担癌モデルマウスを用いた
温度制御型光温熱治療の開発とその治療効果の検証
野
の
村
むら
信
しん
介
すけ
(外科系プライマリー・ケアー学専攻)
防衛医科大学校
令和2年度
目 次
総合研究題目
担癌モデルマウスを用いた温度制御型光温熱治療の開発とその治療効果の検証
第1章 緒言 1頁
第2章 研究1「光温熱治療の至適照射条件の探索」
第1節 背景及び目的 6頁 第2節 材料と方法 8頁 第3節 結果 14頁
第3章 研究2「温度制御型近赤外光照射システムの開発と同システムを用い
た皮内腫瘍モデルマウスによる治療効果の検証」
第1節 背景及び目的 19頁 第2節 材料と方法 20頁 第3節 結果 25頁
第4章 全体の考察 28頁
第5章 結論 39頁
謝辞 40頁
略語一覧 42頁
附記 43頁
引用文献 46頁
図表 59頁
1 第 1 章:緒言
熱による癌治療は、古くは紀元前 2000 年にまでさかのぼり乳房の腫瘤に対 して熱した金属で焼灼したことから始まったとされる(1)。近代では 1866 年 ドイツの W. Busch が丹毒で起きた 2 回の発熱により顔面にできた肉腫が消失 した事実を報告した(2)。1960 年代の後半からは欧米において温水槽、マイ クロ波、高周波などの生体温熱技術の発展に伴い種々の加温装置が開発される ようになり、温熱による細胞の致死効果についての実験的研究が加速した
(3)。1977 年、W.C. Dewey は培養動物細胞(チャイニーズハムスターの卵 巣由来細胞)を対象に 41.5℃から 46.5℃の間において加温時間と細胞生存率の 関係を検討した実験で、42.5℃を超えると急激に細胞生存率が低下することを 発見した(4)。この細胞レベルでの温熱の殺傷効果だけではなく、癌組織で は放熱されにくい特徴がある(5)。これは、癌組織では正常組織に比べて組 織構造が粗雑であるため、血管拡張機能不全となりやすく、血流が滞留しやす いことに因る。そのため、温熱療法では癌組織に対してより集中的に温熱効果 を与えられることがわかってきた。温熱による癌治療は、治療する温度によっ て大きく 2 つに分かれる。これらを理論的背景として 42℃から 45℃程度に加 温するラジオ波、マイクロ波、超音波を用いた温熱療法(6)と、50℃から
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100℃に加温するラジオ波焼灼術や高密度焦点式超音波療法の様な癌組織を凝 固させて取り除く治療(アブレーション)(7)である。後述する光温熱治療 では両者の報告ともみられる(8)。
1983 年、世界で初めての近赤外光を用いた光温熱治療が S.G. Bown らによっ て報告された。近赤外波⾧*1である 1064 nm の光を発振する Nd:YAG レーザ ー(20 W)をヒトの肺癌皮膚転移巣内に照射し、100℃以上に加熱*2させるこ とで温熱による腫瘍の壊死効果を確認したのである(9)。その後 1995 年に、
W.R. Chen らは、近赤外光吸収剤*3[インドシアニングリーン(ICG)]をラ ット乳腺腫瘍内に直接注入して、そこに ICG の吸収波⾧である 808 nm の半導 体レーザーを非接触的照射することで、高効率に腫瘍を加熱して抗腫瘍効果を 発揮させる光温熱治療を報告した(10, 11)。近赤外光吸収剤を用いた光温熱 治療の特徴として、近赤外光よる組織加熱に加えて、高い変換効率で光エネル ギーを熱エネルギーに変換できる近赤外光吸収剤による加熱も重奏され、近赤 外光を高出力で照射することなく癌組織を安全かつ効率的に加熱できることが 挙げられる(12)(図 1)。光温熱治療で用いられる近赤外光吸収剤の研究で は、ICG 以外にも高効率に熱エネルギーに変換できる金属ナノ粒子や、腫瘍集 積性のあるナノマテリアルに ICG などの低分子化合物の近赤外光吸収剤を内包 させた薬剤など、多くの近赤外光吸収剤が開発されている(8, 13-15)。さら
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に、近赤外光吸収剤の投与経路について、腫瘍に直接局所投与する方法、ドラ ッグデリバリーシステムを具備させて全身性に投与し腫瘍に集積させる方法な ども検討されている。また、近赤外光照射方法に関しても、腫瘍にファイバー プローブを穿刺して行う接触型(16)、あるいはファイバープローブを腫瘍か ら離して設置し照射する非接触型(17)、さらにはファイバープローブ先端に バルーンを装着して広範囲に光照射する方法(18)など光温熱治療の施術方式 は多岐にわたっている。しかしながら、光温熱治療の治療効果に関する研究に おいては、光照射強度や照射時間との関係から治療効果を検討する報告は多く あるものの(19)、腫瘍温度と治療効果の関係を明らかにした報告はほとんど ない。
従来の温熱療法では、温度と加温時間を因子として 43℃での加温時間に換算 した 43℃等価加温時間*4というパラメーターを指標に加温装置、測温装置とを 組み合わせ、症例ごとに腫瘍温度を制御しながら施術されている(20, 21)
(図 2)。しかしながら、近赤外光を用いた光温熱治療では、加温装置(近赤 外光照射装置)と測温装置とを組み合わせて治療効果を検討した報告はない。
そして、近赤外光吸収剤を投与して施術する光温熱治療では、腫瘍温度を制御 しながら光照射した報告はなく、その有効性も明らかではない。
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そこで本研究の目的は、近赤外光吸収剤を用いた光温熱治療における腫瘍温 度と治療効果との関係について検討すること、そして腫瘍の温度制御をしなが ら加温する光温熱治療が有効であるかを検討することとした。
*1 近赤外線の波⾧領域は 780 nm から 2500 nm までと言われている(22)。
生体組織への光吸収は発色団(chromophore)(ヘモグロビン、メラニン、フ ラビン、ポルフィリンなど)による波⾧ごとの光吸収の和で決まり、近赤外域 よりも短い波⾧の光は生体内に多く存在するヘモグロビンなどにより吸収され る。一方で、近赤外域波⾧の光をヘモグロビンはあまり吸収しないため近赤外 光は生体組織に深く浸透する(23)。
*2 「加熱」とは、熱を加えて温度を上げることを言う。この論文では特に、
熱を加え続ける光温熱治療の記載においては「加熱」を用いた。それに対して
「加温」は、一般的に「冷えないように温度を加えること。(三省堂 大辞林 第 三版)」という温度を一定にしながら温める意味で用いられている。実際、温 熱療法では「加温装置」を用いて温度を制御しながら、特定の「加温時間」を 設定して施術している。また、光温熱治療であっても、温度を制御しながら光 照射する場合には「加温」を用いた。
