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ベ ト ナ ム の 日 本 語 教 育 事 情

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ベ ト ナ ム の 日 本 語 教 育 事 情

宮 原 彬

1. は じめ に

筆者 は、19981221日か ら1231日までホー チ ミン市 とハ ノイに滞在 し、

その間 に両都市 の代表的 な10の 日本 語教育機 関 を訪問 し、 それ らの機関で の 日 本語 教育の 実情 につい て多少 の情 報 を得 た。 ここではそ れ らの概要 を報告 し、

そ こに見 られる特 徴や問題 点 について 整理 してみ たい。

筆者が この調査 を思 い立 ったのは、 筆者が 日本在住 の外 国人学生のた め に編 集 した用例集1)が思 いが けずハ ノイでベ トナム語 訳付 きで出版 される ことにな った こと、 また 、筆者 が70年代 半 ばにハ ノイで 日本語 教育 に従 事 し2㌦ その後 もハ ノ イのベ トナム人の 教員 たち と連絡があ ったに もかかわ らず、 肝心の 日本 語教育 の中身 (例 えば 、使用 されている教材等) につい てはあ ま り知 らな い と い う事 実 に気が ついた こ と、 そ して、 日本 の ‑ 日本語 教育機関 での ささやかな 試みが ベ トナム で も役 に立つ ことがある とす れば、そ こで の 日本語 教育の現 状 を把接 し、教材等 を作成す る場合そ れ らの点 を も一定程 度配慮す るこ とも必要 ではな いか と考 え た こと、 などに よる。

2.ベ トナ ムにおける 日本語教 育の歩み

最近の 日本語教 育の状況 に入る前 に、後掲 の 文献 を も とに、 また 、筆者の 体 験や聞 き取 り等 も加 えて、ベ トナ ムにおけ る 日本語 教育の歩 み を素描 してみた

い。

2‑ 1 太平洋戦 争前後 ‑ 萌芽 期

19409月 日本軍 は北部 イン ドシナに、 また翌 年7月に は南部 イ ン ドシナに 進駐 した。それ に伴い 日本 企業の進 出 も増 え たが、軍事や 貿易 のた め に日本 語 通訳 を養成す る必要が生 じ、 短期 間 の 日本語 講座が開 かれた3'とい う。筆者が

70年代 にハ ノイに滞在 して いた ころ、 年輩の市民の中 に日本語 を話す人が 時折

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J40 ベ トナムの 日本語教育事情

見 られ たが、そのほ とん どは こうした講座や 日本人将兵 ・民間人 (戦後 、ベ ト ナムに残留 し抗 仏戦争 に参加 した 人々を含 む) との接 触の中で 、 日本語 を覚 え た人た ちであろう

2‑ 2 1950年代未 から70年代末 まで‑ 蓄積 期

北部で は、1961年 にハ ノイの貿 易大学 で 日本語講座 が開設 された貿易大 学 は、 当時 は貿易 省 [BO NGOAITHUONG]所管 の大学 で (現在 は、教育 訓練 [BOGIAO DUCVADAOTAO]所管)、 目地貿 易の進展 のために日本語 の 使 える幹部 を養 成するこ とを主た る目的 としていた。 教材 と しては、ベ トナ ム 人教 師 の作成 した教材の ほか、北京大 学の教科 書の一部 や経済関係 の新聞等 を 使用 していた。

また、60年代 に は、北朝鮮 、中国 、 ソ連 な どへ 日本 語の習得 のため に留 学坐 を派遣 し、帰国後 各機関で 日本語 の使 える幹 部 として任 務 に就か せ る とい うこ とも行 われてい た (現在で も、 この時期 にソ連 で教育 を受 けた 、 日本語 に堪能 な、大学 の 日本語数月 がいる。)0

1973年 1月 にパ リで和平協定 が締結 され る と、北部は米軍の爆 撃 にさら され ること もな くな った 勉学や 生活の面 での物質 的な困難 は相変わ らず大 きか っ たが 、教育 ・学習に打 ち込める条件 は生 まれつつあ った。筆者が 訪越 した のは その よ うな時期 だった。 日本 との国交 も樹立 され、 日本 との関係強化 に向け て ベ トナ ム側の期待 は高 まっ た。

貿易 大学で は、若い正規の学生のた めの "通訳 コース"のほ かに、60年代 に 貿易大 学 あるい は外国の大学で 日本語 を学ん だ人たち を再教育 す るための "捕 強 コー ス''や、 日本語 を初歩か ら学ぶた めに各機 関か ら派遣 されて きた人たち のため の、2年間 の "短期集 中コース"が開設 された。教材 は 、初級段 階では 、 国際学 友会編集 の教材 を参考 に しなが ら、ベ トナ ムの実情 に合わせ て、 日本 人 教師 とベ トナム 人教師が協 同で執 筆 ・作成 していった 中級段 階以降は、 日本 の書物 や新聞、雑誌等 か ら取 っ た ものを教材化 した。 特 に、ベ トナ ムを扱 っ た 記事が 効果 を発 揮 した。 学習法 としては暗記が推 奨 されて いた。筆者が とった 方法 は いわゆる "オーデ ィオリンガル法''であったが 、意欲 にあふれた若い学 生 たち の集 まっ ていた "通訳 コース''の場合 、一部の例外 を除 き、進歩 は 目覚

