Title
医療観察法における通院医療について
Author(s)
小西, 吉呂; 外間, 淳也
Citation
沖縄大学法経学部紀要 = Okinawa University JOURNAL
OF LAW & ECONOMICS(17): 25-33
Issue Date
2012-03-23
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/9613
【論文】
医 療 観 察 法 に お け る 通 院 医 療 に つ い て
AStudyontheOutpatientTreatmentintheMedicalTreatmentLaw 小 西 吉 呂 * YoshiroKONISHI 外 間 淳 也 * * JyunyaHOKAMA 専 門 分 野 : 刑 法 刑 事 政 策 l キ ー ワ ー ド : ① 医 療 観 察 法 ② 触 法 精 神 障 害 者 ③ 地 域 内 処 遇 ④ 指 定 医 療 機 関 は じ め に 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者に対する医療及び観察に関する法律(以下、単 に「医療観察法」とする)は、2001年の大阪教育大学付属池田小学校児童殺傷事件を契機にして、 2003年に成立し、その2年後の2005年7月15日に施行された法律である。同法成立の背景には、 暴力’性の高い触法精神障害者が一般の精神障害者および病院スタッフに危害を加える暴力事件や、 詐病による刑の回避など、以前から指摘されてきたわが国の司法精神医療の遅れに起因する問題 が存在していたのである'。 2010年7月15日、医療観察法は施行から5年を経過し、筆者らが本稿を執筆している2012年に は7年目を迎えようとしている。同法成立当初の議論に目を向けてみると、「(医療観察法の)政 府原案はかねて日弁連が反対し、その法律化を阻止した保安処分と法構造はほぼ同一といえる構 造であった」2という趣旨の批判が多くみられたが、現状では、日弁連などが危‘倶していた事態を 回避したといえる。そして、「医療機関内では、これまで医師中心、薬物療法中心から多職種中心 の治療が行われており、また、機関外との関係においても様々な機関、職種が対象者の社会復帰 を促進することを共通の目標とし、連携して一人の対象者に関わるため、手厚いサポートがなさ れるようになり、新しい多職種チームによる精神科医療が始まった」3ことは、同法がわが国の司 法精神医療に対して与えたメリットとして評価されるべきであろう4.しかし、同時に、「医療観 察法自体は、一般精神科医療に支えられて運用される部分が多いために、その運用を円滑に行な おうとする事により、結果として、一般精神科医療(精神保健福祉法)のもつ問題点が浮き彫りとなってきた」5といわれるように、医療観察法の課題が新たな局面へと移行しているといえる。
筆者らは、医療観察法について全体的な考察を行ったものを既に公表している6.そこで、本稿は、 医療観察法対象者の社会復帰に焦点を当ててその問題と課題を検討して問題提起を行うとともに、 − 2 5 −医療観察法における通院医療について 若干の提案をしようとするものある。また、本稿執筆に先立って筆者らが行った関係機関への聴 き取り調査7も適時紹介していきたい。医療観察法による対象者の地域内処遇とは、具体的には、 指定通院医療機関における多職種チーム医療により安定的な医療を確保するとともに、外来医療 や服薬などを利用して地域に慣れていき、徐々に社会活動への参加を果たし、あるいは居住地に 近い病院で医療を受けるなど自己または家族等が自ら疾病管理を行い、安定した生活を送れるよ うにすることである8.端的にいえば同法における今後の課題となるのは、わが国の一般精神科 病院が抱える約7万人の社会的入院患者の地域処遇という問題と同様、対象者への通院医療や地 域処遇にあるといえる9。 1.医療観察法対象者に対する通院処遇の現状 (1)指定通院医療機関の現状 医療観察法の問題として、まず、対象者への「医療」を行う指定通院医療機関の不足が深刻である。 