−ドイツ経済教育学会版教育スタンダードに焦点化して−
A Study of Economic Education in Germany :
Focusing on Educational Standards Edited by DEGÖB
服 部 一 秀
Kazuhide HATTORI
1.はじめに ドイツでは1990年代より,経済教育の拡充が課題化されている(Hedtke[2007:335],Weber[2007a: 57],Weißeno[2007:344],Albers[2008:138],Juchler[2008:42-43],他,参照)。ドイツ株式協会, ドイツ使用者団体全国連合 (BDA) やドイツ労働組合総同盟 (DGB),各州経済大臣会議 (WMK) など といった教育界の外側からも,経済教育の拡充が提起されている。「学校に経済を」「学校でもっと経 済教育を」などの表現が用いられることもある。従来も同国諸州の学校教育において経済教育が行わ れてこなかったわけではない。けれども,十分ではないと考えられ,拡充が必要であると提起されて いる。それらの要求は一様ではない。経済教育の在り方をめぐる相異なった立場が表明されている。 そうしたなかで注目されるのがドイツ経済教育学会(Deutsche Gesellschaft für Ökonomische Bildung) による教育スタンダードの開発である。ドイツ経済教育学会は,経済教育とその研究の発展のために 大学研究者を主要構成員として1978年に創設されたものである(May[2008:165])。同学会は2004 年4月,前期中等教育段階用の『普通教育学校の経済教育のコンピテンスと中級学校修了用教育スタ ンダード』(DEGÖB[2004])を発表した。また,それを踏まえ,2006年5月に初等教育段階用の『普 通教育学校の経済教育のコンピテンスと基礎学校修了用教育スタンダード』(DEGÖB[2006])を発表 した。2009年1月には後期中等教育段階用の『普通教育学校の経済教育のコンピテンスとギムナジウ ム上級段階修了用教育スタンダード』(DEGÖB[2009])も発表した。それらは経済教育をめぐって様々 な主張が展開されるなかで同学会におけるコンセンサスとしてうみだされたものである。 これまでのドイツにおける経済教育はどのようなものであり,いかなる拡充要求が近年提起されて いるか。そのようななかでドイツ経済教育学会が開発した教育スタンダードとはどのようなものか。 同学会がその開発を行ったのは何故なのか。本小稿では,義務教育段階に相当する初等教育・前期中 等教育の場合に焦点をあて,一連の問いについて探りたい。管見の限り,我が国において近年のドイ ツにおける義務教育段階の経済教育について本格的に取りあげた先行研究は見当たらず,この教育ス タンダードの学力像と開発理由を明らかにすることは同国の経済教育の動向や課題などをとらえる足 がかりとなろう。それはまた日本の経済教育の在り方を再検討してみるための一助となろう。 2.ドイツにおける経済教育をめぐる基本状況 従来のドイツにおける経済教育の傾向を掴んでおくことにしよう。その上で近年の拡充要求の考え について確かめることにしよう。 (1)義務教育における前期中等教育段階中心の経済教育 ①2系統の経済関連教科−職業準備系教科と公民系教科 現在のところ,ドイツ諸州の学校教育において本格的に経済教育が開始されるのは前期中等教育段 階(第5∼9・10学年)においてとされる(KMK[2008:8])。初等教育段階(第1∼4学年)の基 礎学校において経済教育が行われていないということではない。基礎学校には自然的・社会的領域などを包摂した事実教授(Sachunterricht)が設けられている。この広領域教科では,学習者自らが体験・ 観察・行動を手がかりにし,広範囲に及ぶ身近な生活現実の諸側面や人々との関わりに気づくこと, それらについて興味・関心や問題意識をもつことを目指す(大友[2005],他,参照)。その一環にお いて消費や職業・労働などについて取り扱うことをレアプランなどで求めている州は多い。とはいう ものの,それらの取り扱いは現在,多くの場合,自らの買い物を日々の生活また宣伝や自然環境との かかわりにおいて振り返ってみる学習,ものづくりを通して生産の過程に触れたり,身のまわりのい ろいろな仕事や地域の産業について調べたりする学習となっている(Weber[2007a:57][2007b:3], 参照)。基礎学校の事実教授のなかで本格的な経済教育のための準備教育を行っているのが現状であ る。そこで本格的に経済教育が開始されるという前期中等教育段階での状況について把握するため, 各州の前期中等教育段階における各学校種の主要な経済関連教科をリストアップしたものが,表1で ある。この表1からわかる通り,前期中等教育段階の経済関連教科には大きく2つの系統がある。 その1つの系統は,労働科(Arbeitslehre)に代表される職業準備系教科である。これは主として基 幹学校に置かれている。基幹学校の教育課程を包摂する総合制学校などの学校種にも置かれている。 実科学校に置かれることは少なく,さらにギムナジウムに置かれることは稀である。州によって職業 準備系教科は異なってきており,1990年代末には9州(旧西側11州中8州)で労働科が採用されてい たが,現在では労働-経済-技術(Arbeit-Wirtschaft-Technik)などの職業準備系教科も見うけられる。 もう1つの系統は,ゾチアルクンデ(Sozialkunde)に代表される公民系教科である。経済教育には 地理科や歴史科も寄与するけれども,社会系教科領域のなかで直接的に携わっているのが公民系教科 である。これは学校種に関わりなく置かれている。尤も,州や学校種によって名称は異なってきており, 現在では政治-経済(Politik-Wirtschaft)などの教科名称も見うけられるようになっている。 基幹学校の場合,職業準備系教科と公民系教科を通じて経済教育を狙っている。他方,ギムナジウ ムの場合,職業準備系教科を置かずに公民系教科を通じて経済教育を狙っている州が多い。実科学校 の場合も,それに近い傾向にある。各々異なった進路を想定してつくられている基幹学校,実科学校, ギムナジウムの各学校種では,経済関連教科の設定が異なっている。職業準備系教科と公民系教科に おける経済教育についてとらえてみよう。 ②基幹学校の職業準備系教科における経済教育−経済行為の学習 職業準備系教科は主として基幹学校に置かれている。基幹学校とは,その卒業生の多くが職業学校 と企業内訓練の二元制度に基づく初期職業教育へとすすむ学校種である。職業準備系教科の従来から の代表的存在は労働科である。労働科は,1964年のドイツ教育制度委員会による「基幹学校の構築の ための勧告」を踏まえ,国民学校上級段階に代えて基幹学校が創設されたことに伴い,「労働世界・経 済世界への案内」のために各州で導入された(Albers[2008:138],Zöllner[2008:42],また,坂 野[2000:236-238],寺田[2000:78-83],参照)。近年では実科学校にも置かれることがあるが, 選択必修教科であることが多い。また,殆どの州でギムナジウムには労働科が置かれていない。フン ボルト(Wilhelm von Humboldt)に代表される19世紀前半の新人文主義的教育理念の影響により,身 分とか職業によらない一般的人間陶冶を重視し,職業訓練を軽視する考えが根強く残ってきたためと される(Albers[2008:137])。旧来的な労働科における経済教育の典型例として,旧西側のザール ラント州の場合について取りあげてみよう。 ザールラント州では,前期中等教育段階に基幹学校と実科学校を統合した拡大実科学校(Erweiterte Realschule/第5∼10学年)を設け,その第7学年以降を基幹学校修了証課程(第7∼9学年)と中 級修了証課程(第7∼10学年)とに分けている。労働科はオリエンテーション段階にあたる第5・6 学年と基幹学校修了証課程の必修教科であり,実科学校の教育課程に相当する中級修了証課程(第7 ∼10学年)では選択必修教科である。「技術的前提条件や社会的連関と結びついた今日の労働・職業・
