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<総説>インフォームド・ディシジョン時代の医療 利用統計を見る

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由梨医大誌12(3),87∼93,1997

インフォームド・ディシジョン時代の医療

石 崎 泰 雄 山梨医科大学法学 抄録:1950年代から60年代にアメリカで誕生したインフォームド・コンセント法理は,日本の医 療現場にも浸透し始めているようにも見える.しかし,その内容を,「医師が,患者に情報を与え て,患者から治療の同意を取り付けることである」と理解する医師も多いのが現状である.そうし た誤解を招く原因は,この法理誕生の時代的制約とその言葉自体の持つ原初的意味にも存するので はないかと考える.先進諸外国では,判例・学説でも次第にインフォームド・コンセントに代わり, インフォームド・ディシジョン(情報開示による意思決定)なる用語が用いられ始めており,日本 でもこの概念・用語の提唱をしたいと考える.また,医療情報開示基準として,具体的患者開示基 準が理念として優れていながらも,医療の現場での適用を考慮すれば,「混合基準」の採用が,よ り現実的ではないかと考える. キーワード インフォームド・コンセント,      者基準 インフォームド・ディシジョン,混合基準,具体的患 1 はじめに  近代民主主義社会で,個人が自己の身体をい かに扱うかということに関し,それが個人の自 由と自律に委ねられることは,社会的法的秩序 の基礎と考えられている.しかし,ヒポクラテ スに起源を有し,長く医倫理を支配してきた医 療パターナリズムの残罪はきわめて根深く,現 代医療の意識・慣行になおもその刻印を濃厚に 宿している. 、こうした状況をいち早く認識し,その克服の ための準則を,医療過誤事件の争訟の中で生 成・展開していったi)のが,判例法主義の国, アメリカであった。このアメリカで誕生したイ ンフォームド・コンセント法理は,他の英米法 圏諸国へと波及し,近時さらに一歩進んだ内容 の展開を見せる諸国が現れてきている. 〒409−38 山梨県中巨摩郡玉穂町下河東1110 受付:1997年4月3日 受理:1997年5月21日  一方,ヨーロッパ大陸法諸国では,近年,よ り優れた理論的・実践的な見解が,学説により 主張されており,それが実は英米法圏諸国の判 例で採用され始めているのである.  このように比較法的研究の成果が,医療行為 のあるべき姿の世界的な進歩の潮流の源流と なっている.この意味で,未だにこの領域では, とうてい先進国に列することのできない段階に ある日本の医療が,その成果に学ぶべき意義は 大きいと思われ,ここにそれら諸国の動勢を分 析することにより示唆を得ることができればと 考える. K アメリカのインフォームド・コンセント          法理  インフォームド・コンセントという言葉が世 に初めて登場したのは,1957年のSalgo判決2) においてであったが,その事実関係は次のよう なものであった.すなわち,数年間にわたって

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脚に痙攣牲の痛みが生じ,断続的に歩行困難と なる患者に対し,担当医は腹大動脈の閉塞を疑 い,閉塞の存在と位置の確認のために動脈造影 検査を勧めた.その検査では,sodium urokon という色素の注入が必要であり,検査を受けた ところ,患者の脚が動かなくなってしまった. そこで原告たる患者は,医師の検査にnegli− gence(過失)があったということと,検査に 内在する麻痺の危険を警告しなかったことに negligenceがあるとして訴訟を提起した.  Bray判事は,「提示された治療に,患者が的 確に同意する基礎とするのに必要な事実を,医 師が知らせることを差し控えるならば,医師は 患者に対し,義務違反を犯すことになり,責任 が生ずる」とするものの,「危険の要素を議論 するときには,ある程度の自由裁量が,イン フォームド・コンセントに必要な十分な事実の 開示と調和して採用されねばならない」との意 見を表明する.つまり,インフォームド・コン セントの誕生自体に,医師の自由裁量という重 大な障害物が付随していたのである.  その後,アメリカのインフォームド・コンセ ント法理の典型として他の諸国で理解されるこ ととなるCa簸terbury判決3>が現れる.事実関 係は以下のようなものである.19歳の男性患者 が,背中の痛みの除去のために椎弓切除術を受 けた.手術後1日の問は何事もなく回復してい るように見えたが,排尿のため自力でベッドか らおりようとして転落し,下半身麻痺となった. 訴訟原因は,医師の椎弓切除術の履行にnegli− genceがあったということと麻痺の危険を警告 しなかったnegligenceである.  