ま しか った。1983年 まで にこの "通訳 コ ース''を修了 した者は約2∝)名 にな る4) という。 またハ ノイ外 国語 大学で も1973年か ら 日本語教育 が始 まっ た。

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南部 では、1957年 に サ イゴ ン大 学現代 語 セ ン ターで 日本語 講座 が開設 され、

1975年 のサ イゴン陥 落 まで、 国際学 友会編集 の教科書 な どを使 っ て教育が 行 わ れた。 また 、サ イゴ ンの 日本 大使館広 報文化セ ン ターで も1972年 に 日本語講座 が 開設 されたが、1975年 に閉 鎖 された5、

2‑ 3 1970年代末 か ら80年代末 まで‑ 後退 期

1978年末 の カンボジ ア進攻 に よ りベ トナ ムは西側 諸 国か ら経済制数 を受 ける ことに なった。 日本政 府 も援助 を凍結 した。抗米戦 争 による荒廃 、 対 カ ンボ ジ ア支援 等 の要因 もあ って ベ トナム の経済 は危 機 的な状 況 になっ た。 こう した こ とを反 映 して、 日本 との経済 ・貿易関係 も後退 した。貿易大 学 では 、新入生 の 受 け入 れ を停止 す るな ど、 日本語 コースの 縮小 を余 儀 な くされた。 日本語 教 師 の中 には、将来 に不安 を感 じ転職 した者 もい たが 、残 っ た教 師 たち は、"補強

コース"等 で教 育 に当たる とともに、教科書 や辞書の編 集 に力 を注 いだ6) ハ ノイ外 国語大学 で も1979年か ら10年間 日本語教育 は停止 され た。

214 1980年代末 以降‑ 復典 ・発展期

198612月の ベ トナ ム共産 党第 6回大 会で ドイモ イ (刷新 )が提 起 され た。

この ドイモ イ路 線 に よ り、外資導 入の促進 、流通の 自由化等 が図 られ 、ベ トナ ム経 済 は次 第 に活気 を帯 びて きた。 これに伴い 日越 の経済 ・貿易関係 も大 き く 進展 した。 カンボ ジアか らの撤兵 も実現 し、西側諸 国か らの協力 も得 られる よ

うにな った。92年 には 、 日本政 府 はベ トナ ムへ の援 助 を再 開 した。

こう した状 況 の 中で、 日本 語教育 も10年近 い "後退 期" を脱 し、"復興 " さ らには "発展 " の時期 を迎 えるこ とになる。

貿易大 学では87年か ら新 入生の 受 け入れ が再開 され た。 日本語 の学習希 望者 は多 く、1992年 に は、 1年 生 か ら5年生 まで の 日本 語学習 者数 は230名で 、 9 クラス が 開設 されていた7、とい う ハ ノイ外 国語大 学で も1989年 に 日本語教育 が 再 開 され た。ハ ノイ外国 語師 範大 学 (現 ハ ノ イ国 家大 学外 国語 大学) で は 1992年 に 、 またハ ノ イ総 合大 学 (現ハ ノイ国家 大学 社会 人文 科学 大学 )で は 1993年 に、 日本語 コースが開 設 された。

ハ ノイ以外 で も、 ホーチ ミン市総 合大学 に1991年 に、 また フエ師範大 学 には 1993年 に 、商学 日本語教室 が 開設 された。いず れ も、第二次 世界大戦 中に 日本 政府 (外務省 所管) が開設 した高等 専 門学校 「南洋学 院で学 ん だ 日本 人 たち

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142 ベ トナムの 日本言放 育事情

が設立 した もので ある。

日本 との関係の発展 ない しはその期 待 の増加 にともな って、80年代末 か ら90

年代初 めにかけ て、 日本語 学校 ("日本語 セ ン ター" と呼ば れる ことが多 い) の設立 も相次い だ。 これ らの中には、ベ トナ ム教育訓 練省の支 援の もとに大学 の 日本 語 コース を補完す る形で設 立 された ものや、 日本の民間団体 の支援 に よ

り設立 された もの、ベ トナ ムの民間人 が独 自の資金で設立 した ものな どがある

ハ ノイやホーチ ミン市の ような大都市 ばか りでな く、 地方都 市 にも小 規模 な 日 本語の塾が次 々 と生 まれた8)とい う

また、 日本 語教育 の学 習者が増加す るにつれ、教員 養成の必要性が高 ま り、

92年 ごろか ら日本語 教師養成 講座 も開設 されるようになった

3.日本橋 教育の現状 と特徴

今 回筆 者が訪問 した機関 で得た情 報か ら特徴 的 と思わ れる点 を、過去 との比 較 も多 少 まじえて、以下 に簡単 に整理 してみた い。

なお 、各 日本 語教育機 関の学習 者数、 コース の種類 ・学習期間 、教員数 、使 用教材 は、最後 に 「各 日本 語教育機関 の概要一 覧」 として一括 して載 せた。

