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環境市民運動の発展を求めて(下) :「アクアフレンズ」に即して

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環境市民運動の発展を求めて(下) 23

環境市民運動の発展を求めて

(下)

―「アクアフレンズ」に即して―

! 考察の焦点 近代化の過程で国家と市場の両極から蚕食され,やせ細った「共」の世界を 再構築することは,現代において重要な課題になっているのみならず,環境問 題への取り組みにも深く関わる。かつ,それは一方で現代的な社会的諸条件の 下で構想されねばならない。他方で,かっての村社会のような息苦しさを伴う ものであってはならない,つまり一人一人の主体性が尊重されたうえでの「共」 の世界の再構築が目指されねばならない。くわえて,この課題は,グローバル にさまざまな地域で追求されている「新しい社会運動」,すなわち「近代」が 掲げたはずの理念を構 ! 造 ! 的 ! に ! 裏切り続けるところを持ってきた近代社会の内的 矛盾を乗りこえて「新しい公共圏」を切り開こうとする運動に連なっている。 こうして,NGO や NPO をはじめとした「市民」の活動が注目されることに なる。また,現代日本においてそうした活動はそれなりの広がりを見せ,さら に地域社会の抱える課題への取り組みにさいしての「ガバナンス」という発想 の一定の定着というように,地方自治体の側から市民活動に協働を求める機運 も広がってきている。だが,日本においては従来「お上」による「公共性の囲 い込み」という社会風土があっただけに,NGO 等の活動も日本社会の「ふつ うの人々」に広く,深く浸透していっているかというとなお疑問符がつく。他 方で,地方自治体の側から NGO 等との協働に寄せられる関心の背後には,財 政危機の下でそれらの活動を幸 ! 便 ! に ! 利 ! 用 ! で ! き ! れ ! ば ! という思惑も垣間見える。 とはいえ,そうした社会風土だからこそ,地方自治体が NGO 等との協働を 真摯に求め,それらの活動を積極的に支援してゆくなら,NGO 等の広がりを

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24 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 加速しうるとも展望される。つまり,そうした社会風土の下では,その社会風 土が揺らぎ始めたとき,残存する旧来的社会風土の影響をむしろ逆用しての, そうした社会風土だったからこその NGO 活動等の広がり方,ひいては市民社 会の切り開き方もありうるのではないかというのが,本稿の問題関心である。 そこで本稿(上)1)では,一方で,旧来の社会風土が日本における NGO 等の 広がりにどのような影響を及ぼしているかについて先行研究を振り返ってみ た。そして,お上による公共性の囲い込みが,公共的事象への「無関心」とい うよりむしろ公共的事象への関わりを「回避」しようとする精神風土を醸成し ているのではないか,そのことは NGO 等の財政難,人材難というかたちにお いて現れており,「新しい公共圏」の担い手として対案を積極的に提示してい くための力量を培ううえでも制約をなしているのではないかという点に注目し た。また,地方自治体等がお上意識を抜けきらない限り,いわゆる市民との協 働も「行政と親和的な関係にある一部の市民と行政との『お祭り』に終わる」 という懸念にも止目した。さらに,近年の地方分権化の動きの底流に存するの は行政のスリム化と補助金ないし交付金の削減への意欲であって,住民自治を 積極的に実現しようという意志は認められ難いことも確認した。しかし,同時 に,一見形式的に見える「機関委任事務の自治事務化」には,「国で決められ ていますから」という旧来の逃げ道を封じて,公共的事象への積極的関心を地 域において陶冶してゆく可能性が秘められていることをもまた確認した。 他方で,「新しい社会運動」は,体制の変革を目指すわけではない「自己限 定的な」ラディカリズムという特質を持ちながら,「近代」が抱えてきた構造 的矛盾を乗りこえようとする根源的なレベルでの文字通りの「ラディカル」さ をも孕んでいて,両側面の間でのある種危うい均衡を内包していることを見出 した。この点は,市民運動の「ある種の軽さ」,換言すれば「面倒や不利益な いし危険が小さい限りでつきあう」という「市民的」特性にも関わるところで あって,NGO 等の活動について検討するうえで看過しえない論点と解される。 資本主義的市場経済システムは懐の深い,それだけに多様に展開しうる経済・ 1)『彦根論叢』第368号,平成19年,所収

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環境市民運動の発展を求めて(下) 25 社会システムであり,部分的な働きかけであってもそれなりに有意義な影響は 及ぼしえよう。だが,「抵抗の核としての<個>」を消し,都合よく「分解し, 部分化した<個>」の関心のみからの参加主体による運動に陥ってしまえば, 根源的問題を宿した経済・社会システムを結局は補 ! 完 ! するだけに終わらないか という危惧も拭いえない。運動のなかで,経済・社会システム全!体!の有!機!的!理 解への関心がどの程度保持されているかにも目を向けたい所以である。 こうして,以下では,大阪府八尾市において興味深い活動を展開している NGO「アクアフレンズ」を取り上げ,同 NGO が毎年発行している活動記録『ア クアだより』と同 NGO 代表 M 氏や世話人 K 氏らからのヒアリング及び大阪 府中部農と緑の総合事務所,八尾市役所,築留土地改良区等の諸機関関係者か らのヒアリングに依拠しながら2),一定の成功をおさめてきた NGO の具体的 経験に即して,次の二点について考察を深めてみることとする。第一に,地方 自治体等とはどのような関係が育まれてきたのか,またその過程で地方自治体 等は同 NGO の発展にとってどのような役割を果たしたのか。第二に,「新し い社会運動」という視点から見ればどのような論点が浮上してくるか,そこに ジレンマはのぞくか,あるいは「ある種の軽さ」を乗り越えて活動が精力的に 継続されてきた原動力はなにか,さらに経済・社会システム全体の有機的理解 への志向はどの程度見出されるかについてである3)。 ! 「アクアフレンズ」の概要 上述の二点について立ち入った考察を展開する前に,アクアフレンズについ て概観しておこう。アクアフレンズは,1996年5月,八尾市の生活排水アドバ イザーが任期(一期2年,再任まで)満了後に設立した環境 NGO である。任 2)多忙な時間を割いて長時間のヒアリングに応じてくださった諸機関関係者の方々,また 数年越しの3度にわたるヒアリングに懇切に応じるとともに,多くの資料を提供し,諸関 係機関の方々をもご紹介くださったアクアフレンズ関係者,なかんづく代表の M 氏にあ らためて厚く御礼申し上げます。 3)本稿(上)では,伝統的地域共同体としての町内会とどのような関係を構築するべきか も焦点のひとつとしたが,紙幅の関係上それをめぐる考察は『滋賀大学環境総合研究セン ター年報』に寄稿予定の,NPO 法人びわこ豊穣の郷を主対象とした別稿に委ねる。

