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密教研究 Vol. 1923 No. 11 007大山 公淳「道範大徳の「高野秘事」 P116-135」

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道 範 大 徳 の 高 野 秘 事 一 一 六 道 範 大 徳 の ﹁ 高 野 秘 事 ﹂ 大 山 公 淳 一 、 概 論 道 範 大 徳 と 云 へ ば 野 山 中 古 の 偉 傑 覺 海 大 徳 門 下 の 随 一 と し て 、 廣 く そ の 名 稱 が 傅 へ ら れ て ゐ る の で あ る が 、 そ の 著 作 に は 種 々 存 す る 。 今 紹 介 せ ん と す る ﹁ 高 野 秘 事 ﹂ と い ふ の は 、 そ の 中 の 一 書 で あ つ て 、 そ は 純 粋 密 教 の 立 脚 よ り し て 、 現 實 高 野 山 の 密 教 的 價 値 を 判 定 せ ん と し だ も の で あ る 。 高 野 山 に 對 し 高 組 大 師 に 對 し て 重 々 深 秘 な 見 解 が 開 か れ 、 そ れ ら に 對 す る 先 徳 諸 高 信 の 口 傳 も 録 せ ら れ ゐ る 。 且 つ 野 山 淨 土 説 興 起 の 内 容 を な す 種 々 相 も 見 得 ら る ヽ も の が あ る 。 此 庭 に 小 僧 の 開 か ん と す み 原 書 の 、 そ の 奥 書 を 見 る と 次 の 如 く に な つ て ゐ る 。 此 書 者 道 範 依 師 傳 作 之 云 云 於 高 野 山 功 徳 聚 院 西 部 屋 書 寫 畢 元 亨 元 年 辛 酉 八 月 十 六 日 金 剛 佛 子 信 宗 と あ る も の 、 即 約 今 よ り 六 百 年 程 以 前 、 道 範 大 徳 の 寂 年 た る 建 長 四 年 を 去 る 約 七 十 年 後 の 寫 本 に な り 、 現 に 野 山 寳 龜 院 に 所 藏 さ る ヽ も の に 依 る 。 先 そ の 項 目 を 見 る に 一 、 高 野 山 有 五 種 淨 土 事

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一 、 閉 眼 大 事 一 、 眞 輝 房 口 傅 事 一 、 ( ナ シ ) 一 、 犬 江 道 綱 外 記 云 一 、 閼 伽 井 事 一 、 奥 院 石 室 一 、 明神 住 所 一 、 金 堂 両 壇 之 香 水 壺 二 器 事 一 、 御 入 定 三 月 二 十 一 日 之 事 一 、 大 塔 事 一 、 金 堂 一 、 御 影 堂 一 、 奥 院 石 室 一 、 高 野 八 葉 峰 一 、 大 塔 一 、 大 師 御 記 文 一 、 或 記 云 右の 條 、 總 て 現 本 二 十 一 紙 と な つ て ゐ る 。 二 、 高 野 山 有 五 種 淨 土 事 道 範 大 徳 の 高 野 秘 事 一 一 七

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道 範 大 徳 の 高 野 秘 事 一 一 八 先 第 一 條 の 全 文 を 出 す と 、 先 始 自 大 門 至 ニ 于 中 尾 崎 ー金 剛 界 萬 ダ ラ ノ 土 帝 綱 無 碍 ニ シ テ 十 方 淨 土 見 現 ス 口 傳 深 意 能 々 可 尋 始 自 中 尾 崎 至 于 大 渡 龍 穴 金 剛 薩 睡 大 普 賢 淨 土 也 其 中 ニ 徴 細 淨 土 其 數 不 知 云 云 大 師 御 筆 也 又 始 自 大 渡 龍 穴 至 于 入 定 御 前 ノ 大 河 觀 音 ノ 淨 土 也 可 有 其 土 九 品 差 別 口 傳 甚多々 智 御 入 定 御 前 大 河 ノ 奥 天 竺 山 ノ 間 彌 勒 淨 土 也 法 界 空 中 大 小 ノ 淨 土 其 中 ニ顕 現 ス 其 深 意 多 可 在 口 傳 也 云 云 蓋 し 高 組 大 師 末 世 後 生 弟 子 門 徒 等 の 爲 め 、 且 つ は 令 佛 法 久 佳 の 勝 計 の 爲 め 、 早 く も 天 長 九 年 初 冬 の 候 よ り 深 く 穀 味 を 厭 は せ ら れ 專 ら 座 禪 を 好 み 、 撰 び 求 む る に 高 山 深 嶺 に し て 平 原 の 幽 地 を 存 す る 我 高 野 の 地 を 以 つ て し 、 高 組 が 最 後 の 理 想 で あ り 最 高 の 目 的 た る 入 定 留 身 の 地 と 定 め 、 此 處 に 伽 藍 を 建 て 四神 十 二 王 子 百 二 十 伴 日 本 朝 中 千 餘 社 乃 至 地 水 火 等 の 六 大神 を 勸 請 し 、 七 日 七 夜 東 西 南 北 四 維 上 下 各 七 里 の 結 界 を な し 、 密 教 興 隆 増 五 類 大 威 拔 濟 群 生 の 基 本 道 場 と せ ら れ た 、 こ れ に よ つ て 法 爾 常 恒 な る 曼 茶 の教 風 は 、 永 遠 に 弘 揚 さ る べ き 基 礎 が 出 來 た も の と 云 は ね ば な ら な い 。 大 師 の 日 は く ﹁ 我 依 テニ 明神 ノ 衛 護ニー 興 ニ 隆 ス 此 山チー ﹂ と 、 か ヽ る 明神 の 衛 護 し 給 ふ 山 は 凡 常 の も の で は な い 。 加 ふ る に 山 の 中 胎 に は 生 身 の 大 日 た る 大 師 の 靈 體 が 在 し 給 ふ の で あ る 。 か ヽ る 大 師 が 理 想 た る 野 山 に 對 す る 雄 大 な 規 模 は そ の 弟 子 後 生 の 門 徒 等 の 爲 に は 、 必 然 的 に 淨 土 の 信 仰 た ら ざ る を 得 な く な つ た 。 即 大 師 入 定 留 身 の 地 た る 此 の 山 は 淨 土 で な く て は な ら な い と い ふ 確 固 た る 信 念 と な り 信 仰 と な つ た の で あ る 。 そ れ は 寧 ろ 必 然 過 ぎ る 程 必 然 な 心 的 過 程 を た ど つ た と 云 は ね ば な ら な い 。 傳 ふ る 所 に よ る と 大 師 實 恵 大 徳 に 告 げ て ﹁ 高 野 山 者 三 世 常 住 ノ 淨 土 金

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剛 不 壊 ノ地 也 ﹂ 云 云 と 、 或 は 我 山 は 両 部 不 二 法 性 の 淨 土 、 胎 藏 の 峯 に は 金 剛 の 塔 聳 え 、 金 剛 の 塔 の 中 に は 両 部 の 諸 尊 不 二 を 示 す 。 我 又 眷 屬 の 金 剛 善神 を 率 ゐ て 常 に 曼 茶 羅 界 會 を 成 せ り と 。 か や う な 言 葉 さ へ 遂 に は 傳 へ ら る ヽ に 至 つ た 。 誠 に 弟 子 等 が 高 組 に 對 し 山 に 對 す る 偉 大 な 憧 憬 信 仰 表 象 の 句 で な く て は な ら な い 。 高 組 既 に 高 野 山 に 伽 藍 を 建 て ヽ 金 剛 峯 寺 と 名 け 給 ふ 。 ( 遺 告 並 ニ 四 至 啓 白 文 )