3‑ 1 学習音数

3‑1‑1 学習者の増加 と1横間で の学習者数 の多 さ

現在 のベ トナム に日本語 学習者が どの くらい るかは分 か らないが、今 回訪 れ 10の機 関の学習者 を単 純 に合 計す る と約4,600名 となる。1993年の 国際 交流 基金 の調 査で は3,055 (19機関 ) とな って いる9'か ら、 この 56年 にか な

り増加 したことは確かであ る。

学習者 数で 目立 つのは 、一つの教育機関 での学習 者数がか な り多いこ とであ る。 日本 語学校 の中 には受 講生が500名 を超 える所が4校 もあ り、 中に は ドン ズー 日本 語学 校 の よ うに1,500名 という所 もある 大学 で も受講 生 は多 く、最 高はハ ノイ外 国語 大学の480名 (聴講生 を含 む)である。

3‑ 1‑2 学習 者の減少傾向

上記 の とお り学習者 は5 6年 前 と比 べ、増加 してい るが、 この増加傾 向が 現在 も続 いてい る とい うわけでは ない。数値的 に示す こ とはで きないが 、 日本 語学校 では現在 はむ しろ減少傾向にある とい って もよ さそ うで ある。96年の ピ

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‑ク時 と比 べiOO名 も減 って いる所や、在籍 者数は変わ らな くて も応 募者数 が 減少 している所 がある その理 由 として は、担当者 のほ とん どが景気 後退 によ る日本 企業の撤退 を挙 げて いる。

3‑2 コースの種頬 ・学 習期間

3‑2‑1 大学 の場合

3‑2‑1‑1 単一の コ ース

大学で はすべて単一のコース とな っている。 これは当然のこ とであるが、 か っての状況 と比 べ ると興 味深い。前述の とお り、70年代貿 易大学で は、正規の コース の外 に、"補強 コース"や、"短期集 中コース"などが あって複 雑であっ た。"補強 コース" に して も "短期 集中コース " に して も、一定 期 間在 職者 を 職務か らはず して 日本語 の学習に専念 させ る システム をとって いた。現在、 そ うした コースが な くなっ ているの は、 日本語 の習得者 が増 え、短期 に大量 に日 本語の使い手 を育てる必 要がな くなったことや、 日本語 学校がで き日本語 学習

の機会 が増 えたこ と等 によると思 われ る。

3‑2‑1‑2 長い学習 期間、少ない学習時同

大学 での 日本語の学 習期 間 は どこ も4年間 でかな り長い。 しか し、 日本 語の 学習 時間は、外 国語大学 を除 き、2,000時間 をやや超 える程 度であ る これ は、

大学教 育である ために、 日本語 のほかに も学ばな ければな らない科 目があるた めであ る また、 日本語 の授業時 間の中に は、 日本文 化、 日本事 情、 日本文 学

といっ た一般教妻 的な科 目 も入 ってい る。

3‑2‑2 日本 帯学校の 場合

3‑2‑2‑1 学習者の 実情 に合わせ たプログラム

日本 語学校 では、全体 として見れば、 昼間 の コー ス と夜間 のコー ス、毎 日の コース と週3日の コース、毎 日の コースで も時間数 の多い コース (例 えば、 1 5時 間) と少 ないコース (例 えば、 1日2時間)等、 さまざ まなコー スを設 けて学 習者の便 宜 をはか っている 通常の コースの ほかに教 月養成の コース を 設 け ている所 もある 中に は、「いつ か らで も「何人 で も「どこで も」 をモ

ッ トー に、同 レベ ルの学習 者のグル ープがで きれば、いつか らで もそ のグルー プの要 求 に応 じた 内容で、開講す る所 もある。

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144 ベ トナムの 日本諦扶育事情

3‑2‑2‑2 段階的な進蔽システ ム

日本語 学校 では、初 級、中級等 のレベル をそれぞれ い くつ かの学期 に分 け (3か 月を1学 期 とする所が多い)、学期 ごとに試 験 を し、進級 させ てい くシ ステ ムを とっ てい る 初級 段階 を修 了す るの に要 する期間 は、 1週 間の時間 数等に より異 なるが、最短で3か月、最長で 1年半であ る

3‑3学習者の 目的

3‑3‑1 目的 の多様 さ

大学 や 日本語 学校 で 日本語 を学 ぶ人 たちの 目的は多様 であ る 日本 企業 な どへ の就 職 (ない しは転職 )のた め というのが多いが 、その ほか に、大学生 が第2外 国語 として習得す るため (これ も広 い意味で は、就職 のため と言 え る)、 日本 語教師 になる ため 、留学 ・大学 院進学 のため 、 日本 で技術研修 を受 ける ため、 とい った ものがあ る この ような多様 さは70年代 の状 況 を知る筆 者 には興 味深 い。 当時 は、 日本 語 を学ぶ ことその ものが必 ず しも自 らの意思 か らでは な く、大学 による "クラス分 け"であ った り、国な い しは所 属機 関 か らの指示であった りした

