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中国内陸部における改革・開放戦略

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81

中国内陸部における改革・開放戦略

は  じ  め  に

 ここ数年,改革・開放戦略により,中国の沿海部の経済発展はめざましい。中国の改革・

開放について,「まず沿海部に経済開放区をつくり,そこでの経済発展を扇状に内陸部に及 ぼしてゆく」というのが,これまでの戦略であった。だが沿海部の経済発展によって地理的 に接近するアジアNIESや日本との局地経済圏が形成されていったが,内陸部への波及は,

いまだ効を奏していない。後れている内陸部の発展のためには,どのような戦略をとったら よいのか,ということが,現在,中国の直面する重要な課題となっている。本稿では,中国 内陸部のなかでも,長江中流地域を中心に,この課題にとりくんでみたい。

1 中国における改革・開放戦略の歩み

 中国における改革・開放の歩みは,1978年の中国共産党第11期党中央委員会第3回総会に はじまる。それはまず農業を手がけることから出発した。人民公社は解体され,かわって生 産請負制がとられた。この政策は,農民の労働意欲を刺激し,生産性を向上した。また,か つての人民公社の工場部門や新たに設立された農村の小さな工場は,その後,二三企業とし て発展していった。90年末の『経済日報』(90年12月15日)によれば,90年末現在,郷鎮企 業の数は2,000万に達し,90年度の総生産額は9,500億元で全国社会総生産額の4分の1に達 している。そして前年比12%増の成長を遂げた。また外資獲得のための輸出額は全国輸出額       くの

の4分の1を占めるに至っている。

       しんせん        あもい

 沿海部における開放政策は効を奏し,深別,珠海,厘門,海南島,大連等は急速な発展を とげていった。そして,沿海諸都市,諸地域の発展は,アジアNIESや日本との問に,「局 地経済圏」を形成していった。看港と深釧・広東省,台湾と厘門・福建省,韓国と山東省,

日本と大連といった構図がこれである。沿海部の発展が内陸部に波及してゆくという戦略に,

中国の現実が応えなかった。一丁・珠海・広州の発展の波及圏は広東省であり,厘門の発展 が山々を越えて江西省に波及するには,社会資本の整備があまりにも不足している。だが,

このような問題をかかえながらも開放政策の展開につれて,中国はつぎのような特別地区を

(2)

設立していった。

       すわとう

 (経済特別区)   深劫1,珠海,汕頭,厘門など4地区と海南島。

      ちんたお

 (経済開発区)   大連,青島,広州など沿海の14都市。

       びんなん

 (沿岸経済開放区) 長江三角州,珠江三角州,閲南(福建)三角地区の三地域。

 1980年代に入って,日本とアジアNIESとの間には階梯的といってよい国際分業関係が

         く ラ

構築されっつあった。それは,これらの国や地域の低賃金と日本の資本・技術との結びつき による輸出向けの工業化である。アジアNIESに共通する外国資本導入の基調は,低賃金

と結びつく労働集約型と加工組立型の外国企業の誘致であった。こういつたNIESの発展 戦略は,自由化の世界にあって成功した。だが,経済の発展による生活水準の向上や民主主 義の普及は,賃金水準の上昇と権利意識,それにともなう労働運動を発生させた。そして,

賃金上昇によるコストの増大は,まずアジアNIESの国際競争力を次第に弱めていった。

1980年代の後半,円高を契機に急速に増加した日本の企業進出は,まずNIESへ,そして       くの ASEANへと展開していった。またがって日本とNIESとの間に結ばれた関係が, NI ESとASEANとの問にも構築されていった。アジアNIESからASEANへの労働集

約型か加工組立型の企業進出である。韓国資本とインドネシア,シンガポール資本とタイ,

マレーシアおよびインドネシア,台湾資本とマレーシア,フィリピン,タイ,インドネシア といった関係がこれである。87年以降,タイ以外4)3ヵ国ではおおむねアジアNIESから の受入れ額が日本のそれを上回り,日本とアジアNIESを合わせると,いずれの国でも全       くの

体の6割を占めている。だが,1990年代にはいって,タイやマレーシアへの企業進出に足踏 みの状態がみられる。タイやマレーシアそしてインドネシアやフィリピンはもとより,AS

EAN地域での道路,港湾,上・下水道,電気,通信といった社会資本の整備は未熟であり,

外国資本の進出は,特定地域に限られる。こういつた状況にあって,日本企業のみならず外 国企業は新しい進出の世界を求めているのが現状である。ここで投資の新しい対象として注 目されるようになったのが中国である。

(注)

(1)中国研究所編『中国年鑑』1991年版 105ページ。

(2)階梯的国際分業については,拙稿「アジアNIES分析の視角」r東南アジア研究年報』第32集  42〜44ページを参照されたい。

(3)この点については,前掲拙稿を参照されたい。

(4)1991『ジェトロ白書・投資編』6〜7ページ。

(3)

中国内陸部における改革・開放戦略 83

皿 国営企業の落日と改革

 三二企業の発展と対照的に国営企業の不振が続いている。中国国家統計局が92年2月28日 に発表した91年の中国経済に関する統計公報によると,91年の工業総生産額は2兆8,225 元(67兆7,400億円) ナ前年に比べ14.2%の増加を記録した。このうち外資系企業が55.8%

増,私営企業が24%増と,それぞれ高い伸びを記録したのに対し,国営企業の生産額は8.4

%増にとどまった。工業総:生産額の中に占める国営企業の比重は前年の54.6%から52.8%に

      くり       くの

低下している。工業総生産に占める国営企業の割合が78%を示した10余年前(78年)に比べ ると,国営企業の斜陽は著しい。しかも,中国政府の経済貿易弁公室が92年9月18日発表し た統計によると,92年8月末現在で国有の鉱工業企業の32%が赤字経営となっている。91年 8月末に比べて赤字企業の割合は4.8%減っているものの,赤字額は210億元(約5,000億円)

      くおと逆に3.3%増加している。また,国営企業の労働者1億3,000万人のうち,3,000万人が「余       くの

剰労働者」との推定もある。さらに,国営企業は国家財政の6割を上納金や税の形で支えて いるにもかかわらず,新華社通信によると,国営企業従業員の平均年収(90年)はボーナス 込みで2,500元(6万円)で,自由市場で商店を経営する人たちの収入の半分をようやく超        くのえる程度にしかすぎない。そのうえ,国営工場には学校や病院など本来なら地域の行政当局

