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足 もとの文化を見つめる 「中国文化資料講読」の授業取組

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足 もとの文化を見つめる 「 中国文化資料講読」の授業取組

教育文化学部 ・石川三佐男

授業取組の背景

秋 田の地 には江戸期 の漢詩文が数 千篇伝 わっている。 この数量は江戸期 の 日本漢詩文の一割強を占 めてい ると見込 まれ る。東北地方 に限って も江戸期 の漢詩文 をこれだけ擁 してい る地域は他に見あた らない。その意味で も秋 田漢詩文 は国内外 に誇 ることができる優れた教育資源 、文化資産であるとい って よい。 しか し欧米文化 の摂取 に走った明治以降、 日本文学者や歴史学者 は これ を取 り上げず、 中 国文学者 もほ とん ど扱 って こなかった。 これは秋 田の地において も同様であった。

授業担 当者 は貴重 な文化 資源、教育資源 が放置 されている現状 を改善す るために秋 田大学に赴任 し 19901月以来、 中国古典文学の教育 と研究に携 わるいっぽ う、 自らが拠 って立つ足 もとの文 化 を見つめる教育活動 として 「探訪 秋 田の漢学」 (1)をま とめた り、地域住民の質問に応 じた り、

依頼 に応 じて掲額や掛 け軸や襖の漢詩文 を解読す る支援 を行 ってきた。また二、三の授業 を通 じて受 講生 と共同の訳読作業 を行 い、「秋 田県の優れた文化資産 を顕彰 し伝達する授業実践報告」 と銘打って

『江戸期の秋 田漢詩文訳読』第一集 (私稿本 ・20024月)、第二集 (私稿本 ・20045月) を刊行 し、県内の高等学校や 中学校、また公共図書館等 に無償で配付す る取組 を行 ってきた (2)0 この間、授業担 当者 の意 図す る ところを汲み取 り、県 内の高等学校の公 開授業において生徒が主体 と なって上記 『江戸期 の秋 田漢詩文訳読』第‑集 を活用す る取組 を展開 したこ とは、慮 って もない こ と であった (注 3)。

フィール ドイ ンター ンシ ップ型授業を銘打つ本授業 はこ うした取組 の延長線上にある。

授業取組の具体例

江戸期の秋 田漢詩文のなかに藩校 明徳館教授 陣による 「如斯亭記」九篇 がある。 これには筆写本 の テキス トが二種類 あ り、‑ は東 山文庫 「国学命題文稿 如斯亭記」 (県公文書館蔵)。 これ には 「天保 七 (1836)年丙 申晩夏」の紀年がある。国学命題文稿 とは秋 田藩校 明徳館学長 ・奥 山椿斎が「如斯 亭」という課題を与え、教授 陣九名 がそれに応えて作った九篇の漢作文を意味する。‑は真崎勇助の 自筆校 本『秋 田文苑(県公文書館蔵)巻五十七収録の「如斯亭記」。原本は東 山文庫 「知新亭記」に拠っていると思 われる。ちなみに「如斯亭記」九篇 にはそれぞれ藩校 明徳館学長 ・奥 山椿斎による甲・乙・丙 ・丁等の「評点」

評語」が付けられ、評価 に応 じて報償晶が授与 されてい る。

なお 「如斯亭記」 に描かれ る如斯事は秋 田市市街地の北東、秋 田市旭川南町に所在 し、江戸時代後 期 に藩主 ・佐竹氏 によって整備 された庭 園、及び建造物 か ら成 り、昭和27 (1952)11 1

日に秋 田県史跡第一号に指定 されたものである。庭園は遠州流、関東以北では無二の名 園 といわれ る。

特 に庭 園内の十五景勝 は有名。所在地は秋 田大学にほ ど近 く、 日々その前 を通 ってい る受講生 も少 な くない。ただ しほ とん ど目に した ことがない とい うのが実情である。

授業の取組 では受講生にまず知新事 と 「如斯亭記」の概要 を解説 した うえで、三名 か ら四名 で一組 の訳読班、計五班 を構成 し、講読資料である 「如斯亭記」九篇 を配付 して訳読担 当範 囲を定め、成果 を毎週順次報告 し合い、訳読の熟度 を高めてい くこととした。テキス トは『秋 田文苑』巻五十七に収録 の「如斯亭記」を用い、東 山文庫 「如斯亭記」は必要 に応 じて適宜活用す ることとした。

