日本福祉大学社会福祉論集 追悼号 2012 年 6 月
はじめに−宮田先生は COE で強いリーダーシップを発揮された
私が宮田和明先生に初めてお会いしたのは, 1985 年 4 月に日本福祉大学に赴任する前年の 1984 年 12 月です. 当時教務部長をされていた先生は, わざわざ私の当時の勤務先 (東京・代々 木病院) まで, 「割愛願い」 を持っていらっしゃいました. 本学に赴任後, 私が宮田先生の在籍 中に担当したほとんどの役職−教務部副部長 (1995∼1996 年度), 社会福祉学部長 (2003∼2004 年度), 大学院委員長 (2005∼2008 年度)−は, 先生から直接依頼・指名されたものでした. そ のために私は宮田先生から大学管理業務の心構えとノウハウを学んだと言っても過言ではありま せん. しかし, 私が宮田先生で忘れられないことは, 先生が本学の文部科学省 「21 世紀 COE プログ ラム」 (以下, 適宜, COE プログラムまたは COE と略記) で, 学長としての強いリーダーシッ プを発揮されたことです. 先生は, 文部科学省への申請時だけでなく, 採択後も, COE 推進本 部長として, 5 年間 (2003∼2007 年度), 大学全体の研究の推進・支援体制を確立・維持されな がら, 常に大局的かつ細部にわたって COE の教育・研究活動を指導されました. COE プログ ラムの採択理由にも, 「リーダーの意欲は高く, 大学全体の支援も評価する」 と書かれていまし た. 私は COE プログラムの 「拠点リーダー」 として 5 年間先生の指導を受けることにより, 多 数の教員・研究員・院生等が参加する大規模研究のマネジメント能力を身につけることができま した. 本稿では, COE プログラムの 5 年間を振り返ることにより, 宮田先生の追悼に代えさせてい ただきます. 本文前半の 「日本福祉大学・21 世紀 COE プログラム本格始動」 は COE 採択直後 に発表した文書を圧縮したものです(1). 後半の 「21 世紀 COE プログラム−5 年間の教育・研究 の総まとめ」 は, COE プログラム終了直前に発表した文書を一部補強したものです(2). [ ] 内 は, 現時点での補足・訂正または COE 終了時 (2008 年 3 月) の最終数値です. COE プログラ ムの 「キセル」 的報告で恐縮ですが, この方が当時の熱気や高揚感が伝わるし, 「歴史の証言」 にもなると考えました.宮田和明学長と 21 世紀 COE プログラム
二
木
立
Ⅰ
日本福祉大学・21 世紀 COE プログラム本格始動 (2003 年度)
本学の研究教育プロジェクト 「福祉社会開発の政策科学形成へのアジア拠点」 が, わが国の大 学に世界最高水準の研究教育拠点を形成することを目的とした文部科学省の 2003 年度 「21 世紀 COE プログラム (社会科学分野)」 に採択されてから 3 カ月が経ちました. 夏休み中に行った 3 回の準備会議を経て, 9 月 23 日に名古屋キャンパス北館で開催した第 1 回 COE 推進委員会全体 会議で, それがいよいよ本格的に始動しました. この全体会議には, 当初の予定を大幅に上回る 45 名の教職員・院生が参加し, 宮田学長のご あいさつの後, 下記の 3 議題を中心に活発な討論が行われ, 今後の研究方向と体制を確認しまし た. ①拠点リーダーからの 「基調報告」, ② 5 分野の各グループ・リーダーからの研究・教育計 画の報告, ③本プロジェクトの全体像の共通理解と個別分野の諸研究・計画の融合・統合へ向け ての自由討論. 以下はそれのまとめです. 1 本学プロジェクトのポイント 本学の提案した研究教育プロジェクトの目的を一言で述べますと, 本学の大学院社会福祉学研 究科が蓄積してきた高齢者ケアを中心とする福祉分野の政策科学・評価研究と, 本学の大学院国 際社会開発研究科が蓄積してきた発展途上国の貧困地域の参加型社会開発研究とを融合・統合し て, 「福祉社会開発学」 とでも呼ぶべき新しい学問領域を創出し, 本学を中心にその 「アジア拠 点」 を形成することです. 