〈論文〉中国における農村テレビドラマの政治性とその受容--『劉老根』、『喜耕田的故事』を中心に
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(2) 教 養 ・外 国 語 教 育 セ ン ター 紀 要. とい う ジ ャ ンル4が 出 て くる ほ ど、農 民 や 農 村 は描 か れ る対 象 で あ り続 け て い る。 こ う し た 中 国独 自の 背 景 の 下 、 中 国で は農 村 テ レビ ドラマ が 政 治 的 、 商 業 的 に重 視 され 、 実 際 に 視 聴 者 か らの人 気 を獲 得 して い る。 そ の背 景 に あ る もの は何 だ ろ うか 。 本 論 で は農 村 テ レ ビ ドラマ の 火 付 け役 と な っ た 『 劉 老 根 』 と、 そ の 影 響 を受 け て 制 作 され た 政 治 色 の 強 い 「 喜 耕 田 的 故 事 』 の分 析 を 中心 に、 中 国 テ レ ビ ドラマ に見 られ る 政 治 性 とそ の受 容 の 様 相 につ い て 考 察 した い。. 1.農. 村 テ レ ビ ドラ マ の 流 れ. 中 国 の 農 村 人 口 は7億2千. 万 人 で 、 依 然 と して 人 口 の 半 数 以 上 が 農 民 で あ る 中 国 に お い. て は5、 前 述 し た よ う に 農 村 を 題 材 と し た 文 学 、 演 劇 、 映 画 が 数 多 く誕 生 し、 大 き な 影 響 を 及 ぼ し て きた 。 そ れ で は 、 テ レ ビ ドラ マ に お い て 農 村 は ど の よ う に 描 か れ て き た の だ ろ う か 。 まず こ こ で は 農 村 テ レ ビ ドラ マ の 歩 み を見 て い きた い 。. 1-1.80年. 代 中期 にお け る農 村 題 材 テ レビ ドラマ ー 「 新星』. 中 国 で テ レ ビ放 送 が 開 始 され た の は1958年 か17000台. か らで あ るが 、 当 時 の 中 国 に は全 国 で わず. しか テ レ ビが 普 及 して お らず 、 公 共 の 場 所 に設 置 され て皆 で視 聴 す る とい う状. 態 で あ り、 当 時 テ レ ビの 影 響 力 はか な り限 定 的 な もの で あ っ た。 さ ら にそ の後 の 文 化 大 革 命 に よ っ て 中 国 の テ レ ビ事 業 は 中 断 され 、大 き く遅 れ を とる こ とに な る ため 、 中 国の テ レ ビ ドラマ が 実 質 的 な影 響 力 を持 ち始 め る の は80年 代 中期 以 降 の こ とで あ る6。 当 時 は ち ょ う ど映 画 の世 界 で は 『 黄 色 い 大 地』(1984)や. 『 紅 い コー リ ャ ン』(1987)と. い っ た 中 国の. 農 村 を描 い た作 品が 国際 的 に も大 い に注 目を集 め て い た時 期 に 当 た る。 また 、 歌 謡 の 世 界 で も 「西 北 風 」 と呼 ばれ て陳 西 省 の 民 謡 が 大 流 行 す る等 、批 判 、 ま た は謳 歌 され る叙 述 の 対 象 と して 農村 が 重 視 され てい た 。 1980年 代 中期 以 前 まで の 中国 の テ レ・ビ ドラマ にお い て は 、 農村 に お け る現 代 化 の問 題 が 多 く語 られ て きた 。例 えば この 時期 大 変 な人 気 を博 した テ レビ ドラマ が 、 農村 改 革 に奮 闘 す る若 き県 委員 会 書 記 を描 い た 「 新 星 』 で あ る。1986年 の 春 節 に 『 新 星』 が放 送 され る と 爆 発 的 な人 気 を獲 得 し、9割 の 人 々が 『 新 星 』 を見 た とい う社 会 調 査 もあ る 。 「 新 星 』 を放 送 した 中央 電 視 台 に は一 ヶ月 の 問 に 全 国各 地 の視 聴 者 か ら1000通 制 作 した 太 原 電 視 台 に は一 ヶ月 で2000通. を超 え る投 書 が あ り、. の激 励 の 投 書 が 寄 せ られ た と され 、 これ は テ レ. ビ放 送 が 開始 さ れ て か ら最 多 の 投 書 数 で あ った とい う。 また 、 全 国 各 地 の新 聞 が 次 々 と 「 新 星 』 に関 す る評 論 や 紹 介 を掲 載 し、 あ る省 や 市 で は 、 『 新 星 』 を政 治 的 な教 材 と して、 組 織 の党 員 や 幹 部 に一 日中見 せ た所 もあ った7。 『 新 星 』 で描 か れ た の は、 旧社 会 か ら変 化 の ない 農 村 に新 し く赴 任 した李 向 南 が 、 腐 敗 した幹 部 を次 々 と打 倒 し、 旧来 か らの 問 題 を. 一58一.
(3) 中国 にお け る農 村 テ レ ビ ドラマ の 政 治 性 とそ の 受 容. 解 決 し て 、 農 村 を 発 展 に 導 く姿 で あ っ た 。 そ れ は 、 当 時 の 中 国 社 会 に 根 強 く存 在 し て い た 問 題 を あ ぶ り出 し、 農 村 改 革 の 必 要 性 を 人 々 に 強 く訴 え る 内 容 の も の で 、 「中 国 に 蔓 延 す る 深 刻 な 官 僚 主 義 の 病 理 と、 そ れ が も た ら して い る 悪 影 響 へ の 露 骨 な 批 判 が 中 心 」 で あ っ た8。 李 向 南 の 信 念 に 基 づ い て 行 動 す る リ ー ダ ー 像 、 登 場 人 物 た ち の 心 情 を 熱 っ ぽ く語 る ナ レ ー シ ョ ン か ら は 、 テ レ ビ ドラ マ に 描 か れ た 当 時 の 農 村 改 革 へ の 熱 い 情 熱 が 伝 わ っ て く る 。 こ の 熱 狂 的 な 『新 星 』 ブ ー ム に つ い て 、 当 時 以 下 の よ う に 述 べ ら れ て い る 。 「中 国 の 改 革 の成 果 、 そ して様 々 な不 正 、 腐 敗 、 改 革 を求 め る人 々の 声 、 改 革 を妨 げ る世 論 、 これ らが 一 つ に 重 な り合 っ て 、 社 会 の 心 理 的 な 不 均 衡 と緊 張 状 態 を 生 み 出 し て い た 。 『新 星 』 が 世 に 出 る と 、 次 の 二 つ の 作 用 を 発 揮 し た 。 一 つ は 一 種 の は け 口 と して 、 腐 敗 や 官 僚 主 義 に 対 す る 人 々 の 憎 しみ を 表 出 さ せ 、 人 々 に 喝 采 さ せ た こ と。 二 つ 目が 、 人 々 に不 正 の 根 本 的 な 原 因 や 、 改 革 の 必 要 性 、 ま た は そ の 困 難 さ を 訴 え 、 信 念 と勇 気 を もつ よ う 認 識 を 促 し た こ とで あ っ た 」9。そ し て 人 々 の 問 か ら は 「も し も こ の 国 に 李 向 南 が い れ ば 、 李 向 南 よ り 高 明 で 民 主 的 な 改 革 者 が い れ ば 、 内 部 の 消 耗 は 減 り、 改 革 が 成 功 す る か ど うか を 心 配 す る 必 要 が な く な る の に 」 と い っ た 声 が 聴 か れ た とい う10。 こ の 「新 星 』 が 視 聴 者 に 熱 狂 的 に 受 け 入 れ られ た の は 、 そ れ が 「長 期 に 渡 っ て 抑 圧 さ れ て きた 人 々 の 政 治 へ の 情 熱 を 吐 き 出 す 突 破 口 」 と な っ た か らで あ る 。 『 新 星 』 の 社 会 的 な 反 響 は 、 「全 国 の 人 々 が 享 受 し た 『芸 術 事 件 』 とい うよ りも、全 国 の 人 々 が 切 な る関 心 を抱 い た. 『政 治 事 件 』 で あ っ た 」 と言 わ. れ て い る 。 つ ま り、 こ の 驚 異 的 な 『新 星 』 熱 は 単 な る テ レ ビ ドラ マ と し て の 面 白 さ 以 上 に 、 視 聴 者 の 「政 治 」 と 「改 革 」 を 求 め る心 情 と呼 応 し た もの な の で あ る11。 こ の 『新 星 』 か ら も、 他 国 と 比 較 して 中 国 の テ レ ビ ドラ マ が 政 治 と密 接 に 関 わ っ て い る こ とが 明 らか で あ る 。 そ の 政 治 性 は 必 ず し も単 な る 政 府 か ら視 聴 者 に よ る 一 方 的 な プ ロ パ ガ ン ダ で あ る と は 言 い 切 れ な い 。 当 時 の 『新 星 』 へ の 視 聴 者 の 反 響 の 背 景 に は 清 廉 潔 白 な 役 人 を 求 め る 人 々 の 中 国 の 伝 統 的 な 「清 官 意 識 」 が あ り、 視 聴 者 は テ レ ビ ドラ マ を 通 じ て 現 実 を批 判 し、 李 向 南 の よ う な 「清 官 」 が 行 う改 革 に 希 望 を 託 した の で あ る 。. 1-2.80年. 代 中期 以 降. しか し、1980年. 代 も中 期 以 降 に な る と、 こ う した 「様 々 な 主 流 の 現 代 化 叙 事 が 多 方 面 か. ら疑 わ れ る よ う に な り、 現 代 化 言 説 モ デ ル を 超 越 した 、 現 代 中 国 の 言 説 を 再 構築 す る こ と が 求 め られ る よ う に な った 。 この 文 化 的 な 影 響 を 受 け て、 映像 作 品 にお け る 郷 土 は 変 化 し、 郷 土 世 界 は 一 種 の 文 化 的 象 徴 と な っ た 。(省 略)こ. う した作 品 にお い て は 、郷 土 は前. 近 代 劇 な空 間 あ る い は象 徴 的 な 時 空 と し て、 前 近 代 的 な 中 国 の 文 化 を象 徴 す る もの と な っ 」 て い く12。 こ の 「前 近 代 的 な 中 国 の 象 徴 」 と し て の 農 村 は 、 映 画 に お い て は 『黄 色 い 大 地』 や. 「紅 夢 』(1991)の. よ うに 、 しば しば 閉鎖 的 で 時 間 の停 滞 した、 救 い よ うの な. 一59一.
