福祉現場における外国人介護員との協働 (公開シン ポジウム 日本・インドネシア交流の過去・現在・
未来‑‑日本・インドネシア国交正常化50周年記念シ ンポジウム) ‑‑ (日本・インドネシアの人的交流の 現代的課題と未来)
著者 吉田 美香
雑誌名 東西南北
巻 2009
ページ 69‑77
発行年 2009‑03‑18
URL http://id.nii.ac.jp/1073/00001695/
本日私は、外国人である在日フィリピン人を雇用し ている、福祉施設の現場の立場から発表させていただ きます。
── 清風園の概要
清風園は社会福祉法人賛育会が母体であり、賛育会 はキリスト教精神のもと、創立91周年を迎えました。
清風園も開設44周年を迎えた、東京都内で2番目に古
い施設です。清風園は町田市の金井にあります。現在は110床の特別養護老人ホ ームに、3床のショートステイ、他にデイサービス、グループホーム、訪問看護 ステーション、ヘルパーステーションが併設された複合施設です。
清風園には、いくつかの特徴があります。まず一つは、医療と深く結びついた 介護ができることです。清風園では常勤の医師が働いており、診療所も併設され ています。そのため医療依存度が高い方も積極的に受け入れる姿勢があります。
環境面でもいくつかの特徴があります。このスライドのように、清風園では今年 度、お風呂を大改修しました。通常の特別養護老人ホームでは、寝たきりや身体 の不自由な方が多いので、一般的には機械で入浴するお風呂や、歩いて入る歩行 浴も手すりや入浴するためのいろいろな機械を取り付けている施設が多いのです
が、清風園のお風呂は檜風呂がメインで、
手すりや付属品がなく、床もスノコで、
110名のご利用者様のうち75名近くが、こ の檜風呂に入浴しています。
清風園のお部屋には、4人部屋と個室の 2つのパターンがあります。清風園は高台 にあるので見晴らしがよく、お部屋からの 景色も特徴です。庭も広く、ご利用者が散 公開シンポジウム:日本・インドネシア交流の過去・現在・未来
福祉現場における
外国人介護員との協働
吉田美香 社会福祉法人 賛育会清風園介護係長
歩がてら庭で過ごせるような、とてもロケーションのいい所です。
清風園は高齢者福祉施設ですが、介護保険制度が導入されてから、福祉施設を 取り巻く環境が大きく変わりました。40歳以上から介護保険料を支払うシステム になり、また福祉施設で生活されている利用者も利用料を負担しています。清風 園のような福祉施設は、この介護保険料と利用者が支払う利用料の2つが収入と なっています。ものをつくったり、売ったりというようなモノ相手のしごとでは なく、人が人をみるサービス業ですから、営利を追求しにくいところがあります。
全国どこの施設でも、決められた収入の中で人件費をどうおさえるかに悩んでい ると思われます。
── 職員確保の困難
私のような介護職は、早番・遅番・夜勤があります。利用者はここで生活して いるのですから、24時間のケアサポートが必要です。チームワークでサポートし ますが、生活全般をケアするので、1年365日24時間、食事・排泄・入浴・健康 管理が続きます。これは思いのほか重労働です。日本はますます高齢化社会に突 入していきますが、この重労働と決して高くない賃金の狭間で、私のような介護 福祉士を目指し、高齢者福祉施設で働くことを選択する日本の若者が、ここ数年 で激減しています。ですからどこの施設でも、何とか人材を確保しようと、あの 手この手で求人をかけているのですが、なかなか集まりません。
また実際に現場で働いている職員でも、女性は結婚・出産退職や、重労働と感 じての退職があります。男性ならば賃金の問題で転職する傾向が、全国どこでも あります。男性は家庭を養えるだけの収入が足りないと感じているようです。介 護職は3年以内の離職率が高く、社会問題にもなってきています。清風園でも、
求人募集してもなかなか集まらず、介護職をどう集めるかに悩んでいました。
── 在日フィリピン人介護員の採用
今から3年前の2005年4月のことです。在日フィリピン人対象のヘルパー2級 講座を受講して資格を取得した2名の在日フィリピン人を、ジャパンケアサービ スという会社の職員から紹介されたことが、外国人雇用の始まりでした。
当時、非常勤職員にも退職者があり、正職員も集まらずの状態でしたので、さ っそく施設長と私で面接をしました。2名とも30代後半で、日本に来てから10年 目と3年目の人でした。この2人に出会わなかったら、現在でも外国人介護員を 雇用していなかったと思います。この2人の明るい性格や高齢者への思いは、面 接の時点ですぐに伝わってきました。とにかくお年寄りが好きなのです。
