銀行の信用創造とその限界の問題について
河 本 博 介
目 次 一振 替 預 金
二 銀行の信用創造
三 信用創造の限界の問題
1.
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理論
2
. ロ ジ ャ ー ス の 公 式 3
. ハ イ エ ク の 理 論
4.若 干 の吟味
銀行が信用を造出する形式には︑周知の如く︑銀行券の第行と振碁現金の創設とがある︒一般に銀行贅金の最も薫要な源泉をなすものは預金であ打が︑預金はその発生の形態から二つに区分し得るCその一つは︑現実に銀行に
預入れられて生する直接預金にして︑他は直接に現金を以て預入れられるものでなく︑銀行の貸出によってその手
取金が︑正接賢金需要者に波されずして︑そのま1需要者の当座預金に振替られて発生する預金である︒銀行の所
謂贅金造山はこの後者の場合にして︑振碁預金の発生は銀行の行う貸山と預金の預入れとが同時的に行われ︑銀行
銀行の信用創潰とその限界の問掛について一〇一
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預金保行の円余供給の一主要な川来となっている︒
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創治とその限界の同町について
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三経 岱 と 経 済
一 O
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第 一
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第 一
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引や︑決行へ旺昨日に前令一するこ五等は一一加の信用現象であるが︑ととにいう信用創造は乙れらを指すものではない︒
一仁川川の叫冶といわれる勾合にその信用は︑一般的購買及び支払子段としての貨幣の椴
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刊する円円︑︑作的には此山沢れや民行以げ庁︑一び一川令川一代等の山一山丘町すものであるの旦ク信用の川造は︑同家又は銀行に
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どころでい川仙沼命の怯木的中川命凶はいう十一でも江く︑﹁保行は一一い川町立川迭する﹂という乙とであるが︑との命題
の立味するととろは必子し司令明怖ではない口乙の勾ヘ
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はた又信用が﹁創造﹂されるというのは如何次る状加な江附するものであるか︒﹁信用﹂︑﹁創造﹂の概止規定の不明縫
さが︑信用創造論に対する多恨な論争をぷ起せしめ︑問問を汎品せしめているといわなければならない︒九註
1)
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行はいろまでもなく稜々の形態で伝川左与え得る︒例えば羽金に上うて︑或いは現金に対する請求権の形によって︒
乙の勾合銀行の貨幣詰求権の貸付が︑信用の貸付といわれるものである︒との上う友信用はそれ向休何らの何依額で なく︑単なる擬制的存在にすぎないものであるが︑乙れが貸付は信用を利子生み資本たらしめている口信用創造論に 於ける信用はとのようた擬制的貸付資本を指すものであクて︑とれが造出もしくは形成を信用創造と解すれば︑擬制 的件︑木の間浩が結果として種々の形態の信用貨幣を発生せしめみととろから︑信用を同時に信用貨幣の意に解し得る
であらっ︒(花
2 )
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Lる信用問造に於いて︑現今典型的役形態は銀行券の発行と︑預金通貨の創設とである︒銀
行券の発行は現在中央銀行の独占的権限に帰しているが︑それは信用創造の形↓一一ずしては︑一九世紀の七・八︒年頃
までは最も重要なものであクた︒然したがら現在に於いては流通貨幣の大部分をなしているものは預金通貨であり︑︑
預金銀行のとるところの設も一般的な通貨供給の形式となクている︒銀行が手形割引の代金を現余即ち銀行で依頼 者に支払う場合もあるが︑多くは千取金は依煩者に引渡す乙となく︑そのま
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当底預金として決行侠符の貸方に記入 する︒とのようにして設定された振替預金が︑小切手又は振替指図書に工クて購買及び支払子段として移転する乙と によクて代恨の機能を営むのである︒今日商業手形の割引乃至その他の貸付に工って振替設定された預金通貨︑即ち
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岳)の成立によって信用創造の過程が進められるものである︒乙の場合形式的に銀行の S
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造せられるものであるとする︑ハ
1 Y ( P 国 各 ロ ) の 積 極 的 主 張 の 意 味 が 理 解 さ れ る で あ ら う 口 一 銀行の信用創造は平くより認められたところであるが︑(註
3)
信用創造の問題をめぐる論議は︑銀行職能に関す る信用媒介説と信用創造説との対立の問題にして︑既に別の機会に於いて取りあげたととろである︒(註
4)
さて信
用理論の歴史は既に十円く︑その源流は古典学派以前に︑迎る乙とを得るであらうが︑信用理論の歴史に於いてそこに流
れるこ犬思潮は︑古典派的︑受信的︑媒介論的信用理論と︑近代的︑授信的︑創造論的信用理論との対立にして︑前 者が一八世紀に於いて支配的な学説であクたに対し︑後者は近代的もしくは切しい信用理論と呼ばれるものである
