修 士 学 位 諭 文
紫外一近赤外時間分解質量分析法を用いた
血ALD1法におけるイオン化メカニズム解明研究
指導教授 藤野 竜也 准教授
平成 25 年 1 月 31 目 提出
首都大学東京大学大学院
理工学研究科 分子物質化学 専攻
学修番号 11880332 氏 名 村上 和雅
学位論文要旨(修士(理学))
村上 和雅 紫外一近赤外時間分解質量分析法を用いたMALD1法における
イオン化メカニズム解明研究
【諸言】
マトリクス支援レーザー脱離イオン化(MALD1)法は、測定試料に対しマトリクスと呼ばれ る有機酸を過剰に混在させることにより、試料の非破壊イオン化を可能とした質量分析手 法(ソフトイオン化法)の一つである。本手法は、飛行時間型の質量分析装置と組み合わ せることにより、タンパク質やペプチドといった、主に生体関連物質を対象とした非破壊 分析手法として幅広く利用されている工1]。MALD1法が開発されてから今日に至るまで、そ の汎用性を更に拡大するための応用研究、或いは原理解明を目指した研究が数多く行われ てきた。しかしながら、原理的な位置付けにあるイオン化メカニズムに関しては、いくつ かのモデルエ21が提唱されているものの、完全な解明はなされていないのが現状である。
そこで本研究では、マトリクスの分子構造、及び電子励起を伴う反応メカニズムの観点 から、MALD1法における化学的根拠に削ったイオン化メカニズムの解明を目的とする。
【実験】
0鰍携静子をマ戸ノクヌとして凋〃ソをu、/〃^止D 一〃S
マトリクス分子として広く用いられている2,4,6−tryhydroxyacetophenone(THAP m.w.168)及び2,5−dihydroxybenzoicadd(DHBAm.w.153)と、それらの置換基の付加位置・付 加数が異なる類縁体をマトリクス分子とし、UV MALDl−MSを実施した。測定にはMALDl micro MX質量分析装置(waters社製)を用いた。
θ重大素置…髪型マ戸yクヌをノ厚レ、たu、/〃AムD 一〃S
重水(D20)及び重メタノール(CD30D)を用いたTHAP分子の重水素置換処理を実施し、重 水素置換型THAP(THAP(D))をマトリクス分子としたUV MALD1−MSを実施した。
θハ〃R−u、/ρumρ一ρmわe MハLD 一〃S
自作の光学系及び飛行時間型質量分析装置を用いて、NlR1aserとUV1aserによる時間分 解質量分析を実施した。光源として、Nd1YAG1aserの基本波(NlR11064nm)と四倍波(UV1266 nm)を用いた。
尚、①〜③の実験おける測定試料として、モデルペプチドの一種であるSubstanceP
(SubP m.w1348)及びAngiotensinI(Ang皿m.w.1046)を用いた。
【結果・考察】
実験①による結果をFig.1に示す。得られたマススヘクトルから、用いたマトリクス分子 中における。一位水酸基の存在と試料イオン検出との間に関連性を示す傾向が見られた。o一 位水酸基は分子内水素結合の形成を可能とし、また、プロトン供与基と受容基を分子内に 持つ分子は、電子励起状態においてその結合を介して分子内プロトン移動反応(A★→T★)を発
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実験②による結果として、従来,㈱聾 法とは異なった質量電荷比の値を 持ったイオン種が検出されたこと から、電荷分離を発生させたマト リクス分子に対して、混合結晶中 残存溶媒からのプロトン供与に伴 う[Matrix+Hrの生成が確認された と考察される。
次に、実験③による結果をFig.2 に示す。一般に、分子内水素結合
を持つ分子の気相における研究で 0㎜側幾箒司舳舳tω 0期ω幾洛I1㎜職醐
は、分子内電荷分離した丁状態は、 Fig・1THAP・DHB服ぴ類縁体分子を用いたuVMALD1−MS 電子基底状態で安定に存在できないことが知られている【31。しかしながら、本実験結果から、
電子基底状態におけるマトリクス分子のプロトン付加体(T)の存在が確認された。ペプチド などの双極子モーメントの値が大きい試料を用いた場合には、近赤外励起によるピーク増 強が確認されたが、無極性試料を用いた場合では確認されない。これは、MALD1法におい て主に試料となる難揮発性分子の持つ大きな双極子モーメントにより、[Matrix+H1+の電子基 底状態における安定化作用を反映しているものと考察される。また、マトリクス!試料混合 結晶の拡散反射スペクトル測定結果からも、安定化を反映していると推察されるバンドが 確認された。 5 、 ●
○榊伽〃加η榊〃 ● これらの結果から、MLAD1法における 一 ▲m仰伽肋吻切〃 ●
イオン化のメカニズムとして、先ず量、・㈱呼榊淋 ○。●
3 ^〃榊矧加肋㈱脇
(1)Laser照射によるマトリクスの光吸収 旨
2 0 ▲ ▲ ⑫が発生帆次に・(2)試料近傍マトリク£、・・パ・… ム
スにおける分子内プロトン移動反応の発 ○
o OO◎◎◎◎◎◎◎OOOOOO000◎◎生と(3)試料の双極子モーメントの寄与
一10 −5 0 5 10
による電子基底状態における丁状態の安 d鋤航剛同 Fig.2 NlR−uVpump−pr◎beMALDl−MS 定化作用の発現、その後(4)残存溶媒から (pumplight:N1R prob81ight:uV)
のプロトン供与により【Matrix+Hrが生成 ●&▲:THAP!AnglI混晶系◎&△:THAP!C24H50混晶系 する。そして、(5)【Matrix+H1+から試料ヘブロトン移動反応が発生するといった、全5段階 の反応機構で構成されていると考察される。
Re資emmes
[11a)K.Tanaka,H.Waki,Y,Ido,S.Akita,Y.Yoshida,Rψa Comm肌M伽∫卵ec炉。m1988,2,
151−153;b)F.Hi11e血amp,M.Karas,Rom1d C.Beavis,Brian T.Chait,一4〃〃αem.1991,63,
1193A−2002A.
