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中国系アメリカ文学にみる南京事件

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Academic year: 2021

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冷戦後リドレス運動とアジア系アメリカ文学の動向

アジア系アメリカ文学研究に関わって以来、筆者にとって戦争という項目はジェンダーと ともに常に大きな課題であり続けた。当初は、自らがアウトサイダーであると同時にある部 分インサイダーとしても関われる日系アメリカ人のとくに女性問題に目を向け、戦争花嫁や 強制収容などを取り上げて研究したが、それは結果的には戦争やジェンダー問題における被 害者視点からの論だった。ところが遡ること20 数年、フィリピン系文学1との出会いは大き なターニングポイントとなった。このジャンルの研究で、はじめて日本人研究者としての意 味と意義を考えさせられ、加害者視点を意識させられたのである。フィリピン系アメリカ文 学の中には、日本の植民地主義と侵略の歴史を手厳しく糾弾する作品が少なくない。なぜ移 民地であるアメリカにおいて、これらの作家たちがこのような過去に対する批判を展開する のかという初歩的な疑問からこの課題への取り組みは始まった。それが長じて、アジア太平 洋における日本植民地主義とアジア系アメリカ文学の研究に至ったのである2。以来、日本の 植民統治に関わる文学をフィリピン、グアム、シンガポール、韓国などと地域ごとに取り上 げて詳細に分析し論じてきた3。さらに、残された最大の問題の一つとして「(従軍)慰安婦」 問題に取り組み、アジア太平洋全域を視野に入れて環太平洋視点から慰安婦問題と文学の関 連を論じた4。そしていま一つ残された課題が、日中間の大きな政治問題として広く論議を呼 んでいる南京事件だといえる。本論は、文学表象という視点から南京事件を俯瞰するという 構想のもとに、中国系アメリカ文学におけるこの問題へのアプローチの分析を試みるもので ある。 すでにこれまで論じたことではあるが、日本植民の歴史とアメリカのアジア系作家の関り を考えるときに浮上するのは、過去の戦争の歴史記憶という問題である。多くの年月を経た ために記録がほとんど残っていない歴史に関して、記憶こそが重要な手掛かりとなる。1937 年に起きた南京事件に関しても、80 年余りの歳月を経て南京において実際に何がおきたのか を知るための記録や証言はきわめて少ない。今や証言者はほとんど存命せず、残された証言

中国系アメリカ文学にみる南京事件

-歴史をめぐる記憶の表象を読み解く

河 原 﨑  や す 子

Nanjing Incident Depicted in Chinese American Literature

–Interpreting Representations of Historical Memory

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の有効性についてはさまざまな議論が飛び交って、南京での大量虐殺自体を否定する見解ま である。近年この論議はますます激しさを増しているが、その発端は1997 年の中国系アメリ カ人アイリス・チャンによる『ザ・レイプ・オブ・南京―忘れられたホロコースト』の出版 だと考えられる。この書に関する問題点5はさておき、ここでは大ベストセラーとなったこ の書がアメリカからの発信であることに注目したい。著者アイリス・チャンは中国からの移 民の両親を持つ2 世中国系アメリカ人で、戦争の体験者ではなく中国に居住したこともない。 この書の冒頭に明らかにされているのは彼女が長期にわたってこのテーマに関心を抱いてき たということだが6、本格的に執筆を意図したのは90 年代である。じつはこの 1990 年代とい うのが、まさに歴史的正義を求める大きな潮流が起きた時期にほかならない。それは歴史学 者の米山リサの以下の論で明らかにされている7。米山はこの時期をポスト冷戦期と位置付け た上で、アジア太平洋諸島と北米地域におけるさまざまな負の歴史へのリドレス運動のうね りが起きた年代だとする。1945 年に第二次世界大戦が終結し、日本に関してはサンフランシ スコ講和条約で戦後賠償と平和条約の締結がアメリカ主導で行われたが、これは冷戦を背景 としたアメリカの政治的決着だった。アジア太平洋諸国はアメリカに抑え込まれたが、それ に対する追加補償といった意味で1990 年代にリドレス運動が起きたと考えられる。これは正 義を求める人権運動であり、トランスボーダーな文化を波及し不可視の暴力を可視化するこ とで人間の尊厳を取り戻す運動だと米山は説く。「リドレス」(redress) は、米国における日系 強制収容に対する補償請求に関して使われて以来、この文脈で用いられるようになった語で ある8。1990 年代から今に至る 20 余年間続いている、主に日本の植民侵略へのリドレス運動 は、たとえばアメリカの先住民(インディアン)の虐殺や黒人のアメリカへの連行に対する 補償請求運動などと連動してきたと考えられるのである。慰安婦に関する批判と補償請求や 謝罪請求の運動が起きているのはこの結果だと解釈できるわけであり、それは今や日中韓の 大きな外交問題に発展しているというわけである。 なぜアメリカのアジア系が日中韓などの問題である慰安婦問題や南京事件に関わるかとい うことはなかなか理解しにくいが、筆者は慰安婦問題を扱った論文でその点を詳しく論じた。 すなわち、アジア系アメリカ人が究極的にはアメリカとホームランドの両方に所属し、社会 正義という大きなテーマとして故国の慰安婦問題にも目を向けるのだという解釈である。故 国へのまなざしが、過去を振り返り過去を取り戻すという行為につながるわけだ。これはア イリス・チャンの執筆動機にも当てはまると思われるが、米山の解釈のように歴史的潮流を 踏まえ、日本に対するリドレス運動が環太平洋の枠組みで起きていることの一端だという解 釈は新たな思考であり、より鮮明な理由付けを可能とする。つまり、この流れの中から過去 の日本の暴虐に対する被害者側の正義と人権の回復という大きな目標が生じ、アジアでもア メリカでもさまざまな活動が展開されているのである。そしてアメリカにおける中国系や韓 国系の団体などの活発な活動は、このリドレスの流れを大きく推進しているとみられる。こ うした運動の結集ともいえる事例はいくつか挙げられる。たとえば南京事件関連で、2007 年 に中国政府が南京大虐殺記念館を大改修し入館料無料として開放していることや、南京事件 が2015 年にユネスコによる世界の記憶遺産(世界の記憶)に選定されたことである。また慰 安婦問題では、慰安婦像が韓国ばかりかアメリカ、中国、台湾、オーストラリア、ドイツと次々 に世界的に設置されていること、そして韓国政府が2018 年に 8 月 14 日を「慰安婦の日」と 制定し国を挙げて慰安婦問題に取り組む姿勢を示し、これに台湾も追従している状況などで