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*3 この論文では近赤外光吸収剤を、近赤外光を吸収して熱エネルギーに変 換する、生体投与が可能な物質と定義する。
*4 43℃等価加温時間:CEM43℃ = tR(43-T)
t: 加温時間(分)、T: 温熱療法経過中の腫瘍内温度の積分(総和)を照射時間 で除した値(℃)
R: 定数(R = 0.5: 43℃より高く加温された場合、R = 0.25: 43℃より低く加温さ れた場合)
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第 2 章 研究 1「光温熱治療の至適照射条件の探索」
第 1 節 背景及び目的
光温熱治療を施術する上で、照射強度や照射時間といった照射条件設定の他 に、近赤外光吸収剤の選択も治療効果を決める重要な因子である。そこで研究 1 では、我々がこれまでに研究開発を進めてきた近赤外光吸収剤であり、優れ た腫瘍集積性を発揮する ICG ラクトソームを用いた。
ICG ラクトソームは、生分解材料であるポリサルコシン(親水性)とポリ乳 酸(疎水性)から成るブロック共重合体*5①と、ICG とポリ乳酸からなる共重 合体②とが自己会合(①:②=78:22)してできた高分子ミセル*6である(24)
(図 3)。外郭が親水基で構成されているため全身性に投与しても免疫的に不 活性であり、免疫監視機構から免れることができる。さらに、粒子径が 30~40 nm なので EPR 効果*7に起因すると考えられる腫瘍集積性を示す。
これまでに我々は、ICG ラクトソームを投与した同所性腫瘍モデル動物[胃 癌腹膜播種モデルマウス(25)、転移リンパ節モデルマウス(26)]に近赤外 光照射することで優れた治療効果が発揮されることを示してきた。しかしなが ら、これらの研究は疾患モデルを用いた検討であり、照射条件は照射強度が 500 mW/cm2、照射時間が 1,000 秒で固定した検討であった。
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そこで研究 1 では、皮内腫瘍モデルマウスを用いて ICG ラクトソームを投与 した光温熱治療における照射条件(照射強度、照射時間)の施術前設定の有効 性を検証した。さらに、照射時の腫瘍温度と治療効果との関連についても検討 した。
*5 ブロック共重合体とは、2 種類以上の性質の異なる単量体が共有結合で連 鎖した高分子化合物である。
*6 高分子ミセルとは、両親媒性を有するブロック共重合体の集合体である。
ブロック共重合体の疎水性部分が中心核となって 100 個程度のブロック共重合 体が会合することで直径 10~100 nm 程度の粒子が形成される。
*7 EPR 効果とは、血中に投与された粒径 10~200 nm の粒子が、増殖の速い 腫瘍組織間質内で増生された構造の粗雑な毛細血管の血管内皮細胞間の隙間か ら漏出(enhanced permeability)し、異物として排除されずに間質内に蓄積す る(enhanced retention)現象である(27)。
8 第 2 節 材料と方法
・近赤外光吸収剤
本研究では、近赤外光吸収剤として ICG ラクトソーム(島津製作所より乾燥 ICG ラクトソームの状態で供与)を使用した。
ICG ラクトソームの作製手順について概略を示す。ポリサルコシン、ポリ乳 酸はともに開環重合法を用いて合成した。ICG-ポリ乳酸からなる共重合体は、
ICG-Osu(1.00 mg)とポリ乳酸(2.46 mg)を、遊離アミノ基のあるジメチル ホルムアミドを溶媒として合成した。両親媒性のポリサルコシン-ポリ乳酸ブロ ック共重合体の合成においても、ジメチルホルムアミドを溶媒として用いた。
反応混合物を Sephadex LH-20 カラム(GE Healthcare Life Sciences Corp.、UK)
を用いたゲルろ過クロマトグラフィーにより精製した。精製された ICG-ポリ乳 酸とポリサルコシン-ポリ乳酸を混合して、フィルム再水和法により薄膜状にし て高分子ミセルを作製した。減圧下で溶媒を除去し、形成された薄膜を超純水 に溶解した。この ICG ラクトソーム溶液を孔径 0.2 µm のフィルターでろ過し たのち凍結乾燥を行い、安定的に保存可能な形状にした。
動物実験では、乾燥 ICG ラクトソームを純水に溶解して、29 G 注射針を用 いて後眼窩静脈洞経由で静脈注射(8.8 mg/kg、マウス平均体重 20g)した。
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・細胞株
マウス大腸癌細胞株 Colon26(国立がん研究センター研究所から供与)に高 強度発光タンパクである Nano-lantern の遺伝子導入をおこない、Nano-lantern を安定して発現する培養癌細胞系(NLC26)を確立して実験に供した。培養液 は RPMI 培地に 10% FBS、ペニシリン(100 U/mL)(Thermo Fisher scientific KK.、Japan)、ストレプトマイシン(100 µg/mL)(Thermo Fisher scientific KK.、Japan)、アムホテリシン B(0.25 µg/mL)(Sigma-Aldrich Inc.、 Japan)
を添加したものを使用した。37℃、5%二酸化炭素、95%空気のインキュベー ターで培養した。
・使用動物
実験では、6 週齢雌性の BALB/c マウス(Japan SLC Inc.、Japan)を用いた。
動物は防衛医科大学校動物実験施設の SPF 区域内にて飼育した。以下のすべて の動物実験は防衛医科大学校の動物実験倫理委員会で承認され、実験動物の取 り扱いは動物実験ガイドラインに基づいて行われた(承認番号:19009)。
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・皮内腫瘍モデルマウスの作製
BALB/c マ ウ ス に 混 合 麻 酔 薬 [ メ デ ト ミ ジ ン ( 0.3 mg/kg ) ( Nippon Zenyaku Kogyo Co. Ltd.、Japan)、ミダゾラム(4.0 mg/kg )(Sandz Corp.、
Japan)、ブトルファノール(5.0 mg/kg)(Meiji Seika Pharma Co. Ltd.、
Japan)の 3 種混合麻酔(28)]を腹腔内注射し、リン酸緩衝生理食塩水に懸濁 した NLC26 (0.5 x 106 cells/µL)細胞浮遊液を右背部の皮内へ 29 G 針で穿刺 して注入(50 µL)した。
・生体イメージング
光温熱治療後の治療効果をみるために腫瘍組織の発光イメージングを行った。