その後も、清風園で働くフィリピン人は替わったけれども、現在までに延べ9
名のフィリピン人を雇用しております。現在は3名が働いています。3名とも嘱 託職員で早番・遅番もこなしており、1人に関しては夜勤もできるほどの能力が あります。また、この3名のうち2名は、実は2005年度に採用した人の再雇用で す。家庭の事情で退職した人で、家庭が落ち着いたので戻ってきてくれました。
この3年間で私は延べ9名の採用面接に関わってきましたが、面接をする時に
「日本人だから」「フィリピン人だから」などの区別はありません。賃金も日本人 と同額です。日本人も非常勤、嘱託職員、正社員では、賃金にも仕事の内容にも 差があり、さらに嘱託職員でも、早番・夜勤ができるかどうかで賃金基準が異な ります。それをフィリピン介護員にそのまま当てはめています。面接のポイント は、もちろん有資格者が最優先ではありますが、技術や資格よりも、まず人柄と やる気を重視します。それと人に対する思い、高齢者に対する思いを聞きます。
あとは協調性をみます。この基準をクリアできれば、日本人であろうと外国人で あろうと、採用の違いや制限などはありません。
── 受け入れ体制の構築
次に、在日フィリピン人受け入れ体制の構築です。2005年度に2〜4名の方を 採用した時に、とにかく外国人を雇用したのが初めてだったので、万全な
OJT
(
On-the-Job Training
:仕事を通じて職務に必要な知識や技能を身につけること)をとりました。外国人用の
OJT
を構築し、マンツーマンでの指導にして、先生役も固定 しました。6ヶ月間のOJT
をきちんと実施しました。中には日本での滞在時間が 短く、日本語の未熟な人がいたので、そのような人には先生役を2名配属して、3ヶ月間集中的に指導しました。
日本語の指導
日本人の
OJT
と比較すると、その内容は非常に多岐にわたります。特に文章能 力や日本語の言い回しが理解できないので、マニュアルや普段使用するケアに必 要な書類を、すべてカタカナに直して渡しました。それから、話を聞いたらメモ を取るということを徹底的に指導していきます。すべて本人にメモを取らせたの です。日本語を書けるように、3ヶ月間は日記もつけてもらいました。毎日の仕 事の内容とそれに対する感想です。その甲斐があって、約3ヶ月でまあまあでき るようになり、6ヶ月で書類や記録以外の業務を任せられるようになり、なんで も安心して任せられるようになったのは1年後でした。ただこの4名に関しては、いろいろな事情で1年間で退職しました。やっと一 人前になったばかりだったので非常に残念でした。その後、清風園で働きたいと 飛び込みで来たフィリピン人を2名採用しておりますが、このときには
OJT
の方 法をまったく変えました。やる気はありましたが、日本語がたどたどしく、読み書きに関してはカタカナも難しい状態でした。こんどはマニュアルをすべて日本 語のまま渡して、自分たちで努力してカタカナや英語で覚えていくという形を取 りました。
日本語には謙譲語、尊敬語があって、敬語がわかりづらいとよく聞きます。た とえば「結構です」と言われると、肯定しているのか否定なのかわからなくて失 敗することがよくあります。それは前後の文脈から理解するしかありません。日 本人からみれば本当に些細なことですが、そういうことも習得していくのは、か なり大変だと思います。現在は、2006年度からのこの方法で実施しています。
施設全体での育成指導
3年前にフィリピン人を4名採用して数ヶ月間経ちますと、4名の個性が発揮 されるとともに、グループ化や口論が始まりました。清風園では外国人職員が絶 対にしてはいけない規則があります。それは、仕事中に日本語以外で会話をする ことです。英語や母国語で話されると、日本人スタッフや利用者には何を話して いるのかわからないので、秘密の会話と感じてしまい、不快に感じるということ があります。こういうことが、日本人との間のチームワークに亀裂が入るきっか けになりかねません。
しかし現場になれてきた頃、さすがに仕事中ではないのですが、休憩中に日本 人スタッフの前で母語で口論することが起きてきました。私はお目付け役だった のですが、私だけでは足りず、施設長や看護師、医師からも指導や育成をしても らうという方法を取り、改善していきました。現在もそうですが、何かトラブル が発生しそうなときは早期に施設長が仲介に立つことも多いですし、健康上の問 題や悩みは医師に相談窓口をお願いしています。今年度、3名のうちの1名は、
