第 83 回東京女子医科大学学会総会
日 時:平成 29 年 9 月 30 日(土)13:00~16:10 会 場:東京女子医科大学 弥生記念講堂 総合司会(副会長)橋本悦子 総 会 13:00~13:15 挨 拶 (会長)吉岡俊正 庶務報告 (庶務担当幹事)内田啓子 会計報告 (会計担当幹事)杉下智彦 シンポジウム 「『未来の社会創造』21 世紀の医療の姿と社会デザイン」 13:25~16:10 座長(東京女子医科大学医学部国際環境・熱帯医学教授・講座主任)杉下智彦 1.グローバルヘルスと持続可能な社会の創造 (独立行政法人国際協力機構 JICA 上級審議役)戸田隆夫 2.国民皆保険の将来―人口構造の変容と医療政策の課題― (政策研究大学院大学教授)島崎謙治 3.在宅ケアの未来予想~在宅医療で医療を変える,地域を変える,文化を変える~ (医療法人ゆうの森理事長)永井康徳 4.社会変革の新しい担い手 (ケアプロ株式会社代表取締役社長)川添高志 5.イノベーション教育とウェルビーイング (慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授)前野隆司 6.今,あらためて,“生まれる場所”,“死ぬ場所”を考える (津田塾大学学芸学部国際関係学科教授)三砂ちづる 7.総括 (東京女子医科大学医学部国際環境・熱帯医学教授・講座主任)杉下智彦 学会・研究会抄録 シンポジウム 『未来の社会創造』 21 世紀の医療の姿と社会デザイン 1.グローバル・ヘルスと持続可能な社会の創造 (独立行政法人国際協力機構 JICA) 戸田隆夫 グローバル・ヘルスとは,単なる保健分野の国際協調 を指すものではなく,グローバル・ガバナンスを構成す る不可欠の要諦である.ミレニアム開発目標(MDGs) とこれに続く持続可能な開発目標(SDGs)において,国 際的なコンセンサスが形成され,そこにおいて,すべて の人々が健康な人生を生きるために,具体的かつ不可欠 な手段として,ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ (UHC)が明示されたことは保健分野の観点からのみな らず,持続可能な社会の創造に寄与する点からも,意義 深い. グローバル・ヘルスは,国際社会,地域,国,コミュ ニティそれぞれの階層におけるガバナンスと相互の階層 間の連携を前提とする.グローバル化が不可逆的に進展 する今日の世界において,各国・地域が自分の「庭先」 だけを掃き清めておけば済む,ということではなく,世 界中を見渡して,最も脆弱な国々,最も困難な状況にあ る人々にまで光を当てた取り組みが不可欠である. 日本は,2015 年の国連総会(SDGs の成立)ほか,累 次の国際政治日程において,グローバル・ヘルスに関す るリーダーとして能動的な役割を果たしてきた.そのよ うな日本のハイプロファイルな国際貢献を支えているの が,日本自体の開発経験と,日本の途上国に対する国際 協力の経験である.日本がその経験知を,自国のみなら ず世界の人々の健康のために役立て,世界の平和と安定 に寄与し,ひいては,その真摯な努力から日本が国際社 会の信頼を得ていくことが大切である. 2.国民皆保険の将来―人口構造の変容と医療政策の 課題― (政策研究大学院大学) 島崎謙治 わが国は 1961 年に国民皆保険を実現し,さらに 1973⎧
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東女医大誌 第 87 巻 第 4 号頁 132~134 平成 29 年8月⎭
