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赤門マネジメント・レビュー 11 巻 10 号 (2012 年 10 月)

A-U モデルの誕生と変遷*

―経営学輪講 Abernathy and Utterback (1978)―

Abernathy, W. J., & Utterback, J. M. (1978). Patterns of industrial innovation.

Technology Review, 80(7), 40–47.

秋池 篤

1 はじめに

イノベーションは企業が競争していく上で非常に重要な要素とみなされ、これまで多く の研究がなされてきた。その中の代表的なモデルとして A-U モデルがある。A-U モデル は産業の初期には製品に関するラディカルなイノベーション (product innovation) が多く 生じるが、ドミナント・デザイン (dominant design) の登場により、工程に関するイノ ベーション (process innovation) や製品や工程に関するインクリメンタルなイノベーショ ンへとシフトしていくことを示したモデルである。このモデルは非常に新規性が高く簡潔 で、多くの影響を与えた。1 A-U モデルといえば、文字通り A-U モデルになっている表題 の Abernathy and Utterback (1978) を指すのが普通であると思うかもしれない。しかしな がら、実際にはこの A-U モデルは、Utterback and Abernathy (1975)で 初めて登場し、彼

* この経営学輪講は Abernathy and Utterback (1978) の解説と評論を秋池が行ったものです。当該 論文の忠実な要約ではありませんのでご注意ください。図表も秋池が解説のために Abernathy and Utterback (1978) を元に整理し直したものです。したがいまして、本稿を引用される場合に は、「秋池 (2012) によれば、Abernathy and Utterback (1978) は…」あるいは「Abernathy and Utterback (1978) は (秋池, 2012)」のように明記されることを推奨いたします。

東京大学大学院経済学研究科 qiu1chi2@gmail.com

1

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らの長年の研究の蓄積により Abernathy (1978) で完成したものである。

本稿では、まず A-U モデルの形成プロセスに沿って、Utterback and Abernathy (1975)、 Abernathy and Utterback (1978)、Abernathy (1978) という三つの業績におけるモデルを順 に解説し、変化の様子を観察する。その後、表題の Abernathy and Utterback (1978) の解 説をし、A-U モデルの形成プロセスにおける位置づけを提示する。その上で、現在 A-U モデルと呼ばれているものはどのモデルで、なぜそれが A-U モデルと呼ばれるに至った のかを解説する。

2 Utterback and Abernathy (1975)、Abernathy and Utterback (1978)、

Abernathy (1978) でのモデルとその変化

本節では、A-U モデルの形成プロセスに沿って、Utterback and Abernathy (1975)、 Abernathy and Utterback (1978)、Abernathy (1978) という三つの業績における A-U モデル を順に解説し、変化の様子を観察していく。まず、Utterback and Abernathy (1975) のモデ ルについて紹介しよう (図 1)。このモデルは、縦軸にイノベーションの発生率 (rate of innovation) を と り 、 横 軸 に 非 連 結 ス テ ー ジ (unconnected stage) 、 シ ス テ ム ス テ ー ジ (systemic stage) というような工程の進化段階をとっている。製品イノベーションの比率

図 1 Utterback and Abernathy (1975) での A-U モデル

Uncoordinated process Product performance max

Systemic process Product cost min Stage of development R ate of in n ov ati on High Product innovation Process innovation

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は初めのステージが最も高く、ステージが進んでいくにつれて、低下していくという形を 描いている。一方で、工程イノベーションについては、非連結ステージでは低い発生率で あるが、ステージが進展するにつれてその発生率は向上する。しかし、システムステージ に入ると、またその発生率が低下するという形になっている。

こ の モデ ルは Abernathy and Utterback (1978) になると図 2 のように変化する。 Utterback and Abernathy (1975) からの変化については、縦軸が主要なイノベーションの発 生率 (rate of major innovation)、横軸が、流動パターン (fluid pattern)、移行パターン (transition pattern)、特化パターン (specific pattern) というように変化している。それに加 えて、製品イノベーションの発生率の曲線も変化している。まず、製品イノベーションの 曲線は、初めの方一度なだらかに低下したのち、急激に低下するような形状になってい る。工程イノベーションの形状に関しては、Utterback and Abernathy (1975) からはほとん ど変化していない。

