社会実践ラボラトリーの理論
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(2) デザイン学研究特集号 Vol.27-2 No.102. 農作や飲み水をこの川に依存している村にとっては重大な危機だった。その 後村の子供達が中心となって川に千以上の小さなダムを作り川は復活した。 これらの危機には実は日本の社会状況も関わっている。森林伐採には日本 の商社も来ていたということから、日本では木材の多くを輸入に頼っている 事が背景にある。またタイへは多くの日本企業が進出して電化製品や自動車 などを製造販売している。このような企業活動は都会の経済発展に貢献する だけでなく、それが Ban Samkha Village のような農村に上述の例のような大. きな混乱を与えている。タイだけでなく、他の多くの地域のパートナーから 話をきいていくと、どの地域の社会状況も他の多くの地域とのつながりのな かで歴史的に作られてきたことがわかる。そういう意味では、私達はどの地 域の状況に対しても直接・間接に何らかの形で関わっている当事者なのでは ないだろうか?しかしその関わりを知るためには、そのような社会状況が歴 史の中でどのように作られてきたのかを. ってみる必要があるだろう。. 本特集号で扱われている地域でのローカルな実践活動の背後にある社会状 況は、歴史の中でどのように作られてきたのだろうか?デザインの歴史を ることによって、 「自分を支える資源、人、環境と関わりながら生きる」とい うことの意味、それがどのようにして現代社会では失われてしまったのか、そ れを再び取り戻すために何が必要なのか、デザインはどのような役割を果た せばよいのか、という疑問について考察していく。. 2.社会実践ラボラトリー研究の階層 本特集号で論じている社会実践ラボラトリーの研究は、メンバーがそれぞ れの地域で様々な人や組織と関わりながら実践している。地域の特性や関わ る人によって多様で複雑に展開する出来事から発見される価値、生み出され る意味も多様である。それらの価値や意味を、実践者である我々が理解し、 表現し、伝え、社会の中に位置付けていくために、また、より価値のある実 践へつなげていくために、図2で示した実践、デザイン原理、理論という三 つのレイヤー(階層)からなる枠組みによって研究を行なっている。実践レ. 実践. イヤーは具体的な特定の場所と時間で、特定の人とモノが関わり合う一連の 出来事を含む。本特集号では各著者の実践が紹介されている。デザイン原理 レイヤーは、複数の実践から導き出したデザイン上の考え方や、方向性の記 述からなる。原田実践における「旅するデザイン」、横溝実践における「ラ. 図2 研究の3つのレイヤー 4)デザイン実践は現場の具体的文脈で構築されていくの で、そこでの個々のデザイン行為はその地域の人・資 源・環境と直接関わりながら選択される。その中には 実践者の経験の蓄積から生み出されるデザイン知が含 まれているが、最初は明確に意識されない暗黙知とし て現れる。実践に関わった者同士がストーリーとして 語り合い記録・資料化する中で、それらのデザイン知 が次第に明確に意識されるデザイン原理となって記述 されていく。そのようにして記述されたデザイン原理 は、その後の活動デザインの選択肢に対する制約とい う形で、実践に一定の方向性を与える。理論レイヤー. ンブリングデザイン」のように、様々な実践の場で使い込んで手に馴染んだ 道具・知恵のようなものである。デザイン原理は、実践から導き出される が、それは逆に次の実践のデザインを導くので、実践とデザイン原理の二つ のレイヤーは常に循環する関係にある[注4]。 個々の地域の文脈における具体的実践を体系化してデザイン原理を導く過 程を、様々な分野の知見を参照して方向付けるのが理論レイヤーである。そ れによって実践の方法論をより大きな社会的歴史的文脈の中に意味付け、 我々が構築してきた社会実践ラボラトリーが何を目指しているのかを理解し 説明しようとする[注4]。 本論では、本特集号の他の論文で述べられているような、社会実践ラボラ. は、例えば本論文におけるアージ理論(3.2. 節)や、. トリーの現在までの実践活動を踏まえて、理論レイヤーとデザイン原理レイ. デザイン原理が形成される過程で参照される多様な分. ヤーの構築を試みる。次の節ではいったん実践から離れて、デザインという. 横溝論文におけるフッサールやインゴルドのように、 野の知見からなる。逆にこのような研究によって、理 論が精緻化されたり、新しい理論を生み出す可能性も ある。. 行為の歴史的起源と変遷を. っていく。その中で、従来のデザイン概念が形. 成された背景とその問題点を論じる。最後にデザインの新しい概念として、. 49.
