1 戦後の家庭科教育の誕生 1945(昭和20)年8月に第二次世界大戦が終結し、1946(昭和21)年11月に「日本国憲法」 が公布された。この間、教育面において次々と改革が行われ、なかでも女子教育は大変革であ った。男女の教育の機会均等化がなされ、小学校から大学に至るまでの男女共学制が敷かれた。 GHQ/CIEの指導によるものではあったが、女子教育は短期間に大きく改善された。 家庭科教育では、戦前の「良 りょう 妻 さい 賢 けん 母 ぼ 」をめざす家庭科から、男女ともに民主的な家庭建設 をめざす家庭科への改革が行われた。当時の家庭科担当官のドノヴァン女史は、「技能教科で ない、女子教科でない、家事・裁縫の合科でない」の三否定を家庭科の原則とした。家庭科が 女子の裁縫教科であったり、たんなる技能教科に終わることを厳しく否定したのである。 1947(昭和22)年3月に「教育基本法」、「学校教育法」が制定され、同じ3月に「学習指導 要領一般編(試案)」が発表され、5月に「学習指導要領家庭科編(試案)」に基づく戦後の家 庭科教育が始められた。以下での戦後の家庭科教科書の変遷は、学習指導要領の改訂にそって 述べていく。 2 小学校の家庭科教育 (1) 1947(昭和22)年版学習指導要領家庭科編(試案) 【1951∼55年度教科書】 1947(昭和22)年の「学習指導要領家庭科編(試案)」(図1)は、家庭科を民主的家庭建設 の教育と位置づけ、小学校では家庭生活の重要さを認識するために、第5・6学年で男女共に 家庭科を学ぶべきであるとした。しかし、現場教師や父母の中には、男子の家庭科履修に疑問 や戸惑いがみられ、小学校校長からも家庭科は必要ないとする意見も出された。 1951(昭和26)年に学習指導要領一般編が改訂された。小学校家庭科は、存廃をめぐる情勢 の中にあり、改訂が見送られた。文部省は従来通り第5・6学年に家庭科を置くこととしたが、 学校の事情によっては家庭科のための時間を特設しなくてもよいとした。小学校全学年にわた って家庭生活のあり方を示唆するために、「小学校における家庭生活指導の手引」が出された。 第Ⅱ部 昭和・平成期の教科教育と教科書
家 庭 科 教 育
「手引」は、幼稚園、小学校低学年、中学年、高学年における家庭生活指導上の目標を、理 解・態度・能力技能・習慣の4つの観点から示した。技能面の内容は少なく、アメリカ的な発 想が多くみられ、幼児段階から順に人間関係などの学習が展開されている。 学校教育法のもとで小学校家庭科の教科書は、1956(昭和31)年版が最初であった。もちろ ん、それまでに準教科書的なものが出版されていた。中央教育文化研修所編『新しい家庭』は その一つであり、「小学校における家庭生活指導の手引」に準拠したとあり、戦前のように縦 書きではなく横書きで書かれた教科書であった。 「学習指導要領 家庭科編」の目次を図1に示す。5年生では家庭の仕事を知る学習から始 まる。児童は仕事を分担できることをめざして、家庭の仕事に関する知識と技能を身につけて いくように各題材を配置している。第5学年で「し育さいばい」「弟妹達を世話しよう」「来客 のおもてなしをしよう」、第6学年で「不時の災やくにそなえよう」「私達に出来る奉仕をしよ う」など、広範囲の学習内容となっている。また、絵や図表が多く入れられ、調査や研究のた めの課題や家庭での実践記録表、グループ学習、討論、評価など新しい指導方法や教材が入れ られている。戦前の教科書の内容、スタイルとは、全く異なっていることが分かる。 (2) 1956(昭和31)年版小学校学習指導要領家庭科編 【1956∼60年度教科書】 1947(昭和22)年版学習指導要領で明確にされていなかった、小学校家庭科の目標と家庭科 の位置や性格が示された。家庭生活に対する理解、人間関係に適応するための態度や行動、家 庭管理に関する学習などが強調された。この時から学習指導要領には(試案)の文字がなくな った。内容は「家族関係」「生活管理」「被服」「食物」「住居」の5つの分野に整理され、指導