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26 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 期中にせっかく得た知識や経験を任期終了とともに日々の生活の中にいわば埋 没させ,錆びつかせてゆくのは惜しいというわけである4)。そのように生活排 水アドバイザー経験者に対象が限定5)されているので,その後新たに任期満了 した人々のなかから参加者が増加したとはいえ,会員は30名余と少ない。また, 性別では女性が20名強,男性が10名弱で,やはり主婦が多数を占めている。年 齢層は40歳代から60歳代である。 年間予算は100万円余であるのに対して会費は年間1000円なので,ほぼ助成 金や委託事業費等及び各活動参加者の個人負担に依存している状況にある。ま た,アクアフレンズから報酬を得ている専従スタッフはいない。代表の自宅が 実質的に事務所機能を果たしており,代表が中心となって,5人の世話人のな かから適宜スタッフ機能を補うという体制になっている。この点では,本稿(上) で見た,財政基盤は弱く,専従スタッフも不足しているという日本の NGO の 典型に属すると言ってよいであろう。 アクアフレンズ設立の目的は,生活排水対策を地域に根付かせ,子どもたち が水と触れ合える快適な水辺環境づくりを提案したり,社会教育活動を手伝っ たりということにあった。「みんなでつくろう いきいき水路」を合言葉に, かの大和川の分流である長瀬川(農業用水路),さらに長瀬川を水源とする八 尾市内の多数の小さな水路を,とりわけ子どもたちに親しめる存在として甦ら せることが目指されたわけである。そのため,発足3年目には八尾市内の内回 り水路を探訪してまわって水質や生物の調査を実施したり,ルートの一角にあ る A 町内会を戸別訪問して,あるいは「リサイクルフェア‘98―大阪 in やお」 などのイベント会場において,水路に対する意識調査アンケートを実施したり した。慣れない戸別訪問でのアンケート調査や炎天下での水路調査はハードな 作業だったようであるが,それをやり遂げたという達成感や自信は,会の存続 の大きな契機になったようである。さらに,7年目にも,暗渠化されつつある水 4)後述のように全国水シンポジウムで優秀賞を受賞し,今後の活動に期待するとコメント を得たことも契機となった。 5)厳密に言うと,活動を通じ親しく交流した地方自治体 OB 等も入会を認められている。

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環境市民運動の発展を求めて(下) 27 路を「風の道,潤いの空間」として未来に残してゆく手掛かりとするために, 八尾市全域の水路の状況調査を実施している6)。 現在の活動の中心をなしているのは,長瀬川(コンクリート三面張り,幅3.6 m)の一部にやしがらマットを敷いて水生植物を植え,その成長を観察し,さ らに秋には収穫祭を行うという,八尾市内の一部の小学校に対する一連の学習 支援活動である。植物がいかにたくましく成長するか,その成長が水質の改善 に資するだけでなく,植物が育てばどのように小さな生き物が戻ってくるかを, 長瀬川にじっさいに入って植栽,生き物観察,収穫作業を共にするなかで子ど もたちに体験的に学習してもらうことを狙いとしている。生活排水がいかに河 川を汚染しているかをパックテストを使って実験するといった教室での出前授 業と組み合わせるとともに,オモダカ,パピルス,ミズカンナ,ジュズタマ, マコモ,ミント等々の栽培植物は花が楽しめ,香りが楽しめ,収穫祭(紙や首 飾り,お手玉等の製作)が楽しめるようにバラエティに富んで周到に選択され ている7)というように,さまざまに工夫が凝らされた活動である。 たしかに,こうした学習活動によって盛り上がった河川への関心を子どもた ちがどこまで持続してくれるかには一抹の不安もある8)。だが,『アクアだよ り』に収載された各小学校の担当教諭や子どもたちからの寄稿は,この学習支 援活動がきわめて大きなインパクトを有していることを雄弁に物語っている。 なかでも,はじめて長瀬川に入って,流れる水の感触を味わい,さまざまな生 き物を発見し,またそれら生き物に触れた子どもたちがいかに溌剌としていた かについて担当教諭達が積み重ねる描写は,子どもたちにとって,ひいては人 6)前者の調査は『望ましい水路造りに向けて』という冊子にまとめられ,後者の調査はそ の途上で募集された大阪府の提案公募型委託事業に応募,採用されて,「みなおそう風の 道,うるおいの空間,農業用水路」として CD 化されている。 7)水路の復元なら在来種であるべきと違和感を感じる人もあろうが,現場を見て市街地の コンクリート張りの水路への植生としてはむしろこうした行き方もあると納得した貝塚市 立自然遊学館 S 氏の見解は説得的である。『アクアだより』No.5,33ページ。 8)『アクアだより』の各号に収載された子どもたちの感想からは,子どもたちが環境のこ とを考えるきっかけにはなってくれたけれど,深く考えるところまではいたっていないと いうある教諭の感想の妥当性がうかがえる。『アクアだより』No.4,11ページ。No.5,6 ページの八尾市環境保全課 O 氏の見解も参照。

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28 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 間にとって河川が本来どのような存在であったのか,子どもたちの安全のため にと柵で河川を隔離することがほんとうに子どもたちにとっての施策であるの かをあらためて反省させる。さらに,こうした学習活動を契機に校庭にビオトー プを作ろうという動きが広がりつつもあり,この活動は小学校のある学年で通 過する一過性のお祭りには決して終わっていない9)。むしろ,環境教育は,目 覚しい即効性はないかもしれないけれど,きわめて重要な活動であることをよ く示しうるレベルにまで練られた興味深い活動と言えよう。 アクアフレンズの活動についてもう一点注目しておきたいのは,他の市民団 体ないし市民団体との協働を手掛けている行政機関等との積極的な交流であ る。『アクアだより』を読むと,石川河川公園自然ゾーン・ワークショップ, 泉南郡熊取町長池オアシス管理会,泉州貝塚「市民の森に自然生態園をつくる 会」等の大阪府下の市民団体等からのほか,三重県飯南郡飯高町「婦人の集 い」,田辺市生活研究グループ,尼崎市企画財政局都市政策課,滋賀県愛西土 地改良区等の県外からの寄稿が散見される。「川に学ぶ」シンポジウムや水環 境フォーラムといった全国規模のもの,またため池環境コミュニティ会議や阪 神都市圏ビオトープ・フォーラムといった地域的なもの,あるいは日本水環境 学会関西支部市民シンポジウムや日本都市計画学会シンポジウム,さらに世界 湖沼会議や世界水フォーラムまで,さまざまなシンポジウムに積極的に参加し たり,高月・阿武山上の池公園ビオトープ,貝塚市立自然遊学館や紀泉ふれあ い自然塾,魚のゆりかご水田等の興味深い試みが展開されている地に見学に出 かけたりして精力的に学習活動を展開するなかで,あるいはアクアフレンズの 活動を高く評価して来訪する見学者を迎え入れるなかで,ふとした機縁で生ま れた交流を大切にしようとする意思がうかがえる。近年力が注がれている大阪 府下の小・中学生を対象とする「私の水辺」大発表会への積極的協力も,環境 問題に取り組んでいる子どもたちの間に交流の輪を広げることの重要性への関

