7
1
9
9
5
こべる刊行会NO. 28
差別的表現に関わる二つの事例から(上)高木奈保子
新しい差別論のための読書案内⑥ 『争うアメリカ』 野 町 均 第23回『こペる』合評会から「差別は人間存在の根源にかかわる」とされながら、 状況は、いよいよ不透明の度を増しつつあるようにみ えます。なによりも紋切り型の物言いになれて、わが 身の内外に冴えない雰囲気が漂い、しなやかな発想が できなくなっていることに気づかぬわたし。そんな自 分を振り返り、差別・被差別関係を新たな視点でとら えかえす場として、交流会はもたれてきました。 今年も「自分以外の何者をも代表しないjことを前提 に自由で悶達な議論ができたらと思っています。みな さんの参加を心からお待ちしております。 報 告/石元清英(関西大学) 藤田敬一(岐阜大学) 住田一郎(側西成労働福祉センター) 日 程/8月26日出 14時 開 会 ・ 全 体 会 16時 分 散 会 21時 懇 親 会 8月27日(日) 9時 分 散 会 11時 全 体 会 12時 解 散
人間と差別をめくずって
第
12
回 部 落 問 題 全 国 交 流 会
日 時/8月26日出午後2時∼27日(回正午 場 所/本願寺門徒会館(西本願寺の北側) 京都市下京区花屋町通り堀川西入る柿本町 宮075-36ト4436 交 通/京都駅より市パス9・28・75系統 西本願寺前下車 費 用/8,000円(夕食・宿泊・朝食・参加費込み) 4,000円(夕食・参加費込み) 申 込 み /602京都市上京区寺町通今出川上ル四丁目鵠山町14 阿昨社 TEL (075) 256-1364 FAX (075) 211-4870 葉書か封書に住所・氏名(フリガナ付)・性日IJ{宿泊の方のみ)・ 電話・宿泊の有無を書いて、申し込んで下さい。 締 切 り /8月10日同 ・各地で発行されたピラ・パン 7などを多数ご持参ください。 また第1日目の夜には恒例の 懇親会を予定しています。各 地の名産・特産の持ち込み大 歓迎ですので、よろしく。 国差別的表現に関わる二つの事例から
高
木
奈
保
子
︵
図
書
館
勤
務
︶
はじめに 雑誌﹃マルコポ l ロ﹂が廃刊になった。原因は、ナチ スによるユダヤ人虐殺はなかったとする内容の論文が国 内外から強く抗議を受けたためである。新聞などマスコ ミの多数は、この事について深く追求せずまずまず妥当 な措置として多くを語ろうとはしていないが、このよう な状況を見て私は強くショックを受けた。一つには権力 の側でないいわゆる弱者とされる側︵この場合は広義 の︶からのある表現に対しての抗議がここまで来たかと いう点、すなわち今までは問題ある文章が記載されたと き、その部分のみの削除もしくは当論文の全面削除、ひ︵ 上
︶
どくてもその本一冊の回収絶版ぐらいだったのが、その 雑誌全体の廃刊にまで及ぶに至ったこの事態。︵これは 未来永劫中身に関係なく﹁マルコポ l ロ﹄という雑誌は 出版されなくなったと言うことである。おまけに後日そ の出版社 H 文 芸 春 秋 社 の 社 長 ま で 交 替 し て い る 。 ︶ 一 一 点 めは新聞等マスコミがそれについて何等論評せず、﹁当 然だ﹂﹁今頃こんな論文を載せる感覚がおかしい﹂など の一般市民の投書を少し掲載するだけで、あとは事実の 報道のみという姿勢。﹁表現の自由を守れ!﹂というあ の古めかしい毎度の文章さえお目にかからないこの状況。 そしてその投書の中にあった一つが目に刺さった。﹁こ れは強い団体が言ったからできたこと、私たちのような 弱い一般の市民が何かを抗議しても﹁表現の自由﹄の一 こぺる 1言で見向きもされないだろう:::﹂とそれは言う。果た してそうだろうか?出版社のあの大仰な対応と一市民 のこの自己過小評価、このズレはいつから起こってきた ものだろう。雑誌廃刊なんて考えはどっちから出てきた んだろう。これでもって一件落着なんてそんなアホな、 と私の頭の中はグルグル回ってしまった。 いわゆる︿差別表現﹀をめぐっての﹁抗議する側﹂と ﹁抗議される側﹂の問題はここ二
O
年来様々な形で議論 されているが、﹁抗議される側﹂の問題は︿自主規制﹀ の問題として語られることが多く、また外聞・利害の絡 むこともあってか明確に話されることが大変少ない。 自主規制は確かに大きな問題の一つではあるが、いわ ば 問 題 化 さ れ や す い 問 題 だ と 吾 一 ﹁マスコミ言い換弘え集﹂やら回収騒ぎやらはチラリと見 えた結果にしかす、ぎない。そこに至る経過、様々な考え 方のせめぎあいの中で一つの結果に収束していくその過 程、そこをもう少し丁寧にきちっと検証していかないと ﹁抗議される側﹂は望まぬ︿自己保身﹀というレッテル の中に埋没していってしまい﹁表現の自由﹂なんぞ、そ れこそマルコポ l ロの見たジパングより夢まぼろしとな っ て し ま い そ う で あ る 。 以上のような動機で私はこの一文を書こうと思い立っ た。しかし、これから記す事例はかなり古いものである。 そう見れば、いまごろになって書くこんな文章は﹁記 録﹂という意味以外何の価値があるのだろうかと正直大 変迷った。しかし私自身が差別を考えるにいたった原点 がここにあり、私にとっての差別の問題が常にここから 始まるとき私はその足元を何度も見つめ直さざるをえな い。仕事によって関った差別の問題である。しかし、仕 事だからと割り切れたことは一度としてない。差別の問 題は﹁差別問題﹂の枠に収まりきらず、仕事を変え、人 間関係を変え、人間を変えて泌々と深まっていく。そこ のところを丁寧に書き表すことによって、改めて﹁私と 差別﹂が私自身に聞い直されるのではないか、また同時 に﹁抗議される側﹂にいかなる揺れを経験させるものか、 差別を考える人々に素材として提供できるのではないだ ろうか、そう自分に納得させて筆を取ることにした。 なお、これら事例の舞台となった名古屋市図書館につ いて、およびその事例の概要は旧﹃こぺる﹄恥凶又は阿 昨杜刊﹃部落の過去・現在・そして・:﹄に拙稿があるの で先に目を通していただけると大変有り難い。﹁名古屋市史﹄︵事例その
