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奈 倉 文 二 鋼所の資本金は倍額の3000万円(北炭1500万円,1 はじめに

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(1)

「ワシントン軍縮」下の日本製鋼所とイギリス資本

一軍縮補償問題と英国側株主の要求一

奈 倉 文 二

      鋼所の資本金は倍額の3000万円(北炭1500万円,1 はじめに

三井合名,三井鉱山,A社, V社,各375万円),

本稿は,前稿ωに引続き,両大戦間期における   日英出資比率は3対1となり,日本側(とりわけ 日本製鋼所の複雑な経営戦略の諸側面を,主とし  三井財閥)の経営支配権は確立した。しかも,懸 て英国側出資者の態度・要望等の検討を通じて解  念されていた通り,銑鋼一貫経営は実現しなかっ 明しようとする一連の試みの一つである。     たので,日本製鋼所は,大砲等の兵器及びその原 日本製鋼所は,日英同盟を背景として,海軍の  料用高級鋼材を製造する室蘭工場と普通銑鉄製造 バックアップのもと,1907年に北海道炭磧汽船株   の輪西製鉄所(輪西工場)の二本柱の会社へと変 式会社(北炭)と英国兵器会社ヴィッカース及び  化し,後者は,とりわけ戦後恐慌(1920年)以降,

アームストロング両社の共同出資(資本金1000万   日本製鋼所にとって経営負担となっていった(3)。

円,出資比率2:1:1)により設立された一大   さらに,ワシントン会議(1921〜22年)の諸結 兵器鉄鋼メーカーであった(1909年1500万円に増  果は,日本製鋼所の経営環境を激変させるもので 資,出資比率は従前同様,工場室蘭,1911年操業   あった。すなわち,四力国条約(21年12月調印)

開始)ω。つまり,日本製鋼所は,日英合弁会社   に伴う日英同盟の廃棄決定は,同社の創立事晴か であると同時に日本海軍の兵器工場でもあるとい   らも明らかなごとく,日英資本の協力関係のより う複雑な性格を,その設立当初から有していた。   どころが揺らぐことを意味した。そして,「海軍 しかも,1913年に日本側出資者の北炭は三井財閥   軍備制限条約」(海軍軍縮条約)の締結(22年2 傘下に入り,さらに,第1次大戦を経過して,英   月調印)は,大戦期以来膨張を続けてきた日本製

日資本間の勢力関係の変化(英国側2社の相対的   鋼所の海軍受注を激減させ,同社の「兵器工場」

後退)が生じるとともに,英日資本間で様々な軋   としての存立をも脅かすこととなった。いわゆる 礫が生じてきた。とりわけ,日本製鋼所による北  「ワシントン体制」のもとで,日本製鋼所は,「軍 海道製鉄(輪西製鉄所)の合併(1919年)は,以   縮」時代に対応した経営再建策等,新たな試練に 後の諸々の軋礫・摩擦の根源となるものであった。  直面したのである。

すなわち,前稿で明らかにしたごとく,日本製    「軍縮」下の経営再建策をめぐっては,日英資 鋼所による輪西製鉄所の合併は,1918年9月に日  本及び海軍の思惑が様々に絡み合い,複雑な展開 本側から英国側に提起されたが,当時は大戦末期   をみるので,その本格的考察は別の機会に譲るこ にあたり,英国側は,翌年にかけても十分な検討   ととして,、本稿では,同時にその時期に発生した を行う余裕もなく,詳細な情報も与えられないま  「軍縮補償問題」(4)について検討し,とりわけ従 まに,合併目的(銑鋼一貫経営目的)には疑念を   来全く未解明であった英国側出資者の当該問題に 持ちつつも,日本側取締役を信頼して,やむを得  対する要望内容と問題点などを考察することとす ず承認したのであった。この合併の結果,日本製  る。

(2)

もっとも,軍縮補償問題自体についても,従来   第1次大戦終了後もしばらくは世界的な軍拡競 必ずしも十全に解明されてはいないので,まず,  争が継続し,日本海軍も,1920年には,いわゆる 当該問題全般の経緯と内容を明らかにし,その上  八八艦隊(戦艦及び巡洋戦艦各8隻とこれに付随 で,日本製鋼所に対する特殊な補償方式と内容,   する巡洋艦その他の補助艦艇をもって編成)の建 英国側出資者の要求および日本側の対応を考察し,  造・整備を目標とする海軍軍備補充計画案の実施 さらに,それらに含まれる問題点を明らかにする。  を企図した。同年7月には特別議会において八八

艦隊計画の予算案が通過したが,海軍省(加藤友

(注)       三郎海軍大臣)は,これに先立ち(3月),三菱・

α)拙稿「両大戦間期における日本製鋼所の経営戦   川崎両造船所をはじめとする主要造船業者・鉄鋼 略とイギリス資本一輪西製鉄所の合併と分離をめ  業者ll社の代表を招致し,各会社ごとに注文割当 ぐって一」(茨城大学人文学部r紀要(社会科学)』  数の大略を内示して「実行ノ能否」を確認し,さ 第25号,1992年3月)。以下,前稿と略。      らに,予算成立後の9月には再度招致し(2),各会

(2)日本製鋼所の英文名称は (the)Japan Steel  社別に工事注文予定表を交付して「設備上予メ之 Works (略称JSW)であるが, Nihon Seiko  二応シ得ル準備ヲ整へ置カレタシト勧告」した。

Sho (略称NSS),あるいは単に Seikosho と   海軍省が,八八艦隊計画遂行に当たり,民間の        

煬セう。ヴィッカース社の正式名称は1911年以降  造船・鉄鋼業者を招致して発注予定を内示したの Vickers Limited であり(以下単にV社と略  は,「精工ナル技術ヲ要スル海軍艦艇建造二当タ す),アームストロング社の正式名称は Sir W.  ラシムル為予メ技術上ノ研究並二特設設備等ノ準 G.Armstrong, Whitworth&Co., Ltd. で  備二相当ノ期間ヲ必要」と認めたからであるが,

ある(以下単にA社と略す)。      当時造船・鉄鋼業者は戦後恐慌下に大幅受注減に 日本製鋼所についての記述は,断わりない限り  直面していたので,この八八艦隊計画関係の受注 株式会社日本製鋼所r日本製鋼所社史資料(上)』  に応じられることは極めて大きな意味をもったの

