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産褥期の母乳育児をする母親の母親役割の体験

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日本助産学会誌 J. Jpn. Acad. Midwif., Vol. 24, No. 1, 40-52, 2010

*1名古屋市立大学大学院看護学研究科博士後期課程(Nagoya City University Graduate School of Nursing Doctoral Course) *2名古屋市立大学大学院看護学研究科(Nagoya City University Graduate School of Nursing)

2009年11月13日受付 2010年4月2日採用

原  著

産褥期の母乳育児をする母親の母親役割の体験

Experience of maternal role among breastfeeding mothers

in the postnatal period

稲 田 千 晴(Chiharu INADA)

*1

北 川 眞理子(Mariko KITAGAWA)

*2 抄  録 目 的  産褥期の母乳育児をする母親の母子相互作用の体験を,母親役割の視点から明らかにする。 研究方法  母親が母乳育児を希望しており,24時間母子同室を行い,健康な産褥経過をたどっている母子を対象 とした。研究への参加同意は自由意思とし,看護水準の維持と個人情報の保護を保障した。データは参 加観察法と半構造化面接によって収集し,観察された母子相互作用と半構造化面接によって明らかにな った母親の認知を1つのエピソードとし,質的帰納的に分析した。 結 果  初産婦5名,経産婦7名の計12組の健康な母子に研究協力が得られた。分娩直後から1ヶ月健診まで の対象者への支援への参加観察によって得られた,母乳育児に関する85のエピソードを抽出し,母親 の役割認識に基づいて質的に分析し,「子どものニーズの探求行動の抑制」,「効果的な吸啜の工夫」,「子 どもへの積極的な接近」,「子どものニーズに応えることと自身の身体的ニーズとの葛藤」,「子どもの特 徴を考慮したケアの試行錯誤」,「子どものニーズの確認」,「子どもとの絆の深まり」,「授乳の評価」,「母 親役割の再構築」,「子どもへの制限的応答」の10のカテゴリと,25のサブカテゴリを導いた。 結 論  本研究における母乳育児に関する母子相互作用において,母親役割を評価するカテゴリが明らかにな った。カテゴリの構造,カテゴリ間の関係や,発達の過程については今後,さらなる解明が必要である。  母乳育児のスキルを獲得する中で母親は役割の獲得,能力の開発を行っている。能力や役割獲得の段 階の評価については今後の研究で明らかにする必要性がでてきたが,母乳育児は母親の母親役割獲得の ために重要な養育行動であることが明らかになった。  また,観察される母子相互作用が同じでも,母親役割の異なる行動があることが明らかになり,母子 相互作用の量で,母親役割を評価することはできないことが明らかになった。逆に行動の意味づけを導 くことによって,容易に母親役割を評価することができることが明らかになった。 キーワード:母乳育児,母子相互作用,母親役割,産褥期,質的研究

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Abstract Purpose

As a basic study to identify nursing actions that will help mothers to grow into the maternal role, this study examined, from the viewpoint of the maternal role , the subjective experience of mother-infant interactions among mothers breastfeeding their babies in the postnatal period.

Methods

The subjects were mothers who wanted to breastfeed their baby, who had their children in the same room with them for 24 hours a day, and who had a healthy postpartum course together with their baby. Consent to participate in the study was voluntary, and level of care and confidentiality were guaranteed. Data were collected through par-ticipant observation and semi-structured interviews, and the observed mother-infant interactions and mothers' per-ceptions reported in the semi-structured interviews were taken as single episodes. A qualitative inductive analysis was then performed.

Results

Five healthy primiparae and seven healthy multiparae agreed to participate in the study. Eighty-five episodes, identified from semi-structured interviews and observed mother-child interactions during breastfeeding from di-rectly after childbirth until one month, were qualitatively analyzed based on role awareness reported by the moth-ers themselves. From this analysis 10 categories and 25 subcategories expressing mothmoth-ers' role awareness were derived. The 10 categories were "Inhibition of behavior seeking child's needs," "Arrangements for effective suck-ling," "Positive approach to child," "Conflict between responding to child's needs and mother's own physical needs," "Trial and error in finding methods of care suited to the child's characteristics," "Confirming the needs of the child," "Deepening the bond with the child," "Assessment of breastfeeding," "Rebuilding of maternal role," and "Limited response to child."

Conclusion

Categories to evaluate acquisition of the maternal role among mothers who breastfed their children were iden-tified.

As mothers are acquiring the skill to breastfeed their children they also grow into the maternal role and de-velop their abilities. Breastfeeding was shown to be an important act of nurturing that helps mothers to acquire a maternal role attainment.

It was found that even when observed interactions were the same, actions may be done with different role awareness among mothers, and that maternal role awareness cannot be evaluated using the quantity of observed interactions alone.

Key words: breastfeeding, mother-infant interaction, maternal role, postpartum, qualitative study

Ⅰ.は じ め に

 産褥期の母親は,母子相互作用によって母親役割に 満足を得る体験を持つことで,母親役割獲得過程を促 進する(Mercer, 2004;前原,2005)。母親役割に満足 を得られる母子相互作用とは,母親が子どもの欲求に 対して,子どもにあった方法で子どもに応答し,子ど もを心地のよい状態にすることができたと評価する一 連の過程である(Mercer, 1985; 2004; Goldberg, 1977)。 この過程において,母親の養育行動を引き出すための 子どもの能力や性質,覚醒状態などは重要な要素とな るが(Brazelton, 1981/1982),母親の子どもに対する 応答性の敏感さが重要であり(Goldberg, 1977),子ど もの状態に対する母親の判断には主観的な要素が深く 入り込むため(鯨岡,1999;Rubin, 1984/1997a),母子 相互作用の質を高めるためには,母親の子どもに対す る応答性を高めることが重要である(Klaus, Kennell & Klaus, 1995/2001a;前原,2006)。