(4) 教 養 ・外 国 語 教 育 セ ン ター 紀 要. い 世 界 と し て 描 か れ て い る 。 しか し、 世 界 的 な 市 場 が 見 込 め る 映 画 と異 な り、 当 時 市 場 が 国 内 に 限 ら れ て い た テ レ ビ ドラ マ は 、 政 府 の 意 向 に よ る 制 限 を よ り強 く受 け る た め 、 映 画 で 描 か れ た よ う な 農 村 批 判 を 行 う と い っ た 内 容 の も の は な く、 多 くは 農 村 改 革 を 肯 定 的 に 描 き、 農 村 改 革 に 有 利 に な る よ う イ デ オ ロ ギ ー 的 に 働 きか け る もの で 、 登 場 人 物 た ち の 政 治 的 任 務 、 社 会 的 責 任 が 厳 粛 に 描 か れ 、 概 念 化 さ れ た も の が 多 か っ た 。 し か し、 そ れ で も こ の 時 期 テ レ ビ ドラ マ の 世 界 で は 、 「尋 根(ル. ー ッ探 究)」 や 「新 写 実 主 義 」 とい っ た 文 学. 作 品 の 流 れ を 受 け た 、 農 村 に 古 くか ら横 た わ る 問 題 や 、 農 村 の 現 代 化 に お け る 挑 戦 を 描 い た テ レ ビ ドラ マ も 多 く制 作 さ れ た の も事 実 で あ る 。 例 え ば 、 韓 志 君 に よ る 長 編 小 説 四 十 奏 』 を ド ラ マ 化 し た"農 女 人 和 井 』(1991)、. 村 三 部 曲"と. 言 わ れ る 『筥 筥 ・女 人 和 狗 』(1989)、. 『 古 船 ・女 人 和 網 』(1993)は. 『命 運 「韓 轄 ・. 、 新 し い 時 代 と伝 統 の 狭 間 で 生 き る 農 村. の 女 性 の 苦 しみ や 希 望 を 描 い て 、 こ の 時 期 を 代 表 す る 農 村 テ レ ビ ドラ マ と称 さ れ て い る 。 しか しそ の 後 、90年. 代 に入 って改 革 開放 政策 が本 格 的 に進 ん だ こ とで 、 人 々 の 目は都 市. に 向 け られ 、 農 村 は 次 第 に 周 縁 化 し て い く。 そ の た め 農 村 テ レ ビ ドラ マ を 喜 ん で 見 る 都 会 の 視 聴 者 が 本 来 少 な い 上 に 、 農 村 の 人 々 で さ え も、 未 来 へ の あ こ が れ を 託 し て 、 都 市 生 活 ドラ マ を よ り好 ん で 見 る よ う に な っ た13。 こ う して 都 市 生 活 を 描 い た ド ラ マ や 、 時 代 劇 が テ レ ビ の 画 面 を 席 巻 し、 農 村 を題 材 と し た テ レ ビ ドラ マ は 次 第 に低 迷 して い っ た 。. 2.2000年. 以 降 の農 村 テ レビ ドラマ とそ の政 治的 背 景. と こ ろ が 、2002年. に 農 村 の リ ゾ ー ト施 設 建 設 を コ ミ カ ル に 描 い た 『劉 老 根 』 が 放 送 さ れ. る と、 瞬 く間 に 高 視 聴 率 を 獲 得 し、 以 後 現 在 に 至 る ま で 、 農 村 を 題 材 と し た テ レ ビ ドラ マ が 高 い 注 目 を 集 め る よ う に な る 。 そ れ に は 、 ち ょ う ど こ の 時 期 、 「三 農 」 問 題 が 大 き く ク ロ ー ズ ア ッ プ さ れ 、 都 市 建 設 だ け で は な く農 村 建 設 の 必 要 性 に も注 目が 集 ま っ た とい う政 治 的 な 背 景 が あ る 。 「三 農 」 と は 農 村 、 農 業 、 農 民 を 指 し、 「三 農 」 問 題 と は 中 国 の 農 村 問 題 を 指 す 。 こ の 「三 農 」 の 概 念 は 経 済 学 者 の 温 鉄 軍 が1996年. に 提 出 した 論 文 が 初 出 で あ. り、 そ の 後 、 次 第 に 政 府 や メ デ ィ ア で 広 く使 わ れ る よ う に な っ た 。2000年. 、湖北省監利県. 棋 盤 郷 党 委 員 会 書 記 で あ る 李 昌 平 が 、 朱 鋳 基 総 理 に 「農 民 は 本 当 に 苦 し ん で お り、 農 村 は 本 当 に 困 窮 し て お り、 農 業 は 本 当 に 危 険 で あ る 」 と の 内 容 の 手 紙 を 提 出 し た 。 そ の 後 、 「三 農 」 問 題 と い う 言 葉 が 広 く使 わ れ る よ う に な り、2001年. に 「三 農 」 問 題 が 政 府 の 公 文. 書 に 盛 り込 ま れ た こ とで 、 政 府 や 政 策 決 定 者 の 問 に 定 着 し、2003年. に は 中 国共 産 党 中央 委. 員 会 に お い て 正 式 に 「三 農 」 問 題 が 工 作 報 告 に 書 き入 れ ら れ た14。 そ し て ち ょ う ど こ の 時 期 、 党 政 府 は 農 村 の 生 活 向 上 の た め の 政 策 を 次 々 と打 ち 出 し て い る 。 そ の 上 、 こ う し た 実 際 の 政 策 だ け で は な く、 宣 伝 方 面 に お い て も農 村 を 重 視 し、 農 村 を 題 材 と した 作 品 を 制 作 す る こ と が 政 府 か ら の 指 示 と し て 出 さ れ る よ う に も な っ た 。2007年. 一60一. の 十 七 大 報 告 で は 「和.
(5) 中国 にお け る農 村 テ レ ビ ドラマ の 政 治 性 とそ の 受 容. 譜 文 化(筆 者 注:「 和 譜 」 とは 「 調 和 の とれ た」 とい う意 味 の 中 国語)は 国 民 全 体 が 団 結 し、 進 歩 して い くた め の重 要 な精 神 的 支 柱 で あ る。 新 聞 や 出版 、 ラ ジ オ 、 映 画 、 テ レビ、 文 学 芸 術 の事 業 を積 極 的 に発 展 させ 、正 しい方 向 に導 き、 正 しい 社 会 の気 風 を広 め る。 都 市 と農 村 、 地 域 が 文 化 的 に協 調 して発 展 す る こ とを重 視 し、 農 村 や 辺 境 地 区、 都 市 に流 入 して い る 労 働 者 た ち の 精 神 面 や 文 化 面 を豊 か にす る よ う努 力 す る」15とい う文 言 が 掲 げ ら れ 、 農 民 を対 象 と した文 芸 創 作 を行 うよ う政 府 か ら指 示 が 出 て い る。 具 体 的 に は、 農 村 を 題 材 とす る映 画 の 発 展 を促 進 す る た め に、 毎 年 農 村 を題 材 と した映 画20作. 品 、農 村 で 実. 際 に使 用 され る教 育 目的 の 映 画30作 品 に対 して 国 家 広 電 総 局 か ら資 金 援 助 を行 う と 同時 に、 農 村 を題材 と した60作 品 以 上 の 版権 を指 定す る企 業 に買 い 取 らせ て い る とい う16。 ま た、2006年 の 「国家"十 一 五"時 期 文 化 発 展 規 画 綱 要 」 で は 、 さ らに 明確 に演 劇 、 映 画 、 ラ ジ オ ドラマ 、 テ レ ビ ドラマ に対 して 、農 村 を題 材 と した作 品 を一 定 の 割 合 で 創 作 す る よ う求 め て い る17。 農 村 テ レ ビ ドラマ の放 送 に 関 して は、 当時 流 行 してい た歴 史 を題 材 と した テ レ ビ ドラマ が 歴 史 を歪 曲 して い る とい う批 判 を受 け た り、 幹 部 の汚 職 を描 くテ レビ ドラマ が 増 え た こ とに危 機 感 を覚 え た広 電 総 局 が 、 テ レ ビの 「浄 化 焚 屏(画 面 浄 化)」 対 策 を行 い 、 中 央 電 視 台 の ゴ ー ル デ ン タイ ム で は、 優 先 的 に農 村 テ レ ビ ドラ マ を放 送 す る よ うに した とい う背 景 もあ る。 また 、 そ の社 会 的貢 献 や経 済 効 果 の 面 に鑑 み て 、 国 家 が 民 間 の 映像 制作 会 社 に 資 金 援 助 を行 い 、 民 間 企 業 に よ る農 村 テ レ ビ ドラマ 制 作 を奨 励 す る とい っ た 措 置 も取 ら れ 、 古 くか らの 国 営 企 業 だ け で は な く、 多 くの 民 間 企 業 もそ の 制 作 に加 わ る こ とに な っ た。 これ に よ って 主 旋律 テ レビ ドラマ18の レベ ル が 向上 した だ け で は な く、 農 村 テ レビ ド ラマ の 市場 で の競 争 力 や影 響 力 の 向 上 に もつ なが った とい う19。 こ の よ う に、 農村 テ レ ビ ドラマ の 隆盛 の 背 景 に は、 まず 政府 に よる農 村 建 設 へ の 重 視 が あ り、 そ れ に伴 って 中 央 宣伝 部 、 国 家 広 電 総 局 、 中央 電 視 台 が 農 村 テ レビ ドラマ の 創 作 を 重 視 し、 そ の本 数 や 内容 を強 化 す る とい う政 治 的 な意 図 が 明確 に存 在 してい る。. 3.「 劉 老 根 』 分 析 3-1.「 劉 老 根 』 か ら 始 ま る 東 北 劇 熱 こ う し た 流 れ の 中 で 、 「当 家 的 女 人 』(2003)、 (2005)等. 『希 望 的 田 野 』(2003)、. 『聖 水 湖 畔 』. の 農 村 テ レ ビ ドラ マ が 人 気 を 博 す よ う に な る が 、 そ の 発 端 と な っ た の が 中 国 で. 高 い 人気 を誇 る コメ デ ィ俳 優 、 趙 本 山 が 出演 す る ドラマ 本 山 は 、1992年. か ら 農 村 テ レ ビ ドラ マ. 『劉 老 根 』(2002)で. 『一 村 之 長 』 や1998年. の映画. あ った 。 趙. 『男 婦 女 主 任 』 に 主. 演 し た り、 中 国 の 高 視 聴 率 番 組 「春 節 聯 歓 晩 会 」 で コ ン ト を演 じて 人 気 を 博 して い た が 、 テ レ ビ ドラ マ に お い て は こ の. 『 劉 老根 』 で 高 い 注 目を集 め た 。 そ れ 以 後 、 彼 が 主 役 を演 じ. 一61一.