1
︶ 問題とその経過 ﹁ 名 古 屋 市 史 ﹄ 全 一 一 一 巻 、 刊 行 は 大 正 凹 l 五 年 お よ び 昭和九年。近世から明治時代にかけての名古屋が具体的 に描写されている。学術書ではないが郷土資料として不 可欠の古典。名古屋市図書館一五館中一四館で所蔵。 一九七九年七月、愛知県郷主資料刊行会から復刻許可 申請書が名古屋市役所に提出される︵限定三OO
部 、 全 予 約 制 ︶ 。 総 務 局 は 市 長 名 で ﹁ 許 諾 ﹂ 。 八月二八日、名古屋市中央図書館に対して市史原版特 別 貸 出 願 が 提 出 さ れ ﹁ 公 借 書 ﹂ と し て 貸 し 出 す 。 一O
月二三日、第一回配本として風俗編一八八冊配本。 配本先は東京から大阪まで、個人が多く団体はわずか。 一一月始め、市同和対策室の職員が偶然書店で見て問 題を発見。同対室は総務局と協議、総務局は出版社に対 して風俗編の回収と第八節の削除を依頼。同時に著作権 保護期間の満了を理由として﹁許諾﹂を取り消し﹁指 導 ﹂ に 改 め る 。 一一月七日、図書館に同対室の意向が伝えられる。 ﹁市史の風俗編には差別的表現がある。所蔵していると ころは公聞を中止し、閲覧は研究者に限定、その場合も 住 所 ・ 氏 名 ・ 利 用 目 的 を 尋 ね て 欲 し い 。 ﹂ 二月八日、刊行会から回収のため原版の返却が遅れ る旨の申し出。中央図書館は問題は風俗編以外に政治編 2 、 地 理 編 、 地 図 編 な ど に も あ る と 指 摘 。 一一月九日、ピノキオ検討実行委員会︿後述﹀が中央 館 長 ︵ 部 長 職 ︶ よ り 説 明 相 談 を 、 つ け る 。 委 員 会 は 職 制 判 断を避け全職員による検討を提案。中央館長﹁とにかく 慎重の上にも慎重に検討して欲しい。外部には絶対漏ら さ な い で く れ ﹂ と 念 を お し 同 意 さ れ る 。 二月二二日午前、上記検討委員会開催。市史問題に 入 る 。 一、賎民・穣多・非人・乞食・番太などの賎称が使用 され、そのことごと︽が地名と結び付けてリアルに 表 現 さ れ て い る 。 二、内容は歴史的記述であるが、地名は現在の町名ま たは戦前まで使用していた地名であり、意図的に使 用すれば﹃部落地名総鑑﹄と同じ作用をする危険性 こぺる 3が あ る 。 三、復刻版の回収経過 が報告され当面の対応として以下を決める。 一 、 ﹁ 検 討 の 三 原 則 ﹂ ︿ 後 述 ﹀ を 大 前 提 と す る 。 二、公開討議は当事者︵部落︶の意見を聞いてから考 え る 。 三、ただちに全館全職員で検討に入る。同時に研修を 実 施 す る 。 検 討 資 料 集 の 作 成 ・ 配 布 。 四、資料の取り扱いに関しては、当事者の意見を聞く までは従来通り公開提供。ただし、利用者には最低 限 問 題 の 所 在 を 伝 え る 。 五、自由問題検討委員会︿後述﹀の設置を早める。 同 日 午 後 、 民 生 局 で 四 局 ︵ 民 生 局 ・ 同 対 ︷ 耳 宍 総 務 局 ・ 企画課、市民局・市政資料室、教育委員会・図書館︶説 明会。その中で、数年前同和対策連絡会議︵局長レベ ル︶で市史風俗編には問題があるので表に出さない旨の 申し合わせがあった。このときは市政資料室のみ引っ込 めたという事実が報告される。同対室は﹁用語が問題で はなく地名が問題。人権侵害を引き起こす危険性がある。 差別実態が解消されれば市史は公開していい。最近は法 律改正で戸籍の閲覧が難しくなったので興信所などが図 書館にも来る可能性がある。﹂と説明するが、図書館は ﹁ 図 書 館 の 自 由 宣 言 ﹄ ︿ 後 述 ﹀ を 説 明 し て 氏 名 ・ 住 所 ・ 利 用 目 的 を 聞 く こ と は 断 る 。 一 一 月 二
O
日 、 教 委 主 幹 よ り 電 話 連 絡 。 ﹁ 朝 日 ︵ 新 聞 ︶ が明日の朝刊で記事にする動き、連動して中日も記事に するようだ。同対の話では記事になると黙っておれない ので解放同盟︵県連︶は糾弾するようだ。その場合図書 館のことも聞かれるので市史の取り扱いをどうするか、 で き れ ば 今 週 中 に 方 針 を ま と め 教 え て ほ し い ﹂ 。 図 書 館 、 一 一 一 一 日 に 異 例 の 館 長 会 ・ 検 討 委 員 会 合 同 協 議 を 招 集 す る ことを決定、それまでに各館の検討結果を持ちよること を 決 め る 。 一 一 月 一 一 一 日 、 夕 刊 社 会 面 の ト ッ プ で ﹁ 名 古 屋 市 史 復 刻版回収騒ぎ、被差別地区の地名削除を怠り刊行﹂の大 見出し︵問題箇所の所在ベ l ジまで載せたのは勇み足で は ? ︶ 。 