1.
世界経済
―グローバル化―
グローバル化の進展は総じてみれば一国の経済成長にとってプラスに働くことから、 日本経済はも
とより、世界経済が持続的に成長していく上でも、経済活動の自由化を推進していくことが不可欠で
ある。一方で、欧米の主要国ではグローバル化の進展に異を唱える保護主義や内向き傾向の高まり
がみられており、2016 年にはいくつかの国々で政 治情勢を左右する局面もみられるなど、グローバ
ル化に対する疑念が広がりつつある。
グローバル化を財や資本の国境を越えた移動の活発化によって世界各国間の経済的な結びつきが
深まる。具体的には、物の移動に関しては関税等の貿易障壁の削減・撤廃に伴う国際貿易取引の増
加、資本の移動に 関しては投資規制の緩和等による直接投資の増加や資本規制の緩和等による
国際資本取引の増加といった例が挙げられる。これらを通じ、それぞれの国の各産業がグローバル
バリューチェーン (GVC: Global Value Chain)の中に組み込まれ、一国内で完結していた 各種の生産
工程が自国を含む様々な国々に分散することで、多国間の経済的な紐帯が強化されていく。
参考―1 IMF(国際通貨基金)の世界経済見通し・要旨 (7月23日発表) IMF は、「世界経済の回復は引き続き順調」としながら、「世界経済の成長予測における当面のリスクはほぼ均衡状態 にあるが、中期的には依然として下振れ方向に傾いている」と指摘。また、リスクを軽減する上で重要なことは、各国 の景気循環局面が異なる中、それぞれの局面に応じた金融財政政策を講じることであり、長期的な成長を維持するた めには構造改革などが重要であるとしています。 ・先進国:米国は、今後の財政政策が予測ほど 拡張的でないとして、17 年、18 年ともに 2.1%へ と下方修正。欧州は、英国は経済活動が予想よりも 低調であることから下方修正したが、一方、ユーロ圏は、 国政選挙などの政治リスクが後退したことや景気循環的な 回復が進んでいることから、17 年を 1.9%、18 年を 1.7%に 上方修正。日本は個人消費や投資、輸出が成長を下支えて いること、カナダは力強い国内需要が成長を押し上げることを 背景に、それぞれ上方修正。 ・新興国の成長率予測は、17 年を 4.6%に上方修正し、 18 年は 4.8%に据え置き。中国は、政策支援や構造改革が 寄与することから、17 年を 6.7%、18 年を 6.4%に上方修正。 インドは、通貨改革後に経済活動が鈍化したものの、 政府支出による押し上げ効果で相殺されることから、 据え置き。一方、ブラジルは 17 年 を上方修正したものの、 18 年は国内需要の低迷や政治・政策面での不確実性の 高まりから、下方修正。2. 米国経済-
景気拡大は続く、だが、トランプ政権の政策実現性は低下-
4-6 月期の実質 GDP 成長率は前期比年率 2%台半ばの成長の見込み。1%台の低成長に留まった
前期からの主な加速要因は、個人消費の持ち直しであり、1-3 月期の成長鈍化は特殊要因による
一過性のものであったという見方を再確認する結果となった。 IMF は 6 月の公表報告書において、
米国の経済成長率見通しを下方修正したが、これはトランプ政権の経済政策が成長率を押し上げる
という見方を取り消したことによる。減税などの政策が実現する可能性は完全になくなったわけでは
ないが、実現に向けた道筋も全く見えておらず、これまで既定路線とされてきたトランプ政権の経済
政策による景気加速は、リスクシナリオになりつつある。ただし、従前から指摘するように、政策効果
を考慮しなかったとしても、先行きの米国経済は潜在成長並みの成長を続ける公算が大きく、政策期
待の後退を過度に悲観視する必要はないだろう。むしろ、景気循環が成熟する中での景気刺激的な
政策は、労働市場などですでに顕在化している供給力不足を悪化させるため、経済政策が実現しな
いことで、景気拡大はより息の長いものになる可能性がある。
参考―1 足元の景況感 6 月の ISM 製造業景況感指数は前月差+2.9%pt と 2013 年 1 月以来の大幅な上昇を記録し、指数水準も 57.8%と 2014 年 8 月以来の高さとなった。指数の内訳を見ると、在庫を除く 4 系列 (新規受注、生産、雇用、入荷 遅延)が前月から改善、とりわけ生産指数の改善幅が大きく全体を押し上げた。在庫指数の低下に関しても生産増の 結果を捉えれば、むしろ良好な結果と言える。製造業景況は着実な改善が続いているが、その背景には雇用拡大を 背景とした内需の拡大に加えて、海外経済の回復による輸出の持ち直しがあるとみられる。ISM 非製造業指数は前 月差+0.5%pt 上昇の 57.4%となった。非製造業の景況感についても非常に底堅い状況が続いている。指数の内訳で は、雇用が前月の大幅上昇からの反動で低下したが、新規受注、入荷遅延、事業活動の 3 系列が上昇、特に新規受 注の上昇幅が大きかった。非製造業は製造業に比べて労働集約的な業種が多く、労働需給ひっ迫の悪影響が今後 一層強まる可能性には留意が 必要であろう。 中小企業に関して、6 月の NFIB 中小企業楽観指数は前月から ▲0.9pt 低下し、年初をピークに低下傾向が見られている。過去からの推移で見れば、中小企業の景況感はまだ非常 に楽観的な状況にあるが、消費者と同様に、企業部門でもトランプ政権の政策に対する期待感は徐々に縮小。 企業活動の実態面を見ると、6 月の鉱工業生産は前月比+0.4%と 5 ヵ月連続で上昇した。全 体の約 75%を占め足下の設備投資関連指標を見ると、機械設備投資の一致指標であるコア資本財出荷の 5 月分 は前月比+0.1%と 4 ヵ月連続で増加し、緩やかながら増加が続いている。