が受け持つべき部門を抱えているところが多い。そのことは,「小社会」と呼ばれ,経営の       くの効率化の大きな障害,とされている。

 このような赤字国営企業の改革をめざし,人員整理,転廃業,倒産という「大胆な改革」

に着手するため,さまざまな政策がとられている。その一例として「失業保険」をあげよう。

中国政府は,本年に入って,国営企業活性化のため,「累積赤字が資産総額を上回った企業 は倒産させる」との倒産基準を決定した。失業を防ぐために企業赤字を補てんするよりも,

       く ラ

不良企業を倒産させて失業保険を給付した方が合理的だとの判断のようである。そして4月 になって,中国国営新華社通信は25日,中国政府が失業保険の年間基金を現在の4億8,000 万元(115億2,000万円)から10億元(240億円)に大幅に積み上げる方針を固めた,と伝え た。この方針は労働省が練った新しい失業対策プログラムに沿ったもので,原資は国営企業       く うから徴収する総賃金の1%分の特別税をあてるという。

 国営企業の改革には,「国営企業は目を市場に向けて,経営メカニズムを転換し,遂次自 主的経営,損益自己負担の経営実体にならなければならない。そのためには,従来の労働賃       く ラ

金制度を改革し,r三三』の現象を変える必要がある。」とr北京週報』は指摘する。ここ で「三二」について,わかりやすく解説しているr人民中国』92年6月号によって説明して

   くユの おこう。

 「三つの鉄」とは,「鉄の椅子」,「鉄の給料」,「鉄の茶碗」のことである。

 「椅子」とは権力者の座る椅子のことで,官位や官職の象徴である。中国では党・政府の

(4)

リーダーはもちろん,企業の社長や主任,工場長などの責任者も「官」と見なされている。

企業は政府機関の下部組織であるため,その責任者の半数以上は上級の主管部門が任命する が,昇進は経営の良し悪しと関係ないことが多い。業績が悪くとも,年功でそのまま昇進す る者もいる。しかし,こうした制度は,国にとっても国民にとっても,害があっても益はけ っしてない。「椅子はしっかりと確保するが,責任はおさなり」,「企業の赤字は官位上昇と 同じ幅で増えていく」と,労働者たちは不満をもらす。「鉄の椅子」は低効率,無能の温床 なのである。「鉄の椅子」を打ち破るごとは,すなわちこれまでの官制を打破することでも ある。人徳と才能によって官を選び,成績によって昇進や降格を決め,成績のいい人には賞 を与え,そうでない人は罰する。こうすれば,競争のチャンスが生まれ,真に有能な人が官 の椅子に座ることができる。

 「鉄の給料」とは,長年中国で実施されている年功序言,学歴による給料制度のことであ る。それは基本的には仕事の態度,貢献の大小と無関係であるため,才能,態度,努力はほ とんど重要ではない,ということになる。一部の職場では,ボーナスも頭割りである。この ような給料・奨励制度では,優秀さよりもむしろ低劣さが重んじられ,またいいかげんに日 を過ごし,ぶらぶらして仕事をやらない怠け者を養うだけなのは,火を見るよりも明らかで ある。そこで「鉄の給料」を打破し,その代わりに労働に応じて報酬を与えることが必要で ある。つまり,企業の利益,あるいは個人の貢献度に基づいて給料を決めるのである。こう

した原則の下では,給料は浮動するが,賞罰は厳しくしなければならない。

 「鉄の茶碗」とは,企業の終身雇用制度のことである。企業は国営であり,企業に入れば 一生食いはぐれることはない。国が「社長」であるために,本人が罪を犯さない限り,工場 長でさえ解雇する権限を持たない。このように,労働者は「鉄の茶碗」を抱えて「鉄の給料」

をもらい,進んで働く意欲もなく,退嬰的だ。これでどうして企業が発展していくのだろう か。「鉄の茶碗」が壊れたあと登場したのが,「泥の茶碗」である。労働者の企業への出入り は自由になり,企業内部では合理的に労働者を配属し,最大限に働かせる。職に適しない者,

規則違反の者に対しては,工場長は処分を行い,また解雇する権限を有する。これまで人び とは失業に猛反対だったが,現在では,多少の失業者が出るのはやむを得ないとしている。

もちろん,同時に社会福祉を充実させることが肝要である。

 およそ「三つの鉄」を打破した企業では,かつてのような,ぶらぶらし,いいかげんに仕 事を済ませる光景は一掃され,競争意識が強まってきた。昔の怠け者は働き蜂となり,企業 の生産高も急激に増えていく。「三つの鉄」は怠け者をつくる平均主義によるものなのであ る。「三つの鉄」を打ち破って,企業の幹部や労働者の主体性や積極性が引き出せれば,国 家経済の柱としての国営企業に活力が生まれる。

 「三鉄」の打破は国営企業自体の内部改革であるが,国営企業の活性化への他の途として とられているのが,外国の資金,技術,管理手法の積極的導入である。これを自動車産業で みてみよう。

(5)

中国内陸部における改革・開放戦略

         表1 中国の6つの乗用車生産プロジェクトと生産台数

85

中 国 側 外国パートナー 主な生産車 91年の

カ産実績 95年の カ産計画 上海自動車 独フォルクスワーゲン サ ソ タ ナ

35,000 150,000

第一自動車 同    上 ゴルフ・ジェッタ

150,000

第二自動車 仏シ トロエソ 新 モ デ ル 150,000※

北京自動車 米クライスラー チ ェ ロ キー

12,700 80,000

広州自動車 仏 プ ジ ョ 一 プジョー505他

13,800 50,000

天津自動車 ダ  イ  ハ  ツ シ ャ レー ド

11,200 80,000

(出所)『朝日新聞』92年7月29日。

(※は98年目標)