(6) 教 養 ・外 国 語 教 育 セ ン ター 紀 要. る 東 北 地 方 の 農 村 を描 い た. 「 劉 老 根 』、 「 馬 大 帥 』(2004)、. 『郷 村 愛 情 』(2006)等. の農村 テ. レ ビ ドラ マ は 全 て シ リ ー ズ 化 さ れ20、 高 い 人 気 を 集 め て い る 。 こ れ ら の テ レ ビ ド ラ マ は 全 て 東 北 地 方 を 舞 台 と し て い る た め 「東 北 劇 」 と呼 ば れ 、 基 本 的 に は 主 旋 律 に 則 り、 東 北 地 方 の 方 言 や 「二 人 転 」 と い っ た 伝 統 芸 能 を 織 り込 み な が ら、 貧 しい 農 民 が 豊 か に な る 姿 を コ メ デ ィ タ ッ チ で 描 く と い う の が 特 徴 で あ る 。 ま た 、 こ の 「東 北 劇 」 が 地 方 色 豊 か な 内 容 で あ っ た た め 、 物 語 の 舞 台 と な っ た 地 域 を 訪 れ る観 光 客 が 増 加 し、 現 地 の 観 光 業 や 飲 食 業 に プ ラ ス の 作 用 を も た ら した 。 こ の よ う に 、 テ レ ビ ド ラ マ 自 身 の 人 気 だ け に と ど ま らず 、 現 地 の 経 済 が 活 性 化 す る な ど の 付 随 す る 作 用 も あ り、 農 村 テ レ ビ ドラ マ は 急 速 に 産 業 化 の 道 を た ど っ て い く21。 そ れ と 同 時 に そ の 主 旋 律 的 な 内 容 か ら 、 政 府 側 の 評 価 も獲 得 し て お り、 中 国 テ レ ビ ドラ マ の 最 高 賞 で あ る 飛 天 賞 に 「劉 老 根 』、 『播 樹 峻 』、 『希 望 的 田 野 』、 『静 静 的 白 樺 林 』、 『喜 耕 田 的 故 事 』、 『当 家 的 女 人 』 等 の 農 村 テ レ ビ ドラ マ が 選 出 さ れ て い る 。 こ の よ う に 、 農 村 テ レ ビ ドラ マ は 政 治 性 と市 場 性 を と も に 兼 ね 備 え た 、 ま さ に 今 の 中 国 に 適 した 題 材 な の で あ る。 こ の2000年. 以 降 の 農 村 テ レ ビ ドラ マ ブ ー ム の 火 付 け 役 で あ る 『劉 老 根 』 は 、2002年. 中 央 電 視 台 の ゴ ー ル デ ン タ イ ム の 第 一 チ ャ ン ネ ル で 放 送 さ れ 、2002年. に. の最 高 視 聴 率 を獲 得. し22、 全 国 か ら大 反 響 を 呼 ん だ テ レ ビ ドラ マ で あ る 。 制 作 は 中 央 電 視 台 と そ の 傘 下 の 中 国 電 視 劇 制 作 セ ン タ ー 、 監 督 は 趙 本 山 本 人 と謝 暁 媚 、 脚 本 は 何 慶 魁 、 醇 立 業 、 万 捷 が 担 当 し て い る 。 あ らす じ は 以 下 の 通 りで あ る 。 あ らす じ:長. 白 山 の ふ も と の 寒 村 の 幹 部(支. 部 書 記)を. 退 職 した劉 老 根 は、 街 にい る次. 男 の 元 で 老 後 を 過 ご そ う と し て い た が 、 や は り故 郷 へ の 気 持 ち を 抑 え きれ ず に い た 。 そ の 時 、 公 園 で 韓 氷 とい う 資 産 家 の 女 性 と知 り合 う 。 二 人 は 意 気 投 合 し、 劉 は 韓 の 投 資 に よ っ て 故 郷 に 農 村 リ ゾ ー ト施 設 で あ る 龍 泉 山 荘 を 開 業 す る こ と を 決 意 す る 。 しか し開 業 、 成 功 ま で の 過 程 に は 、 資 金 繰 りの 悪 化 や 農 民 の サ ー ビ ス 業 へ の 無 理 解 、 郷 長 に よ る 妨 害 と い っ た 問 題 が 次 々 と起 こ る 。 ま た 、 劉 は 早 く に 妻 を 亡 く して お り、 男 手 一 人 で 子 供 た ち を 育 て て い た が 、 そ ん な 彼 を 慕 い 世 話 を 焼 い て い る 丁 香 とい う 女 性 が い る 。 丁 香 は 劉 と韓 の 関 係 を 怪 しみ 、 度 々劉 と衝 突 を 繰 り返 す 。 劉 は 家 族 や 村 の 人 々 の 助 け に よ っ て そ れ らの 問 題 を 乗 り越 え て い く。. 3-2.『 劉 老 根 』 の 魅 力 3-2-1.地. 方 色 豊 か な 内容. 繰 り返 し に な る が 、 「劉 老 根 』 以 降 、 東 北 地 方 を 舞 台 と し た 「東 北 劇 」 が 農 村 テ レ ビ ド ラ マ の 中 心 と な っ て い く。 そ の 火 付 け 役 が こ の. 一62一. 『 劉 老 根 』 で あ る。 『 劉 老 根 』 に描 か れ る.
(7) 中国 にお け る農 村 テ レ ビ ドラマ の 政 治 性 とそ の 受 容. 生 き生 きと した 東 北 地 方 の 特 色 あ る農 村 は、 中国 の 農 村 の 原風 景 と して 中国 の 視 聴 者 に強 い ノス タ ル ジー を掻 き立 て る もの で あ った よ うだ 。 そ れ は、趙 本 山の 弟 子 た ちで あ る 出演 者 らの生 き生 き と した 東 北 方 言 で あ り、 また 繰 り返 され る とう も ろ こ しや唐 辛 子 が 外 に干 して あ る東 北 の 農 村 風 景 で あ り、 主 人 公 の 被 る テ ンの 毛 皮 の 帽 子 や 、 登 場 人 物 た ちの 劉 老 根 、 薬 厘 子,辣 椒 等 とい った 農 村 ら しい 名 前 で あ り、 白樺 林 の風 景 や 、 一 面 に覆 われ た黒 土 で あ る23。 そ して特 に 「 二 人転 」 と呼 ば れ る、 東 北 地 方 の伝 統 芸 能 が 東 北 劇 ブ ー ムの 大 きな要 因 とな った こ とは大 きい 。 二 人転 とは 二 人 一 組 で(通 常 男 女 が ペ ア とな る)歌 を歌 い なが らユ ーモ アの あ る掛 け合 い を繰 り広 げ る とい う もの で あ るが 、 これ が 物 語 の 随 所 に ち りば め られ 、 ドラ マ の 大 きな見 ど こ ろ とな っ て い る24。 ドラマ で は こ う した 「二 人転 」 だ け で は な く、 東 北 地 方 の 秩 歌 の歌 や 踊 り も取 り入 れ られ 、 地 元 の 観 光 業 に大 きな影 響 を 与 え た。 さ ら には 全 国 に こ う した東 方 地 方 の伝 統 芸 能 を鑑 賞 で き る 「 劉 老根 大 舞 台 」 が 設 立 され る ほ ど、 そ の 東 北 の 伝 統 芸 能 が 人 気 を博 し、 以 後 の東 北 劇 の一 番 の売 りとな っ てい く。. 3-2-2.人. 物 像 か ら見 る 物 語. そ れで は次 に人 物 像 を 中心 に物 語 の 内容 につ い て考 察 したい 。 主 人 公 の 劉 老 根 は、 頑 固 で 周 囲 と衝 突 す る が 責 任 感 が 強 く、 リ ー ダ ー 気 質 を 備 え 、 村 の 発 展 を 願 う村 長 で あ る 。 そ して 心 優 しい が 素 直 に な れ ず 、 た ま に 高 圧 的 な 物 言 い をす る こ と で 衝 突 す る こ と もあ る 父 親 で も あ る 。 こ う し た 人 物 像 は 、 「新 星 』 の 「高 大 全 」25に描 か れ た 李 向 南 と は 全 く異 な る 農 民 イ メ ー ジ で あ る 。 さ ら に 、 彼 は 農 村 の 農 民 企 業 家 と して 、 知 識 人 で 都 市 に 住 む 韓 氷 か ら厚 い 信 頼 を 受 け 、 大 学 生 ら を教 育 す る 存 在 で も あ る 。 こ う し た 、 知 識 人 や 都 市 に 住 む 人 々 か ら敬 意 を 表 さ れ る よ う な 自 信 に 満 ち 溢 れ た 農 民 像 は 、 テ1/ビ. ドラ マ に お い て は 従 来. あ ま り描 か れ て こ な か っ た 姿 で あ る 。 ま た 、 そ の 名 前 「劉 老 根 」 に も注 目す べ き で あ る 。 「老 」 は 中 国 語 で は 「古 く か ら の 」 と い う意 味 が あ り、 「老 根 」 と い う名 前 は 「古 くか ら根 を 張 る 」 とい う 意 味 を 持 つ 。 こ れ は 農 村 に 根 を 生 や し て 生 き る 農 民 の イ メ ー ジ を 喚 起 さ せ る 。 そ こ に 、 劉 老 根 を慕 う 女 房 役 で あ る 丁 香 や 子 供 達 が 登 場 し、 頑 固 な 主 人 公 と衝 突 しつ つ も家 族 と して 彼 を 温 か く見 守 る 様 子 が 描 か れ て い る 。 こ れ に よ っ て 、 中 国 で 最 も ポ ピ ュ ラ ー で 人 気 の あ る 家 庭 倫 理 劇(フ. ァ ミ リ ー ドラ マ)の. 要 素 も 強 く備 え る こ と に な る 。 そ し. て さ ら に 、 李 宝 庫 と い う憎 め な い が 問 題 ば か り起 こ す 隣 人 が 登 場 す る 。 彼 は 自 分 の 利 益 ば か り を 追 い 求 め 、 ず る 賢 い と こ ろ が あ る が 憎 め な い トラ ブ ル メ ー カ ー で あ り、 彼 は あ る 意 味 典 型 的 な 農 民 像 と し て 描 か れ て い る 。 彼 は 道 化 役 の 役 割 を 担 っ て お り、 以 後 の 農 村 テ レ ビ ドラ マ に は 必 ず 彼 の よ う な 人 物 が 登 場 し、 農 村 テ レ ビ ドラ マ に 不 可 欠 な 存 在 と な っ て い る 。 こ う した 人 物 像 を 軸 に 物 語 が 展 開 し て い く。 農 村 テ レ ビ ドラ マ は こ う した 魅 力 的 な 人. 一63一.