Abernathy (1978) のモデルは図 3 の通りである。Abernathy and Utterback (1978) と Abernathy (1978) は 同 年 に 発 表 さ れ て い る が 、 Abernathy and Utterback (1978) が

Technology Review の 6/7 月号に掲載されているのに対して、Abernathy (1978) は同年 11

月に発売された。そのため、A-U モデルの完成型は Abernathy (1978) であるといえよ う。Abernathy and Utterback (1978) と比較すると、ドミナント・デザインの存在がモデル に記述されている点が大きな変化である。加えて、製品のイノベーションの発生率の曲線 の形状も変化している。Abernathy (1978) の方が Abernathy and Utterback (1978) よりも

図 2 Abernathy and Utterback (1978) における A-U モデル

Ra te of major innovation Product innovation Process innovation

Fluid pattern Transitional pattern Specific pattern

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曲線が複雑な形状となっている。また、この図 3 には記述されていないが、Abernathy (1978) では、Abernathy and Utterback (1978) が示した「流動パターン (fluid pattern)→移 行パターン (transition pattern)→特化パターン (specific pattern)」の 3 パターンではなく、 流動状態 (fluid state) と特化状態 (specific state) の 2 状態と流動状態から特化状態への 移行 (transition) というように、各ステージを表す言葉が変化している。このように、A-U モデルは常に改善を繰り返して、より現実を反映したモデルに進化してきたといえよ う。

3 Abernathy and Utterback (1978) の解説と位置づけ

ここまで、Utterback and Abernathy (1975)、Abernathy and Utterback (1978)、Abernathy (1978) の三つのモデルの変化を捉えてきた。本節では本稿の表題でもある、Abernathy and Utterback (1978) の概要を紹介し、A-U モデルの形成プロセスの中での位置づけを議 論する。Abernathy and Utterback (1978) は、Technology Review というジャーナルに掲載さ れている。このジャーナルは、マサチューセッツ工科大学 (MIT) が保有しているメディ ア会社が発行しており、1899 年刊行とその歴史は大変長い。その目的は、技術の創発を

図 3 Abernathy (1978) における A-U モデル

Innovation and stage of development

Fluid Normal direction of development

transition Specific Rat e of m aj or in nov ati on Do m in at d es ig n Product innovation Process innovation 出所) Abernathy (1978) p. 72 より引用

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認 識 し 、 技 術 と ビ ジ ネ ス リ ー ダ ー の イ ン パ ク ト を 分 析 す る こ と に あ る (Technology