(3) 50. 特集:社会実践のデザイン学. いくつかのデザイン原理を例示し、その歴史的役割を提言する。. 3.歴史上の価値とデザインの変遷 3.1. 人類の価値観の変遷. 環境問題、資源枯渇、経済格差、貧困などの現代社会の諸問題は、現代の. デザインに課せられた大きな課題である。しかし、私達一人ひとりの日常の 行動がこれらの問題にどう繋がっているのか、改善するためにどんな行為が 必要なのかが見えないことが、持続可能な社会のためのデザインを困難にし ている。私達の暮らしと諸問題の関係が見えない背景には、イリイチ[注5] が「根源的独占」と呼んだ大量生産・流通・消費の巨大システムに依存する 生活があり、その背後には「(利益・労働力・規模などが)より大きい・多 い」ことをよいとする価値観があるだろう。この価値観は一見当然にも思え るが、人類の歴史の99%以上の間生きてきた狩猟採集の常に移動する生活で は、「大きい・多い」は負の価値だったはずだ。人類が道具を使い始めてか ら少なくとも200万年間は、手で持って移動できるものだけ使っていた。 「ちょうどいい大きさ・量」が、生存の為に身につけたデザインの価値観 だったと考えられる。それが、約1万年前に農耕が始まり定住するように なってから、道具・家・土地・集団などは急激に大きくなり、たった数千年 後にはピラミッドや大都市などをデザインし作るようになった。つまり「大 5)イリイチ(渡辺・渡辺訳)(1989) コンヴィヴィアリ ティーのための道具,日本エディタースクール出版部. 6)ダイアモンド(2012)、楡井訳、文明崩壊 ─ 滅亡と存 続の命運を分けるもの、草思社 7)戸田(1987)心をもった機械 ─ ソフトウェアとしての 「感情」システム.ダイアモンド社.. Toda, M.(1981). Man, robot, and society: Models and. きい・多い」がよいという価値観は人類の歴史の中ではごく最近のものであ ろう。エジプト、ローマ、イースター島など多くの文明が、「より大きい・ 多い」ものを作り続け資源を失い衰退したらしい[注6]ことからも、この 価値観は持続可能性が低いと思われる。このような価値観がどのように形成 され、それが歴史をどう動かしてきたのか次に考察していく。. speculations. Dordrecht, The Netherland: Kluwer Academic Publishers Group. 8)例えば「恐れ」アージは、自然環境では身に迫った危 険(例えば捕食者に襲われた)に対して活性化され、 時間がかかる思考を抑制しできるだけ速くその場で可. 3.2. ヒトの感情と行動を促すアージ. 人類の歴史は価値と道具によって大きく方向付けられている。道具のデザ. 能な逃避行動を選択し、できるだけ速く行動すること. インはデザインする人間の価値観によって方向付けられ、道具は使用する人. を促すが、現代社会では緊急時での行動の選択に複雑. 間の行動の選択肢を制約することで歴史を動かしている。ここで価値観と行. な思考が必要なことが多く、火事や事故など身に危険 が迫った状況で、パニック行動として不合理な行動を. 為を結びつける上で大きな役割を演じているのが人間の感情である。戸田の. 起こしてしまう(例えばビル火災で、引けば開く扉を. アージ理論[注7]によると、人間の感情は自然環境で生き延びるための行. 押し続けて逃げ遅れるなど、冷静に考えることが難し くなる)。. 動を促す「アージ」のシステムとして狩猟採集時代に進化した。ここでは、 道具を作り使用する時に働く二種類のアージを取り上げる。 ものごとの仕組みを知りたいという好奇心、それを作ってみたい、 使ってみたいという挑戦心などの感情によって、ヒトは道具を作り使 いこなすことを学べる。これらを学習アージと呼ぶ。 困っている人を助けたい、価値を作り出し分け合いたい、社会に貢献 したい、などの感情によりヒトは社会を維持してきた。これらを社会 アージと呼ぶ。 アージは、それぞれ特定の状況に置かれた時に活性化される感情と行動の セットである。アージは活性化されると、身体と認知システムをその状況に 適切に対処できるような状態にし、生存可能性を最適化するような行動パ ターンを発動させる。例えば好奇心は「何かのものごとがもう少しで見えた り仕組みが理解できそうな状況」に置かれた時に活性化され、それをよく見 たり調べたりする行動を促す。また、挑戦心は「何らかの活動・課題・制作. 図3 価値観、感情、行為、社会構造の関係. 物が、頑張れば達成できるかも知れない状況」に置かれた時に活性化され、.
