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特集にあたって (特集 本の森への道案内)

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Academic year: 2021

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特集にあたって (特集 本の森への道案内)

著者

湊 一樹

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

240

ページ

2-3

発行年

2015-09

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003106

(2)

アジ研ワールド・トレンド No.240(2015. 10)  

2

彼女の著書が名のある文学賞を立 て続けに受賞していることに加え て、読書好きの人たちの間でも高 い人気を誇っていることからも、 この点は明らかである。   では、これほどの神業的な芸当 が、なぜ可能だったのだろうか。 その最大の要因は、彼女がそれま でに尋常ならざる量の読書をして いたことにあるのではないだろう か。実際、米原万里の書いたもの を読むと、最も重要な「幹」の部 分は、膨大な読書から得られた確 固とした知識に裏打ちされている ことがよくわかる。その一方で、 思わず笑ってしまうようなエピソ ード(例えば、同時通訳の内幕や 自身の失敗談)やどぎつい下ネタ ( 例 え ば、 参 考 文 献 ② の 二 七 二 ~ 五ページ)といった目が行きがち な 部 分 と い う の は、 あ く ま で も 「枝葉」にすぎないのである。   日本を代表するロシア語同時通 訳者として活躍するかたわら、作 家としても高い評価を受けていた 米原万里がこの世を去ったのは、 二〇〇六年五月のことであった。 作家デビューが四〇代半ばと比較 的遅かったうえに、二年半に及ぶ ガンとの闘病の末に五六歳という 若さで亡くなったこともあり、米 原が本格的に著述活動に取り組ん だ期間は、ほんの一〇年余りにす ぎなかった。   しかし、この短い間に生み出さ れた作品の数は驚くほど多く、軽 妙洒脱なエッセイ(例えば、参考 文献①~③)から自伝的要素を巧 みに取り入れたノンフィクション ( 参 考 文 献 ④ ) や 長 編 小 説( 参 考 文献⑤)に至るまで、その内容も 実に幅広い。そしてさらに、質の 高さもしっかりとともなっている。   おそらく、作品のなかに笑いの 要素をふんだんに盛り込でいるの は、単なるサービス精神からだけ ではないだろう。むしろ、学術論 文を書くように生真面目に筆を進 めてしまいがちな自身の性格や読 書によって培われた溢れんばかり の教養と知性をカモフラージュす るためなのではないだろうか。こ の見立てが当たっているかどうか は定かではないが、たいしたこと のない内容を高尚にみせようとす る書き手がたくさんいる(研究者 にもこういう手合いが実に多い) なかで、あえてその逆を行きなが ら、知的刺激に満ちた作品を書き 続けることのできた米原万里とい う作家が稀有な存在であったのは 確かである。   幼少期から思春期にかけて、彼 女が浴びるように読書をしていた ことを示す数々のエピソードにつ いては、本人のエッセイに譲ると して、読書に対する異常なまでの 情熱は、長じてからもまったく変 わることがなかったようである。 そのことを何よりもはっきりと物 語っているのが、作家としてデビ ューした直後から亡くなる直前ま での間に彼女が書いた全書評を収 録 し た、 『 打 ち の め さ れ る よ う な す ご い 本 』( 参 考 文 献 ⑥ ) と 題 す る書評集である。   六〇〇ページ近くあるこの分厚 い本からは、読書人としての米原 万里の「大食いぶり」と「雑食ぶ り」を知ることができるだけでな く(ちなみに、実際の食事につい ても、彼女の食欲と食べるスピー ド は 凄 ま じ か っ た と か )、 む し ろ そ れ 以 上 に、 「 労 多 く し て 益 少 な し」の典型ともいえる書評の執筆 という仕事を心から楽しんでいた 様子がひしひしと伝わってくる。 彼女の手による書評を読んでいる うちに、紹介されている本を実際 に読んでみたくなったとしても、 何の不思議でもない。   最初で最後となったこの書評集 の巻末に収められている「文庫版 のための解説」のなかで作家の丸

 

本の森への道案内

 

  一樹

[インド政治経済]

(3)

