新型コロナウイルス(
SARS-CoV-2
)感染患者に対し
理学療法を施行した一症例
Physical Therapy for a Patient with SARS-CoV-2 Infection: A Case Study
成田 寿次
1)秋山 浩一
1)三浦 俊之
1)角田 莉奈
1)小島 奈穂
1)佐藤 和強
1)松本 卓也
1)Junji NARITA, RPT1), Koichi AKIYAMA, RPT1), Toshiyuki MIURA, RPT1), Rina TSUNODA, RPT1),
Nao KOJIMA, RPT1), Wakyo SATO, MD1), Takuya MATSUMOTO, MD1)
1) Department of Rehabilitation, Tokyo Metropolitan Tama Medical Center: 2-8-29 Musashidai, Fuchu-shi, Tokyo 183-8524,
Japan TEL +81 42-323-5111 E-mail: [email protected]
Rigakuryoho Kagaku 35(5): 751–755, 2020. Submitted Apr. 23, 2020. Accepted Jun. 12, 2020.
ABSTRACT: [Purpose] This paper reports a patient with a worsened breathing condition due to SARS-CoV-2
infection, treated with extracorporeal membrane oxygenation (ECMO) for life-saving support and physical therapy for disuse syndrome prevention. [Patient and Course of Treatment] The patient was a 69-year-old male, who rode on a cruise ship, and subsequently became infected with SARS-CoV-2. He was admitted to a hospital on February 11. Mechanical ventilation and ECMO for him were initiated on February 16 and 17, respectively. The patient was transferred to our hospital on February 20, with an ECMO device attached. ECMO and mechanical ventilation for him were discontinued on February 25 and 29, respectively. He was transferred from an intensive care unit to a negative pressure room on March 5. Before admission to this room, he underwent nursing assessment. He was discharged to home on March 21, when he became able to perform ADL and walk independently again. [Conclusion] The physical therapy approaches performed in this case were similar to those for severe respiratory failure due to pneumonia. During physical therapy, the patient’s SpO2 level markedly varied. Chest X-ray showed an infiltrative shadow in the
left upper lung field until discharge, suggesting an imbalance in the ventilation‐perfusion ratio.
Key words: SARS-CoV-2, personal protective equipment, physical therapy
要旨:〔目的〕新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)にて呼吸状態が悪化し体外式膜型人工肺(ECMO)が導入され 救命が得られ,廃用に対し理学療法を実施した一症例を経験したので,ここに報告する.〔対象と経過〕69歳,男性 でクルーズ船に乗船し,その後SARS-CoV-2に感染し,2月11日他院に入院となった.2月16日より人工呼吸器管 理,2月17日よりECMOを導入した.2月20日ECMO装着下で当院に搬送となる.2月25日ECMOを離脱,2 月29日人工呼吸器を離脱した.3月5日集中治療室から陰圧病棟へ転棟した.実際に陰圧室の前室で看護師にチェッ クしてもらい入室した.3月21日日常生活が自立し,独歩で自宅退院となった.〔結語〕肺炎による重症呼吸不全と 同様の理学療法を施行した.理学療法中のSpO2の変動が大きかった.レントゲン上肺浸潤影が最後まで残存しており, 換気血流比不均等が生じていたと考えられた. キーワード:SARS-CoV-2,個人防護用具,理学療法 1) 東京都立多摩総合医療センター リハビリテーション科:東京都府中市武蔵台2-8-29(〒183-8524) TEL 042-323-5111 受付日 2020 年 4 月 23 日 受理日 2020 年 6 月 12 日
I.はじめに
世 界 中 で 新 型 コ ロ ナ ウ イ ル ス 感 染 症( 以 下, COVID-19)は感染拡大が止まらないパンデミック状態 になっている.我が国においては,諸外国のようなオー バーシュートは見られていないが,都心部を中心にクラ スター感染が次々と報告され,感染者数が急増してい る.そうした中,医療供給体制が逼迫しつつある地域が でてきており,医療供給体制の強化が喫緊の課題となっ ている1). 当センターにおいても,病床を増やし,受け入れ態勢 の 強 化 を 行 っ て い る. ま た, 体 外 式 膜 型 人 工 肺 (extracorporeal membrane oxygenation:以下,ECMO)を完備しており,重症呼吸不全の新型コロナウイルス (以下,SARS-CoV-2)感染者が搬送されている.人工 呼吸器やECMOが導入され,長期にわたり臥床が余儀 なくされた場合,筋力低下をきたし身体機能の低下が起 こる.そのため,機能低下の防止,強化などを目的に理 学療法が処方される.今回我々は,呼吸状態が悪化し, ECMOの導入により救命が得られ,感染防止をしなが ら廃用に対する理学療法を実施した一症例を経験したの で,ここに報告する.