また、先行指標となるコア資本財受注も同+0.2%と 5 ヵ月連 続で増加しており、先行きも増加基調が続くことを示唆。 参考―2 トランプ政権の政策展開に陰り トランプ政権は、1 月の政権発足以降、オバマケアの廃止・置換を政策の最優先課題として取り組んできたが、共和 党保守派などの上院議員 4 名が反対を表明したことにより、代替法案の成立を断念することとなった。トランプ大統 領は代替法案の成立が困難になったことを受け、まずオバマケアを廃止し、その後新たな制度を作成するという方針 転換を指示した。しかし、 オバマケア廃止法案についても、無保険者の増加を危惧する中道派の共和党議員が反対 を表明 しており、実現の可能性は極めて低い。共和党内の対立によってオバマケアの廃止・置換に頓挫したトランプ 政権は政策遂行能力の低さを改めて露呈することになった。 連邦議会は、8 月に休会となるため、政策議論は一旦 小休止に入るが、休会明けの 9 月以降の 議会では、2018 年度予算、債務上限問題という先送りができない議題 が控えている。2018 年度 予算は、財政年度が始まる 10 月 1 日までに成立する必要があり、期日までに成立しな ければ、 政府機関の一部閉鎖という事態に陥る。また、債務上限問題に関して、CBO(議会予算局)の分 析によれ ば、10 月半ばには特別措置によるやり繰りは限界に達する見込みとされており、それ までに債務上限が引き上げら なければ米国債はデフォルトすることになる。 オバマケアと同様に、予算や債務上限問題に関しても共和党内で意見 対立があり、意見調整 は容易でないだろう。債務上限に関して、共和党保守派は財政規律を重視し、債務上限の引 き 上げとセットで歳出削減を求め、無条件での上限引き上げには反対するとみられている。一方、 民主党は無条件 の債務上限引き上げであれば支持すると伝えられており、保守派を除く共和党 と民主党の超党派での合意によって、 デフォルトが回避される可能性も十分に考えられる。し かし、そうした議論を経て共和党内の対立が深まれば、今後 の政策運営にも影響を及ぼすこと になる。企業などからの期待感が根強い税制改革なども、実現が一層困難になる 可能性があろう。
3. 欧州経済
ユーロ圏と英国の景気の明暗が一段と鮮明になっている。ユーロ圏では景況感が改善傾向にあり、
中でも消費者信頼感は 6 月に 16 年ぶりの高水準に達した。マクロン大統領が誕生したフランスの景
況感改善が目立つ。デフレ懸念の払拭を受けて ECB が金融緩和の修正に動くとの期待から、金利が
上昇し、ユーロ高となっているが、ECB の資産買取額の縮小は 2018 年前半、マイナス金利の修正は
2018 年後半以降と、慎重に時間をかけて進められる可能性が高い。当面の金利上昇やユーロ高は
景気を抑制するには至らず、ユーロ圏の成長率は 2017 年+2.0%、2018 年はやや減速して+1.8%
になると予想する。
一方、英国では年初から個人消費が減速しているが、その先行指標である消費者信頼感は 6 月まで
悪化傾向にある。1-3 月期の実質可処分所得を目減りさせたインフレと所得の伸び悩みは 4 月以降
も大きな改善がみられない。また、Brexit の行方に関する不透明感も一向に晴れない。最大の原因
は、英国が Brexit でどのような成果を得ようとしているのか、具体的にどのような方法でそれを達成し
ようとしているのかが明確でないことである。個人消費という牽引役の減速傾向に歯止めをかける要
因が見当たらない英国の成長率は、2017 年は+1.5%、2018 年は+1.3%と減速を見込む。
参考―1 ユーロ圏の景況感は 2016 年半ばからほぼ一本調子に改善しており、欧州委員会が発表する経済センチ メント指数(ESI)は 6 月には 111.1 ポイントと 2007 年 8 月以来の高水準となった。 ESI を構成する鉱工業、建設 業、小売業、サービス業の企業景況感指数と、消費者信頼感指数が そろって改善傾向にある。特に消費者信頼感指 数は 6 月に 16 年ぶりの高水準に達した。ユーロ 圏加盟国の中で景気好調なドイツだけでなく、ギリシャ、ポルトガ ルなど景気回復で遅行して きた国々の消費者信頼感も好転している。中でもフランスでは 5 月から 6 月にかけて 7.5%ポイ ントと大幅に改善したが、5 月の選挙でマクロン大統領が誕生したことがプラス材料になったと 考えられる。 消費者信頼感は小売売上高の先行指標であるため、引き続き個人消費がユーロ圏の景気拡大を牽引すると予想さ れる。 なお、鉱工業の企業景況感が 2016 年半ばから明確に改善しているのと比べると、鉱工業生産 は伸び悩み、 両者の乖離が目立っていたが、5 月の鉱工業生産指数は前年比+4.0%と約 6 年ぶりの高い伸びを記録した。内訳 では資本財が同+5.5%と伸びたほか、中間財は同+3.8%、消 費財は同+3.1%とそれぞれ加速した。ユーロ圏では 消費に加えて輸出も拡大傾向にあり、これらが生産拡大と雇用増につながり、消費者信頼感をさらに改善させる好循 環が生じている。参考―2 英国経済動向 ①2017 年年初から個人消費の減速が鮮明である。 小売売上高は 2016 年には平均して前年比+4.9%伸びたが、2017 年 1-6 月の平均は同+2.4%に減速。 消費減速の最大の理由は可処分所得の伸び悩みで、2016 年の同+2.7%から 1-3 月期は同+0.4%に減速。 実質ベースでは同-1.4%とほぼ 3 年ぶりに前年割れとなっている。 所得の伸び悩みを補うために貯蓄が取り崩された結果、1-3 月期の貯蓄率は 1.7%と 1963 年の統計開始以来の最 低水準に低下。一方、消費者物価上昇率は 5 月に同+2.9%に加速し、実質賃金上昇率はマイナスの伸びが継続し ている。この状況下で 6 月の消費者信頼感は-7.4%へ悪化した。消費者信頼感の改善を促す材料が乏しい中で、 個人消費が持ち直すことを期待するのは難しい。