(同社,1968年)に依拠している。V社やA社の歴  であり,各会社ともこれを受けて設備投資等の準 史に関する文献等は,前稿を参照されたい。     備に入った。

なお,本稿では,資料引用を除き,年号は原則    ところが,ワシントン会議において,米・英・

として西暦を使用する。       日の主力艦保有比率を5:5:3に制限すること

(3)これらの点については,拙著『日本鉄鋼業史の   を主要内容とする海軍軍縮条約が調印され(1922 研究』近藤出版社,1984年,341−346,417−419頁を  年2月),八八艦隊計画は中止を余儀iなくされた。

も参照されたい。       それに伴い,同月,海軍省は,八八艦隊計画関係

(4)正式には「海軍軍備制限に関する条約の実施に  の「内示注文予定工事」の取消しを関係各社に通 伴う損害補償問題」というが,以下「軍縮補償問  知(「内達」)した(翌23年8月同条約批准により 題」と略称する。補償法の名称は「海軍軍備制限  確定)。

二関スル条約ノ実施二伴フ損害ノ補償二関スル法   八八艦隊計画の中止は,当時の造船・鉄鋼業界 律」であるが,以下「軍縮補償法」と略す。    が戦後恐1荒下に海軍需要への依存を強めていただ

けに大打撃であった(3)。受注を予定していた各社

       は,注文取り消し等によって蒙った損失に対し,H 軍縮補償問題

政府補償を要求することとなったが,政府側も,

まず,軍縮補償問題全般の経過と内容を明らか  22年5月に海軍省内に「賠償事項審査委員会」を にしておこう(1)。      設置して検討を開始し,23年7−8月には海軍省・

(1)経  過      大蔵省による関連主要工場の実地調査を実施し,

(3)

奈倉:「ワシントン軍縮」下の日本製鋼所とイギリス資本      3

各会社から詳細な調書を提出させ,審議を行った。   これらのうち,②の補償金総額は議会で減額修 しかしながら,関東大震災(23年9月)による関  正された金額である。⑤は1924年時点の法案には 連書類の焼失,度重なる内閣交替などにより,軍   なく,主として日本製鋼所に対する補償方式を考 縮補償についての政府案の決定は大幅に遅延した。  慮して条文化されたものとして予め注意しておき すなわち,1923年12月には,海軍省は軍縮補償  たい。また,法律には記載されていない諸点(対 法案を議会に提出すべき旨大蔵省に照会しており,  象会社・補償事項・算出方法・交付金額など)は,

さらに24年6月には,海軍大臣(村上格一)と大   上記の過程で多少の変更を見ている。従来これら 蔵大臣(勝田主計)の協議により,軍縮補償に関  の点は殆ど知られていないことでもあるので,や する閣議案が内閣総理大臣(清浦奎吾)宛提出さ  や立ち入って明らかにし,そこに含まれる問題点 れ,軍縮補償法案も作成されてはいたものの,内   を指摘しておこう。

閣総辞職(6月7日)により決定には至らなかっ   まず,軍縮補償法案の提案理由は,次のごとく た。同年9月には,再び海軍大臣(財部彪)は大   であり,1924年6月の閣議案から26年3月の政府 蔵大臣(浜口雄幸)と軍縮補償法案を次期議会に   案に至るまで,ほぼ一貫しているω。

提出すべく協議しているが,軍縮補償がなされる   すなわち,政府当局が,八八艦隊計画策定に際 べき旨の閣議決定(加藤高明内閣)がなされたの   して,民間の造船業者等を招致して発注予定を内 は翌25年3月のことである。しかし,その際も法  示し,必要な準備をなすように「勧告」したこと,

案の議会提出は見送られ,補償金額を確定の上,   各会社はその「勧告」を受けて巨額の資本を投下 次期議会に提出することとされた。        して設備等の準備をしたこと,しかるに,海軍軍 結局,軍縮補償法案は,26年3月の閣議決定  縮条約の締結により八八艦隊計画の中止を余儀な

(若槻礼次郎内閣)により第51議会に提出され,   くされ,設備等の準備をした諸会社は莫大な損失 補償金総額の減額修正の上,可決・成立を見た   を蒙ったこと,以上の経緯に基づいて,政府が補

(4月5日公布・施行)。      償すべきものとしている。ただ,政府に法律上の 賠償義務はない(注文を内示して設備をなすよう

(2)軍縮補償の丙容と問題点         に「勧告」しただけであって,注文「予約」のこ 軍縮補償法(全文5条)の概略は,以下のごと  とき権利義務関係は生ぜしめていないので),と くである。      自ら述べていることが注目される。つまり,政府

①海軍軍備補充計画遂行のために政府の勧告  の「勧告」に基づき設備拡張をした結果莫大な損 に基づいて軍艦・兵器またはその材料の製造  害を蒙った諸会社に対して救済のみちを講じない に必要な施設をなした会社が,海軍軍縮条約   のは「徳義上」甚だしく失当の議を免れない,と の実施により損害を蒙ったことに対し,補償   の道義的責任を述べ,さらに,将来の国防計画遂 金を交付することができる(第1条)。     行のうえからも政府の信用を失墜させるわけには

②補償金総額は2000万円以内とする(第2  いかない,と,政府の信用上の問題として補償を 条)。       なすべきとしている(5)。

③補償金は,補償審査会の議を経て決定し,   このような趣旨に基づいて法案が準備された。

額面金額により五分利付国債証券をもって交   もっとも,1924年6月時点の法案は全文4条で,

付する(第3条)。      上記第5条を欠いており,第2条の補償金総額も

④政府は,交付に必要な額を限度として,国  異なる。しかし,その他はほぼ同様であり,とく 債証券を発行し得る(第4条)。        に「五分利付国債証券」により交付するという方

⑤政府は,補償目的の設備の無償譲渡等の条  法も一貫していることを後の議論との関係で注意 件を付すことができる(第5条)。       しておきたい。

(4)

第1表 海軍軍縮に伴う損害補償額調べ(1926年3月)

(単位:円)

特 設 設 備 ノ 補 償 解傭職工救済

会 社 名 算出基礎 特設設備 算出基礎 合 計i補償金額

決定額 [注文取消額 未償却額 決定額 (人員

(*印)×.025] ×150)