経済の世界についての最初の理解」,「実際の生活の課題解決や職業の選択や有意義な余暇利用の助け となるもの」を育成することが労働科の目標とされる(Ministerium für Bildung, Kultur und Wissenschaft [1997:43])。第5・6学年と基幹学校修了証課程の労働科は,「繊維」,「技術製図」,「情報技術の基 礎教育」,「木」,「組立と分解」,「金属」,「経済」,「家政」などの部分領域(第5∼7学年),及び,「エ ネルギーと環境」,「今日の技術とサービス」という総合的なプロジェクト学習(第8・9学年)から なる(Ministerium für Bildung, Kultur und Wissenschaft[1997~1999][2000~2002])。経済教育は主に部 (各州のレアプランなどをもとに筆者作成. なお,Birgit Weber, Ökonomische Bildung an Schulen und Hochschulen, Deutsche Gesellschaft
für ökonomische Bildung, 2007, S.5も参考にした) (2009年7月確認) 表1 ドイツ各州の前期中等教育段階における主要な経済関連教科 職業準備系教科 公民系教科 バーデン・ヴュルテンベルク 基幹学校 経済-労働-健康 世界-時間-社会 実科学校 地理科-経済科-ゲマインシャフト科 ギムナジウム 地理-経済-ゲマインシャフト科 バイエルン 基幹学校 労働/経済/技術 歴史/ゾチアルクンデ/地理 実科学校 ゾチアルクンデ,経済・法 ギムナジウム ゾチアルクンデ,経済・法 ベルリン 基幹学校 労働科 ゾチアルクンデ 実科学校 労働科 ゾチアルクンデ ギムナジウム ゾチアルクンデ ブランデンブルク 総合制学校 経済-労働-技術 政治的陶冶 実科学校 経済-労働-技術 政治的陶冶 ギムナジウム 経済-労働-技術 政治的陶冶 ブレーメン 総合制学校 経済-労働-技術 世界-環境科 中等学校 経済-労働-技術 世界-環境科,政治 ギムナジウム 経済-労働-技術 世界-環境科,政治 ハンブルク 総合制学校 労働科 社会 基幹学校 労働科 歴史/政治 実科学校 労働科 歴史/政治 ギムナジウム 政治/社会/経済 ヘッセン 基幹学校 労働科 政治・経済 実科学校 労働科 政治・経済 ギムナジウム 政治・経済 メクレンブルク・フォアポンメルン 総合制学校 労働-経済-技術 世界科,ゾチアルクンデ 地域学校 労働-経済-技術 ゾチアルクンデ 実科学校 労働-経済-技術 ゾチアルクンデ ギムナジウム 労働-経済-技術 ゾチアルクンデ ニーダーザクセン 総合制学校 労働/経済-技術(経済,技術,家政) ゲゼルシャフトレーレ 基幹学校 労働/経済-技術(経済,技術,家政) 政治 実科学校 労働/経済-技術(経済,技術,家政) 政治 ギムナジウム 政治-経済 ノルトライン・ヴェストファーレン 基幹学校 労働科(技術,経済,家政) 歴史-政治 実科学校 政治 ギムナジウム 政治 ラインラント・プファルツ 基幹学校 労働科 ゾチアルクンデ 実科学校 ゾチアルクンデ ギムナジウム ゾチアルクンデ ザールラント 総合制学校 労働科 社会科学 拡大実科学校 労働科 ゾチアルクンデ ギムナジウム ゾチアルクンデ/政治 ザクセン 中間学校 経済-技術-家計/社会 ゲマインシャフト科/法教育 ギムナジウム ゲマインシャフト科/法教育/経済 ザクセン・アンハルト 中等学校 経済-技術 ゾチアルクンデ ギムナジウム ゾチアルクンデ シュレスヴィヒ・ホルシュタイン 総合制学校 世界科 基幹学校 経済/政治 実科学校 経済/政治 ギムナジウム 経済/政治 テューリンゲン 通常学校 経済・技術 ゾチアルクンデ,経済・法 ギムナジウム ゾチアルクンデ,経済・法
分領域「経済」の単元およびプロジェクト学習「今日の技術とサービス」の一部の主題において行わ れる。それらの学習目標と学習内容についてのレアプランの記述内容を表2に示そう。 部分領域「経済」(第7学年)には「経済市民としての青少年」と「仕事に就いている人」という2 つの単元が設けられている。「経済市民としての青少年」は,消費に焦点化した単元である。この単元 では,理性的に消費を行えるようになるため,学習者が購入の主体であるとともに販売や宣伝の客体 であることに気づき,購入の方法や検討条件,宣伝の形態や方法などについて習得する。「仕事に就い ている人」は,職業労働に焦点化した単元である。この単元では,職業選択に向け,労働の意義や形 態・過程また賃金などについて習得する。プロジェクト学習「今日の情報とサービス」(第9学年)で は多様な領域を扱うが,「経済と情報技術」が経済領域に関する主題となっている。この主題では,経 済領域における情報技術に焦点化し,将来の経済生活のため,売買,金融取引,求職・求人などにつ いての知識を身につける。とともに,それらに導入されている情報技術を活用できるように体得する。 これらの単元や主題は,消費や職業労働や売買などの経済行為を行うために必要な知識や技能を習得 する学習である。 この事例のように,主として基幹学校に設けられている労働科での経済教育では従来,経済生活に 焦点をあて,現在や将来において適切に経済行為を行えるように知識や技能を学ばせる教育が重視さ れる傾向にある(Zöllner[2008:43],Weber[2007a:57-58][2007b:3],参照)。職業準備系教科 として特に重視されているのが仕事の世界への導入である。労働世界の構成要素として技術などとと もに経済を扱うことが多く,企業を経済主体としてよりも職場として取り扱うことが珍しくない。経 済全体の動向やしくみなどについて取り扱うとしても適応して適切に行為できるようにするためであ る。労働科における経済教育では,既存経済にしっかり適応して経済行為を行えるようにするための 教育が目指されてきたといえる。 現在では労働科を労働-経済-技術などに改称・改組し,経済領域の学習の比重をこれまでよりも大 きくし,職業準備系教科での経済教育を強化しようとしている州も増えてきている。同種の基幹学校 表2 ザールラント州の労働科における経済学習 部分領域:経済(第7学年) プロジェクト学習:今日の技術とサービス(第9学年) 経済市民としての青少年 仕事に就いている人 経済と情報技術 ・生徒は,自分が経済の主体で も客体でもあることを認識す べきである ・生徒は,買物の決定の推移を 知るべきである ・生 徒 は, 自 分 が 宣 伝 の タ ー ゲットグループであることを 認識すべきである ・生徒は,経済生活における多 様な労働を認識すべきである ・生徒は,労働賃金の支払いの 例をあげることができるべき である ・生徒は,売買の申し出,注文,請求,支払いを売買契 約締結の基本要素として知るべきである ・生徒は,具体的な問題に即して,売買契約の清算に不 可欠な通例の行いを,パソコンの使用や関係書類の記 入により,パートナーとともに,あるいはグループに おいて実行することができる ・生徒は,実践的な活動や作業成果を言葉で正確に記述 し評価づけることができる ・生徒は,作業の推移を予め与えられた時間形式に従っ て,とりわけ試験の状況において計画することができ る ・生徒は,インターネット・ブラウザや他の適当な情報 源を訓練先をさがすために使用することができる ・財のための情報や提供を得る ・購入の様々な可能性,オンラ インショッピング ・小遣い銭と取引の能力 ・宣伝の形態と方法 ・経済的基盤の確保としての職 業従事 ・多様な職業 ・収入の種類 ・税込賃金−実質賃金 ・通貨と金融機関:発生,振替口座,貯金,銀行の類別 ・キャッシュレスの支払流通,自動化,オンラインバン キング ・金融機関の訪問 ・職業安定所・団体・連盟のインターネットサイトや CD-ROM,訓練の場の提供ないしは求人の新聞見出し ・E-mailによる通知,施設,付属施設 ・パソコンを使用しての願書や注文書