 中国は乗用車の生産プロジェクトを6つに絞り込み,外国メーカーとの合弁を進めている

(表1)。85年から上海の合弁会社で「サソタナ」の生産を始めている独フォルクスワーゲ ン(VW)は,今年から中国親会社を吸収する形で工場を拡張した。同時に,長春の第一自 動車と組んで,「ゴルフ」「ジェッタ」の生産に着手した。また,会社設立では83年と最も早 かった米中合弁の北京自動車も,四輪駆動車「チェロキー」が一定の売り上げをようやく確 保できるようになったため,増産に動き始めた。フランス勢は,プジョーが広州での「プジ ョー505」の合弁生産を89年から始めたのに続き,シトロエソは第二自動車(湖北省)との 合弁会社から94年にも新モデル車を送り出す準備を進めている。6プロジェクトの中で唯一,

合弁でなく技術提携にとどまっているのが天津自動車で,ダイハツの「シャレード」を生産 している。昨年実績の1万余台を95年には8万台に拡大する計画だが,同時に中国側は合弁 への強い希望を表明している。日本の自動車メーカーは,合弁に慎重だが,中国側は日本の       く わ

大手メーカごに高級車の中国での生産を打診している。

 中国の国営大型企業の経営をリースによって全面的に外資に任せる契約が,本年に入って 四川省でまとまった。経済紙『経済日報』によると,リースされたのはヂバスなどの製造工 場としては全国主要の14社のうちの1社である四川省の客車(バス)工場である。香港泰邦 行実業との契約で,同社の管理下で新たに「四川泰邦行客車製造有限公司」と名称を変更し て営業を開始した。リース期間は15年間で,リース料は総額約6,000余万元(約15億円)で,

今後香港泰邦行実業が2,000万ドルをかけて新しい技術・設備を導入し,近代化を進める計 画である。リース契約が成立したことによって,同社は法律上,100%外資企業として扱わ れ,人事や財務,給料なども外資側が決定権を持つことになる。ただこれまでの協議によっ て,従業員の85%以上は継続して雇用することにした。解雇される従業員については,同社 傘下のサービス会社が就職先を斡旋するという。国営大企業の海外企業への長期リースは前        くユ ラ

例がなく,今後の国営企業改革のモデルケースとして注目.されている。

(注)

(1) r日本経済新聞』92年2月29日。

(6)

(2)

(3)

(4)

(5)

(6)

(7)

(8)

(9)

01)

 『朝日新聞』92年3月13日。

 『前掲紙』92年9月19日。

 r前掲紙』92年4月26日。

 『日本経済新聞』91年12月18日。

 r朝日新聞』92年5月14日。

 『日本経済新聞』92年1月27日。

 r朝日新聞』92年4,月26日。

 『北京週報』(日本語版)92年3月10日号4ページ。

 『人民中国』(日本語版)92年6月号110〜U1ページ。

 『朝日新聞』92年7月29日。

 『前掲紙』同上。『日本経済新聞』92年7,月29日。

(補注)本稿では,元を円に換算する場合,1元=24円として計算した。

皿 増大する「盲流」とその対策

 中国沿海部の経済発展は,アジアNIESや日本との局地経済圏を構築していったが,内 陸部への波及効果はみられず,かえって海岸部と内陸部の経済格差を拡大していった。図1

図1 中国6街区の85年と90年の工業総生産額

 N

 1.0θ0

4強

西北

1,789

7魍

西南

 華北

北京・

5057

y

1,698

中南

広州鼻・香港

2上海3295

9,658

華凍

(資料)中国統計年鑑。

(出所)『日本経済新聞』91年12月19日。

(7)

中国内陸部における改革・開放戦略       87 は,中国を6つの経済区に分けて,85年と90年の工業総生産額を図示したものである。これ       あんきによって,華東地区(山東省・江蘇省・上海市・三江省・安徽省・福建省・江西省)とその 他の地区との経済格差を85年と90年とでみるとつぎのようになる。中南地区(河南省・湖北 省・湖南省・広東省・広西チワソ族自治区・海南省)とのあいだでは,85年1.94,89年1.90

と変わりがないが,華北地区(河北省・北京市・天津市・山西省・内蒙古自治区)とでは,85 年2.57,90年2.89,東北地区(黒龍江省・吉林省・遼寧省)とでは,85年2.45,90年3.19と なり,西南地区(四川省・貴州省・雲南省・

チベット自治区)とでは,85年の4.60から85 年の5.39へ,そして西北地区(陳西省・甘粛 省・青海省・寧夏回族自治区・新彊ウイグル 自治区)とでは85年の7.77から89年の9.11と なり,内陸部から奥地へ行くほどその格差が 拡がっている。また表2は,渡辺利夫氏が『国 際経済』343号に寄せた諦文で引用している

「中国各省市の社会総産値ならびに工業総産 値の対前年増加率」を示したものである。左 欄は,中間生産物をも含む各産業部門生産額 を合計した「社会総生産値」の1989年におけ る対前年増加率を,そして右欄は,1988年の 工業総生産額の対前年増加率を,各省市別に 示したものである。渡辺氏は,この表から,

左記で10%以上の増加率をみせたのは,広東

・福建・山東のアジアNIESとの経済的交 流の最も濃い3省であること,そしてまた右 欄にあっても,30%以上の高率を達成したの が,同じく広東・福建・山東の3省であるこ       くの

とを指摘する。

 沿海部の経済発展につれて,中国内陸部の 貧しい農民が職を求めて,沿海部の豊かな都 市へ流れ込む「盲流(盲目的な流入)」が次 第に活発化していった。そしてこれが最も激 しく現れているのが広東省である。省都・広 州市には1992年の春節休みの4日から12日ま でに内陸部から37万人の農民が鉄道やバスで 南下し,その後も続々とふえ続けている。同

表2 中国各省市の社会総一三ならびに工業   総軍値の対前年増加率  (単位:%)

社会総産値 工業四型値

(1989年) (1988年)