常勤の医師がかなり親身に相談にのっているようです。そういう意味では施設全 体で育成指導をおこなっているわけです。
競争意識もあります。今まで9名のフィリピン人を雇用してきまして、私たち が学んだことは、フィリピン人同士での競争意識が高いということと、少しでも 日本人スタッフとの差が出ないように働こうという意識が高いことです。これら を上手に活用し、個性を伸ばすようなチャンスを十分に与えますと、飛躍的に成 長していきます。
──フィリピン人介護員が加わったことでの変化
利用者の変化
ご利用者の側の変化について話しましょう。3年前に在日フィリピン人の介護 員を受け入れてから、一貫して男性利用者の受けがとてもよいのが特徴です。取 材を受ける時には、必ず男性利用者からの一言を聞いてもらいます。清風園は働
くときも制服ではなく、仕事着は私服です。
ある程度の配慮は決められていますが、そ れでも職員の個性が反映されるようになっ ています。
フィリピン人は明るい色の服装で、お化 粧もばっちりとしますので、とにかく全体 が明るくなります。そしていつも元気な挨 拶と声かけ、「わかってます」「
OK
です」「大丈夫です」などと言いながら笑顔がありますので、男性利用者はコロッと魅 了されてしまいます。ジェスチャーが大げさなのも特徴です。日本語が不慣れな 分、ジェスチャーでカバーしています。これがまたいい結果を生んでおりまして、
若返ったと自らおっしゃる男性利用者もいます。とても大切な効果ではないかと 思います。
反面では、清風園のご利用者の平均年齢は85歳以上と高いこともあって、戦争 を経験している方、特に女性ではケアサービスの拒否が時々あります。フィリピ ンが位置するのが南方ですから、戦争で息子を亡くしたとか、または日本国籍で はないからという理由があります。これは一人ひとりのフィリピン人の性格の問 題ではなくて、あくまでも外国人だからということです。いまも1名の利用者が、
そのような言動を直接フィリピン人の介護員に対してとっています。
しかし、その他99%は、女性の利用者からもとても好評です。高齢者を敬う気 持ちがとても強く、また、女性は何歳になっても女だと、フィリピン人介護員は はっきり言います。だから、おしゃれや身だしなみに非常に気を使います。高齢 者のシワシワになった手をハンドマッサージやネイルケアで、きれいな手に変身 させようとしてくれるのです。そういうことを清風園に普及させた功績は非常に 大きいし、利用者からのリクエストもたくさんあります。
利用者家族の変化
ご家族に関しては、3年間を通して一度もクレームがありません。むしろ、と てもよく働いている、日本人よりも細かいところに気が付くとの声さえいただき ます。彼女らが明るいので、職場まで明るくなったとの声も出ています。背景に は、今の日本社会、特に介護職への人材確保が難しいことがあります。マスコミ が取り上げることもそういう面が多いです。ご家族も施設や介護員の現状をよく 見てらっしゃるので、理解してくださっているのでしょう。
現在3名のフィリピン人がいますが、昼休みになると皆、喫煙所に行きます。
そこにはあるご利用者の家族が毎日待機しています。その家族は英語が得意なの で、そこで英会話と日本語教室が始まります。規則で日本語以外は駄目としてい ますが、このときだけは
OK
しています。このようなご家族のサポートも、清風園でフィリピン人介護員を雇用できていることの要因であると考えています。
日本人スタッフの変化
3年前に受け入れたときは、突然外国人スタッフを雇用したこともあって、現 場に衝撃が走りました。人材確保のために、ついにここまで来てしまったのかと、
複雑な思いがあったようです。だからはじめの2ヶ月間はとにかく戸惑いました。
これもお国柄かも知れませんが、彼女たちははっきりものを言います。そして 明るい。このパワーに圧倒されました。しかし2ヶ月過ぎたころから、その個性 や人懐っこい性格、本当の意味での笑顔に気づき、日本人介護員がパワーをもら うようになりました。現在、フィリピン人介護員は職場のムードメーカーです。
今回、2名のフィリピン人介護員が再雇用で来ましたが、現場の介護員たちは ずっと連絡を取り合っていたようです。ですから戻ってきたときには、日本人の 介護員たちから最初に出た言葉がみな、「お帰り、よかったね」ということでし た。2人は、それが何よりも嬉しく励みになると言っていました。