各 図 書 館 に て 検 討 会 が 聞 か れ る 。 二 月 一 一 一 一 日 、 全 館 合 同 協 議 。 具 体 的 な 地 名 が 問 題 で 人権侵害に結び付く危険性があるので研究目的に限定す る と い う 意 見 が 多 か っ た が そ の 他 、 − 歴 史 的 事 実 の 記 述 だ か ら 制 限 を 加 え る べ き で な い 。 自 由 閲 覧 。・市史は学術書には当らないのでそこまで考える必要 は な い 。 −被差別者の痛みに比べればスミを塗ってもよいくら い だ 。 利 用 に は 一 切 応 じ な い 。 ・図書館は資料を検討すべきではない。出版物を集め れ ば よ い だ け だ 。 ・ 同 対 室 の 意 見 に 沿 え ば よ い 。 ・ 問 題 が あ れ ば 削 除 復 刻 よ り 改 訂 す れ ば よ い 。 ・削除するのではなく見解を﹁あとがき﹂や﹁注﹂で 出 す べ き だ 。 ・削除版は執筆者の了解を得なければ出版すべきでな い 。 図 書 館 と し て も 要 求 で き な い 。 ・ 公 開 し て 市 民 の 検 討 に か け る 。 などが出てきた。当面の対応として次の事を合意。 一、困難は予想されるが当事者の意見を聞く︵部落の 人と話し合いを持つという意味︶までは市史問題の 解 決 は あ り え な い 。 二、問題ある市史を開架から閉架へ移し、研究目的の みに利用を制限する。これは、新聞で問題箇所が宣 伝されたので、好奇心からの閲覧が増えると心配し た た め で あ る 。 三、削除版が刊行され次第、開架資料とする。 四、自由問題検討委員会をすぐに設置する。 同日午後、教育長・教育次長を交え図書館案を検討。 具体的措置のみ二四日提出することになった。 一二月七日、同和問題啓発小委員会︵ H 四 局 説 明 会 ︶ 開催。運動団体の意見が伝えられる。 解同愛知県連は、﹁市史は差別図書と認める。復刻版 は一冊残らず回収せよ。削除部分の焼却処分には同盟の 参 加 を 要 求 す る 。 市 史 の 購 入 者 全 員 の 研 修 を せ よ ﹂ 。 愛解連は、﹁市史は歴史書であって差別図書とは言い がたい。ただし図書館での取り扱いは慎重にせよ。この 問題について学者・図書館・市民を交えた検討をした い ﹂ o この会において総務局は復刻版市史の全冊回収、主体 的処分の実施、全面削除、の報告。が、同対室は内部で 削除については六・四に意見が別れており、市史﹁風俗 編﹂以外の巻の取り扱いに関しては流動の可能性を認め る。図書館は全面削除は図書館としては困る。しろ抜き では不良本とまちがわれてしまうと発言。 一 九 八
O
年二月二O
、二一日、図書館問題研究会︵自 主的な図書館員の全国組織︶愛知支部、名古屋市史問題 こぺる 5に つ い て 当 事 者 の 意 見 を 聞 く 会 を 聞 く 。 四月一八日、運動団体の新たな意見表明に基づいて市 は市史の一括削除案を撤回。全面的復刻と地名などの一 部語勾の記号化︵
A
・B
−C
︶および簡単な﹁あとが き ﹂ 採 用 に 切 り 換 え る と 発 表 。 五 月 三O
日、さらに運動団体本部の完全復刻の見解が 伝えられて市は方針を三転。完全復刻と﹁あとがき﹂ ︵ 書 き 直 し ︶ 採 用 に 決 定 。 七月一八日、名古屋市図書館の自由問題検討委員会主 宰で図書館は愛知県部落解放運動連合会と公式に会を持 つ 。 八月一二日、同じく部落解放同盟愛知県連合会と公式 の 会 。 ︵ 同 盟 の 都 合 で 延 期 に な っ て い た 。 ︶ 一O
月一六日、名古屋市図書館全館合意﹁内容は同じ であってもあとがき付き新版 H 復刻版は開架、以前より 所 蔵 し て い る 旧 版 は 閉 架 措 置 と す る ︵ 利 用 は 自 由 ︶ ﹂ 。 一 一 一 月 、 上 記 決 定 ﹁ 図 書 館 に お け る 名 古 屋 市 史 問 題 の 解決にあたって﹂を各図書館ポスター・チラシ掲示、市 民 に 周 知 す る 。 水面下で起きていたこと 以上が名古屋市史問題の経過である。当時の記録に添 って煩雑・無味乾燥を恐れず総て記述した。これに目を 遇された人は七九年二一月七日から八O
年四月一八日ま での時間的空白およびその後の状況の急転回に﹁?﹂と 思 わ れ る で あ ろ う 。 ﹁ 何 が あ っ た ん だ ろ う ? ﹂ : : : 。 事 件勃発の最初はきちんとした記録が取られていたという ことを差し引いても疑問は消えない。水面下で何が行わ れ て い た の か 。 実は私もその頃図書館に就職したばかりで、この問題 に熱心に係つてはいたが実の所がよく解らなかった。後 でその頃の様々な記録を読み返し、また当時渦中にいた 図書館の先輩たちの話を聞くことでおぼろげながらの推 測 を 試 み て み る こ と に し た 。 二回の四局説明会で図書館は﹁図書館の自由﹂を楯に 全面削除、利用制限は困ると訴えた。﹁図書館の自由﹂ とは戦前戦中思想善導の名のもとに図書館が戦争協力を 行ったことを深く反省じ一九五四年に採択された法的効力はない小心の憲法﹀である。 ﹃ 図 書 館 の 自 由 に 関 す る 宣 言 ﹄ 図書館は基本的人権の一つとして知る自由を持つ国 民に資料と施設を提供することをもっとも重要な任務 とする。この任務を果たすため図書館は次のことを確 認 し 実 践 す る 。 