Robinson判事は,医師の開示義務の範囲に ついて次のような見解を示す.「患者の自己決 定権によって開示すべき義務の範囲が定まると 考えられる.その権利は,患者が,理解をした うえでの選択をすることが可能となるような十 分野情報を持つときに,はじめて有効に行使す ることが可能となる.そこで,医師が患者に伝 えるべき範囲は,その患者の必要性によって定 めねばならない.そしてその必要性とは,その 決定にとって不可欠な情報である」と.  しかしながら,何を患者が重大だと考えるか ということは,医師には知りえないことである とし,結局,合理的患者基準の開示をなすべき である旨の判示をする.  これに対し,具体的患者基準を標榜すると思 われるScott判決4>が現われる.これは子宮平 滑筋腫のため子宮摘出手術を受けた後,失禁の 症状を呈するようになった患者が,手術に伴う 危険や他の治療法を告げられなかったことを訴 訟原因として,執刀外科医を訴えた事例である.  Doolin判事は,「Canterbury判決の見解は, 確かに被害患者に認められる保護を厳しく制限 する.もし十分野開示を受けていたら,その患 者は提示された治療を拒絶しており,そして類 似した状況に置かれた合理人ならば合意したで あろうという範囲で,患者の自己決定権は失わ れて取り返しができないものとなる.理解して 決定するというこの基本的な権利は,全面開示 の準則の根拠である.したがって『合理人』基 準を課すことによって,この権利を危うくする ことはできない」と述べ,さらに,「医師は, 自分の患者が提示された治療や手術に同意する か拒否するかについて,インフォームド・ディ シジョンをするのに必要とするであろうすべて の重要な情報を開示すべき義務がある」として おり,具体的患者基準を採用するものといえよ う.  なお,世界的レベルの認識5)としては,情報 開示基準としての合理的患者基準とは,「合理 人が,患者の立場にあった場合に,重要視する であろう情報で,医師がそのことを認識してい るか認識すべきときに,それを開示しなければ ならない」という公式で示され,具体的患者基 準とは,「現実の患者がその意思決定に重要視 するであろう情報で,医師がそれを認識してい るか認識すべきときに,それを開示しなければ ならない」という公式で示されよう.  このように医師・医療機関は,患者に対し情 報開示義務を負い,それを開示しなければなら ないが,理念として具体的患者基準が優れてい

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インフォームド・ディシジョン時代の医療 89 ながらも,それを採用する判決は少ない.これ は,医療の現場における現実的適用の困難性と いう要因に起因するところも大きいのではない だろうか. 皿 カナダ・イギリス・ニュージーランドに       おける情報開示  カナダ最高裁の最初のインフォームド・コン セント訴訟ケ憎スは,Hopp判決6)であり,ア メリカの判例の影響が強く,基本的には合理的 患者基準を採用する.この判決と同年になされ たReibl判決7)が殊に興味深い.事例は次のよ うなものである.高血圧との診断を受けた患者 が,被告=神経外科医による検査を受け,左頸 動脈にプラークが存在し,それが血流の15%以 上を阻害していることが判明し,手術を受けた. その結果,発作に見舞われ右半身麻痺となった. そこで,患者は形式的には手術に同意していた が,インフォームド・コンセントがなされてい ないとして争った.  Laskin判事は,「インフォームド・コンセン トという言葉が,battery(暴行)とnegli− genceとを混乱させる傾向があるときは,その 言葉を捨て去った方がよいであろう」と述べ, その使用に対し注意深い姿勢を見せるが,同時 に「インフォームド・ディシジョンに対し一定 の危険の不開示の重大性は,事実認定者の問題 である」とインフォームド・ディシジョンとい う用語を用いているところが注目される.  また,オンタリオ州のMeyer Estate事件8) は,静脈内腎孟尿管造影検査を受けた女性患者 が,造影剤を入れられると様子がおかしくなり, あばれたので押さえつけて挿管され,その直後 に患者は呼吸停止し,四日後に死亡したという ものである.本件で特に争点となったのは,放 射線科医が意図的に危険についての情報をさし 控えたという,いわゆる医師の「治療上の特 権」に関してであったが,結論として,この 「特権」を認めない.  一方,判例法主義という点で豊富な先例を蓄 積している国家であるイギリスの判例は,英米 法圏の諸国家にとって,一種格別の重みを持つ 存在として尊重される傾向にあるが,こと医療 の領域におけるその姿勢の後進性が批判されて いる9>.  殊に「医師はたとえ他の医師が異なった慣行 を採用していようとも,当時その分野の権威あ る医師団体によって適当であると認められた慣 行に従って行為すれば,過失があったことには ならない」というBolam基準を適用するSid− away判決10)は,イギリス貴族院の保守性を露 呈したものといえる.