(8) 教 養 ・外 国 語 教 育 セ ン ター 紀 要. 物 た ち に よる 群 像 劇 の様 相 が 強 く、 こ う した村 の皆 で 助 け合 う濃 密 な村 内 の 人 間 関 係 は、 以 後 の 農 村 テ レ ビ ドラマ の 典 型 的 な特 徴 とな って い る 。. 3-2-3.喜 2000年. 劇 性 、楽 観 性 以 降 の 農 村 テ レ ビ ドラ マ に 共 通 し て い る の は 、 農 村 が 経 済 的 に発 展 して い く姿 を. コ メ デ ィ タ ッ チ で 描 く と い う 「喜 劇 性 」 で あ る 。 そ れ は 上 述 した 二 人 転 や ユ ー モ ア の 富 ん だ セ リ フ や 、 夫 婦 喧 嘩 等 の 様 子 に 表 れ て い る 。 主 演 を 演 じ た 趙 本 山 は コ ン トの 達 人 で あ り、 彼 が 制 作 に 携 わ る 農 村 テ レ ビ ドラ マ に は 全 て 、 コ ン トや ユ ー モ ア の 要 素 が 大 き く存 在 して い る 。 そ して 物 語 全 体 の 叙 述 は 、 農 村 が 経 済 的 に 発 展 し て い く過 程 を コ メ デ ィ タ ッチ で 描 き、 結 末 で は 必 ず 大 団 円 を迎 え て 終 る 。 こ れ は 後 述 す る よ う に 、 テ レ ビ ドラ マ と し て の 気 楽 な 娯 楽 を 提 供 し た い と い う趙 本 山 自 身 の 意 向 で も あ る が 、 そ こ に は 政 治 的 目的 も見 え 隠 れ して い る 。 そ れ を 以 下 分 析 し た い 。. 3-3.『 劉 老 根 』 の政 治性 の処 理 『 劉 老 根 』 の 政 治 性 につ い て考 察 す る に は、 まず 「 劉 老 根 』 シ リ ーズ の テ ー マ を考 え る 必 要 が あ る。 『 劉 老 根1』 は 上 述 した よ うに 、 リ ゾー ト建 設 を テ ー マ と し、 農 民 た ち の 反 対 、 協 力 、 実 践 を経 て、 龍 泉 山荘 誕 生 まで の過 程 を描 くもの で あ るが 、 こ の過 程 は、 ま さ に農 業 以 外 の産 業 を基 に発 展 す る農 村 の手 本 とな る もの で あ る。 前 支 部 書 記 とい う村 の 幹 部 で あ る主 人 公 が 、 農 業 を捨 て リゾ ー ト施 設 建 設 とい う農 村 開発 に努 め る姿 、 そ して そ れ を と りま く村 人 の 姿 を描 くこ とで 、農 民 の 農村 に対 す る 意 識 の 変 化 を促 す とい う意 図 が 感 じ られ る。 そ して 「 劉 老 根1』 で は、 そ の リ ゾー ト施 設 の 経 営 上 の 問 題 が よ り具 体 的 に描 か れ る。 例 えば 理 事 会 の 設 立 につ い て、 家 族 経 営 の問 題 、 従 業 員 の管 理 方 法 、 ラ イバ ル企 業 との 競 争 、 契 約 の 順 守 等 の 施 設 運 営 上 の様 々 な 問題 が 発 生 し、 それ を主 人 公 が 如 何 に し て乗 り越 え てい くか が 物 語 の 中心 とな って い る。 そ れ は 「 劉 老 根1』 で 明 示 され た 農 村 発 展 の道 の応 用 編 で あ り、 農 村 建 設 をい か に推 進 して い くか を分 か りや す く示 した もの で あ る。 そ して 、物 語 全 体 は、 農 村 が 裕 福 に な る こ とで 、 物 語 中 の 様 々 な問 題 が 全 て 解 決 す る とい う楽 観 主 義 に満 ち て い る。 つ ま り、 農 村 の 市 場 化 は絶 対 的 な 「 善 」 で あ る とい うメ ッ セ ー ジが 発 信 され て い る ので あ る。 しか し、 実 際 の 農 村 の 市 場 化 は そ の よ う に簡 単 に進 む もの で は な く、 実 際 の 農 村 の状 況 を反 映 した もの で は な い。 そ こに 描 か れ て い る農 村 は、 ユ ー トピ ア的 な 「新 農 村 」 で あ る。 主 人 公 の 設 立 した 「龍 泉 山荘 」 はユ ー トピ ア的 農 村 の 商 品化 に過 ぎな い。 そ の た め に、 「 劉 老 根 』 に 対 して は コ メ デ ィ化 され す ぎて 「 俗 」で あ る、 批 判 性 に欠 け る、 単 な る娯 楽 作 品 にす ぎない 、 真 の 農 村 を描 写 してい ない 、 無 責 任 な 楽 観 主 義 で あ る等 の批 判 が 行 われ てい る26。 しか し、実 際 に 高 い視 聴 率 を誇 り、 文 化 現 象. 一64一.
(9) 中国 にお け る農 村 テ レ ビ ドラマ の 政 治 性 とそ の 受 容. と もな った 農 村 テ レビ ドラマ に は、知 識 人 ら に よ るそ う した批 判 の声 で は 掬 い 取 れ ない 視 聴 者 の 欲 望 が 現 れ て い る は ず で あ る 。 そ れ は 、 農 民 自 身(ま. た は 農 民 以 外 の 視 聴 者)に. よ. る 農 村 美 化 の 欲 望 だ と考 え ら れ る 。 彼 らが テ レ ビ ドラ マ に 求 め て い る の は 、 問 題 が 山積 す る 現 実 の 農 村 で は な く、 ユ ー トピ ア と して の 農 村 で あ る 。 そ の ユ ー トピ ア 的 な 農 村 に 現 実 感 を 与 え る た め に 、 過 剰 に も感 じ られ る よ う な 濃 厚 な 地 方 色 を 加 え 、 享 楽 的 な 歌 や 踊 りで パ ッ ケ ー ジ ン グ す る こ と で 、 現 実 の 農 村 を 美 化 して い る の で あ る 。 そ れ は 趙 本 山 本 人 が 以 下 の よ う に 述 べ て い る こ と か ら も明 ら か で あ る 。. 「こ れ ま で の 農 村 を 題 材 と した テ レ ビ ドラ マ は 、 常 に 人 々 に 農 村 の 遅 れ た 汚 い 部 分 を 見 せ 、 ぼ さ ぼ さ 頭 で 垢 に ま み れ た 顔 を した 農 民 を 描 い て きた 。 農 村 の 新 しい 様 子 を 反 映 す る た め に 、 私 は 資 金 を 出 して 、 昼 は 仙 境 、 夜 は 夢 の 中 の 天 国 に い る よ う な 、 詩 情 あ ふ れ る セ ッ トを 準 備 した 。 そ して 、 鮮 や か な服 を 着 た 農 民 が 、 絵 の よ う に 美 しい 風 景 の 中 で 、 彼 らの 今 の 物 語 を繰 り広 げ る の で あ る 。」27. こ う した ユ ー トピ ア的 農 村 に対 す る欲 望 は 、農 村 開 発 を推 進 す る政 府 の意 向 と共 謀 し、 さ らに 共 産 党 に 対 す る教 化 と結 びつ く。 そ れ は そ の勧 善 懲 悪 物 語 に見 て 取 る こ とが で き る。 『 劉 老 根 』 に は敵 役 と して 、 之 馬郷 長 とそ の手 下 の小 役 人 で あ る胡 科 が 登 場 し、 彼 らは 難 癖 をつ け て劉 老 根 や龍 泉 山荘 か ら利 益 を得 よ う とす る。 これ は農 村 に実 際 に存 在 す る役 人 の 腐 敗 を描 い て い る と言 え る。 しか し、 結 局 は馬 郷 長 の上 司 で あ る王 書 記 と さ らに その 上 司 に あ た る楊 県 委 員 会 書 記 の登 場 に よっ て 問題 は あ っ さ りと解 決 す る。 最 終 話 で の 王 書 記 は次 の よ うに述 べ る。. 「言 っ て お くが 、 彼(筆. 者 注:劉. 老 根)は. 正 真 正 銘 の 老 党 員 だ 。 苦 労 して 山荘 を起 した. の だ 。 彼 らが 罠 を しか け た か ら封 鎖 し た だ と?彼. ら が 一 体 何 を し た い と言 う の だ 。 私 が 問. 題 を 解 決 で き な い とお 前 は 言 っ て い る の な ら、 こ の 共 産 党 の 天 下 に 法 が な い と で も い うの か?」. そ し て 大 団 円 を 迎 え 、 楊 県 委 書 記 が 登 場 し 、 颯 爽 と村 に や っ て くる 。 農 民 は 周 り を 取 り囲 ん で 彼 を歓 迎 す る 。 こ の シ ー ン で の 楊 書 記 の ス ピ ー チ は 次 の よ う な も の で あ る 。. 「我 々 の 県 に は 、 こ ん な に も素 晴 ら しい 山 や 川 が あ る 。 こ ん な に も多 くの 開 発 資 源 が あ る 。 そ れ で は な ぜ 、 劉 老 根 が 一 歩 先 ん じ る こ とが で き た の か?そ. れ は私 が 思 うに、 共 産 党 員 と. して の 思 い が あ る か ら だ 。 人 々 の た め に何 か 役 立 つ こ と を した い 、 そ れ が 、 劉 老 根 が 生 涯. 一65一.