第一、図書館は資料収集の自由を有する。 第二、図書館は資料提供の自由を有する。 第三、図書館は利用者の秘密を守る。 第四、図書館はすべての検閲に反対する。 図書館の自由が侵されるとき、われわれは団結して、 あ く ま で 自 由 を 守 る 。 昨 今 の 回 収 事 件 の 多 発 、 プ ラ イ パ 、 ン l 侵害の顕在化を 危倶した日本図書館協会は、一九七九年に宣言の改訂強 化を行い全国の図書館に宣言厳守を訴えた。その矢先の 市史問題である。また、名古屋市図書館は三年前の一九 七六年ピノキオ問題に遭遇しやっと解決したばかりでも あった。ピノキオ問題というのは、童話ピノキオの中に 障害者を差別する表現があると市民より指摘があり、 管理職が独断で名古屋市全図書館より﹁ピノキオ﹂を引 き上げてしまった事件が発端であった。一度引っ込めた 本を元の書架へもどすにはそれなりの説明が必要だ。図 書館の自由、学習権の保証、知る権利、表現の自由、と、 差別解消、人権の尊重、行政責任、意義申し立ての権利 :の間で名古屋市図書館は三年間辛吟した。﹁図書館 の自由﹂は図書館の自立の問題である、と身に
L
み た 職 員たちは委員会を組織し全員でこの問題に取り組んだ。 そ し て 七 九 年 一O
月﹁ピノキオ﹂を書架にもどし、これ からこういう問題が起きたときは、①職制判断をさけ全 職員で検討する。②内に閉じこもることなく広範な市民 の意見を聞く。③とりわけ人権に関る問題の時は予断や 偏見にとらわれぬためにも当事者の話を聞く。の︿検討 の三原則﹀を確認した。その熱も冷めぬうちの市史問題 で あ っ た 。 しかし、行政の力関係からいっても最も弱い図書館の 意見は四局説明会の中で本流とはなりえない。全面削除 の決定に加え図書館が当事者と会うなどまかりならぬの 空 気 が 支 配 し た 。 このままでは不完全な削除版しか提供できなくなると 憂えた図書館は、非公式に有志がこっそり運動団体に会 こベる 7いにいった。七九年二一月半ばのことである。当時の一 有志は語る。﹁実を言うと怖かった。何寝ぼけたことを 言ってきたと叱られると思った。しかし水平社宣言に ︿自由平等の渇仰者であり、実行者であった﹀と書いて あるくらいだから、きっと図書館の自由も説明すればわ かってくれるはずだ。前もって何回か集まって理論武装、 意志統一もした。県連の暗い入り口を入りつつ何度も何 度 も 自 分 に 言 い 聞 か せ た こ と を 、 今 も 覚 え て い る ﹂ 。 ﹁名古屋市史から部落の記述を削除することは解放運 動の源流を否定し、歴史の抹殺ではないか﹂と恐る恐る 話す図書館員に対して、県連幹部は﹁わかった。問題は 地名だ﹂と答え、図書館が試案として持ってきた﹁地名 記号化案﹂に目を通したという。この時点では図書館と してはこの試案が精一杯で、なんとかして全面削除を避 ける方途がそれだった。これらが功を奏したかどうかわ からないが、四月になって突如、市は地名記号化による 全面復刻を提示した。図書館は全面削除は避けられたと 胸を撫でおろし、記号化案にそっての資料提供の形を模 索して検討を続けていた。そこへ思いもよらぬ完全復刻 の 報 、 戸 惑 い は 隠 せ な い : : : 。 聞 け ば 、 解 放 同 盟 愛 知 県 連は地名記号化案で了承の方向であったが中央の見解を 打診するために書記長が大阪へ出張、そこで同盟中央は 歴史的事実の削除はもとより記号化にも反対し完全復刻 の見解を示した。書記長は部落解放研究所へまわり三時 間にわたって村越末男・大阪市大教授の指導をうけ﹁地 名の記号化も歴史的事実の隠蔽であり︿臭いものにフ タ﹀と本質的に同じである。寝た子は起こすべきだ﹂と 指摘される。中央の見解を県連に持ち帰り検討。極めて 紛糾して収集がつかなかったがで同盟は中央・地方一体 の組織であるから、中央の見解は愛知県連の見解であ る o ﹂との書記長発言でとにかく収めたという話である。 : : : 当 時 の 図 書 館 側 の と ま ど い が 文 章 に な っ て 残 っ て い る 。 ﹁当事者の意見にもとづく完全復刻!図書館の基本 姿勢を問われれば︿歓迎﹀と答えるだろう。しかし、 ︿当事者﹀といったところで名古屋では一握りでしかな い︵当時、数人の団体幹部以外に話をしたことが無かっ た H 高木注︶団体の意見である。圧倒的に多い︿寝た 子﹀の心情はどのようにして汲み取ればいいのだろう。 何 か 、 タ テ マ エ : : : そ れ も 組 織 の タ テ マ エ : : : ば か り が まかり通るようだ。︿ピノキオ﹀のときは私たちが主体 と な っ て 、 運 動 の 展 開 の た め に 、 あ え て : : : 、 そ う し た