(4) デザイン学研究特集号 Vol.27-2 No.102. それを達成するための行動を促す。もちろん同時に失敗の不安や危険への恐 れなどの他のアージも活性化され、それらの間の相互作用によって最終的な 行動が選択される。 学習アージと社会アージが活性化されやすい状況について以下にまとめる。 学習アージ:好奇心など対象の理解を促進するアージは、対象の仕組 みが見えやすいほど活性化されやすい。また挑戦心など何かを達成し ようとするアージは、達成のための行為の選択肢が見えやすいほど活 性化されやすい。 社会アージ:感謝アージは自分の生存を支える他者の行為や生存を支 える環境資源に対して活性化される。貢献アージはそのような対象を 助けたり守るような行為の可能性を認識することで活性化され行為を 促す。 図4 人類の歴史の中での狩猟採集、農耕、 産業化社会のタイムスケール 9)感情は遺伝的な機能で数万年の時間では大きな変化は ないと考えられる。それに対して、価値観は社会構造 の変化に伴い数十年∼数千年という短い時間で変化す る。同じ感情もその人(および社会)の持つ価値観に よって全く異なる行為を生み出す。例えば「価値ある ものを作り出したい」という感情(挑戦心)によって 引き出される行為を考える。狩猟採集社会では「適度 な大きさがよい」という価値観によって、目的の機能. 戸田[注7]は様々な感情状態の人間の行動を分析し、自然環境での生存 に最適化されたアージのシステムによって引き出される行動は、現代の我々 の文明化された環境では機能しないことが多く、しばしば非合理的な行動に なってしまうことを指摘した[注8]。 これに対して、冒頭で紹介したタイの農村のような手作りの生活の環境で は、学習アージも社会アージも活性化されやすいだろう。筆者が衝撃を受け たその環境での「自らを支える人、環境、資源と関わりながら生きることの 意味」は、アージの働きと深く関係していると思われる。. を実現するのに最適な大きさの道具やものを作り出そ うとしただろう。それに対して、農耕が始まり定住社 会になると「より大きい方がよい」という価値観に変 わり、作り出す道具・都市・建築などは急激に大きく なっていったと考えられる(図3)。. 3.3. 価値、感情、社会構造の変遷. これらのアージは歴史の中で、どんな時に何を対象として働き、歴史を動. かしてきたのだろうか。ここで前提としているのは感情、すなわちアージの システムは、アージ理論によると遺伝子に組み込まれていて、それが進化し た狩猟採集時代から現代までほとんど変化していないはずなのに対し、価値 や社会構造は比較的短期間で変化し得ることである[注9]。以下では、歴 史の中の重要なターニングポイントでの価値、感情、社会構造の変化を. っ. てみる。図4にそれぞれの時代のタイムスケールを示した。 狩猟採集社会(200万年以上、人類の歴史の99%以上):日常の暮らしに必要 な道具は学習・社会アージの重要な対象であったと考えられる。常に移動す る暮らしでは、ものは手で持ち運べることが必須であり、「適度な大きさ・ 量」が道具のデザインを方向付ける価値であったはずである。手作りの道具 を使い、人の力で必要なものを作り出していたので「人の力を引き出す」こ とも重要な価値であっただろう。従ってこの時代の人間の学習アージと貢献 アージは、適度な大きさの手作りの道具を改良しマスターすることに向けら 図5 狩猟採集社会の社会・価値・感情. れていたであろう。誰もが生存に必要なものをデザインすることを学ぶ必要. 10)狩猟採集社会のような自然環境での移動生活では、狩. があり、これらのアージはそのために進化し、その結果人類は知識と技術を. 猟、料理、それらの道具作りなどの過程は周囲の観察 者にとって見えやすいために、学習アージは比較的活性 化されやすい。また好奇心によって対象をより理解する ことにより、可能な行為が明らかになり挑戦心を活性化 し、挑戦心によって起こした行為によって対象が可視化 されるので好奇心を活性化する、というように、好奇心 と挑戦心はお互いを活性化し循環することで学習・熟 練を促進していく性質がある。それを「適度な大きさ・ 量」という価値が適度に調整するネガティブフィード バックにより社会構造・規模は安定し、200万年という 長い時間をかけて、生産過程・資源が見える環境の中 で適切に機能するアージの進化が進んだと考えられる。. 蓄積していった(図5)[注10]。 農耕社会(11,000年、歴史の1%以下) :約11,000年前にメソポタミアで農耕 が始まり、その他の地域にも広がるにつれて、住居や社会の規模が急激に大 きくなっていることから、狩猟採集時代の移動生活から定住生活になったこ とで価値が「適度な大きさ・量」から「より大きい/多い方がよい」に大き く転換したと考えられる。知識や財産を蓄え特権階級となった一部のグルー プの学習アージと社会アージが、より大きな社会のデザインに向けられたこ とで、わずか数千年の間にピラミッド、大都市、教会などの建造物や社会組. 51.
