奈良教育大学学術リポジトリNEAR
精神薄弱教育史論
著者 津曲 裕次
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 16
号 1
ページ 223‑238
発行年 1968‑02‑29
その他のタイトル SOME THOUGHTS CONCERNING THE HISTORY OF THE EDUCATION OF THE MENTALLY RETARDED
URL http://hdl.handle.net/10105/3285
精 神 薄 弱 教 育 史 論
津 曲 裕 次 (障 害 児 学 教 室)
工 は じ め に
戦後二十有余年、精神薄弱に関するとりくみの進展は、まことにめざましいものがある。もは や精神薄弱という言葉は耳新しい言葉で古事なくなった。新聞、雑誌その他のジャーナリズムのキ ャンペーンにとりあげられることも,さばど珍しいことではない。行政面でも、関係各省では、
精神薄弱対策をその重点施策に数え、国や地方でも、心身障害者のコロこ‑、重症児施設の開設 等がすすめられている現状である。また、 「不幸な子どもを生まない運動」や「愛の手帳」 「交 通機関割引」 「心身障害者保険」等、精神薄弱者に対するそれぞれの地方の実情に応じたとりく みがすすんできている。
一方では、養護学校・特殊学級・社会福祉施設、その他の関係機関も増加し、そこに従事する 教師、保母、指導員、その他の関係者の数も飛躍的に増加している。また、そうした人々の養成 機関もつくられるようになった。
こうした事情を反映して、精神薄弱に関する研究も、量的にも、質的にも格段の進展をみせて いる。日本教育学会やE]本心理学会、日本教育心理学会等の関連部会での精神薄弱研究は年を追 って盛況をきわめ、一万では、日本特殊教育学会等の関連学会が結成され、研究の交流発展をは かるようになった。かくて、研究者の層、研究論文の数も、わずか10年前に比べても天と地ほど の違いがあり、さらに、それらの研究内容にも、バラエティに富んだものがみられるようになっ た。すなわち、つい一昔前までは、そのほとんどが、心理学ないし医学的な研究であったのに対
し、このごろでは、教育学的・社会学的研究がかなり見受けられるようになったのである。例え
(1)
ば、昭和42年で第五回をむかえた、日本特殊教育学会における、精神薄弱部門の研究発表でも、
毎年、その3分の1近くを教育学的・社会学的研究が占めるようになったのがその例である。
方法論の観点からみてもこうした研究の中には、他の方法論に比べると、数としては微々たる ものであるが、歴史的方法による研究もみられるようになってきた。その理由はいくつも考えら れるが、その一つは精神薄弱に関する研究、特に精神薄弱教育に関する研究が進んできたことに
よる。例えば、精神薄弱に関する研究は、必ず、その一章として、歴史ないし「変遷」の章を組
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みこんで成立っているO したがって、こうした意味での歴史研究は、精神薄弱児の教育の研究が 進むにつれて、数も多くなり、内容も深まってくるO
しかしながら、一万では、歴史研究が精神薄弱教育の研究の上でどのような役割を果すのかと いう問題が提起されてきた。たしかに、上に述べたような意味での歴史研究は、かくれた諸先輩 の実践を明らかにするという意味で大きな役割をはたしている。このことは、現在の精神薄弱教 育が、いろいろな困難の中でおしすすめられなければならず、ともすれば、それにたずさわる人 々が孤独感や挫折感になやまされがちなのに対して、大きな勇気を与え、明日への希望をいだか せるに十分役立っている。
しかしながら、研究方法のひとつとして考えた場合、上述の意味での歴史研究は、他の研究万
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法に対して、補助的な役割しか与えられていなかったという指摘もされてきた。すなわち、他の 研究法、特に心理学の方法によってさぐられた精神薄弱教育の法則性を説明するために、 「'歴 史」が書かれるという傾向が強かったのである。
もし、精神薄弱教育における歴史研究が、厳密に歴史的研究法をとって、精神薄弱教育の法則 性追求にあたることが基本的役割であり、それが可能であるとするならば、おのずからちがった 歴史があるであろう。しかし、従来の歴史研究が、精神薄弱教育の研究には「歴史的研究」が、
欠かすことのできないものであるという認識をもっていたことは正当であり、且つ、大きな意味 を持っている。それは、精神薄弱教育の研究には、歴史研究が抜きにできないということを如実 に示したものであり、また、精神薄弱教育研究における歴史的研究法に関する論議をよびおこす
きっかけともなったのである。
私は、ここ数年来、かかる問題意識のもとに、 「精神薄弱教育史研究」をテーマとして、精神
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薄弱教育史の可能性と、その方法論に関する一連の研究をすすめてきた.これらの研究は、精神 薄弱教育史の研究においては序論にあたる部分として、さけて通ることのできないテーマであ る。しかしながら、それは、あくまでも、精神薄弱教育史そのものではない。そこで、ひとま ず、一応の仮説として整理をし、本来の意味の歴史研究に入ろうと考えている。そのうえであら
ためて精神薄弱教育史の可能性と問題点を考えてみようと思っている。
本論文は、そのために精神薄弱教育史論として、精神薄弱教育史の研究分野としての位置づけ 及び、その方法論に一応のしめくくりをおこなうことを目的としている。しかしながら、本論の 展開からも明らかなように、問題は、単に、精神薄弱教育史の問題にとどまらない。検討すべき 問題点は、精神薄弱教育の研究の現状から考えて、精神薄弱教育研究の位置づけと方法論、ひい ては、精神薄弱研究の学問的意義にまで及ぶ。したがって、私のもう一つの意図は、本論文の主 題としての精神薄弱教育史論を窓口にして、精神薄弱研究における、教育学による研究分野とそ の方法論の問題にせまろうとするところにある。
本論文が精神薄弱教育史の研究のみならず、精神薄弱研究のすべての研究者への問題堤起とな れば幸いである。
Ⅱ 精神薄弱教育研究の可能性と歴史研究の意義
精神薄弱教育史を論ずる際に、まずもって明らかにされなければならない問題がある。それは 精神薄弱教育を研究することの学問的な意味であり、その方法論のひとつとしての歴史的研究法 の役割である。したがって、本章では、精神薄弱教育研究の位置づけの問題と、歴史的研究法の 意義の問題を検討する。
1 、精神薄弱教育研究の位置づけ
精神薄弱教育を研究することの意味について、次のような二つの考え方が未整理のままにから みあっているのが現状である。
まずそのひとつは、精神薄弱教育を特殊教育の個別的分野のひとつと考える立場である。特殊 教育の側からは、ほとんど例外なく、この立場がとられる。しかしながら、精神薄弱教育の研究 が深まっていくことが、必ずしも、精神薄弱教育と特殊教育の結びつきを深めることにはなって いないことも事実である。この奇妙な事実を含めて、要は、精神薄弱教育は、盲教育、ろう教 育、肢体不自由教育等と並ぶ、特殊教育の一分肢であるとする立場である。
