B
i
VS
新聞係 教員インタビュー企画④
2018 年 6 月 29 日発行
『BiVS の本だな』教員インタビュー企画 1先
生
に
訊
い
て
み
た
BiVS の本だな
第7号
図書館学生サポーター
ビボス
『BiVS の本だな』教員インタビュー企画 2 研究に本はつきものです。普段どのくらい読むかなどは人によって違えど、全く本(活字) のない研究などは理科系であってもありえません。そんな本とともに生きる先生方の人生に 興味をもった我々BiVS は、本の良さや、本との人生を聞きに、獨協大学の先生方にインタ ビューを試みました。 図書館学生サポーターのしんぶん『BiVS の本だな』では、6回にわたり6人の先生方のイ ンタビュー記事を掲載します。大好評連載の第4回は、総合政策学科の福永文夫先生です。
福永文夫先生
Fumio Fukunaga
所属 法学部総合政策学科
専門分野 政治学、日本政治外交史
取材者 国際関係法学科
4 年 川名 勇
国際関係法学科
2 年 高橋真由
英語学科
2018 年卒(取材時 4 年) 内山裕太
―本日は先生のお好きな本や作家、また学生時代のお話などを聞かせて下さい。 ある時期、中学から大学にかけて小説に凝っていました。小学校の時は偉人伝で、どんな 本かはあまり覚えていませんが、今でも記憶に残っているのは『十五少年漂流記』や冒険物、 江戸川乱歩シリーズです。あとは、歴史の全集を読んでいました。 ―歴史ものはどのような内容でしたか。 多分今でもある全集です。図書館で借りました。今のように漫画の歴史ものなど無い時で す。漫画も貸本屋で借りました。少年サンデー、少年マガジン、少年キングなどの週刊の漫 画が出たのは僕の子供の頃だったと思います。中学2年の時に『人間失格』を読み、今でも 持っている全集は太宰治と中原中也です。それから、アルベール・カミュです。とにかく何 でも読んでいました。小説が好きで、大学では文芸部にいました。『BiVS の本だな』教員インタビュー企画 3 ―文芸部所属は全く知りませんでした。この企画ならではのお話し聞けました。 太宰は全集全部持っています。最初に書いた本(『占領下中道政権の形成と崩壊』岩波書 店)の後書きには、太宰の『晩年』だったと思うのですが、彼の「この世の中に歴史家と評 論家ほど信用できない者はない」を引用しています。彼曰く、歴史家と評論家は後から理屈 をこじつけているだけだと書いていましたので、そうではないもの自分はできるだけ真実を 探りあてたいと思い、そういったことをこの著作で試みたということを書きました。それで 博士号をもらいました。今でも太宰が好きで、皆が知らないおとぎ話みたいなものも読んで いました。『日本占領史』の後書きには、中原中也の詩から何か使いたいと思ったのですが、 ページ数の都合でできませんでした。太宰も中原も文体が好きです。受験勉強をしなくては いけない時にも小説を読んでいました。その後、谷崎潤一郎や水上勉の文庫本を読んでいま した。大学入学時には、親が文学全集を買ってくれました。自分の中でもう一つあるのは、 中高とカトリック系の学校に行ったことです。そこのミッションスクールに神父がいました。 神父とは、日本と西洋の文化の違いを多く話しました。その後、遠藤周作を読みました。遠 藤の『沈黙』は僕の高校時代に映画化されました。キリスト教が日本に根付くかどうかを神 父とよく話しました。東西文化の違いには特に関心がありました。 ―神父さんはどこの国の方でしたか。 ベルギー人です。ベルギーなので、フランス国境に近いため買い物はパリに行っていたそ うです。実存主義からカトリックへ転向した椎名麟三も読みました。遠藤周作は灘中学、高 校で神戸の人でした。 ―あの灘高校ですか、遠藤さんはすごかったのですね。 当時の灘高は今ほどではなかったです。遠藤の作品もかなり読んで、受験勉強しなかった です。学校の図書館でよく遠藤を読んでいました。 ―先生は神戸大ですよね。 そうです。今の言葉でいえば、中高とカトリック系の学校へ行ったおかげで、異文化を体 験しました。神父とは、なぜ柳の下に幽霊がいるかの話もしました。神父は面白い人で、授 業でニューヨークのロック・オペラの『ジーザス・クライスト・スーパースター』のレコー ドを聞かせてくれたりしました。 ―大学生より前の若い時に、この神父さんのように外国人と親しく接するのは、その後の人 生に違いがでるでしょうか。
