モンゴル民法典の全体構造(1)
蓑 輪 靖 博 *
はじめに
1. 民法改正と民法典の全体構造
(1)民法改正論議における民法の全体構造
(2)民法典の全体構造とその改正
(3)本稿の目的
2. モンゴル民法典の全体構造
(1)モンゴル民法典の制定と背景
(2)モンゴル民法典の全体構造 3. モンゴル民法典「第 1 編総則」
(1)「第 1 編総則」の全体構造(以上本号)
(2)「第 1 編総則」の規定内容(以下次号続く)
4. モンゴル民法典「第 2 編義務」
5. モンゴル民法典「第 3 編契約関係」
6. モンゴル民法典「第 4 編契約以外の義務」
7. モンゴル民法典「第 5 編相続」
8. モンゴル民法典「第 6 編国際民事法律関係」
おわりに
* 福岡大学法学部教授
はじめに
社会主義を放棄し、市場経済体制への移行に向け、新たな国家体制作りに 取組むモンゴルの法整備に関わっている経験から、2002 年に制定されたモ ンゴル民法典の全体構造を紹介することによって、民法改正のあり方を考え ることが本稿の動機である。
本稿では、モンゴル民法典の全体構造を客観的に示すことを目的としてお り、今後研究を進める前提となるものである。本学部創立 50 周年を記念す るものとしては十分なものといいがたいことは認識しているが、現時点の一 成果を示し、さらなる研究の端緒と割り切りたい。個別制度や条文の解釈・
内容、その課題を社会の実態と照らして検討することは将来の課題である。
そうはいうものの、民法典の全体構造がわが国の民法改正において積極的 な論点とされていない現状において、一つの民法典像を全体構造の側面から とはいえ紹介を行ない、日本民法典と比較することには、一定の意味がある と考えている。
1. 民法改正と民法典の全体構造
(1)民法改正論議における民法の全体構造
① 法制審議会民法(債権関係)部会での審議が昨年 11 月に始まった。1 年半後の中間的論点整理の提示を目標にしているという。
具体的な改正内容については、審議の行方を待つほかないが、これまでの 議論の集積がたたき台の一つになることは間違いないであろう(以下、民法
(債権法)改正検討委員会案を検討委員会改正案という)。そうであるなら、
民法改正における基本的な民法典の構造については、おおむね現状維持を前 提としているとみてよい1。
すなわち、総則、物権、債権、親族、相続の 5 ヶ編構成は現状のままとして、
変更しない。ただし、「第 1 編総則」中の「第 5 章法律行為」と「第 7 章時 効」については、内容上の改正や他編への移転を行なう可能性を検討する。
また「第 3 編債権」については、契約と債権、各種の契約、法定債権といっ た 3 部に再構成したうえで、新たな制度の導入や内容変更等による大幅な改 正を検討することになる2。これら個別の条文や制度に対する改正案につい て、個別具体的な検討を行なうことは本稿の趣旨から、さしあたり避けるこ とにする。モンゴル民法典の規定を紹介するにあたって、必要な範囲で適宜 扱うことにする。
② ところで、現在の 5 ヶ編構成を変更しない理由としては、今回の改正が あくまでも債権法を中心とした民法改正であるとの立場から、「民法の全面 改正ではないため、改正対象となっていない部分の編成を大幅に動かすこと は困難」3との指摘がある。
また、他方では、債権法改正を実現させたいとの強い立場から、「現実に 立法することを考えた場合」4、「債権法部分の改正だけでも困難であること が予想されるところ」5といった改正の実現性を重視した理由もあげられて いる。
さらに、民法典に対する包括性・持続性の要請を前提としたうえで、「物 権 ・ 債権の峻別、総則 ・ 各則の階層性といった概念の相互関係を重視する」
考えと、「人 ・ 所有権 ・ 不法行為 ・ 契約などを核として、機能的な関係に配
1 民法(債権法)改正検討委員会編『債権法改正の基本方針』(2009 年)12 頁、民法改 正研究会『民法改正国民 ・ 法曹学会有志案』(2009 年)23 頁、27 頁など。
2 詳しくは前掲注 1『債権法改正の基本方針』14 ~ 17 頁参照。
3 前掲注 1『債権法改正の基本方針』12 頁。
4 前掲注 1『民法改正国民 ・ 法曹学会有志案』23 頁。
5 前掲注 1『民法改正国民 ・ 法曹学会有志案』27 頁。