(Ministerium für Bildung, Kultur und Wissenschaft, Schule machen im Saarland, 1999, S.46・47,Ministerium für Bildung, Kultur und Wissenschaft, Gute Lehrpläne für die besten Schulen, 2001, S.52より)
学 習 目 標 学 習 内 容
であっても,州によって,職業準備系教科における経済教育に違いがうまれている。 ③各学校種の公民系教科における経済教育−経済のしくみの学習 公民系教科の代表的存在はゾチアルクンデである。それは政治教育(politische Bildung)の強化の ために1950年代から1960年代にかけて各州で導入された教科である。自国について時間的・空間的に 間接的に取り扱う歴史科や地理科に加え,自国について直接的に取り扱う教科としてゾチアルクンデ は導入された。職業準備系教科が主として基幹学校に置かれているのとは違い,ゾチアルクンデなど の公民系教科は,前期中等教育段階の何れの学校種にも置かれている。ここでもザールラント州の拡 大実科学校の場合に事例を求めてみよう。同州の拡大実科学校の中級修了証課程では,労働科が選択 必修であるため,必修教科のなかで経済教育を主として担うのはゾチアルクンデである。ここでは基 幹学校修了証課程ではなく敢えて中級修了証課程のゾチアルクンデに着目してみることにしよう。 ザールラント州の拡大実科学校におけるゾチアルクンデの目標は,「民主主義社会の政治生活に関 与するための基盤である知識・技能・能力」を育むことである(Ministerium für Bildung, Kultur und Wissenschaft[2000:217])。中級修了証課程のゾチアルクンデでは,第8学年と第10学年に単元が設 けられている。第8学年においてはミクロな生活レベルを取りあげる。単元「人は集団のなかで生活 する」では,学校での集団生活について,単元「法である全てのこと」では,青少年と法のかかわり について,単元「私たちと私たちのゲマインデ」では,市町村の生活と結びついた地方政治について, 単元「ヨーロッパのなかのザールラント」では,周辺諸国とのつながりのなかでの生活について学ば せる。第10学年においてはマクロな国レベルや国際関係レベルを取りあげる。政治と経済を中心に扱 い,単元「ドイツ連邦共和国の政治秩序」でドイツの政治について,単元「ドイツ連邦共和国におけ る経済」でドイツの経済について,単元「ヨーロッパの統合」でEUの政治や経済について学ばせる。 経済学習の比重は大きくなく,第10学年の「ドイツ連邦共和国における経済」と「ヨーロッパの統合」 で経済学習が行われる。それらについてのレアプランでの記述内容を表3に示そう。 単元「ドイツ連邦共和国における経済」では,ドイツの経済について扱われる。商取引の成立理由 や通貨の機能の理解を踏まえ,家計・企業・政府の関係に基づく経済循環,社会的市場経済の機能の 仕方や政府の働きをわかるとともに,さらに労使間の関係や問題についてとらえることなどが狙われ ている。単元「ヨーロッパの統合」では,EUについて扱われる。経済統合のしくみを理解し,日常 生活にとっての意義や課題を考えることなどがそのなかに位置づけられている。このように中級修了 証課程のゾチアルクンデでは,ドイツという国レベルとEUという国際関係レベルでの経済のしくみ が学ばれる。そこでは家計や企業の経済行為やそれらの要因についてはあまり扱われず,経済全体の メカニズムや制度についてわかることに主眼がおかれている。労働科が必修でない中級修了証課程に おいてゾチアルクンデは経済教育を主として担う教科であるけれども,そこでの経済教育では国レベ ルや国際関係レベルの経済に焦点があてられ,大きなしくみをわかることが重点化されている。 この事例のように,ゾチアルクンデにおける経済教育の比重は大きくない。しかも,政治教育のた めの教科としての性格上,経済のしくみの学習が重視される傾向にある(Weber[2007b:3-4],参照)。 家計や消費について取りあげる場合も経済のしくみをわかるための一環においてであることが多い。 既存の経済をわかることに留めず,よりよくするための判断をつくることまで学ばせるケースもある けれども,何れにしろ国レベルや国際関係レベルを中心とする。 近年,公民系教科を自国制度中心の学習から脱却させ,社会中心の学習や社会問題中心の学習へと 変更する教科課程改革がすすめられたこともあり(服部[2009a],参照),ゾチアルクンデを政治-経 済などに改称・改組し,経済の学習の比重を以前よりも大きくしたり,経済の幅広い学習を保証しよ うとしたりする州がでてきている。同じ学校種であっても,州によって,公民系教科における経済教 育に違いがうまれている。
④学校種や州によって異なる経済教育 殆どの州では,基幹学校と実科学校やギムナジウムとで経済関連教科の設定を違えている。基幹学 校の場合,労働科などの職業準備系教科とゾチアルクンデなどの公民系教科を通じて経済教育を狙っ ている。職業準備系教科を代表する労働科の経済教育では,消費や職業労働などの経済行為の学習が 重視され,公民系教科を代表するゾチアルクンデの経済教育では,経済のしくみの学習が重視されて きた。実科学校とギムナジウムの場合,職業準備系教科を置かずに公民系教科を通じて経済教育を狙っ ている州が多い。その公民系教科を代表するゾチアルクンデの経済教育では,経済のしくみの学習が 重視されてきた。従来,各系統の教科では限定的な経済教育が行われる傾向にあり,また,前期中等 教育段階の学校種によって経済教育に大きな違いがあった。 学校種による違いに加え,最近では州による違いもみられる。州によっては職業準備系教科や公民 系教科を改称・改組し経済教育を強化しようとしている。州によって職業準備系教科での経済教育や 公民系教科での経済教育に違いがうまれている。 このようにドイツでは,学校種また州によって経済教育が異なっている。普通教育としての経済教 育の在り方をめぐって合意がないのが現状である。次に,経済教育拡充の要求について検討しよう。 (2)経済教育拡充の要求−異なる立場 ドイツでは経済教育が十分でないとする不満や批判が以前から潜在していた(Lutter[2007:32])。 1990年代より拡充の要求が強まった背景として,ドイツ統合・ヨーロッパ統合やグローバル化,経済 の複雑化や生活・社会にとっての影響力の増大,また,経済停滞や高失業などの問題状況や産業構造 転換などの課題化が挙げられよう(Hedtke[2007:335],Lutter[2007:32],参照)。尤も,そうし た背景のもとでの拡充要求は多様である。代表的なものとして,各州経済大臣会議,ドイツ株式協会, 各州文部大臣会議,ドイツ使用者団体全国連合・ドイツ労働組合総同盟の各立場を取りあげよう。 各州経済大臣会議は,2001年11月の秋期会議により,前期中等教育段階以降に経済の独立教科を創 設するように要求する決議を行った。そこでは「経済教育は経済国ドイツの経済発展が上手くいくた めの1つの重要なファクターである」とし,「青少年は既に学校において企業家の課題に適切に手引き されなければならない」としている(WMK[2001:1])。