Review Web サイトより)。2 しかし、このジャーナルは、どちらかというとビジネスマン

向けのジャーナルのようであり、この論文にも構成上いくつか不思議な点が存在する。そ れらの点についてはその都度説明していくこととする。

3.1 Abernathy and Utterback (1978) の解説

Abernathy and Utterback (1978) は、「企業のイノベーションの種類は、企業の成熟と成

長に伴いどのように変化していくのであろうか」、「新たに出現した技術が変化を生み出す 重要な刺激となるのはどのような状況であろうか」といった問題意識で執筆されている。 彼らの目的は、上記の問題意識を解決するために、プロダクティブ・ユニット3 内でのイ ノベーションのパターンとユニットの競争優位、製造能力、組織の特徴を結びつけたモデ ルを作り出すことであった。彼らによれば、イノベーションに関する既存研究では、イノ ベーションの種類の区別がなされてこなかった。そこで、彼らは、小規模な企業家的組織 と標準製品を量産する大規模な組織という二つのユニットを製品イノベーションとプロセ スイノベーションというスペクトラムの両極端に位置づけた。彼らによれば、ラディカル な製品イノベーションが登場した時にはパフォーマンス基準があいまいで理解されない。 そのため、柔軟なアプローチや外部との情報交換が活発な小規模な組織がラディカルなイ ノベーションを主導する。一方で、製品の市場が明確に定義され、生産技術は効率的かつ 設備集約的で、ある製品に特化したような環境では、イノベーションは自然とインクリメ ンタルなものとなり、プロダクティブ・ユニットは大規模化するが、柔軟性を失い、需要 の変化や技術的退化に脆弱となる。 彼らは、そのような前提の下、二つのイノベーションのパターン (ここでいう二つのパ ターンは本文中では明言されていないが、流動パターン (fluid pattern) と特化パターン (specific pattern) のことを指していると推測される) を極端なタイプを表すものとして取 り上げている。特化パターンは標準製品を生産するために設計され固定化され、効率的な 生産システムへのインクリメンタルな変化のパターンである。流動パターンは、製品の特 2 http://www.technologyreview.com/about/ 3 この概念は、製品ラインとそれに関連する生産プロセスをまとめてひとつの分析単位としたもの である。この生産ユニットは単純な企業や単一製品に特化する企業では一致する。しかし、多角 化企業の場合は 1 事業部であることが多い。生産プロセスが高度に細分化された極端な例では、 複数の独立企業がまとまってひとつの生産ユニットを構成することがある。

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性が流動的なラディカル・イノベーションのパターンである。彼らは、それらのパターン を半導体産業や航空産業、白熱電球産業、自動車産業などのケースを取り上げながら説明 している。それらのケース取り上げる中で、彼らはドミナント・デザイン (モデル T や DC-3) という、その後の製品の特徴を決定づけるような製品の登場により、イノベー ションの種類が製品に関するラディカル・イノベーションから、工程に関するイノベー ションやインクリメンタルなイノベーションへと変化することを主張した。 彼らは、ドミナント・デザインの登場によって、プロダクティブ・ユニットが先駆者か ら大規模生産者へと成熟していくにつれて変化していく中でどのようにマネジメントして 表 1 各パターンにおけるマネジメント 流動パターン 移行パターン 特化パターン 競争上の焦点 製品の機能的パ フォーマンス 製品バリエーション コスト削減 イノベーションの 刺激要因 ユーザーのニーズと ユーザーの技術導入 に関する情報 内部の技術的能力の 向上により引き起こ される機会 コスト削減と品質向 上への圧力 イノベーションの 主要な種類 製品における頻繁で 大幅な変化 生産量拡大によって 必要とされる大幅な プロセス変更 生産性と品質の累積 的向上を伴う、製品 及びプロセスのイン クリメンタルイノ ベーション。 製品ライン 多様。しばしばカス タム設計を含む かなりの量を生産で きるほど安定した製 品設計を少なくとも 1 つ含む ほとんど非差別的な 標準品 製造プロセス 柔軟で非効率的;大 幅な変更に容易に対 応できる 変更は大幅に生じな がら、硬直化してい く 効率的で資本集約 的、硬直的;変更の コストは大きい 装置 汎用的。高度に熟練 した労働者が必要。 いくつかのサブプロ セスが自動化され、 自動化の島を生み出 す 特定用途。ほとんど が自動で、作業員の 仕事は監視と制御が メイン。 材料 インプットは、一般 に入手可能な材料に 限られる。 特殊な材料が一部の サプライヤーに要求 されるかもしれな い。 特殊な材料が要求さ れる。入手可能でな い場合、広範な垂直 統合が行われる 工場 小規模。ユーザーま たは技術の源泉に近 接して立地。 専門部分を伴い、汎 用的。 大規模。特定の製品 に特化。 組織の維持管理 非公式で企業家的。 連絡役、プロジェク ト、タスクグループ を通じて。 構造、目的、規則を 重視することを通じ て。

出所) Abernathy and Utterback (1978) p. 40 より抜粋 (Burgelman, Christensen, and Wheelwright, 2004 の邦訳 『技術とイノベーションの戦略的マネジメント』を参考に筆者訳)

