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2 危険認識の構築

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埼玉大学紀要(教養学部)第43巻第2号 2007年

 現時点[07年]で新型インフルエンザの 大流行が起これば,“最悪のシナリオとし て, 世 界 全 体 で1億5000万 人 に も 及 ぶ 死 亡者が出る”との国連による試算がある.

日本でも厚労省によると64万人,オース トラリアの研究者によると210万人の死亡 が予測されている(岡田:279).

 1918年のインフルエンザに比べればHIV などはたわいもないものだ.HIVが深刻な 病気じゃない,というつもりはない.だが,

インフルエンザはエアロゾルで伝播する という事実は,抑止策がないことを意味す る.HIVについては,用心すればいいのだ.

ポリオなら,上水道をきれいにすればい い.CJDなら牛を処分すればいい.ところ が呼吸器感染のウィルスはそうはいかな い(オックスフォード[デービス:166]).

1 既知の恐怖と未知の脅威

1976年1月中旬,米国ニュージャージー州陸 軍訓練センター,フォート・ディックス(以 下FDと記す)で,若く意気盛んな新兵D.ルイ スが,めまい,吐き気,疲労感,発熱,筋肉 痛などの典型的なインフルエンザ(以下フル)

の症状を示す.ルイス以外の何人かの新兵も 同様な症状を示し,基地内の医務室で休憩す る.同月末までにおよそ300人の新兵が,入院 あるいは宿舎で安静する事態になる.2月上旬,

医務官はルイスに48時間休息するように命令 するが,負けず嫌いの彼は,厳冬のなか徹夜 の歩行訓練に参加する.数時間後に彼は倒れ 基地内の病院に収容されるが,しばらくして 死亡する.

これが,米国公衆衛生史上,最大の経費を かけた「全国インフルエンザ予防接種計画The National Influenza Immunization Program」(以 下「計画」)の起点となる事実である.身体頑 健な新兵たちにフルが流行し,そのうちの1人 が死亡したという事実は,「史上最悪」(クロ スビー ),「4千万人を殺した戦慄」(デイヴィ ス)のスペインフル(18-19年)が再来する危 険へ構築されたのである.兵士たちから,ス ペインフルの原因とされていた, R.ショー プによって30年代に分離されたブタフルウィ ル ス が 検 出 さ れ た(Neustadt&Fineberg :124;

Silverstein :26)からである.連邦政府は,

公衆衛生関係者を招集して緊急会議を次々に 開催し,100万人以上の死者が出ると警告する.

そして13,500万ドルという空前の予算を計上 して,米国全国民(21,300万人)にワクチン を接種するという,前代未聞の「計画」を直 ちに立案し実行する.フルシーズンの秋(9月)

までに,全国民のワクチンを生産するには,

最低限半年間を要するからである.再選(76 年は大統領,上院3分の1,下院全員改選の年)

を目指しながらも予備選でレーガン,カーター に苦戦し,それまでのフル対策が不十分であっ たことを(57年7万人,68年3.4万人それぞれ

既知の恐怖による「危険トラップ」―米国ブタインフルエンザ 対策における危険構築

深 澤 建 次*

* ふかざわ・けんじ

 埼玉大学教養学部教授、社会学

(2)

死亡) を思い知らされたG.R.フォードは,勝 ち目のない状況(Non Win Situation)に追い 込まれる.「戦慄」のフルが再来すれば,たと えいかに周到な対策を実行しても,万全はあ りえず非難されるし,再来しなければ,税金 の無駄遣いと罵倒されるからである.フォー ドが,前者を選択したのは当然である*1.しか しながら,恐れられたスペインフルは,米国 内ではもとより世界でも全く流行しなかった のである.のみならず開発されたワクチンは 年少者に効かなかったばかりでなく,接種の 副作用(「ギランバレー症候群」)で死亡する 人々が現れ,結局,「計画」は同年末に中止され,

翌年フォードは退任する.

「保健政策事例研究の古典」といわれる「計 画」に対する評価は,肯定的(e.g.Silverstein) な も の と, 否 定 的(e.g. Neustadt&Fineberg) なものに大別することができる.どちらの評 価にも私の第一義的な関心はない.私は,「計 画」を「危険」という視角から再構成し,こ の作業を通じて,危険概念を検討し,その生 産性を高めるための模索をしたいのである.

なぜなら危険が未来にかかわるのは確かだ としても,この構築に過去の悪夢が想起され,

それが決定的意義を持つことがあるからであ る.U.ベックはいう.

 危険意識の根源は,現在にあるのではな く未来にある.危険社会において,過去は 現在に対する決定力を失う.決定権を持 つのは未来である(ベック[Beck]98:47).  危険概念は,過去,現在,未来の関係 を逆転させる.過去は現在を決定する力 を失う(Beck06:65).

  事 実 と ま だ 確 定 で き な い 脅 威 の 未 来 が,現在の行動に影響力を与えるパラメー ターになる(:75).

なるほど,もはや安全ではない,かといっ て破局でもないというアンビバレントな事態 で構築される危険*2において,未来が第一義に なるのは当然である.けれどもうえの「計画」

を危険構築の 1つと考えるならば,現在への決 定力を過去が失うとは限らないのも明瞭であ る.潜在的脅威が現実化するのは未来だとし ても,その危険の構築(予測・認識)に,過 去に経験した恐怖が無力になるとは限らない.

かつての感染症が「よみがえる」(竹田:15-20) ことがあるし,戦後の世界的潮流に反するわ が国独自のハンセン病対策のように,戦前の

「らいの恐ろしさ」を再構築して強化する(深 澤06a)こともあるのである.これらは,いず れも現在に対する過去の決定力を例証してい る.

後期工業社会によって産出される制御でき ない,地球温暖化を中心にしたベックの危険 概念には,それが現実化する次元(未来)を,

そのまま現実化する方法(知識)に妥当させ る,という短絡がある,少なくとも,誤解を まねくおそれがあるように思われる.たとえ,

再帰的近代化の段階だとしても,そもそも未 知の脅威を予測する手段は,過去から現在に 至るまでに累積されてきた知識(情報・言説)

以外にありえない.人間の知識は「われわれ がすでに受け入れているものに準拠しない限 り,いかなるものも正当化されない」(ロー ティ :194)し,あらゆる正常な知覚形態は・・・

としての知覚であり,知覚者は知覚される客 体をある程度まで多かれ少なかれ慣れ親しん だカテゴリーに同化する,それゆえ,すべての 病理的ではない形態の意識は,親近性の様相 に 即 し て 経 験 さ れ る(Searle:133)の で あ る.

