2.洞海湾の水質汚濁の歴史 2.1 はじめに 洞海湾がその形を成したのは、今から4,000 年から 5,000 前の縄文時代であった(図 2.1)。 当時の湾岸で発見された黒崎貝塚からは、大型のタイ類やカキなど多くの魚介類の遺骸が 発掘された。この時代以降、洞海湾にはアマモ場、干潟そしてヨシ原等を擁した遠浅の内 湾風景や湾岸には白砂青松の美しい風景も認められた。さらに、湾岸では塩田や干拓によ る水田もつくられるようになり、人々ののどかな暮らしが営々とあった。洞海湾は、とく に「クルマエビの宝庫」とよばれ、漁獲されたウナギは関西方面へ、またナマコの乾燥品 (イリコ)は中国に輸出されるほど海の幸の豊かな海であった。詳しくは参考文献の山田 (2000, 1999, 1995, 1994)の参照をお願いしたい。 ところが、明治 34 年(1901 年)に官営八幡製鉄所が湾岸に建設され、北九州工業地帯 の産業港としての役割を持たされると、洞海湾の風景が一変することとなった(図 2.2)。 大規模な埋め立てと浚渫が繰り返され、図2.1 に示されるように、ずんぐりとした遠浅な形 状は細長く深い内湾へと変化した。現在の洞海湾の湾長は約13km、湾幅は湾口部で 1.3km、 湾奥部で 0.5km、平均水深は 7m で航路域に最大水深が 13m、面積は 10km2である。 図2.1 洞海湾の形状の変化 図2.2 洞海湾の湾岸風景の変化
2.2 産業公害とその特徴 洞海湾を母港とする北九州工業地帯は、4 大工業地帯の一つとして重化学工業が発展し、 明治時代以降の富国強兵さらに戦後の高度経済成長などの国策を支えてきた。他の有力な 都市を退け寒村であった八幡村に官営八幡製鉄所が誘致されたのは、筑豊炭田というエネ ルギー源や原料である鉄の産出国である中国に近い場所に位置するという、地の利も一因 であった。 洞海湾の水質汚濁は、このめざましい産業発展と表裏一体で進行することとなった。当 時は科学的な知識と情報が欠落していたのみでなく目先の利潤が強く追求されたため、現 在では当然行われている排水処理がなされておらず、このため激甚な産業公害に見舞われ ることとなった。昭和8 年(1933 年)には、流入排水の影響を受け漁獲高は僅か 4 年間で半 減し(図2.3)、湾の半分の水域に無生物地帯が認められた。その後水質汚濁は進行し、第 2 次世界大戦以前から湾内では魚影の全く認められない「死の海」と化した。しかし、昭和 40 年代に入ると、市民が企業城下町という特殊な圧力に屈することなく対策の必要性を訴 え、さらに民、産、学、官の四者が連携して水質改善に取り組んだ結果、産業公害からの 脱却に至ることとなった。この経緯については、参考文献の山田(2011)に詳しく述べてい る。 洞海湾の公害による水質汚濁の歴史について東京湾(高田 1993)や瀬戸内海(上 2007) など我が国の他の内湾と比較検討すると,洞海湾では汚濁が20 世紀初頭という早い時期か ら始まり、水質汚濁により漁業を営めなかった期間が約50 年間と極めて長かったことが特 徴的である。しかしこれとは逆に,工場排水が処理され放流されるようになると,約 3 年 後にはほとんどの水質環境基準値がクリアーされた。また、汚染底質の浚渫もあり、水質 が改善されて約10 年後には生態系の回復が確認されるなど、改善のスピードが極めて速か った。このように、極限状態の水質汚濁が長期間にわたった深刻さ,工場排水の処理さえ 行えばよかった救済手法の単純明快さ、また汚濁からの脱却速度の速さなどが、洞海湾の 産業公害は特異的であるといえよう。 図2.3 洞海湾の漁獲高の減少 (福岡県水産試験場、1933 を改変)
2.3 富栄養化水質汚濁 洞海湾では昭和 48 年(1973 年)にほとんどの環境基準項目を達成して法律的には水質問 題が解消し、クルマエビ漁が昭和58 年(1983 年)再開した(図 2.4)。しかし、かつての産業 公害の激甚さを思い起こすと、北九州市民は水質の改善を確信することは困難であった。 そこで、北九州市環境科学研究所では、水質改善を生物学的に確認するために、生態系の 主要生物群について復帰状況調査を平成元年(1989 年)から開始した。 2.3.1 生物の復帰状況 1980 年(昭和 63 年)から開始した生物調査の結果、植物プランクトンから魚、エビ・ カニ類に至るまで生態系の主要生物群が全の湾内全域へ復帰したことを確認し、水質の改 善を生物学的に例証した(北九州市環境科学研究所 1993, 1991, 1989, 山田ら 1991, 梶 原・山田 1997, 山田ら 2005)。しかし、図 2.5 に示されるように、海藻類は春季の繁茂、 鳥類は秋・冬季の渡り鳥の飛来による出現量の増加など各生物群により特有の季節的消長 が認められたが、湾奥部では底生動物(Ueda et al. 1994)、付着動物(梶原・山田 1997)、 干潟動物および魚、エビ・カニ類などの動物群に特異的な出現量の減少が夏季に認められ た(北九州市環境科学研究所1999)。 0 20 40 60 80 100 0 20 40 60 80 100 植物プランクト ン 海藻 底生動物 付着動物 干潟動物 魚、エビ・カニ 魚、エビ・カニ 鳥 春 夏 秋