「企業家的自立に向けての準備を高めること」 表3 ザールラント州のゾチアルクンデにおける経済学習 ドイツ連邦共和国における経済(第10学年) ヨーロッパの統合(第10学年) ・生徒は,異なった財やサービスを欲求充足の手段として挙 げるべきである ・生徒は,経済活動の成立を説明すべきである ・生徒は,ドイツ連邦共和国の経済システムの機能の仕方を 解説すべきである ・生徒は,経済現象への政府の介入を知るべきである ・生徒は,社会保障制度を描写すべきである ・生徒は,職業の日常のための重要な法的規定を知るべきで ある ・生徒は,マーストリヒト条約の重要な内容を知るべきであ る ・生徒は,EUの諸機関を3権に分類するべきである ・生徒は,学校間や都市間のパートナーシップを国際的協調 の市民レベルでの可能性として認識するべきである ・生徒は,外国での実習を自分自身の成長のチャンスとして 認識するべきである ・生徒は,ヨーロッパ統合の過程を安全保障措置の観点で理 解するべきである ・基本的欲求・奢侈的欲求・文化的欲求および財やサービス への区分 ・自給から売買へ ・経済原理と貨幣の機能 ・単純な経済循環(消費者 / 家計−企業−政府) ・市場経済における価格形成のメカニズム;社会的市場経済 ・市民や環境の保護としての政府の介入 ・社会保障制度 ・訓練契約と雇用契約 ・賃金協約当事者の異なった諸利害に関する文書としての賃 金協約 ・賃金協約当事者の紛争;労働争議,ストライキ,調停 ・マーストリヒト条約,市民の日常への作用 ・欧州理事会,欧州議会,閣僚理事会,欧州委員会,欧州司 法裁判所,それらの任務 ・学校間や都市間のパートナーシップの枠組での諸活動 ・ヨーロッパにおける実習やオーペアの場 ・ヨーロッパと安全保障:東方拡大,OSCE
(Ministerium für Bildung, Kultur und Wissenschaft, Gute Lehrpläne für die besten Schulen, 2002, S.79・80より)
学 習 目 標 学 習 内 容
を経済教育の目的として特筆している(WMK[2004:4])。ドイツ経済の活性化や若年失業問題への 対応などのため,青少年に起業や経営について学ばせ自立性や企業家精神を養うことを1つの大きな 狙いにして経済教育をすすめようというのである。 一方,ドイツ株式協会は1999年7月に「経済教育についての覚書」を発表し,中等教育段階とりわ けギムナジウムでの経済科の導入を求め,また,経済教育拡充の必要性について異なった考えを表明 している。それは「現代の経済社会の複雑さ」のなかで私的な生活を切りひらくためにも経済的社会 的政治的事柄に関与するためにも前提となる経済的な基本的認識を習得させることを重視する考えで ある(Deutsches Aktieninstitut[1999:7])。そのために「家計」「企業」「経済秩序」「国家」「国際的経 済関係」の各領域をカバーする経済教育を求めている(Deutsches Aktieninstitut[1999:25-27])。 各州文部大臣会議(KMK)は,2001年と2008年の2度,「普通教育における経済教育」をまとめている。 「経済教育は普通教育の不可欠な構成要素であり,したがってドイツ連邦共和国における普通教育学 校の教育課題に属する」(KMK[2007:7][2008:7])とし,経済教育の拡充を支持している。但し, 独立教科の導入までは求めていない。2001年の報告書では「生徒たちに経済的な連関や経済的な行為 に対しての理解を呼び起こすこと」を重要視しているが(KMK[2001:7]),2008年の報告書ではも う一歩踏み込み,「生徒たちに経済的な連関や経済的な行為に対しての持続的理解を呼び起こすことだ けでなく,さらに自立的で責任ある行為へと生徒たちを導くこと」を重要視している。そのために各 州において現状の経済関連教科のなかで経済教育を発展させていくことに期待を寄せる。 また,ドイツ使用者団体全国連合とドイツ労働組合総同盟は2000年8月,「経済−学校による普通教 育にとって不可欠である」を共同提起した。そこでは各州経済大臣会議の場合ともドイツ株式協会の 場合とも各州文部大臣会議の場合とも異なる理由により,独立教科経済科の導入を要求している。「人 格の成長にとっての労働の特別な意味」,「経済や雇用のシステムのなかでの人生・職業計画の実現に 向けた,また,それらのシステムの共同形成のための,個人の行為や共同決定の可能性」,「訓練ある いは勉学および後々の職業の進路に関して,自分の責任で専門的知識をもち自らの個性を踏まえて決 定することの可能性」,「経済や雇用のシステムと国際的な経済関係の政治的形成」に関する認識や判 断の能力育成という理由である(BDA/DGB[2000:2])。よりよく生きるために既存の経済の枠組を 活かしたり改めたりできるようにする独立教科の必要性を主張している。 このようにドイツでは近年,異なった立場から,経済教育の拡充が要求されている。経済教育の目 的について,企業家教育を重視する立場もあれば,経済認識の教育を重視する立場,経済認識とそれ に基づく経済行為の教育を重視する立場,経済の認識を踏まえた経済行為と新たな形成の教育を重視 する立場もある。また,経済関連教科について,中等教育段階での独立教科の創設を狙う立場もあれば, より現実的に現状の関連教科のなかでの改善を期待する立場もある。何れの立場も経済教育を拡充す ることが必要であると考えるけれども,それらは相異なった経済教育像を描いているわけである。 以上のような経済教育をめぐる基本状況のなかで開発されたドイツ経済教育学会版教育スタンダー ドへと考察をすすめよう。 3.ドイツ経済教育学会版教育スタンダードの学力像と作成理由 ドイツ経済教育学会の教育スタンダードはどのようなものか。ドイツ経済教育学会がそのような教 育スタンダードを上述のような経済教育の状況において作成したのは何故なのか。ドイツ経済教育学 会版教育スタンダードの学力像と作成理由をとらえよう。 (1)初等中等教育段階における経済教育の学力像−経済生活・経済社会形成力 ①5つのコンピテンス領域 ドイツ経済教育学会の教育スタンダードは,経済科のスタンダードとしてではなく,経済教育のス
タンダードとしてつくられている。ここでは義務教育段階用に相当する初等教育段階用・前期中等教 育段階用スタンダードにしぼって考察したい。それらの全体を表4としてまとめて示そう。 この教育スタンダードは,5つのコンピテンス領域(Kompetenzbereich)を基本構成要素にして成 り立っている。経済教育において育成する主要なコンピテンス(能力・資質)の領域として設定され ている5つの領域は,初等教育段階用スタンダードと前期中等教育段階用スタンダードで共通してい る。後期中等教育段階(ギムナジウム上級段階)用スタンダードでも共通している(DEGÖB[2009])。 それらは「学校種や学校段階に左右されない5つのコンピテンス領域」とされ,「コアコンピテンス」 とも呼ばれている(DEGÖB[2004:2])また,各コンピテンス領域については,初等教育修了(第 4学年末)と前期中等教育修了(第10学年末)の各時点で学習者によって獲得されていなければなら ない個々のコンピテンスが「∼できる」という表現のもと,スタンダードとして提示されている。「一 定の中心的教育目標が達成されるために学校が学習者にもたらさなければならないコンピテンスを指 定する」,「子どもや青少年が一定の学年段階までにどのようなコンピテンスを獲得しているべきかを 確定する」(Klieme u.a.[2003:13])というアウトプット指向のパフォーマンス・スタンダードとして, このスタンダードはつくられている。先ず,各コンピテンス領域ごとに検討していこう。 第1番目のコンピテンス領域は,「決定を経済的に基礎づける」である。 