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授業取組 における実地散策

百聞は一見に しかず」の教え もあ り、平成 17 1116日、授業 を展開す るに際 して所有者 に対 し、如斯亭散策許可 を依頼す ることとした。依頼書の内容は次の通 り。

如斯亭を守る会」代表 丸野 内 胡桃

秋 田大学教育文化学部教授 ・石川 三佐男

秋 田県史蹟 「如斯亭」散策許可願いについて

突然の依頼事で油に恐縮 に存 じます。

小職 はここ数年来、授業 の一環 として 「秋 田の優れた文化資産 を顕彰 し伝達す る授業」に取組み、

その成果 として受講生 との共 同作業 として 「江戸期の秋 田漢詩文訳読」第一集、第二集 を刊行 してお ります。その第一集 では益戸槍洲の 「間瑳紀行」 と山麻百齢 の 「遊棲紀行」を扱い、第二集では平元 謹斎 の 「棲湖紀行」他 を扱いま した。

これ を承 けて このたび、藩校明徳館教授陣による漢文作品 「如斯亭記」九篇の訳読 に着手 しま した。

百聞は一見に しかず」 の教 えもあ ります よ うに、受講生たちに是非 とも 「如斯亭」の実地散策 を体 験 させた く考 えてお ります。

つ きま しては次回授業実施時間帯に当たる1121日 (月)の午前9時か ら10時までの時間に、

本学学生18名 による 「如斯亭」散策 をご許可 くだ さるよ う謹 んでお願いす る次第です。

当 日は学生指導上、小職 も参加いた します。

当 日は雨天の場合は中止 とし、後 日に実施 したい と考 えてお ります0

如斯亭記」訳読の成果 は 「如斯亭」に とって もきっ と喜 ば しいものになると考 えてお ります。

以上宜 しくお願いいた します。

追伸 :イ ンターネ ッ ト上に紹介 されてい る龍居竹之介 さん とい う方の 「庭 を大事に しよう」 とい う 図書情報 に 「如斯亭 内に掲げられている如斯亭十五景を措いた盲 図」というのがあ ります。 この古図は現 在拝見す ることができるもので しょ うか。併せ て ご教示いただければ油に幸いです。

以上の依頼 内容 に対 し、所有者 の丸野内氏は挙 げて対応 して くだ さった。 1121日の当 日は、

庭園の案 内だけでな く 「如斯亭」の建造物 開放や貴重資料の開示 のほか、如斯革の歴史や現代的課題 等 について も丁寧 かつ詳 しく説 明 して くだ さった。如斯事 を維持す るための所有者 の並々な らぬ熱意

と苦労に受講生一同は大いに感動 したことであった (写真 1、写真2、写真3)

こ うした実地散策体験 を踏 まえ、受講者 による 「如斯亭記」訳読作業は始 まった。 これには 「如斯 亭記」に係 るさまざまな情報蒐集作業 も伴 った。持ち寄った情報や訳読資料には一定の検討 を加 え、

必要に応 じて修正原稿 の提 出を求めるな どしたC

訳読作業 を通 じ 「如斯亭記」の原文には句読点、書 き下 し文、語釈 を施 した。全体的には原文の文 意 を損なわない よ うに注意 を払 っている。複数 の受講生 による訳読作業の性格上、誤読等がない とは 限 らないが、不備 があれ ば もちろん授業担 当者 の責任 である。

如斯亭記」の訳読成果全てを引用す ることは避 け、 ここにはその一部 を紹介す ることに留めたい。

受講生が訳読作業に取組 んだ際の息づかいが伝 われば幸いである。

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如斯亭記」第一篇原文

丙 申之歳、季夏之初、予与客骨子城 北如斯事。蓋祝有年也。乃盈酒干樽、載魚干盤、与客更酌、欣然 而楽。且此地、有嶺 、墓、洞、柾 、奇石 、流水.又有青松佳木、爽路而生O殆知人仙境O名 目紅霞洞。其 左 日露然軒、其右 目夕陽坂也。軒西有茎、日観耕。蓋省農事也。路韓峰回而下、有征、日侃玉。上有清風嶺、