(5) 52. 特集:社会実践のデザイン学. 織をデザインし構築していったのだろう。一方でこれら特権階級の消費を手 作りの道具で支えた生産者階級による生産活動では、 「人(および家畜)の力 11)カイロの Egyptian Museum では、人気のある王族の巨. を引き出す」価値による道具のデザインを維持していたと考えられる[注. 日常の道具や生産現場の模型(これも当時の遺物であ. 11] 。このようにして特権階級消費者による社会作りと、生産者階級によるも. 大な彫刻や豪華な装飾品と同時に、膨大な数の庶民の る)が展示されている。それらのデザインの多様性か らも、現場で使い手によってデザインされていたであ ろうことが推測される。. の作りが分離し、お互いのプロセスが見えなくなり、お互いを支える社会アー ジが適切に働かなくなった[注12] (図6) 。ダイアモンド[注6]が指摘し たように、多くの大文明は、特権階級が自らの社会で起こっている問題から 自分たちを隔離し対処を怠った時に滅亡した。 産業化社会(300年、人類の歴史の0.01%) :約300年前に産業革命がヨーロッ. パで始まり他の地域にも広がると、手作りの道具は、化石エネルギーによる 機械に置き換えられ、道具と生産者の「人の力を引き出す」価値は、機械と 労働者の「人の力を使わない」価値に転換していった(図7) 。多くの生産 者が生産や道具のデザインをやめて、労働者兼消費者として都市の産業シス テムに組み込まれていった(図7) 。世界の多くの地域で現在でも続いている この社会構造の変化により、生産過程はさらに不可視化され、学習アージや 社会アージが機能することがさらに困難になっている。例えば、都市生活者 が電子レンジやエアコンなどの複雑な道具を使用する時に、その仕組みに興 図6 農耕開始以降の社会・価値・感情 12)農耕が始まり定住生活になると、社会が階層化し、食 料や道具を生産する階層と、特権階層の間で、生産過 程や資源が不可視化し、感謝、貢献などの社会アージ が次第に働かなくなった。(例えば政治家・官僚には、 見えない農民の暮らしを改善するアージが働かず、政 治が分からない農民には国に貢献するアージが働かな い。)ポジティブフィードバックによって社会構造は 不安定化し、急激に変化するようになった。多くの大. 味を持ち自分で修理したりデザインしてみたいと思うことはほとんどないだ ろう。またそれらが消費しているエネルギー資源の価値を感じることも少な いだろう(木を燃料にして料理や暖房をしていた時と比べると分かりやすい) 。 産業革命以前の文明において、少数の特権階級が自らの社会の問題に向き合 えず滅亡したように、産業革命以降は、はるかに多数の生産・消費者階級が、 自らが依存している大量生産・消費システムの多くの問題(環境問題、経済 格差、食料廃棄と飢餓など)に向き合うことが難しくなっている[注13]。. 文明が生まれ、大きな社会に必要な資源と労働力を求 めて急激に拡大し、資源を使いきり滅亡していった。. 3.4. デザインの危機. 人類が道具のデザインを始めてから200万年の間.自ら暮らしを作り出して. いた人々の学習アージは「人の力を活かす価値」を求め、人々の暮らしを良 くしたいという社会アージによって道具のデザインを改良していった。しかし 価値観が「より大きくより多く」さらに「人の力を使わない」に転換した結果、 道具は工場に入り機械となり、道具のデザインは暮らしを離れ少数の専門デ ザイナーと技術者に委ねられ、道具のデザイナーであり使い手であった生産 者は労働者兼消費者になり、知恵や技の価値が見えなくなり、それらを守る 社会アージが働かなくなった[注14] 。デザイナーや技術者の学習アージは 「資本」となった機械から利益を出すことに向けられ、経営者・政治家の学習 アージは会社・政党を維持・拡大することに向けられる。地域の資源の価値 図7 産業革命後の社会・価値・感情. が見えなくなり、それらを守ろうという社会アージも働かない中、コストの安. 13)宮田、上芝、原田(2018)当事者デザインの為のデザ. い海外の資源・労働力に依存するようになり、進出した海外の都市からさら. イン原理(2)デザイン学会全国大会論文集 C7-06 .. に地方や近隣国に産業化を拡散していくという悪循環に陥っている[注15]。. が始まり、戦後の高度成長期に都市のビジネスが拡大. 産業革命以降のデザインが使い手への配慮を欠いたことへの反省から、. 14)日本では鎖国によりやや遅れて明治維新から産業革命 するために農山村の人たちを安価な労働力と新たな購 買力として取り込んできた結果、経済発展という名の 元で都市の巨大化と農山村の過疎化が進行してきた。 現代でも農業など一次産業従事者が継続できず、労働 者兼消費者として都市経済に取り込まれるという形で 続いている。食料の70%近く、木材の約70%、衣料の 95%以上を輸入するようになり、消費者にとって生産 過程はさらに見えなくなり、学習・社会アージも働か なくなっていった。. 1980年代に提案された User Centered Design[注16]も、その後提案された. User Experience Design、Inclusive Design など多くのデザインの枠組みも、デ ザイン専門家が一般のユーザーのためにデザインするという、産業革命以降 の社会構造を前提として考えられており、生産過程における知恵や技や資源 の価値の可視化を志向してこなかった[注17]。このようなデザイン概念の 矛盾を克服する端緒を切り拓いたのが、須永らによる情報デザインにおける.
