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「森林の土砂災害防止機能の維持により発生する受益者の分析 保安林制度を対象として」

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森林の土砂災害防止機能の維持により発生する受益者の分析

保安林制度を対象として <要旨> 森林には多面的な機能があると言われている.その多面的な機能を維持するために保安林制度 が設けられている.保安林に指定された森林の所有者には,伐採の制限や植栽の義務などが定め られるため,補償が行われる.受益者負担の原則に基づくと,保安林による受益者が,費用を負 担するのが望ましい.制度上も受益者負担について定められているが,受益者の特定が困難だと いう理由で,受益者負担が行われた事例はない. 資本化仮説に基づくと,土砂災害防止効果が及ぶ範囲では地価が上昇すると考えられるので, 保安林の受益者についても地価を分析することで明らかになると考えられる.本稿では,保安林 の中でも土砂災害防止のための保安林に注目し,保安林からの距離を考慮してヘドニック分析を 行った. 結果は,特に土砂災害の危険性が高いと考えられる地域で保安林から50m未満の範囲で地価 が上昇していることが明らかになった. 2013 年 2 月 政策研究大学院大学 まちづくりプログラム MJU12603 長 毅

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目次 第1章 はじめに ・・ 1 第2章 保安林制度の概要と土砂災害防止効果 ・・ 2 2.1 保安林制度 ・・ 2 2.1.1 保安林制度の歴史 ・・ 2 2.1.2 保安林制度の概要 ・・ 2 2.1.3 保安林における制限 ・・ 3 2.1.4 民有保安林にかかる助成措置等 ・・ 4 2.1.5 受益者の負担 ・・ 5 2.2 保安林の土砂災害防止効果 ・・ 5 2.2.1 土砂災害 ・・ 5 2.2.2 保安林の土砂災害防止効果 ・・ 7 第3章 理論分析 ・・ 9 第4章 実証分析 ・・ 10 4.1 分析方法 ・・ 10 4.2 推定式 ・・ 10 4.3 推定結果 ・・ 11 4.4 考察 ・・ 13 第5章 まとめと今後の課題 ・・ 13

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1 1. はじめに 森林は,生物多様性保全や地球環境保全,災害防止など多面的な機能を持つとされてい る.中でも,災害防止機能は,森林の機能の中で最も国民が期待する機能だという世論調 査の結果が出ている1.近年,土砂災害の発生件数が増加しており,地球温暖化などが進め ばさらに集中豪雨が頻発すると言われており,土砂災害の発生も増加することも考えられ る.このような状況の中で,森林の災害防止効果に対する国民の期待が高まっているので はないだろうか. 森林の持つ機能を適切に発揮するためには,過度な伐採などを防ぎ,森林として保たれ ることが必要である.森林法に基づく保安林制度は,森林の所有者に伐採の制限や,植栽 の義務を課し,森林の機能を維持しようとするものである.保安林制度は,森林の所有者 の所有権に制限を与えるものなので,正当な補償を行う必要がある.また,土砂災害防止 の目的で指定される保安林などは,受益者がある程度特定されると考えられる.森林法に も補償金の一部または全部を受益者に負担を求めることができるという条文があるが,受 益者の特定が困難であるという理由から,受益者負担が行われた事例はなく,政府や地方 政府が補償を行っている.受益者負担の原則に基づくと,現状の保安林制度の運用は社会 的な効率を損ねていると考えることができる. 社会資本投資や環境変化の影響は 100%地価に反映されるという資本化仮説2に基づくと, 保安林の効果も地価に反映されると考えられる.地価を分析することにより,保安林の指 定による受益者についても明らかにすることができると考えられる. 本稿では,土砂災害防止のための保安林に注目し,土砂災害の危険性が高い地区で保安 林の指定が行われた際の地価への影響を分析し,保安林の指定による受益の範囲を明らか にしようとしている. 先行研究としては,工学的な見地から,有林地が無林地と比べて土砂流出量や崩壊面積 が減少するという研究成果が蓄積されており,日本学術会議(2001)3は森林に土砂災害防 止機能があるとしている. 保安林の地価への影響を分析し,経済的な価値を研究しているものとしては,見つかっ ていない. 本稿では,保安林の土砂災害防止効果による地価への影響がどの程度の距離に及ぶかを 見るため,保安林と地価ポイントとの距離を考慮して研究を行った.また,指定前と指定 後の地価データを用い,保安林の指定による効果に限定して研究を行った. 本稿の構成は,以下のとおりである.第 2 章で保安林制度と土砂災害防止効果,第 3 章 で理論分析,第 4 章で実証分析,第 5 章でまとめと今後の課題を述べる. 1 内閣府「森林と生活に関する世論調査」(平成23 年 12 月調査) 2 S Rosen(1974) 3 日本学術会議「地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について(答申)」(2001)

