外国法調査の責任分配と当事者利益の保護<国際家
族法研究会報告(第11回)>
著者名(日)
徐 瑞静
雑誌名
東洋法学
巻
54
号
2
ページ
185-190
発行年
2010-12-20
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00000793/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止《 国際家族法研究会報告 (第 11回)》
外国法調査の責任分配と当事者利益の保護
徐 瑞静 一 はじめに 外国法の適用に関する諸問題の中、外国法調査の責任の分 配は、外国法の調査が未だ容易ではない状況下にあって、国 際私法の重要な問題の一つとなっている。外国法調査の責任 の分配は、換言すれば、外国法の挙証責任の分配ということ になる。渉外私法関係において、挙証責任は二つの意味を有 す る が、 そ の 一 つ は、 行 為 意 味 に お け る 挙 証 責 任、 す な わ ち、誰が証拠を提供すべきであるかということであり、いま 一つは、結果意味における挙証責任、すなわち、挙証責任を 全うできなければ、結果責任を負わなければならないという ことである。この報告は、結果責任を前提とした外国法調査 の責任分配について、学説を検討するとともに、当事者利益 の保護という利益衡量の観点から、若干の論及を試みるもの である。 二 外国法調査問題の責任分配の理論 ( 1 ) 当事者負担説 当事者負担説は、外国法を単純な事実とすることを出発点 とし、しかも、民事訴訟の一般原理に基づき、外国法の証明 は当事者が自ら行い、裁判所は外国法の調査責任を負わない と主張する説である。従って、当事者が外国法の具体的内容 を証明できないときは、裁判所は外国法を適用する必要はな い。外国法が事実に属するため、当事者が外国法の内容につ いて同意するか、または、争わなければ、裁判所は、外国法 の内容を当該外国法と同一として適用すべきであり、それに 反する見解を抱いてはならない。従って、当事者間に争いが な い 限 り、 殊 更、 証 拠 の 提 供 を 求 め る こ と は 許 さ れ な い。 偶々、裁判官が当該外国法の内容を熟知していたとか、或い は、当該外国法の適用に関する先例があったとしても、それ を認めなければならない。また、当事者について見れば、証 拠規則に基づき、いずれかの外国法の適用を主張する一方当 事者は挙証責任を負わなければならない。従って、もう一方 の当事者は相応に当該外国法の内容について挙証責任を負う 必要はなくなるが、それに反する主張をするときは、それに ついて挙証責任を負うこととなる。 確かに、裁判官は法律を知悉しており、また、裁判官は厳 格な法律教育及び職業訓練を受けていることから、法律問題 の審判に従事するばかりか、法律情報や知識を収集する方法 があり、外国法を調査する能力も当事者に比べて更に長けて いる。しかし、裁判官が受けた法律に関する専門教育は、通 常、その本国法に限られており、裁判官が外国法に関する知 識を有していたとしても、必ずしも、当面の紛争に関するものではなく、当面の紛争に適切であるとは言えない場合が多 いであろう。それに対して、当面の具体的な紛争に係わる外 国法については、当事者及びその代理人の方が、裁判官より も、更に関連外国法規定を知悉していることが考えられる。 これは、紛争当事者が紛争に絡んで、外国法に関心を抱き、 か つ、 そ れ に 接 触 し て い た と 考 え ら れ る か ら で あ る。 例 え ば、大手企業の関係者が契約締結前に外国法資料を多く収集 し、外国法の適用上のリスク等について検討することはしば しば行われることである。従って、当事者負担説が、当事者 の積極性、及び、その者の外国法との接触の機会を利用する ことにより、外国法に関する資料を探求し、もって、裁判官 が提供された外国法資料を活用することができることとなる 点において、合理的な根拠が見い出されることを否定するこ とはできない。 しかし、他方、当事者による外国法の理解が誤っていると か、或いは、当事者が結託して法律回避することもあり得る ことである。更に、当事者が挙証できず、外国法内容の真否 が確定できない場合、挙証責任分配原則に基づき、挙証責任 を負担する当事者に対して不利を強いることとならざるをえ ない。 ( 2 ) 裁判所負担説 裁判所負担説は、外国法の性質が法律であるということを 基 礎 と し、 加 え て、 「裁 判 所 に お け る 法 の 周 知」 ( Jura novit curia ) を 前 提 と し て、 法 律 的 性 質 を 有 す る 外 国 法 の 内 容 に つ いては、裁判官が知るべき範囲に属するものと考え、裁判所 が渉外私法事件において外国法の内容を調査する義務がある と主張される立場である。 