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万葉集の敍景形式の一考察

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Academic year: 2021

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(1)Title. 万葉集の敍景形式の一考察. Author(s). 土田, 知雄. Citation. 北海道學藝大學紀要. 第一部, 7(2): 44-53. Issue Date. 1956-12. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/3604. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 第7 巻 第2 号. 昭和31年12月. 北海道学芸大学紀要 (第一部). 万葉 集 の 叙 景 形 式 の 一 考 察 -- 「見る」 「見ゆ」 を中心として-- 土. 田. 知. 雄. (北海道学芸大学旭川分校国文学研究室). f Scene Descripti。n in )A : A study on Forms。 ChikaO TSUG日工1 ’ and ‘ ‘△4iyu“ ”M[anyoshu“ 一一一center iru’ ing uPon verbs ”W1 ,. 古代和歌においては、 自然に対する作者の行為が、 叙景の経路として示されることが少くない。 ) 次の如 このような語句は、 叙景の前提として注意す べきであると思う。 すでに武田祐吉博士は、1. き作品の. 6 3-2 5 ) 補導 ~人麻呂( 飼飯の海の海上好くあらし刈薦の乱れ出づ見ゆ海人の釣船 の作を除いては 「 擬古 中世以後の作では 「 る について 見ゆ 」 用言の終止形を受け 、 見ゆを用ゐ 、 、 るが ないで、 景物の叙景に筆を止める。 見ゆは、 自然が作者たる吾に交渉する経路であ 、 これを省 いて、 客観的に自然を叙することになるのである。 それを正直に見ゆといふは、 古人の朴直なとこ ) 八 代 集 に お い て さ え、 き わ ろ で あ る。」と 説 かれ て い る。 同 博 士 の 説 の よ う に、 こ の 「見 ゆ」 は、 2. めてまれで、 古今集四季の 歌405首中、 わずかに1首だけである。 さ夜 中 と 夜 は ふ け ぬ ら し雁 が 音 の 闇 ゆ る空 に月 渡 る見 ゆ. 請 人しらず (i92). 後撰集以下、 新古今集ま での四季の歌中には1首も見えず、 新古今集霧旅歌中にようやく次の 1 首が見出されるだけであるが、 これはやや用 法が異る。 8 9 9 人階( ) 天さかる郡の長路を漕ぎくれば明石のとより大和島見ゆ しか も、 こ れ ら の 作 は、 い ず れ も 万 葉 集の 歌 を 伝 え た も の で ある こと は 言 う ま でも ない。 か よ う. に、 「見ゆ」 は叙景 形式として特殊なものである。 また、 筆者はさきに万葉集中 「見れど飽かぬ」 として賞美された対象に ついて考察したが、 それ らのうちで圧倒的に多かったのは、 水辺の景物であった。 それは、 水面の光輝現象に作者がいたく. 美感を抱いたためであろう。 しかも、 その光輝はいずれも強烈な光耀ではなく して、 おおむね穏和 として受入 な微光の美であった。 これは、 万葉人が微光を凝視することができて、 これを 「清し」 . のではなくて の色彩も 艶魔華美なも 、 むし れ ら れ た こ と に よ る の で あ る。 欠に多かった花や黄葉 、 も、 同 様 の 理 由 に よ る も の と言 えよ う。 こ こ に、 「見れ ど 飽 か ぬ」 と ろ清 楚 端 麗 な も の で あ っ た の・. いう句も、 単に形式的な賞美句としてのみ軽視することができない。 やはり叙景の経路として考察 する要 がある。 かくて、 万葉集における 「見ゆ」 「見る」 の諸形式は、 叙最形式として注意すべきで、 本論にお いては、 これらを中 心として考 察を進めたいと思う。 8~1 79 啓上 p EI 云 占吉博士 万葉集新f 欝 ) 武田i , .17 2) 国歌大観による。. - 44 -.

(3) . 万葉集の叙景形式の一考察 3) 拙稿. 7巻6号) 古代和歌における微光の美感 (国学院雑誌5 2. さて、 古代和歌における叙景歌の発生は比較的後期に属するが、 自然の景物に対する関心の跡は 記紀歌謡中にも多く 発見できる。 例えば、 ぬばたまの 黒き御衣を 夏具に 取り装ひ 奥つ鳥 胸見る時 羽織きも これも宜はず 辺つ浪 磯に脱ぎ棄て ………… 群鳥の 吾が群れ往なば 引け鳥の 吾が引け往なば 泣かじとは 汝は言ふとも 山処の むぞ. 若草の. 嬬 の命. 一本薄. 項領し 汝が泣かさまく 朝雨の. 霧に立た. … … … … (記5). においても、 主人公が自分の旅装を調べるさまを、 鳥の動作に輪えている が、 そこには素朴ながら 古代人の自然に対する関心が認められ、 自分の立去るさまを鳥の飛去るさまに味え、 別後のさびし い妻の様子を、 朝雨にぬれて立つ一本の薄に輪えているのは、 やはり彼等の体験から 出ていること. は疑いない。 今、 集中における・「見れ」 「見る」 「見ゆ」 「見え」 「見む」 「見つつ」 等の対象について検す 22例、 人事関係は 77例、 比輪の煤材を自然に求めているもの1 るに、 自然の景物を対象とするもの4 457例で 人事関係では愛人を対象とするものが2 98例である。 これによって見ても、 集中の「見る」 、 「見ゆ」 の対象は、 自然の景物が過半数を占め、 万葉人の自然に対する関心が尋常でなかったこと がうかがわれる。 今、 さらに範囲を短歌に縮小して、 その対象を自然・比輸・人事に分けて、 「見る」 「見ゆ」 の 主要な表現形式の使用度数を調べると、 次のようになる。 ちなみに、 集中比輪の煤材は、 ほとんど. これを自然の景物に求めている。 