9)『アクアだより』No.3,10,12,14ページ,No.4,6ページ,No.6,16,18ページ,No.7,12 ページ,No.8,8,10―11,27ページなど参照。ちなみに,大阪府中部農と緑の総合事務所 N 耕地課長も,環境学習支援活動を通じて,柵で子どもたちを川から遠ざける政策の誤りを 痛感している。No.6,5ページ。

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環境市民運動の発展を求めて(下) 29 心と不可分のものであろう。 交流の輪を広げるという点では,タイ北部の主要都市チェンマイやその近郊 の古都ランプーンの小・中学生と大阪府の小・中学生とが描いた水辺の絵を交 換・展示して,国境を越えた子どもたちの交流を仲介する試みも展開されてい る10)。絵には文字に比べて圧倒的に豊富な情報が盛り込まれており,子ども たちは相手国の人々の自分たちとは異なった生活ぶりを知り,絵を描いた子ど もたちに想像力を及ぼすとともに,遠く隔たった国の異なった生活のなかでも 川を大切にする想いを共有する人々がいることに励まされもするわけである。 さらに,交流の輪ないしネットワークという点では,アクアフレンズは恩智 川環境ネットワーク会議や長瀬川水辺環境づくり推進協議会をはじめとして, 地域の環境運動のネットワークに積極的に参画している。上記した長瀬川を フィールドとする学習支援活動も主として長瀬川水辺環境づくり推進協議会の 一員としての活動にほかならない。近年では,河川の環境問題への取り組みに おける流域という視座の重要性を踏まえ,県境を越えて上流である奈良県の 人々との交流を図ろうとする試みである大和川ネットワーク(仮称)交流会に おいても,代表の M 氏が中心的役割を果たした。 最後に,アクアフレンズは創立ようやく10年余であるが,1994年に前身の八 尾市生活排水アドバイザー時代にその活動の紹介が全国水シンポジウムでのコ ンクールにおいてアクアカルチャー大賞優秀賞を受賞したのをはじめ,1999年 に大阪環境賞奨励賞,さらに2002年には国土交通省水資源功績者表彰といった 受賞・表彰歴を有していることにも触れておこう。こうして全国的にも名前が 知られるようになり,上記したように各地から見学者を迎えたり,シンポジウ ム等における講師として招かれるようになっているわけである。 10)この活動は,GEC(地球環境センター)がランプーン市に協力して河川の水質を改善す るための市民に対する啓発プロジェクトを実施したさいに,M 氏がワーキングチームの一 員として協力したことに端を発している。アクアフレンズはランプーン市で行われたエコ フェスティバルや同市から訪日した関係者の受け入れにも協力した。

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30 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 ! 地方自治体等との関わりをめぐって 先に触れたように,アクアフレンズは八尾市の生活排水アドバイザーを経験 した人々が設立した。すなわち,1992年に八尾市が東大阪市,柏原市とともに 水質汚濁防止法上の生活排水対策重点地域に指定されたことを受けて,生活排 水対策の啓発に関わる指導員として生活排水アドバイザー制度が設けられた。 つど その公募に応じ任期を終えた人々が既述のような想いで集ったのがアクアフレ ンズというわけである。したがって,そもそものアクアフレンズ発足の契機は, 地方自治体による生活排水アドバイザー制度の設置を通じた問題関心を共有す る人々の出会い,及び同制度のなかでの知識・経験の集積(地方自治体が施し たアドバイザーとしてのトレーニングを通じた知識の取得をも含む)にある。 また,現在の活動の中心である長瀬川をフィールドとした環境学習支援活動 も,端緒は築留土地改良区の事業にある。すなわち,1999年,同土地改良区が 大阪府中部農と緑の総合事務所と連携して金岡公園(東大阪市)で長瀬川にや しがらマットを敷いて水生植物を栽培し,水質浄化とともに人々が親しめる河 川環境をつくりだそうとしたことがあった。それをアクアフレンズが支援する とともに,余ったマットを譲り受け八尾市内の教育センター横の水路に八尾小 学校科学クラブとともに植栽した。さらに,翌年には JR 八尾駅近くの安中町 5丁目公園横の長瀬川で築留土地改良区が事務局となって市民ボランティアを 募集して植栽活動を展開するようになった。これが既述の環境学習支援活動の フィールドにほかならない。より詳言すれば,この場所でも大阪府中部農と緑 の総合事務所が実験的に植栽を試みたことがあったが,雑草が繁茂し,管理面 でとても無理と諦めていた11)。そこへ,アクアフレンズが賛同・応援するこ とによって植栽が実現するとともに,環境学習支援活動へと発展したのである。 くわえて,アクアフレンズが水路の植栽に関心を抱いていることを築留土地 改良区が知ったのは,「いきいき水路・長瀬川府民フォーラム」を通じて両者 が親しく知り合ったからである。かつ,このフォーラム自身は,老朽化した長 11)『アクアだより』No.6,4ページ。