フィリピン人介護員たちの存在は日本人介護員の成長にも非常に役立ちます。
日本語が不自由な職員を指導することで、自分に不足しているコミュニケーショ ン力や、普段の仕事を振り返る機会になります。その中で日本人スタッフは、国 籍ではなく、それぞれの個性や資質が重要であり、いかにこの仕事が好きか、ま た心が大切か、ということを学んでいっています。これは私も同じです。
── 仕事に誇りを持つフィリピン人介護員
フィリピン人介護員のほうはどうだった かと申しますと、最初の受け入れ時、4人 は、自分たちは外国人だということを全面 に出して、緊張していました。非常に責任 感が強く、仕事に人一倍の誇りを持ってい たので、積極的に発言したし、日本人に負 けたくないという思いが強かったようです。
ですが、3〜4ヶ月経つ頃には、チーム で働く協調性や、自分の役割について気づ き始めました。また、命を預かる仕事とい う自覚を持ち始めました。体力がありまし て、日本人スタッフよりも欠勤が少ないと いうのも特徴です。努力家でもありまして、
現在もそうですが、町田市で無料でおこなっ ている日本語教室に通っている者もいます。
生活習慣では、衣類のすべてにアイロンをかけます。靴下、ハンカチ、下着、
パンツまで、すべてです。ですから、清風園で生活している利用者の身だしなみ についてとても気をつかいます。襟や袖口が曲がっていたり、アイロンのしわが 伸びていなかったりすると、すぐに直します。細かい気遣いによって、逆にケア を指導してもらっているようなところです。私たち清風園は20代の介護員が多い ために、若い介護員のお手本となっています。利用者へのホスピタリティは、私 のほうが学ぶことが多いのが実情です。
とにかく仕事が楽しくて仕方がないという雰囲気を常に出して、笑顔で大きな 声で挨拶をする姿は、誰が、どこで、どう見ても、私たちや利用者やご家族を元 気にしてくれます。
フィリピン人介護員を受け入れてから、マスコミの取材が非常に増えました。
それに対して本人たちは一概に喜んでいるわけではありません。「自分たちが外 国人だから取材に来るのではないか」と、さめた目で見ているところもあります。
しかし、職員として施設の看板でもあることを強く自覚してもらっています。さ らに「技術を学びたい」「成長したい」との意識が強く、仕事にプライドを持っ ていることをマスメディアでも訴えます。
──ストレスマネジメントとコミュニケーション
清風園で働くフィリピン人は、日本人の夫を持つ在日フィリピン人です。日本 の生活習慣をすべてにおいてマスターしているわけではありません。フィリピン 人としての誇りも持っています。仕事上で大きく影響することはありませんが、
生活習慣が若干違うこともあります。私たち日本人スタッフの側は、仕事では日 本の生活習慣に合わせるようにと、働きかけています。
外国人が働きやすい環境づくりと、トラブルが発生しないように、施設全体で 1人の職員が全般にわたって関わり、3年間一貫して私が関わってきたのですが、
母親「マザー」の役割は、一人ひとりのフィリピン人の家族ともコミュニケーシ ョンをとり、いつでも相談できる体制をとっていることです。日本人スタッフ以 上に、それぞれの問題や悩みを抱える時が多々あります。たとえばフィリピンに いるご家族の問題や、現在の家庭での問題、子どもの教育問題、フィリピンに置 いてきた子どもの問題、そして職場での不安や不満なども全部聞きます。24時間、
いつでも相談
OK
です。夜遅く私の携帯電話にかかってくることもありますし、日本人の夫からの電話もあります。
日本語が不自由なため、私から日本人の夫に電話をかけて、書類の提出などを お願いすることもあります。フィリピン人介護員を取り巻く環境をすべて把握し て、連絡を密に取りながら、働いてもらっているわけです。だからこそ、日本人 の夫も差別のない職場だと理解して、安心して働きに送り出してくださっている
のだと、私は感じています。
この「マザー」の役割は、外国人を雇用する場合に非常に重要だと、私は経験 から感じています。レクリエーションの機会などにご家族を巻き込むと安心して いただけることから、時々飲み会やバーベキューなどを開く時があります。日本 人スタッフも家族連れで参加しています。とにかくチームワークと協調性を養い、
一丸となってケアをしていくには、仕事の中だけでは十分ではありません。スト レス発散も兼ねて、あまり負担にならない程度にいろいろな行事を計画していく ことが必要だと思っています。
──フィリピン人介護員のスキルアップ