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‑銀行は単に信用を媒介するに過ぎないものであるか︑或いは信用を例造し得るものであるかの問題在中心とする二ク
の理論の対立に於いて︑前者の流れに属する学者として︑スミス︑ J ・ s '
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銀行の信用創造とその限界の問題について 一 O
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に伴クて強力に主張せられるに至クたと見られる︒
今日銀行が貸出の振替を中心として︑預金を造り出しているととは︑これを事実として認めなければたらない
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ど銀行の信用創造なる機能を強調するのあまり︑それを以て銀行の本質的た職能とし︑これに上り銀行の概念品イ一規定
し得るや否ゃに問題がある︒(註
5 )
乙れについては乙とでは省略するが︑ひとしく銀行が授信︑受信の二面的業務 を営む上に於いて︑その一つをとって銀行の目的とするは妥当性を欠ぐであらう︒銀行を以て信用の媒介者であると' する立場は︑銀行をして貨幣もしくは流通千段の創造者としての︑銀行の信用創造能力を否定するであらう︒然しか
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る否定論者も今日の預金銀行の桜能を通じて︑郎氏力が附与せられる意味に於いて信用が創造せられている乙とは
とれを否認し得注いであらう︒
( 註
1)
新庄博氏﹁金融理論の新傾向﹂昭和一二年増柿四版六八│九頁︑中谷宍氏﹁預金銀行における信用創造の意味﹂経済論議
第六六巻第四号︑震健一氏﹁信用創造理論の研究﹂昭和二人年一四一ニll主豆等参照
( 註
2 )
麓氏前掲書︑一四五
l
七頁( 註
3 )
預金通貨の造出の根拠︑造出に関する論争については文中伴氏前抱一一一u第一稲第二章参照
(註4)(註
5 )
拙稿﹁銀行職能をめぐる若干の考察﹂経告と経済第三十四年第一冊
鋲行によって行われる信用創造が如何なる程度に於いてなされ得るかは︑従来より多くの学者によって麗え論議さ
れ来ったと乙ろの問題である︒即ち信用創造の限度︑或いは信用震の限度の間ずであるの銀行の信用創造の限界に
関しては︑銀行は無限に信用を創造し得る︑即ち信用創造機能には限界が存しないとする見解と︑銀行は信用を例迭し
得るものではあるが︑そこには一定の限度があり︑これを無制限に行い得るものぷはないとす♂見解とである︒山川市什
の見解はハ1γによって代表せられるが︑大多数の学者の見解は後者の立場にあることを示している
n
ここでは後者 の説くととろを汚祭することにしたい︒一般に預金と貸出との相互関係の展開に上りて︑預金が次おに膨服する過程 在一般に伝用の膨肢と称するが︑信用膨肢の限度が代数式によって表わされたものが︑所謂信用膨張の公式である口 先づフイリップスを始め二︑三の学者のとく所を見る乙とにしたい口 ー
︑ ブ イ リ ッ プ ス の 理 論
︑ 銀行が信用を創造する過程は︑通説的には次のように説明される︒銀行が当座預金を受入れるのは︑現金受入れに 工る場合と貸出の振替による場合とにわかち得る乙とは既に述べたところであるが︑後者の場合に於いて信用創造の 行われる乙とが問題とせられるのである︒即ち銀行が一
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万円の現金を受入れて生宇る一
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万円の当座預金は︑
乙れを銀行の信用創造とはせられないが︑百万円の現金を支払準備金とし︑中侃不が一
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万円の当座預金を支える乙とを得るであらう︒そ乙で銀行は︑九
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O 万円の当座預金左新たに貸出の振替に工っ
て受入れ︑そ乙に銀行の信用創造が語られるのである︒もと上り銀行の信用例迭は当初預金相の九倍までというは︑
余りに早急な断定である︒何となれば貸出の振替によって生じた預金はやがて引出されるであらうし︑それは現金の 流出を考慮し︑なければならぬ︒従クて支払準備率の低下は貸出の拡張を危険ならしめるであらう︒所謂銀行の流劫住 が預金通貨の造出に対する制約となり得る乙とが考えられるであらう︒そ乙で銀行が如何程る限度全で︑信用創造を 行い得るかは主要な問題であり︑まづフイリップスの公式左とりあげる乙とにするロ
フイリップスは銀行預金主本源的預金或は第一次的預金(℃円即日ロミ仕切︒巴宮)と派生的預金
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弘32
宮) とにわかク︒乙れは預金の発生過程による分類にして︑前者は現金又は他行宛の小切手︑子形の如き容易に現金に換 え得られる現金等価物を︑実際に銀行に預入れることにより生宇る預金であるが︑借入金の返済のために預入れられ る預金はとれを派生的預金として除外し︑後者は貸出の手取金を振替受入れ右ことにより生宇る預金及び借入金の返
銀行の信用創造とその限界の問題について 一 O 七
経 蛍 と 経 済
一 O
入済のために預入れられる預金であるとしている︒(司
1 )
従って本源的預金の増加は支払準備本を高め︑銀行の流動 性を高くするが︑派生的預金のそれは逆に銀行の流動性を低下せしめるものである︒か
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知は︑貸出拡張