瑜 伽 瑜 祗 經 ﹂ て ふ 經 題 よ り 出 る 名 で あ つ て 、 瑜 祗 經 は 大 日 經 ・ 金 剛 頂 經 て ふ 両 部 の 大 經 に 對 し 不 二 の 深 旨 を 出 し た 經 典 と な つ て ゐ る 。 も つ て 高 組 の 胸 中 推 察 に 餘 る も の が あ る で あ ら う 。 更 に 眞 雅 僧 正 の ﹁ 山 圖 記 ﹂ に 至 つ て は ﹁ 嶽 疊 々 と し て 千 萬 里 を 屏 く す 。 (中 畧 ) 周 匠 せ る 連 峰 は 報 佛 の 花 臺 を 表 し 正 平 た る 幽 原 は 化 佛 の 淨 土 に 類 す 、 悪 人 も 斯 に 趣 け ば 愚 谷 に 入 る が 如 く 、 毒 獣 も 情 を 改 め て 金 山 鳥 に 似 た り 、 讒 に 影 を 指 す も の は 往 因 を 悦 ぶ べ く 、 黙 し て 止 む も の は 前 業 を 恨 む べ し ﹂ と 。 又 ﹁ 金 剛 峯 寺 建 立 修 行 縁 起 ﹂ に は 金 剛 峯 寺 を も つ て ﹁ 諸 佛 の 古 跡 な り ﹂ と も 述 ぶ る に 至 つ た 。 祈 親 上 人 高 野 登 山 の 事 歴 は 愈 々 山 を し て 密教 的 に神 秘 化 す る も の と な つ た 。 高 組 大 師 御 入 定 後 二 百 四 十 一 年 白 河 天 皇 の 承 保 二 年 乙 卯 三 月 二 十 一 日 夜 半 中 院 の 組 明 算 大 徳 夢 に 野 山 の 秘 記 を 感 得 さ れ た 。 或 は そ の 時 に 大 徳 大 師 よ り 御 筆 の 印 信 十 六 重 等 一 巻 御 筆 の 御 口 決 三 巻 を 授 か り 給 ふ と 傳 ふ る 。 彼 の 秘 記 を 見 る に 、 我 山 は 三 世 諸 佛 常 恒 説 法 の 蓮 臺 、 両 部 不 二 の 妙 國 、 五 部 總 體 の 靈 地 、 密 嚴 國 土 、 華 藏 の 世 界 、 不 動 の 結 界 、 愛 染 の 攝 處 で あ る と 記 さ れ て あ る 。 か く て 野 山 淨 土 説 の 思 想 は 明 算 大 徳 以 後 愈 々 深 刻 に 範 定 せ ら れ 、 彼 の 明 算 大 徳 の 印 信 秘 記 等 は 教 眞 ・ 道 範 大 徳 の 高 野 秘 事 一 一 九

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道 範 大 徳 の 高 野 秘 事 一 二 〇 明 眞 ・ 濟 俊 ・ 實 覺 ・ 源 照 ・ 明 證 と 師 資 相 傳 さ れ た 。 一 本 を 見 る に 源 照 の 次 に 覺 海 ・ 道 範 の 二 人 が 加 へ ら れ て ゐ る 。 何 れ に せ よ 道 範 大 徳 の 頃 に 至 つ て は 野 山 の 淨 土 説 は 殆 ん ど 完 成 し た も の を 見 る に 到 る 。 寛 喜 二 年 庚 寅 六 月 朔 日 に 圓 定 房 源 照 の 口 決 を 明 證 と い ふ 人 が 記 し た の を 見 る と 、 高 野 山 は 法 身 常 住 の 處 瑜 伽 瑜 祗 の 山 金 剛 峯 樓 閣 は 金 剛 峯 寺 で あ る と い ひ 、 又 、 三 世 常 住 淨 妙 法 身 の 淨 土 密 嚴 花 藏 不 二 の 靈 地 で あ る と 記 し て ゐ る 。 而 し て 有 名 な る 野 山 町 石 率 都 婆 の 建 立 は 内 的 に 發 表 し 來 つ た 野 山 淨 土 思 想 を 外 的 に 發 展 せ し む る 一 の 大 い な る 轉 機 た ら し め た も の と 思 は る ヽ 。 現 在 の 町 石 は 文 永 ・ 弘 安 の 頃 北 條 氏 執 權 の 發 願 に な つ た も の で あ つ て 、 道 範 大 徳 の 寂 後 約 三 十 年 前 後 と な つ て を る 。 尤 も こ れ に 就 い て 寛 喜 二 年 八 月 二 十 一 日 鬼 宿 月 曜 と い ふ に 、 明 證 が 圓 定 房 の 物 語 を 不 忘 の 爲 に 記 し た と い ふ 記 録 の 中 に 百 八 十 町 の 率 都 婆 の 種 子 は 百 八 十 尊 の 法 位 で あ つ て 壇 上 よ り 奥 院 ま で の 率 都 婆 三 十 七 尊 の 種 子 は 金 剛 界 三 十 七 尊 の 曼 茶 羅 の 次 位 で あ る と 記 し て ゐ る 。 こ れ に よ る と 町 石 率 都 婆 は 現 在 の も の よ り 以 前 に 建 つ て 置 つ た こ と に な る け れ ど 、 こ れ は 疑 は し い も の で あ る こ と を こ と わ つ て 置 く 。 但 し 該 記 の 中 に は 今 の 金 堂 の 跡 が 昔 の 大 日 法 身 説 法 の 所 で あ る と か 、 町 石 に 從 つ て 歩 く こ と は 都 率 の 内 院 に 直 生 す る 表 示 で あ る と か 種 々 の 意 味 を 出 し て ゐ る 。 け れ ど 道 範 大 徳 の 謂 ふ 五 種 淨 土 説 は 未 他 に 見 な い も の ヽ や う で あ る 。 若 し 他 に 見 な い と す れ ば 範 大 徳 の 創 見 に か ヽ る も の が 。 こ れ に 就 い て 紀 伊 績 風 土 紀 に 出 す 文 安 三 年 の 古 本 と い ふ の は 、 今 の 元 享 元 年 書 寫 の 本 よ り 後 る ヽ 二 十 五 年 の も の で あ る 。 而 し て 今 記 す 所 の 文 中 ﹁ 五 種 淨 土 ﹂ と 云 つ て 四 種 し

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か 出 し て な い 、 こ れ を 續 風 土 紀 に 出 す 文 安 三 年 の 高 野 秘 傳 に 見 る に 五 種 を 完 全 し て ゐ る 。 曰 く 有 ニ 五 種 淨 土 ー 自 ニ 大 門 ー至 ニ 中 尾 崎 ー 金 剛 界 曼 茶 羅 帝 綱 無 碍 十 方 淨 土 見 現 一 ・ 自 ニ 中 尾 ー大 渡 龍 穴 金 剛 薩 睡 大 普 賢 淨 土 二 ・ 自 ニ 龍 穴 ー 至 ニ 御 入 定 御 廟 前 大 河 ー觀 音 淨 土 三 ・ 其 上 有 ニ 九 品 差 別 ー自 ニ 大 河 ー 至 ニ 御 廟 堂 ー 密 嚴 土 四 ・ 自 ニ 奥 院 ー至 ニ 轉 軸 山 ー彌 勒 淨 土 五 云 云 猶 覺 鍍 上 人 大 治 四 年 の 八 月 傳 法 會 を 起 さ ん と せ ら れ て 奏 状 を 朝 に 奉 せ ら れ た 、 そ の 文 の 中 に 大 師 七 里 結 界 の 外 邊 の 山 の 名 稱 を 出 し て 、 南 方 寳 珠 の 峯 と 名 く る そ の 南 邊 ( の 天 徳 院 南 の 山 ) 、 北 方 を 覆 鉢 の峯(高組院 の 後 の 峰 か ) と 名 け 東 は 摩 尼 山 と 名 け 西 を 阿 彌 陀 の 峯 と 名 く る 。 ( 彌 陀 の 峯 は 大 門 北 方 の 高 峯 ) と 。 此 の 四 方 峯 の 名 稱 も 亦 本 問 題 を 考 ふ る 上 に 於 い て 忘 れ ら れ な い も の で あ ら う 。 次 に 今 の 高 野 秘 事 二 紙 左 に ﹁ 有 文 云 ﹂ ( 註 に 延 喜 文 と ) と し て ﹁ 高 野 堅 固 金 剛 峯 ・ 不 壊 法 身 三 密 鏡 ・ 奥 院 清 淨 禪 定 洞 ・ 自 受 法 樂 一 如 宗 ﹂ と 。 又 古 老 の 云 く と し て ﹁ 始 自 ニ 山 下 坂 本 福 居 辻 堂 ー 至 ニ 于 山 上 大 塔 庭 前 ー胎 藏 萬 タ ラ 表 ニ 百 八 十 尊 ー始 自 ニ 大 塔 ー至 ニ 于 奥 院 御 堂 ー表 ニ 金 剛 界 萬 タ ラ 三 十 一 尊 ー﹂ 云 云 と 。 此 處 で は 率 都 婆 を 云 は す し て 唯 町 數 の 表 示 の み を 出 し て ゐ る こ と に 注 意 す べ き で あ る 。 次 い で に ﹁ 濟 暹 僧 都 記 云 ﹂ と し て 、 弘 法 大 師 是 則 第 八 地 菩 薩 云 云 愛 知 觀 音 所 變 也 第 三 地 菩 薩 云 云 委 可 尋 云 云 文 在 ニ 延 暦 寺 西 塔 院 ニー﹂ と 。 大 師 を 八 地 の 菩 薩 と す る こ と は 特 に 注 意 す べ き 言 で あ ら う 。 三 、 奥 院 石 室 奥 院 石 室 御 入 定 に 關 す る 文 前 後 三 箇 處 に 見 ら る ヽ が 、 今 は 便 宜 上 合 し て 述 ぶ る こ と ヽ し た い 。 先 御 入 定 地 に 就 い て 道 範 大 徳 の 高 野 秘 事 一 二 一