だとすれば,危険構築に過去の経験が,内包 されるのは必然である.たとえ,これまでの

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加害責任,安全性,防災体制,被害の抑制な どの基準の見直しが余儀なくされ,それゆえ これらの基にある知識が白紙に戻されるとし ても,新たな基準は,過去の基準を基盤にす る以外に生まれえるだろうか.

そればかりではない.過去に現実化した既 知の恐怖は,未知の脅威とは対照的性質を帯 びるのである.ベックはいう.

 危険はどのような解釈も可能であり,

どのような因果関係の推定も可能である

(ベック98:87).

 危険は(現実化していない限り)いつで もないものと否定解釈することができる (:119).

 危険は知識の中で成立するのだから,知 識の中で小さくしたり大きくしたり,あ るいは意識から簡単に排除したりするこ とができる(:120).

 危険を虚構と想定する限り,われわれ はその無限延期という“本質”を理解す ることができる(Beck06:64).

未知の脅威に関する限り,以上が妥当するの は明らかである.同時に,過去に経験した恐 怖に関する限り,妥当しないのも明らかであ る.既知の恐怖は,トラウマ化して大きくす ることはありえても,小さくすることは不可 能,少なくとも困難であるのは否定できない.

FDのフル流行がスペインフルの「戦慄」にひ とたび結合されれば,その瞬間に,これを虚 構化して否定し無限延期することはできなく なるのである.換言すれば,スペインフルの「戦 慄」,「らいの恐怖」,「よみがえる」感染症を「い つでもないものと否定解釈する」ことはでき ないのである.

そもそも,見えない「危険」が見える「効用」

に対抗できないように,「危険がない」は「危 険がある」に対抗できないのである.潜在的 脅威の可能性がいかに小さい事態に対しても,

「危険がある」(「危険はゼロではない」)は容 易で無難である.対照的に,「危険がない」は 困難で勇気を要する.この対照性は,危険論 議が興隆すればするほど,すなわち危険につ いての知識が累積すればするほど,明瞭になっ ていく.たとえば,アルプスやヒマラヤの氷 河が後退し,水没する恐れが現実化している 国が出現し,「京都議定書」の次の「削減枠組 み」が国際的に議論されている今日,「地球は 冷却している」と主張することは,不可能で はないにせよ,困難であるのは明らかだ.ま た,今日は,冒頭に引用したように,スペイ ンフルよりもさらに深刻な高病原性の鳥フル ウィルスが,ヒトウィルスに突然変異して人 類を襲う「フェイズ4」の前夜(「フェイズ 3」) である(岡田:23-24),というWHOの警告を,否 定できる人がいるだろうか.危険の定説化に 比例して,それを否定することは,困難になっ ていくのだ(ラトゥール:69; 288-89)*3

以上のように,過去に現実化した恐怖,そ してそれを否定する難しさという論点を,具 体的に明確してその内包を検討するために,

本論は,米国の76年のブタフル対策(「計画」) に注目する.この場合,むろん,対策の経緯を 逐一的に追跡することはしない.その作業はす でに行われている(e.g. Neustadt&Fineberg;

Silverman;ギャレット;デイヴィス)からで ある.私は,対策の構造を図式化する作業を通 じて,危険が構築され存続し消滅する過程に関 心を持つからである.記述は次のように進めて いく.第2節は,小規模・短期の, FDのフル流 行がなぜ「戦慄」のスペインフルに結合され たのか,すなわち危険認識の構築過程を追跡 する.薄弱なウィルス学的また疫学的根拠に

(4)

も拘わらず,なぜFDフルは,スペインフルの 再来とされたのかを解明する.第3節は,この 危険認識の正当化過程を追跡する.この過程 のキーワードは「主題」である(深澤04).第 4節は,認識から対策の実践過程へ焦点を移す.

そして深まる疫学的そしてウィルス学的疑義 に加えて効能も疑われたにも拘わらず,なぜ ワクチンの生産が続行されたのかを解明する.

ここでも「主題」に注目する.そして理論と 実践の関係について検討し,理論はそれ自体 としては,実践に対抗できないこと,ひとた び実践に移された対策を,再考させる契機は,

実践の結果として生ずる失敗以外にないこと を明らかにする.そして最後に,以上の3つの 作業は,危険概念へいかなる内包を有するの かを検討して,1つの問題提起を行う.

2 危険認識の構築

FDのフル流行が,60年前のスペインフルの 再来の危険として認識される過程を解明する 前に,2点指摘しておきたい.

第1にフルは,エイズ,狂犬病,ハンセン 病,水俣病とは異なって,自他ともに忘却さ れやすい病である.フルは,流行が早く危険 認識のないままに終焉(ヒットエンドラン)し,

罹患率と死亡率(2-3%)には大きな乖離があ るばかりでなく,後遺症・スティグマを残さ ないからである.事実,世界で4000万人以上(1 億という推定もある[岡田:70])の死者を出し た「戦慄」のスペインフルも「忘れられたパ ンデミック」なのである.いかなる疫病,戦 争であれ,1年足らずの間に,4000万人以上の 命を奪った例は,このフル以外にはない.にも 拘わらず,スペインフルが,50万人の死者を 出した米国の人びとに恐れられたことは,当 時も以降も 1度もないのである(クロスビー : 382-83).死が自明視される大戦中を考慮して

も,例えば,18年12月の20名にみたない死者 を出した路面電車の事故を,新聞は大見出し で取り上げるが,このフルがNYの新聞の第1面 に載るのは,1日500-600人の死者が出たときだ けなのである(:386).