 母乳育児は,母親の子どもに対する結びつきや,母 親の子どもに対する愛着行動に影響を与え(Bowlby, 1982/1991b; Klaus, Kennell & Klaus, 1995/2001b; Win-nicott, 1987/1993),オキシトシンの生理的な作用を背 景に身体的な虐待やネグレクトを予防する可能性の示 唆(Strathearn, Mamum & Najman, 2009)があり,多 くの母子相互作用の機会となり,母子相互作用の質を 高め,母親の子どもに対する応答性や学習を促進して いる可能性がある。  そこで,本研究は,質の高い母子相互作用を展開で きる母親の能力開発を促進する看護を模索するための 基礎研究として,産褥期における母乳育児を行ってい

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 子どもの反応に対する母親の養育行動の現象全般と した。 2 )母親役割  母親役割とは,母親が子どもに対して適切な養育行 動がとれるための能力を獲得し(Mercer, 1981; 1985), 子どもの母親としての自己を受け入れ,子どもとの絆 を形成していく過程(Rubin, 1967),つまり母親役割獲 得過程において,発揮される母親の認識や能力である。 4.データ収集期間  2006年8月より2007年4月にわたり,地域母子周産 期センターの産科病棟で実施した。 5.倫理的配慮  研究への参加同意は自由意思とし,看護水準の維持 と個人情報の保護を保障した。分娩後,母親が十分に 意思決定できる心身ともに落ち着いている状態で,書 面により研究参加の同意を得た。また,研究に参加し た場合でも,母親の希望によりいつでも研究を中止す ることが可能であり,研究に不参加の場合でも,途中 で研究を辞退した場合でも,母子が不利益を被ること が無いことを保障した。情報収集が数日に渡った母親 には,研究者が支援を行う際にその都度,口頭による 研究参加への意思確認をし,研究参加への同意を得た。  なお,本研究は名古屋市立大学看護学部研究倫理委 員会の承認を得た。

III.結   果

1.対象の概要  12組の母子の研究参加を得て,母乳育児にまつわ るエピソードを収集した。対象の概要を表1に示す。 母子は終日ともに過ごし,母親は自由に授乳を行って いた。医学的な適応がある場合,母親が必要を感じた り,希望があったりするときには一時的に粉ミルクを 使用することもあったが,退院時には,全例母乳のみ の授乳であった。 2.カテゴリの抽出  研究者が母乳育児支援を行いながら得たデータか ら,85のエピソードを抽出し,10のカテゴリと,25の サブカテゴリを抽出した。カテゴリの一覧を表2に示 す。エピソードからサブカテゴリを導き,さらにカテ ゴリの命名に至る分析結果を,以下,カテゴリごとに る母親の母子相互作用の体験を母親役割の視点から明 らかにし,母親役割獲得過程への影響について考察す る。

II.研 究 方 法

1.対象  母親が母乳育児を希望しており,健康な経過にある 産褥期(出産直後∼1ヶ月健診時まで)の母子を対象と した。 2.データ収集と分析 1 )データ収集  研究者が,病棟スタッフと共に母乳育児支援を行い, その際の母子相互作用を観察し,母親の行動の意味 や認識について,「子どもに対してなぜそのような応 答をしたのか」,「子どもをどのようにとらえたのか」, 「母親自身の気持ち」について半構造化面接によって 収集した。半構造化面接は,その時の母子相互作用や 次の母親の子どもへの応答に影響を与えないと判断し た場合にはその場で実施し,影響を与える可能性があ ると判断した場合にはエピソードが終了した後に実施 した。  研究者が認知し観察することのできた母子相互作用 は,詳細に記述し,一連の会話は母親の同意の上で録 音した後,逐語録にした。子どもの反応は,新生児の 発達上必ずしも客観的な判断はできないが,新生児の 生理的な行動についての既存の知識と状況の前後関係 などから研究者と病棟のスタッフとで判断したものを 採用した。対象者の基本的なデータはカルテより収集 した。 2 )データ分析  観察された母子相互作用と半構造化面接によって導 かれた母親の意味づけを1つのエピソードとし,質的 帰納的に分析し,母親役割を表すサブカテゴリを抽出 した。母親ごとに特徴はみられるが,同じエピソード は同一のサブカテゴリに命名した。  さらに,サブカテゴリの共通要素を抽出しカテゴリ を命名した。  分析の妥当性を得るために,母性看護学の専門家で ありかつ,質的研究の専門家の助言を受けた。 3.用語の操作的定義 1 )母子相互作用

