141 原 著
嗜疇薦、4第讐元翻〕
ヘルペス群ウイルス脳炎の臨床像と診断
東京女子医科大学 脳神経センター神経内科学教室(主任:丸山勝一教授) コモリ タカシ エンドウリ ウ コ ホンダ マサトミ オオタ コウヘイ 小森 隆司・遠藤理有子・本田 政臣・太田 宏平 コバヤシ イツロウ タケミヤ トシコ マルヤマ ショウイチ 小林 逸郎・竹宮 敏子・:丸山 勝一 (受付 平成元年3月6日)The Herpetovirus Encephalitis:Clinical Report of 27 Cases Takashi KOMORI, Riuko ENDO, Masatomi HONDA, Kohei OTA,
Itsuro KOBAYASHI, Toshiko TAKEMIYA and Shoichi MARUYAMA
Department of Neurology(Director:Prof. Shoichi MARUYAMA), Neurological Institute, Tokyo Women’s Medical College
The human herpetoviruses including herpes simplex virus(HSV), varice11a zoster virus(VZV), cytomegalovirus(CMV)and Epstein−Barr virus(EBV)often cause acute serious encephalitis, so they have significant neurological importance,
In this paper、the clinical features, cerebrospinal fluid〈CSF), electroencephalogram〈EEG), CT−
scan(CT), magnetic resonanse imaging(MRI)and serological studies for viruses were evaluated in
twenty−seven cases of herpetovirus encephalitis observed in our department during recent 10 years. The subjects were fifteen cases of HSV encephalitis,six 6ases of VZV encephalitis, and sik cases of
EBV encephalitis. No CMV encephalitis was found.
The main clinical features of HSV encephalitis were consciousness disturbance and psychiatric
abnormalities such as hallucination, bizarre behavior, and memory disturbance. On the other hand, VZV encephalitis were characterized by norlspecific ciinical pictures consisting of headache, ataxia, and changes in mental status. The five cases out of six EBV encephalitis presented acute cerebellar ataxla.
In all cases of HSV encephalitis, five out of six VZV encephalitis and two out of six EVB
encephalitis, EEG abnormalities were revealed. Unilateral involvement in CT or MRI were found in
three cases out of five definite HSV encephalitis.
All of definite HSV and VZV encephalitis had elevated Enzyme−Linked・lmmunosorbent Assay
(ELISA)value in CSF. The ratio of the titer for HSV between serum and CSF(<1/20)and IgG index
(>0.6)were useful for the diagnosis of HSV and VZV encephalitis.・One of three definite EBV
encephalitis had elevated titer for EBV, but none had pleocytosis in CSF.
These data indicate the need for development of specific diagnostic procedures for the herpetovirus encephalitis. 緒 言
ヘルペス群ウイルスはDNAウイルスの一種
で,このうち人に脳炎を惹起しうるものは,単純 ヘルペスウイルス(HSV),水痘帯状庖疹ヘルペス ウイルス(VZV), Epstein−Barrウイルス(EBV), サイトメガロウイルス(CMV)の4種である.前 二者は神経細胞内に,後二者は造血細胞内に長期 潜伏し,何等かの誘因により再活性化され発症するb. HSV脳炎に関する報告は数多いが,他の三者 のウイルスによる脳炎の報告は少ない.本稿の目 的は当科におけるHSV脳炎を臨床的に検討する と共に,HSV以外のヘルペス群ウイルス脳炎に ついても臨床像を解析し,HSV脳炎に特異性の 高い指標を明らかにすることである. 対象と方法 1.対象 昭和53年4月から昭和63年12月までに,当科に 入院した患者のうちヘルペス群ウイルス脳炎と診 断された27例(年齢19歳から81歳,平均40.8歳, 女12例,男15例)を対象とした(各症例の詳細は 表1,2,3に示した). 2.方法 現在いずれの脳炎に関しても確立された診断基 準がないため,以下に述べる診断基準によって診 断し,また,疑診例も検討の対象とした.脳幹脳 表1症例一覧単純ヘルペス脳炎 髄 液 所 見 血 清 所 見 症例 年齢/性 脳波 ル常 CT/MRI@異常 抗HSV抗体価 抗HSV抗体価 IgG 奄獅р? 診断 キサント 細胞数/3 蛋白 糖 クロミー (単球/3) (mg/d1) (mg/dl)
