マーケットバスケット方式による食品中の保存料の一日摂取量調査
古賀梓美・小嶋慎太郎・内山亜喜子
福岡市保健環境研究所保健科学部門
Study of Daily Intake of Preservatives by Market Basket Method
Azumi KOGA , Shintaro KOJIMA and Akiko UCHIYAMA
Health Science Division, Fukuoka City Institute for Hygiene and the Environment
要約
マーケットバスケット方式を用いて市民が1日に摂取するソルビン酸,パラオキシ安息香酸エステル類及 び安息香酸の総量を求めた.調査試料として,国民栄養調査を参考に福岡市内の販売店で加工食品327 品目 を購入し,8 つの食品群に分類した.それらを食品群毎に混合し,水蒸気蒸留法もしくは溶媒抽出法で抽出 処理を行った後,HPLC で測定した.その結果,ソルビン酸が 2,4,7 群から,安息香酸が 1,3,5 群から 検出され,パラオキシ安息香酸エステル類は全群から検出されなかった.測定結果および喫食量から算出し た成人一人あたりの一日摂取量は,ソルビン酸が12.12mg,安息香酸が 1.25mg であり,一日許容摂取量の 0.50~0.97%といずれも安全性に問題ない量であった.Key Words: マーケットバスケット方式 market basket method, 一日摂取量 daily intake,
保存料 preservative, ソルビン酸 sorbic acid, パラオキシ安息香酸エステル類 p-hydroxy benzoic acid esters, 安息香酸 benzoic acid
1 はじめに
食品添加物は最大使用量や使用対象食品が個々に定め られており,食品からの摂取によってヒトの健康に影響 を与える可能性はほとんどないと考えられている.しか し,よりいっそうの安全性を確保するためには,日常の 生活においてどの程度の食品添加物を摂取しているかを 把握する必要がある.そこで,日本人が一日に摂取する 食品添加物の量を調査するため,昭和57 年から国立衛生 試験所を中心としてマーケットバスケット方式を用いた 調査が開始された1).平成14 度からは,国立医薬品食品 衛生研究所および全国 6 地方衛生研究所によって継続し て実施されている. そこで本所でも,福岡市民の「食の安全・安心」を確 保するため,マーケットバスケット方式を用いて市民が 食事から摂取する保存料の総量を算定したので報告する. なお,調査対象は天然に存在しない保存料であるソルビ ン酸,パラオキシ安息香酸エステル類及び天然にも存在 する保存料である安息香酸とした.2 試験方法
2.1 試料の調製
平成13-15 年度国民栄養調査結果を参考に,平成 20 年 2 月に福岡市内の販売店から購入した加工食品 327 品目 を,8 つの食品群に分類した.それらの食品は均質化した 後,各食品の喫食量の比に従って群毎に採取し,1,8 群 はそのまま,2~7 群は等量の水を加えてミキサーで混合 した.各食品群の分類,製品数および一日喫食量を表 1 に示す. また,四方田らの報告2)を参考に,マーケットバスケ ット方式に加えて,当該保存料表示のある食品を個別に 分析し,その値から摂取量を求め,両者を比較すること とした.よって,当該保存料表示のある食品については,個々の食品を均質化し,個別分析用の試料とした. 表1 食品群の分類および一日喫食量 群番号 食品分類 食品数 購入品目数 喫食量(g) 1群 調味嗜好飲料 41 75 511.7 2群 穀類 37 47 107.0 3群 いも類,豆類,種実類 26 28 86.1 4群 魚介類,肉類,卵類 33 51 57.6 5群 油脂類,乳類 21 37 44.5 6群 砂糖類,菓子類 27 49 17.9 7群 果実類,野菜類,海草類 29 33 26.6 8群 特定保健用食品 3 7 3.9 合計 217 327 855.1
2.2 試薬
標準品:ソルビン酸(SOA) 安息香酸(BA) パラオキシ安息香酸エチル(PHBA-Et) パラオキシ安息香酸イソプロピル(PHBA-iPr) パラオキシ安息香酸プロピル(PHBA-Pr) パラオキシ安息香酸イソブチル(PHBA-iBu) パラオキシ安息香酸ブチル(PHBA-Bu) 全て和光純薬工業(株)製を用いた. 標準原液:標準品をメタノールで溶解し 10000 μg/mL に調製した. 混合標準溶液:各標準原液を混合しメタノールで1000 μg/mL に調整した後,適宜蒸留水で希釈した. その他試薬:特級試薬を使用した.2.3 装置および測定条件
測定は高速液体クロマトグラフ(Agilent 社製 HP 1100 シリーズ)を用いた.測定条件を表2 に示す. 表2 HPLC の測定条件 カラム GL サイエンス社製 Inertsil Ph (φ2.1mm ×150 mm) 移動相 移動相A:10 mM KH2PO4(pH3.0) 移動相B:acetonitrile グラジエント条件 Time(min) 0 5 15 40 B(%) 15 15 30 30 ポストタイム 15min カラム温度 30 ℃ 流速 0.2 mL/min 検出波長 230 nm(BA) 260nm(SOA 及びPHBA-R) 注入量 10 μL2.4 抽出方法