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説明をする。文中において,カテゴリはカテゴリ名で, サブカテゴリは【サブカテゴリ名】で表す。エピソー ド番号は,対象者̶産褥日数̶場面番号(A-1-①),観 察された母子相互作用を斜字で表記し,半構造化面接 で語られた母親の行動の意味づけを「 」で表記する。 1)子どものニーズの探求行動の抑制  【数値への依存】,【支援者への依存】の2つのサブカ テゴリによって構成される。健康な正期産で出生した 子どもに対して,子どもの授乳のニーズの早めのサイ ンで授乳をすることは,効果的な母乳育児をもたらす (ILCA, 1994/2003)。エピソードの対象の子どもたち 表1 対象の概要 対象 年齢 経産回数 児の性別 背景 B 32歳 1 F 第1子のときは,母乳育児がうまくいかなかった経験を持つ。 D 26歳 初 M 切迫早産で長期入院後,妊娠36週で出産した。 E 34歳 1 M 妊娠35週で前期破水となり分娩となる。第1子は母乳育児であった。 F 32歳 1 F 第1子は心疾患合併で出産後2ヶ月ほど母子分離となったが,母乳育児を継続していた。 G 32歳 初 F 体外受精で妊娠したのち出産となった。 H 24歳 2 F 18歳で第1子を出産。第2子は長期間母乳育児を継続した。 I 36歳 1 F 妊娠高血圧症候群で管理入院し,誘発分娩となった。第1子は母乳育児を3歳近くまで継続した。降圧剤を分娩直後まで飲んでいたため,母乳への薬物移行を気にして,24時 間は子どもに母乳を与えないようにしていた。 J 34歳 初 M 挙児を希望しながら,結婚後長期間子どもに恵まれなかった。不妊治療歴はない。 K 26歳 初 M 吸引分娩で,創部痛が強いなかで育児に取り組んでいた。 L 24歳 初 F 看護師であったが,育児に専念するために退職した。 M 31歳 1 F 外来の看護師をしている。前回帝王切開後の経膣試験分娩での出産をした。第1子は早産で2ヶ月間NICUに入院していた。 N 29歳 1 M 第1子のときには,母乳育児を希望しながらも乳房のトラブルで断念した経験を持つ。 表2 カテゴリー一覧 カテゴリ サブカテゴリ 子どものニーズの探求行動の抑制 数値への依存支援者への依存 効果的な吸啜の工夫 適切な吸着の調整子どもの早めの授乳のサインへの応答 子どもへの積極的な接近 子どものニーズのタイミングを逸した応答かなえられた接近のニーズ 子どものニーズに応えることと自身の身体的ニーズとの葛藤 苦痛な授乳姿勢 乳房の張りの苦痛 身体回復へのニーズ 子どもの吸着による乳頭痛 睡眠のニーズ 子どもの特徴を考慮したケアの試行錯誤 子どもを授乳に誘う非栄養的吸啜での乳汁移行の継続 子どものニーズの確認 子どもの空腹が満たされているかの確認子どもが満足しているという価値観と子どもの反応のずれ 子どもとの絆の深まり 子どもに対する効力感の高まり時空間の共有 子どもからの精神的な開放 授乳の評価 吸啜の感覚での授乳の評価吸着の様子での授乳の評価 母親役割の再構築 母親としてのスタンスの確認時間感覚の調整 定位への回帰 子どもへの制限的応答 母乳育児への漠然とした不安社会的な役割の遂行

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は,子どものニーズで授乳することによって十分に健 康を維持,増進できる子どもたちであったが,母親は 子どものサインを知覚しながら,子どものニーズを子 どもの様子そのものから判断せず,さらに,数値や支 援者の指示によってゆがめた判断をし,子どもの本来 のニーズを読み取れないまま,子どもに応答している ことを表すカテゴリである。  【数値への依存】は,子どもがむずがるが,授乳の 準備をしない(B-1-①,G-42-①),子どもの満腹のサ インにも関わらず粉ミルクを口に注ぐ(I-1-①)とい う母子相互作用が観察され,「満腹かなと思ったけど, 残っているミルクの量が気になって…こんなちょっと しか飲んでないとすぐにおなかがすいちゃったら,ま だ母乳があげられないし,どうしようかと思って」(I 氏),「まだ,3時間たってないから授乳じゃないでし ょ」(B,G氏)と母親は,子どものサインには気づい たが,数値に依存し,子どもの様子そのものからニー ズを確認する行動を起こしていないと解釈した。  【支援者への依存】は,子どもは眠っているが,授 乳を始めたいと支援者を呼び,子どもを眺めている (B-2-①),子どもがむずがっているのをなだめている (G-0-①),授乳のサインが出ているが子どもを見てい る(G-0-②)という母子相互作用が観察され,B氏も G氏も「支援者と一緒に授乳をするから,授乳のとき は支援者を呼ぶように(他の看護師に)言われていた ので,待っていました」と行動を意味づけた。そこで, 母親は,身体的な回復に捉われている産褥早期であり, 子どものサインを知覚したが,支援者の指示に依存し 母親自身で子どものニーズを確認する行動を起こさな かったと解釈した。  2つのサブカテゴリに共通する母親の行動として, 子どものニーズに対して子どもを通して追求せず,母 親として子どものニーズを確認するという能力が抑制 されていると解釈した。 2)効果的な吸啜の工夫  効果的な吸啜とは,子どもが大きな口を開け,乳房 を深くとらえ,深くゆっくりとした吸啜によって母乳 を飲み取ること(Woolridge, 1986)であり,効果的な 吸啜は母乳育児を継続するために重要である(Righard & Alade, 1992)。子どもが適切に吸啜するためには, 適切な授乳のサインで授乳されることや,適切な乳房 への吸着が前提条件となる(Mulder, 2006)。このカテ ゴリは,効果的な吸啜の条件となる要素となり,母乳 育児を継続するための基本的な技術の獲得のために必 要な【適切な吸着の調整】,【子どもの早めの授乳のサ インへの応答】の2つのサブカテゴリによって導いた。  【適切な吸着の調整】は,子どもの口先に乳首を入 れて吸着させられず,抱き方やふくませ方を何度も変 える(B-1-③,E-1-②),子どもに浅く乳房をとらえら れると乳頭痛を訴え吸着をはずしてやり直す(F-1-③), 子どもが浅く乳房をとらえると深く矯正する(N-1-⑤, ⑥),という母子相互作用が観察され,「子どもが口先 で(乳首を)吸っていて,すぐにおっぱいから外れる のは母乳が飲めていないよね」(B,E氏),「乳首が痛 いのは自分がつらいだけじゃなくて赤ちゃんも母乳を ちゃんと飲めていないんでしょ?」(F,N氏)と語り, 母親たちには子どもが効果的に母乳を飲むために必要 な乳房への吸着についての概念が構築され,効果的な 吸着への試行錯誤を行っていると解釈した。  【子どもの早めの授乳のサインへの応答】は,子ど もの乳房を捜すような仕草をみて授乳を始める (J-4-②),子どもが静かに覚醒しているのを確認して授乳 の準備をする(N-1-④,K-3-①,K-4-①)という母子相 互作用が観察され,すべての母親が,「子どもが泣い てからではうまく授乳ができないので,支援者に教わ った授乳のサインで授乳を始めようと思った」と語っ たことから,子どもが適切に乳房に吸着できるための 早めの授乳のサイン(Riordan, 2005)によって子ども のニーズが満たされようとしているエピソードである と解釈した。  子どもの早めの授乳のサインで授乳を開始するため には,子どもがはっきりとしたサインを出すこと,母 親が子どもの覚醒状態(Brazelton, 1981/1982)に関す る知識を持ち,その状態の読み取りに関するトレー ニングが積まれていること,すばやく授乳を準備で きる母親の身体的な状態が整っていることが条件とし て必要である。いずれの母親も,支援者の助言の範囲 内での行動で,母親役割獲得としては形式的な段階 (Mercer, 1985)ではあるが,効果的に授乳をするため の統合された能力が備わったことが明らかである。 3)子どもへの積極的な接近  【子どものニーズのタイミングを逸した応答】,【か なえられた接近のニーズ】の2つのサブカテゴリで構 成される。母子は相互作用において,ダイナミックな 均衡を保つ(Bowlby, 1982/1991a)が,物理的,精神的 な距離感を感じた母親が子どもとの距離を近づけよう