3‑3‑2 実利 的要求‑ 比較 的明確 な目的‑

上記 のよ うに、学習者の 目的 は多様で あるが、 その ほとんどが実利的 な要 求で あ り、 その ため、各学 習者の学習 日脚 ま比較的 明確で ある. その ことが 、 学習者の学習 態度 にも反映 して いるので はないか と思 う 筆者 はあ る日本語 学校で技 術研 修生 の クラス をい くつ か見学 し、受 講生 た ちと も話 を したが 、 年齢 が比 較的 高い人た ちで あったに もか かわ らず 、その 熱心 さ (クラスへ の 集中度 、練習 の際 の声 の大 きさ、発話 の明噺 さ等 )に大 変感 銘 を受け た れは今ベ トナムの各方面の 第一線 で活躍 してい る70年代 の大学 生たち ‑ 国家 の要請 で勉強 した人たち‑ の勉 学態度 と少 しも変わ らない もの であった。

3‑ 4 教員数

3‑ 4‑ 1 教員 の少なさ

1機 関での学習者 数の多 きと比べ る と、教月 数はか な り少 ない。その結果 、 教貞一 人当た りの持 ちコマ数はかな り多い ようで ある

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3‑4‑2 ベ トナム人教 師 と日本人 教師 との協 同

教員 の不足 を補 うために 、また、イ ンフォーマ ン トとして利用 するために、

どこの機 関で も日本人教師 が採 用 されて いる。 ベ トナム 人教 師 と日本 人教 師 との協 同 による日本語 教育 とい う点 もベ トナ ムにおけ る日本語 教育 の特 徴の 一つ と言 えるであ ろう ただ 、 日本 人教 師の割合 は、 日本 に経 営母 体が ある

1校 を除 き、いずれ の機関で も教月全体 の半数以下 である。

3‑5使用教材

3‑5‑1 実践 的効果 を め ざす多様 な教材

現在 ベ トナム で使用 され ている教材 は、以下 の範 噂 に分 ける ことがで きる

① 日本 で出版 され た教科書

② 日本で 出版 され た教 科書 (r日本 語初 歩jrわか る日本 語Jな ど) に部

分 的にベ トナム語訳 やベ トナ ム語 による説 明をつけ て編 集 ・作成 した も

③ 日本で 出版 され た教 科書 ・書 物等 か らの抜 粋や 、新 た に書 き下 ろ した も の (会 話 な ど) で本文 をま とめ、 ベ トナ ム語 訳や ベ トナム語 に よる説明

をつけ て編集 ・作 成 した もの

④ 新 開 ・雑誌 の記 事 や小 説 、 日本 人 向 けの教科 書 (小 学校 か ら大 学 まで) な どの 一部 をその まま使用 するもの

いず れの場合 も現 在の物質 的 ・人的 条件 の中 で実 践的効果 を上 げる ため に 多 くの工 夫が なされて いる 日本 で出版 された教科 書 をその まま使 う場合 に もよ り現 場 に適 した もの を探 し求め て教 科書 を変 えて みる などの読 みが なさ れてい る。

3‑5‑2 既存 の教科雷 をベ トナム の現実に合 わせて加 工

上記 の4つの範噂の 中で最 も一般的 な ものが(参と③ で あ り、多 くの教材が ベ トナ ムで 出版 され てい る これ は、実践 的な効果 を上 げる ため の創 意 ・工夫 の典 型で あ り、限 られた物質 的 ・人的 条件 の中 で効 率的 な教 育 を行 うのに最 も賢 明 な選択 であ る と思 う。 また 、 これ はベ トナ ムにおけ る日本語 教育 の一 つの伝統 と も言 え るので はないか と思 う

ベ トナム版 になっ た rわか る日本 Jr日本 語初 歩Jr日本 語 中級IJを使 って 日本 語教 育 を行 ってい ると ころ は、脱落者 が少 な く、学習者 の数は安定 している 10)とい う。

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146 ベ トナムの 日本 語教育事 情

3‑6教授法

3‑6‑1 日木 精の学習効果 ・効率 の重視

教授 法の特徴 を一言で言 うなら、 日本 語の学習効果 ・効 率 を最優 先に考 え るとい うことでは ないか と思 う 例 え ば、文法 的な ことに深 入 りする ことは 好 まれず 日本 語の実践 的な力 をつけ るこ とが 目標 とな って いる。ただ、 ここ で言 う 「実践的 な力」 というの は、必 ず しも単なる会 話 力の こ とで はな く、