冬
図2.5 湾奥部における主要生物群の季節別出現割合 1989∼1992 年 *,底曳網で採集; **,刺網で採集 底生動物は秋季と冬季、干潟動物は秋季には調査を実施しなかった 図2.4 産業公害からの脱却2.3.2 貧酸素水塊の発生状況 湾奥部の動物群に認められた夏季の出現量の減少原因を調査するため、北九州市環境局 で実施している公共用海域水質調査に加え、北九州市環境科学研究所では湾内に 7 地点を 設定して水質・底質調査を開始した(図 2.6)。 その結果、図2.7 に示すように 1994 年(平成 6 年)には湾奥部において、魚介類の生存 に悪影響をおよぼす溶存酸素濃度3mg/L という貧酸素水塊が 6 月中旬から発生しており、7 月に入ると9 月中旬まで 2mg/L、時には 0.1mg/L 以下という無酸素に近い状態が底層に認 められ(東ら 1998)、これが動物群の生息に悪影響を及ぼしていることが推定された。ま た、このことから、産業公害の脱却後に洞海湾では「富栄養化」という水質問題が生じて いることが明らかになった。 図2.6 洞海湾の水質調査地点 Stn1-Stn7, 北九州市環境科学研究所設定 D2, D6, K7, K8, 公共用海域水質調査 環境基準点 図2.7 1994 年夏季、洞海湾湾奥部における貧酸素水塊の時系列変化
2.3.3 洞海湾の水理と全窒素・全リンの湾内滞留時間 洞海湾の水質問題を解決するには、湾の水理が明らかにされる必要がある。そこで調査 を行った結果、湾内では典型的な河口循環流が生じていることがわかった(図 2.8)。すな わち、湾奥部の表層では河川水など淡水が多量に流入するため湾奥部から湾口部へ向かう 流れが生じ、これが駆動力となって響灘の海水が湾口部の下層から流入して約 4 日間で湾 奥部に到達し、湾奥部では下層から表層に約 7 日間をかけて上昇して、上層では海水が淡 水と混合しながら2.5∼3.0 日間で湾口部から流出していく。 このような水理のもと、淡水の湾内での滞留時間は約 1 週間であった(柳ら 2001)。一 方、富栄養化の原因物質である全窒素や全リンは湾内に約 2 週間前後、滞留した。これら の滞留時間は湾の規模が洞海湾の約100 倍に相当する東京湾(宇野木・岸野 1977, 高尾ら 2004)や大阪湾(柳・高橋 1988)のそれらの約 1 ヶ月と比較すれば、かなり短いといえ る。 2.3.4 全窒素・全リンの負荷量 全窒素と全リンの流入負荷量の規制が、瀬戸内海の一部として、順に1996 年(平成 8 年) と1980 年(昭和 55 年)から実施された。全窒素は 1997 年には 14,000 kg d-1 であったも のが2010 年(平成 22 年)には 6,000 kg d-1 に、全リンは1997 年には 500 kg d-1 であった ものが2010 には 90 kg d-1に減少し、両者とも湾への流入量が著しく低下した(図2.9)。 4days 2.5 - 3days 7days
Inner 8 Sep. 1993 Outer
Sea bed
図2.8 洞海湾の残差流と湾水の到達期間 (Yanagi et al.,1997)を改変)
2.3.5 水質の長期変動 水質環境基準点D6 の表層で 1980 年から毎月 1 回、水質測定された結果(山田ら 2011) を図2.10 に示す。各水質各項目の中で年平均値が P<0.001 で変化が認められたのは水温(年 0.06℃増加)、全窒素(年 0.21mg/L 減少)および、全リン(年 0.004mg/L 減少)の 3 項目 で、水温上昇と全窒素・全リン濃度の低下が確認された。P=0.001 で変化が認められたの は透明度(年0.03m 増加)で水質が改善されていく状況が示された。一方、塩分やクロロ フィルa は年変動が大きく、経年的な変化は認められなかった。 0 10 20 30 40 W a te r te m p er at u re ( ºC ) Water temperature 0 2 4 6 Transparency T ra n s p a re n cy ( m ) 0 10 20 30 Salinity S a li n it y 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 Year 0 5 10 15 20 Total Nitrogen T N ( m g L -1) 0 0.1 0.2 0.3 0.4 T P (m g L -1) Total Phosphorus 150 Chlorophyll a 100 50 0 C h lo ro p h yl la (µ g L -1) 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 Year 図 2.10 D6 の表層における各水質項目の長期変動 折れ線は年変化を示す 図2.9 洞海湾への全 TN 負荷量と全 TP 負荷量の経年変化(北九州市環境局) 0 5,000 10,000 15,000
