アジ研ワールド・トレンド No.251(2016. 9)
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エストニアは旧ソ連の構成国に
して、欧州北東に位置する、人口
一
三
五
万
人
程
度
の
小
国
で
あ
る。
二〇〇四年にEUに加盟し、すで
にOECDメンバーである点を考
慮すると、いわゆる「先進国」の
範疇に入るのかもしれない。しか
し、本特集の他の多くの諸国と同
様に、一九九〇年前後に民主化を
果
た
し
た
後
発
民
主
主
義
国
で
あ
り、
選挙という点に関していえばまだ
その経験は浅い国家でもある。以
下では、エストニアの選挙制度を
概説した後に、選挙戦のあり方に
ついて述べ、もっとも顕著な特徴
であるところのインターネット投
票に関して解説する。
●
選
挙
制
度
エストニアは議会を中心とした
議院内閣制である(象徴としての
大
統
領
は
間
接
選
出
)。
一
院
制
の
一〇一議席をめぐって、基本的に
は
比
例
代
表
的
な
原
則
に
の
っ
と
り、
議席を配分するが、その選挙制度
は少々複雑である。
細かい規定を省略して説明して
も、
次
の
よ
う
に
な
る。
有
権
者
は、
自身の選挙区に出馬している各党
の名簿から一人を選んで投票する。
この投票は、党の得票であると同
時に、候補者個人の得票でもある。
その投票をもとに、まずは、①全
国レベルで顕著な個人的支持(有
権者数の一〇一分の一の得票)を
得
た
候
補
が、
当
選
す
る。
②
次
に、
各選挙区で、ヘア基数方式で各党
に議席を配分し、得票の多い候補
順に(ただし基数一〇%以上の得
票者のみを対象として)当選者を
決める。仕組み上、全定数が埋ま
るとは限らない。③最後に、未定
の議席について、全国レベルで修
正ドント方式により各党に議席を
配分し、各党提出の全国名簿順に
当選者が決まる。第三段階は選挙
区と無関係なため、各選挙区の定
数と当選者数が一致しないことが
通例である。比例代表制を軸とし
つつも、誰が議席を得るのかを有
権者がコントロールできることを
目指した制度といえる。
とはいえ、第一段階で当選する
候補は非常に少なく、ほとんどの
議席は第二段階および第三段階で
当選する。そのため、最終的には
党としてどれだけの票を得られる
のかが重要であり、とくに第三段
階の当選者は党内事情によって決
ま
る
か
ら、
(
自
己
の
知
名
度
や
名
声
で票を稼げる)一部の有名政治家
を除けば、候補者の多くが個人の
利害より党の意向に服従する力学
が働く。選挙戦は基本的に政党単
位で展開されることになるといえ
る。
●
選
挙
戦
の
諸
相
しかし、選挙前にエストニアを
訪
れ
た
者
な
ら
誰
し
も、
「
選
挙
運
動
の見えづらさ」に気づくことであ
ろう。エストニアでは、選挙期間
中の屋外政治広告の掲示が全面的
に禁止されている。そのため、路
上を歩いているだけでは、エスト
ニアが選挙期間中であることには
気づきづらい。膨大な費用のかか
る屋外広告を禁ずることで、資金
力によって勝敗が決まることを避
けるという意味では、日本の文書
図画配布の制限に似たところがあ
るが、選挙期間外の掲示は禁じら
れていないため、選挙戦中には政
党の広告がみられず、選挙期間外
にこそ政党の広告を目にすること
があるという、ねじれた状況にな
っている(この辺りは、日本のポ
スター規制と類似している)
。
他方で、メディアを通じた政治
宣伝や、戸別訪問については、選
挙期間であっても特に禁止されて
いない。そのため、選挙期間中に
TVを付けると、頻繁に政党のC
Mを目にすることができる。特に、
二
大
勢
力
で
あ
る
と
こ
ろ
の、
「
改
革
党」と「中央党」は、お互いがお
互いを意識したCMづくりを行っ
ている。自宅に冊子が投函される
特集
選挙の風景
中
井
遼
エ
ス
ト
ニ
ア
の
選挙戦
と
イ
ン
タ
ー
ネ
ッ
ト
投票
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アジ研ワールド・トレンド No.251(2016. 9)
こともあるらしい。また、メディ
ア上の広告掲載に制限がないため、
雑誌やタブロイド紙には頻繁に政
党の広告が掲載されている。筆者
が二〇一一年の総選挙前にキオス
クをみていると、別の雑誌なのに
表紙が類似している、ということ
があった。何のことはなく、両誌
が同じ政党に対して一面の大部分
を広告として提供していたのであ
る。政党単位の選挙が中心となる
ため、各候補者が個別に広告を用
意・掲示するということはあまり
なく、党首や党重鎮が映ったポス
ター・CM・動画(ないし同様の
デザインで一緒に並べたもの)が
多い。
また、屋外で禁止されているの
は政治広告の掲示だけであり、集
会を行うことは禁じられていない。
こ
の
よ
う
な、
屋
外(
な
い
し
屋
内
)
での、ワークショップのような形
での政治宣伝は頻繁に行われてい
るようである。SNS上で事前に
イベントの告知を行い、既存支持