それゆえ、 これらを自然の部に加えても一応よいかもしれないが こういう場合は、 大部分相聞歌であるから、 この表では特立 させたのである。. 1表現形式i自 A. 然IE ヒ 葱L△. 事. 65. 3. 14. 30. 7. 13. 38. 17. 15. ゆ. 32. 4. 9. 見 ゆ る 見 え 見 む 見 ま く 見 ず. lo. 6. 13. 16. 23. 58. 35. 6. 59. 9. 7. 22. 7. 5. 25. 見 つ つ. 41. 3. 9. 見 れ ば 見れども 見 る. 群 見. 驚誓瓦 卒 孝 蓬昔蔑 も 皇 喜翻 〆もえ 類、 B群として人事をその対象とすることの多い 「見ゆる」 「見え」 「見む」 「見まく」 「見ず」 の類、 C群として、 A群に類してはいるが、 やや. 趣を異にする 「見つつ」 に分類 して、 万葉人の自 然に対する表現様式を 検することに しよう。 3. さて、 A群の考察にあたり、 前掲の古事記の歌 謡を想起 しよう。 先ず、 それにおいて、 歌謡の主 人公の動作を示す 「版り装ひ」′「胸見る」 「群れ. 往なば」 「引け往なば」 等の表現効果に注意せざるを得ない。 この歌は、 原始演劇に関係があると 認められて居り、 従ってかなり叙事的な性格を有するが、 その叙事化に与って力あるものは、 主人 公の行動を示す前掲の語句である。 言うまでもなく、 これらの叙事的な形式は、 素朴ながら叙景に 発展する因子を相当含んでいる。 かような意味で、 次の歌謡の表現形式も一考する要 がある。 ) (記42 千葉の 葛野を見れば 百千足る 家庭も見ゆ 国の秀も見ゆ おしてるや. 難波の埼よ. 島も見ゆ 佐気都島見ゆ. 出で立ちて. 我が国見れば 淡島 第能碁呂島. (記54) - 45.

(4) . 土. 田 .知. 雄. これらは、 すでに叙景歌の源流として挙げられているが、 未だ対象の把握が十分でなく、 表出も きわめて未熟であって、 前者は寿詞を列ねて国土の繁栄を期待した 「国ほめ歌」 後者もほぎ歌の一 ) 「国見の歌」 としての政治的性格 を指 ) 「読歌」 と称すべきものであろう。 北住敏夫氏は、2 種の1 摘 しておられるが、 筆者は 「ほぎ歌」 としての呪的性格をーそう強く認めたい。 この 「見れば」「見. ゴ ゆ」 は、 「ほぎ歌」 において、 角 ー目の物一つ一つに洩らさず歌詞を託けて行く形式として、 きわめ てふさわしいものと言えよう。 例えば、 記54番の歌謡においても、 「見れば」 に導かれた 「見ゆ」 の重出という形式によって、 短い形態の中に淡島・澱能碁呂島・横郷島・佐気都島の四つもの島名. を数みこむことができたのである。 そして、 この表現形式は、 やがて叙景的要素を獲得する道でも ある。 すなわち、 作者の行動の提起によって、 それを叙事化し、 次いで自然への注視へ導いて行き そこで行われた対象凝視の結果が、 「見ゆ」 という受動的な表現によって、 抵抗なく受入れられる. のである。 後代の個人詩と異り、 集団を予想しなければならない古代歌謡においては、 かような形 式によらなければ、 おそらく叙景的表現に踏出すのは非常に困難であったろう。 1 2 3 3-3 8 相坂をうち出でて見れば淡海の海白木綿花に浪立ち渡る ( ) この歌は、 形式的には記紀歌謡の 「見れば」 を継承し、 内容的にもその呪的性格をある程度受入 れていて、 . 叙景歌の発生を考えるのに好個の資料という べきである。 これを表面的に見れば、 単に 素朴な叙景歌に見えるかもしれない。 しか し、 この歌は、 淡海の国に妻のある人の妻どいの歌の反 歌であることを忘れてはならない。 緑青よし 奈良山過ぎて. もののふの. 宇治川渡り. 綿取り置きて. 淡海の海に. 沖っ浪. 妹が目を欲り. 我妹子に. 未通女等に 相坂山に. 来寄る浜辺を. くれぐれと. 手向草 独ぞ我が来る. 37 (i3-32 ). 道行ぶり形式であつて、 歌いものとして口詞されていたものであろう。 道中の平安を願 い、 つつ みなく妻と会うことを欲して、 言ほ ぎ手 向けつつ歩み行く作者の姿がうかがわれる。 かような歌は 同様な苦悩を 味わねばならなかった当代庶民の心に強く訴えたものであろう。 さらに、 この長歌の 32 36) の末句 「……山科の 石田の社の 皇神に 幣常取り向けて 吾は越 粉本と思われる長歌 ( ) 当時は夫婦別居の慣 え行く 相坂山に」 になると、 その古代的性格が一そう濃 厚に認められる。3 習のため、 夫婦の同棲がはばまれ、 かつ妻どいの折の途上の困難な どから、 相会の願望が強化され. それが歌の上に呪的色彩となって表われたものであろう。 こういう性格の長歌と、 その反歌がまっ たく異質であったとは、 とうてい考えられない。 「白木綿花に」 という修飾句には、 それが祭事に しばしば用いられたことから考えても、 これに道中の平安を願って善言美辞をもって言ほごうとす. る意図があったろう。 それとともに、 記紀歌謡に比較して、 たしかに自然に対する凝視に進歩の跡 がみられる。 それゆえ、 この反歌は、 長歌の叙事的手法を継承し、 これをさらに叙景へ一歩進めた ものと言えよう。 かくて、 叙景歌発生の重要な動機 と して、 妻どい途上における詠作を挙げたい。 かくて、 その道行の歌は、 叙景歌の主要な母胎と言うべきである。 この反歌においては 「見れば」 に伴われる下部の叙景的要素が、 長歌からの独立に有力に役立っている。 かような素朴な発想段階 においては、 表現形式の比重は決 して少しとしない。 ことに、 口詞性の強い歌においては、 一首の 成立に形式がかなり大きな力を持っている。. 難波門を霧ぎ出て見れば神さぶる生駒高嶺に雲ぞたなびく 0-4 2 3 8 0 ( ) 集中きわめて幼稚な発想法をとっている防人の歌の中にあって、 このように整い過ぎているほど の作を得たのは、 「見れば」 の表現形式の然らしめるところである。 これに対 して、 武田博士が4 ). 「船を漕ぎ出してからの作のやうになってゐるが、 それは恩ひ設けて詠んだのである。 」云々と説い ておられるのは 味わうべきである。 - 46 一.