慮する」考えについて、近時の立法の傾向を考慮し、「『複合型(構造 = 機 能双指向)の民法典』を構想すべき」とし、「契約法 ・ 不法行為法それぞれ の機能的一体性に配慮しつつ、従来の知的伝統(峻別指向・階層指向)の継 承 ・ 活用を図る」ことが課題であるとされている6。
③ 「第 3 編債権」全体構造の改正に向け、「契約債権」を念頭に置いた上で、
「契約および債権一般」「各種の契約」「法律に基づく債権」の 3 部構成にし たとされており、基本的には、契約に関する現行民法典規定(第 1 編総則の 法律行為と時効の章および第 3 編、債権)の整除を行なうことが検討委員会 改正案の大きな目的であるとされている7。
(2)民法典の全体構造とその改正
① ところで、民法改正の理由を端的に言えば、社会の実情に適合した法整 備にあることはいまさらいうまでもない。
民法典は社会生活に関する争いを予め想定し、社会的に妥当な予防や解決 の規準を定めているものといえるから、社会の実情が変化し、想定した争い と異なる争いが生じ、現行法では社会的に妥当な予防や解決が図られない場 合には改正が必要となる。
② 民法制定当時に比し想像を絶する飛躍的変革を遂げた社会の中で、そも そも、これまでに民法典の抜本的改正の必要性さえ論議されてこなかったこ とは不思議であったともいえる。しかし、これまでの経過を前提とするなら ば、今回の改正の機会は確かに 100 年に 1 度の機会であり、今回の改正は 100 年後のことということになるのであろう。それでは、これまでは抜本改 正をしてこなかったのに、なぜ今の時期になって改正の必要性があるのであ
6 前掲注 1『債権法改正の基本方針』11 頁。
7 前掲注 1『債権法改正の基本方針』12 頁。
ろうか。またなぜ今回、契約債権のみを対象としているのであろうか。上述 した理由からは、今回の改正に対する積極的理由は必ずしも見い出せないよ うに思われる8。だからといって改正は不要というのではなく、個人的には、
もっと頻繁な民法改正もあって良いし、今こそ、全面的な民法改正―新民法 典を作る発想があって良いと考える。
③ そこで、今回の改正理由に上げられているものを民法(債権法)改正検 討委員会の設立趣意書からとり出してみると、「経済や社会は制定時の予想 を超える大きな変化を遂げ」たという点と、「市場のグローバル化はそれへ の対応としての取引法の国際的調和の動きをもたらした」という点、さらに
「判例は条文の外に膨大な数の規範群を形成しており、基本法典の内容につ いて透明性を高める必要性を痛感させている」という点があげられている9。
④ 契約債権のみを対象とするだけで―やらないよりはましといえるかもし れないが―、社会生活における争いを規律する基本法典としての民法がその 内容の透明性を確保することになるかといえば、そうではない。
モンゴルでは、社会主義体制から市場経済体制に移行するために国家 ・ 社 会体制の根幹を転換 ・ 再構築するという観点から、民法典をいかに制定すべ
8 前掲注 1『債権法改正の基本方針』12 頁では、「一言で言えば、契約に基づく債権(契 約債権)を中心とした債権法を構築しようというものである。この構想は、今回の作業 の当初から暗黙裏に予定されていたものであるといえる。というのは、今回の作業対象 である「債権法」(すなわち、債権編プラス法理行為 ・ 消滅時効マイナス法定債権)は、
実質的 ・ 機能的観点からみた債権法(すなわち契約債権の法)にほかならないからである」
とするのみで、結局、なぜ上記範囲になったのかは、必ずしも積極的に宣言されていない。
なお、法制審議会民法(債権関係)部会(第一回)では改正の必要性について、「分か りやすい民法」、「条文の在り方」、「社会経済の変化への対応」が指摘され、改正の理念 に疑問を呈する意見もあるようである。(「第 1 回会議における意見の概要」(法務省ホー ムページより)3 頁)
9 前掲注 1『債権法改正の基本方針』3 頁。
きかを考えたわけであるが、わが国の現状はこれとは異なり、これまでの学 説・判例等の蓄積も十分に活用されなければならないという意見もあるであ ろう。このことから、100 年以上にわたる法解釈・運用を今回の改正に反映 させるためには、膨大な量の作業を要するうえ、統一案制定に向けた意見調 整の困難さ、実務上の利便性の問題などの難点があることも確かである。