下則玉鑑池。水衝石入池、日超雪薪O有石青紫o其大可坐六七人、宛在水 中央O名 目巨奄嶋。其側有石、

如虎臨水状、名 目渇虎。蜂者如虫L、鋸者類豹。青松雑生其間。而弓字径、遠道而通、将至干事。有橋、

目星桂。西下礎、則清流消消而潟 出。峻厳 間日幽琴潤。其側有茶室、 日清音事。流水 日仁原泉。僻仰 之間二峰、秀者 日仁 山。蓋流水之原也。樹木繁茂欝乎蒼々。酉有射 乳 公召近侍習其術、不忘武也。

英側則旭川也。水清魚肥。夫君子之於 山水、適然有得。而後極視聴之楽、敦逸興之感。必有不能忘者、

信可楽裁。故孔子歎水 日、逝者如斯夫、不舎昼夜往。歳先君作此事。亦必有所感、而取名干五平。量 目観耕、泉 日仁原、其意可以知也。仰先君、博施仁務農、欲令後世之子々孫々、不忘此二義。故猟遊 吟詠之際、亦之設此二者也、其錯 国家於泰 山之安者、薦之故也。客 日然臭。於是蘭酒以楽、祝以有年、

不知老之将至云蘭。

如斯亭記」第一篇書き下 し文

われ して い けだ みの

丙 申の歳、季夏の初め、予、客 と城北の如斯事に合す。蓋 し祝す るに 年 有 り。乃ち酒を樽に盈た して

とぴい

魚 を盤 に載せ、客 と更いに酌めば、欣然 として楽 し。且つ此の地に嶺、茎、洞 柾 、奇石、流水有 り。

はさ ほとん こ うか ど

又た青松佳木の、路を爽みて生ずる有りて、殆 ど仙境に入 るが ごとし。名づ けて紅霞洞 と日ふ。其の左

あいぜんけ せ き よ う かんこう かえ

を轟然軒 と日ひ、其の右 を夕陽坂 と日ふな り。軒の酉に茎有 り 観耕 と日ふ。蓋 し農事を 省 みるな り。

とぴい はいぎ 上 せいふ うれ ぎ上くかんち

路は嶺 に轄 じ、回 りて下れば有 り、侃 玉 と日ふ。上に清風嶺有 り、下れば則 ち玉鑑池な り。水、

あた ち上うせつけい

石 に衝 りて池に入 る、超 雪 鈴 と日ふ 石の青紫なるもの有 り、其の大 きさ六、七人を坐すべ く、宛 と

き上ごうじま

して水 の中央 に在 り、名づ けて巨竜嶋 と日ふ。其の側 らに石有 り、虎の水 に臨むがごとし、名づけて

かつこ みづ ち きゆうじけい

渇虎 と日ふ。播す ること 虫Lのごとく、鋸す ること豹 に類た り。青松 其の間に雑生 し、而 して弓字径、

いい せ い い しば けんけ

遠道 として通 じ、将に事に至 らん とす。橋有 り、星桂 と日ふ 酉に 礎 を下れば、則 ち清流消泊 とし

せきし ゆ ざんがん ゆ うきんかん せいいんて じんけんせ

出す。噴巌 たる間を幽琴潤 と日ふ。其の側 らに茶室有 り、清音事 と日ひ、流水 を仁原泉 と日ふ。

じんさん みなもと うつこ

これ を傭仰 す るの間 二峰あ り、秀 なる者 を仁 山 と日ふ。蓋 し流水 原 な り。樹木繁茂 し、欝乎 と

し や ほ

して蒼 々た り。酉 に射 圃有 り。公 、近侍 を召 し、其の術 を習 はせ、武 を忘れ ざらしむるな り。其の側

らは則 ち旭川 な り。水清 らかに して魚肥 ゆ。夫れ君子の山水 に於けるや 、適然 として得 るもの有 り。

しか まこと

而る後、視聴 の楽 しみ を極 め、逸興の感 を致せば、必ず忘るる能は ざるこ と有 りて、 信 に楽 しむぺけ

ゆえ ごと

ん。故 に孔子、水 を歎 じて 日く、逝 く者 は斯 くの如 きかな、昼夜 を舎かず して往 く、 と。歳 ごろ先君、

此の事 を作 るは、亦 た必ず感ず る所有 りて、名 を壷 に取 るな らんか。茎を観新 と日ひ、泉 を仁原 と日 ふは、其の意、以て知 るべ けん。 そ もそ も先君、博 く仁 を施 し、農 に務 め、後世の子々孫々を して、