(6) デザイン学研究特集号 Vol.27-2 No.102. 「社会的にデザインする」という概念であり「デザインの主体としての市民」 という視点であった[注18]。社会実践ラボラトリーはこの視点に基づき、 市民が自らデザインする社会のための新たなデザインの概念を構築しようと している[注13]。次の4章では、社会実践ラボラトリーにおけるデザイン 原理を、前節の歴史的理論的考察と、筆者らの実践で得られたデザイン知か ら導き出すことを試みる。. 4.社会実践のデザイン原理 2章で述べたように、デザイン原理とは様々な実践の場で使い込んで手に 馴染んだ道具・知恵のようなものであり、その道具を使う人たちにとっては、 環境や人や社会などの状況に埋め込まれた知恵のようなものである。したがっ 15)日本国内での生産・販売に限界がみえてくると、産業 はより安価な労働力と市場を求めて海外に進出して いった。その結果、それらの国でも国内と同様に都市 経済の拡大と、冒頭で紹介したタイの農村が経験した ような、農山村の産業化が進んでいる。タイの首都バ ンコクでは隣国のラオスやミャンマーから来た人々と の経済格差が大きく。産業の拡大はさらに近隣諸国へ. てそれを記述することは当の実践者にのみ可能であり、また完全に記述でき るものでもない[注19] 。従ってここでは、デザイン原理の一具体例として、 筆者自身の実践から導いたデザイン原理について述べる。本特集号の他の著 者達の語るそれぞれのデザイン原理も合わせ、読者はそれぞれの文脈で自分 のデザイン原理を構築していく参考にしていただけることを期待している。. と連鎖している可能性がある。 16)Norman & Draper(Eds) (1988) , User Centered System. Design, LEA. 17)これらのデザインの枠組みは、電子レンジやエアコン から、コンピュターやスマートフォンまで、ユーザー が効率よく目的を達成できるように複雑な仕組みを単 純な操作で実現しようとするために、背後にある仕組 みや使われる資源を見えないようにしていった。その 結果、ここで指摘しているような様々な社会問題をむ しろ拡大してきた可能性がある。 18)須永(2020)デザインの知恵 情報デザインから社会 のかたちづくりへ、本特集号 19)デザイン原理は、数学や物理学のような自然科学の理 論のように、どこでも誰にとっても成立することを目 指してはいない。自然科学の理論はその分野の専門家 であれば誰でも理解でき、記述でき、使うことができ ることが強みであるが、逆にそのことによってイリイ チが指摘したように専門家と非専門家が分断され、後 者が前者に盲目的に依存する構造を作り出してきた。 本特集号で横溝が指摘しているように、デザイナーが 自然科学のような専門家的地位を目指すことによって、 非デザイナーがデザインする機会と能力を奪われた状 況を作り出してしまった。我々の社会実践ラボラトリー は、そのような現代社会で、誰もがデザインする機会 と能力を取り戻せる環境の構築を目指している。 20)Miyata, Y. & Ho, A.(2017) . World Connection Project. - Hong Kong Youths Meet Nature in Japan -, International. Journal for Educational Media and Technology, Vol.11 , No. 1 , 108-115. 21)例えば豊田市の里山における実践(Miyata & Ho, 2017) [注20]では、2016年5月に1週間豊田市に滞在した. 香港理工大学の学生グループのリフレクションの分析 から、現場でのモノ造りの体験(紙漉き、藍染、田植 え等)と見学(豆腐工場、炭焼き)においては、どち ら も 好 奇 心( 素 材 や 過 程 を 知 り た い ) や、 挑 戦 心 (やってみたい)の言及があったが、環境や文化を守 る人への感謝と、それらの価値を守りたいという貢献 心の言及があったのは、前者のモノ造りの体験のみで あった。これらの社会アージの喚起にとって、人・文. 4.1. アージによる活動デザイン. 前節で議論したように、現代の社会問題の多くは、社会構造の変化によって. 各地域の資源や知恵が活かされなくなり、さらに生産過程が次第に見えなくなっ たために学習アージと社会アージが働きにくくなったことと関係が深い。