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重度障害児・者の自己活動を重視した援助活動

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重度障害児・者の自己活動を重視した援助活動

進 一 鷹 ・ 宮 部 修 一

The Action Supporting Self‑Activities of Profoundly and  Physically Handicapped persons 

Kazutaka SHland Shuichi MIY ABE  (Received N ovember 11, 1997) 

This research is designed to consider the method of assisting physically handicapped  persons.  It was observed childeren's behavior on daily Iife  and learning situations  through the video, so as to made it  clear the relation between selfactivity and environ ments on profoundly and severely multiply disabled infant.  And we colledted newspapers  written about profoundly physically handicapped man, he is one of this writers, then we  investigated ways of general looking at the handicapped in various newspapers.  It  become clearatsupport was deeply inf1uenced by the attitude and thought of assistant  side.  When we can find the meaning of existence as the disabled or the physically  handicapped person, we can get many benefits on ours thought from them, we can find  meaning of handicap, if we are related with them. 

Key words: behavior, handicap, learning situation, selfactivity, 

問 題

重度障害児・者は,日常生活は全面介助である.

経済的自立は不可能である,社会的な能力が不足し ている等,様々なマイナス面のみが強調され,彼ら の生き方や生活上の工夫等が見逃される傾向にある.

したがって,彼らを見る感情としては,かわいそう である,気の毒である,不倒である等,マイナス面 の評価が前面にでてくることになる.しかし,負の 要因が彼らの生活にあればあるほど,彼らは自らの 生活や生き方を工夫していると言える.したがって,

彼らのプラス面を見つめ彼らの生きる姿や生きてい く上での工夫をわれわれが学び,彼らとの関わりを 持つことが重度障害児・者との関わりを高めていく

ことになり,彼らの援助や介護に有効に作用するも のと考えられる.

重度障害児・者は,障害の重さゆえに,障害に対 するマイナスの面が強調されることが多い.重度障 害児・者の有する問題もそのマイナス面の問題を解 決すれば,例えば生命を維持するために必要な活動

傘障害児教育

"九州重複障害教育研究会員

の援助をすることで,彼らの問題は解決したと考え がちである.しかし,重度障害児・者は,外界(ヒ トやもの)と豊かな相互交渉をもっており,彼ら独 自の世界を創造している.障害状況が厳しくなれば なるほど,自己の精神的な活動がいっそう純化され,

われわれの日常雑多な活動において見逃されている 人間行動の本質が浮かび上がってくると考える.そ の意味では,教育や福祉の形態を通して障害児・者 になされている援助などを行うときの考え方の基礎 (いわゆる教育や福祉の背景になる思想)を深化させ ることができる.それ故,筆者らは事例に即してこ の問題を検討していきたい.事例は2事例である.

1事例は重度の肢体不自由と重度精神遅滞を併せも つ重症心身障害幼児である.もう l事例は重度の肢 体不自由を有する筆者のひとりである.彼の出会っ た出来事(生活保護の打ち切り)をもとに彼の生き 方及び考え方について検討し真の援助の在り方につ いて考える.前事例については,その子の行動を観 察することを通して主体的な活動を発見しそれに基 づいた援助の在り方について検討し考察する.商事 例を取り上げるのは,障害の原因や知的なレベルを 考慮すれば,異質なように受け取られる砂れども,

両者は他者の援助が必要であり,それと同時にその

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ヒトなりに自己の世界を築いているという点におい ては共通する問題を有しているからである.その視 点から両者の有する問題を論じ,各種障害児・者の 有する援助の在り方を検討するのは有意義なことで ある.

障害児・者の教育や福祉について考えるとき,障 害そのものについての見方や考え方(障害観)が重 要な意味をもつのであるが,今日の障害児教育や福 祉の分野でその点について論じられることは稀であ る.重篤な障害のために,外界への働きかけが極め て乏しい重症心身障害児を見て,全面介助,無反応,

無表情,無感動と感じれば,あるいは,そういう見 方をすれば,その子自身はそのような存在として浮 かび上がってくる.しかし,逆に,関わり手の工夫 の仕方によっては非常に豊かな反応や表情を示して くれる.動きが乏しい中にも微かな動きを読み取っ てその動きの意味を考えれば,われわれが想像する 以上に深い意味をもっていることが分かる.自らの 障害をプラスに生かした素晴らしい障害児・者がそ こに存在することになり,その生きている姿に感動 するものである.障害そのものをプラスの存在とし て考えていく思想が現在の障害児教育や福祉の中で 軽視されているので,プラスの存在を強調すること によって新たな障害児・者像に迫り,障害児・者の 教育及び福祉のあり方について検討する.