の要点が示された。これに基づいて戦後初めての教科書が発行されたが、現在ではみられない 「弟や妹の世話」「老人への思いやり」「近所の人々の協力」など、家族・人間関係や家庭看護 の手伝いといった内容がみられた。 (3) 1958(昭和33)年版小学校学習指導要領(家庭) 【1961∼70年度教科書】 1960年代は、日本が著しく経済発展を遂げた時代である。1958(昭和33)年には全教科の全 面改訂が行われた。小学校家庭科は、衣食住などの生活技術を中心に学習させる教科とされた。 内容は「被服」「食物」「すまい」「家庭」の4領域となり、家族・人間関係、生活管理に関す る内容が軽減され、「家庭」領域としてまとめられた。保育の内容は家庭科から削除され、家 庭看護の内容は体育科へ移行した。 この時期の教科書『小学家庭』(開隆堂)、『新しい家庭科』(東京書籍)、『小学校家庭』(学 校図書)などは、現在の教科書の内容とよく似ており、これ以後の教科書内容には大きな変化 はみられない。1962(昭和37)年発行の教科書までは黒だけの一色刷りであったのが、1963 (昭和38)年発行の教科書から赤、緑、青のうち2色が加わり、三色刷りとなった。 (4) 1968(昭和43)年版小学校学習指導要領(家庭) 【1971∼79年度教科書】 日本の産業界はますます発展し、それにともなって生活技術が進歩し、生活が向上していく。 そのような時代の要求にあった教育にするため、教育課程の再検討が行われた。指導内容は 1958(昭和33)年改訂の学習指導要領と同じく、「被服」「食物」「すまい」「家庭」の4領域で ある。 (5) 1977(昭和52)年版小学校学習指導要領(家庭) 【1980∼91年度教科書】 日本の産業界の人材養成の要請に応じた形で能力主義の教育が押し進められた。その結果、 授業についていけない児童が増加し、社会的問題となったため、1977(昭和52)年の改訂はゆ とりのある教育をめざしたものとなった。家庭科では、実践的・体験的学習が強調され、学習 内容の精選が行われた。「すまい」と「家庭」の領域が「住居と家族」という領域にまとめら れ、「被服」「食物」の領域と合わせて3領域となった。 第Ⅱ部 昭和・平成期の教科教育と教科書
【1992∼2000年度教科書】 家庭科の目標は従来と同様であるが、内容は実践的・体験的な学習の重視、家族や家庭の生 活に関する内容の充実、消費者としての態度の育成の重視、学校で学んだことを日常生活で活 用することを重視した。「住居と家族」の領域を、家族生活と関連させながら住居を明確化す るために「家族の生活と住居」と改めた。 1992(平成4)年発行の教科 書『 新 し い 家 庭 』( 東 京 書 籍 ) (図2)から、従来のA5版か らひとまわり大きいB5版にな った。多色刷りになり、図表や 写真イラストも多く掲載され、 活字離れしているといわれる現 代の子どもに親しみやすい工夫 がなされている。また、たんな る技能教科にならないように、 ①生活に目を向ける、②考える、 ③活動する、④実行するという学習過程を強調している。その過程を各題材で繰り返し行うこ とによって、家庭生活上の問題解決能力が身につくように配慮されている。 3 中学校の家庭科教育 戦後教育改革により6・3制の9年義務教育制が実現し、新制中学校は1947(昭和22)年4 月から発足した。学年進行と共に義務制を採用したため、1949(昭和24)年度になり中学校全 学年が成立した。 (1) 1947(昭和22)年版学習指導要領家庭科編(試案) 【1947∼50年度教科書】 1947(昭和22)年3月に発表された「学習指導要領一般編(試案)」は、教育の目標が個人 生活、家庭生活、社会生活、経済生活、職業生活に分けて示された。同年5月に「学習指導要 領家庭科編(試案)」が発表され、「中学校家庭科は職業科の中の選択科目の一つであり、大多 数の女子がこの科目を選ぶと思うが、女子全体の必須科目ではない。また、男子が選ぶかも知 れない」とされた。 家庭科は農業、工業、商業、水産とともに「職業科」を構成することになった。女子のみに 図2 『新しい家庭』6 東京書籍 1992(平成4)年