川崎造船所 2,428,500 *97,140,000 9,598,981 525,000 3,500 2,953,500}2,938,800

三菱造船所 2,428,500 *97,140,000 13,605,327 559,800 3,732 2,988,300i 2,973,500

浦賀船渠 281,200 *11,249,000 2,288,034 267,000 1,780 548,200} 545,400 石川島造船所 69,750 *2,790,000 1,269,747 120,000 800 189,7501 188,800

横浜船渠 169,750 *6,790,000 7,031,025 286,200 1,908 455,950i 453,600

藤永田造船所 69,750 *2,790,000 1,648,000 198,000 1,320 267,750i 266,400   3

浅野造船所 357,500 *14β00,000 778,319 285,000 1,900 642,500i 639,300 日本製鋼所 7,770,250

P,993,150

(注1)

魔V9,726,000

14,052,205 364,200 2,428 1・,127,6・・i1・,・77,4・・

住友伸銅所 246,000 *9,840,000 5,636,031 258,150 1,721 504,150i 501,600

大阪製鎖所 46,000 *1,840,000 223,964 5,850 39 51,850i 51,500

大倉鉱業 2,006,950 (注2) 2,867,137 13,500 90 2,020,450i 2,010,400

(小  計) 17,867,300 58,998,770 2,882,700 20,750,000i20,646,700

神戸製鋼所 392,800 *15,712,000 2.431β46 35,550 237 428,350 426,200

帝国火薬 912,320 (注3) 2,501,802 18,750 125 931,070 926,400

合  計 19,172,420 63,931,918 2,937,000 22,109,420 21,999,300

出典) 「海軍軍備制限二関スル条約ノ実施二伴フ損害ノ補償二関スル件」(1926年3月4日付,大蔵大臣・

浜口雄幸及び海軍大臣・財部彪より総理大臣・若槻礼次郎宛)付属資料(国立公文書館所蔵『公文類 聚』第50編大正15・昭和元年巻17[2A−12類1573])。「小計」欄より上の金額(点線で囲った部 分)は,1924年6月の「損害補償額調書」に同じ(国立公文書館所蔵『公文別録』2A−1別240)。

(注)1) 「大口径砲関係ノ設備ハ海軍二於テ之力全価ヲ補償シ現物ノ引渡ヲ受クルコトトセリ」。

2) 「純銑鉄製造特設設備」(2,867,137円)の7割。

3) 「利用不能ノ建物及機i械(此ノ価格ハ1,824,652円)二就キ其ノ寿命年数ヲ十ケ年残骸価格ヲー割 トシ既往注文数四ケ年ハ会社自二償却ヲ要スルモノトシテ」計算。

補償金総額は,,24年6月案が2075万円,26年3  てしかるべきであるが,政府側の説明によれば,

月の政府案が2200万円であり,その算出方法・対   「海軍軍備補充計画」をいわゆる八八艦隊計画よ 象会社等も含めて,第1表に掲出してある(点線   り広義に解し,20年の政府招致以前でも,政府の で囲った部分が24年6月案)。      「勧告」に基づき設備等の準備をした会社を含め

両案の主な違いは対象会社数であり,24年6月  たものである,という(7)。

案が11社,26年3月案が13社である。会社数の増   補償事項と算出方法は,両案とも同じである。

加は,この間の政府の調査結果と会社側の要求に   補償事項は,「特設設備ノ補償」「解傭職工救済」

よるものであるようだが,注意しておくべきこと  の2項目からなる(8)。

は,これら13社中,大倉鉱業,帝国火薬の2社は,   前者のうち,「特設設備未償却額」というのは,

20年の政府招致ll社(注2参照)には含まれてい   「海軍ノ勧告二因リ各会社ノ準備シタル特設設備」

なかったことである(6)。上記法案提案理由及び法   で勧告取消のために全く不用もしくは殆ど利用の 案第1条の趣旨に基づけば,この2社は除外され   価値がなくなった固定資本の価値であり,各会社

(5)

奈倉:「ワシントン軍縮」下の日本製鋼所とイギリス資本       5

が要求した補償額の最も中心的なものである(9)。  補償事項は「物」(特設設備)のみか,「人」(解 しかし,政府側は,これを「特設設備ノ補償」の  傭職工)も含めるか,算出方法・根拠に対する疑 直接の算出基礎とはせず,次の算出方法を採用し  問,等である。

た。      最後の二つの補償事項と算出方法・根拠につい すなわち,日本製鋼所の一部,大倉鉱業,帝国  ての主たる疑問は次の2点であった。第1に,

火薬の3件を除き,「特設設備ノ補償」の算出基   「解傭職工員数」°には不況下の「自然減」を含ん 礎を各社の「注文取消額」の25/IOOOとする(1°)。  でいるのはずなのに,各社一律計算を採用してい 日本製鋼所の一部の「特設設備ノ補償」につい   るのは不合理的なこと。第2に,日本製鋼所の一 ては,特別の方法が考慮されている。つまり,  部,大倉鉱業,帝国火薬を除く特設設備に対する

「大口径砲関係ノ設備」は,以後全く不用となる   補償方法(注文取消額の25/1000という各社一律 との理由で,海軍がほぼ全額を補償して「現物ノ  計算)は,特設設備の実態にあっていないこと(12)。

引渡ヲ受クル」という方法である (第1表脚注    結局,衆議院において,上記の疑問に基づき,

(1)参照)。1926年の法案第5条は,主としてこの  各会社の補償金額は特設設備の損害額を基準とす 場合を想定した条文として付加されたものだが,  べきとの付帯条件がつけられ,法案第2条の補償 既に24年時点の海軍省案でこの方法が考慮されて   金総額が2000万円以内に減額修正された(貴族院 いたことを後の議論との関係で注意しておきたい。  は衆議院修正原案を可決)。

大倉鉱業と帝国火薬の場合は,八八艦隊計画以    実際の各社の補償金額は,法律施行後,「補償 前の設備ではあるが(注7参照),海軍の勧告に  審査会」の議を経て決定されたのであるが,その 基づいて準備した設備が全く不用になるという点  結果は第2表に示す通りである。

では上記日本製鋼所の一部の設備と同じであり,   本表の「補償請求額」は,前表の「特別設備未 それらの「特設設備」の価格のうちから各会社が  償却額」に同じである(大倉鉱業のみ金額が少し 償却すべき分(2割・4割)と「残骸価格」(1  異なる)。これは補償事項を特設設備に対する物 割)をそれぞれ差引き算出されている(第1表脚  的補償のみに限定したことによる(前表の「解傭 注(2)(3)参照)。      職工救済」の項目消滅)。補償額の査定方法は,