(10) 教 養 ・外 国 語 教 育 セ ン ター 紀 要. 追 い 求 め る も の だ か らだ 。」. こ う して 物 語 の 最 後 で 共 産 党 の幹 部 らが 登 場 し、主 人 公 達 を保 護 す る こ とで 、 共 産 党 に よ る政 治 の 潔 白 さ を明 示 す る。 昔 な が らの 悪代 官 を罷 免 す る清 官 物 語 の 叙 事 に、 共 産 党 の 正 統 性 を か らませ て い る の で あ る。 これ は農 民 を対 象 と した テ レ・ビ ドラマ と して の 一 つ の 重 要 な 政 治 的 戦 略 で あ る と考 え られ る。 『 劉 老 根 』 は以 前 か ら人 々 に親 しま れ て きた伝 統 芸 能 を ち りばめ た 完 全 懲 悪 物 語 に、 主 人 公 に は政 治 性 は な い もの の、 農 村 建 設 とい う現 代 的 意 義 と共 産党 の政 治 性 を付 与 した物 語 とな っ てい るの で あ る。. 3-4.趙. 本 山 の 政 治 的位 置 づ け. しか し、 こ こ で 指 摘 し て お くべ き こ と が あ る 。 そ れ は 劉 老 根 を 演 じた 趙 本 山 の 中 国 に お け る 文 化 的 、 政 治 的 位 置 づ け で あ る 。 彼 は 自 ら を こ う 語 っ て い る 。 「皆 が 農 民 を 思 い 浮 か べ る 時 は 必 ず 私 を 思 い 浮 か べ る だ ろ う 。 な ぜ な ら私 は 本 当 の 農 民 よ り も農 民 だ か ら だ 」28。 つ ま り、 彼 は 自 覚 的 に 「農 民 ら し さ 」 を 演 じ て い る 、 と い う こ と に な る 。 で は こ の 「農 民 ら し さ 」 と は何 だ ろ う か 。 そ れ は 一 体 誰 が 思 い 描 く 「農 民 ら し さ」 な の だ ろ う か 。 そ の 問 題 に つ い て 考 え る と、 彼 の 人 気 と 切 り離 す こ と の で き な い 中 央 電 視 台 の 人 気 テ レ ビ番 組 「春 節 聯 歓 晩 会 」 が 思 い 起 こ さ れ る 。 「春 節 聯 歓 晩 会 」 は 中 国 の 大 み そ か に 放 送 さ れ る 国 民 的 人 気 番 組 で、 それ は 中央 電 視 台 とい う中国 政 府 の方 針 を伝 え る 国営 放 送 で 放 送 され 、 大 変 な 文 化 的 、 政 治 的 影 響 力 を も つ 。 趙 本 山 は1990年 が 、1995年. か ら こ の 番 組 で コ ン トを 演 じ て い た. か ら農 民 を 主 に 演 じ る よ う に な り、 そ れ 以 後 、 趙 本 山 の 人 気 は 揺 る ぎ な い もの. と な っ て い く。 同 番 組 は 生 放 送 で あ り、 当 然 当 局 か ら の 厳 格 な 管 理 の 下 制 作 さ れ 、 政 府 の 意 向 に 沿 っ た 内 容 の も の しか 放 送 さ れ る こ と は な い29。 こ こ で 趙 本 山 は 少 し分 か らず 屋 で 、 皮 肉 屋 で は あ る が 、 素 朴 で 心 優 し く、 農 村 発 展 の 恩 恵 を 受 け て 政 府 に 感 謝 し て い る 農 民 を 演 じ て き た 。 そ れ が ま さ に 政 府 の 望 む 「農 民 ら し さ 」 な の で あ る 。 そ の た め に 彼 の 演 じ る テ レ ビ ドラ マ や コ ン トは 中 国 の 政 府 関 係 者 か ら高 く評 価 さ れ 、 知 識 人 ら も彼 に つ い て 様 々 な 論 評 を 行 うの で あ る 。 日 本 で は 、 一 人 の コ メ デ ィ 俳 優 の コ ン トが 政 府 関 係 者 や 知 識 人 層 か ら これ ほ ど注 目を 集 め る こ と は まず な い だ ろ う。 そ の 一 方 で 、 趙 本 山演 じる農 民 の 姿 は 、 農 民 や 一 般 市 民 か ら も大 変 親 し ま れ て い る 。 つ ま り、 趙 本 山 は 実 際 の 農 民 の 代 表 で は な く、 そ れ は 一 種 の 文 化 的 、 政 治 的 ア イ コ ン と して 機 能 して い る の で あ る 。 彼 は 二 人 転 等 に 代 表 さ れ る 民 俗 文 化 を 体 現 す る 民 族 英 雄 で あ り、 さ ら に 「正 しい 」 政 治 性 を 持 っ た 人 物 と して 政 府 か らの 支 持 も得 て い る 。 こ の 両 面 を 併 せ 持 つ か ら こ そ 、 彼 の 描 く農 村 ドラ マ や コ ン トが 、 中 国 の あ ら ゆ る 階 層 か ら こ れ ほ ど ま で に 支 持 さ れ て い る の で あ る 。 こ の 彼 自 身 の 背 景 に あ る 政 治 性 か ら も、 趙 本 山 の 農 村 ドラ マ が 実 際 の 農 村 を 描 け ず 、 批 判 性 に 乏 しい. 一66一.
(11) 中国 にお け る農 村 テ レ ビ ドラマ の 政 治 性 とそ の 受 容. こ と は 理 解 で き る 。 そ う で あ る か ら こ そ 、 ド ラ マ の 舞 台 が 「農 村 リ ゾ ー ト建 設 」 と い う パ ッケ ー ジ ン グ さ れ た 偽 の 農 村 を 売 る 場 所 に 設 定 さ れ た の で あ る と言 え る の で は な い だ ろ うか 。 た だ 、 そ れ は 政 府 側 の 政 治 的 意 図 と視 聴 者 の農 村 へ の欲 望 の両 方 を投 影 した もの と して 、 大 き な 影 響 力 を 持 つ に 至 っ た の で あ る 。. 4.『 劉 老 根 』、 「 東 北劇 」 ドラ マの 影 響一 「 喜 耕 田 的 故 事』 を 中心 に こ う した 『 劉 老 根 』 の成 功 に よっ て、 そ の 後 の農 村 テ レ ビ ドラ マ は大 き く発 展 し、 そ れ に強 く影 響 を受 けた ドラマ が 量 産 され て い く。 宣伝 部 が 制 作 す る主 旋 律 ドラ マ に も、 人 物 設 定 、 物 語 進 行 、 シ ー ン設 定 等 に 『 劉 老 根 』 の影 響 が 強 く見 うけ られ る もの が 存 在 してい る。 次 に、 そ う した 主 旋 律 ドラ マ で あ る 『 喜 耕 田 的 故 事 』 を見 て い く こ とで 、 「 劉老根 』 の影 響 につ い て 考 え た い。 『 喜 耕 田 的 故 事 』 は 、上 述 した よ うな批 判 精 神 の 欠 如 や 無 責 任 な楽 観 主 義 な どの 「 劉 老 根 』 に対 す る批 判 を受 け て制 作 され た、 政 治 色 の よ り強 い 主 旋 律 テ レビ ドラマ で あ る。 こ こか ら近 年 の 『 劉 老 根 』 を始 め とす る商 業 的 農 村 テ レ ビ ドラ マ と は ま た色 合 い の 異 な る、 政 治 性 の よ り強 い 主 旋 律 農 村 テ レ ビ ドラマ につ い て考 え て い きた い ○. 『 喜 耕 田 的故 事 』 は2007年8月. か ら中央 電 視 台 第 一 チ ャ ンネ ル の ゴ ー ル デ ンタ イ ム に放. 送 され た 全19話 の テ レビ ドラ マ で あ る。 物 語 は都 市 で 出稼 ぎ労 働 者 と して働 い て い た 喜 耕 田が 、2006年 に農 業 税 が 廃 止 され た こ とを知 っ て、 自 らの 故郷 で あ る 山西 省 の農 村 「喜 家 庄 」 に戻 り、社 会 主 義 新 農 村 を建 設 す るべ く奮 闘 し、 村 人 が 参 加 す る経 済合 作 社 を設 立 、 喜 家 庄 が 新 農 村 建 設 模 範 村 に選 ば れ る とい う内容 で あ る。 物 語 の 舞 台 は 山西 省 で 、 監 督 と脚 本 は農 村 を題 材 と した作 品 を多 く手 掛 け て い る 山西 省 出 身 の牛 建 栄30が 担 当 してい る。 制 作 は 山西 省 文 明 辮(「 山西 省 精 神 文 明 建 設 指 導 委 員 会 辮 公 室 」 の 略 称)、 山西 電 影 制 片 廠 、 太 原 市 委 宣 伝 部 、 中央 電 視 台 文 芸 中心 影 視 部 で あ る。 同作 品 は、 中央 電 視 台 テ レ・ビ ドラマ 審 査 チ ー ムの 審 査 、 中 央 宣伝 部 文 芸 局 、 中央 電 視 台 影 視 部 の許 可 を経 て、 党 の 十 七 大 献 礼 重 点 影 視 劇 作 品 と され た31。 こ う した経 緯 や そ の物 語 か ら も明 白 な よ うに 、 『 喜耕 田 的 故 事 』 は 明 らか に、 あ る政 治 的 意 図 に基 づ い て制 作 され た主 旋 律 作 品 で あ り、 そ の 内 容 面 で の政 治 性 は 『 劉 老 根 』 を遙 か に凌 ぐ。 しか しなが らこ う した政 治 性 を強 く備 え た 『 喜 耕 田 的故 事 』 も視 聴 者 に も広 く受 け入 れ られ た。 『 喜 耕 田 的 故 事 』 の 平 均 視 聴 率 は6.66% で 、 最 高視 聴 率 は9.52%に 達 し、2007年 の 中央 電 視 台 第 一 チ ャ ンネ ル で放 送 され た テ レビ ドラマ の 中で は第 二 位 の 視 聴 率 を獲 得 、 ま た農 村 を題 材 と した テ レビ ドラマ で は最 高 視 聴 率 を記 録 した とさ れ て い る32。 そ して 政 府 に よ る飛 天 賞33の 金 鷹 賞34の. 「長 編 テ レビ ドラマ ー 等 賞 」、. 「長 編 優 秀 テ レビ ドラマ 賞 」、 「男優 賞 」 も獲 得 して い る。 そ して この 『 喜耕 田. 的 故 事 』 の 好 評 を受 け て 、2009年 に再 び 中央 電 視 台 の ゴ ー ルデ ン タ イム に続 編 の 『 喜耕 田. 一67一.
