博 士 ( 教 育 学 ) 久 能 由 弥
学 位 論 文 題 名
重度身体障害者 ALS 患者の
コミュニケーション確保支援におけるソーシャルワークの機能
学位論文内容の要旨
本論文は、ALS(筋萎縮性側索硬化症:Amyotrophic Lateral Sclerosis)患者のコミュ ニケーション確保支援という関わりの中で、
用のために必要とされる要件を、援助実践、
ある。
重度障害者用意志伝達装置の実際的な有効利 調査に基づいて明らかにしようとするもので
障害程度から判断すれば十分に意志伝達装置の使用が可能であり、なおかつ、本人がそ の利用を渇望しているにもかかわらず意志伝達装置の利用が実現されておらず、そのため に自分らしく生きる生活を実現するには程遠いという状態に置かれているALS患者が存 在している。.このような現状の改善に寄与するために、ALSによるコミュニケーション障 害を抱えた人々の意志伝達装置の利用実態、ならびに援助の実際とそこから導き出された 課 題 を 明 ら か に し 、 改 善 の た め の 指 針 を 提 供 す る こと が 本 論 文 の 目 的 で あ る 。 本論文は、まずALS患者のコミュニケーション確保支援の実践と調査をとおして実態把 握を行うとともに、その検討と分析からこの問題に関連する様々な要因を整理した。っぎ に、これらの要因を改善していくための、ALS患者のコミュニケーション確保支援に関わ る援助実践をソーシャルワークの視座から考察し、ALS患者を取り巻く急速な環境変化へ の対応なくしてALS患者のコミュニケーションの確保は困難であることを明らかにした。
すなわち、機器の適用は時間的、空間的に、いわば生活に規定されており、個人および環 境はっねに変化するため、両者は相互に影響し、さらに複雑な変化をもたらすため、その 連 続 性 の 中 で 利 用 者 の ニ ー ズ を 包 括 的 に 把 握 す る 必 要 が あ る と 主 張 し た 。 各章の概要は以下のとおりである。
第一章では、「重度障害者用意志伝達装置」について言及した。重度障害者の身体機能 を補填する機器は発展の一途を辿っている。その中でも、コミュニケーション機器の発展 は目覚ましい。コミュニケーション機器に包含される意志伝達装置は、言語および肢体不 自由のためにコミュニケーションがほぼ困難な重度身体障害者のコミュニケーションを可 能ならしめる媒体である。ここでは、コミュニケーションとコミュニケーション機器、デ バイスとソフトウェアの枠組み、コミュニケーション機器の供給という点から意志伝達装 置について述べ、さらに意志伝達装置の品目指定の経緯から給付の仕組みについて広く概 観し全体像を明らかにした。
第二章では、ALS患者に対する取り組みあるいは生活問題の全体像の理解には、ALS患 者の病態の特異性を理解することなしには難しいという認識から、まずALS患者の身体的 側面である医学的知見を取り上げ説明した。っぎにALS疾患により重度身体障害に至った 意志伝達装置使用者の意志伝達装置利用実態について、生活の全体性を考慮し事例紹介を 行った。具体的には10事例について意志伝達装置利用によるコミュニケーション確保の 実態に.もとづいて、成功事例、成功から失敗へ移行した事例、失敗事例の三っに分類しそ れぞれまとめた。さらに、各事例内容から意志伝達装置によるコミュニケーション確保の 重要性に言及した。
第三章では、上述の事例を身体的要因、心理的要因、経済的要因、社会的要因から分析 し、そこから適用条件を探るべく意志伝達装置不使用の原因、使用可能性ならびに支援の 方向性を知る手がかりを検討した。ついで、上述の4要因と使用実態との関係を分析した。
さらに、これら10事例の利用率と装置操作の巧拙の二次元平面状での布置関係を示し、
各象限ごとに考察した。・
第四章では、特別のニーズを持っている重度身体障害者ALS患者のコミュニケーション 確保に必要とされる諸支援について言及した。あらゆる意志伝達装置利用者の中でも、ALS 患者の置かれたコミュニケーション障害の状態は深刻で特異とも言え、他の給付者とは区 別して考えるべき課題も多い。疾患が進行し、意志伝達装置の給付対象となったALS患者 を重度身体障害者ALS患者として述べているが、彼らは生活ケアを中心に深刻な生活問題 を抱えていた。ここでは事例に基づき生活問題とコミュニケーション確保の関係を明らか にした。さらに、コミュニケーション確保支援について、意志伝達装置導入時の装着適合 支援内容と継続的利用のための個別アセスメントを示した。最後に、ALS患者の疾患の進 行にともなう病態の変化によるコミュニケーション確保に求められる諸支援について鳥瞰 図にまとめ、患者への告知から疾患の進行に伴って変化するコミュニケーション確保支援 にかかわる問題をめぐる総合的なアセスメントの枠組みを描き、諸支援の相互関係と全体 像を明らかにした。