面がなかったとはいいきれない。そのためにある意味で は切り捨てざるを得なかった障害者への思いが:::未だ に胸の中にわだかまる。市史の場合は、運動の未成熟の 故にタテマエどおりにはいかないようだ。そういえば、 ホンネをたずねに訪れた夕方、﹃あれで:::、まだ不十 分か﹄といった県連幹部の相貌に、おりからの同時選挙 のいらだたしさのほかの何かを見たような気がする。文 化の領域には手の回らぬ運動の未成熟さと、それに乗じ て問題を復刻だけにとどめようとして局面に応じて二転 三転する役人芸の変わり身の速さを見せつけられる中に、 どうやら市史問題は収束していくようだ。図書館の自由、 それも上ベだけの表現の自由は回復するだろう。﹃目黒 区史﹄の段階ならばこれで充分かもしれない。しかし、 これでは図書館における部落の問題の側面は何一つ進展 していないのだ。差別を受けていない人即差別者とは必 ずしも思わないが、市史問題を完全復刻だけに最小化す れば、そのことによって利益を保護されるのは部落民で は な い 一 般 市 民 だ け で あ る ﹂ 。 この戸惑いを単なる感傷として切り捨ててよいものだ ろうか。表向きの一件落着の陰で図書館の模索はその後 も 続 い た 。 身丈に合った解答を求めて 市史全面削除案で決着が図られようとしていた八
O
年 一月、出口を求めて検討を続けていた図書館は、部落問 題に関しては先進地である関西の図書館がどのような対 応をしているか調査することになった。大阪府立中之島 図書館・堺市立図書館・同解放会館図書室・大阪市立中 央図書館・豊中市立岡町図書館・神戸市立中央図書館・ 芦屋市立図書館・西宮市立図書館・尼崎市立図書館へ計 四人四日間かけて行っている。①部落問題に関る資料の 収集について②部落問題に関る問題資料の取り扱い ③職員研修④被差別部落への図書館奉仕の四テ l マ に絞っての詳しい調査報告書が残されている。目につく ことを拾ってみると、①窓口一本化の影響が図書の収集 に色濃く現れている。②閲覧カ l ド さ え 抜 い て し ま う 、 問題箇所に図書館館長名で付筆を貼るなどの﹁え l ! ﹂ という措置さえ取っている図書館があった。︵しかしこ れも思えばこういう措置を譲ってでも資料をなんとかし て守ろうという図書館側の抵抗とも見える。︶③図書館 こベる 9主体の研修は少ない。④自動車図書館や地区内解放会館 図書室に職員を派遣してサービスを行っているところが 少なからずある。といったところである。 こういった中で、名古屋市図書館は自分たちの図書館 サービスの見直しを始めた。ピノキオ問題の時に図書館 に障害者が見えていなかったのと同様今回も部落が見え ていないのではないか。図書館サービスのないところで 図書館の自由を叫んでもそれは空しいばかりである。ま ず部落の人に、そして市民ひとりひとりに図書館の原理 を肌で知ってもらうことからすべてが始まる。手始めに 日本十進分類法︵
NDC
︶に従うばかりで館内のあちこ ちに散在していた部落に関する資料を分類番号の空番を 利用してお民− U H 人権問題の最後尾︶一ヶ所に集めた。 特に﹁同和コーナー﹂なんて作らなくても書架の中で自 然にコーナーができる。目立ち立てさせもせず、埋もれ させもせず、しっくりとくる棚ぞろえを目指したい。け れどもその前に立てばあらゆる見方考え方の部落に関す る本が並び、真に学ぼうとする市民のお役に立つことを 願いとする。そのためにも系統的網羅的収集が大切であ るので﹁同和問題資料収集方針﹂を策定した。これは現 在も名古屋市図書館収書方針の中に取り入れられて生き つ づ け て い る 。 また市内の図書館利用者登録分布図を作って発見した 極端に低い被差別部落住民の図書館利用︵全市平均の五O
分の一︶。﹁これが差別か!﹂という衝撃の中で自動車 図書館︵BM
︶による地区への貸出が始まった。部落の 労働実態に鑑み夜のBM
奉仕。サーチライトに照らしだ されたB
M
の書架に群がる子供達や利用者の数に圧倒さ れ、また目からウロコが落ちたのは図書館員だけだった だろうか。当事者との話し合いの中でBM
奉仕を地区内 でやりたいと図書館が言い出したら、﹁そりゃけつこう なことや、読書は大切やか白なあ。なんやったら地区内 に図書館を建てるようわしら圧力かけたろか﹂という冗 談まで出る関係が生まれてきた。 一O
年以上たった今も図書館サービスは続けられてお り、最近も対市交渉の席で他機関はいろいろ要求が出さ れるのに図書館には﹁ょうやってくれとる﹂の一言で、 拍子抜けをしてしまった管理職たちがいたらしい。四 今も残る疑問 しかし、これら図書館活動が一方で行われていき、部 落の人たちとの交流も進んでいったとはいえ、市史問題 に関してのわだかまりはやはり消えない。これでいいん だろうか? 特に﹁地名﹂について、これは今もクリアされていな い問題と思うが、そう思って当時の記録を繰ると﹁地 名﹂についての名古屋市図書館の考え方が出てくる。 ︹差別表現と結び付いて使用された地名を人権侵害と の関りでどう捉えるかという分析作業と評価が必要とな ります。ここで得られた判断基準は当然市史以外の資料 にも適用できるものであり、また現実に職員・運動二団 体の共通認識として非公開を適当とする資料があるわけ ですから、その場合の根拠にならなければなりません。 そのために人権侵害を個人の旧身分を明らかにすること によって就職・結婚などの社会生活における不当な不利 益をもたらす行為と定義し、これを前提として資料にお ける人権侵害を次のように考えます。①部落差別は身 分 J 職業・居住地域が三位一体として固定されてきたこ とに特徴があり、②身分制が法的に否定された今日旧身 分を追求する手段として地域・職業が主要な指標とされ ている。③したがって、居住地区︵または本籍地︶・職 業などを立証し個人が旧身分︵近世賎民身分︶の系譜に 属すると判断できる資料については人権侵害の要件が成 立しているとみなすことができる。 この考え方に立てば、たまたまある資料に被差別部落 の特定の地名が記載されたとしても、その一つの要件を もって直ちに地区住民個人の人権侵害を構成するものと はいえないのである。この人権侵害構成要件論には次の ような特徴があります。①部落差別における地名︵居住 地区・本籍︶の位置付けが明確になる。②その結果、旧 身分・職業のような地名以外の要件と地名との関りが明 らかになり客観的な判断基準となる。③差別に対する著 者の姿勢とか、資料の性格のような主観的な判断基準を 必要としなくなる。④三位一体論は運動団体の双方が承 認するか、もしくは否定できない根拠である﹂。 なんとか客観化し方法論となし得ないかという努力が にじみ出ている。そしてはっきりいって今の現在、図書 館としてはこれ以上の理論化はできていない。 こベる 11