現在、指定を受けている通院医療機関'0は、2011年6月30日現在で2,822件にのぼるが、その大多数 が薬局(2,353件)となっている。その一方で、病院が364件にとどまり、診療所や訪問看護も微々 たるものである。同法の目的に照らせば、対象者の社会復帰を円滑にするためには、この指定通 院医療機関の役割が重要であることは言うまでもないであろう。しかし、その重要性にもかかわ らず、指定通院医療機関の整備は遅々として進んではいない。 具体的に、指定医療機関の不足が招く弊害には、次のものがある。一つ目は、対象者の居住地 のすぐ近くに病院があるのにもかかわらず、バスやタクシー、電車といった交通手段による遠方 への通院を余儀なくされていることである。医療観察法による治療は、入院・通院を問わず無料 であるのに対し、通院の際の交通費は対象者の自己負担となる。したがって、「国の命令である強 制処遇であるにもかかわらず、自費で通院せよ、しかも最寄りの医療機関ではなく、遠隔地の指 定機関でなければならない」''と指摘されている通りである。また、遠方の指定通院医療機関に通 院しなければならないために時間の制約が掛かり、通院回数を制限されるという事態を引き起こ している。そのため、対象者が通院への意欲をなくしてしまう要因にもなりうるという悪循環に 陥っているとの指摘もみられる。 二つ目に、指定通院医療機関の数が一向に増加しない要因としては、対象者を受け入れること による病院側の経済的なメリットが少ないこと、その反面リスクばかりが多いということが度々 指摘されている。具体的には、多職種協働チームを構成するための費用や、会議などが多いため に担当スタッフに時間的にも精神的にも多大な負担を強いることなどが挙げられている'2。結局の ところ、指定入院医療機関と比較して、国費の投入が貧弱であることや地域精神科医療の底上げ がなされないためにその基準を満たす病院がわずかしか存在ないということに帰結される。した がって、民間の病院や訪問看護ステーションでは、対象者の受け入れが敬遠されやすいという状 況なのである。さらに、このように財政的裏付けが確保されていないということは、対象者に対 して指定入院医療機関と同水準の医療を提供し難いという事態を発生させているのである。 三つ目には、医療観察法による通院処遇との関係で、精神保健福祉法による入院をどのように 位置づけるべきかという問題も存在している'3。というのも、医療観察法による通院処遇の期間 中に対象者の病状が悪化した場合、同法では対象者を一時的・短期的に入院させることが制度上
不可能であり、そのため、精神保健福祉法による任意入院や措置入院で対処しなければならない。 また、その際、措置入院の医療費は公的負担であるのに対して、任意入院は自己負担になる。し たがって、通院医療機関のスタッフからは、精神保健法を運用上どう位置づけてよいものか迷う という困難が生じているのである。「退院後の社会復帰状況についても、法上の再入院は少ないが、 通院処遇中の者の41%が精神保健福祉法上の入院を経験しており、再入院率が低いとは言えな い」'4と指摘されているように、医療観察法と精神保健福祉法の位置づけを整理する必要,性は決し て少なくない'5. 四つ目には、入院処遇に期間の制限は設けられていないが、通院処遇に関しては原則3年(最 長5年)を超えてはならないことも議論の余地があると指摘16されている。というのも、対象者へ の「医療の必要性」を基礎として医療観察法が整備されたことを鑑みれば、通院による処遇の期 間に制限を設けたことははたして妥当なのであろうか。たしかに、対象者の症状がなかなか改善 しない、あるいは急に悪化するなどの事態が生じ、3年ないし5年で通院処遇を終了することに 不安が残る事例もあろう。その一方で、社会復帰調整官からは、「この3年という期間内で対象者 の治療を全て終えるということではなく、その目的は、地域にある一般の精神科医療への橋渡し であり、社会復帰調整官がフェード・アウトするための期間」であるという意見を伺った。医療 観察法に対する批判の中には、治安維持を目的とする保護観察所の関与が社会復帰の障害となる というようなものがある。