―132― 52年頃まで給付内容の拡充等を図った.それが可能であっ たのは,1955 年から 1973 年まで高度経済成長があった からである.そして,よりファンダメンタルな理由とし ては,人口が増加するとともに人口構成が「若かった」 ことが挙げられる.これは「逆も真なり」である.右肩 下がりの高齢社会となれば,国民皆保険が形骸化するお それがある. 日本は既に人口減少社会を迎えているが,減少のス ピードは加速し,2030 年代後半以降は毎年 90 万人以上 減少すると見込まれる.総人口の減少以上に深刻なのは 人口構成の変化である.高齢者人口は 2040 年頃まで増加 する一方,生産年齢人口や年少人口が激減する.高齢化 は医療の進歩と並ぶ医療費の増加要因である.一方,労 働力人口の減少に伴い経済の成長率は低い.また,財政 制約以上に深刻な問題は医療・介護の人手不足である. 2018 年度は,次期医療計画の策定,医療費適正化計 画,国民健康保険の改正(ポイントは都道府県が財政責 任を担う)の施行,診療報酬と介護報酬の同時改定等の 「結節点」となっている.国民皆保険の将来という意味で は,この数年が正念場である. 医療の高度化の要請に対応するためには「医療密度」 を高める必要があり,医療機能の分化・集約化は必須で ある.また,超高齢社会では「治す医療」だけではなく 「生活を支える医療」も必要になる.そのためには,狭義 の医療だけでなく,保健・介護・福祉・就労,さらには 「まちづくり」まで視野に入れた総合的な取組みが必要と なる. 3.在宅ケアの未来予想~在宅医療で医療を変える, 地域を変える,文化を変える~ (医療法人ゆうの森) 永井康徳 日本の医療は,これまでとにかく治すことを追求して 発展し,十分な成果を上げてきました.そして,医師は 医師,看護師は看護師とそれぞれの専門職でそれぞれの 技量や技術を高めることを目的としてきました.しかし, 現在の日本では世界一高齢化が進行し,歴史上かつてな いほど死亡者が多くなる多死社会を迎えました.どんな に良い医療を行ったとしても老化や死は避けられませ ん.にもかかわらず,最期まで治療し,闘い続けて亡く なることをすべての人が求めているのでしょうか. 治らない病や老化,障害,死に向き合っていく上で在 宅医療の果たす役割は大きくなっています.在宅医療の バージョンには,次の 4 つの段階があると思います. 在宅医療 version1.0 家に帰りたい人が帰れるように する 在宅医療 version2.0 多職種のチームが連携して利用 者を支える 在宅医療 version3.0 在宅医療で地域作りを行い,社 会問題の解決に結びつけていく 在宅医療 version4.0 在宅医療で文化を変える これまでの日本の医療のように単独職種で自分たちの 専門職としての能力を高めるだけでは,患者や家族を満 足させることはできない時代となりました.単独職種で ひたすら頑張るのではなく,多職種のチームで患者に向 き合うことが地域で必要となってきました.そして,患 者の病気だけを診るのではなく,患者の生活や,労働, 人生など患者を人としてまるごと診て,どう生きるかを 一緒に考える必要性が出てきました.さらに,患者その 人だけではなく,その家族や地域を診て,地域を変える ような取り組みも求められます.さらに,超高齢社会に おける様々な社会保障問題の解決も大事となってきま す.もっといえば,看取りの問題など,時代時代に合わ せた文化を変えたり,醸成させる必要も出てきています. 日本は世界で最も高齢化率が高い国です.今後,世界の 国々も日本を追いかけるように高齢化が進展します.世 界に先駆けて,医療をどう変革し,高齢化していく社会 にどう対応するのかを示していくことが求められている と思います. 4.社会変革の新しい担い手 (ケアプロ株式会社) 川添高志 看護師として 10 年前に起業し,予防医療と在宅医療に 取り組んできたことを紹介する. まず,予防医療では,1 年以上健康診断を受けていな い健診弱者 3,600 万人をターゲットに,「ワンコイン健診 (現:セルフ健康チェック)」を開発した.HbA1c や肝機 能,HDL,LDL,中性脂肪などが 10 分程度で測定でき, 看護師や保健師等から健康アドバイスをする.自己採血 により検査を行うため医療行為ではないが,法的な位置 づけが曖昧であった.そのため,商業施設や駅ナカでの 展開を目論んだものの,行政等からの圧力もあり,店舗 を撤退することになった.