CF ELISAiIgG) CF ELISAilgG)
1 59/M 十 唱一/ND 十 1523(1519) 100 50 ND 3十→ND 4×→ND 1十→ND
ND
Def. 2 31/F 汁 一/ND 一 81(51) 62 54 く1×→<1X 2十→2十 16x→32× 2十→2十 ND Def. 3 31/F 升 一/ND 十 43(19) 140 79 ND→〈1× ND→2十 ND→8X ND→3十 0.68 Def. 4 20/F 十 千げ+ 一 913(276) 126 51 く1×→〈1× 465卓×→540虜× 4×→4× ND→2十 0.72 Def. 5 48/M 十 →+/卦 十 463(457) 240 62 く1×→32× 1十→4十 く4×→16x 3十→4十 2.61 Def. 6 35/F 十 升/ND 『 64(64) 20 60 く2×→〈2× ND く4×→4×ND
ND
Prob. 7 20/F 十 汁/ND 一 114(105) 31 127 く1×→<1×ND
4×→4× 2十→2十ND
Prob. 8 67/F 十 +/ND ± 309(242) 99 74 〈1×→NDND
2十→2十 0.72 Prob, 9 41/M 十 +/ND 『 376(288) 105 47 く1×→<1× 一→± 8×→8× 2十→3十 0.78 Prob, 10 19/F 十 一/一 『 537(148) 39 57 く1X→ND 1十一→± 8×→8× 4十→3十 0.41 Prob. 11 51/M } 一β 一 115(115) 60 50 く1×→<1× 1十→1十 16×→16× 3十→3十 1.24 PrGb. 12 21/M 十 一/一 『 665(632) 87 48 ND→<1× ND→1十 ND→8× ND→3十 0.62 Poss, 13 22/M 十 +/+ト 『 7( 7) 33 23 く1×→ND ND→± ND→工6× ND→3十 0.42 Poss, 14 41/M 十 一/ND 『 7( 7) 25 127 〈1×→ND ±→1十 4>→4> ±→1十 ⑪.38 Poss、 15 22/F 十 一/一 『 81(19) 30 104 く1X→く1× 1十→1十 32×→16× 3十→3十 0.58 Poss、脳波異常升 巣性異常あるいは左右差のあるもの,CT/MRI異常+:局在性異常のあるもの, ND:not done,*:ELISAの最大希 釈倍数F.女性,M:男性, Def.:de丘nite, Prob,:probable, Poss.:possible
表2 症例一覧 水痘帯状三三脳炎 髄 液 所 見 血 清 所 見 症例 年齢/性 i播種)分節 発症日 脳波 ル常CT/MRI@異常 糖 抗VZV 抗体価 抗VZV抗体価 IgG 奄獅р? PHN 細胞数/3 i単球数/3) 蛋白 img/dD (mg/d】)
CF ELISAiIgG) CF ELISAiIgG)
Th取2 1. 51/F Lエ i一) 8日目 十 一/ND 344(341) 53 37 2X→2× ND→2十 128×→128X ND→2十 ND 一 2. 59/F Th夏。 i一) 4日目 十 .+/ND 31(31) 83 60 1X→2×
ND
64x→32×ND
ND
『 3. 62/M V1_3 bト3 i一) 16日目 一 一/ND 45(41) 56 49 ND ND 16×→16×ND
0.53 十 4. 58/M V3 i+) 12日目 十 一/一 12(12) 32 58 ND 1十→1十 320x→ND 1十→1十ND
一 51 81/M VL_3i+) 9日目 十 一/ND 195(195) 140 49 4X→2× ND→3十 8×→64× ND 0.77 十 6. 74/M Vエ i一) 25日目 十 一/一 283(141) 48 59 ND→4× ND→2十 128×→32x ND→4十 0.68 十 V:三叉神経,C:頸髄, Th 胸髄, ND not done, F 女性, M 男性143 表3 症例一覧:Epstein−Barrウイルス脳炎 髄 液 所 見 血清所見 症例 年齢ノ性 主要 ヌ状 脳波ル常ル常CT 細胞数/3 i単球数/3) 蛋白
img/dl) 糖img/dl) VCA・lgG
VCA−IgG uCA.lgM dADR−lgG IgG 奄獅р? 感昌 ヌ状 肝脾腫 肝酵素?昇 リンパ節?張 潟チパ球異 型 PB 診断 640×→640× 1 23/F 小脳炎 一 9(9) 18 53 2×→1× 率 → * 0.46 十 十 十 十 十 一 Def. 160×→160× 256×→320× 2 55/M 全脳炎 一 一 3(3) 40 78 <1×→1× <10×→〈10x 0.36 一 一 一 一 一 一 Def. 16×→40× 640×→1280x 3 30/F 小脳炎 一 一 8(8) 41 55 く1×→<1× 掌 → * 0.43 十 十 十 一 ND Def. 320x→320× ND→40x 4 25/F 小脳炎 十 一 3( 2) 30 50 〈1X→<1× ND→10 ND 十 一 十 一 ND Prob. ND→20x 320x→640× 5 25/M 小脳炎 一 一 4(4) 47 56 2×→ND <10x→〈10× 0.52 十 一 一 十 ㎜ ND Prob. 〈10×→く10× 16G×→160x 6 33/M 小脳炎 十 十 366(326) 96 51 ND <10x→<10×ND 0.93 一 一 十 十 一 Prob,
・:判定不能,ND:not done, F:女性, M:男性, Def.:確実例, Prob.:疑診例
説は疾患概念が確立されていない2)ので検討から 除外した. 各症例について臨床症状,基礎疾患,髄液所見, 脳波,頭部CT,頭部MRI,髄液および血清のウ イルス抗体価を検討した.臨床症状は発症より2 週間以内の急性期の症状とし,回復期以後の症状 を後遺症として記載した.脳波,CT, MRIで異常 所見のあるものを+とし,さらに局所的異常のあ るものを升と表現した(表1,2,3).ウィルス 抗体価の測定には,主に補体結合法(CF)と酵素 免疫吸着法(enzyme−linked immunosorbent
assay, ELISA)を用いた. ELISAはSRL(スペ シアルレファレンスラボラトリー)において血清 は400倍希釈で,髄液は40倍希釈で測定され, EHSA係数(0から2.99)として算定され,これ をSRLの基準に従って(一),(±),(1十)から (4+)の6段階に表現した.髄液と血清のELISA 係数が同時に測定された症例では,抗体価の血清/ 髄液比3}を算定するために,簡便法として40倍希