この説は、ドイツが早くから採用するものであり、国際私 法規定に基づき、外国法を準拠法として渉外事件を解決する と き は、 裁 判 所 が 外 国 法 を 調 査 す る 義 務 を 有 す る こ と と な る。一八七七年のドイツ民事訴訟法の規定により、他の国家 の有効な法律、習慣及び命令につき、裁判所が分からない場 合には、裁判所は当事者から提供された証拠に限らず、職権 をもって、その他の関連資料を利用して、適当な処置を行う べ き も の と さ れ て い る。 こ の 説 か ら は、 外 国 法 の 内 容 を 調 査・適用することは、裁判所の権利に止まらず、義務でもあ る。 当 事 者 は、 通 常、 証 明 書 類 の 提 出 又 は そ の 他 の 方 法 を も っ て、 裁 判 所 に よ る 外 国 法 の 調 査 に 協 力 す る こ と と な る が、これは当事者の権利であって、その義務ではない。 しかし、その一方、裁判所負担説は、裁判官の負担を増加 させることとなり、その結果、渉外事件の審理において、と か く 法 廷 地 法 の 適 用 へ と 導 か れ る 傾 向 を 助 長 す る こ と と な る。裁判官に対し、内国法の適用と同様に、外国法を調査、 解釈、適用することを求めることは、裁判官の負担の加重と なり、このような情況下においては、訴訟の遅延又は審理の 質的低下を招来することとなることが予想される。従って、
専ら裁判官に外国法の提供を求めることは決して適切である とは言えない。 ( 3 ) 折衷説 かくして、外国法の挙証責任の分配は、直接的に渉外民事 訴訟の進行に影響を及ぼすこととなるものであり、外国法の 本 質 及 び 訴 訟 経 済 の 双 方 を 考 慮 す る こ と が 必 要 で あ る。 実 際、諸国の法体系は煩雑であり、外国法の調査証明は容易で ないばかりか、裁判官も万能ではない。また、通常、当事者 も当然に法律の専門家ではない。従って、裁判官にせよ、訴 訟当事者にせよ、それらの者に全部の挙証責任を負わせるこ とは妥当ではないであろう。事実、当事者負担説又は裁判所 負担説のいずれかの立場を完全に貫徹する国家は殆ど存在し ないと見られる。そこで、多数の国家ないし地域は、いわゆ る折衷説の立場を採っていることが看取される。この説の主 張する立場からは、当事者及び裁判所とも、一定の調査責任 を負担することとなる。この説についても、仔細にはいくつ かの立場に分類することができる。まず、第一に、裁判所が 職権によって外国法を調査しなければならないが、当事者に 協力を求めることができる、すなわち、裁判官の調査を重視 しながら、当事者から提供された証拠を認定することもでき るとするものであって、場合により、拒絶又は制限を加える ことができるとする立場である。第二に、原則として、当事 者が外国法を証明しなければならないが、場合により、裁判 官 が 自 ら 調 査 し な け れ ば な ら な い と す る 立 場 で あ る。 そ し て、第三に、原則として、裁判所が職権によって調査しなけ ればならないが、場合により、当事者が挙証しなければなら な い と す る 立 場 で あ る (例 え ば、 ス イ ス 連 邦 国 際 私 法 第 一 六 条 第 一 項 の 規 定 が、 「適 用 さ れ る べ き 外 国 法 の 内 容 は、 職 権 に よ っ て 確 定 さ れ る べ き も の と す る。 そ の た め、 当 事 者 の 協 力 が 要 求 さ れ る こ と が で き る。 財 産 法 上 の 請 求 の 際 に は、 証 明 が 当 事 者 に 課 せ ら れ る こ と が で き る。 」 (笠 原 俊 宏『国 際 私 法 立 法 総 覧』 (冨 山 房、 一九八九年)一三三頁参照) というような場合である) 。 三 諸国の立法例 それでは、諸外国においてはいかなる立場が採られている であろうか。外国法の調査責任の配分は、渉外民事訴訟の進 行と密接に関わり、しかも、当事者の利益ばかりか、裁判官 の利益とも密接な関連があるということができる。そのよう な状況下にあって、この問題について、多くの国々は、国際 私法又は民事訴訟立法上において、裁判所及び当事者が密接 に協力し合うことにより、その解決を図るべきことを定めて いることが看取される。 諸国立法ないし実務上、大凡、上記の三つの理論上のいず れの観点も踏まえられている。当事者負担説は、基本的に、 英、米等のコモンロー系諸国、及び、一部の南米諸国におい て採用されている。それに対して、裁判所負担説は、多くの ヨーロッパ諸国、例えば、オーストリア、イタリア、オラン