⑤ しかし、そのことからただちに、民法典の全体構造を含む改正を考慮し なくてよいというべきであろうか。
主要先進国中、未曾有の速度で人口減少高齢社会を迎える10日本にとって、
将来を見据えた民法典のあり方を検討する絶好の機会である。かりに、契約
・ 取引に関する法の改正が急務であるとすれば11、契約 ・ 取引法として必要 な体系作りと制度化を検討すべきである。その後の作業としては、今回の改 正案ではなく、将来の民法典の全面改正を念頭に置きながら、例えば、当面 は民法の特別法として、契約法を新たに創り上げるという方向性も検討され てよかったと考える。また、③であげたような課題は基本的に、すべての改 正作業に通じる問題であり、時間と労力のかけ方や、改正の考え方次第で克 服可能なものといえる。
10
たとえば、国立社会保障 ・ 人口問題研究所発表による「人口統計資料集(2009 年)」記 載の国連統計によれば、2050 年レベルで世界人口が 90 億人に達する中、日本の人口増加 率は 153 か国中 142 番目(- 0.78%、1 億 25 万人)で主要先進国最低とされ、また、同「日 本の将来推計人口(平成 18 年 12 月)」によれば、2050 年の推定人口(中位)9350 万人が、
2100 年には同 4771 万人になるという。いずれも、データについては、国立社会保障 ・ 人 口問題研究所の HP(www.ipss.go.jp)参照。
11
時効問題を除けば、契約 ・ 取引法について民法改正の意義が大きいことは、例えば、
前掲注 1『債権法改正の基本方針』での法律行為の編成問題・消費者契約の扱い(10 ~
23 頁)や意思表示(24 ~ 38 頁)における消費者契約との関連の他、各種の契約におけ
る議論(206 ~ 419 頁)が大きな地位を占めている事実のほか、私法学会報告『債権法改
正の課題と方向―民法 100 周年を契機として―(別冊 NBL51 号)』商事法務研究会(1998
年)の報告テーマなどから、容易に理解できよう。
⑥ この意味で、「100 年に 1 度の改正事業なのですから、現時点までの判 例・学説のリステートにとどまらず、今後100年を超えて生き延びる力を持っ た民法典にするにはどうしたらいいかということも視野に入れて検討を尽く しました」12、「今後 100 年間をにらんだ抜本的な改正を目指し、あるべき 債権法の一つのモデルを対外的にも提示しようというスタンスに立っていま す」13とする立場からの民法改正については、わが国の契約社会に適応した 民法典の制定という観点から、また上記日本が今後予想できない不確実な事 態に即応する法対応が求められている点からみて、大いに疑問である。今後 予想される社会の変遷は過去 100 年の比ではあるまい。その中で、このよう なスタンスに立つことは、法解釈と特別法に身を委ねる民法典の形骸化・空 洞化を招き、「文言からおよそかけ離れた法的安定性の維持」という機能を 民法典に持たせる結果となるであろう。日本の社会にとってこのような民法 典像こそスワリのよいものだとの見方もあり得る。しかし、空文化による法 的安定性という問題を招くと共に、法に求められる社会的妥当性の機能も著 しく阻害される結果を招く危険性は決して小さくないと思われる。より柔軟 かつ迅速な民法典の改正の視点があっても良いのではないか。
(3)本稿の目的
本稿の目的は上記の点に留意しつつ、2002 年に制定されたモンゴル民法 典の全体構造を紹介することにより、第一には、日本民法典との比較におい てその特質を明らかにして、民法改正論議に一石を投じること、第二には、
モンゴル民法典の将来考えられる改正作業を討議するための前提作業とし て、資料作りをすることにある。
12
前掲注 1『債権法改正の基本方針』(鎌田発言)437 頁。
13
前掲注 1『債権法改正の基本方針』(内田発言)438 頁。