此の二義 を忘れ ざらしめん と欲す。故 に猟達 し吟詠す るの際 も、亦た此の二者 を設 くるな り。其の国

ゆえ

家 を泰 山の安 らかなるに錆 かん とす る者 も、 これがための故な り、 と。客 日く、然 り、 と。是 に於い

みの

て酒 を蘭むに楽 しみを以て し、祝す るに 年 有 るを以てすれば、老いの将に至 らん とするを知 らず、 と しかい

爾云ふ。 (訳者注 は割愛す る)

本訳読成果 は所与の作業 を経て簡易な冊子にま とめ、平成1831日に開催 の 「秋 田大学特色 GPフォー ラム」において200余名 の参加者 に配付 したO

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如斯亭散策を体験 した受講生の声

○今 日は とて も寒かった ものの天候 に恵 まれ、如斯事に行 くことができた。大学のこんなそばに、

しか も所有者 が普段生活 している と伺 ったが、 とても趣 があって厳 かな場所 であった。昔の秋 田藩主 の気分 を味わ うことができた。 (M.T)

○秋 田の、 しかも大学のす ぐ近 くに、 こんなに も趣 がある庭 園があったなんて本 当に驚 きま した。

雪見灯龍や亀石 な ど間近 に見てため息が出ま した。建物 の中の造 りについて も解説 していただいて、

とて も貴重な体験ができま したO (M.T)

○如斯事は通学路にあるに もかかわ らず、私 はその存在 に気づかず にいた。三百年前の秋 田城主 ・ 佐竹 のお殿様 が座 った場所 に腰 を下ろす と、なんだか不思議 な感 じが しま した。 (A.U)

○大学でただ先生の話 を聞いてい るだ けでな く、 自分の眼で見た り自分の手で作業 をす ることに よ って、いろいろな情報が リンク し、 よ り分か りやすい授業であった と思います。 (K.M)

○今回実際に如斯事に行 ってみた ことによって、授業で学んだ現場 の雰囲気な どが直に感 じられたO 秋 田の街 中に別世界のよ うな空間があることに とても趣 を感 じた。 (M.Y)

〇線 に囲まれた非常に椅麗 な庭 園で した。 しか し所有者 の丸野内 さんがおっ しゃっていたよ うに、

堰か ら水を引けな くなった現在、ポ ンプで水 を流 さない と庭 園の表情 が活 きないのはなん とも残念 な ことです。如斯亭記の訳読作業に入 る前 に実際に見ていろいろ知 ることができ、 とて もよかったです。

(Y.M)

〇第一回の授業時に読んだ内容 と配付 された庭園の図 と、それか ら目の前に実際にある景色 とが一 致 しま したO実際に見なが ら訳読を進 めると頭 に入 りやすい と思いま した。 (RY)

○新 聞の如斯事の写真 と実 際の様子は少 し違 うよ うに思えた。思 った よ り庭園は小 さかったが全体 を散策す ることができ、また建物 の中に入 り、説明を聞 くことがで き、楽 しかった。 四季折々に訪れ れば、その季節 ごとに木や池を楽 しむ こ とができそ うだ と思った。 (M.0)

○す ぐ近 くには道路や アパー トと現代 的なものが迫 ってい るにもかかわ らず、如斯亭内には、そん なものを消 して しま うくらいの独特 な雰 囲気があ り、す ぼ らしい感 じが した。決 して広 くない庭園の 中いっぱいに見 るべ き貴重なものが詰まっていることに とて も感動 した。 (A.S)

○漢詩文だけでは伝 わ らない 自然 と融合 している如斯事を感 じることができて、 とて も うれ しく思 った。 また地域開発 によ り、如斯享の姿が徐 々に失いつつ ある と聞いて、胸が痛んだ。足 もとにある 文化遺産をいつまで も守 っていきたい と改めて思った。 (M.X)

○如斯事が こんなに近 くにあったのに、今まで行 った ことがなかったのを後悔 してい る。今度か ら は折々の季節 に足 を運 んでみたい と思 うO丸野内 さんの貴重なお話 を聞けたことは何 よ りもよかった

と思 う。(N.ド)

○秋大の近 くに如斯事の よ うな所 があるとは全然知 らず、実際に行 ってみて感動 した。塀 を越 えれ ば 自動 車が行 き交 う現代の世界であるのだが、如斯革の中には神秘 的雰囲気が漂い、異界のよ うであ った。歴史ある庭園であるがかえって新鮮 に感 じ、朝か らとても清々 しい気分 になれた。 (Y.Y)