ダ、一部の東ヨーロッパ諸国、更に、南米のウルグアイにお いて立法化されている。それらの一部の立法例として、例え ば、一九九五年のイタリア国際私法体系の改正第一四条第一 項 は、 「外 国 法 の 確 定 は、 裁 判 官 に よ り、 職 権 を も っ て 探 求 さ れ る。 」 と 規 定 し、 ま た、 一 九 七 八 年 の オ ー ス ト リ ア 国 際 私 法 典 第 四 条 第 一 項 は、 「外 国 法 は 職 権 に よ っ て 調 査 さ れ る も の と す る。 」 と 定 め て い る (そ れ ぞ れ、 笠 原 俊 宏『国 際 家 族 法 要 説(新 訂 補 正 版) 』 (高 文 堂 出 版 社、 二 〇 〇 四 年) 三 〇 〇 頁、 二 三 一 頁 参 照) 。 し か し、 今 日、 圧 倒 的 に 多 数 の 諸 国 の 立 法 は、すべて折衷説の立場に立っており、その立法例を枚挙す るに暇がない。大陸法系諸国においては、寧ろ、裁判官が当 事者の協力を求めることによって外国法を調査しており、例 えば、一九七四年のスペイン民法典第一二条第六項等の立法 例 が そ れ と し て 挙 げ ら れ る (笠 原・ 前 掲 総 覧 一 七 七 頁 参 照) 。 しかし、明文規定を有しない諸国においては、裁判所の判決 を通じて、裁判所が職権によって外国法を調査しなければな らないが、当事者の協力を求めることができるという規則を 殆ど確立しているものと見られる。もっとも、ドイツ及びフ ランスは外国法の調査責任分配の処理について、一般的な立 場と若干異なっており、ドイツの裁判官が比較的に重い調査 責任を引き受けているのに対して、フランスの裁判官は比較 的 に 軽 い 有 限 的 な 調 査 責 任 を 引 き 受 け る (拙 稿『外 国 法 の 性 質 に 関 す る 若 干 の 考 察』 東 洋 大 学 大 学 院 紀 要 四 六 集 一 〇 一 頁 以 下) 。 英、 米 両 国 は 典 型 的 な 英 米 法 系 国 家 に 属 し て い る が、 外国法の調査問題の分配について見れば、両国における処理 方法は大きく異なっているようである。すなわち、イギリス において、当事者による外国法の調査責任の形態を頑なに堅 持し続けているのに対して、アメリカの情況はより複雑な様 相を呈しており、多くの場合に、裁判官が自ら調査すること が許容されているようである (拙稿・前掲一〇一頁) 。 四 当事者利益の保護 近時、諸国国際私法、取り分け、西ヨーロッパ諸国の国際 私 法 中 の 抵 触 規 則 の 顕 著 な 傾 向 と し て、 「密 接 関 連 性 の 原 則」及び「弱者保護の理念」によって先導され、それに適っ た規則に整理されつつあることが指摘されることが少なくな い (笠原俊宏『国際家族法新論(補訂版) 』 (文眞堂、二〇一〇年) 三 一 二 頁 参 照) 。 こ れ ら の 中、 前 者 に つ い て 言 え ば、 密 接 関 連 性の存否に関する判断は、特別に考慮すべき事情が存在しな い限り、多くの場合、準拠法の決定の次元における客観的な 地域的関連性に関する事実認定における判断として、裁判所 の専権事項に属すると言わざるをえないであろう。それに対 して、後者については、以下において論及するように、当事 者の主観的意思をも含めたより多角的な観点から考慮するこ と求められるべきものではないか、すなわち、その主観的意 思 の 如 何 の 適 正 な 判 断 の た め、 外 国 法 の 調 査 責 任 に つ い て も、裁判所と当事者間、そして、関係当事者間においてより
厳密に分配されるべきではないかと思われる。 「弱 者 保 護 の 理 念」 に 適 っ た 抵 触 規 則 は、 一 定 の 弱 者 の 利 益を保護するため、その者の利益の確保が見込まれる法の適 用を裁判官に命じる立場を内容としている。従って、債権債 務関係に関する判断において、労働契約とか、消費者契約の ように、一方当事者を明確に保護しようとする契約を除き、 いずれか一方の当事者が援用した外国法につき、他方当事者 が争わない限り、当事者による外国法の内容の挙証に委ねる ことは、当事者意思の尊重が要請される契約自由の原則に鑑 みれば望ましいことであり、職権による探知は必要でないば かりか、寧ろ、斥けられるべきではないかと思われる。それ に対して、不法行為による損害賠償の準拠法である外国法の 内容の援用に際しては、弱者としての被害者の保護のため、 先ず、被害当事者の主張を優先すべきであろう。