釈髄液のELISA係数と400倍希釈血清のELISA
係数を希釈倍数で補正(血清ELISA係数×400/ 髄液ELISA係数×40)して検討した.また, IgG index(IgG/albuminの髄液/血清比)を算定し, 太田の報告4)に従って0.6以上を上昇と判定した. 抗ウイルス薬adenine arabinoside(Ara−A)と acyclovir(ACV)を使用した症例では可能な範囲 で治療効果を判定した. 3.診断の基準 1)HSV脳炎:単純ヘルペス研究会の診断基 御を一部改編し,①辺縁系を中心とした大脳の 局所症候がある,②頭部CT, MRIあるいは脳波 で急性局在性脳炎に合致した所見がある,③髄液 中のHSV抗体が陽性である,の基準により以下 のde且nite, probable, possibleの3段階に分類した.なお,今回の検討では急性期に髄液を採取出 来なかった症例があるので,③については採取時 期は考慮しなかった. De丘nite(確定的である);①②③の全てを満た す. Probable(強く疑われる);①および②③のい ずれかを満たす. Possible(可能性がある);①②③のいずれかを 満たす. 2)VZV脳炎:Jemsekら6)の基準に従い,①脳 炎の存在が明らかである,②髄液所見が脳炎に合 致する,③禰漫性の脳波異常が存在する,④臨床 的にVZV感染が証明される,の4点を満たした 症例とした. 3)EBV脳炎;①脳炎が存在し,②血清学的に
EBV感染が証明(VCA−IgGが320倍以上で
EADR−lgGが陽性)され,③他の起炎ウイルスが 否定された場合,確診例と診断した.血清学的に表4 当科における脳炎の内訳 (昭和53年4月から昭和63年12月) 診 断 症 例 数 HSV脳炎 uZV脳炎 dBV脳炎 乱]脳炎 s 明 確実例 @疑診例 @確実例 @疑格例 i全脳炎) i小脳炎) 5(14%) P0(29%) U(17%) R(9%) R(9%) Q(6%) R(9%) R(9%) 計 35(100%) HSV:herpes simplex virus
VZV:varicella・zoster virus EBV:Epstein・Barr virus 確実例:de丘nite 疑診例:probableおよびpossible EBV感染が否定できず,上記の①③を満たした場 合に疑豆煎と診断した.いずれも伝染性単核症の 存在と髄液のEBV抗体価は考慮しなかった. 結 果 1.頻度(表4) 昭和53年4月から昭和63年12月の10年9ヵ月間 に当科に入院した患者は2,791名で,臨床的に脳炎 と診断された症例は35例であった.これは全入院 患者の1.25%を占め,一年間に平均3.3症例であっ た.脳=炎症例の年齢は19歳から81歳で平均は36.7 歳,男女比は19:16とやや男に多かった.起炎ウ イルス別にみると表4のごとくである,ヘルペス 群ウイルス脳炎と診断された症例は疑診例も含め て27例で,脳炎全体の77%を占めた.なかでも HSV脳炎は15例(43%)と最も多かった. HSV 2
型脳炎が1例認められた.CMV脳炎は1例もな
かった. 平均発症年齢をみるとHSV脳炎35,2歳(男7 例,女8例),VZV脳炎64.2歳(男4例,女2例), EBV脳炎31.8歳(男3例,女3例)で明らかに VZV脳炎の発症年齢が高かった. 2.臨床症状および検査所見 1)臨床症状 (1)HSV脳:炎(表5) De五niteは5例(うち1例はHSV 2型脳炎), probableは6例, possibleは4例で確定診断がで 表5 単純ヘルペス脳炎の臨床症状 餌 o o Φ 巴 o ゆ o ω 畢 冨三 塗① 計 ① 症 状 N=5 N=6 N=4 N=15 発 熱 5 6 4 15 頭 痛 4 3 2 9 ロ区 吐 2 2 1 5 髄膜刺激症状 4 4 2 10 意識障害(・) 3 5 2 10 精神症状 5 5 3 13 記憶障害 4 2 1 7 錐体路徴候 2 2 4 8 失 語 2 0 1 3 前頭葉徴候 1 3 1 5 ミオクローヌス 2 1 1 4 けいれん 1 2 3 6 眼 振 2 1 0 3 脳神経麻痺 2 3 0 5 失認,失行 0 0 1 1 呼吸障害 0 1 1 2 片麻痺 0 0 1 1 はばたき振戦 0 0 1 1 (・):JCS II以上 きなかった症例が多かった.基礎疾患として大酒 歴と肝障害を1例,糖尿病を2例で認めた.臨床 症状をde丘nite, probableの11例でみると,発熱は 全例に認めたが,頭痛は7例で髄膜刺激症状は8 例で認められ,髄膜脳炎としての症状を欠く症例 があった.Japan coma scale(JCS)でII以上の 意識障害,精神症状,記銘力障害や健忘症などの 記憶障害の頻度が高かった(精神症状の記載は単 なる失見当識や不穏状態のみならず,せん妄,異 常行動,意味不明の会話内容など側頭葉障害を示 唆する症状を示した症例である).De丘niteでは精 神症状か記憶障害が必ず認められた.感覚失語, ミオクローヌス,眼振はdefiniteに多かった.全般 性けいれん,錐体路徴候はpossible症例に多かっ た.脳幹障害を示唆する脳神経麻痺や眼振は認め られたが,小脳症状を示した症例はpossibleを含 め1例もなかった. 非典型例として,症例2(表1)は感冒症状に 続き,けいれんで初発し,意識障害,せん妄,理 解不能な言語などが出現したが,第4病日から抗 ウイルス薬を投与せずに,急速に症状が改善した.145 表6 水痘帯状癌疹脳炎の臨床症状 表7 Epstein−Barrウイルス脳炎の臨床症状 症 状 発 熱 頭 痛 口区 吐 髄膜刺激症状 意識障害 失見当識 精神症状 体幹失調 四肢失調 眼 振 脳神経麻痺 注視障害 はばたき振戦 N=6 4 4 3 3 4 2 3 2 3 2 2 1 1 症例3(表1)は異常行動で初発し,髄膜脳炎の 症状に乏しく,せん妄,人格変化をきたした.発
症より3週間後にoral tendencyを伴わない
KIUver−Busy症候群を思わせる異常な性欲充進 が出現した. (2)VZV脳炎(表6) 基礎疾患として1例(表2の症例2)ではサル コイドーシスに対しステロイドホルモンを投与中 であったが,そのほかには免疫低下をきたす合併 症はなかった. 主症状は軽度の意識障害(JCSI)とせん妄,失 見当識などの精神症状であり,3例で小脳症状を, 2例で脳神経麻痺を認めた.明らかな側頭葉症状 はなかった.髄膜刺激症状は軽く,いずれも項部硬直のみでKernig徴候を認めた症例はなかっ