②Brexit の見通しが不透明。 離脱交渉が進展していないためでもあるが、最大の原因は英国が Brexit でどのような成果を得ようとしているのか、 具体的にどのような方法でそれを達成しようとしているのかが明確でないことである。この状況下で 6 月下旬以降、 ロンドンに拠点を置く日系金融機関から大陸欧州に新拠点を設けるとの発表が続いた。大和証券グループ、野村ホー ルディングス、三井住友フィナンシャル グループがそろってフランクフルトに拠点を新設すると発表し、米国のシティグ ループもこれに続くとの報道がなされている。なお、7 月初めに日本と EU が EPA 締結で大枠合意し、EU 側が日本 の自動車の完成品や部品に対する関税を撤廃することがメリットの一つに挙がっている。ただし、日本車メーカーは主 に 英国に工場を置いており、英国が EU との関税同盟を脱退してしまうとこのメリットを享受できない可能性がある。
4.中国経済
4~6月期の実質GDP成長率は前年同期比+6.9%と、前期から横ばい。狭いレンジ内(6.7%から
6.9%)の安定成長が2年にわたり続いている。安定成長を優先した当局の景気下支え策により、
インフラ投資が依然として高めの伸びを維持。不動産開発投資も緩和的な金融政策の下、安定した
ペースで拡大。目立って好転しているのが民間部門の投資。ここ2年間大きくスローダウンした民間
固定資産投資は、企業の景況感が改善するなか持ち直し。実質小売売上高も、雇用・所得環境の改
善を受けて伸びが加速。企業における人員増強のための賃上げにより、実質所得の伸び率も持ち直
し。輸出も、世界経済の回復によってプラスに転換。このように、昨年まで見られた内外需の減速を
下支えするために、政府が景気刺激策を講じる一方、民間部門や外需もほぼ同じタイミングで持ち直
しに転じたため、景気が予想以上に上振れた格好。今後の展望、景気は緩やかに減速一方、内陸部
を中心に住宅市場の過熱状況が持続。シャドーバンキングは一段と拡大。過剰懸念のある重工業セ
クターの生産も再び拡大。今後を展望すると、景気過熱が心配される状況に変化したことから、政府
は再び構造調整の優先度合いを高め、景気過熱にブレーキをかける見通し。すでに、小型車減税措
置が縮小されたため、自動車販売台数の増勢は鈍化。当局の意向を映じて、国有企業の固定資産
投資も減速。バブル抑制のため、金融面では短期市場金利の高め誘導も明確化。これらを受け、年
後半は景気減速に向かうものの、消費が堅調ななか、2017 年通年では前年を若干上回る 6.8%成長
になる見通し。2018 年は 6.4%と減速が鮮明になると予想。先行きに影を落とすリスクファクターの一
つに米中貿易摩擦の再燃ともう一つは、習政権が当面の最大の懸念材料とみる金融リスクである。
全地域向けで回復 輸出は、米国向けがいち早く回復した ほか、新興国向け、EU向けも回復。米国は内需主導で 成長ペースが徐々に高まるほか、EUや新興国の需要も 拡大が続く見込みであり、先行きも輸出は増加傾向が続く見通し。 政治面では、6月から7月にかけて、米中関係が悪化。 中国の北朝鮮問題への対応が米国の期待を大きく下回った ことも一因。7月の閣僚級の包括経済対話では、米国側は 鉄鋼などにおける貿易赤字削減や保険、ITなどにおける 市場開放を求めたものの、中国側の反発を受けて、具体的な 合意に至らず。トランプ大統領が再び高率関税の導入に言及する なか、米通商政策の先行きを楽観視できない状況。 輸入も持ち直し。 地域別にみると、日本やEU、米国のみならず、新興国や 資源国からの輸入額も持ち直し。 品目別にみても、資源・素材や産業用機械、電気・輸送機械など、 おおむね全品目で輸入額が増加。 政府が景気刺激策を講じたところに、タイミングよく民間部門や 海外の需要回復が重なったため、景気が上振れたことを 反映した動き。5.日本経済 ―
景気は緩やかに持ち直し―
景気は緩やかに回復。6月の鉱工業生産指数は、前月比+1.6%と2ヵ月ぶりに上昇。5月の大型連
休で工場の稼動停止が例年より長かった影響で生産を減らした自動車などが生産水準を戻し、全体
を押し上げ。加えて、化粧品販売がプラスに作用した化学工業などでも上昇。予測指数によると、7
月は電子部品・デバイス工業がけん引して増産となるほか、8月も大半の業種で増産を計画しており、
生産は増加傾向が続く見込み。輸出は、中国などアジア向けが伸び悩むものの、欧州、米国向けが
増加し、高水準を維持。
先行きを展望すると、当面は、①世界的な設備投資の回復を受けた輸出の増加や、②都心部での再
開発や訪日観光客の増加を受けた宿泊施設の新設など非製造業の建設投資、などが景気を下支え
る見込み。経済対策に伴う公共投資の増加もプラスに作用する。2017 年度の成長率は、+1%台半
ばまで高まる見込み。2018 年度に向けても、米国や中国を中心に堅調な成長が見込まれるなか、輸
出は増加基調が続く見込み。国内需要も、人手不足が続くもとでの雇用所得環境の改善や、五輪関
連の建設需要などを背景に底堅く推移するとみられることから、 景気回復基調は大きく崩れない。
もっとも、社会保険料負担や年金受給 世帯の購買力低下などが重石となることで、個人消費の回復
力は脆弱にとどまり、景気に弾みがつき難い状況が続くなか、2018 年度には経済対策効果とI T需