一般に障害児・者教育や福祉の立場などから,障 害児・者の問題が述べられるときは r身辺自立Jr 済的自立Jr職業的自立Jr社会的自立」という常識 的な障害児・者自立観に基づいて論じられる.健常 児・者の発達や行動能力の枠組みを尺度として抽象 的な概念で障害児・者の自立や生きがいの問題を一 般化し,それを障害児・者にあてはめていく方法で ある.いわゆる,筆者らは,今日の障害児・者の援 助思想、の背景は,従来の常識的な障害児・者観と密 接に関係していると理解している.障害児・者自身 が自らの存在に意義と価値を見出していくというわ れわれの障害児・者の援助思想から見れば,従来の 常識的な障害児・者援助思想、は,次のような問題点 がある.

常識的な障害児・者自立思想、は障害の程度の軽度 の者を対象とする限りその意味があるけれども,こ の枠から離れる重度障害児・者は,その理念を理解 できても,具体的な日常生活の中でそれを実現する のは困難である.また,一般に人々は,障害による 不自由や困難な側面を改善させたり軽減させたりす るという援助思想を有するために,障害が重度であ

ればなおさらヒトはそのヒトなりに外界の人や物と 積極的に関わり自らの世界を築いている,という重 度障害児・者の実存世界を理解できない側面を有し ている.

上記の問題について検討するために,前述した2 事例をもとに事例に即して問題点を検討し考察する

ことによって,今後の重度障害児・者の援助及び介 助の思想及び実践の一助ともなればと考えている.

事例1(重症心身障害幼児) 1.事例紹介

(1)生年月日(年齢)性別:1989年12月生(当時5 歳11か月)女児.

(2)家族構成:父,母,本幼児.

(3)生育歴:天草地方の病院で出生.出生後,鹿児 島に転居. 1か月健診までは特に異常なし.首が座 らない,ぐずらない,目を開けない等の理由から両 親が不安を抱く. 4か月健診で,発達に障害を伴っ ていると診断される.その時の医師の紹介で 5 月から8か月までの間, M病院小児科(熊本県)に 母子入院し,ボイタ法による機能訓練を受ける. か月から10か月までの間, K大学附属病院小児科に 検査入院.16か月の時,食事指導のため, K 合療育センターに, 3か月間,母子入院. 17 月の時,鹿児島から熊本市内へ転居.2歳の時,風 邪から肺炎を併発し, K地域医療センターに20日間 緊急入院.24か月, K大学教育学部障害児教育 進研究室教育相談に毎週1回来学. 26か月の時,

風邪から肺炎を併発し, K大学附属病院発達小児科 6か月間入院.それ以後,健康状態も良好. 3 から,障害幼児通園施設に適所.

2.行動観察の視点及び方法 (1)観察の視点

本幼児は寝たきりの重症心身障害児のために言語 による報告は不可能である.したがって,日常生活 や療育活動,さらに学習活動における行動を観察す る.資料の収集は,量的な行動よりも筆者らが問題 としていることを示す質的な行動サンプルを観察し 分析した.

(2)  方法

観察に際しては,ビデオを併用し行動観察と同時 にビデオを分析しそれを行動のサンプルとした.

①観察場面

日常生活,療育活動に関しては,19955月'"''1995 年11月の期間で, 7回 程 度 (12時間程度)観察

した.観察場所は家庭及び幼児通園施設.

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学習場面に関しては, M児に即した教材を開発し本 幼児への関わりを通して発現した行動をサンプルと して収集した.期間は19943........19961月,毎 11時間程度.場所は熊本大学教育学部障害児 研究室プレイルーム.

3.関わりの当初の状況 (19946月)

①姿勢:常時背臥位の姿勢で自力での寝返り不可能.

支持側臥位は可能.片足を軽く膝を曲げ前方に伸展 する,上肢を床面に沿って伸ばす,頭をやや前屈す るという姿勢を関わり手が作れば,自分で側臥位の 姿勢を維持できる.②感覚及びコミュニケーショ ン:側臥位の姿勢では眼を開けているときがある (身体を起こすと瞳を閉じる:母親陳述)が,人や物 を追視している様子は見られない.ヒラヒラ光る教 材を眼前で動かすと,光りの動く h方向に瞳を動か すときがある.母親や周りの者が声かけしている時 に,声を出して微笑むことが見られる.しかし,常 時この反応が出現するまでには至っていないので,

それが周りの声に対応した反応であるかどうかは不

‑明である.小豆や人の手で足先を触れば足を蹴った り引っ込めたりする行動も発現することもある.

4.行動サンプルを通して見た本幼児の自己活動 本幼児のような重篤な重度の障害を有する障害児 は反射活動が中心をなしてヒトとしての活動,いわ ゆる精神が欠知しているように考えられるが,実際 はそうではなく自らの世界を築くという真撃な自己 活動を営んでいると考え,ここで自己活動という用 語を採用した.