の基本となる預金と︑拡張せられた預金との区別にして︑乙れを出発点として︑一定相の木源的頂金の預入れに上ク て幾何の信用の創造を行い得るかの公式を導出している︒この場合本源的預金の高以上に膨脹した預金部分が銀行の 信用創造であるが︑その算出にあたって一銀行(吉
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について見た場合と︑銀行組織全体
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言自)にクいて見た場合とにわけで考察を進めてをり︑夫々に異たクた結論を出している︒な治又或る一時点に
於ける銀行の貸出拡張能力を直接問題とするのではなく︑一来数的危信用創造の波及過程に於いて貸出の総額を問題と
するもので︑乙の限度が銀行の資金供給の能力を示すものであるとい
L
得られるであらう︒(註
2 )
ブイリップスの所説は次の如くである︒先づ一銀行についで見る︒(註
3)
C ・・・銀行に新たに附加せられた本源的預金
ふ:・流失現金即ち銀行が貸出拡張の結果として失う現金量
x :
・附加された預金 C
に基いて行い得る貸出拡張高(貸出可能限度を示す)
r ・:預金応対する現金準備率 K ・・・派生的預金平均残高の貸出拡張高に対する比率
とすれば︑(同 l 同)は借手がその手取金をそのま L
預入れる乙とに工クて生じた派生的預金から引出した高の︑貸出 拡張高に対する比率をあらわす口そとで
内回目︒
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なる等式が成立する︒次に銀行の子詳に残る現金量は︑本源的預金から流出現金左差引いた金額であって︑
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であらわされる︒さて銀行は︑本源的預金 C
に対すると同様に︑派生的預金残高岡£に対しても支払準備金左用意じ
・なければならない故に(門+間決)に対して?なる支払準備率を保持する如く貸出品るのであるから︑円(わ十同
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となる︒これが・一銀行の貸出拡張可能限度に関するフイリップスの公式である︒
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パーセントとすれば︑とれに基づく一銀行の限度は公式
により次の如く簡単に算出せられる︒
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CM+HIC‑ω次に銀行集団とし亡の貸出拡張限度に関する所説を見ると次の如くである︒(註
4 )
銀行は貸出の振替によって派 生的預金を設定するが︑やがてそれは引出され
G
が失われる︒ととろで流出現金仏は手形交換を通じて他の銀行に流 入するであらっ︒例えば
A
銀行の当座預金者の振出小切手が︑その受取人に上り︑取引銀行たる
B
銀行に預入れられ
れ ば
︑
B 銀行に新たに預金が発生するが︑同時に小切手は手形交換を通じて同額現金が
A 銀行より B
銀行に流入す る ︒
B
銀行はそれに基づいて貸出の拡張を行い得るであらう口かくして小切手の振出に工クて更に
B 銀行上り C 銀行 に ︑
C 銀行より D 銀行に現金が移動するであらう︒かくの如き過程を経て︑最一初 A
銀行に預入れられた本源的預金は 多くの銀行に分散せしめられるが︑結局何れかの銀行に残崩し︑銀行組織全体として見る友らぽ
C
だけ増加じてをり
ゎ
C
を支払準備率
r にて除しただけ︑即ちl引ーだけ預金を支え得る乙とになる︒仮に平均準備率を R
とすれば︑銀行集
わ 仲間として支え得る預金の高は﹂ぺであるが︑貸出を行う乙とによクて新たに預金を設定し得る量は︑当初に本源的預
l
ゎ
︑
γ
金として受入れた
C 左差ヨいた高︑即ち(l同│(い)てある︒結局釘行全体としての貸出拡張可能限度
( X )
を 一
不 す
公
式は次のようになるロ
銀行の信用創造とその限界の問題について 一 O 九
経 蛍 と 経 済 凶 H u n ‑ h
村
岡
い ま
R
を 一
O
︒ ハ
U r
と す れ ば 銀 行 全 体 と し て の 限 度 は
︑
? 巴
m 陪
I b t g o g
とたり︑一定額の本源的
預金としての受入高の九倍に達する乙ととたる︒
2
︑ ロ
ジ ャ
ー ス
( ︼
・ 出
・ 問
︒ 問
︒ 吋
ω )
の公式
フイ9ヅプスに於いては一銀行の貸出拡張の可能限度と銀行全体のそれとは結論を異にし︑全体としての銀行組織 に対して真実なる乙とが︑その組織の一員である一銀行にとクては真実でたいとし︑(註
5 )
まさに銀行業務の謎
( 吾
ゆ 同
日 仏
品 目
︒ ︒
内 冨
ロ 在
ロ 悶
) (
註
6)
と考えられる点であるが︑彼に於いてはこっの公式の相互関連が充分に明かにさ れていない︒ロジャースはブイリップスの公式をうけて︑一銀行に於ける公式を起点に銀行組織全体に於ける貸出拡 張の可能的限度を数式で示さんとしているが︑ブイワヅプスの公式が如何に修正されるかにクいて︑ロジャースの説
くと乙ろ在述べる
n (
詰
7 )
C
・ :
一 銀
行 (
仮 に
A 銀行)に新しく追加された第一次的預金
G :
・銀行り貸出拡張により流出する現金のうちで︑他の銀行に預入れられる部分 x ・:各銀行の貸出獄張の高
r :
・銀行の支払準備率 d ・:各銀行の派生的預金の残高
K: ・各銀行の派生的預金残高の
Zに対する比率
X ・:銀行組織全体の貸出拡張の可能限度
p :
・各銀行より流出する現金のうち︑そのま
‑ L
涜通界に残話する部分の貸出拡張高に対する比率
とすれば︑ブイワツプスの公式にエクて︑
b u h Q i H )
A 銀
行 の 貸 出 拡 張 可 有 限 度 は で
H
同
判 同 川 村 L n Q l
同 ) 同
ti
同? ?
