のヴァルネラピリティ/エージェンシー
著者
辻上 奈美江
著者別名
TSUJIGAMI Namie
雑誌名
白山人類学
号
16
ページ
55-73
発行年
2013-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00006196/
i
特集論文i
湾岸諸国における雇用主の語りから探る家事労働者の
ヴァルネラピリティ/エージェンシー
辻 上 奈 美 江 *
Exploration ofVulnerability/Agency ofthe Female Migrant Domestic Workers:
An
An
alysis on Employers' Narratives in the Gulf StatesTSUJIGAMI N amie合
Abstract
Studies on migrant workers are thriving along with the development of globalization. Feminization of migration that took place in conjunction with New International Division of Labor (NIDL) further stimulated its interests into “global householding"or“globalization of the reproductive spheres". Especially domestic helpers drew attention as they are working within private (thus intimate, and mostly non-visible) spheres. Asian migrant women working in the Gulf States became the stake at point as they are increasingly exposed human rights violence such as abuse, confinement at home and extremely low wages. Within the scholarly works, migrant domestic helpers were portrayed within the dichotomy of either“victims" or“agents". And, recent studies of this genre emphasize agency that the domestic helpers exercise through empirical data, but have basically overlooked the relationship between their employers. This study focuses on female employers of the foreign female domestic helpers, such as Saudi and Emirati women who directly manage domestic helpers in their daily lives. By doing so, this paper explores agencies and strategies of not only the domestic helpers, but those of their female employers. The study will illuminate female employers' cautiousness or even fear of having“the other" within their intimate sphere, as well as emotional attachment for those who sustain long-term employment.
キーワード:湾岸諸国,家事労働者,ジェンダー,ヴ、アルネラピリテイ,エージェンシー
Ke
ywords: Gulf States, domestic helpers, gender, vulnerability, agency* 東京大学総合文化研究科;Graduate School ofArts and Sci巴 即 時 TheUniversity of Tokyo, 3す 1, Komaba, Meguro,τbkyo, 153-8902, Japan/巴-mail:tsujigami@utcm巴s.c.u-tokyo.ac.jp
I
は じ め に . グ ロ ー バ ル 化 す る 再 生 産 領 域 生産領域における新国際分業は,必然的に再生産領域における新国際分業をもたらした。ケ アが外部化されケア労働へと転換される過程で,家計は脱領域化に晒され, M.ダグラスらが指 摘する「グローパル・ハウスホールデ、イングJ[Douglass 2006;足立 2008J へと変容しつつあ る。「グローパル・ハウスホーデ、イング」は,近代の国民国家においてしばしば最小単位とみな されてきた家族が,グローパル化時代において実は国民国家や国境の領域を横断するという特 徴を示している。 このことをケアの観点から言い換えるとすれば,ニコラ・イエーツが論じる「グローパル・ ケア・チェーンJ[Yeates 2009: 40J と呼べるだろう。グローパルなケアの連鎖は,新国際分業 により労働力の女性化が進展し,家事,介護,看護労働といったケアを女性が「第二のシフト」 なくしては果たせなくなったことによって引き起こされた[Yeates2009: 40J。このようにして, ケアが国際商品化するのだが,その背景には,正規雇用される中心部におけるエリート女性, エリート女性の家族のケアを担う非正規雇用の移住女性,そして移住女性の家族のケアを担う 非賃金労働の周辺部母国女性という女性聞の分業関係が形成されていったことはパレーニャス が「再生産労働のヒエラルキカルな連鎖のプロセスJ[パレーニャス 2002:174J として指摘し た通りである。 グローパル化と移民の女性化,そしてそれに伴う再生産領域における新国際分業に関する先 行研究は,主に北米・ヨーロッパ,香港やシンガポールで、働くアジア出身女性を題材としてき た[稲葉2008;パレーニャス 2002;Salih 2003; Swinder 2006J。家事労働者を犠牲者として捉 える研究や報告 [HumanRights Watch 2008; Human Rights Watch 2010;嶋田 2001;2007J が指摘するように,家事労働者の労働環境に起因するヴ、アルネラピリティ(被害誘発性)の高さは否定できない。だが他方で,そのようなヴアルネラピリティに晒されつつも,同時に家事 労働者のエージェンシー(行為体,あるいは行為能力)や戦略に着目することの重要性が指摘 されるようになっている [Lan2003; Gamburd 2000; Piper and Roces 2003;稲葉 2008;小ヶ 谷2008;石井 2009J