忘却されやすいのがフルだとすれば,第2に,

FDのフル流行は,「たかが風邪」と放置されず に,凝視され「忘れられた戦慄」を想起させ たはずである.凝視を促したのは,健康で頑 健な10代の若者がフルで死亡することはめっ たにない,という経験的知見である.毎年何 万人もフルに罹るが,死亡するのは,通常,

高齢者・病弱者・幼児など免疫力の弱い人に 限定されるからである.換言すれば,従来の 知見に反して若者が患者であるという事実は,

通常のフルと異なる新型フルの発生ではない かという疑惑を引き起したのである.それは,

80年代の初期に,若者には無縁なはずのカポジ 肉腫・カリニ肺炎が,健康な若いゲイに集中発 生したときと同じである.むろん,双方への 認識と対策は対照的である.前者の患者は軍 人*4,後者の患者はゲイだからである.病の 深刻さではなく罹患者が誰であるかによって

(e.g.日本の血友病患者),さらにいえば,罹 患者がどこに居住するかによって(e.g.水俣 病),危険の認識と対策は異なるのである.

そもそも緊張と集住というフルの蔓延しや すい,にも拘わらず,たえず一朝事に備えな ければならない軍隊において,フルは,学校 以上に要注意事項である.そればかりではな い.米軍には,スペインフルを忘れることが できない理由があったのである(山本:59).た とえ一般には「忘れられ」ても,米軍は,第 1次大戦中,敵弾でよりも,このフルで多くの 死者を出した(Silverstein:1),という苦い体 験を持っていたからである.あのときも兵士 を中心にした若者が狙い打ちにされたのであ

(5)

る.この悪夢の再来を恐れていた米軍は,第2 次大戦直前(41年),すでに「フル委員会」(後 の「陸軍防疫会議」)を設立し,ワクチンの開 発を急いでいたのである.そして47年のパン デミックのときの,従来のワクチンの効能が 十分ではなかった,という経験が「抗原シフト」

という概念を産み出したのである(Dowdle:1).

フルに敏感な米軍は,その研究でも指導的立 場にあったのである.

そ れ ゆ え, 若 い 兵 士 間 の フ ル の 集 団 発 生 を,FDの医務官は放置できず,新型フルの発 生ではないかと疑ったである.実際,兵士た ちのフルを凝視していた医務官J.バートリー は,患者のうがい洗浄液19本を,直ちに,州 衛生局へ送付し検査を依頼している(1/29-30, [Neustadt&Fineberg :123]).衛生局は,その 大半から当時流行のウィルスAH3N2(Aビクトリ ア)を検出するが,7検体は判定できずに「連 邦疾病予防センター CDC」へ検査を委ねるので ある.そしてセンター研究部は,ルイスを含 む4検体から,30年代にショープによって分離 されたブタフルタイプのヘマグルチニンを検 出するのである(2/12).この結果は,その日 の晩に,CDC長官D.J.センサーに電話で報告さ れている.そしてその翌日, 同研究部は,4検 体にブタタイプのAH1N1(:123-124)型ウィルス を確認する.直ちに研究室長W.R.ダウドルは,

センサーの要請にしたがって,全米の主要な 科学者・保健当局者にこれを通知して,急遽 設定した翌日の会議に参加するよう呼びかけ ている.センサーを筆頭に連邦政府保健当局 は,いかにブタフルを恐れていたかが,以上 の2日間の事態から明瞭である.実際,この2 日,正確には2月14日のセンサー主催の緊急会 議が,「計画」の実質的な起点なのである.

FDウィルスは,大規模なパンデミックを起 こしやすいA型,しかもH3N2から二重に「抗原

シフト」した,すなわち新型フルを示唆する H1N1型だったばかりではない.ショープのブタ フルと同じ亜型だったからである.そして第1 次大戦以降当時に至るまで,彼のブタフルウィ ルスがスペインフルの病原であるという理論は,

誰もが異を唱えることのできない定説だったの である.32年ブタフルの発症実験に成功した ショープは,35年,18-19年の流行期を生き延び た人たちは,ブタフルの抗体を有しているが,

20年以降に出生した人たちには抗体がないこ とを根拠に,スペインフルの原因は,ブタ由 来のウィルスだと主張したのである(ギャレッ ト:230).そしてこの理論を,最初にヒトフル ウィルスを分離した英国のW.スミス,C.H.アン ドリュース,P.P.レイドローも認めているの である.彼らは,35年,ロンドン在住の,18 年パンデミックを生き抜いた人々に,ブタと の接触があったとは考えられないにも拘わら ず,ショープウィルスに対する高レベルの抗体 が存在することを発見したのである.他方で,

10歳以下(誕生時にスペインフルは疫学統計的 に終焉していた)の子どもには,抗体を明確に 持っていると断言できる子どもは1人もいない ことを確認したのである(クロスビー :376).

加えて,18年に,全米で何万頭ものブタがフ ルで死に,ブタフルの新株が出現したという 知見もあるのである(デイヴィス:74;クロス ビー :366).それゆえ,「スペインフル=ブタ フル」は,少なくとも当時においては,疑い ようのない確立された既知の知見なのである.

4検体から検出された,ブタフルタイプのヘマ グルチニンそしてウィルスH1N1型は,この知 見の例証になるのである.そしてこの例証は,

反転して,「スペインフル=ブタフル」の正当 性をさらに強化したのである(Garfinkel:78). 敷衍しておけば,ニュージャージー州衛生 局研究室長M.ゴールドフィールド率いる研究

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チームは,FDの新兵の一部が,ショープウィ ルスを中和する抗体を持っている,すなわち 18-19年の流行期を生き延びた人たちと同じ 条件であることを明らかにしたのである(ギャ レット:230).また陸軍は,3月上旬FDのほぼ 500人がブタフルウィルスに暴露されたと判定 (Neustadt&Fineberg :125)しているのである.

こうして,FDフル流行のごく初期の段階(2月 中旬)で,そのウィルスは,スペインフルウィ ルスと同一,少なくとも極めて関連性が強い と 判 断 さ れ た の で あ る. そ の 結 果,「76年FD ウィルス=31年ショープブタウィルス=18年 スペインフルウィルス」が構築されたのであ る.記者会見(2/19)でCDCは,FDでブタウィル スが検出されたと発表するが,18年パンデミッ クへの言及を避けているのは確かである.け れども記者からスペインフルとの関係を追及 されると,これを認めているのである.そし て翌20日のメディアは,初めてFDフルを取り 上げ,FDウィルスとスペインフルとの関連を 報道し,FD事態は人びとの耳目を集める問題 になるのである(Neustadt&Fineberg :125 ; Silverstein:27).