TN 負荷量
K g d a y –1Fiscal Year Fiscal Year
T N ( K g d a y – 1 ) 年 度 年 度
2.3.6 溶存酸素濃度の経年変化 1994 年(平成 6 年)(東ら、1998)、2006 年(平成 18 年)および 2011 年(平成 23 年) の夏季における湾内での貧酸素水塊の発生状況を図2.11 に示す。1994 年の夏季には大規模 に発生していた貧酸素水塊が 2006 年には縮小し、2011 年には湾内全域にわたって溶存酸 素濃度が3mg/L 以上となり貧酸素潮水塊の解消が示された。 2.3.7 環境基準達成前後における水質の変化 洞海湾では、1997 年(平成 9 年)に洞海湾水域として環境基準が第Ⅳ類型の TN:1mg/L, TP:0.09mh/L が設定され、これらの水質は湾内の環境基準点 D2 と D6、湾外の環境基準 点K7 と K8 の計 4 地点(表層)の年間平均値で評価されることとなった。図 2.12 には D6 における基準設定前後のTN および TP の変化を示す。環境基準設定後の 2009 年(平成 21 年)にはTN および TP は D6 単独でもそれぞれの環境基準をクリアーできるまでに低下し ていることが分る。なお、以降の各水質項目の環境基準設定後における濃度の比較は、図 2.12 の黄色の帯で示した年度間の平均値で行っている。 図2.11 洞海湾の貧酸素水塊の発生状況の経年的な変化 図2.12 環境基準設定前後における D6 表層の TN・TP 0 5 10 15 20 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 T N ( m g L -1) T P ( m g L -1) TN TP 00 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2001年 環境基準達成 1997年 環境基準適用
① 栄養塩濃度の変化 栄養塩類4 項目の各調査地点表層における環境基準達成前後の変化を図 2.13 に示す。 図中の縦バーは標準偏差を示す。両期間においていずれの栄養塩の濃度も湾奥部で高く、 湾口部に近づくにつれ減少が認められた。環境基準達成前後においてアンモニア態窒素 (NH4-N)とリン酸態リン(PO4-P)濃度の表層の平均値がそれぞれ 91 M から 4 M、2.2 M から 0.40 M と急激な減少が認められ、その減少はとくに湾奥部側で著しかった。一方、
硝酸態窒素と亜硝酸態窒素の合計値(NO2-N+ NO3-N)と珪酸態珪素(Si(OH)4-Si)には
基準値達成前後で大差は認められなかった。なお、1995 年(平成 60 年)9 月 1 に Stn6 の表層においてアンモニア態窒素の最高濃度 1,590μM(22.2mg/L)が測定され、この調 査時には植物プランクトンの死滅や細胞の損傷が観察された。 植物プランクトンの増殖が栄養塩によって律速されているか否かを判断するのに、それ らの半飽和定数が用いられることが多い。半飽和定数は栄養塩の最大取込み速度の半分の 速度を示す栄養塩濃度であり、現場環境の栄養塩濃度がこの濃度以下なら、植物プランク トンの栄養塩取り込みが 50%以上制限され,増殖速度がこの栄養塩によって律速されてい ることになる。洞海湾で最も頻繁に赤潮を形成する植物プランクトン、スケレトネマ
Skeletonema spp.の半飽和定数は、PO4-P では 0.68 M で、NH4-N は 3.6 μM, NO3+NO2-N
は0.5 μM. (Epply et al. 1969, 樽谷・山本 1994)であるので、現在、湾口部では PO4-P が スケレトネマの増殖を律速している可能性が示された(表2.2)。 表2.2 湾口部側と湾奥部側における環境基準達成前後の栄養塩濃度の変化 栄養塩 ( M) 湾口(Stn.1 – 4) 湾奥(Stn.5 – 7) 環境基準達成前 1995-1998 環境基準達成後 2006-2009 環境基準達成前 1995-1998 環境基準達成後 2006-2009 NH4-N 61.4 14.1 130 14.8 NO3+NO2-N 37.9 6.50 82.7 80.8 PO4-P 1.02 0.17 3.79 0.71 図2.13 環境基準達成前後の栄養塩濃度の変化(Hamada et al.、2012)