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ある。その狙いが日本批判への国際世論の醸成と日本への謝罪要求にあるのは明らかだ。 文学の分野においても同じような潮流がみられる。日本植民統治をテーマあるいは背景と するアジア系アメリカ文学を俯瞰すると、90 年代以降の作品が圧倒的に多い9。これは単なる 偶然ではなく、明らかに一つの潮流だと捉えられる。筆者は当初、これを65 年の移民法改正 以降に急増したアジア系が定着し安定した生活を得た結果、出身国にも目を向けその問題を 植民地主義批判の視点で取り上げ文学に表したと解釈したが、同時にそれは冷戦後の歴史的 なリドレスを求める流れに乗った動向でもあったわけである。作家はさまざまな問題意識を 抱えているが、その中から取りあげるテーマは時にこのように外からの刺激によることがあ る。南京事件に関しては、明らかにアイリス・チャンの著作がきっかけとなって文学が生ま れている。チャンの本には多くの衝撃的な証言や写真が含まれており、歴史体験を持たない 読者に大きなインパクトを与えたのは間違いない。そこで歴史はどのように記憶につながる かを今一つ考えてみたい。 戦争体験と記憶に関しては、実に様々な考察がこれまでにされている。とくに現代文化に おいては、アン・ホワイトヘッドが指摘するように、記憶に関するこだわりが強まり、多く のトラウマ的な過去の出来事がどのように想起され現在に生きるかに大きな関心が寄せられ ている10。それは、たとえばポール・リクールの論じるように、歴史と記憶は不可分であり、 しかも集合的記憶と個人的記憶は相互に補完しあうとも考えられる。こうして記憶は変容した りその意味が変化したりするが、そこには問題があるとホワイトヘッドは主張する。その変 化は歴史の変遷と関わり、マリタ・スターケンが指摘するように不確かなものにもなりうる。 とくに戦争などトラウマ的体験の記憶は、高度に選択的なものとなりうるからである。さら にまた、記憶と歴史には植民地主義が深くかかわるということを、キース・カマチョはマリ アナ諸島の戦争記憶を論じて指摘している。南京事件の記憶と文学のつながりを考えるとき、 このような記憶の位置づけを視野に入れなくてはならない。文学は戦争の記憶を表現する手 段であるが、その記憶は実体験でない場合にどのような意味を持ちうるのか。もっとも重要 なのは、後世への継承ということであろう。作家はこれを意識し使命をもって書いたといえ るのだろうか。また、その作品はその重責を担うにふさわしいものになっているのだろうか。 これを念頭に本論文では南京事件を描く文学を分析してみる。

南京事件と文学

ここで一応南京事件の概要を確認しておく。歴史的な日時は確定しており、問題となるの は中国側の被害者数や事件の詳細である。日中戦争は1937 年の盧溝橋事件から全面戦争へと 展開し、同年12 月に日本軍は南京を攻略して軍事占領した。日本軍による南京陥落は 12 月 13 日夕刻であり、その後の 6 週間にわたり大量殺人、放火、略奪、強姦が続いたとされる。 戦後中国で行われた国民政府国防部戦犯軍事法廷では、この行為と30 万人以上の殺害という 事実が認定されており、記念館やアイリス・チャンの書もこの数字を採る。一方、東京で行 われた極東国際軍事裁判でも行為の認定は同様だが殺害者数が10 万人以上、と異なる。戦後 間もない時点ですでに数字が異なるわけであるが、いずれも正式な統計ではなく推定数であ る。日本においては被害者数を20 万人から 1 万人、あるいはゼロに近いとするものまで諸説 あり、その根拠もそれぞれ異なる。多くは中国軍兵士が便衣兵(軍服を脱ぎ市民に扮する)

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となって捕まり処刑された場合を算定するかしないかで数字が異なってくる。また行為の詳 細に関しても異論が多くある。それは、虐殺の根拠とされる資料の多くが現地在住の欧米人 の目撃情報、写真、日記であり、その真偽や意図についてさまざまな議論がされ評価が分か れているからである。1930 年代にアメリカなどで出版された報告書や写真集はいわば古典と して多くの根拠を形成しているが、その後ジョン・ラーベ(John Rabe) の日記、ミニー・ヴォー トリン(Minni Vautrin)の日記、Yin & Yan の写真集など 90 年代になって新たに資料が出版され、 今後さらに評価が変わる可能性を含んでいる。