ふたつ馴ま、精神薄弱の問題を総合的に考えるに際して、その教育的取扱いとして、精神薄弱 教育を考える立場である。こうした傾向は、諸外国で顕著であるが、日本も最近になって、こう した立場にたついくつかの専門書があらわれてきた。こうした立場では、精神薄弱の問題を研究 するために、病理面・心理面・社会面での研究とならんで、教育面での取扱いがあるとし、それ を精神薄弱教育とする。m
このように、精神薄弱教育の位置を考えるのに、二つの立場があると考えられるが、現在のと ころ、この両者の関係は、ここで問題にしているほど、択一的なものではない。むしろ、精神薄 弱教育を考える際に、精神薄弱に重きをおくか、教育に重きをおくかで違ってくるニュアンスの 違いにすぎない場合が多い。したがって、この両者を区別せずに精神薄弱の問題を説明する場合
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でも、それを特殊教育の一分野として取り扱っていることなどがその例である。
しかしながら、精神薄弱教育の理論的な考察をすすめるために、この二つの立場の関係が、い ますこし、整理されねばならないと考える。現状において、単なる見方の相違に帰せられている この点が、精神薄弱教育研究のひとつの大きな問題点なのである。
それには、まず、特殊教育と精神薄弱教育の概念の違いが明らかにされる必要があるO普通は この両者の関係は、前にものべたように、一般と特殊の関係として把えられていることが多い。
即ち特殊教育とは、普通の教育課程によっては教育効果をあげ得ない特殊児童に対して、特殊の 方法と教育課程によっておこなう教育なのであって、精神薄弱教育は、かかる特殊児童の具体的
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なあらわれである精神薄弱児に与える特殊教育を対象に即して言いかえたものなのである。こう した考えが徹底すると特殊教育という領域を否定し、盲教育、ろう教育、精神薄弱教育等がそれ ぞれに特殊教育なのだという主張にもつながってくる。m
このように考えると、特殊教育という概念は、実態の上からも理論的にも、きわめて不安定な 性格を持つもののようである。また、前にもふれたようQ.こ、その個別的分野ときれている精神薄
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弱教育の研究が進むことが必ずしも、特殊教育の研究に結びついていないo こうした事情は、特 殊教育の重要性が如何に叫ばれようとも、その学問的研究の対象としての実在を疑わしめるに十 分である。したがって、この面から考えると、特殊教育という概念は、単なる理念としての存在
にすぎないように思われる。
しかしながら、教育の歴史をふりかえると、特殊教育というひとつの教育的現象が存在したこ とは否定出釆ないO教育が一部の特権階級の手から、公教育として一般大衆のものとなる過程 で、普通教育という考えがあらわれ、それに対応する形で特殊教育という教育現象があらわれて いるのである。したがって、簡単にいえば特殊教育という考え方は、普通教育に対する概念であ
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り、公教育の一定の発展段階で必然的に生じてくる教育現象であるということができる。故に、
特殊教育を研究することは、公教育の研究の一部なのである。このことは、何をさておいても明 らかにきれねばならない。従来は、特殊教育の研究は、その対象の個別性の研究が先にたち、心 理学ないし医学の領域にまかされてきた。心理学ないし医学的研究は、それはそれとして不可欠
の研究方法ではあったが、教育の現象としての研究が欠け落ちるという犠牲を余儀なくされてい たのである。そうして、このことが、特殊教育そのものの研究の進展をさまたげたし、一方で は、公教育の側からの特殊教育の研究にあるかたよりを与えることになったのであるO
こうした意味での特殊教育は、それぞれの時代のいわゆる普通教育には含まれ得ない教育を内 容とする。日本でも、特殊教育の名のもとに、貧児教育、感化教育、子守教育等が含まれている
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時代があった。欧米の特殊教育で、英才教育が含まれていることが、日本の場合と比較されて論
226 精神薄弱教育史論(津曲)
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じられていることも周知の事実である。また、将来の方向を見通せば、適応困難児、言語障害児
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等の教育が、特殊教育のひとつの分野を占めるようになるのは、既定の通すじのようである。
要するに、特殊教育という概念のもとに、どのような内容が含まれるかということは、それぞ れの国の公教育の発達段階あるいは教育観に応じてきまってくることなのである。言いかえれ ば、それぞれの段階での公教育のねらい、教育方法上の観点等から、ある一定の距離があり、し かも、教育的にみて無視することのできない領域が特殊教育の内容を形づくるのである。
したがって、現在は、特殊教育の一部としてみなきれている精神薄弱教育も、上述の原則の例 外ではない。故に、精神薄弱を対象とする教育が、特殊教育の内容となるに至る経緯の研究が、
その両者の関係を明らかにする糸口となるのであるO(U)
かくて、特殊教育の概念と精神薄弱教育との関係も一応明らかにされたo この両者が完全に同 一の概念でないとすれば、まだ問題はのこる。この点を明らかにするためには、精神薄弱教育と
は何かということが検討されねばならない。
まず、特殊教育と精神薄弱教育との関係については、後者が前者の内容となると述べた。しか しながら、事実は、精神薄,弱教育のすべてが、特殊教育の概念の枠の中に含まれることはあり得 ないということを示している。むしろ、今も音も、精神薄弱教育の問超の中で、公教育の体係の ひとつとしての特殊教育において解決されるものは、きわめてかぎられているときえいえよう。
かりに量的にみても、こまかい数字になるといろいろ問題があるようであるが、昭和41年5月
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1 E]現在の精神薄弱児の特殊教育(養護学校・特殊学級)への就学率はわずか14.3%である。こ れ以外の大部分のものは、普通教育にいるかあるいは、就学猶予・免除の対象となっている。現 在進行中の養護学校の設置促進・特殊学級の計画設置が目的通りに達成されたと仮定しても、昭
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和49年で就学率は約40%と見こまれているにすぎない。
