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父親の育児家事参加と母親の育児不安の検討 - 家庭内ゲートキーパーに着目して - Maternal Gatekeeping ;
Father Involvement in Family Work and Mother Anxiety
児童学研究科 児童学専攻 2001124012 今村三千代 問題と目的 日本の親研究は,父親の子育て関与が母親の精神的健康や子どもの発達に対して良い影 響があることを繰り返し報告してきたが,母親自身が父親の関与を封じてしまう可能性に ついてはほとんど検討されてこなかった(加藤,黒澤,神谷,2012)。 アメリカの研究で報告されている Maternal Gatekeeping という現象は,この「母親自身 が父親の関与を封じてしまう可能性」について検討したものである。S. M. Allen and Alan J. Hawkins(1999)は,育児家事労働における夫婦間の協力関係を妨げる信念と行動を Maternal Gatekeeping とし,母親のもつこだわりと責任感,母親としてのアイデンティティ, 役割分業観の 3 次元からなる母親のゲートキーパー傾向を示した。Maternal Gatekeeping に関する研究は主にアメリカで多数報告されており,(S.J.Schoppa-Sullivan,
G.L.Brown,E.A.Cannon,S.C.Mangelsdorf 2008,M.Lee 2010,L.E.Altenburger 2012,Gaunt 2008, Fagan and Barnet 2003 など),母親は父親の育児家事関与を抑制するだけではなく 促進する働きをもつという複数の報告もある(Sokolowski2007, Cannon et al.2008)。
日本では,この点に関連して,加藤(2007)が父親からの援助に対する母親の抵抗に焦点 をあてた。中川(2010)は,伝統的な性別役割分業観や Maternal gatekeeping(S.M.Allen et al,1999)の意識によって,夫への働きかけという行動が抑えられることを示唆している。 さらに中川は S.M.Allen et al. の Maternal gatekeeping を,妻の育児・家事への責任意 識(家庭責任意識)とし,妻の家庭責任意識と育児家事遂行が夫の育児家事行動を制約する ことを示唆した。Allen et al.の主張する Maternal gatekeeping が家庭責任意識と同義で あるかという点には検討の余地が残るが,少なくとも夫の育児家事参加には社会的要因や 夫だけでなく妻自身の要因が重要であることを示したのである。
母親の子育てのストレスを軽減するもっとも重要な要因は夫である(ハロウェイ,2014)。 にもかかわらず,この最も頼るべき父親の育児家事参加への抵抗を示すという母親は,どの
2 ような状態に置かれているのであろうか。育児家事関与が先進国のなかで最も少ない (OECD)といわれる日本の父親たちは,この母親にどう影響を与えているのであろうか。そし て父親の育児家事参加を抑制するという母親は,中川のいう「家庭責任意識」をもって積極 的に育児家事を引き受け,生き生きと過ごしているのであろうか。この問いに答えることは, 育児支援を充実させるために意味のあることと思われた。 本研究では,アメリカを中心に研究され,中川が「家庭責任意識」とした Maternal Gatekeeping という概念を著者なりに捉えなおし,その実情について踏み込んだ分析を試 みた。あわせて父親の育児家事参加がこのゲートキーパーにどう影響を与え,母親自身の育 児不安とどう関連しているかを検討した。 父親の育児家事行動を抑制または促進する母親の信念と行動を家庭内ゲートキーパー と定義し,父親の育児家事参加,母親自身の育児不安との関連を調べるため,以下の仮説を たてて検証をおこなった。父親の育児家事参加は母親の家庭内ゲートキーパー行動と関連 がある(仮説1)。