著者
吉田 健一
雑誌名
鹿児島大学稲盛アカデミー研究紀要
巻
10
ページ
55-84
発行年
2021-03
別言語のタイトル
イナモリ カズオ ノ リーダーロン
URL
http://hdl.handle.net/10232/00031741
稲盛和夫のリーダー論
吉田 健一(鹿児島大学 稲盛アカデミー・准教授)
Inamori Kazuo’s Philosophy about Leadership
YOSHIDA Kenichi ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― キーワード:リーダーシップ、無私、率先垂範、人格、『呻吟語』はじめに
本稿では稲盛和夫におけるリーダー論について論じる。経営の現場におけるリーダーの果たすべ き役割、リーダーの発揮するリーダーシップの重要性はいうまでもない。古今、名を残した名経営 者たちは、それぞれに優れたリーダーシップを発揮し、自身の経営する企業を隆盛に導いた。その タイプは時代により、また業種により、個々の経営者の考え方によっても様々であった。しかし、 一様に組織を隆盛に導いたということや、企業であれば技術革新を指導したことなどについては多 くの共通点もある。 どれほどテクノロジーが発展し、時代が変わろうとも、組織は人がつくるものである。そして、 その組織の中におけるリーダーの役割には非常に重要なものがある。このことは、時代が変わって もいささかも変わるものではない。稲盛も個人としてのリーダーのあり方、そして、リーダーが発 揮すべきリーダーシップシップのあり方について、多くの発言を残している。本稿においては、稲 盛のリーダー論を様々な角度から検討し、その特徴を理解した上で、稲盛が何を最も重視していの かを明らかにすることを目的とする。 本稿の構成は次の通りである。最初に第1章では、「リーダー及びリーダーシップとは何であるか」 という問いについて経営学ではどのように考えられているかを概観しておく。リーダーやリーダー シップという言葉は日常的に使われる馴染みのある言葉であるが、反面、リーダーのあり方や役割 については、人々は曖昧なイメージを抱いているのではないだろうか。そこで最初にリーダー及び リーダーシップについての共通理解を得るために経営学における定義を押さえておく。 そして、第2章では、『京セラフィロソフィ』にみる稲盛のリーダー論を概観し、その特徴を考察 する。稲盛の『京セラフィロソフィ』はリーダー層を対象にしてのみ書かれたものではなく、読者 としての対象をリーダーかそうでないかというところでは分けてはいない。だが、リーダーの持つ べき資質、考え方、役割が挙げられているので、この部分を紹介しながら、その特徴を考察する。 第3章では、稲盛が理想のリーダーとしている西郷隆盛について、稲盛が自ら『南洲翁遺訓』1を ――――――――――――――― 1 『南洲翁遺訓』は西郷隆盛の遺訓集。『西郷南洲翁遺訓』、『西郷南洲遺訓』、『大西郷遺訓』とも呼ばれている。西郷が明治政府 を辞し鹿児島に戻った後、旧出羽庄内藩の関係者が西郷から聞き取った話をまとめたもの。解説した著書である『人生の王道―西郷南洲の教えに学ぶ―』(日経BP社、2007年)の中で、リー ダーのあり方をどのように考えているかを紹介した後に、その特徴について検討したい。稲盛が西 郷隆盛にリーダーとしての理想像を見ていることは有名なことであるが、なぜ、稲盛が西郷を理想 のリーダーと考えているのかということも検討したい。 さらに第4章では、稲盛がリーダーの持つべき優れた人格についてどのように考えているのかを検討し たい。稲盛はリーダーがもつ人格を極めて重視しているが、この章では『呻吟語』2について語られた 部分を引用しつつ、稲盛がなぜ、リーダーがもつ人格を重視するのかを検討したい。そして、第5章では 少し目先を変えて、稲盛のリーダー論と松下幸之助のリーダー論の比較を行う。この2人には似ている部 分もあるが、全体的に見ると多くの相違点をみつけることができる。この2人は対極にあるとまではいえ ないが、明らかに異なったリーダー観をもっているので、両者を比較してその相違点を検討する。 そして、第6章では稲盛のリーダー観をまとめる。ここまでで、稲盛のリーダー論についての検 討は終わるが、その後、第7章でもう一度、第1章で確認した経営学における一般的なリーダーシッ プ論と稲盛のリーダー論を比較し、特に稲盛のリーダー論に見られる独自性とは何かを改めて検討 してまとめとする。
1.リーダー及びリーダーシップとは何であるか
リーダー及びリーダーシップとは何だろうか。そもそも、リーダーシップには様々なタイプがあ り、同じリーダーシップであっても軍隊におけるリーダーシップ、政治におけるリーダーシップ、 経営におけるリーダーシップなど様々なものがある。リーダーシップのタイプとしても上意下達型 の組織におけるものもあれば、そうではない組織におけるものある。また古今東西、多くの指導者 のリーダーシップが論じられてきたし、歴史上の指導者のリーダーシップが研究されてきたことは、 よく知られているところである。本章では、稲盛のリーダー論に入る前に、まずリーダー及びリー ダーシップとは何かということについて、経営学における一般的な定義からみておきたい。 伊丹・加護野は著書の中で、「『「他人」をして、その人についていこうと思わせる人の力』というニュ アンス、もう一つは、多くの人をまとめ上げるというニュアンス。そして、第二のニュアンスの『ま とめあげる』ことができるのは、そのまとめようとする人の言うことを人々が聞こうとするからで ある。その人の言うことに従うから、まとまるのである」(伊丹・加護野、2003年、372頁)と述べ ている。 そして、リーダーシップの本質については、「つまり、『人がついてくる』、あるいは『人につい てこさせる』ところに、リードすること、あるいはリーダーシップの本質がある。あの人に従おう、 あの人のもとで存分に自分の力を出したい、という思いを集団の人々にもたせることができるの が、リーダーシップである」(伊丹・加護野、2003年、372頁)と述べている。そして、リーダーシッ ――――――――――――――― 2 『呻吟語』は中国明代の官僚政治家・思想家であった呂新吾(呂坤)の著書。呂新吾が自身の30年に及ぶ思索によって得たと ころを記した書物。『呻吟語』の呻吟とはうめくという意味である。長く自己啓発の書として読み継がれてきた。6巻本で内 篇と外篇に分かれており、全17章から成り立っている。プを「シンプルに定義すれば、『人について行こうと思わせ、そして彼らをまとめる属人的影響力』 ということになるだろう」(伊丹・加護野、2003年、372頁)と端的に定義している。 ここまでの定義は比較的、常識的なものであり、多くの人々が得心するものであろう。それでは リーダーの役割とは何であろうか。これについて、伊丹・加護野はリーダーの役割として、1.仕 事の遂行、2.集団の維持、3.仕事と集団の変革の3つを挙げ、さらにリーダーに期待されるよう な集団内のマネジメントとしては、1.集団の基本的な任務、役割、目標を決定する、2.価値、行 動規範を設定する、3.仕事の仕方を指示する、4.集団ならびに個々の部下を動機づける、5.集 団ならびに部下の仕事の結果を評価し、適切な行動をとる…ということを挙げている(伊丹・加護 野、2003年、374頁)。 