(12) 教 養 ・外 国 語 教 育 セ ン ター 紀 要. 的 故 事2』 が 放 送 さ れ て い る。 そ れ で は この 主 旋律 ドラマ で あ る 「 喜 耕 田 的故 事 』 は政 治 性 をい か に して処 理 し、 視 聴 者 に広 く受 け入 れ られ て い る の だ ろ うか 。. 4-1.制 作 の 背 景 まず 、 「 喜 耕 田的 故 事 』 が 制 作 され た政 治 的 な背 景 を考 え た い。 『 喜 耕 田的 故 事 』 は、 農 業 税 の撤 廃35を 知 った 出 稼 ぎ労働 者 の喜 耕 田 が 故 郷 に戻 っ て 農業 に従 事 す る こ とか ら物 語 が 始 ま っ て い くの だ が 、 こ こか ら明 らか な よ う に、 まず この農 業税 の 撤 廃 を民 衆 に知 ら し め、 都 市 に 出稼 ぎ に来 て い る農 民 に故 郷 に戻 って 農 業 に従 事 す る よ う促 す 政 治 的 意 図 が 存 在 してい る。 また 、 農村 か らの 出稼 ぎ労 働 者 が 増 え都 市 に流 入 した こ とで 、都 市 に新 た な 問 題 が 生 ま れ、 か つ 農 地 が 荒 廃 して い っ た ため 、 政 府 は 出稼 ぎ労 働 者 を農 村 に戻 らせ る政 策 を打 ち出 した。 これ らの 農 業税 の撤 廃 と社 会 主義 新 農 村 建 設 が 呼 び か け られ た の が2006 年 で、 この 政 策 を背 景 に 制作 され た の が 『 喜 耕 田 的故 事 』 で あ り、 『 劉 老 根 』 よ りそ の 政 治 的 目的 が よ り明確 に示 され て い る36。 しか し、 市 場 とは関 係 を切 り離 せ ない テ レビ ドラマ と して 、 そ の 制作 の 背 景 に は当 然 経 済 的 な裏付 けが あ る。 上述 した よ うに、2002年 の 『 劉 老 根 』 シ リー ズ か ら始 まる、 趙 本 山 が 出演 す る東 北 地 方 の農 村 を舞 台 と した ドラ マが こ こ数 年 市 場 を席 巻 してお り、 農 村 テ レ ビ ドラマ に注 目が 集 ま って い た とい う事 実 を受 け て制 作 され た こ とは 間違 い ない 。 さ らに、 これ らに便 乗 す る類 似 作 品 の 「東 北 劇 」 が 次 々 と現 れ た こ とで 、 「東 北 劇 」 の 目新 しさが 失 わ れ て お り、 さ ら に は 上 述 した よ う な 「東 北 劇 」 の 様 々 な 問 題 点 も指 摘 され つ つ あ っ た。 そ こ で、 「東 北 劇 」 と は一 味 異 な る別 の地 方 の 農 村 テ レ ビ ドラマ の 市 場 が あ る との 判 断 が あ った の で は ない か と考 え られ る。. 4-2.『 喜 耕 田 的 故 事』 の魅 力 と 『 劉 老 根』 の 影 響 そ れ で は まず 、 「 喜 耕 田 的故 事 』 の 物 語 の魅 力 につ い て考 え て み た い。 こ の物 語 の 魅 力 には 『 劉 老 根 』 の影 響 が 強 く見 受 け られ る。 『 喜 耕 田 的 故 事 』 で は都 会 で は失 わ れ た 濃 密 な人 間 関係 が 描 か れ る。 例 え ば 、 出 稼 ぎに 行 っ た両 親 に置 い て いか れ た子 供 を、 周 囲 の村 民 が親 代 わ りに面 倒 をみ た り、 嫁 と姑 が も め て、 嫁 が 姑 の世 話 を しよ うと しない の を村 民 が 注 意 し、 姑 を守 る とい った村 民 内 の 互 助 的 な人 間 関係 が 描 か れ る。 ま た、 喜 耕 田 一 家 の 住 む家 は、 夫 婦 の 住 む棟 、 娘 の 住 む棟 、 息 子 の 住 む棟 が そ れ ぞ れ あ っ て広 々 と して お り、 しか しひ と声 呼 べ ば皆 が す ぐ集 ま る一 家 団 樂 の場 で あ る。 ま た隣 人 もい つ も気 兼 ね な くや って きて は、 井 戸 端 会 議 に花 を咲 か せ る。 この よ う に、都 市 で は す で に見 られ な い 、 の どか で濃 密 な村 人 間 の 人 間 関係 や 家 族 愛 が 描 か れ 、 都 市 の視 聴 者 も農 村 の視 聴 者 も、 と もに親 しみ や 懐 か しみ を もって 物 語 を受 け入 れ. 一68一.
(13) 中国 にお け る農 村 テ レ ビ ドラマ の 政 治 性 とそ の 受 容. る こ とが で き る。 これ らは全 て伝 統 的 な倫 理 観 を描 い てお り、 家 庭 倫 理 ドラマ 的 な要 素 も 強 く表 れ て い る。 これ は 『 劉 老根 』 と通 じる と ころが か な り大 きい。 ま た、 東 北 地 方 とは異 な る 山西 風 土 も ドラマ の 一 つ の 魅 力 とな って い る。 監 督 は 山西 省 の農 村 出 身 で あ り、 俳 優 陣 に も山西 省 出 身者 を多 く起 用 して い る。 喜 耕 田 を演 じた 林 永 建 は 山東 省 出 身で あ るが 、 山西 省 の方 言 を十 分 に マ ス タ ー した上 で 撮 影 に 臨 ん で お り、 その 方 言 に親 しみ を感 じる とい う視 聴 者 の声 が 多 くイ ン ター ネ ッ ト上 に書 き込 ま れ て い る。 ま た 『 喜 耕 田的 故 事 』 は一 年 間 か け て撮 影 され て お り、 そ の 間 の 四季 が 物 語 に反 映 され 、 美 しい 農 村 の風 景 も視 聴 者 の 心 を と ら え る。 しか し、 こ う した 、 山 西 地 方 の景 観 に彩 られ た、 温 か い 人 間 関 係 が 保 た れ て い る 「美 しい 農村 」 は農 村 の平 穏 、 ひい て は 「 和 譜社 会 」 を反 映 す る 「新 農 村 」 の姿 で あ り、 東 北 劇 と同 じ く、 あ る意 味 一 種 の 「理 想 郷 」 と しての 農 村 の 姿 で あ る と言 え るだ ろ う。 次 に 人 物 像 を見 て い く。 主 人 公 の 喜 耕 田 は 心 優 しい 農 民 で あ るが 、 譜 誰 精 神 にあ ふ れ、 時 に は嘘 をつ い て悪 人 を こ ら しめ る こ ともあ る。 また 、 そ の一 本 気 な性 格 の た め に妻 や 子 供 、 村 の 幹 部 と衝 突 す る こ と も多 い 。 しか し、 家 族 や 自分 の 故 郷 を愛 し、 村 の 様 々 な問 題 に奔 走 す る素 朴 な農 民 と して 大 変 魅 力 的 な人 物 像 で あ る。 そ して この 平 凡 な農 民 が 起 業 し て村 に富 を もた ら し、 リー ダー シ ッ プ を発 揮 して 村 を一 つ に ま とめ あ げ、模 範 農 村 と して 国家 か ら奨 励 さ れ る まで 村 を率 い て い く。 こ う した 人 物 像 は 劉 老 根 とか な り共 通 して い る。 しか し、劉 老根 は農 業 に は見 切 りをつ けて 政 府 に頼 る こ と な く農村 の 農 業 以外 の 産 業 化 の道 を探 る商 人 とな っ た農 民 で あ り、 主 人 公 の 人 物 像 そ の もの に政 治 性 は付 与 され てい な い。 しか し、 「 喜 ん で 田 を耕 す 」 とい うそ の 名 前 か ら も明 らか な よ う に、 喜 耕 田 に は政 治 的 な メ ッセ ー ジが 明 確 に付 与 され てお り、 政 府 か らの 呼 びか け を受 け て農 村 に戻 り、 政 府 の指 標 に則 って行 動 す る人 物 とな っ て い る。 さ らに 「 喜 耕 田 的 故 事2』 で は 共 産 党 に入 党 す る過 程 が 描 か れ る な ど、 彼 に は劉 老 根 よ りそ の政 治 性 が 色 濃 く表 れ て い る。 この 喜 耕 田の 、 人 物 的 魅 力 を備 え愛 され る存 在 で あ りなが ら、 政 府 の 政 策 に忠 実 で あ る とい う人 物 設 定 は二 重 の意 味 で 「 理 想 化 され た農 民 」 の姿 とな っ て い る。 この 「理 想 化 」 に は政 府 が 求 め る政 治 的 に 「理 想 的 な農 民 」 と、視 聴 者 が 求 め る想 像 上 の 素 朴 な 「理 想 的 な農 民 」 二 つ の 姿 が 重 ね合 され てい る。 この 二 つ の 「理 想 的 な農 民 」 像 が 主 旋 律 ドラマ 「 喜 耕 田的 故 事 』 の 政 治 性 と娯 楽 性 のバ ラ ンス を保 っ て い る。. 4-3.物 4-3-1.ナ. 語 の叙 述 レー シ ョン. そ れ で は 次 に 『喜 耕 田 的 故 事 』 の 政 治 性 の 処 理 方 法 を 、 物 語 の 叙 述 方 法 か ら見 て い き た い 。 「喜 耕 田 的 故 事 』 は ど の よ う に 物 語 を語 っ て い る の だ ろ う か 。 ま ず 指 摘 し て お くべ き. 一69一.