発光基質であるセレンテラジン h(FUJIFILM Wako Pure Chemical Corp.、
Japan)のエタノール水溶液(2.5 mg/mL)を麻酔下にあるマウスの後眼窩静脈 洞に静脈内投与(100 µL)し、120 秒後に生体イメージングシステム(IVIS、
Perkin Elmer Inc、Japan)で撮像した。
また、腫瘍組織への ICG ラクトソームの蓄積を見るために蛍光イメージング を行った。ICG ラクトソーム水溶液(8.8 mg/kg;281 µM の ICG 濃度に相当)
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を皮内腫瘍モデルマウスに静脈内投与して 48 時間後に、IVIS で撮像(励起波
⾧ 780 nm/蛍光波⾧ 845 nm、露光時間 0.5 秒)した。
・ICG ラクトソームの癌細胞内取り込み
ICG ラクトソームの癌細胞内への取り込みを in vitro で観察するために、大 腸癌細胞株(Colon26 細胞)を ICG ラクトソーム(1.87 µM)、比較対照とし て ICG(1.87 µM)をそれぞれ含む培養液中で 37℃、5%二酸化炭素、95%空気 の条件下にインキュベーターで 24 時間培養した。その後、培養液をハンクス平 衡塩溶液(HBSS、Thermo Fisher scientific KK.、Japan)に交換して蛍光顕微 鏡(励起波⾧ 740 nm/蛍光波⾧ >780 nm、露光時間 1 秒)で観察した。
・近赤外光照射方法と照射中の腫瘍温度の測定方法
皮内腫瘍モデルマウスの作製後 5 日目に ICG ラクトソームを投与(8.8 mg/kg)
し、48 時間後に生体イメージングをおこない、直後に近赤外光を照射した。
光照射には、波⾧ 808 nm の半導体レーザー(model FC-W-808、連続波、最 大出力:10 W、Changchun New Industries Optoelectronics Technology Co.
Ltd.、China)を用いた。ファイバープローブを腫瘍の直上に配置し、照射範
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囲は直径 1.0 cm のスポット(0.79 cm2)となるように設定した。照射強度は 250、500、750、1,000 mW/cm2(電流値はそれぞれ約 9.2 A、9.6 A、10.1 A、
10.4 A)の 4 通りに設定し、照射時間は 111、222、333、666、1,000 秒の 5 通 りに設定した。腫瘍表面の温度は、非接触型赤外線放射温度計(FT-H10、
Keyence Corp.、Japan)で照射開始時(0)、20、40、60、90、120、200、
300、400、500、600、700、800、900、1,000 秒時点を測定した。
・腫瘍径計測
腫瘍のサイズをデジタルノギスで測定した。腫瘍の推定体積[(縦サイズ)
×(横サイズ)×(横サイズ)× 4/3π)]を算出して、照射後 21 日まで経時 的な腫瘍の増大・退縮を評価した。腫瘍消失の判断は、IVIS による発光イメー ジで信号がないこと、さらには病理組織化学画像で癌細胞がみられないことを 条件とした。
・組織学的評価
腫瘍内部の ICG ラクトソームの分布を病理組織学的に観察した。
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ICG ラクトソーム (8.8 mg/kg)の静脈内投与 48 時間後に腫瘍を切除して、
O.C.T.コンパウンド内に包埋して-20℃で凍結した。連続切片を作製して、一 片の切片を蛍光観察に使用し、隣接する切片にヘマトキシリン・エオシン染色
(HE 染色)を施した。
蛍光観察には蛍光顕微鏡システム(BZ-X700、Keyence Corp.、Japan)を使 用し、励起波⾧ 740 nm/蛍光波⾧ >780 nm のフィルターを用いて、露光時間 1 秒で蛍光イメージを撮像した。
・統計的手法
データを平均 ± 標準偏差で示した。統計分析は、ピアソンの相関係数、2 標 本コルモゴロフ・スミルノフ検定、マン・ホイットニーの U 検定を適用した。
群間の多重比較はクラスカル・ウォリスの順位和検定、ダン検定を適用した。
統計パッケージは GraphPad Prism8 ソフトウェア(GraphPad Software Inc.、
USA)を用いた。p値が 0.05 未満のとき、統計学的に有意と判断した。
14 第 3 節 結果
1-1. ICG ラクトソームの腫瘍集積性
右背部の腫瘍体積は光照射時には 371.7 (282.2 – 472.3)mm3[中央値 (四 分位範囲)]に成⾧しており、肉眼的に血種などによる色調の変化は認めなか った。
皮内腫瘍モデルマウスを用いて、腫瘍への ICG ラクトソームの集積を IVIS で確認した。図 4A に示すように、肉眼写真の皮内腫瘍において、腫瘍組織が 観察される部位(セレンテラジン h 由来の発光で確認)と、ICG ラクトソーム の集積が観察される部位(ICG ラクトソーム由来蛍光で確認)の一致が確認さ れた。
ICG ラクトソーム投与後の蛍光像を経時的に IVIS で観察した(図 4B)。投 与5分後より腫瘍部位を含む正常部位全体に蛍光が観察されはじめた。時間経 過とともに肝臓や腸管と思われる蛍光が観察されはじめた。投与 12 時間後より 腫瘍部位に一致する蛍光が明瞭になり始め、その後次第に蛍光強度が増加し、
48 時間後には腫瘍/非腫瘍組織の蛍光強度比は 12 倍以上に達した(図 4B)。
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ICG ラクトソーム投与 48 時間後の腫瘍と周辺組織を摘出し、腫瘍の割面を 蛍光顕微鏡で観察したところ、ICG ラクトソームからの蛍光は腫瘍中心よりも 腫瘍辺縁に強かった(図 5)。
さらに、ICG ラクトソームの癌細胞内への取り込みの有無を確認するために、
ICG ラクトソームを添加した培養液内で Colon26 細胞を培養し、蛍光顕微鏡で 確認したところ、ICG ラクトソームの癌細胞内への取り込みは認められなかっ た(図 6A)。他方、Colon26 細胞を ICG 溶液に添加した培養液内で培養した 場合は、ICG の癌細胞内への取り込みが認められた(図 6B)。
以上の所見から、ICG ラクトソームは癌細胞内には集積せず腫瘍組織間質に 存在することが示唆された。
1-2. 照射条件(照射時間、照射強度)と治療効果との関係
照射条件(照射時間、照射強度)と治療効果との関係を検討した。照射時間 別に、照射強度に対する照射 21 日後の腫瘍体積の関係をプロットしたグラフ