その事例は,頸部の反復 性の痛みのため脊椎手術を受けた患者が,四肢 の機能障害を被ったものである.脊髄損傷等の 危険について説明しないことは当時の医療慣行 に合致したものであるとの判示がなされている.  しかし,いくつかの下級審判決11)12)を見る と,患者の自己決定権を認める等,イギリスで も徐々に変化の兆が現れてきている.  他方,1964年という早期に,具体的患者の 「不合理な」意思決定を認めたニュージーラン ドのSmith判決13)は,その後,カナダ,イギ リス,オーストラリア等の多くの判決に影響を 及ぼす.事例は,大動脈造影検査の過程で,右 大腿動脈の内壁からアテローム状の内皮を偶然 にカテーテルにより切除されるという事故を 被った患者が,その後,血栓形成(Clotting) が生じ,右脚は悪化して壊疸状態となり,膝か ら下を切断したケースである.  判決では,「個々の患者は,たとえ医療助言 者の目には不合理であったり愚かであるように 映ろうとも,検査や治療を拒絶する権利を常に 有する」と判示されている. 1V オーストラリア・南アフリカにおける   インフォームド・ディシジョン  近時オーストラリアでは,比較法への関心が 復活しているが,その主要な原因は,イギリス 枢密院への上訴の廃止により最後のイギリスの 法体系との絆が絶たれたことである.これによ

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り,オーストラリアの司法は,カナダ・ニュー ジーランド・アメリカその他の典拠を積極的に 参照し,柔軟かつ進歩的な姿勢を見せ,世界的 に注目すべき判決,Rogers v. Whitaker判決14) が出されたのである.  当該判決の事例は以下のようなものである. 9歳の頃,右目を外傷により失明した女性患者 が,定期検査を受けた際,眼科医から手術によ り視力回復の可能性のあることを知らされた. 患者は合併症等につきかなりしつこく質問し, 手術の際に左目に害が及ばないように何かカ ヴァーをしてほしいと要請する程であった.し かし,患者は右目の手術が左目に影響を与える かどうかについては質問しなかった.手術の結 果,情報開示されなかった交感性眼炎の発症に より左目も失明した.医師が交感i生眼炎の危険 を告げなかったことに過失があるか否かが争わ れた.  イギリスのSidaway判決において「医療行 為者の注意義務は,医師の技能と判断を行使す るのに求められるすべての方法をカヴァーする 一つの包括的な義務である」とされていたが, オーストラリア最高裁は,これにつき詳細に検 討を加える.  すなわち,「診断,治療と助言,情報の提供 との間には,基本的な相違が存する.診断と治 療においては,患者の寄与は病状や重要な病歴 を話すことに制約される.医療行為者は自己の 技術水準に従って,診断及び治療を提供する. しかしながら,緊急性や必要性がある場合を除 くと,すべての治療はそれを受ける患者の選択 が優先する。その選択は,それが重要な情報や 助言に基づいてなされなければ意味がない.な されるべき選択は,医療行為者に知られていて 患者には知られていない情報に関し,患者に よってなされる決定を要求するので,医療行為 者によって提供されるべき情報の量が,医療行 為者や医療職の視点から決定されうることを支 持することは非論理的であろう」とし,情報開 示め局面でBolam基準を排除した.  そして情報開示基準として次のような新基準 を提示する.「法は,医師が提示した治療に付 随する重大な危険を告げるべき義務があること を認めるべきである.危険が重大であるのは, 特定の状況において,患者の立場にある合理人 が,もし危険を告げられたらそれに重きを置く であろうという場合,又は特定の患者がもし危 険を告げられたらそれに重きを置くであろうと いうことを,医療行為者が認識しているか合理 的に見て認識すべき場合である.」  ここに示された基準が,合理的患者基準と具 体的患者基準とを合わせて適用しようというも ので,具体的患者基準の一種ではあるが,特に 「混合基準」と呼ばれる15)ものである.これに より,開示すべき情報の範囲が,合理的患者基 準による範囲に具体的患者基準による範囲を加 えた領域にまで拡大されることになる.  本件における手術には,様々な危険が含まれ ていた.例えば網膜剥離,出血感染といったも ので,これらは交感性眼炎よりも一般的なもの であるが,交感性眼炎は両方の目が失明する可 能性のある唯一の危険であった.しかも交感性 眼炎の発症の確率は,片方の目に傷害を受けて いると上昇するということを医師は知っていた. そこで本件では,当該患者が危険についての関 心を示す質問をしていたことから,当該医師は この患者がそうした危険を重視していることを 認識すべきであり,開示義務を負うということ になろう.  本オーストラリア最高裁判決で採用された 「混合基準」は,後述するドイツ・スイスの有 力学説の主張を採用したものではないかと思わ れる.また「インフォームド・コンセント」と いうフレーズも患者の同意の有効性を示唆する もののような誤解を招く傾向があると判決にお いて批判されており,同最高裁のRv。R、判 決16)においても,インフォームド・ディシ ジョンという言葉が用いられている.  そもそもインフォームド・コンセントという 言葉は,1950年代後半から70年代という当時の アメリカの社会的歴史的状況の中で誕生・生成 されたものであり,必然的に歴史的制約を帯び