補償事項の後者の「解傭職工救済」については,  詳細は定かではないが,議会での付帯決議に基づ 各会社の「解傭職工員数」に1人当り150円の転   き(政府原案の算出方法を採用せず),各社に対 業手当を補償するという算出方法が採用されてい・ する取消工事の種類及び将来注文予定工事の有無 る。      を考慮の上,特設設備の実状に照らして査定した

以上の方法で算出された2項目の金額を加えた   ものである(ユ3)。

ものが各社の補償額であるが,26年案の場合は,   この方法で算出された各社の補償査定額は,前 13社の合計金額を2200万円以内に収めるため,端  表の特設設備の補償決定額とは少しずつ異なる 数が各社の補償算出額から「按分控除」され,  (三菱・川崎両造船所,大倉鉱業,神戸製鋼所の

「補償金額」が決定されている。         4社が若干の減額,残り9社は若干の増額)。な 議i会における委員会審議日数は,極めて短期間   お,補償査定額の合計は2000万円を超えるため,

であったが(衆議院4日,貴族院1日),次の諸   各社の実際補償額は微調整されている。

点が論点となったω。      いずれにせよ,こうして最終的に決定された軍 法律上の義務がないのに補償すべき理由,法案  縮補償額であるが,本表に明らかなごとく,八八 提出までに長期間かかった理由(にもかかわらず   艦隊の主力艦建造担当の三菱・川崎両造船所が,

会期末寸前の審議日程では十分審議できないこ  当然のことながら比較的多額の補償金を受領して と),八八艦隊計画以前の特設設備も含める理由,  いる(ともに240万円弱で補償金総額の12%)。し

(6)

第2表 軍縮補償・各社別補償額

(単位:円)

査定

会 社 名 補償請求額 補償査定額 歩率 実際補償額 [備考]注文予定工事

(%)

川崎造船所 9,598,981 2,386,372 24.8 2,369,500 主力艦

三菱造船所 13.605β27 2,413,512 17.7 2,396,450 主力艦

浦賀船渠 2,288,034拳 453,166 19.8 449,950 巡洋艦及び駆逐艦

石川島造船所 1,269,747 165,934 13.0 164,750 敷設艦及び工作艦

横浜船渠 7,031,025 402,016 5.7 399,175 駆逐艦

藤永田造船所 1,648,000 190,617 11.5 189,275 駆逐艦

浅野造船所 778,319 503,223 64.6 499,675 航空母艦 日本製鋼所 14,052,205 (7,770,250)

Q,051,739 69.8

(7,770,250)

Q,037,225

{主砲,副砲,水圧卿筒,魚雷気室,発射管等

住友伸銅所 5,636,031 400,448 7.1 397,625 気缶,復水器管板,タービン翼ほか

大阪製鎖所 223,964 51,654 23.0 51β00 主力艦用錨,錨鎖,付属品等

大倉鉱業 2,939,827 2,001,400 68.0 2,001,400 低燐銑鉄

神戸製鋼所 2.431β46 349,487 14.3 347,025 軸類,発射管,空気圧搾ポンプ等

帝国火薬 2.501β02 926β27 37.0 926,400 無煙火薬

合  計 64,004,608 20,066,645 31.4 20,000,000

(出典) 大蔵省編纂『明治大正財政史』第ll巻(経済往来社,1956年)849−850頁,前掲『日本製鋼所社史 資料(上)』331頁。

(注) *印,『日本製鋼所社史資料』によると2,286,034であるが,前掲第1表に基づき訂正。カッコ内は

「無償譲渡設備」に対するもの。日本製鋼所の金額は,同資料では「室蘭工場分」と表記されているが,

これは誤りと思われる(後掲第3表及び田注(6)参照)。

かし,最も多額な補償金を受領したのは,日本製    頁)。その原資料である海軍大臣官房r海軍軍備沿 鋼所で断然トップであり(合計980万7千円余で    革』続編巻1,1934年(厳南堂復刻版,1970年,

補償金総額の49%),しかも,査定分率も70%と    396−402頁)。大蔵省編纂『萌治大正財政史』第ll巻 最高率である。このほか,大倉鉱業が査定歩率が    [第8編国債(上)],経済住来社,1956年(845一 高く (68%),補償金額も200万円余り (総額の10    850頁)。

%)と三菱・川崎両造船所に次ぐ地位を占めてい     本稿では,より詳細な検討のため,主として次の ることが注目される。       一次資料を使用している(以下断わりなき限りこれ 日本製鋼所が高額の補償を得たのは,特殊な補    に依拠)。「海軍軍備制限二関スル条約ノ実施二依ル 償方法がとられたことと関連しているが,この点    損害ノ補償二関スル件」(1925年3月16日閣議決定)

については節を改めて検討しておこう。        及び付属資料(国立公文書館所蔵『公文別録12A一 1別240),「海軍軍備制限二関スル条約ノ実施二

(注)       伴フ損害ノ補償二関スル件」(1926年3月4日,大

(1)軍縮補償問題については,前掲『日本製鋼所社史     蔵大臣・浜口雄幸及び海軍大臣・財部彪より内閣総 資料(上)』(311−337頁)のほか,次の3文献に簡    理大臣・若槻礼次郎宛)及び付属資料(同館所蔵 単な記述がある。防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢    『公文類聚』第50編大正15・昭和元年,巻17,2 書海軍軍戦備<1>』朝雲新聞社,1969年(314−317    A−12類1573)。

(7)

奈倉:「ワシントン軍縮」下の日本製鋼所とイギリス資本      7

また,議会での審議については,r帝国議会衆議     中止に対しては,契約に基づき,「清算」が完了し 院議事速記録』及び『帝国議会貴族院議事速記録』    ている旨の政府答弁がなされている(前掲『帝国議

[ともに,48,第51回議会,下,大正14年(東京大    会衆議院委員会議録』r帝国議会貴族院委員会議事 学出版会復刻版,1983年)],『帝国議会衆議院委員    速記録』)。

会議録』(50,第51回議会(5),大正14・15年)及び   (6)大阪製鎖所も1920年の政府招致11社には含まれて

『帝国議i会貴族院委員会議事速記録』(28,第51回    いないが,これは大阪鉄工所の替わりと思われる。

議会(3),大正14・15年)(ともに臨川書店復刻版,     というのは,資本的人的に前者は後者の関係会社で 1988年)参照。       あって(後者の山岡順太郎会長,範多竜太郎取締役

