肺小細胞癌 における治療前予後因子の検討
山梨 大学 医学部 循環器 ・呼吸器 内科 渡邉 一孝 菱 山千祐 石原裕 久 木 山清貴
要 旨:肺 小 細 胞 癌 の 予 後 不 良 因 子 と して 病 期ED、PS低 下 、血 清LDH上 昇 、 高 齢 、 男
性 、 白血 球 数 上 昇 、 血 清 ア ル ブ ミン低 値 、 低Na血 症 、 血 清ALP高 値 、NSE高 値 な どが
報 告 され て お り、 これ ら を組 み 合 わ せ た ス コ ア リン グ シ ステ ム も提唱 され て い る。 当科 で
診 療 した 肺 小 細 胞 癌30例(LD17例 、ED13例)を 対 象 に既 報 の ス コア リン グ シ ステ ム の
有 用 性 を評 価 した 。 ま た 、 自験 例 よ り抽 出 した8つ の 予 後 因 子 か らな る ス コ ア リン グ シ ス
テ ム(ニ ュ ー ス コア)を 作 成 した 。 生 存 日数 との 相 関 はPS単 独 が 最 も 強 く 、 既 報 の ス コ
ア リン グ シ ス テ ム もニ ュ ー ス コ ア も そ の 有 用 性 を示 す こ と が で き な か っ た。 他 方 、150日
以 内 の 早 期 死 亡例 の 判 別 に お い て は 、Receiver Operating Characteristic(ROC)分 析 の
結 果 ニ ュー ス コ ア が 最 も優 れ て い た 。 治 療 前 予 後 因 子 に よ る 早 期 死 亡 例 の 判 別 に よ っ て 、 治 療 開 始 時 に 予 後 に 配 慮 した 十 分 な 説 明 を行 うこ とが で き診 療 に 寄 与 す る も の と考 え られ た 。 キ ー ワー ド:肺 小 細 胞 癌 、 予 後 因 子 、 ス コア リン グ シ ス テ ム 、ROC分 析 、 早 期 死 亡 は じめに 肺小 細胞癌 は化 学療法や 放射線 療法 に 感 受性 が 高 く、最 近の標 準的治療 で の MSTはLDで2年 以 上、EDで は約14 カ月 であ る。 しか し、個 々の症例 の生存 期間 はMSTを 中心 に長短 が あ り、治療 に反応せ ず早期 に死亡す る例 もあ る。 早 期 死 亡に関連 す る因子、す なわ ち予後不 良因子 の 中で主要 な もの はPS低 下 と病 期EDで あ るが 、その他 に は血 清LDH 上昇、 高齢 、男性 、 白血球数 上昇 、血清 アルブ ミン低値 、低Na血 症 、血清ALP 高値 、NSE高 値 な どが報 告 され てい る 1)。 また 、予後 を予 測す るため に、 これ らを組み 合わせ た ス コア リングシステ ム が提 唱 されて い るが、そ の有 用性 を検討 した報告 は少 ない 魍 。 また、診療環境 の違い に よ り予後不 良因子 が時代や 地域 に よ り異 な ってい る可能性 もあ る。 今 回我 々 は代 表的 な予後 予測 のス コア リン グシステ ムで あるマ ンチ ェスター ス コ アeとMaestuら5)の 提 唱 した ス コア (以 下 、 マ エ ツ ス コア)の 有 用 性 を 自験 例 を用 い て評 価 す る と と も に 、 自験 例 か ら新 た に見 出 した 予 後 因 子 を用 い た ス コ ア リ ン グ シ ス テ ム を 作 成 し、 そ の 有 用 性 を評 価 した。 対 象 と方 法 2006年11月 か ら2011年7月 ま で の 間 に 当科 で 診 療 した 肺 小 細 胞 癌 患 者 の う ち経 過 が 明 らか な30例(H)17例 、ED13 例)を 対 象 と した 。 解 析 時 に生 存 して い た た め 打 ち切 り例 とな っ た の は9例 で あ っ た 。 患 者 背 景 を 表1に 、 初 回 治 療 レジ メ ン を表2に 示 す 。 マ ン チ ェ ス タ ー ス コ ア は 、 表3に 示 す 各 基 準 に そ れ ぞ れ1点 を加 算 す る合 計6 点 の ス コア で あ る が 、 重 炭 酸 は 自験 例 で は 測 定 され て い な か っ た た め除 外 した 。 マ エ ツ ス コ ア は 、 表4に 示 す 各 基 準 に そ れ ぞ れ1点 を加 算 す る合 計5点 の ス コ ア