社会 実践ラボラトリーでは、それぞれのメンバーの地域の資源や知恵の価値を見出 し活かすデザイン活動を展開しているが、筆者らは「アージが適切に働くデザ イン」というデザイン原理によって、まず以下のような活動をデザインした。 学習アージがよく働くような活動デザイン 生産過程、特にそのメカニズムを可視化する(好奇心アージ) 生産に必要な活動を可視化する(挑戦アージ) 社会アージがよく働くような活動デザイン: 生産のための資源を可視化することで地域の資源や知恵を活か したデザインを促進する(貢献アージなど) これらの原理でデザインした幾つかの実践で明らかになった、学習アージ と社会アージのバランスの重要性について次節で論ずる。学習アージに関し ては、上記のデザイン原理により比較的容易に好奇心や挑戦心を引き出す事 ができた。しかし社会アージに関しては、資源の可視化のみでは、それを活 用する学習アージは活性化できても、守りたいという社会アージは必ずしも 活性化しないことが観察された[注20,21]。3.3. でも農耕社会について指. 摘したように、歴史の中にも学習アージと社会アージのバランスが崩れた時 に社会問題が拡大した例が多い。学習アージは対象の内部に向けて働くのに 対し、社会アージは対象とその周囲にある人やモノとの関係性に向けられる ために、学習アージが強く働く時は、社会アージが抑制される可能性が考え られる。これに対し、社会アージの活性化の方法として、実践から抽出した 幾つかのデザイン原理について述べる[注22]。. 化・環境を含めたオーセンティックな体験が重要であ ることが示唆された。 22)Miyata, Y. Ho, A., Yokomizo, K., Motoki, T.(2020), World. Connection Project: Education for Sustainable Society in a Global Setting, in the Proceedings of FabLearn Asia 2020. 13-16, Bangkok, Thailand.. 4.2. オーセンティックな活動デザイン. オーセンティックな環境とは、人々の実際の生活の場で、資源、生産過. 程、生産者と使う人などの関係が可視化されている環境である。そのような. 53.
(7) 54. 特集:社会実践のデザイン学. 23)例えば、豊田の森プロジェクト(図8)及び函館市に おける木使いプロジェクト(原田、2018)では、森林 資源の伐採(図左) 、製材などの現場の見学と聞き取 りの後、その資源を実際に活用するデザインと大工さ んの指導による制作(図中)、および体験を市民へ伝 える展示・イベント(図右)を行った。この実践デー タについては Miyata, Ho, et al.(2020)[注20]で分析 した。. 環境で学習アージと社会アージを同時に活性化することを試みた。 農林業や里山での工芸など、オーセンティックな環境で手作りの生産 に携わる人の指導により生産過程を体験する活動が、学習アージと同 時に社会アージの活性化に効果的であることが観察された[注21]。 生産資源と生産過程を知り、さらに自らその資源を使った制作体験を 含む一連の活動により、制作活動への学習アージと資源への社会アー ジを同時に活性化する[注23]。. 4.3. 学習アージと社会アージを連続的につなげる. 学習アージと社会アージをつなげることにより、両者が相互に強め合うよ. うな活動をデザインする。 学習アージから社会アージへ:個人の学習によって得られた知識・技 術を使って、社会的な意味を作り出せるような活動により、社会貢献 図8 豊田の森プロジェクト. ができる行為を可視化し認識できるようにする[注24]。 社会アージから学習アージへ:まず人間関係を構築してから、ある知. 24)例えば豊田市でのイルミネーションプロジェクトでは. 識・技術を学ぶことによってその相手に貢献できる可能性を認識する. 2017,18,19年に、プログラミングによる LED の制. ことで、相手に貢献したいという社会アージによってそれを学びたい. るイルミネーションイベントに出展する作品を制作し. という学習アージを促進することができる。大学生と小学生のような. た。また、農家 AR プロジェクトでは、アニメーショ. 異年齢のコラボレーションで特に効果的であった[注25]。. 