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環境市民運動の発展を求めて(下) 31 瀬川の改修が進むなかで,時代の潮流に呼応して環境配慮及び住民意見の吸収 という方針が打ち出され,大阪府中部農と緑の総合事務所,流域の3市(柏原, 東大阪,八尾)及び築留土地改良区の協力により,3市持ち回りのかたちで3 年間にわたり実施されたものである。さらに,アクアフレンズとこのフォーラ ムとの橋渡しをしたのが,現在は世話人の一人で当時は八尾市の河川課長で あった T 氏であった12)。 のみならず,そもそもアクアフレンズが自らの活動目標を定めるにあたり, 当時ただの汚水路としか一般には意識されていなかった13)水路を甦らせるこ とに深い関心を抱き,築留土地改良区の試行に積極的に呼応したのは,水路の 蘇生を活動テーマにするという着眼を八尾市環境総務課係長(当時)であった Y氏が時代の流れに即した良案14)であると勇気づけてくれたからでもあった。 こうして,アクアフレンズの中心的活動である環境学習支援活動の始まりも また,地方自治体等が設定した場を通しての,そうした機関の先駆的試行との 出会い,またその活動との出会いを直接,間接に媒介した自治体職員とのめぐ りあいに負っているところが大きい。さらに,それが環境学習支援活動として 定着していくにあたっての小学校との出会いには,やはり土地改良区や地方自 治体が窓口となっているケースが多い15)。 さらに,前節においてアクアフレンズの活動としてもう一点注目しておきた い事柄として挙げておいた,他の市民団体ないし市民団体との協働に関心を示 す自治体等との出会いも,行政機関が設定した場によって媒介されているケー スが少なくない。たとえば,長池オアシス管理会との出会いは大阪府が設置し た「ため池環境コミュニティ会議」を通じてであった。また,三重県飯高町の 「婦人の集い」とアクアフレンズとの相互訪問は,飯高町環境審議会委員等が 先進地として八尾市を訪問し,その折の見聞を「女性の集い」に話したことが 12)M 氏などアクアフレンズ関係者からのヒアリングより。 13)大阪府中部農と緑の総合事務所 N 耕地課長でさえ,「汚いの一言」と認める状態であっ た。『アクアだより』No.6,4ページ。 14)この問題は,山崎農業研究所編『21世紀水危機 農からの発想』農文協,2003年,でも なんどか取り上げられている。たとえば,嘉田由紀子「水の社会化と共的暮らし」参照。 15)『アクアだより』No.3,14ページ,No.5,14ページ参照。

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32 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 端緒となった。さらに,田辺市生活研究グループ等との交流は八尾市での生活 排水対策先進地研修会においてであった。石川河川公園自然ゾーン・ワーク ショップよりの寄稿が建設省河川審議会の「川に学ぶ」シンポジウムにおいて 旧交を温めたのがきっかけであったことなどとも合わせ,行政が設定したシン ポジウム等が出会いの場として有効に機能していることが見てとれよう16)。 のみならず,やはり前節で触れた大和川流域ネットワーク(仮称)について 言えば,こうした行政機関の機能が意図的に追求されている。すなわち,国土 交通省大和川河川事務所は,時代の潮流を踏まえ,地域の水管理の重要なカギ のひとつは地域のネットワークをどうつくるかにあるという認識に到達してい た。そのうえで,せっかく流域には多数の NGO が存在しているのに県域を超 えたなかでお互いの存在や活動をよく知らないという状態を打破すべく,「交 流の場や情報を共有する場をつくる」ことが行政の役割という認識に立って, しかけづくりを試みたのである。 しかもそのさい,当初は大和川河川事務所が事務局も資金も提供するが,や がて NPO,企業と行政とがそれぞれに三角形の頂点を作り,その重心に事務 局が存在するというように,このネットワーク組織を自立化させることが目指 されている。ここには,いつまでも行政が主役というのはおかしいとか,行政 職員はどうしても異動するし,行政には縦割りの弊害があって総合的対処を苦 手としているといった弱点を克服したいという積極的意図も込められている。 と同時に,財政危機の下で行政の役割は「しかけづくり」に傾斜していくこと になるという時代認識も垣間見える17)。 最後に,アクアフレンズにとっては,既述のように助成金や受託事業は重要 な存在であり,国のものであれ民間財団のものであれ,どこにどのような助成 金等の募集があるかの情報を地方自治体等から得られたことは大きな助力と なった。また,主婦として申請書類や報告書を書くことには不慣れであっただ けに,そのコツないしツボを教えてもらえたのも有難かったという18)。 16)『アクアだより』No.4,29,35ページ,No.5,30,36ページ参照。 17)大和川河川事務所長等からのヒアリングより。 18)M 氏からのヒアリングより。

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環境市民運動の発展を求めて(下) 33 さらに,報告書の作成は,自らの活動をしっかりしたかたちで残せるという 意味でも活動の励みになった19)。もっぱら誰かの奥さんあるいは誰々ちゃん のお母さんとして社会的に認知されがちであった主婦にとって,そうした立場 から離れたところで達成したものをしっかりしたかたちで残せる機会は自らの アイデンティティの確立という点でも小さからぬ意味を持つ。 こうして,地方自治体等は,アクアフレンズが発足し,中心的な活動を展開 し,ネットワークを広げ,さらに財政基盤を確保していくなどのうえで,さま ざまにきっかけを提供したり,支援機能を果たしてきたと言える。さらに,そ れは地方自治体等が財政危機に促がされて意図的に追求した側面をも持ってい たということであった。 このあたり,地方自治体等の側の意図ないし事情にもう少し立ち入ってみる と20),まず八尾市にとって,生活排水アドバイザー制度の設置は水質汚濁防 止法上の生活排水対策重点地域に指定されたことに促迫されてのことであった が,いずれにせよ河川の汚染の大部分は生活排水に起因していて,住民の意識 啓発が大きな課題であった。そのため,市民活動に注目し,「コアになる人を 育てたい」と考えたというわけである。 また,大阪府中部農と緑の総合事務所は,「それなりに引っ張らないと市民 は動かない」という実感を有していて――フォーラムの企画もそうしたしかけ の一環であった――,アクアフレンズは市民とのよい仲立ちになってくれたと 評価している。さらに,長瀬川をフィールドとした植栽活動に関連して,自ら 先駆的に試行した実験が手に余ろうとしていたところへアクアフレンズが賛 同・応援してくれたという経緯については先述した。この環境学習支援活動を めぐっては,同事務所若手職員もまた次のように述べている。農業用水路の建 設は府の仕事であるが,その管理,メンテナンスは本来流域の農家(土地改良 区)の役割である。しかし,農家の高齢化のなかで管理が難しくなっている。 そこにアクアフレンズが取り組んでくれた。それだけに支援したいと思った, 19)同上。 20)以下,P.タングシカブットチェンマイ大学准教授と同行した折の各機関関係者からの ヒアリングより。