つまりは、リーダーには組織内においては、3つの役割があり、具体的に集団内で行うことが期 待されるマネジメントについては、5つの仕事があるということである。また、集団をまとめてい くことがリーダーに課せられた大きな仕事であるが、これについては、具体的に、1.集団の学習 を促進させる、教育する、2.社会的な相互作用の場としての集団を維持するということを挙げて いる(伊丹・加護野、2003年、375頁)。リーダーはこの2つの仕事が完遂できなければ、本来、期 待される役割を果たしてはいないということである。 そして、リーダーシップについては、「リーダーシップの概念で大切なのは、それが『属人的』 特性についての概念であることである。リーダーその人がもっている特性ゆえに人がついていく、 ということが本質的なのである。その属人的とは、三つの意味で属人的でありうる。一つは、人そ のものの個人的特性、第二にはその人の個人としての行動、第三にはその人の立場。そういった三 つの側面でのその人への部下たちへの認識によって、『あの人についていこう』と部下が思ったり 思わなかったりするのである」(伊丹・加護野、2003年、377頁)と述べている。 ここで指摘されている、「『あの人についていこう』と部下が思ったり思わなかったりする」とい う部分は非常に重要な部分であろう。我々が日常的に「あの人にはついていけない」とか「あの人 にはついていける」ということをいうのは、まさにこの部分である。そして、リーダーの地位にあ る人々の悩みも、まさに「部下がついてこない」という部分に集約できるであろう。逆にいえば、人々 を適切に導くことができていれば、その人物は、リーダーとしての優れた力量を発揮しているとい うことができよう。 リーダーは実際に力を持っており、その力には源泉がある。このリーダーのパワーの源泉につい て、伊丹・加護野は5つ挙げている。それは1.懲罰を与える力、2.報奨を与える力、3.判断へ の信頼感、4.個人としての魅力、5.正当性である(伊丹・加護野、2003年、379頁)。第1と第2は 比較的、理解がしやすい。これはつまりは、その地位自体に与えられている権力である。この第1 と第2は、その地位に就いた人物であれば、人格や能力がどうであれ、その地位自体から自動的に 与えられている権限(権力)である。社会には極論すれば、第1と第2の力だけで組織や部下を動か そうとして、失敗している人々も多くいるであろう。 当然ながら、実際の社会においては、第1と第2の源泉だけで人々(組織のメンバー)は動くもの
ではない。伊丹・加護野は第4のパワーの源泉として、リーダーの個人的な魅力を挙げており、第5 のパワーの源泉も第4のものと同様、部下側の判断に依存していることを指摘している(伊丹・加 護野、2003年、380頁)。第3と第4の部分は判断への信頼感と個人としての魅力であるから、その地 位に自然に付随しているものではなく、個々人の人間的な力ということになる。 それゆえに、伊丹・加護野はリーダーシップを真に発揮しようと考えるリーダーにとっては、自 らの人間的魅力を高める、判断への信頼感を増す、正当性を高めるという3つの源泉に向けての努 力が必要だと述べる。そして、このうちリーダーシップを発揮しやすくなるような源泉は、主に判 断への信頼感であり、次に正当性を高めることであり、人間的魅力については、もちろん大切だが、 それ自身は個人の人格の問題で、自己陶冶、自己研鑽が必要だという以上には、ここでの議論(経 営学の教科書)にはなじまないとする(伊丹・加護野、2003年、382頁)。 ここまでのことをまとめると、以下の通りとなる。リーダーシップの5つの源泉のうち第1(懲罰 を与える力)と第2(報奨を与える力)はその地位に付随している権限(権力)であり、第3から 第5は人間的な力によるものであるが、第3(判断への信頼感)と第4(個人としての魅力)と第5(正 当性)のうち人間的魅力を高めることは重要ではあるが、これは極めて個人的な努力を有すること であることから、どうすればこれができるかを論じるのは困難で、まず第3と第5の源泉へ向けての 努力が必要ということである。 また、リーダーには2つの型があるとし、調整型リーダーと変革型リーダーがあるとする。この ことについては、「調整型とは、現在の組織の大枠の中でさまざまなもめごとを調整することによっ て、リーダーとしての機能を果たす型。変革型とは、組織の大枠の変更も含めてさまざまな革新を 行うリーダー。調整型は『まとめる』リーダー、変革型は『変える』リーダー、とも言える」(伊丹・ 加護野、2003年、391頁)と述べている。 確かにこの2つの分け方は我々がしばしば、実感としても理解している部分であろう。これは政 治的リーダーにおいても、我々は実感として理解している。政治の世界においても、人間関係に精 通して、組織内のパワーバランスに通じている調整型の政治家と俗に「改革派」などとメディアで 称される、組織自体を改革の対象とすることを世論に訴え人気を博するタイプのリーダーがいる。 これは民間の組織内においても、そのまま当てはまるということである。 そして、伊丹・加護野は、変革型のリーダーが備えていなければならない条件として、1.大き な視野、2.深い思考、3.筋の通った決断、4.ぶれない判断の4つを挙げている(伊丹・加護野、 2003年、392頁-393頁)。そして、視野の大きさや思考の深さがあっても、最終的な決断ができない 人はリーダーの条件を欠いているとした上で、「だから、リーダーは決断しなければ話がはじまら ない。そして、その決断が『筋が通った』ものであることが重要である。多少視野が狭くてもいい、 思考がやや浅くてもいい、とにかくそれなりの視野と深さのある筋がきちんと通った思考をして欲 しい。そして、その通した筋に合った判断を、早くして、そこからぶれないでほしい」(伊丹・加護野、 2003年、393頁)とリーダーの地位にある人に対しての希望を述べている。また、その上で筋が通っ ているということには、2つの意味があり、1つは論理が通っていること、第2の意味はその人の従
来の主張と首尾一貫しているか、変更があるのなら、その変更にきちんとした説明のあることが必 要だということを指摘している(伊丹・加護野、2003年、393頁-394頁)。 さらには、ぶれないということは、難しいことだが、ぶれない変革型リーダーを観察していると、 2つの特徴が共有されていることが多いとした上で、それは、誠意と論理であるということを指摘 している(伊丹・加護野、2003年、394頁)。そして、その誠意については、「おそらくその人の信 念や哲学に裏打ちされた、他人に対する誠意、自分の責務に対する誠意」であり、論理とは「思考 の深さから生まれた、自分たちがやりはじめた責務を変革のプロセスの正しさについての論理的 バックアップである」と述べられている(伊丹・加護野、2003年、394頁)。 以上、本章では伊丹・加護野にしたがって、リーダーシップの基本、つまり、リーダーの果たす べき役割とリーダーシップの源泉及びリーダーシップの型について概観した。リーダーに求められ るものが、リーダーシップを発揮することである。逆にいえば、リーダーシップを発揮することが できて、本当の意味でリーダーということができる。その地位にあるというだけでは、リーダーと はいえないのである。 では、稲盛はリーダーのあり方について、どのように考えているのであろうか。次章においては、 本稿のテーマであるこの問題を考察してみよう。