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とする積極的な行動を表すカテゴリである。  【子どものニーズのタイミングを逸した応答】は, 子どもの啼泣後に授乳をはじめ,子どもは乳首をくわ えるとすぐに眠ってしまい,母親は起こそうと刺激を する(N-1-③,J-8-①),授乳時間があきすぎているこ とを支援者に指摘され,母親は浅い眠りの子どもに授 乳しようと乳首を口に入れたり,体をさすったりして いる(F-1-⑧)という母子相互作用が観察され,「泣い てからじゃあだめだね。でもおなかはへっているよね。 なんとか(母乳を)飲んで欲しい」(N氏),「寝ているか ら飲ませなくてもいいと思っていた。でも,確かにお なかがすいているはずだよね。飲んで∼」(F氏),「い つもは寝てばかりなのに,泣いておっぱいを欲しがる なんて初めて。あせってしまってうまくいかないね」 (J氏)と,母親は,子どもの授乳のタイミングを逸し たことを理解し,母親の刺激に対してフィードバック の少ない子どもに強い働きかけをしていると解釈した。  【かなえられた接近のニーズ】は,授乳を待たせた 子どもに,さかんになでたり声をかけたりしながら授 乳をする(E-1-③,J-14-①)という母子相互作用が観察 され,「おっぱいを欲しそうにしたのはわかったけど, 頭がくらくらしてすぐに動けなかった。(支援者が子 どもを抱くのを手伝ったので)助かった。やっとおっ ぱいのめるね」(E氏),「車で,おっぱいって言ってい るのはわかったけど,チャイルドシートからは下ろせ ないし,大急ぎで(病院に)来た。やっと授乳できて ほっとした」(J氏)というエピソードから,母親が子 どものニーズを理解しながらも,物理的な条件によっ て応答できず,授乳により互いの接近のニーズが満た された瞬間であると解釈した。 4)子どものニーズに応えることと自身の身体的ニー ズとの葛藤  母親が身体的な苦痛に苦悩しながら子どものニー ズに応答していることを表すカテゴリである。【苦痛 な授乳姿勢】,【子どもの吸着による乳頭痛】,【睡眠の ニーズ】,【身体回復へのニーズ】,【乳房の張りの苦痛】 のサブカテゴリから構成される。  【苦痛な授乳姿勢】は,子どもをさかんに刺激して 早く母乳を飲んでとせかす(M-0-②,J-2-③)という母 子相互作用が観察され,「姿勢がつらくて授乳を早く 終えたい」(M,J氏)と,授乳姿勢の苦痛さから,授 乳を継続することに対して母親の葛藤が見られると解 釈した。  【子どもの吸着による乳頭痛】は,子どもの早めの 授乳のサインにすばやく反応するが,支援者に適切な 吸着についてアドバイスを求め,授乳をすぐには始 めない(K-3-④,F-1-①)という母子相互作用が見られ, 「痛くない飲ませ方を確認してから授乳したかった」 (K氏),「痛いんだよねぇ。躊躇するね」(F氏)と,乳 頭痛により,子どものニーズにすばやく応えることに 葛藤し,次の授乳を失敗しないよう用心深く支援者に アドバイスを求め,授乳をしないことは選択肢として 持っていないが,授乳することに葛藤があると解釈し た。  【睡眠のニーズ】は,子どもが非栄養的吸啜になる とさかんに子どもを刺激して母乳をのませる(G-2-①, N-2-②)という母子相互作用が観察され,「子どもが母 乳をたくさん飲んでほしい。飲んでないのには付き合 えない。自分が眠い」(G氏),「いっぱい飲んで,長く 眠ってほしい」(N氏)という意味づけから,子どもに たっぷり母乳を飲ませれば,子どもが長く眠ると信じ, 自分も睡眠をとれることを期待した行動であることか ら,睡眠へのニーズが存在すると解釈した。母親は子 どもとの相互作用のなかで睡眠のニーズを満たすこと に苦慮し,子どもに出来る限り多くの母乳を飲みとら せるための栄養的吸啜を促すスキルを活用する,母親 の意思が強く働く母子相互作用が展開されていると解 釈した。  【身体回復へのニーズ】は,支援者が偶然に,子ど もが授乳のサインを出しているが,子どもをぼっと見 ている(E-1-①)という状況に遭遇し,「子どもがおっ ぱいを欲しがっているんですけど,抱き上げようとし たら頭がくらくらして,体も思うように動かずどうし ようと思っていたところです」と語ったことから,母 親は子どもに応答していないようでも,子どものサイ ンを把握しており,応答のニーズがありながら,かな わず葛藤していると解釈した。本研究では,サブカテ ゴリに対して1エピソードしか存在しないが,研究者 が臨床現場で同じような状況を過去にも多く経験して いること,Rubin(1984/1997a)が産褥早期の母親が身 体回復のニーズを克服して子どもに応答する体験を表 していることから,子どもに応答する産褥早期の母親 の体験として特異的なカテゴリではないと判断し,本 サブカテゴリを抽出した。  【乳房の張りの苦痛】は,片側の乳房の授乳が終わ り,寝入ってしまった子どもを刺激して,反対側の乳 房に吸着させようとしている(H-3-①),寝ている子ど