(5) . 万葉集の叙景形式の一考察 なお、 「見れば」 は内容的にも注意すべきで、 その行動の行われる場所 は、 おおむね眺望のよい 山岳の頂や、 展望のきく景勝の地であることである。 そこにおいて、 行人は、 木綿や緋をも って手 向け祭り、 または旅のうたげを催して行 旅の安全を言ほいだのである そして かような土地にお 。 、 いては、 万葉人もそこに展開する国原の美 しいたたずまいや 海原の清かなゆたけさを見はるか し 、 て、 素朴な詩感の湧き起るのを禁じ得なかったであろう かような詩感を歌おうとする時には 先 。 、 行の歌謡の伝統形式である 「見れば」 「見ゆ」 によることがもっとも容易であり かつ仲間の支持 、 を 受 け る こ と が でき た の で ある。. さて、 記紀以来の 「見れば」 + 「見ゆ」 の形式をそのままに襲用した純叙景歌は 万葉集中には 、 ほとんどないといってよかろう。 これは興味ある問題と言うべきである それらの形 式を発展させ 。 たも のに、 次 の よ う な 諸 作 が あ る 。. 紀の国の雑賀の浦に出で見れば海 人の燈火浪の間ゆ見ゆ 7-1 1 ( 9 4 ) 難波潟潮干に立ちて見わたせば淡路の島に鶴渡る見ゆ ( 7-1 1 6 0 ) これらは、 きわめて叙景的要素が濃厚である その表現形式は対象の観照 を確実にし、 その表現 。 を的確にする 基盤となり、 ここに写実性の豊かな叙景歌となっている しかし 前者の 「 見ゆ」 は 。 、 用言の終止形を受けるそれとは極 を異にし 一首の下部における叙景的要素に付着 し 、 ており、 後者 の 「見わたせば」 は 「見れば」 に比して意味が拡大しておる そこに すでに 伝統形式の 変遷が認 。 、 められ、 叙景の深化を指摘できる。 しかし こういう形式で 「見れば」 の下部が写実に徹し 、 てい 、 る歌は きわめて少く、 この2首 だけである そして 次第に 「見れば」 または 「見ゆ 」 を欠いても 。 、 すぐれた叙景を果し得る段階に到達している これは 素朴からの離脱と見 てよかろう。 。 、 四極山うち越え見れば笠縫の島桃ぎかくる棚無し小船 高市黒人( 3-2 7 2 ) 田 児の 浦 ゆ う ち 出 で て見 れ ば 真 白 に ぞ不 尽 の 高 嶺 に 雪 は 零 り ける. 山部赤人( 3-31 8). 写実の歌風を定着させて、 叙景歌を高次に展開させたこれらの代表的自然歌人も 、 かような表現 形式によることが、 叙景歌の制作を容易にしたものであろう これらにあっては 。 、 「見ゆ」 を捨て たことによって一そう叙景的 効果を挙げ 上部の 叙事的表現もその叙景に協調し 、 ている。「見れば」 の中では、 もっとも 叙景的要素が 豊富であるが 自然を対象とする短歌65首中わず かにこの種のも 、 のは6首を教えるだけである。 磯に立ち奥辺を見れば海藻刈舟海人梯 ぎ出らし鴨朔・ る見ゆ 7-1 2 2 7 ( ) 里もげに霜は置くらし高松の野山づかさの色づく見れば. l o-2 2 ( 0 3 ) これらは、 いずれも一首の基調は叙景にあることは明かであるが 作者の推量を 示す句が 含まれ 、 ている。 それにもかかわらず、 叙景的要素が多いのは やはり作者の推量が 自然に 対する 凝視に 、 、 基づいているからであろぅ。 ここでも 作 者の推量は叙景を豊富にして 描写の単調を救 っている。 、 前者は、 「見れば」 「見ゆ」 の伝統形式の中に 早くも推量の句を含んでいる点 、 で注目される。 後 者は、 上部●に推量の句、 下部 に 「見れば」 を置いて 一首を構造して詠嘆的効 果をねらっている。 、 ことに、 その 「見れば」 は、 作者の行動説明がやや後退して 叙景的要素をーそう 加えているのは 、 一展 開と言えよう。 住吉の沖っ白浪風吹けば来寄する浜を見れば浄 しも. 7-1 1 ( 8 5 ) 秋芽子の散りゆく見れ ばおほほしく妻恋すらしさを鹿鳴くも l o-2 ( 1 0 5 ) 雨 隠 り 情 いぶ せ み 出 で見 れ ば 春 日 の 山 は 色 づ き にけ り. 大伴家持( 8-1 56 8). 「見れば」 の変化が見られ、 第一首 目では 作者の 叙景の前提となる行動が示さるべきと 、 ころに 「風吹けば」 の句によって、 下部の叙景そのものの前提が表示され 下部の 「 見れば は作者の心 」 、 境説明に用いられて、 「浄しも」 という美 感のよって来る経路を示している 従来と相違する 用法 。 - 47 一.