関わりの当初の状況から予測できるように,重篤 な障害を有していても本幼児は状況設定の仕方や関 わり方の工夫によって豊富で多様な行動を出現させ ることが可能である.これは障害をプラスの存在と して捉えることになる.もちろん,ありふれた状況 設定や関わり方では障害の重篤さのみが強調され,

外界との関わりにきわめて乏しい幼児として浮かび 上がってくる.それは障害をマイナスの存在として 捉えるζとになる.障害のプラス的な存在を重視す る考え方は,その子自身の築く創造的な世界を信頼 しそれを行動次元で捉えるということを意味する.

それはきわめて自発的な行動であると言える.外界 への予測的・主体的・能動的・積極的・持続的・調 節的・行動的・さらに事後確認的に関わることを意 味する.動作としては,姿勢の維持・調節・修正及 び体の部分の認知的・操作的な使用の問題になる.

上記の点に考慮して本幼児の行動を観察していく.

行動観察としては,学習場面,日常生活場面,通園

施設の療育場面の3つの場面の行動サンプノレを抽出 した.

(1)学習場面

行動サンプル① 抱かれた姿勢でカスタードクリー ムをなめる

母親が本幼児を抱いてクリームを食べさせる準備 をしたとき,本幼児は目を軽く閉じ口も軽く閉じて いた.その後,下唇の内側にわずかにクリームが触 れると,口を大きく開けてそのクリームが口の中に 入ってくるのを待っていた.口を聞いてもクリ}ム が口の中に入ってとないと rアー」という言葉を発 した.それでも口の中にクリームが入ってこないと,

口をもぐもぐさせ下唇についているクリームを翫め ようとして舌を前方に動かしてきた.舌を横に広げ たり丸めたり舌先をとがらせたりした.舌先をとが らせ前方にだしたとき,下唇のクリームに舌先がつ いた.その後,舌を引っ込め口を上下に動かしてク

リームを食べた.

次に,クリームを下唇と舌先の聞に置いたところ,

大きく横に口を広げ,クリームの塊りを引き込むよ うに舌先を使いクリームを口の中へ引き込んだ.上 唇の先にクリームの塊りをつげると,丸くなってい る舌先もとがらし上唇のクリームを舌先でっかみ口 の中へ引き込んだ.このクリーム取りの学習のとき,

初めは瞳を左右に動かしながら口を聞いたままでい たが,次第に舌を左右に動かしたり前後に動かした りしてクリームを口の中に取り込む動きが発現した.

このとき,それまで平たく丸まっていた舌が尖って きた.クリームを口の中に取り込むときは,尖らせ た舌先でクリームに押しつけ上方に押し上げたり,

口唇の先端についたクリームをすくい上げたりして 口の中に取り込んだ.

行動サンプル② 背臥位の姿勢で小豆をける 木製の掲示板の中に小豆を敷き詰め本幼児の両足 をその上に乗せる.そのとき,関わり手が本幼児の 膝や腫や親指の先端をなでたり,あるいは膝を立て て動かしたりして彼女が自ら足を動かすのを助ける.

最初,背臥位の姿勢で小豆の上に両足を乗せても,

足でける動きは出現しなかった.しかし,足の腫,

足の外側面(足を外旋させているので,足の外側面 が常に床面に接触)を手で触り,その後,小豆の上 に足をのせると,手や口が動き,それと同時に足が 間欠的にびくっと動かして小豆をけった.また,関 わり手が足を持って小豆に触れさせた後,再び同じ ように小豆の上に足を置くと,力を入れて真直ぐに 両足を伸ばした.回数を重ねることによって,足を

‑15 

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小豆の上に置けば,すぐに小豆を付ったり,膝を曲 げ伸ばししてける行動も出現した.そのとき,目と 口を活発に動かし,手で足のバランスを取っていた.

行動サンプル③ 背臥位の姿勢でスイッチを蹴って チャイムを鳴らす

教材は,スイッチを押せばチャイムが鳴るように 工夫された教材を用いだ.この教材は,フレキシプ ルスイッチ (Z‑15GNJ55‑B:オムロン社)の先端に プラスチックの練習用ゴルフ玉をつけたものである.

このスイッチはどの方向へ押してもスイッチが入る.

それをチャイムにつなげば,チャイムが鳴る.

本幼児が背臥位の姿勢でいるとき,足の先端(主 に親指)や蹟でチャイムを鳴らす状況を設定した.

