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JFAフィジカルフィットネスプロジェクト年代別トレーニングの考え方①
∼ジュニア年代(U-12)その1
菅野淳(JFAフィジカルフィットネスプロジェクト)
本来ならば、年代別トレーニングについてU-10年代から解説を始 めるべきところですが、U-10までのキッズ年代に関しては、JFA技 術委員会キッズプロジェクトよりキッズ指導ガイドライン(詳しく は本誌60ページをご参照ください)が出版されていますので、そち らをご参考にしていただきたいと思います。ここでは少しだけ解説 を加えさせていただきます。あくまでもU-10は神経系の発達が著し い年代ですから、“フィジカル”には全くの無縁と考えてよいでしょ う。ただし、コーディネーション能力も“フィジカル”の一部とい う考え方からあえていうなら、できるだけサッカーだけに偏らず、 「他のスポーツの要素」や「遊び」の中でいろいろな刺激を与えるこ とが大切であるといえます。“フィジカル”トレーニングとしては動 きの基本要素である「走る」「跳ぶ」「投げる」そして「蹴る」とい うあらゆる動きを取り入れて、積極的に神経系に働きかけるように しましょう。本編では小学5∼6年生の高学年、いわゆるジュニア年 代(U-12)について適したトレーニングについて述べていきます。 基本的にU-12では、前号で述べたシーズンの期分け(ピリオダイ ゼーション)の考え方はあまり当てはまりませんが、この年代での 発育発達の特徴をつかんだトレーニングが必要です。U-10は神経系 の発達が著しい年代と先述しましたが、U-10に引き続きU-12でもい ろいろな動きや身のこなしを身につけるのに最も適した年代である といえます。U-12は、U-10同様やはり“フィジカル”という言葉に は縁遠い年代であると考えられますので、あまり“フィジカル”の ことは難しく考えずに、技術の習得を目的としたボールを使ったト レーニングを中心に、ドリブル、フェイント、ボールコントロール、 パスなどのサッカーの基本的な技術を身につけることが大切です。 ただし、サッカーは“オン・ザ・ボール”だけでなく試合の大半 は“オフ・ザ・ボール”であることも忘れてはなりません。つまり、 “オフ・ザ・ボール”のときにどれだけ良い準備ができるかによって、 基礎技術もより効果的に発揮できるといえます。このような観点か ら、この年代であえて“フィジカル”という言葉を使うなら、一般 的にゴールデンエイジと呼ばれるこの年代ではコーディネーション 能力の発達が著しく、スキルを習得するのに適した年代といえます。 大人になるとなかなか覚えられない身体の動きも、この年代では簡 単に覚えてしまういわゆる「即座の習得」の現象が起きるといわれ ています。U-10で習得した神経系のネットワークに組み込まれた動 作を、より速く、よりスムーズにできるようにしたり、状況によっ て使い分けることができるようにトレーニングしましょう。U-10で はさまざまな動きづくりを強調して行いますが、この年代からはス キル習得のために反復して行うことが効果的です。ボールコントロキッズ年代(U-6、U-8、U-10)について
ジュニア年代(U-12)の特徴
2006ナショナルトレセンU-12東海より© AGC/JFAnewsJ F A P H Y S I C A L F I T N E S S P R O J E C T 45 ールなどの基礎技術を文字通り身体で覚えるには、反復練習がかか せないのと同じように、スキル習得にもドリル形式での反復トレー ニングが大切です。ただし、同じようなトレーニングばかりを繰り 返し行うだけではなく、並行してゲーム形式の練習を行うと良いで しょう。ゲームにおいて、なぜそのスキルが必要なのかをよく理解 すれば、反復トレーニングの効果もあがります。 この年代では、ケガ予防のためにも集中力を維持させるためにも 計画的なトレーニングが大切です。下表は、この年代に適した週間 トレーニング計画の例をあらわしています。トレーニング量は、ケ ガ予防の観点からトレーニング回数は2∼3回/週が理想です。試合 やトレセンなどを含めても4∼5回/週以内にとどめておくのがよい でしょう。先日開催された第3回フットボール学会(2006年1月14∼ 15日)に出席した際、長年にわたってWorld Congress of Science and Footballで中心的な役割を担ってこられたLiverpool John Moores UniversityのThomas Reilly教授の「現在イングランド代表やプレミア リーグで活躍する選手のほとんどは、U-12のときのトレーニングは 週に5回以内であった」という言葉が印象的でした。これらを逆に 考えると、ケガを防ぐためにも週に2日以上は必ずこころと身体を 休めたほうがよいということです。 また、1回のトレーニング時間はウォームアップからクールダウ ンまで60∼90分以内にとどめておくべきです。ケガ予防のためにも 集中力を持続させるためにも15∼20分程度のトレーニングセッショ ンごとに水分補給などの小休止を入れるなどの工夫をしながら、全 体でも90分以内にトレーニングを終了させるようにプログラムしま しょう。トレーニングの終了間際にケガが多いことから、「ヘトヘト」 になるまでやるのではなく、「もう少しやりたい」というところで終 了しておくことをおすすめします。むやみにトレーニングを詰め込 むのではなく、「サッカー=遊び」の部分であったり、自分で課題を 見つけて自主的にトレーニングできる時間的余裕も残してあげるの が指導者としての役目の一つであると考えられます。 U-12では、個人差もありますが身長が伸び始める時期でもあり、 成長期特有の骨の伸びとともに訪れる成長痛が現れる年代でもあり ます。膝のお皿の下の部分に痛みが生じるオスグッド病などに代表 される成長痛を予防するためには、トレーニング量をコントロール して過度なトレーニングを行わないようにすることとウォームアッ プやクールダウンにおいてしっかりストレッチを徹底するようにし ましょう。やり方についても見よう見まねで形だけまねるのではな く、正しくできるように指導しましょう。もし諸条件によりピッチ 上で行えない場合には、家に帰ってから各自でできるように、この 年代のうちに正しいストレッチの方法を習得しておくことが大切で す。 (次号へつづく)
ストレッチの徹底
トレーニング量
月 火 水 木 金 土 日 練習 休み 練習 休み 練習 試合 休み 月 火 水 木 金 土 日 休み 練習 練習 休み 練習 試合 休み週間トレーニング計画の例