しかし,ロビイング等が功を 奏し,2014 年には,「検体測定室」のガイドラインが制 定され,今では競合他社が 1,000 か所以上にもなり,ケ アプロでも 41 万人以上に健康の気づきを提供するまで になった. また,在宅医療では,東日本大震災を機に,孤独死や 看取り難民の問題に直面して,訪問看護の拡充に向けた 取り組みを開始した.2020 年までに約 3 万人の看護師が 必要であり,新卒を含めた若手の看護師を訪問看護業界 に招き入れ,育成していく戦略を取った.そこで,まず はケアプロとして訪問看護ステーションを立ち上げ,平 均年齢 29 歳・看護師 30 名で,24 時間 365 日対応のモデ ルを確立した.新卒看護師も 6 名採用し,新卒や新人向 けの教育プログラムを開発した.現在,新卒や新人の訪 問看護師の採用や育成のためのプログラムの普及のため ―133― 53
に,聖路加国際大学や全国訪問看護事業協会と共にセミ ナー等を行っている. 5.イノベーション教育とウェルビーイング (慶應義塾大学大学院システムデザイン・マ ネジメント研究科) 前野隆司 2008 年に発足した慶應義塾大学大学院システムデザ イン・マネジメント(SDM)研究科では,新しい価値観 の創造と,それに基づく技術・社会システムのデザイン を志している.その柱の一つは,ゼロからのイノベーショ ンを生みだすための方法論であるデザイン思考である. デザイン思考とは,観察,アイデア創出,プロトタイピ ングを繰り返すことによって,現代の社会価値に合致し た新たな製品・サービスのデザインを行うための方法論 であり,スタンフォード大学やデザインファーム IDEO が発祥とされる.デザイン思考では,質より量,failfast (早く失敗を),判断保留,試行錯誤などを推奨すること によって,型にはまらない自由なアイデアを創出するこ とを目指している.このため,本講演では,慶應 SDM のイノベーション教育について述べる. また,講演者は,2008 年以来,幸福学の研究を行って きた.幸福学とは,PsychologicalWell-Being についての 研究の総称である.地球環境や人類繁栄のための持続可 能性を考慮した製品・サービス開発や医療・福祉のあり 方が必要とされる現代社会において,「そもそも如何にし て人々を幸せにすべきか」という根源的価値軸を陽に考 慮することが重要と考えられる.このような中,Well-Being を基本に据えた社会デザインを行う必要がある. このため,本講演では筆者が行ってきた幸福学関連研究 を概説する.具体的には,幸せの 4 つの因子を始めとす る,幸せに寄与する事柄について述べる.さらに,幸せ とイノベーションの関連について述べる. 6.今,あらためて,“生まれる場所”,“死ぬ場所”を 考える (津田塾大学学芸学部国際関係学科) 三砂ちづる いやおうなしに「家で生まれて」,「家で死んで」いた 頃,つまりはだいたい,50 代後半である私の祖父母の時 代から父母の時代にかけての頃の話であるが,きれいで 設備が整っていて,立派そうな白衣を着た人が,きびき びと働いている病院,というところは,ある意味,憧れ であったに違いない.こんな,汚くて暗い家でなんか産 むのは嫌だ,やんごとなき人たちやお金持ちはみんな病 院で産んでいるのに. だから,戦後女性たちは病院出産に憧れるようになり, 1960 年頃には施設出産と自宅出産はほぼ半々となる. 食べられなくなって,飲めなくなって,枯れるように して亡くなっていく病人や老人たちを家で見ていたから こそ,「もっと何かできることがあったのではないのか」 と思い始めて,死にそうな人は,みんな病院に送って「何 かしてもらう」ようになっていく.こちらもだいたい 1960 年ごろ自宅で死ぬ人と施設で死ぬ人は半々くらい であったらしい. 今や,言うまでもなく日本中の多くの人が「施設で生 まれ」「施設で死ぬ」.そのような世代が既に 3 世代目に 入ろうとしているから,「家で生まれて」,「家で死んで」 いた頃の記憶は継承されなくなって久しい.「家で生まれ て」「家で死ぬ」ことは忘れて良いことではなかった,と 考える人もまた増えてきた.私もまたその一人である. ―134― 54