そして、そ れに異議を申立てる加害当事者は、被害当事者の主張を覆す について責任を負うべきであろう。しかし、同じ財産法関係 としても、物権関係については、その権利の強力な排他性に 鑑み、外国法の内容の調査・立証においては、裁判所が介入 すべき余地はより拡大されるべきであろう。 より慎重に検討されるべきは、身分関係に関する外国法の 内容の調査責任についてである。弱者の保護に関連する親子 関係における子の保護が、嫡出保護、認知保護、準正保護と して発現する法律関係の場合には、子の側の当事者の援用を 尊重しつつ、裁判所は後見的にその保護の実現を確認すべき であり、その限りにおいて、職権をもって外国法の内容の探 知に努めるべきであろう。また、弱者保護の観点とは異なる が、離婚保護等、一定の身分関係の保護については、当事者 利益の保護を顧慮しつつも、身分法における秩序の安定性、 すなわち、公序性をも顧慮しなければならないであろう。財 産法関係とは異なる身分法関係の秩序の維持のためには、当 事者利益の無制限な暴走がないよう、注視しなければならな いと思われる。 結局、任意法が支配する分野と強行法が支配する分野を峻 別する基準が、外国法の調査責任に関する問題についても基 準とされるべきであり、その区別に従って、この問題につい て検討すべきであろう。そのような観点こそが、外国法の調 査責任の分配について、いずれの立場に与するにせよ、一律 的に論じようとする有力な諸説についての疑問点として残る 所以のものである。 五 むすび 上 述 の よ う に、 外 国 法 の 調 査 責 任 の 分 配 の 問 題 に つ い て は、理論的に、当事者負担説、裁判官負担説、折衷説の三つ の考え方が見られた。諸国がそれらの立場のいずれに拠って いるかについてもすでに言及されたところであるが、実際に は、諸国は、この問題について共通点を有する一方、それぞ れ、それ自体の特性をも併せて有している。すなわち、圧倒
的に多くの諸国は、外国法の調査責任の分配については、成 文法に依ることなく、実務における取扱いをもって対処して い る。 具 体 的 に 言 え ば、 例 え ば、 ド イ ツ 民 事 訴 訟 法 典 第 二九三条は正しく外国法調査の問題に関する規定であるが、 外国法調査責任を負うべき者の確定についての判断に際し、 あまり役立たないと指摘されている。一方、アメリカ連邦民 事 訴 訟 規 則 第 四 四 ・ 一 条 の 規 定 内 容 は 比 較 的 に 明 確 で あ る と いう具合である。 大陸法系諸国においては、大体において、裁判官が外国法 の調査責任を負わなければならないと考えられていた。ドイ ツ、 オ ラ ン ダ、 ベ ル ギ ー は す べ て こ の 考 え 方 を 採 用 し て い る。外国法は事実に属しないものであり、その調査は証拠規 則に制約されるものではないという基本的な姿勢が支配して いる。フランスのみは、その他の大陸法系諸国と明らかに異 なり、裁判官は、特定の類型の事件においてのみ外国法の調 査責任を担い、その他の情況下においては、当事者が自ら外 国法を調査しなければならない。しかしながら、フランスを 含む全ての大陸法系諸国においては、裁判官の調査責任は絶 対的であるとは考えられておらず、寧ろ、裁判官は外国法を 調査する際に、 「可能な限りにおいて行えば良い。 」とされ、 裁判官は、外国法を調査する際に、当事者への協力を求める ことが可能であり、結局、裁判官と当事者との協力により、 外国法の内容を確定されていると言われている。 イギリス及びアメリカは英米法系の代表国家であるが、両 国 は 外 国 法 調 査 責 任 の 分 配 に つ い て 異 な る 態 度 を と っ て い る。英国が外国法を事実とする伝統を固守し、当事者に証拠 規則に従って外国法の内容を証明することを求め、裁判官は 中立性及び消極性を維持しており、外国法の内容を証明する 権利も義務もない。しかし、アメリカは、連邦民事訴訟規則 第 四 四 ・ 一 条 に よ り、 外 国 法 を 事 実 で は な く、 一 つ の 法 律 問 題として、裁判官は、職権により、外国法の内容を資料とし て調査することになる。この点において、アメリカの対処は 大陸法系諸国に接近している。しかしながら、大陸法系諸国 と決定的に異なっているのは、アメリカ連邦裁判所は主体的 に外国法を調査する権利を有するが、外国法の調査責任を負 うことはないという点である。アメリカ裁判所における右の ような臨み方の柔軟性を考慮するならば、一先ず、結論とし て、諸国の立場の中では、アメリカのとる立場が、当事者利 益の保護及び裁判所の機動性の確保に最も寄与することにな るのではないかと思われる。 (東洋大学大学院博士後期課程)