2006ナショナルトレセンU-12東海より© AGC/JFAnews ©Jリーグフォト㈱スポーツの楽しみ方の原点に「する」こ とがあるのは言うまでもありませんが、そ れと同じくらい、人々は「みる」ことでス ポーツを楽しみます。試合会場に直接出か けて、ライブの臨場感を楽しむだけでなく、 いつの時代にもさまざまな媒体(メディア) が、人々の「見たい」「聞きたい」「知りた い」欲求に応えてきました。 今号から数回にわたって、スポーツとメ ディアのかかわりについて考えていきたい と思います。まずは、サッカーから少し離 れますが、日本における野球の発展を題材 として、「新聞」がどのようにかかわってき たのかをみていきましょう。 近代スポーツが輸入された明治維新のこ ろは、「新聞」という新しいメディアが登場 した時代でもありました。1872(明治5) 年の東京日日新聞(毎日新聞の前身)をは じめ、讀賣新聞(1874年、以下読売新聞)、 朝日新聞(1879年)などが次々とこの時期 に創刊されています。 政府要人の援助や支持を受けていた初期 の新聞は「政府の御用新聞」として機能し ていましたが、次第に「征韓論」や「自由 民権運動」など、さまざまなテーマについ て論客、思想家が意見を表明する場となり ます。19世紀末までの新聞の内容は社説・ 論説が中心で、読者層は主にエリート階層 を対象としていました。 19世紀末から20世紀にかけて、新聞社は 徐々に「報道」に重きを置くようになりま す。国民の大きな関心事であった日清・日 露戦争の報道は、新聞の購買層を一般大衆 へと広げ、各社は「売れる新聞づくり」へ の取り組みを始めます。スポーツ・イベン トを新聞社が主催するようになったのは、 このような背景があったのです。 1915(大正4)年に大阪朝日新聞社主催 で「全国中等学校優勝野球大会」(夏の甲子 園大会)がはじまりました(注1)。1872年 に日本に紹介されて以来、高等教育機関の 学生によって盛んに行われていた野球は、 このころには中学生(今の高校生)にも十 分広まっていました。多くの観客が集まる ようになったため、第3回大会からは、阪神 電鉄が所有する鳴尾競馬場の中に、野球場 を2面設けて行われるようになりました。 1905(明治38)年創立の阪神電鉄にとって、 路線の伸張と沿線の開発、乗客の誘致を目 指した多角経営はこの時期の重要な課題で あり、鳴尾競馬場の改修もその一つでした。 それでも観客は収容しきれません。つい に1924(大正13)年、阪神電鉄は甲子園球 場をつくり、以後、高校野球のメッカとし て今日に至ります。球場への移動は鉄道で 行い、試合の模様は新聞で知る。ここに電 鉄会社と新聞社の利害が一致し、高校野球 は大いに発展し、大学野球や社会人野球の 隆盛とともに、後のプロ野球誕生の伏線と なるのです。 「朝日」と「毎日」が野球大会を主催し て発行部数を伸ばしていたこの時期に、読 売新聞社は経営難に陥っていました。1924 年に社長に就任した正力松太郎は新企画を 次々と打ち出し、読者の興味・関心を引こ うとします。特に、首都圏で絶大な人気を 誇る学生野球は、メディア価値の高い貴重 な“商品”でした。 当時の学生野球界は、第一高等学校(一 高。現在の東京大学教養学部)隆盛の時代 から、早稲田大学と慶応義塾大学による覇 権争いの時代に移ろうとしていました。 1903(明治36)年の初対戦以来、両校の試 合は年々ヒートアップを続け、1906(明治 39)年には両校の応援団のあまりの過熱ぶ りに対戦中止となり、以後1925(大正14) 年に復活するまで19年間、早慶戦は開催さ れませんでした。 1925年の復活戦にあたって、読売新聞で は「早慶戦の模様を今夜のラジオで本社か ら皆様にお伝えします」との告知を出しま した。この年に始まったラジオ放送も、野 球を伝えることでメディアとしての地位を 確立し、またラジオで伝えられることで野 球人気も高まります。スポーツとメディア の“WIN-WIN”な関係が、「読売」の名前を 広めることにもつながります。 正力はアメリカから大リーグ選抜を招聘 することにも取り組みました。日米間の微 妙な時代に「世界最強野球軍」とも言われ た大リーグ選抜が来日したのは1931(昭和 26)年11月のことです。「打撃王」ルー・ ゲーリック、「スモーク・ボール(見えない 球)」のロバート・グローブなど、大リーグ の一流選手につけられた呼称は、新聞・ラ ジオのメディアが命名したものです。これ
サッカー文化論
スポーツの社会科学
中塚義実(筑波大学附属高校教諭)
スポーツとメディアのかかわり①
―高校野球・
プロ野球と
「新聞」の
関係を探る―
新聞社と高校野球
※写真はイメージ© Jリーグフォト㈱新聞社とプロ野球
らメディアの宣伝もあって、各地で行われ た17試合は大盛況でした。「全米軍を招くの は日米親善に資することと、読売新聞の宣 伝をするという二つの目的しかない。本社 は一文ももうけようという気持ちはない。 もしもうかったら、それは全部そちら(大 リーグ側)に提供する」との契約により、 読売新聞社に利益はありませんでしたが、 野球を知らない人にまで「読売は大したも のだ」と思わせるほどの大評判を得、「販売 にもたらした利益は想像以上に大きかった」 ことが指摘されています(文献1)。 1934(昭和29)年の第2回日米野球では ベーブ・ルースも来日メンバーに加わりま した。読売新聞では号外を発行し、「帝都沸 く、見よ!!この大歓迎」の大見出しで来日の 模様を伝えます。沢村栄治(「沢村賞」はこ の人の名前を由来としています)をはじめ とする日本選手も、大リーガーの活躍とと もに新聞紙上で取り上げられ、今回も大盛 況のうちに幕を閉じました。 このときの日本選抜のメンバーを中心に 同年12月に創設されたのが「大日本東京野 球倶楽部」、後の読売巨人軍です。正力は野 球に関心を持つ企業の経営者に声をかけて 球団の設立を呼びかけ、国内でのプロ野球 興業を目指します。声がかかった企業の中 には、年2回の中学野球以外に甲子園球場を ほとんど利用できていなかった阪神電鉄も 含まれます。 こうして1936(昭和31)年2月5日、日本 職業野球連盟設立総会が開かれ、ここに日 本のプロ野球が誕生しました。設立時の7球 団の親会社はすべて電鉄会社か新聞社でし た。 日本のプロ野球は、「経済制度の野球制度 に対する上からのプロ化として捉えられ (中略)、それは今日のプロ野球のあり方や 性格をも、ある程度規定しているように思 われ」(文献1)ます。親会社にとって、野 球チームを持つメリットがなくなったと判 断されたときに球団は「身売り」され、球 団名や活動地域が変わっていきました。電 鉄会社や新聞社が中心だったプロ野球は、 東映、大映、松竹などの映画配給会社、日 本ハム、ヤクルト、ロッテなどの食品産業、 ダイエー、オリックスなどの消費者直結型 産業の参入を経て、近年はヤフーや楽天な どのIT産業の参入が見られます。その一方 で、国鉄、西鉄、阪急、南海、近鉄といっ た電鉄会社や、毎日新聞などがプロ野球の 経営から離れていった歴史も知っておく必 要があるでしょう。 企業の論理とは異なる論理が必要です。 われわれはプロスポーツの先輩の歩みを通 して、こうしたことも学んでいく必要があ るでしょう。 最後に、1911(明治44)年に東京朝日新 聞紙上で展開された論争を紹介してこの項 を終えたいと思います。それは8月20日か らの「野球界の諸問題」、続いて8月29日か ら「野球と其害毒」と題して計26回にわた って連載されたものです。