[2】a)H.Ehring,M.Karas,F.Hi11enkamp,07g Mo∬卵eo炉。m1992,27,427.b)M.Karas,M.
G1uc㎞am,J.Scha危r,JM1ωゆec炉。m2000,35,1−12;c)R.Kmger,A.P危minger,1.Foumier,
M.Gluc㎞am,M.Karas,ル〇五C加m.2001,73.5812−5821;d)M.Karas,R.㎞Lger,c加m.伽、
2003,703,427−439.e)W.C.Chang,L.C.L.Huang,Y.Wang W.Peng,H.C.Chang,N.Y.Hsu,
W.B.Yang,C.H.Chen,ルα五αem、α伽2007,582,1−9.
[31a)A.Do山a1,F.Lahmari,A.H.Zewai1αem.P伽,1996477−498b)P.M.Fe1ker,W.R,Lambert,
A.H.Zewai1,J.Chem.Phys.77(1982)1603
一2一
目次
第1章 研究背景
1−1.緒言
1−2.質量分析法
1−2−1.質量分析の歴史・発展 1−2−2.イオン化法
1−2−3.マトリクス支援レーザー脱離イオン化(MALD1法)
1−2−4.質量分離部 1−2−5.検出部
1−3.研究目的
1−3−1.MALD1法における課題 1−3−2一本研究における目的 1−4.本論文の構成について
第2章 実験条件
2−1.試料調製 2−1−11マトリクス 2−1−2.サンプル 2−2.実験装置 2−2−1.実験光学系 2−2−2.質量分析装置概要 2−3.各種実験条件.
2−3−1.試料 2−3−2.光学系 2−3−3.質量分析装置 2−3−4.取得データ解析
2−3−5.MリDl micro−MX質量分析装置
第3章 構造異性体・類縁体マトリクス分子を用いた∪VMALDl−MS
3−1、検証目的
3−2.THAP及びTHAP類縁体を用いた検証
3−2−1.THAP,HAP系 溶液吸収スペクトル測定
3−2−2.THAP,HAP系 粉末拡散反射スペクトル測定 3−2−3.THAR HAP素 UV MALDl−MS
3−2−4.THAR DHAP系 溶液吸収スペクトル測定 3−2−5.THAP,DHAP系 粉末拡散反射スペクトル測定 3−2−6.THAP,DHAP系UVMALDl−MS
3−3.DHAB及びDHAP類縁体を用いた検証
3−3−1.HBA系 溶液吸収スペクトル測定 3−3−2.HBA系 粉末拡散反射スペクトル測定 3−3−3.HBA系UVMALDl−MS
3−3−4.DHBA,系 溶液吸収スペクトル測定 3−3−5.DHBA系 粉末拡散反射スペクトル測定 3−3−6.DHBA系 uVMALD1−MS
3−4.実験結果まとめ・考察 3−5.第3章における総括
第4軍ネガティブイオンモードにおけるUV㎜ALD1一㎜S
4−1.検証目的
4−2.ネガティブイオンモードUVMALD1−MS
4−2−1,THAP単結晶系
4−2−2.THAP1SubP混合結晶系 4−2−3,2,5DHBAを用いた検証 4−3.実験結果まとめ・考察 4−4.第4章における総括
第5章 重水素置換マトリクスを用いた∪VMALD1一㎜S
5−1.検証目的
5.2.重水素置換処理法
5−3.赤外吸収スペクトル測定 5−4.∪VMALDl−MS測定
5−4−1.TトlAP単結晶系
5−4−2.THAP/SubP混合結晶系 5−5I実験結果まとめ・考察 5−6.第5章における総括
・4・
第6章N1R∪Vpump−probeMALD一一MS
6−1.検証目的 6−2.実験光学系
6−3.THAP/Ang■系におけるNlR−UVpump−probeMALD1−MS
6−3−11THAP!Ang1I混合晶系
6−3−2.Phenol一(H20)nクラスターを用いた先行研究 6−3−3.THAP一(H20)nクラスターにおける理論計算
6−4,THAP!A1kane系における検証
6−4−1.THAP!Alkane混合結晶系uV MALD1−MS 6−4−2.NlR−UV pump−pr◎be MALDl−MS
6−5.実験結果まとめ・考察 6−6.第6章における総括
第7章 拡散反射スペクトル測定による結晶の分光学的評価
7−1.検証目的
7−2.拡散反射スペクトル原理 7−3.拡散反射スペクトル装置 7−4.実験結果・考察
7−4−1.THAP粉末系
7−4−2.H20!ACN溶媒を用いたTHAP再結晶粉末系 7−4−3.ペプチド試料単純混合条件における検証
7−4−4.MALD1法における従来の混合結晶における検証
7−4−5.直鎖アルカンを試料とした混合結晶拡散反射スペクトルによる検証 7−4−6.各種溶媒の検討
7−4−7.各種溶媒を用いた混合結晶拡散反射スペクトル測定 7−5.本章における総括
第8章 総括
【参考文献】
【謝辞】
第1章研究背景
1−1.緒言
物質の構造情報を取得することは、環境測定や医療・医学分野等、多岐に亘る分野におい て必要不可欠である。そのための分析手法として、分子の立体構造や運動性などの情報が 得られる核磁気共鳴法や、有機化合物の構造決定などに用いられる赤外分光法に代表され
る振動分光法などが多く用いられている。これらの分析手法と並び、微量な試料を用いて 迅速に化合物の分子量、構造、あるいは反応性に関する情報が得られる手法として、質量 分析法が挙げられる。質量分析法は、原子・分子の質量を測定できる唯一の方法であるこ
とから、極めて多くの分野において必要不可欠な方法として普及している。質量分析法の 最大の特徴は、極微量の試料量で広範な構造上の情報が得られるところにあり、クロマト グラフィーと組み合わせることにより、10−13〜10−14g程度の超微量化合物でさえ検出する ことが可能となる。さらに、測定試料を分解することなく検出可能なイオン化法(ソフトイ オン化法)が発明され、タンパク質などの高分子量を持つ分子の分析も可能となっている。