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インフォームド・ディシジョン時代の医療 91 た用語である.時代及び法理の進展により,本 来の用語との概念的不一致が生じてくれば,そ の内容を体現しうる,よりふさわしい用語の形 成を見ることは,きわめて合理性のあることで あろう切.  今日重要なのは,患者の単なる「同意」では なく,病状・治療法等に関し,医師・医療機関 から情報開示を受け,次に他の医療情報源から, セカンド・オピニオン等を得,そして自己の人 生観・価値観に基づき最終的な「意思決定」を 行なうことである18).  元来,西洋医学が用いるアプローチは分析的 手法に依拠するものであり,その限界も現在次 第に認識されつつある.医学的真理の探究には また別の視角からのアプローチ(例えば東洋医 学)が有効な面もあることが知られるようにな り,実際の治療においても一定の成果があげら れている.当該担当医が西洋医学の知識しか有 しないときには,患者の「意思決定」の意義は, 正に重大だといえよう.  そこで,こうした内容を,より体現しうる用 語としてインフォームド・ディシジョンなる用 語の使用を提唱したい.  なお,Rogers判決で採用された混合基準は, 直ちに南アフリカのCaste11判決工9)においても その支持が表明された. V ヨー【コッパ大陸(ドイツ・スイス他)にお   けるインフォームド・ディシジョン  ヨーロッパ大陸法諸国では,自己の身体に何 がなされるべきかを自分で決定する権利,及び あらゆる治療が,患者の自由かつ明確な同意に 基づくべきことが,ドイツ20)・フランス21)等 で比較的早い時期に認められていた.  ここではその後,より精緻な理論的展開をみ せるドイツの判例及びドイツ・スイスの有力学 説を見ておくことにする.  まず,ドイツ連邦憲法裁判所(BVerfG) 1979年7月25日判決22)において,憲法異議の 訴えは,5対3で棄却されたが,その少数意見 には注目すべきものがみられる.事例は,以下 のようなものである.ドライクリーニングの専 門技能者である患者が,胸鎖乳突筋の領域に存 在する腫瘍(乳様突起から左顎の隅にまで達す る)の切除手術を,市立病院の口腔外科医によ りなされた.手術中にその腫瘍の組織検査が行 なわれたが,結果は良性の嚢腫であった.手術 後,患者は左肩に激しい痛みを感じ,左腕を水 平より上に動かせなくなり,副神経の麻痺が生 じたが,それは執刀医が手術の際に副神経を切 断したことが原因であった.そこで患者は執刀 医と市に対し,手術の際の技術上の過失,及び 危険を説明しなかったことを理由として地裁, 高裁へと訴えたが認められず,連邦憲法裁に憲 法異議の訴えを提起した.  少数意見は次のように述べる.「医療上の説 明義務において,合理的患者基準により説明は 必要ないとか制限されるとすることは,基本法 2条2項1文(各人は,生命への権利および身 体を害されない権利を有する)に反することに なる.ここでは自己の病気の重大さ,治療の必 要性とそれに伴う危険について衡量し,決定を する患者の自己決定権が保護されるものでなけ ればならない.また,このような患者の自己決 定権は,医師と患者間の特別の信頼関係に反す るものではなく,その信頼関係は,十分に説明 を受け,自己決定権が十分に尊重されて得られ るものなのである.」また,「合理的患者基準を 適用すれば,第三者が課す基準によって,患者 は合理的に行動するよう求められることになり, これは憲法上保障された自己の身体について, 何がなされるべきかを自分自身で決定する患者 の権利と矛盾する」と.  このドイツ連邦憲法裁の少数意見は,この3 年後,アメリカのノースカロライナ州最高裁で なされたMcpherson判決と類似した内容のも のである.また,スイス連邦裁判決23),オー ストリア最高裁判決24)においても,重要なの は具体的患者であり,想像上の合理的患者では ないということが強調されている.このように ヨーロッパ大陸法諸国で見られる患者の基本的