(2)海軍大臣の招待を受けた会社は以下の通り。石川     はともに前者の大株主,山岡は前者の相談役),実 島造船所,横浜船渠,浅野造船所,浦賀船渠,三菱     際にも八八艦隊用の錨鎖等の受注・生産を担当した 造船(三菱合資),川崎造船所,藤永田造船所,大     のは大阪製鎖所であったから。大阪製鎖所『営業報 阪鉄工所,鈴木商店,住友家,日本製鋼所,計11社    告書』第2期(1917年上期),第9期(20年下期),

(3月には三菱合資が三菱造船とともに招致されて     大阪鉄工所『営業報告書』第7期(17年上期)等,

いる)。鈴木商店(総支配人)と住友家(総理事)    参照。

は,それぞれ神戸製鋼所と住友伸銅所の代表として   (7)海軍省による大倉鉱業に対する「純銑鉄製造設備」

招致されたものと思われる(「海軍軍備制限条約ノ    の「勧告」は,1915年4月のことであり,帝国火薬 実施二依ル損害補償二関スル参考書類ノ件」1924年     に対する「無煙火薬製造設備」の「勧告」は,1917 ll月27日,海軍次官・安保清種より内閣書記官長・    年6月のことであった(前掲『帝国議会衆議院委員 江木翼宛,前掲『公文別録』2A−1別240,所収)。    会議録』及び『帝国議会貴族院委員会議事速記鋤)。

前掲『日本製鋼所社史資料(上)』312頁では,20     大倉鉱業は,兵器用特殊鋼原料の「純銑鉄」(燐 年7月に13社が招致されたと記されているが,期日・    分・硫黄分ともに極小)の製造を企図し,海軍省と 会社名ともに明らかな誤りである(会社名は後に補     の間で「純銑鉄製造所設立二関スル契約書」(1915 償金の交付を受けた13社と混同されている)。      年7月31日付)を締結している(前掲拙著216−222

(3)鉄鋼業について言えば,第1次大戦期に膨張した     頁)。なお,大倉鉱業の軍縮補償要求と結果につい 生産設備が恐慌下に過大となっており(1921年度の    ても,同書223−225頁を参照されたい。

鋼材生産予定量は年生産能力の4割),縮少した需    (8)1924年6月案によれば,海軍部内の調査委員会の 要の半ばを海軍需要が占める程であった(前掲拙著,    検討結果では,「契約ノ未済工事二依リ収得スヘカ 355−356頁)。       リシ利益」,「準備材料中他二利用ノ途ナキモノノ価

(4) 「閣議案:海軍軍備制限二関スル条約ノ実施二依    格」,「特設設備ノ補償」,「解傭職工救済」の4項目 ル損害ノ補償二関スル件」(1924年6月6日,海軍     に対し,補償額2427万余円と算出したが,財政状況 大臣・村上格一及び大蔵大臣・勝田主計より内閣総     に鑑みて,補償事項を後2項目に止め,補償金総額 理大臣・清浦奎吾宛)[前掲1925年3月16日閣議決     を2075万円とした[「海軍軍備制限二関スル条約ノ 定付属資料],及び前掲『帝国議会衆議院議事速記    実施二依ル損害ノ補償二関スル件法律案」(1924年 録』。       6月4日印刷)付属資料(前掲『公文別録』2A一

(5)法律上の賠償義務がない「:補償」については,当    1別240)]。

時の新聞論調でも,その不当性が指摘されており   (9)1924年当時海軍側に集約された各社の損害補償

(『時事新報』1926年3月21日,等),議会の審議過    要求額は,「未済工事二依リテ得ヘカリシ利益」約 程でも,この点に質疑が集中している。その過程で,    1436万円,「将来ノ注文ヲ予想シ準備セル材料中他

「契約」に近い程の強い「勧告」「懲悪」であったこ    二利用ナキモノノ価値」約264万円,「固定資本二対 とが示されている。なお,建造途中の艦艇等の工事     スル補填」約5900万円(第1表の「特設設備未償却

(8)

額」に相当),「失業救済二対スル補填」約738万円,    他殆どの機械は新設),大口径砲仕上工場を

「事業縮小二伴フ整理費」約261万円,計約8599万円    新設するほか,魚雷気室製作工場の設備拡張

[「海軍軍備制限条約ノ実施二依ル損害補償二関スル    を完成し,完全に海軍の需要を充たす(第1 参考書類ノ件」1924年11月27日,海軍次官・安保清     条)。

種より内閣書記官長・江木翼宛(前掲r公文別録』   ②海軍は,本設備拡張に対し,毎年別表(省 2A−1別240)]。      略)の兵・器及びその材料を日本製鋼所に注文

(1◎25/1000とした理由は,契約代価中の固定資本の     する(第3条)。

償却費は通例1割である斌会社の「特設設備」の    日本製鋼所は,上記協定書締結後(21年9月),

利用程度を出来るだけ大きく見積もり,海軍監督官  広島工場内に「臨時建設部事務所」を設置し,

の実地再調査を標準として,普通算定額の1/4の  「臨時建設部起業費予算」として600万円を計上し 25/1000としたという[「損害補償額算出調書」(前  た(内450万円が大口径砲仕上工場新設費)。

掲「海軍軍備制限二関スル条約ノ実施二依ル損害ノ   つまり,日本製鋼所の場合は,海軍大臣の「勧 補償二関スル件法律案」付属資料)]。       告」を受けたのみならず,「勧告」をふまえた両

⑳前掲『帝国議会衆議院委員会議録』『帝国議会貴   者による「協定書」締結に基づいて八八艦隊関係 族院委員会議事速記録』。      の受注体制づくりを推進したのであり,その内容 吻政府委員の説明によれば,「特設設備」の補償の  は,一方で,呉海軍工廠に地理的に近く,開設間 算出方法としては二通りあり,その1は,設備の内   もない広島工場に大口径砲仕上工場を新設すると 容を個別に調査し,その資産・償却率・請負代価等   ともに,他方で,既存の室蘭工場の諸設備を拡張 を考慮して算出する方法であるが,これは実際には   するというものであった。