(6) . 土. 田. 知. 堆. であるといわなければならない。 第二首目も、 従来の 「見れを」 ではなく、その主語は鹿であって、 それに作者の秋景に対する感傷が移入されているので ある。 第三百目は、 伝統的形式にやや近く、 作者自 身の行動が提示されているが、 やはりそこに心境説明との連関を看過することができない。 しかしかように、 作者の主観 句を添加しながら、 やはり叙景的要素を相 当保有している ことは注目 すべきで、 それらの主観句が対象の凝視に基づいているので、 叙景的要素から遊離することなく、 叙景に協力 して いるのである。 ここで、 かような 「見れば」 の用法の変化について、 その理由を考究してみよう。 元来、 この形 式には、 作 者の行動を叙述する用法の外に、 作者の心境説明に用いられることが少くない。 前者の 場合は、 集団的発 生によるロ誠詩においては、 叙景的表現へ導いて行く好個の形式であった。 しか し、 当時の庶民にとっては、 初期の叙景歌とおぼしきものも、 その叙景形式のゆえに支持されたも のではなくて、 やはり相聞的興味によって歓迎されたものであろう。 これを叙景的形式として採用 A したのは、 大陸丈芸の刺戟によって叙景詩への眼を開いた知識人たちであったろうo 群の形式が 著しく 多くなるのは、 口話性の作品の多い巻11 、 巻12あたりであり、 これらを意識的に用 いていた 作者が 人麻呂・黒人等であることからも かく考えられる。 しかし、 歌人の自然観照の態度が進み、 和歌が長歌よりは短歌が喜 ばれ、 個人的創作が多くなると、 かような素朴な表現形式によらなくて も、 す ぐれた叙景詩が作られるように なる。 こぅなると、 作者の行動を叙景の 径路として、 わざわ ざ狭小な形態 の中で歌う必要がなくなったも のであろう。 み 吉 野 の 象山 の 際 の木 末 に は こ こ だ も 聴 く 鳥 の声 か も こ して 吉 野 な る 夏 実 のiHのiH淀 に 鴨 ぞ 鳴く な る 山 かげを. ) 山部赤人(6-924. 湯原の王(3-375). これらのように、 従来の素朴な表現形式を捨てて、 自然の秘奥に迫 ろうとしてい る。 かく見るな :歌に到達する過 渡期の踏み台として、 一時採 らば、 「見れば」 「見ゆ」 等の表現形式は、 真の叙昂 ば 「 は 用された形 式とも言 えよう。 そして、 見れ 」 、 作者の行動説明の用法が後退して、 心境説明 の用法が発達して行ったものであろう。 かくて、 八代集においても、 「見れば」 の前者の用法がほ と ん どな い 理 由 も 明 か に な ろ う。 (7-1175) 足 柄 の 宮 根 飛 で 越 え 行く 鶴 の と も しき 見 れ ば 大 和 し 念0まゆ 2) 8 大作坂上R i決(7-9 ぬ ば た ま の 夜 霧 の 立 ち て お ほ ほ しく 照 れ る月 夜 の 見 れ ば 悲 し さ. 前掲の叙景歌に おいても、 すでに 枠膚への傾斜の兆が見 られたが、 前者は相当に叙景的要素を有 しながらも、 一首の中心は汗情的で ある。 後者はこれよりもさらに 「見れば」 の心境説明の用法を 発展させている。 前者に比して、 風物に対する都 会人の繊細な感覚が認められ、 自然を情趣的に描 後期 こうとする意図が見られる。 これは、 ひとり坂上郎女 ばかりでなく、 家持を中 心とする、 奈良 識が動いてい 出そうとする意 の知識人の作 では、 これらの表現手法を用いて、 唯美的 な世界を描き る。 かような拝清的 色彩の強い作品にあっては、 「見れば」 は叙景的要素との交流点となり、 主観 ともい の過剰な奔 出を調節 して、 情景融合の妙を醸 成する役目を果している。 これら自 然の丹精詩 14首ほど教えることができる。 うべき種類は、. と 次に注意すべきは挽歌における効果である。 万葉集の挽歌では、 遺物によって故人を追慕する とすることがある。 いう手法がとられることが多いが、 次のように故人曽遊の地の一角をその材料 御 立 せ し島 の 荒 磯 を 今 見 れ ば生 ひ ざ り し草 生 ひ に け る かも. ) (2-181. が この一首を ここでは積極的に主観の表示はないが、 「見れば」 以下の自然注視の叙景的要素 、 た 生動させて、 相当に故人追悼の意を表出Lている。 ここにおいて、 叙景的要素を汗情に転化させ. 0 も の は、 や は り 「見 れ ば」 と い う 一 句 で あ る。 この 種 の も のは、 1 首 見 出 さ れる。. 「見れ ども」も、 その対象は自 然が多いが、 「見れば」 に比すれば、 叙景的要素はやや稀薄である。 一 48 一.