課されていた家庭科は、男女ともに選択できる「職業科」になったが、実際には女子だけが履 修するのにとどまった。内容は、今まで裁縫科及び家事科で教えられていた「被服、食物、住 居、保育、家庭看護、家庭経済」の他に、「家庭生活の理解、時間・労力の使い方、家族・人 間関係」が取り入れられた。 中学校家庭科の教科書は、1947(昭和22)年に初めて文部省によって発行された。文部省著 作及び金森徳次郎他著『家庭』中学校第1∼3学年用(図3)は、縦書きで紙質も悪く、外観は 従来のものと変わらなかった。しかし、内容は家庭生活は男女が協力して完全に行われること、 家庭生活を能率よく処理する工夫が大切であることなどが強調された。文部省著作『家庭中学 校第1学年用』冒頭の「たのしい家庭」には、次の文章が掲載されている。 ぼくのうちでは,みんなが働きます。…………『びんぼうと暴力は,人間の恥である。』 というのが,ぼくのうちの標語です。びんぼうとたたかうためには,働かねばなりません。 …………父とぼくは男ですが,さら洗いもするし,くつ下の破れくらいは,自分でつくろ います。…………みんなでさっと夕飯のあとかたづけを終わって,いろいろなお話をしま す。…………日曜日は,何もいたしません。散歩でも読書でも自由です。時には映画や展 覧会を見に行くこともあります。 主語が男子になっており、家 族が協力して家事を行ったり話 し合ったりなど、民主的で新し い家族像を描いている。その反 面で、勤労意欲を促す言葉には まだ戦前・戦中の調子が残って いるように思われる。被服の学 習 は 製 作 が 中 心 と な っ て い る が、課題はワンピース、ブラウ ス、スカート、ジャケットなど 洋服が多く、和服はゆかた程度 となった。 1949(昭和24)年5月に、文部省は「新制中学校の教科と時間数の改正について」通達で 「職業科及び家庭科」という二本建ての教科を示し、同年12月に「職業・家庭科」と改称した。 嶋内俊三他編の教科書は、第1学年『明るい家庭』、第2学年『楽しい家庭』、第3学年『よりよ い家庭』(図4)と表題を変え、各学年のはじめに目標とする家庭像について述べている。従 来の縦書きから横書きになった。 第Ⅱ部 昭和・平成期の教科教育と教科書 図3 文部省著作『家庭』中学校第1学年・第2学年用 1947(昭和22)年
(2) 1951(昭和26)年版中学校学習指導要領職業・家庭科編(試案) 【1951∼56年度教科書】 この学習指導要領は、「職業・家庭科」としての初めてのものである。実生活に役立つ教科、 啓発的経験をもつ教科、地域社会によって特色をもつ教科として示され、技能教科としての特 性が出された。学習系列を異にする「職業」と「家庭」は、実生活に役立つ仕事を中心に学習 するということで、単一の教科とされた。戦後に技能教科を否定してスタートした家庭科は、 この学習指導要領で技能教科の性格を担わされた。内容は非常に多くあげられ、具体的な教育 計画例として農村女子向き課程、商業地域女子向き課程を掲げた。教科書は、男子用・女子用、 都市用・農村用という性別、地域別の教科書が刊行された。 家庭生活、都市生活、農村生活の各々を中心とする3種類の教科書が10数社から出され、教 科書名も『生活の喜び』『働く喜び』『明るい生活』『楽しい生活』『家庭生活を中心とした職 業・家庭』『私たちの家庭』など、多種多様で内容も教科書によってさまざまであった。 (3) 1957(昭和32)年版中学校学習指導要領職業・家庭科編 【1957∼61年度教科書】 この改訂によって、「職業・家庭科」は6群22分野に分けられ、家庭科の内容は第5群にま とめられた。第5群は「食物」「衣服」「住居」「家族」「家庭経営」の5分野が含まれた。男女 共に第4群を除いた各分野を少なくとも35時間学ぶこととなった。女子は第5群を中心に計画 することとした。この時期の教科書は、前回改訂に同じく地域別のものも出版された。男女共 に使用可能な内容となっているものもあった。また、職業と進路に関する内容が取り入れられ ており、職業教育が強く出されている。