(図 7A)と、照射強度別に、照射時間に対する照射 21 日後の腫瘍体積の関係 をプロットしたグラフ(図 7B)を示す。
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図 7A の照射時間 333 秒と照射時間 1,000 秒の場合、照射強度と腫瘍体積と の間に負の相関が(333 秒のときr = -0.715、p < 0.001、 1,000 秒のときr = -0.653、p = 0.002)みられたが、照射時間 111 秒、222 秒、666 秒の場合には、
照射強度と腫瘍体積との間に相関関係はみられなかった(111 秒のとき r = 0.062、p = 0.795、222 秒のときr = -0.410、p = 0.073、666 秒のときr = -0.216、p = 0.359)。
図 7B では、照射強度 1,000 mW/cm2の場合のみに、照射時間と腫瘍体積と の間に負の相関(r = -0.428、p = 0.033)がみられたが、それ以外の照射強度 では照射時間と腫瘍体積との間に相関関係はみられなかった(250 mW/cm2の とき r = 0.344、p = 0.092、500 mW/cm2のとき r = 0.102、p = 0.629、750 mW/cm2のときr = 0.056、p = 0.789)。
1-3. 照射中の腫瘍温度と治療効果との関係
近赤外光照射中の腫瘍温度の変化を照射強度別に計測した結果を図 8 に示す。
いずれの照射強度においても、照射開始後 100 秒から 120 秒の間で最高温度に 達し、その後の温度は一定または漸減しているのが観察された。各照射強度
(250、500、750、1,000 mW/cm2)での腫瘍の到達最高温度はそれぞれ、37.0
± 1.8、41.9 ± 3.1、48.8 ± 4.6、46.5 ± 3.5℃であった。
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次に、照射中の温度プロファイルと治療効果との関係について分析した。図 8の腫瘍ごとのデータを治療転帰別に色分けしてみたところ(赤:腫瘍消失、
黒:非治癒)(図 9)、光照射中の腫瘍温度が高温で推移している腫瘍では転 帰として腫瘍が消失しやすい傾向がみられた。すなわち、光照射中の腫瘍温度 が治療転帰に寄与している可能性が示唆された。そこで、光照射中の腫瘍の最 高到達温度と治療転帰との関係をプロットしたところ(図 10A)、腫瘍の最高 到達温度が 43℃を超えた 49 個の腫瘍うち 47 個の腫瘍(赤点)は照射強度に関 係なく消失していた。消失しなかった 2 個の腫瘍(黒点)は、短時間(111 秒 間)照射された腫瘍であった(図 10B)。
1-4. 非腫瘍部位(正常部位)への照射よる温度上昇
非腫瘍部位に照射した際の温度上昇を調べるために、皮内腫瘍モデルマウス の非腫瘍部位に対して光照射をおこない、照射 300 秒時点での温度を測定し、
各照射強度における腫瘍部位と非腫瘍部位との温度上昇を比較検討した(図 11A)。その結果、照射強度 250、500、750、1,000 mW/cm2での非腫瘍部位 の温度上昇(=最高温度 初期温度)はそれぞれ 0.2±0.1、1.6±0.2、2.7±0.4 および 4.6±0.3℃であった(図 11B)。他方、腫瘍部位の温度上昇は、5.6±
1.0、10.6±1.2、13.6±3.1 および 19.0±1.9℃であった。各照射強度において腫
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瘍部位での有意な温度上昇がみられた(全てp < 0.001)。
さらに、非腫瘍部位における温度上昇について、ICG ラクトソーム投与の有 無で温度上昇を比較検討した(図 12A)。その結果、ICG ラクトソーム投与の 有無にかかわらず、各照射強度において非腫瘍部位での温度上昇の差はみられ なかった(図12B)。
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第 3 章 研究 2「温度制御型近赤外光照射システムの開発と同システムを用い た皮内腫瘍モデルマウスによる治療効果の検証」
第 1 節 背景及び目的
研究 1 の結果から光温熱治療において照射強度、照射時間の組み合わせから は治療効果に関して有意な相関は必ずしも認められず、近赤外光照射中の腫瘍 温度が治療効果に強く影響していることが示された。以上のことから、我々は 照射中の温度が治療効果を予測する上で重要な指標であるという仮説を立てた。
そこで研究 2 では、この仮説を立証するために、
設定した温度で対象を加温し続けることができる温度制御型近赤外光照射 システム(TC-NIR システム)の開発
マウス皮膚を用いた同システムの温度制御能の検証
同システムを皮内腫瘍モデルマウスに適用して治療効果の検証
を行った。
20 第 2 節 材料と方法
・TC-NIR システムの構造
照射している部位の温度を一定に保つために、温度情報をフィードバックし て近赤外光のレーザー照射出力を制御する回路を搭載した近赤外光照射システ ムを作製した(図 13)。測温モニタリング装置として、高解像度赤外線サーモ グラフィーセンサーカメラ(FSV-2000、Apiste Corp.、Japan)を用いた。サー モグラフィーセンサーカメラの最大フレームレートは 50 fps、温度精度は±
2%、最大空間解像度は 384 × 288 ピクセルである。このサーモグラフィーセ ンサーカメラは、任意に選択された領域内の全ピクセルから、20 ミリ秒ごとに 事前設定した温度情報(最高温度)を自動的に検出・記録することができる。
サーモグラフィーセンサーカメラの⾧軸とレーザービームの光軸とが極力平 行になるようにセッティングした。モニタリングに際しては、監視対象全体が 十分包含されるようカメラと対象物との距離を決めた。そして、温度測定対象 領域(図 13 の白枠)は近赤外光の照射スポットを包含するように設定した。
温度計測選択領域内の最高温度が自動的に取得され、PC に伝送される。そ の温度情報を元に照射対象の温度が一定になるよう適切なレーザー照射出力が 計算され、マイクロコントローラーを介してレーザーシステムの照射が制御さ れる。
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同システムにおいてレーザー照射出力値は、レーザーシステムを駆動させる 電流値として規定される。近赤外光照射開始時の電流値を 9.2 A(約 1.8 W/cm2 の照射強度に相当)に設定した。使用したレーザーシステムの損傷防止のため に、照射中の最大電流値は 11.2 A(7 W/cm2に相当)を超えないように制御プ ログラムを組んだ。なお、初期設定値は暫定的なものであり、任意に変更可能 である。