。
このような再生産領域における新国際分業を扱う研究の対象地域は湾岸諸国にも拡大してい るが,研究対象は依然として家事労働者のみに据えられてきた [Gambard2000; George 2005; Sabban 2012J。しかし,家事労働者のヴ、アルネラピリティやェージェンシーについて解明しよ うとする研究において,彼女らを雇用し, 日常的に再生産領域を共有する雇用主に着目する必 要があるのではないだろうか。すなわちジュディス・パトラーのエージェンシー(行為性)の 概念を,小田に従って「構造の制約の中で発揮される主体性J[小田 2009:26J と解するなら, その構造とは何かについて明らかにする必要がある。これらを踏まえ,本稿では湾岸諸国のなかでもとりわけサウディアラビアで働く女性家事労 働者と彼女らを管理する女性雇用主との関係を,雇用主への聞き取り調査に基づいて明らかに する。そのために本稿では,まず国際移動する女性労働者に関する先行研究を分析する。そし て,筆者のサウディアラビアを中心とする湾岸諸国での現地調査に基づき,雇用主家庭の家事 労働者の雇い方を類型化して整理する。さらに雇用主の語りから家事労働者を雇用する際に抱 える問題を抽出し,家事労働者と雇用主との権力関係について解明することとする。 II 家 事 労 働 者 の ヴ ァ ル ネ ラ ビ リ テ ィ を め ぐ る 議 論 過去50年間に世界の移民の数は着実に増加した。国境を越えたヒトの移動について特集した 『人間開発報告200911によれば, 1960年に 7400万人にすぎなかった世界の移民(immigrant) 人口は2010年には 1億 8800万人にまで拡大した。このうち,湾岸諸国への移民の数は 1513 万人を占める。湾岸諸国において 1960年当時の移民人口が 24万人で、あったことに比べれば, 50年間で 7倍程度に増えたことがわかる。 たしかに過去50年程度で湾岸諸国は多くの外国人労働者を受け入れるようになった。たとえ ばアラブ首長国連邦では人口に占める外国人の割合は85%から 90%程度と見積もられている1)。 本稿が着目するサウディアラビアでは, 2838万人の人口のうち, 897万人が外国人である2)。 受入国側に注目すると,たとえばフィリピン人だけでも少なくとも5万 9000人が 2010年に 家事労働者として湾岸諸国に渡航している3)。湾岸諸国で働くフィリピン人女性の総数である 12万 1000人を勘案すると,湾岸諸国に渡航したほぽ半数の女性が家事労働者として就労して いることになる [POEA2010J 必。フィリピン海外雇用庁の同統計によると,フィリピン人女 性の渡航先は,アフリカ 135人,アメリカ(北米から南米まで) 2,705人,アジア 55,167人, ヨーロッパ3,416人,そして中東 123,822人で、あった5)。地域別ではもっとも多くのフィリピン 人が中東に新規に渡航したことになるが,中東地域は他の地域と比較すれば外国人労働者に必 ずしも好待遇を提供しているわけではない。たとえば,香港などでは家事労働者にも労働法が 1) UAEの人口については,カタル政府は 2006年時点の全人口 500万人のうち自国民数を 85万人と公表 している (http・/Iwww.uaestatistics.gov.ae)。他方でアメリカ議会への報告書[Katzman2012Jで は, 850万人の UAE全人口に占める自国民の割合を 12%と見積もっている。 2) http://www.cdsi.gov.sa/ 3) 同データは 2010年の渡航者数であり,サウディアラビアの滞在者数とは異なる。 4) バハレーンへの渡航者が 3,700人(うち家事労働者 1,696人) ,クウェート 24,159人 (21,413人) , オマーン1,928人 (1,552人) ,カタル 14,444人 (9,886人) ,サウディアラビア 44,469人 (11,238 人) ,アラブ首長国連邦32,370人(13,101人)であった。 5) 同統計の「中東」には,湾岸諸国以外の中東諸国(エジプト,イラン,イスラエル,ヨルダン,リピ ア,イエメン)が含まれている。
適用されるが,サウディアラビアでは現在のところそのような決まりはない。アラブ首長国連 邦では, 2011年に国際労働機関の家事労働者の適切な仕事に関する条約第 189号を批准し, 2012年 1月には同条約に基づく家事労働者に適用される法案が閣議を通過し,ようやく家事労 働者保護のための法整備が緒に就いたところである [Salama2012J。 それどころか,サウディアラビアやクウェートでは,家事労働者に対する過重な労働,給料 の不払いや言葉の暴力,肉体的暴力,性的虐待などは後を絶たないと指摘される [Human Rights Watch 2008; 2010J。スリランカおよびインドネシアにおいて,湾岸諸国で家事労働者 として働いていた女性へのインタビューを行った嶋田ミカは,出稼ぎ後もなお,家事労働者の 多くがより高い経済的地位を獲得できずにいると指摘する[嶋田 2001;2007J。アラブ首長国 連邦の家事労働者の労働環境を調査したリマ・サッパンは,同国では雇用主が身元引受人とな るため,家事労働者は雇用主の完全な管理下に置かれ,孤立を経験する者も多いことを明らか にした [Sabban2012J。また,労働時間は総じて長く,サッパンの調査に応じた家事労働者の うち 68.6パーセントが一日あたりの労働時聞が 11時間以上であることが明らかになった [Sabban 2012: 197J。また 45パーセントの家事労働者が,言葉の暴力や性的暴力を含む虐待 を受けたと回答した [Sabban2012: 226J。 だが,このような労働環境に置かれた家事労働者らが,ヴァルネラピリティが高い状況下で あっても,エージェンシーを発揮していることが次第に注目されるようになってきた。石井王 子はフィリピンのムスリム女性の湾岸諸国への労働移動と労働移動がもたらす性規範の変化に ついて論じている。石井は,移動する機会が少ないとされたムスリム女性たちの問でも,海外 への出稼ぎが増えた結果,出稼ぎを可能にする性規範が生まれつつあることを指摘する[石井 2002; 2009J。石井によれば,中東への出稼ぎを経験したムスリム女性の中には,レイプなどの 被害に遭う女性も後を絶たないが,同時にイスラームの実践に不都合のない社会制度に感心し たり,しばしばより強くイスラームを信仰するようになり,帰国後はオピニオン・リーダーと しての地位を築く場合もある。 スリランカの南西部において湾岸諸国での家事労働を経験した女性を調査したミシェル・ガ ンバードは,犠牲者と捉えられがちな家事労働者のイメージにさらなる疑問を呈し,雇用主の 家庭での家事労働者を「周縁のインサイダー,親密なアウトサイダーJ[Gamburd 2000: 102J と表現する。ガンバードの調査した家事労働者の中には,雇用主から過剰な労働を強要され, つらい目に遭ったケースもあるが,他方で雇用主の子どもたちの養育係として欠くことのでき ない存在になった者や,帰国後に出稼ぎで得た資金で起業した女性もいることが明らかになっ た。そしてガンバードは, Iインタビ、ューを行った家事労働者たちは,誰ひとりとして自らを救 いようのない犠牲者であるとは表現しなかったJ[Gamburd 2000: 116J と強調する。 近年では,家事労働者のヴァルネラピリティを軽減するための送り出し国政府や