○如斯事 に行 ってみて、風情がある、趣があるとい うのは こ うい うことだ と感 じたO苔が生 えてい るのがかえって美 しさを引き立てているよ うな気が した。水の中に建物があった り、庭 に池があった りと、庭園には水があることが大切 だ と感 じた。庭園を維持す るには さま ざまな苦労があることを知 ったが、貴重です ば らしい ものなので、ずっ と残 してほ しい。 (M.S)

(以上は毎回授業で活用 の 「学習記録一今 日の授業で何 を学び どんな問いを発 したか‑」による)

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取組成果の社会への還元 と効果

本授業取組 における 「如斯亭記 」の訳読成果は平成18 (2006)3月に環境省 に報告 された

如斯事の歴史 ・庭 園お よび建造物群 に関す る基礎調査報告書」 (監修 :田中哲雄、発行 :丸野 内胡 桃)に採択 され る幸運 に恵まれた。 この報告書には、上記 「原文」 と 「書 き下 し文」 と 「訳者注」が 附 され、また 「如斯亭記」九篇 の‑ (秋 田藩校明徳館教授 ・小瀬伊実)の訳読資料、平成17年度秋 田大学教育文化学部 「中国文化資料講読」受講生一 同による訳読 (監修、石川三佐男) と記 されて い る。

こ うした秋 田大学での教育的 ・文化的取組、また庭園の所有者や関係者 の涙 ぐま しい努力によって、

如斯亭」は平成19 2月、県 の史跡指定の役 目を終えて、国の名勝指定を受 ける運び となった。

このことは本報告書 にも銘記 して よい ことであろ う。

まとめ

本学のフィール ドイ ンター ンシ ップ型授業は地域 的課題 を受講生 と授業担 当者 が共同で取 り上げて 大学で知的再構築を図 り、その成果 を社会 に還元す ることに特色がある。ただ しこれは教育方法であ って、 目指す ところは地域活性型 リーダー ・地域交流型 リーダーの養成にあることは説明を要 さない。

本授業の取組成果 を地域社会 に還元 し、社会の振興や発展 にい ささかな りとも貢献で きたことは受 講 生 ともども悦 ば しい こ とであ る。 これ は 「中国文化資料講読」の授業だけでな く 「日本秋 田漢詩 文」の授業において も同様であるO 「漢文の訳読作業にかな りの困難 は伴った ものの達成感 を味わ うこ とができた」 とは受講生 の大方の声である。授業担 当者 か らす ると、受講生はその分、確実に成長 を 遂 げていると見て とれた。

以上述べてきたフィール ドイ ンター ンシ ップ型授業 は受講生の潜在的資質 を掘 り起 こし、地域 リー ダー としての意識 と能力 を高 める うえで極 めて有効である。受講生のなかにはその問題意識や足 もと の文化 を見つめる必要性 に深 く目覚めた者 も少な くない。

「自らが拠 って立つ足 もとの文化 に しっか り向き合わないで他 の諸地域の文化 にま ともに向き合 う ことができるか」 とい うのは授業担 当者 の持論だが、受講者 の多 くがこ うした考 え方に共鳴 し、立派 な地域 リーダー となって社会 を大いに盛 り上げて くれ ることを腐 ってやまないO

注記

(注 1)本論考 は 『新 しい漢文教育』第23号 (199611月)所収。

(2)この取組 は2004714日付 「秋 田魁新報」に 「江戸期の秋 田漢詩文 『瑳湖紀行」、

秋大教育文化学部の学生 ら訳読の成果 を刊行」、県内全高校、中学校‑贈呈、郷土の文化を伝 える」の見出 しで大き く報道 された。 これ を承 けて同811日付 「世界 日報」で も同様の報 道がな された。

(注 3) この公 開授業は全 国漢文教育学会第22回 (秋 田)大会の一環 として開催 されたものである.

会場校 の授業担 当者 ・森元弘毅氏に よる実践研究報告 は 「郷土の優れた漢詩文の 『魅力 ある教 材化』 に向けた‑試案一 江戸期 の秋 田漢籍 『間接紀行』 (益戸清洲) を読む‑

」(

『新 しい漢字

漢文教育』第43 ・2006年)に詳 しい。

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