初等教育段階用のスタンダードでは,限りのある資金で有意義な消費を行うため,重要さや緊急度, 欲求の種類や充足の可能性,使用可能な資金を勘案できることが求められている。また,学校バザー や蚤の市などで体験する生産・販売において,分業による効率,需要や費用・利潤などを勘案できる ことが求められている。欲求や対費用効果や資金などを考えての消費行為決定の能力,効率や需要や 費用・利潤などを考えての生産・販売行為決定の能力が要求されている。 前期中等教育段階用のスタンダードでは,家計の運営と職業の選択において,さまざまな情報や助 言を活かし,自分の欲求,自らにとっての影響,現在や将来にとっての意味,また,法的な条件を考 慮して決定できることが求められている。加えて,家計の運営に関しては,家族員の諸利害を考慮し て役割分担や家計管理を行えることも求められており,職業の選択に関しては,労働世界の諸要求や 動向を踏まえて進路選択や将来設計を行えることも求められている。家計運営と職業選択において自 分の欲求・関心や効用とともに現実の諸条件も踏まえて決定できる能力が要求されている。 この第1領域は,経済行為の意思決定能力の領域である。領域名称は制度・政策の判断能力なども 含みうるものであるけれども,実際に挙げられているスタンダードに従えば,経済行為決定の能力領 域といえる。「個々人は,消費者・職業選択者・勤労者として,経済市民として,様々な決定を行わな ければならない」(DEGÖB[2004:6])。私生活や職業生活といった経済生活上で合理的に決定でき る能力が学習者の生活の拡がりなどに沿って要求されている。初等教育段階では,消費や生産・販売 体験において,欲求・対費用効果や資金,効率や需要や費用・利潤などの基本的なポイントに基づい て決定できることが重視され,前期中等教育段階では,消費を中心とする家計の運営や将来の職業労 働生活に関わる職業選択において,現実の諸条件も踏まえて決定できることが重視されている。 第2番目のコンピテンス領域は,「行為状況を経済的に分析する」である。 初等教育段階用スタンダードでは,消費行為についての分析として,商品の価格,品質,宣伝・商 品配置などの販売手法を促進・抑制要因としてとらえられること,家計支出における消費の目的や裁 量余地と結びつけられること,環境にとっての消費の影響をとらえられることが求められている。労 働行為についての分析として,労働の目的や条件・職務などを具体例に即して指摘できることも求め られている。消費および労働という経済行為の基本的な成り立ちを分析できる能力が要求されている。 前期中等教育段階用スタンダードでは,家計・企業・政府の経済行為についての分析として,各々 をそれぞれの促進要因・抑制要因と結びつけてとらえられること,費用と効果の関係からとらえられ
表4 ドイツ経済教育学会版教育スタンダード(初等教育段階用・前期中等教育段階用)の構成 コンピテンス領域 初等教育修了(第4学年末)時点のスタンダード 前期中等教育修了(第10学年末)時点のスタンダード 決定を経済的に基礎 づける −望むものを挙げ,重要度や緊急度によって整理す ることができる −モノやサービスによる欲求の充足の可能性を示す ことができる −充足される欲求の種類によって財を区別すること ができる(例えば,基本的欲求,奢侈的欲求,文 化的欲求) −可処分資金を考慮して買い物の決定を行うことが できる −単純な製品の分業による製作を計画し実行するこ とができる −財の販売を計画し実行し評価判断することができ る −消費・将来準備・貯蓄・職業選択の決定を行うことができる ・自分の欲求や法的な枠組条件また自らに及ぶ影響に着目して 決定を行うことができる ・現在や将来の利害を検討して決定を行うことができる ・情報や助言を活かして決定を行うことができる −家計における活動の分担や編成また資金の管理について決定を行 い,その際に異なった諸利害関心を考慮することができる −自分の関心および労働世界の要求や変化を考慮して,教育・生計 手段・職業の選択のための決定を行うことができる 行為状況を経済的に 分析する −(消費)財の価格を確かめ,比べることができる −(消費)財の品質を調べ,比べることができる −販売促進の手法を調べ,その意図を認識すること ができる −家計においての収入の使用目的を示すことができ る −取りあげた職場での仕事を探索し,労働の経過を 記述することができる −環境を守るための個人的な可能性を指摘すること ができる −家計・企業・国家における決定への刺激や引き締めの影響を明ら かにすることができる −家計・企業・国家における決定状況を費用と便益を視点にして分 析することができる −家計における所得の入手源と使用を数量化し,消費者行動の影響 要因,可処分所得,行為余地をとらえることができる −個人の関心や能力を職業上課せられる要求,行動分野,養成専門 教育の道のり,成長の見通しと対比することができる −投資の決定に関する経営者のリスクや他の影響を突きとめること ができる −競争と競争制限を費用・価格・品質・革新への影響に関して事例 に即して分析することができる 経済の体系的連関を 説明づける −職業労働の意味を解説することができる −本人個人や家族にとっての失業の帰結を解説する ことができる −家事労働,職業労働,無給名誉職労働を区別する ことができる −貨幣の意味を解説することができる −単純な製品の生産から廃棄までの経路を解説する ことができる −他の国々との貿易の事例と簡単な理由を示すこと ができる −家計・企業・国家の収入・支出と経済循環における相互作用を解 説することができる −取りあげた製品のライフサイクル(導入から廃棄まで)を経済概 念を用いて解説することができる −分業と商取引をそれらの非常に重要な作用に関して解説すること ができる−例えば,生産性,効率,豊かさ,職業従事に関して −市場経済の機能のメカニズム,市場間の相互作用をモデル的に解 説することができる −価格形成の形態・機能・作用を商品価格・賃金・金利の例をあげ て説明づけることができる 経済の枠組条件を理 解し共同形成する −国の任務を典型的な仕方で示したり確認したりす ることができる −市町村自治体の施設・企業体の意味を解説するこ とができる −市町村施設の子どもにとってのやさしさを評価判 断することができる −法定や自発による簡単な消費者情報を利用するこ とができる −環境保護における禁制や規則を守ることができる −(学校の)共同課題への個人の関与のためのルール をつくることができる −地域経済の展開を記述し,いくつかの影響力(例 えば,原料,インフラ,技術)について解説する ことができる −利害者集団の行動を記述し評価づけることができる −社会的市場経済の構成を記述し,公共財の生産・資金調達を解説 し,規制や規制緩和を例に即して吟味検討することができる −消費者・労働者・所有者・環境を保護するための法および社会保 障のための法を解説し,可能性のある変更を評価判断することが できる −時空間上における消費世界・労働世界・経済世界の違いを例に即 して解説し,重要な影響について論じることができる −規則の設定による形成と,その意味,及び,企業・全体経済・地 球規模にとっての帰結を記述することができる −失業・インフレーション・環境悪化のような共同の問題を記述し, その帰結・原因・解決を評価判断することができる コンフリクトを広い 視野から倫理的に評 価判断する −貧困の具体的な影響を解説することができる −供給側の利害関心と需要側の利害関心を区別する ことができる −対立した利害関心をコンフリクトの原因として認 識することができる −単純なコンフリクトにとっての歩み寄りの可能性 をうみだすことができる −(例えば,財あるいは所得の)均等あるいは不均 等な配分の理由を典型的な仕方で述べることがで きる −取りあげた生産物を例にして"公正な"取引を解説 することができる −個人・社会・国家のあいだのコンフリクト(例えば,自由,安全, 公正についての)を記述し,それに対しての共同規則を見つけだ すことができる(例えば,公平・信用・拘束力のための) −経済に関連する事柄における価値葛藤の合意可能な解決を論証的 に根拠づけることができる −経済の異なった行為主体,それらの機能,典型的な目的や利害関 心に精通しており,それらの行為による異なった集団への結果を 評価判断することができる −経済的な展開と措置の問題や帰結を明らかにし,目的についての コンフリクトをとらえ,経済・社会・エコロジーに関しての諸基 準にしたがって評価づけることができる −財や所得の配分を実績に基づく公平や需要に基づく公平,および, 機会の公平の実現という諸基準に応じて評価判断することができ る −持続可能な経済の前提条件,生産・消費への影響を吟味すること ができる