本プロジェクトの申請母体は大学院社会福祉学研究科社会福祉学専攻 ですが, 実態的には大学院国際社会開発研究科との共同プロジェクトです. この目的を達成するために, 次の 5 つの分野の研究教育を推進します. ①高齢者ケアの政策科 学形成, ②日本の中山間地における地域ケア, 福祉社会開発モデル研究, ③東南・南アジアにお ける福祉社会開発の方法論的研究, ④東アジア福祉社会開発研究, ⑤保健医療福祉の統合システ ムの研究. 本プロジェクトは, 本学の教員だけで約 30 人 (うち 「事業推進担当者」 10 人), 他大学の教 員, 本学の大学院生・研究員を加えると総勢 50 人が参加する, 本学史上最大規模の研究・教育 プロジェクトです. 2 本学の提案が 21 世紀 COE プログラムに採択されたことの意義とその要因 ここで, 21 世紀 COE プログラムに本学の提案が採択されたことが, どれほど画期的なことか を, 次の 3 つの指標から確認したいと思います. 第 1 は, 本学が社会福祉系大学では 「オンリー ワン」 の採択なことです. 第 2 は, 本学が社会科学分野全体でも 「5 大私学」 の一角を占めたこ とです. ちなみに, 本学以外の 4 大学は, 慶応義塾大学, 早稲田大学, 同志社大学, 関西学院大 学という, 東京と関西の超有力私学です. 第 3 に, 同じく社会科学分野では, 国公立大学を含め,東海地方・中部地方で唯一の採択です. 次に, 本学の提案が採択された 3 つの要因を述べます. 第 1 は対外的要因で, 文部科学省が当 初の 「トップ 30」 (大学単位の採択) から 「21 世紀 COE プログラム (学問分野別の採択)」) に 方針変更したことがあげられます. 率直に言って 「トップ 30」 は本学にとって高嶺の花でした が, 学問分野別の採択への方針変更により, 「小さくてもきらりと光る」 本学のような中堅大学 のプロジェクトが採択される可能性が生まれました. それに加えて, 採択にあたっての日本的 「バランス主義」 と福祉重視の 「時代の風」 が追い風になったことも見落とせません. 第 2 の要 因は, 言うまでもなく, 本学の 50 年の社会福祉教育・研究の蓄積です. 特に, 1990 年代後半以 降の本学の積極的な事業展開−特に, 経済学部経営開発学科 [2003 年時・福祉経営学部] の開 設, 大学院強化, アジアの拠点大学 (南京大学等) との提携−が, 今回の採択に大きく寄与した ことは間違いありません. 第 3 の要因は, 視野が広くしかも魅力的な研究テーマを設定したこと です. これは今回の採択の直接的要因であり, その 3 大功労者は, 短期間の 「突貫工事」 で膨大 な申請書類をまとめた平野隆之社会福祉学部教授, 穂坂光彦福祉経営学部教授, 研究課秋田優氏 と言えます. もちろん大学トップ (特に諏訪兼位前学長, 宮田和明現学長, 福島一政学長補佐) が準備作業を全面的に支えたことは言うまでもありません [肩書きは 2003 年度時]. ただし, 本学の提案はある意味で 「条件付き」 採択であることも冷静に認識する必要がありま す. 21 世紀 COE プログラム委員長の江崎玲於奈氏によると, 審査過程で, 採択された COE プ ログラムは 「3 つの範疇」 にランク付けされたそうです (「世界的研究促す助成計画」 読売新聞 2003 年 8 月 28 日). 「3 つの範疇」 の詳細は公開されていませんが, 本学の提案は採択後文部科 学省から 「拠点形成計画調書」 の大幅な補強を求められたことから, 第 3 ランク 「計画の改善後, 一層の努力で世界水準達成が期待されるもの」 と位置づけられたと思われます. そもそも, 21 世紀 COE プログラム自体に 「中間評価制度」 が組み込まれており, 2 年間で研究教育の実績が あがらなければ, 承認の取り消しもありうるのです. それだけに, 最初の 2 年間で, 最低限, 本学が 「世界水準の拠点」 となるための足がかりを築 くために, 各分野の個別の研究教育を旺盛に進めるとともに, それらを融合・統合した 「福祉社 会開発学」 確立へ向けて 「一層の努力」 をする必要があります. 