最近でも古地図の展示会が中止されたり、学術書の地 名が伏せ字であったり、うっかり出版して回収騒ぎなど が繰り返されている。その場所へ行けば解放会館が建っ とるから隠してもしょうがない、地名を隠すなんぞ自分 を卑下することだ等々言われながら、なぜ部落の人は ﹁地名﹂に心がざわめきたつのであろうか。よその地名、 またはよその部落の地名を聞いての時と、自分の部落の 地名を聞いたときの心の動きはどう違うのか。差別され るかもしれないという怖れは一瞬にして表に出てくるも のなのか、それともただイヤ!な気がするだけか。あの 一見判読不能なほどの古地図にさえその中の一ヶ所の地 名を弾劾する、その心の内を正直わたしはよくわからな 、ν 部落の地名について悩んでいた当時、その部落を支え る解放運動があればそこの地名を出してもよいのではな いかと考えたことがあった。小林初枝著の﹃こんな差別 が﹄︵筑摩書房、一九八
O
年刊︶の中に実地名が出てき ており姓さえ出てくる。その地方の分県地図で確かめた ら確かにある。まさかとは思いながら電話帳を調べたら、 その姓の後ろにその地名が何人にもわたって明記されて いる。小林さんといえば﹁部落解放夏期講座﹂の講師も やっているぐらいだから間違いはなかろう。やっぱり運 動があればそれが自信となって現れるのだと感じ入って いた。ところが後に聞いた話では、その件で小林さんは 糾弾を受けたとのこと。またまたわからなくなってしま っ た 。 傷つくというからやめようかという安っぽい優しさか らお互いに脱却するためにも、抗議する人達よ、おしえ てほしい。何故﹁地名﹂なのか今一度考えて欲しい。そ この意志疎通がなされたとき、少なくとも図書館は地名 について胸を張った対応ができるのではないだろうか。 ︵ 以 下 、 次 号 へ つ づ く ︶新しい差別論のため の読書案内⑥ 均︵教育委員会勤務︶
﹁
争
う
ア
メ
リ
カ
﹄
野町
﹁われわれは、自明の真理として、すべての人は平等 に造られ、造物主によって、二疋の奪いがたい天賦の権 利を付与され、そのなかに生命、自由および幸福追求の 権 利 の 含 ま れ る こ と を 信 ず る ﹂ 。 一七七六年七月四日、アメリカ独立宣言はこう述べて、 平等を立国の基本原理の一つとした。以来この国では平 等とはいかなるものであり、どのようにして現実のもの にすべきかを主題として激しい議論が行われてきた。こ の主題はこんにちでも合衆国の政治のあり方を決定づけ る重要な要素であり、大統領をはじめ連邦議会議員、州 知事等の選挙にも大きな影響を及ぼしている。 ト マ ス ・ B ・ エ ド ソ l ル、メアリ I ・ D − エ ド ソ l ル ﹁争うアメリカ﹄︵飛田茂雄訳みすず書房︶は六十年代 の公民権運動以降の平等についての、とりわけ人種間の 平等と公正をめぐる議論を丹念に追求した労作であり、 エ ド ソ l ル夫妻は本書でリベラリズムを基調とする民主 党と保守主義を基調とする共和党の論争と両党の政治戦 略をフォローし、分析するとともに、これらが国民の意 識とアメリカ社会の変化に及ぼしてきた影響を明らかに し て い る 。 長い年月に多岐にわたって行われてきた議論を単純に なるのを承知でまとめてみよう。 たとえば大学入試や就職試験の際に人種や民族、性の ちがいはあっても分け隔でなく扱って高得点者から順次 採っていき、差別選考を行わない。これは法の下の平等 の理念に基づいてそれぞれの個人を平等に取扱っている 点で適正な措置である。ただしこれは取扱いという形式 面での平等であり、現実にある格差や不平等を直接に是 正するものではない。実質的な平等が求められるゆえん であり、社会政策や累進課税などにより格差是正が図ら れなくてはならない。とはいえ是正措置には規模の決定 とその規模に応じたコストの負担が不可欠である。 そこで、黒人や女性はこれまでの歴史の経緯により社 会的に不利益をこうむってきており、いまなお不平等に 苦しんでいるのだから、この現状の是正のためには相当 こベる 13のコストを社会が負担するとともに、さらにその一環と して就職試験や大学入試では被差別の立場の者が優先的 に採用されなければならないとの意見が興ってきた。 民主党はこうした政策を積極的に推進し、共和党は反 対の立場をとった。疑問や反論を具体的に示すと、①特 定の人種、民族、性への特別措置は逆差別ではないのか ②不平等の是正を名目としても実質は増税であり結果的 に社会全体の利益を損う③特別措置の実施はそれにもた れかかる精神を助長し、社会に悪影響をもたらしかねな い 、 と い っ た こ と に な る 。 