3

  アジ研ワールド・トレンド No.240(2015. 10) 谷才一は、派手好みの彼らしい表 現で、米原万里の本好きぶりを次 のように賞賛している。   「 何 し ろ 彼 女 は、 ス タ ー リ ン を き び し く 弾 劾 し た あ と で、 彼 が 『 激 務 の 合 間 に 一 日 五 百 頁 を 読 破 する読書家』であつたと書きつけ、 ほんのすこし、しぶしぶ、好意を 寄せるくらゐの読書人だつた。自 分と同じやうに本好きだと知ると 黙つてはゐられないのだ。いい人 ですね。かういふ人のいい感じも 私は好きだ。 」(参考文献⑥、五七 〇ページ)   丸谷は、この引用部分よりも少 し前の所で、書評家として米原が 優れている点を三つ挙げ、特に最 後の点を一段と強調している。   「 第 三 に、 一 冊 の 本 を 相 手 ど る のではなく、本の世界と取り組ん でゐる。   本といふのは単独の存在ではな い。何冊も何十冊も、いや、何万 冊も何十万冊もの本が群れをなし て宇宙を形成してゐる。たとへば 夏目漱石の『三四郎』なら、ヨー ロッパの教養小説の伝統(ゲーテ の『ウィルヘルム・マイスター』 とかフローベールの『感情教育』 とか)があつて、漱石がそれに親 しんでゐるから書くことができた。 その『三四郎』を読んで森鷗外が 刺 戟 さ れ て『 青 年 』 を 書 い た。 『 三 四 郎 』 や『 青 年 』 の せ い で 出 来た日本人作家の作品はあまりに も多くて、ここにあげきれない。 ( 中 略 ) 書 評 家 は 本 の 世 界 と 向 ひ 合ひ、この一大星雲とつきあはな ければならぬ。   米原万里はさういふ資格をきれ いにそして充分に持合せてゐる人 だつた。 」(参考文献⑥、五六八~ 九ページ)   本の世界というものがどのよう にして形成されているのかをとて もわかりやすく説明した一文であ る。この引用文のなかで、丸谷は 本の世界を「宇宙」や「星雲」に 例えているが、この特集では、あ えて本の世界を「森」に例えてみ ることにした。整備された遊歩道 に沿って着実に進んでいく(体系 的に読書をする)のもよいし、そ こから少し外れて、道なき道を自 ら切り開いていく(興味の赴くま まに濫読する)のもよいように、 森での散策(読書)には、人それ ぞれのいろいろな楽しみ方がある と思うからである。   「 森 」 と い う 表 現 に こ だ わ る の には、もうひとつ理由がある。薄 暗くて、静かで、ひんやりとして いて、書架に所狭しと本が並んで いる図書館のなかを歩いていると、 時として、鬱蒼とした森のなかに いるかのような錯覚に陥ることが あるからである。 *   *   *   今回の特集では、二〇名の選り すぐりの執筆者の方々に、大きな 影響を受けた本、お気に入りの本、 お薦めの本などを自由に挙げても らっている。実際に読んでいただ ければおわかりのとおり、期待に 違わぬ素晴らしい内容の書評が並 んでいる。みなさんの今後の読書 の指針として、是非ともご活用い ただきたい。   なお、専門分野、男女比(女性 八 名、 男 性 一 二 名 )、 所 属 先( 外 部 か ら 八 名、 ア ジ 研 内 か ら 一 二 名)などの面で大きな偏りが出な いよう執筆者の人選を行ったこと も影響しているのか、結果的には、 実に多種多様な本が紹介されてい る。また、執筆者間の調整などは 一切行っていないが、同じ本が複 数の執筆者によって取り上げられ ることもなかったという点を一言 付け加えておきたい。   最後に、みなさんの「本の森」 での散策に今回の特集が少しでも お役に立つことができれば、特集 の取りまとめ役として、これ以上 の喜びはない。   それでは、お気を付けて! ( み な と   か ず き / ア ジ ア 経 済 研 究所   南アジア研究グループ) 《参考文献》 ① 米原万里『不実な美女か貞淑な 醜 ブ 女 ス か』新潮文庫、一九九七年。 ② ―――『魔女の一ダース――正 義と常識に冷や水を浴びせる一 三章――』 新潮文庫、 二〇〇〇年。 ③ ――― 『ガセネッタ&シモネッ タ』文春文庫、二〇〇三年。 ④ ――― 『嘘つきアーニャの真っ 赤な真実』角川文庫、二〇〇四 年。 ⑤ ――― 『オリガ・モリソヴナの 反語法』集英社文庫、二〇〇五 年。 ⑥ ――― 『打ちのめされるような すごい本』文春文庫、二〇〇九 年。

参照

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