食品群毎に異なる抽出方法を用いた.なお,操作は全 て並行して3 回実施した.2.4.1 水蒸気蒸留法(1,7,8 群)
食品衛生検査指針3)に準じ,混合試料 20g(7,8 群は 40g)に水 80mL および食塩 50g を加えて混和し,これに 30%クエン酸 10mL を加えた後水蒸気蒸留に付し,留液を 採取して500mL とした.2.4.2 水・メタノール抽出-水蒸気蒸留法
(2,3,4,6 群)
食品衛生検査指針3)に準じ,混合試料40g に水・メタノ ール(1:1)混合液 150mL を加えてホモジナイズし,全量を 200mL とした.遠心分離して上清 100mL を分取し食塩 50g を加え,以下2.4.1 と同様に水蒸気蒸留に付し,留液を採 取して500mL とした.2.4.3 溶媒抽出法(5 群)
河野らの方法4)に準じ,混合試料10g に無水硫酸ナト リウム 50g および抽出溶媒としてアセトニトリル・イソ プロパノール・エタノール(2:1:1)混液 70mL を加えて ホモジナイズし,遠心分離して有機層を分取した.さら に残渣に抽出溶媒70mL を加えて同様の操作を 2 回繰り 返し,有機層を合わせた.次に有機層を-20℃で 1 時間冷 却し,すばやくろ紙(5C)でろ過した.ろ液は減圧濃縮し たのち,50%メタノールで 50mL に定容し,メンブランフ ィルター(0.20μm)でろ過した.2.5 定量
UV 検出器による標準溶液のピーク面積から作成した 検量線を用いて,試験溶液中の各保存料の濃度を求めた.3 結果および考察
3.1 抽出条件の検討
食品からの保存料の抽出には一般的に水蒸気蒸留法が 用いられているが,高タンパクおよび高脂質食品の場合, パラオキシ安息香酸エステル類の回収率が悪いというこ とが知られている3).食品衛生検査指針では,これらの食 品は水蒸気蒸留に付す前に,あらかじめ水・メタノール (1:1)混合液で抽出することで回収率が向上するとの記 載がある.それに準じて,高タンパクおよび高脂質の食 品を含む2~6 群は水・メタノールで抽出したのち水蒸気 蒸留を行ったところ,5 群以外は十分な回収率が得られた ので本法で分析することとした.一方 5 群は,溶媒抽出 法を用いたところ,十分な回収率が得られたので本法を 用いることとした.添加物名
1群
2群
3群
4群
5群
6群
7群
8群
SOA
N.D
8.8
N.D
168.5
N.D
N.D
55.8
N.D
BA
1.5
N.D
1.1
N.D
9.2
N.D
N.D
N.D
PHBA-Et
N.D
N.D
N.D
N.D
N.D
N.D
N.D
N.D
iPr
N.D
N.D
N.D
N.D
N.D
N.D
N.D
N.D
Pr
N.D
N.D
N.D
N.D
N.D
N.D
N.D
N.D
iBu
N.D
N.D
N.D
N.D
N.D
N.D
N.D
N.D
Bu
N.D
N.D
N.D
N.D
N.D
N.D
N.D
N.D
3.2 定量下限と検量線の直線性
ソルビン酸は標準溶液0.01μg/mL,パラオキシ安息香酸 エステル類および安息香酸は0.02μg/mL で S/N≧10 であ ったので試験溶液の定量下限とした.また0.01~1μg/mL の 濃 度 範 囲 で の 各 ピ ー ク 面 積 と 濃 度 と の 相 関 係 数 は 0.999 以上と良好な直線性を示した.なおこの定量下限は, 検体中の含量としてソルビン酸は0.5μg/g,パラオキシ安 息香酸エステル類および安息香酸は1.0μg/g に相当する.3.3 添加回収試験
各食品群に定量下限値の10 倍もしくは試料由来の含有 量の 5~10 倍となるように標準品を添加し,回収実験を 行った.いずれも並行して 3 回測定し,その平均値を回 収率とした.結果は表 3 に示したとおりであり,回収率 は72.6~106.9%の範囲であった. 表3 添加回収試験結果 (n=3) 表4 食品群中含有量(μg/g) (n=3) 表5 混合試料から求めた一日摂取量(mg)3.4 摂取量調査結果
3.4.1 混合試料
混合試料の測定結果は表 4 のとおりである.ソルビン 酸が2 群,4 群,7 群から,安息香酸が 1 群,3 群,5 群 から検出され,パラオキシ安息香酸エステル類は全ての 群から検出されなかった.この測定結果から得られた一 日摂取量を表5 に示す.3.4.2 個別試料
対象とする保存料の表示があった個別食品は表 6 に示 した試料であり,すべての試料から表示にある保存料が検 出された. この分析結果から,喫食量の比に応じて計算上得られ た各群の含有量を表7 に,一日摂取量を表 8 に示す.測 定対象の個別食品がなかった食品群は”-”と表示した.添加物名
1群
2群
3群
4群
5群
6群
7群
8群
SOA
98.9%
99.0%
100.3%
100.0%
96.9%
97.8%