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もを起こして授乳を始めようとしている(K-5-②),子 どもの栄養的吸啜中に子どもを励ましながら授乳する (J-3-①)という母子相互作用が観察され,「おっぱいが 張ってつらいから反対も飲んで欲しいけど,無理そう だね」(H氏),「授乳があいちゃってつらいから何とか 飲ませたいんだけど……」(K氏),「こんなにしっかり 吸ってくれているときに,少しでもおっぱいを楽にし たい」(J氏)というように,子どもの吸啜によって乳 房の緊満が解消することを学習した母親が,子どもの ニーズを優先しながらも,自らの生理的なニーズを満 たそうとしていると解釈した。  サブカテゴリの解釈から,母親が分娩後の身体回復 のニーズと,授乳の開始による身体的な苦痛を有する なかで,子どものニーズに応答しながら,自分のニー ズを満す期待との間で葛藤をしていると解釈した。 5)子どもの特徴を考慮したケアの試行錯誤  早期新生児の生理的な特徴を考慮して,母親が効果 的に母乳を飲ませるようと努力をしているカテゴリで ある。【子どもを授乳に誘う】【非栄養的吸啜での乳汁 移行の継続】のサブカテゴリによって構成される。早 期の授乳では,子どもの生理的な特徴から授乳のニー ズの判断が難しく,体重減少や全身状態によっては子 どもの授乳のサイン以外での授乳の必要性や,子ども の覚醒を維持したり,吸啜を持続させたりするために 乳房を圧迫して子どもの興味を継続し,母乳の飲みと りを促進することなどが生じる場合がある。母親たち は支援者から助言を受け,子どもを軽く覚醒させ,授 乳を開始し,吸啜を継続できる高度なケアのスキルを 取得しつつある。子どもの健康に関する知識をもち, 問題解決に向けた意識が高まっている役割を表してい るカテゴリである。  【子どもを授乳に誘う】は,母が子どもの口元に母 乳を搾って乳房への吸着を促す(J-3-③),眠っている 子どもを刺激して起こして授乳を始める (H-1-①,F-1-②)という母子相互作用で,「赤ちゃんてもっと欲しい っていうんでしょ。うちの子は寝てばかりで,体重も へっちゃったって言うから,心配でなるべくたくさん 飲ませようと思って」(J氏),「寝てるから飲まなくて いいのかと思ってた。体重がだいぶ減ったから何回も 授乳してって言われたからそろそろあげないとね」(F 氏),「だいぶ授乳があいちゃったから飲ませないと」 (H氏)という意味づけから,子どもが生理的に眠りが ちになり,授乳のサインの読み取りにくさから,授乳 間隔があきがちになり生理的体重減少が大きくなった ことに対する母親の問題解決のための養育行動のエピ ソードであると解釈した。  【非栄養的吸啜での乳汁移行の継続】は,子どもが 非栄養的吸啜になると子どもを刺激して,授乳を続 け る(N-2-②,H-1-②,G-3-①,J-2-②,L-4-①,I-2-③, I-20-①,D-21-①,J-21-②)ことについて,「体重が減 ってしまったのが気になって」(N,H,G,J,L,I氏), 「体重がなかなかうまく増えてこないことが心配で」(I, D,J氏)という理由から,「なるべくたくさん母乳を 飲んでもらえるように」と乳房に吸着させたが,しっ かりと母乳を飲み取っていないと判断し,なるべく多 くの母乳を飲ませる工夫をしていると解釈した。  非栄養的吸啜は子どもにとっては心地の良いもので, 情緒的な吸啜ともいわれ,乳汁分泌の増加には重要 な吸啜である(Klaus, Kennell & Klaus, 1995/2001b)が, 栄養的吸啜に比べると乳汁移行は少ない。母親たちは, すでに栄養的吸啜との乳汁移行の違いを理解し,非栄 養的吸啜では母乳をたくさん飲んでいる感覚が少ない 体験から,子どもを刺激して栄養的吸啜を促し,体重 増加をさせるために,少しでも多くの乳汁を子どもに のみとらせようという努力をしていた。 6)子どものニーズの確認  母親が子どものニーズを探るカテゴリである。【子 どもの空腹が満たされているかの確認】【子どもが満 足しているという価値観と子どもの反応のずれ】のサ ブカテゴリで構成される。  【子どもの空腹が満たされているかの確認】では, 子どもが非栄養的吸啜になると口元を刺激したり乳首 をはずそうとしたりする(G-0-③,F-1-④,L-5-①)と いう母子相互作用に対して,「子どもが本当におなか がいっぱいで飲み終わったのか,それとも休憩して いるのかを確認した」(L氏),「もういいかと思ったけ ど,また吸うってことはおなかがすいているよね」(F 氏)「おなかがいっぱいになったかな」(G氏)という母 親の意味づけがあり,栄養的吸啜が少なくなった子ど もが,空腹は満たされたのかを注意深く確認している と解釈した。  【子どもが満足しているという価値観と子どもの反 応のずれ】は,子どもがぐずっているのを困惑してな だめる(B-1-②,I-12-①),授乳を終えて子どもをコッ トに置くが,子どもは目覚めて授乳のサインを出し たのに気づき,なだめている(G-0-②,L-4-②)という

