障害者の演劇活動がもたらす社会関係性の変容 : 実践参加者へのインタビュー調査から
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(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第70巻 第1号 Journal of Hokkaido University of Education(Education)Vol. 70, No.1. 令 和 元 年 8 月 August, 2019. 障害者の演劇活動がもたらす社会関係性の変容 ― 実践参加者へのインタビュー調査から ―. 松本奈津実・安井 友康* 北海道教育大学大学院教育学研究科 *. 北海道教育大学札幌校 障害福祉研究室. Change of Social Interaction through Theater Activities of Persons with Disabilities ― Based on Interviews with Participants ―. MATSUMOTO Natsumi and YASUI Tomoyasu* Graduate School of Education, Sapporo Campus, Hokkaido University of Education *. Department of Welfare for Persons with Disabilities, Sapporo Campus, Hokkaido University of Education. 概 要 本研究は,障害者通所施設の利用者による演劇活動において,参加者の演劇活動に対する思 いや実感について聞き取りをし,参加者の実感の変化と演劇活動がもたらす社会関係性の変容 について分析を行った。その結果,参加者は当初,演劇活動に対して不安を感じていたが,次 第に様々な面白さを感じるようになっていた。それに伴い,職員は,利用者の成長やこれまで 気づかなかった潜在能力を発見していった。さらに利用者は,演劇公演がきっかけとなり,地 域社会に居場所を感じるようになっていた。このように,本実践では,障害の有無に関わらず 参加した者が楽しみながら,お互いを認め合うことができたと同時に,障害者が地域住民に受 け入れられ,地域に出て行くきっかけとなる経験ができたことが明らかとなった。この結果, 障害者の演劇活動への参加が,地域社会の社会包摂の促進につながる可能性が示唆された。. Ⅰ.はじめに. ン ) が,1995年 に「 エ イ ブ ル・ ア ー ト(ABLE ART=可能性の芸術)」という概念を提唱した。. 近年, 障害者の芸術活動に注目が集まっている。. その後,全国各地で障害者による芸術活動が盛ん. 日本では,1994年に設立された「日本障害者芸術. におこなわれるようになり,エイブル・アート・. 文化協会」 (現NPO法人 エイブル・アート・ジャパ. ムーブメントが巻き起こった。それに伴い,「エ. 145.
(3) 松本奈津実・安井 友康. イブル・アート」や「アート・ブリュット」「ア. の参加による自己効力感の向上やコミュニティ醸. ウトサイダー・アート」などの言葉がマスコミに. 成の効果,コミュニケーションに対する意欲の向. 登場する機会が増え,社会的関心が高まっている. 上について効果があることが指摘された。. (川井田,2013)。. しかしながら,このような効果があるとされて. 文化庁と厚生労働省はこのような動きを受け,. いるにも関わらず,障害者の演劇活動の実践は,. 2008年に「障がい者アート推進のための懇談会」. 他の芸術活動である絵画や造形と比較するときわ. を設置して報告書を公表した。その後,各都道府. めて少ないのが現状である。また,「障害者文化. 県単位で障害者の芸術活動に関する提言が出され. 芸術活動推進法」には,舞台芸術の分野に関する. るようになり,2020年には,東京オリンピック・. 言及も少なく,演劇的な舞台芸術活動について. パラリンピックに合わせて,日本財団とユネスコ. は,さらなる調査や研究が必要と思われる。. が共同して,東京を中心に日本全国で障害者芸術. 佐藤(2017)は,岩手県内全ての福祉事業所及. 祭を開催する予定になっている。. び特別支援学校を対象に,障害児・者の芸術活動. さらには,2017年, 「文化芸術振興基本法」の. 支援に関する実態調査を行なった。これによる. 一部が改正されたことを受け,2018年6月に「障. と,今後より良い芸術活動支援を行なっていくた. 害者文化芸術活動推進法」が施行され,障害者の. めの,あるいは新たに芸術活動支援を始めるため. 文化芸術活動全般の推進が求められることとなっ. の条件として,「制作支援による利用者の変化・. た。このように,障害者の芸術活動は,実践の広. 成果を知る」ことの必要性が指摘された。そこ. まりに付随して,社会的にも行政的にも注目され. で,実際の福祉事業所における演劇活動の実践か. 始めている。. ら,参加した利用者の実感の変化と共に,その成. 芸術活動は,当事者の楽しみのためのみに行わ. 