最初,腫(右足の腫)にスイッチの先端を持ってい きチャイムを鳴らすように麗を触って促したが,げ る運動は出現しなかった.前述の小豆では足の躍を ずらして小豆の音を聞いていた 次に関わり手がか かとから親指の付け根(出っ張った部分)にスイッ チを移動させると,出していた声を止め,眼球を動 かし4足全体を内旋させてチャイムを鳴らした.再 び右足親指の根元にスイッチを持っていくと,右足 だけを動かしてチャイムを鳴らしニツコリ笑った.

行動サンプル④側臥位の姿勢でフレキシプルスイ ッチを動かし鳥の鳴き声(カッコウ)をだす

本幼児は野鳥のさえずりを聞いて目や口を動かし たりするので,スイッチを押すとカッコウの鳴き声 が鳴る教材を用いた.背臥位の姿勢では手でスイッ チを押すことができないので,側臥位の姿勢にし手 で操作する状況を設定した.手は自分で伸ばすこと ができないので,関わり手が補助してスイッチまで 手を伸ばし,スイッチの先端のゴルフ玉を握らせた.

ゴルフ玉を手で軽く握り,手を動かさないが,3040 秒後瞬間的にわずか動かし,鳥の合成音をだした.

手の運動の調節がうまくいかないのか,一度鳴らす と,しばらくその位置で手を保持し鳴らす.そのと き,スイッチを凝視したり,声を立てて面白そうに 笑ったりする行動が出現した その際に盛んによだ れを流していた.

行動サンプル⑤側臥位の姿勢でスイッチを動かし てクリスマスツリーをつける

側臥位の姿勢になている本幼児の顔前に光ながら 回転するクリスマスツリーを布でおおった箱の中に 入れると,本幼児はそれを見ていつも婚しそうに微 笑んだ.そこで,フレキシプルスイッチ(先端にプ ラスチックの練習用ゴルフ玉をつける)を押すとク リスマスツリーが光りながら回転する教材を製作し

た.本幼児が側臥位の姿勢のとき,関わり手が本幼 児の前方20cmにスイッチを置き本幼児の手を先端 ゴルフ玉に持っていきそのゴルフ玉を握らせたが,

スイッチを切ったりつけたりしてツリーの光を切っ たりつけたりする行動の発現はなかった.しかし,

クリスマスツリーが光りながら回転しているとき,

目をパッチリと大きく開いてじっと見ていた.ツリ ーを凝視しているときは,眼球を動かしたり口を動 かしたりして嬉しそうに微笑んだ.声をだすことも あった.

(2)  日常生活場面

行動サンプル⑥車椅子で散歩する

ビニール袋が擦れるとき,鳥が鳴くときなど,そ の聴覚刺激を受容し微笑んだ.口元または首の後ろ を触るとき,背中や頭の後ろ側が芝生に面したとき など,その触覚刺激を受容し微笑んだ.そのとき,

眼球や口を動かした.また,芝生の上に仰向げの姿 勢になったとき,頭を芝生に押し付け左右に動かす 行動も発現した.そのときは,表情が和やかになっ た.

下水溝や砂利道の上を車椅子で行くとき,車椅子 の背もたれから振動が伝わってきて温和な表情にな った(微笑むこともあった).

行動サンプル⑦ 家庭で食事(夕食)をする 周りの会話,母親の声かけ,電話の音,オルゴー ル音などを聞いて微笑んだ,電話やオ)~ゴールの音 には眼球や口を動かし真剣な表情になった,母親の 声かげには声を出して微笑んだりすることもあった.

母親が食物の乗ったスプーンを本幼児の口唇に

「チョンチョン」と軽く触れると,自分で口を聞き食 べ物が口に入るのを待つ.

母親が本幼児を抱き本幼児の視線が母親のロ元に いっているとき,母親が口を開いて見せると,本幼 児は母親の口元を目で見て自らも口を聞いた.

母親が本幼児の口にスプーンを近づりたとき,顔 を横に向けたり嫌な表情(動かしていた口を止めて 尖らすこと)をすることもあった.

(3)療育場面

行動サンプル③通園施設でおやつを食べる・食事 (昼食)をする・遊ぶ

食事のとき,スプーンで舌先を触れられる,頬を 手でなぞられる,頭を軽く手で触られると,口を開 いたり微笑んだり全身にカを入れたりした.また,

保母の声かけに,顔を向合わせたり,腕にカを入れ ながら口を軽く開く.

バナナを食べるとき,動かしていた口を止めてす

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ぽめ舌先を突き出し,口からはみ出て唇についたバ ナナの屑を,口をすぽめながら自分から舌で取り込 もうとした.

飲み込みが難しい食物のときや,首の後ろ側に敷 き入れられたタオルが汗で不快になったときは,「ア ー」と声を出し愚図った.また,スプーンが口の中 に入ったときに顔を横に背砂た.