極めて困難なため,便法として第2の方法(前記)   実際にも,室蘭工場を中心に大口径砲等の製造 を採用したという。      が開始されていた。とくに主力艦主砲(16インチ

(13前掲r日本製鋼所社史資料(上)』330頁をも参照。  砲)について言えば,21年10月に最初の1門,同 年中に4門が完成した。さらに,25年度までの内

       示49門の製造準備が殆ど整っていたが,ワシント皿 日本製鋼所に対する補償方法・内容

ン軍縮条約の締結により,内示49門中24門を除 八八艦隊計画は,言うまでもなく「大艦巨砲主   き,以後の分は製造中止となり,上記協定書も破 義」に基づくものであり,日本製鋼所に対しては,  棄された(2)。

各艦装備の大口径火砲等の注文が予定された。当   上記協定書の破棄と大量の注文予定取消による 時八八艦隊用の大口径火砲の製造能力を有してい   被害は甚大であり,日本製鋼所は,その直接被害 たのは呉海軍工廠と日本製鋼所のみであり,両者  額を1732万円と算出し,これを軍縮補償の要求額 の能力を合わせて八八艦隊計画が完成するように  として22年10月までに海軍省に申請した(3)。

配慮されていた。      その後も同社は海軍省に対する折衝を繰り返し 日本製鋼所は,1921年7月(海軍大臣勧告の約   たが前述のごとく,軍縮補償の政府案の確定は 1年後),海軍省との間に大口径砲仕上工場の新  手間取った。海軍省から同社に対して補償方法や 設等の協定書を締結した(全文9条)。その主な  金額が「内意」の形で提示されたのは,1926年3 内容は以下の通りω。       月の閣議決定直後のことである。その際申し渡さ

① 日本製鋼所は,協定締結から2年以内に広  れた内容は,大口径砲設備を約700万円で政府買 島工場[広島製作所(旧松田製作所)を20年  上げとし,他に200万円余の一般補償金を交付す

8月に買収して開設]内に各種諸機械を据付   る,というものであった。この補償金額は,日本 け(砲身用機械は室蘭より移転を予定,その   製鋼所側の要望からみると著しく低く,しかも,

(9)

奈倉:「ワシントン軍縮」下の日本製鋼所とイギリス資本       9

「設備買上げ」の問題は全く「寝耳に水」で困惑   をもって交付する。その条件として,日本製鋼所 したが,補償問題の解決をこれ以上遅延させられ   所有設備中,特定の薄価で総額8,183,681円余に ないので,結局は受諾したというω。        相当する建物及び機械器具を海軍省に「無償譲渡」

しかしながら,こうした補償方法は,政府部内  すること,と。「無償譲渡」すべき大口径砲等関

(とくに海軍省)では1924年から引き継がれてき  係設備の価額概要は,第3表に示す通りである。

たものであったことは既に見た通りであり,補償   もっとも,この「無償譲渡物件」に対する補償金 金額の概数も含めて非公式には日本製鋼所側に伝  777万円余の公債交付は,日本製鋼所から政府へ えられていたと思われる(次節参照)。しかも,  「無償譲渡」される物件の上に設定されている担 先の第1表で見たごとく,26年3月の政府案にお  保権の解除を終えた後に行うものとされ(8月27 ける日本製鋼所に対する補償額は,「現物ノ引渡」  日大蔵省通達),日本製鋼所に対する補償金は,

とされた大口径砲関係設備777万円,その他一般   9月1日(2,037,225円),12月8日(7,770,250円)

補償金235万円余(設備補償199万円余,「解傭職   と2回に分けて交付される(6>。

工救済」36万円余),合計1012万円余(「按分控除」

後の補償金額1007万円余)であり,この金額は他   第3表 日本製鋼所・大口径砲等関係設備(価格概要)

社を抜きんでている(13社中1社で全体の46%)。 (単位:円)

また,議会で補償金総額が減額修正された後の最

原  価 補償額 終的な各社補償額中でも(前掲第2表),日本製

建物関係 2,ll6,060 2,056,117

鋼所に対する補償金額(980万円余)は・他社よ   室蘭工場 機械器具関係 5,913,705 5,564,940 り飛び抜けており,査定歩率も最高率であったこ 小  計 8,029,766 7,621,058

とは,前述の通りである。

@日本製鋼所の補償金額が相対的に高額なのは,   広島工場 建物関係

@械器具関係

_(*)

P53,915

_(零)

P49,241

他社とは異なる特殊な補償方法が採用されたこと     A       口

8,183,681 7,770,299

による。すなわち,既に明らかなごとく,大口径

火砲関係設備を海軍へ「無償譲渡」することを条   (出典)海軍艦政本部総務部第二課『軍縮二依ル損害 件にして,その特設設備に対してほぼ全額が補償      補償ノ条件トシテ株式会社日本製鋼所ヨリ無償

譲渡物件二関スル書類綴』。

されたことによる。       (注) 「原価ハ帳簿価格ニシテ償却セルモノナリ」

日本製鋼所の場合,大口径砲関係設備に限り,     (原注)。

殆ど全額を補償し,現物を海軍に譲渡するものと     室蘭工場「小計」欄の円の位の数値が合わない

       のは,原資料の数値の円未満を切捨てたことによされた理由は次のごとくである。大口径砲製造設

る。

備を有するのは呉海軍工廠と日本製鋼所のみであ     *印,該当なしと考えられる。前掲『日本製鋼所 り,海軍としてはそのうちの一つも欠くことの出     社史資料(上)』(333頁)では,広島工場の建物 来ない重要施設であって,しかも,その大部分は     関係を「不詳」としているが・原資料と思われる

       本表典拠資料では空欄であり,「合計欄」を本表他に転換利用のみちがなく,もし民間工場の手に       同様に広島工場の建物関係を含まずに計上してい

委ねて放置しておくと廃棄されるおそれもあると     る。

の不安から,「之ヲ海軍ノ手二収メテ保存シー朝     **印、補償額7,770,250円(原注)。

有事二際シテハ現位置二於テ作業ヲ開始スル」こ

とを期したものという㈲。      なお,日本製鋼所の大ロ径砲関係設備は,軍縮 結局,日本製鋼所に対する補償額の最終決定は,  補償金の受領と引き換えに,政府(海軍省)に 1926年7月10日付で,海軍省から次のごとく通達  「無償譲渡」されるのであるが(その所有権は政

された。補償金額9,807,475円,額面同額の公債  府に属する),注意されるべきことは,設備その

(10)