北  京 5.8 17.7 天  津 7.5 18.7 河  北 5.4 19.5 山  西 5.9 29.3

内蒙古 6.4 13.9

遼  寧 4.3 15.3 吉  林 LO 18.2 黒竜江

5.4幽

11.5

上  海 3.1 10.5 江  蘇 2.3

25.7

漸  江 4.1 24.4 安  徽 4.6 19.6 福  建 11.7 33.2 江  西 7.6 20.1 山  東 12.1

33.7

河  南 6.7 20.3 湖  北 2.9 19.0 湖  南 3.1 15.3 広  東 11.9 35.0 広  西 4.3 15.8 海  南 6.8

25.8

四  川 3.6

20.5

貴  州 3.6 16.5

雲  南 5.3 18.0

ち べ っ  と

西  蔵 5.2 10.6 陳  西 4.9 17.3 甘  粛 9.3 15.8 青  海 1.8

20.6

寧  夏 8.8 17.0 新  彊 8も2 16.5

(資料)国家統計局r中国統計年鑑』中国統    計出版社 北京。

(出所)渡辺利夫「アジア社会主義の熔解と    新経済地図」『国際経済:華南経済    圏特集』91年13月343号31ページ。

(8)

じく春節の休暇後,厘門市(福建省)にも10万人,温州市(漸江省)にも5万人の農民が内 陸部から仕事を求めて押し寄せている。また上海には,やはり同じ時期に安徽省などから2 万人近い農民が流入したといわれている。そして,このような「流民」たちのほとんどは内        く ラ

一部の安徽・四川・貴州・湖南・湖北省などから来ているとのことである。

 中国は1958年の戸籍制度によって,自分で食糧をまかなう「農業戸籍」と,そうでない「非 農業(都市)戸籍」に分けた。人口の8割を占める農民の都市流入を制限するためである。

だが,沿海都市と内陸農村との経済格差,1990年の都市住民1人当たりの現金収入1,387元,

農民の収入630元といわれる現実は,戸籍制度を無視する「盲流」現象をひきおこしてい

 くヨ 

る。しかも,やってくる農民に職の保証はなく,みな着のみ着のままで宿も決っていないの が普通である。このため,駅や広場,道路などにゴロ寝して,衛生面だけではなく,社会的       くの問題の温床にもなっている。

 よくいわれることだが,中国は国土が広い割に,農地は限られている。1949年以来,作付 面積はほとんど増えていないのに,5億人余りだった人口は,この40年間で11億人を上回る       くの

まで膨らんだ。こういつた現実をふまえて,どのようにしたら「盲流」が解決できるのか。

r経済導報』92年3月16日号は,中国社会科学院農村発展研究所の三吉元三の「解決 二流 問題的根本三道( 三流 問題を解決する根本的方法)」という論文を掲載している。

 陳氏は上記の論文で,中国農村の余剰人口について次のようにいう。ここ10数年来,農村 から郷鎮企業に就業した人口は約9,200万人に達したのに,まだ1億人の余剰人口が存在す る。予測によると,他の条件に変化がなければ,20世紀末には農村の余剰人口は2億に達す

     く  

るであろう,と。そして余剰人口の解決策として次の2点をあげる。一つは,全国的に農村 の郷鎮企業をさらに一層発展し拡大し,農村に人々の集る「町」や「都市」を建設すること。

そしてこのような建設作業を,国からの資金に依存せず,農民が自分自身の力によって,あ       くのらゆる方法で建設資金を工面するという「自力更生」を二番目に挙げている。だが,人口問 題は,現在の中国がかかえる最もむつかしい経済・社会問題ではなかろうか。

 以上,1・皿・皿の考察から次のことがいえよう。中国内陸部の経済発展は,沿海部の経 済発展の波及を待つのではなく,内陸部自体に発展の核を構築することが必要である,と。

(注)

(1)渡辺利夫「アジア社会主義の熔解と新経済地図」r国際経済:華南経済圏特集』91年3月343号31  ページ。

(2) 『朝日新=聞』92年2月24日。『日本経済新聞』92年2月24日。

(3) 『朝日新聞』91年5月13日。

(4) 『前掲紙』92年2月24日。

(5) r前掲紙』91年5月13日。

(6)陳吉元「解決 盲流 問題的根本之道」『経済導報』92年3月16日号22ページ。

(7)陳吉元「前掲論文」『前掲誌』22〜23ページ。

(9)

中国内陸部における改革・開放戦略 89

】V 内陸部における改革・開放戦略(1)

     一上海浦東地区の開発・開放と三峡ダムー

 1992年5月末,中国共産党政治局は,中国内陸部も全面開放する「4号文件」を関係部門      くの

に伝達した。中国政府も92年になって,内陸部も開放し,そこに経済発展の核を作ってゆく 戦略と本格的に取り組むことになった。92年6月29日のr人民日報』(海外版)は,「我国決 定進一歩開放長江沿岸城市」(我国は長江沿岸の都市の開放を一歩進めることを決定した)

という見出しで,江澤民総書記と李鵬首相が長江デルタおよび三江地区の経済計画座談会で の開発・開放を加速し,全方位,多面的,重層的な開放構造を形成する,という談話を掲載 した。長江沿岸地域は,東の浦回から西は四川の重慶にまでおよび,中国の東・中・西の三 大経済地帯を抱える。1990年,この地域の全人口は1億6,800万であり,全国の14.7%を占 め,国民総生産額は全国の5分の1を占める。上記の談話の中で李鵬首相は次のようにいう。

上海の浦東の開発・開放と三峡ダムの建設を契機として,長江デルタおよび沿江地区の開発

・開放と経済発展を推進し,長江沿江地区の開放の歩みをもっと速め,改革をもっとおし進 める。この地区の開発・開放の速度を速めるためには,上海を龍の頭として,浦東地区の開 発・開放をうまく進めなければならない。そして,上海が本当に龍の頭の役を果すためには,

第3次産業を優先的に発展させ,多様な資金調達の途を開拓し,金融,貿易,交通,情報な       く うどの発展に大きな力をそそがねばならない,と。

 ところで,国営企業の改革戦略は,沿海部であろうと,内陸部であろうとその論理に変り はない。そこで,内陸部における改革・開放戦略には,ここでは上海の浦回地区の開発・開 放と長江の三峡ダム建設を核とする華中(長江中流)経済の開発・開放の戦略をとりあげる