② 懸濁粒子の変化 懸濁粒子のPOC(粒子状有機炭素)、PON(粒子状有機窒素)、PP(粒子状リン)および Chl.a(クロロフィル a)の各調査地点表層における環境基準達成前後の濃度変化を図 2.14 に示す。図中の縦バーは標準偏差を示す。POC および PON は環境基準達成前後において それぞれ1.43 M と 1.42 M、0.26 M と 0.28 M で、両期間に大差は認められなかった。ま た、Chl.a も 48 g/L が 36 g/L に低下したが、両期間ともに変動が大きく有意な差は認めら れなかった。一方、PP は 0.088 M が 0.033 M へと大幅な減少が認められた。 環境基準達成前後における粒子状物質のPOC・PON・PP と Chl. a との関係を図 2.15 に示した。両期間ともにPOC・PON・PP のそれぞれは Chl. a と相関関係にあり、このこ とから、両期間ともに懸濁粒子は植物プランクトン由来であったことが推定される。 図2.14 環境基準達成前後における懸濁粒子の POC,PON.PP および Chl.a 濃度 の変化(Hamada et al.、2012) 図 2.15 環境基準達成前後に おける粒子状物質の POC・PON・PP と Chl. a との関係 0 50 100 150 200 250 300 350 0 50 100 150 200 P O C (u M ) Chl a (ug/L) 1995-1998 2006-2009 0 10 20 30 40 50 60 0 50 100 150 200 P O N ( u M ) Chla (ug/L) 1995-1998 2006-2009 0.0 2.0 4.0 6.0 8.0 10.0 12.0 0 20 40 60 80 100 120 140 160 P P ( u M ) Chl a (ug/L) 1995-1998 2006-2009
環境基準点D6 における赤潮発生の状況を 1980 年(昭和 55 年)から図 2.16 に示す。環 境基準達成後に栄養塩類濃度が著しく低下(図 2.13)しても、湾央部では依然として赤潮 が発生しており、赤潮の発生を抑制するまでに栄養塩類濃度が低下していないことがわか る。また、このように環境基準達成前後において夏季に植物プランクトンが異常増殖して いたことから、両期間の懸濁粒子が植物プランクトン由来であった(図 2.15)ことを支持 する。 ③ 沈降粒子の変化 1997 年(平成 9 年)と 2007 年(平成 19 年)の夏季に Stn 2, Stn 4, Stn 6 の 3 地点の水 深3m と 7m にセディメントトラップ(図 2.17)を設置し、沈降粒子を捕集して解析を行っ た。 月 年 度 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 月 1980 4 ● 5 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 6 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 7 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 8 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 9 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 10 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 11 ● 12 ● 1 2 3 ● 図2.16 赤潮発生の長期変動 , 赤潮が発生(山田ら,2011)
a)
b)
c)
図2.17 沈降粒子の捕集装置 セディメントトラップ a) 破線内がセディメントトラップ , b) トラップ管 , c). トラップ管の底(捕集された沈降粒子).沈降粒子のMass flux(フラックス全量)、POC (粒子状有機炭素)、PON(粒子状有機 窒素)、および PP(粒子状リン)の各調査地点表層における環境基準達成前後における濃 度変化を図2.18 に示す。両年の全測定点の平均値は Mass flux が 35g/m2・d と 33g/m2・d、 POC が 2.1g/m2・d と 2.6 g/m2・d とこれらの項目には大差が認められなかった。PON が 0.24 g/m2・d と 0.17 g/m2・d と湾奥部側で減少が、PP は 0.041 g/m2・d が 0.028 g/m2・d と減少が 認められた。 1997 年(平成 9 年)の 5 月から翌年の 1 月にわたり四季に 1 回ずつ沈降粒子の Mass flux を測定し、調査時の成層強度と比較し図2.19 に示した。図に示されるように、8 月に成層 強度が最も高くなった時にMass flux は小さくなっており、このことから表層で生産された 粒子状物質の下方への輸送量は密度成層の強さに強く影響を受けることが示された。 図2.19 1997 年 5.8.11 月と 1998 年 1 月における沈降粒子全マスフラックス と成層強度( st) の関係 (濱田ら,2010) 成層強度は表層とセディメントトラップの垂下水深の密度差である。 また、図中の記号の中の番号は調査を行った月を示す。