(Deutsche Gesellschaft für ökonomische Bildung, Kompetenzen der ökonomischen Bildung für allgemein bildende Schulen und Bildungsstandards für den Grundschulabschluss, 2006, S.4-6, Kompetenzen der ökonomischen Bildung für allgemein bildende Schulen und Bildungsstandards für den mittleren Schulabschluss, 2004, S.8-9より筆者作成)
ることが求められている。また,消費行為についての分析として,消費支出を所得との関連において とらえられること,職業選択行為についての分析として,それを職業能力要求や職業専門教育などと いった条件と結びつけてとらえられることが求められている。さらに,企業の投資行為についての分 析として,投資の決定の諸要因をとらえられること,生産・販売行為についての分析として,競争的 市場環境や競争制限的市場環境による影響をとらえられることが求められている。家計・企業・政府 とりわけ民間部門の経済行為を諸条件や諸要因と関連づけて分析できる能力が要求されている。 この第2領域は,経済行為の分析能力の領域である。「自分の裁量余地をとらえ,決定をよりよいも のにし,また結果を意識して責任をもって行為することを可能にする」とともに,「他者の行為の仕方 について説明づけ,予想し,影響を及ぼす」ため(DEGÖB[2004:6]),すなわち,他者に操作され ず自律的に経済行為を導いたり,他者の経済行為を予測して行動したり判断したりできるため,経済 行為を対象化し読み解く能力が要求されている。初等教育段階では,消費と労働の基本的な成り立ち をとらえられることが重視されており,前期中等教育段階ではさらに,家計や企業などの各経済主体 の行為を諸条件や諸要因と関連づけてとらえられることが重視されている。 第3番目のコンピテンス領域は,「経済の体系的連関を説明づける」である。 初等教育段階用では,労働力の売買からの把握として,家計・企業・政府や経済全体にとっての労 働の意味,個々人や家計にとっての失業の意味を解説できること,労働を分類できることが求められ ている。また,製品の売買からの把握として,国内での生産・流通・消費・廃棄過程,国際的な分業 や取引を解説できることが求められている。それらと結びつけて貨幣の意味を解説できることも求め られている。労働力や製品と貨幣の大まかな流れを説明できる能力が要求されている。 前期中等教育段階用では,家計・企業・政府の相互作用・経済循環,市場における製品のライフサ イクル,分業と市場交換による結びつき,市場における需給調整・資源配分および国内的・国際的な 市場間のつながり,商品市場・労働市場・金融市場における価格形成や価格効果を解説できることが 求められている。経済循環とともに市場経済の基本的メカニズムを説明できる能力が要求されている。 この第3領域は,経済の構造や過程を説明づけられる能力の領域である。「経済市民としての思慮の ある判断」のために自分の存在や経済行為を大きなシステム上に位置づけて考えてみる前提として, また,「影響や実行措置・不実行措置の作用・副作用を予測すること」,公的な措置を吟味検討し「責 任をもって共同形成すること」の前提として(DEGÖB[2004:7]),そのような説明能力が要求され ている。初等教育段階では,労働力と製品と貨幣の大まかな流れに即して経済をまとまりのあるもの として説明づけられることが重視されており,さらに前期中等教育段階では,経済循環のしくみとと もに市場経済のメカニズムを説明づけられることが重視されている。 第4番目のコンピテンス領域は,「経済の枠組条件を理解し共同形成する」である。 初等教育段階用スタンダードでは,経済制度や経済政策などの現行の公的な措置について,公的措 置の役割を解説できること,日常生活と結びついている環境法規を理解し守れることが求められてい る。また,地方自治体レベルの公的措置の具体例を意味づけられること,身近な公共施設の在り様を 子どもの立場から判定できることが求められている。新たな公的な課題や措置について考えるための 手始めとして,消費者情報を活用できること,地域経済の大きな動向や要因について把握できること, 公的課題に関係する学校での活動のルールを自分たちで設定できることも挙げられている。経済にお ける公的な措置の役割を解説できる能力,身近な公的課題に気づいたり地方自治体レベルの公的措置 を意味づけたり自分の立場から点検したりできる能力が重んじられている。 前期中等教育段階用スタンダードでは,公的措置をめぐる判断の前提として,利害者集団の経済行 為やその意図せざる結果との関連で公的措置の任務についてとらえられること,市場経済における公 的措置の手法や形態を解説できること,消費者保護・労働者保護・所有者保護および環境保護や社会
保障の制度について解説できることが求められている。また,それらを踏まえての判断において,実 際の規制や規制緩和の功罪を吟味できること,既存の制度の変更について判定できること,現実の消 費世界・労働世界や経済世界を時空間的に対比し特質や正負の影響を論じられること,規制や立法に よる多様な経済次元や利害関係者にとっての影響を特定できること,失業・インフレーション・環境 悪化などの現実の動向や問題の原因・影響の分析検討を前提に対応措置について判断できることが求 められている。公的措置の課題や方法・内容を説明できる能力とともに,現実の経済状況の分析や予 測を踏まえて現行の措置や新たな措置の必要性や妥当性を吟味判断できる能力が要求されている。 この第4領域は,経済社会に働きかける公的な措置についての説明,また,公的な課題や措置をめ ぐる判断という両面の能力からなる。経済社会の「秩序の意味と有用さを理解し,その在り様につい て評価判断し影響を及ぼし,共同の問題の成り立ちを説明づけ,働きかける手段をその適切さを顧慮 して評価判断する」(DEGÖB[2004:7])能力が要求されている。初等教育段階では,公的措置の役 割を説明できること,身近な課題に気づいたり現行措置を意味づけたり自分の立場から点検したりで きることが重視されている。前期中等教育段階では,公的措置の課題や様々な方法・内容を説明でき ること,現行の措置や新たな措置の必要性や妥当性を吟味判断できることが重視されている。 第5番目のコンピテンス領域は,「コンフリクトを広い視野から倫理的に評価判断する」である。 初等教育段階用では,経済に関係する立場の違いや対立の検討として,貧しい社会的弱者の境遇や 立場をとらえられること,供給側と需要側の利害の違いを見取れること,均等配分・不均等配分の各々 の考えの根拠を示せること,コンフリクトを利害の対立としてとらえられることが求められている。 