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母子相互作用が観察され,「さっき授乳してきたから, おなかはいっぱいだと思って授乳だと思わなかった。」 (I氏),「さっきミルクを飲んだばかりなので,おっぱ いが欲しいわけではないと思った」(B氏),「母乳を飲 んだら眠ると思っていたのに,すぐに目を覚まして しまい母乳が足りないのか,どうしたらいいのか」(G, I氏)という意味づけから,母親が母親自身の今まで の生活体験や子どもとの経験のなかから,子どもが満 足に母乳を飲んで授乳のニーズは満たされたと判断し ているのに,子どもから,何らかのサインが返ってき て戸惑いながら,ニーズを探ろうとしているエピソー ドであると解釈した。 7)子どもとの絆の深まり  子どものことが少しわかるようになり,母親として 子どもにケアができるようになったことを評価し,母 親としての効力感が高まっていることを表すカテゴリ である。【子どもに対する効力感の高まり】【時空間の 共有】【子どもからの精神的な開放】のサブカテゴリに よって構成される。  【子どもに対する効力感の高まり】は,授乳中に ゆったりと子どもの様子を見つめる(F-1-②,I-2-①, J-3-③,L-3-②,N-2-⑤)という母子相互作用に対し て,母親が「うまく飲ませられないとあせっちゃうけ ど,うまく飲み始めると安心して,赤ちゃんってかわ いい。何でもわかっていて,すごいよね。感動する」(F 氏),「だいぶ飲むのが上手になったよね」(N氏),「妊 娠中に上の子にばかり目がいってこの子に構えなか った。(母乳を飲ませられて)申し訳ないという気持と, やっと落ち着いた時間を過せると思ってほっとした」 (I氏),「赤ちゃんはみんなかわいいと思っていたけど, 他の子と自分の子は違うんだね。だいぶおっぱいも飲 めるようになってきたし,2人で仲良くやっていける と良いなぁ」(J氏)という意味づけから,子どもの確 認の過程における自分と子どもがうまくいくかという 適合度の確認の作業(Rubin, 1984/1997b)であり,子 どもに対してうまく母乳があげられる母親としての子 どもとの適合度を確認し,うまくできていると判断し た母親が効力感を高めていると解釈した。  【時空間の共有】は,授乳中にゆったりと子どもの 様子を見つめる(I-3-②)という【子どもに対する効力 感の高まり】と同じ母子相互作用が観察されたが,「は じめのうちは授乳時間がとても長く感じたが,今は時 間の長さを感じなくなった」(I氏)と意味づけたこと から,子どもの授乳時間と,母親の時間感覚の葛藤を 乗り越え,子どもによって母親は子どもの時間に引き 入れられていると解釈した。このカテゴリは1つのエ ピソードからなるが,母親が子どもと時間を共有する 体験は,子どもの立場に自ら身をおき,子どもを良く 知るために必要な母親としての能力であり,カテゴリ を構成する要素として重要と考えたため,サブカテゴ リとして抽出した。  【子どもからの精神的な開放】は,携帯メールをし ながらの授乳(K-4-③),母親がわが子の遊んでいる様 子を見ながらの授乳(H-4-①),という母子相互作用が 観察され,「はじめに吸着させるところさえうまくい けば,(目で確認しなくても)授乳を続けながらなんで もできるからいいね」(K氏)「赤ちゃんははじめは起 きていたけど,飲みながら寝てて,上の子たちが動く から,そっちに目を奪われてた。みんなかわいい」(H 氏)と話した。Dunn(1977)は,授乳時の視覚的接触 は産褥10日目以降に急速に減少していることを明ら かにし,要因として授乳手技に慣れたためと考察して いる。2人の母親は授乳の手技に慣れ,子どもが母乳 を飲んでいる様子を視覚的に確認せずとも評価できる 能力を持ち,子どもと結びついている満足感を得るこ とができている。授乳中には子どもと結びつきながら も精神的に解放され,自分の時間を楽しむことができ るようになっている,効力感の高い状態であると解釈 した。 8)授乳の評価  母親が五感を使って子どもの授乳を評価しているこ とを表すカテゴリである。【吸啜の感覚での授乳の評 価】【吸着の様子での授乳の評価】のサブカテゴリで構 成される。母親たちは授乳の様子を目で確認し,乳房 で感じ,子どもの満腹の様子についての価値観,知識, 過去の体験との比較をして母乳が飲めているかを評価 できる能力を持っていることが明らかになった。  【吸啜の感覚での授乳の評価】は,子どもはしっか り乳房に吸着している様子を見ずに母親は目を閉じ て授乳をしている(N-0-①),支援者と話しながら授乳 しているが,子どもがほとんど非栄養的吸啜になると, 授乳を終える(I-27-①,J-4-③),母子相互作用が観察 され,「上の子はおっぱいを吸うのがうまくなかった けれど,この子は上手だね」(N氏)「この飲み方はも う飲んでないね,満足だと思うよ」(I氏)「満足そうだ ね」(J氏)と言って授乳を終了したというエピソード