本論で取り上げるのは、 南京事件をテーマとした2 つの中国系アメリカ文学の作品、ハ・ ジン(Ha Jin)の『南京レクイエム』(Nanjing Requiem)とウィン・テク・ラム(Wing Tek Lum) の『南京大虐殺』(The Nanjing Massacre: Poems)である。前者は小説、後者は詩集と表象形態 は異なるが、いずれも著者は戦争体験を持たない世代の中国系アメリカ人だ。ともにアイリス・ チャンの著書によって南京事件を知り、より深くこの事件のリサーチをしてから執筆にとり かかったという点でも共通している。この2 作は、作品の完成度の高さや作家の知名度およ び作品の影響力の大きさからみて、日本人も知る必要のある作品だが今のところ翻訳されて いない。出版がわずか1 年しか違わないにもかかわらず、ラムはジンの作品に影響を受けて いると述べているので、以下、出版年順に論じることとする。分析の焦点は、歴史事項がど のような視点で文学化されているのか、それにより作家はどのような記憶の継承を意図して いるのか、にある。

ハ・ジンの『南京レクイエム』

ハ・ジンは1956 年遼寧省に生まれ、中国の大学で修士号を取得後渡米し研究継続中の 1989 年、天安門事件でアメリカ定住を決意してから英語での著作を始めた、というきわめて異色の 作家である。母語は中国語だが、自らは中国語では書かずに中国での出版は翻訳者が介在す る。中国生まれの中国育ちではあるが、現在までに移民作家、アジア系アメリカ人作家と位 置付けられている。ジンは1999 年の『待ち暮らし』(Waiting)で全米図書賞を受賞し大きな 話題をさらったが、この受賞は中国だけを舞台とし中国人しか登場しない作品であるにもか かわらずアメリカ文学だという評価が示され、ひとつの新たな潮流だとみなされた。その後 ジンは次々に話題作を発表し、今や現代アメリカ文学の担い手の一人とも目されている。作 品の多くは中国を舞台にしたものだが、『南京レクイエム』のような歴史小説は珍しい。彼自 身が述べている執筆の経緯によると、1997 年にアイリス・チャンの『ザ・レイプ・オブ・南京』 を読んで衝撃を受けて以来南京事件に関して多くの知見を得たが、特に当時の外国人の活躍 に心を惹かれ、ミニー・ヴォートリンの体験に基づく小説の構想が浮かんだという11。ミニー は南京に長期滞在していたアメリカ人宣教師で事件の経緯を日記に残した人物だが、ジンは このいわば中国人とアメリカ人双方の視点を持つ人間からみた南京事件という位置づけから 歴史を再解釈する、という小説の構想を得た。さらに作者にこの作品の執筆を促したのは、 日本における南京事件否定派の存在だったという。ここに、中国人の体験を世界に向けて発 信し、事件への認知を世界中の人々に訴えかけようという彼の意図が示されている。ただし 結果的には、語り手にミニーの腹心のアンリン・ガオ(Anling Gao)という架空の中国人女性 を設定することで、彼は中国人の犠牲者へのまなざしを挿入した。2008 年に書き始め完成に

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3 年かけたというこの作品は、どのような構造と効果をもつか、以下に読み解きたい。 『南京レクイエム』は、ハ・ジンのほかの小説と同じく、徹底的にリアリズムで時系列に沿っ て物語が進行する。全体は中国人女性アンリン・ガオの語りによる1937 年の事件前後の南京 を舞台とした体験談であり、4 部とエピローグの全 52 章から成っている。第1部‘The Fall of the Capital’は 1937 年 12 月の日本軍占領前後の南京の混乱状況と外国人たちの行動、第 2 部‘The Goddess of Mercy’はそれに続く 6 か月間に起きた虐殺や強姦などとそれに対するミニー・ヴォー トリンの献身的行動およびそれへの中国人からの称賛、第3部‘All the Madness’は継続する 日本軍による野蛮行為、第4部 ‘The Grief Everlasting’ では 1939 年春から 1 年間の一応平定さ れた状況の中でのさらなる困難、そして‘Epilogue’で後日談としてミニーの米国への帰国と 自殺、という構成だ。全体の流れは、南京が崩落し日本軍が征服者として様々な謀略行為を 働いた状況下で、アメリカ人のミニーが大量の難民女性を安全区である自分の大学構内に受 け入れてその命を長らえさせ、それを傍らで見ていた中国人のアンリンが物語るという形を 取っている。登場人物は欧米人を中心に非常に多いが、南京事件の証言者などが次々と登場 し歴史に忠実な再現をしている。しかしこの作品がドキュメンタリーや日記と違うのは、大 きな枠組みを持ちながら様々なエピソードが語られる点である。その枠組みは二つあると考 えられるが、一つは女性・暴力・国家の力学であり、もう一つは国家の崩壊と家族の崩壊の 対比である。語り手は中国人女性アンリンで、その語りの中心に置かれるのは彼女が仕える アメリカ人女性ミニーという金陵大学(現南京大学)の学部長/学長代理だが、ともに作品 の主人公だといえる。つまり一方で実在したミニーの大惨事における勇気ある救済の行動を 描き、もう一方でそれを支えるアンリンの被害者側の視点を描き出しているからだ。一見ミ ニーの英雄的な行為を称賛しつつ語るようでありながら、アンリンの視点とその悲劇的運命 には作者の重要なメッセージが込められているのである。 二人の女性を中心に据えることで、作者が戦争における女性の立場に焦点を当てたことは 明らかである。この女性たちがどう国家と暴力に翻弄され、あるいは闘ったのかが描かれる。 言い換えると、男性が主体の戦争において、いわば救済者のアメリカ人女性ミニーと被害者 の中国人女性アンリンの戦争体験を語ることにより、女性・暴力・国家という第一の枠組み が明らかとなる。この場合、国家とは占領国家日本を指す。女性中心は、さまざまなエピソー ドの中でレイプに関するものが際立って多いことで明らかだ。日本兵による中国人女性のレ イプは、占領国家権力による究極の暴力にほかならない。その言及は、冒頭南京事件の発端 の1937 年 12 月 13 日に日本兵が何百人かの女性を強姦し証拠隠しのために殺したというロシ ア人コーラ(Cola)のもたらす情報から始まり(Ch.7)12、各章に様々な形で大量のレイプの状況 が描かれる。金陵大学は南京安全区の一つとして南京安全区国際委員会の管轄下にあり、ミ ニーはその委員で学長代理でもあるために大学に避難民を受け入れるが、本来女子大である ため女性と子どもに受け入れを限定する。その結果大学構内における難民女性へのレイプが 多発し、それが悲惨な結果を生じるのである。難を逃れた中国女性がこの大学に身を寄せそ の数が6000 人以上になった 14 日には、12 人の若い女性が日本兵に連行され、半数は戻るが 残りは高級将校の元へ留め置かれるという事件が起きる(Ch.8-9)。この娘たちの一人は妊娠 した挙句に自殺し、もう一人は精神に異常をきたす。最も大きな事件は、クリスマスイブに 日本兵が来て慰安事業を始めるから女性を100 人引き渡せと談判したことで、これは結果的 にミニーに大きな禍根を残す。日本側は避難民の中の売春婦を見つけて連行するというが、