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いくのかという点も示唆しており、それは競争における重点から製造装置の観点や維持管 理の手法などにも及んでいる (表 1)。4 また、彼らはイノベーションの源泉にも関心を持 ち、異なる発展段階にあるユニットは異なる刺激 (流動パターンであれば、ユーザーの ニーズ、特化パターンではコスト削減等) に反応し、それに対応したタイプのイノベー ションに取り掛かるであろうと予想した。そして最後に彼らは、このモデルを参考にする ことでイノベーションの成功確率を高める方法を学ぶことができると主張している。

3.2 Abernathy and Utterback (1978) の位置づけ

ここまで、Abernathy and Utterback (1978) の解説を行ってきた。ここから、A-U モデル の形成プロセスにおける、Abernathy and Utterback (1978) の位置づけを議論したい。 Utterback and Abernathy (1975) 以前の研究は、既存研究ではとにかくラディカルなイノ ベーションの重要性というものが論じられ、いかにラディカルなイノベーションを成功に 導くかということに着目してきた (Myers & Marquis, 1969)。そのような中で、イノベー ション研究に時間軸という概念を取り入れ、ラディカルなイノベーションの適用時期を産 業の流動期であると特定した。その際に、Myers and Marquis (1969) で使用された 100 以

上のイノベーションのケースをもとにクロス表を作成し、χ2 検定による実証をしてい

る。

それに対して Abernathy and Utterback (1978) は、Utterback and Abernathy (1975) では検 討されていなかった、ドミナント・デザインという概念を提示し、自らのモデルに反映さ せた。ドミナント・デザインを提示することで初めて、製品イノベーションが重視される 段階と工程イノベーションが重視されるような段階が区別できるようになったという点 で、これは非常に大きな貢献であるといえよう。そのほかにも、Utterback and Abernathy (1975) では、産業が成熟していく中で、各期にどのようなマネジメントをとるべきかと いう観点では論じていなかった。それに対して、Abernathy and Utterback (1978) では表 1 のような形で企業が流動パターン、移行パターン、特化パターン各期にとるべきマネジメ ント方法を提示した。

A-U モデルの完成型にあたる、Abernathy (1978) においても、ドミナント・デザインの

4

Abernathy and Utterback (1978) 中では、この図表は A-U モデルの図とともに、論文のタイトルよ りも先に登場している。本文中にもどの部分に対応するのかという説明は存在していない。しか しながら、この図表は彼らの論文をまとめたものであり、非常に重要である。

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アイデアは重視され、A-U モデルの図の中 (図 3) にドミナント・デザインの登場が記述 されるようになった。Abernathy (1978) は、自動車産業を中心に分析したものであり、製 品が標準化していくにつれ、工程イノベーションに主眼が置かれ、製品イノベーションが 起こりづらくなってしまうというコンセプトは、そのタイトル The Productivity Dilemma をとって、生産性のジレンマと呼ばれている。Abernathy (1978) の中で、A-U モデルは、 この生産性のジレンマのアイデアを支持するものとして提示されている。このように Abernathy and Utterback (1978) の果たした貢献は大きいといえよう。

4 今日の A-U モデル

彼らのモデルは、現在多くの研究で A-U モデルとして引用されているが、それらの研 究は三つのモデルの内どれを指して「A-U モデル」と呼んでいるのであろうか。A-U モ デルを引用した研究として代表的なものに、補完資産 (complementary assets) について研 究をした Teece (1986) がある。Teece (1986) は、Abernathy and Utterback (1978) を引用 したとしているが、A-U モデル (Figure 4) は、図 4 のようになっていて、製品イノベー ションの発生率を示す曲線が山なりになっており (流動パターンの部分も製品イノベー 図 4 Teece (1986) の A-U モデル R ate of in n ov ati on Product innovation Process innovation Preparadigmatic

design phase Paradigmaticdesign phase

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ションの発生率が低くなっている)、ドミナント・デザインの出現を意味していると想像 される破線の位置も含めて、正しく引用したものとはいえない。ちなみに、図 2 でもわか るように、Abernathy and Utterback (1978) には、そもそもこのような破線は存在しない。 また、Utterback (1994) でも、Abernathy and Utterback (1978) のモデルが引用されてい る。Utterback (1994) 以降は、Utterback (1994) 経由で、Abernathy and Utterback (1978) のモデルとして A-U モデルを孫引きする研究が増えた関係で、多くの研究が Abernathy and Utterback (1978) のモデルを採用していることになってしまった。こうして、今日、 「A-U モデル」=「Abernathy and Utterback (1978) のモデル」という通念が形成された。