た. 皮疹の出現から脳炎症状の発現まで平均13日 で,皮疹の部位は三叉神経領域が最も多かった. 皮疹の播種は2例で認められたが,この2症例は 播種のない症例と比較して重症度,病期に明らか な差はなかった. (3)EBV脳炎(表7) 基礎疾患として1例で心房中隔欠損の根治手術 を受けた既往があった.そのほかの症例では合併 症はなかった. 確診例のうち症例2(表3)は伝染性単核症の 症状を示さなかったが,血清抗体価の推移から小脳陽型
全脳褐^ 確 疑 確 実 診 実 計 例 例 例 症 状 N=2 N=3 N=1 N=6 発 熱 2 1 0 3 頭 痛 1 1 0 2 啄 吐 2 0 0 2 髄膜刺激症状 0 0 1 1 意識障害 0 0 1 1 体幹失調 2 3 1 6 四肢失調 1 3 0 4 眼 振 0 3 0 3 腱反射低下 1 0 0 1 精神症状 0 0 1 1 記工面障害 0 0 1 1 EBV感染と診断した.疑悪例の3症例は抗体価の 推移では確定診断が得られなかったが,他のウイ ルス抗体の有意な上昇が認められず,伝染性単核症の部分症状が存在したのでEBV脳炎を疑っ
た. 病型は急性小脳失調症(小脳炎型)と全脳炎(全 脳炎型)に分けられ,6例中5例が小脳炎型であっ た. 6例中5例(すべて小脳炎型)は感冒様症状で 初発した.頭痛,口区吐は2例で,髄膜刺激症状は 1例(全脳炎型)で認められたのみであった.感 冒様症状の発現から神経症状の発現までは1週間 から3週間で平均すると約2週間であった. 小脳=炎型では意識障害をきたした症例はなく, 6例中3例で眼振を認めた.全脳炎型では軽度の 精神症状,記銘力障害,体幹失調が認められたが 明らかな局所症状はなかった. 2)脳波およびCT, MRI所見 (1)HSV脳炎(表1) 軽度の脳波異常は1例を除き全例で認められ た.しかし,巣性異常や明らかな左右差(表1の 脳波異常+ト)はde丘nite 5例中2例で, probable 6例中2例に認められた.特に,症例2では通常 の脳波では全般性の徐波化の所見であったが,鼻 咽頭誘導脳波により両側側頭葉に棘波を認めた.症例3では視覚発作があり,脳波上右後頭葉に脳 波を認め,障害が後頭葉に及んでいるものと考え られた.周期性同期性放電を認めた症例はなかっ た. 頭部CTでは一側性の瀦漫性大脳浮腫を認めた 症例が多かった.局在性の低吸収域あるいは典型 的な線状増強効果を認めた症例はde五nite 5例中 3例であったのに対し,probableでは6例中2 例,possibleでは4例中1例にとどまり,脳波より も特異性が高いと考えられた.頭部MRIを施行
した7症例では2例にT2強調SE画像で高信号
域を認めた.高信号域はde丘niteの1例ではCT では捉えられない側頭葉内側面,鈎などの辺縁系 に明瞭に描出された(写真1).Possibleの1例で は両側の前頭葉を中心に散在性に認められた. (2)VSV脳炎(表2) 軽度から中等度の脳波異常が6例中5例に認め られた.1例ではfast dysrhyt㎞iaカミ認められ, 他の4例で基礎波の徐訓化があり,うち2例では 前頭,頭頂優位に両側性にθburstが認められた. 左右差の明かな症例はなかった. 頭部CT上異常を認めた症例7)は1例(症例2) のみで右小脳半球に低吸収域を認めた.頭部MRI を施行し得た2症例(症例4,6)では異常は認 写真1 HSV脳炎急性期 上段は頭部造影CT,下段は頭部MRI(SE法T2強調画像).頭部CT:左側頭葉内側 の島に周囲が軽度に増強される低吸収域が認められる.頭部MRI:CTよりも広範囲 に高信号域が明瞭に認められる.CTでは描出されない右側の鈎に病変部が明らかで ある.!47 められなかった. (3)EBV脳炎(表3) 脳波では2例で軽度の全般性徐波化が認められ
たが,頭部CTに有意な異常を認めた症例はな
かった.頭部MRIを施行し得た症例も同様に有 意な異常はなかった. 3)髄液所見および血清学的所見 (1)HSV脳炎(表1) 蛋白増加はde丘niteでは全例で, probableでは 7例中4例で,possibleでは4例中1例で認めら れた.キサントクロミーはde丘nite 4例中3例で 認められ,probableの1例で赤血球の混在が認め られた. CFによる髄液抗体の検出率は悪く,陽性を示 したものは測定した14例中de且niteの1例のみ で,血清抗体価との比較はできなかった.ELISA は陽性率が高く,測定した全例で±以上であった.また,髄液および血清IgM抗体をIgG抗体と
同時に測定したが,症例7で軽度の血清IgM抗体 価の上昇を認めたのみで,髄液IgM抗体価の上昇 を認めた症例はなかった. 方法で述べた補正を行った抗体価の血清/髄液 比をde且nite例でみると,症例1では4.6(髄液 EHSA係数4.30,血清ELISA係数1.99),症例2 では9.3(髄液ELISA係数2.63,血清ELISA係数 2.39),症例3では9.9(髄液ELISA係数2.54,血 清ELISA係数2.51),症例5では!1.0(髄液 ELISA係数2.00,血清ELISA係数1.81)とすべ て20以下であった.一方,probable, possible例で は髄液ELISAが陽性であっても血清/髄液比は 全例で20日越えた. 症例4の検体は帝京大学医学部中央検査部で検索され,ELISAでHSV 2型lgG抗体価が上昇
し,免疫蛍光抗体法でHSV 2型抗原が検出され たことから,HSV 2型脳炎と診断された. IgG indexはde且niteでは演1諒した全例で, probableでは3例で上昇した.しかし, possible 例では上昇した症例はなかった. (2)VZV脳炎(表2) 細胞蛋白増加は軽度で,2例では蛋白増加が認 められなかった.CFによる髄液抗VZV抗体価は 測定できた4例ではすべて陽性であったが,その 値は小さく4倍以下であった.この4例のELISA による髄液lgG抗体は全例陽性であった.髄液 IgM抗体の上昇した症例はなく,また,血清IgM 抗体価の上昇を認めた症例は1例のみ(症例1) であった.さらに,髄液,血清の両者で抗VZV IgG 抗体のみならず,抗HSV IgG抗体が陽性を示し た.しかし,4例のうち3例ではCFによる髄液中 のVZV抗体が陽性, HSV抗体が陰性であり,ま た,1例では,髄液,血清の両者でVZVのELISA 係数がHSVより高値であったことから, VZVを 起炎ウイルスと判断した. ELISA係数の血清/髄液比は,症例2で16.5,症 例4で27.6,症例6で12.9と3例中2例で20以下 であった. 3例でIgG indexを測定したが,2例で上昇が 認められた.髄液の蛋白増加が認められなかった 1症例でもIgG indexは高値であった. (3)EBV脳炎(表3) 伝染性単核症の症状をまったく欠いた症例2ではEBNAが初期から陽性でかつ4倍から10倍に