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2 2. 保安林制度の概要と土砂災害防止効果 2.1 保安林制度 保安林は,森林法(昭和 26 年法律第 249 号)により規定されており,水源の涵養,災害 防止などの公共目的を達成するため,特にこれらの機能を発揮する必要がある森林を,保 安林として指定し,立木の伐採,土地の形質変更行為等の規制により,その森林の適切な 保全と森林施業を確保する制度である. 2.1.1 保安林制度の歴史 日本は,国土面積の 6 割以上が森林で,急峻な地形が多くわずかに開けた平地を災害か ら守ることが,古くからの重要な課題であった.森林の伐採規制についての最古の記述は, 奈良時代の記録に残っているとされ,江戸時代には各藩が規制を設け森林を保護している. 明治に入ると,民有林に関して伐採が自由となり,無秩序な伐採が行われ,森林荒廃が起 こり,災害が多発した.これに対し,指定された民有林で伐採を行う際に許可が必要とな る制度(伐木停止林)が導入された.明治 29 年の大水害を受けて,(旧)森林法が制定さ れ,禁伐林と伐木停止林を統一し保安林制度が創設された4 戦後の昭和 26 年には,現行の森林法が制定され,それまでの保安林制度を踏襲しつつ, 保安林の指定目的などが追加された.昭和 37 年の改正により,植栽の義務などが追加され 現在に至っている. 2.1.2 保安林制度の概要 農林水産大臣又は都道府県知事は,公共の目的を達成するために必要があるときは,森 林を保安林として指定することができる.保安林は目的により 17 種類ある(表 1 参照). 日本の森林面積は国土面積の約 66%だが,平成 22 年度で指定されている保安林は森林面積 の約 47%で,国土面積の約 30%に達する.1~3 号の保安林が,全体の保安林の 90%以上を 占めており,国土保全上重要な森林となっている.本稿では,土砂災害防止が目的である 2・3 号保安林を対象として分析を行う. 4 林野庁HP「保安林制度の概要」参照

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3 表1 保安林指定の目的・種類・種類別面積 指定の目的 保安林の種類 保安林の面積 (単位:ha) 全保安林 に対する 割合(%) 1 水源のかん養 1 号 水源涵養保安林 9,080 71.1 2 土砂の流出の防備 2 号 土砂流出防備保安林 1,077 1,467 3 土砂の崩壊の防備 3 号 土砂崩壊防備保安林 19 39 1~3 号保安林 計 11,683 91.5 4 飛砂の防備 4 号 飛砂防備保安林 省略 省略 5 風害,水害,潮害, 干害,雪害又は霧害 の防備 5 号 防風保安林 6 号 水害防備保安林 7 号 潮害防備保安林 8 号 干害防備保安林 9 号 防雪保安林 10 号 防霧保安林 6 なだれ又は落石の 危険の防止 11 号 なだれ防止保安林 12 号 落石防止保安林 7 火災の防備 13 号 防火保安林 8 魚つき 14 号 魚つき保安林 9 航行の目標の保存 15 号 航行目標保安林 10 公衆の保健 16 号 保健保安林 11 名所又は旧跡の風 致の保存 17 号 風致保安林 4 号以下保安林 計 1,083 8.5 計 *林野庁 HP より作成 面積は平成 22 年度末