(7) . 万葉集の叙景形式の一考察 鴬の春になるらし春日山霞たなびく夜目に見れども l o-1 4 5 8 ( ) この種のものが、 この形式ではもっとも叙景的要素が多いが、 わずかに3 首だけで、 これに準ず 6首ある。 なお、 「飽かぬかも」( 14例) るものが1 7例) 1例) という 、 「飽かぬ」 ( 、 「飽かなくに」 ( 語句を伴なって、 自然を賞美するのに用 いられることが多い。 「飽かぬ」 という句は、 上毛野安蘇 の真麻群かき抱き寝れども飽かぬを何どか吾がせむ 1 4 0 4 4-3 ( ) 明けぬべく千鳥数鳴く白細の君が手枕いまだ厭かなくに. 1 1一2 8 0 7 ( ) のような相聞歌に用いられていたものが、 自然を賞美する最上級の句と して転用されたものであろ う。 白 露 を 玉 に な した ろ 九月 の 在 明の月 夜 見 れ ど飽 かぬ か も. o-2229 (l ). 慣用句とは言いながら、 やはり対象の注視が認められる。 しかし、 上部の観照が未熟である場合. に は、 凡 作 に な る こ とも 事 実 で あ る。. あを に よ し奈 良 の都 に た な び け る 天 の白 雲 見 れ ど飽 か ぬ か も. 02 (15-36 ). こ れ ら に な る と、 単 な る 叙景 に 止 らず、 望郷 の 念 を しみ じ み と 表 出 して い る。 この 種 の も の が、. 1 9首ほどある。 人事関係では、 愛人の賞美に主として用いられている。. 次 に 「見 る」 は、 「…… と見 る ま で」 と い う形 式 のも の が10首 ある が、 こ れ がも っ と も 叙景 的要.. 素が濃厚である。 海人小船帆 かも張れると見るまでに鞘の浦廻に浪立てり見ゆ. 2 7-1 1 8 ( ) 「海人小船帆かも張れる」 が単なる比味として浮上らず、 実感をもって下部の叙景に協力してい. る。 ただし、 この形 式も後期になると、 自然に対する生生しい実感が稀薄になり、 誇張的に用いら れるようになる。 次に少数ではあるが、 「見る」 に助詞の 「に」 「が」 を介して作者の主観を示す 句を添えるものがある。. 風莫 の 浜 の 白 浪 いた づ ら に 比 処に寄 り 来 る 見 る 人無 しに. 673) (9-1. 1例) 5例) 「見る」 対象たる自然を賞美するに、 「見る人無しに」( 、 「見る験 、 「見る人を無み」 (. 2例) とするものがあるが、 かかる場合は、 「見る人」 が必ず しも特定の人を指称するので 無し」 ( なくても、 丹精化するのが多い。 こういう形式を挽歌、 相聞歌に用いたものも あるが、 叙景的要素 が汗情を美しく潤色しているのが認められる。 「見る」 の類では、 自然の拝情歌でも、 その叙景的 要素は決して少くない。 もっとも、 まったく自然に関係ない作も12首ほどある。 「見ゆ」 は、 その語義からして 「見る」 と異なって受動的であるので、 客観的叙事的に傾く可能. 性が多い。 「見れば」 について述べたように、 観照の態度が素朴な段階にあっては、 この形式が叙 景歌に必要であった。 そして 「見れば」 とともに併用されていたのであるが、 この伝統形式によっ た純写実の作は、 集中には前述の2首に過ぎない。 推量の句を添えたものでは、 推量句を上部に置 き、 下部に 「見ゆ」 を置くもの17首、 上部に 「見ゆ」 を置くものが3首で、 この種のものが多い こ とは、 「見 れ ば」 の 場合 に 同 じ で ある。. 印南野は往き過ぎぬらし天づたふ日笠の浦に波立てり見ゆ. 1 7-1 7 8 ( ). 春 日 野 に 時 雨 ふ る見 ゆ 明 日 よ りは 黄 葉 か ざ さ む 高 円の山 藤原八東. (8-1571). 早くも 「見れば」 を捨て、 いずれも推量の句を含んでいるが、 推量の根拠が確実なので、 叙景効 果は相当に挙げている。 推量の句が多く用 いられるのは、 純写実よりも複雑な叙景を喜んだためで あろう。 しかし、 次の諸作になると、 さすがに写実が繊密になり、 もっとも叙景的要素が濃厚であ る。. 楽痕の比良山風の海吹けば釣する海人の狭かへる見ゆ 落ち激ち流るる水の磐に触れ淀める淀に月の影見ゆ - 49 -. 1 7 5 9-1 ) ( 7 1 4 9-1 ) (.