父親の育児家事行動が長いほど母親の育児不安が低く,短いほど母親の育児 不安は高い(仮説2)。家庭内ゲートキーパーは母親自身の育児不安と関連がある(仮説3)。 予 備 調 査 父親の育児家事参加と母親の育児不安との関連を検討するため,母親が子育てをする過 程で抱える思いを理解することを目的とする。 方法 A県内の幼稚園の未就園児クラスに参加する母親 78 名を対象に,質問紙調査を行った。 子どもを育てる過程で得られる肯定的あるいは否定的感情などについて自由記述形式で回 答を求めた。調査時期は 2013 年 6 月であった。 結果 子どもの行動や発達について自分のこと以上に強い関心を寄せていた。 本 調 査 1 目的 家庭内ゲートキーパー尺度と家庭生活感尺度を作成することを目的とする。 方法 A県内の幼稚園に通う 3 歳から 5 歳の子を持つ母親 270 名を対象に質問紙調査を行った。 209 名から回答があり,回収率は 77%であった。調査時期は 2014 年 12 月であった。
3 家庭内ゲートキーパー尺度(自作)
父親の育児家事参加を抑制または促進する母親の心理,行動傾向を測定する尺度は日本 では見当たらなかったため,新たに作成した。作成にあたっては,S.M.Allen et al. (1999) の Maternal Gatekeeping Dimension と Jay Fagan and Marina Barnett(2003)の Maternal Gatekeeping Scale を参考に項目を収集し,4 件法で回答を求めた。
結果
家庭内ゲートキーパー尺度の因子構造
主因子法プロマックス回転による因子分析の結果,「配慮と支援」「家事否定」「諦め」「縄 張 り 意 識 」 の 4 因 子 が 抽 出 さ れ た 。 こ れ は S.M.Allen et al.の Maternal Gatekeeping Dimension の3次元構造とは一部異なっていた。「諦め」と「縄張り意識」は先行研究にお いて指摘されておらず,アメリカにおける先行研究とは異なる因子構造が認められ,日本の 独自性があらわれた結果となった。 家庭生活感尺度(自作) 予備調査で得られた「子どもを育てる過程で得られる肯定的・否定的感情」と,育児不 安尺度の作成に関する研究(吉田・山中・巷野・太田・山口・牛島,2013)を参考に,家庭 生活の満足度に関する質問紙を作成し,就学前の子どもを育てる母親の肯定的,あるいは否 定的な心理状態について回答を求めた。 結果 家庭生活感尺度の因子構造 主因子法プロマックス回転による因子分析の結果,「家庭満足感」「不平等感」「育児不 安」「家庭責任感」の4因子が抽出された。これらの尺度を以後の研究に用いた。 本 調 査 2 父親の育児家事参加と育児不安との関連-家庭内ゲートキーパーに着目してー 目的 以下の3つを目的とする。第1に父親の育児家事参加と母親の家庭内ゲートキーパーと の関連を明らかにする。第2に父親の育児家事参加と母親の家庭生活感との関連を明らか にする。第 3 に家庭内ゲートキーパーと母親自身の育児不安との関連を明らかにする。 方法 A 県内の幼稚園に通う 3 歳から 5 歳の子をもつ母親計 270 名を対象に質問紙調査を行
4 い,209 名から回答があった。2014 年 12 月に調査を実施した。フェースシートで父親の育 児家事参加の時間について尋ね,本研究 1 で作成した家庭内ゲートキーパー尺度と家庭生 活感尺度を使用して質問紙調査を行った。 結果 父親の育児家事時間の長短による母親の家庭内ゲートキーパーの差 父親の 育 児家事参 加 時間を短 い 順から3 群 にわけて 独 立変数と し,家庭内ゲートキーパ ーの下位尺度を従属変数とした一元配置の分散分析を行った。分析の結果,父親の育児家事 参加は母親の配慮と支援行動を促進し,諦めの感情を抑制することが明らかになった。一方 父親の育児家事参加時間が中程度の時に母親の家事否定と縄張り意識の平均得点が高くな り,父親の参加が長くなるほど母親の家事否定と縄張り意識の平均得点は低くなった。