? l
H
内一 一
O
A
銀行の派生的預金の残高は
ところで
‑ l
司は流出現金のうち︑再び他の銀行に預入れられる部分と派生的預金残尚との合計の貸出拡張の高に対 する比率を意味する︒即ち流出現金のうちそのま
L 流通界に残話する部分は
h
らであるから︑
N Q
│
℃)は流出現金の
うち再び他の銀行に預入れられる部分と
A 銀行の派生的預金残高との和︑(ハい︼+己)である日数式であらわすと︑
RU(﹄
l
円)(﹄l ‑ J
る‑ 3 u ' I l l i
‑ ‑
‑
次円+﹄lR
となる︒かくして
わQ 1 3 Q 1 3 n 2 1 3 同
│ ゎ Q l 円 ) ( } l l H M l 同 ) 同 門 +
︼
! 同 開 門 + 日 l 問 問
?
? H i 同
は A
銀行の流出現金のうち︑再び他の銀行(仮に
B
銀行)に預入れられる部分である︒換言すれば
A 銀行に於ける第
一次的預金に基づいて生じたと乙ろの B
銀行に於ける本源的預金を意味する
D
そ乙で B
銀行に於ける貸出拡張の可能
限 度
は ︑
t ハUQlH
一
)NQl司│同);
‑
│ ( 同
?
?
︼
│ 附 丹 市
にして︑同様に C 銀行のそれは次の式となる︒
t ( U (
同
l
円) ω (
‑ー 司
l
同) N
;
事
│ ( 民 同 +
︼
l
同) u E
︑わっ
l円
)
かくて銀行組織全体の貸出拡張可官限度は
i
間
利 引 同
の和として求められる白即ち次の公式が得られる︒
ハ リ (
‑ ー 吋 )
対
l
i l
‑ ‑
同 川 H
ハ M
M I l l i ‑
‑ 川
内 円
什 川
ド │
14(同i円)(﹄│勺lHA)円+吋│門司
島 問 円 + 回 目
l同
乙のロジャースの公式に於いては︑ P なる項目が一一安閃として規定せられたと乙ろに︑ブイリップスに見られない
特殊な点がある︒そうしてロジャースによれば一般に米国の実情から︑
r は
一
O
パ1
セγ
ト ︑
P は六分の一とされて
いると乙ろから︑ C
を一として銀行全体の貸出拡張可能限度を算出すれば︑それは三・六とたる口
3 ︑ハイヱクの理論︐ を初項とし︑
(Hl同)(同│司l同)ヒ同司阿川同州を公上とする無限等比級数
銀行の信用創造とその限界の問題について
経 営 と 経 済
フイリップスの理論は︑本源的預金と派生的預金とにわけ︑銀行が貸出の振替によって預金を設定し得る事実を通 して︑信用創造の理論を説いた代表的なものであるが︑とれに対してハイヱクはその著﹁貨幣理論と景気理論﹂(註
8)
に於いて︑フイリップスと具クた説明によクて信河創造の理論を展開しいる︒以下ハイエクの説くととろを要約 すれば次の如くである︒(註
9 )
銀行の現金準備率が一 O パ
1セシトであるとき︑一銀行が一定額の現金を預金として預入れられるならば︑との銀 行は貸出によって直ちに現金が引出されるとしても︑預入れられた現金の九
O
パ1 セ
Y
トに相当する貸出を行い得る
であらう︒乙の貸出は一時借手の当座預金に振替られるが︑やがて乙の預金に対して小切手が振出され︑支払に当て られる︒との小明千の受取人は乙れをおこの銀行に預入れる友らぼ︑第二の銀行は手形交換を通じて︑第一銀行工り預
金と同制の羽念︑即ち当初刈会引入れい仙の九 O ︒ハ1セシトを受入れる乙とになる︒第二の銀行は又乙の現金の九 O
パーセントな貸出し得る町前と同総の過訟を経て︑第三銀行は手形交換を通じて第二銀行より現金を取得する︒以下多 くの銀行にクいて同様の過引がぬ返されるととになる︒かくて当初現金で預入れられた預金は銀行組織全体に対して
0・??0・吃+0・沼・:・:+0・︒=倍の信用払阪の過程在起す乙とになる︒従クて乙の牧数無限級数の総和は九であるか
ら︑銀行全体としては当初現金預入れ肖の九倍に相当する信用創造が可能となると説くのである︒
ハイエクの乙の結論は︑銀行組織全体としての信用拡仮可能限度をあらわすフイリップスの公式に一致する︒ハイ エクの所説をブイリップスの数式によって説明するならば次の上うになる口銀行組織全体のうちで第一の銀行に本源 的預金として現金
C
が預入れられる場合︑第一銀行はこれが預金に基づいて︑nQ│吋)の貸出を行い得る白乙れに
対して小切手が振出され︑乙れが受取人は第二の銀行に預金する︑ならば︑第二銀行は第一銀行より手形交換を通じて