II.対 象
患者は69歳男性,診断名は新型コロナウイルス肺炎, 重症呼吸不全で,既往歴,内服薬はなかった.生活歴に ついては,登山に良く行っており,普段でも1日2万歩 近く歩いていた.機会飲酒で喫煙歴はなかった. 現病歴は,1月20日からクルーズ船に乗船しており, 2月4日に40℃の熱発とめまいが出現した.2月8日に はほとんど食事摂取ができなくなった.2月10日にSARS-CoV-2 PCR(polymerase chain reaction)検査に て陽性と判定された.2月11日に入院となった.同日 より13日まで抗ウイルス薬を3日間投与するも,徐々 に呼吸状態が悪化したため,非侵襲的陽圧換気療法 (non-invasive positive pressure ventilation:NPPV)を導 入(I:E〔inspiratory-expiratory ratio〕=1:2,RR
〔respiration rate〕12回)し,2月14日に抗ウイルス薬 を変更した.しかし呼吸状態の改善は得られず,2月
16日 よ り 挿 管, 人 工 呼 吸 器 はSIMV(synchronized intermittent mandatory ventilation:同期式間欠的強制換 気)に変更(PEEP〔positive end-expiratory pressure〕
15 cmH2O,FiO2〔fraction of inspired oxygen〕0.5,PS
〔pressure support〕12 cmH2O)となった.抗ウイルス薬
は翌日軽度肝機能障害があったため中止し,その後も酸 素化憎悪が進行してFiO2 1.0でも対応できなくなった.
2月17日よりECMO導入(右内頸静脈送血,右大腿 静脈脱血,flow 2.4 l/min,Sweep gas 2 l/min)人工呼吸
器(PEEP 15 cmH2O,FiO2 0.5,PS 12 cmH2O)となっ た. 2月20日にECMO装着下で転院搬送し,当院到着後 抗菌薬を開始した. 医師により患者本人から理学療法の実施の同意を得 た. 2月20日当院における入院時のバイタルサインは挿 管,鎮静下ではあったが意志疎通は取れた.Glasgow Coma Scale開眼3点,言葉による最良の応答5点,運 動による最良の応答6点,合計14点であった.心拍数 (heart rate:以下,HR)48 bpm,血圧129/63 mmHg,
saturation of peripheral oxygen(以下,SpO2)98%,体
温36.6℃で胸郭の挙上は良好であり,努力呼吸はみら れなかった.四肢末梢冷感はなく,網状皮疹もみられな かった. 血液ガスはpH 7.44,PO2(酸素分圧)91.9 mmHg, PCO2(二酸化炭素分圧)41.3 mmHgであった. 胸部レントゲンは肺野両側末梢主体の浸潤影がみられ た.心拡大,縦郭拡大は認めず,Cardio-Thoracic Ratio (CTR)はsharpであった. 胸部レントゲンについては両側肺野の経過を図1に示 す. 3月19日においても浸潤影が残存していた.
III.経 過
当センターでの治療経過(表1)は2月22日に抗ウ イルス薬を開始した.2月25日にECMOを離脱し,抗 菌薬は全て終了となり,PCR検査は陰性であった.2月 26日に気管切開を施行した.2月29日に人工呼吸器を 離脱し,吹き流しへ変更した.3月2日に抗ウイルス薬 を終了した.3月5日に気管カニューレを抜去し,発声 可能となった.集中治療室から陰圧病棟へ転棟となり, 経鼻カヌラ酸素4 l/minを投与した.3月8日に発作性 上室頻拍が出現し除細動を実施した.3月10日にPCR 検査を行い2回目の陰性となり,3月21日に自宅退院 となった. 理学療法に関連する経過:3月5日に経鼻カヌラ酸素 4 l/minに変更したタイミングで看護師がベットサイド で離床を開始した.ベッドギャッジアップを使い端座位 となった.端座位は柵を使用し自力で保持可能であっ た.HR 120 bpmまで上昇したが,そのまま休んでいる と,100~110 bpmに戻った.端座位で足踏みを実施し バイタルサインに変化はなかった.立ち上がり立位は左 手で柵に捕まり,右側を看護師が支え介助で立位をとる ことができた.HR 110 bpm台,呼吸苦はなかった.休 憩後,再度立位になり足踏みを10回行った.HR 120 bpmから130 bpm,SpO2 80%後半になり,呼吸苦訴え たため,一時的に酸素投与量を5 l/min に増やした.ベッ ド上臥位になり5分程度で呼吸状態は落ち着き,SpO298%となったため,酸素を4 l/minに戻した(看護記録 より抜粋). 3月6日に理学療法介入依頼があった.同日に感染症 科の医師より個人防護具の装着についての指導を受け た. 