また,対立の解決として,単純な対立の解決の仕方を考えられること,公正という観点から考えられ ることが求められている。立場の単純な相違,対立,それらの理由を見定められる能力,単純な対立 の解決可能性について考えられる能力が先ずは重んじられている。 前期中等教育段階用では,経済行為の決定や公的措置の判断の基準探求として,経済関係の価値葛 藤の解決方法を根拠づけられることが求められている。それに加えて,経済行為の決定基準の探求と して,一定の目的や利害に基づく経済行為を他者に及ぼす影響との関係で評価づけられることが求め られている。また,公的措置の判断基準の探求として,個人・社会集団・政府の対立への対処の原則 を見出せること,経済展開や公的措置をめぐる対立について経済・社会・環境という観点から評価づ けられること,公平をめぐる異なった考えを踏まえて資源配分や所得再配分について評価づけられる こと,持続可能な経済について吟味検討できることが求められている。多様な立場を踏まえて経済行 為の決定や公的措置の判断の基準を考えられる能力が要求されている。 「経済的な行為や体系的連関の形成は各々の経済行為主体や社会集団への異なった影響をもつ」た め,「それらの異なったパースペクティブを考慮すること」や「倫理的な基準」を考慮することが重要 である(DEGÖB[2004:7])。経済生活や経済社会をよりよくするために立場の相違や対立を踏まえ て基準を探りだし,価値的根拠をもって行為を決定したり公的措置を判断したりする必要がある。第 5領域ではそのような決定や判断の基準探求能力が要求されている。初等教育段階では,立場の単純 な相違や対立の関係や理由を見定められること,単純な対立の解決可能性について考えられることが 重んじられている。前期中等教育段階では,影響を評価づけたり,現実の多様な利害や価値の対立を 吟味したりし,望ましい基準について考えられることが重んじられている。 これらの5つのコンピテンス領域は,分かれているけれども,無関係なものと考えられているわけ ではない。それらは何をどのように関係づくると考えられているのか,全体像を次項で考察しよう。 ②関連的段階的構造 この教育スタンダードにおいて,5つのコンピテンス領域の関係は,第1領域「決定を経済的に基 礎づける」が中央に位置し,そのまわりを第2領域「行為状況を経済的に分析する」,第3領域「経
済の体系的連関を説明づける」,第4領域「経済の枠組条件を理解し共同形成する」,第5領域「コン フリクトを広い視野から倫理的に評価判断する」の4領域が取り囲むというイメージでとらえられて いる(DEGÖB[2004:1][2006:1][2009:1])。そのような位置関係において構成されるものは, 普通教育としての経済教育が育成すべきであるとドイツ経済教育学会によって考えられている能力で ある。それは「経済的な考え方を使った,経済・国家・社会の自覚的な認識(Orientierung)」を踏ま えた「自律的で責任ある決定や行為」の能力および「経済的な実情・連関・問題・解決についての倫 理的熟考的判断」の能力である(DEGÖB[2004:4])。後期中等教育段階(ギムナジウム上級段階) 用の教育スタンダードでも,「社会的責任における自己の生活の形成」における「生存準備や職業志向」 のため,「民主主義社会における共同関与」である「制度の共同形成」のため,経済教育が寄与すべき とされている(DEGÖB[2009:3])。「経済的な生活状況において確実に身を処し,社会的経済的展 開を適切に評価判断し,それを結果について意識しつつ責任をもって共同形成することができるコン ピテンス」(DEGÖB[2004:2]),すなわち,経済生活と経済社会の形成力が5つのコンピテンス領 域によって構成されるものである。前項の考察に従えば,第1領域とそれを取り囲む4つの領域が経 済生活形成力を関係づくり,それと同時に第2領域から第5領域という周囲の4つの領域が経済社会 形成力を関係づくると考えられていると解される。経済生活形成力や経済社会形成力を関係づくる各 領域はまた,各々に段階性をもつと考えられているといえる。 経済生活形成力は,第1領域をはじめとする5つの領域が構成する。第1領域は経済行為の意思決 定そのものの能力を求める。自他の経済行為の要因の分析能力を求める第2領域,経済行為と結びつ いた経済構造・過程の説明能力を求める第3領域,経済行為や経済構造・過程を枠づけたり制御・補 完したりする公的措置の説明能力を求める第4領域は,経済行為を前提となる要因,構造や過程,条 件,また,予測される結果との関係において熟慮し,事実的根拠をもって意思決定できるように支える。 経済行為決定の基準探求能力を求める第5領域は,経済行為を自他の多様な立場や社会全体にとって の意味において熟慮し,価値的根拠をもって意思決定できるように支える。第1領域と他の4領域は, 行為それ自体の吟味とともに,前提となるものや予測されることの検討,多様な立場や社会全体にとっ ての意味の検討を踏まえ,事実的・価値的根拠をもって経済行為の仕方を熟考的に意思決定すること で経済生活をよりよくしていく経済生活形成力を関係づくる。 経済社会形成力は,第2領域から第5領域の4つの領域が構成する。そのなかで経済制度や経済政 策などの公的措置の説明および吟味判断の能力を求めるのが第4領域である。経済行為の分析能力や 経済構造・過程の説明能力を求める第2・3領域は,公的措置を現実の経済社会や実際の結果あるい は予測される結果との関係において熟慮し,事実的根拠をもって判断できるように支える。公的な措 置の判断基準の探求能力を求める第5領域は,措置を対立する多様な立場や社会全体にとっての意味 において熟慮し,価値的根拠をもって判断できるように支える。第2領域から第5領域の4つの領域 は,措置そのものの認識とともに,現実の経済社会や実際的・論理的結果の検討,多様な立場や社会 全体にとっての意味の検討を踏まえ,事実的・価値的根拠をもって公的措置の必要性と妥当性を熟考 的に判断することで経済社会をよりよくしていく経済社会形成力を関係づくる。 経済生活形成力と経済社会形成力は別々のものとされているわけではない。経済社会のなかで経済 生活そのものをつくりだしていく直接的な経済生活形成力を第1領域とそれを取り囲む4つの領域が 関係づくり,経済生活をよりよいものにするために経済社会を新たにつくりだしていく間接的な経済 生活形成力としての経済社会形成力を周囲の第2領域から第5領域の4つの領域が関係づくる。この 教育スタンダードは,一定の枠組のなかで行為できることとともに新たに枠組をつくりだせることを 求め(Remmele[2009:93-94],参照),直接的な経済生活形成力と間接的な経済生活形成力である 経済社会形成力とを二重的に関係づくるものとしてコンピテンス領域を設定しているといえる。