ことにする。

〔1〕上海浦東地区の開発・開放

 上海は,厘門・深鯛といった沿海都市に較べて,これまで発展が後れていた。だが最近,

上海を基地に長江流域の経済開発を押し進める動きが活発になってきている。それには,上        くヨ 

海を「大陸の香港」に,という願いがこめられている。

 90年7月17日のr北京週報』で,経回論文「対外開放のもう一つの決め手浦東開発」は上 海の開発を次のような例えで説明する。「中国の海岸線が弓だとすれば,長江はこの弓につ がえられた矢にあたる。海岸線のどまんなかで長江の入江に位置する上海市は引きしぼった 矢のやじりである。やじりとしての上海が弦をいったん放れた時は,沿海地区全体と長江流 域の発展を引っ張る原動力となり,中国全体の経済発展に与える影響力ははかり知れないも

    くの

のがある。」上海を,沿海戦略と三江戦略との接点として位置づけるこの戦略を,中国では        く ラrT字型発展戦略」と呼ぶ。

(10)

図2 上海市浦東新区開発計画略図

1.外高橋一高橋総合区  2.慶寧寺一金橋総合区  3.二言一三江総合区 4.非家喀一花木総合区  5.墨家渡一六里総合区  6.寧国路大橋  7.南浦大橋

 (出所)r北京周報』(日本語版)90年10月23日号llページ。

 図2は上海市浦東新区の開発計画の略図である。

 面積177平方キロにおよぶ区内には,重点のそれぞれ異なる,五つの総合区が建設される。

 ①外高橋一高橋総合区。面積75平方キロ。ここの長江沿岸を利用して新しい埠頭を増 築し,上海の新たな港湾地区を構築する。そして長江河口に近いという条件を利用して,輸 出加工区と外商投資区を開設する。既存の高橋石油化学企業を足がかりにして石油化学工業 をいっそう発展させるほか,造船所やドック,火力発電所,さらにマンションも建設する。

ここは輸出指向型経済を主体とする総合区である。

 ②慶寧三一金橋総合区。面積21平方キロ。現在の造船工業,航海計器工業をいっそう 発展させる。既存の工場,企業のレベルアップをはかり,高級製品に切り替えてゆく。また 一定面積を区切って輸出加工区にする。

 ③北斗一張江総合区。面積19平方キロ。大学,科学研究機関,ハイチク工業を建設し,

ここをハイテク教育区域にする。

     し      ワイタン

 ④書家喀一花木総合区。面積28平方キロ。ここは外灘と川を隔てて向かいあい,現市 街区との連絡が最も便利なところ。将来は全部を現市街地の延長部分に組み入れる。ここで は重点的に第3次産業を伸ばし,外耳と並ぶ上海の行政管理,金融,貿易,情報の中心地に 仕立て上げる。

 ⑤寺家渡一六里総合区。面積34平方キロ。既存の製鉄所,ガラス工場などの企業を基 礎にして素材工業と精密加工工業を発展させ,また輸出加工区もここに設置する。

 そして内・外の都市環状線道路と浦東新区での数本の幹線道路の建設によって,交通は極

(11)

中国内陸部における改革・開放戦略 めて便利になる。

 こうして浦回開発は,すでに上海 浦西地区に設立された三つの開発区

(図3)一対外経済貿易センター をめざす虹橋。国務院の認可を得た 中国沿海におけ:る唯一のハイテク・

ニューテク開発区の漕二三。輸出向        びん

生産基地のおかれている予行。一 とあいまって,外向型の工業基地設 立のみならず,金融・貿易・科学技 術・情報・文化の総合センターとし ての大上海の構築をめざす巨大な計 画である。そして,浦東の開発は次 の三つの段階に分かれている。①第 1段階。1995年までを第8次5ヵ年 計画期間に合わせて,スタート段階 とする。ここでは,計画の作成,環 境整備,外資吸収のための条件づく

り,交通問題の解決に重点をおく。

図3 上海の三つの開発区

91

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虹橋経済技術開発区

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漕騨興技術開発区 一海  棉兎新二

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″s経済技術開発区

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江     杭

(出所)r北京周報』(日本語版)1990年9月4日号25ページ。

②第2段階。2000年までの5年間を開発段階とする。この時期に外高橋地区の総合的開発は ほぼ完了する。引続き区内の幹線道路と市政公共施設を建設し,今後の発展に向けて基礎固 めが完成する。③第3段階。2000年以降の20〜30年あるいはもっと長い期間。この時期は全 面的な建設段階で,浦東は,21世紀の上海の新しいシンボルとなり,輸出指向型経済に必要        く ラ

な世界一流のレベルをもつ新しい市街区になる。

 このような遠大な計画のもとでの浦東新区の開発にたいし,上海市の黄菊副市長(現市長)

は90年4月30日の記者会見で,国の許可を得て上海市が浦東新区で次の10項目の優i遇政策と       くの

措置を実施すると発表した。

 ①区内の生産性のある「三二」(中外合資,中外合作,全額外資)企業に対し所得税を 減免し,税率の15%にもとづいて徴収する。

 ②区内の「三資」企業が生産用として輸入する設備,原材料,輸送車両,自家用の事務 用品および外国投資者の輸入する自家調度品,交通手段については関税と工商統一税が免除

され,国家の規定に合致する商品の輸出については輸出関税と工商統一税が免除となる。

 ③外商が区内に投資する生産的プロジェクトは製品の輸出を主にしなければならない。

 ④外商は区内投資による空港,港湾鉄道,自動車道路,発電所などエネルギー,交通 に関するプロジェクトを建設してもよろしい。

(12)

 ⑤外商が区内で第3次産業を興してもよろしい。

 ⑥外商は浦東新区を含め上海に外資銀行を設立してもよろしい。

 ⑦ 浦東新区の保税区内で,外商投資機構はトランシット貿易を行ってもよろしい。さら に区内の外商投資企業の自家用の原材料,部品の輸入,製品輸出の代理業務を行ってもよろ

しい。

 ⑧他地区からきた企業を含めた国内企業に対しては,浦東新区の産業政策にもとづいて それなりの優遇措置を実施する。

 ⑨区内では,土地使用権有償譲渡政策を実施する。使用期限は50年ないし70年とする。

外商はまとまった面積を請負って開発することができる。

 ⑩浦東新区の建設を速め,開発,投資に必要な基盤施設を提供するため,浦東新区で新 規増加した財政収入は新区で留保し,新区の再開発にこれをあてる。

 以上,浦東開発の青写真をみてきた。だが浦東は上海だけの浦回ではない。長江流域の各 省別の1人当り年平均国民収入は1989年で,上海は4,599元(110,376円)となっている。だ が,湖北1,147元(27,528円),四川809元(19,416円)と奥地へ行くほど信じられないよう          く ラ