論争の背景には さまざまな事情がありますが(文献5)、ま ずは一高校長の新渡戸稲造氏の主張を紹介 します。 「野球選手の不作法、これはほんの一例 に過ぎぬが、何処の学校の野球選手でも、 剣道柔道の選手のように試合をするときに 礼を尽さぬ。(中略)運動家らしいと言えば、 何だか礼儀も知らぬごろつきのように聞こ えるのも、日本の運動家の品性下劣から来 ている。(中略)最も憂うべきことは、私立 は勿論のこと官立公立の学校といえども、 選手の試験に手加減をすることがあり得る ことである。もし選手が落第でもしそうに なると、他の選手が教師のところに来て、 先生、実はあの人はよくできるのですが、 試合前でしたので、我々が無理に運動場へ 引き出しましたのでできなかったのです。 先生もご承知の通り、あの人は平生できる のですから、今度の学期には勉強させます から、と懇願されると、生徒の平常を知っ ている教師はつい手加減をするに至るので ある」(文献2)。 東京朝日新聞に掲載された「野球の害毒」 についての識者の意見に対して、野球を擁 護する意見も他紙には掲載され、一大論争 になりました。いずれの論も、今日に通じ るものがあります(文献2/3/5)。 系列の大阪朝日新聞社が、今の高校野球 の前身となる大会を主催するのは、この論 争のわずか4年後のことです。主催者の意図 は、「運動競技会における最も必要なことは、 よき鞭撻であり、監視であり、さらによき 指導者である。(中略)明治末年から大正の 初頭にかけて、めざましき勃興の気運に向 かいつつあったわが運動競技の実状に鑑み、 我が社が事実の報道という在来の新聞使命 から一歩を進めて、積極的に各種の競技会 を自ら計画し、または後援するようになっ たのも、この精神から出発したものに他な らぬ」というものでした。つまり、学生野 球の“本来の”精神を大切にし、それを監 視、指導する立場で全国的規模の大会を開 くに至ったという主張です。こうして今日 の高校野球は、「すべてを正しく、模範的な」 あり方を内外に示す場として、新聞という メディアによって形づくられました(文献 2)。「学生野球はこうあるべきだ」と信じ、 また「そうあってほしい」という願いを込 めてつくられた高校野球を報じるメディア からは、「らしさ」にまつわる物語が、昔も 今も発信され続けています。こうしたさま ざまな「物語」が、独特の日本的スポーツ 観につながっていることは言うまでもあり ません。 (注1)1924年には大阪毎日新聞社の主催で「全国中 等学校選抜野球大会(春の選抜)」も始まりま す。同社は1918(大正7)年に「日本フートボ ール大会」を主催しています(本誌Vol.10参照) 47 <引用・参考文献>(引用箇所は一部現代文に修正) (1)菊幸一、『「近代プロスポーツ」の歴史社会学−日本プロ野球の成立を中心に』、不昧堂出版、1993 (2)清水諭、『甲子園野球のアルケオロジー−スポーツの「物語」・メディア・身体文化』、新評論、1998 (3)坂上康博、『にっぽん野球の系譜学』、青弓社、2001 (4)波多野勝、『日米野球史』、PHP新書、2001 (5)石坂友司、「野球害毒論争(1911年)」再考、スポーツ社会学研究第11巻、2003
野球害毒論争とメディアからの
メッセージ
団地のど真ん中にあるホームスタジアム(ジュロンイースト・スタジアム)で、 前日の調整練習をするアルビレックスSの選手 アルビレックスS vs ゴンバック・ユナイテッド 日本職業野球連盟設立総会時(1936年2月5日)のプロ野球球団 創立日 1934年12月26日 1935年12月10日 1936年 1月15日 1936年 1月17日 1936年 1月23日 1936年 2月15日 1936年 2月28日 商号 大日本東京野球倶楽部 大阪野球倶楽部 大日本野球連盟名古屋協会 東京野球協会 大阪阪急野球協会 大日本野球連盟東京協会 名古屋野球連盟倶楽部 球団名 東京巨人軍 大阪タイガース 名古屋軍 東京セネタース 阪急軍 大東京軍 名古屋金鯱軍 資本関係 読売新聞社 阪神電鉄 新愛知新聞社 西武電鉄 阪急電鉄 国民新聞社 名古屋新聞社アジアのU-17世代の大会「AFC U-17選手権シ ンガポール2006」に、2004年の同大会日本ラウ ンドに続いて担当させていただくことができた。 日本チームは、前回大会の残念な結果を踏ま え、今大会ではすばらしい努力をして見事優勝 した。2007年に韓国で開催されるFIFA U-17ワー ルドカップでのさらなる飛躍を願いたいと思う。 そこで、今回は2回の大会に参加して感じたこ とや、実際にピッチの中で感じた他国のサッカ ーについて報告させていただきたいと思う。 今回の大会で私の担当した試合は、グループ リーグの中国対シリア(1-0)とイラン対イラク (0-0)。そして、2007年FIFA U-17ワールドカッ プ(韓国)の出場権のかかる準々決勝のタジキ スタン対韓国(1-0)という3試合の主審と、第4 の審判員を2試合担当した。 前回大会と比較して感じたことは、日本選手 のフィジカルコンタクトに関して、コンタクト スキルのレベルが格段に向上したことを感じた。 相手選手の寄せに対して耐える力が強くなった ことと、相手選手の嫌がるタイミングでプレス をかけ、ファウルにならない程度で身体を寄せ る技術が備わったと感じた。逆に、フィジカル コンタクトを得意としていた中東や東南アジア の選手たちの方が、ちょっとしたコンタクトで 大げさに倒れてみたり、相手選手が必ず倒れて しまうような強さのチャージでファウルになっ てしまったりと、コンタクトスキルに関しての レベルが下がったように感じた。 このフィジカルコンタクトに関して、前回大 会の報告でファウルの見極め基準が重要なので はないかと述べさせていただいた。その後、審 判委員会からタフなプレーの見極めに関する指 針が出て、国内でも正しく激しく戦わせるタフ な基準への意識が高まったと思われる。その結 果が、日本選手のフィジカルコンタクトの向上 につながったのではないかと感じている。 以下、参考までに、この大会で確認されたフ ァウルの見極めに関する考え方を伝えたいと思 う。審判員は直接フリーキックの違反を見極め る際に、次のポイントに留意してそのコンタク トを評価する。 <ボールをキープしていない側の選手のチャレ ンジが> ①ボールへの意図とボールへプレーできたか (ボールへ触れることができたか) ②強さ(相手が倒れてしまうような勢いかどう か) ③スピード(スピードが伴うとちょっとした接 触でも影響がある) ④タイミング(ボールへ間に合わなかったのか、 明らかに遅れて接触しているのか) ⑤ケガの危険性(危ないと直感できるアプロー チ) これらの見極めポイントを総合的に判断して、 そのコンタクトが不用意であるのか、無謀であ るのか、過剰な力(暴力的な勢い)であるのか を評価してファウルとする。 選手は、このような見極めの基準を理解して コンタクトチャレンジをすることで、強いコン タクトスキルを身につけられるのではないかと 思っている。