3 21 世紀 COE プログラム推進に当たっての本学の戦略目標と数値目標 5 年間の戦略目標と数値目標 COE プログラムを 5 年間推進する上での, 戦略目標は以下の 2 つです. 第 1 は対外的目標で, 名実ともに, 社会福祉学全般と国際社会開発の教育・研究の 「アジア拠点」 になり, 国内外の研 究者等から, 「両分野は, 日本では福祉大に学べ」 と言われる大学になることです. 第 2 は学内 的目標で, COE プログラムをバネ・触媒として, 2003 年度に実現した大学院校舎の物理的統合 (名古屋キャンパスの開設) から, 大学院全体の組織的・機能的統合へ進むことです. 第 1 の戦略目標を達成するために, 以下の数値目標を立てました. まず, 確実に実行する必要
がある数値目標は, COE 関連の共同研究の成果をまとめた研究書を 5 年間で最低でも 5 冊以上 出版すること, および国際シンポジウムまたは大規模研究発表会を毎年開催することです. なお, 前者には単なる 「報告書」 は含まず, 可能な限り叢書化をめざします. 後者は, 2003 年度中に 2 回開催を予定しています. 数値目標の 「努力目標」 は, アジアの提携大学等からの大学院留学生の 25 人受け入れと博士 号授与者を COE 非関連分を含め 25 人出すことです (内訳は, 日本人院生 10 人, 留学生 10 人, 本学教員 10 人). 21 世紀プログラムのヒアリングでは, 本学の提案の最大の弱点として, 留学 生の大学院への受け入れ実績が少ないことと, 大学院の博士号授与者の実績がわずか 2 人にすぎ ないことが指摘されましたので, この 「努力目標」 をたてました. 最初の 2 年間の研究書出版目標・計画 最初の 2 年間に, COE を冠した研究書を 3 ∼ 5 冊出版し, しかも可能な限り, それの叢書化 を追求します. なお, 商業ベースの出版が困難な場合は, 「COE 出版助成制度」 を活用します. (以下, 略) 4 5 年間の研究教育推進体制 COE プログラムの 5 年間の研究教育推進体制は以下の通りです. なお, 名古屋キャンパス北 館 7 階に COE プログラムの専用研究スペースを 2 室確保し, COE 関連の研究会・会議は, 原 則としてすべてそこで開催します. COE 推進本部会議と COE 推進委員会
COE プログラムは全学的事業ですので, 「COE 推進本部会議」 と 「COE 推進委員会」 という 2 段階の研究教育推進体制を発足させました.
COE 推進本部 (議長:宮田学長) は, COE プログラムのいわば 「戦略本部」 で, COE プロ グラム推進の全体的方針を検討・作成します. COE 推進委員会 (委員長:二木) は, COE プロ グラムのいわば 「実施部隊」 で, 各グループの研究の進行状況の報告・点検・調整等を日常的に 行うとともに, 各分野の研究を融合・統合し, 「福祉社会開発学」 を創出するための討論を行い ます. COE 推進委員会は, 推進本部委員, プログラム参加教員・院生等の自由な参加を認める 「開かれた」 委員会とします. また, 必要に応じ, プログラム参加教員・研究者全員が参加する 「全体会議」 を開催します. COE 主担教員の制度化 COE プログラムの研究教育に専念する 「COE 主担教員」 を制度化します (その後, 教員制度 改革検討委員会での議を経て, 大学運営会議・評議会等で承認). COE 主担教員は, 社会福祉学領域, 国際社会開発領域から各 1 人選出し, 任期は 1 年としま すが, 継続も認めます. COE 主担教員の, COE プログラム以外の業務は, 原則として大学院教 育と教授会出席のみとし, その他の校務は免除します.