温度サンプリングから電流制御への処理時間は 100 ミリ秒であった。電流制 御から近赤外光照射の起動時間は 1 マイクロ秒であるため、100 ミリ秒にはほ とんど影響はしないと考えた。
温度測定対象領域内の最高温度点に基づく近赤外光照射電流の調節アルゴリ ズムに関して以下に概略を説明する(図 14)。
最初に、目標到達温度の± 0.1℃に上限値と下限値をそれぞれ設定した(た とえば、目標到達温度が 45℃であれば、上限値 45.1℃、下限値 44.9℃)。近赤 外光照射開始から 100 ミリ秒後に取得された温度が目標到達温度に満たない場 合、レーザー駆動のための電流を 0.2 A 増加させるように設定した。この初期 動作設定以降は、温度サンプリングを 100 ミリ秒ごとに繰り返し、温度サンプ リング→電流制御→近赤外光照射のループ制御が作動するように設定した。上 述したように本実験においては開始電流値を 9.2 A、電流上限値を 11.2 A に設
22
定したので、照射開始 1 秒後に照射対象の温度が目標到達温度に達していなけ れば電流値は上限値(11.2 A)まで上昇し、その電流値(11.2 A)のまま目標 到達温度に到達するまで維持されることとなる。その後、照射対象の温度が目 標到達温度の上限値を超えると、図 14 の「0.0 A を入力」ループに示されるよ うに電流値が 0 A となるよう設定した。他方、照射対象の温度が目標到達温度 の下限値を下回ると、直前の電流値より 0.2 A 低い値を入力するよう設定した。
このようにして、照射対象の温度を目標到達温度に維持させた。
・マウス皮膚を用いた TC-NIR システムの温度制御能の検証
二系統のマウス[BALB/c 及び C57BL/6 マウス(Japan SLC Inc.、Japan)]
の正常皮膚を照射対象にして TC-NIR システムの温度制御能を検証した。二系 統のマウスを用いた理由は、メラニン含有率の違う皮膚で温度制御能に差異が 出ないかを確認するためである。
麻酔下のマウスを毛剃りしたのち、右背部皮膚に近赤外光を照射した。照射 範囲を直径 0.5 cm のスポット(スポット領域 = 0.20 cm2)となるように設定し、
TC-NIR システムの目標到達温度を 42.5℃に設定し、300 秒間照射した。
比較対照として、温度制御せず(TC-NIR システムを用いない)に近赤外光
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照射を行う実験も行った。6 W/cm2に固定した照射強度で 300 秒間照射し続け、
その間サーモグラフィーセンサーカメラで温度を測定した。
上記のいずれの実験においても、照射 2 日後に皮膚を摘出して、ヘマトキシ リン・エオシン染色を施し、病理組織学的観察を行った。
・皮内腫瘍モデルマウスに対する ICG ラクトソーム投与下での TC-NIR シ ステム照射の治療効果に関する検討
研究 1 と同様の方法で作製した皮内腫瘍モデルマウス(BALB/c マウス、
NLC26)を用いた。目標到達温度を 40℃、41℃、42℃、43℃に設定し、各設 定温度に到達してから 333 秒間、TC-NIR システムを用いて温度制御を行いな がら近赤外光照射を行った(図 13)。
・癌細胞の加温における設定温度の細胞増殖への影響
癌細胞の加温における設定温度の細胞増殖への影響を調べた。この実験は、
近赤外光による温熱効果以外に光化学作用などが細胞増殖に影響を与えていな いかを推測するために行った。
96 ウェルプレートに NLC26 細胞を播種し(5,000 細胞/ウェル、培養液 100
24
µL/ウェル)、37℃で 24 時間培養した。次に、シリコンラバーヒーター
(SR100-40-50-100、 Three High Co. Ltd.、Japan)を用いて細胞が播種された プレートを一定温度(39、40、41、42 または 43℃)で 5 分間加温した。シリ コンラバーヒーターはプレートの底面に接するよう設置され、デジタル温度コ ントローラー(monoone-120、Three High Co. Ltd.、Japan)により加温制御さ れた。温度モニタリングには針状温度センサー( 熱電対(K タイプ)、TH- 8910-1、Three High Co. Ltd.、Japan)を用いて、培養液中に液浸させた。
加温の 2 日後、細胞生存の計量につき、Cell Counting Kit-8 試薬(Dojindo Laboratories Co. Ltd.、Japan)を用いて説明書の手順通りに処理して行った。
比較対照は加温しない細胞とした。
・統計的手法
研究 1 と同様である。
25 第 3 節 結果
2-1. 正常皮膚に対する TC-NIR システムを用いた近赤外光照射
TC-NIR システムを用いた近赤外光照射により、正常マウス皮膚の近赤外光 照射部位の温度を照射中安定して一定に保持することができた(図 15)。また、
メラニン含有率の異なる皮膚色による温度のばらつきも見られなかった。近赤 外光照射を開始してから約 40 秒で目標到達温度(42.5℃)に到達して、その後 の BALB/c マウスと C57BL/6 マウスにおける皮膚温度はそれぞれ 42.52 ± 0.14℃と 42.51 ± 0.14℃であった。目標到達温度が 42.5℃に達した後の 100 ミ リ秒ごとの温度は、42.5±0.1℃の設定範囲内に BALB/c マウスでは 52.5%、
C57BL/6 マウスでは 49.7%の割合を占めていた(図 16)。
2-2. 正常皮膚に対する TC-NIR システムを用いない近赤外光照射
TC-NIR システムを用いた近赤外光照射との比較のために、温度制御なし
(TC-NIR システムを用いない)で近赤外光照射(6 W/cm2に固定)を行った。
図 17 に照射中の温度変化を示す。対象領域の温度は漸増して、一定値にとどま らなかった。近赤外光照射 40 秒後以降、BALB/c マウスと C57BL/6 マウスの 平均温度と標準偏差はそれぞれ 44.02℃± 1.74℃と 43.62℃± 1.57℃であった。
表 1 に個体ごとのデータを示す。BALB/c マウスの No. 2 の皮膚温度は照射 300
26
秒で 47℃を超え、肉眼的検討で照射部位に一致する水疱がみられ、第2度熱傷 相当と考えられた(図 18A)。同部位の皮膚を病理組織学的に観察したところ、
水疱形成に一致した部位の角質層と顆粒層の脱落がみられた(図 18B)。その 他のマウスでは、近赤外光照射された部位には明らかな変化を認めなかった
(図 18C)。
2-3. 皮内腫瘍モデルマウスに対する TC-NIR システム照射による治療効果