特に私が感じる部分では、相手を 倒しはしないけども身体を寄せる・当てる (手・腕を使って相手を抑えない)技術のさらな る向上を期待したいと思う。 また、今大会で特別に感じたことがある。そ れは、ピッチコンディションである。 今回使用した試合会場は、人工芝のピッチ1面 と天然芝のピッチが1面であった。U-16日本代表 はすべての試合を人工芝のグラウンドで行った。 これは、日本にとっては良いアドバンテージに なったのではないかと思う。日本の素早いサッ カーを表現するには最適のピッチコンディショ ンであったと言えると思う。 一方、天然芝の競技場は全面に芝はあるが、 地面が非常にやわらかく、所々でこぼこしてい る状況でアジアの一般的なピッチコンディショ ンであった。この会場のプレー内容は、つなぐ サッカーよりもロングボールを多用し、フィジ カルコンタクト勝負というスタイルの戦いが多 かったように思う。そして、警告に値する無謀 で激しいスライディングタックルが数多く行わ れていた。 両方の試合会場で試合を行ったイランチーム は、明らかに戦い方を変えていたし、天然芝で の激しいスライディングタックルは人工芝では ほとんど見られなかった。 今後、人工芝ピッチを使用した大会が増えて くるであろうと考えられるが、それぞれのピッ チコンディションに適した対策をチーム側も審 判側もしっかり整えることが必要であると感じ た。 今回は、日本代表の準決勝突破というところ で、この大会を後にした。私も同じ大会に参加 したからには1試合でも多く試合を担当できるよ うに準備を整えている。しかしながら、日本代 表がすばらしい戦いぶりで勝ち進み、FIFA U-17 ワールドカップ最終日に決勝戦で戦っている姿 を観戦できることを楽しみにしている。本大会 での日本代表のさらなる発展を心から期待して 私の報告とする。
審判員と指導者、
ともに手を取り合って・・・
西村雄一(スペシャルレフェリー/国際主審)
C O O R D I N A T I O N B E T W E E N T H E F I E L D S O F R E F E R E E I N G A N D T E C H N I C A LAFC U-17選手権シンガポール2006 参加報告
AFC U-17選手権シンガポール2006(準々決勝・U-16韓国代表vsU-16タジキスタン代表)より © Jリーグフォト(株)財団法人日本サッカー協会機関誌
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第61回国民体育大会「のじぎく兵庫国体」
サッカー競技少年の部は10月1日∼5日、
兵庫県洲本市、淡路市、三木市の6会場を舞台に開催されました。
少年の部は今大会から参加資格がU-16に引き下げられ、
新たなスタートを切りました。
今号では、U-16化に至った経緯や今後の方向性、
今大会のテクニカルスタディをお伝えします。
少年の部U-16化
スタート
第
61
回 国民体育大会少年の部
2.学校体育から発展してきた日本サッカーの成果と課題
国体少年の部U-16化の経緯
【報告者】布 啓一郎(JFA技術委員会副委員長、ナショナルトレセンコーチ)1.国体少年の部U-16化の経緯
第61回国民体育大会「のじぎく兵庫国体」
サッカー競技少年の部は10月1日∼5日、
兵庫県洲本市、淡路市、三木市の6会場を舞台に開催されました。
少年の部は今大会から参加資格がU-16に引き下げられ、
新たなスタートを切りました。
今号では、U-16化に至った経緯や今後の方向性、
今大会のテクニカルスタディをお伝えします。
51 直結したスケジュールに絞り考えたい。 下表にあるように、スケジュール的には大会が中学3年と高校3 年に集中し、ともに1年次に大会がなく公式戦から遠ざかる時期に なってしまっている。中でも世界大会(FIFA U-17ワールドカップ) へのアジア最終予選にあたる16歳における問題は大きかった。中 学3年生後期の高校受験に伴うサッカー活動の休止、そして高校に 入っても大部分の高校1年生は公式戦から遠ざかり、実戦経験の少 ない状態で日本代表としてアジア予選を闘うハンディキャップ等 から、日本はFIFA U-17ワールドカップへは多くの機会で進出でき ないでいた。また一方では、JFA、高体連、中体連、クラブ連盟、 Jユース等の各大会が3年次に集中し、高校2、3年生で日本代表に招 集されるような選手は、過密スケジュールにより、心身ともに疲 弊してしまうような状態であった。 サッカー先進地域であるヨーロッパ、南米では2歳刻みのカテゴ リーで公式戦があり、どの年代も狭間なく活動機会がある。そし てユース育成として全体を包括的に考えることができているが、 日本では高校生年代(第2種)と中学生年代(第3種)を分けて活 動をしており、自チームの種別に関しては理解しているが、他の 種別については分からない面があり、連携を欠いている部分も多 かった。 長期一貫指導の面から考えると15歳と16歳のところに壁があ り、中学校から高校への進路選択等により指導の一貫性の欠如や、 チームによっては種別の大会での極端な勝利至上主義に陥ってし まったところも出てしまっていた。 (1)U-16年代に公式戦の創出、そしてU-18年代の過密を解消 国体少年の部をU-16化することで、公式戦を高校1年生年代
3.国体少年の部U-16化の効果
U-17アジア最終予選 プリンスシード ミニ国体 国体 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 カテゴリー U-18 U-16 代表(U-18) 代表(U-16) 高校生 中学生 プリンスリーグ 高体連 クラブ連盟 国体U-18 アジア予選に向けてのキャンプ アジア予選に向けてのキャンプ アジア予選に向けてのキャンプ アジア予選に向けてのキャンプ アジア予選に向けてのキャンプ アジア予選に向けてのキャンプ U-20アジア1次予選 U-20アジア1次予選 プリンスリーグ プリンスリーグ プリンスリーグププリンスリーグ 高円宮杯高円宮杯 インターハイ地区予選 インターハイ地区予選 イインターハイ県予選インターハイ県予選 イインターハイインターハイ 高校選手権県予選高校選手権県予選 高校選手権高校選手権高校選手権 クラブユース県予選 クラブユース県予選 クラブユース地域予選クラブユース地域予選 クラブユースクラブユース JユースカップJユースカップ 国体強化TR 国体強化TR ミニ国体ミミニ国体国体国体国体 U-17アジア最終予選 U-17アジア最終予選 U-17アジア最終予選 U-17アジア最終予選 クラブユース県予選 クラブユース県予選 クラブユース県予選 クラブユース県予選 クラブユース地域予選クラブユース地域予選クラブユース地域予選クラブユース地域予選 クラブユースク クラブユースクラブユースクラブユース 高円宮杯県予選高円宮杯県予選 高円宮杯地域予選高円宮杯県予選高円宮杯県予選 高円宮杯地域予選高円宮杯地域予選高円宮杯地域予選 高円宮杯高円宮杯高円宮杯高円宮杯高円宮杯 春季大会 春季大会 春季大会 春季大会 総体予選総体予選総体予選総体予選総体予選(県、市町) 