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から,視覚的な観察はしていないが,子どもの吸啜を 乳房で感じて,その感覚から授乳の評価ができるよう になっていると解釈した。  【吸着の様子での授乳の評価】は,子どもが乳房に 吸着すると,子どもが吸着しているところを覗き込む (I-1-②,L-1-②),乳房に吸着している子どもを指で なぞりながら見つめる(E-1-③),栄養的吸啜をはじめ た子どもにさらに乳房を圧迫して母乳を飲み取らせそ の様子をじっとみている(N-2-④)という母子相互作 用から,「久しぶりのこの(赤ちゃんの吸着)感覚。楽 しい。この目で確認したかった」(I氏),「やっとのま せられた。こんな感じね」(L氏),「おっぱいをのめる ってことは元気な証」(E氏)「この飲み方,この音(嚥 下音)を聞くと,ああ飲めているなって思う」(N氏) という意味づけから,子どもの吸着を視覚的に確認し 授乳を評価していると解釈した。N氏は音も評価の要 素になっているが,視覚的な確認が共通要素であった ため,本カテゴリを導くエピソードとして採用した。 9)母親役割の再構築  過去の育児体験や,応答に対する子どもの反応から, 子どもに対する学びを深め,母親としての自分を評価 するカテゴリである。すべて経産婦のエピソードから 導かれた。【母親としてのスタンスの確認】【時間感覚 の調整】【定位への回帰】のサブカテゴリで構成される。  【母親としてのスタンスの確認】では,授乳しなが ら子どもをぼっと見ている(N-1-⑦,N-2-①)という母 子相互作用が観察され,「(赤ちゃんは)こんな風だっ たっけ。上の子のときのことを良く覚えていないなぁ」 「上の子のときは,1ヶ月はおっぱいを吸わせようとが んばったんだよ。だけどうまく吸ってくれなくて,あ きらめちゃったんだよね。この子は心配なさそうだね」 と前回の育児について考えながら授乳をしていたとい うエピソードが抽出された。子どもの様子を見て,母 親が過去の育児の記憶をたどりながら,自分自身の子 どもに関わるスタンスを確認し,新しい自己の役割認 識の作業を行っていると解釈した。  【時間感覚の調整】では,子どもの吸啜が非栄養的 吸啜になると,子どもの口もとをさかんに刺激し,そ れでも非栄養的吸啜が続くと乳房をはずそうと試みる (H-1-③,I-1-③)という母子相互作用が観察され,「上 の子のときは,3分とか5分とかしか授乳しないように 言われていたし,大きくなってからの授乳の記憶しか なくて,こんなに授乳って長かったかなぁ」(I氏),「ま だおわりじゃないのかな。こんなに長く飲むんだっ け?」(H氏),というエピソードから,新生児期のあ いまいなニーズでゆっくり飲む子どもの授乳時間と, 過去の母乳育児の体験で得た自分の時間感覚との葛藤 が生じ,過去の体験と現状のすり合わせを行っている と解釈した。  【定位への回帰】は,子どもの授乳のサインを一度 は見過ごし,なだめながら他の人とかかわるが,子ど もの訴えが激しくなると子どものサインの確認をはじ める(I-12-②,N-1-②)という母子相互作用が観察さ れ,「ぐずっているのはわかったが,はじめは(助産師 の話を聞き入ってしまって)なんとなくなだめていた が,良く見たらおっぱいが欲しそうだったから,あわ てた」(I氏),「ぐずっていたけど,もう少し大丈夫か と思って。100%赤ちゃんの言うことを聞くって言う わけにもいかないよねぇ。でも,話していたら,赤ち ゃんが待てない感じになってきたから,おっぱいあげ ないと,と思ってあわてて部屋に戻ってきた」(N氏) という母親の意味づけから,一度は子どものサインを 無視して,社会的な役割を遂行したが,子どもからの 強い働きかけによって,母親役割に回帰したと解釈し た。 10)子どもへの制限的応答  授乳以外のことに捉われていて子どもだけに意識が 集中していないことを表すカテゴリである。【母乳育 児への漠然とした不安】【社会的な役割の遂行】のサブ カテゴリから構成される。  【母乳育児への漠然とした不安】は,支援者に授乳 を促されながら,さらに授乳中子どもを見ずに支援者 と話し込む(K-3-①,K-3-②),支援者に母乳を与える ことを促されながらやっと授乳し,子どもを不安そう に見つめて難しい顔をして授乳をする(B-1-②)とい う母子相互作用が観察され,「うまく授乳をやってい けるか。この授乳は大丈夫?」(K氏)「子どもは母乳 より粉ミルクのほうがすきなんじゃないですか?だっ て,ミルクのときのほうがすごいスピードで飲むよ」 (B氏)というエピソードから,子どもに応答している 自分自身に自信が無く,子どもの授乳のサインを知覚 した支援者に指示されるままに子どもの養育に関わっ たことから,敏感性のある応答ではないと解釈した。  【社会的な役割の遂行】は,友人と話しをしていて 子どもに授乳を待たせる(N-1-①),支援者と話をして いて子どもに授乳を待たせる(K-4-②),子どもが非栄

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養的吸啜になるとさっと授乳をやめて,帰り支度を始 める(H-④-②)という母子相互作用が観察され,「ク チュクチュ(非栄養的吸啜)に付合うと長いから。ほ かの子が待っている。早く支度をしなければ」(H氏), 「授乳のサインには気がついたけど,少しくらい待っ てくれるかなと思って」(N氏),「(支援者との)話をし ながら授乳を始められるかなと思ったけど,すぐには うまく吸い付かせられなかったから,話が終わった ら授乳しようと思った」(K氏),という意味づけから, 母親にとっては授乳より優先したいことが存在してい て,子どものサインは理解しながらも,社会的な役割 を遂行していると解釈した。  このカテゴリは,母親は子どもに対して自信が無い ために養育活動に参加することを躊躇していたり,授 乳をしながら母親役割以外の役割を遂行していたり, どちらも,母親が子どものニーズをかなえることに集 中しておらず,制限的な応答関係であると解釈した。

IV.考   察

1.母親役割獲得過程における母乳育児の意義  Mercer(1985; 2004)は,母親役割獲得過程を4つの 段階で明らかにしている。妊娠期は愛着し準備する段 階,産褥2∼6週は形式的で子どもと知り合いになり, 身体回復をする段階,産後2週から産後4ヶ月は試行 錯誤し,新しい日常に移行する段階,産後4か月頃は 母親役割の達成の段階である。この過程は母子のそれ ぞれの要因,社会的な背景によって非常に多彩な様相 を示すとされている。  本研究の対象者は,産褥早期の母親であり,対象者 の母親役割獲得は形式的で子どもと知り合いになり身 体回復をする段階もしくは,試行錯誤し新しい日常に 移行していく段階である。しかし,産後2週より前の 段階から子どもの特徴を考慮したケアの試行錯誤とい う,試行錯誤の段階の要素に近いカテゴリが抽出され たり,産褥早期から母親役割の再構築,子どもとの絆 の深まり,という,母親が自身の役割を評価し,子ど もに対する深い知識を得て愛情をもつ,母親役割の達 成の段階と非常に要素が似ているカテゴリが抽出され たりした。このことは,母乳育児をする母親の母親役 割獲得過程の多様性を裏付け,母乳育児は,母親役割 獲得過程の時間軸を促進する可能性を示唆した(図1)。  また,母親が母親であることを心地よく感じ,自身 の役割を評価するのは母親役割獲得過程においては 母親役割の到達点(Mercer, 1985; 2004)であることか ら,本研究において抽出した母親としての効力感を得 て,母親としての自己を肯定的に評価していること を表すカテゴリである子どもとの絆の深まりは,ある 段階における母親役割獲得の到達を示し,さらに新し い役割獲得の出発となるカテゴリであることが示唆さ 母親役割獲得 産後4ヶ月 役割達成段階 試行錯誤段階 形式的段階 愛着・準備段階 母親役割 ↑ 母子相互作用 母親役割 ↑ 母子相互作用 母親役割 ↑ 母子相互作用 母親役割 ↑ 母子相互作用 図1 母乳育児する母親の母親役割獲得過程の多様性と、促進の可能性  母乳育児をする母親の母親役割獲得は多様であり,全体として発達していく中で様々な役割獲得をしていく。 そして,全体の発達の時間は,Mercer(1985, 2004)の時間軸より促進されている可能性がある。