拠点リーダーの 3 つの役割 拠点リーダー (二木) は以下の 3 つの役割を果たします. 第 1 に, COE 推進委員会を主催し, 各チームの研究の進行状況の点検と調整等を行うととも に, 各分野の研究を融合・統合した 「福祉社会開発学」 形成に向けての討論を組織します. 第 2 に, 「業績主義」 に徹し, 各チームおよび参加教員・院生の研究成果の発表 (学会発表, 論文執 筆, 本の出版) を点検・督促します. この点に関しては, 各分野の単なる 「調整役」 に終わるこ となく, 「詰めがキツイ」 「赤ペン先生」 の特技を発揮して, 各研究への疑問・質問・要望を率直 に出します. 最低限, 他分野の研究者・院生が読んで理解できるような, 分かりやすい文書にす ることを求めます. 第 3 に, 中身のある 「COE 推進委員会ニューズレター」 を隔月発行します. あわせて, 「事業推進担当者」 の一員として, 「保健医療福祉の統合システムの研究」 も進めま す. 5 今後推進予定の 5 分野の個別研究の全体像 今後推進予定の研究は以下の 5 分野, 10 グループです (グループ名は略). 5 分野は文部科学 省に提出した 「拠点形成計画調書」 に明記しているため変更できませんが, 各分野内の具体的な 研究テーマは今後修正・統合する可能性があります:①高齢者ケアの政策科学形成, ②日本の中 山間地における地域ケア, 福祉社会開発モデル研究, ③東南・南アジアにおける福祉社会開発の 方法論的研究, ④東アジア福祉社会開発研究, ⑤保健医療福祉の統合システムの研究. [第 3 年 度から, 次の 5 領域に再編しました:A 融合推進研究, B 先進国の政策評価研究, C 日韓比較研 究, D 中国・モンゴル福祉社会開発研究, E 南・東南アジア福祉社会開発研究.] なお, 2003 年度は, 時間的制約から, 本学内での研究の推進に限定せざるをえませんが, 2004 年度からは, 国内外 (長野県, 南京大学・延世大学・フィリピン大学等) での 「拠点形成」・「共 同研究センター」 設置を進めるとともに, 各種の 「人材養成プログラム」 を開始する予定です. 6 第 1 年度の COE 関連大規模研究会, COE 推進委員会, 「ニューズレター」 発行の予定 (略) 7 その他 研究人材育成制度 (略), 大学院においての 「COE 特別講義体系」 の創設 (略), COE 出版助成制度の創設 (略)
Ⅱ
21 世紀 COE プログラム−5 年間の教育・研究の総まとめ (2007 年度)
次に COE プログラム 5 年間の総まとめを行います. 手前味噌ですが, Ⅰ−3−で掲げた 「戦略目標と数値目標」 はほとんど達成できたと自己評価しています.1 本研究プロジェクトの目的・原点:福祉社会開発学の構築 本研究プロジェクトの目的・原点は, 先進国の高齢者ケアを中心とする福祉分野の政策科学・ 評価研究と発展途上国の参加型社会開発とを統合して, 新しい学問領域である 「福祉社会開発学」 を創出し, 本学を中心にその 「アジア拠点」 を形成することです. 従来, これら 2 領域の研究は, 国内的にも, 国際的にも別個に行われており, それの統合・融合は世界初の野心的試みです. そのために本研究プロジェクトでは, この 5 年間, 関連する 5 分野 (3 年次からは 5 領域) の 個別研究をすすめるとともに, 全分野 (領域) の研究者・大学院生が参加する COE 推進委員会 などで, 各分野の共通基盤となる福祉社会開発学の構築をめざして, 学際的共同研究を進めてき ました. このような福祉社会開発学の確立へ向けての最初の成果・「中間報告」 が, 2005 年 3 月に出版 した 福祉社会開発学の構築 (ミネルヴァ書房) でした. 本書により福祉社会開発学の基本的 特徴は示せました. それらは, 政策環境として 「地域社会」 を重視し, 地域社会の各主体間の相 互作用を重視する 「プロセス・アプローチ」 と 「アウトカム評価」 とを統合することです. 2 3 本柱の研究・教育活動 COE 研究プロジェクトは, このように福祉社会開発学の構築を大目標として, この 5 年間, 以下の 3 つの柱の研究・教育活動を行ってきました. ①福祉社会開発学の研究成果を 「二本立」 で発表すること, ② COE 関連の学位取得者を輩出すること, ③福祉社会開発の研修・人材養成 の国内外の拠点を形成すること. ①福祉社会開発学の研究成果を 「二本立」 で発表することの第 1 の柱は, 5 領域の個別研究を, 福祉社会開発学への統合・融合を念頭に置きつつ, 旺盛に継続し, その研究成果を国内外に発信 することです. 