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道 範 大 徳 の 高 野 秘 事 一 二 二 御 入 定 地 ハ 方 一 丈 六 尺 也 四 方 ニ ホ ラ ル 胎 ノ 意 ナ リ 、 ソ ノ 土 ノ 高 上 廟 塔 造 正 御 入 定 地 于 今 木 草 不 生 也 文 不 可 説 事 也 正 地 知 入 不 云 呪 知人 ア リカ タ シ 可 秘 之 明 日 吉 日 可 傳 云 云 二 十 五 日 壬刀 塔 開 眼 云 云 塔 未 申 角 ニ シ テ 傳 受 了 。 次 に 奥 院 石 室 に 就 い て 奥 院 石 室 釋 迦 菩 薩 都 支 多 天 所 住 之 間 分 身 所 住 石 室 也 弘 法 大 師 彌 勒 菩 薩 等 流 身 也 彌 勒 菩 薩 知 足 天 令 上 生 間 五 十 六 億 七 千 萬 歳 也 而 大 師 彼 石 室 之 内 室 入 ニ 金 剛 定 ー 期 ニ 彼 下 生 ー 高 野 明神 現 ニ 老 翁 ー 於 ニ 阿 逸 多 院 内 ー大 師 並 御 弟 子 等 相 合 奉 レ 譲 ニ 高 野 之 山 地 ー 其 間 有 ニ 委 細 事 等 ー 皆 略 レ 之 而 間 有 ニ 約 束 ー大 師 申 白 汝 我 背 有 給 云 云 弟 子 付 ニ 手 足 之 左 右 ー 速 疾 須 叟 行 飛 ( 一 本 ニ ハ 飛 行 ト ア リ ) 師 弟 共 両 眼 閉 奥 院 拜 殿 許 立 置 相 合 老 翁 示 云 此 石 室 釋 迦 如 來 所 住 入 定 室 也 汝 同 密 教 流 布 以 後 於 斯 室 入 金 剛 定 ー 可 レ 期 ニ 彌 勒 下 生 ー 不 ニ 釋 迦 慈 尊 等 流 身 住 室 ー 三 世 諸 佛 世 々 番 々 舊 室 也 如 ン 此 示 語 忽 失 件 石 室 六 尺 間 三 間 也 三 六 十 八 也 金 剛 頂 宗 表 ニ 示 十 八 會 所 ー也 有 ニ 中 心 蓮 花 座 ー顯 ニ 花 藏 界 ー竪 三 尺 七 寸 差 ニ 三 十 七 尊 員 ー 次 に 又 、 奥 院 石 室 方 六 丈 戸 廣 三 尺 六 寸 厚 一 尺 八 寸 長 五 尺 蓋 厚 三 尺 六 寸 (傍 註 に ﹁ 外 室 十 六 重 ﹂ と ) 已 上 皆 石 也 (此 申 方 字 門 也 字 門 字 門云 云 ) 御 入 定 處 當 時 御 廟 堂 未 申 方 云 云 註 ﹁裏 書 云 或 辰 已 角 マ テ □ □ 中 程 ﹂ と 、 (私 ニ 曰 □ □ ハ 何 字 ナ ル カ 不 讀 ) 右 の 文 の 中 最 後 の ﹁ 奥 院 石 室 方 六 丈 ﹂ 云 云 の 文 は 他 の 古 本 に よ る と 、 ﹁ 寛 元 元 年 六 月 二 十 二 日 記 之 阿 闍 梨 道 範 ﹂ と あ る か ら 、 道 範 大 徳 示 寂 前 九 年 の 夏 の 記 と な る 。 そ し て 奥 院 興 廢 記 や 金 剛 峯 寺 建 立 修 行 縁 起 の 説 に よ る と 大 師 承 和 二 年 乙 卯 三 月 二 十 一 日 寅 刻 に 御 入 定 、 其 後 四 十 九 日 間 は 埋 葬 等 の こ と な く 、 御 弟 子 達 こ れ を 守 護 し 奉 り 、 五 十 日 に 満 ち て 石 壇 を 疊 み 、 上 に は 五 輪 の 率 都 婆 を 安 置 し 、 更 に 寳 塔 を 建 立 し

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奉 つ た こ と に な つ て ゐ る 。 三 月 二 十 一 日 か ら 五 十 日 に 満 つ る と い ふ か ら 、 そ の 日 は 五 月 十 日 と な る 。 け れ ど 又 高 野 秘 傳 紗 や 高 野 春 秋 に は 三 月 二 十 一 日 よ り 四 十 餘 日 を 經 て 五 月 三 日 に 大 師 の 定 身 を 奥 院 に 奉 送 し た と 記 す 。 そ の 建 立 者 に 就 い て も 、 大 師 よ り 高 野 山 を 附 屬 せ ら れ た 眞 然 僧 正 の 手 に 成 る も の だ と 記 す る も の 也 、 そ の 眞 然 僧 正 の 内 助 者 と し て 多 大 の 功 を 残 さ れ て ゐ る 實 恵 僧 正 の 建 立 だ と す る も の と 異 説 に な つ て ゐ る 。 然 し 何 れ に せ よ 、 か く の 如 く に し て 作 ら れ た 大 師 の 廟 堀 も 、其 後 數 次 の 火 災 の 難 に よ つ て 興 廢 の あ つ た こ と は 免 れ ら れ な い 所 の こ と で あ つ た 。 延 喜 二 十 一 年 十 一 月 二 十 七 日 時 の 東 寺 長 者 觀 賢 僧 正 登 山 獻 衣 鎰 號 の こ と あ り 、 そ の 時 親 し く 高 組 の 聖 容 嚴 然 た る を 拜 さ れ た と は 古 來 傅 ふ る 有 名 の 話 で あ る 。 承 平 三 年 十 月 二 十 七 日 奥 院 御 塔 修 理 供 養 あ り 、 其 後 雷 火 の 爲 に 焼 亡 す る と い ひ 、 天 暦 六 壬 子 年 の 比 又 雷 火 の 爲 め 焼 失 す と 。 其 後 天 徳 の 始 め 寳 形 の 堂 一 間 四 面 に 造 立 し 、 又 貞 應 二 年 三 月 二 十 日 ・ 貞 治 三 年 甲 辰 二 月 九 日 御 廟 を 修 理 し 修 養 の こ と を 行 つ て ゐ る 。 又 或 記 に 依 る と 應 永 十 九 年 六 月 永 享 十 二 年 庚 申 六 月 十 一 日 と い ふ に 御 廟 の 屋 根 を 葺 替 え 同 時 に 供 養 の 法 要 さ へ 勤 め ら れ て ゐ る を 見 る 。 其 後 屡 々 屋 根 替 の 事 と 供 養 の 法 要 と が 勤 め ら れ て ゐ る が 、 寛 永 二 年 乙 丑 六 月 二 十 一 日 同 葺 供 養 あ り 己 後 二 十 一 年 を 期 し て 上 葺 の 恒 規 と さ れ る に 至 つ た 。 曾 つ て は 無 室 律 師 の 離 山 と か 、 吉 野 と の 課 論 事 件 と か 、 一 山 の 荒 廢 に も 歸 せ ん と し た 日 が あ つ た け れ ど 、 大 師 金 剛 の 定 門 に は 何 等 の 變 異 の な か っ た こ と は 感 泣 す る の 外 な い で あ ら う 。 道 範 大 徳 の 高 野 秘 事 一 二 三