NGO
の取り組みも存在する。たとえばフィリピン政府は家事労働者の技能化政策を推進している。「スー ノ号一・メイド」とも呼ばれる高技能な家事労働者の育成事業は,これまで 11誰でもできる JI非 熟 練 (unskilled) Jの仕事J[小ケ谷 2009:366J であると位置づけられてきた再生産労働に, 技能や資格を与えることによって,労働に付加価値を付与する取り組みである。
I
I
I
雇 用 主 世 帯 の 類 型 化 ・ 圧 縮 さ れ た 時 間 と 空 間 を ど う 共 有 す る か 時空聞が圧縮された現代のグローパル化は, I“生産領域のグローパル化"に限定されるも のではなく,むしろ, “再生産領域のグローパル化"において,その特徴を把握しうるJ [足 立2008:320J。再生産領域で外国人家事労働者が住み込みで働くことは,ギデンズのいう「親 密な関係性J [ギデンズ 1998J を意図するか否かにかかわらず覗き見し,時には介入すること でもある。親密な関係性を有する人びとの生活空間でもある再生産領域において,時空間の圧 縮によってもたらされた他者(家事労働者)と雇用主とは,時間と空間をどのように共有して いるのだろうか。 筆者は2007年から 2012年にかけて,サウディアラビアのリヤド,ダ、ハラーン,ジッダおよ び西部のワーデ、イ・ファーティマ,アラブ首長国連邦のドパイおよびアブダピにおいて, 10 歳代から 60歳代の女性を中心に 28人 (27世帯)を対象に聞き取り調査および家庭訪問による 参与観察を行った6)。調査期聞は合計約 4ヶ月で、あった。主に女性を対象としたのは,親子や 兄弟,あるいは婚姻関係にない男女の交流が制限された湾岸諸国では,再生産領域における家 事労働者のマネジメントは通常,女性の役割として理解されているためである。聞き取り調査 では,質問票は用いず,すべてオープンディスカッションとした。聞き取り調査では,グルー プディスカッションなども含まれており,すべての調査対象者に対して同ーの事項を確認でき たわけで、はなかった。 27世帯のうち, 2世帯を除く全ての家庭において家事労働者を雇用して いた。さらに2世帯では,通いの家事労働者を雇用していたが,それ以外の 23世帯は住み込み で家事労働者を雇用していた。家事労働者の国籍は,主にインドネシア人とフィリピン人によ って占められていた。スリランカ人 Iアフリカ系J7),シリア人を雇用している回答者も存在 した。 また,調査にもっとも長い時聞をかけたリヤド滞在中は,おもにサウディアラビア人の家庭 でホームステイをした。本論で利用するデータの中には,ホームステイを通じて観察されたこ とも盛り込んだ。 6) 詳細については,文末の参考資料を参照されたい。 7) 詳細な国籍は明らかにされなかった。聞き取り調査と参与観察の結果,家事労働者の労働環境は雇用主の家族の人数や経済状況, それに伴う家事労働者の人数によって多様であることが明らかになった。家事労働者の雇われ 方について議論する前に, 27世帯中 2世帯しかなかった家事労働者を雇用していない世帯につ いて検討する必要があるだろう。家事労働者を雇用しない例は都市・郊外ともに少数派で、あっ た。家事労働者を雇用していない者は,いずれも「他人に家事を任せたくない」ことを理由に 挙げた。このうち 1世帯は,夫は公務員,妻は医師で 6人の子どもがいる。この世帯では子ど もたちにそれぞれ役割を与え,家事労働者なしで家事をこなしていた(回答者27)。もう 1世 帯についても家族構成員に看護師と新聞記者が含まれるが, I家事労働者は不要である」と回 答した(回答者28)。 家事労働者を雇用している世帯は大きく 3種類に分類することができる。第一は,雇用主と 家事労働者との信頼関係が高くない場合で,通常,家事労働者は2年の契約期間終了時に,あ るいは契約期間を全うせずに帰国する。彼女らは,レベルの差はあるが,生活・仕事に必要な アラビア語単語を習得し,雇用主とのコミュニケーションを図ろうとしているものの,言語上 の障壁のために雇用主の指示がうまく伝わらず,その結果,期待通りに仕事ができないことも ある。雇用主の家事労働者への信頼度は高くないため,子どもの世話は任されるが,教育やし つけを任されることはほとんどない。掃除,洗濯,アイロンがけ,料理などの家事一般につい ても,自らの裁量で行うよりは,雇用主の細かい指示を受けながら行う場合が多い。後で「ラ ンナウェイ・メイド」として紹介するような逃亡のケースも多い。このように家事労働者のマ ネジメントに苦労していることを強調したのは,回答者2,19, 25, 26であった。 第二のタイプは,家事労働者の教育レベルが相対的に高く,家事全般に関して家事労働者に ある程度の裁量が与えられているケースである。このような例として,回答者 7,9, 11, 12, 13, 14が挙げられる。家事労働者との良好な関係を有している例は,女性単身世帯(回答者 11, 12, 13, 14)の聞でより多く見られた。家事労働者の勤続年数が 10年を超える者もいる。 たとえば,回答者9の例では, 50歳代後半のフィリピン人家事労働者を雇用しているが,彼女 は現在 40歳代前半の雇用主が結婚する前から彼女の実家に雇用されていた。この雇用主は結 婚の際に家事労働者を同伴している。フィリピン人家事労働者は,フィリピンに夫と息子を残 したまま,人生の半分以上をサウディアラビアで過ごしているという。彼女は,食料や日用品 の買い物ができる程度の金銭的裁量があるほか,子どものしつけやインテリアのすべて,雇用 主が仕事で利用する書類の整理などまでを担っており,雇用主との強い信頼関係を読み取るこ とができる。また雇用主自身も,この家事労働者がいなければ彼女自身の仕事と家庭との両立 は不可能だ、ったと語った。回答者12および14は,家事労働者を家族同然に見なしていると回 答した。