全国中学校大会全国中学校大会全国中学校大会全国中学校大会 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 カテゴリー U-18 U-16 代表(U-18) 代表(U-16) 高校生 中学生 プリンスリーグ 高体連 クラブ連盟 アジア予選に向けてのキャンプ アジア予選に向けてのキャンプ アジア予選に向けてのキャンプ アジア予選に向けてのキャンプ アジア予選に向けてのキャンプ アジア予選に向けてのキャンプ U-20アジア1次予選 U-20アジア1次予選 プリンスリーグ プリンスリーグ ププリンスリーグプリンスリーグ 高円宮杯高円宮杯高円宮杯 インターハイ地区予選 インターハイ地区予選 イインターハイ県予選インターハイ県予選 イインターハイインターハイ 高校選手権県予選高校選手権県予選 高校選手権高校選手権高校選手権 クラブユース県予選 クラブユース県予選 クラブユース地域予選クラブユース地域予選 クラブユースクラブユース JユースカップJユースカップ U-17アジア最終予選 クラブユース県予選 クラブユース県予選 クラブユース県予選 クラブユース県予選 クラブユース地域予選クラブユース地域予選クラブユース地域予選クラブユース地域予選 クラブユース 高円宮杯県予選 高円宮杯県予選 高円宮杯県予選 高円宮杯県予選 高円宮杯地域予選高円宮杯地域予選高円宮杯地域予選高円宮杯地域予選 高円宮杯 高円宮杯 高円宮杯 高円宮杯 高円宮杯 春季大会 春季大会 春季大会 春季大会 総体予選総体予選総体予選総体予選総体予選(県、市町)(県、市町)全国中学校大会全国中学校大会全国中学校大会全国中学校大会 国体TR 国体TR ミニ国体 国体TR 国体TR (例:関東) 国体 マ ッ チ デ ー マ ッ チ デ ー マ ッ チ デ ー マ ッ チ デ ー マ ッ チ デ ー マ ッ チ デ ー マ ッ チ デ ー マ ッ チ デ ー マ ッ チ デ ー プリンスシード■2005年以前
■2006年以降
(U-16)につくり、この年代が抱えていたトレーニ ングやゲームから遠ざかる期間を少なくすることが できた。そして、U-18年代の過密スケジュールの軽 減にもつながっている。 U-16の選手が都道府県を代表する選手として真剣 勝負を闘うことで、技術・戦術に関しての向上が見 られる。また、学年的には下級生であるが、この機 会に自分自身がリーダーシップを発揮し、ゲームの 責任を持って遂行する場を持つことは、選手を自立 させていくために大きな効果があると思われる。 (2)中学生の天井効果の排除 中学3年生にU-16での出場を認めたことで、第3種 の中では余裕を持ってプレーできる選手に、カテゴ リーを上げた公式戦に出場することで天井効果を排除することが できると思われる。今大会では18名の中学3年生が出場した。全 体から見るとまだ5%と低い数字であるが、今後はより多くの中学 生が出場するのではないかと思われる。 (3)トレセンとの連携∼都道府県での長期一貫指導体制の確立 高校3年生の国体では高校生になってから鍛えれば良かった。都 道府県内の強豪高校やJユースチームに入る選手が入口の問題であ り、その後に各チームやトレセンでの強化を考えていれば良かっ た。しかしU-16化したことで今までのやり方では通用しない。ま だU-16年代は心身ともに不安定であり、強豪高校やJクラブに入っ た選手でも高校1年生の前期では、4月から選手を招集してチーム づくりをしても間に合わないことが今大会ではっきりした。 優勝した千葉県はU-12年代から第2種と第3種のコーチがミック スして各年代を育成している。同じように取り組んでいる都道府 県も多く、今年の国体の監督で昨年も47FAのトレセン活動に携わ っている監督は、全体の3分の2に達している。指導者が種別の壁 を取り外し、年代に応じた指導により、都道府県内での長期一貫 指導体制の確立が促進されたと思われる。 (4)指導者の交流とコーチングの向上 長期一貫指導体制の確立でも触れたが、種別を越えた活動が増 えることにより、個人とグループまたチームでのやるべきことを、 違う種別の指導者と共有することができると思われる。具体的に は第2種の指導者が13、14歳の年代のトレセンにかかわることで、 チームを組み立てる個人、またはグループの技術・戦術の段階別 な指導や、中学生年代の選手の導き方などを第3種の指導者とディ スカッションできるであろうし、第3種の指導者はU-16のトレセ ンや国体チームにかかわることで、チーム全体のマネジメントを 肌で感じることもできると思われる。またそこに第4種の指導者も 加われば一層指導者の連携は取れてくると思われ、各年代のコー チがもっと幅の広い年代にかかわり、コーチングの質を向上させ ることができると思われる。 (5)マッチデーとの連携(リーグ戦化、M-T-Mの創出) U-16化でこの年代に公式戦をつくることはできたが、ミニ国体 や本大会は短期の闘いであり、特に本大会は5日間5連戦のトーナ メント方式になっている。トーナメント戦を否定するのではない が、選手を長期にわたり育成する観点から、リスクにトライでき てM-T-Mの確保できるリーグ戦は不可欠であると思われる。その ために毎月1回のマッチデーを設けて地域内のリーグ戦からM-T-M を導入していくことを行っていきたい。 本年度は関東と東海がマッチデーでの対戦をミニ国体の組み合 わせの予備戦として位置づけた。それにより4月から真剣勝負の場 が創出され、どの都県も4月とミニ国体の8月とを比較するとチー ム力が大きく進歩していたと思われた。関東地域では国体で終わ るのではなく、U-16の育成強化は年間を通したリーグ戦から行う と考えている。 また、このマッチデーでは90分ゲームを行っている。この年代 で90分は長いと思われるが、国際大会では90分はスタンダードと なっており、先般行われたAFC U-17選手権(U-16年代)でも1日 おきの90分ゲームにより世界大会が争われている。所属チームで はまだ完全なレギュラーではなく90分を体験できない選手が多い が、このマッチデーで4月から90分ゲームを経験したことは、今 回のU-16日本代表が大会の全6試合のパフォーマンスを落とすこ となく闘え、12年ぶりのアジアチャンピオンを勝ち取った一翼に なっている。 1つの改革ですべてを解決することはできない。ウイークポイン トを補いストロングポイントに変えても、そのことで新たなウイ ークポイントが出てくるのは当然だと思われる。しかし、「ウイー クポイントが出たから失敗」ではなく、新たにできたウイークポ イントをいかにして改善するかを考えていくことが重要である。
4.国体U-16化の課題