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ミニーは当初これを断固拒否したのに、給与も支払われるなどという言葉と脅しなどの強硬 さに屈して21 人の女性を連行させてしまうからだ(Ch.12)。クリスチャンで宣教師でもある ミニーは全力で女性たちを性暴力から守ろうとするが、日本軍の権力の前には無力である。 これは権力が女性に対する暴力を行使した事例として許容しがたいものであり、ミニーを最 終的に追い詰めることになる。こうしたレイプをはじめとする日本軍の南京での暴虐は南京 陥落後の6 週間とされるが、その後の時期にも中国人への暴力やレイプが記述され続ける。 アンリン自身日本兵2 人に襲われ同道していたミニーが介入したためにかろうじて難を逃れ るが、これもまた暴力と女性と国家という枠組みを持つエピソードである(Ch.26)。英語を介 さぬ日本兵に対してミニーが日本大使館のタナカという名前を英語で叫び、それを理解して その権力を恐れた日本兵が未遂で逃げるのだ。ミニーは外国人であり、国際安全委員会のメ ンバーであるために女性という弱者より少しは特別な権力を持つと考えられるが、それは強 大な占領国家権力の前ではじつに微力なものにすぎない。それでもなお彼女の闘いは粘り強 く超人的で、7000 人もの収容者を受け入れて飢えさせずに生き延びさせ、中国人女性たちか ら「慈しみの女神」(The Goddess of Mercy)と崇められ感謝される (Ch.22)。大部分の女性たち が受け身の被害者となる女性・暴力・国家の枠組みの中で、ミニーは被害者を救済する役割 をはたした例外的存在であり、それゆえに国民政府からは勲章を授与されもする。しかし一 方、彼女が権力に屈して21 人の女性を連行させたことは 3 年後に悪意をもって報道され、結 果として辞任に追い込まれて帰国に至る(Ch.50)。その後彼女は失意のうちに鬱から自殺をする。 結局ミニーもこの枠組みの中で翻弄された人間だということにほかならない。 それでは語り手のアンリンはどう位置付けられているか。ここにもう一つの枠組みである 国家の崩壊と家族の崩壊の対比が浮上する。彼女は夫と子ども二人を持つ50 代の中国人女性 だが、ミニーをサポートして常に行動を共にする。この点で多少の特権をともなう立場では あるが、他の多くの中国人女性と共通した体験をも持つ。占領の4 日後には自宅は破壊され て誰もおらずアンリンはパニックに陥るが、その後夫と2 歳になる孫を抱えた娘が隠れてい て安全だったことがわかり安堵する(Ch.9)。しかしこの直後に娘のリヤ (Liya) は流産し、家 庭の崩壊の第一歩が始まる(Ch.10)。つまり中国という国家の崩壊が南京陥落から始まり、そ れと同時に家庭も崩壊していくのである。アンリンの家族は、日中米を越境する状況に設定 されている。アンリン自身はキリスト教系病院で看護婦の訓練を受けた時に英語を習得し、 英語を話せてそれを仕事にも活用している。夫ヤオピン(Yaoping)は南京大学の歴史学の教 員だが、日本でアジア史を学び日本語を話せる上に日本を愛しているが、それはひた隠しに している。娘リヤの夫は軍人として国民軍諜報部に勤務しており、現在自宅には不在だ。ア ンリンの息子ハウェン(Haowen)は 4 年前に医師を志し日本医大に留学中だが、便りが途絶 えている(Ch.10)。この家族が国家の崩壊に巻き込まれて崩壊していく状況は、アンリンが語 るミニーの逸話の間に挿入される。家族崩壊は恐らく中国人の多くが体験したことであり、 ここに象徴されていると考えられる。南京陥落5 か月後、アンリンは息子ハウェンから手紙 を受け取り、彼が日本で日本女性と結婚した結果、日本軍の軍医助手にならざるを得なかっ たという状況を知る(Ch.24)。息子は日本軍、義理の息子は中国軍で戦争に関わっているわけ だ。1 年後には再度手紙で孫息子シン(Shin)が誕生したとして写真が送られるが、息子の家 族に会える時がくるのだろうかとアンリンは複雑な気持ちになる。さらに知日家の夫が日本 に協力する仕事を依頼されて拒否できない状況となり、苦慮した挙句に四川に逃れるという