研究 1 から得られた「照射中の温度が治療効果を予測する上で重要な指標で ある」という仮説を立証するために、皮内腫瘍モデルマウスに対して TC-NIR システムを用いて近赤外光照射を行い治療効果について検討した。
設定到達温度を 40℃、41℃、42℃または 43℃にした場合の治療転帰を表 2 に示す。設定到達温度が 40℃と 41℃の群では腫瘍の消失はみられなかった。
設定到達温度が 42℃の群では 5 個の腫瘍のうち 3 個(60%)の腫瘍は消失し、
同 43℃の群では腫瘍はすべて消失した。
27
2-4. 癌細胞の加温における設定温度の細胞増殖への影響
癌細胞の加温における設定温度の細胞増殖への影響を図 19 に示す。ここで Y 軸の細胞増殖比は次の計算により求めた。
細胞増殖比 = 加温した癌細胞の生細胞数/加温しなかった癌細胞の生細胞数
加温設定温度が 39℃、40℃、41℃、42℃の場合、細胞増殖比に有意な差が みられなかった。しかし、加温設定温度が 43℃の場合、細胞増殖比はそれ以外 すべての群と比較して有意に低下した(0.048 ± 0.003、p <0.001)。
28 第 4 章 全体の考察
今回の研究では最初に、光温熱治療において近赤外光の照射強度と照射時間 の治療転帰への寄与を検討してみたところ、寄与があるとは言い難い結果であ った(図 7)。そこで次に、近赤外光照射中の腫瘍温度と治療転帰との関係を 分析したところ、腫瘍温度が治療転帰に寄与しているとの結果が得られた(図 10)。この結果を基に、TC-NIR システムを開発し(図 13)、同システムを皮 内腫瘍モデルマウスに適用して治療効果を検証したところ、43℃に加熱した腫 瘍すべての消失が確認された(表 2)。以上のことより、光温熱治療において は近赤外光照射中の腫瘍温度が予後の推定にもっとも寄与することがわかった。
・照射条件の施術前設定の有用性に関する検討について
光温熱治療における照射条件(照射強度、照射時間)を施術前に設定するこ との有用性について検討したが、今回の結果からは照射条件のみでは治療効果 を予測することはできなかった。その要因の一つとして、各腫瘍における照射 中の腫瘍温度のばらつきが考えられる。事実、照射強度ごとの到達最高温度の 検討では、同じ照射強度条件であったにもかかわらず温度推移のばらつきがみ られた(図 8)。
29
ばらつきの原因として以下の 3 点が推定でき、①施術前照射設定値の誤差、
②腫瘍組織の不均質性及び光吸収剤の集積分布の違い、③麻酔による再分布性 低体温、これらが影響し合って温度のばらつきを生じさせているものと考えら れた。
①施術前照射設定値の誤差要因としての照射強度の設定誤差について
照射強度(mW/cm2)を設定するには、パワー(mW)と照射スポット径
(cm)を計測する必要があり、それぞれのズレが誤差に影響する。加えて、腫 瘍表面形状がこの誤差を増⾧する。腫瘍表面はそのまま照射面となるが、ここ は平面ではなく半球状に盛り上がったドーム形状を呈することが多いため、こ の場合、腫瘍表面とレーザー出射端との距離が照射部位中央と照射部位辺縁と では異なり、結果として照射強度も異なる。そのうえ、照射中の体動(呼吸性 変動、拍動性変動など)により照射部位が変動してしまうことも照射強度の変 化につながる。
②腫瘍組織の不均質性及び光吸収剤の集積分布の違いについて
腫瘍組織には一般的に光学的・熱力学的不均質性(腫瘍組織密度の不均一性、
腫瘍血管の構造などに起因する)が内在する(29-32)。加えて、腫瘍内に光 吸収剤が均一には集積分布していなかった(図 5)。
30 ③麻酔による再分布性低体温について
本実験では、保温マットを用いてマウス体温の低下を回避するようにしたが、
全身麻酔により末梢血管が拡張することによって、腫瘍の温度にも影響した可 能性がある(33)。
以上より、照射強度の事前設定を精密に行っても、腫瘍部位での細部におけ る違いが生じる上、近赤外光照射中にも変動してしまうため、最高到達温度に ばらつきが生じることを避けるのは困難であると考えられた。
・腫瘍温度と治療効果との関連について
温熱療法の研究において温度と治療効果の関係を解析した研究はいくつかあ る。それらの多くは、43℃を基準としてそれぞれの研究において時間を設定し て外部から加温させ施術している(34-36)。今回我々が使用した NLC26 細胞 でも(結果 2-4)、温度閾値(LD50)は 42-43℃であったと推定でき、腫瘍動物 実験でも 43℃で腫瘍の消失がみられた。
ところが近年、 H. Hatakeyama らは 10 種類の卵巣癌細胞株が細胞死する温 度閾値(LD50)は、低い方は 44℃から最大 48℃まで約 4℃の差があることを報 告した(37)。これは、癌細胞株によって温度感受性が少なくとも数℃の範囲 で異なることを意味する。したがって、今後異なる癌種で検討する際には、ま
31
ずは細胞実験でその温度閾値(LD50)を特定し、動物実験では研究 2 で開発し た TC-NIR システムを用いて治療効果を検証するプロトコールが必要と考える。
他方、Y. Zhang らは、光温熱治療における加温温度の違い(43℃、46℃、
49℃)による細胞死の違いを細胞実験で検討し、43℃を超えると急激に生細胞 の割合が減少することを報告している。また、43℃と 46℃ではアポトーシス*8
(プログラム制御された細胞死)の割合が多く、49℃ではアポトーシスよりも ネクローシス*9(外部のストレスによる制御されない細胞死)の割合が多くな ったと述べている(38)。ネクローシスは、その細胞死の形態から細胞内容物 を外に放出するため周囲に炎症反応を惹起させるだけではなく(39)、予期せ ぬ多臓器転移を引き起こしてしまう可能性があることも報告されている(40, 41)。本研究においては、腫瘍の消失を治療転帰としたため細胞死の形態の検 討は行っておらず今後の検討課題としたい。
以上の様に温熱を用いた治療において、特定の温度閾値を超えることと過剰 に加熱しすぎないことが重要である。今回開発した TC-NIR システムはサーモ グラフィーセンサーカメラを用いているため 2 次元の温度情報をマッピングが でき、精緻な温度制御ができるため、光温熱治療の施術においてもその両条件 を満たすことが可能となる。
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・照射時間と治療効果との関連について
研究1において 43℃以上に加熱されたすべての腫瘍のうち消失しなかった 2 個の腫瘍の照射時間は 111 秒であったが、222 秒以上照射した腫瘍ではすべて 消失していた。また、治療効果率(消失匹数/全匹数×100)を照射時間ごとに みてみると、30%、60%、55%、40%、50%(111 秒、222 秒、333 秒、666 秒、1,000 秒)であった。この結果からは一概には言えないが、222 秒以上から 治療効果率は高くなっており 222 秒以上照射することが必要であると考えられ る。ここで、その他の光温熱治療における照射時間を含む照射条件と治療効果 との関係を検討するため、担癌動物モデルを用いた報告をまとめた(表 3)。