図2.18 環境基準達成前後における沈降粒子の Mass flux, POC,PON.PP 濃度変化
0 20 40 60 80 3m 7m 3m 7m 3m 7m Stn. 2 Stn. 4 Stn. 6 M as s flu x( g m -2d -1) 1997年 2007年 0 1 2 3 4 3m 7m 3m 7m 3m 7m Stn. 2 Stn. 4 Stn. 6 C fl ux (g m -2d -1) 1997年 2007年 0.0 0.0 0.0 0.1 3m 7m 3m 7m 3m 7m Stn. 2 Stn. 4 Stn. 6 P fl ux (g m -2d -1) 1997年 2007年 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 3m 7m 3m 7m 3m 7m Stn. 2 Stn. 4 Stn. 6 N fl ux (g m -2d -1) 1997年 2007年
Mass flux
POC
2.3.7 環境基準達成前後における底質の変化 環境基準達成前の1995 年(平成 7 年)9 月、達成後の 2008 年(平成 20 年)9 月におけ る底質のTOC(全有機炭素)TN(全窒素)、および AVS(酸揮発性硫化物)の各調査地点 表層(0-1cm)における濃度変化を図 2.20 に示す。両年の各地点の平均値は 2008 年には 1995 年に較べ TOC が 109%、TN が 100%と 2 項目とも両年に大差は認められなかったが、 AVS は 1.8 mg/kg が 0.62 mg/kg と 34%に減少した。また、両年の TOC に対する TN の比 は25.4 と 28.0 と大きな変化は認められなかったが、AVS の大きな低下から底質の組成が 変化し酸素消費量が減少していることが推定された、 2.4 おわりに 洞海湾は形を成して約 5,000 年間、美しい遠浅の風景と豊かな水産資源のもとで人々の 暮らしをのどかに支え続けてきた。しかし湾が重工長大型産業の母港として君臨するよう になると、この100 年間で湾の形や風景、水・底質のみでなく、棲んでいた生物に至るま で全てが一変した。「産業公害」により魚影の認められない「死の海」の状態が約 40 年間 以上も続いたが、工場排水が湾への放流前に処理されるようになると僅か 5 年で水質が改 善され、15 年後にクルマエビ漁が再開し、約 25 年後には生態学的にも水質改善が例証され た。 しかし、その後も夏季になると大規模な貧酸素水塊や赤潮が発生し湾奥部では多くの海 産動物が姿を消していたことから、湾の水質問題は「産業公害」から「富栄養化」に移行 していることが確認された。この「富栄養化」は、東京湾や大阪湾など我が国の内湾のみ でなく、後背に大都市を擁する世界の多くの内湾が共通して抱えている大きな水質問題で ある。しかし、洞海湾では富栄養化の原因物質である窒素やリンの流入量が削減されると、 我が国の他の内湾に先駆けて、貧酸素水塊が縮小・解消するに至った。 このように、洞海湾での水質問題は他に類をみないほどに深刻であったのに対し、そこ からの脱却スピードが極めて速いことが特徴的である。洞海湾の水質の改善状況や改善理 由をさらに科学的に解明していけば、他の内湾の水質改善にも貢献できるであろう。 y = 25.4x+2.47 r² = 0.997 -y = 28.0x+1.62 r² = 0.995 0 20 40 60 80 100 120 0 1 2 3 4 T O C ( m g /g ) TN (mg/g) 0 1 2 3 4 5 7 6 5 4 3 2 1 Station A V S ( m g /k g ) AVS 0 1 2 3 4 7 6 5 4 3 2 1 Station T N ( m g /g ) TN 0 20 40 60 80 100 7 6 5 4 3 2 1 Station T O C ( m g /g ) 1995 2008 TOC 図2.20 環境基準達成前後における底質の TOC、TN および AVS 濃度の変化 (山田真知子・濱田建一郎)
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