人のつながりを再興する -- スマトラ沖地震による
大津波のタイ被災地における図書館事業の実践から
(特集 災害と図書館)
著者
松尾 久美
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
210
ページ
28-31
発行年
2013-03
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00003751
一.はじめに
スマトラ沖地震による大津波の 被害を受けたタイ南部パンガー県 において、シーカー・アジア財団 ( 公 益 社 団 法 人 シ ャ ン テ ィ 国 際 ボ ランティア会のタイ現地法人、以 後SAFと略す)が実施した支援 活動を振り返り、その軸となった 図書館活動の地域復興における意 義を考えたい。SAFは、二〇〇 四年末の津波発生後、二〇〇五年 から二〇〇七年まで三年間、現地 事務所を設置し、事業運営の拠点 とした。この三年間の事業につい て被災者の生活形態の推移による 三 つ の 期 間 に 分 け て 述 べ て い く。 まず、被災直後からの一カ月間を 緊急避難期、次に、二カ月目から の約一年間を仮設住宅期、 最後に、 二年目からの二年間を復興住宅期 とする。二.
緊
急
避
難
期、
被
災
直
後
の
心
の
傷
を
い
や
す
―
移
動
図
書館の活動―
被災当日から三日目、現地入り したスタッフが目にしたのは、津 波のすさまじさを物語る光景だっ た。家や木はもちろんのこと、大 きなリゾート施設までもがなぎ倒 さ れ、 が れ き の 山 と 化 し て い る。 タイ最大の被害を受けたパンガー 県 ナ ム ケ ム 地 区 の 近 く の 寺 に は、 所狭しと並べられた遺体と、遺体 を棺に収容するボランティア、そ して、必死に遺族を探す家族たち の姿があった。言葉を失うような 状況のなか、 ニーズ調査を開始し、 まずは、当時、不足していた大型 テント、貯水タンク、学用品など の救援物資の配布を決定する。 被災当日から九日目、各避難所 に救援物資を届ける一方、支援状 況を確認する。タイ国内外で注目 を浴びた大津波のニュースの影響 により、比較的早い段階で救援物 資 の 量 的 確 保 は 整 い つ つ あ っ た。 緊急災害時に『衣食住』の保障が ひと段落した後、次に、必要なの は 心 の ケ ア で あ る。 S A F で は、 カウンセリングなどの専門的ケア はできないが、長年の経験を持つ 分野で、子どもたちをはじめ、お と な た ち に も、 少 し で も 元 気 なってもらうために『移動図書館 活動』の実施を決めた。 被 災 か ら 二 週 間 後、 絵 本 が まった移動図書館車で、各地の避 難所および保育園、小学校を訪問 す る。 一 カ 所 に つ き、 約 二 時 間、 三人のスタッフでお話しの活動を 進める。手遊びやダンスなどの気 持ほぐしから始まり、絵本の読み 語り、人形劇と徐々にお話しの世 界に浸ってもらえるような工夫を している。最後には、お話しを聞 いて楽しんだ子どもたちが今度は 避難所での移動図書館活動(瀬戸正夫氏撮影)災 害 と 図 書 館
松
尾
久
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人
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書
館
事
業
の
実
践
か
ら
―
移動図書館車のなかの絵本を自由 に選んで読む時間となる。ある幼 稚園でのこと。二歳くらいの女の 子がぽつんと座っていた。先生に よると津波で母親を亡くし、それ 以降、誰とも話さなくなり心配し ているとのこと。しかし、活動が 始まるとすぐ、隣にいたスタッフ の膝の上にあがりニコニコしだし た。人形劇になると、パペットに 夢中で話しかけ始めた。それをみ た先生は目頭を抑えていた。お話 しの世界を楽しむ周囲の雰囲気に 安心できたこと、パペットという 心を開きやすい媒体があったこと により、女の子の心が動いたと考 えられる。避難所においては、小 さな子から、大きな子までが、一 緒 に な っ て 楽 し む 姿 が み ら れ た。 さらに、子どもたちの笑い声につ ら れ て 集 ま っ て き た お と な た ち が、子どもたちの屈託のない笑顔 を目にして、束の間の心の平穏を 得る機会ともなっていた。この時 期の活動は、状況が飲み込めない ま ま 呆 然 と し て い る 子 ど も た ち、 悲嘆に暮れているおとなたちが一 時的にお話しの世界に浸ることに よ り、 不 安 や ス ト レ ス な ど か ら、 一旦、距離を置くことで、精神的 ダメージを軽減させようとする試 みであった。
三.