表 3 に示すように様々な腫瘍細胞株に対して近赤外光吸収剤を用いた光温熱治 療が施術され、その治療転帰は消失した報告や、消失させることはできずコン トロール群に比較して有意な成⾧抑制を示すにとどまった報告がみられた。こ れらの結果からは、腫瘍細胞株や近赤外光吸収剤の性質や分布、さらには照射 時の腫瘍体積などの実験の条件が異なるため、到達温度と照射時間の 2 つ条件 からだけでは腫瘍の消失の関係性を導き出すことは困難であると考えられる。
光温熱治療の臨床導入に向けて照射時間の決定は重要な検討すべき要因であ る。照射時間には照射開始から最高到達温度までの温度上昇相とその後の温度
33
がほぼ一定になる温度安定相がある。表 3 の中の報告で温度上昇相の途中で照 射が終了し腫瘍が消失した報告(42, 43)や、温度上昇相を過ぎた後もしばら く温度安定相の状態で照射し続けて腫瘍が消失した報告(44-46)など報告に より異なっていた。一方で、研究 1 では温度上昇相は 100 秒から 120 秒までで あり、111 秒照射した条件では 43℃以上を超えた腫瘍で必ずしも消失している わけではなかった。111 秒照射した群は温度上昇相における照射ととらえれば、
確実な腫瘍消失のためには温度安定相にかかる 222 秒以上の照射が必要である と考えられた。最適な照射時間を決定するために温度上昇相のみの照射で治療 効果が十分得られるのか、最高到達温度を超えて温度安定相にかかるまでの照 射時間が必要であるのか、そういった温度上昇相、安定相といった概念が必要 であるのか、今後さらなる知見の集積が必要である。
・非腫瘍部位での温度上昇効果について
光温熱治療が安全性の高い治療技術であることを示すために、非腫瘍部位で の温度上昇効果の検討を行った。まず、ICG ラクトソーム投与下で腫瘍部位と 非腫瘍部位における温度上昇を比較検討したところ、非腫瘍部位では腫瘍部位 に対して有意に温度上昇していなかった(図 11B)。また、興味深いことに ICG ラクトソームの有無によらず非照射部位での温度上昇に差はみられなかっ
34
た(図 12B)。皮内腫瘍モデルマウスにおいて ICG ラクトソームは EPR 効果 を発揮することで腫瘍選択的に集積していたものの、わずかではあるが非腫瘍 部位にも蛍光が観察された(図 4B)。すなわち、ICG ラクトソームの存在によ り非腫瘍部位においても温度上昇してしまう可能性があった。しかしながら、
非腫瘍部位での温度上昇がわずかであったのは、非腫瘍部位の蛍光は血流によ り循環していた蛍光であり、照射後すぐに熱が拡散したことによるものと考え られる。以上より、図 1 のようにスポット径が腫瘍よりも大きく設定された場 合や照射部位が体動によりずれて非腫瘍部位に照射された場合でも、温度上昇 はわずかであり ICG ラクトソームを投与した光温熱治療では安全に施術できる 可能性が示唆された。
・TC-NIR システムの温度制御アルゴリズムについて
TC-NIR システムを用いた照射では、オンオフ制御というシンプルな方法論 を用いることで目標到達温度からの温度変動は TC-NIR システムを用いない照 射の温度変動に比べ 1/10 まで低く抑えることができた(図 15、17)。このよ うに良好な温度制御ができたが、さらなる安定的な温度制御を実現するには、
工学分野で頻用されているアルゴリズムとして、PID 制御*10を用いる必要があ る。この制御法を用いると照射対象の温度が最初に目標設定温度に達したあと
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に起こる温度上昇のオーバーシュートを抑えることができ、オンオフ制御より も目標温度に早く収束(到達)させることができる。この様な精緻な温度制御 がどの程度治療効果の向上に結びつくか検討された報告はこれまでなく、今後 検討を進めていきたい。
・本研究の課題
本研究のさらなる課題としては、治療可能な腫瘍の(光軸方向の)厚みに限 界があるということである。治療可能な腫瘍の厚みは光の組織深達⾧および光 照射強度に依存することが予想される。本研究結果のように腫瘍温度が重要だ ということを考慮すると、腫瘍最深部の温度が治療有効閾値に到達しないこと には腫瘍を治癒させることは難しいと考えられる。そこで腫瘍最深部の温度と 治療効果の関係を検討するための予備的検討として、本研究と同条件の皮内腫 瘍モデルを用いて針電対を腫瘍最深部に刺入して測温し、非接触型温度計によ る腫瘍温度との相関関係を検討してみた。その結果、非接触型温度計で測温し た腫瘍温度と針電対での腫瘍最深部の温度との相関はみられなかった。また、
非接触型温度計で測温した腫瘍温度は同照射条件での個体間のばらつきは小さ かったが、腫瘍最深部の温度は個体間でのばらつきも大きく正確な測温は困難 であり、実験モデルとして不適切であると判断し、針電対での腫瘍最深部の温
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度による検討を断念した。今後、治療可能な腫瘍の厚みを検討するための新た な測温手法や機械の開発およびシミュレーションが望まれる。
・今後の展望
今後の展望としては、近赤外光吸収剤の開発はもとより、近赤外光照射装置、
測温装置、これらを統御するシステムなど高精度高機能な装置を搭載させて TC-NIR システムを開発していくことである。たとえば、内視鏡手術でも使用 できるような超小型の非接触型測温デバイス、照射中の腫瘍辺縁の温度勾配を 読み取り腫瘍辺縁を精確に予測できるシステム、腫瘍サイズに応じてスポット 径を自動調節できるレーザー照射システム、などである。このような技術を開 発して一つ一つを融合させていくことで、光温熱治療の発展が期待できる。
また、近赤外光吸収剤を用いた光温熱治療の適応病態としては、局所療法で あるため消化管(口腔、咽頭、食道、胃、十二指腸、大腸)や気管、泌尿生殖 器(膀胱、子宮頸部)といった管腔内の早期癌をはじめとして、消化管癌や気 管癌といった癌性狭窄、光線力学療法で保険適応となっているような化学放射 線療法又は放射線療法後の局所遺残再発食道癌、卵巣癌や大腸癌のように経験 的に末期であっても癌の減量に意義がある可能性のある癌種における重要臓器 に接している腹膜播種病変などに対して有効であると考えられる。
37
*8 アポトーシス(apoptosis)とは、「制御された細胞死」として知られる。
アポトーシスは、様々な物理的、化学的、および生物学的因子を介して誘発さ れ、カスパーゼと呼ばれるタンパク質分解酵素が活性化されることによって、