ここにいう全体構造とは、いわゆる実質的民法といわれる規定 ・ 法制度の うち、民法典の中でなにを規定しているのか、またそれをどのような体系の 下で配置しているのかという点に着目した民法典の構造である。民法典中に 何をどのように規定するかは、民法(債権法)改正委員会設立趣意書で指摘 されているように、必ずしも純粋な論理整合性のみをもって決定されるべき ではない。民法典の目的が社会の争いを解決することにあるとすれば、社会 の実情や特質によって、争いの内容 ・ 質量は異なって当然であり、そのうち のなにをどのように規定するかもそれぞれの社会の文化伝統を含む特質に よって異なってよい。もちろん国際取引ということになれば、ある程度の共 通ルールの存在が望ましいといえる。しかし、国際社会においては、各国の 利害衝突による駆け引きが渦巻いている。その事実を無視して、結果として ではあっても、一国の利益を優遇するようなルールを採用するよりは、関係 諸国の文化伝統に配慮しつつ、いい意味での関係諸国の妥協の産物を作り上 げる方がよいと考える。ましてや国内法ともなれば、自国の社会的特質を十 分に考慮しそれに即した法を模索する一方、将来の社会像を見据えた法政策 的立場からも法のありようを決定していくべきは当然であろう。この視点は、
途上国に対する法整備支援にとって重要なものでもある。
その意味で、様々な可能性を論ずる必要があるのであって、本稿を公けに することもそれなりの意味があるであろう。ただし、本稿では既に述べたと おり、筆者の準備の関係から、検討委員会改正案における個別具体的な提案 内容の評価については触れない。条文については、現在翻訳作業を継続して いるので、それを参照されたい。あくまでも、モンゴル民法典において、な にをどのような体系の下で規定しているのかを整理するにとどめ、各規定や 法制度の評価は今後の課題とする。また、なぜそのような構造を採用したの かという点が必ずしも明らかでない場合も多いが、これについても今後可能 な範囲で明らかにしていきたい。
第二に掲げた本稿の目的に関連する資料作りとしては現在、モンゴル民法 典の翻訳作業を継続しており14、本稿はその副産物でもある。しかしながら、
すでに述べたとおり、多くの留保、将来の課題を残している。逐次研究成果 を発信していくことの価値もあると割り切り、現時点の成果としてまとめる ことにした。
なお、モンゴル民法典の個別条項の内容・文言については、多くの問題点 がみられる。国の歴史として初めての市場体制への移行・構築を企図して、
わずか 20 年にも満たない国の取り組みには、不十分な点があるのも当然で あろう。しかし、将来の発展を模索しつつ、意欲的取り組みをする姿は、学 ぶべき点も多く、国情と発展の度合いに適合した法整備の過程は多くの刺激 を与えてくれる。筆者の能力から、それらを十分に伝えられない点を予めお 断りしておく。
2. モンゴル民法典の全体構造
(1)モンゴル民法典の制定と背景
モンゴルが 1992 年の新憲法制定によってモンゴル人民共和国からモンゴ ル国となって以来、社会主義体制を放棄して市場経済体制への移行を進めて きたことは既知の事実である15。その過程で、1994 年に民法典(以下、旧 民法典)が制定されたが、わが国をはじめとするドナー諸国との間で、同 法典の問題点について多くの議論を重ねた末に16、新たに制定された民法典
14 拙稿『モンゴル民法典 ・ 試訳(1)~(6) (未完)』福岡大学法学論叢 53 巻 1・2 号(2008 年)、3 号(2008 年)、4 号(2009 年)、54 巻 1 号(2009 年)、2・3 号(2009 年)、本号(2010 年)を参照。
15 前掲注 14 拙稿『モンゴル民法典 ・ 試訳(1)』83 頁。
が 2002 年制定のモンゴル民法典である。
ところで、旧民法典は社会主義体制から市場経済体制への転換という新体 制構築に向けた法整備の中で制定されたものであった(第一段階の法整備)。
これはとりもなおさず、市場経済の導入自体に主眼が置かれた時期であっ た。モンゴルは、ソ連の崩壊をきっかけとした社会主義経済体制の崩壊から、
市場経済体制への転換を図り、再生の道を模索した。欧米先進国は国際機関 や先進国の経済協力受入れの条件として体制作りを求めたが、自前の法整備 を進めるべく努めたものの、短期間の整備を求められ、多くの欠陥を抱えな がらも17民法典制定に向け見切り発車したということができる。
一方では、本格的な市場取引が存在しなかったモンゴル社会にとって、市 場競争を前提とした取引システムの整備は急務であり、かつ市場経済体制で の経済生活関係の何たるかを国民に周知せしめることの必要性の観点から も、民法典を制定すること自体に大きな価値があったのである18。
16
