsal
ba
shesbya
ba
¥
i
sgrubpa
垣
thabs
」 と言い 、著 者 名を 「siobdpon
dpe
medpalli
rdo rje」 とす る。 訳 者は
Viryabhadra
、校 正 官Rin
chenbzan
po
で あ る。 東 北No
.1891
、大 谷No2755
が あ る。同書
は生 起次
第 「Pindikrtasadhana
」 (要 略 成就
法 )に基
づ い た実習書
で あ り、 同書
の 三 種三 摩 地 次 第 に 従 っ て構
成 され て い る。 究 竟 次 第で あ る 「Paficakrama
@ 」 (五 次第 )を 含 む 「六 次第」 の 第一 「定 寂 身 次 第 」、等
の 影響
下 に成 立 してい ると考 えられ る。五 仏の
毘盧遮
那 と阿 問は交替
して中尊
となる。 その 両尊
とい か に して瑜伽
し成就者
、持
金剛
となるか。 両 者の 性 格 を有 す る金 剛薩 唾、第
六仏の 世 界 を い か に して成 就 す るか を、 「身体マ ン ダ ラ 」等
の 諸種の観想
を通 して修 す
る と こ ろ に、 当書
の特 色
がある。修
習の 次 第に従っ て、 尊格 名等 法 数 的に掲 ぐれ ば次の如 くで あ る。 (16
)智山 学 報 第 四 十五輯
[
1
]
初 加行三摩 地1
.Orp
SUnyatajfianavajrasvabhavatmako
’harp
2
.本 尊、毘 盧 遮 那、臼色
、 三面六臂
(白黒 赤)、二手 抱 妃、 四手 :輪
・剣
・蓮
・宝3
.19
尊 (名 欠) 観 想 と五 行 字、ka
…ta
・dha
些
a ・dha
・ya
・1a
4
.Orp
vajrasvabhavatmako ’harp
5
.金剛薩墟 、 毘 盧 遮 那同一 の 観etc 、成 就 者 「持 金剛
」 と成 る。6
。六 種 字 :Ks
{甲 、Jrirp
、Kha
甲、Va
甲 (Ga
甲)、Ska
甲(skarpk
§a甲)、Sa
甲(ralp
)
7
.六根 :眼、 耳 、鼻
、 舌 、 身、意8
. 六薩唾 :地 蔵、 金 剛 手、虚 空庫
、 世 自在、 除 蓋障、普 賢
9
.jah
、ham
、 vam 、
hoh
、kham
、 ram10
. 六境
:色
、 声、 香、味、 触、法11
.金
剛 女 :色 金女、声 金 女、香 金 女 、味 金 女、 触金 女、法金女 (chosky
byirps
)12
. 四大 種 字 :Lam
Mam
Pam
Tam
13
. 四 大 :地 水 火 風14
. 四 明妃 :Locana
、Mamaki
、Pandala
、Tala
15
. 五種 字 :Brnm
、Am
、Jrim
、Kham
、Ham
16
.五 蘊 :色、 受、 想、 行、識17
. 五 如来 :毘 盧 遮 那 、 宝 生 、弥 陀、 不空、 阿開18
. 金 剛心 語身四歓 喜 偈 (Pindi
〈43
>)19
.成就 者
「持 金 剛 」 と成 る。 三 面六臂 (青、 臼、赤 )、二 手抱 妃、 四手 :金剛
(
杵 )
・ 剣 ・蓮
・宝20
.Orp
dharmadhatuvajrasvabhavatmako
’ha
甲21
. 六薩 堙、六 金剛 女、六色、六 処布 置 と持物二眼 、二 耳、二
鼻
、 舌 、項、喉一ド地 蔵 (臼
)
輪、 金剛
手(
青 )
金剛
、虚
空庫
(黄
) 宝、世 自在 (赤)
蓮、 (17
)Advayavajra
は尊称Anupamavajra
か除蓋 障
(
緑)
剣、普 賢 (臼) 金 剛色金
女(
臼) 鏡、 声金女(
青)
ビ ワ 、 香 金 女(
黄 )螺 、味 金女 (赤 ) 味器、
触
金女 (
緑)
衣、法 金 女 (臼)法 (輪 )22
. 心 口 身の 三不 壊 金剛
の成就
0
卑 sarvatathagatacittavajrsasvabhavatmako ’ha
甲0
卑 sarvatathagatavakvajrasvabhavatmako ’harp
O
甲 sarvatathagatakayavajrasvabhavatmako ’harp
23
. 五如 来眞言
と五処布置
頭 、 胸 、臍、 (秘 処 )、両足
Om
HUm
Sva
(h
) (Padma
)A
(h
)Ha
● ● ・ .
毘 盧 遮 那、 阿閙、 宝 生 、弥陀 、 不空
24
.0
甲 sarvatathagatanuraganavajrasvabhavatmako ’ha
甲[
II
]曼
茶 羅最
勝 王三摩 地25
. 阿閉
を中
尊 とす る五 如 来、 五眞 言etcVajradh
;k
、Jinajik
、Ratnadh
;k
、Arolik
、Prajnadhrk
阿閙、
毘盧遮
那、 宝生、弥
陀、 不 空26
. 四 明妃、 四煩悩
、 四Antakrd
o
仏 眼 母 、摩 々
枳
母 、 白衣 母 、 多羅母moharati 、
dve
爭arati 、 ragarati 、 vajraratiYamantakrd
、Prajfiantakrd
、Padmantak1d
、Vighnantaktd
27
.化 仏 (Kula
)持 金
剛
:一切 如来
毘 盧 遮 那 :仏 眼、色 金女、 夜 摩天阿
閼
:マ ーマ キイ、声 金 女 法 金 剛女、無 能勝
、甘 露(
軍荼
利)
弥
陀 :白
衣 母、 ?金 剛 女、馬
頭不空 :ター ラ
触
金 剛女一切 如来 :地 蔵
等
(18
)智山 学 報 第 四十五輯