要の急増が一巡するため、成長率は+1%程度に鈍化する見通し。
6. アジア経済動向
アジア開発銀行(ADB)は、アジア途上国の経済成長が、第一四半期に予想(「アジア経済見通し
2017(Asian Development Outlook 2017、 2017 年 4 月発表)」を上回る輸出需要に支えられたことで
好転したと発表。更に、2017 年と 2018 年のアジア地域の経済見通しを、それぞれ、5.7%から 5.9%と
5.7%から 5.8%へ上方修正した。2018 年の上昇率が小幅となっているのは、輸出の影響力の持続性
に対する慎重な見方からである。
参考―1 アジア途上国は、2017 年、堅調な輸出により、年後半の成長が後押しされるようなよいスタートを切ること ができた。世界的に景気回復力に対する不安が残る中、アジア地域の経済は、予測からの乖離を引き起こすような経 済的影響を受け止められる体制にある」とした。 ・東アジアでは、成長見通しが上昇し、2017 年が 5.8%から 6.0%へ、2018 年が 5.6%から 5.7%にそれぞれ修正された。 世界第二の経済大国である中華人民共和国では、経済成長の減速後、純輸出と国内消費が伸び、成長見通しも 2017 年は 6.7%、2018 年は 6.4%となった。 ・南アジアはアジア太平洋地域において最も急速な成長を続ける地域であり、2017 年は 7.0%、2018 年は 7.2%と当初の 見通しを維持するとみられる。南アジア最大の経済大国であるインドは、旺盛な消費を主因として、見通しどおり、 2017 年は 7.4%、2018 年は 7.6%の成長を達成する見込みである。 ・東南アジアの成長見通しについては、ブルネイ経済の予期せぬ減速の影響が見られるものの、マレーシア、フィリピ ンおよびシンガポールの順調な経済成長により、2017 年の 4.8%、2018 年の 5.0%という当初の見通しは達成されるとみ られる。 堅調な国内需要、とりわけ民間消費と投資が、東南アジア地域の成長を支えると期待される。 2017 年の中央アジア諸国の経済見通しは、一部の国において、力強い国内需要と輸出が予想外に経済回復を後押 ししたことで改善し、2017 年は 3.1%から 3.2%へ、2018 年は 3.5%から 3.8%へ、当初の予想を上回る成長を見込む。 ・太平洋諸国の成長見通しは、同地域最大の経済国であるパプアニューギニアにおいて、鉱業と農業に緩やかな回 復が見られることで、当初どおり 2017 年は 2.9%、2018 年は 3.3%を維持するとみられる。また、特にフィジーとパラオで は、観光産業の力強さが地域の成長をさらにけん引すると期待されている。一方、アジア太平洋地域の消費者物価の 上昇は、十分な供給と天候に恵まれ、需要が増加しているにも関わらず、国際原油価格と食料価格が安定したことで、 当初の見通しの 2017 年 3.0%、2018 年 3.2%は、それぞれ 2.6%、3.0%に低下すると予測される。7.視点;アセアン将来姿
ASEAN は 2000 年代に入り世界経済の平均を上回る安定成長を続けており、近年に減速傾向をた
どる中国とは対照的である。この背景には、異なる特性を持つ国々で構成される ASEAN が、多様な
成長ドライバーを有していることがある。多様な成長ドライバーとしては、①各国の優位産業が発展
段階に応じて異なること、②中間層の厚み、③豊富な天然資源、④中国からの経済協力の取り込み、
⑤インドシナ半島部における地理的連結性などが挙げられる。このように多様な成長ドライバーを活
かす要素となったのが、ASEAN の経済統合である。ASEAN 自由貿易地域(AFTA)に基づく関税撤
廃は 2015 年時点で概ね完了し、その効果は域内貿易の活発化などとして現れている。
さらに、AFTA を土台に、関税撤廃以外の統合にも ASEAN 経済共同体(AEC)の枠組みで取り組
み中である。ASEAN の統合ペースは 欧州連合(EU)に比べて緩慢であるが、統合を急いだ EU に
は今や懐疑論が高まっている。EU とは対照的に、今後も ASEAN 統合は現実的な漸進主義を維持
するとみられる。今後 5 年間を展望すると、多様な成長ドライバーが ASEAN の安定成長を支える構
図に変わりはなく、ASEAN10 では+5%程度の成長が続くだろう。一方、中国は 2020 年代半ばには前
年比+4~5%程度への減速が見込まれるため、ASEAN は世界の「成長センター」としての期待をます
ます高めていくだろう。
参考―1 近年、対外援助における中国のプレゼンスが高まっている。中国の対外援助 は 2009 年頃から拡大し、 2010~2012 年の累計は 144 億ドルに達して既に先 進国並みの規模となっている。事業別では 7 割がインフラ整備、 地域別では、アフリカ向けが 5 割、アジア向けが 3 割。アジアの内訳は非公開だが、ASEAN 向けが多いようだ。日本 の ODA を通じたインフラ整備や経済協力が ASEAN の発展に貢献したことは論を待たないが、ASEAN の中には対外援助を拡大する中国との関係を自国経済の発展のために活かそうとする動きもみられる。 ・中国が掲げる「一帯一路」構想への ASEAN 各国の対応。 「一帯一路」構想は、ユーラシア、アフリカ大陸にまたがる地域で物理的・制度 的障壁を取り除いてシームレスな経 済圏を構築することを目指すものである。 その実現のため、中国はアジアインフラ投資銀行(AIIB)、シルクロード基 金な どのファイナンスツールを活用しながら、経済圏内におけるインフラ建設を支援する姿勢を強めている。 