しかし、筆者らが行った聴き取り調査の中で、社会復帰調整官が「い つまでも国が抱えていくのではなく、保健所や市町村が、地域の住民を自分たちで支えていくの が大事だと思っている。その意味でもタイムリミットを設けて、対象者を受け入れるんだと頑張っ て、受け入れる側としてもそのような意識で関わってほしい。だから、そういうリミットがある というのは大事だ」と述べていたのは印象的であった。調整官の個人的な意見であるにもかかわ らず、上の批判が的外れなのではないかと疑問を抱くには十分であると思われる。ただし、精神 障害者が地域で自立して生活していくためには、社会的資源の不足が根本的な問題として残って いることに留意する必要がある'7。 (2)社会復帰調整官と社会的資源 次に、医療観察法の制定により保護観察所に新たに設置され、対象者への精神保健観察を行う 社会復帰調整官と、対象者への地域処遇を行うために必要となる社会的資源(グループホームや デイケア、作業所といった施設)について述べていきたい。 社会復帰調整官とは、精神障害者の保健および福祉などに関する専門的知識に基づき、対象者 の生活環境の調査・調整、精神保健観察の実施などに従事し、精神保健福祉士ないしは保健師・ 看護師・作業療法士・社会福祉士で精神障害者に関する業務経験があるものから採用される'8。そ の役割として、対象者が退院した後の生活の中で、適切な医療や必要な精神保健福祉サービスを 確保するために指定通院医療機関、居住地の都道府県、市町村、社会復帰施設と協議し、調整す ることが求められている。そして、対象者の退院とともに精神保健観察が開始されるのである。 具体的には、社会復帰調整官が直接対象者の居宅を訪問し、医療機関や市町村および家族、さら には地域の関係機関から必要な情報を求めるなどの方法によって行われる。対象者と接触するの は、月に1度は通院している病院が対象者の評価を行う必要があり、その際に保護観察所も対象 − 2 7 −
医療観察法における通院医療について 者の評価を行う必要があるため、最低でも月1回は接触する必要がある。聴き取り調査に協力し ていただいた調整官は、週に4回ほど対象者と接触することもあったという19。 上の精神保健観察に加えて、社会復帰調整官には、対象者とその家族との関係を調整する役割 が期待されている。というのも、触法精神障害者の場合、その行為の被害者となるのは家族であ る場合が比較的多いとされているのである"。これも調整官から伺った話であるが、家族関係の 調整とは、例えば社会復帰調整官が対象者の受入れを彼の家族と相談していく過程で、受入れを 拒絶していたものが「(触法行為を)病気でやったのだから受け入れます」というように、対象者 の受入れに応じるようになったというものである。また、「(調整官が)家族の精神的なケアをす るのではなく、相談所を紹介したりするなど、精神的なケアのコーディネートをすることもある」 とも述べていた。このように、対象者とその家族との関係を調整するという期待に応えている調 整官ではあるが、その一方で、本来的に被害者の精神的なケアというものは調整官の職務にはなく、 また、対象者の家族が被害者である場合のみ調整官から被害者へのアプローチが可能なのである。 この問題は、医療観察法における社会復帰調整官の役割の重要性を示すとともに、わが国の被害 者支援の手薄さを痛感せざるをえないものであると思われる。 上記の問題と密接に関連するのが、通院処遇決定あるいは退院決定となった対象者の居住設定 ができない場合の受け皿として、「精神保健福祉法による入院(多くは任意入院)から始めると いう裏技が状態化している」21という問題がある。しかし一方で、指定通院医療機関の基本的なス タンスとして、精神保健福祉法上の入院から開始する病院も存在する。受入確定後にしか指定通 院医療機関に対する対象者の』情報提供がなされないため、精神保健福祉法による入院を先行させ、 その期間中に対象者の観察を行う通院機関も存在するのである。この問題に関して調整官に質問 したところ、「よりきめ細かな治療を受けさせるために受入れ先を決定し、そして、その対象者を 受け入れる通院機関が観察のために一時的に入院させる」ことが目的ということであった。 