第三は,一世帯で複数の家事労働者を雇用している場合である。一世帯で複数の家事労働者 を雇用する例は,ビ、ジネスマンや政府高官などの富裕層に見られる(回答者22および 24) 。 このような富裕層は,通常,来客が多く,頻繁にパーティを主催するため,広い家屋の掃除, 来客時の料理,給仕,片付け,子どもの世話などに複数の人員が必要となる。また,回答者 15は,家事労働者とは別に子どもの養育担当者を雇用している。このように,家事労働者の 中には,老人や子どもの世話係や裁縫担当など特定の役割を帯びた者もいる。自宅を利用して 菓子製造のビジネスを起こした回答者25は,家事労働者として雇い入れた女性たちを製造担 当者に充てていた。このような家庭では家事労働者聞のヒエラルキーが存在することもある。 また, ド、パイ・ショックの直後のド、パイなどでは,友人が経営するホテルが倒産したとして, そのホテルで勤務していたフィリピン人女性を形式的に家事労働者として追加的に雇用した例 もあった(回答者24)8)。 第一に分類された家事労働者は,総じて雇用主との信頼関係が浅く,家事労働者としても熟 練度が低い。言語的障壁があることも多く,怠惰であるとの印象を雇用主が抱く傾向があり, 暴言や暴力に発展することもある。結果的に虐待や給料不払いや,家事労働者が逃亡するケー スにつながることもある。それに比べて,第二,あるいは第三に分類される家事労働者の中で もリーダー格になった者は言語障害が少なく,仕事に責任感がある人物が多い。彼女らは,雇 用主と交渉することの重要性を認識し,仕事ぶりやその他の日常の振る舞いによって,彼女ら が「脆弱な犠牲者」ではないことを雇用主に理解させることに成功している。 第一のタイプとは異なり,第二のタイプの家事労働者や,第三のタイプのうちの特別な役割 を帯びた家事労働者は,各家庭の家事全般に関するいわば「流儀」を付加価値として習熟して いる。 I流儀」とは,各家庭で求められる料理,掃除,育児などに関するルールや基準のこと であるが,雇用主がしばしば家事労働者の労働による成果を自らのものとしてしまう傾向があ るため,家事労働者が「流儀」に沿った家事を提供できるか否かは重要なポイントとなりうる。 たとえば,家事労働者が調理した料理も,女性同土が集うパーティでは雇用主の「得意料理」 として振舞われるからである。裁縫担当の家事労働者が作ったドレスも, I雇用主がデザイン して作ったドレス」として称賛の対象となることもある。家事労働者の労働は,雇用主らの聞 では全く評価されないことを示しているのだが,雇用主の視点から見れば Iマダ苧ムの得意料 理」あるいは「マダ、ムお手製ドレス」を作れる家事労働者は,雇用者にとって付加価値の高い 存在となる。一見,誰にでもできる,技能や熟練の不要とされる家事労働[小ケ谷2009Jであ るが,実は家事労働が付加価値労働として再構築できることを示す例とも言えるだろう。 8) 詳細については[辻上 2010J を参照されたい。
IV
雇 用 主 の 語 り か ら 見 え る 家 事 労 働 者 と の 関 係 性 調査の結果,明らかになったことは,家事労働者と同様,雇用主もまた圧縮された時間と空 間を家事労働者との関係において交渉していることである。雇用主のみに着目する本調査では, 当然ながら雇用主による家事労働者に対する暴力や賃金不払いなどの問題についての示唆を得 ることは難しかった。けれども家事労働者との良好な関係,あるいは家事労働者とのトラブ、ル についての具体的なデータを得ることができた。 1 良好な関係構築の難しさ 家事労働者と良好な関係を構築している雇用主は少数で、あった。 4名の回答者は, 10年以上 同じ家事労働者を雇用し続けており,家事労働者は家族同然の存在であると述べた(回答者9, 12, 13, 14)。他方で,家事労働者との良好な関係を結んでいる雇用主の中には,家事労働者 との関係が良好であったとしても,より少ない年数での帰国を望むと回答した雇用主も存在し た(回答者8)。緊密な再生産領域を共有する家事労働者には精神的な健全さも重要であるので, 家事労働者自身にも健全な家族生活を望んでいることがその理由であるとしづ。また家事労働 者と必ずしも家族のような親密な関係にあるわけではないが,労働管理に成功していると回答 した例も 2件あった。このようなケースでは,家事労働者の業務内容を明確に取り決めていた (回答者5,15)。 雇用主が家事労働者に暴力を振るったなどと回答をする雇用主はいなかった。むしろ,雇用 主の中には, Iわれわれは家事労働者を大事にしている」と回答する例も見られた(回答者1)。 回答者 1は,その理由として,家事労働者は子育てや介護などの家族のケアを一手に担う存在 であり,彼女らの不満がケアを必要とする赤ん坊や子ども,そして老人に向かうかもしれない からだと語った。実際に,若い世代の回答者や子どもをもっ女性雇用主の中には,家事労働者 からの暴力を経験した者もいた(回答者2,19)。ある回答者は,家事労働者が息子を殴ってい たことが判明したので,その家事労働者を帰国させたことがあると答えた(回答者8)。さらに 赤ん坊のミルクに何かを混入させられた,子どものおもちゃを壊された,洋服を切り刻まれた, 金品を盗まれたなどの経験があると話した者などがいた。 2 ランナウェイ・メイド,文書偽造 複数の雇用主が,家事労働者のマネジメントに苦労した経験がある,あるいは現在も問題を 抱えていると回答した(回答者 2,3, 4, 10, 19, 25, 26)。あるいは自らの問題としてでは なく,知人が抱える問題として語った(回答者1,16)。彼女らは, Iランナウェイ・メイドJ(回 答者3,10),文書偽造(回答者 3,10, 25),病気の隠蔽(回答者 5,25),自殺未遂(回答者 3) ,そしてブラックマジックなどの被害を受けたと回答した(回答者 19,26)。「ランナウェイ・メイド」は,文字通り,家事労働者が逃亡する例である。家事労働者の逃 亡は,近年,現地紙面上でもしばしば話題にのぼる問題となっている[Alseghayer2012J。家 事労働者のあっせん業者は,通常, 3ヶ月間の試用期間を設置している。雇用主は,紹介され た家事労働者の雇用を望まない場合, 3ヶ月以内であれば別の家事労働者と取り替えることが できる。だが,試周期間の3ヶ月を過ぎると,雇用主が家事労働者の直接のスポンサー(身元 引き受け人)となるのだが,湾岸諸国では試用期間終了後の家事労働者の逃亡が後を絶たない。 逃亡の理由には,給料不払いや虐待,長時間労働など雇用主側の問題も含まれる。だが,この ような問題がなくとも,より高い賃金を払ってくれる雇用主が見つかったなどの家事労働者側 の都合でも容易に逃亡へと発展することがあるという。ある回答者は,逃亡したフィリピン人 家事労働者が,逃亡当日の夕食をいつもどおり完壁に用意していたエピソードを紹介してくれ た。このような場合,家事労働者は雇用主からの暴力などに耐えられずに脱出したわけではな く,むしろ雇用主への一定の忠誠心を維持しながらも,より良い待遇を求めて家事労働者が新 たな雇用主を選択したことが窺える(回答者3)。 家事労働者を雇用することが一般的となっている湾岸諸国の雇用主らは,試用期間を過ぎた 「ランナウェイ・メイド」が繰り返し発生することによって,金銭的負担を被ることになる。 家事労働者を新たにあっせん業者に紹介してもらう必要があるからである。「ランナウェイ・メ イド」が繰り返されれば,あっせん費用の多重化にもつながる。このような費用の多重化を避 けるため, Iランナウェイ・メイド」のみをあっせんする非合法のあっせん業者を選んだという 雇用主もいた(回答者18)。回答者 18が利用したランナウェイ・メイド、専門のあっせん業者の 場合,家事労働者の候補者はすでにサウディアラビア国内にいるため,雇用主は高額な渡航費 などの負担を負わない。 このような非合法な業者を選定することで,雇用主はあっせん料を低く抑えることが可能で あった。また,このようなあっせん料や家事労働者の身元引受人としての責任を回避するため, 回答者20はサウディアラビア圏内に居住している外国人3人をパートタイムで雇用していると 述べた。 さらに回答者から問題として挙げられたのが,文書偽造で、あった。家事労働者のパスポート や健康診断証明書の偽造は,なかば日常茶飯事と化している。雇用主にとって文書偽造は,と もに生活する者がいったい何者なのかわからないという問題を引き起こしている。とりわけ回 答者が問題視していたのが年齢であった。実年齢よりも明らかに若い年齢がパスポートに記載 されていることもあるが,より問題を引き起こしやすいのは, 10歳代などの若い女性が実年齢 よりも高い年齢を記載したパスポートを所持していることであると指摘された。雇用主によれ ば, I彼女らは,何も知らずに海外にやってくる。だから自らが家事労働者となって働く自覚も ない。掃除や料理の方法も知らない。家事を教わっても,十分にこなすことができない」問題
