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バングラデシュ人の考える教育学 -- 私にとってのコア・ジャーナル (特集 アジア地域研究と雑誌 -- 「コア・ジャーナル」を語る)

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Academic year: 2021

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(1)

バングラデシュ人の考える教育学 -- 私にとっての

コア・ジャーナル (特集 アジア地域研究と雑誌

--「コア・ジャーナル」を語る)

著者

日下部 達哉

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

198

ページ

28-31

発行年

2012-03

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00004039

(2)

  多くの地域研究者は、政治学や 経済学など、自分のディシプリン に も 関 わ り つ つ、 地 域 研 究 に 関 わっている。そして、ディシプリ ンと対象地域双方への興味関心が 交差する部分でジャーナルが発刊 されているなら、それはほぼ、自 分のストレートな関心を共有する 研究者たちが、議論を展開してく れているのだから、その研究者に とっては幸福なことであるに違い ない。私は、比較教育学という専 門に属しつつ、バングラデシュな いし南アジア地域を事例研究とし て調査している。このディシプリ ン に つ い て の 関 心 は、 『 比 較 教 育 学研究』という日本比較教育学会 が出している年二回発刊のジャー ナルが満たしてくれている。しか しこの中で南アジアを対象とする 論文にはめったにお目にかかれな い。また一方、バングラデシュの 地域への関心は、不定期に発刊さ れている『遡河』という雑誌が満 たしてくれている。研究者や仕事 など でバングラデシュに 深くかか わっている人々が、寄稿して深い 情報を届けてくれる。こうした雑 誌の存在が、私の研究生活を豊か なものにしてくれているのはいう ま で も な い。 し か し 残 念 な が ら、 日 本 あ る い は 欧 米 で バ ン グ ラ デ シュの教育研究という、自分の関 心に、ストレートに当てはまるよ うなジャーナルは存在しない。   では、 論文を書く場合、 どうやっ て情報を集めるかというと、経済 学や政治学など、他分野でよく参 照 さ れ て い る「 花 形 ジ ャ ー ナ ル 」 において、教育の話題が取り上げ られると、それを取り寄せる。こ の手法をとることで最新の情報は 追いかけられる。また情報収集と いう点でいえば、 二〇〇〇年以降、 バングラデシュの情報は、ネット 上にあげられたものや、日本に居 ながらにして入手できる資料も増 加してきている。現在、ネットの 検 索 エ ン ジ ン で 関 連 文 献 を 探 す と、主に、バングラデシュの教育 省や国際機関による開発プロジェ クトなどのサイトが現れる。こう して文献を集めることも可能であ る。しかし、 ネットの検索では 「世 界に公開する必要があっておもに 英語で公表された情報」について は、おびただしい量がヒットする も の の、 「 バ ン グ ラ デ シ ュ の 研 究 者たちがいかに教育を議論してい るか」などといった、自分本位の 情報は、そうそう転がっていない ものである。私は、そのあたりの 情報をもたらしてくれるジャーナ ル は な い か と 探 し た 経 験 が あ る。 本稿では、前半で、自分にとって のコア ・ ジャーナルに出会うまで、 を述べたのち、後半では、そのコ ア・ジャーナルをいかに活用して いるかに触れたい。

ア・

つくまで

  私がバングラデシュの教育につ いて研究を始めたのが大学院生で あった一九九九年である。院生時 代から一貫したテーマは、一九九 〇年以降、バングラデシュにおい て拡充された学校教育制度を、バ ングラデシュ農村の人々はいかに 受 容 し た か、 と い う も の で、 「 政 府や国際機関が教育制度を拡充し た」という普及の視点のみならず 「 人 々 が 拡 充 さ れ た 教 育 制 度 を ラ イ フ コ ー ス に い か に 組 み 入 れ た か」という、受容の視点も確保し て研究を進めてきた。調査の基本 は、 多くの地域研究者同様、 フィー ルドから得られる知見を重視する 経験的実証型であったが、 むろん、 多くの資料にも頼った。収集の際 は、あまり得意ではないダッカ市 内を、ベビータクシーの排気ガス を浴びながら走り回ったが、統計 については、当時は紙媒体で、教 育関係の統計を扱っているBAN BEIS(バングラデシュ教育情 報統計局)を訪問したり、ニュー

考える教育学

︱私

―『コア・ジャーナル』を語る―

(3)