果として,どのように社会包摂が進んだのかを明. れているのではなく,社会包摂(social inclusion). らかにすることが,障害者の演劇活動の実践を広. を促進するという効果も期待されている。社会包. めていくために重要であると考えられる。. 摂とは,social inclusionを日本語訳した言葉であ. 本研究では,北海道深川市の演劇プロジェクト. り,様々な違いのある人々が共に暮らすことがで. の実践を取り上げ,実践参加者へのインタビュー. きる社会を目指す考え方である。社会包摂の概念. 調査を行った。調査は,参加者の実感の変化や,. が日本において浸透するにつれて,芸術活動に. 実践が行われた地域社会において,どのように社. は,その社会包摂を促進する「機能」があるので. 会包摂が進んだのか,そのプロセスを明らかにす. はないかと考えられ始めた。2011年に閣議決定さ. ることにより,障害者の演劇活動の意義や成果に. れた「文化芸術の振興に関する基本的な方針(第. 関する基礎的知見を得ることを目的とした。. 3次) 」では,文化芸術振興の意義に,「他者と共 感し合う心を通じて意思疎通を密なものとし,人 間相互の理解を促進するなど,共に生きる社会の. Ⅱ.方 法. 基盤を形成するものである。 」と社会包摂に関わ. 1.対 象. る機能について記されている。. 本研究で取り上げる演劇プロジェクトは,北海. このような流れを受け,日本劇団協議会(2016). 道深川市にある障害者通所施設A(以下,施設A). は,日本劇団協議会正会員団体及び文化庁「劇. の全利用者と職員,学生や地域住民のサポートス. 場・音楽堂等活性化事業」採択団体等を対象に,. タッフが,演出家の指導の下に,共に演劇活動を. 団体やその構成員が実施している体験・参加型プ. 行ったものである。活動は3年間に渡って行わ. ログラムについて調査を行った。その中で,芸術. れ,本調査を実施した2017年は,二年目の年で. 団体による社会包摂活動の実態について,演劇へ. あった。練習は,2017年7月から11月にかけて行. 146.
(4) 障害者の演劇活動がもたらす社会関係性の変容. われ,2017年11月25日に地域の市民ホールにおい. 上げた演劇プロジェクト実行委員(以下,実行委. て上演された。. 員)2名と,演劇全体の脚本・演出を手がける演. 調査対象者が所属していた施設Aは,指定障が. 出家1名に非構造化インタビュー調査を行なっ. い者福祉サービス多機能事業所であり,約40名の. た。主なインタビュー内容は,演劇プロジェクト. 知的障害者が利用している。. 発足の経緯や,それぞれの立場から考える演劇プ. 調査対象者は,施設Aの職員と利用者とした。. ロジェクトに対する思いや捉えた方についてで. 職員からは,演劇プロジェクト実行委員かつ出演. あった。. 者であった2名を対象とした。一方,利用者から の調査対象者の選定にあたっては,事前に職員1. 3.期間及び場所. 名と打ち合わせを行った。打ち合わせの目的は,. 事前調査は,実行委員の2名に対しては,2017. 全利用者の中からインタビュー調査が可能な者を. 年5月26日に非構造化インタビューを行い,内容. 選出することであった。職員に利用者の普段の様. をフィールドノートに記録するとともに分析を. 子を尋ね,日常会話が可能であることを確認でき. 行った。演出家に対しては,2017年10月11日,非. た者をインタビューが可能であると判断した。そ. 構造化インタビューを行い,対象者の了解を得た. の後,選出した利用者の中から,無作為に抽出し. 上で内容をICレコーダーに録音した。. た利用者5名を対象者とした。調査対象者のプロ. 本調査は,2017年10月16日,調査対象者7名に. フィールは表1,表2に記した。. 対して,通所施設A内の相談室の個室で,一対一 の 半 構 造 化 イ ン タ ビ ュ ー を 実 施 し た。 イ ン タ. 2.データ収集. ビュー時間は,職員に対しては,1名に付き25分. 本研究では, 演劇活動の参加者の「思いや実感」. ~30分程度。利用者に対しては,1名に付き15分. という数量的には表せないものに焦点をあて,そ. ~25分程度であった。対象者の了解を得た上で,. のプロセスを明らかにするため,対象者への半構. 内容をICレコーダーに録音した。. 造化インタビュー調査を実施するとともに,質的 研究を行った。. 4.倫理的配慮. まず,本調査のインタビュー項目を作成するた. 研究の目的や方法,プライバシー保護,研究へ. めに,事前調査として,演劇プロジェクトを立ち. の自由参加についての説明書を作成した。調査協. 表1 調査対象者(職員)のプロフィール 対象者. 性別. 年代. 勤務年数 (H29年11月末現在). 備考. A. 男. 30代. 3年8ヶ月. 昨年度から利用者と共に出演している。. B. 女. 50代. 8ヶ月. 約10年間,障害者の演劇活動に携わっている。. 表2 調査対象者(利用者)のプロフィール 対象者. 性別. 年代. 障害福祉サービスの対象. C. 男. 40代. 就労継続支援B型. D. 女. 20代. 就労継続支援B型. E. 男. 30代. 就労継続支援B型. F. 男. 20代. 就労継続支援B型. G. 女. 40代. 生活介護. 147.