また、実際の指導面でも、特殊教育制度内での指導も、いわゆる社会福祉施設としての、精神 薄弱児施設での指導も、その実質面では、教育的にみてかなりの共通面が多い。むしろ、この両 者の良さが補いあって、はじめて、精神薄弱の教育の効果があがるといえる。この他にも、家庭 での指導、学校卒業後の処遇等、精神薄弱教育は、いわゆる特殊教育の枠の申だけでは解決でき ない多くの領域を持っているのである。
こうした意味では、精神薄弱教育の領域の中で、特殊教育の内容となるものは、いわば、精神 薄弱学校教育といった部面にかぎられてくるといえるのであるO
こうして、問題は精神薄弱教育の位置づけにうつる。即ち、ここでいう精神薄弱教育の概念が 特殊教育という概念と違ったものであるとすれば、それはどこに求められるかという問題である。
ここで検討しなければならないことは、精神薄弱教育における教育という意味であるO一般に いって、教育とはいろいろな意味に解されるが、すくなくとも、現在の精神薄弱教育にあって は、教育とは、精神薄弱者の将来の社会生活に連なる諸々の努力を総称しているのである。
こうした努力は、言葉をかえていえば、とりもなおきず、精神薄弱問題全体へのすべての取り 組みと多くの点で重なりあっている。かくて、精神薄弱問題への取り組みと精神薄弱教育との関 係が整理されねばならない。
そこでは、まず、ここでいう精神蒋弱問題への取り組みということが問題になろう。今も昔も 精神薄鍬こ関しては、いろいろな領域で問題ときれてきた。古くは医学的な関心をひいていたし 感化院や慈善事業の分野では早くから問題となっていた。現在でも、社会事業の対象として、ま た学問的研究課題、教育の対象として、大きな関心をあつめている。また、一般社会の同情のま
とともなり、行政機関はそれぞれの関連部門で対策を練っている。こうして、精神薄弱は、まず 個々の分野で問題化してきて、それぞれに対策がたてられてきた。しかし、個々ばらばらの対策 では、実際の運営はすすめにくいし効率も悪いO そこで、これらを精神薄弱問題として共通の問 題意識のもとにとりくもうという動きがあらわれた。関係諸団体が連絡をとりはじめ、行政面で も「関係各省がおこなってきた施策を組合的に調整し、不足の分を補い、相互に協力してその実
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をあげること」が堤唱されたO いつごろからつかわれはじめたものかは明らかでないが、こうし た問題を総称して精神薄弱問題という言葉も用いられはじめた。例えば、昭和34年3月には、
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「精薄問題懇談会」が関係者によって結成されたりしているのがその例である。
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こうして、 「総合対策を樹立する必要」がさけばれるようになったが、それは基本的には、精 神薄弱対策の実施運営面での要請からでてきたものであった。しかしながら、問題は、こうした
とりくみの方向は、単なる運用上の問題ではなく、精神薄弱問題の基本的性格から必然的にでて くるということである。すなわち精神薄弱問題とは、個々の領域の諸問題の寄せあつめではな
い
く、ひとつの社会事象としての実体を持っているということである。精神薄弱問題とは一定の歴 史的条件のもとで生成展開してきた社会的産物なのであって、その個々の頚城でのあらわれ万が 問題となっていたのである。
かくて、精神薄弱問題をひとつの社会事象として把えることができるかという問題が挺起され た.この点は、まだまだ検討されねばならない多くの問題を含んでいるが、いままでのべてきた ことを根拠として、ひとつの仮説として提示しておきたいと思う。したがって、もし、精神薄弱 問題がひとつの社会事象として把えられれば、その法則性を研究する研究領域が設定され得る。
その研究領域は社会科学のひとつとして、位置づけられるものとなろう。
筆者は、この研究領域をかりに精神薄弱研究と名づけた。そのねらいは、精神薄弱問題の現状 を究明し、そのよってきたる法則性を明らかにし、精神薄弱といわれている人々の生活と権利を 保障する見通しを提示することにあるO要は、精神薄弱といわれる人々の幸福に連なる研究であ
るから、精神薄弱福祉学とでもいったようなものであるが、その名称については今後の研究課題
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としたい。
こうして、精神薄弱研究というひとつの研究領域が設定された。したがって、この研究は、単 なる個別的な研究の寄せ集めではない。精神薄弱問塩をひとつの社会事象として研究するという 共通の問題意識のもとに統一された研究である。
ここでいう精神薄弱研究は、方法論の点からいくつかの基礎的研究領域より構成されるOいい かえれば、精神薄弱研究は、ひとつの総合科学なのである。
その基礎的研究領域は、大きく、医学・心理学・教育学・社会福祉学の四領域に分れると考え てよいであろう。科学全体の発展により、こうした研究方法の区別自体にも変化がおこり、その 境界領域、あるいは全く新しい方法論も起る可能性はあるが、現在のところこれらの四領域は精 神薄弱研究の基礎領域として常に協同して進まなければならないと考えるOそして、これらの領 域は相互に協力をし、テーマに応じて、他の隣接頚城との関連が常に保たれていなければならな
いのは当然のことである。
したがって、精神薄弱研究の中で精神薄弱教育研究を位置づけるとすれば、基礎研究領域とし ての教育学的研究法におかれる。そしてそのねらいは、精神薄弱問題の教育的側面を貰ぬく法則 性を追究するところにある。
かくて、精神薄弱研究と精神薄弱教育研究の関係が一応整理されたが、この両者の関係は更に
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次のようになってくる。即ち、ここでいう精神薄弱研究のねらいは、精神薄弱問題を社会事象と して研究することによって、精神薄弱問題の背後にある社会法則を明らかにすることであった。
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したがって、この社会法則と、精神薄弱教育研究のねらいである教育法則との関係が問題とな る.この両者の関係は,前者が後者を含んでいることは勿論であるが、内容的にも非常に大きく 重複しているように思われるoいいかえれば、精神薄弱問題の法則性は、きわめて教育法則とし ての性格が強いのである。
上にのべた点を明らかにすることは、精神薄弱問題の特徴を明らかにすることになる。精神薄 弱問題の特徴とするところは、ひとくらにいえば,いわゆる「知能」の障害によってひきおこさ れる社会現象にあると考える。したがって、ここでいう知能をどうみるか、その社会現象として(23)
の位置づげ、発達観、それにもとずく制度等が精神薄弱研究の研究課題となる。いいかえれば精 神薄弱研究はかかる内容をもつ社会事象の発展法則の追究をそのねらいとしているのである。