表1患 者 背 景(n=30) 表3マ ンチ ェ ス タ ー ス コア 年 齢 平 均(範 囲} 性 別 男1女 病 期 LDIED PS o1112!314 腫 瘍 縮 小 効 果 CRIPR1SDIPD!他 打 ち 切 り 70.9(S985) 26!4 17113 LDH > UNL ED Na < 132 mEq/L KPS < 60% ALP > UNLx1.5 Bicarbonate < 24 mmol/L ー ニ ー 1 1 1 ← 1 十 十 十 十 十 十 Score(totall 6 61161612/o 5!13!41513 9 表4マ エ ツ ス コア 表2初 回治療 レジメン レジメ ン 症例数 LDH > 225 IU/L Alb < 3.4 g/dL NeutrophiLs < 7.5 x 109/L ED PS>1 -ニ ー -旦 1 1 十 十 十 十 十 CDDP+ETOP+RTx CBDCA+ETOP+RTx CDDP+ETOP CDDP+CPT- 11 CBDCA+ETOP CBDCA+CP'I-11 CBDCA CPT-11 RTx OPe 5 3 5 6 3 2 2 2 1 1 Score(total) 5 で あ る。 これ らの 基 準 に 従 い 対 象 症 例 の 各 ス コ ア を 算 出 した 。 次 に 、 自験 例 か ら新 た な 予 後 因 子 を 見 出 す た め に 、既 報1)の10因 子(年 齢 、性 別 、 病 期 、PS、白血 球 数 、血 清 ア ル ブ ミン 値 、
血 清Na、 血 清ALP、 血 清H)H、NSE)
にProGRP、CEA、 脳 転 移 、肝 転 移 、骨 転 移 を 追 加 した 計15因 子 で 単 変 量 解 析 (Kaplan・Meier法 、Log-rank検 定)を 行 っ た 。 そ の 結 果 生 存 日数 と有 意 の 相 関 関 係 の あ っ た 項 目 を予 後 因 子 と し、 これ を用 い た 独 自の ス コア リン グ シ ス テ ム (ニ ュー ス コア)を 作 成 した 。 病 期 、PS、 マ ン チ ェ ス ター ス コア 、マ エ ツ ス コ ア 、ニ ュー スコアのそれ ぞれ と 生 存 日数 と の 相 関 関係 をSpeamlanの 相 関 係 数 に よ り、診 断 か ら150日 以 内 の 早 期 死 亡 を 予 測 す る精 度 をROC分 析 に よ り評 価 した。 以 上 の 統 計 学 的 検 討 は JMP8.0.を 用 い て 行 っ た 。 結 果 自験 例 を用 い た 単 変 量 解 析 で はED、 PS≧2、 白血 球 数 上 昇 、 低 アル ブ ミン 血 症 、 低Na血 症 、 血 清LDH上 昇 、NSE 上 昇 、 骨 転 移 あ りの8因 子 が 予 後 不 良 因 子 と して抽 出 され た(表5)。 こ の8因 子 に そ れ ぞ れ1点 を加 算 して合 計8点 とす る ニ ュー ス コ ア を 作 成 した 。 これ は マ エ ツ ス コ ア に 血 清Na値 、NSE、 骨 転 移 の 3因 子 を 追 加 した 形 とな っ た。 病 期 、PS、 マ ンチ ェ ス ター ス コ ア 、マ エ ツ ス コ ア 、 ニ ュ ー ス コ ア の5項 目 と生 存 日数 との 相 関係 数 は そ れ ぞれ ρ= -0.235、-0.666、-0.431、-0.641、 噂0.614