さらにうえの図式は,権威者E.キルボーン (NYマウント・サイナイ病院)の「正確な11年 サイクル説」と「jet spread説」(Silverstein :29)で補強されたのである.実際,46,57,68 年の各パンデミック間の間隔が11年であるこ とは誰もが認めざるをえない.WHOもこの理論 を支持していたのである(Neustadat&Fineberg :2).そして人口増,移動増はフルウィルスの 変異・進化を促進する,という主張も同様に 反論しにくい(デイヴィス:315).だとすれば,

68年から11年を経ずに,パンデミックが来襲 してもおかしくないことになる.彼は2月にNY タイムズに寄稿し,「公衆衛生に関わる人たち は,これ以上ぐずぐずせず,差し迫った自然

の災厄に対処すべきだ」(ギャレット:233)と 警告するのである.

加えて,A型ウィルスは80年周期で再来する という理論も存在していたのである.これに よ れ ば,57年 の「 ア ジ ア 風 邪 」 は1889年 の,

68年「香港風邪」は1898年のウイルスの再来 (Neustadt&Fineberg :5-6)で あ り,FDフ ル は 18年スペインフルの再来であるという推測も 成り立つのである(Dowdle:1).

けれどもうえの図式の2つの等号には,留意 が必要である.まず前者「FDウィルス=ショー プブタウィルス」の等号レベルは,A型ウィル スの亜型である.だからといって,双方の実 質が同一であると断定するのは早計である.

同一つの亜型内でも「抗原ドリフト」による 変異がありうる,すなわち,感染力,伝播力,

毒力が変りうるのである.因みに,4波来襲し たスペインフルの場合,18年春の第1波の被害 は軽微だったが,同年8月の第2波は,第1波と は比較にならないほど強力な毒性,最悪の致 死性(高い場合20%を超える)のフルへ変異して いる(山本:53)のである.フルは「気まぐれな 疾 病 」(Neustadt&Fineberg)な の で あ る.逆 に いえば,当局は,18年同様,2月中旬,すなわ ちフルがFD基地内に限られていた段階で,最 悪の致死的な第2波を恐れていたのかもしれな い.けれども実際には,全く来襲しないのは,

周知のとおりである.FDウィルスとブタウィル スが,厳密な意味での等号で結ばれえないこ とは,当時の研究者も認識していたことを確 認しておく.CDCの研究責任者ダウドルは,ル イスのウィルスが,ショープウィルスに類似 性を持ちながらも,交差反応していたことを 認識していたのである(ギャレット:237).こ れが最初の等号についての留意である.そし てまた後述のように,保健当局も双方の差異 を明確に認識していた,否,させられるので

(7)

ある.

第2の「ショープブタウィルス=スペインフ ルウィルス」の等号レベルは,うえにも述べた ように,抗体である.スペインフルウィルス のサンプルは手元になかったのである.ショー プウィルスとFDウィルスは,直接的な比較対照 ができたのに対して,ショープウィルスとス ペインフルは,前者に対する抗体の有無で結 合されたのである.18-19年の流行期を生き延 びた人たち(クロスビー )とFD兵士の一部(ギャ レット)が,いずれもショープウィルスに対す る抗体を有している,という60年を隔てた人 びとの共有事実によって,FDフルはスペイン フルに結合されたのである.けれどもブタに 由来し,人間に伝播し4000万人を殺したウィ ルスが,再びブタに戻って,その致死的な毒 力を維持したまま,60年間も安定して住み続 けることは可能だろうか.スペインフルウィ ルスが変異せずに,60年間豚飼い農夫に1人 の患者も出すことなく,ブタに居座り続ける ことは可能だろうか(ギャレット:230)*5

2つの等号の留意点を述べたが,だからと い っ て, 私 は,CDCを 中 心 と す る 保 健 当 局 の 危険認識は誤っていた,というつもりはない.

むしろ,2月中旬段階では,ショープを通じて,

FDフルをスペインフルの再来の危険と認識し,

その対策を模索したのは,的確だったと考え ている.水俣病は,原因「施設」と原因「食 品」が判明しても,原因「物質」が不明であ るという,科学的厳密主義で,その被害を未 曾有にしたのだ(深澤06b).同様に,(非加熱)

血液製剤の危険性を認識しながらも,わが国 の「エイズ研究班」は,製剤の効用を優先して,

その使用を停止させなかったのである(深澤 04).それゆえ,問題は認識段階ではなく,次 の対策の実践段階で,再考の機会が失われて しまったことにあるのである.

3 危険認識の正当化

構築された危険認識は,一般に通時的に,

構築の妥当性が問われ検証されていくはずで ある.「らい」の恐怖を強化したわが国の戦後 のハンセン病の絶対隔離策が,とてつもない 時間を要したとしても,誤りであることが最 終的に判明したように(深澤06a).対照的に,

非加熱血液製剤の危険が直ちに証明されたよ うに.ブタフル策はどうだったのだろうか

すでに述べたように,先の図式の2つの等号 はともに留保付きであった.FDウィルスはブ タフルウィルスに類似しているものの,交差 反応を示した,すなわち厳密な意味では,双 方を等号で結ぶことはできないのであった.

だとすれば,ブタフルを媒介にしなければ成 立しない,FDフルのスペインフルへの結合は,

当らずといえども遠からずの域を超ええない.

このような根拠薄弱(ギャレット:235)な危 険認識は存続しうるだろうか.ベックはいう

危険論議は,潜在的破局が実際に生じて 終了する*6(Beck06:63).

ところが,スペインフルの再来という構築さ れた破局は,実際には生じないのである.つ まり,結果的には,ブタフル対策の危険認識は,

誤り・虚構だったのである*7.けれども,こ こで私が問題にしたいのは,結果ではなくそ こへ至る過程である.すなわち再来の危険が,

次第に増大する疫学的,ウィルス学的疑義に 反比例して,構築され強化される過程である.