参考―2 大メコン圏の経済回廊 参考―3 ASEAN 市場参入の現状と課題 (1)「点」アプローチ ~ASEAN 各国市場参入の現状~ 成熟化や高齢化により、今後の日本市場の成長性に大きな 期待を寄せられないなかで、ASEAN 市場は未開拓かつ若年層が支える市場であり、将来的に日本市場を補完する 有望市場として、多くの日本企業の注目を集めている。 ASEAN 市場における日本及び日本企業ブランドのイメージ は、高品質、安心・安全など多くの国で好意的な印象を持たれており、根強い人気を博している。しかしながら、市場 参入にあたっては日本企業ブランドを持ち込むだけでビジネスが成立するわけではなく、検討するべき項目を各々 「差」がある投資対象国毎に比較検討していくことが必要。市場参入を検討するうえで一般的に検討されるべき主な事 項は、①市場、②規制、③地場企業情報(提携、競合双方の観点から)、④現地化(製造、調達の両面で)である。 (2)「面」アプローチ ~ASEAN 地域活用の可能性~ ASEAN は地理的な近接性に留まらず、近年は様々な側面で 「地域」としての 連結性を強めている。 2015 年 11 月に ASEAN10 カ国は AEC を正式に発足させ、単一市場形 成を 目指して各国間のヒト、モノ、カネ(投資)の往来の自由化を図るとともに、各種取組を実現する為の行程表(ブ ループリント)の見直しを実施。貿易、投資の両面で ASEAN 域内各国の相互取引も活性化している。今後、AEC の 2010 年に「ASEAN 連結性マスタープラン」を策定し、 交通・ 情報通信技術・エネルギーなどの物理的連結性、 貿易・投資・サービスの自 由化・促進などの制度的連結性、 教育・文化や観光などの人と人の連結性の強化に取り組んで いる。連結性の強化は、後述する経済統合の深化を通じて ASEAN の競争力向上と発展につながる取り組みである。 その連結性強化を進める上で有利な条件を備えているのが、 インドシナ半島部で陸続きの関係にあり、陸の ASEAN とも 称されるタイ、ベトナム、ミャンマー、カンボジア、ラオスである。 インドシナ半島では、古くから陸上交通や、メコン川などの河川 交通を通じて、ヒト、モノ、カネが行き交い、地域経済の発展に つながっていた。国境を接する陸の ASEAN 諸国の間で陸路の 整備を進めることが、さらなる地域経済の発展につながるとの 考えの下、陸の ASEAN に中国の雲南省と広西チワン族自治区を 含めたメコン川流域の大メコン圏と呼ばれる地域では、アジア開発 銀行(ADB)の協力を受けて東西・南北・南部の 3 つの経済回廊を 建設することが 2000 年に決定された。 「一帯一路」構想は経済圏における連結性の向上に つながる。そのルート上に位置する ASEAN 諸国の 中にも中国の構想を支持して経済効果の享受を 狙う動きがみられる。 ASEAN と中国の間には南シナ海の海洋権益問題を 巡る対立が存在するが、ASEAN には外交・安全保障と 経済を切り離して実利を追求する現実的判断が働いて いるとみられ、AIIB の参加国には ASEAN 全 10 カ国が 名を連ねている。その中で中国との対立点が少ない カンボジアとラオスは、国際会議等の場で中国寄りの姿勢を 示してインフラ支援を獲得する姿勢を明確にしている。 下位中所得国が高位の発展段階へ移行するためには インフラ整備が必須課題であるが、多くの国は資金制約の 問題を抱えている。「一帯一路」構想には、アジアを中心と した国際社会での影響力拡大とインフラ関連輸出の拡大を 狙う中国の意図もうかがわれるが、ASEAN 側では中国との 適度な距離感を探りつつ支援受け入れを図ろうとする動きは 続くだろう。
進展に加えて、各国のインフラ整備の進捗や税関の電子化などソフト面の改善も図られる見通しであり、地域連結性 の強化は着実に進んで いくものと考えられる。このように、ASEAN 各国の経済の一体化や連結性強 化が本格化す るなかで、各国の「差」を活用した域内サプライチェーン構築を目指す「面」アプローチも、ASEAN 進出を検討するうえ での有望な投資手法 と考えられる。 2010 年以降、自動車産業を中心としてタイ国内経済が堅調に推移するなかで、人件費の高騰や人材不足などがタイ における製造業の大きな課題となった、隣接するカンボジアやラオスの人件費はワーカークラスでタイの半分 ~3 分 の 1 程度と低廉であり、産業も第一次産業中心であるため、農村から工場労働者の人員確保が可能なことに加えて、 タイ国内の道路インフラ網の整備により国境地域へのアクセスが改善され、ラオス、カンボジア両国のタイ国境付近に 工業団地が整備されたことから、タイのサブ工場の位置づけで分業体制の構築が進んでいる。この動きは「タイプラス ワン」と称され、「面」活用の一つの象徴的取組として認知されている。中長期的にタイプラスワンは幅広い産業で進展 していく可能性がある。各国の産業や所得水準の「差」に着目し、物流網整備、関税撤廃 などの地域連結性を活用す る「域内サプライチェーン構築」は進展していくものと思われ、ASEAN 事業展開の高度化の観点から大きな可能性が 期待できる。 (3)「点」と「面」、両方の視点で日本企業にとって魅力ある ASEAN 市場は、今後も成長に応じた市場規模拡大が期待 できるものの、反面、その拡大する市場 における競争環境は、従来の韓国系、台湾系、中国系企業との競争に加え て、 投資対象国または ASEAN 他国の企業との競争も始まりつつある。今後も競争環境は益々厳しくなるものと予想。 日本企業が ASEAN で永続的なビジネスの基盤を築くうえで、技術に守られている壁を乗り越えて、非日系企業と競 合するボリュームゾーンへの参入を図っていくことも重要な戦略と思われる。