ソフトイオン化法における具体例として、エレクトロスプレーイオン化法(ES1法:
E1ectrospray!onization)、高速原子衝撃法(FAB法:FastAtomBombardment)、マトリク ス支援レーザー脱離イオン化法(MALD1法:Matrix−Assisted Laser Desorption!1onization)
などが挙げられる。中でも2002年のノーベル賞を受けた田中耕一氏のMALD1法は、現在 最も高分子量域まで測定可能なイオン化法であり、質量分析において必要不可欠な手法と なっている。
MALD1法は、試料分子申にマトリクスと呼ばれる過剰の有機酸試薬化合物を混在、均一 に分散させることによって、ソフトイオン化を実現させた質量分析手法である。本手法の 開発により、核酸・タンパク質・糖鎖・ビタミンなど、従来の質量分析法において測定が 不可能とされてきた熱不安定物質や難揮発性物質の非破壊条件下における質量分析が可能 となっている。このようにMALD1法は、質量分析の分野において脚光を浴びるような有用 な点を数多く有するために、これまでにMALD1法を利用した分析が数多く実施されてきた。
しかしながら、数多くのMALD1法に関する研究が実施されてきているにも関わらず、本手 法には実験結果の低再現性や、用いるマトリクス分子と測定試料との間における組み合わ せの経験則的依存性といった問題点や課題点が今日においても存在する。このような問題 点は、本手法による分析時におけるイオン化機構や混晶からの脱離の過程、検出に至るま でのプロセスなどといった、MALD1法の根幹を為すと考えられる原理的な部分のメカニズ ムが、MALD1法が開発されてから十数年経った現在においてさえも十分な解明がなされて いないことに起因しているものと考えられる。
特にイオン化メカニズムについては、いくつかのモデルが提唱されており、これまで不 透明であったメカニズムの詳細について暁光を与えてきた。(これらのモデルについての詳 細は後述する。)それでも尚、議論を醸す点や問題点が残存してしまっているのが現状であ
一6・
るために本研究では、MALD1法のイオン化メカニズム、特に試料へのプロトン付加機構に ついて着眼点を絞り、先行研究報告例の利点や疑問点を踏襲しつつ、マトリクス、及び試 料分子の化学的特性や時間軸に沿った反応の追視といった観点から、化学的根拠に削った MALD1法イオン化メカニズムの解明を目指した研究を実施した。
1−2.質量分析法
フー2一ブ.鰯析。ク酸・発展
現在、物質の質量の多くは天秤や量りを用いて計測されているが、これらの道具は物質 の質量とそれにかかる重力を利用している。一方、物質を構成する分子や原子の質量を測 定する際、これらの物質は質量が極めて小さく重力の影響をほとんど受けないことから、
上記のような道具を用いて質量を量ることは事実上不可能とされてきた。
しかし、1897年にトムソン(J.J.Thomson、英、1856〜1940)が電子を発見したことが、
原子や分子の質量測定を可能にするきっかけとなった。これが質量分析の夜明けである。
1910年、トムソンは平行する電界と磁界を用いて質量の異なるイオンの分離測定に初め て成功した。これが、イオンを質量と電荷の比によって種々のイオンに分離するという点 において、初めての質量分析技術であるといってよい。
さらに1913年にはこの発見を利用し、陰極線管を用いて気体分子イオンのm1eを測定し、
ネオンがネオンー20とネオンー22の2つの同位体から成ることを発見した。これは放射能を 持たない元素にも同位体が存在することを見出した最初の発見である。
後に、1919年にアストン(FrancisWi11iamAston,1877〜1945)はトムソンの装置に改良 を加え、直交する電界と磁界を用いた高性能の装置を試作した。トムソンの装置において は、同一のm!eを持つイオンは一つの放物線として写真乾板の上に像を結ぶため質量の精 密な分離は困難であったが、アストンの装置ではこれが分光器のスペクトルに類似の細い 線として得られ、イオンの質量を1,000分の1程度の精度での測定を可能とした。
このように、質量分析の当初の目的は同位体比の測定に重きを置かれていた。実際に、
トムソンは1919年〜1936年にかけてさらに2回にわたって装置に改良を加え、その間に 現在我々が知っている同位体の大部分の測定を初めて行っている。
その後、1942年にはHippleがHoover及びWashbumの行った炭化水素混合物の分析を 紹介し、質量分析計を用いるガス分析の有用性について強調したことがきっかけとなり、
Washbumをパイオニアとして、質量分析計の分析化学への応用が急速に広まった。
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図1−2.トムソンの質量分析装置
始めは専ら無機ガス及び炭化水素を対象とした分析を行っていたが、次第に有機化合物 一般へ利用されるようになった。
これを契機として、分析機器としての質量分析法の改良がなされ、戦後にはイオン化法 の開発とともに質量分析法のめざましい発展を遂げた。
1950〜60年代には電子イオン化(E1)法が開発され、この頃が質量分析法及びイオン 化法の全盛の時代だったと言える。
後に、1970年代に化学イオン化(Cl)法、電界脱離(FD)、電界イオン化(F1)法が、 80 年代には高速原子衝撃(FAB)、二次イオン質量分析法(SlMS)が、 90年代にはエレク
トロスプレーイオン化(ESl)マトリクス支援レーザー脱離イオン化(MALDl)法といった 様々なイオン化法が相次いで開発されてきた。