森島教授、新美教授、筆者が中心となり、1994 年以降、公私共に協力支援 ・ 共同研究 を続けているものである。具体的には、筆者が外務省在モンゴル日本大使館担当官(「文 化交流全般及び法律整備に関する支援」担当の専門調査員)として派遣された時期(1994 年~ 1996 年)から始まった。
当初のモンゴル民法の課題と問題点の概略については、拙稿「モンゴル民法の概要と 特色」九州産業大学商経論叢 39 巻 1 号(1998 年)99 ~ 119 頁参照。その後、民法改正 の動きがあり、筆者は 2000 年頃入手した草案については、その全体構造につき、拙稿「モ ンゴル新民法草案の全体構造-現行法、旧法との比較-」九州産業大学商経論叢 41 巻 1 号(2000 年)157 ~ 181 頁参照。現在の民法が 2002 年に制定されるまでの経緯について の本格的検討、社会 ・ 経済的変遷との比較による検討は興味深く、重要なテーマであり、
今後の課題である。
17
内容は網羅的であるものの一般的 ・ 抽象的で、権利公示制度、担保制度、第三者保護制度、
私有化の問題について、特別法に委ねられていた点については、前掲注 16 拙稿「モンゴ ル民法の概要と特色」116 頁以下。
18
前掲注 16「モンゴル民法の概要と特色」103 頁。
これに対し、2002 年の民法典は、第二段階の法整備、すなわち一応整備 された市場経済システムが実際に機能するために、どのような修正を加え、
新たな制度を盛り込んでいけばよいかという観点から法整備を進める過程の 中で制定されたものである。
現在のモンゴルでは、市場経済(これをどのように捉えるか自体、難しい 問題であるが)の一定程度の定着によって、貧富の格差の増大とモンゴル社 会の伝統 ・ 文化の危機という新たな問題が生じている。
この原因の一つは、カシミア山羊と鉱物資源に対する過度の依存にあると みられている。多種の家畜が適正に配分されなければ、草原の自然回復力に 頼る遊牧は実現されないといわれる。また、鉱物資源の採掘は草原の破壊を 前提とする。採掘により破壊された草原は自然治癒するものではなく、草原 の人工的回復作業が必要であるが、これが十分に行なわれていない。これに より、モンゴルでは、遊牧社会の伝統文化とともに、基幹産業の一つとされ てきた遊牧業の生活様式が崩壊の危機を迎えている。モンゴル国も、砂漠に 変貌した中国の内モンゴル自治区になるのは風前の灯とさえいえる状況にあ る。遊牧社会の生活様式は人類の貴重な伝統文化遺産とも言うことができ、
これをモンゴルの経済発展の対価として捨て去るわけにはいかない。遊牧伝 統文化となじんだ土地利用を通じて、モンゴル経済を持続的に発展させる道 が模索されている。この取組は、遊牧社会の文化人類学、社会学、生態学、
地学等の学際的研究を背景とした法制度設計が求められ、現在、名古屋大学 法政国際教育協力研究センター(CALE)を中心とした文部科学省科研費を 通じて研究が進められている19。
(2)モンゴル民法典の全体構造
① モンゴル民法典は 6 ヶ編、すなわち「第 1 編総則」、「第 2 編義務」、「第 3 編契約関係」、「第 4 編契約以外の義務」、「第 5 編相続」、「第 6 編国際民事 法律関係」からなり、63 ヵ節 552 ヶ条から成り立っている。節の数を上げ
たのはすべての編を通じて、通し番号が付けられているためである。
日本民法典と比較して、親族に関する編が特別法化されて配置されていな い一方、国際私法に関する編が設けられている点、また条文数がかなり少な い点がここから知ることができるモンゴル民法典の特徴である。
② モンゴルはモンゴル人民共和国と称していた社会主義国家の時代である 1963 年 2 月に民法典(以下、社会主義民法典)を制定していた。この社会 主義民法典は 9 ヶ編からなっていた。すなわち、「第 1 編総則」、「第 2 編所 有権」、「第 3 編義務の一般条項」、「第 4 編義務の個別形態」、「第 5 編著作権」、
「第 6 編発明品の権利」、「第 7 編発見の権利」、「第 8 編相続権」、「第 9 編国 際私法」の各編である20。
ソ連崩壊後、モンゴルでの民主化運動の末に制定された 1992 年憲法によっ て、モンゴル国と称することになったモンゴルであるが、市場経済への移行 を進める過程で 1994 年 11 月に制定した旧民法典では、「第 5 編著作権」、「第 6 編発明品の権利」、「第 7 編発見の権利」に相当する各論部分が特別法とされ、