ア フ ァ l マテイブ・アクションと総称される黒人や女 性に対する大学への優先入学制、雇用における特別優先 枠、特別昇進制度などについての議論ほど民主党と共和 党が鮮明に立場を異にした対立は稀であったし、これほ どアメリカ世論を白人側と黒人側とにはっきりと二分し た 問 題 は な い 。 資本主義の社会主義に対する優位は動かないとしても、 放置すれば経済、社会での格差・不平等が拡大しやすい 資本主義社会において、それらをどの程度までに、どの ような方法で是正すればよいのか、多くの人びとのとま どいや迷いを背景に議論が展開されるなかでアメリカ社 会は大きな変容を見せた。 公民権運動は黒人、少数民族の経済力、教育・文化の 向上を図り、一定の成果をもたらした。運動はより広い 権利革命へと拡大した。学生、受刑者、女性、貧困者、 ゲイとレスピアン、身体障害者、精神薄弱者に対する権 利の保障と公正な扱いが叫ばれ、それらの人びとの個人 の尊厳が無視されていたとしてその確立が求められるよ うになった。しかじながらその一方で主として黒人とヒ スパニックからなる最下層階級の境遇は悪化し、暴力犯 罪、未婚の母、生活保護世帯が増加した。 共和党はこの現象を行き過ぎたリベラリズムが引き起 こしたものととらえて民主党を攻撃した。民主党は生活 保護受給者、フェミニスト、黒人活動家、不法入国者、 同性愛者、麻薬中毒者、エイズ患者、最下層階級といっ た政府の援助に飢えている者たちを代表する党なのだ、 と。攻撃は共和党の党勢を拡大するのに役立ち、多数の 有権者に保守主義のイデオロギーを受け入れさせる契機 と な っ た の で あ る 。 共和党の唱導する保守主義は﹁具体的には、骨身惜し まず働くこと、夫婦子供が同居する家族、独立自尊、自 制、倹約、将来への配慮、禁欲、個人の責任、法律の順
守、一欲求充足の延期、権威の尊重、より抑圧的な︵すな わち自己表現を慎む︶性の道徳など﹂︵二八一頁︶を内 容としている。保守主義を構成するこれらの要素に反す るものこそ貧困の原因であり、すなわちそれは﹁貧困の 文化﹂として総称されるもので、このことの克服なしに は貧困の問題は解決しない。増税による福祉の増大は ﹁ 貧 困 の 文 化 ﹂ を 助 長 す る に す ぎ な い 。 ﹁貧困の文化﹂は人類学者オスカ l ・ ル イ ス が メ キ シ コ 人 家 族 の 調 査 報 告 で 用 い た 概 念 で 、 ﹁ 宿 命 論 、 絶 望 感 、 依存心、そして劣等感﹂などの感情によって特徴づけら れる一連の心の状態を指す。また、精神医学の分野では ﹁欲求充足の延期ができず、未来への計画をほとんど持 たない﹂強度の現在志向の見られる精神病理現象とされ て い る 。 ︵ パ l パ ラ ・ エ l レンライク﹁﹁中流﹂という階 級﹄中江桂子訳晶文社参照︶ アメリカの保守主義者は﹁貧困の文化﹂という概念を 巧みに援用して権利や税金のありかたについてリベラリ ズムと対決した。実質的平等政策すなわちアファ l マ テ イブ・アクションやそれに伴う強制パス通学制度などの 諸政策に対する共和党保守主義の批判は平等の理念を否 定するものではない。それどころかリベラリズムこそが 非平等主義であり、アメリカの伝統である平等理念の体 現者は保守主義であると主張している。つまり二つの平 等観の相魁がここにはある。苦難と不運から弱者を守る ことを重視すべきと考えるのか、自助努力と企業家精神 に富む個人主義そして勤勉の尊重こそが平等の本質だと 考えるのか、二つの流れのあいだに生じた矛盾。 平等についての政治思想の対立という見方からすれば 保守主義の主張は人種差別を煽ったり強化じたりするも のではない。しかし、現実政治では﹁ニクソンと共和党 のひと握りの戦略家﹂たちが、﹁人種に関する有権者の 不安をかき立て﹂ることによって﹁人権問題は有権者が イデオロギー的に保守化するきっかけ﹂となると察知し て い た ︵ 一 五 八 頁 ︶ し 、 ﹁ 寸 機 会 均 等 ﹂ と い う 理 想 的 な 概 念を基盤とし、自由市場の経済理論によって強化された 保守的平等主義の威力は、平等というアメリカの基本理 念を確認する一方で、人種面、経済面での利益配分の極 端に不公平な状態︵まさにリベラルが是正しようと挑ん できた不平等︶を温存し、一部においては強化さえして いる﹂︵二三七頁︶のである。保守主義の主張する平等 主義がすべてそうだというわけではないけれど、その鎧 には差別が見え隠れしているし、人種に関する不安を煽 こベる 15
って票を集める選挙戦略が絡んでいるのは否定し難い。 二つの平等感の相魁の現時点での帰趨は明らかで、ア メリカ社会は保守主義の平等観に大きく傾斜している。 たしかにリベラリズムの側は犯罪、福祉依存、失業、麻 薬、婚外出産等と人種や貧困との相関関係を追求し、適 切な対処を考え、自らの政治思想を鍛えてゆく作業を怠 ってきた。だが一方の保守主義にしてもリベラリズムに 基づく公共部門への政府の支出や貧困対策の政府プログ ラムの攻撃には効果を上げたものの、貧困や杜会的不公 正に対しどのように対処していくかの指針は不透明であ る。政府の支出や政府プログラムを止めることは問題の 解決を意味するものではない。 事実、長期にわたる共和党政権下で貧富の差は拡大し、 ホ l ムレスは増加し、中産階級の負担は重くなった。一雇 用の先行きは明るいものではない。﹁アメリカの第三世 界化﹂という声さえあるのが現状である。