以上のことから、必ずしも受入れ先が見つからないという理由で精神保健福祉法による入院と なるわけではないことに注意する必要がある。しかし、対象者の受入れ先を確保することが困難 であることは事実であり、調整官(あるいは入院医療機関の医師)と対象者が受入れ先に頭を下 げて許可を求め、それにもかかわらず断られてしまうというのが現状である。帰住地調整が困難 な場合の理由としては、「家族が被害者であることが多いこと、対象者に対する先入観や知的障害 や人格・行動障害、精神作用物質‘性障害などの障害を重複していることから居住型の障害福祉サ:一 ビス事業者力漫け入れに消極的であること」22などが挙げられている。 ここで想起されたいのが、わが国の社会的入院患者の存在である。現在、約7万人が受入れ先 を確保できずに入院を余儀なくされていることを鑑みると、医療観察法対象者の受入れ先の確保 が困難である現状は、ある意味では当然の事態であるといわざるをえないのではないであろうか。 2.今後の課題 (1)指定通院医療機関 医療観察法の地域処遇における課題としては、第一に、指定通院医療機関の未整備が挙げられ よう。上で指摘されているように、対象者に通院を強制しているにもかかわらず、その通院機関 が地元から離れた場所にしか存在していない現状では、医療観察法制度の在り方に向けられる批
判を甘受せざるをえないであろう羽。したがって、医療観察法に充てられている予算の範囲内で、 入院機関と通院機関の両者を効果的に整備していく方法を模索し、推し進めていかなければなら ないと考える。そのためには、公的機関が優先して通院機関の指定を受けるべきである24。 また、医療観察法で求められる医療の質は高いが、スタッフを増やすための予算的な措置もな いことへの不満を解消するためには、診療報酬システムなどの見直しが必要となる。現在の制度 では、医療行為にのみ点数が付され、社会復帰に向けた諸活動には一部例外を除いてほとんど点 数がつかない状況である。これでは、一般病院が社会復帰にむけ多職種チーム医療を行おうとし
ても、人件費すら出ない結果となる路。加えて、通院期間中の任意入院や交通に掛かる費用も国が
賄っていくべきであろう。「地域での処遇に関して、一時的な休息や状態悪化に対応する指定通院 医療機関への精神保健福祉法入院に際しては期間を限定して国費での入院とする」26という提言は、 参考にされるべきであると考える。 (2)社会復帰調整官次に、対象者の社会復帰にとって欠くことのできない重要な役割を担っている社会復帰調整官
であるが、まず、彼らの人員不足も大きな課題として挙げることができる。社会復帰調整官の業
務過多の課題は、医療観察法施行当初から指摘されているが、「増員は図られてきたものの、未だ
社会復帰調整官が複数配置となっていない保護観察所もある」27のが現状である。沖縄県では現在
3人体制で業務に当たっており、何を基準として適切な増員というかの問題は残るものの、少な
くとも単数配置は避けるのが適当であると思われる28。 また、人的資源、いわば地域のコーディネータの充実も重要である。というのも、調整官に対 して行った聞き取り調査によれば「沖縄県の現状でいえば、やっと市町村に精神保健福祉士が 非常勤で入り始めたくらい。保健所の相談員に関しては、精神保健福祉士の数はゼロ。その中で、 地域の精神保健福祉を行政が責任を持ってやれるのかと。沖縄県に限れば有資格者がほとんど いないような状況」なのである。医療観察法による通院処遇にはある程度の期間が設けられており、 社会復帰調整官が対象者に関与できる期間はその範囲内のことである。したがって、医療観察法 による処遇の終了後も引き続き対象者が自立して生活できるよう、関係各機関と対象者とを調整 するための人材を確保することも必要なのである。 (3)社会的資源 さらに、通院処遇を行うための前提条件となる対象者の受入れ先の問題が挙げられる29.以前に も増して、今後は触法精神障害者が安心して入居できる共同住居や、公的な過渡的専用住居の確 保が重要な課題となるであろう。また、この課題を解消することにより、社会復帰調整官の負担 も緩和することができると思われる。 (4)一般精神科医療との関係 最後に、医療観察法と一般の精神科医療との関係という課題が挙げられる。