53 (1)17、18年代の選手発掘と強化 国体少年の部をU-16化したことで17、18歳 の選手の場は少なくなった。しかしU-18年代 はトップレベルのチームでプレーする年代 (FIFAワールドカップでも10代で多くの選手が 出場している)であり、少年の部ではなく成 年の部での出場をお願いしてきた。高円宮杯 全日本ユース(U-18)、プリンスリーグに出場 する選手に関しては既にレベルの高いゲーム 環境があることと、18歳年代の過密を解消す る目的から、それ以外の選手に成年の部での 出場を考えた。今大会(本大会)で第2種年代 の選手の出場は4名であり、数の上ではまだ少 なかった。しかし今後は成年の部は社会人の 大会のような固定観念を取り払い、能力のある選手に場の提供を してカテゴリーが上がり、厳しいゲームの中での選手強化を狙っ ていくようにしていきたい。 (2)所属チームとの日程調整 18歳年代の過密を解消するためのU-16化でもあったが、新たに U-16年代での過密が生じていることも出てきた。所属チームで既 にレギュラーに定着して毎週プリンスリーグで90分間をフル出場 している選手は、所属チーム、代表チーム、国体チームと過密に なっている。代表招集と重複した部分もあった。今後、代表チー ムとしては「マスト」で招集するキャンプを年度当初にアナウン スし、チームとの連絡連携を深めていきたいと考えている。また、 プリンスリーグとマッチデーの日程調整も行う必要がある。どう しても各大会が独自に運営を考えてしまうことがある。今後はこ の問題に限らずユース育成全体を包括的に行うことのできる地域 のユースダイレクターの存在が必要となると思われる。 それでもプリンスリーグとマッチデーとの連戦が生じる場合も あるが、チーム間での調整を「プレーヤーズ・ファースト」で行 うことが重要だと思われる。今年の例では翌日のプリンスリーグ にスタートで使いたい選手を、前日のマッチデーでは国体チーム が45分のプレー時間にしていた県もあった。また、プリンスリー グよりもマッチデーを尊重し、マッチデーに出場させた上で、翌 日のプリンスリーグは、日ごろはベンチを暖めているU-18年代の 選手を先発させてくれたチームもある。この問題は強制的に優先 権をつくるのではなく、ケースに応じてチーム間の紳士的な解決 を考えていくことが重要であると考える。 (1)国体の意義 国体は都道府県の体育協会から強化費が出されている。だから 国体で勝利し得点を獲得することが必要であり、「国体での得点が 次年度の補助金の査定になるので勝利至上主義になる」という意 見を聞く。国体強化費は都道府県民の税金であり、体育協会から プレッシャーがあるのも事実だと思われる。しかしその中でわれ われコーチは選手に何をしていくのかが問われる。「理想論」だと 一言で片付けるのではなく、チームスタッフが圧力を感じている のなら各協会でプレッシャーからプロテクトしていくべきであり、 選手の将来につながらない目先のチーム強化に走ってはならない。 今回のU-16化は日本サッカー全体を考えての改革であり、国体 という一大会の改革ではない。そして日本体育協会も国体は都道 府県の獲得得点を争わせて意識高揚を狙っているが、その根本の 目的は「日本の競技力の向上」であり、国体を通して国際競争力 を向上させることが一番の狙いである。U-16化は日本全体のスケ ジュールから逆算して、選手を育成強化しレベルアップを目指す 改革であるので、極端な勝利至上主義に陥り、選手の強化育成に 効果の上がらない大会になってしまうことはあってはならない。 (2)今後の方向性 大人のサッカーの入口であるが学校体育の狭間にあたる中学3年 生の後期の受験によるブランクと、高校1年生になり、まだ所属チ ームでの出場機会が少なく公式戦から遠ざかる選手に対して、必 要なことは何かが重要になる。国体という短期の大会だけでなく 毎月1回のトレセンマッチデーを創出し、継続的な活動からM-T-M の確保をしていくことを考えたい。 また第2種と第3種、そして第4種も含めて種別を越えた長期一 貫指導体制を都道府県内で確立することを狙いとしていきたい。
5.国体改革(少年の部U-16化)の方向性
「勝つことと育てることは矛盾すると同時に矛盾しない。 われわれコーチはその矛盾の中に生きている」 イビチャ・オシム日本代表監督勝つこと、育てることの両立を目指して
①出場チーム数が32チームから24チームへと縮小された。このた め各地域の予選が激戦となり、ミニ国体の前にシード権をU-16ト レセンリーグで決定する地域も出てきた。試合数の少ないU-16年 代の選手にとっては、経験値を上げるという点では良い取り組み である。 ②35分ハーフ、登録16名、選手交代5名という国体ならではのも のであるが、今後、40分か45分ハーフにできると大人のサッカー への入口としては申し分ない。成長著しいU-16年代の選手選考に は各都道府県で頭を悩ませたようである。24チーム中8チームが メンバー変更、中学生登録は半分の12チーム、高校2年生の早生 まれ登録は17チーム、中学生と高校2年生早生まれどちらも登録 が6チーム、高校1年生のみの登録が2チームであった。 中学生がスターティングメンバーとしてピッチ立っていた県も 少なくなかった。第2種と第3種が連携しているからこそできる起 用である。また、メンバー構成もさることながら、試合終盤、大 会終盤では選手自身の経験の差は大きいといえる。 ③監督の種別として、第3種母体からの監督が3チーム、クラブ母 体から2チーム、20チームが第2種母体からの登用であった。ヘッ ドコーチやGKコーチ、マネージャー等には種別を超えた連携が十 分見られたのは確かである。スタッフ構成のパターンとしては次 のようなものが挙げられる。 ④組み合わせでは24チームのトーナメントなので8チームのシー ドチームが出ることとなる。当然のことながら試合数の少ないシ ードチームの方が日程が進むにつれてパフォーマンスも良くなる ことが予想されたが、その中で5試合を戦って優勝した千葉県の力 は賞賛に値する。その要因は選手層の厚さにある。 ⑤飲水タイムを取ることについて
私はAFC U-17選手権(FIFA U-17ワールドカップアジア予選) を見た直後の視察であったから余計に感じたのかもしれないが、 この選手たちが45分ハーフのゲーム中に自ら時間を見つけての飲 水ができるようになるのかと少し不安を感じた。 まず、全体的な印象は、観客を魅了するようなすばらしいプレ ーもするが、イージーミスもするといったものである。サッカー を理解しているようで、分かってないことが多い。U-16年代でも、 ミスなくすばらしいプレーを連発するゲームにまで引き上げたい。 (1)判断 ①判断の部分では「やってはいけないプレー」を平気で行う場面 が多かった。やってはいけない場所で、やってはいけない時間帯 で、判断ミスを個人でもチームでも行う場面が多い。だからこそ、 この国体U-16化により経験値を上げる良い機会となる。 ②ピッチの状態は良く、パスを浮かす必要のない場面でも、安易 に浮き球でのフィードや強いサイドチェンジのパスが必要なとき に、味方の選手にただ渡りさえすればよいという意識のパスも多 かった。 (2)技術 ①中距離以上のフィードの精度は課題といえる。狙いをもったミ ドルシュートのトレーニングの量を増やす必要があると強く感じ た。 ②ぎりぎりのところで横パスを通し、ビックチャンスを演出しよ うとするアイデアや、一瞬の隙を見逃さずスペースにトップスピ ードで飛び込む思い切りはすばらしく、若さならではのプレーも 多々あった。