2.『京セラフィロソフィ』にみる稲盛のリーダー論
まず、本章では『京セラフィロソフィ』の中に見ることができる稲盛のリーダー論を概観しなが らその特徴について考察してみたい。本人による詳細な解説のついている『京セラフィロソフィ』(サ ンマーク出版、2014年)の中には、あえて特別にリーダー論や「リーダーのあり方について」と銘 打たれている章はない。 『京セラフィロソフィ』は第1章が「すばらしい人生をおくるために」であり、第2章が「経営の こころ」、第3章が「京セラでは一人一人が経営者」となっている。この順番は『京セラフィロソフィ 手帳』の順番とは多少、異なっている。『手帳』の方では「Ⅱ」「京セラフィロソフィ」の「1」が「経 営のこころ」、「2」が「すばらしい人生をおくるために」、「3」が「京セラでは一人一人が経営者」 となっている。市販されている書籍とは「1」と「2」の順番が入れ替わっている。 『手帳』の方では、大項目として「すばらしいリーダーとなるために」との項目が「京セラフィ ロソフィ」の後にあって、そこに、「1」として「リーダーの資質と考え方」という項目がある。 ちなみに、『手帳』では、この続きの「2」が「稲盛経営12カ条」となっている。まず、ここでは「リー ダーの資質と考え方」の部分を見ていこう。やや長くなるのだが、単独の書籍で稲盛がリーダー論 だけにしぼって論じている書籍はないので、この部分から稲盛のリーダー論を見てみよう。 「リーダーの資質と考え方」には(1)リーダーの資質とあり、6つの必要な資質が挙げられている。 1)事業の発展は、そのリーダーの資質によって決まる。 2)リーダーは、自ら明確な目標を持っていなければならない。 3)リーダーは、目標は達成できるものと信じていなければならない。4)リーダーは、目標を達成するための方法を部下に知らしめなければならない。 5)リーダーは、部下に目標を与えなくてはならない。 6)リーダーは、部下に目標を達成しなくてはならないと思わせなくてはならない。 である。ここには「資質」とあって、6項目が挙げてあるが、人格的なことや能力的な意味での 資質は挙げられていない。6つに分けて書かれてはいるものの、まとめていえば、ここに述べられ ていることは、大きくは2つの事柄である。1つはリーダー自身が明確な目標を持っており、それは 達成できると信じていなければならないということ、2つはそのリーダーは部下に目標を達成させ るための方法を知らせて、目標を与えて、部下にも目標を達成しなければならないと思わせなくて はならないということである。 そして、これに続いて、(2)に「リーダーとして大切な考え方」が10項目、挙げられている。 これは分量が多いので10項目のすべてを、そのまま挙げることは紙幅の関係で割愛するが、内容的 には以下のようなことが説かれている。いずれも、リーダーは…、という意味である。 1)目標を達成する方法を常に検討し続けなければならない。 2)部下の意見を求め、聞いてやる気持ちをもっていなければならない。 3)良いアイデアを採用することにより、社員に経営企画に参画せしめる意識づけを行わなけれ ばならない。 4)自ら立てた目標を達成するために、毎日「気を注いで」、「自分の心を乗り移すような気迫で」 日々の仕事を実行しなければならない。 5)判断する基準は、常に人間として何が正しいかである。 6)部下に対して大きな愛情を持って接しなければならない。 7)経営とは日々の小さな数字の積み重ねであって、これが分かっていなければ経営はできない。 8)毎日のオペレーションの中で採算を作っていく実感をもっていなければならない。 9)以上のところまで実行するだけでも大変な苦労だが、京セラの幹部には是非実行してもらい たい。 10)自らを最も厳しく管理し、社員の模範となるべき。 …というものである。ここは「大切な考え方」とあるが、これを要すれば、目標を達成するため には、部下の意見も聞き、人間として正しいかどうかで物事を判断し、部下には愛情をもって接し、 日々、採算を作ることを考えていなければならないということである。しかし、先に見た「リーダー の資質」とこの「リーダーに必要な考え方」を見ても、具体的にリーダーのあり方やリーダーの振 る舞い方が細々と書いてあるという感じではない。 端的にいえばリーダーに必要な「資質」は「目標を達成する」ということを強く思うということ であり、リーダーに必要な「考え方」は部下の力も借りながら、その気迫を部下にも移して、目標 を達成するということである。採算意識を常に持っていなければならないといけないという部分は 稲盛に固有の特徴的な部分であろう。『実学・経営問答 人を活かす』(日本経済新聞社・2008年) には「リーダーの役割10カ条」との章があり、ここではもう少し具体的なリーダーのあり方が説か
れているので、次にここも見ておこう。この本には「私がこれまで会社を経営する中で実践してき た『リーダーの役割10カ条』」(稲盛、2008年、251頁)とある。 「リーダーの役割10カ条」は次の通りである。1.事業の目的・意義を明確にし、部下に指し示す こと、2.具体的な目標を掲げ、部下を巻き込みながら計画を立てる、3.強烈な願望を心に抱き続 ける、4.誰にも負けない努力をする、5.強い意思をもつ、6.立派な人格を持つ、7.どんな困難 に遭遇しようとも、決してあきらめない、8.部下に愛情もって接する、9.部下をモチベートし続 ける、10.常に創造的でなければならない…である。これを見ると、「リーダーはとして大切な考 え方」とかなり重なっていると同時に『経営12カ条』に出てくる条文とも、多くの部分が重なって いるということが分かる。 そこで、『経営12カ条』の条文と比較しながら見ていこう。まず『経営12カ条』の方の第1条は「事 業の目的、意義を明確にする」だが、これは第1条と同じである。同じく第2条は「具体的な目標を 立てる」だが、これも第2条と同じである。第3条は「強烈な願望を心に抱く」であるが、これも第 3条と同じである。第4条は「誰にも負けない努力をする」だが、これも第4条と全く同じである。 『経営12カ条』の第5条と第6条は「売上最大、経費最小」と「値決めは経営」なので、ここの部 分はリーダーの役割には入っていないが、『経営12カ条』の第7条は「経営は強い意思で決まる」で、 これは「リーダーの役割10カ条」の第5条と同じである。第8条は「燃える闘魂」だが、これは第7 条の「どんな困難に遭遇しようとも、決してあきらめない」と対応している。第9条は「勇気をもっ て事にあたる」だが、これは表現が少し違うが、ここも、第7条の「どんな困難に遭遇しようとも、 決してあきらめない」と重なる部分があるともいえる。 第9条は「勇気をもってことに当たる」である。この『経営12カ条』の本文では内容的に、様々 な勇気についての実例が出されているが、その中では、卑怯な振る舞いはリーダー失格ということ も説かれており、内容的には「リーダーの役割10カ条」の「立派な人格をもつ」と重なる部分もある。 そして第10条は「常に創造的な仕事をする」だが、これは全く、そのまま第10条に対応している。 そして第11条は「思いやりの心で誠実に」であるが、これは部下に対してという意味で読めば第8 条の「愛情をもって接する」や「モチベートする」とも重なっているといえよう。 このように比較すれば「リーダーの役割10カ条」と『経営12カ条』と内容はそのほとんどが重なっ ていることが理解できる。『経営12カ条』から「売上最大・経費最小」と「値決めは経営」の部分 を抜いた残りの10カ条は、ほとんど精神的な徳目であるが、精神的なありようを説く条文は、その まま「リーダーの役割10カ条」とほぼ重なっている。いうなれば『経営12カ条』の条文を実際に実 行することがリーダーの役割であると稲盛が考えていることが理解できる。これを再度、整理する と以下の表の通りである。