(8) . 土. 田. 知. 雄. 15 8番の 「風吹けば」 と同じく、 下部の叙景そのものの前提条件が提示 第一首目は 「見れば」 の1 され、 第二首目は叙景に徹しているのが注目され、 ことに 「見ゆ」 は伝統形式のそれと異り、 叙景 そのものに密着 しているのは一進歩を示すものと言えよう。 旅 に して 物 恋 しき に山 下 の 赤 の そ ほ 船 沖 に 梼 ぐ見 ゆ. 高市黒人(3-27 0). これは、 下部に叙景的要素を濃厚に有しているが、 これを根拠に旅愁が表出されている。 拝情は 表面上は積極的ではないが、 それだけ下部の句が一首の発想に与るところ大である。 この種のもの には情景融合 した佳品が見られる。 「見ゆ」 の類は、 著しく自然を対象とする歌が多く、 従って叙 3首に過ぎない。 その中自然を比職の煤材とする 景歌も A群中もっとも高い比率を示し、 汗情歌は1 6 ものを除くと、 自然に無関係の作はわずかに 首である。 しかし、 「見ゆ」 は、 集中余り用いられ ていない。 有名作者では人麻呂の6回が一番多く、 他のものでは圧倒的に 「見る」 「見ゆ」 の諸形 式を用いている家持がわずかに 2回であるのが特に注目される。 これは、 自然観照の態度が進むに. 従って、 受動的に 「見ゆ」 というような消極的態度は相容れなくなったのであろうし、 家持のよう な知識人の唯美的歌風とも相反するものがあったので、 多く用いられなかったのであろう。 かくて 「見ゆ」 もやはり 「見れば」 と同様に、 叙景歌の初期に用いられた形式であると言えよう。 そして. 他の話のように、 心境説明の用法などがなかったので、 汗情化に協調することも少なかったのであ る。 これが 「見ゆ」 の衰退の原因と見て誤なかろう。 以上、 A群の展開の跡をた どって、 それらが叙景的要素を多量 に有していながら、 必ずしも写実 の作品が多くない理由を考察してみた。 しかし、 この問題の解明にはさらに B群、 C群の検討が必 要である。. 註i) 折口信夫全集参一 p .429 2) 北住敏夫氏 万葉の諸相 p .3~18 3 ) 北山茂夫氏 万葉の世紀 p .14 ー 1 キ 1稿 防人の歌の一考察 (国学院雑誌57巻3号) 4) 武田軍 右古博士 万葉集全註釈十五 4. 「見ゆる」 を B群に入れることには問題 があるが、 叙景の歌は、 非常に少い。 7 3-3 5 縄の浦ゆ背向に見ゆるマ 中っ島核ぎ廻るブ編ま釣を為らしも ) 山部赤人( この程度のものが5首、 自然の汗情歌と称すべきものが2首ある。 これは 「見ゆる」 が連体修飾語. をつくるのに用いられていることが多 いので、 「見ゆ」 に比して叙景的要素に対する比重が軽いた . ‐. め で あ ろ う。. 磯かげの見ゆる池水照るまでに咲ける馬酔木の散らま ぐ惜しも. 2 0一4 1 5 3 ( ) この場合などは、 その地位はむ しろ副次的である。 人事関係に用いられた場合にも、 こういう傾 向が見られる。 恩 ひつ つ 寝 れ ば かも と な ぬ ば た ま の 一 夜 も お ち ず 夢に し見 ゆ る み空 行 く月 の 光 に た だ一 目 あ ひ 見 し人 の 夢 に し見 ゆる. F コ臣宅守(1 5-37 38) I. 10 (4-7 ). 1 0例)、 「夢にぞ見ゆる」( 1例) という形式が目立つ。 「見ゆ」 で 人事関係では 「夢にし見ゆる」( は 「面影に見ゆ」(4例) はあるが、 「夢に見ゆ」 は見出せなかった。 前者は条件法を受けた連体形 であるが、 後者は体言省略 による詠嘆的語法である。 愛人に対する思慕の情の高揚の然ら しむると 1202 ころであろう。 この形 式を勝地にまで転用 した歌 ( ) があるのは、 相聞歌と叙景歌との発想上. の連関を考えるのに、 興味ある資料である。 「見ゆる」 では、 人事関係のもの が20首ある。 )こ 「見え」 では、 叙景の作はあまり見出されない。 次はきわめて叙景的要素に富んでいるが、1 - 50 -.

(9) . 万葉集の叙景形式の一考察 れは偶発的のものであろう。 東の野にかぎろひの立つ見えてかへりみすれ ば月西渡きぬ 1-4 8 柿本人麻呂( ) この歌では、 自然凝視の対象は、 「かぎろひの立つ」 ばかりではなく、 「月西渡きぬ」 もあるわ. けである。 同じ 「見ゆ」 ではあるが、 「見ゆ」 は終止形を受けるので、 一首の叙景全体を対象と し 「見え」 は中止法に用いられることが多いので、 叙景の一部、 または従属的な叙景を担うだけに止 ることが常である。 従って、 作者の推量または主観を示す句によって、 情景の円滑な融合をはかり あるいは叙景的要素を足場に、 汗情に転ずるものもあり得るわけである。 生駒山木立も見えず落り乱れ雪の蝶ける朝楽しも. 村本 人麻呂(3-262). 蝦鳴く甘南備河に影見えて今か咲くらむ山振の花 4 8-1 厚見の王( 3 5 ) 前者はまだ叙景的要素が多いが、 後者は推量 にもとづく” 佳美の世界である。 この 「見え」 の類は 人事関係が72首あり、 愛人を対象とするものが多いのが注目される 。 あらたまの寸戸の竹垣縞目ゆも妹 し見えなば吾恋ひめやも 1 0 1-2 5 3 ( ) 庶民生活の中から生れ出た 「見え」 をそこに発見することができる。 比輪の歌は、 もちろん煤材 を自然に求めているのが多いが、 やはり庶民的色彩が強い。 