マーケットというところにある書 店 で 入 手 し た り し て い た。 ( 現 在 はネット上で、かなりの程度まで 入手可能になっている) 。   また定期購読できるものについ ては、日本で購読できる、日本南 ア ジ ア 学 会 編『 南 ア ジ ア 研 究 』 “Journal of the Japanese Asso cia -tio n fo r S ou th A sia n Stu die s ”“ In -te rn ati on al Jo ur na l o f S ou th A sia n Studies ”や、 先 述 の 日 本 比 較 教 育 学会編 『比較教育学研究』 がある。 し か し、 日 本 南 ア ジ ア 学 会 の ジャーナルの中で、教育について 研究対象となった論文が掲載され た の は、 研 究 ノ ー ト も 含 め る と、 Sa sa k i [ 2 0 0 4 ]、 M in am id e [ 2005 ]、 南 出[ 二 〇 〇 八 ]、 の 三 本である。また、九〇年代から二 〇一一年までに、日本比較教育学 会の学会誌である『比較教育学研 究』に収録された南アジア教育の 関 連 論 文 は 一 一 本、 「 特 集 」 に お け る 論 文 は 二 本 で あ る( た だ し、 一国研究か、比較対象に南アジア 地域を明示的に含む研究以外は除 く) 。数の問題では決してないが、 一九八〇〜九〇年代の南アジアに おいて多種多様な教育的営みが存 在していたことを考えれば、南ア ジア教育研究は、前記個別のモノ グラフを除いて長期間、空白地帯 であったといわざるを得ない。ま た、上記のジャーナルには、上田 [ 一 九 九 〇 ] に よ る 歴 史 の 中 の 日 印関係および弘中[一九九五]に よる日印英関係における教育借用 の研究、北村[二〇〇〇]による 東 パ キ ス タ ン に お け る バ ナ キ ュ ラーエリート台頭の背景を描いた 研究、さらには九〇年代半ばから 数年おきに登場する、南アジア各 地 域 の 教 育 事 象 を、 フ ィ ー ル ド ワークによって解き明かそうとし た武井 [一九九五] 、畠 [二〇〇二、 二 〇 〇 六 ]、 日 下 部[ 二 〇 〇 三 ] などの諸研究、また中には川野辺 [ 一 九 九 二 ] に よ る、 イ ギ リ ス に おけるバングラデシュ系移民の教 育 に 関 す る 論 文 も 掲 載 さ れ て い る。 また、ここでは詳細を述べな い が、 イ ギ リ ス の 比 較 教 育 学 の ジ ャ ー ナ ル “Compare ”に お い て も、一九七五年から二〇一二年ま でで三十四本の南アジア関連論文 が発表されている。 これらの中に は、 私が必要とした教育の質改善、 機会の平等、試験の公平性、量的 拡大の諸相の解説など、重要なト ピックが多く含まれていることは 確かだったものの、自分の関心の 中 心 に 位 置 づ く で あ ろ う コ ア・ ジャーナルとしてはあまり考えた ことはなかった。また、最も問題 なのは、既存資料だけでは「バン グラデシュ人研究者の間で教育が どう議論されているのか、何が大 事 な こ と と 考 え ら れ て い る の か 」 という肝心なことがわからなかっ たことである。   バングラデシュ人の教育学研究 者が、自国の教育について語った 論文や著作はネット上ではあまり 見かけなかった。そうして集めた 資料を使って作成した自分の論文 は、核となる一次データについて は、バングラデシュ人の生の声を 反映しているものの、バングラデ シュ人研究者が不在のバングラデ シ ュ 教 育 論 を 語 り が ち で あ っ た。 教 育 と い う、 「 価 値 」 を 研 究 の 対 象とする比較教育学において、 「バ ングラデシュの教育研究者が教育 について何を考えているか」を捉 えることは私にとってとても大事 なことであった。そこで、そのこ とを知るため、大学院生のころバ ングラデシュの教育研究機関を訪 ねて歩いた経験がある。

●コア・ジャーナルとの対話

  バングラデシュの場合、教育事 業を取り扱うNGO (CAMPE、 BRAC等) やグラミンバンクが、 ドナーへの報告のため、教育事業 に 関 す る 報 告 書 を だ し て い る が、 公的機関である国立教育政策研究 所( Nat ional Academy for Educa -tio na l M an ag em en t : N A E M )や 、 ダ ッ カ 大 学 教 育 研 究 所( Inst itute of Ed uc ati on & R es ea rc h, U niv er-sity of Dhaka : I E R ) も 多 く の 教 育 学 関 連 出 版 物 を 発 刊 し て い る。私はできる限り訪問し、図書 館 や 資 料 室 を 渉 猟 さ せ て も ら っ た。   そうやってさまよい続けている うちにダッカ大学のIERで、比 較的、研究者独自の関心に基づい て書かれる傾向が高い、IERが 発 刊 す る“ Teacher's W orld ”と い う ジャーナルに出会った。私にとっ てのコア・ジャーナルはこれだと 思い、それ以降、バングラデシュ 人研究者が教育にどう関心を持っ ているか知りたいとき、これらの 論文を読むことにしている。私が 保 有 す る の は“ Teacher's W orld ”の 一九八八年発刊の第四巻からであ るが、二〇〇四年あたりから、仲 良くなったIERの先生に送って もらい、このジャーナルの論文を 活用してきた。このジャーナルに 寄稿するのは、発刊元であるダッ