「リーダーの役割10カ条」 「経営12カ条」 1.事業の目的・意義を明確にし、部下に指し 示すこと 『経営12カ条』の第1条と同内容 2.具体的な目標を掲げ、部下を巻き込みなが ら計画を立てる 『経営12カ条』の第2条と同内容 3.強烈な願望を心に抱き続ける 『経営12カ条』の第3条と同内容 4.誰にも負けない努力をする 『経営12カ条』の第4条と同内容 5.強い意思をもつ 『経営12カ条』の第7条と同内容 6.立派な人格を持つ 『経営12カ条』の第9条と近い内容 7.どんな困難に遭遇しようとも、決してあき らめない 『経営12カ条』の第8条と同内容 8.部下に愛情もって接する 『経営12カ条』の第11条と近い内容 9.部下をモチベートし続ける 『経営12カ条』の第11条と近い内容 10.常に創造的でなければならない 『経営12カ条』の第10条と同内容 このように整理するとまさにリーダーの役割とは、『経営12カ条』で稲盛が説く、経営の要諦を 体現できる人物ということになるし、裏を返せばリーダーの役割を果たそうとするならば、『経営 12カ条』にある条文を日常的に、自らの仕事において体現できるようにならなければならないとい うことであろう。 では、次に『京セラフィロソフィ』の中から稲盛がリーダーにどのような資質が必要と考えてい るかを、もう少し具体的に見ていきたい。『京セラフィロソフィ』はリーダー向けの項目とそうで ない一般従業員に向けての項目に分けて書かれているわけではない。そもそも『京セラフィロソ フィ』には「一人一人が経営者」という考え方が根底にあるので、人間、一人一人に求められる望 ましい資質とリーダーに求められる資質にも大きな違いはない。というよりも正確にいえば、一人 一人の人間に求められる理想を体現している度合いが高い人ほどリーダーの条件を満たしていると いう風に捉えても良いのかもしれない。 また『京セラフィロソフィ』は全従業員に説かれているのだが、その大半はリーダー的な職務に ある人々向けに説かれているようにも読める。もちろん、これは読みようによってはということで あって、『京セラフィロソフィ』の中で、リーダー的な立場にある人向けの項目とそうではない人 向けの項目が最初から分けて説かれているということではない。 だが特にリーダーの果たすべき役割について説かれた項目という意味では「率先垂範する」、「私 心のない判断をする」、「バランスのとれた人間性を備える」、「常に創造的な仕事をする」、「大胆さ と細心さをあわせもつ」、「公私のけじめを大切にする」、「真の勇気をもつ」、「闘争心を燃やす」、「自 らの道は自ら切り開く」などが挙げられるであろう。その中でも特に稲盛のリーダー観が端的に表
れていると考えられる部分をここで見ておきたい。 一つはリーダーのあり方、振る舞い方に関する部分である。これは「率先垂範する」に出てくる。 この中には「リーダーたる者、自ら最前線で仕事をしなければなりません。『その後ろ姿で部下を 教育するのがリーダーというものだ』と思って、私は最初から最前線で仕事をするように努めてき ました」(稲盛、2014年、139頁)とあり、日露戦争時の大山巌3が二百三高地をめぐってロシア軍 と戦っていた時に後方から指揮をとっていたことを批判した上で、「確かに、後ろにいて全体を見 渡すことも必要かもしれません。しかし、後々それを言い訳に使う人間が出てくるはずです」(稲盛、 2014年、144頁)、「しかしそれでも一番大切なのは、やはり、社員の先頭を切って自分も仕事をし、 苦労するという勇気です」(稲盛、2014年、145頁)とある。 この部分については、稲盛は何度も悩んだようである。だが、何度も考えた結果、「されどリーダー は先頭を切る勇気を持て」(稲盛、2014年、142頁)とあるように、この問題に対しては中庸でもなく、 両極端を同時にあわせ持つのでもなく、あくまでも率先垂範することがリーダーには必要であるとする。 もう一つはリーダーの人間性というか、リーダーが持つべき特質について述べられている箇所 である。それは『大胆さと細心さをあわせもつ』の部分である。この中には「『大胆さ』と『細心 さ』を綾織りのように織りなしていく。常に大胆であってもいけませんし、いつも細心であっても いけません。(中略)経営者、トップというものは、恐ろしいほどの大胆さと、じれったくなるほ どの細心さ、その両極端を兼ね備えていなければならないのです」(稲盛、2014年、211頁)、「もの すごく情が深く、優しい人間性を持っていながら、ときにはズバッと社員の首を切れる冷酷さ、非 情さということもあります。あるいは、たいへんな理論家で、合理主義一点張りに見えて、一方で は人間的、感情的な一面をもっているということもあるでしょう」(稲盛、2014年、211頁)、「そし て、大胆でなければならないときに大胆さを出す、細心でなければならないときに細心さを出すと いう具合に、それぞれの性質を状況に応じてうまく機能させる能力がなければなりません」(稲盛、 2014年、211頁-212頁)とある。 ここは、とりわけ稲盛らしいリーダー観であるといえるだろう。一般的には厳しい方が良いか優 しい方が良いか、または大胆が良いか、細心が良いかという風に二者択一で論じられることが多い リーダーのもつべき性格であるが、この問いに対して稲盛は、リーダーは両極端の相反する要素を あわせ持つ必要があるとしている。もちろん、これ以外にも稲盛のリーダー観は随所に述べられて いるが率先垂範することの重要性を説く部分と、リーダーは一面性だけではなく、二面性をもつこ とが重要だということを説く部分は特に稲盛のリーダー観を理解する際に必要な部分である。
3.稲盛の理想とするリーダー西郷隆盛
―『人生の王道』にみる稲盛のリーダー観― 本章では稲盛がもっとも尊敬するリーダーである西郷隆盛の『南洲翁遺訓』(以下、『遺訓』と略 ――――――――――――――― 3 大山巌は幕末の武士、明治期の陸軍軍人、政治家。1842(天保13)年~ 1916(大正5)年。鹿児島県出身。大警 視(第2代)、陸軍大臣(初代、第3代)、陸軍参謀長、文部大臣、内大臣、元老、貴族院議員を歴任。西郷隆盛の 従兄。日清・日露戦争で活躍。鹿児島の同郷の東郷平八郎と並んで「陸の大山、海の東郷」と称された。す)について自ら解説した『人生の王道―西郷南洲の教えに学ぶ―』(日経BP社・2007年)の中か ら稲盛のリーダー観を見ていきたい。この本も特段、リーダー層に向けてのみ書かれた本ではなく、 広い読者を想定して書かれている本である。 そもそも西郷からの聞き取りが元になっている『遺訓』自体が為政者のみに向けられているもの ではない。この本は『遺訓』全体への解説であることから、読者も予めリーダーの任にある人に限 定されているというわけではない。しかし、内容的にこの本は、まさに稲盛のリーダー観が『遺訓』 への解説の形をとりながら述べられている本である。 本書の第1章「無私」の中で稲盛は、『遺訓』の第1条の解説を行った上で、「トップに立つ人間には、 いささかの私心も許されないのです。