しかし、われわれが「A-U モデル」と呼んでいるものは、実は A-U モデルの完成型であ る Abernathy (1978) のモデルなのである。

5 Abernathy と Utterback それぞれの貢献

A-U モデル創出における Abernathy と Utterback それぞれの貢献の大きさについてまと めておこう。まず、第 2 節や 3 節で議論したように、Utterback and Abernathy (1975) で は、製品イノベーションの発生率の曲線が下に凸の形状で低下していっているため、ドミ ナント・デザインのアイデアが反映されていない。それに対して、ドミナント・デザイン の登場までは、イノベーションの発生率があまり減少していない Abernathy and Utterback (1978) のモデルは大きく異なる。ここに、A-U モデル創出における Abernathy の貢献が 大きく影響していると推察される。

また、ある製品が標準化していく中で、イノベーションの主眼が工程イノベーション、 インクリメンタルイノベーションに移行していくという A-U モデルのコアとなるアイデ アにも Abernathy の貢献がみられる。Utterback and Abernathy (1975) を書くまで、2 人は 各人別個に研究していた。Utterback は、もともと、科学機器産業を対象に技術的イノ ベーションの創出プロセスを分析していた (Utterback, 1971a, 1971b)。その際に、彼は環 境と企業、両者の間のニーズや方法の情報の移転という三つがイノベーションの効果、効 率性に影響を及ぼすことをモデル化した。その後 Utterback (1974) では、自らの研究の対 象を広げ Myers and Marquis (1969) など既存研究で用いられたケースを対象に、彼のアイ デアを科学機器産業だけではなく、産業横断的に一般化できるかを分析した。

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されたのは Abernathy と出会ってからなのである。彼は著書である Mastering the Dynamics of Innovation (邦訳『イノベーションダイナミクス』) の謝辞で以下のように述べている。 私は、企業間および産業間での製品イノベーションの差異を観察することと、観察された差異 を企業の成長と競争のための競争戦略と関連付けてみることによって、そのようなモデルの開 発を始めた。……この努力は 1974 年まではほとんど成果をもたらさなかった。この年、私は故 ウィリアム・J・アバナシー教授に出会うという幸運を得た (Utterback, 1994, p. viii, 邦訳, p. v)。 それに対して Abernathy は、この時点から彼らのモデルにつながるアイデアを自らの論 文で提示している。例えば、Abernathy and Wayne (1974) では、フォードのモデル T から モデル A へ移行する時期を取り上げ、コスト削減を重視して、学習曲線の低下に注力す ると、次の製品イノベーションが生じづらくなってしまうということを主張した。 Abernathy and Townsend (1975) では、Myers and Marquis (1969) で提示されていたレール 産業とコンピュータ産業のケースをたたき台に、製品が標準化していく過程を非連結ス テージ (unconnected stage)、セグメントステージ (segmental stage)、システムステージ (systemic stage) という三つのステージに分けた。その上で、非連結ステージからシステ ムステージへと移行する中で、柔軟性の高い生産工程から、統合され大規模な生産工程に 変化していくということを示した。このように、ドミナント・デザインのアイデアに加え て、ある製品が標準化していく中で、イノベーションの主眼が工程イノベーション、イン クリメンタルイノベーションに移行していくという A-U モデルのコアとなるアイデアも Abernathy によってもたらされたといえよう。

6 彼らの研究の貢献と課題とその後の研究

6.1 彼らの研究の貢献

今まで議論してきたように、Utterback and Abernathy (1975) や Abernathy and Utterback (1978)、Abernathy (1978) は、製品イノベーションと工程イノベーションの発生率の軌跡 を描いたモデルを提示することでイノベーション研究に大きな影響を与えた。では、彼ら の研究の貢献はどこにあるのであろうか。