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4 2.1.3 保安林における制限 保安林に指定された森林の所有者には以下のような行為の制限が課せられる. (1)指定施業要件 保安林の指定目的を達成するため必要な伐採の方法・限度,伐採後の植栽の方法,期間 及び樹種について定められる.(森林法第 33 条第 1 項) 立木の伐採を行う場合は,都道府県知事の許可が必要である.(森林法第 34 条第 1 項) (2)土地の形質変更等の制限 保安林内において土地の形質変更等の行為を行う場合には,都道府県知事の許可が必要 である.(森林法第 34 条第 2 項) (3)植栽の義務 森林所有者等が保安林の立木を伐採した場合には,指定施業要件として定められている 植栽の方法,期間及び樹種に従い植栽を実施しなければならない.(森林法第 34 条の 4) 都道府県知事は,許可を受けないで立木の伐採や土地の形質変更等を行っている者に対 し,中止命令,造林命令,復旧命令を実施できる.また,植栽の義務に違反し,植栽を実 施しない者に対して,造林に必要な行為を命令できる.(森林法第 38 条) 2.1.4 民有保安林にかかる助成措置等 保安林に指定された森林の所有者が国や自治体でない場合に以下のような助成が行われ る. (1)損失補償 保安林の指定により,森林所有者の所有権に制限が行われるので,補償が行われる.(森 林法第 35 条) 指定施業要件における伐採の方法が禁伐(伐採禁止)又は択伐(伐採に適した立木のみ 伐採する)とされている保安林を対象に,立木評価額の 5%に相当する額が補償金として支 払われる. (2)税制 保安林に指定された森林の不動産取得税,固定資産税及び特別土地保有税は,非課税と なる.また,相続税及び贈与税についても,保安林における伐採の制限の内容に応じ,林 地及び立木の評価額の一定割合控除される.(地方税法など) (3)融資 指定によって伐採が制限される立木についてその維持のために必要な資金に対して融資 が受けられる .(日本政策金融公庫法)

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5 2.1.5 受益者の負担 受益者の負担についても以下のように規定されている. 損失補償にかかる金額について,その保安林の指定によって受益を受ける者に負担させ ることができる.(森林法第 36 条) ただ,現在まで受益者の負担が行われた事例はない. 2.2 保安林の土砂災害防止効果 2.2.1 土砂災害 土砂災害は毎年 1000 件程度発生しており,自然災害による死者・行方不明者の半数近く が土砂災害によるものである5.土砂災害は,急傾斜地の崩壊・土石流・地すべりの三種類 に区別できる.それぞれの特徴を述べる.また,これらの土砂災害に関して,土砂災害か ら国民の生命を守るため,土砂災害のおそれのある区域について危険を周知することなど が目的となっている土砂災害防止法において,土砂災害警戒区域というものが定められて いる.それぞれの土砂災害の警戒区域の定義についても合わせて示す6 ・急傾斜地の崩壊 いわゆるがけ崩れで,雨や地震などの影響によって,土の抵抗力が弱まり,急激に斜面 が崩れ落ちる現象である.人家が近接する場で起きた場合,逃げ遅れる人も多く死者の割 合も高い. 警戒区域の定義は,以下のイ,ロ,ハに当てはまる区域である. イ 傾斜度が 30 度以上で高さが 5m以上の区域 ロ 急傾斜地の上端から水平距離が 10m以内の区域 ハ 急傾斜地の下端から急傾斜地高さの 2 倍(50mを超える場合は 50m)以内の区域 5 国土交通省 水管理・国土保全局 砂防部 HPより 6 国土交通省 水管理・国土保全局 砂防部 HPより

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6 ・土石流 山腹や渓床を構成する土砂石礫の一部が長雨や集中豪雨などによって水と一体となり, 一気に下流へ押し流される現象である.流れの速さは 20~40km/h という速度で一瞬のうち に人家や畑などに被害を及ぼす. 警戒区域の定義は以下のとおりである. 土石流の発生のおそれのある渓流において,扇頂部から下流で勾配が 2 度以上の区域 ・地すべり 斜面の土塊が地下水などの影響により地すべり面に沿ってゆっくりと斜面下方へ移動す る現象である.一般的に広範囲に及び移動土塊量が大きいため甚大な被害を及ぼす可能性 が高い. 警戒区域の定義は,イ,ロに当てはまる区域である. イ 地すべり区域(地すべりしている区域または地すべりするおそれのある区域) ロ 地すべり区域下端から,地すべり地塊の長さに相当する距離(250mを超える場合は, 250m)の範囲内の区域 特別警戒区域の定義は以下のとおりである. 急傾斜の崩壊に伴う土石等の移動等により建築物に作用する力の大きさが,通常の建築物 が土石等の移動に対して住民の生命又は身体に著しい危害が生ずるおそれのある崩壊を生 ずることなく耐えることのできる力を上回る区域. ※ただし,地すべりについては,地すべり地塊の滑りに伴って生じた土石等により力が建 築物に作用した時から 30 分 間が経過した時において建築物に作用する力の大きさとし,地すべり区域の下端から最大 で 60m範囲内の区域