99.2%
101.3%
BA
98.0%
99.4%
101.1%
106.9%
97.1%
105.7%
95.4%
97.3%
PHBA-Et
86.8%
79.9%
72.6%
82.4%
95.6%
79.4%
79.9%
83.4%
iPr
101.1%
94.3%
90.8%
90.9%
93.2%
99.4%
94.8%
98.7%
Pr
98.6%
88.4%
84.0%
85.2%
92.6%
86.2%
85.2%
94.8%
iBu
99.7%
88.7%
79.2%
78.4%
88.2%
81.6%
85.9%
96.7%
Bu
100.0%
85.4%
75.3%
74.2%
87.2%
76.2%
78.7%
96.7%
添加物名
1群
2群
3群
4群
5群
6群
7群
8群
総摂取量
SOA
-
0.94
-
9.70
-
-
1.48
-
12.12
BA
0.74
-
0.10
-
0.41
-
-
-
1.25
PHBA-Et
-
-
-
-
-
-
-
-
-
iPr
-
-
-
-
-
-
-
-
-
Pr
-
-
-
-
-
-
-
-
-
iBu
-
-
-
-
-
-
-
-
-
Bu
-
-
-
-
-
-
-
-
-
保存料種類 食品群 食品名 含有量(μg/g) SOA 2 菓子パン 503.5 4 さつま揚げ 1431.2 4 蒸しかまぼこ 1638.6 7 干し大根(たくあん漬) 600.3 PHBA-iPr 20.3 -iBu 14.3 -Bu 13.6 BA 1 サイダー 130.6 1 サイダー 104.4 1 炭酸飲料果実色 262.2 1 うすくちしょうゆ 表6 保存料表示のあった個別食品の測定結果(n=3) 表7 個別食品の測定結果から算出した群別含有量(μg/g) 表8 個別食品の測定結果から算出した一日摂取量(mg)
3.4.3 調査結果の比較
混合試料からの測定結果と個別試料の測定結果を比較 した.ソルビン酸は混合試料の測定結果のほうが若干高 い値となった.この原因としては測定誤差によるもの,キ ャリーオーバーなどで表示にないソルビン酸が食品中に 含まれていた可能性などが考えられる. パラオキシ安息香酸エステル類は個別食品では 1 群の 食品に含まれていたが,混合試料からは全て不検出であ った.これは,個別食品から算出した食品群中の含有量 が,定量下限値よりはるかに低い値となったためである. 安息香酸の使用表示がある個別食品は1 群のみであっ たが,混合試料の測定では1 群以外に 3 群,5 群からも検 出された.また 1 群の値を比較すると,混合試料の測定 結果が1.5μg/g で,個別食品からの計算値 1.1μg/g より高 かった.これらは,天然由来の安息香酸の寄与によるも のと考えられる.これらの結果から,安息香酸の一日摂 取量1.25mg のうち食品添加物由来は 0.56mg であり,半 分以上は天然由来と推定される.3.4.4 ADI との比較
食品添加物の安全性評価のため,FAO/WHO 合同食品 添加物専門家会議(JECFA)が食品添加物毎に ADI(一添加物名
1群
2群
3群
4群
5群
6群
7群
8群
SOA - 8.76 - 154.52 - - 62.62 -BA 1.09 - - - - PHBA-Et N.D - - - -iPr 0.05 - - - -Pr N.D - - - -iBu 0.03 - - - -Bu 0.03 - - --添加物名
1群
2群
3群
4群
5群
6群
7群
8群
合計
SOA
-
0.94
-
8.89
-
-
1.66
-
11.49
BA
0.56
-
-
-
-
-
-
-
0.56
PHBA-Et
-
-
-
-
-
-
-
-
-
iPr
0.02
-
-
-
-
-
-
-
0.02
Pr
-
-
-
-
-
-
-
-
-
iBu
0.02
-
-
-
-
-
-
-
0.02
Bu
0.02
-
-
-
-
-
-
-
0.02
日許容摂取量)を定めている。ソルビン酸の ADI は 25mg/kg/day であり,ADI から計算した成人(体重 50kg とした場合)一人あたりの一日許容摂取量は1250mg/day である.今回のマーケットバスケット方式による調査か ら求めた一日摂取量12.12mg は一日許容摂取量の 0.97% であった.
安息香酸のADI は 5mg/kg/day であり,ADI から計算し た成人(体重50kg とした場合)一人あたりの一日許容摂 取量は 250mg/day である.今回のマーケットバスケット 方式による調査から求めた一日摂取量1.25mg は一日許容 摂取量の0.50%であった.
一方,パラオキシ安息香酸エステル類のADI はメチル (国内指定外添加物),エチルのGroup ADI が 10mg/kg/day であり,その他 4 種類は ADI が設定されていない。今回の マーケットバスケット方式による調査からはパラオキシ 安息香酸類は検出されず,個別食品から検出されたパラ オキシ安息香酸イソプロピル,イソブチル,ブチルはADI が未設定のため,ADI との比較はできなかった。