上昇し再燃が疑われた. 髄液細胞蛋白の上昇を認めた症例は1例のみで あった.髄液中のVCA−lgG抗体価は低値ながら 確実例のうち2例で,疑診例のうち1例で上昇が 認められた. IgG indexは確実乱流測定した3例では正常 で,疑診例の1例では上昇した.血清VCA−IgM抗体は疑診例の1例で陽性で
あったが,他は陰性もしくは判定不能であった. 3.治療および予後1)HSV脳炎
抗ウイルス薬としてadenine arabinoside (Ara−A)600mg/日を10日間, acyclovir(ACV) 1,500mg/日を10日間, cytosine arabinoside (Ara−C)150mg/日を12日間投与した.治療効果の 判定は薬剤の投与開始後5日以内に臨床症状の明 かな改善を認めた症例のみを有効例とした. De舳ite, probableの11例ではAra−Aを投与した 症例は6例で,うち3例に有効であった.Ara−C は過去の1症例に投与され有効であったが,骨髄抑制が認められた.ACVは投与例4例中3例で
有効であったが,うち1例では血清クレアチニン の急激な上昇をきたしたため,5日間で投与を中 止し,Ara・A 1,200mg/日をさらに5日間投与し たところ,臨床症状の改善と共に約1週間後には 腎機能は正常化した. 後遺症としてde丘niteの2例では各々に人格変 化と健忘失語が,probableの2例では逆行性健忘 月日 4月 Q5 5月 P 10 20 6月P 発 賠 一 ACV 1500m日1日_ @ Ar8・A @ ↓ 1200mg〆日 頭 痛 籍神症状 ワ憶隙宿一一
即時記銘力障富 魎膜刺激症状醗
煽液 @細胞数13(単球!3} @CF抗体価 @ELISA係数IgG @ IgM 463(457} ュ1× @0.650(1+) 56〔5の S× Q.000(4+) 盾盾№a(一) 102(102, W× Q.Doo(4+〉 77〔77) R2X h.839(4+} 74(74) 血清 @CF抗体価 @ELISA係数IgG く4× @1、268〔3+) 4× P.704(4+) 8x P813(4+) 15× P.8}2(4+)19G rnde其 06D o.ア4 131 1go 2.51
図1a 単純ヘルペス脳炎(表1,症例5)の臨床経過 ↓1入院 が,possibleの2例では各々に知能低下と退行現 象を認めた. ACVが使おれる以前の10症例には,1・例で失 語を,1例で知能低下を,2例で逆行性健忘を残 した.ACV使用後の5症例では,1例で逆行性健 忘と退行現象を認めたが,他の4例はまったく後 遺症を残さずに治癒し,この結果はACVの効果 を客観的に示すものとして注目に値する. HSV 2型脳炎はSIADH(syndrome of in−
appropriate secretion of antidiuretic hormone) を併発したが意識の改善と共に症状は消失した.
2)VZV脳炎
治療として,抗ウイルス薬Ara−Aを3例で
ACVを2例で投与した.症例1ではAra−A 300
mg/日の投与翌日より臨床症状の著明な改善を認 めた.症例3,症例4ではAra・A 600mg/日を10 日間投与されたが,明かな効果はなかった.症例 6では帯状三思に対してAra−A 300mg/日が5日 間投与されたが,投与終了後約10日で脳炎症状が 出現し,ACV 250mg/日を5日間投与後次第に精神症状の改善を認めた.症例5ではACVの効果
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3)EBV脳炎
後遺症として全脳炎型の1例で発症から意識の 回復までの記憶が失われた逆行性健忘を残した. 小脳炎型は抗ウイルス薬を投与せずに全例治癒し 月日 8月 P 10 20 9月? 10 10月Q0 i 10 20 一Ara・A 300mg!日 ↓賦
ACV 250mgノ日 皮 疹 皮膚痛醗
頭 痛一
意鼓障害一
項部硬直一
髄液 細胞数/3(単数/3) 283(1弓1) 70(7ω 58(58) CF抗体価 4× 4× EL」SA係数 冨gG 0、685(2+) D.8日4(2+〉 IgM 0.081(一〉 0031(一) 血清 CF抗体価 128× 64x 128× 32× 32X ELISA係数 IgG 覧.3覧4(4+) 1.249(3+) IgM D!29(一) 0、ID9(一)IgG index 0、5a e、64
図2a 水痘帯状庖疹脳炎(表2,症例6)の臨床経過 ↓:入院 た. 4.症例呈示 以下にそれぞれの脳炎の典型例を呈示する.理 学的所見および神経学的所見は陽性所見のみを示 した. 1)HSV脳炎(図1a, b,表1の症例5) 症例:48歳,男性. 主訴:頭痛,発熱,言語了解不良. 既往歴:33歳時帯状痕疹,20年前から大酒(ジ ン1/2本/日) 現病歴:昭和63年4月25日夜間頭痛が出現,26 日朝から発熱し頭痛が増強した.28日,言語了解 不良,反復する意味不明の動作,失見当識,錯語 がみられ30日当科へ入院した. 入院時所見:体温38.1℃,血圧122/90mmHg. 神経学的所見:意識レベルIHO,失見当識,即 時記銘力障害,逆行性健忘,項部硬直,Kernig徴 候を認めた.両側のBabinski反射は陽性. 検査所見:RBC 409×104/mm3, Hb 13.7g/dl, Ht 38.3%, WBC 16,800/mm3(Net 70.6%, Ly
18.3,Mo 8.5, Eo O.8, Ba O.1), Plt 22.7×104/
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1,血清髄液抗体価(図2a).脳波(図2b),頭部 CT, MRI(写真2). 臨床経過:当科に入院後,夜間せん妄(幻覚, 不穏)が認められたが,抗ウイルス薬の投与を行 うことなく,症状は次第に改善し9月下旬には完 全に回復した.しかし,postherpetic neuralgia (PHN)を残した.