基本的に個人という立場はあり得ないのです。トップの『私心』 が露になったとき、組織はダメになってしまうのです。常に会社に思いを馳せることができるよう な人、いわば自己犠牲を厭わないでできるような人でなければ、トップになってはならないという ことを、西郷の教えにより、私は確信するようになりましたし、その後は一切迷うことなく、自分 の人生をすべて経営にかけることができました」(稲盛、2007年、28頁-29頁)と述べている。 この本は稲盛が『遺訓』を自分なりに解説した本であるが、『遺訓』を最初から順次、解説して いるものではない。この本は、全12章から成り立っており、それぞれの章に「無私」、「試練」、「利 他」、「大義」、「大計」、「覚悟」、「王道」、「真心」、「信念」、「立志」、「精進」、「希望」というタイト ルがつけられている。この本の中から稲盛がリーダーのあり方について述べている部分を抜粋しな がら、稲盛のリーダー観を確認していこう。 稲盛は、「私はこれまで、『南洲翁遺訓』を座右に置き、幾度も読み返してきました。そのつど、 生きていく上での貴重な示唆を受けてきました。経験を重ね、人生で年輪を重ねるほどに、本書か ら得られる教訓は、ますます私の心に深く刻まれていきました」(稲盛、2007年、20頁)と述べて いる。ここではまず、稲盛が『遺訓』を常に読み返して経営に活かしてきたということが語られて いる。そして、稲盛は人生経験を深めるほど、『遺訓』から得られる教訓が自分の心に深く刻まれ ていったと述べている。リーダーは私心を持ってはいけないという稲盛の信念も『遺訓』を読むこ とで固まったようである。それは「リーダーたる者、いささかの私心もはさんではならないと、徹 底的に利己を否定する西郷に、私は身震いさえ覚えました。なぜなら、私も当時は、完全には割り 切ることができていなかったからです」(稲盛、2007年、27頁)の部分から理解できる。 稲盛はよく利他の重要性を説くが、この部分は利己と利他との関係で論じられている。私心をな くすことを西郷の『遺訓』から学んだ稲盛は、自身も経営者として私心をなくして経営に邁進しよ うと若い時に決意をしたのであった。 そのことは、「つまり、深く考えた末に、自分自身のことは犠牲にしてでも会社のことに集中する、 それがトップたる者の務めなのだと思い始めた、ちょうど先ほどの『南洲翁遺訓』の一節に出会っ たわけです」(稲盛、2007年、28頁)の部分で述べられている。しかし、「自分自身のことは犠牲に してでも」とあるが、京都セラミックは稲盛自身が事実上、起業した企業であるので、自分の意思 で起業をしたのであるから、「犠牲」という部分は少し違和感がないでもない。稲盛は人から強制
されて会社を設立したわけでも、無理に誰かから経営者の地位に就けられたわけではないからであ る。だが、ここで稲盛の述べている「自分自身のことは犠牲」というのは、私的なこと、プライベー トなことを楽しむという人生を諦めて、今後は企業経営に自分の人生をかけようという決意をした という意味で理解すればその趣旨は理解できよう。 そして、稲盛はリーダーに必要な無私の精神は時代を超え、組織の規模は問わないとの認識を示 す。「西郷が生きた維新の時代も私たちが生きる現代も、たとえNPOのような小さな組織であった としても、リーダーたるもの者の条件は何一つ変わっていません。リーダーの条件の第一は、やは り『無私』ということなのです」(稲盛、2007年、32頁-33頁)とある。ここでも「無私」こそがリー ダーにとって最も必要な徳目であるということが強調されている。 そして、志の重要性については、「リーダーたる者、西郷のような人間の情をもってしても、いさ さかなりとも変節しない、堅い志を持っていなければなりません」(稲盛、2007年、45頁-46頁)と述 べている。ここの部分がリーダーにとって非常に必要とされる部分であることは、容易に理解できる であろう。ここでは波乱万丈の生涯を送りながらも志を貫いた西郷の生き方を指して、状況がいかに 困難なものであっても志を曲げないことこそがリーダーに必要な資質であることを説いている。 先の章でも見た部分であるが、稲盛はリーダーが率先垂範するのか後方で指揮を執るのかどちら の方が良いかという問題については、率先垂範でなければならないとしている。このことについて もこの本の中でも述べられている。「大企業を含めて一般のリーダーは、後方に陣取り、戦略・戦術、 つまり経営計画を練って経営をしていきます。しかし、私は、当時の京セラは中小零細企業であっ たがゆえに、自分自身が最前線に飛び出してみせることによって部下を指揮し、引っ張っていく方 がいいのではないかと考えたのです」(稲盛、2007年、50頁)の部分である。この本の中でも前章 で見たように、日露戦争時の大山巌の振る舞いのことが引用されている。 リーダーが両極端の資質をあわせ持つことの重要性は『京セラフィロソフィ』でも説かれている が、この本の中でもそのことは述べられている。「しかし、強烈なリーダーシップを持つと同時に、 一方ではそれを否定するような謙虚さを兼ね備えていなければならないのです。いわば『独裁と強 調』『強さと弱さ』『非情と温情』という相矛盾する両面を、トップである社長は持ち合わせていな ければならないのです」(稲盛、2007年、56頁)の部分である。 そして、この本の中では西郷と同じく薩摩出身の維新の志士である大久保利通4のことが引き合 いに出され、「人を魅了してやまない素晴らしい心根をもった西郷の『情』の側面と、合理的かつ 緻密に物事を詰めていく大久保利通の『理』の側面、あるときは情愛に満ち溢れた優しさ、ある時 は泣いて馬謖を斬る厳しさ。『理』に照らして『情』に生きるような両極端を兼ね備えることこそが、 リーダーに求められる条件ではないでしょうか」(稲盛、2007年、57頁)と述べられている。 ――――――――――――――― 4 大久保利通は幕末の武士(薩摩藩士)、政治家。1930(文政13)年~ 1878(明治11)年。維新の元勲の一人で西 郷隆盛、木戸孝允と共に維新の三傑と称される。西郷とは幼少時からの友人であり、共に維新の大業を成し遂げ た。明治政府で初代の内務卿を務め、内閣制度発足前の明治政界をリードした。1878(明治)11年、東京・紀尾 井坂付近で不平士族に暗殺された。