を抱えていることが多い。回答者3は,このような文書偽造が自殺未遂へと発展したケースを 紹介してくれた。回答者3がかつて雇用した家事労働者は明らかにティーンエイジャーで、あっ た。彼女は年齢を偽って渡航したが,異なる環境に耐えられずすぐにホームシックにかかった。 女性が雇用されて間もなく,一年中でもっとも家事労働者が忙しくなる断食月が訪れた。断食 が明けてお祭りの時期になると,大勢の親族で集まり,特別な料理を振る舞い,食事やおしゃ べりをして過ごす。家事労働者らも,通常,夜に働くことが求められる。回答者3は彼女の状 況を察して,夜は呼び出さないことに決めていたのだが,ある晩,用事ができたので,やむな く上階にいる家事労働者を呼んだ。彼女は何度呼んでも返事をしない。雇用主の家族が見に行 くと,彼女は風目場で自殺を図っていた。幸いにも,彼女は一命を取り留めることができたが, 回答者3は家庭内でこのような事件が起きたことを振り返り, Iこんな問題を起こしてほしくな かった。そんなに辛いなら出稼ぎ、に来てほしくなかった」と述べた。 文書が偽造される例は,パスポートにとどまらない。健康診断書もまた日常的に偽造されて いる。雇用主によれば,家事労働者が健康であると偽って渡航する例が後を絶たないとし、う。 ある回答者は,フィリピン人家事労働者を雇用し始めてすぐ,彼女の腕の裏にひどい嫡れがあ ることに気づいた。彼女はまだ試用期間中であったが,気の毒に思った雇用主は,彼女の医療 費を負担して医師の診察を受けさせた。すると,彼女には手術が必要で、あることがわかった。 雇用主は夫と相談し,すべて費用を負担して彼女に手術を受けさせた。退院後の数日聞は,別 の家事労働者が彼女のために食事を用意したり,身の回りの世話をした。それでも給料は減額 しなかった。しかし,家事労働者はホームシックにかかり,帰国を希望した。この時,ちょう ど試用期聞が終了したばかりだったが,家事労働者の意思は固く,雇用主は家事労働者の帰国 の要望に応じるしかなかった。もちろん医療費などが返却されることはなかった(回答者 25)。 3 家事に対する認識の差異 文書偽造の他に,より社会・経済構造的な問題として「家事」に対する認識の差異もしばし ば家事労働者と雇用主との関係性に影響を与える。雇用主の中には,家事労働者の家事レベル の低さに不満を抱く者は少なくない。「今私が雇っている家事労働者は不潔だ。そもそも彼女は 掃除をする気などない。私に指示されるので,仕方なく雑巾をかろうじて床に当てているだけ」 (回答者 25)と不満を述べる雇用主もいた。この背景には,個人的な資質の他に,文化的・経 済的格差から生じる「家事」に対する認識の差異も存在する。家事労働者は家具や家電製品を 揃えた大きな家を維持するようなライフスタイルに不慣れで、あったり,家電製品を使いこなせ ず家電品を壊すケースもある[辻上 2011J。このような不満は男性の家事労働者にも向けられ ることがある。運転技術の低い男性の外国人運転手が,雇用主の自家用車を出庫しようとした ところ,そのすぐ前に駐車していた同じ雇用主の別の自家用車に追突し,二台の車を同時に修
理しなければならなかったというエピソードを挙げた回答者もいた(回答者25)。 4 ブラックマジック,性規範を揺さぶる家事労働者 家事労働者のブラックマジックによって,金銭的,精神的被害を受けている雇用主も少なく ない。アラビア語で sihrと呼ばれるブラックマジックは,催眠などを伴う魔術と理解してよい だろう。回答者らからは,催眠にかかっている聞にお金がなくなった,親戚の妻が病気になっ た,夫の心が離れていった,夜中に見知らぬ男性が冷蔵庫の前に立っていたなどの事例が,本 人ではなく「知人が受けた被害」として語られた(回答者5,19, 26)。このような場合,雇用 主は,家事労働者を解雇するよりは,ブラックマジックを解くための行為に力を注ぐことが多 い。ブラックマジックについて語った回答者に対して,ブラックマジックを信じるかと尋ねた ところ,回答者の中には I(筆者に対して)あなたはブラックマジックを信じていないのか,あ のおそろしいブラックマジックを」と反語的に聞き返す者もいた(回答者 26)。このことが示 すように,ブラックマジックは雇用主らの聞である程度共通して恐れられているようである。 そのためか,家事労働者のなかには「わたしはブラックマジックを習得している」と雇用主に 対して宣言する者もいるという(回答者19)。 ブラックマジックではなくとも,家事労働者から買う妬みについても指摘された。回答者25 および回答者3は,家事労働者に雇用主やその家族の洋服が切り裂かれた経験を有する。また 回答者25は,何の不自由もなく,家族がともに生活できることについて家事労働者があからさ まに妬む発言をしたことに脅威を覚えた経験があると述べた。 家事労働者は,性規範を揺るがしかねない,性的にアクティブな存在としても認識されてい る。家事労働者を自宅に残して雇用主が外出する際,施錠する雇用主が多いのも, Iランナウェ イ・メイド」防止に加えて,性規範の維持とも関連している。回答者25は,ある時,自らが居 住する集合住宅の警備員から,彼女の家に何者かが侵入しているとの通報を受けた。調べたと ころ,家事労働者が雇用主の不在中を見計らって男性を自宅に招き入れて売春行為を行ってい たことが明らかになった。集合住宅の上階に住むこの雇用主が,その後,家の外に注意を払っ ていると,下階から時折男性が上のほうを,まるで適当な女'性がいないか探っているかのよう に眺めていたという。また,別の回答者は,子どもを保育園から出迎える家事労働者たちは「男 性の携帯電話番号を交換し合っている」とか, I家事労働者はたった50リヤル (1米ドノレ =3.75 リヤル)でも性交渉に応じる。だから独身男'性はいつも家事労働者に目を配っている」と述べ た(回答者 5,17)。さらに,週末などに開催される女性のみの集会では Iインドネシア人は 勤勉で料理は上手だが,オトコがいないと生きていけない」など,彼女らの聞でなかば定説化 した話が繰り広げられる(回答者 5,7, 12, 25)。インドネシア人とフィリピン人を比較して 「インドネシア人は,勤勉でアラビア語も習得しようとするが,男癖が悪い。他方でフィリピ