バングラデシュ人の考える教育学―私にとってのコア・ジャーナル

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大 学 だ け な の で、 本 た こ と に も な る と い え 育 行 政 論 や 学 校 経 営 論、 た私は、ネットでも手に入る単純 な制度の説明では、納得がいって いなかった。表面をなぞったよう な制度の説明は、日本語でも入手 可能であったが、自らの農村での 経験と、教育行政の実態とをすり 合わせながら、頭の中でバングラ デシュに展開する教育体系とそれ にまつわる人々に関する立体像を 構成していく必要があった。先行 研 究 と し て 農 村 住 民 へ の イ ン タ ビューデータなどは、むしろNG Oの報告書などで報告されていた が、教育行政や教育社会学的な情 報 は、“ Teacher's W orld ”の ほ う に 豊富に掲載されていた。 たとえば、 五一一名の農村部小学校教員のプ ロ フ ィ ー ル を 詳 細 に 調 べ た Sid -diqur [ 1989 ] の 研 究 や、 各 タ ナ ( 郡 ) に お か れ た 郡 教 育 事 務 官 の 役 割 を 調 査 し た Roushan [ 1982 ] の研究などは、村の教育を見てき た自分にとっては非常に 首 しゅ 肯 こう でき る内容で、重要な先行研究となっ た。またそれらは、綿密な調査に 基づいたきわめて詳細な情報をつ たえてくれた。   また、バングラデシュを含む多 くの発展途上国では、タイのジョ ムティエンで「万人のための教育 世界宣言」が採択された一九九一 年以降、教育開発に関して追い風 が吹いた。これにより、世界的に 初等・基礎教育開発関連論文は増 加する。私の研究もその中の一つ であるが、バングラデシュはそう した論文の中で数多く登場するこ ととなる。しかし、そのような論 文の中で「バングラデシュ人の中 でいかに教育が議論されているの か」着目した研究はあまりみかけ なかった。そうして書かれた論文 に少しばかり違和感を覚えていた のも事実である。   こ の “T eacher's W orld ”で は、 一 九九一年以降、教育開発関連の論 文が出始めてはいるものの、教育 政策の側面で、研究や出版がかな り 盛 り 上 が り を み せ た ほ ど に は、 取 り 扱 わ れ な か っ た と い っ て よ い。むしろ農村部の教師の特性や 教育行政のありかた、小学校のド ロ ッ プ ア ウ ト の 量 的 分 析 な ど、 ミッション・オリエンテッドなも のではなく、研究者の関心に基づ いたアカデミック・ドリヴンな姿 勢が貫かれていた。二〇〇五年あ たりからは、女子教育や障がい者 教育など、福祉の観点からの教育 が 多 く 取 り 扱 わ れ る よ う に な っ た。 女 子 教 育 に つ い て は、 Kamu -runnnesa [ 1993 ] に よ る 女 性 の 識字の状況を分析した研究や、実 際にインタビューを行って女性の 教育アクセスとドロップアウト問 題 を 調 査 し た Mubina [ 2002 ] の 論文など女性研究者の手による論 文 が さ か ん に 登 場 し て き て い る。 また、年代を経るごとに、掲載さ れる論文の質は向上し、単に叙述 だけではなく、より分析的な論文 が 掲 載 さ れ る よ う に な っ て い っ た。   こういった姿勢には共感を覚え つつ、また自分の研究におおいに 役立たせてもらったのだが、なぜ 未 だ 登 場 し な い の か、 と い う ト ピックもある。それは、マドラサ ( イ ス ラ ー ム 神 学 校 ) の 研 究 で あ る。イスラーム国家であるバング ラデシュの教育制度には、マドラ サが、公的教育制度として組み込 まれている。しかし、手元にある “T eacher's W orld ”の 全 て を 見 て も、マドラサについて言及された トピックはない。バングラデシュ の教育開発でNGOが活躍したの は非常に有名だが、まったく同じ ように宗教セクターも、この国の 教育開発に貢献している。何本か の論文が掲載されていてしかるべ きではないだろうか。また、これ は不思議に思うのだが、執筆者た

(5)