鹿児島では西郷の人気の高さは今日でも不動の地位を占めており、それに対して大久保の不人気 ぶりにも大変なものがある。これは西南戦争で大久保が西郷と敵対したからであり、長く鹿児島に おいては、大久保は裏切り者として嫌われて続けている。これは他県の人にはなかなか理解できな いレベルで、広く鹿児島の人に浸透している価値観である。しかし、稲盛は大久保的な側面も経営 者には必要だと考えており、決して西郷一辺倒ではない。稲盛は西郷的な側面と共に大久保的な側 面もリーダーには必要だと考えていることが理解できる。 「無私」の重要性については、重ねて説く稲盛であるが、「私心を捨て、私欲から離れること、つ まり無私であるということが、国政をはじめ、人の上に立つリーダーの絶対条件であると喝破して います」(稲盛、2007年、138頁)と人の上に立つリーダーには、とにかく何をおいてもこの「無私」 が重要であると説く。この部分は現代のリーダーにあまりに利己的な人物が多くみられることに対 しての稲盛からの警鐘であると見ることが可能だろう。現実の日本社会のリーダーが実際に、「無私」 の人物が多ければ稲盛もここまで同じことを何度も説く必要もないだろうからである。 また、『京セラフィロソフィ』は人間として正しいかどうかで物事を判断するという価値観をベー スとして作られているが、この本の中でも、稲盛はリーダーが物事を判断する際の基準としても人 間として正しいかどうかで物事を判断することの必要性を説いている。「国を治めるリーダーが、 忠孝、仁愛、強化の三つの徳を信条にするなら、お互いに分かりあうことも難しくないはずです。 人間としてどうあるべきかということに立脚して話せば、国家間の争い事の大半は解決できると思 うのです」(稲盛、2007年、161頁)の部分である。 稲盛は国際政治の問題であっても、結局はリーダーが「人間としてどうあるべきかということ」 ということに立脚して話せば、多くの問題は解決できると述べている。実際の国際政治には多くの 利害が絡むのでこれほど簡単なものではないのだが、しかし、全ての指導者が同じ精神的なレベル に達して、人間として人類として、という視点で物事を判断すれば、多くの懸案が解決に向かう可 能性が高まることも確かであろう。 また、前章において見た「リーダーの役割10カ条」にも「6.立派な人格を持つ」とあったが、 このことはこの本の中でも説かれている。「私は、とりわけ企業という集団を指導する立場にある、 リーダーの資質を問うことが、企業の不祥事を克服するために、今最も大切なことであると考えて います。リーダーが率先垂範、人格を高め、それを維持し続けることが、現在の企業統治の危機に あたって、最も根本的な解決策であると思うのです。ところが一般には、企業のリーダーの資質と しては、人格も必要だけれども、それ以上に才覚と熱意の方が必要と考えられています」(稲盛、 2007年、185頁)の部分である。 リーダーの持つ人格の重要性については、非常に重要なテーマなので、このテーマにしぼって、 次の章で詳しく検討するが、この本で述べられていることを確認しておきたい。ここまで本章で確 認した稲盛の考えるリーダーに必要な資質をまとめると次の通りである。それはキーワードで示せ ば、1.「無私」、2.「志の強固さ」、3.「率先垂範」、4.「両極端をあわせ持つ」、5.「優れた人格」 ということができるだろう。これらについては前章で『京セラフィロソフィ』に述べられているこ
とへの検討で確認したが、稲盛のリーダー論というべき『人生の王道』の中でもこれらの資質が非 常に重視されていることが改めて確認できた。 ここから、逆にどのような人物がリーダーには向いていないと稲盛が考えているのかということ も理解できる。「無私」の反対は利己的であり、己の欲望を優先するということである。「志の強固 さ」の反対は、志が弱いということである。「率先垂範」の反対は率先垂範しないということであ り、具体的には後方にいることである。「両極端をあわせ持つ」の反対はどちらかの性格にかたよる、 一本調子の人間ということである。そして「人格」重視の反対は人格軽視、または才気や個別の能 力の重視ということである。 つまり、稲盛の持つ価値観からみて、1.利己的かつ、2.志が弱く(強固ではない)、3.自ら は先頭に立たず、後方に隠れ、4.また性格が一本調子で、温和なだけや優しいだけ、または理知 的なだけや冷酷なだけという分かりやすいタイプで、5.人格に問題のある人物はリーダーには不 向きであるということである。そして、組織においては、人物をよく見極めて、こういう人物をリー ダーの地位に就けてはいけないということでもある。 本章では『人生の王道』から稲盛のリーダー観を検討した。これは『京セラフィロソフィ』をよ く読めば書いてあることでもある。また、ここまで見てきたことについては、稲盛に限らずとも多 くの人々が同じように考える価値観であるといっても大きな反論はないであろう。「両極端をあわ せ持つ」の部分だけは、実感として理解することが難しい人もいるかもしれないが、それ以外の部 分については、多くの人々にとって比較的、抵抗感が少ないリーダー観であろう。 ここまで見てきた中で稲盛自身がそうあろうと長く努力してきて、そしてリーダーに登用するべ き人物を評価する際に重視してきた資質がほぼ明らかになったといえる。次章ではリーダーの「人 格」のありようを重視する稲盛が、どのような視点で理想のリーダー像を考えているかというテー マについて検討したい。
4.リーダーの持つべき優れた人格について
リーダーの持つ人格の重要性について稲盛はよく、中国の古典の『呻吟語』の一部分を引用して 次のように説く。複数の書籍の中でこのことは説かれているのだが、ここでは『生き方―人間とし て一番大切なこと―』(サンマーク出版・2004年)の中からその部分を確認しておこう。ここでは 才をコントロールするための人格の重要性が説かれた上で、次のように述べられている。 「同じような趣旨のことを、中国の明代の思想家、呂新吾がその著書、『呻吟語』の中で明確に説 いています。すなわち、『深沈厚重なるは、これ第一等の資質。磊落豪雄なるは、これ第二等の資質。 聡明才弁なるは、これ第三等の資質』この三つの資質はそれぞれ順に、人格、勇気、能力といいか えられるでしょう。つまり呂新吾は、人の上に立つ者はその三つの要素を兼ね備えていることが望 ましいが、もしそこに序列をつけるなら、一が人格、二が勇気、三が能力であると述べているので す」(稲盛、2004年、132頁)。 ここで『呻吟語』と呂新吾について少し説明をしておきたい。呂新吾は呂坤(りょこん)といい、中国明代の官僚政治家である。明代の萬歴年間5は政治が乱れ、呂新吾は官僚政治家として多くの 実績を挙げ、政治の改革を上書したが批判され、病と称して下野し、その後は学究の道に生きた。 『呻吟語』(呂新吾・守屋洋編)について、中国文学者守屋洋の解説をここに引用しながら紹介する。 まず、「著者は呂新吾。明の時代の人で高級官僚として地方長官などを歴任した経歴をもっているが、 政争に巻き込まれて官界から退き、晩年はもっぱら著述と講学に専念したといわれている。ちなみ に『呻吟語』という書名であるが、著者によれば、これは『病気に苦しみながら発する沈痛なうめ き声』なのだという」(守屋編、1989年、5頁)とある。 そして、続けて「呂新吾の生きた時代は、現代と同じような混迷の時代であった。かれもまた、 われわれと同じように、一人の社会人として、また組織の責任者として、悩んだり苦しんだりする ことが多かったにちがいない。だが、かれはそういう悩みや苦しみに反省を加えることによって、 かれなりの確信に達していったらしい。それを折にふれて記録にとどめたのが、のちに『呻吟語』 としてまとめられたのだという」(守屋編、1989年、5頁)との説明がある。 『呻吟語』は明代の萬歴21年に出版されているが、調べてみると明代の萬歴21年とは西暦では 1593年にあたり、日本では天正20年から文禄元年と2年にあたる。大体の時代でいえば日本では織 田信長が室町幕府を滅ぼし、天下の実権を握った頃である。解説には呂新吾は萬歴25年に官界を退 いたとあるので、『呻吟語』は官界を引退した後に出版された本ではなく、呂新吾が現役の官僚と してまだ仕事をしている年に出版されている。稲盛がその著書で『呻吟語』を引用するのは、この 一か所だけであるが、稲盛が引用する部分の前にも呂新吾は、第一等の人格について述べている。 