御を学んだ工学部の大学生が、町の繁華街で開催され. ンおよびビデオ制作を学んだ大学生が、農家を訪問し て生産者の想いや状況を聞き取りした内容を AR(拡 張現実)作品として制作し、農家の生産物を使った料 理を提供するレストランのメニュー上で客が閲覧でき るようにした。(福島、2018)いずれも学んだ技術に. World Museum Project でのグローバルなオンラインコラボレーション 制作では、これらを循環させ、ものから人間関係、さらにコミュニ ティー作りへと視野を広げていった[注26]。. より生産者への貢献アージが働いたと考えられる。 25)宮田,亀井,杉浦(2013),ワールドミュージアム ─ 志を広げる多文化異年齢コラボレーション,日本教育. 工学会論文誌 37巻3号 299-308. 26) Miyata, Y.(2013) , Nurturing creative mindsets in the. global community, in Cultures of Creativity - Nurturing. creative mindsets across cultures. Billund: The LEGO Foundation.. 27)例えば、注21の豊田の里山での実践で観察されたよう に、オーセンティックなモノ作りの体験の中で、現場 でモノ作りに携わる人によるナラティブによって、資 源や知恵の価値が共有され、社会アージが喚起された. 4.4. ナラティブによる経験の共有. 以上の活動デザインの中では、ナラティブ(語り)が社会アージの活性化. に重要な役割を果たしていた。人は感情や価値観などに動かされながら資源 や社会と関わりモノを作り出すが、その経験の総体を共有する働きがナラ ティブにはある。人が体験した、人やモノや社会との濃密な関わりについて、 そこで生まれた価値や感情と共に語ることで、様々な関係性が可視化され、 オーセンティックな経験を作り出す可能性を持っている[注27][注28]。. と考えられる。また豊田の森プロジェクト[注22]で も、森を何十年も守り育ててきた人達や、伝統的な工 具や知恵を伝える大工の語りによってそれらの資源、 道具、知恵の価値が学生に伝わり、それらを作品とし て表現した展示によって学生が来場者に語る、という 形で、モノを通しての語りによって伝わっていった。 ここでナラティブの重要な要素として、語る人の中で 価値が十分熟成している内容を語ることで、その価値. 5.今後の展望 農耕と産業化によって歴史上一時的に奪われてきた、好奇心・挑戦心など 学習アージによる作るよろこびと、作り出した価値を共有し社会に貢献する 社会アージによる社会作りのよろこび、つまりは生きることをデザインする. がより明確に認識され、聞き手にも伝わることがあげ. よろこびを再び市民の手に取り戻すという、デザインの民主化はどのように. られる。注26の World Museum Project では、Create/. 実現できるだろうか?現代を支配する機械の効率を価値とする大量生産・消. デザインにより、最初は好奇心・挑戦心など学習アー. 費システムの変革を実現するのは、おそらくデモやクーデターではないだろ. Connect/Open モデルというデザイン原理による活動 ジが先行していた参加者が、自分だけの力ではできな い課題に出会い、他者や環境などの価値を認識するこ とにより、感謝や守りたいなどの社会アージも働くこ とが観察された。 28)本特集号の横溝のランブリングデザインにおいても、 ナラティブ(物 - 語り)は、語り手が体験を自らの生. 活世界の一部にする行為であり、同時に語り手から聴 き手に共有された意味が聴き手の生活世界の再設定に つながり、伝搬していくことで共同体が形成されると いう、重要な役割を持っている。 29)センゲ他(2010)、持続可能な未来へ 組織と個人に よる変革、日本経済新聞出版社. う。センゲらは経営者や組織のリーダーによる変革の可能性を論じている [注29]。しかし、イリイチ[注5]が指摘したように、経営者、技術者、労 働者、消費者はそれぞれこの巨大システムに多かれ少なかれ依存している。 この内、経営者、技術者には、その基盤を強めるような学習アージが働いて おり、システムそのものを変革することには、大きな抵抗が伴うだろう。労 働者がシステムを変えることはもとより困難である。唯一消費者個人の個々 の行動はシステムには直接制約されず、大量生産品を一つ消費する代わりに 手作りすることは可能であるだけでなく、アージによるよろこびも伴う。つ.