『BiVS の本だな』教員インタビュー企画 4 よくわからないですが、僕にとっては刺激的だったし、衝撃的だったともいえます。我々 があたりまえと思うことが、向こうでは違うしその逆もまたある。授業後に神父とよく話し た記憶と、読書が好きだったのが印象に強いです。 ―研究者で本が嫌いな人はいないと思いますが。 他の人はわからないけど、本が嫌いだとこの道は進めません。大学に入ると、大江健三郎 です。『万延元年のフットボール』とか、一番好きなのは『芽むしり仔撃ち』です。大江の 作品集は持っています。吉行淳之介も文庫本に出ているのはよんでいます。そういう意味で、 専門に進むきっかけの本が特にないのです。ゼミ生にも云うのですが、僕が大学受験する時 には、世界史と地理でした。だからあの頃は地図がかなり正確にかけました。世界史と地理 は関連付けて覚えていました。日本史はあまり関心がなかったので、特に先生にも質問がな かったです。日本史の先生からみたら嫌な学生だったかもしれないです。もう一つの話は、 学園紛争が高校まで下りてきた世代だったのです。だから大学入学した頃には東大安田講堂 事件などのような紛争はなかったです。大学は文学部と法学部で迷いました。 ―どうして法(学部)の選択肢が出たのですか。お話を伺っていると文学(部)の方に興味 があったようですが。 一つは文学では食べていく能力は自分にないと思いました。それ以上に大きかったのは、 政治的な季節で、法学部で憲法や政治をやりたいと思ったことです。それで法学部を選びま した。文学は自分で出来ると思いました。教養(課程)の頃は、西洋文学を専門とする先生 の研究室に入りびたりで、書棚の黒人文学の本を読み漁っていました。先生も嫌な顔せず迎 えてくれました。いつしか、本の中でより時代の中で真実を自分で確かめてみたくなってい ったのです。東西の異文化の違いを意識しだしました。大学院では戦前と戦後で日本はどう 変わったのか、変わらなかったのかが一貫したテーマとなりました。それ以降は仕事の本が 主となりました。実は本を読んでも論文は書けないです。だから、研究者は自分で資料を探 して書く。本より原資料のGHQ の資料をあたりました。大平正芳の原資料の研究会に入れ てもらい、そこで原資料を見ることが出来るようになりました。 ―それが大平元首相の研究の原点だったのですね。 そうです。あとは占領期をやりだしていろいろな人にヒアリングに行きました。宮澤喜一 元首相とは3,4回会い、鈴木善幸元首相は事務所まで行きました。大平さんは僕がやりだ した頃は亡くなっていたので、娘婿の森田一さんに会い、可愛がってもらってまだ世の中に 出ていない資料も預けられたりしました。 ―研究者に憧れる学生には羨ましいです。
『BiVS の本だな』教員インタビュー企画 5 芦田均の資料も整理したことがある。彼のお孫さんと研究会で知り合って仲良くなり、資 料整理を手伝うようになったのです。年が行くとそういう繋がりが出来てきます。獨協に来 てからは、文科省の科研費を貰っているので、若い人を集めて研究しています。本学の図書 館には寄贈したマイクロフィルムが2つ入っています。 ―それは何のフィルムですか。 一つは極東委員会議事録のマイクロフィルムで、GHQ の方はマイクロシートです。もう 一つはGHQ のジャスティン・ウィリアムズのマイクロフィルムです。メリーランド大学で マイクロ化されていないのを、自分が手書きで写しました。資料集めにアメリカに行ってい ました。地震で研究室の棚が崩れ、ドアが開かなくなったので図書館に寄贈しました。 ―うちの図書館は免震構造ですから安心ですね。 非常に貴重な資料だからそうしました。極東委員会の資料は国会図書館と自分しか持って いないかもしれない。ジャスティン・ウィリアムズのものは、メリーランド大のライブラリ ーにあるものを原価で買いました。目録も含めてそういうものを図書館に寄贈しました。あ と5,6年なので全部寄贈してゆくつもりです。(書棚から手に取り)これは芦田均のリー ルテープです。戦前の講演会の声が入っています。芦田さんのご家族が音楽プロデューサー だったのでDVD に安価で落としてくれました。国会図書館の憲政資料室にも大分寄贈して います。だから同室とも仲が良いです。 ―BiVS で国会図書館に行くときに口利きお願いします。 必要であれば、紹介状書きます。大平文書も芦田文書も寄贈しています。この研究室には 日本政治関係の資料は豊富にあると思います。 ―最後に、授業に関連して何かお話しいただけますか。 教室で前の方に来ている学生は良く聞いていると思います。だから学生には前の方に来な さいと言っています。配布のプリントだけで答案書ければそれでも良いのですが、それだけ では書けないです。やはり授業をしっかり聞くことが大切です。学生には、日本政治の見方、 考え方を学んでほしいです。大学では物事の見方、考え方を学ぶことが重要ですから。 ―本日はありがとうございました。