それは、「徳性は、収斂沈着なるを以って第一となす。収斂沈着の中、また精明平易なるを以っ て第一となす。大段収斂沈着の人は、含糊をおそれ、深険をおそれる。浅浮子は、光明洞達すると 雖も、徳を蓄うるの器にあらざるなり」という部分である。ここは「沈着で深みのあること、これ が第一等の人格である。その中でもとくに、すっきりとしてわかりやすいことが一番だ。だから、 沈着で深みのある人物は、あいまいさやわかりにくさを感じさせないように気をつけなければなら ない。これに対し、浅薄で落ち着きのない人間は、どんなに目さきがきいたところで、立派な人格 の持ち主とは言えない」(守屋編、1989年、25頁)という意味である。 そして、この部分につづいて、稲盛の引用する部分である「深沈厚重なるは、これ第一等の資質。 磊落豪雄なるは、これ第二等の資質。聡明才弁なるは、これ第三等の資質」が出てくる。「どっし りと落ち着いて深みのある人物、これが第一等の資質である。積極的に細事にこだわらない人物、 これは第二等の資質である。頭が切れて弁の立つ人物、これは第三等の資質に過ぎない」(守屋編、 1989年、27頁)との意味である。 稲盛はこの第一等から第三等の人物の資質を、一が人格、二が勇気、三が能力と当てはめているが、 元の意味は、第二等の「磊落豪雄」は特段、勇気という徳目を示しているというわけでもないよう ――――――――――――――― 5 萬歴は中国、明代の元号。1573年から1620年7月。明代第14代皇帝の神宗の時代に使われた元号。このことから 神宗は萬歴帝と呼ばれる。
だ。守屋の訳では「磊落豪雄」の部分は細事にこだわらない人物という意味で訳されている。そこ までの重みまではなくてもおおらかで包容力のある人物のイメージだろう。 また、稲盛は一を人格、三を能力としているが、元々の意味は人間のもつ特徴的な徳目を3つに わけて、その徳目を特徴的に発揮している人間のモデルの3類型を想定した上で、順に一等から三 等と順番をつけているというよりは、落ち着きのあるどっしりとした人物と目先が効くが浅薄で小 器用な人物を対比しているのではないかと思われる。中間の第二等の人物は第一等の人物ほどには 深みや厚みはないが、第三等の人物ほどの浅薄さや軽薄さはないということでもあろう。考えよう によっては、全てを兼ね備え、重みのある落ち着きのある大人物でありながら、雄弁家という人も 想定されうるし、磊落豪雄かつ雄弁な人物もいるにはいるだろう。 しかし、いずれにせよ、深みがなく目先の効くだけの人物、小器用な人物、軽薄短小でありなが ら流行にだけは敏感な人物、思慮が浅いくせに世間の流れや風に乗ることに長けているような人物 を呂新吾が極めて低く評価していたことは確かであろう。このような人物は現実にはいつの世の中 でも多数派なのかもしれないし、昔もこの手の人物が一定以上の高い地位に就いて権力を握りなが ら組織をゆがめ、政治を壟断していたのあろう。 また、『呻吟語』で呂新吾が第一等の資質とした人物は、実際には明代の当時もそう多くはいなかっ たはずである。現に呂新吾自身が腐敗した明王朝の政治に愛想をつかして官界を去っているのであ る。同時代に呂新吾が認める「第一等」の人物が多くいて、高い地位に就いていれば、呂新吾も官 界を去る必要はなかったであろう。呂新吾が理想とした人物は、これは東洋的な人物観による、大 人物、リーダーの原型ということもいえよう。日本の幕末の西郷隆盛などは、第一等の「深沈厚重」 がそのまま当てはまる人物といえるであろう。 稲盛が好んで『呻吟語』のこの部分を引用するのは、リーダーには重みのある人格が必要だとい う考え方が背景にあるからである。だが、稲盛はただ単にそのことを述べたかっただけではなかっ たであろう。稲盛が『呻吟語』を引用するのは、現状の日本のリーダーのタイプに、あまりに偏り があるという実感とそのことへの不満を持っていたことが原因であろう。 これは稲盛が口先だけの人物を嫌うことからもよく理解できる。口先だけの人物はリーダーでは ないのだが、場合によってはそういう人物がリーダーの地位に就いている場合もある。特に稲盛に は現代の日本社会ではこの「第三等」の人物に過ぎないものがリーダーになり易いという認識があ るのだろうと思われる。この日本社会の現状について、稲盛が相当な程度までに危機感と嫌悪感を 持っていることは数々の著作から伝わってくる。 では、稲盛がもっとも重視する「人格」とはどのようなものであろうか。または、人格はどのよ うにすれば、立派なものにしていけるのだろうか。人格という言葉自体は一般的な言葉であり、日 常語であるが、稲盛は人格については次のように語っている。 「では人格はどうしてつくられるのかということについてお話したいのです。しかし、注意しな ければならないのは、人格とは固定的でまったく変化しないのではなく、『変化する』ということ です。(中略)リーダーになって周りからちやほやされているうちにだんだん傲慢になり、ついに
は人柄まで変わってしまう人がいます。また、若い頃は極道者で悪さもし、周囲の人を泣かせてい たけれども、晩年になって目が覚めて、すばらしい人格者になったという例もあります。このように、 人格は普通変化します。環境によって、また状況によって変わってしまうのです」(稲盛、2014年、 133頁)。 まず、稲盛は人格というものについて、生涯を通じて不変ではなく、環境や状況で変わるという 認識を示してる。これは現実の人間というものをつぶさに観察すれば、その通りであろう。しかし、 それであれば、人格は常に変化するために、「人格者」というものは、人間が死ぬまでに確定しな いことになる。晩年に暴走する多くの人々のことも考えれば、そう考えることも実際には可能だろ う。だが、一方で稲盛は、「不変の人格」というものがないわけではなく、それを作る方法もある と述べている。 この方法について稲盛は、それは仕事に打ち込むの中でつくられるということを二宮尊徳を例に 引いて述べている(稲盛、2014年、133頁)。そして、「人格とは、仕事に打ち込むことによって身 についていくものであって、学問を修めたり本を読んだりして身についていくものではないという ことです」(稲盛、2014年、134頁)と述べている。ここは非常に稲盛らしい人間観及び人格観とい うべきものであろう。 働くことが人間の人格を作るということは、稲盛は『働き方』(三笠書房、2009年)などでも述 べている。読書や学問では人格を陶冶することはできないという考え方を稲盛は非常に強い信念と している。実際には、社会には学問に打ち込んだ人格者もいるであろうし、そうとはいえない人も いるだろう。だが、ここで稲盛のいう、「学問を修めたり本を読んだりして身についていくもので はない」という意味は、真に学問を職業として、生涯、真面目に学問研究に取り組む人を指してい るのではなく、単に浅薄な知識を身につけることで何某かの価値を得たと勘違いしている世の軽薄 な人々を指していると理解すれば、これは全くその通りであろう。 それでは、次にどうすれば、人格をつくり上げた人をリーダーにするかということが大きな問題 として浮上してくる。だが、このことについては、稲盛も明確にその方法までは指し示してはいな い。稲盛はアメリカの戦略国際問題研究所(CSIS)のセミナーでの講演をした時のことを引用し、 「そのスピーチでは、『物事に打ち込んで打ち込んで人格をつくり上げたような人を、すべての組織 のリーダーに選ぶべきです。そうすれば、集団を不幸に陥らせることはないはずです』と結びまし た」(稲盛、2014年、134頁)と述べている。 だが、稲盛もどうすれば、実際にそのようにできるかについてまでは、言及してはいないのである。 しかし、このことについては、稲盛を責めるわけにもいかないだろう。結局、「そのようにあるべきだ」 ということまではいえても、どうすれば「そうすること」ができるのかということについては、決 定的な回答はないからである。 これは古今東西、人間というものが、組織を作って活動し始めて以来、常に最大のテーマであっ た。そして、古今東西の古典には、先人の思索の後が記されている。本章で紹介した『呻吟語』も その一つである。だが、現実にリーダーにふさわしい人物が世界でも日本でも、政治の世界でも経