というのも、医療 観察法に巨額の国費が投じられているのにもかかわらず、他の精神障害者福祉関係の予算と比較 して著しい不均衡が指摘されているのである。医療観察法における対象者の処遇や関係機関との − 2 9 −医療観察法における通院医療について 連携をモデルとして、一般の精神科医療の底上げが期待されているが、一般精神科医療への財政 的裏付けが乏しい現状では、民間病院に医療水準の向上を求めるのは酷であろう。 医療観察法廃止を主張する立場からは、一般精神科医療を受診する精神障害者に比べ、対象事 件を起こした対象者に対してのみ手厚い医療と福祉を提供することは矛盾であると指摘されてい る。確かに、対象行為に至る前に適切な医療を受ける機会があればその行為を未然に防げる可 能‘性が増すことを考慮すれば、一般精神科医療の底上げが犯罪予防の観点から望ましいことは否 定できない。 思うに、一般の精神科医療および福祉の充実が達成されたとしても、そのことと触法精神障害 者の処遇という問題は区別すべきものであり、どちらか一方を蔑にすることは適切とはいえない。 やはり、触法精神障害者というその一点において、一般の精神障害者とは別個に処遇されるのが 望ましいのではないであろうか。医療観察法施行以前の事実が、そのことを如実に示していると 思われる。したがって、今後の最も大きな課題は、一般の精神科医療および福祉と医療観察法の 処遇とを相互補完的に充実させていくことであろう。 法が成立した時には一般精神科医療・福祉との「車の両輪」論が主張されていた。ところが現
実には、「一般医療への予算投下はなく、一輪状態が続いている。法は地域の力をそいでいる」30と
いう指摘が示す通りである。しかし、医療観察法は精神科医療に大きな転換をもたらしたことも 否定できない事実である。それは、第一に「精神科医療への法律モデルが導入され、司法と精神医学の対話が始まり、わが国で初めて司法精神医療がスタートした」3'ことである。冒頭でも述べ
ているが、精神保健福祉法だけでは触法精神障害者の処遇に対応しきれなかったという事実が存在する。第二に「精神科医療に集中的で高い機能を持った治療システムが導入されたこと」32であり、
そして、「これらは人権上も、治療システム上も一般精神科医療に大きな影響をもたらしている」33
とされるように、同法が一般の精神科医療に及ぼした肯定的な面も見逃してはならない。やはり、 今後も同法を存続させながら、制度的な不備の解消に努めていくことが適切な方向性であると思 われる。 お わ り に 筆者らは医療観察法を好意的に受け止めてはいるものの、同法が司法精神医療および一般精神 科医療・福祉にとって理想的な法制度に至るためには、制度的な不備を含めて、精神障害者に対 する社会の偏見や差別意識が大きな壁となって立ちはだかっているように思われる。そのため、 同法が仮に制度的な不備を解消することができたとしても、それが実質的に機能するためには、 精神障害者への偏見や差別意識という壁を避けて通ることはできないであろう。したがって、触 法精神障害者を含めた精神障害者全般の問題を国民全体で考えなければならない。そのためには、地道な普及啓発活動が必要となるであろう34.統合失調症などの精神病にとって、早い段階での医
療が重要となるが、本人とその家族を含め周囲の人間の精神病に対する偏見がその妨げとなった 結果、治療が遅れ、事件を起こしてしまうという不幸な事例が後を絶たないといわれている。筆 者らは、国民への医療観察法の浸透がこの悪循環を緩和するのではないかと期待している。 このように、医療観察法というわが国初の司法精神医療制度の整備は重要であり、また、それ 以前の問題として、,上で述べたように、精神障害者に対するわれわれ国民の偏見を解消することも重要である。近年のわが国の状況をみると、厚生労働省が2004年に作成した「精神保健医療福 祉改革ビジョン」では、その基本理念を「入院中心から地域生活中心へ」として掲げている。し かし、「改革ビジョンの『地域生活中心』という施策が進行する中、社会的入院の解消や退院促進 事業などに目が行きがちであるが、現に地域で暮らしていながら社会参加、社会活動ができずに いる者達への対策が見過ごされている」35という指摘にも注意する必要があると思われる。