3)EBV脳炎(図3,表3の症例1)
症例:23歳,女性. 主訴:ふらつき. 既往歴:9歳時薬剤性肝障害. 現病歴:昭和62年2月23日発熱し,その後37℃ 台の発熱が持続,3月1日には咽頭痛,咽頭発赤 が出現した.やがて,ろれつが回りにくい,鍵穴 写真2 VZV脳炎亜急性期 中等度の脳萎縮以外に異常は認められない.151 月日 25 3月 P 5 10 15 20 25 4月 P 5 発 熱 ↓ 咽頭痛 w音陰害 l肢失調
臨醗
体幹失胸 震反射低下 団清抗体価 u㎝一1日G @ lg閉 d貞OR・igG d8NA 540X @* 奄U0× ュ10x 640X @* @80X ュ10× 髄液抗体緬 uCA−19G 2X 1X 1謬』im撤 0,462 0459 図3 Epstein−Barrウイルス脳炎(表3,症例1)の 臨床経過 ↓:入院,*:判定不能 に鍵を入れられない,コップに水を注げないなど の症状が出現した.3月6日,頚部リンパ節腫脹, 末梢血異型リンパ球(5%)の出現,肝酵素の上 昇を指摘された.この頃より,ふらつきが出現し 歩行困難となった.3月16日当科に入院した. 一般所見:体温37.3℃,血圧90/60mmHg,左頚 部リンパ節を触知し,肝脾腫を認めた. 神経学的所見:意識清明,髄膜刺激症状なし. 水平注視眼振,強い体幹失調,筋トーヌスの低下, 深部腱反射の低下を認めた. 検査所見:RBC 422×104/mm3, Hb 12.2g/d1, Ht 36.2%, WBC 5,300/mm3(St O%, Seg 23.5, Ly 64.5, Aty−Ly O, Mo 9, Eo 3), TP 7.6g/dl, GOT 221U/1, GPT 271U/1, LDH 2911U/1,Paul−Bunnell 56×.髄液,頭部CT,脳波に異常 は認められなかった. 臨床経過:抗ウイルス薬は投与せずビタミン剤 を連日投与して経過を観察した.症状は次第に軽 快,肝酵素も正常化し4月5日退院した. 考 察 近年,特異性の高い有効な抗ウイルス薬の開発
にともないHSV脳炎は積極的な治療対象とな
り,早期診断と治療手段の選択によっては予後を も左右されるようになった.しかし,ELISAとMRIが実用化された現在でもHSV脳炎を早期
に確定診断することは困難である8).そこで今回 我々は,ヘルペス群ウイルス脳炎を多角的に検討 し診断に有用な指標を求めて検討した. 1.頻度 HSV脳炎の真の頻度は不明であるが,高須ら8) は=わが国では年間200から300例の発症があると推 定している.Kennardら9)ぱ60例の急性ウイルス 性脳炎のうち15画面HSV脳炎であったと述べて いる.今回の検討では,35例のウイルス性脳炎の うちHSV脳炎の確実例は14%で, Kennardら9> の報告と一致する.しかし,疑診例が29%あり, この中にはHSV以外のウイルスによる脳炎が見 逃されている可能性が高い. 平均発症年齢をみると,本邦では庄司10)による 29.6歳の報告があり,VZV脳炎ではJemsekら6) の64.0歳(12例)の報告がある.EBV脳炎の発症 年齢に関する報告は少ないが,Bernsteinらu)に よると伝染性単核症に神経障害を合併した患者の ほとんどが20歳台から30歳台であった.この数値 は今回検討した症例とよく一致し,少なくとも VZV脳炎の発病年齢は高いものと考えられた. Hope−Simpsonら12)によると帯状庖疹の発症率 は20歳から50歳までは一定であるが,50歳を越え ると年齢と共に増加する.VZV脳炎の平均発症年 齢が高いことは帯状庖疹の発症率からみると当然 と思われる.また,松井ら13)によるとVZV髄膜 炎,脳炎は本邦では文献上1979年までに38例に過 ぎない.帯状庖疹が頻度の高い疾患であることを 考慮すると,この報告数は極めて少ない.しかし, 近年帯状庖疹に無症候性の髄膜炎が高率に合併す ることが知られるようになり報告が相次いでい る14)15).庄司ら14)は帯状庖疹10例中8例で髄液細 胞増多を認め,そのうち2例では項部硬直を認め たと述べている.Mazurら16>の報告では帯状薬疹 104例中5例がVZV脳炎を合併したという.本検討ではVZV脳炎はウイルス性脳炎の17%を占
め,従来の報告よりもはるかに多いものと考えら れた. また,Jemsekら6)は免疫抑制状態の患老に VZV脳炎が多かったと報告しているが,本検討で は6例中5例では免疫低下を起こす合併症は認め られず,これらの症例が軽症であったことを考え ると髄膜炎と同様に,軽症のVZV脳炎は看過さ れてきた可能性が考えられる.EBV感染の確定診断が困難であるため,伝染性 単核症の神経障害の合併率は0.37から26.5%と報 告17)により様々であるが,Johnson1)は5%前後で あろうと述べている. 2.臨床症状 HSV脳炎では従来の報告8)王。)と同様側頭葉症 状の特異性が高かった.逆に,小脳症状は認めら れず,本邦例の集計10)においても失調症は86例中 1例と極めて稀であった.このことは,従来あま り強調されていなかったが,VZV脳炎やEBV脳 炎に小脳症状が高率に認められたことを考える と,HSV脳炎の一つの特徴であると思われた.し かし,Whitleyら18)の報告では脳生検で診断され た症例の40%に失調症が認められており,この相 違が診断法の違いによるものとすれぽ重大な問題 であり,今後の検討課題と考えられた. 高須ら8)によるとおが国で集計されたHSV脳 炎の80%は典型的なlimbic encephalitisであっ た.しかし,視床19)や脳幹20)に病変の主恩を有する 型や,後頭葉から始まった報告21),また,きわめて 軽症の経過を示した報告22)があり,側頭葉症状を 示さない非典型例は少数ではない可能性がある, 本検討において,自然経過で急速に改善した症例 があり,予後良好なHSV脳炎も存在すると考え られた. 次にVZV脳炎についてみると,頭部の帯状庖 疹に脳炎の合併が多く,皮疹出現から神経症状の 発症まで平均13日であった.神経症状は非特異的 で,髄膜刺激症状や髄液の炎症反応は軽い症例が 多かった.Jemsekら6)は明らかな局所脳症候を示 さないことを一つの特徴として挙げている.また, HSV脳炎とは異なり小脳症状を合併する頻度は