揺りかご,ハンモツク,板の上に乗せられ,揺ら されたり,回転させられたりするとき,目と口を大 きく聞き動かし嬉しそうに声を立てて笑った.揺ら されている聞は口を大きく聞き,動きが止むと口を 閉じる.揺らすのが止められたあと,しばらくして 口を開いて「アー」という声を発し揺らすのを要求 した.

事例2(重度肢体不自由者) 1.事例紹介

(1)生年月日(年齢)性別:19674月生(現在30 歳)男.

(2) 経 歴

1984S高校2年生のときバイク事故で第5 6頚椎を損傷.K病院に入院.両上肢機能に著しい 障害が残るとともに,両下肢機能が全廃.日常生活 は全面介助になった.以来,車椅子の生活になる.

Ka病院に転院してリハビリのための入院生活を送 った後,退院して自宅へ戻る.同時にそれまで通っ ていた高校へ車椅子で復学.兄の送迎で自宅から登 校.高校卒業後, 1989年熊本商科大学(現熊本学園 大学)へ進学.大学近くのアパートを借り,母の介 護のもと通学.大学で教職課程を履修し,大学卒業 1992年熊本大学教育学部特殊教育特別専攻科へ 進学した.専攻科在籍中,課程の事情から母の介護 が受けられなくなり,自立してアパートで一人暮ら しに入る.生活保護を受給する.専攻科終了後,障 害当事者の立場から障害児教育の在り方を聞い直し たいと考え,さらに1994年同大大学院教育学研究科 障害児教育専攻へ進学.現在,ホームヘルパーや訪 問看護,友人らの介助を受けながら地域で生活して いる.

1992年,自立生活を始めた当初,ヘルパーの派遣 費用を得るために生活保護を受給する.障害者基礎 年金,特別障害者手当は,障害を受げた時点より受 給.しかし,日常生活全明介助の生活を送っている ために,障害者基礎年金,特別障害者手当を受給す るだけでは,ヘルパーの派遣費をだすことができな かったので,生活保護費を受給するようになった.

19942月,熊本大学教育学部大学院教育学研究 科障害児教育専攻に合格,授業料免除申請のための 生活保護証明書を熊本市の保護課に行ったところ,

窓口で「保護をもらいながら大学院に進学すること はできない.大学院に進学するのであれば,保護は 打ち切り.Jと言われた.その理由としては,①生活 保護は最低限の生活保障であり大学以上の進学は認 められていない.②保護を受ける者はその人が持っ ている資産,能力をすべて活用した上でさらに不足 するときに受給することができる.したがって,こ れまで身につけた学力を生かして就職活動する方が 優先する.就職活動をしないで大学院にいくのであ れば,生活保護は打ち切りである.その結果,大学 院進学を希望し生活保護は打ち切りとなるが進学し た.大学院では,重度障害児のQOLについての研究 を進めた.進学後はひとづくり資金の援助を受げた.

ひとづくり資金ができるまでの2か月間は支援者の カンパで介助費などの生活費を得た.

2.新聞での反響

生活保護打ち切りに関するニュースが数種の新聞 に掲載されたために,反響が大きくさまざまな意見 が新聞に寄せられたので,それらを以下に掲載し,

福祉の問題,特に援助のあり方に焦点をあて検討す る.

(1)熊本日々新聞(以下,熊日と記す)に生活保護 打ち切りのニュース掲載

最初に熊日新聞(1994. 4.  15)に掲載された記 事をここに再び掲載する.

「生活保護受け大学院進学」 熊 本 市 保 護 打 ち 切 り決定へ

車いすの宮部さんの意見陳述

「違憲,納得できぬ」

車いす生活の重度身体障害者で四月から熊本大学 大学院生となった,宮部修ーさん(二六)=熊本市大 江=は十四日,熊本市福祉事務所から三月末に「大 学院に進学するなら生活保護を打ち切る」と通告さ れたことに対し,岡市役所に出向き r自立のため大 学院で学ぶ.保護打ち切りは憲法違反で納得できな い」と意見を述べた.生活保護の停・廃止に際して は受給者に弁明の機会が与えられている.弁明を聞 いたととで行政側の手続きは終了,同事務所は近く 保護打ち切りの処分を下す.

宮部さんは「大学院で障害児教育の専門知識を学 び就労,自立へつなぎたい」と・改めて就学の意思を 表明.代理人の東俊裕弁護士が①生活保護が停止さ れれば住居費,介助費を支払うことができず死の危

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険にさらされ,憲法二五条が定める生存権の侵害に 当たる②現在の社会状況で重度障害者の普通の就労 は困難で,求職して働けという指導は不可能③大学 院進学は生活保護法が目的とする自立助長になるー などの意見書を富田英二同事務所長に提出した.

同事務所側は「宮部さんは大学卒で家庭教師の経 験もある.大学院に進まず就労の努力をしてほしい.