という のも、筆者らは、「精神科通院患者約270万人のうち、外来ニートの人は約40万人である」36といわ れるように、退院後の彼らの生活に注視する必要があるのではないかと危‘倶しているからである。 ちなみに、ここ使用されている「外来ニート」とは、「社会参加できていない精神障害者」という 長い言い回しを簡略化するための「符丁的」な意味合いで使用したことを明記しておく37。 上の問題は、「『外来ニート』の人たちは、将来、親が高齢化して支えられなくなった場合、精 神科病院に『社会的入院』せざるを得なくなるかもしれない。その一方で、現在『社会的入院』 している人の退院促進が計画通りに進めば『新しい外来ニート』となる可能性が高い」38という悪 循環を引き起こす可能性がある。このような可能性を回避するためには、膨大な数の外来ニート の人とその家族を、社会として支援して、地域で自立して生活できるようにする必要がある39。 しかしながら、現段階で筆者らが言及できるのは以上であり、今後とも研究を続けていかなけ ればならない問題であると考えている。上で挙げた「精神保健医療福祉改革ビジョン」が一般の 精神障害者のみならず、医療観察法対象者をも含んでいることを期待し、その実現のためにも、 医療観察法即廃止ということではなく、根気強く理想的な制度へと発展させるための試行錯誤が 必要であると考えている。今後とも、同法の動向に注目していきたい。 *小西吉呂(YoshiroKONISHI)沖縄大学法経学部法経学科教授 **外間淳也(JyunyaHOKAMA)沖縄大学大学院現代沖縄研究科修士課程 l池原毅和・岩井宣子・長尾卓夫・前田雅英・松下正明・山上階・町野朔「〔座談会〕心神喪失 者等医療観察法の成立−その背景・問題点・課題、精神医療と法の現場から」ジュリストNo. 1256(2003)6-26頁。 2伊賀興一「日弁連の医療観察法『見直し』意見書の射程」自由と正義62巻3号(2011)82頁。 3村上優「医療観察法の存続は可能か−指定入院機関より−」精神経誌113巻5号(2011)474頁。 4医療観察法に批判的であった日弁連も「指定入院医療機関における医療と社会復帰支援は、 多職種チームによる手厚い医療と福祉を提供する実践として開始されている。この5年間の 医療観察法に関する論評の中で、指定入院医療機関における多職種チーム医療の実践に対す る評価は基本的に高い。これは相当程度の予算と人を投入することによってはじめて実現し うる実践だが、一般の精神医療においても実施されるべき質と内容であることは日弁連の調 査においても明らかとなっている」(前掲注(2)84頁)としている。 5松原三郎「医療観察法が一般精神科医療に与えた影響について」司法精神医学第6巻第1号 (2011)81頁。 6小西吉呂・外間淳也「医療観察法に関する一考察一沖縄県の事例にも触れて」沖縄大学法経 学部紀要第15号(2011)19-34頁。 − 3 1 −
医療観察法における通院医療について I 医療観察法関連機関への聞き取り調査は、2011年8月13日保護観察所社会復帰調整官、同年 9月14日琉球病院で実施した。本稿の趣旨を鑑みると、主に社会復帰調整官への聞き取り調 査を紹介していくことにする。調査に協力していただいた関係機関には、ここで感謝の意を 表しておきたい。 小笠原基也「医療観察法と社会復帰」臨床精神医学38巻5号(2009)668頁。 このような指摘は、施行前から存在している。例えば「『心神喪失者等医療観察法』の想定 している触法精神障害者に対しての社会復帰・地域支援のためには、どのような社会資源や 制度等の準備が必要なのか、どのようなかたちで社会復帰・地域支援をすすめていくのかと いう基本方針等について、もっと議論される必要があると思われる」(三葎孝夫「『心神喪失 者等医療観察法』における社会復帰・地域支援制度の諸問題一英国との比較を通して」町野 朔編「精神医療と心神喪失者等医療観察法」ジュリスト増刊(2004)251頁)。 指定医療機関の整備状等厚生労働省http://www.mhlw.go・ip/bunya/shougaihoken/