(5) 松本奈津実・安井 友康. 力者に対して口頭と書面で説明を行うとともに,. の概念や具体例が生成されないことを確認し,解. 同意を得た。なお,本インタビュー調査について. 釈が恣意的にならないようにした。最後に,カテ. は,本学の研究倫理審査委員会の承認を得ている. ゴリーの相互関係を分析の結果としてまとめ,簡. (承認番号:北教大研倫2017091005)。. 潔に文章(ストーリーライン)化するとともに, 概念とカテゴリーの関係を表す結果図を作成し. 5.分析枠組み. た。ストーリーラインや結果図の作成時には,スー. 木下(1999,2003)による,修正版グラウンデッ. パーバイズを受けた。. ド・セオリー・アプローチ(以下,M-GTA)を 参考にして分析を行った。本実践は,様々な立場 の人が関わり合い,相互作用を与え合う中で,参. Ⅲ.結 果. 加者の実感の変化や地域社会における社会包摂の. 1.事前調査. プロセスを明らかにすることを目的としたことか. 得られたデータを意味内容ごとにカテゴリー化. ら,M-GTAが適していると考えた。. した。その結果,①演劇活動そのものに対する考. ただし,M-GTAは具体例が少ない概念は採用. えに関する項目,②利用者に関する項目,③職員. しないため,本研究のように少数のデータ数に基. や利用者の家族に関する項目の3つのカテゴリー. づく研究に適していない側面があった。そこで,. が生成された。この結果を基にインタビュー調査. 生成した概念が成立するかどうかの判断には,事. の項目を作成した。. 前 調 査 で 得 た イ ン タ ビ ュ ー デ ー タ や, 筆 者 が フィールドワークの中で集めたインフォーマルな. 2.概念生成の実際. インタビューデータの具体例も含めて検討を行っ. 以下は,職員の語りから概念を生成する過程の. た。. 一部を例示したものである。 「ワークショップで台本を作りながら演劇活動. 6.分析の流れ. をする」ことについて,職員Aは, 「まあ,たの. 分析テーマを「障害者の演劇活動における参加. しんでやって,不安はありましたけど。ほんとに. 者の実感の変化からみる,社会関係性の変容プロ. たぶん,わからないまま,引き受けた感じです。. セスの研究」とし,分析焦点者を「演劇活動に参. なんか,ここまでおっきくなるとは誰も思ってな. 加した施設Aの利用者」と定めた。. かったと思います。」と語った。また,職員Bは,. 分析の流れは以下の通りである。. 「でも,そう最初ほんとにここに入る時に,演劇. まず,インタビューデータから,分析テーマに. はこんな感じって聞いてて,あ,不安って思って. 関連する箇所に着目して具体例を抽出し,分析. たけど」と語った。. ワークシートに転記した。その中で,抽出した具. この2つの具体例は分析焦点者にとって「対象. 体例の中から他の類似例を説明できると考えられ. 者が演劇活動という初めての活動において見通し. たものを概念とした。類似している複数の具体例. が持てないことや,一般的な演劇の練習と違い,. は,1つの分析ワークシートにまとめ,暫定的に. 演劇の練習時間が少ないこと,台本が完成する時. 概念名と定義を記入した。概念名と定義は,具体. 期が遅いことから不安感を感じている」と解釈で. 例が揃うにつれて適宜修正した。具体例が複数出. きた。そこで,「演劇活動という初めての活動に. てきており,研究テーマから考えて重要だと思わ. おいて見通しが立てられないことや,一般的な演. れたものや,インフォーマルなデータから具体例. 劇の練習と異なることによる不安」と定義し,こ. が散見されるものは,概念として採用し,複数の. の概念を〈初めての試みに伴う不安〉と命名した。. 概念からなるカテゴリーを生成した。また,対極. 他の概念も同様の手順で解釈し,概念の統合や削. 148.