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7 また,土砂災害の可能性がある地域として,都道府県が独自に設定しているものが,土 砂災害危険箇所である.これは,昭和 40 年代の通達に基づき設定されている.土砂災害防 止法は,平成 12 年に成立しており,同法に基づく警戒区域の調査は現在でも完了していな いため,未指定の地域がある.そのため,都道府県が従来から公表している危険箇所につ いても引き続き公表して土砂災害に対する注意を喚起している.両者の違いは,警戒区域 が土砂流出等の物理的な現象が起こる可能性が高い場所を示し,危険箇所はそのような地 域で,人家などがあり被害が起きるおそれがある場所を示していると考えることができる. 表 2 で土砂災害危険個所の定義を示す. 表 2 土砂災害危険箇所の定義(愛知県 HP より作成) 土砂災害 危険箇所 土石流危 険渓流 土石流の発生の危険性があり,1戸以上の人家(人家がなくても 官公署,学校,病院及び社会福祉施設等の災害時要援護者関連施 設,駅,旅館,発電所等の公共施設のある場合を含む)に被害が 生じるおそれがある渓流 地すべり 危険箇所 地すべりが発生している或いは地すべりが発生するおそれがあ る危険箇所区域のうち,河川,道路,公共建物,人家等に被害を 与えるおそれのある箇所 急傾斜地 崩壊 危険箇所 傾斜度 30 度以上,高さ 5m 以上の急傾斜地で被害想定区域内に人 家が1戸以上(人家がなくても官公署,学校,病院,駅,旅館等 のある場合を含む)ある場所 2.2.2 保安林と土砂災害防止

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8 ・森林の土砂災害防止機能 森林の土砂災害防止機能について,日本学術会議は「地球環境・人間生活にかかわる農業 及び森林の多面的な機能の評価について」(2001)の中で以下のようにまとめている. 森林土壌は孔隙(間隙)に富む上,落葉落枝や林床植生が土壌の表面を保護するので, 雨水はほとんど地中に浸透する.そのため,地表流が発生する裸地面に見られる「表面侵 食」はほとんど発生しない.また,日本の森林の大部分は山腹斜面上に存在するが,そこ では樹木の根系が表層土を斜面につなぎ止めることによって「表層崩壊」を防いでいる(基 盤岩や厚い堆積層が崩れる深層崩壊は防げない).豪雨の際に発生する崩壊はほとんど表層 崩壊なので,「森林には侵食防止機能がある」と言われる.さらに,平地の少ない日本では 斜面の下部が生活の場となっていることが多く,森林は土砂災害防止機能を持っていると 言える. 一般的に深層崩壊に伴って発生するのが地すべりであり7,表層崩壊に効果があるとされ る森林の効果は,地すべりには及ばないと考えることができる. 保安林は,上記のような森林の機能を維持するために指定されるもので,土砂災害防止 を目的とした 2・3 号保安林の指定の際の留意点については,林野庁から以下のような通知 が出されている. 23 林整 2925 号林野庁長官通知 (抜粋) ア 急しゅんな地形,ぜい弱な地質条件等から土砂が流出している森林または土砂の流出 のおそれのある森林であって,人家,公共施設等に近接し,崩壊土砂流出危険地区に所在 する森林及びこれと同一の小流域内にあって当該危険地区と一体的に保全・整備すること が適当な森林など,特に土砂流出防備機能の維持増進を図る必要のあるものについて土砂 流出防備保安林(2 号保安林)に指定する. イ 地形・地質条件等から土砂が崩壊している森林又は土砂の崩壊のおそれのある森林で あって,人家,公共施設等に近接し,山腹崩壊危険地区に所在する森林及びこれと同一の 斜面にあって当該危険地区と一体的に保全・整備することが適当な森林など,特に土砂崩 壊防備機能の維持増進を図る必要のあるものについて土砂崩壊防備保安林(3 号保安林)に 指定する. 7 国道交通省 国土交通省 水管理・国土保全局 砂防部 HPより