(14) 教 養 ・外 国 語 教 育 セ ン ター 紀 要. な の は 、 主 人 公 の ナ レ ー シ ョ ンで あ る 。 冒 頭 で 、 「わ しの こ と を 紹 介 す る の を 忘 れ て い た 。 わ し は 何 者 だ ろ う か?わ. し は 皆 に 物 語 を 語 っ て い る こ の 人 で 、 喜 耕 田 と 言 う 。」 と い う ナ. レ ー シ ョ ン が 入 り、 そ れ 以 後 も し ば しば こ の 主 人 公 に よ る独 白 が 挿 入 さ れ 、 農 民 自 身 の 気 持 ち が 農 民 の 声 に よ っ て 分 か り や す く視 聴 者 に 伝 わ る よ う に な っ て い る 。 そ もそ も 『喜 耕 田 的 故 事 』 の 本 来 の タ イ トル は 「2006年 一 一 個 農 民 的 自 白(あ こ の タ イ トル か ら も、 独 白=ナ. る 農 民 の 独 白)』 で あ り、. レ ー シ ョ ン が 重 要 な 要 素 で あ っ た と こ とが う か が え る が 、. 中 央 政 治 局 委 員 で 、 中 央 宣 伝 部 部 長 で あ る 劉 雲 山 自 らが 本 ドラ マ の 審 査 を 行 い 、 こ の タ イ トル は ドキ ュ メ ン タ リ ー 調 で 目標 と す る視 聴 者 に 合 わ な い の で は な い か と の 考 え か ら、 さ ら に 素 朴 で 、 親 近 感 を覚 え る 『 喜 耕 田 的 故 事 』 に 変 更 し た と い う37。 こ こ か ら も 主 要 な 視 聴 者 を 農 民 と考 え て い る 様 子 が う か が え る 。 喜 耕 田 が 村 に 戻 っ て 、 再 び 農 業 に 従 事 す る 決 意 をす る際 に は次 の よ うな ナ レー シ ョンが挿 入 され る。. こ こ数 年 、 農 民 た ち は都 市 で 出稼 ぎをす る ば か りで 、 素 晴 ら しい 土 地 が 荒 れ 果 て て し ま い、 そ れ を見 る た び心 が 痛 ん だ 。 農 民 が 農 業 を しな け れ ば、 土 地 に 申 し訳 が 立 た な い 。 農 民 が 農 業 を して も よい収 入 が 得 られ ない な ら、 そ れ は 農 民 に 申 し訳 が 立 た な い。 わ しは農 民 だ。 わ しは農 業 をす る。 わ しが 農 業 を しな けれ ば、 国 家 の 素 晴 ら しい 政 策 に 申 し訳 が 立 た な い。. 農 民 が 農 業 を しな け れ ば 、土 地 は人 と同 じで、 しな けれ ば しない ほ どそ れ に対 す る愛 着 が な く な っ て し ま う も の だ 。 わ しは こ こ 数 年 都 市 に い て 、 土 地 を 目 に す る こ とが で き な か っ た か ら、 い つ も気 持 ち が 落 ち 着 か な か っ た 。(第 一 話). こ の よ う に、 農 民 で あ る喜 耕 田 自身 に農 民 自身 が そ の 土 地 に愛 着 を持 っ て い る とナ レー シ ョ ン で 語 ら せ る こ と で 、 政 府 の 政 策 に 従 っ て 農 業 に 再 び 従 事 す る と い う よ り も、 農 民 自 身 の 土 地 へ の 愛 着 を 強 調 し、 農 民 が 自主 的 に 農 業 に 従 事 す る こ と を 訴 え る 内 容 に な っ て い る。 この よ うな 農 民 の 声 に よ るナ レー シ ョンは 、 政府 の 意 向 を喜 耕 田の 声 に よ って 内 面 化 し、 喜 耕 田 の 声 と して 、 視 聴 者 に 政 府 の 意 向 を 伝 え る 効 果 を 果 た し て い る 。 中 国 の 主 旋 律 テ レ ビ ドラ マ に お い て ナ レ ー シ ョ ン は 重 要 な 語 りの 要 素 の 一 つ で あ る と考 え る こ とが で き る。. 4-3-2.社 会 問題 の描 写 『 喜 耕 田 的 故 事 』 に は様 々 な 農 村 の社 会 問 題 が 描 か れ る。 例 え ば 農 業 税 の免 除 に伴 う農 村 の 財 源 問題 や 、 両 親 が 出稼 ぎに行 き農 村 に取 り残 され た 子 供 の教 育 問 題 、 老 人 介 護 の問. 一70一.
(15) 中国 にお け る農 村 テ レ ビ ドラマ の 政 治 性 とそ の 受 容. 題 、 農 村 の経 済 活 性 化 の 問題 、 身体 障 碍 者 へ の補 償 問題 、 偽 装 食 品 問題 、 著 作 権 に 関す る 問 題 、 緑 色 農 業 の問 題 、 粗 悪 製 品の 問 題 、 汚 職 、 幹 部 と農 民 の 意 見 交 換 不 足 、 村 に残 る迷 信 等 、 様 々 な問 題 が 喜 耕 田 の 身 に次 々 と降 りかか る。 こ う した 問 題 は確 か に現 在 の 中 国 に 多 く見 られ る 問 題 で あ り、 これ らの 問 題 が 描 か れ た な らば 、 ドラマ の 問 題 意 識 が 強 ま り、 そ の社 会 批 判 性 を高 め る こ とが で きる はず で あ る。 しか し、 『 喜 耕 田的 故 事 』 で は、 こ う した 問 題 は物 語 の起 伏 と して視 聴 者 を飽 き させ な い た め の 「出来 事 」 と して の み 機 能 して い る。 喜 耕 田 の 身 に 降 りか か る これ らの 問 題 は 全 て、 農 民 を思 い や る農 村 、 鎮 、 県 の 幹 部 、 また は良 心 的 な企 業 家 、 農 村 内部 の 人 間 関係 に よっ て全 て解 決 して し ま う。 これ らの 様 々 な問 題 は どれ も視 聴 者 の 身辺 に起 こ り うる問 題 で あ り、視 聴 者 の 興 味 を引 くの に十 分 な もの ばか りで あ るが 、 結 局 は全 て 特 に大 きな問 題 に は な らず にす ぐに解 決 に向 か い 、 物 語 全 体 が 楽 観 主 義 に 貫 か れ て い る。 た だ 、 『 劉 老 根 』 に お い て は こ う した社 会 問 題 は ほ と ん ど触 れ られ る こ とは な く、 こ こに 『 喜 耕 田 的故 事 』 の 「 劉 老 根 』 に対 す る反 省 が 見 られ る。 た だ 、 そ れ も明確 な批 判 精神 を持 つ まで に は至 って い ない 。. 4-3-3.幹. 部 の描 写. 上 述 した よ う に 、 『喜 耕 田 的 故 事 』 に は 村 長 、 鎮 長 、 県 長 が 登 場 す る が 、 い ず れ も農 民 の こ と を 真 に 理 解 し て い る 理 想 的 な 幹 部 ば か り で 、 彼 ら の 口 を 借 りて 国 の 方 針 が そ の ま ま 伝 え られ て い る 。 例 え ば 身 を 粉 に して 村 の た め に 働 く村 長 が 、 村 人 が 一 丸 と な っ て 新 しい 産 業 を 作 ろ う と人 々 に 優 し く呼 び 掛 け る 場 面 で は 、 村 長 が 国 家 の 政 策 を 分 か りや す く語 り か け、 バ ック に は 感 動 的 な音 楽 が 流 れ る。 こ れ は なぜ 農 村 の市 場 へ の 参 入 が 必 要 なの か、 政 府 の 考 え を よ り情 感 的 に 、 分 か りや す く伝 達 す る とい う 意 義 を 持 っ て い る 。 ま た 、 牛 県 長 は そ の 高 い 地 位 に も 関 わ ら ず 、 「自 分 も農 民 で あ る か ら」 と喜 耕 田 を 何 か と 助 け る 。 さ らに最 終 話 で は退 職 す る前 日に喜 家 庄 にや っ て来 て、 喜 家 庄 の発 展 を 目に して、 満 足 げ に 喜 耕 田 ら(ひ. い て は 視 聴 者)を. 激 励 す る 。 こ う した 優 れ た 幹 部 の 姿 は 、 『新 星 』 に お い て. は 主 人 公 に よ っ て 体 現 さ れ て い た が 、 『劉 老 根 』、 『喜 耕 田 的 故 事 』 に な る と、 農 民 で あ る 主 人 公 た ち を 温 か く見 守 る 存 在 と し て 登 場 す る こ と に な る 。 現 在 の 農 村 ドラ マ の 主 人 公 は あ く ま で も 「農 民 」 で あ る 。 そ し て そ の 背 後 で 政 府 関 係 者 が 見 守 っ て い る と い う構 図 に な っ て い る 。 こ れ は ま さ に 政 府 か らの メ ッ セ ー ジ に ほ か な ら な い だ ろ う 。. 4-3-4.楽 観 主義 そ して 物 語 が 楽 観 主 義 に貫 か れ て い る の も 『 劉 老 根 』 と 同様 で あ る。 様 々 な問 題 が 起 こ って も、 そ れ は喜 耕 田 の 奔 走 や 関 係 者 の理 解 に よっ て ほ ぼ 問題 な く解 決 して ゆ く。 物 語 中 にス リル はあ って も悲劇 は存 在 しない 。 この 楽観 主 義 は 『 喜 耕 田的 故 事 』 の 主 題 歌 に も. 一71一.