したがって、ここで明らかにきれた精神薄弱研究の課題は、一面では、いわゆる、教育の問題 につらなってくる。特に、前にふれたように、精神薄弱教育研究における教育が、 「学校のいわ ゆる『教室』教育の範囲だけで解決することのきわめて困難な教育である。教室の範囲を空間的 にも時間的にも越えて、人間にまつわる社会関係一般を、いわゆる教師の仕事を越えて、調整し
(.24)
解決していかねばならぬような性質の仕事である」と考えられるだけに、この両者の関連は深 い。
しかしながら、一方では、この両者を区別することもまた大切である。むしろ、現在の研究段 階ではやむを得ないこととして、精神薄弱問題と精神薄弱教育が同一の領域で考えられているが 将釆の見通しを含めて、その役割の相違が明らかにきれなければならないであろう。
さて、以上で、精神薄弱教育研究の位置が明らかになったO まとめていえば次のようになるで あろう。それは公教育のある発展段階での特殊教育の内容となるが、基本的には社会問題として の精神薄弱問題の研究を構成する研究領域なのである。
したがって、ここでいう精神薄弱教育研究は、精神薄弱問題に含まれる教育‑ことばの正しい 意味では発達に関係するすべての現象をとりあつかう。故に、公教育の対象とはなっていない分 野の教育的努力もその研究対象であるO例えば社会福祉施設での指導などは行政機構を越えてす ぐれた教育研究の対象となるO他にも重症心身障害児施設における療育、就学前の保育または学 校卒業後のアフタ‑ケア等もその内容はことごとく精神薄弱者の発達をいかに保障するかという
(25)
問題なのである。これらの諸問題は個々の現象としては医学・社会福祉学等の研究領域である か,そこに貰ぬく教育法則の追究にあっては制度・韻域等による区別は無意味であるO
こうして、精神薄弱教育研究は精神薄弱問題における教育法則の研究を課題とするが、ここに ひとつの問題が挺起されるO それは、現在の社会において、直接間接の公の支配のもとに展開さ れている公教育との関係である。精神薄弱教育をもっとも狭く解釈すれば、それは学校教育の場 の問題であるときれているO しかし、実際は学校教育の場にとどまらず、より広い範囲を構想し ていることは前述の如くであるが、精神薄弱教育研究を考える際に、こうした意味での学校教育 の問鬼をあらためて考えるべき段階にきた。
人間の発達に直接関係する教育の研究は、精神薄弱教育研究にとって、当然のことながら最大 の研究テーマである。精神薄弱児も人間として教育を受ける権利があり、義務教育年令において は教育の対象となることが一般的にみとめられている現在では、精神薄弱研究の中で、いわゆる
教育研究は大きな比重を占めてこなければならない。
こうして、精神薄弱教育研究はもうひとつの役割を明らかにする。即ち、すでに、精神薄弱問 題の教育法則を研究するという役割を明らかにしたが、それに加えて、かかる教育法則が、義務 教育に代表される教育の場でいかに実現していくかということを研究する役割があるのである.
かりに、前者を精神薄弱教育研究と名づけるならば、後者はそれに含まれるものであり、必ず しも適切な名称ではないが,精神薄弱学校教育研究とでもいえるのではあるまいか。ここでのね らいは、教育の場において精神薄弱問題の社会法則が如可にかかわってくるか、また、その教育 法則を実現させるのに必要な条件、それを阻害する要因等を研究するところにある。
以上で、精神薄弱教育研究の位置づけがほぼ明らかになったものと考える。それは特殊教育研 究、精神薄弱研究との関連のもとに、独自の役割を持つ研究領域として位置づけられた。したが って、私は、精神薄弱教育研究をかりに精神薄弱教育学と名づけておくO そして、ここでのべた ような大まかな性格づけをひとつの仮説として提出し、今後の研究の中であらためて考えてみた いと思う。
2、歴史研究の意義と方法論
前にのべたように、精神薄弱教育における歴史的研究が盛んになってきたのは、そう昔のこと ではない。しかしながら、従来も、精神薄弱教育の歴史についての研究がなかったわけではな
い。例えば、独立しT{文献としても、数はすくないながらも、戦前においても、すでに、石井亮
(26) (27)
一による「白痴教育発達史」や山下佐平の「精神薄弱教育史」などがある。また、一応まとまっ た研究書には、ほとんどの場合、歴史の葦がつけられているのが普通であった。このように考え ると、精神薄弱教育史研究は、既に確立した研究領域であり、方法論上も問題はないかのように 考えられる。
しかしながら、精神薄弱教育史を専攻にする研究者の立場から、こうした先行研究を相互に比 較し、現在の研究段階及びその方向を明らかにしようとすると、そこには問題が山積しているこ
とが指摘されてきた。そこでは、精神薄弱教育史研究の意義という大前提から史料の取扱い、用 語の問題まで、数多くの問題点が指摘きれたのであるO本章では、その中で精神薄弱教育史研究 にとって基本的な問題点をとりあげて検討をし問題提起としたい。
(1)問題点とその批判
まず、精神薄弱教育史研究の意義についてである。この問題は精神薄弱教育史の研究者の歴史 観及び問堤意識にかかわってくるo この点で、従来の多くの歴史研究は、その最大の課題となる チ‑マを先取りして、それに見合う史実の排列におわっているのが大部分であった.例えば、
「人類は、おそらくその出現以釆、病気や事故や遺伝のために、社会の大多数の人々のように学
し二Sl
んだり行動したりする能力のない人々をいかにとりあつかうかという問題をもっている」 。とし てその歴史をはじめるような場合がそれであるO精神薄弱教育史の課題は、このような人々が、
何故に社会的問題となったかということを歴史的に研究することなのである。もし、その事実を 前提にすることからはじまるならば、あとは、その事実をいかに説明するかということが研究の 課題となってしまう。こうした研究は法則性追求を目的とする科学としての歴史研究とは相入れ ないのである。
したがって、極端な場合はすでに存在する事実の上にたって、過去の事実を再構成して、歴史 となし、その歴史で現在の事実を説明するという循環論法がみられることすらある。かかる立場
230 精神薄弱教育史論(津曲)
の歴史は、いかに内容が豊富であっても、歴史研究の名に値しない。それが歴史研究であるため には、正しい歴史観の上にたち、明確な方法論を持っていることが必要なのである。そこでは、
歴史科学に共通な方法論があり、厳密な史料批判,その相互の比較検討の中から、精神薄弱教育 の発展法則が見出されるOそして、その法則は、一般的社会の発展法則と矛盾するものであって はならないが、独自の研究領域としての精神薄弱教育史の論理がなければならないのである。
しかるに、従来の歴史研究は、精神薄弱教育史を貰ぬく発展法則として、精神薄弱教育史とし ての相対的独自性のある論理にかえて、きわめて一般的な社会の発展法則を適用していた。例え
しごtい
ば, 「特殊教育一精神薄弱教育の興亡はヒューマニズムの興亡と軌を一にする」として、 「ヒュ ーマニズムの復興は、この方面の教育を興隆せしめ、反対にこの方面の教育が振わないところで
、Ju‑
は、ヒューマニズムが低調である。 」とする。大勢は、ここであげたヒューマニズムと医学・心 理学を中心とする科学の発達をもって精神薄弱教育の歴史法則とする。ヒューマニズムの精神や