陰圧室に入る方法は,指導された手順に従い,病棟廊 下に入る前の前室にて手指衛生後,当院の規定に沿って ガウン・N95マスク・シールド付きマスク・手袋を重 複して装着し,看護師の確認後に入室した.陰圧室を出 る際は,室内にて手袋を一枚外し,脱衣エリアに移動後 一枚外すたびに手指衛生を行った.手袋・シールド付き マスク・ガウンの順に外し,最後に再び手指衛生を実施 した.その後前室に戻りN95マスクを外した. 3月9日に理学療法が処方された.開始時,モニター は外されており,本人用のパルスオキシメーター(オ ニックスVantage,NONIN社製)を用いてバイタルは 測定した.経鼻カヌラ酸素3 l/minで安静時SpO2 95% 前後,pulse rate(以下,PR)96 bpm,呼吸苦はなかった. 指示理解,認知面の問題がなく,協力も得られた.臥位 で関節可動域訓練を行い,手指にこわばりが残っていた が,四肢の可動域制限はなかった.上下肢の随意性は保 たれており,運動麻痺は認めなかったが,筋萎縮は著明 であった. 起き上がりはベッドギャッジアップ30° から自力で可 能であり,端座位保持も安定していた.端座位では SpO2 91%まで低下したが,息切れはなくPR 108 bpm であった.ただし端座位にて徒手筋力テストの評価を行 うだけで疲労があり,SpO2 88%まで低下したが3分ほ
どでSpO2 94%まで上昇した.Medica Research Council
(以下,MRC)score2)は,膝関節伸展4点,他の関節は 全て3点,合計38点であった.膝関節伸展,足関節背 屈の筋力強化を徒手抵抗で行うと,SpO2 86%まで低下 した.休みを挟んで,立ち上がりを介助で行った.続け て立位にて足踏みを10回実施し息切れ,疲労があり端 座位で休憩をしたがSpO2 88%に下がり,さらに80%ま で低下した.90%以上に戻るのに2分以上時間を要し 図1 肺のレントゲン写真の経過 表1 ECMO管理中の薬剤投与の経過 日付 2/11 2/12 2/13 2/14 2/15 2/16 2/17 2/18 2/19 2/20* 2/21 2/22 2/23 2/24 2/25 2/26 2/27 2/28 2/29 3/1 3/2 抗ウイルス薬 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 抗菌薬 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 人工呼吸器 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ミダゾラム ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ フェンタニル ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ プロポフォール ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ロクロニウム ○ ○ ○ ○ ○ V-VECMO ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 投与日は〇印.*:当センターへ転院.ECMO:体外式膜型人工肺.
た.なおかつSpO2が不安定でSpO2 93%になってから 再び80%台に低下し,落ち着くまでに3分以上かかる 状態であった.疲労や呼吸苦を訴えたため1単位で終了 とした. 3月10日に経鼻カヌラ酸素2 l/minに減量となった. 立位で足踏みの直後はSpO2 88%まで下がり,さらに 81%まで低下した.PRは120 bpmまで上昇した.息切 れ,疲労の訴えは変わらずあった. 3月11日は経鼻カヌラ1 l/minへ減量となった.端座 位では安静時SpO2 95%,PR 93 bpmで息切れはなかっ た.介助にてスクワット,踵上げを追加で行うとSpO2 は90%から82%まで低下した. 3月12日,酸素オフ,室内気となった.端座位では 安静時SpO2 94%,PR94 bpmで息苦しさはなく,介助 歩行を開始した.10 mを3回実施し,筋力低下による ふらつきがみられた.歩行直後のSpO2 88%であった. 休憩し81%,PR 130 bpmまで上昇し,息苦しさ,疲労 の訴えがあった.その後は歩行距離,運動負荷量,回数 を漸増させた.耐久性が向上してきたため,この日より 理学療法1日2単位となった. 3月16日に自室のトイレまでの歩行は自己にて可能 となった. 3月18日には自室のシャワー浴が自己にて可能となっ た. 3月19日の理学療法の最終日には,独歩が連続5分 間可能となった.SpO2 88%,PR 124 bpmであったが, 1分後SpO2 95%まで上昇した.SpO2の不安定も改善し てきた(表2).