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9 この中に記述のある崩壊土砂流出危険地区や山腹崩壊危険地区は,林野庁の主導により 調査が行われている山地災害危険地区の種類である.崩壊土砂流出危険地区,山腹崩壊危 険地区はそれぞれ,土石流,急斜面の崩壊に対応している.この危険地区は,前述の土砂 災害危険箇所と同じような検討が行われ,さらに森林の状況を加味して決定される.山地 災害危険地区の種類として,地すべり危険地区もあるが,2・3 号の保安林の指定の際には 考慮されていない. 以上のことから,2・3 号の保安林については,土砂災害の中でも土石流や急斜面の崩壊 に対して効果を発揮し,これらの危険性が高い地域で,森林整備の必要がある森林地域に ついて指定されるものと考えることができる. 3. 理論分析 森林による土砂災害防止は,例えば個人が行ったとしても,効果を及ぼす範囲に受益を もたらすため,フリーライドが生じる.そのため,過少供給に陥る可能性がある.森林に よる土砂災害防止効果は地方公共財として考えることができ,政府の介入が妥当だと考え られる. ただ,現状では適正な水準で供給されていない可能性がある.保安林の指定が行われる と,森林の所有者に対して伐採の制限がかかるなど,所有権に制限が行われるので,憲法 に基づき補償が行われる.森林の所有者に補償金や税制優遇などの措置が行われるが,こ の費用については受益者が負担しているわけではなく,受益の及ばない範囲の住民からも 徴収されている税金で賄われている.森林法にも受益者負担の記述があるが,受益者の特 定が困難という理由から受益者負担が行われた事例はない.受益者負担が実現すれば,そ の負担を受けても,その土地に対する価値が他の土地に転出することよりも高い者はとど まり,低いものは転出する.また,負担を求められるなら保安林指定の解除を求める者な どが表れると考えられる. このような市場原理に基づき受益者負担を実施すれば,適正な保安林の供給量になり, 補償費用などが削減され,効率が改善すると考えられる. 受益者負担を求めるためには,受益者を明らかにすることが必要である.「社会資本投資 や環境変化の影響は地価に反映される」という資本化仮説に基づけば,保安林による土砂 災害防止効果による受益者の分析も,地価を分析することにより可能になると考えること ができる.また,保安林からの距離を考慮して地価を分析すれば,保安林による災害防止 効果が及ぼす受益の範囲が明らかになると考えられる. 4. 実証分析 理論分析に基づき,保安林の指定による土砂災害防止効果が市場価値として地価への影 響を Difference-in-difference(DID)分析する.

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10 4.1 分析方法 国土交通省が公開している,全国の 18 年度と 23 年度の保安林(1~3 号のみ)の情報を 含む森林地域の地図情報8を比較し,5 年間で新たに指定されたと考えられる保安林を抽出 した.地図情報は,全国のデータが公開されているが,保安林データが 18 年度と 23 年度 で更新されていて,前後の面積が統計資料と同程度の地域を分析対象とした.この地図情 報は,1/25000 の精度のデータであり,基図に 1 ㎜の誤差が生じるとデータ上 25mの誤差 が生じるという粗いデータではあるが,全国的に保安林の位置情報を把握するために使用 した. 対象になった都道府県 19 県 岩手県,宮城県,福島県,茨城県,神奈川県,石川県,長野県,岐阜県,静岡県,三重 県,滋賀県,京都府,大阪府,兵庫県,鳥取県,岡山県,広島県,福岡県,熊本県 新たに指定されたと考えられる保安林と,地価ポイントとの距離を測定し,50m 以内,100m 以内,200m以内にある地価ポイントにダミーをつけた.距離は,地価ポイントから保安林 までの最短の水平距離をとっている.また,使用した保安林の地図情報では,保安林の種 類を区別することができないため,土砂災害危険箇所の地図情報を重ね,その中にある地 価ポイントを抽出し,新たに指定された 2・3 号保安林からの距離と考えることにした.こ の土砂災害危険箇所については,3 種類の土砂災害危険箇所をまとめて使用している. 4.2 推定式 ln(Y)=β0+β1X1+β2X2+β3X3+β4X4+β5X5+β6X6+β7X7+ γZ+ε Y : 都道府県調査地価(平成 17 年度と平成 24 年度) X1 : 年度ダミー(平成 24 年度を1とする) X2 : 新たに指定された保安林からの距離が 50m未満ダミー X3 : X1×Ⅹ2の交差項 X4 : 新たに指定された保安林からの距離が 50m以上 100m未満ダミー X5 : Ⅹ1×Ⅹ3の交差項 X6 : 新たに指定された保安林からの距離が 100m以上 200m未満ダミー X7 : Ⅹ1×Ⅹ6の交差項 Z : その他のコントロール変数(都道府県ダミー,県庁所在地主要駅からの距 離,最寄駅からの距離,都市ガスダミー,下水ダミー,用途地域ダミー, 地積,容積率) 8 国土交通省 国土政策局 国土情報課が公開している国土数値情報の森林地域データ