同額の現金︑即ち内(︼│るを受入れる乙とに友る︒第二の銀行はとの預金に基づいて貸出を行い得る乙とは第一銀
行に於けると同様であクて︑内(Hl円)(同l円)即ち内(同│円)ゅの預金を設定し得る︒第三銀行以下についても同様の過
程が繰返されるならば︑銀行組椴全体の貸出拡張額は
ハ リ
( 同
│ 円
) +
ハ い
( H
│ 円
) N
+
門(回目l
円 )
帥 :
: ・
+ わ
( 同
│ 円
) ロ
︒
( H
乙の和は ll
l・円)川ーーとなってフイリップスの公式に一致する乙とになる︒乙の泊明は一銀行の木滅的預金に
A づいて︑銀行全体として拡張し得る預金の波及過程を明かにしたもので︑そ乙にハイエクの一一い川制約一が滑られるであ
‑ l
H
らう︒且ク信用創造の可能的限度が︑求訴的預金
C の
l u l l '
倍と算出されている'が︑ケイ γ
ズの川法に上れば︑か
tA
る倍数は来殺と呼ばれるものであり︑信用創造の過程を説明する理論は乙れを信用創造の魚川悦理論とい L 得るであ
ら う
白
と 友
り ︑
ところでハイエクの理論に於いては︑上述の過程が当初預入れられた現金の九
O
︒ ハ
1セシトが現金在以て貸出され︑
その町出せられた現金が第二の銀行に流入し︑更に第二の銀行が現金でもってその叉九
O
︒ ハ
1
ゼγ
トを貸出し︑とれ が泊三の銀行に現金で預金せられる過程としても同様に考えられるととろである︒従ってとの場合は︑当初受入れた 現余の九倍に相当する預金が設定せられるのは︑明かに現金の形態に上旬貸出の繰返しによって得られた結果である︒
即ち貸出の振替に上クて預金が設定せられたことにはなら喝ないであらう︒かえる計算に於いては︑当初銀行に預入れ られた現金が︑漸次各銀行間に現金準備額を除いて分散したがら︑しかも貸出せられた現金はその全部が再び他の銀 行に預入れられ︑流通界に喪失する部分のない乙と左前提とするものである︒故に各銀行の手詐には︑その預入れら
れた現金の一 O
パ1セシト宛が現金準備として残り︑結局その合計械は︑
H O
句 ︒ ︒
W
0
・ ︒
ω
コ 山
V M M
込
1 1 1 1 +
ー ー ー
+ │
│ │ + I l i l i
‑ ‑
‑ + ト ト
lHH
H C H O H O H C H C
ト
て︑当初流入現金の高と等しくなるであらう︒そこで銀行全体としては︑乙れを現金準備率で隠した高だけ預金を増 加し得るわけであり︑前記ブイザ吋/プスの公式と同様の結果となるのである口以上貸出の振替による預金の成立の外 に︑現金を以てする貸出の循環過程に工クて︑信用創造の過程が説かれるととろに︑ハイエクの理論的特色があると
い
‑ L
符られるであらう口
4
︑ 若 干 の 吟 味 一定初の本似的預金の流入があった場合︑それに基づいて銀行が幾何の預金を設定し得るや︑即ち貸出拡摂の限度 を算定する問題にクいては︑多くの学者によクてその研究が発表されている︒例えば古くはマクレオ1ド工りウイザ
銀行の信用創造とその限界の問題について
一 一 一 一
一
経 蛍 と 経 済
一一
四
ース︑ハ1γを始め︑フグナ1(﹂﹀吋・者 ω
間 口 2
) ︑
ロ 1
レ γ
ス (
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‑ E g w )
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1 (
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の 他
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1(
戸
︒ ・
図 ︒
B n a )
︑ニツブイシ等極めて多い︒(註叩)乙とではその代表的なものとして︑ブイリップス︑ロジャ ース及びハイエクについて述べてきたが︑彼らの所説について若干の考察を補促し免い︒
ブイリップスが信用創造の限度を算定するにあたクて︑公式中に︑派生的預金の平均残高
K
と︑派生的澗金の設定
に伴い銀行より流出する現金れいな要凶として導入した乙とは︑極めて重要た意義を有する点で︑本源的預金を超えて