このさき社会 的不利益をこうむっている他者への支援のあり方を考え る精神的雰囲気が失われるばかりでなく、政治や社会へ の憤激が人種差別へと向かう憂いなしとはしない。さら には経済面での国際競争が激化していくと、少数グルー プへの特別保護や経済的支援を行う力は一層少なくなる と 予 想 さ れ る 。 こうして民主党、共和党ともに支持基盤が脆弱となり、 求心力は弱まっている。著者は本書の結びで、二つの政 党のいずれが勝っかという問題など吹き飛んでしまいか ねない三つの危機を指摘している︵四五九頁︶。 第一、アメリカの恵まれない少数民族出身者たちの貧 困、失望、憤怒と、最貧相の沈滞とが、アメリカの社会 秩 序 を 脅 か し て い る 。 第二、納得のいく道徳的な世界に住み、参加と引き替 えに市民としてせめて大まかには公正な扱いをしてくれ る社会・経済組織に属しているという自己認識が崩れか け て い る 。 第三、政治への冷笑、連帯感の蒸発がアメリカ国民が 最も尊重する民主制度の根幹である公平と平等の可能性 を重視してきた伝統の維持を困難にするかもしれない。 ︵ ﹃ 争 う ア メ リ カ l l l 人 種 ・ 権 利 ・ 税 金 ﹄ ト マ ス ・ パ l ン ・ エ ド ソ l ル 、 メ ア リ I ・ D − エ ド ソ l ル 著 、 飛 回 茂 雄 訳 、 み す 、 ず 書 房 ︶
第 お 回 ﹃ こ ぺ る ﹄ 合 評 会 ︵ 5 ・ 幻 ︶ か ら 人間と差別の問題を考えるはずの ﹃こぺる﹄に精神分裂病に関する文 章が載るとはどういうことかと、い ぶかしく思った人がおられるかもし れません。しかし、恩智理さんの 文章を丁寧に読めばわかるように、 精神分裂病をめぐる治療者と患者お よびその家族との関係を論じた中井 久夫さんの著書を紹介しつつ、実は 普遍的な﹁人と人とのあいだ﹂の問 題が提起されていると、わたしは受 け と り ま し た 。 冒頭の一節からして恩智さんの関 心がどこにあるかが示されています。 他者からある熔印を押されるのでは ないかと恐れる人聞が、自分はそん な熔印を押されるような人間ではな いと証明しようとすればするほど回 りから浮き上がらざるをえない。そ のあげくにたとえば、﹁お前なんか に何がわかるか。俺がこの出身のた めに何度悩み、苦しんだか、お前の ような外の人聞にわかってたまる か ﹂ と 叫 ん で し ま う 。 ここで話が終わるのなら事柄は薄 っぺらいものになる。しかし恩智さ んは﹁この気持ちは、﹃外の世界﹄ にいる人間だけでなく、同じ世界に いるとされる人間にさえも、結局の ところは通じない﹂と一旦突き放す。 ﹁誰もが人には伝えがたいものを抱 えて生きている﹂という認識を前提 にしたこの﹁突き放し﹂がとても大 事なのだ。訴えても通じないという 途方にくれた体験、訴えても無駄で あったという徒労感が﹁そう簡単に 分かってたまるか﹂という叫びを誘 発する。そこに﹁自分の苦痛を大勢 の人も味わっているようなものと知 りたい反面、それを自分だけに起こ っ た 特 別 な こ と と み な し た い 心 理 ﹂ が働き、自らを特別視する心情がは らまれていることは容易に見てとれ る。この心理、心情の世界が、けっ して患者や被差別者に限られたもの ではなく、わたしたちの人生のあり ふれた光景であることはいまさら言 うまでもないことでしょう。 合評会では、心の病をわずらう家 族を持ったときの切実な体験談が披 涯されましたが、わたしはどうして も恩智さんの文章を差別|被差別関 係に引き寄せて読んでしまう。﹁わ かるわからない﹂、﹁通じる通じ ない﹂は、精神分裂病の患者と家 族・治療者のあいだだけでなく、人 と人との関係、さらには自己と他者 の問題につながっていると考えるか らです。個別・特殊であることへの 固執は、人間の普遍的で一般的な問 題への道を自ら閉ざすことにほかな らない。そのことをあらためて教え られたという意味で思智論文は充分 に刺激的でした。︵藤田敬一︶ ﹃ こ ぺ る ﹄ 合 評 会 の お 知 ら せ 七 月 一 一 一 一 日 ︵ 土 ︶ 午後二時より七月号
ι
、 京 都 府 部 落 解 放 セ ン タ ーt
第 二 会 議 室 E O 七 五 四 一 五 一 O 三 O 編集・発行者 こベる刊行会(編集責任藤田敬一) 発行所京都市上京区寺町通今出川上ル四丁目鶴山町14阿昨社 Tel. 075 256 1364 Fax 075-211-4870 定価300円(税込)・年間4000円郵便振替 01010-7-6141 第28号 1995年7月25日発行乙
刊
と
る
﹃ 同 和 は こ わい考﹄の発刊以来八年 、 ともあれ ここに、差別 ・ 被差別の両側から超えて、共同 の営みを進めるための対話がなりたった : : : 感 性鋭く、忽像力豊 か に、人間と差別について、 広く語り合いたい 。 | | | 編 者 被差別部落民の H 陰 H の部分 は 、 こ れ ま で彼らが 培ってきた H 光 H の 部 分 を強調するだけで克 服 で きる課題ではない 。 ま ず 、 H 陰 H の部分を H 陰 Hと自覚し 、 克服に向け た真剣な取り組み を 通 じ て 、 H 光 H の 部 分 も 一 一 層 輝きを増 す のである 。 − 住 田 一 郎 ﹁ 被 差 別 部 落 民 の 感 性 に つ い て の 覚 書 ﹂ よ り