彼らの研究の大きな貢献はラディカルなイノベーションの適用時期を産業の流動期であ ると特定した点にある。今までのイノベーションに関する研究においては、とにかくラ

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ディカルなイノベーションの重要性というものが論じられ、いかにラディカルなイノベー ションを成功に導くかということに着目してきた (Myers & Marquis, 1969)。しかし、実 際にはいつでもラディカルなイノベーションがよいというわけではない。そのことを説明 したことは非常に大きな貢献である。かれらのもうひとつの貢献はラディカル・イノベー ションではない、無数のインクリメンタルなイノベーションやプロセスイノベーションが 商業上重要であることを説明した点にある。インクリメンタルなイノベーションやプロセ スイノベーションは今までの研究ではほとんど無視されてきた存在である。しかしなが ら、それらの要素が企業の競争力に与える影響は非常に大きい。三つ目の貢献はラディカ ルなイノベーションからプロセスイノベーションやインクリメンタルなイノベーションに 移行する境目としてドミナント・デザインが登場するということを明らかとした点であ る。かれらの研究の中では、モデル T や DC-3 の事例が紹介されている。このように明確 に二つの種類のイノベーションの境目を概念化できたことは大きい。 6.2 彼らの研究の課題とその後の研究 彼らの研究は上記のようにイノベーション研究に大きな貢献を果たしたといえよう。し かしながら、彼らの研究にもいくつか不足している点が存在する。本論文では以下の 3 点 を提示して、その後の研究についても紹介する。 脱成熟の概念がとらえられていない点 彼らの研究では一度製品が標準化してしまうと、ずっとそのままの状態が維持されるよ うに記述されている。しかしながら実際には製品が成熟したのち、その産業に新たな技術 やコンセプトに基づく製品イノベーションがもたらされ、再び活性化する可能性がある。 Abernathy, Clark, and Kantrow (1983) では、そのような現象を脱成熟といった。この脱成 熟に関しては、新宅 (1994) でも時計産業やテレビ産業を対象にして議論された。

脱成熟は、A-U モデルで主張されていたような、イノベーションの連続的な変化では なく、ある産業を成熟した状態から流動的な状態へ戻すという意味で非連続的な変化であ るといえる。イノベーションの連続性と非連続性に関しては、のちの研究でも多く議論さ れている。Tushman and Anderson (1986) は、非連続なイノベーションが起きた際の、企 業競争への影響を調べた。その結果として、非連続なイノベーションにも過去の知識・ノ ウハウが重要となる能力増強型不連続とそのような過去の知識・ノウハウには基づかない

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能力破壊型という二つのイノベーションがあることを明らかとした。そのうち、能力増強 型では、既存企業が主導し自らの地位を保持していた。一方で、能力破壊型に関しては新 規参入企業が主導し、既存企業は敗れ去った (Tushman & Anderson, 1986)。このように、 非連続なイノベーションの中にも、既存企業が生き残るケースとそうでないケースがある ことが彼らの研究から明らかとなった。 また、Christensen (1997) は、市場とのつながりという観点からイノベーションの連続 性について分析している。ハードディスク産業では、既存顧客の価値軸の延長線上に位置 しているイノベーションであれば、非連続的なイノベーションであっても既存企業が主導 していた。しかしながら、既存顧客の価値軸とは違う価値軸が求められる場合、既存企業 は新規参入企業に敗れ去ってしまう。このように、Christensen (1997) は非連続的なイノ ベーションを技術軸ではなく市場軸で分類した。その他にも、Henderson and Clark (1990) のようにアーキテクチャの変化に着目した研究などイノベーションの連続性と非連続性に 関する研究というものは多く行われてきている。 フレキシブル生産の登場 彼らの研究では、生産工程をジョブショップのように柔軟だが生産性は低いものと、 フォードのライン生産のように硬直的だが生産性の高いものの二つを想定していた。しか しながら、その後、トヨタ生産方式や全社的品質管理に代表されるような高い生産性を誇 りながらも、生産に柔軟性を維持するような生産方式が開発された (藤本, 2001)。これに よって、トヨタなどは高い商品力を有した製品を頻繁に投入しながらも、同時に工程など を改善することで高い生産性を達成できるようになった (Clark & Fujimoto, 1991)。その ため、産業の固定期になり、生産性が上昇する一方で、イノベーションのコストは高くな るという彼らの主張は一部変更を迫られるようになった。現在でも、トヨタ生産方式のア イデアを取り入れたリーン生産の研究は日本のみならず欧米でも行われている。ただし、 全ての製品でそのようなリーン生産方式が成り立つかには疑問が投げかけられている。例 えば、藤本 (2004) においては、製品アーキテクチャが自動車のようにインテグラルな製 品は、チームワークや部門間統合などによるマネジメントによって高い競争力を獲得でき るが半導体などモジュラー型の製品はラインによる大量生産の方が適しており、工場への 投資が重要であると述べられている。そのように考えると、製品アーキテクチャによって A-U モデルを分類する必要があるといえよう。