ちは、バングラデシュに住んでい るのにもかかわらず、いくつかの 研 究 を 除 き、 あ ま り 現 地 調 査 を 行っていない。そこらへんは推し て知るべしだが、ぜひ、億劫がら ずにフィールドに出かけてほしい ものである。   とはいえ、論文を書く前には必 ず目を通すような「自分にとって のコア・ジャーナル」に出会った 私は、とても幸せだ。最近になっ て、大学院生を教える立場になっ たが、 バングラデシュの教育を専 攻する 院生たちには、ひととおり このジャーナルに目を通すよう指 示もしている。これからバングラ デシュの経済は発展し、その余波 は 教 育 に も 及 ん で く る に 違 い な い。 こ の“ Teacher's W orld ”の 論 文 の内容はそのときどう変わってい くのか、あてのない予想をするの も今、楽しみの一つである。 ( く さ か べ   た つ や / 広 島 大 学 教 育 開発国際協力研究センター准教授) 《参考文献》 ① 上 田 学[ 一 九 九 〇 ]「 教 育 制 度 を め ぐ る 日 印 英 の 相 互 関 係 ― シ ャ ー プ の 報 告 書 を 中 心 に 」 (『 日 本 比 較 教 育 学 会 紀 要 』  第 一六号   一〇三―一一二ページ 所収) 。 ② 川 野 辺 創[ 一 九 九 二 ]「 イ ギ リ スにおけるバングラデシュ系の 生徒の低学力問題」 (『比較教育 学 研 究 』  第 一 八 号   六 五 ― 七 八ページ) 。 ③ 北 村 友 人[ 二 〇 〇 〇 ]「 東 パ キ スタン時代におけるバングラデ シ ュ の 政 治 的 エ リ ー ト ― バ ナ キュラーエリート台頭の背景と 構 造 」( 『 比 較 教 育 学 研 究 』  第 二六号   二〇七―二二五ページ 所収) 。 ④ 日 下 部 達 哉[ 二 〇 〇 三 ]「 バ ン グラデシュにおける初等教育受 容の研究―イスラーム宗教学校 マ ド ラ サ と の 関 係 を 軸 に ―」 (『 比 較 教 育 学 研 究 』  第 二 九 号   一六九―一八五ページ所収) 。 ⑤ 武井敦史[一九九五] 「インド ・ アンドラプラデーシュ州におけ る初等教育計画に関する一考察 ― 初 等 教 育 援 助 の あ り 方 を め ぐ っ て 」( 『 比 較 教 育 学 研 究 』  第二一号   一二一―一三二ペー ジ所収) 。 ⑥ 畠 博 之[ 二 〇 〇 二 ]「 ネ パ ー ル に お け る カ ー ス ト / エ ス ニ ッ ク・グループ間の教育格差―格 差 の 実 態 と そ の 要 因 を 探 る 」 (『 比 較 教 育 学 研 究 』  第 二 八 号   一七九―一九六ページ) 。 ⑦ 畠博之[二〇〇六] 「ネパール ・ タライ地方の被抑圧者集団の教 育問題―教育格差の実態と学習 阻害・促進要因を探る」 (『比較 教 育 学 研 究 』  第 三 二 号   四 六 ―六六ページ) 。 ⑧ 弘 中 和 彦[ 一 九 九 五 ]「 国 際 教 育交流研究の手法―日印関係を 視 軸 に 」( 『 比 較 教 育 学 研 究 』  第二一号   二三―三〇ページ所 収) 。 ⑨ 南出和余[二〇〇八] 「『ブジナ イ』にみる子ども域―バングラ デシュ農村社会における子ども の 日 常 ―」 (『 南 ア ジ ア 研 究 』  第二〇号   五三―七六ページ) 。 ⑩ Sasaki H. [2004] School choice and divided primary educat ion: C as e st ud y of V ar an as i, U P state, India, Journal of the Japa -nese Association for South Asian Studies, No.16, pp.17-39. ⑪ Ka m ur un nn es a B eg um [1 99 3] Sit ua tio n of Fe m ale L ite ra cy in Ba gla de sh , T ea ch er's W or ld 1 6 (1 & 2), pp.67-72. ⑫ M in am id e K. [2 00 5] C hil dr en going to schools: School choice in a Ba ng lad es hi vill ag e, J ou rn al of th e J ap an ese A sso cia tio n fo r So ut h A sia n St ud ie s, N o.1 7 , pp.174-200. ⑬ R o u sh an A ra C h o w d h u ry [1 98 2] R ole o f t he A ss ist an t Thana Educat ion Officers in the Administrat ion of Primary Edu -ca tio n in B an gla de sh , T ea ch er's W orld 13 (7), pp.59-68. ⑭ M ub in a K ho nd ka r [ 20 02 ] A n Empirical Assessment of W om -en 's Lim ite d A cc es s t o Ed uc a-tio n an d H ig he r R ate o f D ro p ou t, Te ac he r's W or ld 2 4 -2 5 , pp.127-134. ⑮

Siddiqur Rahman [1989] A Pro

-file o f P rim ary Sc ho ol Te ac he rs, Teacher's W orld 13 (7), pp.1-8.

バングラデシュ人の考える教育学―私にとってのコア・ジャーナル

参照

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