8
.韓国経済
5月に発足した文政権が初めて提出した補正予算が成立した。当初は大幅な公務員採用などを盛り
込んで いたが、国会内で与党は過半数を握れないなか、閣僚人事を巡るゴタゴタなどを契機に議論
が紛糾してき た。結果、与党が予算規模や閣僚人事面などで妥協し、総額 11.03 兆ウォンの補正予
算が成立した。ただ し、同時に行われた機構改革などは実態を伴ったものとなるかは依然不透明感
が残る。文政権は補正予算 や機構改革、主要人事などでハードルを越えたが、今後も議会では妥
協を余儀なくされる展開が続こう。政府は補正予算により今年の経済成長率が+0.2pt 押し上げられ
るとし、文政権も久々となる3%超えの可能性を示唆している。ただし、前後に発表された最低賃金
の大幅引き上げや脱原発政策に加え、「100 大 国政課題」実現に向けた増税などを巡っては、大企
業などを中心とするリストラ圧力に繋がるリスクもある。さらに、大幅賃上げを支援すべく支援金を支
給する方針を打ち出すなど「バラ撒き」志向が強い。文政 権の目論見が外れる一方、財政負担が急
増するリスクもあり、政権運営のネックとなる可能性もある。政権発足後には極めて高い支持率を得
た文政権だが、閣僚人事を巡るゴタゴタなどによる国会対策の拙さなどを理由に依然高水準ながら
支持率は低下傾向にある。中国との関係悪化の影響も色濃く残るなか、北朝鮮問題や米韓両国間
の貿易問題が新たなリスクとなる可能性も出ている。文政権は補正予算成立で一息つきたいであろ
うが、一筋縄でいかない問題が山積しており、今後も厳しい政権運営が続くであろう。
9.ベトナム経済動向
ベトナムでは外資系企業の参入が成長のドライバーとなり、過去 5 年間の平均成長率は+5.9%と高成
長を維持した。2001年の米国との通商協定発効や 2007 年の WTO 加盟といった対外開放策により、
国内の法制度を世界標準に合わせる改革が進められたことで、2005 年に 33 億ドルだった対内直
接投資額は、2016 年には 158 億ドルまで拡大。この結果、GDP の約 2 割を外資系企業が担うまで
となっている。特に近年は韓国勢を中心としたスマートフォ ンの組立工場など IT 産業の労働集約的
分野で対内直接投資が急増し、ベトナムの輸出競争力向上に大きく貢献した。ベトナムは、TPP や東
アジア地域包括的経済連携(RCEP)などのメガ FTA への参画や EU との FTA(EVFTA)など、ASEAN
の中でグローバル化での先行性は際立っている。EVFTA については 2015 年末に最終合意に至って
おり、2018 年には発効する見通しである。EU は 7 年後、ベトナムは 10 年後までに 貿易額と品目数
の 99%において関税を撤廃する予定。また、米国が離脱した TPP に代わって、ベトナム政府は米国
との 2 国間 FTA の締結に向けて舵を切り始めている。これらの取り組みが実れば、ベトナムが進
める外資導入による輸出志向型工業化に大きく寄与するものとみられる。
足下における韓国の失業率は4%を下回る水準である など表面上は良好にみえるものの、20 代以下の若年層に ついては失業率が 10%を上回る高水準で推移するなど 厳しい状況にある。さらに、失業率が低水準である要因には、 若年層を中心に求職行為自体を諦める自発的失業が多数ある ことが影響しており、自発 的失業者数は 60 万人超に達して いるとされる。政権の支持層を重なり、解消に向けた政策実施が 安定化にもつながるが、有効策が見当たらない。参考―1 ベトナムの労働力に対する評価が高い 国際協力銀行が日本企業を対象に行ったアンケートによると、ベトナムで事業を行う有望理由として、「安価な労働 力」と「優秀な人材」が、他の国に比べて高く評価されている。こうした低廉で優秀な労働力の優位性は短期で失われ るものではなく、現時点においても韓国企業や日本 企業による中期的な投資計画が存在していることを踏まえると、 当面は外資主導の成長モデルが継続すると予想される。ベトナムは、中長期的には上位中所得国入りを目指すステ ージにある。当面は労働集約型産業を中心に外資参入が見込めるが、今後、生産年齢人口の伸びが大きく低下して いくため、比較的早い段階から資本集約型産業への構造転換を進めることが求められる。資本集約型産業誘致の基 盤となるインフラ 整備は重要である。ベトナムでは国営企業が交通や電力などのインフラ整備の一翼を担ってきたこ とから、債務保証の停止はインフラ整備の足かせになることが懸念される。外資導入による資本蓄積と生産性向上が ドライバーとなることで、近年にそれぞれ 5%PT 弱、1%PT 弱だった資本投入と TFP の 寄与度が拡大し、年平均 +6%台前半の成長が継続するだろう。もっとも、この ペースで成長を続ける場合、上位中所得国入りを果たす時期は 今後 5 年より もさらに先となる。上位中所得国入りを確実にするために、外資系企業からの 技術移転の促進や優 秀な人材を生かした地場産業の育成などに取り組むことで、生産性向上に努める必要があるだろう。
10.視点:ロシアの目指すところ
出所:三井物産戦略研究所レポート、国際協力銀行ドバイ駐在員レポート
プーチン大統領が承認した最高レベルの公式文書「ロシア安全保障戦略」には、「多極化世界という
条件下において、戦略的安定性と互恵的協力関係の維持を目的に活動する、指導的立場を有する
世界的大国としてのロシアの地位の確立」が国益と記されている。
①ロシア外交の原則:プーチン政権の基本戦略は「ロシア抜き」では問題が解決しない状態を 創出
し、米、欧、ロシアなど複数の「極」が屹立する「多極化世界」の中でロシアが指導的大 国の地位を