sinsin/iryokikan.html(2012年1月17日確認)。対象者の入院処遇を行う指定入院医療機関の
不足も無視できないものであるが、こちらは、建設中のものを含めると32件となっている。 岡崎伸郎「地域精神保健福祉における医療観察法の宿命的異質性J臨床精神医学38巻5号 (2009)661頁。 美濃由紀子・牧野貴樹・宮本真巳「指定通院医療機関における触法精神障害者の治療・ケア の現状と課題一多職種チームスタッフの抱える困難性に焦点をあてて」司法精神医学第6巻 第1号4頁。 同上。 中島直「医療観察法は即座に廃止されるべき」精神経誌113巻5号(2011)477頁。 同上。 柑本美和「心神喪失者等医療観察法における社会内処遇」町野朔編「精神医療と心神喪失者 等医療観察法」ジュリスト増刊(2004)163頁。 通院期間内での処遇終了に不安が残る事案の措置としては、処遇終了後、精神保健福祉法に よる入院への移行が可能となっている。 五十嵐禎人「医療観察法の概要」精神科10巻5号(2007)187頁。 また、彼らは、緊急時に対応するために24時間公務用の携帯を所持している。 調査に協力していただいた調整官からは、対象者の家族が被害者になることはやはり多いの かと質問したところ、「多いともいえないと思う。はじめは、そのような印象をもっていたが、 何年か業務に携わっているうちに、冷静に見ていくと、身内が多いということもないと思う」 という返答をいただいた。しかし、少ないということもないであろう。 岡崎伸郎「地域精神保健福祉における医療観察法の宿命的異質性」臨床精神医学38巻5号 (2009)662頁。 平成21年度障害者保健福祉推進事業(障害者自立支援調査研究プロジェクト)「心神喪失者等 医療観察法制度における地域処遇体制基盤構築に関する調査研究事業報告書」社団法人日 本精神保健福祉士協会(2010)7頁。 同上31頁。「指定通院医療機関という枠組みをなくした方がいい」とする意見もみられる。 789
10 11 1234561111
17 18 19 20 21 22 23同上32頁。公立病院の指定数が少ないという指摘がある。 小笠原前掲注(8)671頁。 村上前掲注(3)475頁。 前掲注(22)6頁。 1人の社会復帰調整官の担当数が10人を超えると、業務上の支障が出るといわれている。 小笠原前掲注(7)670頁。対象者本人の治療はうまくいっているのに、退院できないで滞留し ているという指摘が散見される。 中島前掲注(14)478頁。 村上前掲注(3)475頁。 同上。 同上。 前掲注(鋤37頁。「法制度に関する普及啓発と合わせて、個々の事例による体験や知見の蓄積 が普遍化されることで、対象者は適切な医療と社会復帰支援を要するものであり、共に暮ら す市民としての理解が進むことが必要である」とされているが、医療観察法対象者に限らず、 一般の精神障害者の事例にも同じことがいえるのではないか。 平川博之「改革ビジョンの『地域生活中心』実現のため、今こそ、精神科診療所を地域資源 として有効に活用すべきである−精神科診療所に通院する以外に社会参加していない精神障 害者の実態調査と精神科診療所の社会参加サポート機能の強化に関する研究結果から一」現 代のエスプリ531号(2011)158頁。 同上161頁。外来ニートの割合の高い疾患は、パーソナリティー障害、精神遅滞、次いで、精 神作用物質使用による精神および行動の障害、統合失調症の順になる。 同上160-161頁。 同上163頁。ある特定の1日に、調査対象の精神科診療所113か所に通院した患者総数4,689名 のうち65歳未満の人は3,768名であった。そのうち、社会参加していない人は779名であったと される。 同上168頁。また、岡崎祐士「オーバービュー:統合失調症研究の現在」精神医学第51巻第2 号151-158頁では、統合失調症患者は「家族との共同性が薄れ、言わなくても通じることに 患者はいちいちつまずくようになる。何事にも気を使わなくてはいけなくなり、家族は疲れ 果てる(151頁)」という体験を語る家族が多いという。触法行為に出たか否かにかかわりなく、 彼らが家族や地域で自立して生活していくことは困難なのである。