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道 範 大 徳 の 高 野 秘 事 一 二 四 猶 記 す べ き は 次 の 言 端 で あ る 。 即 覺 源 妙 に 師 云 高 野 山 即 八 葉 峰 也 而 大 師 入 定 丑 寅 角 坐 有 レ 由 事 也 可 レ聞 ニ 口 傳 ー又 入 葉 胎 藏 曼 茶 羅 中 丑 寅 角 彌 勒 菩 薩 位 處 也 深 意 可 ニ 思 合 ー又 大 師 御 入 定 密 教 興 隆 弘 願 成 就 一 期 化 縁 漸 盡 歸 ニ 本 覺 推 嚴 臺 ー給 云 入 定 故 即 事 而 眞 日 々 奥 院 參 詣 即 參 ニ 都 率 丙 院 ー 可 レ思 又 建 治 三 年 十 二 月 六 日 の 御 託 宣 と い ふ も の に は ﹁ 奥 院 地 形 鑁 字 之 智 水 流 廻 彼 中 大 師 御 座 也 ﹂ と 記 し 轉 軸 山 ・ 摩 尼 山 ・ 奥 院 は 三 辨 寳 球 也 と も 習 ひ 傅 ふ る 。 深 義 重 々 あ る こ と を 知 ら ね ば な ら な い 。 四 、 御 入 定 三 月 二 十 一 日 之 事 本 に 、 大 師 三 月 二 十 一 日 寅 時 御 入 定 如 何 、 予 思 三 月 御 入 定 擬 ニ 釋 尊 二 月 十 五 日 御 入 滅 ー 也 淺 略 義 也 其 故 天 竺 方 以 二 十 五 日 ー鳥 ニ 一 月 ー故 至 ニ 于 二 月 十 五 日ー 三 月 也 日 域 以ニ 三 十 日 爲 ニ 一 月 一 故 三 月 也 三 月 者 滅 ニ 三 毒 煩 惱 ー 成 ニ 三 徳 秘 藏 ー顯 ニ 之 身 成 佛 ー爲 レ 利 ニ益 正 像 末 三 定 聚 衆 生 ー 也 至 ニ 二 十 一 日 ー 御 入 定 如 何 自 ニ 三 月 一 日 ー 至 ニ 二 十 一 日 ー 三 七 日 也 初 七 日 佛 部 三 眛 耶 定 第 二 七 日 蓮 花 部 三 眛 耶 定 第 三 七 日 金 剛 部 三 眛 耶 定 彼 三 三 眛 耶 定 成 就 入 ニ 金 剛 定 ー 是 深 秘 意 也 故 三 月 淺 畧 利 生 三 吉 深 秘 方 便 也 三 月 表 示 私 案 三 七 日 三 定 師 説 也 寅 時 初 時 最 上 相 應 義 也 十 二 時 中 初 時 三 眛 耶 中 三 密 金 剛 定 越 ニ 三 時 ー 初 教 故 也 先 海 僧 正 授 ニ 釋 王 寺 闍 梨 ー 闍 梨 授 ニ 高 野 中 院 闍 梨 ー闍 梨 授 ニ 琳 賢 闍 梨 ー闍 梨 授 ニ 光 明 寺 闍 梨 ー闍 梨 授 ニ 賢 有 三 位 阿 闍 梨 ー 琳 賢 口 云 云 不 レ 知 ニ他 見 ー相 互 在 生 時 不 レ知 ニ 両 人 ー努 々 不 レ 可 ニ 散 越 ー 一 本 次 二 ﹁不 可 言 説 ﹂ 云云 ト 加 フ 元 暦 元 年 甲辰 八 月 十 日 賜 之 可 レ 秘 々 々 聞 書 畢 生 年 六 十 八 云 云 右 元 暦 元 年 と い ふ か ら 道 範 大 徳 入 寂 前 六 十 八 年 、 然 も 生 年 六 十 八 と い ふ か ら 、 誰 人 で あ る か 範 大 徳 餘 師 の 口 決 を 此 處 に 集 録 さ れ た も の で な く て は な ら の 。 今 の 血 脈 で は 先 海 僧 正 に 始 つ て ゐ る 。 先 海 と は 石 山 若 し は 中 川 の 血 脉 に 於 い て 覺 海 大 徳 の 先 師 と な つ て を ら れ る 。 野 山 持 明 院 に 藏 さ れ て ゐ る ﹁ 高 野 山 口

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傳 ﹂ と い ふ 書 を 見 る と 、﹁ 明 算 感 得 の 書 に 云 く ﹂ と し て 、 大 師 御 筆 の 印 信 の 奥 御 口 決 に 當 山 は 三 世 諸 佛 常 恒 説 法 の 蓮 臺 で あ る な ど と い ひ 、 次 に 大 日 經 壬 蘇 悉 地 の 三 部 は 三 月 、 金 剛 峯 の 一 會 に 樓 閣 等 日 光 瑜 伽 の 十 界 と 瑜 祗 の 十 界 と 各 合 し て 二 十 一 日 を な す 。 し か も そ は 三 時 を 越 ゆ る 如 來 日 と す 。 寅 の 時 は 初 後 不 二 の 時 で あ つ て こ れ は 、 三 月 は 二 十 一 日 は と す 。 こ れ ら の 意 味 あ る を も つ て 眞 然 註 文 の 口 決 に は 三 月 二 十 一 寅 の 時 の 御 入 定 と は 三 部 經 瑜 祗 經 の 極 秘 で あ つ て 、 東 は め 月 、 南 も の 月 、 西 も の 月 合 し て 三 月 と な る 。 こ れ に よ つ て 阿 耨 多 羅 三 藐 三 菩 提 を 得 る 。 二 十 一 日 は 修 生 即 身 の 十 界 な る と 本 有 成 佛 の 十 界 な る と 合 し て 二 十 、 三 時 を 越 ゆ る 如 來 の 日 遍 照 金 剛 一 味 平 等 の 一 印 會 北 方 不 室 就 佛 涅 薬 の 一 方 に 歸 命 す る 、 故 に 三 月 二 十 一 日 寅 時 女宿 の 御 入 定 と 相 傅 ふ る 。 そ し て 相 承 の 次 第 を 出 し て 明 算 ・ 教 眞 ・ 明 眞 ・ 濟 俊 ・ 實 覺 ・ 源 照 ・ 覺 海 ・ 道 範 ・ 明 澄 と 記 し て ゐ る 。 上 述 す る 所 に よ つ て 大 師 の 御 入 定 に 對 す る 深 意 が 知 ら れ や う 。 道 範 大 徳 自 身 に 奥 書 し て ﹁ 貞 應 三 年 七 月 二 十 五 日 傅 授 口 決 於 奥 院 大 師 知 見 御 寳 前 相 承 金 剛 佛 子 道 範 ﹂ と 誌 さ れ た 瑜 祗 經 瑜 伽 成 就 品 の 口 訣 に 、 寅 時 御 坐 禪 尤 有 深 意 口決 眞 然 謂 日 分 一 切 水 氣 爲 ニ 其 熾 盛 日 輪 ー 所 レ 乾 皆 昇 從 ニ 戊 時 ー漸 下 至 ニ 寅 時 ー 一 切 水 氣 還 下 如 レ 本 海 水 盈 満 在 ニ 此 時 ー如 是 衆 生 從 ニ 無 始 來 ー 大 悲 智 水 爲 ニ 煩 惱 日 焔 所 乾 ー 而 値 ニ 此 教 ー 發 心 修 行 智 水 漸 下 ニ 大 悲 圓 満 位 ー 自 證 即 極 是 故 寅 時 入 定 即 事 而 眞 之 道 理 深 可 思 之 面 授 在深口決 灌 頂 後 夜 丑 時 閼 伽 水 取 ニ 大 悲 智 水 ー 意 也 面 授 重 無 盡 習口傳可尋問 又 云 日 者 理 也 水 者 智 也 日 分 水 乾 者 智 之 歸 レ 理 夜 分 水 満 者 理 之 歸 レ 智 也 寅 時 者 夜 ノ 終 畫 初 也 理 智 冥 合 日 水 同 満 故 爲 ニ 不 二 位 ー 可 レ 思 レ 之 菩 提 心 諦 合 宿 際 證 圓 満 之 意 融 源 義 同 之 霧 者 化 他 智 用 也 云 云 済 俊 ニ 尋 受 道 範 大 徳 の 高 野 秘 事 一 二 五