(8) デザイン学研究特集号 Vol.27-2 No.102. まり、専門家によるトップダウンの変革はアージという人間の本性に逆らう のに対し、ボトムアップの変革はそれに従うために、より無理がなく上述の 「生きるよろこび」を生み出すことができるだろう。4章のデザイン原理で 述べたように、学習アージと社会アージが循環することで強め合うことが、 多くの実践で観察されており、ナラティブにより共有し情報交換するコミュ ニティーによって、継続する動機付けが得られると考えられる。材料や情報 を提供するビジネスも定着し、作品共有、情報交換も広がってきている。 個々の現場で、その地域の資源、技、知恵を活かしたモノ作りを実践し、各 地域での実践を共有し広げていくことで、大量生産・消費システムから少し ずつ脱却し、生活者が自立共生する新たなシステムを構築していくことがで きるのではないだろうか。本論文のオンライン版[注30]も参照されたい。. 6.謝辞 本研究は以下の支援を受けて実施した。文部科学省科研費研究課題番号. JP17K01153、JP18K11957、25350302、22500944、25350362、22330243 【参考文献】. コンヴィヴィアリティーのための道具 ,日本エディタースクー イリイチ(渡辺・渡辺訳) (1989). ル出版部(原著:Illich, I.(1973) . Tools for conviviality. Marion Boyars.). 須永(2020)デザインの知恵 情報デザインから社会のかたちづくりへ、本特集号 センゲ、スミス他(2010)、持続可能な未来へ 組織と個人による変革 、日本経済新聞出版社(原. . The Necessary Revolution – How 著:Senge, P., Smith, B., Kruschwitz, N., Laur, J., Schley, S.(2008). individuals and organizations are working together to create a sustainable world, Nicholas Brealey Publishing). ダイアモンド(2012)、楡井訳、文明崩壊 ─ 滅亡と存続の命運を分けるもの 、草思社(原著:. Diamond, J.(2011) . Collapse: How Societies Choose to Fail or Survive, Penguin). 戸田(1987)心をもった機械 ─ ソフトウェアとしての「感情」システム .ダイアモンド社 . 原田(2018) .木遣いプロジェクトレポート 、公立はこだて未来大学. 原田,宮田(2016).デザイン、街に出る4:旅するデザイン、日本デザイン学会研究発表大会概. 要集63巻 A1-04. 福島(2018)学生による農家支援と街づくり ─ AR を用いた農家支援と NeoPixel を用いたイルミ. ネーション 、日本デザイン学会第3支部 平成30年度 研究発表会. 宮田、上芝、原田(2018)当事者デザインの為のデザイン原理(2)デザイン学会全国大会論文. 集65巻 C7-06 .. 宮田,亀井,杉浦(2013).ワールドミュージアム ─ 志を広げる多文化異年齢コラボレーション,. 日本教育工学会論文誌 37巻3号 299-308. 横溝(2020).ぶらぶらデザイン運動における実践者の知のはたらき 青森県浪岡地区の市民と. の共創によるご当地包装紙のデザインプロジェクトを事例として、本特集号. Miyata, Y.(2013) , Nurturing creative mindsets in the global community, in Cultures of Creativity -. Nurturing creative mindsets across cultures. Billund: The LEGO Foundation. https://www.legofoundation.com/ media/1073/cultures-of-creativity-lego-fonden-2013.pdf.(accessed Jan 2020). Miyata, Y. & Ho, A.(2017). World Connection Project - Hong Kong Youths Meet Nature in Japan -,. International Journal for Educational Media and Technology, Vol.11 , No. 1 , 108-115. Miyata, Y., Harada, Y., Yokomizo, K., Motoki, T. & Ueshiba, T.(2019) . Re-Designing Design - Design. Principles Based on Historical Analyses of Human Emotions and Values, the Proceedings of the International Association of Societies of Design Research Conference, Manchester, UK.. , World Connection Project: Education for Sustainable Miyata, Y. Ho, A., Yokomizo, K., Motoki, T.(2020). Society in a Global Setting, in the Proceedings of FabLearn Asia 2020 13-16, Bangkok, Thailand. (1988) , User Centered System Design, LEA Norman & Draper(Eds). Suksapattana Foundation(2005)Ban Samkha Community that Learns; Hydro and Agro Informatics. Institute, Ministry of Science and Technology, Thailand. 30)本論文の3D ダイナミック・インフォグラフィックス 版を以下で共有している。. http://wmuseum.hiroba.sist.chukyo-u.ac.jp/stor y/ ?story=JSSD_special_issue. . Man, robot, and society: Models and speculations. Dordrecht, The Netherland: Kluwer Toda, M.(1981). Academic Publishers Group.. 55.
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