具体的には, 専門雑誌での発表と専門書の出版に加えて, 国際社会への発信を重 視してきました. 実は, この点は 2005 年度の 「中間評価」 において, 本学の研究プロジェクト の弱点として指摘されたことでしたが, その後の 2 年間, この弱点は急速に克服されました. 国際社会への発信について本研究プロジェクトが特に重視していることは, 英語によるものだ けでなく, 東アジア諸国の言語 (中国語, 韓国語, モンゴル語) での発表を積極的に行うことで す. その第 1 弾として, 2006 年 4 月に, 拠点リーダーである私の研究論文集の韓国語訳を韓国 で出版しました (丁炯先延世大学教授訳 日本の介護保険制度と保健・医療・福祉複合体 ㈱ 青 年医師). 研究成果の発表の第 2 の柱は 5 つの領域・各分野の研究を統合・融合した福祉社会開発学その もの著書 を世に問うことです. 上述した, 福祉社会開発学の構築 はその第 1 弾でした. ②COE 関連の学位取得者の輩出については, 日本人大学院生だけでなく, 留学生の大学院生 の博士号取得を重視してきました. 本プロジェクトが始まって以来, 特に中国と韓国から優秀で 意欲的な留学生が急増しているためです. さらに 2006 年度からは, 本研究プロジェクトに参加 している教員の学位 (論文博士) 取得を飛躍的に増やしました. 隗より始めよで, 拠点リーダー
である私と近藤克則教授が 2006 年度, 第 2 の博士号 (社会福祉学) を取得しました. [最終的に は, COE 期間中 (2003∼2007 年度) の博士号取得者は COE 非関連分も含めて 23 人, COE 関 連分に限定しても 14 人です (うち留学生 4 人, 教員 2 人)] ③福祉社会開発の研修・人材養成の国内外の拠点の形成については, 国内では, 本学以外に最 低 1 箇所 「研修センター」 を開設することを目的にしてきました. 候補地は長野県佐久地域と山 形県最上町です. 国外でも, 東南アジアの複数の国の大学への開設をめざしてきました. 現時点 でほぼ確実なのは, フィリピン国立大学とスリランカの国立ジャフ大学ですが, マレーシアの大 学でも可能性を検討中です. なお, この場合は, 各大学の研修センターの設立と運営に本学 COE が協力する形をとる予定です. さらに, 韓国・中国の有力大学との共同研究事業を定着さ せてきました. 3 世界水準または世界水準となりうる研究成果 福祉社会開発学のアジア拠点形成の目的に沿ったプログラム開始後の研究は多岐にわたります が, 特に世界水準または世界水準となりうる研究成果は, 少なくとも 4 つあります. 第 1 は, 介護保険の自治体単位および利用者単位のデータベースを構築・蓄積し, それに基づ いて作成した高齢者ケア政策評価ソフトを開発・運用していることです. この研究事業は, 本学 大学院社会福祉学研究科の平野隆之教授グループが中心になって推進しています. これにより, 高齢者ケアのマクロ・メゾ・ミクロレベルでの多面的評価が可能となり, その成果は全国の多数 の自治体で, 介護保険の政策評価や改革の基礎資料としても用いられています. これは世界最高 水準のデータベースと評価ソフトで, 現在, 韓国の高齢者ケアの政策評価研究にも応用を準備中 です. 第 2 は, 本学大学院社会福祉学研究科の野口定久教授グループが進めている, 福祉国家・福祉 社会の日韓比較研究です. 本研究は, 本学を中心とする日韓研究者の共同研究で, 従来の欧米諸 国中心の福祉国家モデルとは異なる 「東アジア福祉国家モデル」 の可能性を提起するとともに, それを通して福祉国家の新たな国際比較の基準・視点を提起しています. この研究は, 日本・ 韓国−福祉国家の再編と福祉社会の開発 シリーズ (中央法規) として順次出版予定であり, そ の第 1 弾 (第 1 巻) として, 2006 年 12 月に 福祉国家の形成・再編と福祉社会の開発 を出版 しました. [第 2 巻 家族/コミュニティの変貌と福祉社会の開発 は 2011 年 2 月に出版しまし た.] これは総論レベルの日韓比較研究と言えますが, 保育・子育て政策に焦点化した日韓比較研究 も進んでいます. これは本学大学院社会福祉学研究科の勅使千鶴教授グループが進めているもの であり, 2008 年 3 月に 韓国の保育・幼児教育と子育て支援の動向と課題 (新読書社) を出版 しました. 第 3 は, 本学大学院社会福祉学研究科の近藤克則教授グループが鋭意進めている, 日本の健康 格差の実証研究です. これの最初の成果は, 近藤教授が 2005 年に出版した 健康格差社会−何