(16) 教 養 ・外 国 語 教 育 セ ン ター 紀 要. 如 実 に 表 れ て い る 。 こ の 歌 詞 に は 、 政 策 に 従 え ば 農 村 は 経 済 的 に 発 展 し、 人 々 は 無 条 件 に 幸 せ に な れ る と い う メ ッセ ー ジ が 含 ま れ て お り、 物 語 も ま さ に こ の 主 題 歌 通 り に 進 ん で い く。 物 語 に は 様 々 な 問 題 を 引 き起 こ す 人 物 が 登 場 す る が 、 最 終 的 に は み な 心 を 入 れ 替 え 、 真 の 悪 人 は 一 人 も登 場 し な い 。 こ の よ う に 、 や は り農 村 テ レ・ビ ドラ マ で 描 か れ る の は ま さ に理 想 郷 と して の農 村 なの で あ る。. 5.結 論 以 上2000年. 以 降 の 農 村 テ レ ビ ドラマ ブ ー ム を牽 引 した 『 劉 老 根 』 と、 そ の影 響 を受 け. て制 作 さ れ た主 旋 律 ドラマ 『 喜 耕 田 的故 事 』 を見 て み る と、 農 村 ドラマ の あ る共 通 す る特 徴 が 現 れ る。 そ れ を ま とめ る と以 下 の通 りとな る。 ・地方 色 豊 か な映 像 で 、 農村 を美 し く描 く。 ・主 人 公 は リー ダ ー シ ップ を兼 ね備 えつ つ も、 欠 点 もあ る愛 す べ き農 民 で あ り、彼 を支 え る周 囲 との心 温 ま る濃 密 な人 間 関係 が描 か れ る。 ・台 詞 や動 作 が ユ ー モ アに富 み、 個 性 豊 か で魅 力 あ ふ れ る村 人が 登 場 す る群像 劇 で あ る。 ・主 人 公 ら を見 守 る共 産 党 員 の幹 部 が 必 ず 登 場 し、 問 題 解 決 に導 くこ とで共 産 党 の 宣伝 効 果 を有 す る。 ・物 語 の叙 事 は楽 観 主 義 に満 ち て お り、 農村 の 市場 化 が完 全 な善 と して描 か れ る。. 特 に最 後 の特 徴 は大 変 重 要 で あ る。 農 村 ドラマ にお い て、 農 村 の 市 場 化 の 正 統 性 を疑 う 者 は一 人 も存 在 せ ず 、 楽 観 主 義 に満 ち た物 語 の 中 で、 本 来 農 村 の市 場 化 とは無 関係 で あ る はず の個 人 の恋 愛 や 隣人 との 人 間関 係 に 関す る問 題 全 てが 、 農 村 の市 場 化 が 達 成 す る こ と で 解 決へ と向 か っ て い く。 特 に この 傾 向 は、 後 の東 北 劇 シ リー ズ で あ る 『 郷 村 愛 情 故事 』 シ リー ズ38に も受 け 継 が れ 、 よ り強化 され て い る 。 こ れ は、 視 聴 者 が ドラマ を見 続 け よ う と思 う動 機 と な る、 人 間 関 係 や 恋 愛 関 係 にお け る ドラマ 性 と、 農村 の 市 場 化 を推 し進 め る 政 府 側 の 政 治 的 意 図 が巧 妙 に合 致 した もの で あ る と言 え るだ ろ う。 J.フ ィス クは 、 テ レ ビ ドラマ の 「ジ ャ ンル は、 そ の 特 性 が 時 代 の 支 配 的 イデ オ ロ ギ ー と 密 接 な関 連 性 を持 っ て い る と き に人気 が 出 る」 と述 べ て い る39。80年 代 、90年 代 の農 村 テ レビ ドラマ には 、 文 学 にお け る 「 新 写 実 主 義 」 の 影 響 が 見 られ 、 以 前 か ら農 村 に横 た わ っ て い た 問 題 や 現 代 化 の 過 程 で 必 要 とな った 挑 戦 が 描 か れ て きた。 「 新 星 』 は そ うい った 現 実 的 な問 題 に直 面 し、 果 敢 に そ の問 題 を解 決 して い く主 人 公 を描 き、 人 々 は彼 に希 望 を託 した。 文 学 の世 界 で は90年 代 以 降 、 従 来 描 か れ て きた よ うな神 秘 性 や 崇 高 性 を失 い 、 現 実 を前 に して 戸 惑 う農 村 の 幹 部 た ちが 描 か れ 、 世 紀 末 の 農 村 の 無 秩 序 な状 態 に対 す る、 作 家 の 焦 りや 憂慮 とい っ た批 判 的 な視 点 が 描 か れ て きた 。 しか し、2000年 以 降、 空 前 の 農 村. 一72一.
(17) 中国 にお け る農 村 テ レ ビ ドラマ の 政 治 性 とそ の 受 容. テ レ ビ ドラ マ ブ ー ム の 中 で 描 か れ た 農 村 は 、 新 しい 社 会 問 題 を 提 起 し て は い る も の の 、 全 体 的 に は 楽 観 主 義 に 満 ち た 理 想 郷 と し て の 農 村 が 描 か れ る ば か りで あ る 。 こ の テ レ ビ ドラ マ に 描 か れ る 「理 想 郷 」 と し て の 農 村 に は 、 政 治 的 な 要 求 と視 聴 者 か ら の 要 求 と い う、 二 つ の 要 求 が 反 映 さ れ て い る と考 え ら れ る 。 ま ず 政 治 的 な 要 求 と し て は 、 そ こ に 現 代 中 国 で 最 も重 要 な 政 治 タ ー ム で あ る 「和 譜 社 会(調. 和 の と れ た 社 会)」 を 体 現 す る 「理 想 郷 」 と. して の 意 味 が 付 与 さ れ て い る 。 そ れ は 上 述 し た よ う に 、 中 国 に お け る テ レ ビ ドラ マ が 政 府 に よ る 厳 格 な 管 理 下 に あ り、 政 府 の 政 治 的 イ デ オ ロ ギ ー を 強 く反 映 せ ざ る を 得 な い こ とが 大 き な 理 由 の 一 つ と し て あ る 。 しか し、 商 業 マ ス メ デ ィ ア で あ る テ レ ビ ドラ マ が 人 気 を 博 す と い う こ と は 、 政 治 的 な 側 面 以 外 の 視 聴 者 か ら の 視 線 が 必 ず 存 在 す る 。 「番 組 が さ ま ざ ま に 異 な る 視 聴 者 か ら 人 気 を 集 め る と い う こ と は そ の 開 放 性 と多 義 性 に 基 づ く」 の で あ り、 「テ ク ス トと い う形 態 を 通 して 作 用 す る 支 配 的 な イ デ オ ロ ギ ー は 、 社 会 的 に さ ま ざ ま な 位 置 を 占 め る 読 者 に よ っ て 、 拒 否 さ れ た り、 回 避 さ れ た り、 さ ま ざ ま な か た ち で 処 理 さ れ る 」 も の で あ る40。 『 劉 老 根 』 の 視 聴 者 分 布 を 見 る と 、 意 外 に も農 民 だ け で は な く、 高 学 歴 な 都 市 の 視 聴 者 が 多 い と い う 事 実 が あ る41。 な ら ば 、 農 村 ド ラ マ に 描 か れ る 農 村 に は 、 農 民 に 限 らず 都 市 の 人 々 の 「理 想 郷 」 へ の 複 雑 な 欲 望 を もが 投 射 さ れ て い る の で は な い だ ろ う か 。 彼 ら 自 身 も 農 村 の 現 実 そ の も の を 直 視 す る こ と を 望 ん で は お らず 、 ま さ に 『喜 耕 田 的 故 事 』 の ナ レ ー シ ョ ン の よ う な 「主 観 的 な 視 点 」、 理 想 郷 へ の 思 い を 投 射 し た 視 線 に よ っ て 物 語 を 受 容 し て い る の で は な い だ ろ う か 。 こ う した 「理 想 郷 」 と して の 農 村 を 描 く 傾 向 は 、 農 村 の 郵 便 配 達 を 父 か ら 受 け 継 い だ 親 子 を 拝 情 的 に 描 い た 「山 の 郵 便 配 達 』 (1999)に. 代 表 さ れ る 映 画 に も見 受 け ら れ る 。 し か し 、 現 に 農 村 で 生 き て い る 農 民 や 都 市. の 人 々 が 、 日 常 生 活 の 中 で の 娯 楽 と し て 消 費 す る テ レ ビ ドラ マ に お い て は 、 文 学 に 描 か れ る よ う に ど う し よ う も な い 現 実 を 直 視 す る こ と もで きず 、 ま た 映 画 の よ う に セ ンチ メ ン タ ル に な る こ と も な く、 コ ミ カ ル な タ ッ チ で 牧 歌 的 な 理 想 郷 を 描 か ざ る を え な い の だ ろ う。 そ して そ れ は あ る意 味 、 経 済 発 展 に伴 っ て グ ロ ーバ ル 化 が 進 ん だ競 争 社 会 に生 きる 人 々 の、 農 村 に よ って 記 号 化 され た 民 族 文 化 の本 源 回帰 へ の欲 望 も内包 して い る ので は ない だ ろ う か 。 そ の た め 、 農 村 テ レ ビ ドラ マ に は 過 剰 な ま で の 地 方 色(中. 国 ら し さ)が. 植 え付 け. られ 、 善 良 な 村 人 が 登 場 し、 ユ ー トピ ア 的 な 「農 村 ら し さ 」 が 強 化 さ れ て い る の で あ る 。 ま た 、 商 品 経 済 が 発 展 し、 先 富 論 が 重 ん じ ら れ て 貧 富 の 差 が 拡 大 し て い く中 で 、 「村 人 が 一 丸 と な っ て 共 に 豊 か に な る 」 とい う 、 個 人 主 義 を 廃 し た ス トー リ ー に 都 市 の 人 々 も共 感 を 覚 え る とい っ た 側 面 も あ る だ ろ う 。 つ ま り農 村 テ レ ビ ドラ マ は 、 単 な る 農 民 を 教 化 す る もの で は な く、 そ こ に は 「農 村 」 に 対 す る 人 々 の 様 々 な 欲 望 が 投 影 さ れ て い る の で あ る 。 つ ま り、 「農 民 」 や 「農 村 」 は 、 現 代 中 国 社 会 に 生 き る視 聴 者 の 潜 在 的 な 欲 求 を体 現 し た コ ー ド と して 機 能 して い る と も考 え ら れ る 。 そ の た め 、 現 在 の 農 村 テ レ ビ ドラ マ に つ い て. 一73一.
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