(6) 障害者の演劇活動がもたらす社会関係性の変容. 除を行いながら,最終的に16の概念を生成した。. 演技ができるかどうか不安に感じていた職員は,. 生成した概念とカテゴリーは表3に示す通りであ. 自然に役を演じる利用者の姿を見て,次第にその. る。なお,以下の文章中においては,【コアカテ. 不安が薄れていた。. ゴリー】 , 《サブカテゴリー》,〈概念〉のように表. 演出家は,利用者は徐々に〈自分なりに工夫し. 記している。. て演じる〉ことにやりがいを感じ,お互いの演技 に対しても《面白さ》を感じ始めた。職員はその. 3.ストーリーラインと結果図. 利用者の様子を見て,利用者の〈普段と違う顔〉. ⑴ 参加者の実感の変化のカテゴリー. を垣間見ることに《面白さ》を感じた。また,イ. 参加者は活動開始当初,演劇活動に対して《不. ンタビューでは,日常生活でも社交的になった. 安感》を感じていた。当初の《不安感》には, 〈初. り,意欲的になったりする利用者の様子も多く語. めての試みに伴う不安〉や〈人前に出ることが苦. られており,その変化は演劇活動や公演を通して. 手〉といった2つの要素があった。その後,演劇. 感じられていた。そこで,結果図の下に〈演劇活. の練習中に,セリフや動きを覚えることに難しさ. 動を通じての利用者の変化や成長〉の概念を長期. を感じ始めた。そこで,〈演技に関する不安〉を. 的な変化として配置した。. 加え, 《不安感》のサブカテゴリーを図の左に作. 職員は,実感の変化のプロセスや利用者の変容. 成した。. を感じ,利用者の個性や能力を引き出す演劇を作. しかし,利用者は《不安感》を抱えながらも,. り上げることそれ自体に《面白さ》を感じるよう. 自分の個性を生かし,ありのまま自由に演じるこ. になった。. とを通して,次第に演劇活動に《面白さ》を感じ. また,参加者は,演じることの《面白さ》の他. るようになった。 〈利用者がありのまま演じる〉. に,サポートスタッフとして参加していた地域の. ことは,職員にとっても発見であった。利用者に. 住民や学生との交流を楽しみにしていた。そして. 表3 生成した概念一覧 コアカテゴリー. サブカテゴリー. 概念 初めての試みに伴う不安. 不安感. 人前に出ることが苦手 演劇に関する不安 利用者がありのまま演じる. 参加者の実感の変化. 面白さ. 自分なりに工夫して演じる 作り上げる面白さ. 利用者の変化 他者とのかかわり①(出演者). 普段と違う顔 演劇活動を通じての利用者の変化や成長 地域の人との交流 仲間意識 純粋に楽しんでほしい. 他者とのかかわり②(観劇者) 地域社会の社会包摂. 存在を知ってもらう 観劇者の反響 観劇者の言葉がけ 地域の中での居場所感 貴重な機会. 149.