ことに注意すべきは、 愛人が 「夢に見 え」 る と い う こと を 詠ん で い る も の が多 い こ と で あ る。 「見 ゆ」 で は 「面 影 に 見 ゆ」 が 4 例 あ る が 「見 え」 で は48例 の 多 き に 達 して い るこ と は 軽 視 で き な い こ れ は 。 、 「見 え こそ」 (115例)、 「見 え. 4例) 4例) けり」( 3例) 6例) 4例) というよ 、 「見えっる」( 、 「見えむ」( 、 「見えず」( 、 「見えきや」( うに、 願望・詠嘆・強意・推量・否定等の表現は、 この 「見え」 という活用形に多くよらなければ. ならなかったためであろう。 さらに考えるならば、 この 「見え」 の対象が愛人関係が多いのは、 万 葉人の異性関係に対する要望や悲嘆が強大であったために外ならない。 これなくしては、 かかる表. 現をとる必要はないのである。 今、 試みにB・C群の各巻における使用度数を短歌について見ると 次 のよ う に な る。 \ 巻. 形式\ 見. え む. 見 見まく 見 ず. T 十 .. = m 1 ▽ ▽ W W ~ m K. 4. ( ノ2ム =. 3. ( =4v 16. 1. リ コ4. 4. 2. 4 +「 フ7. 0. t I1. 7. 0. 1 ▲7 t 1. 1. T ▲4. 2. 3. 1 ▲・ ー1. 計. 6. 7 11 24. 見つつ. 0. 4. 8. X. 2. 笈 皿 XmXI VXVXWXWXt mX区. 6 17 24. I. 5. 5. 0. I. 0. I 13 17 12. 0. I lo. 3. 3. 2. 2. I. 3. 6. 3. 0. 0. I. I. 0. 0. 0. 3. 4. 4. 2. 3. 0. 2. I. I. 2. 2. 6 17 15. 7 26 44 42. I. 8 17. 5. 6. 4. 0. 2. 2. 4. 2. 3. 3. l. 4. 5E. 6. I. これ ら の分 布 状 態 を 見 て、 第 一 に 挙 げ な け れ ば な ら な い こ と は、 巻11・ 巻12・ 巻10・ 巻 7 の よ う. な作者未詳の民謡性の作品において、 B群の形式が多く見られることである。 次には、 大伴氏関係 の 相 聞 歌 を 多く 収 め る 巻4・ 巻8・ 巻20に B 群 が 多 いこ と、 さ らに 巻15に お い て も B 群 が多 い こ と で. ) この巻には巡訴伶人によって伝えられ ある。 先ず、 巻15であるが、 折口信夫博士 の説に従える誤 2 たかなりロ詞性の強いものがある。 それゆえ、 その一部は前掲の巻11以下の4巻の性格にかなり近. 似したものと言うべきである。 折口博士の説に従わないとしても、 この巻は配流とか海外渡航とか というような特殊な環境の下で詠まれたものであることを考慮に入れる必要があろう。 さて、 巻14の東歌では、 これらは余り多くは見られないが、 その発想法は集中か なり素朴なもの であるから、 質的に注意す べきである。. 佐 野 山 に打 つ や 斧 音の遠 か ども 寝 もと か 子 ら が お ゆ に 見 えつ る. 吾妹子を夢に見え来と大和路の度瀬ごとに手向わがする - 51 一. 3) (14一347. 1 4一3 1 ( 2 8 ).

(10) . 土. 知. 田. 堆. これらを見ると、 庶民の夫婦同棲を願望する心境が、 あわれにも切切 と歌われている。 巻11以下 の4巻においては、 東歌の強烈な衝迫はやや沈静されているが、 やはり庶民の苦悩や愁嘆がうかが われる。 これらに対 して、 家持を中心とする相聞歌では、 民謡的発想を借り来り、 貴族の恋愛の修 0例は、 遣新羅便や宅守等 が愛人 5において、 「見む」 の1 飾や誇張に用いられているのである。 巻1 との再会をいかに熱望していたかがしのばれる。 こういう傾向は、 「見え」 「見む」 にとどまらず、 「見まく」 「見てしか」 等にも認められ、「見 る」 という動作が将来に期待されるものには、 見るの対象は、 ,人事関係が多く、 特に愛人の場合が 目 立 つ。. 「見む」 では、 対象が人事関係のもの62首で、 自然の景物は38首であるが、 自然を対象とするも のでも、 人事との連関 が認められ、 汗情化の傾向が強い。 6-9 6 7 ( ) 難波潟潮干の余波委 曲に見む家なる妹が待ち間はむため l o-2 1 7 2 ( ) わが屋戸の尾 花おし鹿べ置く露に手触れ吾妹子散らまくも見む. これらにおいても、 直接の対 象は余波、 露ではあるが、 妹、 吾妹子なしには、 この歌の成立は考 えられない。 また、 自然を詠んだものも、 叙景 が作者の予想・意志を根拠にしているので、 迫力に. 乏しく感ぜ られる。. こ の 暮 秋 風吹 き ぬ 白 露 に あ ら そ ふ 芽 子 の 明日 咲かむ 見 む. o-21 02) (l. ) 「雨露が花を咲かせようとし、 木草の このように、 何か寓意さえも感じられる。 武田博士が、3 花が、 一往それを拒むやうにあらそふ考へかたは、 男が女を誘った時の事情に思ひを寄せてゐるら しい。 」云々と説いて居られるのを参考とすべきである。 それほ ど、 この種の歌は叙景力 が薄弱であ るというべきである。 かくて、 むしろ汗情的な作品にすぐれたものがある。 