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34 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 と。 ちなみに,先に触れた八尾市の T 課長がアクアフレンズに共感を抱いたの も,アクアフレンズが市を一方的に責めたり,依頼事をしてくるのではなく, 自分たちも積極的に役割を引き受けようという姿勢が新鮮だったからであっ た21)。 こうして,アクアフレンズの成長,発展は地方自治体等にとっても十分メリッ トがあることであり,意識して支援されたところもあるというわけだが,これ はアクアフレンズが実質的にていのよい下請けとして地方自治体等の業務のう ちに組み込まれたということであろうか。この点,アクアフレンズ代表の M 氏はまったくそのようには解していなかった。むしろ,アクアフレンズが展開 したい企画に行政機関の協力をうまく得られてきた,と。そのあたりの事情を 生活排水アドバイザー時代のエピソードに遡って少し詳しく見てみよう。 すなわち,生活排水アドバイザー制度自身,その成り立ちが急だったことが あって,当初その具体的活動について八尾市にも必ずしも明確なヴィジョンは なかった。その結果,アドバイザーに任命された市民の主体性が活かされる余 地があった。たとえば,同制度発足の翌年,郡川ホタルサミットへの協力を求 められたさい,市からの要請はホタルをデザインした食品を調理して欲しいと いうことであった。だが,M 氏らは単なる一過性のイベント的な活動には飽 きたらず,来場者の記憶に残り,意識啓発を促すような活動をしたいと,紙人 形劇(ペープサート)を逆提案した。結局,これが認められ,さらに来場者か ら好評を博して,M 氏らは自らの活動への自信に繋がる大きな一歩を踏み出 すことになる。くわえて,時間が足りないなかで市職員も協力して紙人形を制 作する過程で,相互信頼が醸成され,いわばカベが低くなったという22)。 このように,アクアフレンズを形成していった人々には,当初から単に受動 的に委託を受けることに甘んずることなく,主体的な自己主張を行う姿勢が備 わっていた。生活排水アドバイザーの公募に応じて集まった人々であるだけに, 21)T 氏からのヒアリングより。 22)M 氏などアクアフレンズ関係者からのヒアリングより。

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環境市民運動の発展を求めて(下) 35 ふだんから問題意識を持って主体的に行動する「市民」的資質を備えた人が多 かったということであろう。 と同時に,そうした姿勢を貫きえたのは,ハードな努力を惜しまないことを 含めて,自己主張に照応した力量を備えていたからであったこともみてとるこ とができる。じっさい,地方自治体関係者からは,「まだ大阪府内でも少数で はあるが,アクアフレンズのような市民団体が育ってきたからこそ,行政も市 民と対等なレベルまで降りてきて対話できる」という声を聞いた23)。行政を 振り向かせるには市民運動の側が力量を蓄えることが大切というわけである。 また,時代の潮流も変化してきている。行政機関は多少とも謙虚になってき たし,行政トップも住民参加をそれなりに積極的に評価するようになっている。 さらに,かっては助成金でやる事業はこうやるものと決めつけるしかなかった が,今日では縛りが緩くなって,住民の要望に応えて微調整する余地が生まれ ているといった具合である。つまり,NGO の側が主体的に自己主張した場合, それがある程度受け入れられる土壌は培われつつある24)。 そうしたなか,アクアフレンズの場合,自治体職員等とのめぐりあいにも恵 まれた。たとえば,八尾市役所には,行政主導で実施されたフォーラムではテー マが優れていても成果には限界があり,行政の自己満足に終わりかねないこと に一抹の寂しさを禁じえなかった T 河川課長25)や惜しみなく助言を与えてく れた環境総務課 Y 係長がいた。また,大阪府中部農と緑の総合事務所では, 環境づくりには市民の関心を呼び起こし,その関心を具体化なテーマに造形し, イベントや口コミで街に広げ,その種の活動を住民の中に定着させるといった ステップが必要であり,かつそのいずれの段階にも地道な市民活動との連携が 不可欠であって,それを忘れては表面的な行政のお祭り騒ぎに堕すことをよく 理解している O 所長26),あるいは整備する者と水辺のあり方について提唱し ている者とが手をつなぐといろいろなアイデアが出てきて,予想以上の成果が 23)注20)に触れた機会のヒアリングより。 24)同上。 25)『アクアだより』No.2,20ページ。 26)『アクアだより』No.6,2ページ。

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36 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 あがるものだと感心する感性を備えた N 耕地課長27)に出会えた。さらに,汗 を流して一人でも多くの小学生を長瀬川に入らせたいと願う築留土地改良区の N事務局次長28)等々,関わりを持った行政機関等の上層部のみ数えても次々と 恵まれた出会いが浮かんでくる。もちろん,これには,純粋・善意・良識・情 熱を併せ持ったと評される29)M氏の人柄もおおいに与ってのことであろう。 こうして,時代の潮流に後押しされ,人との出会いにも恵まれながら,一つ の協働のなかで築いた信頼と人脈が次の協働を生むというかたちでアクアフレ ンズの活動は広がっていったようである。その結果,アクアフレンズの側から 見れば,自らの展開したい企画にうまく行政の協力が得られたということにな るわけだが,その代わりいろいろな審議会などの委員を引き受けるという協力 もしている。しかも,そうした場でしばしば顔を合わせ,イベントの打ち上げ など飲食をともにしながら意見交換する機会も増えて,いまではきわめて率直 な意見交換ができるようになっているとのことである。 また,こうして信頼が増してくると,たとえば土地改良区の勉強会に参加す るという便宜を得て知識を増やすとともに,現行法制が時代にそぐわなくなっ ているといった問題点を,当事者より発言しやすい立場を利用して代弁すると いう役割をもときとして自覚的に果たすといった補完関係も生まれる30)。 最後に,ネットワークに関わっての市民運動の側からの寄与として,縦割り 行政の弊害を乗りこえて総体的視野に立って課題を展望し,行政の常識を超え た提案を行ったり,関係諸機関を幅広く結びつけたりすることができる。また, 市域をまたぐようなプロジェクトの場合,関係する諸自治体間で取り組む姿勢 に温度差が存在することもあり,市民団体が調整役を果たして温度差を平準化 するといった役割も期待されるわけである31) 27)同上4ページ。 28)同上23ページ。 29)地元の自治振興委員会委員長 T 氏による評言であるが, 衆目の一致するところであろう。 『アクアだより』No.2,16ページ。 30)M 氏からのヒアリングより。 31)泉州貝塚「市民の森に自然生態圏をつくる会」世話人 S 氏の発言(『アクアだより』No.5,32 ページ)及び恩智川環境ネットワーク会議会長 T 氏からのヒアリングより。