民法典では「第 2 編所有権第 6 章総則」の中の知的財産として定義されるこ とになった。また、「第 4 編義務の個別形態」として契約と契約以外の義務
19
この課題については、学際的共同研究として、筆者もささやかながら参加させていた だいているが、「モンゴル国の土地法制に関する法社会学的研究―環境保全と紛争防止の 観点から―」 (平成 17 年~ 20 年科研費 ・ 基盤研究(A) ・名大院(研究代表 ・ 加藤久和教授))、
「モンゴルの国土利用と自然環境保全のあり方に関する文理融合型研究」(平成 21 年~ 24 年科研費 ・ 基盤研究(A)・名大院(研究代表 ・ 加藤久和教授))において、継続的取組み が行なわれていることを注記しておく。
20
前掲注 16 拙稿「モンゴル民法の概要と特色」では、日本の法律用語に近づけて「第 3 編義務総則」、「第 4 編義務各則」「第 7 編発見者の権利」としていたものを、前掲注 16 拙稿「モンゴル新民法草案の全体構造-現行法、旧法との比較-」では、より文言に忠 実に「第 3 編義務の一般条項」、 「第 4 編義務の個別形態」 「第 7 編発見の権利」に変更した。
なお、社会主義民法典、旧民法典、現行の民法典の草案の全体構造については、前掲
注 16 拙稿「モンゴル新民法草案の全体構造-現行法、旧法との比較-」169 頁の別表参照。
を一つの編にまとめていた社会主義民法典に対し、旧民法典では、これを 2 つの編に分割した。これにより、旧民法典では、「第 1 編総則」、「第 2 編所 有権」、「第 3 編義務総則」、「第 4 編契約の義務」、「第 5 編契約以外の義務」、
「第 6 編相続権」、「第 7 編国際私法」の 7 ヶ編構成が採用されたのである。
これに対し、現行の民法典では、「第 2 編所有権」に相当する部分を「第 1 編総則」の中に取り込むことで編が一つ少なくなり、現在のような 6 ヶ編 に改められた。
社会主義民法典の全体構造が現行の民法典にどのように影響しているかを 見ると、若干の文言の違いはみられるものの、義務編としている点や知的財 産に関する規定を持っている点、相続や国際私法をそれぞれ独立した編とし ている点は、実は社会主義民法典以来の系統に位置づけられる。
これに対し、義務に関して、契約の義務と契約以外の義務に分ける編成は 旧民法典から採用された体系である。旧民法典から見た現行民法典の編成の 新味は、物権に関する部分を総則に取り込んだ点のみということになる。
③ 全体の構造からみれば、第 6 編に国際民事法律関係という、日本民法に は存在しない編が設けられている一方、日本民法典には存在する親族編に相 当する編が設けられていない点は既に指摘したように大きな特徴である。日 本民法典が債権と称している編をモンゴル民法典では義務と称している点も 異なる特徴である。
これに対し、日本民法が規定する順序、すなわち総則、物権、債権、相続 という規定順序については、モンゴル民法典でも採用されており、この点で はモンゴル民法典は日本民法と同様の系列にあると見ることができる。
一方で、日本民法の「第 1 編総則」「第 2 編物権」が、モンゴル民法典の「第 1 編総則」に統合されている点、日本民法の「第 3 編債権」がモンゴル民法 典の「第 2 編義務」「第 3 編契約関係」「第 4 編契約以外の義務」に分割され ている点は、構造的な違いを見せており、モンゴル民法典独自の構造となっ
ている。この順序と構造は、検討委員会改正案の債権編の内部の 3 部構成と ほぼ軌を同じくするものになっている。
④ さらにモンゴル民法典の特徴を見ると、まず、日本民法の「第 3 編債権」
のうちの「第 1 章債権総則」「第 2 章契約第 1 節総則」が、モンゴル民法典では、
「第 2 編義務」に統一され、単独の編として構成されている点があげられる。
つぎに、日本民法の「第 3 編債権」のうちの「第 2 章契約」のいわゆる契 約各論と呼ばれる部分(「第 2 節売買~第 14 節和解」)について、モンゴル 民法典では、単独の編として位置づけられており(すなわち「第 3 編契約関 係」)、日本民法と異なる契約類型を多数盛り込みながら規定している点があ げられる。
さらに、契約以外の債権発生原因について、日本民法では、契約と並び、