科学の発達が精神薄弱教育を推しすすめてきたということ自体は正しい指摘であるが、こうした 一般的原則が、そのままのかたちで精神薄弱教育にかかわってきたのではない。たとえば、ヒュ ーマニズムと科学の発達の申し子であるルネッサンスは、個人の自由を認めると共にその責任を
ヽ:3小1
求め、かくて、精神薄弱と呼ばれる人々に苛酷な時代となったことも歴史的な事実としてあげら れている。問題は、こうした一般的な原則が、どのようにして精神薄弱教育にかかわってくるの か、というところにある。時代的条件、社会の体制等がかわるところではその実現の仕方が異な
る。その実現の仕方を歴史的に追求することに精神薄弱教育史の論理があるのである。
(2)問題点の克服と歴史研究の方向
前節でのべたことは、現在の精神薄弱教育における歴史研究上の問題点であった。私たちは、
かかる問題点をのりこえて、新しい歴史研究を開拓をしていく役割を持っている。以下、そのた めに二、三の根本的な問塩に検討を加える。
まず、精神薄弱問題を歴史研究の対象として明確に把握することである。そのためには、前章 でふれたように、精神薄弱問題がひとつの社会事象としてとらえられねばならない。従来は、精 神薄弱の問題は、その対策をおしすすめる観点から綜合的にとらえられることはあっても、ひと つの社会問題としてみなされることはなかった。むしろ、一般と特殊という抽象的な観点からと らえられており、社会の体制や時代の動きからは切り離されていた。精神薄弱とは、常に人口の
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・3%を占める状態像であるというように、それは超歴史的、超社会的概念とされたために、
(33)
その歴史は「精薄の問題は人類が発生した時から」はじまり、あとはそのあり方がかわるという 描き方がなされるのである。従来の歴史研究が、精神薄弱教育のあゆみ、あるいは変遷としてい
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るのは、このような歴史観にたっているからである。こうした歴史では、精神薄弱教育の発展法 則を研究するという意味はないから、その変遷を説明する論理として、例えばヒューマニズムと か科学の発達とかという一般的な論理が用いられる。前にものべたように、このような歴史や方 法論も、精神薄弱研究のある段階では大きな役割を果してきたO特に実践の数がすくない時期 に、営々として努力を重ねていた人々には大きな励ましとなったのである。しかしながら、精神 薄弱教育史がひとつの研究領域として確立するためには、歴史に対する問題意識においてひとつ の転換が必要となってきたのである。
その最も根本的な問題は、精神薄弱問題を社会問題のひとつとして認識することであるとのべ たが、この立場からすると、前述のような精神薄弱の定義をどう認識するかということが問題と
なるO勿論、ここでは精神薄弱の定義そのものについて問題にしようというのではないO例え ば、文部省の判別に関する資料では、 「精神薄弱者とは先天性、または出産時ないしは出産後早 期に脳髄になんらかの障害(脳細胞の器質的疾患か機能不全)を受けているため、知能が未発達
の状態にとどまり、そのため精神活動が劣弱で、社会‑の適応が著しく困難な状態を示している
し;151
者をいう」とされているが、これはこれとして正しいと思われる。
問題は、こうした定義自体を不変のものとして受取るのではなく、こうした定義もまた、一定 の歴史的条件のもとにおける社会的産物である、ということである。精神薄弱という言葉をとっ ても、社会的産物であり、またそれはひとつの社会的事象として、歴史の流れの中で現実に生 成・展開してきた精神薄弱問題を説明する言葉として、時代により,社会によりその意味・内
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容・範囲を変化させてきたのである。ここに、精神薄弱の問題を歴史的に研究する必要性があ る。この点にしっかりと着目することが、精神薄弱問題の歴史研究の方向をはっきりときめるこ とになるのである。
きて、次の問題は、こうして社会的産物としての精神薄弱問題の生成・発展の過程を研究する 際の視点についてである。上述のように、精神薄弱の定義自体も歴史的に生成してきたものであ るとすれば、その定義でもって精神薄弱問題の歴史研究の視点とすることは自己矛盾をきたす。
特に、精神薄弱の定義ができあがるプロセスの研究においては、最大の問題点となる。
また、この問題は、別の面からいえば、精神薄弱問題を他の社会事象と区別してなりたたせる 本質的な要因は何かということにもなる。諸々の社会問題に対して、数多くの研究領域が設定さ れ、それぞれに業績があげられている現状では、精神薄弱問題と多くの共通点をもつ社会問題が あ.ることが明らかになってきた。例えば、児童福祉の閉息、教育の問題、未解放部落の問題、母 子福祉の問題等、現象的にも内容的にも共通面の多い社会事象が提示されてきつつある。私たち は、これらの共通の問題点をもつ研究領域と協力して研究や運動を進めていかなければならない ことは当然のことであるが、それにもかかわらず、精神薄弱問題は、こうした他の社会事象の中 に全く解消してしまうことのできないということも明らかにしておかなければならない。
こうした意味で、精神薄弱問題とその他の社会問題とを区別するポイントが歴史研究における 視点としてきわめて大切になってくるのである。また、ここで、私が視点と呼んでいる問題は、
歴史研究にかぎらず、すべての研究領域で追究されねばならない問題でもあるo要するに精神薄 弱問題とは何かという根本的な問題を提起するからである。
したがって、この点を明らかにすることは、精神薄弱研究のひとつの目的でさえあるが、私 は、ここで、歴史研究に必要なかぎりにおいて、その間題にふれよう。それは、前章でもふれた ように、精神薄弱と呼ばれる人々の発達をどのように考えるかということに関係してくる。
前章で、私は、精神薄弱問題は、いわゆる「知能」の障害によってひきおこされる社会事象を 主なる特徴とするとのべた。したがって、ここでは、いわゆる知能障害及びそれによってひきお
こされる社会事象とは何かということが問題となる。
私たちは、知能というものは、どのように定義されるにせよ、人間の社会生活に関係を持って いることを知っている。また、それはある程度生得的なものであり、一定数の、集団の分布曲線 をえがけば、正常曲線に近くなることも周知の事である。そして、ここでいう知能の高低は人間 の価値にはなんの関係もないことも理論的には確かなことである。したがって、ここでは、知能 に障害を持つということは、単に比較の問題にすぎないということになる。
しかしながら、実際には、人類の歴史において、ある時代以後は、低知能であるということ
232 精神薄弱教育史論(辞曲)
は、その人の生活のあり方と密接な関係を持つようになった。ここでは、知能は抽象的な表現を