これらのイオン化法のほとんどは現在でも広く使用されており、測定質量範囲は電子イ オン化法、化学イオン化法が1,000程度、電界脱離、高速原子衝撃では5,000〜10,000程 度まで測定可能となった。さらに、高速原子衝撃などのソフトイオン化法が開発されて以 来、測定範囲が10倍にまで広げられたが、生化学分野で求められているタンパク質の分子 量測定までには至っていなかった。近年になり、ようやくエレクトロスプレーイオン化や マトリクス支援レーザー脱離イオン化といったイオン化法が開発され、測定分子量範囲は さらに数十倍以上になり、数十万以上のペプチドタンパク質でも測定可能になった。特に エレクトロスプレーイオン化法は多価イオンが生じやすく、分子量が数万のタンパク質で
も測定質量範囲が2,000から4,000の四重極質量分析計で十分対応できる。またマトリク ス支援レーザー脱離イオン化は1価のイオンを飛行時間型検出器で検出するので分子量が 数万、数十万のタンパク質を直接検出できるようになった。
フー2−2。 種々のノ〆カL二/化法
イオン化法とは、分子に電荷またはプロトンを与えて質量分析計で検出が可能なイオン 状態にすることであり、質量分析法において重要なプロセスの一つである。このイオン化 法には大きく2種類に分けることができ、一方をrハードイオン化法」、他方をrソフトイ オン化法」と称する。ハードイオン化法は、測定対象とする分子に直接的に電子を当てる ことで分子をイオン化させる手法である。ハードイオン化法として分類される手法として 電子イオン化法(日)が挙げられ、この手法を例にとると、試料分子を加熱・気化させたとこ
ろに熱電子を当て、分子から電子をはぎ取ってイオン化させている。この方法では、熱電 子と試料分子がぶつかる際、過剰なエネルギーが試料分子に与えられるので、試料分子は イオン化するだけでなく、細かい破片に分解する。この破片のことをフラグメントイオン と称し、これが検出部に到達するとフラグメントピークとして観測され、これを解析する ことで元々の試料分子の構造情報を得ることができる。
このように試料分子に直接的にエネルギーを与えることでイオン化する方法を総称して ハードイオン化法と呼ばれる。この方法では、上述したように分子の構造情報を得ること
一8・
ができるが、試料分子本来の構造を破壊してしまう手法であるので、試料分子の分子量を 測定する方法には適していない。また、試料分子を加熱・気化させる必要性があるので、
難揮発性物質及び熱不安定物質の測定が困難であるという問題点も挙げられる。
このハードイオン化法に対して、分子を解離・破壊することなく分子関連イオンを優先 的に検出するイオン化法を総称したものをソフトイオン化法と言い、化学イオン化法(Cl)、
高速原子衝撃法(FAB)、マトリクス支援レーザー脱離イオン化法(MALDl)等が代表例として 挙げられる。これらのイオン化法の多くは、イオン化しやすい分子(マトリクス)を仲立ちと
して電荷が移動する反応を利用しており、主に、電荷はプロトンによって受け渡される。
このようなイオン化の場合、試料分子が受け取る過剰エネルギーは少量で済むために、イ オン化した試料のほとんどが分解することなく検出されるので、フラグメントピークが非 常に少なく、分子量情報を持ったピークをべ一スピークとして得ることが可能となる。
但し、ソフトイオン化法は化学反応に似ているため、試料分子の性質をしっかりと把握 した上で分析する必要がある。例えば、マトリクスの選び方が悪いと試料分子へのプロト ン授受がうまく進行せず、結果的に検出感度の劣化を誘発させる可能一性や、プロトンを強 く奪い取るような不純物が混在していると、不純物のスペクトルが得られ、解析を煩雑化 させてしまう恐れがある。
このように、イオン化法にもそれぞれ特徴があるため、目的とする情報、試料やマトリ クスの構造・性質などを考慮したうえで適切なイオン化法を選択する必要性がある。
以下表1−2−2に、各々のイオン化法の特徴をまとめることにする。
参考文献:「質量分析法(第3版)」(東京化学同人)
1イオン化跨 葦三」ホ象試料、」・
気体状態の分子に加速した熱電子を照
・気体 対し、分子から電子を剥ぎ取ることでイ
E1 ・揮発性の高い オン化させる。
固体や液体 GC!MSに適すが、フラグメントイオン を発生させやすい。
試薬ガスと呼ばれる気体を予め反応さ
C1 ・気体 せ、生成したイオンと気体試料分子の間
・揮発性の高い液体 でイオン化分子反応を起こす。
ややフラグメントしにくい。
・固体、液体
・熱に不安定な試料 イオン化したAr等と同種のガスの間で 1=AB ・揮発性の低い試料 電荷交換反応を起こし、マトリックス中
・生体関連物質 のイオンに照射しイオン化させる。
試料溶液を細管に通し高電圧を印加
・液体 し、帯電した液滴として噴霧させたの
ES1 ・溶媒に溶解した固体 ち、溶媒を蒸発させて多価イオンを生成
・揮発性の低い試料 させる。
・生体関連物質 大気圧下でのイオン化。分子量10万種 度以下の全分子量領域で測定可能。
試料溶液を加熱噴霧してN2ガスと一緒
・液体 に流し、コロナ放電によってN2ガスを
APC1 ・溶媒に溶解した固体 イオン化し、試料分子とのイオン分子反 芯を起こす。
大気圧下でのイオン化。
試料溶液とマトリクス溶液を混和し乾
・熱に不安定な試料 燥させたものに紫外線レーザーのパル
lVlALDl ・揮発性の低い試料 スを照射させ、マトリクスの励起、試料
・生体関連物質 のイオン化をさせる。
最も高質量領域まで測定可能。
表1−2−2 種々のイオン化法 E1:電子衝撃イオン化法(Electr◎n lmpact)
Cl:化学イオン化法(Chemical lonization)
FAB:高速原子衝撃法(FastAtom Bombardment)
ESl:エレクトロスプレーイオン化法(Electrospray l◎nization)
APC1:大気圧化学イオン化法(Atmospheric Pressure Chemical lonization)
MALDl:マトリクス支援レーザー脱離イオン化法(MatrixAssisted Laser Des◎rption!