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11 ε : 誤差項 被説明変数は,都道府県調査地価(円/㎡)の自然対数値とした.平成 18 年と平成 23 年 に作成された森林地域データを比較して,保安林からの距離が遠い地価ポイントをトリー トメントグループ,保安林からの距離が近いものをコントロールグループとして DID 分析 を行った.Ⅹ3,Ⅹ4,Ⅹ5がそれぞれ 50m未満,50m以上 100m未満,100m以上 200m 未満にある地価ポイントに与える効果である.以下にその結果を示す. 4.3 推定結果 基本統計量を表 3,推定結果を表 4 に示す. 表 3 基本統計量 変数 単位 平均 標準誤差 最少 最大 ln都道府県調査地価 (円/㎡) 10.81888 1.121099 7.326 15.306 年度ダミー(平成 24 年度を 1 とする) ① ダミー 0.5 0.5 0 1 新たに指定された保安林から 50m未満ダミ ー ② ダミー 0.0012062 0.0347105 0 1 ①×②の交差項 ダミー 0.0088656 0.0937417 0 1 新たに指定された保安林から 50m以上 100 m未満ダミー ③ ダミー 0.0029552 0.0542829 0 1 ①×③の交差項 ダミー 0.0008443 0.0290461 0 1 新たに指定された保安林から 100m以上 200m未満ダミー ④ ダミー 0.0026536 0.0514466 0 1 ①×④の交差項 ダミー 0.0021712 0.0465465 0 1 地積 ㎡ 1156.038 7921.015 42 417511 水道ダミー ダミー 0.9506061 0.2166955 0 1 ガスダミー ダミー 0.4103492 0.4919119 0 1 下水ダミー ダミー 0.7231771 0.4474417 0 1 最寄駅からの距離 ㎞ 3.303424 5.41346 0 68 県庁所在地主要駅からの距離 ㎞ 43.05038 30.24433 0.146334 159.2096 建蔽率 % 51.47699 25.40947 0 80 容積率 % 172.6223 122.1634 0 1000

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12 都道府県ダミー ダミー 省略 用途地域ダミー ダミー 表 4 推計結果 係数 標準誤差 Ⅹ1 年度ダミー(平成 24 年度を 1 とする) -0.0711 *** 0.0094 Ⅹ2 新たに指定された保安林から 50m未 満ダミー -0.6317 0.4272 Ⅹ3 Ⅹ1×Ⅹ2の交差項 0.7883 * 0.4681 Ⅹ4 新たに指定された保安林から 50m以 上 100m未満ダミー -0.1996 0.2468 Ⅹ5 Ⅹ1×Ⅹ4 の交差項 0.2034 0.2949 Ⅹ6 新たに指定された保安林から 100m 以上 200m未満ダミー -0.1520 0.1679 Ⅹ7 Ⅹ1×Ⅹ6 の交差項 -0.1206 0.1956 地積 0.0000 * 0.0000 水道ダミー -1.0839 *** 0.0245 ガスダミー 0.4959 *** 0.0128 下水ダミー 0.1387 *** 0.0128 県庁所在地主要駅からの距離 -0.0061 *** 0.0002 最寄駅からの距離 -0.0218 *** 0.0010 建蔽率 -0.00357 *** 0.0004 容積率 0.002234 *** 0.0001 都道府県ダミー 省略 用途地域ダミー 定数項 12.2246 *** 0.031716 修正済R2値 0.7103 F値 0 サンプル数 16580 ***,**,* はそれぞれ 1%,5%,10%の水準で統計的に有意であることを示す.