が心と健康を蝕むのか (医学書院) で, これはその斬新な切り口・方法論が注目され, 2006 年 社会政策学会奨励賞を受賞しました. さらに, 現時点における日本の健康格差の実証研究の金字 塔となるのが, 近藤教授等が 2007 年出版した 検証 健康格差社会 (医学書院) です. 本書は, 本学 COE 研究プロジェクトが継続してきた大規模疫学調査により, 日本における健康格差の実 体を初めて包括的に明らかにした研究で, しかも単行本としては異例なことに査読を経て出版さ れました. この研究成果は, 国際的にも大きな注目を集めており, これの一端を発表した報告は 本年の第 135 回アメリカ公衆衛生学会学術集会で, 若手研究者対象の学会賞を受賞しました. 第 4 は, 本学大学院国際社会開発研究科の余語教授が中心となってまとめた 地域社会と開発 の諸相 です. 本書は, 途上国のミクロ開発・研修分野で用いられてきた 「余語理論」 を集大成 し, それを東南アジア・南アジア・アフリカ・南米の最高レベルの大学・研究者との共同研究に よって検証しています. これは英文・全 6 冊の大著です. [その後, 地域社会開発叢書 (全 5 巻) に変更され 2008 年 3 月に, 第 1 巻:地域社会と開発―東アジアの経験 が出版されています.] 4 アジア拠点形成のための組織的取り組み 次に, 福祉社会開発学のアジア拠点形成のための組織的取り組み面での成果を紹介します. こ の取り組みは本学の研究プロジェクトが COE プログラムに採択された 2003 年度から本格的に 始めたものですが, 研究・研修体制の両面で急速に整備されました. 主な取組 は以下の 5 つで す. 第 1 に, 学内の研究体制に関しては, 研究活動の遂行・点検を本学の管理運営機構の中に明確 に組み込みました. 従来は, 本学のような中規模・中堅大学でも, 所属学部・研究科や研究領域 の壁は厚かったのですが, この機構改革により, 一気にそれらの枠を超えた学際的共同研究が進 みました. [2007 年度には, COE プログラムの教育・研究の成果を踏まえて, 既存の 3 研究科 の博士課程を統合した 「福祉社会開発研究科」 (当初 4 専攻. 現在, 社会福祉学専攻, 福祉経営 専攻, 国際社会開発専攻の 3 専攻) を開設しました.] 第 2 に, 韓国・延世大学, 中国・南京大学, フィリピン国立大学, モンゴル国立大学などのア ジアの有力大学およびイギリス・マンチェスター大学との共同研究・研究交流・共同研修事業が 進みました. この点で特筆すべきことは, 韓国・延世大学と本学の共催で, 2006 年以降, 毎年, 「日韓定期 シンポジウム」 を開催することになったことです. 第 1 回シンポジウムは, 2006 年 5 月ソウル で 「高齢化による保健福祉政策の日韓比較」 をテーマにして開催し, 第 2 回シンポジウムは 2007 年 6 月に名古屋で 「少子高齢化に直面する日韓の福祉政策」 をテーマにして開催しました. いず れのシンポジウムでも, 両国を代表する研究者による高水準の報告に続いて, 「ディベイト」 と もいうべき率直で活発な討論が行われました. 第 2 回シンポジウムの全記録は日韓で出版しまし た (日本分は, 日本福祉大学社会福祉論集 特集号(3)). 第 3 に, COE プログラム採択後, 中国・韓国, その他の途上国からの優秀な留学生の大学院
入学も急増しています. 特に, 中国・韓国からの留学生はそれぞれ 10 名を超え, 大学院生の 「一大勢力」 になっています. しかも, 2005 年度から, 毎年, 博士号取得者が生まれています. [COE プログラム最終年度の修士・博士課程の留学生 (在籍者) は 41 人, これに 2003∼2006 年 度修了者 36 人を加えると 77 人に達します. 留学生の国籍は, 中国・韓国を中心にアジア 11 か 国に達します.] 第 4 に, 国内の中山間地域の再生・福祉社会開発のための人材養成の研修事業を, 当該自治体 の協賛を得つつ, 各地で開催しています. 第 5 の, そしてもっとも強調すべき成果は, 2005 年度 (COE 3 年次) 以降, COE プログラ ム関係者から大量の博士号取得者を出していることです (2005 年度 5 人, 2006 年度 5 人, 2007 年度 4 人). 