ン人は英語ができて,契約を守ろうとしてくれるJ(回答者 8) と答えた。このような家事労働 者に関する国籍別情報は,家事労働者によって性規範が揺さぶられたり,あるいは夫の心が家 事労働者に向けられるリスクを回避するために共有される情報としての役割を果たしている可 能性もある。 5 雇用主から提供される金銭,プレゼント,ケア 2年の契約期聞が終われば,家事労働者に帰国の渡航費を用意することは,一般的に雇用主 の義務として契約書に記載されている。また,慣例として,食事,石けんやシャンプー,生理 用品などの日用品および光熱費,そして薬など,生活にかかる費用全般については雇用主が負 担することとなっている。だが,それ以上の金銭,プレゼント,ケアが提供されることも決し て珍しくはない。回答者25は,月に一度は,家事労働者を買い物に連れ出すという。そしてそ こでプレゼントを買い与える。複数の家事労働者を雇用する回答者25は,リーダー格の役割を 担う家事労働者には最新型の iPhoneを買い与えたという。また,家事労働者が 2年間の契約 期間を終えて帰国する際には,家事労働者の家族のプレゼントまで買い与える雇用主も少なく はない。回答者25は,家事労働者が好待遇を受けることについて「家事労働者は,到着の当初 は痩せてギスギスだが,帰国するころには皆,健康的ででっぷりとしてくる」と皮肉った。彼 女はさらに「家事労働者は,タダで生活できるので,コストの感覚がない。食料も,シャンプ ーも,電気も水道も,まるですべて無料であるかのように消費してしまう」とも述べ,家事労 働者を雇用することで,賃金以外にかかる費用がかさむとも訴えた。 また回答者25は,母親が重病と訴え出た家事労働者に病院費用として給料 2ヶ月分を前払い にも応じたことがある。回答者25の家事労働者は,ある朝,フィリピンの家族から母親の病気 が悪化したとの連絡を受け,泣きながら雇用主夫妻に給料の前払いを願い出た。雇用主夫妻は, 早速銀行へ向かい,彼女の2ヶ月分の給料を送金した。雇用主は,家事労働者のおばがリヤド のある家庭で家事労働者として働いていることを知り,その親戚の働く家庭に連絡を取り,回 答者25が同伴して彼女をその家庭に送り届けた。家事労働者は, 2ヶ月分の給料の前借りに加 えて, 1日の休日を得た。 短期的なプレゼントやケアではなく,長期的視点から家事労働者の人生をサポートしたとす る回答者もいた。回答者5がかつて雇用していたインドネシア人家事労働者は,毎月,送金し, そのお金でインドネシアに家を建てることができた。だが,家事労働者の夫は,彼女に知らせ ることもなく家を売り払い,売却で手にしたお金を持って別の女性と逃亡したという。回答者 5は,残された家族への送金の頻度を月 1固から 3ヶ月に 1回に減らし,できるだけ家事労働 者自身がお金を貯めることを奨励した。そしてある程度お金が貯まると,家事労働者の名義で 土地を購入させた。その際,家事労働者が月賦で返済する約束で資金の貸し出しにも応じたと
いう。 6 必要不可欠な家事労働者 家事労働者の雇用に問題があると感じている,あるいは感じたことがあると答えた一部の回 答者には, I家事労働者を雇わない選択肢はあるか」と尋ねたところ, I家事労働者を雇わずに 済むならそれにこしたことはないが,われわれのライフスタイルはそれを許さない。家事労働 者は必要であるJ (回答者 25) などの回答が寄せられた。そのライフスタイルとは何かを尋ね ると,家族の規模や,断食祭,犠牲祭りの際の来客の多さなどであった(回答者1,3, 8, 25)。 リヤドでは, I砂挨がたまるので,毎日 2回は家を掃除しないと家が汚れるJ (回答者 1) とい った回答も寄せられた。 また,週末に開催される女性集会でも家事労働者を同伴することは,一部の雇用主の聞では 一般化している。ホームステイ中のある時,女性集会からの帰宅後,雇用主が家事労働者に対 して「私はあなたのマダム。家の外にいるときも私を最優先しなさしリと注意する光景も見ら れたことがあった。この日の集会で何が起こったかはわからない。だが,他の集会参加者のな かで,雇用主が彼女の家事労働者に最優先されなかったことによって,雇用主のプライドが傷 つけられる場面があったものと思われる。
V
結 論 ・ 交 渉 さ れ る 支 配 ・ 被 支 配 関 係 本稿では,サウディアラビアで働く家事労働者を中心に,雇用主女性との権力関係を解明す ることを目的として議論を進めた。雇用主世帯を類型化する作業を通じて明らかになったこと は,第一に,ほとんどの世帯で,家事労働者を雇用していることで、あった。だが家事労働者の 労働環境が画一的に劣悪であるとは断定しがたく,雇用主の経済的地位,家族の規模,子ども や老人などケアを必要とする構成員の有無,雇用主のマネジメント能力に加えて,各家事労働 者の能力や経験,そして雇用主の要望に応じて多様な形態をとりうることも明らかになった。 つまり,家事労働者とは,一般的には,誰にでもできる,技能や熟練の不要とされる家事労働 と考えられているのだが,実際には,外部化された家事労働の技能化が雇用主の付加価値とし て機能する可能性があることが明らかになった。家事労働者の熟練化や専門性を帯びさせるこ とによって,容易には代替できない労働力と置換することができるのである。これらは家事労 働者のエージェンシー,そして雇用主のマネジメント能力,あるいはそれら両方によって獲得 することが可能となる。 また,雇用主へのインタビューと参与観察から明らかになったことは,家事労働者との良好 な関係を構築・維持することは必ずしも容易ではなく,複数の雇用主は現在または過去に「ランナウェイ・メイド」や文書偽造,そしてそれに附随して起こる問題に直面する経験を有して いた。また,家事労働者は,ブラックマジックで災いをもたらしうる存在,あるいは性的にア クティブで自らの社会や家族の性規範に揺さぶりをかけうる危うい存在とも見なされていた。 また,家事労働者が子どもや老人などに危害を加える可能性や妬みを買う可能性を懸念する雇 用主もいた。雇用主が,契約書で定められた帰国時の渡航費の支払い以外にも,家事労働者の 生活費一般を負担しているほか,追加的金銭やプレゼント,そして必要に応じたケアを提供し ている例があったのは,このような雇用主側の懸念とも関連しているかもしれない。 これらの事例から推定できることは,家事労働者は雇用主に対して単なるヴァルネラブ、ルな 存在であるよりは,むしろ雇用主の親密な関係性に介入するからこそエージェンシーを発揮し, 権力関係を交渉しうる余地を有しているということである。雇用主がブラックマジックを信じ ていることを前提に,家事労働者が「わたしはブラックマジックを習得している」などと宣言 することは,まさに家事労働者が自らの抱えるヴアルネラピリティを克服するためにェージェ ンシーを発揮していることの証左といえるだろう。 また本調査を通じて,複数の雇用主が「家事労働者の仕事ぶりに必ずしも満足ではなしリと しつつも,家事労働者を雇用していることが明らかになった。その理由としては家族の規模や 祝祭,来客に関わる生活習慣が家事労働者を必要としているからであると回答された。だが同 時に,女性集会への家事労働者の同伴などの事例が示すように,家事労働者は,雇用主の経済 能力を示すための重要な一アイテムであり,家事労働者を雇うことそのものに価値が置かれる ことも忘れられではならないだろう。 再生産領域に他者を受け入れ,支配・被支配関係を維持することは,翻ってケアを必要とす る弱者への暴力,ブラックマジックを通じて夫を奪われる危機などの可能性をはらんでいる。 家事労働者によるブラックマジックを経験した雇用主の事例が口承で伝えられていることや, 「料理はうまいがオトコなしでは生きていけないインドネシア人」などの言説が流布している 背景には,情報共有を通じた雇用主女性聞の連帯がセイフテイネットとして機能する可能性も 指摘できる。一見すると権力者と見える雇用主は,つねに家事労働者のエージェンシ一発揮に よる権力関係の交渉の可能性に晒されているという可変的関係性をも示している。 このように,家事労働者と雇用主との関係は,硬直的支配・被支配関係というよりは,むし ろ支配・被支配の関係を前提としつつも,互いにその関係性を交渉し続ける可変的関係性であ ることが本研究を通じて明らかになった。 ※本研究は, JSPS科研費24730148,および23401014の助成を受けたものである。