営の世界でも選ばれているかと問われれば、我々は、そういう場合もあれば、そうでない場合が現 実には多いとしか答えられないであろう。 あえていえば、人格を重視するリーダーが生まれる余地のある文化の組織ならば、人格者である 人物(リーダー)は、その視点で後継者を育成し、後継者を指名するだろう。逆にそういう価値観 を持たないリーダーが長期間、継続して君臨している組織においては、人格の優れた人物がリーダー 的な地位に就くことは難しいという状況が続くであろう。つまりは、ここで稲盛が説くような価値 観が社会に少しでも広まるように、気がついたものが日常的に持ち場で努力するしかないというの が実際のところであろう。
5.松下幸之助のリーダー論との比較
本章では松下幸之助と稲盛のリーダー論の比較を行いたい。松下と稲盛の経営哲学全体の比較と その相違点と共通点の考察については別稿に譲るが、ここではリーダーのあり方についての考え方 のみ比較検討したい。まずこの二人の決定的な違いは、「衆知を集めること」を極めて重視する松 下に対して、稲盛にはこの視点はそれほどまでは強く見られないということである。 例えば松下が衆知を集めることを重視していたことは、「名経営者といいますか、名部長と申し ますか、名部長の勤務態度というものは、そこに重点をおかなければならない。非常に万事にすぐ れた部長があるとしても、万事にすぐれた部長であればあるほど、その部長は多くの人々の智恵才 覚を結集しているんだと思うのです。おれは非常に万事にすぐれた智恵才覚を個人的にもっている、 だからおれはこうするんだということがあっては、すでに失敗の第一段階に入っている。“自分は 比較的経験をもっておる。だからこの経験を生かさなければならない。しかしさらに最後の決定を するには、皆さんの意向というものをここに加えないいかん”こういう心がまえをもっていなけれ ばならない」(松下、1996年b、49頁)との発言に見られる。 ここで松下はどれほど優れた人間であっても独断専行することを強く戒めている。松下はここに 挙げた部分だけではなく、ありとあらゆる場面で、長期にわたって衆知を集めることの重要性を説 き続けた。それに対して稲盛においては、リーダーの条件、指導者の条件の中には衆知を集めると いう考え方はほとんど入っていないといっても良い。 もちろん、稲盛とて、独善が良いとは一言もいってはいない。例えば先にみた、「リーダーの資 質と考え方」の中には、2.部下の意見を求め、聞いてやる気持ちをもっていなければならない。3. 良いアイデアを採用することにより、社員に経営企画に参画せしめる意識づけを行わなければなら ないとある。「部下のいうことを聞くな」などというようなことは、もちろん、稲盛もいってはいない。 そして、現実の稲盛は実際には多くの人の意見にも耳を傾けて経営をしてきたであろう。 だが、ここでも「聞いてやる気持ち」や「経営企画に参画せしめる意識づけを行わなければなら ない」との表現があるように、どちらかというと、稲盛の場合にはリーダーの主体性に重きがおか れている。つまり、リーダーからみて部下は、話を「聞いてやる」べき対象であり、意識付けを行 うべく働きかける対象に位置づけられている。例えば松下なら「聞かせていただく」、「気持ちよく働いてもらう」という表現を使うであろう。この感覚は稲盛の発言や著書の底流に一貫して流れて いるものだといっても良い。これはおそらく、稲盛の場合、27歳で京都セラミックを起業して以来、 自分が一貫して先頭に立ち、周囲の人々のモチベーションを上げつつ、事業を拡大してきたからで あろう。 松下も自ら、松下電気器具製作所を設立してからは、自身が先頭に立って事業を拡大し成功させ てきたのだが、松下の場合には当初から、周囲の意見を聞きながら事業を行っていくという考え方 が強くあったのであろう。松下が衆知を集めるという手法を取り始めた理由は、自らには学問がな いという自覚を自身が持っていたからだということはよく知られるところではある。そして松下自 身もそのことを様々なところで語っている。だが、松下が衆知を集めることを何度も説いたのは、 ただ自分、松下幸之助という一個の人間が、学問がない人間だと自覚していたことから、自分の場 合は仕方なく、このような方法で歩んできたという理由からだけではなかった。 この点、松下は次のように述べている。「しかし、私は、いかに学問、知識があり、すぐれた手 腕をもった人といえども、この"衆知を集める"ということはきわめて大切だと考えている。それな しには真の成功はあり得ないであろう。というのは、いかにすぐれた人といえども、人間である以 上、神のごとく全知全能というわけにはいかない。その知恵だけで仕事をしていこうとすれば、い ろいろ考えの及ばない点、かたよった点も出てきて、往々にしてそれが失敗に結びついてくる。や はり、『三人寄れば文殊の知恵』という言葉もあるように、多くの人の知恵を集めてやるに如くは ないのである」(松下、2001年b、125頁)。 ここの部分を読んでも明らかなように、松下は自分自身に学問があったかなかったという視点か らのみ「衆知を集める」ことの重要性を説いていたのではない。松下は人間というものの存在自体 の限界にまで思いを致し、衆知を集めることの重要性を説いていた。もちろん、実際には松下は「衆 知を集める」ことと共に「主座を保つ」ことの重要性をも説いており、自身で考え抜き、自ら意見 を持つことの重要性もセットで説いている。 そして、現実の稲盛とても独断専行で経営をしてきたというわけではない。その意味においては、 少し力点が違うという程度の違いなのかもしれない。だが、リーダーは多くの人の意見を聞かなけ ればならないという部分に大きな力点のある松下とリーダーは部下に目標を示し、部下をモチベー トしなければならないとする稲盛とでは、かなりの違いがあるといっても良いだろう。この部分は 両者の考え方や性格の違いから来ているものなのかもしれない。 「率先垂範」をすることについても興味深い微妙な違いがある。松下は率先垂範については、別 の面から意味合いの違うことを述べている。松下も稲盛同様に率先垂範の重要性について説いてい る部分もあるので、この部分を見てみよう。例えば、松下は「だれよりも早く起き、だれよりも遅 くまで働く。やはり経営者自身が身をもって示すことが第一です。ああすればこうなるとか、こう すれば社員はどう動くかといった意図的なことに神経を使うよりも、まず自分が一心不乱にやるこ とです。一心不乱にやる。そうすると、まわりもただ見てばかりはいないものです。一心不乱とい うほんとうに真剣な姿を見ていると、そこには必ず教えられるもの、心を動かされるものが出てき