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やめて、生きて、血の出る社会的な意味を持つようになったのである0
私は、ここで知能という言葉で、広く、人間の能力一般を代表させている。こうした使い方は 厳密に心理学的ではないが、いわゆる知的能力をFP'Oとして、身体的、情緒的その他諸々の人間 の能力に関係してくるものと考えている。このようにして、能力という観点からみて人間に差が あり、その差が、その人間の生活の問塩に関係してくることが問題なのである。
このような次元では、いわゆる身体上の欠陥の故に人間としての生活に影響をうける場合も現 象的には同じである。しかし、こうした人間の諸能力の中で、いわゆる知的能力と呼ばれるもの の欠陥を軸にして展開する社会事象が精神薄弱問題なのである。したがって、精神薄弱問題を他 の社会問題と区別する視点は、知能障害をもって、人間の生活にどのような影響があるかという ことを考えることなのである。
かくて、精神薄弱問題は、知的能力に関する問題を内容とする社会事象であるということが明 らかにされた。知能障害が何故に人間の生活に関係をもつかということについては、私は、それ が人間の労働力に関係をしていると考えているo この点は精神薄弱研究の理論的研究の最大の問 題点として提起される価値があると思われる。
きて、精神薄弱問題がひとつの社会事象であるということは、見方をかえていえば、それぞれ の時代の歴史的現実の中で、実践的に展開されてきたものに他ならないことを意味している。精 神薄弱問題にとりくんだ人々は、それぞれに、その時代の歴史意識を背景にして実践にとりくん だのである。例えば、明治末期に低能児教育を日本に紹介するのに功のあった乙竹岩造は次のよ うにのべている。 「抑モ低能児教育ノコトタル刻下緊急ノ教育問題こ属ス。独り教育政策上ノ問 題タルノミナラズ、実二又社会政策上ノ問題タリ。否社会政策上ノ問誼タルノミナラズ、抑モ亦 夕延イテ刑事政策上ノ問題二開運ス。従ツテ之レガ研鎖開明ハ極メテ大切緊急ノコトタルこ拘ラ
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ズ、従来此ノ方面ノ研究ノ末ダ十分二発揮セラレザリシバ吾人ノ探ク遺感トシタル所ナリO 」明
し;川、
治42年熊本の山崎小学校の特別学級を担任し、現在も東京の郊外で精神薄弱児たちと生活をとも
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にしている荒木善次は、その著書の中で「救‑低能児」と叫んでいる。また、明治33年の小学校 令第33条で、施療・白痴・不具・廃疾を就学免除とし、病弱,発育不全を就学猶予としたのも、
当時の義務教育の就学率が90%を超え、一方では教育の内容、方法が問題になるという時代の背 景をぬきにしては論じられないのである。こうして、それぞれの時代の社会法則の中で、精神薄 弱の問題に関する理論・実践・運動などは展開した。言葉をかえていえば、精神薄弱問題は、歴 史的現象として、歴史性と歴史意識を内包しているのである。
ここに、精神薄弱問題を研究するための基礎的方法論としての歴史研究の役割と意義があるO 従来からすすめられてきた医学、心理学の研究方法と並んで、歴史的研究法が精神薄弱研究の方 法論として位置づけられることが必要なのである。
(3)歴史研究の方法論
精神薄弱教育史がひとつの研究者域として確立するためには、その方法論が確立しなければな らない.したがって、歴史的研究法がとられるとすれば、そこでは、現在の歴史学における方法 と成果を無視しては成りたち得ないのは当然である。しかし、一方では、こうした一般史の研究 方法や成果を、そのまま,精神薄弱教育の歴史的研究にもちこむことも正しい方法ではあり得な い。そこには、科学としての歴史学の方法論と、精神薄弱教育研究の相対的な独自性から、精神
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薄弱教育史の方法論がうちたてられるべきであろう。
まず、問題意識に関してであるが、これについてはすでにのべた。要するに、精神薄弱教育史 の研究者が、精神薄弱問題を現在の社会事象のひとつとして認識するということが大切である。
そのた馴こは、歴史を専攻する研究者であっても、常に現在の精神薄弱の問題に目を向けていな ければならない。こうした研究者の姿勢があってはじめて、歴史が単なる昔の物語におわること なく、現在の問題点にかかわる生きた歴史となることができるのである。
次に史料の問題がある。どの分野でも、歴史研究と名がつけば、その史料のあつかい方如何が 歴史研究の死命を制するといってよい。特に、これまでの精神薄弱教育史にあっては、史料問題 は、どちらかといえばあまり重くみられていなかったので、この点は大いに検討されねばならな
111・
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まず、史料の蒐集の問超である。歴史研究にあっては、当然のことながら、関係する史料はで きるだけ多く、かつ、広範囲にわたることがのぞましい。しかし、精神薄弱教育史が、一般史で はなく、ひとつの個別史である以上、おのずからそこには一定の限界がある。その限界をどこに おくかということは、基本的にはそれぞれの研究者の問題意識にまつところであるが、大まかに いえば、前にものべたように、知能障害を主たる要因とする社会事象に関するすべてのものが史 料となる。
したがって、そこでは、精神薄弱問題を第一義的にとりあつかっているかどうかということは 大きな問塩ではないO これまでの歴史研究では、史料として、すでに白痴問題、低能児問題、精 神薄弱問題をとりあげた文献を中心的な史料とするような方法があった。勿論、こうした文献 は、史料として見すごすことのできない価値を持っている。しかし、それだけを史料と考え、他 との関連なしに歴史を書くことは大きな間違いである。こうした方法では、ひとつの社会事象と して、その時代の社会状況の中でとらえられねばならない精神薄弱の問題を貰ぬく法則性を追究 することができなくなるのである。
史料蒐集の次の問題は、かたよりをいかにしてふせぐかということであるO種々の社会問題の 碑でも、精神薄弱の問鴇は、どちらかといえば、常に片隅の問題であった。近ごろでこそ大きく
とりあげられるようになったが、つい最近までは、精神薄弱問題にとりくむ人といえば、ごく少 数の、それも民間の有志の人々であったO したがって、精神薄弱問題に関する史料をのこしてく れた人々の層にかたよりがあることは否めない事実である。精神薄弱問題に消極的だった行政の 側の資料や、同じ陣営にありながら、冷淡であった人々の資料が、史料としてあつめられなけれ ばならないのである。例えば、戦前の教育書で、精神薄弱教育について触れたものの数はきわめ てすくないが、こうした事実を明らかにするためにも、精神薄弱教育をとり扱っていない教育書 を史料として位置づけることが必要となってくるのである。
要するに、史料の蒐集は、研究者の問題意識のもとに、できるだけ広範囲におこなわれなけれ ばならない。しかも、その範囲は、文献はいうに及ばず、器具、建物等にまで手をのばさねばな