lOniZatiOn)
・10一
MALD1法は、E1法やC1法では測定困難であった熱に不安定な物質や高分子量物質の解 離を抑えることに成功し、分子量イオンピークの検出が可能なソフトイオン化法として、
非常に大きな注目を浴びている。この方法は、生体に存在するタンパク質など分子量のき わめて大きい化合物に特に威力を発揮し、飛行時間型質量分析計(TimeofF1ight;TOF)と 組み合わせることにより非常に高感度の検出が可能である。また、10万以上の分子量を有 する化合物の測定も可能となり、MALD1はタンパク質の構造解析などにも利用されている。
レーザー照射によってイオンが生成するメカニズムは多種多様であり、MALD1法におけ るイオン化原理についても冒頭で述べたが現時点で未解明の部分が多い。ここでは、もっ とも一般的なイオン化のメカニズムについて、その概要を説明する。図1−2−3.にレーザー照 射された試料に起こる現象について示す。
●:A■1a■yte
▲: a缶iX
▲▲●▲▲
七会●
▲
図1−2−3,MALD1法メカニズム 概略図
MALD1法は、レーザーにより瞬間的に大きなエネルギーを与えてイオン化し、化合物の 熱分解を抑制するエネルギーサトン(EnergySudden)という方法論に分類される。難揮発性 化合物は、液体、あるいは固体のような凝集相の形をとるため、これを質量分析するため
には試料を気化させ、さらにはイオン化させる必要がある。しかし、試料を単に加熱する だけでは、試料が気化する前に熱分解が起こるために有用なマススヘクトルが得られない。
したがって、高分子量の難揮発性試料を質量分析するには、試料を熱分解させることなく 瞬時に気化させ、気相に抽出する必要がある。これを可能にするのがエネルギーサトン法 である。他のエネルギーサドンイオン化法には高速原子衝撃(FAB)法などがある。MALD1 法ではまず、ニコチン酸やシナピン酸などのマトリクス分子と呼ばれる、レーザー光の波 長領域に吸収帯をもつ物質と試料を混合して結晶化する。マトリクスにナノ秒パルスレー ザー光が照射されると、表面近傍の薄い層のマトリクス分子が光を吸収して一斉に電子励 起される。この電子励起エネルギーはきわめて短時間内に緩和して、分子間振動、すなわ ちフォノンが集団的に励起された状態になる。これにより、マトリクスの局所領域に高温・
高密度プラズマが発生する。瞬間的に慢性閉じ込め状態になった高温・高圧プラズマは真 空側に向かって膨張を始め、マトリクス中に分散して散在する試料分子と共に真空側に飛 び出す。試料分子がマトリクス中でイオンとして存在すれば、そのままの状態で検出され
る。また、プラズマ内に生じたイオンが試料分子に付加する現象、あるいはイオン分子反 応が起こって中性試料分子が化学イオン化される現象も併せ起こり、イオン化された試料 は質量分離部に導入される。以上のメカニズムがもっとも一般的に提唱されているMALD1 法におけるイオン化メカニズムである。
MALD1法がソフトなイオン化に成功した理由は、照射するレーザー波長領域に吸収を持 つマトリクス分子をエネルギー吸収体として用い、また試料に対して多量に用いることに
より試料分子を分散させたため、試料が照射エネルギーから受けるダメージを軽減するこ とに成功したことにある。マトリクス分子に吸収されたレーザーエネルギーは熱エネルギ ー等に変換され、マトリクス分子から試料へそのエネルギーが伝達されるため、試料は間 接的に照射レーザーエネルギーを受ける。そのため、試料への過剰なエネルギー供給が抑 制され、適度なエネルギーを受け、ソフトレーザー脱離イオン化が達成された。
フー2−4.鰯離筋
MALDl−MSは主に時間飛行型の質量分離装置(TOF)と組み合わせて使用されることが多 く、本研究においても時間飛行型によりイオンを質量電荷比毎に分離し検出させているた め、以下にこの原理について説明する。
飛行時間型分析法の基本原理は、イオンを加速して一定の距離を自由飛行させた後で、
検出器に至るまでの飛行時間を測定するものである。通常、加速には一定距離内での定常 電場を用いるgで、加速後の全てのイオンは一定のエネルギーを得る。したがって、レー ザー照射によって正または負の電荷を帯びた荷電粒子として生成したイオンは、試料台と 加速板に印加された電位差Voによって電位の低い方向に飛んでいく。電磁加速された後の イオン速度vは、エネルギー保存則LawofConse〜ation ofEnergy(式1−2−4.1)によって求 めることができる。
1 。
〃=_舳 (式1・2 4.1)
2
・・一 (式1−2−4.2)
z:イオンの電荷量,m:イオンの質量,v1イオン速度,Vo1電位差
ここでVoは、どのイオンに対しても一定で、m1z値が小さいイオンほど高速に飛行し、
大きいイオンほど検出器に到達する時間が遅くなる。厳密にはVo=(Vo+ε)(ε:レーザーに よる励起等によって得られる運動エネルギー)となる。このように、質量電荷比m!Zによ ってイオンの飛行する時間が異なることを利用して質量分析を行う方法は、一般に飛行時 間型質量分析法(TOF−MS:Time−oトF1ightMassSpectrometry)と呼ばれている。
TOF−MSには(原理的には)質量の測定限界の制約がない。イオン化部で発生したイオ ンは(式2−5−2)の速度γで加速部から検出部までの距離Lを飛行するのにかかる時間。は 以下の式で表される。
・12一
÷1・片 (式1・2−4.3)
2
C (式1−2・4.4)
・・m/・・2η下 工
Vo,Lは装置定数であり、計測する時間tが0〜。。であると仮定した場合、計測可能な電荷 質量比は0くm!z<。・となる。TOF−MSにはリニア型とリフレクトロン型がある。ここでは、
本研究で使用したリニア型について簡単に説明する。リニア型はイオンが加速領域から検 出器に到達するまで無電界(VD=0)である。直線飛行することで、飛行途中で分解したイオン や中性粒子も電荷を有している分子は全て検出できるため極めて高感度な測定法である。
しかし、イオン生成時の初期エネルギーの分布がそのまま飛行時間に反映されるため、質 量分解能はそれほど高くはない。リニア型でイオン化部、加速領域および初期エネルギー の分布を考慮した理論式を以下に示す。
・・O(π叫十厚赤。(舳・)
M:イオン質量数(u), q:素電荷1.6×10119(c), z:電荷数,
ε:イオン初期エネルギー(eV), mo:原子質量単位[a−mlu.]=1.66×10127(kg)
Do:引き出し距離(m), Lo:ドリフト距離(m), Vo:引き出し電圧(v),
・線形二段加速方式
図1−2−4.a.に、線形二段加速方式での装置構成の模式図を示す。イオンはPo近傍からP1 までの間に空間的に均一な電場で加速された後,無電荷空間を自由飛行して検出器上のP3 に至る。また,イオンはPo近傍から出発する際に加速方向に初期速度を持っており、この 分布の平均はゼロと仮定する。例えば、囲内に示したイオン1は加速方向と反対向き、イ オン2は加速方向の向きに初速度を持っている。このとき全飛行時間々。サ、 は次のように表
せる。
;z/ド{〕
㌦一 S・;た/一一一〕 (式1−2−4.6)
z。
十
瓦、j+ ψ。1+ψ、。
工、1
La1 La2 Ld
:P0 1P1 :P2 p3
一1
■ 1On
■
■
1 2
■
:㌣=1
寸「、二
図1−2−4.a線形二段加速方式 装置構成
Kは加速方向に持っていた初期速度による初期エネルギーであり、第一項内の正負の二重 符号±は初期速度が加速方向と反対(図中のイオン1)が加速方向と同じ向き(図中のイオン 2)かによって決まる。
表式を簡単化するために、質量mを持つ粒子の加速後の(すなわち図中のイオン2)平 均のエネルギーK、エネルギーの相対分布εとδ、長さ、電位、エネルギーなどの量を次 ○
のように定義・規格化する。
/∫/
K・≡/K舳/・τ・叫1 ・ ol
δ一㍍一〈㌦〉 (式、、7)
K。
、…δ十・一〈・〉、、
Z.1 Z。≡Z.1+Z。。十Z.