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事態が起きる(Ch.32)。こうして、国の崩壊を背景に占領国家権力の横暴による家庭崩壊が次々 に起きるわけだ。究極の事態は39 年の 7 月、つまり南京陥落の 1 年半後のハウェンの死亡通 知である。彼は日本側医師として中国人捕虜を治療したが力及ばず死亡したという件で逆恨 みされ、同胞の中国人に裏切者として殺されたというのだ(Ch.42)。アンリンは敵側にある息 子の遺体を引き取ることも出来ず、不在の夫と共に悲しむこともできずに、絶望の中に立ち すくむだけである。ほかにも同様に崩壊する家族が描かれるが、アンリンの場合は日中にま たがる複雑な背景が悲劇性をより高めている。それは戦後にアンリンが東京裁判の法廷に証 人として出廷した際に、亡き息子の妻ミツコが孫シンシンを連れて会いに来たラストシーン の悲しみに凝集される(Ch.52)。国を越えて語ることも抱き合うこともできない二人の悲しみ は、両国の歴史の厳しさにほかならない。作者ジンは、アンリンこそは本当の意味での犠牲 者だと述べており13、その厳しい状況はこの国家の崩壊と家庭の崩壊の対比という枠組みで鮮 明に描かれている。 以上二つの枠組みから物語を分析してきたが、さらにこの作品にはもうひとつの特徴があ る。それは陰影ある造形をされている人物が多く登場することである。中国人にとって南京 事件で暴虐を尽くす日本軍には容赦の余地はないわけだが、いわゆる悪玉や善玉といった単 純な人物造形をされていない。作者は特定人物を糾弾するのではなく、集団として、あるい は目撃情報という形で暴力的な日本兵を登場させ客観性を持たせる。そして中国人の中に知 日家や留学体験者など、日本を敵視しない、あるいはできない人間も配置する。アンリンの 家族はまさにその典型だが、ほかにも日本人患者を抱える中国人医師(Dr. Chu)などが登場し ている。また日本人の中にも中国人へ配慮をする人間もおり、そのひとりが日本大使館副領 事の田中である。ミニーが中国人市民の釈放嘆願書を携えて大使館へ行くと、軍人でない外 交官の田中は非力にもかかわらず、軍部に掛け合って何とか市民を釈放させるなど力を貸す。 このような事象は、アンリンが日本人に対して憎悪の言葉を口にするのに対して、憎しみに 支配されてはならない(‘You shouldn’t let hatred rule your life’)というミニーの言葉に象徴され る理念の表れである。南京陥落後の天皇誕生日の儀式では、天谷将軍が演説で日本側の勝手 な戦争理念、とくに戦争の正当化を延々と主張するが、それに対抗すべくミニーが発する次 の言葉はきわめて重い。

History should be recorded as it happened so it can be remembered with little room for doubt

and controversy. (97)

14 歴史は疑問の余地なく正確に記憶されるよう記録されるべきだという指摘は、この物語全 体を通した作者の声に他ならない。これは、この戦争の歴史に関する記録が不足していて記 憶が不正確であることを問題視し、それをどうかして解決すべきだという見解でもある。こ の場面の直後にアンリンが中国人は忘れやすいと述べているのは、これまでの歴史記憶の喪 失を表していると考えられる。ここにおいて、この作品の目的とすることは明らかとなる。 それは憎しみを掻き立てることやリドレスを要求することではなく、歴史を記録すること、 忘却させないことこそ重要だという理念だ。作品全体は暗く悲しいトーンを持つが、一方で 絶望から希望へという人間的なストーリーも読み取れ、その中で歴史記憶が継続できるとい う考えが示されているのである。