な格差が開いている。このような長江流域の開発・開放に,浦東の開発がどのような役割を 果たすのかが,次の課題となる。だがその前に,長江流域開発のもう一つり核,三峡ダムの 建設をみてみよう。

 〔2〕三峡ダムの建設

 く とう    ふ    せいりょう

 星塘峡,巫峡,西四二からなる長江の三峡は,西は四川省の奉節県にはじまり,東は湖北 省の南三関にいたる,全長192キロにおよぶ長江のなかで最も景観に富む場所である(図4)。

      さんとへい  ぎしょう     かっしゅうは

この西三二の三斗坪(宜昌西側の二三煽ダムから40キロ上流)にダムサイトをつくり,、洪水

図4  長江の三峡

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巫渓県●

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湖北省

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西陵峡」

    南三関

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  夢   ム

(出所)『人民中国』(日本語版)92年1月号より10月号まで連載され    た劉世昭「三峡を歩く」の記事・地図を参照に作製。

(13)

中国内陸部における改革・開放戦略      93 防止,発電,水運,給水など大きな綜合的利用効果をもつ超大型の水利施設の構築が三峡ダ          く ラ

ムの建設構想である。

 1992年4月3日,第7期全国人民代表第5回会議の本会議で,2,633人の全人代代表は,「長 江三峡ダム建設」に関する議決を行い,賛成1,767人,反対177人,棄権664人,表決不参加25人 で同議案を可決採択した。こうして,1919年孫文が三峡「下宿」の開発を提起して以来,数10 年間にわたって論争と,論証の続いた三峡ダム建設案はようやく公式に承認され,着工段階 に入ることになった。だが,これまでの全人代の「全員賛成」スタイルと異なって,多くの       ロの棄権票と反対票が出たというζとは,いろんな意味で注目されよう。いずれにしても,それ はこの三峡ダム建設の抱える問題の大きさを表している。以下・このダム建設の効用と問題 点をみてゆこう。

 (1) 洪水対策。 全長6,300キロの長江は,全国の3分置1近くの人口(約3.5億人)

を養い,黄河と並ぶ中華民族の母なる川である。だが,長江の洪水は,昔から中華民族の悩 みでもあった。漢代から清末までの2,000年間に,長江の洪水は214回,平均すると10年に1       けい

度の割合で起っている。しかも,長江沿岸には荊江地区のように,増水期には長江の水位が,

堤防より数メートルから10数メートルも高くなるところがあり,それに,その根本的な対策 はいまだにたてられていない状態にある。次善の洪水対策として現在採られているのが,水 門を開けて分流させるという方法である。長江中下流には,三江洪水分流区のほか,洪湖,

図5  耳峡工事の略図

南水北恵(南部の水を 北部に引く)中線方案

三峡水利中枢

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洞庭湖区   ●武漢堤防   /

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葛洲埼水利:中枢

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広州  。

(出所)『北京周報』(日本語版)92年3月10日号9ページ。

(14)

      はよう

洞庭湖,武漢周辺の湖沼,鄙陽湖,華陽湖などの洪水分流区がある。だが,もし巨大な規模 の洪水に見舞われ,それら分流区がいちどに全部使われたら,46万ヘクタールの農地が水没 し,480万人が被災し,直接の経済損失は200億元に達するという。三峡ダムの建設によって,

上流からの大量の水をせき止め,下流の水路が受け入れられる水量に応じて放水すれば,う えのような放水方法からくる被害をくいとめることができる。三峡ダムの完成は,100年に

1度の洪水を防ぐ。

 (2) 発電。 華中と華東の2地区は,経済の発達にくらべてエネルギー供給が不足し ている。この2地区にあっては,石炭資源は少なく,それぞれ全国の3.2%,3.6%を占める にすぎない。しかも,華東地区の水エネルギーは殆んど開発しつくされ,華中地区の余った 水エネルギーの70%が三峡区間に集中している。三峡水力発電所は,現在の世界で最大規模 の水力発電所になる。設備総容量は1,768万KW,年間発電量は840億KWHで,電力は主に 中国の東部と中部に送り,一回分は四川東部に供給する(図5)。

 (3) 水運。 高さ175メートルの三峡ダムができると,三峡航路の幅は,現在の300〜

600メートルから,渇水期でも1,100メートルに広がる。また水深も増して,早瀬はすべてな くなり,・1万トソ級の船が武漢より重慶に直行できるようになる。年間の片道通過能力は現 在の1,000万トソから5,000万トソに伸び,輸送コストは35ないし37%引き下げることができ

る。

 (4) 給水。 三峡ダムが完工すれば,貯水池の水位が大幅に上昇し,長江の水を周辺 の都市に給水するばかりでなく,水の少ない長江北部に水を引くのに有利な条件を創りだす

(図5)。

 だが,三峡ダムの建設にも解決すべき問題がたちはだかっている。次にダム建設反対論者 が提起する問題点を考えてみよう。

 (1) 住民立ち退き問題。 ダム建設による住民の移転問題は,どこでもダムの建設が

図6 三峡ダム完成後水没する地区の見取図

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 全県 豊都

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江E東    葛洲煽

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   ・浩陵 重慶

(出所)『北京周報』(日本語版)92年4月14日19ページより作製。

(15)

中国内陸部における改革・開放戦略       95        く り直面する困難な課題である。ダム賛成論は,この課題について次のように説明する。三峡ダ

ム建設案によると,その正常な貯水水位は175メートルとなり,水位以下のところに住む113 万人を移住させなければならない。また約3万ヘクタールの農地とみかん園が水没するとい

う(図6)。だが,立ち退きを必要とする113万人のうち都市部の移住者54%,61万人にたい しては,もとの仕事にそのまま従事できるように町や工場を移転する。三峡ダムによる水没 範囲は;19の県(市)の331郷に及ぶ。だが全部が水没する郷は一つもない。そして農村の 移住者は,これらの県(市)の農村総人口の2.92%であり,水没する農地面積も総面積の 2.56%である6これは,農村の移住者を,その郷や村の近いところに移住させる有利な条件