仮
設
住
宅
期、
復
興
へ
の
端
緒
と
な
る『
つ
な
が
り
』
の
場
を
つ
く
る
―
仮
設
図
書
館
の活動―
被災からの一年間は各避難所に おいて、テントから仮設住宅への 生 活 へ と 移 行 し て い っ た 時 期 で あった。SAFは被災後一カ月に 満たない頃から避難所に大型テン トの仮設図書館を設置した。場所 はバンムアン避難所。津波被害の 著しかった漁村ナムケム村の被災 者およそ九〇〇家族、三五〇〇人 が生活する避難所で、国内で最大 の被災者を抱える。数百のテント がひしめきあい、あちこちで干さ れた洗濯物が風に揺れているのが 印象的であった。 仮設図書館は大きなテントを二 つ 並 べ た だ け の 簡 単 な 造 り だ っ た。床には黒いビニールシートを 敷きつめた高さ三〇センチほどの 木組みの台を使用した。活動はS AFが運営する子ども図書館を模 しており、図書の貸し出しサービ ス以外に、絵本・人形劇などのお は な し の 活 動 や、 手 遊 び・ 工 作・ ゲームなどのレクリエーションを 提供する。 やって来る子どもたちは、表面 的には明るく振舞っていても避難 生活でのストレスや災害時のトラ ウマなどを内面に抱えている可能 性が高い。図書館スタッフは、子 どもたちの気持ちに寄り添うこと を旨とした。気になる子どもがい た場合も、災害時の状況および亡 くなった家族について、特に尋ね たりせず、話したいという子には 耳 を 傾 け る と い う 立 場 を と っ た。 あくまでも子どもたちが安心して 楽しむことのできる環境づくりが 目標であった。 平日、避難所の子どもたちが学 校から帰ってくるのは夕方四時ご ろ。常連の子どもたちは家にカバ ン を 置 い て す ぐ に 駆 け つ け て く る。絵本を読むため、あるいは活 動に参加するためという目的のみ ではなく、そこが安心できる自分 の 居 場 所 と な っ て い る よ う だ っ た。よい図書館をつくるうえで最 も重要な要素は、何といっても人 である。子どもたちが毎日、図書 館に訪れるのは、そこに自分を迎 える人がいるからであり、おとな たちが折に触れ訪れるのもそこに 自 分 を 知 る 人 が い る か ら だ ろ う。 本事業では、早くから現地の住民 を 図 書 館 ス タ ッ フ と し て 登 用 し、 バンコクから派遣したSAFの図 書館スタッフが指導に当たる形を と っ た。 こ の よ う に 採 用 し た ス タッフは子どもたちと同じ境遇で あることがモチベーションとなり 精力的に活動をする者が多く、子 どもたちにとっては親近感のもて る存在であるからだ。さらに、被 災者でもある彼らにとって、自分 が他者の助けになる立場になるこ とでエンパワーされるという効果 も期待した。 この方法は功を奏し、 子どもを対象にした団体がいくつ もあるなか、SAFの仮設図書館 では子どもたちとスタッフとの関 係の親密さが特徴となった。 仮設図書館は徐々におとなの交 流の場にもなっていく。子どもの 仮設図書館のテントで、真ん中が筆者人のつながりを再興する
― スマトラ沖地震による大津波の タイ被災地における図書館事業の実践から ―話 を 交 わ す こ と と な さらには、 て く れ る お 母 さ ん、 が い た。 津 波 以 前、 家 具 の 差 し 入 れ は、 ・ チェア(揺り椅子) になるコミュニティ図書館の家具 も す べ て 格 安 で 手 掛 け て く れ た、 本事業の立役者ともいえる存在で ある。彼も、家具作りを通して子 どもたちや地域への貢献をするこ とでエンパワーされた被災者の一 人といえる。 このように、図書館にそれぞれ の立場や役割で集うことで、お互 い に 支 え あ う 場 を 提 供 し た の も、 こ の 時 期 の 図 書 館 活 動 の 特 徴 で あった。当初、子どもの居場所づ くりを企図した図書館が、被災住 民のセンター的な役割も果たすこ ととなっていくのである。この点 が、復興支援への移行期において 常設のコミュニティ図書館を設置 するという展開を自然に導いたと 考えられる。
四.