z
Z ≡ユ,(1=α1,α。,a)
Zo (式1−5.8)
ψ。1 ψ、。
α1… ・02≡
K. K。
・14・
δは初期速度の分布に伴う初期エネルギーの分布である。また,εは加速終了後の全エネ ルギーの分布であり、δと初期位置の分布に起因するエネルギー分布の2成分からなる。
飛行時間㌦C、 は次のように整理された形で表せる。ここで、g(ε,δ,α2,α1)は無次元の 実行飛行時間である。
㌦一・π・山ψ
炊・巧)・??E・午・・/牙十〕河
90…9(ε,δ,α2,α1)
また、時間飛行型以外の代表的な質量分離部も多数存在する。それらについては表1−2−4.b にまとめたものを示しておく。
萎
磁場中でイオンにかかる力を利用。磁場の強さを変化させ、磁場
Sector MS 中でのイオンの軌道の曲率を変化させることによって質量電荷 比に応じて分離する。
四本のロッドを平行に束ねた分離装置で、ロッドに高周波電位と 直流電位を重ね合わせた電位を与える。イオンをロッド間に送り
QMS 込むと質量電荷比に応じて振動しながら進み、一定範囲の質量電 荷比のイオンだけを取り出すことができる。
測定可能な質量の上限は2000〜4000
四重極ロッドの入り口と出口をつないでリング状にしたもの。安 定に振動するイオンは外に出ることなく内部にとどまり、印加す
lT S る高周波の電圧を徐々に強くしていくと、質量電荷比の小さいも のから順にイオントラップの外に出てくるのでマススヘクトル
が得られる。
イオンを加速してから検出器に到達するまでの時間によって分 離する。原理的に、測定可能な質量数範囲に制限がない。もう一
TOFlVlS つの特徴として、全てのイオンを捨てることなく検出可能なため 高い感度が実現可能。
高感度な測定方法であるリニア(Linear)型と、イオン反射器を 用い高い質量分解能が得られるリフレクタ(Reflector)型がある。
イオンサイクロトロン共鳴現象を利用したもので,高質量イオン が高分解能で測定できる。六面の電極で構成されたセル中で強磁 1=T・1CR S 場をかけることでイオンを回転運動させる。それぞれのイオンの 回転速度に応じた周波数信号が混合して検出され、それをプーリ 工変換しマススヘクトルを得る。
微量試料で信号雑音比(SN比)が大きなスペクトルが得やすい。
SectorMS:磁場型質量分離装置(SectorMass Spectrometry)
QMS:四重極型質量分離装置(Quadrupole Mass Spectrometry)
lTMS:イオントラップ型質量分離装置(lonTrap Mass Spectrometry)
TOFMS:飛行時間型質量分離装置(Time of Flight Mass Spectrometry)
FTCRMS:フーリエ変換イオンサイクロトロン型質量分離装置(Fourier
Transformati◎n1on Cyclotr◎n Mass Spectrometry)
表1−2−4.b 質量分析における主な質量分離装置
・16・
検出部は質量分離部で分離したイオンを検出する部分である。表1−2−5.aに代表的な検出 部の名称と原理・特徴をまとめたものを示す。
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萎胡」
@葵,・ ・ 臨 1、王
多くの装置で用いられている検出器であり、イオンが金
SE㎜ 属表面に衝突することで複数の二次電子が放出される性 質を利用している。イオンの質量が大きいものほど感度 が低下する。
電子増倍管の前にアルミニウム電極を設置し、高電圧を 印加する。イオンをアルミニウム電極に衝突させ,二次
PAD 電子を放出後、電子増倍管へ加速することで高い電子収 率が得られる。
高質量イオンを感度よく検出することが可能。
二次電子増倍管を連続した表面で行う検出器。ラッパ型
チャンネルトロン のガラス内側に鉛を塗布し、高電圧を印加する。鉛の電 気抵抗によって連続した電気勾配ができ、連続した電子 増倍管のように働く。
小さなチャンネルトロンを平面に多数並べた様な構造を
MCP しており,薄い板状になっている。表面と裏面の間に高 電圧を印加して使用し、広い面積で検出可能なためイオ
ン収束機能を持たないTOF−MSなどに用いられる。
数千個の小さなチャンネルトロンを直線に配列したも の。イオンの焦点面に設置することで磁場あるいは電場
アレイ検出器 によって分散した複数のイオンを同時に検出可能。SN 比の大きいスペクトルが得られるが,限られた範囲のイ オンしか検出できないので、磁場や電場を段階的に切り 替えて必要な範囲を測定する。
MCPに生成した電子雲をMCPの裏側に設置した帯状導
PATRlCT 電性電極で検出する。イオンが到達した位置と時間を正 確に検出でき、磁場などを掃引しながら連続的にアレイ 検出することが可能である。
SEM:二次電子増倍管(Secondary E1ectr◎n Mu1tiplier)
PAD:後段加速型検出器(Post−Acce1eration Detector)
MCP:マイクロチャンネルプレート(Microchannel Plate)
PATRlCTM:位置・時間分解型アレイ検出器(Position and Time Resolved1on Countin◎)
表1−2−5.a 質量分析における主な分離部
本実験室にて用いている検出器はマイクロチャンネルプレート(MCP)と呼ばれる検出器 である。ここではMCPについて少し詳しく説明する。
分析部で質量数ごとに分離されたイオンをマイクロチャネルプレート(MCP)で増幅し て検出する。図1−2−5.bにMCPの構造を示す。
■MCPゲイン特性 MC Pの梶遣 チャンネル
^
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回1−2−5.c MCPの供給電圧とゲイン