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ドミナント・デザインとは何か 彼らはドミナント・デザインを境に、製品イノベーションの比率が低下し、工程イノ ベーションの比率が向上すると主張した。その点については、確かに彼らの主張の通りで あろう。しかしながら、ドミナント・デザインは結局のところどのようなもので、どのよ うに決まるのか。彼らはその点についてほとんど触れていない。ドミナント・デザインに ついては、Utterback (1994) で以下のように記述されている。 ある製品分類のドミナント・デザインとは、市場の支配を勝ち取ったデザインである。…普 通、ドミナント・デザインは、様々な製品に対し独自に導入された個々のイノベーションから 合成された新製品―あるいは一連の特徴の組合わせ―の形態をとる。…ドミナント・デザイン は、ある製品に対する大多数のユーザーの要求を具現化するものであって、カスタム化デザイ ンのように特定の顧客層のニーズを満たしたり、最高の性能を実現する必要はない。…ドミナ ント・デザインは製品が満たさなければならない要求性能の数をデザインそのものを包含する ことによって劇的に減少させる (Utterback, 1994, pp. 24–25, 邦訳, pp. 48–49)。 これらの記述をみると、ドミナント・デザインとは、「ある製品分類における、大多数の ユーザーの要求性能をみたした設計基準」であるといえる。 この基準だけでは、たまたま、市場に受け入れられたものがドミナント・デザインとな るように考えがちである。しかしながら、ドミナント・デザインは社会的政治的な影響で 決まることが Tushman and Rosenkopf (1992) によって述べられた。加えて、Utterback (1994) では、ドミナント・デザインの出現に影響を与える要因として、補完資産、産業 の規制と政府の介入、企業レベルの戦略的行動、生産者とユーザー間のコミュニケーショ ンの五つを挙げている。これらの要素を満たしたものがドミナント・デザインとして市場 に受け入れられるのである。 するとドミナント・デザインは市場での競争の結果選ばれたものでなくとも、産業内で 企業やユーザーの話合いで決まってもよいこととなる。例えば、新宅・江藤 (2008) で は、市場での競争の市場の標準となるものをデ・ファクト標準、企業間の話合いの結果決 め ら れ る 標 準 を コ ン セ ン サ ス 標 準 と 呼 ん だ 。 こ の よ う な ア イ デ ア は Abernathy and Utterback (1978) にはない。コンセンサス標準のようなケースを考えると、A-U モデルも また違ったものとなる可能性がある。

Abernathy and Utterback (1978) 及び彼らの一連の研究は長い研究の蓄積の結果形成され てきたものであり、彼らの研究は技術経営の分野にとって、非常に重要なアイデアをいく

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つも提供している。イノベーションの連続性やドミナント・デザインのアイデアは今後も 研究の対象となっていくであろう。これらのテーマを追求することで、技術経営の理論を より発展させていくことができる。

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