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道 範 大 徳 の 高 野 秘 事 一 二 六 右 の 文 の 中 に は 種 々 な 深 秘 の 口 訣 が 誌 さ れ て あ る が 、 寅 時 の 御 入 定 と い ふ に 就 い て 最 深 秘 深 秘 と い ふ べ き の み 。 但 し こ れ は 瑜 祗 經 を 本 と し て 述 べ ら れ た の で あ る 。 五 、 大 塔 事 本 に 云 ふ 。 大 塔 十 六 丈 両 部 冥 會 塔 也 云 云 本 佛 五 尊 之 内 中 尊 身 光 中 尊 形 化 佛 十 三 體 事 八 葉 蓮 華 結 跏 趺 坐 羅 髪 形 印 右 手 擧 レ 上 向 レ 外 施 無 畏 左 手 左 置 三 十 三 體 皆 以 同 之 問 何 佛 像 哉 答 暗 催 調 -藏 五 佛 也 其 化 佛 十 三 體 者 表 示 十 三 大 院 各 -院 々 上 首 佛 也 圖 去 大 日 居 長 八 尺 八 寸 坐 高 五 尺 五 寸 藥 師 ・ 賓 生 ・ 無 量 壽 ・ 釋 迦 居 長 七 尺 座 高 五 四 尺 五 寸 光 一 丈 五 寸 云云 皆 金 色 古 老 住 信 等 云 四 佛 皆 御 頭 面 御 作 雷 火 取 出 畢 於 御 身 者 惣 下 レ 及 ニ 取 出 ー 但 丑 寅 角 不 空 成 就 佛 一 體 御 身 皆 以 取 出 畢 云 云 自 余 者 御 頭 斗 取 出 之 云 云 又 古 老 云 昔 中 尊 法 界 定 印 中 心 置 五 輪 塔 婆 然 今 住 僧 等 極 秘 故 習 取 隠 覆 也 云 云 時 未 代 年 月 日 不 知 歟 正 治 元 年 乙未 十 二 月 記 レ 之 惣 持 院 灌 實 之 時 御 尋 仍 記 之 昔 記 云 柱 十 六 本 圖 繪 両 部 曼 茶 羅 佛 像 外 陳 柱 十 二 本 内 方 圖 繪 云 云 今 以 母 屋 内 柱 四 本 圓 形 以 佛 壇 柱 十 二 本 八 角 以 水 輪 柱 十 本 圓 形 内 陣 十 六 圖 繪 両 界 佛 等 外 陳 水 輪 柱 十 二 本 昔 有繪今無之 大 佛 師 圓 成 法 師 弟 子 講 師 大 塔 事 五 佛 印 仁 海 記 云 金 剛 子 佛 云 云 金 界 智 法 身 成 ニ 等 正 覺 ー後 住 ニ 五 大 法 界 定 ー 現 ニ 三 眛 耶 身 一 化 ニ 導 郡 機 ー 此 印 也 謂 成 ニ 地 水 火 風 空 ー 於 ニ 見 聞 覺 知 ー 爲 ニ 六 境 ー 引 ニ 衆 生 ー衆 生 入 ニ 佛 界 ー故 住 ニ 定 印 ー法 界 定 故 云 金 佛 者 國 也 本 定 印 上 有 一 尺 六 寸 塔 端 金 水 銀 ・ 火 赤 銅 ・風 黒 水 精 ・ 空 五 色 馬 腦 云 云 實 恵 取 納 了 大 塔 四 十 九 柱 表 都 率 四 十 九 重 十 六 丈 一 百 六 十 尺 表 彌 勒 胎 内 長 十 六 生 第 十 六 拳 菩 薩 彌 勒 也 仍 三 部 中 蘇 悉 地 妙 成 就 始 塔 也 云 云 又 曰 く 、 大 塔 中 尊 印 上 塔 水 輪 有 字 云 云 今 取 納 他 處 云 云 中 尊 印 法 界 定 印 立 二 大 是 不 二 義 云 云 八 蘇 悉 地 云 云 組 相 承 寳 珠 埋 收 大 塔 印 云 云 此 大 塔 ハ大 唐 所 投 三 古 落 處 ニ建 之

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口 訣 と い ふ 一 書 の 中 に 濟 俊 ・ 覺 海 ・ 道 範 と 相 傳 す る 眞 意 を 傳 へ て 、 ﹁ 當 山 安 置 大 塔 瑜 祗 甚 深 子 細 ハ此 阿 闍 梨 眞 言 字 義 句 義 等 也 ﹂ 云 云 と い ふ て 、 瑜 祗 經 攝 一 切 如 來 大 阿 闍 梨 位 品 第 三 の 最 初 に 出 す 庵 縛 曰 羅 素 乞 吏 麼 麼 賀 娑 但 縛 吽 吽 の 眞 言 を 中 に し 、 東 帝 釋 天 、南 主 藏 天 ・ 那 羅 延 天 、 西 水 天 、 東 北 隅 大 自 在 天 、 東 南 隅 火 天 、 西 北 隅 風 天 を 安 じ て ゐ る 。 眞 言 の 書 き 様 は 東 に 梵 字 に て 縛 曰 羅 の 字 を 安 じ 、 南 に 素 乞 史 麼 、 西 に 麼 賀 、 北 に 娑 怛 縛 、 中 央 に 吽 吽 の 二 字 、 何 れ も 梵 字 を 用 ゐ て あ る 。 こ れ ら に よ つ て 大 塔 瑜 祗 の 規 模 及 び そ の 大 事 の 一 般 を 解 す べ き で あ ら う 。 尚 大 塔 に 就 い て は 重 々 の 深 意 が 傳 へ ら れ て ゐ る け れ ど 今 は 略 す る 。 次 に 大 塔 興 廢 記 に よ つ て 少 し 興 廢 の 實 状 を 記 し て 見 や う 。 高 組 弘 仁 七 年 斯 山 に 移 住 し 四 維 七 里 の 際 を 結 界 し 、 聊 か 僧 坊 を 營 み 、 遂 に 弘 仁 十 年 に 金 堂 と 斯 塔 と を 造 立 せ ら れ た 。 そ の 塔 の 高 さ 十 六 丈 、 中 に 一 丈 六 尺 の 胎 藏 金 色 の 大 日 と 一 丈 四 尺 の 四 佛 を 安 置 し 、 そ の 廻 り 三 十 三 丈 八 尺 、 内 の 廻 り 二 十 丈 八 尺 と 傳 ふ 。 其 の 基 模 の 宏 に し て 大 な る 推 す べ き で あ る 。 而 し そ の 營 事 は 未 完 備 す る に 至 ら ず 、 依 つ て 仁 明 天 皇 の 御 宇 承 和 元 年 八 月 二 十 三 日 大 師 勸 進 の 状 を 作 つ て 、 拔 濟 四 恩 二 利 具 足 の 爲 に 金 剛 峰 寺 に 於 て 毘 盧 遮 那 法 界 體 性 の 塔 二 基 及 金 剛 胎 藏 両 部 の 曼 茶 羅 を 建 立 す と て 廣 く 檀 越 を 勸 進 せ ら れ た 。 そ の 塔 二 基 と は 今 の 大 塔 と 西 塔 と の こ と で あ ら う 。 か く て 着 手 さ れ た る 堂 塔 建 立 の 事 業 は 眞 然 僧 正 の 時 に 至 つ て 全 く 完 成 し た も の ヽ や う で あ る 。 眞 然 僧 正 の 記 に 道 範 大 徳 の 高 野 秘 事 一 二 七