となる。計画されている361の再定住地には,開発・利用可能な荒れ山や斜面草地が21万ヘ クタールあり,そのうちの3分の1はみかん園に適した土地である。

 これまで中国では,ダム建設による移住者は,移住への補償金を受けとるとすぐに使って しまうという事例が多くみられた。これを教訓に,三峡ダム建設では,補償金を開発の投資 とする「開発型移住」方式をとることにしている。条件の比較的によい荒れ山や斜面草地を 開発して,みかんを主とする経済果樹園をつくり,低収穫の段々畑を改良して,これを移住 者の食糧畑にする。また,水面と草原を利用して養殖業と牧畜業を発展させる等々である。

こうして,住民の移住計画は,引っ越したあとの住民の生産・生活水準を引っ越し以前の水 準より下げないこと,さらに引っ越さない住民の平均水準より下げないことをめざしている。

      ロの

 (2) 生態と環境への影響。 この問題にダム賛成論は次のようにこたえる。三峡ダム の建設によって生じる最大のプラス面は,長江中下流域における洪水の脅威の軽減である。

それは長江沿岸の住民の生産と生活環境を改善する。そして貯水池の容量が増大し,水位が 上昇することによって,水面の幅が約3倍になる。これによって,上流からの有機物が貯水 池にとどまって水質を良くし,餌料生物と魚類の繁殖生産にプラスとなり,貯水池魚業に有 利に作用する。また渇水期の放水量を増加することができ,下流の水質が改善され,汚染が 軽減される。このほか,三峡ダムの完成は環境効果にもプラス面をもつ。1,768万KWの発 電ユニット設備容量と840億KWH:の発電量は,年間を通じて,石炭消費量を4,000万トソ〜

5,000万トソ減らし,二酸化炭素1億トソ,窒素酸化物37万トンおよび大量の工業廃水を少 なくすることができる。水力発電により環境汚染と酸性雨を大いに軽減する。

 だが,このダムによって,沿岸の土地と遺跡の一部が水没し,生態系への影響が出ること も確かであろう。このことには適切な措置を講じる必要がある。ダム建設によって数が減る と予想されるカワイルカには,長江中流の銅陵市(図7)で人工繁殖の実験が行われている し,中華チョウザメはすでに人工繁殖と放流に成功している。また揚子江ワニ,大山椒魚な どはダムの影響は受けないといわれている。

    し き

 西陵峡二三県の屈原祠は移転するか防水壁で囲うか検討中であり,巫峡雲陽県にある張飛 廟はすでに移転する計画である。同じ巫峡にある古来から有名な標高900メートルの神女峰 は,、水位の上昇は50メートルなので,その秀峰に変化はなかろう。毛沢東の詞のように,「神

(16)

      きもん

女まさにつつがなかるべし」。嬰三二にある断崖絶壁の菱門では,高さ350メートルにたいす る水位上昇は30メートルなので,足もとがちょっと沈む程度である。さらに,嬰二三二三に ある白帝城や巫峡に流れこむ大三河に沿う小三峡(巫三二から長江流入口までの45キロの峡 谷にある。上流から順に竜門峡,巴霧峡,滴翠峡といわれている。)などは,逆に新しい景 観で目を楽しませてくれるだろう。このように,ダムの貯水によって水位が上昇しても,三 峡のもつ断崖絶壁の景観や奇峰がかもし出す神秘感はほとんど変らないだろう。三峡ダムが 完成すれば,それ自体が万里の長城のように世界の奇観になるというべきであろう。

 (3) 安全性に問題はないか。 『北京週報』は,この課題にたいして次のような記事       くゆ

を載せている。三峡ダムの堰堤地点は三崩岩の一体構造で天から授かった最も理想的なダム サイトといわれている。また三峡地区には強い地震を起こす大断層や異常な地質的背景はあ り得ない。中国震度区画および震央分布図では,三峡地区は中国の主な地震帯から遠く離れ ており,史料にも破壊的地震は記録されていない。つまり,地震活動のめったにない弱震帯 である。また,地すべりをとりあげても,三峡ダムの湖岸は主として,堅牢,半堅牢な岩石 で構成され,断層も多くない。そしてダム完成によって,水面が広がり,水深が深くなるこ とから,土砂崩れ,地すべりが起きて土砂が流れ込んでも,長江をふさぐことはあり得ない。

調査の結果明らかになった進行中あるいは貯水後に可能性のある22ヵ所の土砂崩れ,地すべ り箇所は総体積が3億8,000万立方メートルある。これがすべてダムの中に流れ込んだと仮 定しても,水位145メートル以下の貯水量の2.2%にすぎず,ダムの貯水量と寿命には影響は

ない。

 (4) 土砂問題は解決できるのか。 この問題について,三栄霞氏は次のように答え

 く  

る。三峡ダム工事で出現が予想される主な土砂問題は次のようなものである。①土砂がダム に沈殿して,ダムが使いものにならなくなるのではないか。②戻り水区の変動が土砂を堆積 させて航路を妨げることはないか。③土砂堆積で水位が高くなり,重慶をおびやかすことは ないか。④土砂堆積がダム区の水運に影響したり,水力タービン発電機の羽根板を傷めるこ とはないか。⑤ダムの使用が下流川底の変化と河口に影響を及ぼすことはないか,などであ

る。

 ①長江沿岸で土砂の多い地区は主として金沙江下流,嘉三江の二本の支流と大渡河の中 下流に分布し,三峡地区総面積の約7%にあたる(図5・7)。だが専門家の調査によれば,

85年以後,土砂量は長年の平均値以下に下がっており,三峡から上流の土砂量が増える傾向 は見られない。

 ②三峡ダムは河道型ダムで,長さ600余キロ,幅は全般には1,000メートルだが,1,700 メートルのところも少しある。ダムに貯水して,水位が高くなり,流水速度が落ちたとして も,かなり多くの土砂は流れと一緒に流出し,湖沼型ダムのようには堆積しない。また,堰 堤に放水・土砂流出施設をたくさん作り,増水期に流れ込む土砂が増えて水が濁った時,ダ ム内の堆積量を減らすため水を排出する。