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環境市民運動の発展を求めて(下) 37 ! 「新しい社会運動」という視点から 環境問題への取り組みには,「近代」が達成してきた技術発展をいっそう推 し進めることで解決を図ろうという潮流もある。だが,アクアフレンズが目指 そうとしている方向は,河川をもっぱら雨水を溢れさせることなくいち早く海 や利水の現場へと運ぶ水路とみなして,そのための効率を優先した直線的で三 面コンクリート張りの無機的世界にしようという,近年まで推し進められてき た河川管理の発想とは異質である。その限り,そうした発想と軌を一にしてき たライフスタイルを問い直すという側面を持っている。 じっさい,アクアフレンズには,子どものアトピーをきっかけに食品の安全 性に強い関心を寄せたり,合成洗剤によってかっては手指がかなり荒れたこと を体験したりして,近代科学=技術の所産としての化学物質が私たちの健康を 脅かし,また河川を汚染しているのではないかという問題意識を持って参加し た人々もいる。だからまた,活動の一部として,家庭廃油からの石鹸づくりに も取り組まれてきた。さらに,いわゆるスローライフの意義を体験できる「紀 泉わいわい村」の見学会も企画されたりしている。つまり,「近代」を問い直 すという意味でのラディカルさをたしかに保有している。 だが,たとえば合成洗剤に懐疑の目を向けたとき,では洗剤メーカーはどの ような見解を有しているのかとメーカーに講師派遣を求めて学習会を開き,そ の交渉過程でめぐりあった人の人柄に厚い信頼を寄せ,メーカーだって自らの 製品に愛着を持っておりこの面での品質改善に努力を重ねてきたという主張に 耳を傾ける柔軟さをも備えている32)。 そもそも上記のような河川のあり方を変えてゆくという活動も,さしあたり 子どもたちの環境学習を支援し,人々の河川に対する意識を長期的な視野で変 えてゆこうとすることを中心としていて,いわば漢方薬的な処方であり,まさ に自 ! 己 ! 限 ! 定 ! 的 ! な ! ラディカリズムだと言えよう。 それに対して,「近代」が構造的に周辺化してきた女性のあり方からの脱皮 32)M 氏らからのヒアリングより。

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38 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 という意味での近代の問い直しの側面は,よりラディカルに成果を生んでいる と言えるかもしれない。たとえば,アクアフレンズ参加前には買い物にも夫の 車で連れてもらうことを当然としていたが,家事ではない,自身の活動のさい まで夫に送ってもらうわけにはゆかないと自立していき,かってより生き生き して元気になった人がいる。あるいは,FM ちゃおの番組準備や報告書の執筆 といった達成感のある仕事にめぐり合えたことをハードだけれども専業主婦の ままでは味わえなかった充実感を手に入れられてよかったと述懐している人々 もいるといった具合である33)。といっても,これらもアクアフレンズの活動 に参加していることの副産物であって,女性解放それ自身を目標として追求し ようとしているわけではない。 ちなみに,上述のライフスタイルの問い直しにしても,「自己限定的ラディ カリズム」の自己限定性に傾くかラディカリズムに傾くか,バランスの取り方 では当然メンバー間に温度差があろう。そうした新しい社会運動が孕みうる危 うい均衡からの亀裂を回避するため,市民運動グループによっては,一定の枠 組的合意の下で具体的プロジェクトについては提案者が賛同者とともに実施す る権限を認め,その代わり実施には責任を持つといった方式を採用している事 例もあった34)。だが,アクアフレンズは全員での合議制を採用している。意 見が大きく割れることもあるようで,賛否同数なら実施するというルールも定 められている。小規模で,しかも生活排水アドバイザーとしての経験を全員が 共有しているといった基盤があるからこうした方式も取りやすいのかもしれな い。但し,M 氏によれば,「たえずより高いレベルをめざして勉強する」を会 のモットーとしているが,「無理には引っ張らない」という方針で会を運営し ているとのことで,舵取りはそう容易でもないようだ。なお,全員で決めても 個々の活動への参加は強制されない。それぞれの都合に合わせて可能な人が参 33)M 氏からのヒアリング及び『アクアだより』No.5,49ページにおける F 氏の発言。なお, FMちゃおは八尾市のコミュニティ FM 局で,アクアフレンズは月に一度「くらしを科学 する」を担当している。 34)「池子米軍住宅建設に反対して自然と子どもを守る会」の「言い出しっぺ主義」と「サ ブ・グループ・システム」。森元孝「“普通の主婦”と環境ボランティア」鳥越皓之『環境 ボランティア・NPO の社会学』新曜社,2000年,所収,73―75ページ参照。

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環境市民運動の発展を求めて(下) 39 加するということになっている35)。 新しい社会運動が孕む自己限定性とラディカリズムとの危うい均衡は,現代 の市民運動がミドルクラスによって支えられていることを想起するとき,市民 運動の持つ「ある種の軽さ」にも通じると解される。ミドルクラスとして大な り小なり自己の地位の保全を意識すれば,自己限定性の側に傾きがちとなり, 「面倒や不利益ないし危険が小さい限りでつきあう」という「軽さ」が前面に 出てきがちとなろうからである。そうなると,運動が持続するかという問題が 生じる36)。この点,アクアフレンズはどうだったのであろうか。 アクアフレンズのメンバーとして活動を継続してきた理由を尋ねたとき,一 方で,「楽しい」という回答が返ってきた。啓発を通じた子どもたちの成長が 刺激になったとか,目の輝く子どもたちに感激したといった声もこれに通じよ う。また,アクアフレンズの雰囲気の楽しさを挙げる人もいた37)。 もちろん,「楽しい」ということは「楽」ということではない。水路調査活 動がハードなものであったことは先に論及した。また,学習支援活動ひとつとっ てもその準備には大きなエネルギーが必要とされる38)。しかし,それをやり 遂げたときの達成感や子どもたちの反応は,「面倒や不利益」を吹き飛ばすだ けのものを持っているというわけである。 他方で,活動継続の動機として,代表のリーダーシップを挙げる人も多かっ た。代表が情熱的で,率先してがんばるから,時間的に少々むちゃな注文と思 われるような場合であったりしても,ついていって支えたいという気持ちがわ いてくるというわけである39)。たしかに,筆者の知るかぎりでも,代表のが んばりには目を見張るものがある。 35)M 氏などアクアフレンズ関係者からのヒアリングより。 36)アクアフレンズの N 氏が全国市町村排水対策セミナーにおいて活動紹介を行なった際も, 「市民ボランティアが何年も続けられる条件」等について質問を受けている。『アクアだ より』No.6,25ページ。市民運動がなかなか活発に継続しがたいという問題を抱えている ことについては,同号59ページをも参照。 37)アクアフレンズ関係者からのヒアリングより。 38)イベントの準備にたいへんなエネルギーを要することは,生活排水アドバイザー S 氏も 述懐している。『アクアだより』No.4,21ページ。 39)アクアフレンズ関係者からのヒアリングより。