ものは日本製鋼所から撤去されることはなく,し    は,海軍省による「内意」伝達の年月を1925(大正 かも,同所が引続き使用を希望するものは「無償    14)年2月としているが,前後の記述から判断して,

譲渡物件使用二関スル契約書」(1926年8月9日    明らかに1926(大正15)年3月の誤りである。

付)及び「土地賃借締結書」(同年11月1日付)   (5)前掲『日本製鋼所社史資料(上)』332頁,及帆 を締結して,引続き使用を許可されたことであ    海軍艦政本部総務部第二課『軍縮二依ル損害補償ノ る(7)。      条件トシテ株式会社日本製鋼所ヨリ無償譲渡物件二 関スル書類綴』。後者は,筆者がかつて日本製鋼所

(注)       本社で収集した資料である(以後海軍省資料と略記

(1)本「協定書」は,1921年7月28日付けで,海軍省     する)。

経理局長(志佐勝)と日本製鋼所取締役会長(団琢      なお,日本製鋼所の大口径砲設備に対する補償方 磨)との間で締結されたもので,前掲「海軍軍備制    法については,議会でも同様の説明がなされ,若干 限条約ノ実施二依ル損害補償二関スル参考書類ノ件」    のやり取りが行われているが(とくに「無償譲渡」

に収録されているが,前掲『日本製鋼所社史資料     について,平たく言えば「買い取る」ことと同様だ

(上)』316−318頁にも,「各種兵器製造設備新設に関     が,厳密に言えば「買取り」「買上げ」ではなく,

する協定」として,その要旨が記載されている。     適当な額で補償した上で政府に譲渡させる方式とい

(2)前掲『日本製鋼所社史資料(上)』315−324頁。      うような用語の意味の確認が中心),この補償方式 なお,本協定書においては,協定が履行されない     自体についての疑問は殆ど出ていない(前掲『帝国 場合のことも想定して次の規程がなされていた。    議会衆議院委員会議録』『帝国議会貴族院委員会議

「天災若ハ不可抗力二依ルニ非スシテ本協定ノ履行    事速記録』)。

ヲ完フセサルトキハ本協定ヲ解除スルコトアルヘシ   (6)前掲『日本製鋼所社史資料(上)』331−334頁,及 但シ之力為二生スル損害二対シテハ甲(海軍省,引     び日本製鋼所『第39回営業報告(大正15年下期)』。

用者)ハ何等賠償ノ責二応セサルモノトス」(第5     もっとも,前掲『明治大正財政史』第11巻(849頁)

       ● ● ● ● ● ● ●)(前掲「海軍軍備制限条約ノ実施二依ル損害補     では,9,807,475円が12月10日までに交付された金 償二関スル参考書類ノ件」)。しかしながら,この前    額として一括されている。

段の規程は,日本製鋼所の側の事情により協定が履      なお,『日本製鋼所社史資料(上)』334頁によれ        ● ● ● sされない場合のことを想定したもので,海軍軍縮    ば,同社は,「広島工場関係」として1926年12月2

● ● ●

条約の締結という「不可抗力」(あるいは海軍側の     日付で公債149,250円を受領したとされ,前記補償        ● ● ● 柾﨟jにより協定が履行されない場合については必     金額(203万7千円余+777万円余)とは別個に補償 ずしも該当しないと解釈され,補償要求がなされた    金交付がなされたかのごとく記されている(前掲第 ものと思われる。      2表の同社の数値は,同資料では「室蘭工場分」と

(3)その詳細内訳は,「不用設備費」約1460万円,「不     されている)。しかし,上掲『第39回営業報告』に 用準備材料費」約93万円,「職員職工整理費」約113    は,そのような記述はなく,「無償譲渡物件」のう

      ● ●      ● ●

怏 ,「取消注文未済工事費」約66万円,計約1732    ち広島工場分はll月1日引渡し(12月2日抵当権抹 万円(前掲『日本製鋼所社史資料(上)』324・327    消)との記述(同書及び前掲海軍省資料中の「日本 頁)。       製鋼所無償譲渡物件処理ノ概要」)や149,250円と なお,軍縮による打撃を緩和するため,海軍省は,    いう金額が第3表の広島工場の「機械・器具関係」

日本製鋼所の要請に応えて,同社に対する「応急対    の補償金額149,241円に近似していることなどから 策」として,1926年度まで年額約464万円の発注意    判断して,この公債149,250円というのは,「無償譲 向を示している(同書325頁)。       渡物件」の補償金額777万円余に含まれていた「広

(4)前掲『日本製鋼所社史資料(上)』329頁。同書で    島工場分」と解される(149,250円を第2表の日本

(11)

奈倉:「ワシントン軍縮」下の日本製鋼所とイギリス資本      11

製鋼所の補償金額に加えると補償金総額は2000万円   であった(5)。

をその金額分だけ越えてしまう)。         23年7月,A社代表は,海軍大臣に以下のよう

(7)前掲『日本製鋼所社史資料(上)』333−334頁。    な内容の要請を行った(6)。

ワシントン会議の結果,今後海軍が日本製鋼所

       に十分な注文をする見込みがなくなってしまった。IV 英国側株主の要請と日本側の対応       英国側出資者は,会社創立期には陸海軍当局者か

以上のような軍縮補償問題,とりわけ日本製鋼   ら注文保証を得ての,同社の仕事に協力してきた 所に対する補償金交付に際して,同社英国側株主   が,同社室蘭工場は,その性質上,一般商業的仕

(A社およびV社)は,どのような要請を行い,  事をすることは不可能である。したがって,英国 日本側はどのように対応したのであろうか。こう  側株主は,日本政府が道義的責任から英国側株式 した問題については,従来殆ど知られておらず,  を買い取ることを要求する,と。

しかも,日本側資料で知り得る内容は極めて断片   これ自体はいわゆる「軍縮補償」を要請したも 的一面的であるω。      のではないが,軍縮に伴つて生じた問題に対する

そこで,本問題についての英国側2社の要望・  日本政府の道義的責任に言及して,英国側株式の 要請と日本側の対応について,事実経過を明らか   買取りを要請していることが注目される。

にしつつ,要請内容と根拠,要請方法などに見ら   当時は,先に見たごとく,八八艦隊計画関連の れる問題点を検討しておこうω。         受注各社からの軍縮補償要求を受けて,海軍省