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道 範 大 徳 の 高 野 秘 事 一 二 八 眞 然 盡 ニ微 力 ー造 ニ 畢 堂 舍 ー以 成 ニ 御 願 之 場 ー亦 買 ニ 備 田 圃 ー爲 ニ 供 佛 之 資 ー云 云 其 後 清 和 天 皇 の 御 宇 貞 觀 二 年 七 月 十 五 日 に 大 塔 修 理 料 と し て 、 紀 伊 國 税 稻 四 千 九 百 束 を 朝 よ り 給 は り 、 同 四 年 に は 重 ね て 國 税 稻 二 千 束 を 賜 つ て を る 。 醍 醐 天 皇 の 延 長 二 年 十 二 月 十 三 日 は 同 じ く 一 千 束 、 村 上 天 皇 の 康 保 二 年 六 月 十 七 日 に は 官 符 を 賜 ふ て 紀 伊 國 税 稻 を 舊 例 に 任 せ て 賜 つ て あ る 。 か く 代 々 の 聖 朝 御 願 に よ つ て 修 理 の 料 物 を 度 々 送 ら れ た の で あ る 。 然 る に 一 條 天 皇 の 正 歴 五 年 七 月 六 日 雷 火 の 爲 に 焼 失 、 堀 河 院 の 寛 治 二 年 二 月 二 十 六 日 に 白 河 院 御 登 山 あ り 、 大 塔 を 造 る 可 き の 由 院 宣 あ り 、 月 日 を 室 し う す る の 、 間 八 箇 年 を 經 、 嘉 保 二 年 三 月 に 重 ね て 院 宣 あ り 、 時 の 座 主 定 賢 、 寺 家 執 行 検 校 阿 闍 梨 明 算 等 、 そ の 四 月 に 起 工 、 康 和 五 年 十 一 月 に 俊 功 、 同 月 二 十 五 日 に 大 塔 供 養 の 大 法 要 を 勤 め た 。 時 の 座 主 法 印 経 範 、 然 る に 近 衛 院 の 御 宇 久 安 五 年 五 月 十 二 日 申 尅 復 雷 火 の 爲 め 焼 失 、 そ こ で 同 年 五 月 二 十 八 日 に 再 び 起 工 、 仁 平 元 年 三 月 十 九 日 に 棟 上 の こ と も 終 つ た の に 久 壽 二 年 三 月 七 日 申 尅 麻 柱 縄 朽 損 し て 皆 亂 倒 、 大 工 五 十 人 、 人 夫 四 十 三 人 大 塔 の 上 よ り 落 ち て 死 す と い ふ 。 そ こ で 同 年 入 月 三 日 又 造 營 の 工 に 着 手 、 同 三 年 造 り 畢 り 四 月 二 十 九 日 に 落 慶 供 養 を し だ 。 か く 度 々 の 災 難 を 胃 し 、 そ の 都 度 完 全 に 造 營 成 功 し 來 つ て を る の で 、 現 今 焼 け た ま ヽ 再 建 の な さ れ な い の は 全 く 、 人 の 勤 め ざ る が 爲 め で 、 大 塔 を 闕 い だ 野 山 は 鼻 を な く し た 人 間 と 等 し い 。 両 部 不 二 法 性 の 浮 土 を 完 備 す る 所 以 の も の で な い 。 人 法 の 退 廢 此 庭 に 到 る か 。 大 師 は 奥 院 の 定 堀 に あ つ て 何 と 悲 し ま れ て ゐ や う 。 世 人 は 伽 藍 佛 教 の 退 廢 を 當 然 な る か の 如 く 叫 ぶ と 雖 も 、 人 に

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し て 鼻 を 闕 ぎ 又 齒 な く ん ば 如 何 に 醜 な る べ き 、 正 法 の 興 隆 も 、 す べ て の 相 好 完 成 し 具 備 し て 初 め て 實 動 を 生 す べ き も の で あ る 。 顧 み な く て は な ら な い こ と で あ ら う 。 蓋 し 斯 寳 塔 は 高 野 八 葉 峯 の 中 臺 に 立 て ら る 、 こ れ に よ つ て 根 本 大 塔 と 稱 す る 。 六 、 御 影 堂 野 山 御 影 堂 の 起 原 は 實 恵 僧 都 が 大 師 の 爲 に 御 念 持 佛 堂 と し て 奉 建 せ ら れ た る に 始 ま る 。 然 し て 高 組 御 在 世 の 當 時 は 如 意 輪 觀 音 の 像 を 安 置 し 、 日 夜 高 組 御 自 身 御 念 誦 遊 ば し た と 傳 ふ る 。 如 意 輪 觀 音 は 高 組 の 御 本 尊 と さ れ た る 尊 で あ る と い ひ 、 又 御 本 地 佛 で あ つ た と も い ふ 。 高 組 御 入 定 後 に 及 ん で 現 在 の 如 き 大 師 の 御 影 を 奉 安 す る こ と ヽ な つ た 。 右 の や う な 事 情 で あ る か ら 、 始 め は こ れ を 御 持 佛 堂 或 は 御 庵 室 ・ 御 念 誦 堂 な ど と 稱 し 奉 り 、 後 御 影 奉 安 す る に 及 ん で 御 影 堂 と 稱 し 奉 る や う に な つ た 。 そ の 御 影 に 就 い て 或 は 大 師 御 自 身 に 書 き 給 ふ も の だ と も 傅 ふ れ ば 、 或 は 眞 如 親 王 眞 影 を 模 寫 し 給 ふ と も い ひ 、 或 は 眞 如 親 王 見 寫 し ま い ら せ て 、 後 高 組 御 自 身 に 開 眼 し 御 眼 精 書 し 給 ふ と も い ふ 。 一 般 に は 親 王 畫 き 給 ひ 大 師 玉 眼 を 入 れ 開 眼 し 給 ふ も の を も つ て 御 影 堂 の 本 尊 と す と 傳 へ て ゐ る 。 そ の 御 影 堂 中 に 安 置 す る 器 物 に 就 い て 道 範 天 徳 の 傅 へ ら る ヽ 所 を 記 す に 御 影 堂 御 張 後 北 壁 両 界 種 子 曼 茶 羅 是 青 龍 寺 相 傳 、 入 組 相 傳 鈴 灑 水 器 胎 藏 供 養 法 所 安 ニ 置 之 ー同 佛 具 一 具 青 龍 寺 御 器 八 口 嵯 峨 天 皇 送 レ 之 木 履 大 唐 天 竺 御 遊 行 之 時 御 履 藁 ハ 日 本 御 所 差 云 云 五 尺 賓 劔 御 影 堂 底 被 劔 之 云 云 道 範 大 徳 の 高 野 秘 事 一 二 九