高い.帯状疸疹のないVZV感染症DやHSVによ
り帯状庖疹様の皮疹が認められた報告23)があり注 意を要する. EBVは伝染性単核症としての症状の有無に関 わらず,中枢神経感染症を起こし得ることが知ら れている24).Bernsteinら11)によるとEBV脳炎は 全脳炎型と小脳炎心に分けられたという.また, Groseら25)はGuillain−Barr6症候群24例中7例で EBV抗体価の有意な上昇を認め, EBVの病因的 役割の可能性を指摘した.しかし,Johnson1)は各 種の免疫疾患でVCA−lgGが上昇し, EA・D, VCA・IgMが復元し得ることを指摘し, EBVの神 経疾患における役割の評価が困難であると述べて いる. 今回検討した症例では頭痛などの髄膜刺激症状 に乏しく,髄液の細胞蛋白増加を示した症例は6 例中1例のみであった.6例中5例が急性小脳失 調症で,1例では外眼筋麻痺はないが,腱反射の 低下を認め,Fisher症候群との異同を考えるうえ で興味深い症例と考えられた.伝染性単核症を示 さなかった全脳炎が1例認められた. 3.脳波およびCT, MRI 亀井ら26)はHSV脳炎の本邦例99例の脳波およ びCTを分析し,脳波異常を99%に認め,そのう ち巣性異常を76%に,周期性同期性放電を28%に 認めた.また,CT異常は81%の症例に認められ, 脳波の方がCTより異常の検出率が高くかつ早期 に検出され,早期診断における脳波の重要性を指 摘している. 本検討では全例に脳波異常を検出したが,明らかな左右差や局在性の異常を検出した症例は
de丘niteの5例中2例に過ぎなかった.1例では 鼻咽頭誘導によりはじめて巣性異常が検出され有用であった.CTではde丘niteの5例中3例に異
常を検出したが,MRIで捉えられた画像をCTと 比較すると,CTではアーチファクトのために情 報が得られにくい側頭葉内側下面や島下部の病巣 が明瞭に描出され,MRIの有用性は極めて高いと 考えられた. したがって側頭葉の病変を検出するためには, 頻回に脳波を施行し,鼻咽頭試導を併用すると共 にMRIは必須であると考えられた. 一方,VZV脳波においても脳波では高率に全般 性異常を認めたが巣性異常を認めた症例はなく, また,CT, MRIに異常を認めにくい点も1つの特 徴と考えられた.EBV脳炎では,軽度の全般性癖 波面が認められたのみであった. 4.血清学的診断 アメリカではHSV脳炎の診断に脳生検を行う ことが一般的18)である.しかし,Whitleyら18)が臨153 床的にHSV脳炎を疑って脳生検を施行した症例 の44%がHSV脳炎ではなかった. False nega− tiveは約3%と診断率は高いもののfalse posi− tiveも3%に認められ,また,重篤な合併症が1 から2%に認められた. 一方,わが国では血清診断が中心である27)が,診 断には抗体価が急性期から回復期にかけて4倍以 上に上昇することが必要である.しかし,CF抗体 価の上昇には時間を要し,検出率も悪いことから, 最近ではもっぱら髄液のELISAが使用されてい る.水谷ら28)によるとELISAではHSV脳炎の確
実症例の95%に陽性であり,経過中に髄液の
HSV抗体が陽性にならない場合には,ほとんど HSV脳炎を否定できるという.しかし,髄液の ELISA係数が陽性を示した病日は4から72日で, 第10命日までに抗体が検出できた率は,CFの200 倍の感度をもつELISAでも45%, CFでは11% で,早期診断としては不十分であった.また,成人の80%はHSVに既往感染しHSV
抗体を有しており,血清中のHSV抗体は血清と 髄液の蛋白比に並行して髄液中に出現する29)の で,ELISAでは血清からの流入抗体を高率に検出 する可能性がある.さらに,血液脳関門の透過性 の充進によっても髄液抗体価の上昇が認められ る.これらの点を補正する方法として,Levineら3) は免疫粘着血球凝集反応を用いて抗体価の血清/ 髄液比を測定し,これが20以下であることが診断 上有用であると述べている.また,01ssonら30)や 太田4)は血液脳関門の透過性の指標として,血清 および髄液中のアルブミンで補正するIgG index を用いて信頼性のある結果を得ている.太田4)は 患者対象を用いて得られたmean+3SD(0.6)以 上を異常値としている.また,花田ら31)は流入抗原をより正確に補正するために,髄液抗HSV
IgG一(血清抗HSV IgG×抗対照ウイルスIgGの 髄液/血清比)が非HSV群の平均+SD以上とい う基準を用いて高い診断率を得ている.わが国ではELISAの結果を迅速に出すため
に,抗体価を最大希釈数で求めずに,吸光度を用 いて対照検体と比較するELISA係数が使用され ている.水谷ら28)はELISA陽性最大希釈数と ELISA係数の相関係数が髄液,血清ともに0.9以 上と有意の相関があることを述べている.そこで, 今回簡便法として,40倍希釈髄液のELISA係数 と,400倍希釈血清のEHSA係数の比を希釈倍数で補正して検討した.その結果,HSV脳炎の