らないのである。
次に史料批判の問題がある。いかに史料が豊富でも、その信葱性が疑われてはそれは史料とし ての価値はない。史料の信葱性、その史料が一次史料か二次史料かという問題等が慎重に検討さ れねばならない。
この問題は特に従来の精神薄弱問題の歴史的研究が史料批判の点であまりにも粗雑であったと
234 精神薄弱教育史論(津曲)
ころから、より一層こころしなければならないのであるO史料批判をいかに厳密におこなうかと いうことに、精神薄弱問題の歴史的研究を科学として確立するカギがかかっている。その意味で 精神薄弱教育史の現状は、この段階にとどまっているというべきである。
このような作業によって史料が確定すると次には、史料相互の因果関係を検討し、それをひと つの法則性のもとに再構成する仕事がある。これが、総合と呼ばれる段階で、記述の作業を含め て歴史研究の中核的作業をなしている。
ここでいう綜合の作業がどのような手順でおこなわれるかということもひとつの問題である。
当然のこととして考えられるのは、史料相互の時代的な前後関係、史料に内在する原因と結果の 規定関係、思想の系譜、人脈等があるであろう。この他にも、精神薄弱問題にとって、欠くこと のできない作業があるかも知れないし、特に重視すべき手順もあるであろうO例えば、精神薄討 問題は、きわめて実践的性格の強いだけに、実践者の思想、人物研究は欠かすことのできない作 業なのである。
こうした手順の問題は、史実が確定してくる段階で、より詳細になってくるものである。精神 薄弱の問題の歴史的研究が、史実の確定をもって目下の研究課題としている現状では、まだまだ この総合の作業の見通しはつかない。これにつづく記述のあり方と並んで、今後の研究課題であ
る。
Ⅱ 歴史的研究法と精神薄弱教育史
前章において、精神薄弱教育研究の位置と、研究の方法論としての歴史的研究法の可能性とそ の問題点についてふれた。したがって、ここから、精神薄弱教育史研究の意義をひきだすのは容 易なことのように思われる。
しかし、前章で、精神薄弱研究と精神薄弱教育研究との関係を明らかにしたように、同じ歴史 研究といっても、この両者の研究における歴史研究の違いはあらためて確認されねばならない。
従来の精神薄弱教育史は、この二つの研究における違いを区別することがすくなかった。学校
し」1、
教育の枠内での精神薄弱教育史を意図する場合は別として、多くは、精神薄弱の諸問題をそのま
しLI‑ド
まとりあげている。
しかしながら、精神薄弱教育研究の位置づけが問題となっている本論文では、その歴史研究と しての精神薄弱教育史と他の歴史的研究債域との関係を整理することが必要となってくるO
前章では、精神薄弱教育研究を特殊教育研究及び精神薄弱研究との関係で論じた。したがっ・
て、精神薄弱教育史を、精神薄弱教育研究の歴史研究とするならば、特殊教育及び精神薄弱研究 における歴史研究との関連で論じられねばならぬ。
そのまえに、まず、上で前提としたところの、精神薄弱教育研究の歴史研究と精神薄弱教育史 との関係を考えてみよう。
すでに、明らかにしたように、精神薄弱教育研究は、精神薄弱問題における教育法則を研究す るものであったo次には、こうした役割を可能にする精神薄弱教育研究の方法論が問題になるp が、大きくわけて、実験・調査・歴史・理論の窓口になると考えてよいのではあるまいか。これ
らは、それぞれに他の方法と関連しつつ、相対的に独自の役割を持っているというべきである。
さて、問題は、ここでいう歴史研究法が、精神薄弱教育の基礎的方法論であるかどうかという
ことである。 蝣<"‑
そのためには、まず、前章で、精神薄弱問題と歴史研究に関してのべたように、精神薄弱教育 もまた、その歴史性と歴史意識を抜きにしては論じられないということが指摘される。精神薄弱 問題の教育法則は、それぞれの時代の特徴や社会の状況から切り離して論じることは意味がない ばかりか、まちがいでさえある。
このようにして、精神薄弱教育研究において、その歴史的研究は不可欠の方法論となるのが、
この方法論によって成り立つ研究を精神薄弱教育史と呼んでいるのであるo したがって、精神薄 弱教育史は、厳密に歴史的研究法をとり、精神薄弱教育の生成発展の法則を研究することを基本 的な役割としている。
このように規定される精神薄弱教育史は、精神薄弱問題の歴史研究と区別されるO後者は、精
しH1.、
神薄弱問題そのものの発展法則を研究する領域であり、私たちは、仮りに、精神薄弱問題史と名 づけている。精神薄弱教育史が、精神薄弱教育研究を構成する研究領域であるのに対して,精神 薄弱問題史は、精神薄弱問題の個別の分野、例えば、法律、児童福祉、教育、医療、心理学等の 分野の史実を通して、精神薄弱問題の発展法則を明らかにしようとする研究範城である。
きて、最後の問題は、精神薄弱教育史と特殊教育史の関係であるが、この点はすでにふれたと ころから明らかである。即ち、この両者は、多くの面で重なり合ってはいるが、全く同じではな い。特殊教育史はあくまでも公教育の歴史研究の一環であり、独自の法則性追求の役割があるの でJr>る。
Ⅳ お わ り に
以上で、精神薄弱教育史研究において、整理すべきことは一応おわったQはじめにのべたよう に、間道は、単に、精神薄弱教育史論にとどまっていない。精神薄弱のすべての問題が関係して くる。ひとつの問題提起とすると同時に、これを糸口にして、実質的な精神薄弱教育史研究に入 りたいと考えているO
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( 1)昭和38年設立、事務局は、東京教育大学特殊教育学研究室にある。機関誌「特殊教育学研究」 (年刊) 会員は①盲弱視、 ⑨ろう難聴、 ⑨精神薄弱、 ④肢体不自由、 ⑤病弱虚弱、 ⑥言語障害、 ㊦行動問題、 ⑧一 般の八部門にわかれている。
(2)例えば次のような文献がある。
三木安正編(1966) :精神薄弱児の教育:東大出版会、第4葦、 § 1 、精神薄弱児教育の発展
Kirk, S. (1951) : Educating the Retarded Child : Houghton MiffHn Co. Part Two. The Development of Educational Programs.
< 3) 1 、津曲裕次(1960) :精神薄弱者問題の歴史的研究に関する一考察:東京教育大学教育学部特殊教 育学科、卒業論文
2 、津曲裕次(1964) :精神薄弱教育史研究H、歴史観及び方法論の問題:精神薄弱問題史研究紀要第 1号.'精神薄弱問題史研究会 p.7‑14
3 、津曲裕次(1965a) :精神薄弱教育史研究口、 「歴史」の構成に関する考察H :精神薄弱問題史研 究紀要第2号 p.4‑16
4 、津曲裕次(1965b) :精神薄弱教育史研究日、 「歴史構成の問題0」 :精神薄弱問題史研究紀要第 3号 p.3‑15
236 精神薄弱教育史論(津曲)
(4)例えば次のような文献がある。
Stevans, H.A. and Heber, R.(1964) : Mental Retardation : The University of Chicago Press.