第五章では、重度障害者用意志伝達装置の支援実践からみるソーシャルワークの機能に ついて考察した。まず、それぞれの事例の支援の移行時に焦点を当て、コミュニケーショ ン確保支援における失敗と成功の構造を考察した。っぎに、現状の失敗の実態の隙間を支 えている要素に着眼し、求められるソーシャルワークの機能に言及した。そこで求められ る機能は、各支援の機能強化、拡大を促す機能、有機的な連携を図る機能、時間軸上に沿 って変化する支援面間の移行を円滑にっなげる機能であり、これら3つの機能を効果的、
効率的に遂行するために全体を俯瞰する機能、さらには、制度策定に還元されるよう努カ していく機能であった。くわえて、ALS患者のコミュニケーション確保支援の空間的、時 間的広がりを俯瞰する視点から全体をモ二夕ーしつつ機能を遂行するという、既存の所属 機関に制限されないジェネラリスト的な働きが意志伝達装置によるコミュニケーション確 保支援に必要とされることを主張するとともに、これらの機能をもったソーシャルワーク の具現化の一形態として、わが国においてはすでに始められている福祉用具センター構想 に組み入れる形でソーシャルワーカーを配置し、機能を果たすという方向を提案した。
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学 位 論 文 審 査 の 要 旨 主査 教授 青木 紀
副査 教授 米本秀仁(北星学園大学教授)
副査 教授 室橋春光
学 位 論 文 題 名
重 度 身 体 障 害 者 ALS 患 者 の
コ ミュニ ケー ション 確保支 援におけるソーシャルワークの機能
コミ ュニケーションは人が生きていく上で不可欠である。ALS(筋萎縮性側索硬化症:
Amyotrophic Lateral Sclerosis)患者にとってのコミュニケーション確保の課題は、その病 態の特異性ゆえに決定的に重要である。重度障害者用の意思伝達装置の開発は、その点で 大きな貢献をしてきた。にもかかわらず、それはしばしば使用されず、放置されたままの 現状があった。なにゆえか、これが本研究出発の原点であった。
著者は、看護師の経歴を持っポランティアとして、また従来の実践家たちが実行してき た「人に寄り添う」ことの意味や実践にこだわりながら、この課題に取り組んできた。当 然そこには、ていねいな聞き取りや観察を可能にした、患者・家族とのいわゆるラポール の形 成があっ た。そ の中で見 えてき たのは、ALS患 者個人・ 家族が抱える諸問題、ある いは医療と福祉の連携の中での諸問題等、さまざまな課題が山積しているにもかかわらず、
実践 的にALS患者の コミュニ ケーシ ョン確保 をめぐ って何が 問題となっているか、どの よ う に 対 応 す べ き か に つ い て は 、 ほ と ん ど 未 開 拓 の ま ま と い う 現 実 で あ っ た 。 著者は、まず意思伝達装置の給付上の諸課題を明らかにしながら、同時にアウトリーチ を基 礎とした 実践的 関わり・ インタ ビューの 中で、10例のALS患者の意思伝達装置使用 をめ ぐる成功と失敗の事例を分析した。そこでは4つの視点、すなわち身体的、心理的、
経済的、社会的要因から、はじめに意思伝達装置利用に関わる諸課題に限定して構造的に 分析 し、ついでALS患者の病態に伴う生活の特殊性とも関わって、これに時間的・空間的 視点を入れて考察を進めていった。そこではC.ジャーメインなどの生態学視点からのソー シャルワークの成果(生活モデル)が生かされたと同時に、問題の特殊性(難病として時 間とともに死に至ることが避けられない)に関連した時間的視点、及び入院生活から在宅 生活という空間視点での変化の重要性が強調された。
著者 は、結 果として10例のALS患者を 意志伝達 装置の 利用率と 巧拙に よって5つのク ラスターに分類し、時間の経過を考慮しながら対応すべき方向を示し、そのためのいわゆ