しかし、それぞれをやり切れる「止める、蹴るの技 術」「動きながらの技術」が身についていない。だからこそ、この ビックマッチで失敗や成功を体験し、刺激を受けて次のトレーニ ングに励んでほしい。 ③長身の選手でありながら頭にボールが当たらない選手が多かっ た。ボールの落下地点に素早く入ることや、前・横からのボール へ対応するヘディングの技術を身につけさせたい。 (3)戦術 ①個人でもチームでボールを失わないことへのこだわりがない。 特に顕著な例として、(退場等で)数的に有利なチームが悪いボー ルの失い方で失点するといった場面があった。この年代までに 「ボールを失う罪悪感」を強く持たせことが大切である。そしてボ ールを失わないためにも、個人もチームもプレーに選択肢を持 つ・持たせる意識とサポートの量と質にこだわりたい。 ②攻撃・守備のスイッチが入ったときに(スピードアップしたと きに)、パサーとレシーバー、チャレンジとカバーのタイミングが 合わないときが多かった。ボール保持者と2人目の関係はもちろん、 3人目の動きと、ただ奪うだけではなく、意図的にインターセプト を狙う量を増やせば試合の質はさらに上がる。 ③GKも含めたビルドアップが少ない。数的に優位なディフェンス パターン1:第3種の監督、第2種、第4種等がサポートする形 パターン2:第2種が全体のオーガナイズする監督、第3、4種等がサポート する形 パターン3:第2種がすべて取り仕切る形 パターン4:クラブ関係者が監督、他がサポートする形 パターン5:その他
2.テクニカル
テクニカルスタディ
【報告者】吉武博文(ナショナルトレセンコーチ)1.大会概要とその取り組み
55 ラインでの有効な組み立てとGKとボランチの活用の工夫を強調し たい。 (4)フィジカル ①連戦、暑さ、選手登録数の少なさなど、持久力に対して厳しい 条件ではあるが、中学生年代の心肺機能向上を経てU-16年代を迎 えた選手にしては、運動量が試合終盤や大会終盤には落ちてきた ケースが多かった。中学生年代のチームやトレセンとタイアップ して、心肺機能の向上に取り組む必要がある。 ②上背のない選手で、スピードに乗り、俊敏性のある動きからの チャンスメークや得点できる選手がいたのは日本人らしいプレー で頼もしく感じた。 (5)メンタル ①メンタル的に大変不安定な年代である。一つのパスミスやトラ ップミスで必要以上に硬くなったり怖がったり、一夜明けると非 常に積極的に取り組んだりとメンタル的な起伏が大きく難しい時 期である。だからこそ、一貫指導の中でいろいろな角度からの刺 激を与えることが重要である。 ②ゲーム中の「ひたむきさ」を感じた。精神的に不安定な時期、 しかしゲームに没頭し、真摯に取り組む時期でもある。そんな時 期にしのぎを削る戦いを体験することは精神的に飛躍的な成長を 促すこととなる。 ③個人での駆け引き、チームでの駆け引き、レフェリーの癖や基 準を見抜きプレーするといったところまでには、まだまだほど遠 いと感じられた。サッカーのゲームでの本質に迫る駆け引きを身 につけてほしい。そして、この大会を境に大人のサッカーへと移 行するよい機会である。 (6)その他 ①タレントとしてはサイドアタッカーが少なかった。大型FWや大 型CBが目を引いた。これは各都道府県での選手発掘→強化・育成 という流れの成果といえる。 ②GKからの配球の意図・狙いは良いが、それを実行するだけの技 術が未熟である。また、しっかりとビルドアップするにはDFのポ ジションをGK自らが修正するリーダーシップも必要となる。さら にクロスやセットプレー時のDFとの連携や、危険なスペースにDF を配置できないなどの課題も残った。これらは経験を積むことに より改善できる課題でもある。 ③プレー全体に「危なっかしさ」を感じてか、監督・コーチや県 の関係者などの必要以上のサイドコーチも見られた。U-16年代は、 まだまだ失敗が許される年代であり、「失敗から学ぶ」ことの方が 定着する場合もある。また、そのゲームにおける選手のパフォー マンスを無視し、チームの約束事として選手交代をしたり、残り 時間が15分もあるのにボールキープに入ったり、采配で勝敗を決 めようとする大人の働きかけも見られた。采配ももちろん大切で はあるが、日常の継続的な取り組みで選手個人の力を高めて勝負 したいものである。 それぞれの県によりチーム力・選手の力には差があるのは否め ない。発展途上にある県はまずイージーミスの撲滅に取り組みた い。ある程度ボールを支配できるチームは相手ゴール前(ペナル ティーエリア付近)での工夫により決定的なチャンスを演出した い。また、どの県も積極的にボールを奪いに行き、1試合を通じて ハイテンション・ハイプレッシャーな守備ができることをベース としたい。 国体U-16に出場した選手たちは、大会にかける選手自身のモチ ベーションが高く、勝利へのこだわりが強かった。そのため、観 ている者を共感させ、この先の成長を見守りたいという気持ちに させた。 この大会は高校生年代の最初の大会であり、これから2年間の変 化や成長・改善の余地を残し、次のステップへと期待感を抱かせ る大会でもあった。また、日程が進むにつれて、大会期間中にう まくなる選手も多く、体験や経験により無限の可能性が広がるこ とを強く感じた。良い刺激を与えれば与えるほど、短期間でもパ フォーマンスが向上する年代であることも再認識させられた。 国体U-16の初の大会は、好成績の常連でありJクラブのある千葉 県と本国体出場権獲得が目標であった沖縄県の両県優勝で幕を閉 じた。この結果は、組織づくりや国体へのこだわりを持って取り 組んできている県に対し、今までのやり方は間違いなかったとい う自信と確信を与 えた。また、地域 的なハンディやJ ク ラ ブ の な い 環 境、これまでに一 度も結果を残した ことない県に夢と 希望を与えた結果 と な っ た 。 や り 方・取り組み方・ 連携の仕方等で、 4 7 都 道 府 県 す べ てに優勝のチャン スがあることを証 明してくれたこと となる。各県の来 年度の躍進と取り 組みが結果に反映 されることを心よ り願ってレポート の結びとします。
3.まとめ