復
興
住
宅
期
、
人
の
『
つ
な
が
り
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興
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る
―
コ
ミ
ュ
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図
書
館
の
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か
ら
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政
へ
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運
営
移
管
ま
で
―
復興支援としての図書館建設は 被災直後から計画にあったわけで はない。テント図書館での活動が 子どもの安全な遊び場であるとと もに、おとなも安らげる交流の場 で あ る と し て 支 持 を 得 た こ と が、 その実現を招いたのだ。 津 波 発 生 か ら 八 カ 月 た っ た こ ろ、復興住宅への移行は目の前と な っ て き た。 住 民 お よ び 行 政 は、 新たなコミュニティ形成において 必要な施設リストのなかに、 広場、 保育施設などと並んで、SAFの 図書館を挙げた。SAFは、将来 的に地域行政による運営維持が可 能 で あ る こ と を 確 認 し た う え で、 建 設 を 決 定 す る。 さ ら に、 住 民、 行政、教育関係者などからのニー ズ調査および協議を経て、いよい よ図書館の建設が始まった。新し い図書館へ結集された想いは、 『こ れから何十年と使い続けていける 図書館』 、『知識獲得の場のみなら ず、子どもと地域の人々すべてに とって安らげる居場所としての図 書館』 、『津波という想像を超える 大災害に見舞われたこの地域が復 興していくきっかけとなるような 図書館』だった。 復 興 を 支 え る た め の コ ミ ュ ニ ティセンターである図書館を目指 し、人が自然と集まるような居心 地の良さを重視した。そして、テ ント図書館のころから関わってく れていた、地域の職人さんによる 温かみのある木製家具を備えた手 作り図書館が完成する。行政関係 者、地域の有力者などが参列した 盛 大 な 開 館 セ レ モ ニ ー を 終 え て、 新しい本が出迎える館内に目をキ ラキラさせた子どもたちがどっと 押し寄せた。かじりつくようにし てあちこちで本を読む子どもたち の姿に目を細める住民たち、この 光 景 は 忘 れ ら れ な い も の と な た。 開館してしばらくすると他の地 域や学校からの視察や図書館活動 の技術指導に対する要請が来るよ う に な り、 地 域 行 政 お よ び 住 リーダーの誇らしげな表情が見ら れるようになった。開館後二年間 の移行期間を経て、SAFは地区 行政に対して運営を移管した。二 〇一三年現在、今は地区行政の職員となった、テント図書館時代か らの現地スタッフがコミュニティ 図 書 館 を 元 気 に 切 り 盛 り し て い る。図書館建設に至る住民の参加 意識の高まり、さらに行政による 図 書 館 運 営 の 継 続 を 実 現 さ せ た、 地 域 の 集 合 体 と し て の 力 の 発 露。 これらより、復興支援としてのコ ミュニティ図書館設置におけるこ の 一 連 の 流 れ が、 人 と 人 が つ な がっていくコミュニティの再興を 促進する一助となったことは間違 いないだろう。