(17)

中国内陸部における改革・開放戦略       97  ③100年に1度の激甚洪水に見舞われたとしても,重慶六天門の水位は現在の194.3メー

トルから199メートルに上り,3メートルの余裕をとったとしても202メートルを超えること はない。重慶は山間地帯にあり,その主な市街区はいずれもこの水位以上(中心部の高さは 約250メートル)に達しているので,重慶が脅威を受けることはあるまい。

④発電所の注水口の高さは,最低の放水口より. Q0メートル高くとっている。粒子の粗い 土砂はダムの前にきたとき深い川底に沿って動くため,普通は発電ユニットの中には入らな い。だから,水力タービン発電機の羽根板を損傷することはない。

 ⑤三峡ダム運転初期の土砂排出比率は30〜40%に達し,0.01ミリ以下の土砂がダムに沈 殿することは殆どありえない。微粒土砂の堆積が河口形態の変化に決定的な役割を果すので,

三峡ダムが河口形態の変化に重要な影響を及ぼすことはない。

      も

  (5) 中国に三峡ダム建設の能力があるのか。 この問題について広建国氏は次のよう       うに説明する。三峡ダムに関する1986年のフィージビリティー・スタディー報告が想定した,

堰堤の高さ185メートル,貯水水位175メートルという案にもとつく,静態投資総額は570億 元で,そのうち中枢工事が298億元,立ち退き費が185億元,送変電工事が87億元となってい る。資金源としては,馳投資総額の56%を国が投資し,あとの44%は自分で調達する。ダムの       かフしゅうは

初期工事には,三峡ダムの附属施設である葛洲煽ダム(図4)の電力収入を主な資金源にあ て,着工後9年目からは三峡ダムの電力収入をあてる。そして資金源には,そのほか受益地 区から集める資金,債券・株券の発行,国外の優遇借款導入などもあてる。またセメント,

鋼材,木材といった資材は中国内で調達可能であり,技術的にも特別な難問はない。

(注)

(1) 『日本経済新聞』92年6月4日。

(2) 『人民日報』(海外版)92年6月29日

(3)費孝通「上海を『大陸の香港』に」r北京週報』(日本語版)90年10月23日号20〜23ページ。

(4)経辺「対外開放のもう一つの決め手浦東開発」『前掲誌』90年7月17日号13ページ。

(5)座談会「始動した全方位開放体制の光と影」における浜勝彦氏の発言。『国際経済:中国・上海  特集』92年6月366号38ページ。『朝日新聞』92年7月8日。

(6)経回「前掲論文」『前掲誌』14〜15ページ。

(7) 『北京週報』90年7月17日号16ページ。

(8) 『朝日新聞』92年7月8日。

(9)三峡ダム建設の全体的説明【〔2〕の(1)(2)(3)(4)】には,以下の資料を参照した。

  ム建国「いまなぜ三峡ダム々・」三峡ダムシリーズ(1)r北京週報』92年3月10日号9〜13ページ。

 李平「早期建設を待ち望む長江沿いの人々」同シリーズ(2)r前掲誌』同年3月31日号10〜14ページ。

 李栄町「運転好調な葛下金ダム」同シリーズ(3)『前掲誌』同年4月7日号23〜27ページ。特集「長  江三峡ダムいよいよ:スタート」『人民中国∫(日本語版)92年6月号18〜28ページ。『朝日新聞』92  年7月9日。

⑩ r北京週報』92年4月14日号9ページ。4月21日号23ページ。

(18)

⑪ 正平「開発型の住民立ち退き計画」三峡ダムシリーズ(4)r前掲誌』92年4月14日号19〜22ページ。

 『人民中国』92年6月号26〜28ページ。

⑫ ム建国「生態と環境への影響」同シリーズ(5)r前掲誌』92年4月21日号27〜29ページ。r人民中  国』92年6月号24〜26ページ。

⑬ 仏建国「安全性に問題はないか」r前掲誌』同シリーズ(6)92年4月28日号23〜24ページ。

㊥ 李無謬「土砂問題は解決できるのか」同シリーズ(7)『前掲誌』92年5月5日号20〜おページ。

⑮広建国「中国に三峡ダム建設の能力があるのか」同シリーズ(8)『前掲誌』92年5月12日号24〜26  ページ。

V 内陸部における改革・開放戦略(皿)

     一長江中流地域を中心に一

 中国では,沿海部の発展と長江流域の停滞を「沸勝の沿海,静寂の長江」という表現であ       くの

らわしていた。1992年4月,L湖北省,湖南省,江西省,河南省,安徽省の5省の専門家や研 究者が武漢で開いた「長江中流地域の開発・開放シンポジュウム」では,次のような諸指標

      く   が提出された。

 ①1989年,生産総額が100億元を上回った都市は,全国で25あった。その内訳は華東12,

東北4,華北3,華南3,西南2だったのに,華中(湖北・湖南・江西・河南・安徽の5省)

では武漢市のみである。

 ②1990年の全国社会総生産額成長率序列表では,河南省15位,安徽省17位,江西省23位,

湖南省27位,湖北省30位の順である。

 ③1986年から1989年までの4年間のこれら5省の1人当り国民所得の総計は,隣接する 沿海5省のわずか48%であった。そしてここ2年さらに低下し、全国平均水準よりも19.5%

低い。

 ④ここ数年,これら5省の財政は,それまで毎年20億元以上の黒字だったのが,毎年20 億元以上の赤字を出すようになった。

 ⑤1990年の全国職員,労働者の賃金序列表をみると,湖南省19位,湖北省24位,安徽省28 位,河南省29位,江西省30位で,この地域唯一の特大級中心都市武漢にしても,全国12大都 市のなかで最下位となっている。

 こういつた諸指標は,停滞している長江中流地域の経済状態を示すものであろう。だが,

1992年に入って,その停滞の原因は何か,それから脱して発展の途をとるためにはどのよう な戦略が必要か,といった議論が活発になってきた。うえにのべた「シンポジュウム」もそ の動きの一つである。

 華中の経済停滞の一因として,それが海岸から遠く離れた「内陸部」だからという説があ

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