そして当初の,疫学的,ウィルス学的根拠の 怪しさが次第に見えなくなって,逆に信憑性 を獲得していく過程である.まず以下に,2月 13日FD検体からブタタイプのAH1N1ウィルスが 検出されてから,「計画」の実質的基盤が整う

(8)

4月15日の,フォードのワクチン開発法署名ま での,公衆衛生当局の動向を,疫学的事実(波 線),ウィルス学的根拠(下線),スペインフ ル再来の可能性(ゴチック体)の 3点に注目 しながら,以下に箇条書してみる.

①2/14.CDCセンサー主催の緊急会議(陸軍,

ニュージャージー州,食品衛生局生物製剤 部BoB,国立アレルギー感染症研究所NIAID,

CDCの代表を招集)

  FDの流行は近い将来のパンデミックの可

能性を示しているかもしれない.ウィルス,

感染拡大についてさらなる確証が必要であ るが,大規模なワクチン接種に備えた,ブ タフルの大量の抗体,種ウィルスの用意な どを決める (Silverstein:24-25).

②2/20.食品衛生局生物製剤部BoB(ワクチン の品質管理,認可機関),CDC,NIAIDの緊急 会議

  ブタフルがFDを襲い1人死亡したが他に 伝 染 し た 形 跡 は な い. が,FD事 態 は よ り 深 刻 な パ ン デ ミ ッ ク の

予 兆(harbinger)

か も し れ な い. 議 論 の 大 半 を ワ ク チ ン の 生 産 と 配 分 の ロ ジ ス テ ィ ッ ク ス に 費 や す (Silverstein:28).

③3/10. 予防接種諮問委員会ACIP(ワクチン の強さ・組成をCDCに勧告する,例年1月にそ の年の秋のフルに備えて勧告する機関) 抗体陽性反応から,FDの500人はブタフルに おそらく感染しているが,基地周辺住民への 感染拡大は見られず,全国でも人―人の感染 は考えられず,単発的な発症例が見られるの みである,米国外の諸外国でもブタフルの発 生は見られない.

FD事 態 が パ ン デ ミ ッ ク に 至 る 可 能 性 は

2-20%,深刻さについてはわからない.スペイ ンフルの再来については,ほとんどの出席者 は否定的だが,新たなパンデミックが軽微だ と誰も言いたがらない.にも拘わらず,すべ ての年齢層が同じリスクに晒されるから,予 防のためすべての人にワクチン接種が必要で あると合意される(:30-31).

④3/13.CDC長官D.センサーの「行動計画」

FDで分離されたA型ブタフル株は,18-19年 45万人のアメリカ人を殺したパンデミックの 原因ウィルスと「抗原的に関連性を持ってい る」(事実1,2).深刻なパンデミック,エピデ ミックはほぼ10年周期で生じている.68-69年 のフルは,人口の20%を襲い,3.3万人以上の 命を奪った(事実5).

A型ブタフルの流行は1箇所だけだが,人―人 の感染は証明されているし,さらなる流行を 排除することはできない.現在の証拠と過去 の経験から,76-77年にこの国にA型ブタフルが 蔓延する「強い可能性(strong possibility)」 がある.ブタフルは最近のウィルスから大幅 な抗原シフトを起こしており,50歳以下のほ とんどの人は一様に感染しうる(仮説1).

通常の公衆衛生フル対策(ハイリスクグルー プのみへの接種)では,このようなパンデミッ クを防止できないから特別対策が必要である

(仮説2).

状況は切迫している.特別策が採られなけ ればならないとするなら,ワクチンの生産と 配分システムの稼動のための時間は十分にな い.9月の初めには大規模な接種計画が,全面 的に実行されていなければならない(仮説3).  どんな人も接種から除外するいかなる疫学 的根拠もない.9月から11月までの3 ヶ月のう ちに,21,300万人に接種するという目標に向 かって,行動計画は立てられなければならな

(9)

い(仮設4)(:143-144).

⑤3/15.保健教育福祉長官D.マシューズの行 政管理予算局長J.リンあてのメモ

この秋には大きなパンデミックが「来襲す

るという証拠がある」

.最も悪性な18年ウィ ルスの「再来」という兆候がある.そうなれ ば100万 人 が 死 ぬ だ ろ う(Neustadt&Fineberg :19;156).

⑥3/24.フォード,(世界的権威のワクチン学 者)A.B.セイビンとJ.E.ソークを従えて記 者会見,全国放送

「直ちに私たちが適切な対応をしなければ,

この危険な病気が,わがアメリカ合衆国に今 度の秋から冬にかけて流行する恐れが極めて

高い(very real possibility)・・・・・・.した

がって私は,13,500万ドルの醵出を決定する ように議会に求めます.合衆国の,男性,女性,

子どもの全員に接種可能な量のワクチンを製 造するのです」(ギャレット:242)*8

⑦4/15.フォード,TV中継される中で,ワク チン製造に13,500万ドル支出する法(公法 94-266)に署名

FDウィルスは「合衆国に50万人以上の犠牲 者を出した,18-19年の世界的流行の原因ウィ ルスである」(ギャレット:243).

順番に一瞥するだけで,瞬く間に「計画」

の基盤が整えられたのが明瞭である.FDフル に強い危機意識を抱いた当局は,迅速なリス ク・マネージメントに着手したのである.問 題はその根拠である.まず疫学的動向につい て,感染拡大は,基地内限定され,周辺への拡 大は見られない,諸外国でも同様である(③). しかし1箇所だけだが,人―人の感染は証明さ

れているし,さらなる流行も否定できない(④)

のである.けれども,3月初めになっても,死 亡者はルイス1人だけで,口移しで人工呼吸し て介抱した上官に,H1N1型フルに感染した兆 候は全く見られなかったのである.さらに,

同月半ばには,FDに限らず,全世界ですべて の型のフルは,急速に終息に向かっていたの である(ギャレット:231).それゆえ疫学的に FDフルが拡大する兆候はなかったのである.

