山野嘉朗著 保険契約と消費者保護の 法理
⎜ 成文堂,2007年6月,はしがき5+目次7+出典表示方法等2+
初出一覧2+364頁 ⎜
Ⅰ
近年,わが国でも保険契約に関する裁判例が著しく増加して,保険契約法 の解釈理論研究にも豊富な素材を提供している。これにより研究の深みも増 しているということができる。しかし,国内の眼前にある素材だけに基づい て理論を展開するときには,往々にして視野狭窄的な偏った解釈理論が形成 されるおそれがないとはいえない。各国で普及している保険には商品面等で 大きな相違があるが,基本的な部分では国際的に普遍的な制度ということが でき,わが国と諸外国とで共通の法理論上の課題を抱えていることが少なく ない。このことから,諸外国の保険契約法の比較研究は,わが国の法理論の バランスのとれた発展にとっては必須の基礎作業であるということができる。
本書は,フランス法圏の保険法に精通することで著名な著者によるフランス およびベルギーの最新の保険契約法の研究書であり,保険法研究者および実 務家にとって久しく待たれていたものである。
Ⅱ
本書の構成と概要は以下のとおりである。
第1章 保険契約法の現代化と消費者保護法制
総論的な記述として,1989年のフランス保険法典の大改正および1992年の ベルギーの新保険契約法の概要が紹介された後に, 情報提供義務と曖昧条 項規制 保険約款における免責条項の明確・限定性 および 保険約款と 253
【書 評】
不当条項 という3つのパートで,フランスの保険約款の消費者保護法的規 制の展開と現状が分析されている。免責条項など約款条項の明確性が強く求 められ,重過失免責条項は不明確なものとして,もはや置けないと解される までになっていることなどが明らかにされる。
第2章 告知・通知義務
フランスの1989年保険法典改正による告知義務に関する規定の改正やベル ギーの新保険契約法における告知義務の規定の分析,保険事故発生の通知義 務違反の効果に関するフランス法とベルギー法の現状の分析,フランスとベ ルギーにおける遺伝子情報の保険引受における利用を禁止する法規制の分析 が行われている。保険事故発生の通知義務違反の効果としての保険者免責は 厳しく制限されていることや,遺伝子情報の利用が厳しく禁止されているこ とが明らかにされている。
第3章 故意免責
故意免責条項の厳格解釈 故意と射倖契約の偶然性の関係 第三者に よる保険事故招致 および 自殺免責条項 という4つのパートから構成さ れている。故意免責の解釈は近年わが国でも多くの判例が生まれるなどホッ ト・イッシューとなってきたが,わが国での解釈問題に対応する諸問題が主 としてフランスでどのように解釈されているかを分析するものである。分析 によれば,いずれの解釈問題についても故意免責の成立をあまり拡大しない 方向での解釈が確立していることが明らかにされる。第三者による保険事故 招致問題についても基本的には自己責任主義がとられ,第三者の事故招致に よる保険者免責はきわめて制限的にのみ認められること,自殺免責について は立法的に制限が図られてきていることや,免責期間経過後の自殺について 保険金取得目的であれば保険者の免責を認めるべきであるというようなわが 国で一部に見られる解釈は存在しないことなどが注目されるところである。
第4章 保険事故の偶然性と立証責任
傷害保険における偶然性の立証責任 および 損害保険における偶然性 の立証責任 という2つのパートから構成されている。この章で取り上げら
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れる問題も,近年わが国の判例法上の最大のイッシューであり,同じ問題に ついてのフランスおよびベルギーの判例・学説の状況が分析されている。傷 害保険については,保険事故の発生が故意によらないという意味における偶 然性の立証責任を保険金請求者側が負担するというのが紆余曲折を経たフラ ンスの判例の立場であるが,証明の負担は軽減されていること,これに対し て,損害保険については保険金請求者に偶然性の立証責任を負担させようと する解釈は存在しないことが明らかにされている。
最後の 結論 においてわが国の保険契約法への示唆がまとめられている。
Ⅲ
本書で取り上げられている諸問題は,いずれもわが国の保険契約法におい ても重大な課題とされているものであり,フランスおよびベルギーの法理論 の詳細な検討は,わが国の今後の法理論の発展にきわめて大きな貢献をする ものということができる。本書の各章の冒頭では, 総説 が置かれ,わが 国の保険契約法理論の課題とフランスおよびベルギーの分析対象との関連が 説明されており,読者にとっても本論の記述にスムーズに移っていくことが できるように配慮されている。
フランスの保険法の特色として,判例がきわめて多いことをあげることが できるが,本書で取り上げられる諸問題についても例に漏れずきわめて多く の判例がある。著者は,各章においてきわめて詳細に下級審から破毀院まで の判例を分析している。このことが本書の分析に厚みをもたらしている。各 問題についての判例は,場合により紆余曲折を経た展開をしていることも少 なくないが,そこでは対立する諸利益がどのように調整されるべきかについ ての当事者および裁判所の格闘が追跡でき,我々の法解釈理論で考慮すべき 諸要素を参考とすることができる。
内容的に見ると,第1章から第4章のいずれの章で取り上げられている問 題についても,フランスおよびベルギーでは,概ねわが国の法理論よりは保 険契約者サイドに有利な立法や解釈理論が形成されており,保険消費者の保
保険学雑誌 第 599号
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護がわが国より先行していることを明らかにしたことは本書の最大の貢献で ある。また,第3章で取り上げられる故意免責に関する各種の解釈問題につ いて故意免責の成立をあまり広く認めない解釈や,第4章で取り上げられる 損害保険における偶然性の立証責任問題についての解釈は,わが国のモラ ル・リスク対策としてとかく保険契約者に対して厳しい解釈理論を構築しよ うとする傾向のあった近年の保険実務や裁判実務に対する強い警鐘として受 け止めるべきであろう。
最後に望蜀の感ではあるが,本書では4つの章で具体的な問題について分 析が加えられているが,これら具体的な問題の背後にあるフランスおよびベ ルギーの保険契約法の全体を貫く基礎理論の特色の分析があれば,本書の記 述についての読者の理解も一層促進されたであろう。これは著者の今後の研 究に期待したいところである。
(評者:東京大学教授 山下 友信)
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