参 考 文 献 〔外国語〕
Douglas
,
Mike2006 Global Householding in Pacific Asia.International Dθvelopment Planning Review
28(4): 421・446.
Gamburd
,
Michele Ruth秘 的 The Kitchen Sp
∞
'11'sHandle: ']}ansnationalism and Sri Lanka'sMigrant Housemaids,
Ithaca and London: Cornell University Press.George
,
Sheba Mariam2001も When Women Come First: Gender and Class in ']}ansnationalA:位gration
,
Berkeley,
Los Angeles and London: University of California Press.Human Rights Watch
2008 As IfIAm Not Human
http://www.hrw.org/en/reports/2008/07/07/if-i -am -not-h uman Human Rights Watch
2010 Walls at Every Turn: Abuse of Migrant Domestic Workers through Kuwait's Sponsorship System. http://www.hrw.org/sites/default/files/reports/kuwait1010webwcover.pdf Katzman
,
Kenneth 2012 The United Arab Emirates (Iι
4E): Issue for U S Policy
.
Congressional Service Research. October 4,
2012. Lan,
Pei-Chia2003 Maid or Madame? Filipina Migrant Workers and the Continuity of Domestic Labor.Gender and Society17(2): 187・208.
Piper
,
Nicola and Mina Roces2003 Introduction: Marriage and Migration in the Age of Globalization
,
In陥 浩 or Worker?: Asian Women and Migration,
edited by Piper,
Nicola and Mina Roces,
pp. 1・21,
Lanham: Rowman & Littlefield Publishers.Philippines Overseas Employment Administration
2010 OFW Deployment per Country and Skill -New hires Full Year 2010. http://www.poea.gov.ph/stats/2010%20Deployment%20by%20Destination
,
%20 Occupation%20and%20Sex%202010%20-%20New%20hires.pdfSabban
,
Rima1996 Broken Spaces; Bounded Realities: Foreign Female Domestic Workers in the UAE
,
Unpublished PhD Thesis
,
The American University. Sabban,
Rima2012 Maids Crossing: Domestic Workers in the
ι
4,ESaarbrucken: Lambert Academic Publishing.Salama, Samir
2012 Domestic Workers Get More Protection from Exploitation. Gulf News. 2012年 5 月2日付
http://gulfnews.com/news/gulf/uae/employment/domestic-workers-get-more -protection -from -exploi tation -1.10 16692
Salih
,
Ruba2003 Gender in Transnationalism: Home
,
Longing and Belonging among Moroccan Migrant Women, London and New York: Routledge.Seghayer al-, Khalid
2012 The Dilemma of Runaway Maids
,
Saudi Ghazette. 2012年10月23日付 http://www.saudigazette.com.salindex.cfm?method=home.regcon&contentid =20121023140586Silvey
,
Rachel2004 Transnational Domestication: State Power and Indonesian Migrant Women in Saudi Arabia. Political Geography 23(2004): 245-264.
Swinder, Sarah
2006 Working Women of the World Unite?: Labor Organizing and Transnational Gender Solidarity among Domestic Workers in Hong Kong, In Global Feminism:
UNDP
Transnational WomensActivism
,
Organizin,gand Human Rights,
e,鮎品、'yFerree,Myra Marx and Aili Mariτ'ripp, New York: New York University Press.