生活保護以外での支援策も検討したがなかった」と 説明.これに対し宮部さんの支援者から「たまたま あったアルバイトを実績と考えるのはおかしい」な ど,批判の声が上がった.

また,大学院と同じく大学卒業者が対象の熊本大 学特別専攻科に在学中の宮部さんに対し四年十一月 から生活保護を始めたことについては, r(国や県の 指導を受けていなし~)市福祉事務所独自の判断」で あったと説明 r生活保護の支給や停止は国や県の基 準,指導に沿わなければいけない」としていたとれ

までの説明と食い違いを見せた.

宮部さんは意見陳述後 r生活保護打ち切り後の生 活の見通しが全くたっていない.これからも生活保 護継続を訴える.また生活保護とは別に障害者の自 立を支える制度の確立を目指すJと話している.

(2)読書欄におげる反響

新聞に寄せられた各種の意見は以下の通りである.

記事① 怒り感じる生活保護費の停止(熊本市,主 61) 

熊本市が 1級の身体障害者の方に対し,大学院 に進学するなら生活保護費を停止するという記事が 大きく載っていましたね.私はへJレパーボランティ アをしています.もっぱら高齢者の方のお世話が多

くて若い人と触れ合うことはないのですが,それに しても行政のやり方には怒りを感じました.本人は 重い障害に耐えながら前向きに努力しているわげで しょう.それを手助ザしてあげるのが筋じゃないで すか.主人も息子も憤慨していました.(1994.  3.  10.熊日)

記事②人ごとでない福祉行政の中身(熊本市,主 40) 

身障者の方への保護費問題で一言.障害者にやさ しい町づくりなどと言いますが,大切なのは中身じ ゃないですか.前例がないというなら,作ればいい でしょう.私にも知的障害の息子がいますが障害を 持つ子供たちは半分が15歳から仕事を始めます.仕 事か,進学か,という選択の自由がないんですよ.

誰でも,いつ障害を持つ身になるかわからないはず です.ひとごとじゃなしもっと共に生きるという

ことを考えてほしいですね.(1994.  3. 10.熊日) 記事③ 他の人の励みになる援助は当然(熊本市,

自営, 39) 

保護費打ち切りはおかしいと思いませんか.ああ いう若い人がこれからの日本を支えていくんでしょ う.それを援助するのは当然だと思います.ほかの 障害者の人にも励みになるでしょうに.本当に必要 なことに行政はお金を使ってほしいと思います.

(1994.  3.  10.熊日)

記事④ 障害者の大学院進学に思う(熊本市,主婦,

49) 

6日付本紙によれば,障害を持つ若者が大学院に 志したところ,生活保護打ち切りを受げたという.

重度の障害を持ちながら,大学で学び,大学院を目 指すその頑張りは,実に素晴らしいと思う.大した 目的もなく,大学に進む若者が多いなかで何と立派 な若者だろう.

しかし,私も家庭の事情で進学断念を余儀なくさ れたひとりだが,余裕シャクシャクでわが子を大学 に進ませる家庭はそうあるまい.父親は小遣いを切 りつめ,母親はパートに出て,苦労しているのが現 実である.

中学や高校を終えると,すぐに社会に出る者も少 なくない.そうした者も相応に税金を納め,頑張っ ているのだ.

福祉が至れり尽くせりになるのはだれしも願うと ころだが,何もかも,財源,つまり税金があっての こと.との方の場合,障害者年金や奨学金の手続き をして頑張られた方が,庶民感情としても納得がい く.(1994.  3.  11.熊日)

記事⑤ 障害者の大学行政は理解して(熊本市,主 47) 

先日,大学院に進学する熊本市の障害者の方が保 護費の停止を受けるという記事が載っていましたね.

私にも障害を持つ子供がおり,彼の気持ちがよく分 かるんです.だって,大学院に合格してから停止で しょう.希望を持って将来に向かつて頑張ろうとし ている矢先に「お金はダメ」ではあまりにもひどい と思います.行政の見解にも納得しがたい部分があ ります.前例がないとの理由でしたが,このような 例はそんなに多いとは思えないし,もっと彼の立場 を理解してほしいですね.(1994.  3.  16.熊日) 記事⑥保護は委任事務 固と相談中です(熊本市 福祉事務所)

障害者の方の大学院進学に伴う生活保護の問題に ついて,この場でいろんな意見が出ていますが,市

(7)

の立場から申し上げます 重い障害にもめげず,自 立を求めて大学院で学びたいという頑張りには,行 政としても敬服しています.生活保護業務は,国か ら委任されて県や市が行う委任事務で,統一基準に 基づき国の指導で実施しているものです.今回のケ ースですが,生活保護制度は最低生活の保障を目的 としていますから,現在の基準では大学院進学の場 合は認められていません.しかし,障害者の自立に かかわる特別なケースですので,今,県を通じて固 に相談しているところです.(1994.  3.  16.熊日) 記事⑦生活保護打ち切り批判は逆批判(熊本市,

大学院生, 30) 

「生活保護打ち切りはけしからん」という意見は,

少し論旨がずれている気がします.身障者の福祉向 上という美名を免罪符に,社会の節度まで曲げよう

とする姿勢は逆差別にもつながり,うなずけません.