細胞膜構造変化、核濃縮、DNA 断片化の順を経てアポトーシス小体を形成す る。細胞内の成分が漏れ出す前に、マクロファージなどの組織球により処理さ れる。
*9 ネクローシス(necrosis)とは、過大な侵襲に起因する「制御されない細 胞死」として知られる。ネクローシスは、細胞外からのカルシウムイオンの流 入からはじまり、小胞体やミトコンドリアの膨張、ゴルジ装置の崩壊など、細 胞小器官の破壊を含む一連の形態変化を生じ、細胞の膨張および破裂を引き起 こす。プロテアーゼや活性酸素などの細胞内容物が細胞外へ漏出し、周囲の組 織に炎症を惹起させる。
*10 PID 制御とは、現在値と設定値の偏差に比例した出力を出す比例動作
(Proportional Action:P 動作)と、その偏差の積分に比例する出力を出す積 分動作(Integral Action:I 動作)と、偏差の微分に比例した出力を出す微分動 作(Derivative Action:D 動作)の和を出力し、設定値に向かって制御するこ とである。P 動作だけでは設定値に到達できないが、I 動作を合わせることで設
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定値に到達させられる。しかしながら、それでは設定値まで⾧く時間を費やし てしまうため、D 動作を合わせると偏差の大小に機敏に反応でき、さらに偶発 的な外乱にも対応できるようになるため機敏かつ安定した温度制御を行うこと ができる。
39 第 5 章 結論
1.腫瘍に対する光温熱治療における治療転帰は、近赤外光の照射強度と照射 時間に依存しなかった。
2.同治療転帰は、近赤外光照射中の腫瘍温度に強く依存した。
3.知見2に基づき、温度制御型の近赤外光照射システムを構築して、照射中 の腫瘍温度を 43℃に保つよう設定して近赤外光照射を行ったところ、腫瘍消失 を誘導できた。
40 謝辞
本論文を遂行し書き終えるにあたり、ご指導を頂いた指導教官である上野秀 樹博士(防衛医科大学校 外科学講座教授)、辻本広紀博士(防衛医科大学校 病院 副院⾧)に深く感謝いたします。
研究 1 及び研究 2 の遂行にあたり、研究の立案、計画、準備、論文執筆につ いて終始適切な御助言、御指導をいただいた守本祐司博士(防衛医科大学校 生理学講座教授)に深謝いたします。
研究後半において細部にわたり御指導・御助言を賜りました Hac Soo Choi 博士(マサチューセッツ総合病院 ゴードン医用画像センター 准教授)、
Satoshi Kashiwagi 博士(マサチューセッツ総合病院 ゴードン医用画像センタ ー 助教)に心より感謝いたします。
研究場所や実験器具の御提供・御協力をいただきました齋藤大蔵博士(防衛 医科大学校 防衛医学研究センター 外傷研究部門教授)及び研究員・技術員 の皆様、発光遺伝子導入に技術指導いただいた佐藤あやの博士(岡山大学 化 学生命系学科 医用生命工学准教授)、髙山英次博士(朝日大学 大学院 歯 学研究科准教授)、ICG ラクトソームを供与いただいた小関英一博士(島津製 作所基盤技術研究所)、原功博士(島津製作所基盤技術研究所)、温度フィー
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ドバック制御のプログラムを構築していただいた荒毛将史氏(第 30 期医学研 究科学生)に深く感謝いたします。
また、本研究を行うにあたり、防衛医科大学校生理学講座の粥川和歌子氏、
武江太郎氏、牛田美穂氏には技術的な支援をいただき深く感謝いたします。
42 略語一覧
略語 外国語 日本語
CEM43℃ Cumulative equivalent minutes at 43℃
43℃等価加温時間
EPR Enhanced permeability and retention
血管透過性・滞留性亢進効果
FBS Fetal bovine serum ウシ胎児血清
HBSS Hanks' balanced salt solution ハンクス平衡塩類溶液 ICG Indocyanine green インドシアニングリーン LD50 50% lethal dose 50%致死量
MMT 3-(4,5-Dimethylthiazol-2-yl)- 2,5-Diphenyltetrazolium
Bromide
3-(4,5-ジメチルチアゾール-2- yl)-2,5-ジフェニルテトラゾリ ウム ブロミド
Nd:YAG Neodymium-doped yttrium aluminum garnet
ネオジミウムが添加されたイッ トリウム アルミニウム ガーネ ット合金
NLC26 Nano-lantern Colon 26 ナノランタンコロン 26 O.C.T. Optimal cutting temperature 最適切削温度
PID Proportional integral derivative 比例・積分・微分 SPF Specific pathogen free condition 特定病原体不在
RPMI Roswell Park Memorial Institute ロズウェルパークがん研究所 TC-NIR Temperature-controlled near-
infrared
温度制御型近赤外
43 附記
本研究の一部を、以下の論文で発表した。
1. 原著論文: Nomura S、 Morimoto Y、 Tsujimoto H、 Harada M、
Saitoh D、 Hara I、 Ozeki E、 Satoh A、 Takayama E、 Hase K、 Kishi Y and Ueno H
Highly reliable, targeted photothermal cancer therapy combined with thermal dosimetry using a near-infrared absorbent. Scientific Reports. 2020;10(1):9765.
(基礎論文1)
2. 原著論文:Nomura S、 Arake M、 Morimoto Y、 Tsujimoto H、
Miyazaki H、 Saitoh D、 Sinomiya N、 Hase K、 Yamamoto J、 Ueno H.
Thermal sensor Circuit Using Thermography for Temperature-Controlled Laser Hyperthermia. Journal of Sensors. vol. 2017、 Article ID 3738046、 7 pages、
2017.
(基礎論文2)
本研究の一部を、以下の学術集会で発表した。
1. 第 54 回日本癌治療学会学術集会 2016.10.20 パシフィコ横浜