で あ り、PSが 最 も よ く生 存 日数 と相 関 して い た 。 ニ ュー ス コア の相 関 係 数 は マ エ ツ ス コ ア と同 程 度 で あ っ た(図1)。 150日 以 内 の 死 亡 の 検 出 を指 標 と した ROC分 析 で は 、病 期 、PS、 マ ン チ ェ ス ター ス コ ア 、 マ エ ツ ス コ ア 、ニ ュ ー ス コ ア のROC曲 線 下 面積(AUC)は そ れ ぞ れ0.630、0.727、0.672、0.805、0.833 で あ っ た 。 す な わ ち 、 ニ ュ ー ス コ ア の AUCが 最 も高 く、150日 以 内 の 早期 死 亡 例 の 検 知 にPSや 病 期 、 既 報 の ス コ ア よ り有 効 で あ る こ とが 示 唆 され た。 ニ ュー一ス コ ア に お い てAUCが 最 も大 き くな る5点 の 時 に 、早期 死 亡 例 を検 知 す る感 度 は66。7%、 特 異 度 は100%で あ っ た 。そ こ で 、ニ ュー ス コ ア4点 以 下 の 群(Aグ ル ー プ 、26人 、 打 ち 切 り9人) と5点 以 上 の 群(Bグ ル ー プ 、4人 、 打 ち 切 り無 し)に 分 け る と、MSTは 各 々 429日(95%CI256・650日)、80.5日 (95%CI35-147日)で あ り、 生 存 曲 線 に有 意 な差(Kaplan-Meier法 、 Log-rank検 定 、p<0.0001)が 認 め られ た(図2)。 表5単 変 量解析 患者数1生 率P値 (%) 考察 本研 究で は、 自験例 の解析 か ら肺 小細 胞癌 の予後 因子 として8つ の項 目を抽 出 し、 それ を用 い たス コア リングシステ ム が既存 の ス コア リングシステム と比較 し て、生 存 日数 との相 関の程度 は 同等 で あ った が早期 死亡 の予測精度 では優れ てい た こ とを示 した。 肺 小細胞 癌の予後 因子 に関す る これ ま で 多 くの報 告が ほぼ一致 して挙 げてい る の はPSで あ る。 この他 に は病 期や性別 を挙 げ る報告が 多いD。 肺 小細胞 癌 の病 期 がTNM分 類 では な くH)1EDで 表現 され るのは転移 リンパ節 の広 が りが予後 Age Gender 病期 PS WBC count (x103/0 Serum Albumin (ed1) Serum Na E Serum ALP Serum LDH NSE ProGRP CEA BRA meta HEP mete OSS meta <70 >70 Male Female LD ED 0, 1 2, 3, 4 <10 >10 <4 >4 <135 >135 Normal Elevated >330 Normal Elevated Normal Elevated Normal Elevated あ り な し あ り な し あ り な し 11 19 26 4 17 13 22 8 25 5 3 27 3 27 26 4 22 8 13 17 5 25 9 21 3 27 7 23 5 25 66.3 34.7 445 50.0 69.7 10.6 65.8 0 52.3 20.0 0 51.3 0 51.6 49.0 25.0 53.7 20 60.6 32.2 80.0 38.1 63.5 38.4 50.0 45.6 0 54.7 0 542 0.0714 0.9134 0.0197* 4.0001* 0.0012* mA001* 0.0015* 0.1141 0.0332* 0.0391* 0.0702 0.1375 0.9018 0.1777 0.0106° と一 致 しな い か ら と され て い るが 、他 方 で はLDの 中 で も縦 隔 リンパ 節 や 鎖 骨 上 窩 リ ンパ 節 へ の 転 移 の な い 方 が 予 後 が 良 い とす る報 告7)、 ま た 、EDの 中 で も転 移 臓 器 の個 数 や 転 移 部 位 に よ り予 後 が 異 な る と の 報 告 ⑳も あ る 。 ま た 、 女 性 の 方 が 予 後 良 好 との 報 告 も多 いD。 血 液 検 査 で はH)H上 昇 、低Alb血 症 、 ALP上 昇 、NSE上 昇 、WBC上 昇 を予 後 因 子 とす る報 告 が み られ るが 、LDH 以 外 は 報 告 に よ りま ち ま ち で あ るD。 ま