(7) 松本奈津実・安井 友康. 演劇活動を行う中で,支援者と被支援者というそ. ことを励みにしており,公演後の〈観劇者からの. れぞれの立場を超えた〈仲間意識〉が生まれた。. 言葉がけ〉によって達成感や地域との繋がりを実. 以上を踏まえて, 《面白さ》のサブカテゴリー. 感しているようだった。そして徐々に〈地域にお. の概念を《不安感》の右側に孤のように広げ,参. ける居場所感〉を感じるようになっていった。. 加者の《面白さ》の広がりや深まりを表した。な. このように演劇公演は,地域住民に施設Aや利. お,参加者の実感に関する概念はグレーに,現象. 用者の〈存在を知ってもらう〉良い機会となって. や事象に関する概念は白に色分けした。ここまで. いた。さらに,先に述べた〈地域の人との交流〉. を【参加者の実感の変化】のコアカテゴリーとし. のきっかけにもなっており,その意味で,演劇公. た。. 演は参加者や観劇者にとって,〈貴重な機会〉で あった。以上をまとめて, 【地域社会の社会包摂】. ⑵ 地域社会の社会包摂のカテゴリー. のコアカテゴリーとした。結果図では,演劇公演. 演劇公演では,参加者は観劇者に対して〈純粋. が地域社会と利用者を繋ぐきっかけとして機能し. に楽しんでほしい〉という思いを持っていた。そ. ていることを表すように,施設内の外側に演劇公. の純粋な思いや演劇に対して,観劇者からは, 「感. 演さらには地域へと利用者の居場所が広がってい. 動した」や「見方が大きく変わった」 「こんなこ. くように概念を配置した。. とができると知らなかった」といった反響があっ. 結果図は図1に示した。. た。利用者は家族や知人が公演を観にきてくれる. 図1 結果図. 150.
(8) 障害者の演劇活動がもたらす社会関係性の変容. Ⅳ.考 察. を重視している傾向にあった。 即興的な要素を含めた演劇活動を行った結果,. 1.参加者の実感. 利用者は, 「演劇をやってね,もういろんなおしゃ. 本実践の特徴は,障害者だけではなく,職員や. べりもできるようになりました。すごい楽しくな. 学生,地域住民が参加したこと,出演者の個性を. りましたよ(利用者C)」と自身のポジティブな. 踏まえた配役を行い,即興を交えた自由度の高い. 変化を実感しており,利用者のコミュニケーショ. 演劇を創作したことが挙げられる。その自由度の. ンスキルの向上に関する語りが多くみられた。さ. 高さや,台本を作り上げながらの練習方法ゆえ. らに,「すごい自信がつきました。演技できるよ. に,参加者は活動開始当初,《不安感》を感じて. うになって。そうゆうふうになってきたかなっ. いた。しかし,職員Bの「最大限,その,障害を. て。(利用者E)」と利用者のポジティブな変化が,. もっている人たち,子の気持ちもわかっててね。. 利用者の自信につながる様子もうかがわれた。. その人柄っていうのもわかってて,作り上げて. このような当事者の主観的な自信は,自己効力. いっているじゃないですか。見たら。(中略)最. 感と呼ばれ(Bandura,1997),地域において障. 初台本ができて,それなりにそのまま演じるって. 害者が主体的に生活するために重要であると考え. のと,またちょっと違うじゃないですか。また,. られている(大塚,2002)。また,川井田(2011,. それが面白いなと思いますね。まあ,演劇は楽し. 2013)は,芸術表現が障害者のセルフエスティー. いですね」という語りにもあるように,次第に演. ム(自己効力感)を育むことを指摘しており,そ. 劇を創作することに《面白さ》を見出している様. の際に,「尊厳・敬意」を持って接してくれる他. 子が示された。. 者の存在,他者からの評価が重要であることを述. 《面白さ》については,利用者と職員で実感が. べている。利用者が,共に演劇活動を行った仲間. 異なっていた。利用者は,演じることを純粋に楽. としての他者や,観劇者としての他者など,多く. しみ,自分なりに演技を工夫し観客を楽しませる. の他者に認められる経験をしたことが,利用者の. ことに《面白さ》を感じ,職員は,利用者が主体. セルフエスティームを高め,自信を高めることに. となって演劇を作り上げることや,利用者の潜在. 繋がる様子がうかがわれた。. 能力を発見することに《面白さ》を感じていた。. しかし,参加者の中には,利用者の変化や成長. この実感の違いは,芸術活動のもつ価値の二面. について,「変化した実感はない」と回答した者. 性から言及できよう。伊藤(2017)は, 「芸術団. もいた。この変化の実感の有無について,大坂ら. 体における社会包摂活動の調査研究報告書」の中. (2006)は,「『日常生活や個人レヴェルで何かし. で, 芸 術 活 動 に は「 内 在 的 価 値 」(intrinsic. ら変化があったか』という問いに対し,『変化し. value)と「道具的価値」(instrumental value). ていない』としかいいようがない。というより,. の2つがあると述べている。「内在的価値」とは,. 既述のように教育目的的課題を設定し障がいの具. 芸術の本質的・美学的な価値のことである(伊. 体的改善を目指して活動しているわけでもなく,. 藤,2017) 。利用者は,演技を工夫し,演劇その. その視点での観察や分析の必要性を特に感じてい. ものを芸術的に高めることに《面白さ》を感じて. たわけではない,というべきだろう。」と述べて. おり,この「内在的価値」に価値を見出していた. いる。つまり実践者は,演劇活動を余暇活動とし. と推測できる。対して「道具的価値」とは,芸術. て捉える傾向にあり,当事者である障害者が楽し. が社会活動に応用されることで発生する,社会的. める活動を目標に活動が行われていたため,変化. 価値である(伊藤,2017) 。職員は,演劇活動に. や成長に着目することがなかったのではないかと. よって,利用者にもたらされるポジティブな変化. 推測できる。. を《面白さ》として実感しており,「道具的価値」. 151.