事務管理、不当利得、不法行為をそれぞれ同等の章として扱っているのに対 し、モンゴル民法典では、契約とそれ以外のものに分類しており、契約に重 きを置いた構成になっている点が伺われるが、この発想も検討委員会改正案 と同種のものと見ることができる。
最後に、モンゴル民法典では、実用性を考慮してのことと推察するが、節 単位の項目に対して、通し番号を付している点を再度指摘しておく(63 ヵ 節)。
3. モンゴル民法典「第 1 編総則」
(1)「第 1 編総則」の全体構造
① 第 1 編総則は、「第 1 章民事法律関係、法令」、「第 2 章民事法律関係の 主体」、「第 3 章法律行為」、「第 4 章民事法上の期間」、「第 5 章有体または無 体の利益に関する権利」という 5 つの章からなる。以下、気がついた点を指 摘する。
② まず、第 1 章では、「民事法律関係、法令」と題する章をおき、民法の目的・
基本原則、民事法の範囲、適用関係、法の適用、保護の主体 ・ 対象などの一 般規定(第 1 節)を設けるとともに、第 2 節では、「民事法律関係の発生原因、
その保護、民事法律関係における権利、義務の実現」と称する総合的一般的 規定を設けている。詳細は(2)で述べるが、これは、わが国にない大きな 特徴である。
③ つぎに、既に述べたものであるが、日本民法典の「第 2 編物権」に相当 する編を独立して設けず、「第 1 編総則」中に配置する構成をとっている。
これは、日本民法典における「第 1 編第 4 章物」と「第 2 編物権」を統合し て一つの章を作り、それを総則編中に配置する構成を採ったことによる。
モンゴル民法典では、有体または無体の利益として、知的財産を含む利益 を対象とした上で、それらに対する権利という観点から、それに対する支配 権を認めており、このような構成は日本民法典と異なる大きな特徴である。
④ これ以外に、日本民法典に見られない特徴をあげておく。
まず、第 4 章では、「民事法上の期間」と題し、期間の確定や計算の規定(第 8 節)とともに、時効に相当する出訴期間と題する第 9 節を配置している点、
期間に関わる規定を統合している点で、日本民法典とは異なっている。
また、第 5 章では、有体または無体の利益に関する権利として、占有(第 11 節)、所有(第 12 節)、担保権(第 13 節)の 3 つに分類している点は興 味深い。だからといって、わが国でいう用益物権に相当する規定は存在しな いわけではなく、所有権に対する制限という観点から、「第 12 節所有」中の「第 6 款権利行使目的による他人の所有権の制限」の中で規定している。これら についても(2)で述べる。
さらに、家族の財産権を「第 12 節所有」中の独立した款(第 3 款)とし て設けている点も特徴である。もともとはゲルによる遊牧家族や、それを端 緒とする家族形態を念頭に置いているものとみられ、かなり具体的な内容を
盛り込んだ規定となっている。
このほか、担保権については、担保の一般原則(第 1 款)を最初に定めた 上で、動産または権利の担保(第 2 款)、不動産担保(第 3 款)と規定し、
担保の対象ごとに担保制度を分類して規定している点も機能的である。
最後に所有権を含む国家登録の規定(第 4 款)が設けられているが、これ はわが国の公示制度としての登記制度と同種のものであり、これに対して独 立した節を設けている点も特徴といえる。これについては、所有権をも含む 登録制度でありながら、「第 13 節担保権」の中で規定している点では体系的 に問題があるといえる。しかし、国家登録を独立した款として配置している 点は旧民法典には存在しなかったものであり、社会主義から市場経済体制に 移行するにあたって必要とされた不動産私有化にあたり、公示制度の必要性 を認識したものと見ることができる。
⑤ 最後に、全体としての構成を俯瞰すれば、本編に限ったことではなくモ ンゴル民法典に通じたものともいえるが、民法に包括性を持たせ、一般法的 役割を担わせようとしている点を指摘しておきたい。例えば、民事法律関係 における基本的な原理 ・ 原則を規定している点や、担保の規定の仕方などの 点から、一般的抽象的な規定から個別具体的な規定を論理的に定めていく姿 勢、民法に民事法令の一般法的総論的規定を整備したいとの意識がよく伺え る構成となっている。 (続く)