た 、 最 近 で は シ フ ラ上 昇 や 血 清 尿 酸 値 上 昇 を予 後 不 良 因 子 と して 挙 げ る報 告9)`11) もみ られ る。 これ ま で の 研 究 は 数 百 か ら 数 千 例 を 対 象 と し、 多 変 量 解 析 で 予 後 と の 関 連 を 解 析 した も の が 多 い が 、PSと 病 期 と血 清H⊃H以 外 は 必 ず し も同 じ結 果 と な ら な い こ とは 、 こ の領 域 の研 究 の 難 し さ を示 して い る の か も しれ な い 。 本 研 究 で は 、対 象 症 例 が 少 数 で あ っ た た め 単 変 量 解 析 で 生 存 日数 と有 意 の 相 関 が あ っ た8つ の 項 目を 予 後 因 子 と判 断 し た 。 そ の 内PS、 病 期 、血 清H)H、 血 清 Na、 血 清Alb、NSE、 白血 球 数 は これ ま で の 報 告 と概 ね 共 通 す る項 目 で あ っ た が 、 骨 転 移 の 有 無 を 予 後 因 子 と して 挙 げ た の は 本 研 究 が 初 め て で あ っ た。 既 報 で は ALPを 予 後 因 子 と して 挙 げ て い る も の が い くつ か 見 られ る が 、 諸 外 国 で は 骨 シ ン チ が ル ー チ ン に行 わ れ て い な い た め 、 潜 在 的 な 骨 転 移 の 存 在 をALPが 反 映 し て い た 可 能 性 が あ る。 これ ま で 肺 小 細 胞 癌 の 予 後 因 子 を組 み 合 わ せ た ス コ ア リン グ シ ス テ ム が い くつ か提 唱 され て きた 。 当初 はPSと 検 査 結 果 の み で 病 期 を含 ま な い も の が 多 く、 RoyalMarsdenグ ル ー プsiはPS、 血 清 ア ル ブ ミ ン 、AM豊 の3項 目、LOndonグ ル ー プPtはPS、 血 清 ナ ト リウ ム 、血 清 ア ル ブ ミン 、ALPの4項 目、 ま た 、 Kawaharaら のはH)H、PS、 血 清 ナ ト リ ウ ム の3項 目 に よ り患 者 を 予 後 の 異 な る グル ー プ に 分 類 で き る こ とを 示 した 。 そ の 後 に 提 唱 され た マ ンチ ェ ス ター ス コ ア お よ び マ エ ツ ス コ ア は 病 期 を 含 ん で い る が 、 これ はCTな ど画 像 検 査 の発 達 の た め病 期 診 断 の 精 度 が 増 して き た こ と が 一 因 と思 わ れ る。 しか し、 自験30例 に 病 期 を含 ん だ 後2者 の ス コ ア リン グ シ ス テ ム を 適 用 した が 、 生 存 日数 との 相 関 は PS単 独 の 方 が 強 く 、 これ らの ス コア 図1.生 存 日数 と各 指標 との相 関 、お よ び 早期 死亡のROC分 析 図2.Newsooreに よ る 予 後 分 類 リングシ ステムの有用 性 は示 され なか っ た。 また、今 回我 々が作成 したス コア も 生存 日数 との相 関係 数 はPSの それ に及 ば なか った。 他方 、150日 以 内の 早期死 亡 の検 出を 指標 と したROC分 析 では我 々の ス コア が最 も優 れ ていた。 これ は、 予後 因子 を 抽 出 した集 団にそ の予後 因子 か らな るス コア リングシステ ム を適応 したた めの 当 然 の結 果 とも考 え られ るた め、今後 我 々 の ス コア リン グシステ ムを他 の患者集 団 に適応 す る ことに よ りその有用性 を検証 す る必要 があ る。 締 PS低 下、ED以 外 に も予後 不 良に関 与 す る因子 があ り、 これ を考慮 す る こ とに よ り、 よ り正確 に予後 を推測 し、診療 に 役 立て るこ とが で きる可能性 が あ る。
引用文 献