書 くことをも含め た総 合的 な日本語 力で ある場合 が多 い。 こう した志向 は70 年代 の 日本語教育 と基本的 には変わっていない。

3‑6‑2 直接法への志 向と柔軟な対応

教授法 としては、次の よ うなパター ンが見 られる。

(ヨベ トナム人教師 も日本人教師 も同 じように日本 語だけで教 える

②基 本的 には① だが、教材 の内容 に よって多少担 当者 を変 えた り、ベ トナ ム語 を使 って説明 した りす る

③一 定段潜 までは① または② だが、その後の段階 では 、教授 内容 によ りベ トナム人教師を配 置 した り日本人教師 を配置 した りする

④一 定段 階までベ トナ ム人教師 が説 明的 な部 分 を担当 し、 日本 人教 師が練 習 的な部分 (特 に、会 話、作 文)を担当する そ の後 の段 階で は、教授 内容 に よりベ トナ ム人教師 を配置 した り日本人教 師 を配置 した りする

いず れの機関 で も直接法が志 向され てはい一るが、現実 には、多 くの機関が 上 記の 「効率 の重視」 とい う観点 か ら、「直接 法」 にと らわれず柔軟 に対応 して いる この点 も基本的に は70年代の 日本語教育 と変わっていない。

3‑6‑3 現場 教師の 自由の拡大

70年代 と比 較 して、大 き く変 わった点 として印象深 いの は現場の教師 の自 由の拡大 とい うこ とで ある。70年代 には大学 としての大 きな方 針が あ り、そ れが しば しば強調 されて いた その 中には、「実践 的な力 の向上など ととも に、「内容 (思想 的な面 を含む) の正 しさ」 とい ったこ とも含 まれて いた。筆 者の場合 、 それ によ り教 材作 成や教 え方の面で制限 を受 けた とい う実感 は ほ

とん どないが 、物質 的 ・人的条件 の厳 しさ ともあい まっ て、現場 の雰 囲気 を 一定 程度 支配 していた ことは否 めない。 少な くと も今 日の ような自由な雰囲 気は なか った ように思 う。 現在 では、教師 の専 門性 や実 践的 な側 面 (日本 語

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力の 向上 に役 立つ か否 か)が重 視 されて いる とい う。そ う した状況 が 、前述 の、ベ トナ ムでの各種 の教材の 出版の背景 ともなって いる と言 えよう

4.ベ トナ ムにおける 日本帯教 育の困牡点 と我 々の課 埋

上記 の よ うに、 ベ トナム では現場 の教 師に よる さま ざま な創 意 ・工夫 によ り内容 豊かな実践 がなされ ているが、抱 えて いる困難 ・課葛 も少 な くない。

以下、そ うした点 に触れ てみたい。

4‑ 1 ベ トナム における 日本橋教育 の困難点

4‑1‑1 教材 の不足

前記 の よ うに、現在 のベ トナ ムで はさ まざ まな タイ プの教材 が使 用 されて いるが、教材の不足 を訴 え る声 も多 い。

初級 段階について言 えば 、「適当 な教材 がない」 とい う声が 少な くない。 現 在使 用中の教材 も模索の 中で のやむ をえな い選択 といっ た感が ある。 「日本 や ベ トナム の現 実の生活 を反 映 してい る もの例文 の多 い もの「文法 が きち ん と してい る もの総合 的なもの (1冊 で、漢字 の練習 を含め 、すべ ての練 習が まかなえる もの)がほ しい といった声が聞か れた。

さらに深 刻 な のが 中上 級の教材 であ る。 ほ とん どの担 当者 が この段 階の教 材 の不足 (よ り正確 に言 えば、「困惑」)を訴 える これ には二つ の面 があ る ようであ る 一つ は、既存 の教 材や 生教 材 をベ トナムで使 用 し よう とす る場 合、 文章 の背 景等 が分 か りに.く く、解説 が ない となか なか使 え ない とい う問 題で ある。 もう一つ は、教材 として好 ましい と思わ れる もの (教師 自身 のイ メー ジ と一致 す る もの) が なかなか入手で きな い とい う閉篭 であ る 彼 らの 希望 を最 大公 約数 的に まとめれ ば、ベ トナム 人に も比 較的理解 しや す く、知 識の 面で も、 語学 的に も、役 に立つ 教材 がほ しい とい うこ とか と思 う 現地 で入 手で きる教材 ・資 料の 量 は、70年代 と比 べ れ ば、はるかに増 え たはずで あるが、ベ トナムの 日本語 教育機 関の現状 に まで配 慮 した教材は な く、 また、

それを 自ら作 って い く余裕 もない、 という ことではないか と思 う

なお 、 日本 で出版 されて いる教科 書の 入手 方法 も、 日本 に経 営母 体が ある 機関 は別 として、単純 では ない。 多 くの機 関で は、何 らかの ルー トで 入手 し