実は, 本学 COE 研究プロジェクトの第 1・2 年次の最大の弱点は博士号取得者がわ ずかであることであり, この点は 2005 年度の 「中間評価」 でも厳しく指摘されました. しかし 2005∼2007 年度にはこの弱点を一気に挽回できました. しかも, 2007 年度以降も, 着実に博士 号授与者を出せる見通しが立っています. 5 5 年間の研究の総まとめ− 福祉社会開発学 の出版 最後に, 2007 年度に本プロジェクトが最大の努力を注いだ 福祉社会開発学−理論・政策・ 実際 について紹介します(4). これは, 先述した 福祉社会開発学の構築 を, 総論・各論の両 面で大幅にレベルアップしたもので, 大学院教育を念頭に置いた 「より進んだ教科書」 を目指し ています. これの出版により, 新しい学問である 「福祉社会開発学」 の確立と普及が一気に進ん だと自己評価しています. それの構成は, 以下の通りです. 第Ⅰ部 福祉社会開発の理論:第 1 章 理論と方法の枠組み, 第 2 章 福祉社会開発概念の諸 側面. 第Ⅱ部 福祉社会開発の戦略:第 3 章 社会的排除と包摂戦略, 第 4 章 貧困・障害と地 域戦略. 第Ⅲ部 福祉社会開発の実際:第 5 章 福祉社会開発のためのプログラム開発, 第 6 章 福祉社会開発の人材養成, 第 7 章 福祉社会開発によるプログラム評価. [ COE プログラム全体の研究成果と言える 福祉社会開発学の構築 と 福祉社会開発学 を含めて, COE プログラム期間中の 5 年間に, COE 参加者が出版した書籍は 30 冊近くに達し ました. このうち, 2007 年 7 月までの 4 年 4 カ月間に出版した 22 冊の概要は COE 推進委員 会ニューズレター 8 号に紹介しています(5).]
おわりに−COE の成果は今も続いている
以上, 宮田先生が学長任期中に強いリーダーシップを発揮された 21 世紀 COE プログラムの 「初心」 と 5 年間の 「成果」 について紹介してきました. COE プログラムが 2007 年度で終了し てから今年度で 4 年目ですが, その成果は現在も続いています. ここでは主なものを 3 つ紹介し ます.まず, 研究組織としては, 2008 年度に COE プログラムを引き継ぐ形で, 「アジア福祉社会開 発研究センター」 が設立されました. これに加えて, 「地域ケア研究推進センター」, 「福祉政策 評価センター」, 「健康社会研究センター」 の 3 センターでも, ポスト COE 的研究が旺盛に進め られています. 次に, 学位取得面では, COE 取得後も, 毎年 2 桁 (近い) 博士号取得者が生まれています (2008 年度 10 人, 2009 年度 6 人, 2010 年度 6 人, 2011 年度 10 人). 特筆すべきことは, 本学教 員 (特に社会福祉学部所属教員) の学位論文取得が継続していることです. 本文では触れません でしたが, これには, 宮田先生が学長時代の 2007 年度に制度化された 「学位取得目的留学制度」 も大きな役割を果たしています. 第 3 に, 大学の国際化という点でも, COE プログラム時代に始まった韓国・延世大学と南京 大学等, 海外の大学との研究交流が継続しています. 例えば, 2011 年度は 11 月 12 日に, 本学 と延世大学の共催で 「日本と韓国の医療・福祉政策研究の最新動向」 を統一テーマにして, 「第 6 回日韓定期シンポジウム」 を開催しました. 実は, COE プログラム終了と同時に, 留学生を対 象にした各種の研究人材育成制度も終了したため, 留学生の大学院入学は激減したのですが, 2012 年度からは, 優秀な留学生 (博士課程) に対する授業料の特別減免制度 (最大 3 年間全額 免除) を導入するなどして, 留学生の大学院入学を再び大幅に増やすことを計画中です. 大学の国際化という点で見落としてならないのは, 本学教員の国際学会での旺盛な研究発表 (特にアジア地域での) が, COE プログラム終了後も定着していることです. 例えば, 本年 9 月 に韓国釜山市で開催された第 7 回社会保障国際会議には, 本学から 5 人が参加・研究発表しまし た (日本の他大学はほとんど 1 人の参加・研究発表のみ). しかも, このうち 4 人は, COE プロ グラムへの参加者でした. 宮田先生がまかれた種は今もこうして毎年果実を実らせ続けています. 宮田先生, 安らかにお 眠りください.