鱗三 入舗.子 舳舳
騒一一舳
宅 図1−2−5.b MCPの構造
図1−2−5.cに示すように、MCPの入力側・出 力側2つの電極に電圧VDを供給すると、チャ ンネル方向に電位勾配が生じる。ここで入射電 子(イオン)が入力側の内壁に当たると、複数 の二次電子が放出される。これらの二次電子は 電位勾配によって加速されるため、諸速度によ って決まる万物軌道を描く。そして反対側の壁 に衝突して再び二次電子を放出する。このようにして電子はチャンネノレの内壁に何回も衝 突しながら出力側に進んでいき、結果として指数関数的に増倍された電子が取り出される。
1−3.研究目的
フー3−7.ル船ムD 彦…/こお/プる鰯
冒頭で示した通り、MALD1法は、生体関連物質の非破壊測定を可能とする点において非 常に有用な手法であることを示してきた。しかしながら、そもそもなぜ、非破壊状態でイ オン化が可能となるのか、どのようなプロセスを以てイオンが生成し、混合結晶からイオ
ン種が脱離・検出されるのかといった、本手法における原理的な部分において、その疑問 点が今日においても解消されていないのが現状である。これまで、数多くの研究者によっ て、イオン化のメカニズムについてはいくつかの先行研究によってそのイオン化モデルが 提唱されてきた。
まず、MALD1法の開発初期に提唱されたイオン化モデノレとして、H.Ehringらが提唱した Photochemical model と呼ばれるモデルが始めに挙げられる。このモデルの概略図を図
1−3−1−1.に示す。
このモデルにおいては、紫外光に対し吸収を持つマトリクス分子(Matrix)が、その光吸収 に伴い、A:二個の励起分子間によるエネノレギーシェア(Energy Pooling)、B:共鳴二光子吸 収、C=非線形二光子イオン化といった多光子吸収プロセスを経ることにより、【Matrix1+、
・18・
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ぬ徹り沙汰輸d W北01.M融納商:参議㌫●州;?業州○狐 図1−3−1−1.Ph◎t◎chemicalm◎de1概略図
或いは【Matrix+H1+を形成し、そこから化学反応を介する測定試料(Analyte)へのプロトン付 加・脱離反応による[Ana1yte+Hrの生成・観測をMALD1法におけるイオン化プロセスとし て提唱している。
多光子イオン化によるイオン生成はマトリクスの光学的性質上、発生している可能性は 十分に考えられるが、他の先行研究において多光子イオン化の発生条件を満たさないよう な紫外レーザー照射条件下においてもイオン種が検出されるという報告例が存在すること から、その矛盾が指摘されており、単純な多光子イオン化のみがイオン化メカニズムの全 てを担っているわけではないということが考えられてきた。
そこで次に提唱されたモデルとして、M.Karasらによる Clusterlonization Model が挙げ られ、この概略図を図1−3−1−2.に示す。
このモデルでは、まず、結晶中に多量に混在しているマトリクス分子がマクロな結晶構 造を形成し、紫外レーザーの照射に伴う多光子励起によって試料を包含するクラスターイ オンとしてのイオン種が形成される。その後、気相においてこのクラスターの開裂、分解、
或いは化学反応の発生によって種々のイオン種が検出されるという、エレクトロスプレー
2◇
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○鰍脇i ○脇鮒
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図1−3−1−2.Cluster1◎nizati㎝m◎de1概略図
イオン化法におけるイオン化メカニズムと類似したプロセスとして提唱しているモデルで
ある。
本モデルにおいても多光子励起を前提としたプロセスであるため、Photochemical Model と同様に照射レーザーエネルギーと生成イオンとの間における矛盾が存在してしまってい る。加えて、ESlにおけるイオン化では、多価イオンが多く生成するのに対し、MALD1法 においては一価のイオンが選択的に生成される特性があることから、ESlと類似したメカニ ズムであると提唱する際に、これらの特性の違いについて考慮する必要性も存在する。更 には、マトリクス分子の役割としては、主に紫外光を吸収する点のみにおいて着眼点が絞 られてしまっているために、各々のマ トリクス分子が持つ吸光以外の特性や、マトリクス と試料との相互作用についても考察する必要性があるため、このモデルにおいても、これ だけでMALD1法のイオン化メカニズムを説明するためには不十分であると考えられる。
次に、3つ目の代表的なイオン化メカニズムとして、W.C.Changらが提唱した Pseudo ProtonTransferMode1 が挙げられ、このモデルの概略図を図1−3−1−3.に示す。
このモデルでは、混合結晶調製時において試料とマトリクスとの間に擬似的な結合が形
・20・
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図1−3−1−3.Pseud◎Pr◎t◎nTransfer m◎de1概略図 H◎
成され、マトリクス分子の紫外光吸収に伴う電子励起によって、その結合を介して試料か らマトリクス、或いはマトリクスから試料へのプロトン移動が発生することにより、
[Matrix+Hl+、1Ana1次e+H1+が生成・検出されることを提唱している。本モデルでは、試料と マトリクスの相互作用について言及されているが、試料とマトリクスとの結合サイト数の 観点から、一価のイオンが選択的に検出される原因が十分に特定できない点や、試料調製 時に用いる溶媒分子の種類によって検出されるイオン形態が異なるといった報告している 先行研究結果との矛盾が存在してしまっていることから、このモデルでさえも、完全なメ カニズム解明としては必要十分条件が満たされていないと考えられている。