IV.考 察
医療従事者にも感染しているCOVID-19患者の理学 療法を行ううえでいかに感染しないように防護し,身を 守るかが重要となっている.個人防護具については,理 学療法を施行するにあたり感染症科の医師と感染リンク 看護師から個人防護具の着脱の仕方などの指導を事前に 受け,さらに病室に入る際は看護師からチェックを受け 入室するようにした.理学療法は立ち上がりや歩行など 介助が必要な状態で,なおかつ20分以上病室にいるこ とから濃厚接触している状況であった.個人防護具を脱 ぐ際に特に注意を払った. 今回の症例の理学療法は,肺炎による重症呼吸不全と 考え,自覚症状やバイタルサインのチェックを繊細に行 いながら遂行した.理学療法中のSpO2は90~88%を 下限値の目安として行った.実際にはSpO2が運動後に 下がることが終了時まで続いた.レントゲン上肺浸潤影 が残存しており,換気血流比不均等3)と酸素負債4)と 考える.また運動後3分後の変動も換気血流比不均等が 原因と考えられた.今回はモニタリングが可能であった が,今後測定器具が何も持ち込めない場合が想定され, 運動中,運動後の自覚症状や脈拍,顔色,唇の色,爪の 色など繊細な観察が必要であると考えられる. ECMOや人工呼吸器を装着し鎮静状態で臥床してい た症例ではあるが,理学療法開始時,関節可動域制限は 認めなかった.MRC scoreは合計が38点であり, ICU-acquired weakness(ICU-AW)の診断基準には該当して いなかった5,6)が,筋力低下は認められた.感染のリス クを考えると筋力低下はしていても,低強度の負荷から 徐々に漸増させ,高頻度にしていくことで基本動作や歩 行が改善する症例もおり,年齢や発症前の活動性などを 表2 心拍数・SpO2値・酸素投与量の推移と理学療法実施内容 日付 3/9 3/10 3/11 3/12 3/13 3/16 3/17 3/18 3/19 運動後最大心拍数(回/分) 128 128 130 132 128 126 132 130 128 安静座位SpO2値(%) 94 94 94 93 93 95 95 95 96 運動後SpO2値(%) 上限 88 88 90 88 88 89 89 89 92↕
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下限 80 80 81 80 82 82 82 83 88 運動3分後SpO2値(%) 上限 93 93 93 94 94 94 94 95 95↕
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下限 88 88 89 89 89 90 90 92 93 酸素投与量(l /分) 3 2 1 0 0 0 0 0 0 理学療法実施内容 下肢筋力強化(徒手抵抗) ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 立位訓練 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 歩行訓練(介助~独歩へ) ○ ○ ○ ○ ○ ○考慮したうえで理学療法の開始時期を検討することも重 要であると考えられた. 陰圧室においては,歩行器,握力計など物を持ち込む ことが困難であったこと,自室から外に出られないため 狭い空間の中で歩行を行わなければならなかったことが 症例にも不自由をかけたが,理学療法を遂行していくう えでも不便さを感じた. 最後に,医療従事者にも感染しているCOVID-19患 者の理学療法を行ううえで,不安と恐怖は感じながら施 行していたことは事実である.そのストレスに対するケ アの重要性を指摘しているガイドライン7)もあり,今 後は医療従事者に対するサポートなども重要であると考 えられる. 利益相反 利益相反はない. 引用文献 1) 厚生労働省:新型コロナウイルス感染症対策の状況分 析・ 提 言.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/ bunya/0000121431_00093.html(閲覧日2020年4月2日). 2) Bittner EA, Martyn JA, George E, et al.: Measurement of
muscle strength in the intensive care unit. Crit Care Med, 2009, 37: S321-S330.
3) John B:ウエスト呼吸生理学入門.堀江孝至(訳),メディカル・ サイエンス・インターナショナル,東京,2018,p105. 4) William D, Katch FI, Katch VL:運動生理学─エネルギー・
栄養・ヒューマンパフォーマンス─.田口貞葦・他(監訳), 杏林書院,東京,1992,pp114-117.
5) Stevens RD, Marshall SA, Cornblath DR, et al.: A framework for diagnosing and classifying intensive care unit-acquired weakness. Crit Care Med, 2009, 37: S299-S308.
6) de Jonghe B, Lacherade JC, Sharshar T, et al.: Intensive care unit-acquired weakness: risk factors and prevention. Crit Care Med, 2009, 37: S309-S315.
7) ANZICS: ANZICS COVID-19 Guidelines. https://www. anzics.com.au/coronavirus-guidelines/(閲覧日2020年4月9 日).