現在働いている3名のフィリピン人介護員は能力が高く、先ほども申しました ように嘱託採用をしております。全員ずっと働きたいとの申し出がありまして、
一人は生活もかかっています。今、一人の介護員が「将来的には、介護福祉士の 国家資格を取りたい」とつぶやき始めました。文章が書けることを目標にこつこ つと日本語教室にも通っています。このような向上心が大切です。少しがんばり 過ぎるところがありますが、将来的にはぜひバックアップをして、受験するまで でもいいから試験を受けてほしいと思います。
清風園の母体である賛育会では、墨田区にある法人事務局で外国人対象の日本 語教室とパソコン教室を実施しています。また同じ法人内の施設ではフィリピン 人介護員を9人雇用していますが、今年度、何名かが国家試験にチャレンジしま す。
能力給与制度の検討
フィリピン人介護員たちの特徴として、達成レベルを気にすることと、能力に 見合う報酬、つまりは賃金に関しては、日本人よりも非常にシビアです。自分が どれだけできたか、業務をどれだけマスターしたか、どれだけレベルアップした かを訴えてきます。そして、それと共に、賃金アップも要求してきます。ここま でできるから、日本人と同等だからと訴え、自分の賃金はこれからどうなってい くのか、時々相談に来ます。これは文化の違いかもしれません。ですから、納得 のいくまでとことん話し合うことが大切です。
国家資格取得の可能性は?
きょうはフィリピン人介護員の事例をお話ししましたが、現在すでにインドネ シア人の受け入れが始まっています。先日あるテレビ局の取材がありまして、そ こで「介護福祉士資格は、努力すればとれますか?」と、現場の日本人介護員へ の質問がありました。その介護員ははっきり「ノー」と答えておりました。学生
に戻って専門学校などに通えば、可能性は十分あります。しかし夜間の学校でも、
現在の年収を維持しながら学校に通うことは困難です。働きながら勉強するには、
強い信念と根性と努力が必要です。今まで雇用してきたフィリピン人を見ていて も、国家資格がとれるかどうかと聞かれると、無理ではないかなと思わざるをえ ません。日本人と比べ、普段の仕事を覚えるだけでも、やはり時間がかかってい るからです。
現在雇用しているフィリピン人たちは将来的に国家資格をとりたいと話します が、彼女たちには家庭があり、子どもがおり、近所付き合いもあります。仕事だ けではなく、生活していかなければなりません。勉強も一から日本語を学び、専 門用語を暗記し、使いこなせなければなりません。仕事もしなければなりません。
人間相手の仕事ゆえ、ストレスがたまることや悩むこともたくさんあります。発 散する場も必要です。すべての環境が準備できなければ、日本人でさえ合格率の 低い国家資格を取得するには、ある意味で多くの犠牲を強いることにもなります。
インドネシアの方々の受け入れについて取材を受けたフィリピン人介護員はこ う答えておりました。「母国を離れて3年間で、慣れない環境で働き、資格をと らなければならないということは、とてもストレスを生みます。絶望的な暗い気 持ちになる場面も必ず出てきます。そのようなストレスに対するマネジメントや メンタルヘルスの問題を、受け入れるような場所が、たとえば清風園のようなと ころにあるのですか? 人間関係は思いのほか大変です」と答えていました。ま た、「文化の違いも大きいですよ」とも話していました。
ならば、「国家資格は無理でも、母国に帰ったときに、日本のスキルを指導で きるぐらいの能力と技術を身につけるんだ」と考えていたほうが、プレッシャー にならないかもしれません。フィリピンでは、高齢者をお世話することで賃金を もらうということがないようで、「日本に来てびっくりした」と言っています。
フィリピンでは家族や親族がお年寄りの世話をするのです。「高齢者をケアする ことがビジネスになるなんて、複雑な気持ち」と話しています。「これだけ働い ても、どうしてもこの文化には慣れることができない」とも話しています。でも、
今後は母国でもこのような施設ができてくるのだろう、とも考えているようです。
ぜひ、今
EPA
(Economic Partnership Agreement = 経済連携協定)で来られているイ ンドネシアの方々も、プレッシャーに押しつぶされることなく3年間、4年間で スキルを学び、帰ったときに第一線で働けるような気持ちでがんばっていただけ たらと思います。これが福祉施設の現場で働く一職員としての意見です。ご清聴ありがとうございました。
[よしだ みか]