2009 Human Development Report 2009: Overcoming Barriers: Human Mobility and Dθvelopment. http://hdr.undp
Yeates, Nicola
2009 Globalizing Care Economies and Migrant Workers: Explorations in Global白re Chains
,
New York: Palgrave Macmillan.〔日本語〕 足立虞理子 2008 I再生産領域のグローパル化と世帯保持householdingJ~国際移動と(連鎖するジェ ンダー)一一再生産領域のグローノ勺レ化』伊藤るり・足立民理子編,pp. 224-262,東京: 作品社. 稲葉奈々子 2008 I女性移住者と移住システム 移住の商品化と人身売買J~国際移動と(連鎖する ジェンダー)一一再生産領域のグローノ勺レ化』伊藤るり・足立民理子(編) ,pp.47-67, 東京:作品社. 石井正子 2001 I中東へ出稼ぎに行くフィリピンのムスリム女性 変わる「性」規範と移動する女 性J~イスラームの性と文化』加藤博(編) ,pp. 185・213,東京:東京大学出版会. 石井正子 2002 ~女性が語るフィリピンのムスリム社会一一紛争・開発・社会的変容』東京:明石書 庖. 石井正子 2009 Iオープンシティの閉ざされた空間 家事労働者がみたUAEJ科研プロジェクト 「ドパイで働くフィリピン女性のアイデンティティの再編ーーキリスト教徒とムスリ ムの比較J (基盤研究
B
)
ドパイ移民社会研究会第4回 (2009年9月,京都大学) 小田博志 2009 I~現場』のエスノグラフィー J ~健康・医療・身体・生殖に関する医療人類学の応用 学的研究j](~国立民族学博物館調査報告j] 85) ,pp. 11・34,大阪:国立民族学博物館. ギデンズ,アンソニー(松尾精文,松川昭子訳) 1998 ~親密性の変容 近代社会におけるセクシュアリティ,愛情,エロティシズム』東 京:而立書房. 小ケ谷千穂 2008 I移住労働者に置ける「ヴ、アルネラピリテイ」の構造と組織化の可能性一一香港にお けるインドネシア人家事労働者の事例J~国際移動と(連鎖するジェンダー) 再生 産領域のグローパル化』伊藤るり・足立虞理子(編) ,pp. 93・113,東京:作品社. 小ケ谷千穂 2009 I再生産労働のグローパル化の新たな展開一一フィリピンから見る「技能化」傾向か らの考察J~社会学評論j] 60(3): 364-377. 嶋田ミカ2001 I女性労働力の再編と経済のグローパリゼーション一一インドネシアの事例から J~経 済のグローパリゼーションとジェンダー』伊橡谷登土翁(編) ,pp. 133・159,東京:明 石書庖. 2007 I湾岸諸国における出稼ぎ女性をめぐる諸問題 スリランカとインドネシアの事例」 『介護・家事労働者の国際移動』久場嬉子(編) ,pp. 209・246,東京:日本評論社. 辻上奈美江 2009 Iサウディアラビアにおける家事労働者たち J~中東諸国家運営メカニズムの普遍性 と特殊性の析出 地域間比較における現代中東政治研究のパースベクティブ11CIAS ディスカッションペーパーNo.11, pp. 69-81. 2010 Iアブダピ・ドパイに魅せられる労働者たち J~中東協力センターニュース 11 35(2): 48-54. 2011 I中東出稼ぎ?フィリピン人メイドの故郷を見てわかったこと J~Asahi 中東マガジン』 中東リポート http://astand.asahi.com/magazine/middleeast/report/2011101000003.html パレーニヤス,ラセル 2002 Iグローパリゼーションの使用人一一ケア労働の国際的移動J(小ヶ谷千穂訳)~現代 思想161 月 号pp.158・181. 〔ウェブサイト〕 Arab News電子版 http://www.arabnews.com
Ministry of Economic Planning
,
2008. Statistical yearbook 2007 http://www.mep.gov.sa/UNDP
,
2008.Human Development R,ξport 2007/2008http://hdrstats.undp.org/indicators/297.html
World Bank
,
nd. Migration and Remittance in Sauめ;Arabiahttp://siteresources.worldbank.org/INTPROSPECTS/Resources/334934・1181678518183/Sa udiArabia.pdf
表雇用主世帯ごとの家事労働者の雇用状況 調 査 既婚, 合 計 家 事 労 働 対 象 未婚, 家 族 家 事 家 事 家 事 者 の 労 働 者 年 性 有職, 離婚, 構 成 労 働 労 働 者 運 転 労 働 環 境 に 関 国 居 住 地 齢 層 Bリ 無 職 死 別 員 数 者 数 国 籍 手 等 者 数 す る 分 類 備 考 1 KSA リヤド 30 F 有 既 婚 9 1 IN 2 3 (II) 2 KSA リヤド 10 F 学 生 未 婚 7 1 PH n.d I 子 ど も3 人 は 元 夫 宅 を 往 来 3 KSA リヤド 40 F 有 離 婚 日 1 SL 1 2 I RA 4 KSA リヤド 40 F 有 既 婚 4 1 IN 2 3 I 5 KSA リヤド 40 F 有 既 婚 4 1 IN 1 2 (ii) 6 KSA リヤド 40 F n.d 既 婚 n.d 1 n.d 1 2 n.d. 7 KSA リヤド 40 F 有 既 婚 4 1 IN 1 2 II 8 KSA リヤド 40 F 有 既 婚 3 1 PH 1 n.d. 9 KSA ダ ハ ラ ー ン 30 F 有 既 婚 3 1 PH 1 2 II 10 KSA リヤド 40 F n.d 死 別 2 1 IN n.d I 11 KSA リヤド 30 F 有 離 婚 1 1 PH 1 2 II 12 KSA リヤド 60 F 無 死 別 1 1 IN n.d II 13 KSA リヤド 40 F 有 未 婚 1 1 IN 1 2 II 14 KSA リヤド 40 F 有 未 婚 1 1 IN 1 2 II 15 KSA リヤド 40 F 有 既 婚 4 2 n.d 1 3 III IN. 16 KSA リヤド 40 F 有 既 婚 8 2 ア フ リ カ n.d n.d. 17 KSA リヤド 20 F 有 未 婚 7 2 IN n.d n.d. 18 KSA リヤド 20 F 学 生 未 婚 6 2 PH 1 3 n.d 19 KSA リヤド 10 F 学 生 未 婚 6 2 PH 1 3 I 全 員 パ ー IN, トタイム 20 KSA リヤド 50 F 有 既 婚 5 3 シ リ ア 1 4 n.d 通 い ワディ 21 KSA ブ ァ テ ィ マ 40 F 有 離 婚 4 1 n.d n.d n.d. 通 い 22 KSA リヤド 50 M 有 離 婚 3 2 PH 1 3 III 23 KSA リヤド 40 F n.d 既 婚 7 4 n.d n.d n.d. 24 UAE ドパイ 40 F 有 既 婚 6 4 PH 1 5 III 雇 用 主 の 事 業 補 佐 役4人 を 25 KSA リヤド 40 F 有 既 婚 6 5 PH,IN 2 7 1, III 含 む 26 KSA リヤド 30 F 有 n.d n.d. n.d n,d, n.d I 27 KSA リヤド 40 F 有 既 婚 8