者の投票喚起や潜在的支持層への
訴えかけを行うことで、票固めを
行うといった意図がみられる。
●
イ
ン
タ
ー
ネ
ッ
ト
投
票
先述したように、エストニアで
はインターネットを通じた投票が
可能である。誤解されがちである
が、これは(選挙日当日の)通常
の投票に代わる新技術としてでは
なく、あくまで期日前投票の一環
として導入された。日本でもかつ
ては、二重の封筒に入れることで
期日前投票を実施していたが、こ
の二重の封筒による期日前投票を
電子的に実現しているのがインタ
ーネット投票である。選挙日当日
に行うことはできない。
自
宅
で
の
投
票
が
可
能
と
な
る
と、
投票環境の公正さに疑義が生じよ
う。極端なことをいえば、ある政
治勢力が、有権者をPCの前で脅
迫して、特定党派への投票を強要
することができてしまう。この問
題を予防するため、インターネッ
ト投票は何度でも投票のやり直し
と上書きが可能である。一重目の
封筒に書かれた名前が外からも読
めるように、投票したか否かは電
子政府システム上で追跡が可能な
ので、前回の投票を破棄して上書
きすることができるのである(具
体的な投票先を記録した「二重目
の封筒」を開ける電子鍵は選管メ
ン
バ
ー
の
み
が
保
有
し
て
い
る
た
め、
投票先の秘密は保たれている)
。
いくらでも再投票が可能となる
と、投票の誠実さが疑われようが、
過去のデータをみる限り再投票を
実施したのは、インターネット投
票
利
用
者
の
二
~
三
%
程
度
で
あ
る
(参考文献①)
。重要なのは、その
ような契機を用意することで不正
を予防することであり、逆にいえ
ば、
「
投
票
上
書
き
」
を
可
能
と
す
る
電子政府システムのないところで
インターネット投票を導入しても、
不正選挙の温床にしかならないと
いえよう。このことは、筆者が現
地でインタビューした際に電子政
府担当者が強く主張していた点で
もある。
な
お、
イ
ン
タ
ー
ネ
ッ
ト
投
票
は、
単にブラウザを開いて画面をクリ
ックして終了、というものではな
く、PCにカードリーダーを付属
させ、個人IDカード(もしくは
個人IDと紐づけられたSIMカ
ード入りの携帯電話)を認識させ
PWを入力して初めて可能となる。
投票用の専用アプリケーションは
Windows
・
Mac
・
Linux
の
み
で
作
動するので、携帯電話での投票は
できない。まれに、先述の認証機
器としての携帯電話利用と混同し
て、
「
エ
ス
ト
ニ
ア
で
は
携
帯
電
話
で
投票できる」とする解説をみるが、
これは誤りである。
近年は、全投票者の三割程度が、
インターネット経由の期日前投票
を行っている。選管事務局トップ
へのインタビューによると、かつ
ては若年層の利用率が少しだけ高
かったが、近年はほとんど世代間
の差がみられないとのことである。
特にエストニアの国政選は、まだ
雪の残る寒い三月に行われるため、
自宅から投票できるインターネッ
ト投票は高齢者にとっても有用な
方法になっている。ただし、投票
率
に
与
え
る
効
果
に
つ
い
て
い
え
ば、
あくまで既存の投票者がインター
ネット投票の利用にシフトしてい
るだけであり、新規の投票者を増
やす効果は確認されていない、と
いうことが学術・実務の双方にお
いて通説的な理解となっているよ
うである。
(
な
か
い
り
ょ
う
/
立
教
大
学
法
学
部政治学科助教)
《参考文献》
①
V
in
ke
l, P
., "
R
em
ote
E
lec
tro
nic
V
ot
in
g
in
E
st
on
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: L
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ali
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,
Im
p
ac
t
an
d
C
on
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,"
D
oc
to
ra
l
T
h
es
is
,
T
al
lin
n
U
ni
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rs
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f
T
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F
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y
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S
oc
ia
l
Sc
ie
nc
es
,
2015.
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