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ウィン・テク・ラムの『南京大虐殺』

ウィン・テク・ラムは1946 年にハワイ州のホノルルに生まれた 3 世の中国系アメリカ人 で、ハ・ジンより10 歳ほど年上である。ブラウン大学を卒業後、Union Theological Seminary で 神学の修士号取得後創作活動を始めており、1973 年には広東語を学びに香港に渡っている。 高校時代に母を失ったことをきっかけに詩作を始めたとしているが、現在までに詩人として American Book Award などを受賞している。詩集『南京大虐殺』は 2012 年に出版され、2015 年 にアジア系アメリカ研究学会(Association for Asian American Studies)の図書賞を受賞した作品 である。その時の評価は、歴史的な一連のメッセージとして恐るべき暴虐を巧みな叙事詩に 仕上げているというものである15。先に述べたように、ラムもまたアイリス・チャンの『ザ・ レイプ・オブ・南京』からこの詩集の創作に取り掛かるきっかけを得ている。彼は作品の最 後に付したNotes にその経緯を述べるとともに、根拠とした資料やその意図をすべての詩に関 して付している。これは詩集としては異例であり、彼がいかに歴史な正確さを重視したかを 訴えかけるものである。挙げられている資料は、英語で書かれた南京事件関連の資料をほぼ 網羅しているようだが、さらに別の戦争や民話に関するものも含まれて幅広い。Notes の冒頭 には、歴史は生き残った勝者によって記され犠牲者の声は残らず、その苦しみ、実際に何が 起きたかは記憶されず、それゆえに作家こそが忘却されたことや人間を想像して書き留める べきなのだと記されており、南京事件を文学に表した原動力はこのような使命感だと理解で きる。 『南京大虐殺』は5 部 100 編の詩および前置きとエピローグの詩から成る詩集である。各部 の扉にはその内容を象徴する絵が付けられて苦悩や死を示唆し、それぞれの部に20 前後の詩 が個別のテーマでまとめられている。テーマは、第1 部が南京事件の前哨戦ともいうべき戦 争初期の状況、第2 部が日本軍の殺戮の全貌、第 3 部が日本軍によるレイプから敗戦まで、 第4 部が被害者からの告発、第 5 部が終わりのない終わり、となっており、時系列というわ けではないが戦争の始まりから終わりまでを網羅している。詩ひとつひとつは、南京事件の さまざまな光景を切り取るような形で、容赦なく告発していく。注目すべきは、それらの詩 の中に込められている語りの視点が4つあると考えられることだ。それはすなわち、中国市 民および中国女性の視点、中国兵の視点、侵略者すなわち日本軍の視点、そして客観的な視 点である。全体は個別視点の詩が多く、I や You が多用されるが、それを補うかのように第 4 番 目の客観視点の語りが挿入されている。この語りの変化はめまぐるしく、読み手は誰のメッセージ かを捉える作業を要請されるが、困難なことではない。この構成から詩を分析することは作品の意 図を浮上させると考えられるので、以下この4 つの視点を軸に分析を試みる。 市民側の視点の詩は、まずは第1 部の序章的な部分に多く出てくる。日本軍が迫ってきて 不安と恐怖に押しつぶされそうな中で、市民が爆撃による死者を横目に逃げまどう状況だ。 爆撃後に死んだ子を抱えてさまよう父親や死者から衣服をはぎ取って暖を取ろうとする老女 などが次々と羅列される“After the Bomb”(29)16は、淡々と事象のみを描く。第2 部では市民 が記録フィルムの作成に携わり、密かにコピーを国外流出させ出版させる経緯が映像的な手法 で語られるが、市民視点の詩は少ない。ところが第3 部はレイプ事件が中心となり、女性側 の視点の詩がきわめて多くなる。ここには数多くの女性への性暴力が描かれる。レイプされ る多くの女たち、母とともに襲われ売春宿に入れられ連日レイプされ続けて涙も出ないひど

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い状況の娘、コンドーム製造をさせられる女、コンドームを使用したのに妊娠して「軍国の 男子」を出産した娘、自殺も出来ず敵の兵士のロボットになったと感じる女などが次々に描 かれる。ことにこの部の後半に置かれた長詩“Rapes”は、タイトルが示す通りレイプを主題 にしたものだが、1937 年の南京と併置して、1945 年のベルリン、1960 年のコンゴ、1992 年 のボスニア、1994 年のルワンダの同じ状況のレイプ被害者の女性たちが描かれる (134-138)。 つまり南京ばかりか時代を越え地域を越えて、戦争が女性にもたらす共通の被害状況を併置 することで、女性への性暴力を強く告発しているのである。ここにはまたしても暴力・女性・ 国家という枠組みをみることができる。 同様に被害者側ではあるが男だという点でまた異なるのが、敗戦側の中国兵の視点である。 1 部と 2 部には、中国兵が徹底的に逃げ回り最後は殺されるという地獄絵図のパターンが次々 に示される。ここでは銃を捨て軍服を脱ぎ捨てる便衣兵も取り上げられ、あらゆる手段で逃 げるが飢えや死体の蛆に苦しむ状況が描かれる。もはや自分のことで手一杯で同胞の女性た ちがレイプされているのを助ける余裕などはない。この部分には、大量の便衣兵を摘発して 処刑したのであって、市民を虐殺したのではないとする日本の南京虐殺否認論への反論が示 されているといえる。さらに男女の市民視点の詩は第4 部、第 5 部の後半にも多く配置され ている。ここにも悩ましい市民が数多く登場する。暴力よりは平和をと日本軍への内通者と なる者、避難民女性の既婚者に危険は覚悟で帰宅を勧めるしかない金陵難民キャンプの担当 者、日本軍の通訳をさせられている悩み深い中国人の元兵士、飢えた挙句に野良犬を捕まえ て肉屋に売る者、コメを手に入れたが炊く手段がなく粉にして食べひどい下痢に苦しむ一家、 死んだ妹に自分を食べるよう言われたため死者の親指をかじった姉などだ。中でも強烈なメッ セージを発するのは、目をくりぬかれても息子を見る、耳を切り落とされてもレイプの叫び を聞く、頭を切り落とされても奴らの悪を知ると続く“I Will Still”(175)だ。短い詩の中に ‘Even if …, I will… ‘というリフレインで強い糾弾の言葉が発され、日本兵に対する呪いの繰り返し はこだまのように効果的に響き渡る。 一方、これらの被害者に対峙する侵略者視点の詩は、第1 部から第 3 部にかけて多く配置 されている。それは徹底的に残酷で容赦ない抑圧者の姿だ。シンボルとして登場するのが桃 太郎である。桃太郎はジョン・オカダの『ノーノー・ボーイ』でも日本に固執する主人公の 母が息子に語り聞かせる昔話として登場しているが17、ここでも一種の日本の戦士のシンボ ルになっている。兵士たちは天皇に仕えるために天から送られ、桃太郎のように強く従順に なれと育てられ、海を渡ってこの異国で略奪やレイプする鬼と戦うためにここに来た、と第 1 部の初めの方に置かれた“The Peach Boys”(31-32)で述べられ、桃太郎は英雄として崇拝の 対象となっている。また別の詩には日本軍の行為が羅列される。銃で撃ち銃剣で刺し、死体 にガソリンをかけて焼き、首をはね、死体から金やめぼしいものを奪う。女とみればレイプし、 女と思わせた男を責めてペニスを切断し、このような行為は中国人が汚く卑しいのだから当 然だと正当化する。究極の残酷さは “The Chinese Violin”(183-187)という長詩に描かれる。こ こではある家庭に侵入した日本兵の隊長が父親に胡弓を演奏させる一方で部下に娘をレイプ させ続け、耐えかねた父が抵抗すると射殺される。その後隊長は息子二人に胡弓の競演を迫 り演奏が優れた方を解放すると約束するが、息子たちが競争を避けようと胡弓を破壊すると 競い合という約束が反故となったといって隊長は彼らを解放するという内容だ。一見日本人 隊長が約束を守ったことや息子たちの解放に救いがあるようだが、実は無情で残酷極まりな