補遺−宮田先生は複眼的視点で福祉政策を研究をされた
宮田先生の研究業績については, 他の方が詳しく書かれると思いますが, 私にもぜひ一言書か せていただきたいことがあります. それは, 宮田先生が政府・厚生労働省の福祉政策に批判的な 視点を保ちつつ, それを全否定せず, 常に 「複眼的」 視点から分析されていたことです (例: 新版 社会保障・社会福祉大事典 (旬報社, 2004) の第 3 部第 6 章 4 「戦後社会福祉の政策研 究と理論」). これは, 革新的福祉研究者の多くが, 政府・厚生労働省の制度改革 (社会福祉基礎 構造改革や介護保険制度等) を 「福祉切り捨て」・「福祉解体」 と全否定しているのと対照的です. 実は私は, 先生と同じ複眼的視点から, 医療・社会保障政策の分析を行っていたのですが, 20 世紀末に, 政府・体制内の医療・社会保障改革のシナリオが, 究極的には国民皆保険・皆年金制 度の解体を目指す新自由主義的改革シナリオ (経済財政諮問会議や経済官庁等) と国民皆保険・皆年金制度の大枠を維持しつつそれの部分的 2 階建て化を目指す改革シナリオ (厚生労働省) の 2 つに分裂したことを発見し, それらに公的医療・社会保障の拡充を目指す第 3 のシナリオを加 えた 「21 世紀初頭の医療・社会保障改革の 3 つのシナリオ」 説を, 2001 年から提起していまし た(6). この分析枠組みは医療経済・政策の研究者の間では多くの賛同を得ていたのですが, 残念なが ら, 福祉政策の研究者からはほとんど注目されませんでした. しかし, 宮田先生からは, 2004 年 8 月に私信で 「社会福祉政策の批判的分析にあたっても 第 1 のシナリオ と 第 2 のシナリ オ に相当するものをきちんと区別する必要性と重要性」 があると評価していただき, 大変意を 強くしました. 引用文献 二木立 「日本福祉大学・21 世紀 COE プログラム 福祉社会開発の政策科学形成へのアジア拠点 本 格始動」 日本福祉大学・COE 推進委員会ニューズレター 第 1 号:1-7 頁, 2003 年 10 月. 二木立 「21 世紀プログラム−5 年間の教育・研究の総まとめに向けて」 日本福祉大学・COE 推進委 員会ニューズレター 第 8 号:2-5 頁, 2007 年 10 月. 「第 2 回日韓定期シンポジウム 少子高齢化に直面する日韓の福祉政策−両国の挑戦 」 日本福祉大 学社会福祉論集・特集号 2007 年 12 月. 二木立 (代表編者), 穂坂光彦・平野隆之・野口定久・木戸利秋・近藤克則 (編著) 福祉社会開発学− 理論・政策・実際 ミネルヴァ書房, 2008 年 3 月. 「COE 研究成果関係書籍の紹介」 日本福祉大学・COE 推進委員会ニューズレター 第 8 号:6-21 頁, 2007 年 10 月. 二木立 21 世紀初頭の医療と介護 勁草書房, 2001, 序章 「21 世紀初頭の医療・社会保障改革−3 つ のシナリオとその実現可能性」.