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人権擁i護の姿勢は,基本的には,患者が提示さ れた治療について,意思決定を行なうことを可 能とする方向にあるといえよう.  一方.ドイツ連邦最高裁判所(BGH)判決 においても,患者の自己決定権の尊重という基 本理念;が見られる.1984年2月7日の同日にな された二つの民事判決の一つ,直腸鏡検査事件 判決25>は,直腸鏡検査の際,大腸穿孔が生じ, その手術のために合併症が生じたというケース である.  BGH(最高裁)は「患者は,検査に伴う痛 みについて知らされれば,検査を拒絶したり検 査が困難になるかもしれないという理由でそれ を知らされなかった.このことは,不安になっ ている患者を落ちつかせ,その理解と協力のた めに,痛みを伴う検査の必要性について説明す るのが医師の仕事であるということ,そして, 直腸鏡検査の施行中,患者にとって痛みが耐え られないというときには,検査を中断するとい うことも説明すべきであるといったことを考慮 すると,…患者の同意及び直腸鏡検査の施行は 有効とはいえない」と判示する.  判決によると,患者が意思決定をするのに必 要なすべての情報を開示することが,患者の自 己決定権から要請される.またいわゆる治療上 の特権についても,患者を不安がらせるとか, 治療の拒絶を招くといった理由で情報をさし控 えることは許されず,それは患者の尊厳への明 白かつ直接的な暴行であるともいえよう,また 検査中に患者に痛みが生じた場合に,その検査 を中断するということを伝えておくことも医師 の役割であるということに言及されている.思 うに検査中に患者が異常を訴えたり,その中断 を求めた場合の対応についても,十分対話をし ておくことが,医療事故を未然に防ぐというこ とにもつながるのではなかろうか.これは,患 者の訴えに耳を貸そうとせず,検査を強行する 結果,検査事故を生じさせる医師への警鐘とな るように思われる.  もう一件のBGH(レントゲン照射事件)判 決26>は,次のような事例である。リンパ節肉 芽腫(2A期)との診断を受けた女性患者が, 第一被告病院で第二被告の医師により,上半身 のリンパ節へのコバルト照射を受けたが,その 治療の前に「レントゲン照射患者のための注意 書」を渡された.しかし,そこには脊髄損傷の 危険の指示はなく,縦隔への照射の際に脊髄が 損傷を受け,不完全麻痺となった.そこで,患 者はコバルト照射行為の過失及び説明義務違反 を理由として両被告への訴えを提起した.  最高裁は次のように判示する.「治療に際し, それに伴う重大な危険にさらされるのかどうか について決定するのは,医師ではなく患者自身 でなければならない.」そこで,「患者の自己決 定権により,医師は,患者が治療について医学 上は不合理であろうとも自己決定し,場合に よっては拒絶する機会を与えねばならなくな る」が,これは「思慮ある患者は,治療を放棄 し,運命に人生を委ねるといった尊重すべき個 人的な理由を有しているからである」と.  これに対し,近時のドイツ・スイスの学説で は,合理的患者基準を最小基準として又は第一 段階に採用し,次に患者の付加的情報の必要が, 医師に認識されているか認識されるべきときに, 具体的患者基準によって拡大されるとする混合 基準説が有力に主張される.  この混合基準を公式化して示すと,第一段階 で,医師は患者に,合理的患者であれば重要視 するであろうすべての事項について,医師がそ れを認識しているか認識すべきときに開示しな ければならないとする合理的患者基準を出発点 として採用する.次に第二段階で,患者の具体 的説明の必要性を考慮し,患者が明示的にさら なる情報を求めているとか,又は具体的患者に とって付加的な説明が意味があるということを, 医師が認識しているか認識しうる限り,さらな る説明が義務づけられる27).  したがって,医療の現場の具体的場面では, 具体的患者の肉体的指標(年齢,体重,健康状 態,既応症等)及びその具体的な生活状況(職 業)でもって,危険の説明の範囲が枠づけられ ることになり,医師は,患者の心的又は物的状

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インフォームド・ディシジョン時代の医療 93 況を認識するか認識すべきときには,情報開示 が義務づけられる.そこで,この混合基準(二 段階適用基準)を適用すると,腕を手術する ボーイ,喉を手術する歌手,手を手術するピア ニスト等に対し,合理的患者であれば重要とさ れない情報であっても,第二段階で説明が義務 づけられる28)ということも生じよう. V[おわりに  法は道徳・倫理の最小限の規準を示すもので あるとの法諺があるが,患者・医師関係の1才子 開示を規律するその最小限の規準が,いかなる ものであるべきかを,我々は「先進」諸国から 学ぶことができる.この領域で停滞的状況にあ るアメリカに比し,英米法圏のオーストラリア 等の諸国,及び大陸法圏のドイツ・スイスにお ける議i論の進展は顕著である.この領域では発 展途上国の段階にすぎない状況にある日本が, 学ぶべきところは大きいと思われる. 