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いレイプと殺人と脅迫の話なのである。 以上3 つの視点は自ら語るという形の詩に表現されているが、I も We も You も出てこない のが客観的と位置付けた第4の視点である。これは2 部、3 部、4 部の詩にみられるが、多く は女性への性暴力を訴えており、市民視点と重なる。つまり、レイプを体験者としてではな く客観的に描くということにより、厳しい状況をより正確に伝えようというわけだ。ここに は女性たちが連行され、レイプされ、時に証拠隠滅のために殺されること、幼い子や年寄り もレイプの対象になることなどが事細かに描かれる。特に“Kanji”(100) という第 3 部の詩に、 日本語の漢字「強姦」の意味が英語で示されるのは注目すべきだ。姦は3 人の女から成り、 意味は悪意、裏切りと誘惑、性犯罪となり、強はつよいという意味だから、合わせてレイプ の意味となる。だからこの行為で被害者は必然的により本来の自分(女)になるのだ、とい う論理で、日本軍のでたらめさがここに象徴される。日本人としてはだれがこのような解釈 をしたのだろうか、という疑問を持たざるを得ない部分ではある。さらに、ミニー・ヴォー トリンもそのあとに登場し(“On the Day Before Christmas, 112-113)、21 名の女性を避難民の中 から選んで連行したエピソードが語られる。このような暴虐を尽くした6 週間が過ぎた状態 も客観描写で語られるが、そこに穏やかな自然描写をしたいくつかの詩が鎮静剤のように挿 入されている。これは詩全体に特徴的なことだが、大体において使われる言語が非常に鋭い 一方で、それを和らげる美しい言葉によるこうした自然描写は、対比による残酷さを際立た せる効果を狙ったもので、非常に巧みな手法である。 Epilogue においてはじめて作者の言葉が出て来て、この一連の詩を書いた経緯がわかるよう な詩がつづられる。作者はまずチャイナドレスを着た母の写真を示す。これは自らの母が日 本侵略の前に結婚するためにハワイに渡った時に持参したものだという。写真結婚だったの かもしれない。その母はもしそのまま中国にいたらレイプされていたかもしれないし、ひど い運命に出会ったかもしれないと作者は想像する。ここにおいて、写真もその中のチャイナ ドレスも極めて重要な象徴だと判明する。第1 部で中国の家庭に唯一残された子供の七五三 用のキモノが日本の権力の象徴として出て来るが、チャイナドレスはそれに対抗する中国の シンボルというわけだ。そして母のエピソードは、読者に歴史の偶然を思い起こさせ、そこ から記憶の重要さに気付かせるという力を持っている。 以上述べてきた複層的視点の使用によって、作者は一体何を狙っているのだろうか。それ は南京事件が単眼的な視点では全く描き切れないという思考である。被害者、加害者、その 他の立場、それぞれに見たもの、体験したこと、言い分、信条などが異なるのだ。したがっ てこの表現をとることで、事件の全体像を少しでも再現し読者が追体験することができるわ けである。ただし作者の思考は明らかに被害者側にある。上記したように、キモノとチャイナド レスの位置づけ、漢字や桃太郎の少々強引ともいえる解釈、世界の戦争で起きている女性への 暴力という共通項などは、いずれも被害者の惨状を訴える手段とシンボルに他ならない。そし てラムの原点として、この事態が自らにも関係していたかもしれないという切実さが示されるこ とによって、この事件および被害者との絆が示されているのは、読者に大きな訴えかけをしてい るといえよう。