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40 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 最後に,市民運動の「ある種の軽さ」,ないし「抵抗の核としての<個>」 を喪失して都合よく「分解し,部分化した<個>」に解消してしまわないため に,社会全!体!の有!機!的!理解にどの程度目が向けられているかという論点である が,既述のようにアクアフレンズは決してラディカリズムに傾いた団体ではな い。だが,しなやかにアンテナを伸ばして種々の方面に鋭敏な関心を広げ,ま た旺盛な行動力を発揮して,幅広く意欲的な学習運動を繰り広げている。 たとえば,中心的活動の対象である長瀬川について言えば,今や都市化した 地域を農業用水路が流れる場合,その管理法規,さらにその背景にある水路の 捉え方そのものが時代にそぐわなくなっていることへの関心が認められる。そ れは,一方で,「環境用水」という新しい発想への共感に連なるが,他方で農 政の方向はどうあるべきかへと関心を広げることともなっている40)。 また,既述のように,チェンマイやランプーンの子どもたちと大阪の子ども たちとの間で絵の交換を通じて交流を図ろうという活動も展開されている。こ のさい,一方的に先進国日本が発展途上国タイに何かを教えることができると いう目線で交流が図られているのではない。絵に現れるタイの人々の暮らしの あり方から日本の子どもたちも学べることが期待されている。さらに,この交 流を含む GEC(地球環境センター)のランプーン・プロジェクト以来の人脈 を介して,タイが抱える森林問題が日本の私たちのくらしとはどうつながって いるのかといった問題にまで関心は広げられていっている。 ! 総括と展望 見てきたように,アクアフレンズは精力的かつ興味深い活動を展開している。 そして,そうした活動が発展してくるにあたってたしかに地方自治体等は一定 の有効な役割を果たしてきた。 まず,メンバーのめぐりあいの機会や他の市民団体等との出会いの場を提供 してきた。なんらかの環境活動の公募に応じる程度の市民感覚の持ち主は,日 40)『アクアだより』No.9に掲載された,M 氏と大阪府中部農と緑の総合事務所長(当時) O氏との往復書簡(メール)参照。

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環境市民運動の発展を求めて(下) 41 本の多くの地域にそこそこ存在するように思われる。問題はそうした人々がめ ぐり合う機会である。たしかに,インターネットを通じて草の根での情報交換 も圧倒的にやりやすくなっている。だが,ネット上で情報交換するのとじっさ いに会って交流するのとはやはり異なる。アクアフレンズの場合,生活排水ア ドバイザーとして4年間いっしょに汗を流しながらつきあいを深めてきたとい う信頼関係が基盤となっているわけで,これはその後の活動にとっても大きな 財産となったことであろう。 この点に関わって,現代では,財政危機という背景もあって,大和川ネット ワーク(仮称)交流会のように,行政主導の「しかけづくり」が活発化しよう としていることが二重に興味深い41)。一方で,これがじっさいの出会いの場 を作り,3年間なら3年間の交流の積み重ねを保障することである。他方で, 3年間で行政は後景に退くことを念頭に置いているので,参加する市民や市民 団体の自主性をそれなりに尊重しようとする。アクアフレンズにおいても,生 活排水アドバイザー時代にそれなりの自主性を認められたことがその後の活動 につながった。一定の市民感覚を備えた市民を集めてその自立を促すのであれ ば,行政は資金や事務局を提供するとしても,対等なパートナーないしむしろ 黒衣として一歩退いているのが望ましいというわけである。 問題は,3年後にほんとうに自立可能かという点であろう。財政的基盤が弱 ければ自立はできない。専門的スタッフも育成されていなければならない。ア クアフレンズにおいても,財政的基盤は弱く,助成金等を得なければならない が,その申請や報告書の作成ができる,またそのために時間を割ける専門スタッ フが決定的に不足している。その結果,代表に大きな負担がかかり,交代もま まならない。むしろ,代表のがんばりで会が存続している一面も呈している。 市民運動を育成したければ,財政的基盤の確立を助成するとともに,専門的ス タッフを育成するための研修制度等や研修の場の整備も不可欠であろう。 第二に,アクアフレンズの場合,時代の潮流に後押しされるとともに,地方 41)八尾市も類似の方向を展望している。『アクアだより』No.6,61ページ参照。なお,本稿 では考察を割愛した豊穣の郷赤野井湾流域協議会(現 NPO 法人びわこ豊穣の郷)の設立 も,滋賀県庁による5年の期限を切った「しかけづくり」であった。

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42 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 自治体等において人との出会いにも恵まれた。そして現代では,いずれの地方 自治体等にもこうした人々は一定程度存在しよう。 だが,公務員には異動があるわけで,担当者が変わって市民運動への理解が 減じて戸惑ったという事例は必ずしも少なくないようである。補助金がカット されるといった事態もあるという。現在の財政危機の下ではその懸念もいっそ う増していよう。 さらに,アクアフレンズのように地方自治体等と良好な関係を築いている団 体でもときとして摩擦はあるようだ。たとえば,環境学習支援活動において提 携校の教諭が転勤して新しい赴任校の子どもたちも活動に参加させてやりたい とアクアフレンズに申し込みがあった場合,行政機関主体の事務局から柔軟性 に欠ける回答を受け取ったりする42)。また,子供たちと河川の日常の関わり をめぐって,親水性を重視するか安全性を重視するかで行政機関とはやはり温 度差が感じられる。 のみならず,一般論として言えば,ていよく利用される危険もなくはない。 協働の眼目が往々にして財政危機への対処ということからばかりではなく,「役 人は自己の権益の維持・拡大を本能的に図るもの」というシビアな認識は行政 職員自身からも聞いた。こうしたシビアな自己認識を持っている行政職員にな ら自制も期待できようが,誰もがそうではないであろう。 結局,市民団体としては主体性を保ち,主張すべきことはきちんと主張して 地方自治体等との間に適度な緊張関係を保持する必要がある。そのためにも自 ら力量を培うことが求められる。かつ,それができる市民たちはいる。したがっ て,そうした人々がめぐり合い,活発に活動を続けてゆく環境を整えてゆく「し かけづくり」が地方自治体等にはまず求められる。それを契機に市民の側も, 一方で行政の限界を乗り越えて成長する。他方で,地方自治体等との交流のな かで「行政マンを育ててゆく」43)ということも課題というわけである。 他方で,「新しい社会運動」という視点からは次のことが確認された。まず, 42)M 氏などアクアフレンズ関係者からのヒアリングより。 43)注31)で触れた2人は異口同音に行政職員の育成という課題に言及している。