このように、MALDlのイオン化メカニズムに関する研究例が多数報告されているものの、
その完全解明に至るような報告例が未だに存在していないために、マトリクス分子と試料 との組み合わせにおける、経験則的に基づかない、理論と根拠に削った適切な組み合わせ の選択や実験結果の再現性といった、今後より汎用性の高い分析手法として進化するため 必須となると考えられる問題点の解消が、その手法が持つ原理の不透明さに阻害されてし まっている点が最も大きな問題点であり、これを解決していくことが最大の課題であると 考えられる。
ブ_3_2一 本離/こお/プる厚序ク
本研究においては、第1−3−1章で紹介されたMALD1法における数々のイオン化メカニズ ム解明に向けた研究成果や課題を踏襲しつつ、これに対し新たな知見を得、イオン化メカ ニズムの完全な解明を目指すことを研究の最大のモチベーションとしている。Wanらによ ると、一般的なマトリクス分子中における初期反応過程は、マトリクス分子が有する化学 特性に基づいているものと考察されており、マトリクス分子のイオン化には、photochemical modelで示したようなイオン化メカニズムを含む、多角的かつ複雑なプロセスや、吸収断面 積・励起寿命といった特性が関連しているものと提唱している。
本研究では特に、代表的なマトリクス分子について、その構造の観点からイオン化に与 える影響の評価と、これらマトリクス分子の電子励起状態を伴う反応メカニズムについて 主に着眼することで、化学的根拠に削った混晶系内におけるイオン化メカニズムの追究・
解明を研究の目的とする。
1−4,本論文の構成について
本論文の構成について簡単にまとめる。まず第1章では、本研究と深く関与している質 量分析法について、その歴史や原理、理論計算式等をまとめ、それを踏まえたうえで質量 分析技術の現状、問題点及び本研究の目標について言及する。
第2章では、具体的な研究、検証を実際に実施するにあたり、種々の実験条件が発生し ていることを考慮し、各種実験操作及び実験装置についての実験条件をまとめ、後述する 実験内容の基盤を確立させる。
第3章〜第7章では実際の検証内容について言及し、確検証毎に実験目的、内容、結果 及び考察をまとめることにする。また、第2章に述べた実験条件以外の条件が実験内容に 含まれている場合は、章別により詳細な実験条件等を言及し、原理的な部分において補足 が必要であると考えられる点については、その詳細を述べている。
各章の実験内容については簡単に述べると、第3章では主にマトリクスの構造に関する 検証から議論を展開する。
第4、第5章では、混晶系内系内におけるイオン源の追究を目的とした検証内容、考察に ついて主に述べる。
第6章では、近赤外光を用いたpump−Probe MALDl−MS検証内容について言及し、混晶 系が与える系内イオンの安定性や、プロトン付加メカニズムの詳細について議論・考察す
る。
第7章では、分光学的観点から混合結晶系の評価と、イオン化メカニズムとの相関性に ついて議論する。
第8章では、第3〜7章の実験結果・考察をまとめ、最終的なイオン化メカニズムに関す るまとめを本研究における総括として報告する。
・22・
第2章 実験条件の確立
2−1.試料調製
2−7一ブ. r7戸ノクノス
今回の実験におけるマトリクスとして、2,4,6トリヒドロキシアセトフェノン(THAP)、2,4 〜2,6一ジヒドロキシアセトフェノン(DHAP)、2,3〜2,6一ジヒドロキシ安息香酸(DHBA)、オノレ ト、メタ及びパラ体のモノヒドロキシアセトフェノン(HAP)とモノヒドロキシ安息香酸
(HBA)を用いた。
それぞれのマトリクスの名称、略称、分子量、構造を図2−1−1.aに示しておく。これ以後、
マトリクスについては図2−1−1で示した略称を用いて表記することにする。
■請■耳図1璽11,図■国 、
鮒鰍一・い・・寸・眺壕徽2品・・僻箏
HO
㍗瓢㌫…㎝
謦オ駕香ふ一㌻
・㍗1叢。211ハ・中燃駕翻2缶・・一一、1
一轍ソー…㌣眺駕香{一、、H 一機一・・〆一鶴…一一}∵
僻鰐ン州1・・一{パー焼ノヒ鶏一冊・1・・ρイ
HO
榊1鶏岬・㈱一{ぺ1
図2−1−1.各種マトリクスの名称、略称、分子量、構造
2_7_2. ナニ/二7=/レ
今回の実験におけるサンプルとして、モデルサンプルをして広く用いられ、ペプチドの 一種として知られているSubstanceP(m.w1348)(以下略称として「SubP」を用いる)、及び Angiotensin皿(m.w.1046)(以下略称として「AngI」を用いる)を採用した。
また、実験系によってはアルカン分子の一種であるノナデカン(ClgH40)、トリゴサン
(C23H48)、テトラコサン(C24H50)を測定試料分子として採用した。
各実験系において測定対象分子が異なることもあるため、採用した試料及びマトリクス については、実験系毎に言及する。
・SubstanceP(SubP) H2N
O O \/
IIllI.・ HN HN
NH
O O
H2Nト・
H2N
・Angiotensin1皿(Ang1I)
HNゴ
O
H・N仏、
胃 OH
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H2N
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O OH
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・ノナデカン(C1gH40)
・トリゴサン(C23H48)
・テトラコサン(C24H50)
図2斗2測定試料分子構造
・24・