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れた(図2)。母親役割獲得過程(Mercer, 1985)の発達, 子どもの発達とともに,養育者(母親)との関係行動 の発達がある(鯨岡,1999)ということは,発達段階ご との母子相互作用の質的な発達が予測され,カテゴリ の質的な発達も予測されるが,本研究のデータや分析 においては,この点を明らかにすることは限界であり, 今後の研究課題となった。 2.母親の主観に左右された役割体験  授乳中に子どもが非栄養的吸啜になると母親は子ど もを刺激するという母子相互作用は,新生児の生理的 特徴から,産褥期の授乳中によく観察され,本研究に おいても多くのエピソードを抽出した。しかし,観察 された母子相互作用は同じでも,母親の行動の意味づ けは異なり,母親の主観によってカテゴリが大きく異 なった。母親に【睡眠のニーズ】があるのか,子ども のために【非栄養的吸啜での乳汁移行の継続】をして いるのか,【子どもの空腹が満たされているかの確認】 なのか,【時間感覚の調整】をしているかといういずれ かの体験をしており,この体験を明らかにすることに よって,母親役割が,子どものニーズに応えることと 自身の身体的ニーズとの葛藤,子どもの特徴を考慮し たケアの試行錯誤,子どものニーズの確認,母親役割 の再構築のいずれなのかを知ることができた。  これは,初期の養育者と子どもとの関係においては 母親の間主観的な体験が養育行動の質を左右する(鯨 岡,1999)ということを裏付けるものであり,母乳育 児中の母子相互作用から,母親役割の発達段階をアセ スメントするための指標になることが示唆された。 3.失敗の悪循環を乗り越える母親の能力  Goldberg(1977)は,母子相互作用において,子ど もの反応を読み取る知識と敏感性の高い応答,母親の 応答に対する子どもの肯定的な評価によって,母親が 有能感を得てさらに敏感性の高い,より良い応答がで きるようになり,逆に子どもの否定的な反応は,母親 の無能感を招き,子どもに対して敏感性の低い応答と なるモデルを明らかにしている。しかし,産褥早期の 母親は,子どもが母親の応答に対して否定的な反応を したり,無反応であったりしても,すぐさま無能感に 陥り,敏感性の低い応答をするわけではなく,むしろ 次はうまく応答しようとする決意となったり,子ども に強く働きかけ関係を深めようと子どもへの積極的な 接近を試みることが明らかになった。子どもへの積極 的な接近は,母子相互作用が失敗を許容し修復するこ とができるシステム(Klaus & Kennell, 1976/1979)で あることを裏付ける大切なカテゴリであり,母親が効 力感を得られないような母子相互作用の悪循環が生じ ていたとしても,それを断ち切ることのできる母親の 能力が存在することを示唆した。 時間軸 母親役割 ↑ 母子相互作用 母親役割 ↑ 母子相互作用 母親役割 ↑ 母子相互作用 母親役割 ↑ 母子相互作用 子どもとの絆の深まり 子どもとの絆の深まり 子どもとの絆の深まり 図2 母親役割の発達の視標となるカテゴリー,子どもとの絆の深まり  母子相互作用によって母親役割が獲得され,子どもとの絆の深まりが体験される。子ど もとの絆の深まりによって母親役割獲得は新たな段階に進む。

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V.結   論

1 .本研究における母乳育児における母子相互作用に おいて,母親役割を評価するカテゴリが明らかにな った。カテゴリの構造,カテゴリ間の関係や,発達 の過程については今後,さらなる解明が必要である。 2 .母乳育児のスキルを獲得する中で母親は役割の獲 得,能力の開発を行っている。能力や役割獲得の段 階の評価については今後の研究で明らかにする必要 性がでてきたが,母乳育児は母親の母親役割獲得の ために重要な養育行動であることが明らかになった。 3.観察される母子相互作用が同じでも,母親役割の 異なる行動があることが明らかになり,母子相互作 用の量で,母親役割を評価することはできないこと が明らかになった。逆に行動の意味づけを導くこと によって,容易に母親役割を評価することができる ことが明らかになった。 謝 辞  本研究の参加を快くお引き受けくださいましたお母 様方,研究にご配慮くださいました研究施設の皆様に 深く感謝いたします。 (なお,本研究は,名古屋市立大学大学院看護学研究 科に提出した修士論文を加筆,修正したものである) 引用文献 Bowlby, J. (1982)/黒田実郎,大場蓁,岡田洋子,他訳 (1991a).母子関係の理論Ⅰ 愛着行動.280-310,東 京:岩崎学術出版. Bowlby, J. (1982)/黒田実郎,大場蓁,岡田洋子,他訳 (1991b).母子関係の理論Ⅰ 愛着行動.389-411,東 京:岩崎学術出版. Brazelton, T.B. (1981)/小林登訳(1982).親と子のきずな. 126-162,東京:医歯薬出版.

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