(9) 松本奈津実・安井 友康. 2.地域社会の社会包摂. あり,従来の居場所支援で指摘されてきた課題を. 【地域社会の社会包摂】コアのカテゴリーでは,. 解決する可能性を示唆している。以上のことか. 利用者が,演劇公演をきっかけに地域社会におい. ら,これまで利用者の「居場所」であった施設A. て居場所を感じ始めるというプロセスが明らかに. に「留まった」生活から,地域に出ていく活力を. なった。本研究で言う「居場所感」とは,個人が. 得られるのではないかと推測できる。. 「居場所がある」と感じる感覚を規定する概念で. インタビュー調査から明らかになった,利用者. ある。また「居場所」とは,「居場所感」を感じ. が居場所感を感じられるようになるプロセスは,. られる物理的空間や対人関係,時間や状況を含む. ストーリーラインや結果図で示した通りである。. 「場」を指す(西中,2014) 。演劇活動を経験す. しかし,概念;〈地域における居場所感〉の具体. る以前の利用者は,地域住民と交流する機会が少. 例の内容をみると,「なんとかその,必要な存在. なく,施設Aに出入りする者も職員や利用者の家. になってほしい。深川市で必要だし,みんなも周. 族に限られていたため,地域に居場所感を感じる. りの方が必要だし。(職員B)」などといった職員. ことが少なかった。しかし,演劇活動では,概. の「願い」や「希望」が多くを占めていた。その. 念; 〈仲間意識〉に示されたように,活動を通し. ため,利用者が,実際にどのような居場所感を感. て,学生や地域住民との仲間意識が芽生え,居場. じていたかについての評価は,今後検討する必要. 所を感じられる対人関係の広がりがみられた。こ. があろう。. れは,西中(2014)の定義する居場所感の構成要 素(①~⑥)のうちの「⑤連帯感」に当てはまる。 さらに, 「①被受容感(他者からの受容)」では,. Ⅴ.まとめと今後の展望. 概念; 〈存在を知ってもらう〉や〈観劇者からの. 本研究では,演劇プロジェクト参加者の実感の. 言葉がけ〉で示されたように,観劇者に公演後の. 変化と社会関係性の変容プロセスを明らかにする. 客出しや後日に街中で,「良かったよ」,「感動し. ことにより,障害者の演劇活動の意義や効果に関. た」などと言葉をかけられ,他者から認められる. する基礎的知見を得ることを目的とした。定量的. 経験があった。この経験から,利用者は,それま. な調査を実施することはできなかったが,インタ. で施設Aの中で感じてきた居場所感が, 「地域で. ビュー等の定性的な調査においては,演劇プロ. ちゃんと,ここが自分の居場所というか,感じら. ジェクト参加者が,演劇活動に対して一定の意義. れるというか(職員B) 」という語りにあらわれ. や効果を実感していることが明らかとなった。利. ているように,地域社会においても感じられるよ. 用者は「内的価値(伊藤,2017)」に面白さを感じ,. うになったと考えられる。. 楽しみながら活動を行う中で,セルフエスティー. 居場所については,様々な先行研究で取り上げ. ムが育まれ,ポジティブな変化が生まれるという. られており,多くの福祉事業所等で居場所支援が. プロセスが示された。また, 「道具的価値(伊藤,. 行われているが,利用者が居場所に満足し,依存. 2017)」については,利用者の潜在能力を明らか. してしまうといった課題も指摘されている。例え. にできることや,利用者が地域に居場所感を感じ,. ば,浅野(2010)は,引きこもり当事者のための. 地域社会に出るきっかけとなることが示唆され. 居場所支援の研究を行い, 「居場所の解説がひき. た。この意味で,本実践で行われた演劇活動は,. こもりのもう一つの支援である就労には結びつか. 障害者と周囲の者との社会関係性に変化をもたら. ず,居場所に留まる当事者の姿も明らかになっ. し,地域社会の社会包摂を促進したと考えられる。. た。 」と述べている。本研究の結果は,コアカテ. しかしながら,この「社会包摂を促進する機能」. ゴリー; 【地域社会の社会包摂】で示したように,. については,検討するための指標が定義されてお. 利用者が社会に出るきっかけとなるような要因が. らず,本研究ではインタビューデータを質的に分. 152.