設定せられる派生的明金の向が︑銀行によって創造されたところの購買力であると考えられている口(話口) ところでブイリップスの公式に上ってその貸出拡張の限度が算定せられる場合︑考慮を要する若干の点についてそ
のな味を汚祭し工う
n先づブイリップスは貸出の依張に伴クて派生的預金が設定され︑やがて銀行上り流出する現金
G は︑千形ホ九州炉︑を通じて令部他の保行に引入れられ本源的預金とたる乙とを仮定している
Dこのことは流出現金がそ
の ま
L
流通外に残尚する部介の作布しないことを立時するものである︒(註立)従クて貸出された高が常に何れかの 銀行の預金とたる乙とが前抗されているために︑銀行机政全体にクいて見れば再流出したい乙とにたり︑前記九倍に 及ぶ貸出拡張可能限度の算出せられる公式が引き出ミれたのである︒然しながら以上の仮定が果して適当であるや否 ゃに問題がある︒(註ロ)流出現金が多数銀行問を流通してゆくうちには︑その一部は流通界に残話して還流しない 部介の存在する可能也が考えられるであらう︒その場合公式の限度は九倍よりも更に小さくたるであらう︒ブイリッ プスは一銀行に於ける場合と銀行組協会体に於ける場合との結論の相呉を銀行業務の謎としているが︑彼に於いては 一銀行にづいて見れば現金がすべて再流出するとし︑銀行絶滅全体ではその全部が残凶する乙と左前提とする乙とに よクて︑一銀行にクいては信用創造の程度がいうに足り友いに反して︑銀行組織全休にクいては老犬怠信用創造を可 能とするとの結論が導かれたのであるが︑とれは前提を具にするための結論の相具にして︑とれはいわば仮定の問題
で あ
ら う
︒
.吏に伎の公式より見て直ちに考えられるととは︑その貸出拡張の可能限度が現金準備率?と︑派生的預金残高の貸
出高に対する比率
K によって左右せられることである︒今仮︐に現金準備本左二 O
︒ ハ
1
セγ ト
Lしすれば︑その限度 x は
本源的預金以下となクてあらわれる口(たM)Kについてもブイワツプスは米国の市天的決行についての統計によっ
て一応二 O
パ1
セジトと推定しているのであるが︑この勾合乙のととは公式によって一銀行の限戊立以出する上に決
定 的
に 品
川 叩
︑ な
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h
k うている
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・
3K
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︒ ハ
1
七γ トしし批定するととに工って一銀行について見れ目︑木源的預
ふ い
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︒ 引
い 山
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い 川
川 治
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mN
ない乙とにたるが︑円に於ける場合の如く︑
K
をもっと大きく見積るなら
氏︑一刊行につ‑いてけんてお児にたさく日用例冶が可能とたるであらう︒要するに r と K
の大きさによってその限度が 川以り︑例
J
ん ば
r は小三く
K
は大きい偵をとる程︑その限度は大とたるであらう︒(討日)ととろで
K
の大きさを米 川について二
O
パ1
セγ
トとケイリップスが推定した乙とに対しては︑既にロ
l k y スはとれを甚だ危険であると指 仰してなり︑我同でも中谷教授︑田中・新庄両教授その他の論者によっても批判のあると乙ろである︒(註
um)
ブイリップスの公式が︑数学的算定方式に上って︑とくに乗数理論の授用によって信用創造の限界の問題をみ一りあ げたととは︑近代的信用創造理論の上に犬友る特微をなすものであるの即ちブイリヅプスに於いては一定額の現金が 銀行の窓口を通過して設定する順次的な貸出の総額︑換言すれば第一次貸出の来数的効果を問題としたものとい
L 得
られる︒銀行に預金として流入した現金が︑貸出され又預入れられる問に︑次第に小さく友
h
りたがら治夫してし全う