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13 4.4 結果を踏まえた考察 分析結果から以下のことが示された. ・新たに指定された保安林から 50m未満にある地価ポイントは,指定前と指定後で有意に 上昇している. ・新たに指定された保安林から 50m以上離れている場合は,有意な結果が得られなかった. 第 2 章で述べたように,土砂災害が起こるおそれのある区域を示す土砂災害警戒区域は, 急傾斜地の崩壊の警戒区域の場合,急傾斜地の上端から 10m以内,下端から 20m以内とな っている.土石流の場合は,扇頂部から勾配 2 度となっている.土石流は,崩壊箇所から 川にそってふもとまで流れるものなので,崩壊の危険性が高い箇所からの水平距離につい ては地理条件によって大きく差がでると考えられる. 分析では,新たに指定された保安林として,2・3 号の保安林を区別できなかったため, 両方の影響を含んでいると考えられるが,保安林から 50m以内では受益者が発生している と考えられる. 5. まとめと今後の課題 森林の多面的機能を維持する保安林制度の中で,土砂災害防止を目的とする保安林につ いて,どの程度の範囲で受益者が発生しているかを分析した.その結果,保安林から 50m 以内で土砂災害の危険性が高い場所について受益者が発生していることが示された. ただ,本稿では,詳細ではない保安林の地図情報を使用したことや,保安林の種類を区 別できなかったこと,3 種類の土砂災害の危険箇所についてすべて同じものとして分析して いることなどが問題点としてあげられる. また,本稿では一律に保安林からの水平距離で効果を分析したが,保安林と保全対象の 標高差や,保全対象の規模や範囲などを考慮して分析を行えばさらに明確な結果が得られ ると考えられる. このような詳細な分析を行えば,受益者負担を求める際の基準として考えることができ るのではないだろうか.

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14 (謝辞) 本稿は,主査の橋本助教授から細部にわたり貴重な助言を頂戴し,完成させることがで きました.また,副査でありプログラムディレクターの福井教授,鶴田准教授からは,理 論分析・実証分析に渡り,貴重な助言を頂戴しました.吉田教授,安藤准教授をはじめと し,まちづくりプログラムの教員の皆様からも貴重なご意見を頂きました. また,埼玉県,静岡県の森林担当課の方々には,森林の地図情報や,保安林の実務につ いて様々な助言をして頂きました. また,知財・まちづくりプログラムの学生の皆様には,派遣元の森林担当課の方を紹介 して頂き,さらに,分析方法について貴重な意見を頂きました. 改めて深く感謝致します. 参考文献 ・日本学術会議(2001)「地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について(答 申)」 ・遠藤日雄(2008)「現代 森林政策学」 日本林業調査会 ・金本良嗣(1997)「都市経済学」 東洋経済新報社 ・奥野正寛・本間正義(1998)「農業問題の経済分析」 日本経済新聞社 ・砂防学会(1993)「砂防学講座 第 2 巻 土砂の生成・水の流出と森林の影響」 山海堂 ・森林・林業基本政策研究会(2002)「新しい森林・林業基本政策について」 地球社 ・日本治山治水協会(2012)「民有林治山事業及び保安林制度のあらまし」 日本治山治水協会 ・八田達夫(2010)「日本の農林水産業」 日本経済新聞出版社 ・福井秀夫(2007)「ケースからはじめよう 法と経済学」 日本評論社 ・林野庁(2000)「治山技術基準解説 保安林整備編」 日本治山治水協会 地図情報データ ・国土交通省 国土数値情報 森林地域 ・国土交通省 国土数値情報 都道府県調査地価 ・国土交通省 国土数値情報 土砂災害危険箇所

参照

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