た教材 をコピーす るな どして学生 に配 布 している ようであ る。

辞書 も不足 している 市販 の もの も出ては いるが 、値段 が高いこ とや質 的に

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148 ベ トナムの 日本吉軟 膏 事情

問題 のあ るこ とな どか ら、 一般 的には普 及 してい ない 。通常 は、ベ トナム 人 教師 が語 句の ベ トナム語訳 をつ けて配布 した り説 明 した り、 とい った や り方 で処 理 してい るよ うで ある 学習 者が 語句 の用 例 を辞書 によ り確 認す る とい ったこ とは現状で はほ とん ど望めない

4‑ 1‑2 教員 の不足

前述 の とお り、受講 者数 に比 して教月 の数 が足 りな い、 とい うの が一般的 な状 況で ある 中で も、上級 段階 を教 えられる敦月 がい な くて困 って いる と い う声が 多か った 上級 段階 の指 導 をする には、 日本 語の文法 などの一般的 な知 識 の ほか に、 さ ま ざ まな知 識 一 例 え ば、 歴 史 的 ・社 会 的 ・科 学 的 知 識 ‑ が必要 となるが 、そ う した知 識 を持つ 人材 を 日本語 教師の 中に兄い だす ことはなかなか難 しい ようであ る 特 に、外国語系 の大 学で は、各国 語共 通 のカ リキュ ラムが あるた め、 日本 語学科 では必 然的 に 「日本 語学「日本 文学

「日本 文化「日本 の政 治制 度 」等 を開講 し日本語 数月 が これ らの科 目を 担当 しなければな らない。 その大 変 さは容易 に想像で きる

また 、ベ トナム で も最近 は日本や ベ トナム で 日本語 を学 び教 貞養 成 コース を修 了 した人 たちが増 えて はい るが 、そ う した人た ちの 中の優秀 な人材 を実 際に 日本 語教 育機 関に招 き入れ る とい う ことはなかなか難 しい状況 にあ るよ うだ 端的 に言 え ば、 日本 語教師 は金銭 的な魅 力 に乏 しい のであ る。"拝金 主 義 "的傾 向の 蔓延 した現在 のベ トナ ム社 会で は、 それ は特 に深 刻で はな いか と思 われる 最近 第一線 を退い た一人 のベ テラン教月 は 、「よほ ど教育 に情熱 がな けれ ば、金銭 的な魅力 に乏 しく苦労 の多 い、 こうい う仕事 はや って いけ

ないと、筆者に述懐 した。

4‑ 1‑3 撞宮 上の困難 ・不安定 さ

私立 大学 や 日本語 学校 の一部 に は、経営 上の 困難 ない しは不安 定 さ も多 少 あるよ うに感 じた。

私立 大学は 国か らの援助 がないため 、機器 (例 え ば、 ワー プロ)が な い等 、 物質 的な困難 があ る また 、優秀 な学 生 を集め すぼ らしい成 果 をあげ てい る 機関 で も日本 に経 営母体 があ る場合 には、 その意向に より経 営が左 右 される

さらに、3‑ 1‑ 2で触れ たよ うに、 日本 語学 校の多 くは、ベ トナム の景 気 の後退 に よる 日本 企 業の撤 退 な どに よ り、応 募者 ・受講 者が 減 少 して いる

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ベ トナム では、景気 や 日本企 業の動向 がす ぐに 日本 語学 習者 数に響い て くる とい うのが実 情 で ある。 日本 語教 育機 関は経営 的に安定 して いる とは必ず し も言 え ない。

4‑2 我 々の謙 題

上記 の ようなベ トナムに ある困難、特 に、「教材 の不足」 は、 日本 で我 々が 抱 え てい る間選点 の拡 大 した表 れで あ り、 日本 にい る日本語 教師 に も責任 の 一端が ある、 とい う実感 を筆者 は強 く持 った。

初級 段 階 に して も中上 級段 階に して 、過去 の 日本語 教育 実践 の経 験 ・蓄積 に十 分裏 打 ち され 、学習 者の立場 か らみて も教 授者 の立 場か らみ て も、将来 の発 展 につなが る ような、 ご く基本 的な教材 (辞書 等 を含 む)の作 成が必要 なの ではないだろ うか。我 々 は先達 の教育 方法 ・実践 か ら素 直に学 び、 また、

現在 の学 習者 か ら学 びつつ、 将来 に向 けて蓄積 を図 って いか なけ れば ならな い。 そ う した観点 で基 本的 な教 材 を作 っ てい くこ とが 外国 での 日本 語教 育の 発展 に もつなが るのではな いか と思 う

5.おわりに‑ 若干 の留学事情 ‑

今 回 の取 材の 中で 、 日本 語教 育機 関の担当者や貿易 大学 の卒 業生 たちか ら 最近 のベ トナ ムで の留 学事 情 につい て もいろ いろ な話 を聞 いた それ らを裏 付 ける調査 はまだで きてい ないが、最後 に若干触 れて お きたい