(及び大蔵省)が主要工場の調査・審議を行った

(1)経過と内容      時点に当たる。A社は,この頃,近く軍縮補償が 英国側の要請行動については,内容的に次の3  実施される(しかも日本製鋼所に対して約1千万 期に分けて考えられる。      円の補償見込み)との情報を海軍省から得てい

第1期:1923年から24年初頭。英国側2社は,   る(8)。以後,A社とV社は,相互に連絡を取り,

当初は自己所有の日本製鋼所株式の単純売却を企   軍縮補償への対応の仕方を協議しつつ,海軍省 図していたが,軍縮補償の情報を得て,両者の結   (一部日本製鋼所日本側幹部)への要請を行って 合をはかる。       いく。つまり,英国側両社は,もともと日本製鋼

第H期:1924〜25年。軍縮補償問題ペンディン  所株式の売却(日本政府による買取り)を要請し グのもとで,V社は,海軍省からの情報を得つつ,  ていたのだが,近く軍縮補償が実施されるとの情 働きかけ。      報を得て,その両者の結合をはかるようになるの

第III期:1926年。両社代表が軍縮補償につき海   である。

軍大臣宛要請。その後,英国側の日本製鋼所関係    英国側両社が当時連絡・協議した内容は,必ず 者が訪英中の日本製鋼所会長と会談。       しもまとまったものが残されているわけではない まず第1期であるが,1923年,A社とV社は別々  が,書状類から確認される内容は,大要以下の通 に代表を日本に派遣した(3)。もっとも,代表派遣   りてある(9)。

の主たる目的は,日本製鋼所株式の売却にあった。   軍縮補償が実施される場合には,補償金は日本 両社は,かつても株式売却を企図したことがあっ  製鋼所株主に分配されるべきこと,とくに輪西製 たが(4),あらためて株式売却の具体的行動(日本   鉄所合併前の旧来からの株主の間で分配されるべ 政府による買取り要請)を起こしたのは,ワシン  きこと。したがって,我々英国側株主の最大の目

トン軍縮条約の調印により,今後の日本製鋼所の  標は,日本製鋼所に対する補償金の半分を獲得す 注文減少・成績悪化は免れないので株式売却の機   ることである。また,何らかの補償金が英国側株 会は遅くならない方が良いとの判断に基づくもの   式の購入(額面価格での購入)にふり向けられる

(12)

ならば,我々の利益によりかなうこと,などであ  現在の出資比率に応じた額(125万円ずつ)になっ る。      た場合でも,その分だけの株式譲渡の用意がある

日本製鋼所に対して補償がなされる場合には,   かどうかの検討を要請しており( 2),これを受けた 何らかの形でその恩恵は必ず株主に均露すべきこ  A・V両社は,24年初頭には,その用意があると

とというのがこれ以後も継続してなされる英国側   の見解をまとめている(13)。

株主の主張の基本であるが,当時は補償金がどの    しかし,その後,軍縮補償問題自体が,前述の ように交付されるのか未定のもとで,二通りの要   ごとく内閣交替等で一時ペンディングとなり,第 望が示されていることに注意しておきたい。すな   H期には英国側の働きかけも弱まっている(14)。

わち,補償金による英国側株式の購入,もしくは,   もっとも,第H期の1924年中,V社は,油谷堅 補償金の株主への分配である。とくに後者の場合   蔵(元海軍少将,1923年以来V社日本代表)と連

には,輪西製鉄所は兵器製造に直接関係ないので,  絡を密にし,油谷は,海軍省側の情報を再三V社 輪西合併以前の旧来からの(室蘭工場のみの)株   に伝えている。

主(original shareholders in the gun works)   その一つ,24年9月の油谷の書状は,海軍艦政 に平等に分配すべき,という主張が早くもなされ  本部(村越)との会談にもとづき,軍縮補償の進 ていることが注目される。       展状況と海軍省の考え方について,次のように記

もっとも,当時は,A社の方が軍縮補償実施を   している(15)。

想定した具体的対応を行っていたようであり,V   ①軍縮補償法案は,大蔵当局の理解を得てお 社の場合は,軍縮補償がより現実的になれば株式     り,次期議会に提出の予定である。

売却には有利であり,従来の株式単純売却案を修   ②補償額は会社の状況によるが,日本製鋼所 正することになるとの見通しを示すにとどまって    の場合,最も高率の部類に属する。

いる(1°)。      ③ 日本製鋼所の場合,大口径砲製造設備の補 A社代表は,海軍大臣から,英国側株式の購入     償に対して約1千万円となる。

は財政的に困難なこと,軍縮補償は日本製鋼所自   ④海軍省は大口径砲設備を1千万円という全 体に対して考慮している,との回答を得た後,樺    原価(total cost)で購入することを願っ 山日本製鋼所会長に対しても,補償金が得られた    ているので,事実上,それは軍縮補償(Re一 場合のことを想定して,次のような要請を行って    trenchment Compensation)というもので いる。補償金が室蘭の大砲設備等(軍縮の結果不     はない。しかも,その設備は,平和時には,

用になった設備)に対して実施されるならば,そ    海軍省が日本製鋼所に対して無償で貸与する の金額はオリジナルな出資者に均等に分配される    つもりである。

べき,と( 1)。      ⑤ 海軍省としてはV社(Major B. H. Winder)

さらに,A社代表は,同年11月の樺山会長との    の提案を受け入れるわけにはいかないが,上 再会談では,日本製鋼所に1千万円の補償がなさ    記の補償は公正な計算によるものであり,補 れるとの前提のもとに,補償金は英国側出資者に    償法案が議会を通過すれば,おそらくV社に は現金で支払われるべきこと,その分け前は輪西    とっても満足のいくものとなるであろう。

製鉄所合併前の出資割合に応じて決められるべき   当時は,先に見たごとく,法案提出には至らな こと(英国側2社にはそれぞれ250万円ずつ)な  かったとはいえ,軍縮補償に関する基本的考え方 どの具体的要請をしている。       や具体的補償方法について,海軍省内では固まっ そして,その一方で,A社代表は,軍縮補償問   ており(大蔵省とも協議済み〉,上記の説明は,

題は翌24年2月に決着するとの見通しのもとに,  大要その線に沿ったものである。日本製鋼所に対 A・V両社重役会に対しては,英国側への分配が  する補償は,最も高率の補償額として,その金額

参照

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