研究は大学院でなくてもできるし,第一,大学院は 学位を取ることが目的の所だから,受け身や甘えだ けでは適用しません.普通の家庭の学生でも,大学 院までやる余裕はないと親に言われ,あきらめるか,

アルバイトなどして頑張っているのが実情です.こ の人が,それでも大学院に行きたいと思われるなら,

生活保護に頼らず,奨学金を申請したり,募ったり,

ほかに方法はあるはずです.(1994.  3.  19.熊日) 記事③ やむを得ぬ生活保護打切り(熊本市,会社 嘱託, 61) 

大学院生となった重度身体障害者に,熊本市福祉 事務所から生活保護を打ち切るという通告がされた.

生活保護の目的は,憲法第25条(最低限の生活を営 む権利)に基づき,すべての国民に対し困窮の程度 により必要な保護を行い,自立を助長するためとあ る.最低限の生活の基準や,困窮の程度とはどこま でをいうのか.個々のケースがあるだろう. 4月号 の市政だよりによれば,人口64万人, 237千世帯 とある.各人,各家庭に,さまざまな出来事が起き ているはずだ.進学問題にしても,中学を卒業し就 職していく若者,大学進学をあきらめた者がいる.

そこには経済的事由が要因となっている場合がある.

進学の最低限の基準は,高校までが一般的ではない かと思う.今回の決定は,身体障害者と健常者の個 の事情を検討し,全体(すべての市民)への公平の 上に立った判断であると理解したい. (熊日,日付不 明)

(3) 社説

社説①学ぶ権利は生きる権利(熊本日日新聞社説) 熊大教育学部の聴講生だった宮部修ーさん (26)

が,大学院に進学するのを受付,熊本市の福祉事務 所は生活保護を打ち切る方針という.福祉行政の在 り方が関われている.蘇陽高校時代の交通事故で後 遺症が残り,一級の重度障害者である宮部さんは,

親兄弟から独立してのアパート暮らし.車椅子に乗 るのも介助がないとできない.食事や身の回りのこ とは,市のへJレバーや民間の介護サービスを受けて いるが,障害にも負けず大学院で障害児教育を学ぽ うとする宮部さんの向学心は実に立派だ.だが,そ のための生活費は障害基礎年金や特別障害者手当で は足りず,これまで保護費を受けてその足しにして いた.いま保護費打ち切られては,進学の夢も絶た れてしまう.行政の規則に合わないからと切り捨て ていいものだろうか.大学院に進学しないなら保護 費の支給が続行されるというのもおかしなことだ.

生活保護の支給基準は時代の変化とともに変わって きた.東京オリンピックの前はテレピを家庭におく ととすら保護費減額の対象になったし,十数年前は 大学進学もできなかった.いま,それらは「普遍

J,つまり一般的になったとして,支給基準に加え られている.宮部さんの大学院進学のケースはまだ 国民的なものではない,との認識である.

確かに,生活保護が目指すものは最低限度の生活 を保証し,あくまでも受給者の自立を助げることで ある.1950年に定められた生活保護法は支給された 金額のすべてを生活費に充てることを原則にしてい る.だが,宮部さんの場合はさらに障害者という要 因が加わる.大学を卒業しても働く場がないことも あるが,まだ勉強したいという意欲が就労を上回っ ているのである.研究を通じて社会に貢献すること は立派な自立ではなかろうか.

85年,ユネスコの国際成人教育会議で採択された 宣言には「学習権は生きる権利である」ことが盛り 込まれた.ハンディのある人に対して行われる投資 が,健常者に比べて大きかったとしても,それは納 税者としての国民も許容することと思いたい.

熊本市はところ豊かなヒューマンシティの構築を 標ぽうし,福島県政の力点も福祉政策に置かれてい る.保護費の支給基準をしゃくし定規に当てはめる のではなく,障害者の側に立って弾力的に判断して ほしい.その腰が定まれば厚生省もきっと理解して

くれるはずだ.(1994.. 3. 15.熊日)

社説② 身障者進学問われる福祉の在り方(熊日新 聞社説)

重度障害者の宮部修ーさん (26)が,熊本大学の 大学院に進学したことを理由に, 5月にも生活保護

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費が打ち切られることになった 一連の動きを見る と,生活保護法の運用と障害者福祉の在り方にいく つもの問題を提起している.