Rothstein, J.H. (1964) : Mental Retardation : Holt, Rinehart and Winston.
園原太郎他(1966) :精神薄弱児のために:日本放送出版協会 久保田、寺田共著(1966) :精神薄弱児:特殊児童双書I :明治図書
( 5 )松岡武編著(1960) :精神薄弱児の教育一特殊教育を進める上の基本問題について‑ :東洋館出版 社、久保田,寺田共著(1966)などがある。
(6)西谷三四郎(1955) :精神薄弱児:教育大学講座29、特殊教育:金子書房 (7)新堀通也(1952) :特殊教育概論:柳原書店
(8)例えば次のような文献をとってみても特殊教育についてはほとんどふれていない。
宮部正夫(1950) :精神遅滞児の教育:時事通信社 三木安正編(1966)
( 9)この点に射して樋口長市は1924年に次のようにいっているo 「普通教育は専門教育実業教育に対する 語であって、身心の普通な児童青年に対して施す教育といふ意味ではなく、特殊教育は身心の特殊な児童 青年に対して施す教育といふ意味であって、普通教育に対する語ではないo 」 (樋口長市、 1924 :欧米の 特殊教育:目黒書店、 p.5)
(10)中野善達・加藤康昭共著(1962) :わが国特殊教育の成立:東峰書房、第二編第八等参照。
渡辺政盛・守屋貫秀共著(1930) :最新教育辞典:大同館書房によれば、 「特殊教育とは、特殊なる児童 に対する教育を意味し・‑‑・ 『盲人の教育』 『聾唖の教育』 『天才教育』 『低能児教育』 『林間学校』 『露 天学校』 『船上学校』 『休暇殖民』 『感化教育』等の如きものである」というo また、子守教育について
は、雑誌「信濃教育」 (信濃教育全発行)第903号、特殊教育特集、 1952 : 2参照,
(ll) Cruickshank, W. M. and Johnson, G.O. (1958) : Education of exceptional children and youth, Prentice‑Hall, Part two.
Jordan, T.E.(1965) : The Exceptional Child : C.E. Merrill. Part three等がその例である。
(12)岩田茂樹・野呂正共著(1966) :英才児:特殊教育双書Ⅵ :明治図書。
(13)これまであげた特殊教育関係の研究はいずれもその方向を示している。ここでは、イギリスの文献を あげるD
Jackson, S. (1966) : Special Education in England and Wales. :Oxford University
P】ress.
(14)この点は本論のテ‑マではないが、いずれ明らかにしたいと考えている。
(15)文部省初等中等教育局特殊教育課(1966) :特殊教育資料、 p.4
(16)全日本特殊教育連盟他編(1965) :精神薄弱者問題白書、 1965年版、日本文化科学社、 p. 17 (17)精神薄弱児対策基本要綱(1953)次官会議決定o
(18)昭和34年(1959)年3月、精薄三団体及び関係官庁・マスコミ関係者によって設立される。
(19)精神薄弱福祉審議会(1966)精神薄弱者福祉対策の推進について(中間答申) (20)一番ケ瀬康子(1963) :アメリカ社会福祉発達史、光生館、 p.2
(21)この点に関しては、第15回日本社会福祉学会(1967、 ll)で、 「 『精神薄弱問題史』の可能性と方法 論‑ 『精神薄弱福祉学』の試み‑」として発表したo
(22)海後勝雄編(1956) :教育学‑その課題と方法一束洋館出版社、 p. 41
(23)津曲裕次(1967) :精神薄弱教育史Ⅱ、成立過程の研究その2‑特別学級と特別学校の場合‑ :日本 教育学会第26回大会発表:集録48頁
(24)小宮山倭(1962) :精神薄弱児教育の意義と目標:精神薄弱児講座2 :日本文化科学社、 p.4
(25)これらの問題に関して、発達保障研究という立場からの研究がある。例えば、田中昌人(1964‑1966) :精神薄弱の発達1‑18 : 「愛護」 No.76‑100 :日本精神薄弱者愛護協会
(26)石井亮一(1918) :白痴教育発達史: 「精神異常者と社会問題」 :中央慈善協会。これは、石井筆子 他編(1940)石井亮一全集、西村書店、第一巻に収められている。
(27)山下佐平(1922) :精神薄弱教育史: 「藤岡真一郎編:促進学級の実際的研究」 :東京啓発舎所収 (28) Kirk, S. (1951) :p.69
(29)高橋省己(1961) :特殊教育:三一書房、 p. 189
<30)高橋省己(1961) :p. 190
(31)西谷三四郎(1960) :精神薄弱の医学,創元社、 p.176 (32) Stevans, H.A. and Heber, R. (1964) : p.2
(33)杉田裕(1955) :精神薄弱児の教育史:東京都立教育研究所編、講座特殊教育:明治図書
(34)たとえば、杉田裕(1960) :精神薄弱教育の変還:辻村泰男編、精神薄弱教育講義録:日本児童福祉 協会
(35)文部省初等中等局特殊教育課(1966) : 」・>身障害児の判別と就学指導、昭和41年度講習会テキスト、
p.32
(36)一番ケ瀬康子(1963) :p.2
(37)津曲裕次(1963) :アメT)カ精神薄弱教育史「白痴学校」の成立過程とその考察I: 「精神薄弱研究」
No.62、 1963、 12、日本文化科学社、 p. 26
<38)乙竹岩造(1908) :低能児教育法、全、目黒書店、 p.1‑2 (39)この年代には異説がある。
(40)荒木善次(1935) :低能児教育の実際:文川堂書房、 p.20 (41)吉田久一(1962) :日本社会事業の歴史:勤葦書房、 p.8 (42)津曲裕次(1965b) :p.6‑14
<43)たとえば、渡部政盛、村中兼松(1935) :精神真因児教育の史的概観: 「精神真因児の教育」啓支社 第九章
<44)いままでのべた歴史関係の文献の多くは、このような形をとっているが、この他にもあげれば、次の ようなものがある。
長野幸雄(1951) :知能異常児教育史: 「知能異常児」 :東洋書館、第四葦
Davies, S.P. (1959) : The Mentally Retarded in Society : Columbia University Press.
(45) 1964年には,精神薄弱問題史研究会が、教育・医学・心理学・社会福祉学の箭域の歴史研究者によっ て結成された。年に一回の研究会と、研究紀要(年2回)を出している。
(昭和42年9月280受理)