(10) 障害者の演劇活動がもたらす社会関係性の変容. 析するまでに留まった。今後は調査研究を積み重 ね, 「社会包摂を促進する機能」の定義付けを行 うことが求められる。 さらに,本調査のインタビューデータが少数で. 劇団協議会. 厚生労働省(2008)「障害者アート推進のための懇談会」 報告書,厚生労働省. 文部科学省(2017)障害者の生涯を通じた多様な学習活 動の充実について(依頼) ,文部科学省.. あったこと,インタビュー対象者の立場が利用者. 西中華子(2014)児童期・青年期における居場所に関す. と職員と複数であったことから,今後はさらに多. る一考察:居場所感の視点から,神戸大学大学院人間. くの調査協力者のデータを収集,分析するととも に,参加者の立場の違いに着目した分析を進める ことも必要があろう。. 発達環境学研究科研究紀要,8⑴,151-164. 大坂克之.木村功.小林弘典.田中美千代.宮野英隆 (2006) 知的障がい者演劇集団「あいのさとアクターズ」の活 動報告とその考察,情緒障害教育研究紀要,25,4150. 大塚麻揚.天谷真奈美.柴田文江(2002)埼玉県立大学. 謝 辞. 紀要,4,181-187. 佐藤匡仁(2017)芸術活動を通した障がい者の生きがい. 本研究を行うにあたって,ご理解・ご協力いた. づくり 障がい者の社会進出を促進する公募展のあり方. だいた障害者通所施設Aの職員の皆様,利用者の. について 報告書,佐藤匡仁(研究代表),岩手県立大. 皆様をはじめ,演劇プロジェクト関係者の全ての 皆様に感謝申し上げます。. 学社会福祉学部.. (松本奈津実 札幌校大学院研究科) (安井 友康 札幌校教授) . 文 献 浅田(梶原)彩子(2010)ひきこもり当事者の「居場所」 支援に関する分析-家族・当事者・支援者の視点から-, 人間文化研究科年報,25,193-203. Bandura, A.(1997)Self-efficacy: The exercise of control. New York: Freeman. 文化庁(2011)文化芸術の振興に関する基本的な方針(第 3次基本方針),平成23年2月8日閣議決定,文化庁. 文化庁(2018)障害者による文化芸術活動の推進に関す る法律の施行について(通知),文化庁. 江本リナ(2000)自己効力感の概念分析,日本看護学会誌, 20⑵,39-45. 川井田祥子(2011)福祉(well-being)における障害者 の芸術的表現の意義:大阪府における障害者の芸術的 表現に関する実態調査にもとづく考察,創造都市研究, 7⑴,51-67. 川井田祥子(2013)障害者の芸術表現 共生的なまちづく りにむけて,水曜社. 木下康二(1999)グラウンデッド・セオリー・アプロー チ-質的実証研究の再生,弘文堂. 木下康二(2007)修正版グラウンデッド・セオリー・ア プローチ(M-GTA)の分析方法,富山大学看護学会誌, 6⑵,1-10. 木下康二(2003)グラウンデッド・セオリー・アプロー チの実践-質的研究への誘い,弘文堂. 公益社団法人日本劇団協議会(2017)「芸術団体における 社会包摂活動の調査研究」報告書,公益社団法人日本. 153.
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