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道 範 大 徳 の 高 野 秘 事 一 三 〇 御 入 定 御 影 堂 後 十 二 間 僧 房 自 東 第 二 間 云云 是 當 時 灌 頂 院 金 剛 界 壇 所 云 云 七 七 日 後 奉 レ 唱 ニ 梅 多 利 耶 寳 號 ー奉 ニ 送 奥 院 ー 云 云 御 影 堂 内 濱 ノ 床 一 脚 方 六文計 並 浄 蔗 有 之 是 御 入 定 時 御 座 云 云 御 座 堂 に 就 い て も 記 す べ き こ と に 多 々 な れ ど 今 は 略 す る 。 七 、 金 堂 金 堂 の 中 に 安 す る 尊 體 に 就 い て 範 大 徳 の 所 傅 を 見 る に 阿 閤 中 金 剛 薩 睡 東 金 剛 王 西 不 動 東 降 三 世 西 五 大 虚 空 藏 西 、 一 身 五 頭 普 賢 延 命 東 金 剛 王 ハ 愛 染 王 也 己 上 御 作 聖 僧 ( 文 殊 ) 御 身 頭 上 納 八 字 文 殊 像 一 體 斗 御 作 善 女 龍 王 西 繪 像 香 水 器 茶 碗 青 龍 寺 付 屬 器 即 傅 其 水 置也 是 阿 耨 達 池 水 中 檀 冷 杵 等 青 龍 寺云 云 両 壇 佛 聖 鉢 ニ ロ 行 基 於 和 泉 老 □ 女 □ 所 得 釋 迦 如 來 受 ニ 紙 陀 ノ 供 養 ー 之 鉢 今 ハ 移 ニ 御 影 堂 ー女 置 云 云 此 鉢 冷 被 レ 居 替 ニ 新 施 入 鉢 ーニ 云 云 裏 書 云 行 基 乞 食 之 時 □ 女 切 髪 所 ニ 買 得 ー之 食 未 欲 供 養 之 求 器 不 得 從 ニ 空 中 ー 此 ニ 鉢 飛 來 ル 空 中 告 云 天 ニ 感 ニ 老 女 ノ 深 心 ノ 供 養 之 志 ー 釋 迦 如 來 鉢 下 也 云 云 行 基 得 之 槇 尾 巖 ノ 中 ニ 隠 レ 之 上 人 來 感 得 之 大 師 住 巻 尾 之 時 以 ニ 夢 告 ー得 レ 之云 云 本 ハ 降 三 世 居 レ 東 不 動 居 レ 西 若 私 は 炎爲誤か の 上 之 後 造 ニ 立 本 尊 ー 明 日 欲 奉 渡 之 夜 尊 像 各 自 安 本 位 之 時 不 動 東 居 降 三 世 居 レ 西 云 云 金 堂 四 十 九 間 同 表 四 十 九 重 如 意 形 云 云 此 有 ニ 七 尊 秘 法 印 信 ー 殊 於 五 大 虚 空 藏 如 意 殿 深 法 是福 智 圓 満 也 又 於 普 賢 延 命 有 ニ 深 秘 壽 命 法 ー 中 尊 阿 閤 自 性 身 入 ニ 藥 師 三 摩 地 ー 甚 深 ノ 法 ア リ ト 云 云 右 の 文 の 終 り に ﹁ 金 堂 四 十 九 間 ﹂ 云 云 と い ふ は 金 堂 七 間 四 面 の 廣 さ を 有 す る に よ つ て 、 こ れ 印 都 率 の 内 院 七 七 四 十 九 重 の 麼 尼 殿 に 作 る と い ふ の 習 ひ で あ る 。 高 組 弘 仁 七 年 御 年 四 十 三 に し て 始 め て 此 峯 に 攀 登 し 給 ひ 、 同 十 年 金 堂 建 立 の 業 成 功 し た 。 然 る に 正 暦 五 年 甲 午 七 月 六 日 電 火 あ つ て 大 塔 と 共 に 炎 上 、 大 師 御 入 定 後 一 百 六 十 年 。 其 の 後 伽 藍 再 興

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の 旨 を 屡 々 奏 請 す と 雖 も 勅 許 な く 徒 に 日 を 過 し て ゐ た 。 然 し 同 一 條 天 皇 の 長 徳 四 年 戊 戌 春 御 再 建 の 宣 旨 を 賜 ふ た 。 炎 上 後 四 年 で あ る 。 そ こ で そ の 年 の 三 月 朔 日 國 司 大 江 景 理 奉 行 と な つ て 土 木 の 業 を 興 し 漸 く に し て 舊 觀 に 復 す る を 得 た 。 然 る に 仁 王 七 十 六 代 近 衛 院 の 御 宇 久 安 五 年 己 已 歳 五 月 十 二 日 申尅 復 雷 火 の 爲 に 大 塔 な ど と 共 に 鳥 有 に 歸 し た 。 乃 そ の 翌 年 七 月 二 十 三 日 復 伽 藍 造 營 の こ と を 始 め 六 年 庚午 七 月 に 大 成 、 其 後 數 次 の 興 癈 あ つ て 今 日 に 及 ん で ゐ る 。 中 に 一 丈 六 尺 金 色 藥 師 如 來 の 座 像 を 本 尊 と し 、 金 剛 薩 睡 ・金 剛 王 ・ 普 賢 延 命 ・虚 空 藏 ・ 不 動 明 王 ・降 三 世 明 王 等 安 ぜ ら れ て あ る 。 本 尊 は 大 師 の 御 作 な り と 傅 ふ 。 八 、 高 野 八 葉 峰 高 野 八 葉 峰 云 云 有 内 外 二 重 八 葉 傳 法 院 山 東 持 明 院 山 東 南 中 門 前 山 南 藥 師 院 山 西 南 御 社 山 西 正 智 院 山 西 北 眞 言 堂 後 山 北 勝 蓮 花 院 後 山 東 北 已 上 内 八 葉 大 附 外 八 葉 西 方 葉 開 之 云 去 第 二 節 に 四 方 の 峯 の 名 を 出 し た が 、 そ の 四 方 峯 は 即 四 佛 で あ る 。 而 し て 此 の 八 葉 の 説 は 先 長 久 三 年 花 供 の 願 文 に 見 る 。 彼 の 文 に 紀 州 伊 都 の 郡 に 靈 山 あ り 高 野 と 稱 す る 、 連 峯 の 象 花 岳 自 ら 八 葉 の 體 を 成 す 云 云 其 後 文 治 三 年 後 白 河 法 皇 の 御 下 交 に ﹁ 八 葉 峯 高 自 備 華 臺 ﹂ と 、 そ れ ら の 所 説 と 信 仰 と に 對 し て そ の 八 葉 峯 を 指 點 せ ら れ た の が 範 大 徳 の 今 の 一 文 で あ る 。 而 し て 第 一 の 傳 法 院 山 と い ふ は 大 塔 の 東 今 の 青 巖 寺 の 後 の 峯 で あ つ て 、 或 は 八 葉 の 第 一 を 劔 崎 山 と い ふ あ る も そ は 非 な り と 出 て ゐ る 。 第 二 の 持 明 院 山 と は 大 塔 道 範 大 徳 の 高 野 秘 事 一 三 一

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西

明神

西

を神

西

西

・東

・東

西

高 者 天 也 堅 也 智 也 野 者 地 也 横 地 理 也 山 者 地 峻 入 レ 天 云 レ 山 故 天 地 不 ニ 即 理 智 不 ニ ノ 事 點 也 山 字 、 三 點 即 理 智 事 三 貼 也 ( 山 の 宇 の 右 の 點 は 智 左 の 貼 は 理 、 中 央 の 鮎 ば 事 と 註 し て あ る ) 是 故 我 心 内 本 有 ノ 理 智 事 三 點 即 高 野 山 也 深 觀 ニ 察 此 義 ー何 有 レ 離 ニ 山 嘆 ー 乎 事 點 者 三 點 具 足 如 世 問 父 爲 レ 智 母 爲 レ 理 子 爲 事 子 三 鮎 具 足 (己 下 略 ) 寛 元 元 年 六 月 二 十 二 日 記 之 阿 閣 梨 道 範