今回、U-16となって最初の国体を沖縄県と両県優 勝という形で終わることができた。今回の国体を振 り返って、U-18年代で行われた国体と比較して、感 じたことを何点か述べたいと思う。 『理解しているようで理解していないU-16年代』 今回の国体を準備し、戦ってきて一番強く思った ことである。U-18年代の国体もコーチとして、2度 参加したが、U-18年代の選手は各チームのエース・ 中心選手の集まりで、試合経験もある。“一言えば 三わかる”とまでもはいかなくても、トレーニング や試合の中で選手自身の力で修正できる力がついて いた。トレーニングの狙いや試合のコンセプトの伝 達が多少あいまいになっても、こちらの意図を推察 してプレーすることができた。今回初めてU-16年代 を指導することになり、一番苦慮したことがこの点 である。攻守の個人戦術の理解度が低い、オン・ ザ・ピッチとオフ・ザ・ピッチで良い習慣が身につ いていない、サッカーに対する意識が甘いなど、ま だまだ未熟な部分が多かった。代表を経験している 選手も何名かいたが、こちらが思っているほどサッ カーを理解していなかったし、「知らない」という ことも多かった。 また、こちらの伝達方法もうまくなかったことも 原因だと思うが、所属チームと選抜チームのゲーム コンセプトの違いに戸惑い、機能しないことも多々 あった。自分のプレーについて「自分はこうしたい」 と考えながらプレーしている選手は多くいたが、試 合の流れや状況に応じて考えてプレーしているかと いうと課題があった。今回、われわれ千葉県スタッ フもやりきれなかったが、この年代を指導する上で、 指導者が明確なコンセプトを持ち、そしてコンセプ トを選手に落とし込むための工夫をするということ がとても重要になってくると思う。 『コミュニケーション下手』 トレーニングをしていても元気がなく、単純な声 すら出せない。スタッフが鼓舞してもなかなか乗っ てこない。好きな子や同じ所属チームでのグルーピ ングが多い等々。選抜チームとして戦う上で一番大 事な部分であると思うが、コミュニケーションをと るということを指導することが浸透していかなかっ た。コミュニケーションの問題は、サッカーの場面 だけで指導できる問題ではない。成長段階における この年代特有の部分であるかもしれないが、コミュ ニケーションの重要性を理解させ、あらゆる場面で 指導していく必要があると感じた。 また、自分と関係ないことには関心が低く、チー ムとして・仲間として助け合うことが少ない。例え ば、相手の攻撃に対し、ゾーンディフェンスで対応 するとする。自分のゾーンに入ってきた相手のマー クはするが、ゾーンから出て行った相手に対して、 味方に声をかけて受け渡しをしない。味方の視野か ら消えている選手がいることを、見えている選手が 教えない。だからCBとSB、DFとMFの間にポジシ ョンをとられるとマークがあいまいとなり、そこか ら崩されることが多い。クロスに対する守備も相手 選手を簡単にフリーにしてしまい、失点してしまう 場面も見られた。 『スタッフ』 今回初めてのU-16ということで、いつもより多く のスタッフを配した。Jクラブに所属する選手が多 いことから、柏レイソル、ジェフユナイテッド千葉 の両チームからコーチを派遣してもらい、所属チー ムとの連携をスムーズにすることや選手の情報や掌 握をお願いした。ヘッドコーチ格には市立船橋高校 のコーチとして何度も全国優勝の経験のある曽我氏 をお願いした。今回、チームコンセプトを実践して いくためのトレーニング構築や試合の分析において は曽我氏の手腕によるところが大きかった。やはり 全国大会で何度も勝利を収めている経験は大きく、 選手からの質問にも即座に対応でき、コンセプトを 実践する上で指導の軸がぶれないため、一貫した指 導ができたのではないかと思う。私も一緒に仕事を して、勉強することが多かった。 U-16年代では上記のような問題も多々あり、国体 の年代が下がったからこそ、豊富な経験があり、指 導力のある人材を配することがチーム強化には不可 欠ではないかと思う。 『試合を通して』 千葉県選抜の場合、1回戦から気の抜けない試合 が続き、いつ負けてもおかしくない大会であった。 相手のミスやラッキーに助けられた部分もあった が、試合を重ねるごとに上記の問題点が少しずつ克 服されていった。マークの確認の声が出てくる、状 況を考えたプレーをする、ミーティングで話し合っ たチーム戦術が機能し始めるなど、選手の成長が感 じられた。勝つことによってミーティングで選手の 顔つきが変わってくる。やはり経験というものは選 手にとっても指導者にとっても大事である。連戦が 続くという大会方式には問題もあると思うが、シビ アな戦いを続け、所属チーム以外の指導者の指導を 受けるという経験はU-16年代で選手の幅を広げてい く意味でもとても大切なことではないかとあらため て強く感じた大会であった。 沖縄県少年選抜は、第61回兵庫のじぎく国体少 年の部で優勝することができた。沖縄県のサッカ ー界にとってはサッカーの全カテゴリーを通じて 初めての「全国制覇」で記念すべき大会となった。 国体のU-16化の流れの中で取り組んできたこと は、各県と同様にU-11・12からのトレセン活動を 継続して3種(U-13∼15)につなげてきたこと。そ れと、現U-16がU-13のころに一部の地域ではあっ たが1年生のリーグ戦(8チーム2回戦総当たり、名 称「マンゴーリーグ」)をナイターで実施した。こ のマンゴーリーグのころから加藤久氏とかかわり 始め、ジュニアユースの各大会、トレセン活動な どで献身的にかかわっていただいた。その中で加 藤氏は全国のレベルを十分把握していない自分た ち(トレセンスタッフ)にいつも口癖のように 「全国でも十分通用する、優勝できる」と言ってく れた。ちなみに、このマンゴーリーグから育った 選手の中から6名が国体のメンバーに選出された。 毎月1回の県トレセン活動や3種年代の各大会を こなしていく中で、選手をピックアップ、フォロ ーアップを繰り返し行い、昨年9月に40名程度でU-16化に向けて3種のスタッフと加藤氏も加わって 「U-16のサッカーをしている子どもたちに夢を与え るんだ」というミッションを掲げ、「本国体で頂点 に立つんだ」という目標をもとに本格的にスター トを切った。 最初は、月2回のペースで練習を行った。内容は ほとんどが高校生とのゲームが中心であった。 練 習を繰り返し行う中で選手選考を行い、今年3月に は20名程度に絞り込んでいった。 その間、加藤氏 はもちろん、ナショナルトレセンコーチ九州担当 の吉武博文氏にも直接選手の指導、助言をもらい ながら強化していった。 いよいよ4月を迎え、2種のスタッフ1名を加え、 加藤氏も含め6名のスタッフで取り組むことになっ た(スタッフの内訳は1種-1名、2種-1名、3種-2名、 医科学-1名、加藤氏)。4月からの練習は2種の大会 等の絡みで調整は大変だったが各チームに理解、 協力してもらい比較的スムーズに行うことができ た。 7月の九州予選に向けては、5月の連休(2日∼5 日)に御殿場(静岡県)で県外合宿を行った。経 費の面ではほとんどが自己負担(7万円程度)では あったが保護者にも理解、協力してもらい、選 手・スタッフにとっても県外の強豪校や清水エス パルスとゲームをすることができ、良い経験をす ることができた。 その後の取り組みとしては、県内の高校チーム との練習ゲームを中心に週1回の練習を行い調整し た。最終的に16名に絞り込み九州大会を迎え、予 選突破し、本国体に出場することができた。本国 体でも選手、スタッフが信頼関係をさらに深め、 目標に対して常に良い準備ができたことが今回の 結果につながったのではないかと思う。 最後に今までいろいろな面でサポートしていた だいた方々へ感謝するとともに、また今回の結果 に満足することなく、今までの活動を地道に継続 していきながら、地域に合った「沖縄らしいサッ カー」を追求し、すばらしい選手を輩出していき たい。