まで同じ過程在繰返したがら︑或る一定の時間を径てそ乙に川市計幾何の貸出が行われるかを算出したものである町従 ってこれは或る一定時点に於いて銀行が幾何まで貸出な拡張し符るかの問題ではないといわねばならない︒現在の貸 出の限皮については預金の範囲内であるとじ︑それが治抗されて川市計幾何の貸出にたるかを計算したも'のである︒
(一山口)そこに銀行の信用創造が語られ︑その限度が数学的に浮き出されたととろにブイリップス理論の性格がある
と考えられるであらう口
ところでブイワツプスの理論の有する立味が︑前述した如き前犯の考察の主要さを指摘せられるものであるが︑か える仮定の問題は同時に彼の理論的欠点在示すものでおらう円事実伎の方法には多くの人に工って欠陥が指摘され︑
彼の公式を如何に修正するかにその後の発展の方向があると見件られるであらう︒然しながら二疋額の本源的預金の
銀 行
の 信
用 創
刊 泊
と そ
の 限
界 の
問 題
に つ
い て
五
経 営 と 経 済
一 一
ー工品
/
、 増加に基づいて幾何の預金通貨を浩出し得るか︑その造出限度を測定する問題に多大の百献をなしたもので︑とのこ
色はその後︑乙の方面の研究がすべて彼の所説を基礎とし︑その出発点と友って新学者に引用せらるふところを見て
も明かである︒従来のマクレオ
1 ドやハ
1
Y の信用創造の理論が︑ブイリップスに上って信用創造の限界の問♂とし
てとりあげられた乙とは︑信用理論の歴史の上に於いて新しい発展を劃するものである︒
フイリップスに於いては既に指摘した如く︑一銀行に於げる場合と銀行組織全体に於ける場合との︑貸付刊訂の可 能限度を示す公式の相互関係が︑いわば銀行業務の謎とされた点であるが︑銀行記限全体の限度は各銀行のそれ上り 専かれて算出せらるべきものであらう︒ロジャースはフイリップスの一銀行にクいての公式を展開して︑銀行机以令 休の限度を求めたものである口彼の公式によれば︑本源的預金の増加の六介の一が流通界に夫われる部今として︑一 銀行に新しく附加せられた一定相の本以的羽金
C
は ︑
一
O バ 1
セシトの現金準備率として︑銀行組紋全体として︑そ の三・六倍に相当する限皮を示すことふなり︑上り現実への接近化を示すものであるとゆ
L
得ょう口この公式に於い てはフイリップスによっては伎の公式に浮入せられなかった一つの点︑即ち貸出か張の結果各銀行土り流出する現金 のうちで︑そのま
L
流通外に残泊する部介在一見内として考胞に入れた乙とは︑ロジャースのフイリップスに比
L
て 一 段の進展を示したものとい
L 得られるであらう︒
ところでロジャースの以上の見解︑即・ 3 彼のがん勺胞に入れたコは︑当応預金の平均額 M
に対して︑流通界にある現金
通 貨 の 平 均 一 額 M の比に王/て決定せられるとし︑ M と M との比を R とす
ω 任︑
ul 斗刊判とたるとし︑とれから
P の
偵が算出される︒(註胞)ロジャースの乙の見解左支えるものは︑
M と M
との増減はそとに一定の正比例関係が存在
するとする︑ブイツシヤ1の安換方程式による数旦一
R説の理論的前提を認める乙とにあるであらうが︑乙の点は又乙の
点としてそとに問題があるといわ︑なければたら左いであ白うの
次にハイエクの理論につい℃若干の検討を試みよう︒ハイエクに於いても預金膨肢の過程に於いて︑流出現金の全
部が川ぴ他の銀行に預入れられ︑結局何れかの銀行に残凶するものであって︑流通︑尽にその主主滞日する部今一のたい
こと左前科としている
n
とのととは既に問題にした如く現実的には常に妥当するおの正はい
L
熱い︒ブイリップスの
公式を出発点としその後の発展は︑乙の問題に対する批判に工るものである口尤もハイエクもとの点を考慮し︑例え ば本源的預金の九
O パーセントが貸出されても︑再びその全部が他の銀行に預金せ'られア︑そのうち二 O パ1セ γ ト
が流通界に残話して現金取引に使用されるとし︑結局七
O パ1セ γ トが再預金せられ︑それと同保過初日が繰返される
とすれば︑結局附加的に戊巾心されてゆく前令の松川市川は︑ 0
・ 寸
+ 0
・ 1+0 ・ 3
: : : +
・?倍︑即ち 0
H M
初の明金預金の
ω
ー ルI
倍の山が住じねる乙
vCLなるとしている円然しながら何れにしても根本の結論は最初の預金高に対して数倍の高まで
附加伝川立与え作るものであるとする円(れ刊)
然しながらハイエクが︑とれを以て机木の結論には昨りはたいとするにもかふわらや︑た缶吾唱えとしては問題とせ ざるを件ない口仮に九