仮説 1「父親の育児家事参加は母親の家庭内ゲートキーパー行動と関連がある」は支持された。 父親の育児家事参加と母親の家庭生活感の関連 父親の育児家事参加時間を短い順から 3 群にわけて独立変数とし,家庭生活感の下位尺 度を従属変数とした一元配置の分散分析を行った。その結果,父親の育児家事参加は母親の 家庭満足感を高め,一方で父親の育児家事参加が少ないほど母親の家庭責任感が高まった。 父親の育 児 家事参加 が 少ないほ ど 母親の不 平 等感は高 ま るが,父親の平日の育児時間は母 親の抱く不平等感に影響を与えなかった。また休日の父親の育児関与は母親の育児不安に 影響を与 え ないが,平日に父親が育児に関わる時間が少ない場合母親の育児不安が高まっ た。父親の留守中に子育てに一人で向き合う母親のかかえる不安をあらわす結果となった。 仮説2の「父親の育児家事行動が長いほど母親の育児不安が低く,短いほど母親の育児不安 は高い」は一部支持された。 家庭内ゲートキーパー尺度と家庭生活感の関連 家庭内 ゲー トキー パー の下位 尺度 を独立 変数 とし,家庭生活感を従属変数とした一元配 置の分散分析を行った。夫の育児家事行動に対して配慮と支援を怠らない母親は家庭満足 感が高く,夫に対して諦めの感情をもつ母親は家庭満足感が低かった。また夫の家事参加に 対して否 定 的な態度 を とる母親 は 夫婦間の 育 児家事分 担 に不満を 抱 いており,育児不安が 高く,責任感が強い傾向にあった。縄張り意識の強い母親は,不平等感と育児不安が高かっ た。仮説3「家庭内ゲートキーパーは母親の育児不安と関連がある」は支持された。
5 総 合 考 察 本研究の目的は,頼るべき父親の育児家事参加を抑制する母親の心理と行動について,実 態を把握し,父親の育児家事参加と母親自身の育児不安との関連を調べることであった。 分析の結果,家庭内ゲートキーパーには,「配慮と支援」「家事否定」「諦め」「縄張り意識」 の4つの傾向があることが認められ,アメリカで指摘されているMaternal gatekeeping と は異なった因子が抽出された。 父親の育児家事参加は母親の「配慮と支援」に影響を与えていたことが明らかになった。 平日の父親の家事参加が増えるほど妻の家事否定は減少した。平日の父親の家事参加は母 親の父親に対する否定的な態度を抑制する可能性が示唆された。この「家事否定」は「手 伝う夫を家事から遠ざける妻のいやがらせ」という妻の行動を説明し、より多く父親が家 事をこなせば妻の否定的な行動は少なくなると言える。 「諦め」はアメリカの先行研究では指摘されなかったが,父親の育児家事遂行時間,家庭 生活感のいずれとも強い影響が認められた。この傾向が日本独自のものであるかは今後の 検討課題であるが,先行研究が共働きの夫婦や離婚家庭を対象としていたのに対し,本研究 の対象者のおよそ6割が専業主婦であったことも考慮にいれる必要があるだろう。調査に より,父親の育児家事参加が少ないほど母親の「諦め」の念が強くなり,夫に対する不満や 育児不安を募らせていく母親の心理状態が明らかになった。諦めが強い母親は家庭満足感 が低く,より強い責任感をもっていた。 「縄張り意識」は,ゲートキーパーという言葉自体があらわす「門番」という概念と共通 の,ある種の囲い込みともいえる母親の心理状態を表すものである。家庭内で重要な位置を 占める育 児 家事とい う 領域に母 親 自身が固 執 し,父親にその領域を明け渡すことに抵抗を 感じる母親の心理状態を表している。この縄張り意識は父親の家事参加が中程度のときが 最も強くなり,父親の家事参加がより多くなると縄張り意識は弱くなった。父親の家事参加 が母親の縄張り意識を抑制する可能性が示唆された。家庭生活感との関連においては,縄張 り意識が高い母親は夫に対する強い不平等感を抱き,育児不安が高かった。自分で育児家事 の領域を囲い込んで父親に明け渡さず,結果として不平等感と育児不安を募らせるという, 自縄自縛ともいえる母親像が明らかになった。