一部 の人た ちの所 得の向 上 もあって、 最近 ベ トナ ムでは 、オー ス トラ 1)ア、

アメ リカ、 カナ ダ、 ヨー ロ ッパへ 留学 する者 (その 多 くは私 費) が増 えて い る。

日本 への留学 を希 望す る者 も多 いが 、① 日本へ の留 学 は 、例 え ばオ ース ト ラリアへ の留 学 な どに比べ て、学費 や生 活費 (特 に生活 費) の負 担が 重い こ と、② 日本語 の習得 を含め、留学 が実 現す る (大学 に正 規 に入学 す る) まで の手 続 きが複 雑で あ り、 また 、時間 もか かる こと、 などか ら思い とどまる ケ ース が多 い とい う。例 え ば、 オー ス トラリアへ の留 学で は、 オー ス トラリア 側 の留学 窓口がベ トナ ムに あ り大学 入学 まで の手 続 きが システ ム化 して いる が、 それ だけ でな く、大学 教育 の初 期の段階 をベ トナ ムで受 け るこ とも可能 だ とい う

日本 留学 の場 合 、ベ トナム で 日本語 を勉 強 してい て も、直接 日本 の大 学 に

(12)

150 ベ トナムの 日本語教育事情

正規 の学生 として 入学す るの は、我 々 も熟知 してい るよう に、 容易 ではな い。

例 え ば、「2年 間 こち らで 日本語 を勉強 して も、 日本 の 日本 語学校 に入 り、そ れか ら日本 の大学 を受験 しな ければ な らな い。大変 な負担 だ。」 とい う声が あ ったが、 これ はご く一 般的 な受 け とめ方 であ る と言 え る。1996年か らはハ ノ イで も日本語 能力 試験 を受 け られる よう にな った (それ 以前 はバ ンコ クに ま で受 験 に行 っ てい た とい う。)が 、「ホー チ ミ ン市 の学 生 に とっ てはハ ノ イに 行 くことで さえ大 変。」 とい う声 もあった。 また 、大使 館推薦 国費留 学生 は通 常 の学生 が 申 し込 んで も採 用 される可能 性 は ほ とん どない 、 とい うの が大 方 のベ トナム人の見 方の ようだ。

日本 留学 へ の 関心 は高 い。19989月に ホー チ ミン市 で開催 された 日本 国 際教 育協 会主催 の 「日本 留学 ミニフェ アには1,500人が 集 ま った とい う か し、 現状 で は、 日本留 学へ の障害 はあ ま りに大 きい。

日本 語教 育 に して も日本へ の留 学 に して も、ベ トナム側 の期待 ・熱 意 を正 面か ら受 け とめ、 正 しい方 向性 を もって解決 して い く姿勢 ・努 力が 必要 であ

◇各 日本橋教育機 関の概要 一覧 199812月現在 】

1.貿易大 学 (TRUONGDAIHOCNGOAITHUONG) a.日本語 学習者数 375名 (留学 中 の者 を含 む)

b.コース の種類 ・学 習期 間

日本語 と貿易実務 を学ぶ単 一の コース 4年間。

C. 教員数 7名 (うち 日本人2名 )[留学 中 の者 を除 く]

d.使用教 材

r初級 日本語Jr中級 か ら学 ぶ 日本 語Jr日本 語で ビ ジネス 会話Jr

日の開 きとり50日J な ど

2.ハ ノイ外 国語大学 (TRUONGDAIHOCNGOAINGUHANOI)

a.日本語 学習者数 正規学 生 250名 、

聴講生 (正規学 生 になれなか った者 ) 230 b.コース の種類 ・学 習期 間

日本語 専攻の正規 学生の コース と聴講 生の コース. 4年間

(13)

C.教員数 15名 (うち 日本人2名) d.使用教 材

r日本 語初歩j

r

日本 語で話 そ う3, 4

jr

中級 か ら学 ぶ 日本 語J

r

本 語 表現 文 型 中級Ir中級 日本 語 Ij (自作 教材 )r中級 日本 語 Ⅱ』

(自作教 材)

r

上級 で 学ぶ 日本語Jな ど

3.ハ ノイ国家大学外 国語大学 (DAIHOCQUOCGIAHANOITRUONGDAI HOCNGOAINGU)

a.日本語 学習者数 130 b.コース の種類 ・学 習期間 :

日本語 専攻の単一 の コース 4年間

C.教月数 7名 (うち 日本人3名) d.使用教 材

新 日本 語の基礎Jr中級 日本語』 な ど

4.フォ ン ドン大学 (TRUONGDAIHOCDANLAPPHUONGDONG) a.日本語 学習者数 150

b.コース の種類 ・学 習期 間

日本語 専攻の単一 の コース 4年間

C .教員数 10名 (うち 日本 人3名)

d.使用教 材

r初級 日本語J

r

中級 日本語J

r

上級 で学ぶ 日本語J

r

日本 語で ビ ジネ

ス会話Jrニュー スで学ぶ 日本語J な ど

5.日越文 化協 会商学 日本語教 室 (JAPANVIETNAMCULTURAL

ASSOCIATION "NAM HOC"JAPANESECLASS)[ホー チ ミン市総合 大 学付属 ]

a.日本語 学習者数 15 b.コース の種類 ・学 習期 間

単一の コース 2年間 。

C.教員数 3名 (うち 日本人2名)

d.使用教 材

r新 日本 語 の 基 礎J

r

日本 語 表 現 文 型J

r

日本 語 中級 IJ

r

中級 か

ら学ぶ 日本語Jな ど

(14)