次にウィルス学的な根拠は,抗体陽性反応か ら500人が,ブタフルにおそらく感染した(③)

という推量のみである.因みに,500人感染し ても死亡したのはルイス1人だけである.抗体 の存在だけで,感染力と毒力の強いフルが忍 び寄っている証明にはならないのである(ギャ レット:238).それゆえ疫学,ウィルス学のい ずれの根拠も脆弱なのは否定できない(:235). だとすれば,なぜスペインフル再来の危険 は「可能性,予兆」(①②)→「2-20%」(③)

→「強い可能性」(④)→「来襲するという証

拠」

(⑤)→「極めて高い」(⑥)というように,

1 ヶ月余りの間に,膨張いくのだろうか.そし てなぜFDウィルスは,スペインフルウィルス に「抗原的に関連」(④)→スペインフルウィ ルスの「再来」(⑤)→スペインフルの「原因ウィ ルス」(⑦)へ,同様の短期間で,収束してい くのだろうか.

スペインフルの再来という強迫観念にとら われ,決断のたびにそれが強くなっていった からだろうか(ギャレット:235).あるいは18 年の悪夢が真剣な議論を回避させたからだろ うか(Silverstein:40).スペインフルが悪夢と なって想起されたのは確かであろう.そして それが問答無用の威力を持ったのも確かであ ろう.ではなぜ上記のように,薄弱な疫学,ウィ ルス学根拠にも拘わらず,悪夢は想起され,

日増しに強くなったのだろうか.再来に否定

(10)

的な大勢(③)にも拘わらず,悪夢が膨らむ ことがありえるだろうか.

私は,一連の会議の主題を確認したい.最 初の緊急会議(①)で「大規模なワクチン接 種に備える」ことが決議されている.当局の 主題は,最初から,スペインフルが再来する かどうかの疫学的,ウィルス学的解明・検討 ではなく,再来を前提にした,その次の対策 をどうするのかに移行していたのだ.なにが なぜ(what,why?)危険なのかという認識・理論 ではなく,その次の,だからどのように(how?) 危険を回避・防止するのかという対策が,主 題だったのである.なぜならFDのウィルスが ショープのウィルスに等置された①の前日,

スペインフルの再来という最悪のシナリオは 確定しており,翌日の議題はこれを前提にし た次の対策になっていたからである.これを 決定づけたのは,②の緊急会議である*9.この 会議は,その大半の時間を,ウィルスの確認,

疫学的動向の検討ではなく,ワクチンの生産 と配分法,すなわちロジスティックスに費や しているからである.ワクチンの治験,認可 にどれくらいの時間がかかるのか,製薬会社 の生産能力を,どれくらいまで上げることが できるのか,1つの鶏卵からのワクチンの収量 はどれくらいになるのか,全国規模の接種キャ ンペーンをどのように行うのか,といった技術 的な問題が議論されているのである.そして,

秋に発生しそうなエピデミックに国がなんら かの備えをしなければならないとすれば,直ち に着手しなければならないことが,誰にとって も,明瞭になったのである(Silverstein:28).

ところで,「危険がない」は「危険がある」

に対抗できないように,「what?」すなわち「い かなるウィルス?いかなる感染分布?」は,

議論の集約に関する限り,「how?」すなわち「ど のようにワクチンを生産,配分?」に対抗で

きない.未知・未来の事態にかかわる前者の 場合,議論の収束は容易ではない.対照的に 対策法は,目的(21,300万人分のワクチン生産)

が決まれば,優先序列に即して手段を配列す ることができる,したがって議論の収束は容 易である.けれども,ウィルスの解明,疫学 動向にタイムリミット設定することは,目標 としてはともかくも,現実的には不可能であ る.こうしてロジスティックス論議が進行し 具体化すればするほど,ウィルス学的,疫学 的課題は後退して,視野からはずれていく.

そればかりではない.「what?」という認識・

理論は,行動への拘束力すなわち実行性を伴 わない,少なくとも実行への拘束力は弱い.

対照的に,「how?」という対策は実行を前提に しているのはいうまでもない.そしてこの拘 束力は, 9月というデッドラインの設定(④)

で決定的になっている.それは,対策が時間 との厳しい戦いになることを鮮明にする.そ もそも全国民に一斉にワクチン接種するとい う空前の「計画」は,米国の公衆衛生システ ムでは,無理であることが当初から予想され ていたのである.にも拘わらず秋までとデッ ドラインが引かれているのである.対策の実 行は時間的にも困難にならざるをえない.そ れゆえ,本格的なフルシーズンまでに残され た半年という時間は,いくら急いでも急ぎ過 ぎることはない短い時間なのである*10.もち ろん,ワクチンの備蓄(e.g.E.R.アレクサン ダー)という選択肢もあったし,③で議論さ れているのは確かである.しかしそれは出席 者の1人のみの意見であり,ひとたび蔓延すれ ば備蓄では対応できないと一蹴されたのであ る.そしてまたワクチンはつくったけれども,

犠牲者が出た後で,冷蔵庫に保管されていた ことが判明したら,政治的に最悪の事態にな ると恐れられたのである(センサー,BoB長官

(11)

H.M.マイヤー,NIAID長官J.Rシール[デイヴィ ス:318]).それゆえ,デッドラインまでの全 国民のワクチンの生産と接種が至上課題にな るのである.これを実現する難しさは,早急 な実行を促さざるをえない.スペインフル再 来の危険が,「可能性,予兆」(①②)から「来

襲するという証拠」(⑤)に膨張していくのは,

またウィルスが「抗原的関連」(④)から「再 来」(⑤)へ変容していくのは必至である.実際,

予算を請求するマシューズメモでは,パンデ ミックの可能性の上昇に並行して,100万人が 死亡する悪性のフルへ変容しているのである.

ここまでくれば,フォードの「極めて高い」

(⑥),「原因ウィルス」(⑦)は不思議ではない.

要するに対策論議の進行それ自体が,FD事 態をスペインフルウイルスの「再来」,そして FDウィルスを,スペインフルの「原因ウィル ス」へ変容させたのである.スペイフルの悪夢,

想起は,その付録に過ぎないのである.

加えて,具体的な対策を国民にアピールす るには,その根拠を単純明快に示す必要が出 てくる.さらにいえば,決断主体のヒエラル ヒーが上昇するにつれて,あるいは現場の専 門家から責任のある政策決定者へ上昇するに つれて,決断内容は明快で断定的になってい くのである(Silverstein:42-43).