de五nite症例では全例で抗体価の血清/髄液比は 20以下であり,一方probable, possible例では全 例で20以上と,高い特異性が認められた.VZV脳 =炎では3例中2例で,血清/髄液比は20以下であ り,VZV脳炎においても有用である可能性が示唆 された.特に,HSV脳炎ではCFによる髄液抗体 価の検出率がきわめて不良であったので,CFが 陰性の場合でも,ELISA係数のみでLevineの手 法を用いうる点は有用であると考えられた. また,definite症例では髄液抗体価が陽性で あって,IgG indexが上昇しな:い症例はなく,病 期を通じてIgG indexが上昇しない症例では, HSV脳炎の診断を疑う必要があると思われた. VZV脳炎においても髄液蛋白が上昇しなかった 症例を含めて,IgG indexは3例中2例で上昇し ていた.EBV脳炎ではIgG indexの上昇した症 例は1例のみで,IgG indexの上昇はHSV, VZV 脳炎に特異性が高く診断に有用であると考えられ た. 髄液IgM抗体についてみると, HSV, VZV脳 炎のいずれでも上昇した症例は認められなかっ た.水谷28)は成人ではIgM抗体価はほとんど上昇 せず,陽性になった症例では非特異的抗体を検出 していたと指摘している.したがって,IgM抗体価はHSV脳炎とVZV脳炎の診断には有用では
ないと考えられる.CFおよびELISAではVZVとHSVの間に交
差反応が存在する問題については,両者の抗体価 が上昇している場合,単一の検体では両者のウイ ルスが存在するのか,交差反応であるのか判定で きない.しかし,畑32)33)によると水痘発症後6カ月 を経過すると血清抗体価は低下し始めるので,日 本人の約90%が幼少時に水痘に罹患しているにも かかわらず成人では抗体保有率は約30%と少な く,血清抗体価が32ないし64倍以上であれぽ感染 は最近であると判断できるという.Gershonら34)はCFはVZVに対する感度が低いが,感染細胞
膜抗原蛍光抗体法を用いると中枢神経合併症を有 する帯状庖疹患者の髄液に全例抗体価の上昇を認 め,中枢神経合併症を有さない患者には髄液抗体 価を認めなかったと述べている.したがって,HSVとVZVを鑑別するために
は,CFを併用して髄液抗体価の上昇を確認する か,交差反応を示さない中和法(NT)31)やその他 の特異性の高い手法を併用することが必要であ る.本検討においても,ELISAでHSV抗体が陽 性であった症・例でも,CFでは髄液HSV抗体価は 上昇せず,鑑別に有用であった. EBV脳炎では髄液中のVCA・lgG抗体は,確実 例3例のうち1例でのみ上昇を認めた.千葉24)は EBVの中枢神経合併症では髄液抗体価が上昇し にくく,血清抗体価の推移と他のウイルスの偶発 的感染の有無を検索する必要性を述べている.ま た,髄液にEBV抗体価を認めた症例で,細胞蛋白 増多を欠く症例があり,神経所見の発症に単なる 炎症以外に免疫を介した機序が働いている可能性 も想定される.今後,伝染性単核症の症状を呈し ていない症例や髄液の細胞蛋白増加のない症例で も,EBV感染症の存在を検討する必要があると考 えられた. 5.治療ACVのHSVに対する有効性は既に確立され
ており35)36),臨床的にHSV脳炎が疑われた場合 に躊躇なく投与に踏み切ることに問題はないと考 えられる.当科ではpossibleを含めて5例に投与 し4例で有効であった.Whitleyら36)によると ACV投与時の意識レベルがグラスゴースコアで 6以下か,30歳以上の発症者は予後不良であった.ACVはウイルス特異性が高くHSVおよびVZV
以外のウイルスには無効である37>ので,経過中にHSV脳炎に合致しない所見があるときには
Ara−Aの投与を考慮すべきである.また,最近ACVに耐性のHSVの報告37)や再発性のHSV
脳炎の報告38)がある.ACVは一般に副作用が出に くいとされているが,1例でACV投与開始後急 速に腎障害が出現し,ACV中止により改善した 症例があり副作用には十分注意が必要である.VZV脳炎に対しAra−Aは投与した4例のうち
1例で有効であったが,3例では無効であった. 桑島ら39)は免疫不全症候群に合併した水痘5例中 2例に,帯状庖疹4例中1例に有効であったと報 告し,Corstonら40)は帯状抱疹脊髄炎に対しAra− Aが有効であったと述べている.しかし,正岡ら41)の報告によると水痘および帯状痕疹に対する
ACVの有効率はそれぞれ100%,93%であり, ACV投与後72時間で急速に臨床症状の改善を認 めた症例の報告42>もあるので,VZV感染症にはHSVと同様にACVが第一選択薬と考えられた.
EBV脳炎では予後は良好で,全脳炎型の1例で 逆行性健忘を残したが,小脳炎型は全例軽快した. Ara・Aは理論上37>EBVに対して有効であるが, 臨床的には有効性を検討した報告はなく,軽症例 では抗ウイルス薬を投与する必要性は少ないもの と思われた.しかし,EBVによる再発性の髄膜炎 の報告43)もあり,今後の検討が必要である. 結 語 1.当科で10年9ヵ月間に経験されたヘルペス 群ウイルス脳炎27症例について,特に臨床症状, 検査所見を検討した. 2.急性ウイルス性脳炎のなかでヘルペス群ウ イルス脳炎は最も頻度が高いと考えられた. 3.単純ヘルペス脳炎では,側頭葉症状,小脳症 状の欠如,鼻咽頭誘導脳波,頭部MRI, ELISAによるIgG抗体価の血清/髄液比, IgG indexの各項
目の特異性が高く,診断に有用であると考えられ た. 4.単純ヘルペス脳炎には軽症例や非典型例の 存在がうかがわれ,より特異性の高い診断法の開 発が必要であると考えられた. 5.帯状疸疹脳炎は高齢者に多く,健康成人にお いても発症し稀な疾患ではないと考えられた. 6.帯状庖疹脳炎:では脳波に高率に異常を認め, また,IgG indexは診断に有用である可能性が示 唆された. 7.Epstein−Barrウイルスは伝染性単核症や髄 液の炎症反応を伴わずに中枢神経障害をきたす可 能性があり,特に急性小脳失調症ではEpstein− Barrウイルスの検索が重要であると考えられた.
終わりに単純ヘルペスウイルス2型抗原および抗 体を測定して頂いた帝京大学医学部中央検査部ウイ ルス室田島マサ子先生に深謝致します. 文 献 1)Johnson RT:神経系のウイルス感染症.(植木幸 明監訳),西村書店,新潟(1986) 2)小森隆司,柴田興一,亀井英一ほか:脳幹脳炎の 3症例.太田病年報 22:43−46,1987
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