O
パ1セシトのうち四
O パ l セ γ
トが銀行外に流出して還流せや︑五
O
︒ ハ
1 セ
Y
トだけが預金
せられる過程を考胞した場合に於いては︑預金の設定されてゆく高は︑
0 ・
町 + 0
・ 勺 + 0
・ m u
‑ ‑ : :
・ 0
印 =
の 和
︑ ー
と た
り ︑
故初の預金一向と同額に過ぎなくなる︒との乙とは貸出全のうち流通界に幾何の現金が残出するか︑その割合によって
九倍に達する預金が創造せられ︑或る場合は殆んど問題とするに足りない結果とたるもので︑要するに︑との割合を 幾何と仮設するかは︑問題の結論を導き出す上に於いて決定的な望退となる乙とを知らねばたらない︒
更に又ハイエク理論の一クの特質は︑彼の説く信用創造の性格にある口既に述︑べた如く派生的預金の設定によら注
いで︑預金として預入れられた現金がそのまえ貸出に用いられ︑その現金が再び預金され︑更に叉貸出されるという 過程の繰返しによって預金膨脹の過程を説明し︑とれを以て銀行の信用創造としているととである︒然し訟がら銀行 が受入れた預金の高以内で貸出を行うととは︑いわば既存時引力の媒介で︑購買力の創造ではない口即ち銀行の行う ところは信用媒介的で信用創造的ではない︒それにもか
L
わらやとれを以てハイエクが︑信用創造と解する所以は何
であらうか
nハイエクは銀行が当座預金として預入れら・れた金相を他に貸出しする時は︑預金の方でもその預金を支
払の目的で使用し得るならば︑附加購買力の創造を示しているものというべきであり︑設行の購買力創造なる事実が 多くの人に神秘的に見える根拠も︑との簡単注実状以外に起凶するものではないとしている︒(註
m u
‑‑
UA
は以上の如く信用創造の限界に関するこ︑三の説に関して考察を治めてきたが︑それらを通じて考え符られる
銀行の信用創造とその限界の問題について
一 一
七
経 告 と 経 済
一一
八
乙とは︑高橋博士の指摘せられる如く︑近代的信用創造理論に於いては︑現金準備不在北礎とする数学的推論︑とく
に乗数理論の援用に上って︑信用例迭の可能性のみでなく︑進ん・で信用創造の限界を数学的に算出ぜんとするもので
あった︒従クて同時にそれは︑信用例造の限界を数学的に算定する乙とを以て︑問題のすべてがつくされたかの如き 観を一不すものであったり(討紅)而して乙の場合銀行の信用創造の可能的限界を規定するものは︑現金中仙不を媒介 とする貸出と預金との交互作用的波及であって︑乙れに上クて信用創造が機械的︑自効的に行われることを想定する
ものであった︒たど宍際に於ける現金市川加点
γは︑銀行経営の合理性と安全性とを維持するための経営上の一クの原別 であって︑それはにこれを以介とする信用の拡張の限度は︑単なる可能性にとどまらや現実性をもっといよ得るであ
らう︒山出し及がら又一村山川以恨の可怜的限皮在放学的に算定するととによって︑とれを以て信用が現実的に創造せられ
る 机
問 し
じ す
る 乙
K には川刊がおるであらう円信用川川浩一の理論としてその現実的限界の問題は︑銀行左中心とし出発点
として比た内怖からの川
m L しは川仰に︑外部から与えられる即ち経済社会もしくは国民経済の規模に基づく信用創造
の限度の問題 l れ川村一%の川間の川山ーがあるといわねば友らない︒(詰勾)
要するに銀行の一日用川浩については︑可能的限外の問題と現実的限界のそれとのこつの側面をもつものであるとい
L
得るが︑従来の信用例治相川沿が主として前才在中心とするものであった乙とは︑信用創造の限界の問題を信用理論
のうちで︑銀行技術論的な又保行犯九円治的た刊のみにと
Y去らやして︑克にいわば銀行経済論的た考察の方法を必要 とする乙とを示すものであるとい
L 件られるであらう円
( 註
1 )
の ‑ k r
司Eロワ♂回
g r Q E F H O
凶A
・ 3
・ さ
1 ﹁ ( 註
2 )
森川太郎氏﹁銀行職能論﹂五四
l
冗一丸︑民氏前弘吉︑二二八l 九瓦参照
( 註
3)
司げ 即日 日目 立官
E
二宅 F
‑ E l ︒ .
( 註
4 )
H M
E ‑
‑ す
こ
z pム 予
ω ∞ ー
さ ・
21
叫 ・
( 詰
5 )
︼
M
Z H
H f
M h
u ‑
‑
・ 目
y k
・
H 0
( 泣
6 )
阿川