(4) 1958(昭和33)年版中学校学習指導要領(技術・家庭) 【1962∼71年度教科書】 「職業・家庭科」を解体し、「技術・家庭科」を設置した。男女共通学習を廃止し、学習内 容を「男子向き」、「女子向き」に分けた。科学技術の進歩により電気機器の一般家庭への導入 が進んだことから、女子向きの内容にも「設計・製図」と「家庭機械・家庭工作」の領域が加 えられ、「住居」は「家庭機械・工作」領域の中で扱われ、「家庭経済」「家庭管理」の内容は わずかに扱われるに過ぎなくなった。「家庭看護」は体育科へ、「家族」や「家庭生活」の内容 は社会科に移され、家庭科はますます技能教科としての性格が強化されていった。小学校・中 学校・高等学校の家庭科の一貫性、系統性を考えると、中学校で家族や家庭経営に関する学習 が途切れることになり、問題を残すことになった。 この時期の教科書は、「調理」「被服製作」と技能面を表す領域名となっており、実習中心の 学習内容となった。第1学年の「設計・製図」でブックエンドの図面を描かせ、「家庭工作」 で置き物台の製作、第2学年の「家庭機繊・工作」でいす・洗面器・バケツの修理が入れられ るなど技能中心で、戦後直後重視された家庭生活の理解や家族、家庭経営に関する内容は全く みられなくなった。これらの内容は1989(平成元)年の学習指導要領の改訂まで省かれたまま となる。住居は、第3学年の「家庭機械・工作」の中に家庭用電気機器の点検・修理などの内 容と一緒に並べられている。 (5) 1969(昭和44)年版中学校学習指導要領(技術・家庭) 【1972∼80年度教科書】 男子向きと女子向きの2系列のままであったが、「被服製作」「調理」は「被服」「食物」と いう従来の領域名に戻り、「住居」が復活した。しかし、「被服」はブラウス、スカート、パジ ャマ、ワンピース、手芸品、「食物」は青少年食、成人食、老人食、幼児食、行事食と実習中 心の内容は変わっていない。女子向きの領域は「保育」「家庭機械」「家庭電気」が入れられた。 (6) 1977(昭和52)年版中学校学習指導要領(技術・家庭) 【1981∼92年度教科書】 学習指導要領改訂で男子向き、女子向きを廃し、技術系列と家庭系列の相互乗入れの学習が 行われることになった。男子は技術系列の学習を主として行うが、家庭系列の学習も1領域以 上履修する。女子は家庭系列の学習を主とし、技術系列の学習を1領域以上履修することとな った。中学校技術・家庭科においては、男女別系列の学習を行ってきたが、男女共通に学ぶ家 庭科学習がわずかながら実現した。教科書はこの時から大判のB5判へと変わった。 第Ⅱ部 昭和・平成期の教科教育と教科書
【1993∼2000年度教科書】(図5) 技術系列、家庭系列の相互乗 入れの学習を改めて、「木材加工」 「電気」「家庭生活」「食物」の4 領域を男女共に必修とした。「家 庭生活」は新しい領域で、家族 の生活、家庭の経済、家庭の仕 事の学習を通して、自己の生活 と家族の生活との関係について 理解させ、家庭生活をよりよく しようとする実践的な態度を育 てるために設けられた。この領 域が男女共に課されたことは、永年の技能中心の教育から、男女が協力して生活を築いていく ことや家庭における物資の選択・購入・活用、家族関係などを重視した、家庭生活について考 えさせる教育へと転換しつつあることを示している。 教科書は体裁も中学校技術・家庭科としては初めて色刷りとなり、挿絵が多く入れられきた。 おわりに 以上、家庭科教科書の変遷を概観してわかることは、家庭科の性格と内容が社会的背景によ って大きく影響されてきたことである。これは他の多くの教科とは異なる点である。戦後の家 庭科が「技能教科でない、女子教科でない、家事・裁縫の合科でない」の三否定を掲げて出発 したにもかかわらず、高度経済成長社会を背景として昭和30年代、40年代には、家庭科は技能 教科へと傾斜していった。 高度経済成長の結果として環境や人の心の問題がクローズアップされてきている現在、家庭 科も戦後直後の原点に立ち返り、人間を中心とした内容に重点を置くべきではないであろうか。 多少なりともその方向性が1989(平成元)年以降の学習指導要領の改訂から示されてきたとい える。 (松村 京子) 図5 『新しい技術・家庭』上・下 1993(平成5)年