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る ア セ スメ ン ト の 方法 を 明 ら かに し た 。 すな わ ち そ こで は 、 ま ず身 体 機 能 上の 細 かな 差異 へ の 配 慮の 重 要 性 、身 体 的 ・ 心理 的 ・ 経 済的 要 因 の 複合 的 性 格 、意 思 伝 達 装置 の 導入 から 利 用 過 程に お け る 社会 的 要 因 の意 味 の 大 きさ 、 そ し てよ り よ い 意思 伝 達 装 置利 用 支援 のあ り 方 な ど 、 こ れ ら をALS患 者 の 「 生 活 課 題 」 と し て 捉 え る こ と の 重 要 性 を指 摘 し た 。具 体 的 に はた と え ば 、人 工 呼 吸 器の 装 着 を 前提 に 、 コ ミュ ニ ケ ー ショ ン を 確 保す る こと それ 自 体 が 、実 は コ ミ ュニ ケ ー シ ョン 支 援 介 助負 担 を 増 大さ せ 、 結 果的 に 生 活 ケア の 家族 負担 を 増 大 させ る と い う矛 盾 を 生 み出 す こ と 、ま た そ の 対処 の 重 要 性な ど を 明 らか に した 。か く し て 、患 者 へ の 告知 の 時 点 から 疾 患 の 進行 に 伴 っ て変 化 す る コミ ュ ニ ケ ーシ ョ ン確 保支 援 の 課 題 を ー つ の 鳥 瞰 図 と し て 示 し た 。 こ れ に よ っ て 、 わ が 国 に お い て初 め て 、ALS患 者 の 問 題 を め ぐ る 総 合 的 な ア セ ス メ ン ト の 枠 組 み を 描 く こ と が 可 能 と な っ た 。 また 、 こ の アセ ス メ ン トの 烏 瞰 図 に位 置 づ け て、 現 実 の 支援 実 践 過 程に お け る 「支援 時 の 成 功 と失 敗 の 構 造」 あ る い は「 制度 の失敗の 構造」 を改め て分析 し、「 領域と いう枠 組み を超える支援」、とくにしゝ.わゆるジェネラリストとしてのソー・シャルワー一クの視点、あるい は 在 宅ALS患 者 の 生 活 問 題 の 改 善 に 寄 与 す る 「 包 括 的 視 点 」 の 重 要 性 を 強調 し た 。 さら に は 、 時間 軸 上 で 変化 す る 支 援面 に配 慮したソ ーシャ ルワー クの機 能につ いて注 意を払 い、
各 支 援 の機 能 強 化 ・拡 大 の 機 能、 さ ま ざ まな 専 門 分 野な ど の 協 働の 機 能 、 時間 軸 に沿 って 移 行 を 円滑 に 繋 げ る機 能 、 こ れら を 効 率 的・ 効 果 的 に遂 行 す る ため の 俯 瞰 的機 能 、そ して 制度策定に対する還元機能などの重要性に言及した。
この よ う に 、著 者 は 、 支援 実 践 過 程に お け る ソー シ ャ ル ワー ク 機 能 の重 要 性 に も触れ る こ と に よっ て 、 新 知見 を も と にし た ソ ー シャ ル ワ ー ク論 の 展 開 を試 み た 。 その 評 価は なお 検 討 の 余地 を 残 す が、 本 研 究 にお け る 最 大の 成 果 は 、上 述 し た よう に 、 ほ とん ど これ まで 未 開 拓 で あ っ た 研 究 領 域 に 先 駆 的 に 取 り 組 み 、ALS患 者 個 人 と そ の 環 境 のイ ン タ ー フェ ー ス に 介入 す る と いう ソ ー シ ャル ワ ー ク の原 則 的 視 点か ら 、 と くに そ こ で は、 空 間と 時間 を 入 れ た「 生 活 」 の視 点 を 基 礎に 据 え て 考察 を 行 い 、ま た 意 思 伝達 装 置 の 使用 の 失敗 と成 功 を 構 造 的 に 分 析 し 、 ク ラ イ ア ン ト 本 人 、 家 族 、 関 係 者 の 関 わ り の 中 での 、ALS患 者に 関 す る 実 践 的 諸 課 題 の ア セ ス メ ン ト の 方 法 の 確 立 に 寄 与 し た こ と で あ る 。 以 上 よ り 、 審 査 員 一 同 は、 本 論 文 が、 「 重 度 身体 障 害 者ALS患 者 の コ ミュ ニ ケ ー ショ ン 確 保 支 援に お け る ソー シ ャ ル ワー ク の 機 能」 の 分 析 と検 討 に 関 して 先 駆 的 意味 を 持ち 、実 践 的 に も大 き な 成 果を も た ら した と 認 め 、博 士 ( 教 育学 ) の 学 位を 与 え ら れる に ふさ わし い研究であるとの結論を得た。