けれどもひとたび全国中継のテレビで大統 領が決断すれば,後戻り,あるいは再考は,

困難にならざるをえない.「計画」の実現ばか りでなく,後戻りはむろん中断することも困 難になっていくのである.まだある.ロジス ティックスへの主題の移行は,公衆衛生学者 が専門外の不慣れな問題に取り組まねばなら ないことを意味する.このような実践的課題 は,軍隊,産業界,法曹界,そしてPR界の得 意分野だからである(Silverstein:139).それ は,「計画」の実行がスムースに進行しないこ

とを示唆する.

4 危険対策の実践・正当化過程

全国中継のテレビを通して大統領が下した,

秋(9月)までの全国民分のワクチン生産とい う危険対策は,直ちに実践に移される.⑦の フォードの署名の1週間後には,あらゆる年齢 層の5000人のボランティアを使った大規模な 治験の開始が宣言され,「計画」は実践段階に 入る.4月末から年末の「ギランバレー症候群」

患者の発生による中止に至るまでの,危険対 策の実践過程においては,前節の危険論議過 程と同様,否,それ以上に質的な,また量的 に多くの疑義が生まれる.本節の課題は,実 践段階の危険対策は,どのような事態になれ ば,再考されうるのかについての検討である.

ベック流にいえば,危険論議は危険が現実化 して終了するのであった.ここで私が問題に したいのは,これまでに明らかにしたような,

頼りない危険認識に基づいて実践された対策 は,いつまで存続しうるかである.換言すれば,

現実化しそうもない脅威はいつ消滅するかで ある.

まず,この時期(4-12月)のブタフルの疫 学状況は,前節と全く変らないことを確認し ておく.センサーの「行動計画」(3/13)から2 ヶ 月経過した5月時点でも,FDも含めて世界のど こにも,フルシーズンに入った南半球のどこ にも,ブタフルの人―人の感染は見られない (Silverstein:85).この事態は8月になっても 変らない*11.敷衍すれば76年の秋は,肺炎と フル関連の死者数は,後知恵であるが,72年以 来最低だったのである(ギャレット:258).そ れゆえ,「計画」への批判が現れる.その1人 ゴールドフィールドは接種ではなく備蓄を主 張する.同様に,当初「計画」に賛成し,大 統領の署名に立ち会ったサービンも,ブタフ

(12)

ルが本当に戻ってくるまで接種を中止し備蓄 すべきだ,と自らの見解を変える(5/17).同 様に,NYタイムズの社説(H.Schwartz)は,「計 画」の政治を批判し,ブタフルは回帰しない,

ワクチンは危険だと(Silverstein:84-85)酷評 する.

加えて,決定的なウィルス学的疑義が6月に 生ずる.200万人分のワクチンを製造したある 会社(パークデービス)は,それを廃棄して,

生産をやり直している.FDウィルスではなく,

「誤って」ショープのウィルスを使ってワクチ ンを生産したからである.ともにH1N1型である としても,双方は抗原的には非常に異なってお り,ショープウィルスを使って製造したワクチ ンが,FDウィルスに十分な免疫機能を持つか どうか危ぶまれたのである(Silverstein:79).

これは,「計画」を再考する決定的な論理的 契機になるはずである.なぜなら「計画」の 第1の前提は,既述のように,「FDウィルス=

ショープウィルス」だからである.すなわち,

誤ったワクチン生産は,同時に「計画」の誤り,

少なくともそれに対する決定的な疑義に結合 するはずである.にも拘わらず,誤った生産は,

生産計画の遅れと認識され,かえって増産が 急がれたのである.

さらに7月のランセット誌には,対策を批判 する3論文が掲載される.1つは,FDウィルス を感染させたボランティア6人のうち5人の症 状は軽微であり,残りの1人には全く症状は現 れず,その毒力は恐れるほどではないと指摘 している.2つは,集団接種を実施する時期で はないのは明確だと主張している.そして3つ は,FD株の危険性を否定している(ギャレット 245-46;Silverstein80-81). し か し こ れ ら 海 外の論文も,「計画」にインパクトを与えるこ とはなかったのである.

さらに4社の新ワクチンの効能への疑義も生

ずる.6月中旬,24歳以上の人に対する効能は 十分だったものの,24歳未満では,満足でき る結果は到底得られなかったばかりか,3-10 歳で重大な副反応なしに十分な免疫を得られ ないことが判明したのである.それゆえ,国 防省は軍人のために2倍力価(400CCA)のワクチ ンを要求する.その結果,生産計画は狂い,

秋までの「計画」達成はより厳しくなるので ある(Silverstein:83).

けれども以上の疫学的,ウィルス学的,そし て新ワクチンの効能についての各疑義は,対 策の再考に結合することはなかったのである.

なぜだろうか.私は,ここでも主題に注目に したい.対策の実践段階に入った4月から8月 までの主題は,秋までに2億人分のワクチンを どのように生産するのかというロジスティッ クスであり,これが至上命題なのである.政 府の議論の焦点は,接種するかどうかではな く,2億回分のワクチンを,どのように生産す るかである(ギャレット:246).それゆえ,誤っ たワクチンの生産,効能への疑義は,生産の 再考ではなく,かえって増産を促したのであ る.ウィルス学的,疫学的疑義もインパクト を持たなかったのである.どのように生産す るのかという実践的課題に,なにがという認 識・理論が影響しないのは,前節の議論段階 と同様である.けれどもこの段階では,双方 の勢力差はさらに大きくなる.ワクチンの生 産という実践自体が,危険対策の正しさを強 化していくからである.2億人分のワクチンの 早急な生産こそ,スペインフルの「再来」を 具体的に正当化するからである.対策の実践 は,認識・理論から自立して,わが道を進ん でいくのである.

したがって,対策の再考は,生産方法とい うロジスティックスに内在的な問題が生じて,

初めて促されるのである.具体的にいえば,ワ

(13)

クチン接種に伴う賠償責任という医学外の保 険問題が浮上してきたとき,生産は再考され るのである.空前の規模となる補償に及び腰 になった保険会社は,賠償責任から完全に手 を引くと,製薬会社に脅しをかけて,生産が 滞ってしまったからである.けれども保険会 社の損失を公的資金で補うことは,連邦政府 を保険業者の仲間入りさせるに等しく,上下 院にとって到底受け入れらないものであった.