さらに,経済生活・経済社会形成力を関係づくる5つのコンピテンス領域は,それぞれに段階化さ れている。例えば,第1領域「決定を経済的に基礎づける」では,先ず初等教育段階において,消費 や生産・販売体験において対費用効果をはじめとする基本的なポイントに基づいて決定できることが 重視されており,さらに前期中等教育段階において,家計の運営や職業選択において現実の諸条件な ども勘案して決定できることが重視されている。第4領域「経済の枠組条件を理解し共同形成する」 では,初等教育段階において,公的措置の役割を解説できること,身近な公的課題に気づいたり身近 な公的措置を意味づけたり自分の立場から点検したりできることが重視されており,前期中等教育段 階において,公的措置の課題や様々な方法・内容を説明できること,現実の経済状況の分析や予測な ども踏まえて現行の措置や新たな措置の必要性や妥当性を吟味判断できることが重視されている。学 校段階の進行にあわせ,各領域では要求することの幅を拡げ,質的な水準を高め,また,他領域の能 力との関連化をすすめている。初等教育段階の学習者も「活発に経済的な行為を行い影響を与える主 体」であり,「経済的過程によって影響をうける存在」でもあり(DEGÖB[2006:3]),5つの領域 のコンピテンスを日常の事柄に即して学ばせられるし,経済生活の形成とそのための経済社会の形成 に向けて子どもなりに学ばせるべきと考えられ,個々の領域において要求内容が段階化されている。 この教育スタンダードでは,経済生活・経済社会形成力が5つのコンピテンス領域の二重関連的構 造と初等中等教育にわたる段階的構造でとらえられ,それに基づいて各学校段階のパフォーマンス・ スタンダードが提示されている。そのような教育スタンダードの作成理由を考察しよう。 (2)経済教育スタンダードの作成理由−初等中等経済教育改革の方向提示と条件整備 ドイツ経済教育学会版教育スタンダードは法的拘束力をもつものではない。にも拘わらず,同学会 はその作成に尽力した。この教育スタンダードの作成理由は次の2つに整理することができる。 その1つは,経済教育を意義づけなおし,経済関連教科がどのように設定されようとも果たさなけ ればならない役割を明らかにし,経済教育の改革をすすめる実質的な方向を提示するためである。 ドイツ経済教育学会は,「普通教育の不可欠な構成要素」(DEGÖB[2004:3])である経済教育が「普 通教育の学校制度において,現在のところ,不十分にしか保証されていない」(DEGÖB[2004:10]) と受けとめる。なぜなら,経済教育は前期中等教育段階から本格的に開始されることになっているが, その前期中等教育段階において実際には経済関連教科の設定や内容が学校種また州によって異なって おり,限定的な経済教育に留められていることがけっして珍しくないからである(DEGÖB[2004: 10-11])。例えば,基幹学校では,他の学校種と違って,公民系教科に加えて職業準備系教科でも経 済教育が行われるが,それは経済行為の学習を中心とするものとなりがちであり,したがって「そ こでは経済教育のコンピテンスの確かな育成は稀にしか行われることがない」(DEGÖB[2004:10]) ととらえる。最低限の経済教育ですらドイツの全ての学習者に保証されてはいないと問題視する。 尤も,経済教育の中心役割は何か,共通理解があるわけではない。だからこそ,学校種や州によっ て異なった経済教育が行われている。経済教育の拡充の諸要求も相異なっている。ドイツ経済教育学 会は,経済教育を狭い意味での限定的な消費者教育や金融教育あるいは企業家教育などに特化させる ことには反対する。単に既存の経済の在り様を受容すること,そのなかで上手く適応して行動できる ようになることのみを狙うのであれば,「経済教育が実際的・経済的な行いの仲介のみに制限されてし まう」ことになり,「それは教育の批判的反省的次元を小さくしてしまう」からである(DEGÖB[2004: 4])。「個々の学習者は,生き甲斐のある社会を確保し,さらに発展させるため,社会共同生活におけ る経済的にうみだされた諸状況や諸構造において決定し,行動し,また,その形成に参加できるよう になるべきである」(DEGÖB[2004:5]),すなわち,「経済教育は,人々が成熟した判断,自己決定, 責任ある共同形成を行える能力を育むべきである」と同学会は考える(DEGÖB[2004:4])。経済認 識の教育を重視する立場,経済認識とそれに基づく経済行為の教育を重視する立場よりも経済教育の
役割を大きくとらえ,経済社会のなかでの経済生活の形成力,経済生活をよりよくできるための経済 社会の形成力の育成に普通教育としての経済教育の本来の役割を求めている。その経済生活・経済社 会形成力をドイツ経済教育学会は5つのコンピテンス領域によって明確なかたちで示そうとしている のである。「事象コンピテンス」「方法コンピテンス」「社会的コンピテンス」(BDA/DGB[2000:5-6]) といった一般的形式的なモデルではなく,「コンピテンスの専門領域的具体化」(Weber[2005:41]) を狙い,経済生活・経済社会形成力固有のモデルを5つのコンピテンス領域で表している。また,「学 校は子どもが自らの生活世界を理解すること,そこで行為すること,それを共同形成することを支援 するべきであるので,基礎学校においても経済世界は消滅されえない」(DEGÖB[2006:3])と考え, 初等中等教育で5つのコンピテンス領域を一貫させている。同学会は初等中等教育における経済教育 の役割を経済生活・経済社会形成力の育成ととらえ,それを教育スタンダードにおいて5つのコンピ テンス領域によって表すことにより,学校種や州また経済関連教科の違いに関わりなく全ての学習者 に育成しなければならないものは何かを提示し,既存の経済教育を改革していく実質的な方向を指し 示そうとしているわけである。 もう1つの理由は,経済教育の改革に向けた条件整備をすすめるためである。 コンピテンス領域を示し経済教育改革の方向を提言するだけでは実際に改革をすすめることは難し い。改革をすすめるための条件整備が必要である。そのために採用しているのがパフォーマンス・ス タンダードという教育スタンダードの形式である。ドイツではPISAショックなどを契機に,学力保証 政策の一環として,各州文部大臣会議の決議に基づいて理数系教科と言語系教科のナショナル・スタ ンダードがつくられた(原田[2007],大友[2009],他,参照)。その他の教科領域についても,法 的拘束力をもつものではないけれども,関連する学術団体によって開発されているケースがある(近 藤[2005:84-92],藤田[2007:2-3],服部[2008][2009b],他,参照)。それらで採用されている のがアウトプット指向のパフォーマンス・スタンダードである。ドイツ経済教育学会も,どのような 内容を学習者に学ばせるのかを示すインプット指向のコンテント・スタンダードではなく,ある時点 までに学習者が何をできるようにするのかを示すアウトプット指向のパフォーマンス・スタンダード を敢えて採用する(Weber[2005:29],参照)。というのは,パフォーマンス・スタンダードが「あ る一定の時点までに学習者が何かをできることを要求するだけでなく,その遵守に向けて教育の諸制 度も縛る」働きをするからである(DEGÖB[2004:2])。同学会はこの教育スタンダードにおいて, 独自のコンピテンス領域の設定に基づき,初等中等教育の各段階において学習者が何をできるように しなければならないかの「最低基準(Mindeststandards)」(DEGÖB[2004:10])を示す。それによっ て,州や学校種が違おうとも,関連教科が異なろうとも,統一的な基準に従って経済教育を実際に診断・ 評価し改善できるようにしようとする。と同時に,現状を改めて経済教育の質を確保していくための 関連教科のカリキュラムの開発や授業時数の拡大,教員養成の改善などを促そうとしているわけであ る(DEGÖB[2004:2・11-12],また,DEGÖB[2008],参照)。 ドイツ経済教育学会の教育スタンダードは,現状の経済教育を問題視し,様々な立場から異なった 要求がなされているなか,経済生活・経済社会形成力の育成という経済教育の役割を明確に示そうと するものである。とともに,パフォーマンス・スタンダードの形式において,初等中等教育の各段階 ごとの具体的な指針となる基準を示し,経済生活・経済社会形成力育成のための条件整備をすすめよ うとするものである。初等中等教育における経済教育の在り方を改めていくために方向を提示し,条 件の整備をすすめることが,この教育スタンダードの作成理由であるとまとめられる。 4.おわりに 以上の考察を3点に整理しよう。