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こ れ に よ つ て ﹁ 高 野 山 ﹂ と い ふ 名 稱 文 字 に ま で 深 秘 の 意 趣 が 加 え ら れ て ゐ る を 知 る 。 高 野 山 は 此 世 な が ら の 淨 土 で あ る と は か く の 如 く に し て 眞 實 の も の と な り 、 愈 々 廣 く 宣 傳 せ ら る ヽ に 至 つ た 。 更 に 見 る べ き は 次 の 語 で あ る 。 下 院 慈 尊 院 發 心 門 中 院 壇 上 等院内 等 覺 門 奥 院 妙 覺 門 即 第 二 節 の 下 に 於 い て 述 べ し が 如 き 、 町 石 率 都 婆 の 建 立 に よ つ て 、 我 國 上 下 一 般 國 民 に 野 山 淨 土 の 直 意 趣 が 實 證 さ れ だ が 、 此 の 發 心 門 ・ 等 覺 門 ・ 妙 覺 門 の 理 論 が 成 立 し て か ら は 、 高 野 に 參 詣 せ ん と す る 足 の

み 込 み 、 現 身 に 諸 の 罪 悪 心 垢 を 淨 め て 得 脱 し 成 佛 す る 所 以 の も の と 確 信 せ ざ る を 得 な く な つ た の で あ る 。 大 師 眞 然 僧 正 の 夢 中 に 現 じ て 告 げ ら れ し と 傳 ふ る 句 に 若 人 專 念 遍 照 尊 一 度 參 詣 高 野 山 無 始 罪 陣 道 中 減 随 願 即 得 諸 佛 土 誠 に 八 葉 峰 中 の 谷 々 に は 朝 夕 に 紫 雲 た な び き 、 山 の 規 模 何 庭 ま で も 雄 大 に し て 荘 麗 、 氣 は あ く ま で 清 く 澄 み 、 そ の 自 然 の 氣 分 に 包 ま る ヽ さ へ 心 身 の 清 澄 を 覺 ゆ る 。 こ れ に 加 ふ る に 大 師 が 偉 大 な る 靈 力 の 加 持 を 被 む る の で あ る 。 無 始 來 の 罪 障 道 中 に 滅 す べ き こ と 必 然 と い ふ べ き の み 。 白 河 院 の 御 登 山 を 始 め 鳥 羽 上 皇 ・ 後 嵯 峨 院 等 代 々 の 帝 王 、 大 師 が 偉 靈 に 歸 依 渇 仰 止 ま ず 度 々 御 登 山 あ り 、 そ の 他 皇 族 親 王 の 御 方 、 道 範 大 徳 の 高 野 秘 事 一 三 三

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道 範 大 徳 の 高 野 秘 事 一 三 四 公 郷 達 入 山 の 事 歴 は 盆 々 天 下 の 人 に そ の 信 を 深 か ら し め だ 所 以 の 大 な る 理 由 の 一 と も な る こ と で あ ら う の み な ら す 明 算 大 徳 の 寂 後 五 十 六 年 、 明 遍 上 人 が 野 山 蓮 花 谷 に 庵 室 を 構 へ 、 修 懴 堂 を 建 て 念 佛 の 行 を 修 し た 。 そ の 堂 に は 八 葉 の 聖 出 で 、 後 又 弘 安 九 年 法 燈 國 師 の 弟 子 覺 心 が 登 山 、 萱 原 に 庵 を 結 び 鉦 鼓 を 叩 い て 念 佛 行 を 始 め た 。 こ れ を 刈 萱 堂 聖 と い ふ 。 こ れ ら の 念 佛 行 者 即 聖 な る 者 の 信 念 と 實 行 と は 一 層 野 山 淨 土 の 信 仰 を 一 般 民 心 に 深 く 刻 み 込 む に 至 つ た こ と ヽ 思 は る ヽ 。 か く て 雄 大 な 高 組 の 信 念 と 願 力 に 對 す る 渇 仰 の 念 と 、 野 山 は 淨 土 な り と す る 信 仰 と は 、 相 待 つ て 人 生 の 最 後 身 を 高 野 山 に 送 り 、 二 世 の 大 安 樂 を 願 求 す る の 事 實 と な つ て 來 た 。 こ れ 即 納 骨 の 事 跡 で あ る 。 或 は 嘉祥 三 年 に 藤 原 雅 實 が 掘 河 院 の 御 頭 髪 を 持 し て 登 山 參 詣 し 、 宗 組 の 廟 前 に 埋 め た の が そ の 初 め で あ る と も い ふ 。 喜祥 三 年 は 明 算 大 徳 の 寂 後 三 年 に 當 る 。 當 時 は 明 算 大 徳 等 に よ つ て 最 も 張 く 野 山 は 諸 佛 の 淨 土 で あ り 都 率 の 淨 土 で あ る と 傅 播 さ れ 、 廣 く 一 般 に 崇 敬 の 中 心 地 化 さ れ た 時 で あ つ た と 考 へ ら る 。 爾 來 漸 次 納 骨 の 事 は 廣 く 行 は れ る や う に な り 、 且 つ 石 碑 の 建 立 も 多 く な さ れ る や う に な つ た 。 藍 嚢 紗 に は ﹁ 高 野 山 は 日 本 に 九 品 の 淨 土 あ る 中 上 品 の 上 生 に 當 つ て ゐ る 。 か ヽ る 勝 れ た 靈 窟 で あ る か ら 諸 人 骨 を 取 つ て 納 む る ﹂ ( 取 意 ) と 。 十 、 或 記 の 説 或 記 云

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聖 寳 僧 正 云 弘 法 大 師 御 生 所 生 國 故 大 師 御 結 讃 岐 國 ア リ ト 云 チ 往 大 師 結 子 呪 得 扇 ノ セ テ 將 來 給 彼 若 僧 正 申 也 彼 僧 正 高 野 大 師 御 入 定 後 御 戸 開 發 露 懴 悔 禮 拜 給 時 本 體 御 ー 如 レ 灰 ク チ テ 御 身 付 即 ハ ラ イ ス テ 、 其 上 紫 衣 キ マ イ ラ セ テ 御 髪 刺 タ テ マ ツ リ テ 出 畢 則 其 坐 聞 食 當 帝 王 ヨ リ 御 衣 重 マ イ リ タ リ ケ リ 大 師 御 入 定 之 後 六 年 ト 云 ニ 出 定 見 ヘ 給 又 八 十 三 年 ニ 見 給 其 時 淳 祐 内 供 觀 賢 僧 正 御 共 參 而 不 奉 拜 見 淳祐 只 手 觸 マ イ ラ ス ル ニ 其 手 七 日 マ テ 香 氣 勾 ケ リ 観 賢 僧 正 手 チ 燭 マ イ ラ セ タ リ ケ ル 香 ハ シ ト 云 云 此 の 節 に 就 い て も 記 す べ き こ と 多 々 あ れ ど 今 は 略 す る 。 以 上 誌 す 所 道 範 大 徳 の 高 野 秘 事 中 に 出 つ る 大 き な 思 想 の も の の み を 拔 出 し 、 現 實 高 野 山 に 封 す る 深 秘 の 解 釋 の 一 端 、 謂 は ゞ 純 粋 密 教 の 立 場 よ り し て 、 野 山 の 實 相 を 判 定 し 密 教 的 價 値 の 當 爲 を 出 さ ん と し た 歴 史 的 消 長 興 廢 の 事 歴 は 更 に 各 個 別 的 に 推 究 し 到 る の で な け れ ば 到 底 十 分 な る を 得 る も の で は な い 。 今 は 唯 範 大 徳 の 高 野 秘 事 の 一 部 を 紹 介 し 、 そ の 由 を 概 説 し た に し か 過 ぎ な い こ と を 断 つ て 置 く 。 記 述 の 中 に は 瑜 祗 經 を 本 と し て 、 公 開 を 許 さ れ ざ る 程 の 甚 深 の 習 ひ を そ の ま ゝ に 顯 露 に 出 し た 。 こ れ 唯 諸 人 師 自 他 の 信 念 信 仰 の 倍 増 に 資 せ ん が 爲 め の み で 、 冐 漬 の 罪 の 免 れ ざ る を あ や ま る 。 道 範 大 徳 の 高 野 秘 事 一 三 五

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