議会で泥沼化した保険問題で「計画」は挫折 しかかる.怪しげな根拠で開始された危険対 策の具体的内容は,接種してフルを予防する ことではなく,接種に伴う賠償責任問題をど のように突破するかだったのである.

けれどもこの契機は,8月の「なぞに満ちた 恐怖の病気」「殺人肺炎」(「在郷軍人病」)の 集団発生がブタフルとは無関係であることが 判明して,実際には再考につながらない.国 民の健康を蔑ろにしているというフォードの 非難に議会は屈し,結局,8月12日,保険会社 を免責する「全国ブタインフルエンザ予防接 種計画」(公法94-380)は成立し,10月より接 種が遅ればせながらも開始されるのである.

しかし,11月下旬ミネソタで1人が接種直後に 深刻な神経疾患「ギランバレー症候群」を発 症する.患者数は12月中旬まで107人,その後 漸増し,CDCは接種群とこの疾病発症との間に,

非接種群よりも5-10倍の因果関係を認め,「計 画」は中止されるのである.結局,危険対策は,

対策自体の危険が具体的に確認されて,終了 するのである.

このように実践段階では,対策は,疑義の 多い前提から切り離されて自立し「暴走」し ていく.根拠のある認識に基づいた対策だか ら実践されたのではなく,実践された対策だ から正しくなるのである.最初から怪しげな 水俣病の「認定基準」が実践されていくうち

に正しくなったように.そしてまた時代遅れ のハンセン病の隔離政策が,実践過程で,収 容者の「生活の砦」に変容していったように.

5 もう1つの「危険トラップ」

以上,危険構築について,認識レベルと実 践レベルに分けて,米国のブタフル接種「計画」

を1つの事例にして考察を加えてきた.そして いずれのレベルにおいても,対策が理論に優 越することを例証した.すなわち対策論議の 進行が危険を膨張させること,そして対策の 実践過程がそれを正当化することを解明した.

これら2つの過程は,ともに無自覚・無意識の ままに進行する,少なくともその可能性があ るのは,否めないように思う.無自覚な危険 の膨張,あるいは正当化という視角はベック にあるのだろうか.私は,彼の危険概念が安 全性と破局の中間にある限り,ないと考える.

無自覚な危険の膨張,対策の正当化過程を「危 険トラップ」の1つとして提唱してもよいので はなかろうか.危険は,対策論議と実践の結果 として無自覚に構築されうるからである.私 は,自明視された対策の追求が危険を産出し 増殖するトラップを強調したいのである.そ れは,未知の脅威に対して「何もしない」・「あ まりも多くのことをする」双方の帰結として の「危険トラップ」(Beck06:70)とは根本的 に異なっているのは明らかである.

同時に理論から切り離された対策論議,対 策実践の危険を改めて思わないわけにいかな い.当然ながら,論議と実践は,その前提で ある理論とたえず照合されて進めなければな らない.

(14)

[注]

1.鳥フルの脅威が叫ばれている今日,フォードの決断を,「大 失敗,大失策,道化芝居,茶番劇,税金の無駄使い」(ギャ レット:256)と反対に,「英断」と評価する立場の勢いが 増しているようである.1つの事実の評価は,当然ながら,

時代的背景によって異なるのである.

2.このアンビバレンスを通じて,ベックは,実在主義と構 築主義を架橋しようとする.しかし私は,彼の根本的立 場は実在主義であると思う.危険は,産業・科学生産・

研究のルーティンに内在する潜在的脅威に実在的基盤を 持ち,構築は,この脅威を知覚し把握する手段に過ぎな いからである.実在的根拠を持たない構築という視点(cf.

ハッキング:27)は彼にはないように思う.

3.けれども,私は,ラトゥールのような極端な相対主義の 立場を採らない.私は,自然事象はむろん,社会事象も 最終的には,現実によって検証され可否の決着が着くと 考える.

4.「合衆国全体を見渡しても在郷軍人会ほど真剣に愛国心を 示す集団は少ない」(ギャレット:247).本論も触れる在 郷軍人病に対する手厚い対策の所以であろう.それはエ イズ,また水俣病の初期段階(深澤06b)と対照的である.

5.33年スミスらがフルウィルスを初めて分離したとき,そ のウィルスは多数の鶏卵で培養され,多数のフィレット や他の動物に接種されたので,もともとのヒトやブタの 中にいたときとはかなり姿を変えてしまっていたはずだ,

18年から30年代までにフルは,1つの亜型の中でさえ大規 模な変異を起こしたに違いない,とデイヴィスは述べて いる(:311).

6.現実化して危険論議は終了するという主張も,私には,

短絡であるように思われる.たとえば,エイズの場合,

リスク行為とウィルスが確定され,抗体検査法が確立さ れて感染患者が減少して危険論議が終了するのは確かで ある.他方,新たなカクテル治療薬,HAARTの開発に伴い リスク行為が復活し,薬があるからエイズの危険は今日 では無用である,という新たな危険も生まれている.こ の限りで,危険論議の終了は一過性のものでしかない.

7.シルバースタイン,加地は,H1NIが消えたのであって,当 局の危険認識は誤りではないと主張している.加地によ れば,ワクチン接種が始まるとHsw1N1型の流行はぱたり と止む.Hsw1N1ウィルスは忽然と姿を消す.その理由は 未だに謎である(加地:67).

8.フォードはこのとき,ブタフルウィルスは18-19年ウィル スに極めて類似している,と述べている,という指摘も ある(Silverstein:74).

9.シルバースタインは,次のACIPがどのような対策かを決

定したという点で特別の意義を持ったというが,私はBoB こそが決定的だと思う.

10.国民全員接種に8-10週間かかるばかりでなく,免疫がで きる時間・2週間を考慮すれば,これでも足りないのであ る(デイヴィス:317).

11.8月のフルシーズンの南半球でもブタフルは現れない,

保険論争でワクチン生産計画が大幅に遅れ,人々が次第に 接種に懐疑的になったこの時期に「計画」は再考されるべ きだった,とシルバースタインはいう(Silverstein:141) けれども,すでにワクチンの生産という実践段階に入っ ている時期に,これは無理である.

引用文献

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(15)

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参照

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