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環境市民運動の発展を求めて(下) 43 アクアフレンズにも「近代」を見直すという意味でのラディカルさに通じる側 面は見出されるが,活動の中心は環境学習支援であって,自 " 己 " 限 " 定 " 的 " ラディカ リズムの色彩が濃い。この点は,活動継続の大きな原動力が「楽しさ」にある というところからもうかがわれよう。アクアフレンズの活動は,環境問題への 取り組みにあってはそうした枠内に留まる運動であっても決して軽んじえない 意義を持ちうることを教えてくれているわけである。 と同時に,次の二点にもやはり留目しておきたい。第一に,上述の「楽しさ」 は決して「楽」ということではなかった。ラディカルさゆえの「不都合ないし 不利益」ではないにしても,活動にはかなりの負担は伴うわけである。それを 乗り越えさせているのが達成感や充実感がもたらしてくれる「楽しさ」であっ て,そこには「近代」が構造的に孕んできたジェンダー差別からの解放という 要素もたしかに認められた。 第二に,アクアフレンズの目標である「水路の蘇生」を追求してゆけば,現 代の農政との関わりといった社会システム全体の有機的理解に通じる道に踏み 出してゆかざるをえないし, じっさい代表の M 氏は既にそこに到達している。 だが,この方向のさらなる追求はアクアフレンズ内において新しい社会運動の 孕む危うい均衡を表面化させる契機になりうる。関係者からのヒアリングにお いて,かっては「もったいない」という発想にどこかやぼったさないし違和感 を感じなくもなかったという述懐とも出会ったが,ミドルクラス主体の運動で あるかぎり多少ともこうした感覚を共有するメンバーは他にもあると解され る。つまり,アクアフレンズ内にも自己限定性とラディカル性のバランスに温 度差はあるわけで,アクアフレンズが精力的に展開してきた自らの学習活動を 振り向ける方向性次第ではこの温度差が露呈することとなるであろう。既述し た,M 氏の「無理には引っ張らない」という運営方針も,突き詰めてゆくと こうしたところに関わっているのかもしれない。 最後に,チェンマイ大学教育学部准教授タングシカブット氏44)が筆者とと 44)本稿の研究は,日本の環境市民運動の経験がやはり「お上」の力の強いタイにおいて活 かされえないか,またそのままは応用し得ないところがあるとすればそれはどんな点 か――この点は日本の独自性を逆照射することにもなる――といった問題関心からタング!

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44 彦根論叢 第369号 平成19(2007)年11月 もに日本の環境市民運動を訪ねて抱いた感想を紹介して,本稿を締め括ろう。 タイとの比較を通じて,見てきたような日本の環境市民運動の特質ないし発展 過程についてあらためて確認できるところがあるからである。市民が備えてい る力量こそ,日本と北タイの現状との差異としてタングシカブット氏にもっと も強い印象を残したものにほかならなかったのだが,それをも含めて本稿との 関わりでタングシカブット氏が注目したのは,政策当局者の姿勢,科学知識の 普及度,NGO のあり方の3点であった。 まず,タイの政策当局者は環境教育とか環境マネジメントという観念をさほ ど持っていないとタングシカブット氏は指摘する。それは,そもそも一般の人々 が意志決定過程に参加すべきことへの無理解と一体のものと解されている。た しかに,タイでも1990年代以降民主化,分権化の動きは強まっている。とはい え,一般の人々の啓蒙をめざして政策当局者が共同して実施した GEC(地球 環境センター)のランプーンでのプロジェクトにあっても――だからまた一般 の人々の意識改革に一定の関心は持っている政策当局者であっても――人々の 意思決定過程への参加までを視野に入れていたか疑問が残る。換言すれば,筆 者が同地で実施したヒアリングからも,生活排水が汚染のひとつの大きな要因 だからそれについて一般市民の理解が進めばいいという程度の認識だった色彩 が濃い。生活排水が問題だから市民活動に注目し,コアになる人を育てたかっ たという,既述の八尾市の発想とはまだかなり距離を感じるわけである。 科学知識について言えば,タイではそれはいわば実験室の範囲に主として限 られており,一般の人々はなかなか関与しえない状況にあるとタングシカブッ ト氏は見ている。だからまた,人々に科学知識が乏しく,環境問題の理解を妨 げることとなっている。さらに,それは悪循環を生んでいる。すなわち,デー タを理解できないから学習意欲が高まらない。その結果,いつまでもデータを 理解できないままにとどまることとなる45),と。 シカブット氏の協力を得て行われた。 45) もっとも,タイでも水質検査にパックテストが使われている小学校もある。タングシ カブット氏自身,日本で言う総合学習の時間のプログラムとして自然科学,人文・社会科 学双方からの環境問題への総合的アプローチを具体化した実験を北タイで行っており,そ ! "

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環境市民運動の発展を求めて(下) 45 のみならず,科学が実験室の範囲に限られているということは,データが行 政や大学に握られ,公開が遅れることを意味する。その間に状況は変化してい くから,公開されたデータは事態に立ち遅れてもはや役に立たないものとなっ てしまっている。 NGOについてタングシカブット氏が指摘したのは,タイのそれらは政府へ のプロテストが中心で,したがって行政と協働することは例外的であるという こと,またそうしたプロテスト中心の NGO は環境学習のプロセスにあまり関 心を払わないということであった。タングシカブット氏には環境の積極的改善 にとっては住民の主体的参加が不可欠であり,そのためには環境学習のプロセ スがきわめて重要という問題関心がある。この点,日本では行政が積極的に関 わり,補助金やスタッフを提供して市民運動を育てていることが注目され,タ イでも応用できればと興味深かったようである。もっともこれは最初の論点と 一体の問題であり,氏にとっては行政がどのようにして「開かれて」きたのか, 日本の市民運動はどのようにして行政の目覚めを促してきたのかが重要であろ う。この点,リオ・サミットで「参加」がキーワードの一つだったということ に象徴される世界的な時代の潮流の作用とともに,市民運動組織が力量を蓄え ていって行政を振り向かせた,つまり第二の論点に通じる問題がタングシカ ブット氏にはとくに印象深かったというわけである46)。 の自然科学的アプローチではそうしたものを利用している。さらに,筆者の知る範囲でも, 同じくチェンマイ大学の Y.ピーラポーンピサル理学部教授の研究室グループは小学校の 教員を対象としたワークショップを定期的に実施するなど環境問題への科学的取り組みを 推進することにきわめて熱心に取り組んでいる。したがって,タングシカブット氏も,一 律にタイの学校教育において科学知識の普及が遅れていると言っているのではない。ただ, タイでは学校間の差異がきわめて激しく,隣接校では環境問題に先進的な取り組みを行っ ているのにこちらではそうしたことにまったく関心が示されていないといったことも少な くないのである。 46)本稿は,平成17―18年度において科学研究費補助金の交付を受けた「非西欧型社会にお ける住民参加型環境保護運動の生成・発展」の研究成果の一部である。 !

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