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結語

ハ・ジンとウィン・テク・ラムの作品は、南京事件の忘却された記憶の掘り起こしという意 図をともに持つものである。両者ともに残された一次資料を慎重に比較検討し、そこから歴 史の真実に文学から迫ろうとしている。ただしそのアプローチは、当然のことながらかなり 異なる。これは小説と詩という表現形態の違いも大いに関係しているが、両者の大きな違い は次のようにまとめられる。すなわち、ジンは淡々とした記述を重ねることでこの事件の残 酷さを掘り下げてそれが強く響くことを意図しているのに対し、ラムは鋭い言葉や突き刺す ような語句の羅列によって画像を見ているような臨場感を高めて強く訴えかけようとする。 ジンはアメリカ人やその他の欧米人の視点や行動に焦点を合わせることで一定の客観性を持 たせようとするが、ラムは話者の視点を変えて主観と客観を併置しつつ圧倒的な告発をする。 またジンの作品は大きな二つの枠組と陰影ある人物造形により、小説作品として精緻な構造 を持つといえる。これに対し、ラムの作品は詩としての深みと表現の豊かさを持ちながらも、 強い非難と告発を誘発するパワーを持つものである。 このように異なる評価とはなるが、二作品ともに作者自身が述べていた歴史をなるべく忠 実に再現し記憶に残す、という当初の目的をかなえているといえよう。ただし当然のことな がら、両者はアイリス・チャンをはじめとするドキュメンタリー文書とは全く異なる効果を 持っている。ドキュメンタリーはいずれも後世に残された文書や写真をもとに編集している が、その編集や記述には作者の強い意図が示されている。つまり結果として南京事件のドキュ メンタリーは、ほとんどが事件および日本に対する強力な非難告発か逆に事件の擁護論かの いずれかになってしまっている。これに対し、ジンは中国、米国、日本と深く関連する人物 を中心に据えることにより、事件の多面性を示すことに成功している。ラムもまた叙述の視 点を変えることで、立場の違いによる見方の違いを示し、それによって複層的な視点を明ら かにしている。このような手法の違いはあるとはいえ、南京事件への2作家の姿勢はいずれ も告発という点では一致している。ただしジンは抑制を効かせた告発を、ラムは全体に強く 直截的な告発をしている。つまり、ジンは一人の中国人の視点から淡々と記述することで歴 史体験を読者に与えようとしているのに対し、ラムは事件の全体を複眼的視点から俯瞰し、 それを敢えて短く鋭い語句で表現することによって強く直接的に事件の凄惨さを伝えようと しているのだ。ここで示されるきわめて重要なことは、両作品がともに南京事件という歴史 の内側に読者を引き入れ、極限状況を感じさせ思考させる力を持っているという点である。 これこそが文学の力なのだといえよう。言い換えると、南京事件を風化させず文学の力をもっ て記憶にとどめるという理念と表現力は、二作品ともに読者に事件を多様な形で追体験させ 思索を促すという形に結集し、力を発揮しているのである。作品が内包するこの文学の力が、 政治的な力を引き寄せてリドレスにまで結び付くのか18、あるいは文学としての評価に終わる のかについては、今後の歴史や政治の動向への注視が必要であろう。 ※本研究はJSPS科研費(基盤研究(C)16K02513)の助成を受けたものである。

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1  河原﨑(2001)参照。 2 これは2010 年から現在まで継続して科学研究費の支援を受けている研究テーマである。 3 同上 (2017)参照。 4 同上 (2018)参照。 5 北村稔『「南京事件」の探求―その実像をもとめて』にはその評価の概要がまとめて示 されている。 6 チャンは子供時代に両親から虐殺に関する話を聞き、図書館などで資料を求めても皆無 であったこと、その後20 年を経て南京事件のドキュメンタリー制作に関りを持ちそこ から調査と執筆に至ったと記述している。

7 Lisa Yoneyama,Cold War Ruins: Transpacific Critique of American Justice and Japanese War Crimes 参照

8 Joy Kogawa は Itsuka(1992)で redress とは赤という意味か、という会話を挿入してこの 語の意味を定義しているが、背景の1980 年代にはまだ十分認知されていなかった語義 だとみられる。日系人の強制収容に関しては謝罪と補償を組み合わせた概念として使わ れた。 9 河原﨑(2018)では慰安婦問題を扱ったアジア系アメリカ文学を列挙し分析したが、 その11 作品のうち 1 作を除いてすべて 90 年代後半から 2010 年代にかけての作品であ る。 10 アン・ホワイトヘッド『記憶をめぐる人文学』参照。

11 Ha Jin Reading: Nanjing Requiem でジンはこの作品創作の経緯を詳しく語っている。 12 ( ) は Nanjing Requiem の章を表す。以下同。

13 Ha Jin Reading: Nanjing Requiem 参照。

14 ( ) の数字は Nanjing Requiem のページを表す。 15 2015 AAAS Book Awards, p.374.

16 以下の( )の数字は The Nanjing Massacre: Poems のページを表す。

17 『ノーノー・ボーイ』はアジア系アメリカ文学を代表する作品で、長年埋もれていたのを Frank Chin らが発掘して出版した。ラムは Chin とブラウン大学で出会い影響を受けたと述 べていることから、このアイデアが生じたと考えられる。ジョン・オカダ 参照。

18 この先例として Joy Kogawa の Obasan が挙げられる。これは日系カナダ人強制収容を描 き、カナダ政府による日系人への謝罪と補償のきっかけとなったといわれている。

引用参照文献

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河原﨑やす子「日本の植民統治の記憶―近年のアジア系アメリカ文学に見る傾向」『岐阜聖徳 学園大学外国語学部紀要』第56集、2017. ______、「変容するアジア系アメリカ人意識―ジェシカ・ヘゲドンを解読する」アジア系アメリ カ文学研究会編『アジア系アメリカ文学―記憶と創造』大阪教育図書、2001年、397-417. ______、「「慰安婦」問題とアジア系アメリカ文学-環太平洋から見る戦争記憶の表象」岐阜聖 徳学園大学外国語学部編『リベラル・アーツの挑戦』彩流社、2018. 43-79 北村稔『「南京事件」の探求―その実像をもとめて』文芸春秋、2001. ホワイトヘッド、アン『記憶をめぐる人文学』(三村尚央訳)彩流社、2017. モーリス‐スズキ、テッサ『過去は死なない―メディア・記憶・歴史』(田代泰子訳)岩波書店、2004 矢口祐人、森茂岳雄、中山京子編『真珠湾を語る―歴史・記憶・教育』東京大学出版会、2011. 山口智美、能川元一、テッサ・モーリス‐スズキ、小山エミ『海を渡る「慰安婦」問題―右派の「歴 史戦」を問う』岩波書店、2016. リクール、ポール『記憶・歴史・忘却(上、下)』(久米博訳)新曜社、2004.

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参照

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