152 ベ トナムの 日本語教育事情

6.ドン ド日本語セ ン ター (TRUNGTAMTIENGNHATDONGDO) a.日本語 学習者数 550

b.コース の種類 ・学 習期間

3か月 (初 級) コース、4か月 (初 級〜 中級 前期 ) コース 、5か月 '(初級 ‑中級 中期) コー ス、6か 月 (初級 〜中級 後期) コー ス、9 月 (初級 〜上級) コース、1年 (初級 〜上級) コース 、など

C.教月数 30

d.使用教 材

rわか る日本 語Jr日本 語中級 IJr中級 か ら学 ぶ 日本 語Jr日本 語で

ビジネス会話J

r

毎 日の 開 きとり50Jなど

7. 日越 文化 交 流 協会 日本 語セ ン ター (HOIGIAOLUUVAN‖OAVIET NHATTRUNGTAMTIENGNHAT)

a.日本語 学習者数 500

b.教月数 17名 (うち日本人5名 ) C.使用教 材

r初級 日本語J

r

中級 日本語Jなど

8.ドンズ ー日本語学 校 (TRUONGNHATNGUDONGDU)

a.日本語 学習者数 1500

b.コース の種類 ・学 習期間

初級6か月、中級6か月、上級 1年、合計2年間。

C . 教月数 40名 (うち日本人10名) d.使用教 材

r日本語 IJ(国際学 友会)r新 日本 語の基礎J、中級以 降は自作教 材

9. さくら 日本語学校 (TRUONGNHATNGUSAKURA) a.日本語 学習者数 540

b.コース の種類 ・学 習期間

15時間 1年 コース、 12時間 1年 コー ス、過 3日の2年 コー ス、その他 中級の 目的 別 1年 コース (ビジネ ス、教月養 成等)

C.教月数 14名 (うち日本人7名) d.使用教 材

r実用 日本語Jなど

(15)

10.NICCO日本語 セ ンター (TRUNGTAM NHATNGUNICCO)

a.日本語 学習者数 350 b.コース の種 類 ・学 習期 間

初級 1年半 コース 、 中級 Ⅰ9か月 コー ス、中級Ⅱ3か月 コー ス C.教月数 10名 (うち 日本 人2名)

d.使用教 材

r日本語 でビジネス会話Jr日本語表現文型 IJr朝 日新 聞で 日本 を読 むJな ど

今 回 の調 査 に ご協 力 くだ さ った各 日本語 教育 機 関 の皆 様 、 いろ い ろ と便 宜 をはか って くだ さ った貿易 大学 の卒業 生各位 に心 か らお礼 を申 し上 げ る

なお 、本調 査 は、 長崎 大学留学 生 セ ン ターでの 東南 ア ジア諸 国 日本語教 育事 情 ・留 学事情調査 の一環 と して行 われ た。

1)宮原 彬 編 (1996)r外 国人学生が作文 を書 くための用例 集 (初級 ・中級 用)A

凡 人社 発売

2)筆者は19735月から771月 まで貿易大学で日本語教育 に従事 した。

3)チ ャン (1992)による。

4)チ ャン (1992)による。

5)宮 田 (1991)437頁 、山田 (1982) による。

6)グエン (1995)2627頁 による。

7)チ ャン (1992)による。

8)中原 (1995)248頁 による。

9)国際交菰 基金 日本語 国際 センター (1993)7475

10)グエン (1995)28

参考文献

(1) グエン ・ヴ ァン ・ハオ (1995)ベ トナムにおける 日本語教育世界の 日本語 教 育」第 2 国際交流基金日本語 国際 センター

(16)

154 ベ トナムの日本吉教 育事情

(2) 国際交流基 金 日本 語国際 セン ター (1993)r海外の 日本 語 教育 の現状 ‑日本語教 育機関調査 ・1993年 ‑東南ア ジア ・南 アジ ア ・中近 東 ・アフ リカ』

(3) チ ャン ・ソ ン (1992)ベ トナ ム におけ る 日本 語教育 の発 展」r日本 ・ベ トナム 文化交流協 会報』VOL12 日本ベ トナム文 化交流協 会

(4) 富 田隆行(1991)戦後東 南 アジア諸国 の 日本 語教育講 座 日本 語 と 日本語教 育 15巻 日本語教育 の歴 史』明治書 院

(5) 中原光信 (1995)

r

ベ トナム‑ の通 日趨貿易の歴史 と展 望』 社 会思 想社

(6) 山田基 久 (1982)「イ ン ドシナの 日本 語数育 機関

」r

日本語教 育事典大 修館 書

(留 学生 セ ンター教授)

参照

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