占めることである。
②ロシアを取り巻く世界:トランプ米大統領が対露関係を大きく改善する見込みは当面ない。米議会
による対露追加制裁に向けた動きは、日本の対ロシア・ビジネスにも影響しかねず注意を要する。
EU も対露制裁を 2018 年 1 月末まで延長したばかりである。一方、中露関係では、ロ シアは「一帯一
路」を推進する中国からインフラ投資などの実利を期待している。
③日露関係:領土問題・平和条約交渉に大きな進展は見られないが、両国首脳主導の経済関係拡
大のモメンタムが享受できる経済分野では、「8 項目の協力プラン」に基づく日本の対露経済協力の
拡大が期待される。
◇ロシア外交── 多極化世界での指導的大国を目指してロシアが理想とする国際社会は、米国、
中国、EU、ロシアが「極」となり、勢力圏の相互承 認・協調・取引を通じてパワーバランスを維持する
「多極化世界」の中で、指導的大国として振る舞うことである。そのためにプーチン政権は、国際社会
が「ロシア抜き」では問題解 決できない状況を創り出すことを基本戦略に据えており、今後も他の
「極」がロシアと協調・取引せざるを得ない行動を取る可能性がある。その行動は大胆かつ予測困難
となる傾向があり、地政学リスクの発信源としてのロシアの動向に注意が必要。
参考―1 クリミア併合・ウクライナ東部への介入、シリア内戦への介入は、そうしたプーチン政権が 理想とする 国際秩序を目指す行動。クリミア併合・ウクライナ介入は、ロシアが自国の勢力 圏と見做すウクライナの欧米への 接近を阻む意思表示である。シリア介入の狙いは、「アラブの春」により長年支援してきたアサド政権が倒れ、ロシ アの勢力圏が脅かされることへの危機感、シリアのタルトゥースにあるロシア海軍拠点を維持するといった地政学 上の利益に加え、テロとの戦いという共通利益を交換条件に、欧米から対露制裁解除を引き出そうとする取引の 試みの一面もある。ただし、こうしたプーチン政権の試みは、狙い通りの結果をもたらしていない。ウクライナ 介入 に起因する米欧の対露制裁は緩和・解除されていない。シリア問題でも、米軍主導の有 志連合とロシア軍との協 力関係は構築されておらず、むしろ米露間の緊張は高まる傾向にある。◇ロシアへの接近政策を掲げて登場した米国のトランプ大統領は、ロシアを警戒する米政権内の現
実派(マティス国防長官、ティラーソン国務長官、マクマスター国家安全保障担当大統 領補佐官)、
議会、軍、情報機関、主要メディア等の激しい抵抗に直面しており、プーチン政権が期待していた対
露制裁解除を柱とする米露関係改善は実現しないだろう。
参考―2 ・米国:ロシア・ゲート疑惑は、上記の抵抗勢力がトランプ大統領を牽制するために浮上してきたとの一面もある。 米上院は 6 月、2016 年の米大統領選へのロシアの干渉を問題視し、対露制裁を強化する法案を 98 対 2 の圧倒的 多数で可決。新法案には、トランプ大統領が制裁を解除したい場合の議会による事前審査や、ロシアの原油開発 や原油・ガスパイプライン事業に関わった企業 (国籍不問)への制裁が盛り込まれており、米議会主導の追加制裁 に留意する必要があるだろう。
・EU:6 月の首脳会議で、7 月末で期限満了を迎える対露制裁 18 年 1 月末までの延長を決定。加盟 28 か国のうち 1 か国でも延長に反対すれば制裁解除される仕組みだが、加盟国の足並みは揃っており、ロシアの和平合意の完 全履行を解除条件とする方針に当面変化はないだろう。 ・中国: ロシアは当初、中国の「一帯一路」構想について、ロシアの国益を損なるものと見做して警戒していたが、 最近は中国によるインフラ投資から実利を得ようとの方針に転換しつつある。 さらに、ロシア主導の「ユーラシア経 済連合」3 を中国に承認させ、中露が対等の立場で利害 調整を図る「連結」の関係を志向しているとみられる。 ・日本:平和条約・領土問題交渉と経済協力のうち、前者は停滞し、経済協力が先行する見通し。共同経済活動を 通じて領土問題解決の糸口を見出したい考え。しかし、日本側が日露いずれの法律とも異なる「新たな制度」の下 での活動を主張しているのに対し、ロシア側は自国の法律の下での活動を主張して対立しており、溝を埋めるため の協議が日露政府間で続く。 日本にとってのロシアの戦略的意味は、政治的には、台頭著しい中国とパワーバラ ンスを維持するうえでのロシアのバランサーとしての役割である。一方、経済面では、エネルギーの中東依存度が 高い日本にとって、ロシアからの LNG 調達はコスト面で魅力的であり、エネルギー供給源の多角化にもつながる。 参考―3 経済動向:バレル 20 ドル台まで下落した原油価格が穏やかながらも回復してきたことにより、2015、16 年 のマイナス成長から脱却して 2017 年はプラス成長に転ずる見通し。IMF は、内需の緩やかな回復が見込まれるとし て、同年のロシアの実質 GDP 成長率を 1.4%、他の主要国際機関は 1~2%の緩やかな成長を予測。 原油との相関性が極めて高いルーブルの為替レートと消費者物価も安定を取り戻しつつあり、個人消費、投資とも に回復の兆し。ただし、2017 年の平均原油価格は 1 バレル 45 ドル(世銀予測)と相変わらず低い水準であり、 ロシ ア政府は 1 バレル 40 ドルを前提に 2017 年度連邦予算を編成している。財政赤字が 2015~16 年の水準を超える ことはないものの、歳入不足により内需を大きく喚起する財政出動は困難 だろう。ロシア経済が力強い成長を取り 戻すには、資源依存の産業構造からの転換が必要だが、2018 年の大統領選挙前に国民に痛みを強いる構造改 革を実施することは困難。