宮部さんのことが報道されたあと,本紙の「ハイ!

こちら編集局」や支援団体には県民からさまざまな 反応が寄せられた.

県や熊本市の福祉行政に対して多くの批判があっ た半面,大学院進学がぜいたくすぎるとの声や,生 活保護法の趣旨を取り違えていないか,支援者,民 間で支えるべきではないかなど,行政に寄り掛かっ た姿勢に疑問を投げかげた意見も少なからずあった.

いずれも率直な県民の声であったろう.

宮部さんの生活が実際,困難を極めているのは十 分に理解できる.親元を離れての一人暮らしで,自 力での寝起きや着替え,排せつはできず,毎日他人 の介護を受けているのが実態だ.

生活費は,これまで障害者基礎年金や特別障害者 手当を受け,それでも介護料が不足するため,生活 保護費を受給してきた経緯がある.

生活保護は自立への手助砂と最低生活を保障する 目的で運用され,確かに大学で学びながらの受給は 例外を除いて認められていない.大学院進学は規定 すらないのが実情だ.大学院進学が国民の1%にも 満たない進学率からすれば,公平の原則を著しく欠 く,との行政の説明が分からないわけではない.

だが,宮部さんの場合,障害の度合いから就職し て収入を得,自立するのははなはだ困難である.将 来を切り開くためにも大学院で障害児教育を学びた い,と願うのは自然の成行きでもあった.

保護法の 適正"な運用の結果 r大学院に進学し たら保護費を打ち切られ,断念したら続行」という おかしな事態になりかかっているが,保護費を打ち 切ったあと rでは宮部さんをどうするのかJ,改め て福祉行政の在り方が関われていると言えよう.

宮部さんの場合,熊大の特別専攻科に在学中に保 護費の支給を始めたことなど,熊本市の福祉事務所 が独自に判断した先例もある.今回の場合も何かう まい解決方法はないものか.生活保護以外に救済の 方法が見当たらないというのも知恵がないように思

う.

また,これを機に奨学金の貸与や障害者教育基金 の創設など,障害者が安心して自立できる福祉シス テムの構築を目指すべきであろう.福祉行政は県,

熊本市の重点的施策の一つである.看板倒れになら ないようにしてほしいものである.(1994.  4.  19.  熊日)

社説③ 宮部さんの進学問題に思う(西日本新聞社 説)

今春,熊本大大学院に入学した重度身体障害者の 宮部修ーさん (27)が,大学院進学を理由に今月か

ら生活保護費の支給を打ち切られた.

厚生省の通達で,生活保護者には大学以上の進学 が認められていないためだ.だが,車椅子の一人暮 らしで,自力では食事,排せっ,寝起きもできない 宮部さんに新たな収入を得る道はない.

宮部さんは高校二年の時,交通事故で頚椎を痛め,

両足が全く動かず,両手の握力もぜロという状態だ.

ホームヘルパーなどの介護を受けなければ,一日も 生活できない.

熊本市では,無料の公的へルパーは週二回しか派 遣されない.あとは民間の有料介護に頼らざるを得 ず,介護料は月約十一万円に上る.

月額十万七千円の生活保護費が打ち切られると,

収入は障害者手当と障害年金の約十万円だけになる.

これでは,有料介護の費用はねん出できず,大学院 への通学も難しい.

厚生省によると,生活保護を受給しながらの大学 進学を認めないのは,保護費の原資となる税金を納 めている一般国民との「公平の原則」を考慮してい るからだという.身障者が自立できるには,現在,

大学進学率は約三五%で,経済的事情で進学をあき らめている人も少なくない.大学から大学院への進 学率は八・五%にすぎない.

生活保護での大学以上の進学は国民の理解が得ら れない,という行政側の判断も分からないわ砂では ない.

しかし,健常者はアルバイトなどで学資を稼ぐこ ともできるが,宮部さんのような重度の身障者の場 合,それは困難だ.

むしろ大学院まで進学して高度の学力を身につけ た方が,学者や研究者などになっで自立できる可能 性があるとの考え方もありえよう.

生活保護には「自立の手助砂」という目的もある.

難しい問題だが,自立を援助するとの立場を重視し ての弾力的な運用は不可能なのか.

一方,今回のケースによって,身障者に対する介 護福祉の立ち遅れも浮き彫りになった.公的な介護 体制が整っていれば,身障者は生活保護に頼らなく ても大学や大学院に進学できるはずだ.

東京都や大阪市,神戸市などには,既に公費で在 宅介護を支援する体制ができている.例えば,大阪 市では重度の身障者の自宅に介護人を派遣して,衣

参照

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