さ 桧 の 隈 桧 の 隈 川 に 馬 駐 め 馬 に 水 飲 へ 吾 よそ に 見 む. 4一3069 ) (1. 小 筑 波 の 繁 き 木 の 間 よ 立 つ鳥 の 目 ゆ か汝 を 見む さ 寝 ざ ら な く に. (14一3396). いずれも口罰されていたとおぼしく、 庶民の切 実な声を聞くことができる。 この場合には、 自然 の風物は、 直接の対象ではないが、 この作品の郷土色を出すのに効果がある。 「見まく」 においては、 圧倒的に人事関係の作が多く、 愛人を 「見まく」 欲りする心を歌うもの が大部分で、 叙長的傾向のものは、 わずかに6首に過 ぎない。 「見てしか」 においても、 同様であ って、 自然を詠んだも のは、 6首中わずかに2首である。 「見ず」 においては、 恋しい人と 「相見ず」 して嘆き悲しむ歌が、 大部分を占めている。 自然を 詠んでいるものは7首ほ どである。 これに対 して 恋の嘆きを中 心とするものは24首に上っている。 今 だ に も 目 な 乏 しめ そ相 見 ず て 恋 ひ む 年月 久 しけ ま く に. 77 ) (11-25. 庶民生活を濃厚に反 映した作品と言えよう。. l k ) 森不治青博士 万葉集の写実美 (万葉集講座第二巻) i f 02一515 2) 折ロ信夫全集第一巻 相間の発蓬 p .5 3) 武田縞古博士 万葉集全註釈八 5. 前述のように、 万葉人は 「見まく欲りする」 人を 「見る」 ことに対して幾多の障害があった。 こ. べき で あ こ に お い て、 「見 え」 「見 む」 「見 ま く」 に お い て、 願 望 や 期 待 と して 表 出 さ れた と い う. る。 一方、 こういう作者の,い湾は、 「見る」 ことの比較的容易な作者周辺の親しむ べき自然の景物 へと、 さらに言うならば、 容易に見ることを許されぬ愛人に比す べき可憐な風物へと移入されたと みることは許されぬだろうか。 今、 万葉人の 「見る」 対象として使用度数の多いものを若干 挙げて みると (長歌・旋頭歌も含む) - 52 -.

(11) . 万葉集の叙景形式の一考察 1 )山. …. 48. 河川. … 32. 月. … 28. に子 - … 24 封. 鳥. …. 24. 海浜. …. 24. 梅花. …. 16. 海湖. …. 12. …. 12. 橘. ・ . ・ r 12. 1 舟 叫 ・ 1 舟. … 10. 花. … 10. ブミ鷹【 … 10. 襖花. 雪. …. 12. これらをみると、 万葉人に畏怖や脅威を与えるものではなく、 親しみ愛し得る、 「見飽かぬ」 も. の である の で あ る。 そ れゆ え、 彼 等 は そ れ らを 「見つ つ」 愛す る 人 を 「しの ふ」 の で あ る。 こ の 間. の事情を語る 「見つつ」 について考えよう。 「見つつ」 は、 「しのはむ」 「思はむ」 「票はむ」 等 0首中31首に達する。 「見つつ」 の対象は、 前述のように、 多く自然に目を 向け を伴なぅものが、 5 ているにもかかわらず、 一首の基調は「見つつしのふ」を中心とする丹精的なものが大部分である。 これは万葉集の作品が多くの叙景的要素を内蔵しているにもかかわらず、 一首全体が汗情化する傾 向の作品が多い理由を説明するものと言えよう。 以上、 簡単ではあるが、 集中における 「見る」 「見ゆ」 を中心とした諸表現形式 が、 一首の発想 に果す効 果を考察し、 相聞歌から派生した叙景歌が、 再び汗情化を示す 経路を解明しようとした。. 2あたりに特に多かったことは、 主客の分化がようやく始まった また、 それらの分布が、 巻11・巻1 万葉初期の趨勢を反映するものであり、 これらの表現形式が人麻呂・黒人等に採り上げられて行く 過程を示している。 A群の諸形式を多く採用しているのは、 人麻呂に始まり、 黒人・赤 人等の叙景. 詩人か、 虫麻呂等の叙事詩人であることも、 これらがいかなる 方面へ展開して行ったかを示すもの であろう。 最後に大伴家持および彼を中心とする女性の作に、 ABC各群の諸形式が、 先行歌人に 比して著しく用いられていることは、 赤人の優美な方面を継承して、 すでに唯美的な世界への志向. を示した彼等が、 これらを技巧的に用いようとしているためであろう。 きわめて 大づかみな見方で はあるが、 これらの経過に筆者は、 「見れる」 が作者の行動説明を後退させて、 心境説明をもっぱ ら展開させ、 「見ゆ」 が自然観照の態度の確立ととも捨て去られ、 これを中心として A群の他の諸 形式もこの傾向に同調して行った跡を認めることができる。 ことに、 歌の制作が次第に貴族の手に 移るに従い、 歌もようやく情趣化され、 BC群の諸形式も盛んに用いられるようになって行ったの T 愈系の二表現の盛行の兆を認める こ ) 早くも平安期における寄物陳思ならびに誓I である。 かくて、2. 31 ) ( ,8 .31 が、 多くはやはり親 しむべき存在として歌われて 美を歌う場合もなくはない 菩EI) 万葉集では、 高山の崇高. と が でき る の で あ る。 い る。. 棋歌 (日本女学大橋判U .6所収) 2) 森本,拾吉博士 寄物陣,. 一 53 -.

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