文 献 D 石崎泰雄:医療契約における医師の説明義務と   患者の自己決定権アメリカにおけるイン   フォームド・コンセント法理の生成と展開.早   稲田法学会誌、,42:39−85,1992. 2) Salgo v. Lelang Standord University Board of   Trustees,317 P.2d l70(Cal. Dist. Ct. App。   1957). 3) Canterbury v. Spence,4,64 F.2d 772(D. C.   Cir、1972). 4) Scott v. Brad薮)rd, 606 P. 2d 554 (Ok叢a.   1979). 5)Giesen D:1瓶ernatio鍛al Medical Malpraαlce   Law. A Cornparative Law Study of Clvil   Liability Arising from Medical care・J・c・B・   Mohr, TUblngen:1−923,1988. 6) Hopp v。 Lepp(1980)三12 D.L.R.(3d)67. 7) Re玉bl v. Hughes(1980)114 D.LR.(3d)1. 8) Meyer Estate v. Rogers(1991)781).LR.(4th)   307(Ont. Gen. Div.). 9)Giesen D, Hayes J:The Patient’s Right to   Know. A Comparatlve View, Anglo−American   L.Rev.,21:101−122,三992. 10) Sidaway v. Bethlem Roy撮Hospital Govemors   [1985]A.C.871. ll) Gol(i v. Haringey Health Authority, Fam. L,   17:16−17,1987. 12)InReT。[199213W.LR.782(C.A.). 13) Smith v. Auckland Hospital Board [19651   N.Z.LR.191(CA.). 14)Rogers v. Whitaker(1992)175 C.LR.,479. 15) Giesen D:Civi蓋し量ability of Phys三cians fbr   New Methods of Treatment and Experi−   mentation・ A Comparatlve Examinatio1}.   Med、 L. Rev.,3:22752,1995, 16) F.v. R.(1983)33 S.A。S.R.189. 17)石崎泰雄:インフォームド・コンセントからイ   ンフォームド・ディシジョンへ.情報開示によ   る意思決定の比較法的考察.第26圃日本医事法   学会総会報告,1996.12,東京. 18)石崎泰雄:インフォームド・ディシジョン・諸   外国における情報開示による意思決定。早稲田   法学,72:291−339,1997. 19) Castdl v. De Greef(1994)(4)S.A.408. 20) BGH,28.ll.1957 BGHst 11,111(114);   BGH,9.12.1958 BGHZ 29,46(53)。 21) Cass。 dv. 1「e, 11 janv. 1966, D. 1966.266;   Cass civ.1「e,29 ma圭1951,D.1952.53. 22) BVerfG,25.7.1979 BVerfGR 52,131. 23) BG,12.1.1982 BGE 1081159(N‘)10). 24) oGH,23.6。1982 JB11983,.373;oGH,1L9.   1984JBl 1985,304(306);oGH,19.12、1984   JBI l985,548. 25) BGH,7.2.1984(VI ZR l88/82), BGHZ 90,   96. 26) BGH,7.2.1984(VI ZR l74/82), BGHZ 90,   103. 27) 島sner B:Die Aufkl註rungsp伍cht des Arztes.   Die Rechtslage in Deutschland, dcr Schweiz   und in dell USA. Verlag Hans Huber, Bern:   1−233,1992. 28) Hauschild A:DαMaBstab fUr die註rztlichc   Aufklarung im amerikanischen, engiischen   und deu宅schen Recht. N・m・s Verlagsgeselレ   schaft, Baden−BadeR:レ186,1994.

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