ロシア経済の屋台骨であるロスネフチやガスプロムなど国営資源関連企業のトップは、 大統領の側近が務めており、統治体制の核心に斬り込む構造改革は、選挙後も困難だろう。 所見-1 中東との関係 2017年6月にサウジアラビア、UAE、バーレー ンおよびエジプトがカタールとの国交断絶を発表。その2日後、イラン の首都テヘラ ンにおいて、これまではみられなかったテロ事件が発生。中東・湾岸地域をめぐる情勢が不透明さを増 すのとは対照的に、原油市場は落ち着きをみせている。近年、地政学的なリスク事象が原油価格に与える影響は限 定的となり、原油価格は主として需給バランスによって決まる傾向となっている。原油市場において現在のような低油 価が定着する新常態に移行するなか、湾岸産油国の盟主を自認するサウジアラ ビアとロシアは新たな協力関係を築 きつつある。泥沼化したシリア内戦において、ロシアはイランとともに一貫してアサド大統領を支えてきた。他方、湾岸 産油国、特にサウジは、当初はシリアにおけるイランの影響力拡大を阻止すべく、アサド政権退陣を求めるシリアの 反政府組織を支援し、ロシアによるシリア内戦介入を非難。しかし、サウジの同盟国であるはずの米国、 特にオバマ 前政権がシリア内戦への関与について消極的であったこともあり、シリア情勢はサウジの思うようにはうまく進まなか った。 サウジにとって、中東地域情勢をめぐる最大の関心事項はイランの域内影響力拡大をいかに阻止するかという ことである。シリア内戦は、アサド大統領の存続というかたちでの収束が見込まれるなか、サウジは内戦終結後のシリ アにおいて、少しでもイランの影響力拡大を抑えるべく、もう一方の重要なプレイヤーであるロシアに接近しつつある。 ロシアが中東地域に対し、政治的・軍事的影響力を拡大したことにより、湾岸産油国およびア ラブ世界の盟主を自認 するサウジは、政治・外交面で ロシアとの連携強化に舵かじを切った。こうした政治・外 交面での両国の接近は、原 油市場における両国の協調をより容易にする土壌となりつつある。
11.視点:日本経済の構造
正規社員の有効求人倍率は 0.99 倍と歴史的高水準に達し、1 倍超えが近づいている。そして 1 倍を
超えた後も、景気後退等の循環的要因がなければ、構造的に同倍率が上昇を続ける可能性が高い。
遠からぬ将来に正規社員も含めた本格的な賃金インフレが発生する可能性がある。
ただし、この賃金インフレが「内需の好循環」に火を点けるに至るまでには距離がある。賃金インフレ
の持続性は、相応の労働生産性の向上が並行して達成されるか否かに依存している。こうした生産
性の向上は総じて時間を要するため、単位労働コストの上昇に苦しむ企業は当面、従来以上の「賃
金カーブのフラット化」や「残業規制」などを通じて総労働コストの抑制を図る可能性が高い。
人手不足が深刻化する中、生産性向上に直結する省力・省人化に加え、収益改善を目的とした研究
開発投資や合従連衡の動きには緩やかな拡大が期待される。
参考―1 資本ストックの循環は成熟化の局面に近づいている。また、日本における設備投資の限界生産性は、総じ て資本コストよりも、あるいは価格対比での労働の限界生産性よりも低い。さらに、生産性向上投資が必要とされる労 働集約的産業ほど、投資を行う余力が小さいという「合成の誤謬」が発生している。結果として単位労働コストが上昇 に向かえば、企業は「業容縮小」と「空洞化」のいずれか、ないしはその両方を選択肢として視野に入れることになるリ スクには注意が必要。 参考―1 正社員の有効求人倍率が加速していることは、遠からぬ将来に咳社員も含めた本格的な賃金インフレが発 生する可能性があると言える。但し、この賃金インフレが“内需の好循環”に火を点けるに至るまでにはまだ距離があ る。単純な賃金インフレは企業から見れば、収益圧迫要因以外の何物でもなく、日本の企業の業容縮小と空洞化をも たらす可能性は否定できない。賃金インフレの持続性は、IT 投資、研究開発、あるいは企業の合従連衡を通じた相応 の労働生産性の向上が並行して達成されるか否かに依存していると言える。また、こうした生産性の向上は時間を要 することから、単位労働コスト(名目賃金÷生産性)の上昇に苦しむ企業は、働き方の改革の美名の下の行われる残 業規制を通じた総労働コストの抑制を図るだろう。他には、初任給が上がる一方でミドルシニアクラスの賃金は引き下 げられることに伴う賃金カーブのフラット化傾向が続いていることからも確認できる。 参考―2 日本の賃金が他の先進国に比して伸び悩んだ背景を分析すると、労働生産性と価格転嫁力が見劣りして いる。これらの二つの要素の改善がが、賃金の上昇と並行して進んでいくことが、日本経済と企業の収益バランスの 取れた拡大を持続するうえで必要条件となっている。 価格転嫁力は、業種を問わず、国内での合従連衡が進まず過当競争が温存されてきた企業群によって押し下げられ てきた可能性がある。今後、企業の合従連衡や研究開発の進展に結び付き価格転嫁力の強化が進められるかが重 要なテーマとなる。一方、労働の生産性の向上が遅れた背景は、金融危機の後、十分な設備投資や IT 化が行われて こなかったことに求められる。このことは、裏返せば“成長のポテンシャルが残っている”という意味も持っている。図表の見方:図表は、労働投入に対する資本投入の相対的な限界生産性(MPK/MPL)が、相対価格(r/w) の何倍かを示したもので、この指標が1を上回っていれば『雇用増加よりも設備投資をすることによる企業の収益 効果が大きい』ことを示している。自動車、業務用物品賃貸業、電信・電話業、放送業を除き、総じて設備投資に 対して雇用が有利であるとの結果が示されている。